【儚語】夢紡ぎのドルンレースヒェン
●眠り姫の夢
――ゆらゆらと、浮いては沈みながら夢を見ている。
他愛もない空想の筈だったそれは、何時しか現実のいろを帯びて。それが変えられないさだめだと知った時、自分はこの世界に絶望したのだと思う。
(お願い、行かないで! 行っちゃ駄目!)
両親の乗った車が事故に遭う夢を見た時、自分は必死で彼らを止めた。けれどふたりは大丈夫だから、そんなのは悪い夢だからと笑って――そして、夢の通りに帰らぬひととなった。
(危ないから! 死んじゃうから逃げて!)
以来、繰り返し繰り返し、夢の中で誰かが命を落とす。そのほとんどは名も知らぬ誰かが、妖の手にかかっていく夢だった。これが現実に起きると分かっていながら、無力な自分は何も出来なくて――ただ誰かの死に怯え、震え続けているだけ。
(……誰か、誰か助けてよ……!)
ああ、また今夜も誰かが消える。もう夢か現か分からなくなって、自分の心が軋んでいって、何もかも終わりにしたいと強く願った。
(助けて……もう、見たくない……)
ふらふらと、身体は何時か夢で見た廃墟へと向かう。確か此処で、少年たちが妖に襲われていた筈だった。未だ夢は見ていないけれど、きっと自分は此処で死ねるのだろう。そうすればもう、夢を見なくて済む。
(……本当、は)
――助けて欲しかったのは、自分だったのだ。苦しんでいる自分を誰かが見つけてくれる、それは本当に都合の良すぎる夢。
廃墟の片隅で、少女はゆっくりと目を瞑る。眠りにつくのはこれが最後――どうにもならない世界に、さよならとお別れを囁きながら。
●目覚めを告げる者
「また、夢を見た。けど、今回襲われるのは……夢見のようなんだ」
何処か思いつめた表情で、久方 相馬(nCL2000004)はF.i.V.E.の皆にそう切り出した。夢見は非常に貴重な存在で、手に入れたいと願っている存在も多いと言うが――相馬はそんな事を関係なしに、彼女を救って欲しいのだと告げる。
「夢見の名前は浮森 瞑夜(うきもり・めいや)。高校生になる女のひとだ。両親は既に他界、今は施設に入っているけれど、数日前から行方不明になっている」
その彼女は妖の住処となっている廃墟へ向かい、無抵抗のままに殺されてしまうらしい。彼女は全て知った上で、妖の手にかかろうとしているのだと相馬は悔しそうに言った。
「と言うのもさ、その子は夢見の力に押しつぶされそうになっている。未来を幾ら見ることが出来ても、変える力が無ければただ自分の無力さを思い知らされるだけ、だから」
夢見は他の因子とは違い、戦闘能力を持たない。自身も夢見である相馬は、その歯がゆさを身を以て知っているのだ。もし殴れるなら自分で殴りに行きたいと、彼だって思っているのだから。
「瞑夜を襲う妖は、絡み合ういばらの姿をしてる。生物系のランク2だな。数は1体だけど、瞑夜をいばらの檻に閉じ込めて、ゆっくり命を奪おうとしてる」
この妖を倒し、瞑夜を助けて欲しいと相馬は言った。本当の意味で、彼女を救ってくれないかと。
「救えないことを、彼女は後悔し続けてる。でも、皆なら、彼女に伝えられる筈だ。夢見の不幸な予知を、覆すことが出来るんだって」
――心の底では、彼女も生きたいと願っている。苦しむ自分を見付けて、助けて欲しいと願っているのだ。
「……お願いするぜ。どうか眠り姫を助ける、王子様になってくれ」
――ゆらゆらと、浮いては沈みながら夢を見ている。
他愛もない空想の筈だったそれは、何時しか現実のいろを帯びて。それが変えられないさだめだと知った時、自分はこの世界に絶望したのだと思う。
(お願い、行かないで! 行っちゃ駄目!)
両親の乗った車が事故に遭う夢を見た時、自分は必死で彼らを止めた。けれどふたりは大丈夫だから、そんなのは悪い夢だからと笑って――そして、夢の通りに帰らぬひととなった。
(危ないから! 死んじゃうから逃げて!)
以来、繰り返し繰り返し、夢の中で誰かが命を落とす。そのほとんどは名も知らぬ誰かが、妖の手にかかっていく夢だった。これが現実に起きると分かっていながら、無力な自分は何も出来なくて――ただ誰かの死に怯え、震え続けているだけ。
(……誰か、誰か助けてよ……!)
ああ、また今夜も誰かが消える。もう夢か現か分からなくなって、自分の心が軋んでいって、何もかも終わりにしたいと強く願った。
(助けて……もう、見たくない……)
ふらふらと、身体は何時か夢で見た廃墟へと向かう。確か此処で、少年たちが妖に襲われていた筈だった。未だ夢は見ていないけれど、きっと自分は此処で死ねるのだろう。そうすればもう、夢を見なくて済む。
(……本当、は)
――助けて欲しかったのは、自分だったのだ。苦しんでいる自分を誰かが見つけてくれる、それは本当に都合の良すぎる夢。
廃墟の片隅で、少女はゆっくりと目を瞑る。眠りにつくのはこれが最後――どうにもならない世界に、さよならとお別れを囁きながら。
●目覚めを告げる者
「また、夢を見た。けど、今回襲われるのは……夢見のようなんだ」
何処か思いつめた表情で、久方 相馬(nCL2000004)はF.i.V.E.の皆にそう切り出した。夢見は非常に貴重な存在で、手に入れたいと願っている存在も多いと言うが――相馬はそんな事を関係なしに、彼女を救って欲しいのだと告げる。
「夢見の名前は浮森 瞑夜(うきもり・めいや)。高校生になる女のひとだ。両親は既に他界、今は施設に入っているけれど、数日前から行方不明になっている」
その彼女は妖の住処となっている廃墟へ向かい、無抵抗のままに殺されてしまうらしい。彼女は全て知った上で、妖の手にかかろうとしているのだと相馬は悔しそうに言った。
「と言うのもさ、その子は夢見の力に押しつぶされそうになっている。未来を幾ら見ることが出来ても、変える力が無ければただ自分の無力さを思い知らされるだけ、だから」
夢見は他の因子とは違い、戦闘能力を持たない。自身も夢見である相馬は、その歯がゆさを身を以て知っているのだ。もし殴れるなら自分で殴りに行きたいと、彼だって思っているのだから。
「瞑夜を襲う妖は、絡み合ういばらの姿をしてる。生物系のランク2だな。数は1体だけど、瞑夜をいばらの檻に閉じ込めて、ゆっくり命を奪おうとしてる」
この妖を倒し、瞑夜を助けて欲しいと相馬は言った。本当の意味で、彼女を救ってくれないかと。
「救えないことを、彼女は後悔し続けてる。でも、皆なら、彼女に伝えられる筈だ。夢見の不幸な予知を、覆すことが出来るんだって」
――心の底では、彼女も生きたいと願っている。苦しむ自分を見付けて、助けて欲しいと願っているのだ。
「……お願いするぜ。どうか眠り姫を助ける、王子様になってくれ」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.夢見・浮森瞑夜の救出
2.生物系妖1体の討伐
3.なし
2.生物系妖1体の討伐
3.なし
●いばらの妖×1
絡み合う異形のいばらの妖です。生物系のランク2、今までも多くのひとを手に掛けており、なかなかの強敵です。
・棘の槍(物近単・貫2、【出血】)
・棘の鞭(物近列・【鈍化】)
・棘の檻(特遠単・【睡眠】)
●浮森瞑夜
少し前に夢見の能力を発現した少女です。15歳の高校生。事故で両親を喪い、施設暮らしをしていました。誰かの死を予知し、しかしそれを変えられない現実に絶望し、死に場所へと向かいました。しかし、本当は死にたくなんかなくて、誰かに助けて欲しいと願っています。
●戦場
時刻は月の明るい夜、街外れの廃墟です。其処は妖の住処となっており、瞑夜は既にいばらの檻に囚われ、死を待つばかりと言う状態です。現場に急行し彼女の元へ辿り着いた直後からスタートしますので、彼女に被害が出ないようにしつつ妖を倒してください。
●説得
心情を交えるなどして、瞑夜の心を救ってください。彼女の焦がれていた存在が、まさにF.i.V.E.の皆さんなのです。
●補足
この依頼で説得及び獲得できた夢見は、今後F.i.V.E.所属のNPCとなる可能性があります。
おそらく心情重視になると思います。皆さんの想いを、是非ぶつけて下さればと思います。それではよろしくお願いします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年10月05日
2015年10月05日
■メイン参加者 8人■

●いばらの城は月下に眠る
夢によって未来を知る。その力に押しつぶされて、覚めぬ眠りを望んだ少女が居た。彼女の名は浮森瞑夜――月の光に照らされた廃墟は、眠り姫が辿り着いたいばらの城で。そして永遠の眠りを約束された、孤独な墓標でもあった。
――しかし、本当は誰かに見つけて欲しいと願う彼女の声なき声を聞いて、月の廃墟へとやって来た者たちも居た。
「夢見の方々は、危難を予知出来て頼りになる方々だと思っていましたけど、予知出来る『だけ』故の辛さもあるのですね……」
すすり泣くような夜風に靡く髪を抑え、上靫 梨緒(CL2000327)は憂いを帯びたまなざしで廃墟を仰ぐ。けれどそれは凄い力で、出来れば他の人々の為に役立てて欲しいと、梨緒は瞑夜に伝えたいと願った。
「その為にも、必ず助けましょう!」
「ああ、頑張ろーな!」
梨緒に向けて拳を握りしめつつ、『わんぱく小僧』成瀬 翔(CL2000063)は元気よく頷いてみせる。自分は力に目覚めた時、ヒーローになれると単純に嬉しかったけれど――力を忌むひとも居るのだと思えば、複雑な気分だった。
(力があったって、どこで使えばいいかわかんねーもどかしさはあったけど……)
むむ、と悩む翔を『百合の追憶』三島 柾(CL2001148)が微笑ましく見守り、一方で『ゴシップ記者』風祭・誘輔(CL2001092)は咥え煙草を離して、夜空に紫煙を吐き出した。
「世界に絶望した眠り姫か。王子様はガラじゃねーが、ガキが勝手に絶望してみすみす死のうとしてんのをほっとけねー」
皮肉屋で口が悪いのが誘輔と言う男だが、その口調の裏に秘められた不器用な優しさに、此処にいる皆はとうに気付いていることだろう。
「……折角夢見の力に目覚めたんだ、生き汚く足掻ききれ」
「うん、それに私達は瞑夜の希望になれるんじゃないかって思うの」
淡い月の光に照らされて佇む『デウス・イン・マキナ』弓削 山吹(CL2001121)は、まるで月光そのものが形を取ったかのようにうつくしくも儚い。しかしその金色の瞳は、溢れんばかりの強き意志を湛えていた。
「絶望してしまった瞑夜の希望……でもそれは、ここから先の話。私たちが変える、未来の話だ」
かつん、と規則正しい足音が、コンクリートの床を蹴って響き渡る。夜空の月を見上げてから、『狗吠』時任・千陽(CL2000014)は迷いのない足取りで、いばらが巣食う廃墟へと踏み込んでいった。
「……王子様と言うガラではありませんが、百年も待たせるような野暮な真似はしません」
あちこちが崩れた廃墟の中を、千陽と誘輔は土の心を用いて地形を把握していく。微かに月の光も差し込んでいたが、念の為にと梨緒と山吹が守護使役の力を借り、光源を確保してくれた。
「凰蓮さん、お願いします」
「それじゃあ、はいきょのたんさくにれっつごー!」
念の為に人払いの結界を張りつつ、竜の守護使役に呼びかける梨緒の隣――小声で皆に頷くのはククル ミラノ(CL2001142)。と、懐中電灯が照らす通路の先で素早く動いた存在に、彼女は愛らしい瞳を瞬かせた。
(もしかしたら!)
ちょろちょろと動くそれ――ちいさなネズミをミラノは捕まえ、彼の考えていることを理解しようと意識を集中させる。中の様子や妖について何か読み取れたら、と思ったのだが、知能の所為もあって具体的な情報は得られなかった。
――ただ、そのネズミは得体の知れない存在に酷く怯えているようだ。だとすれば、近くに妖が居るのは間違いないだろう。
外に向かって逃げていくネズミを見送り、やがて一行は廃墟の奥――大きく開けた広間へと辿り着いた。其処へ足を踏み入れた『浅葱色の想い』志賀 行成(CL2000352)は、その部屋の異様さに一瞬息を呑む。
「……随分と、悪趣味なことだ」
四方に張り巡らされたのは、歪ないばらの結界で。その中央にはいばらの檻に囚われる瞑夜と、彼女の生命をゆっくり啜ろうとするいばらの妖が居た。どうやら瞑夜は昏睡状態に陥っているようで、目を固く閉じたまま微動だにしない。
(だが、今は聞こえずとも、届かずとも……腹の底から叫ぼう)
瞬時に覚醒した行成は金の髪を靡かせ、力強く踏み込んで薙刀を振りかざした。この音が、声が、彼女の目を覚ますきっかけになれば良い。
「道を開けろ妖! 目を覚ませ! 死ぬのはまだ早い……起きろっ!」
●砕け散る硝子の檻
一行は、檻に囚われた瞑夜を救出しようと動く者――そして妖と対峙し、これを抑える者とに分かれた。千陽は無頼を発動、強烈な威圧で以ていばらの妖の動きを鈍らせる。
(此方を、脅威だと思わせれば……)
その間にも梨緒は清廉香を辺りに舞わせ、仲間たちの自然治癒力を促進していった。時の流れを変化させて青年の姿になった翔も、心地よい清風を生み出し皆の身体能力を一気に引き上げる。
「ミラノあたーーーっく!」
初手は氣力温存の為、ステッキで殴ることにしたミラノが、妖目掛けて突っ込んでいき――一方で山吹は、炎を纏わせた術符を操り、いばらを焼き尽くそうと力を振るった。
「来ます……!」
幸い、と言うべきだろうか――妖は戦闘班を厄介だと判断したらしく、棘の鞭が前衛に立つ者を一気に薙ぎ払う。梨緒は苦しげに睫毛を震わせると、少しでも皆の力になれるようにと祈りながら、高圧縮した空気の弾丸を打ち込んだ。
「瞑夜、聞こえるか!」
その間にいばらの檻の前へ辿り着いた柾たちは、彼女の名を呼びながら、その身を戒めるいばらを破壊していく。火行の力を顕現した彩は、鮮やかに燃え上がりながら目の前のものを塵へと変えていった。
「あまり時間をかけると、向こうの負担が大きくなる。急がねば……」
続けて行成の薙刀が翻ると、いばらは硝子のように粉々に砕けて消滅していく。しかし、その鋭い棘は散り際に微かな痛みをもたらし――彼の指先にじわりと紅の雫を滲ませた。
(王子様ってガラじゃねー自覚はある)
力づくで大剣を振るう誘輔は、その手を血に染めながらふと意識を過去へと飛ばす。彼の初恋は、柾の婚約者であった百合だった。けれど、二人を邪魔したくなくて想いは告げず、片思いのまま身を引いたのだ。
(三島先輩は恩人で、俺の目から見ても二人はお似合いで……)
何処か遠い目でいばらの檻を見遣る誘輔の元へ、その時響いて来たのは千陽の声だった。
「君のそれは、君自身ではどうにもならないだろう。ですが、君は一人ではありません。だから『どうにでも』なるんです」
千陽は土を鎧のように纏いつつ、大地を槍と成して妖に立ち向かっている。その上で彼は、声が聞こえなくても救出がきたのだと――その事実が伝わるように、眠る瞑夜へと声を掛け続けていた。
「俺達は君を見つけた。都合がいい、ええ、上等な話です。……生きてください。こんな一人で眠るようになんて、淋しいでしょう?」
いけねー、とその声で我に返った誘輔は、最後に残ったいばらを叩き斬って。夜気に晒された瞑夜を柾が強引に引きずり出し、そのまま彼女を抱えて安全な場所まで離脱を始める。
「一人でここに居られるか?」
物陰となる場所は、事前に千陽から教えて貰っていた地形だ。檻から解放され意識が戻った瞑夜は、ゆっくりと瞬きをして――自分を抱える柾の表情を見て、非常事態だと直ぐに悟ったらしい。大丈夫と訴えるように頷いた彼女を確認した柾は、人並み外れた脚力を活かして妖と戦い続けている皆の元へと戻る。
「待っていろ……これ以上、誰も失わせない」
呟いた声は静かに闇夜に溶け、その身に刻まれた紋様が炎のように輝いた。
●悪夢の化身の消滅
今まで何人もの命を奪ったこともあり、いばらの妖は手強かった。瞑夜を助けて合流した一行は一丸となって立ち向かうも、やはり妖を抑え続けていた者たちの負傷が酷い。
「かいふくはミラノにまかせてっ! どーんとかいふくするよっ」
皆を回復出来るよう、中衛に位置したミラノは樹の雫を与えて皆を癒すも――回復手が不足している現状、とても彼女一人では味方を支えきれなかった。合流した行成も癒しの滴で援護するものの、予測していたよりも敵の攻撃が厳しいのだ。
「……っ?!」
ひたすらに烈火の如く攻め立てる山吹の元に、その時棘の檻が絡みついた。忽ちの内に彼女は眠りに落ち、それを見た千陽は目を覚まさせるべく手加減攻撃を放つ。
――しかし、それでも山吹は眠り続けたまま。攻撃を加えたからと言って、目覚めが保証される訳ではないのだ。
「あ、オレが舞衣使うから!」
大気中の浄化物質を集め、回復を促すのは翔。その間にも妖の猛攻は続き、隆槍を繰り出そうとする誘輔よりも早く、その棘の槍が彼の肩を貫いた。
「がんばって! ミラノもがんばるからっ」
植物の生命――その力を凝縮した雫を生み出しながら、ミラノが叫ぶ。しかし彼女の氣力も限界に近付いていた。苛烈な鞭の一振りに、回避が追いつかない柾はその身を引き裂かれ――前衛で幾度となく攻撃を受け止めた千陽は遂に力尽きるかに見えたが、寸での所で生命を燃やして立ち上がる。
「まだ、です」
彼の手に握られた拳銃が火を噴き、其処へ行成が刃を突き付けていばらを瞬時に貫いていった。悲鳴を上げるかのように身を捩らせて蔓を振るう妖へ、桃色の翼を羽ばたかせた梨緒が大気を操り、弾丸と化して一気に放つ。
「……夢を見ないオレには、瞑夜の気持ちは本当の意味ではわかんねーかもしれねー。けど、近い感覚はわかってやれると思うんだ」
だから、と翔は凛としたまなざしで妖を睨みつけた。その指先から放たれる波動弾は、彼の心そのままに獲物を真っ直ぐに貫いていく。
「瞑夜はやらせない。オマエはただの悪い夢だ……ここで跡形もなく消えろ!」
ああ、まるでその言葉が、いばらの城の呪いを解く呪文のようだった。いばらの妖は、先端から徐々に塵となり消滅していって――広間に張り巡らされたいばらもまた、はらはらと月の光に溶けるようにして姿を消したのだった。
●眠り姫の呪いは解けて
こうして廃墟は静寂を取り戻し、妖の気配が消えたことを確認した一行は、急いで瞑夜の元へと向かった。未だ彼女は状況を把握し切れていない様子で、そんな彼女を落ち着かせるべく梨緒が優しくその手を握る。
「無事で良かったです、怪我は無いですか?」
あ、と瞑夜は何度か瞬きをし、ややあってこくりと頷いた。それをきっかけに彼らは自己紹介をし、瞑夜の持つ夢見の力についても簡単に説明をする。その上で柾は、今回はお前の夢を見た夢見からの依頼だったのだと告げた。
「俺は、お前を助けられて良かったと思う。夢見の夢を現実にしなくて済んだんだからな」
「ええ、夢見の予知は変えられる……その事だけは、分かってもらいたいんです」
梨緒も頷くが、未だ瞑夜は半信半疑の様子だ。それも仕方のないことかもしれない――両親の死を予知したのをはじめとして、今まで何度も夢の悲劇は現実となり、その度に彼女は絶望を味わってきたのだから。
「……瞑夜とか言ったな。なんでできることはねーってやる前から決めつける?」
が、其処で声を掛けたのは誘輔だった。鋭い瞳が自分を真っ直ぐに見つめるのに、瞑夜はびくりと身を竦めたが――それでも目を逸らすことはしなかった。
「そ、それはあたしが言ったことを、誰も信じてくれなくて……」
「てめーが今日ここに来たから、本来死ぬ筈だったガキ共は救われた。運命はもう変わってる。変えたのはテメエ自身だ、自信を持て」
そう告げる誘輔のまなざしには、不器用な優しさが見え隠れする。そのことに気付いた瞑夜が唇を震わせる中、慈しむようにその手を握りしめたのは山吹だった。
「瞑夜と同じ、未来の夢を見る仲間の力で、私たちは瞑夜を救えた。……変えられなかった未来、たくさんあったよね。辛かったよね、苦しかったよね」
全てを包み込むような彼女の言葉に、見る間に瞑夜の瞳が潤んでいく。ああ、これこそ夢だと思っていた、自分を見つけてくれたひとが居たのだと――瞑夜は声にならない声を上げて、固く閉ざされていた心を開いていった。
「……けど、もう絶望なんてしないで。瞑夜の見た未来を、私たちが変えてあげる」
私達を、瞑夜の希望にさせてと。そう言った山吹は、瞑夜の見た未来を救う事は、自分たちが瞑夜を救う事だと思っていると言って微笑んだ。
「酷い夢を見て、それが現実でまた起こるなんてたまんねーよな。でも、次からはオレ達が、オレが、お前の手足になってやる」
そう言った翔も、力づけるようにぐっと拳を握りしめて。夢は消してやれねーけど、現実の方はオレ達で何とかしてやれると、励ますように笑う。
「……だから、死ぬ必要なんてないんだ。瞑夜の見る夢は、襲われた奴を助ける為の道しるべにする事ができるはずなんだから」
「夢見、いや……浮森瞑夜。私達が手に、足に、力になる。死に逝く者の運命を、その力で変えてみないか」
片膝を立てて瞑夜と視線を合わせる行成は、まるで騎士のように厳かな声で言った。その言葉はもしかしたら、彼自身に向けて呟いたものであったのかもしれない。
「後悔を引きずりながらで構わない、だが……前へ進みたくはないか?」
「あ、たしは……」
――このまま綺麗に消えるよりも、無様でもいいから生きていたかった。どうしようもないと思っていた力を活かすことが出来て、それで誰かを救うことが出来るのなら――それに何より、一緒に戦ってくれる仲間が居るのであれば。
その瞑夜の意志を確認した千陽はF.i.V.E.について説明し、彼女を保護する場所はあると諭した。その上で千陽は、決めるのは君だと告げながら――軍服の襟元を正して笑顔で言う。
「俺達が、君の悪夢を変え、君の良い夢を守る剣になります。迷っているのなら、F.i.V.E.に来てください」
お前の力が、俺達には必要だと柾も頷いた。それでも強制はしない、そう言った彼は共に行くか行かないかを瞑夜の意志に委ねることにしたようだ。
「出来れば私は、瞑夜さんと一緒に辛い未来を変えて、不幸になる人達を減らせたらって思います」
そう穏やかに微笑むのは梨緒で、山吹も一緒に来ないかと瞑夜を誘う。F.i.V.E.と言う組織は、不幸な未来を変えるために戦っていける所なのだと。
「……ね。不幸な未来を、たくさん変えていこうよ。私たちで、みんなの笑顔と未来を守っていこうよ」
――そのみんなの中に、瞑夜もいてほしい。そう言ってくれた山吹の手を握りしめながら、瞑夜はぽろぽろと大粒の涙を流す。
「君の能力を無理に使えとは言いません。ですが、自分の居場所があると思うだけでも、きっと気持ちは楽になる。……死に場所なんかより、居場所の方が必要ではありませんか?」
ああ、本当に恋い焦がれてきた夢のようだ。千陽の言葉は、乾いた土を潤す水のよう。ある夜を境に、世界がまるっきり変わってしまうなんて――こんな未来など、予測出来る筈もない。
「あのね、よくはわからないけど……ミラノたちがいるところは、みんなおんなじだよ」
そんな中ミラノはふわりと微笑んで、ふさふさの猫耳を揺らす。
「おんなじちからをもってるから、おたがいがわかってあげられることも、たーーくさんあるとおもうよっ」
無邪気に手を広げる少女の言葉は、良く分からないと言いつつも鋭い本質を突いているようで。未だどうしていいか分からないような顔をしている瞑夜を、ミラノはじっと覗き込んだ。
「だからね、ともだちになろうよっ」
「……とも、だち」
友達なんだから――ぎゅっと手をにぎってくれたミラノのぬくもりは、温かくも優しい。そうして翔も少し照れた顔をしながら、そっと右手を差し出した。
「一緒に帰ろうぜ、オレ達と。オレ達は仲間だし、友達にだってなれるはずだろ」
「う、うん……!」
「……オレは友達として、あと、ヒーロー目指してる奴としていつだって、瞑夜を助けに来るからさ」
何で、どうして言葉はこんなにも胸を打つのだろう。ぐすぐすと鼻をすすって頷く瞑夜の肩を、ぽんと叩いたのは柾だ。
「もう一人で泣くな。今度は俺達が一緒だ」
「ああ、もう泣いてぐずって助けを待つばかりのお姫様じゃねえ。今度はテメエが王子様……いや、戦うお姫様になって、世界の理不尽に嘆く奴らを助けるんだよ」
誘輔も瞑夜の頭を不器用にくしゃりと撫でながら、柔らかく笑いかけた。その顔を見ていると、本当に自分は戦えそうな、そんな勇気が瞑夜に湧いて来る。
「眠り姫の棘は身を守る武器。そして夢見の力はお前の最強の剣だ。……カッコイイじゃんお姫様」
「ふふ、そう思うのもありなんだ。……うん、あたしもただ守られるだけじゃなくて。みんなと一緒に戦えるような、そんなひとになりたい」
そう言った瞑夜はぎこちなく、それでも確かに――笑ったのだった。
F.i.V.E.はある程度の衣食住のサポートも行ってくれるらしいので、今後の瞑夜の生活に支障が出ることは無いだろう。
「皆が出来る事を合わせて、人を助ける力に出来たら素敵ですよね」
そう言って月夜を見上げる梨緒に、山吹も静かに頷く。夢を見せてあげたいと、彼女は言った。眠った時に見る方じゃなく、未来に描く方の夢を。
「……瞑夜には、そんな夢を見てもらいたいんだ」
そうして絶望の眠り姫は目を覚まし、王子様と一緒に剣を取る。
――その物語の続きは、未だ始まったばかり。
夢によって未来を知る。その力に押しつぶされて、覚めぬ眠りを望んだ少女が居た。彼女の名は浮森瞑夜――月の光に照らされた廃墟は、眠り姫が辿り着いたいばらの城で。そして永遠の眠りを約束された、孤独な墓標でもあった。
――しかし、本当は誰かに見つけて欲しいと願う彼女の声なき声を聞いて、月の廃墟へとやって来た者たちも居た。
「夢見の方々は、危難を予知出来て頼りになる方々だと思っていましたけど、予知出来る『だけ』故の辛さもあるのですね……」
すすり泣くような夜風に靡く髪を抑え、上靫 梨緒(CL2000327)は憂いを帯びたまなざしで廃墟を仰ぐ。けれどそれは凄い力で、出来れば他の人々の為に役立てて欲しいと、梨緒は瞑夜に伝えたいと願った。
「その為にも、必ず助けましょう!」
「ああ、頑張ろーな!」
梨緒に向けて拳を握りしめつつ、『わんぱく小僧』成瀬 翔(CL2000063)は元気よく頷いてみせる。自分は力に目覚めた時、ヒーローになれると単純に嬉しかったけれど――力を忌むひとも居るのだと思えば、複雑な気分だった。
(力があったって、どこで使えばいいかわかんねーもどかしさはあったけど……)
むむ、と悩む翔を『百合の追憶』三島 柾(CL2001148)が微笑ましく見守り、一方で『ゴシップ記者』風祭・誘輔(CL2001092)は咥え煙草を離して、夜空に紫煙を吐き出した。
「世界に絶望した眠り姫か。王子様はガラじゃねーが、ガキが勝手に絶望してみすみす死のうとしてんのをほっとけねー」
皮肉屋で口が悪いのが誘輔と言う男だが、その口調の裏に秘められた不器用な優しさに、此処にいる皆はとうに気付いていることだろう。
「……折角夢見の力に目覚めたんだ、生き汚く足掻ききれ」
「うん、それに私達は瞑夜の希望になれるんじゃないかって思うの」
淡い月の光に照らされて佇む『デウス・イン・マキナ』弓削 山吹(CL2001121)は、まるで月光そのものが形を取ったかのようにうつくしくも儚い。しかしその金色の瞳は、溢れんばかりの強き意志を湛えていた。
「絶望してしまった瞑夜の希望……でもそれは、ここから先の話。私たちが変える、未来の話だ」
かつん、と規則正しい足音が、コンクリートの床を蹴って響き渡る。夜空の月を見上げてから、『狗吠』時任・千陽(CL2000014)は迷いのない足取りで、いばらが巣食う廃墟へと踏み込んでいった。
「……王子様と言うガラではありませんが、百年も待たせるような野暮な真似はしません」
あちこちが崩れた廃墟の中を、千陽と誘輔は土の心を用いて地形を把握していく。微かに月の光も差し込んでいたが、念の為にと梨緒と山吹が守護使役の力を借り、光源を確保してくれた。
「凰蓮さん、お願いします」
「それじゃあ、はいきょのたんさくにれっつごー!」
念の為に人払いの結界を張りつつ、竜の守護使役に呼びかける梨緒の隣――小声で皆に頷くのはククル ミラノ(CL2001142)。と、懐中電灯が照らす通路の先で素早く動いた存在に、彼女は愛らしい瞳を瞬かせた。
(もしかしたら!)
ちょろちょろと動くそれ――ちいさなネズミをミラノは捕まえ、彼の考えていることを理解しようと意識を集中させる。中の様子や妖について何か読み取れたら、と思ったのだが、知能の所為もあって具体的な情報は得られなかった。
――ただ、そのネズミは得体の知れない存在に酷く怯えているようだ。だとすれば、近くに妖が居るのは間違いないだろう。
外に向かって逃げていくネズミを見送り、やがて一行は廃墟の奥――大きく開けた広間へと辿り着いた。其処へ足を踏み入れた『浅葱色の想い』志賀 行成(CL2000352)は、その部屋の異様さに一瞬息を呑む。
「……随分と、悪趣味なことだ」
四方に張り巡らされたのは、歪ないばらの結界で。その中央にはいばらの檻に囚われる瞑夜と、彼女の生命をゆっくり啜ろうとするいばらの妖が居た。どうやら瞑夜は昏睡状態に陥っているようで、目を固く閉じたまま微動だにしない。
(だが、今は聞こえずとも、届かずとも……腹の底から叫ぼう)
瞬時に覚醒した行成は金の髪を靡かせ、力強く踏み込んで薙刀を振りかざした。この音が、声が、彼女の目を覚ますきっかけになれば良い。
「道を開けろ妖! 目を覚ませ! 死ぬのはまだ早い……起きろっ!」
●砕け散る硝子の檻
一行は、檻に囚われた瞑夜を救出しようと動く者――そして妖と対峙し、これを抑える者とに分かれた。千陽は無頼を発動、強烈な威圧で以ていばらの妖の動きを鈍らせる。
(此方を、脅威だと思わせれば……)
その間にも梨緒は清廉香を辺りに舞わせ、仲間たちの自然治癒力を促進していった。時の流れを変化させて青年の姿になった翔も、心地よい清風を生み出し皆の身体能力を一気に引き上げる。
「ミラノあたーーーっく!」
初手は氣力温存の為、ステッキで殴ることにしたミラノが、妖目掛けて突っ込んでいき――一方で山吹は、炎を纏わせた術符を操り、いばらを焼き尽くそうと力を振るった。
「来ます……!」
幸い、と言うべきだろうか――妖は戦闘班を厄介だと判断したらしく、棘の鞭が前衛に立つ者を一気に薙ぎ払う。梨緒は苦しげに睫毛を震わせると、少しでも皆の力になれるようにと祈りながら、高圧縮した空気の弾丸を打ち込んだ。
「瞑夜、聞こえるか!」
その間にいばらの檻の前へ辿り着いた柾たちは、彼女の名を呼びながら、その身を戒めるいばらを破壊していく。火行の力を顕現した彩は、鮮やかに燃え上がりながら目の前のものを塵へと変えていった。
「あまり時間をかけると、向こうの負担が大きくなる。急がねば……」
続けて行成の薙刀が翻ると、いばらは硝子のように粉々に砕けて消滅していく。しかし、その鋭い棘は散り際に微かな痛みをもたらし――彼の指先にじわりと紅の雫を滲ませた。
(王子様ってガラじゃねー自覚はある)
力づくで大剣を振るう誘輔は、その手を血に染めながらふと意識を過去へと飛ばす。彼の初恋は、柾の婚約者であった百合だった。けれど、二人を邪魔したくなくて想いは告げず、片思いのまま身を引いたのだ。
(三島先輩は恩人で、俺の目から見ても二人はお似合いで……)
何処か遠い目でいばらの檻を見遣る誘輔の元へ、その時響いて来たのは千陽の声だった。
「君のそれは、君自身ではどうにもならないだろう。ですが、君は一人ではありません。だから『どうにでも』なるんです」
千陽は土を鎧のように纏いつつ、大地を槍と成して妖に立ち向かっている。その上で彼は、声が聞こえなくても救出がきたのだと――その事実が伝わるように、眠る瞑夜へと声を掛け続けていた。
「俺達は君を見つけた。都合がいい、ええ、上等な話です。……生きてください。こんな一人で眠るようになんて、淋しいでしょう?」
いけねー、とその声で我に返った誘輔は、最後に残ったいばらを叩き斬って。夜気に晒された瞑夜を柾が強引に引きずり出し、そのまま彼女を抱えて安全な場所まで離脱を始める。
「一人でここに居られるか?」
物陰となる場所は、事前に千陽から教えて貰っていた地形だ。檻から解放され意識が戻った瞑夜は、ゆっくりと瞬きをして――自分を抱える柾の表情を見て、非常事態だと直ぐに悟ったらしい。大丈夫と訴えるように頷いた彼女を確認した柾は、人並み外れた脚力を活かして妖と戦い続けている皆の元へと戻る。
「待っていろ……これ以上、誰も失わせない」
呟いた声は静かに闇夜に溶け、その身に刻まれた紋様が炎のように輝いた。
●悪夢の化身の消滅
今まで何人もの命を奪ったこともあり、いばらの妖は手強かった。瞑夜を助けて合流した一行は一丸となって立ち向かうも、やはり妖を抑え続けていた者たちの負傷が酷い。
「かいふくはミラノにまかせてっ! どーんとかいふくするよっ」
皆を回復出来るよう、中衛に位置したミラノは樹の雫を与えて皆を癒すも――回復手が不足している現状、とても彼女一人では味方を支えきれなかった。合流した行成も癒しの滴で援護するものの、予測していたよりも敵の攻撃が厳しいのだ。
「……っ?!」
ひたすらに烈火の如く攻め立てる山吹の元に、その時棘の檻が絡みついた。忽ちの内に彼女は眠りに落ち、それを見た千陽は目を覚まさせるべく手加減攻撃を放つ。
――しかし、それでも山吹は眠り続けたまま。攻撃を加えたからと言って、目覚めが保証される訳ではないのだ。
「あ、オレが舞衣使うから!」
大気中の浄化物質を集め、回復を促すのは翔。その間にも妖の猛攻は続き、隆槍を繰り出そうとする誘輔よりも早く、その棘の槍が彼の肩を貫いた。
「がんばって! ミラノもがんばるからっ」
植物の生命――その力を凝縮した雫を生み出しながら、ミラノが叫ぶ。しかし彼女の氣力も限界に近付いていた。苛烈な鞭の一振りに、回避が追いつかない柾はその身を引き裂かれ――前衛で幾度となく攻撃を受け止めた千陽は遂に力尽きるかに見えたが、寸での所で生命を燃やして立ち上がる。
「まだ、です」
彼の手に握られた拳銃が火を噴き、其処へ行成が刃を突き付けていばらを瞬時に貫いていった。悲鳴を上げるかのように身を捩らせて蔓を振るう妖へ、桃色の翼を羽ばたかせた梨緒が大気を操り、弾丸と化して一気に放つ。
「……夢を見ないオレには、瞑夜の気持ちは本当の意味ではわかんねーかもしれねー。けど、近い感覚はわかってやれると思うんだ」
だから、と翔は凛としたまなざしで妖を睨みつけた。その指先から放たれる波動弾は、彼の心そのままに獲物を真っ直ぐに貫いていく。
「瞑夜はやらせない。オマエはただの悪い夢だ……ここで跡形もなく消えろ!」
ああ、まるでその言葉が、いばらの城の呪いを解く呪文のようだった。いばらの妖は、先端から徐々に塵となり消滅していって――広間に張り巡らされたいばらもまた、はらはらと月の光に溶けるようにして姿を消したのだった。
●眠り姫の呪いは解けて
こうして廃墟は静寂を取り戻し、妖の気配が消えたことを確認した一行は、急いで瞑夜の元へと向かった。未だ彼女は状況を把握し切れていない様子で、そんな彼女を落ち着かせるべく梨緒が優しくその手を握る。
「無事で良かったです、怪我は無いですか?」
あ、と瞑夜は何度か瞬きをし、ややあってこくりと頷いた。それをきっかけに彼らは自己紹介をし、瞑夜の持つ夢見の力についても簡単に説明をする。その上で柾は、今回はお前の夢を見た夢見からの依頼だったのだと告げた。
「俺は、お前を助けられて良かったと思う。夢見の夢を現実にしなくて済んだんだからな」
「ええ、夢見の予知は変えられる……その事だけは、分かってもらいたいんです」
梨緒も頷くが、未だ瞑夜は半信半疑の様子だ。それも仕方のないことかもしれない――両親の死を予知したのをはじめとして、今まで何度も夢の悲劇は現実となり、その度に彼女は絶望を味わってきたのだから。
「……瞑夜とか言ったな。なんでできることはねーってやる前から決めつける?」
が、其処で声を掛けたのは誘輔だった。鋭い瞳が自分を真っ直ぐに見つめるのに、瞑夜はびくりと身を竦めたが――それでも目を逸らすことはしなかった。
「そ、それはあたしが言ったことを、誰も信じてくれなくて……」
「てめーが今日ここに来たから、本来死ぬ筈だったガキ共は救われた。運命はもう変わってる。変えたのはテメエ自身だ、自信を持て」
そう告げる誘輔のまなざしには、不器用な優しさが見え隠れする。そのことに気付いた瞑夜が唇を震わせる中、慈しむようにその手を握りしめたのは山吹だった。
「瞑夜と同じ、未来の夢を見る仲間の力で、私たちは瞑夜を救えた。……変えられなかった未来、たくさんあったよね。辛かったよね、苦しかったよね」
全てを包み込むような彼女の言葉に、見る間に瞑夜の瞳が潤んでいく。ああ、これこそ夢だと思っていた、自分を見つけてくれたひとが居たのだと――瞑夜は声にならない声を上げて、固く閉ざされていた心を開いていった。
「……けど、もう絶望なんてしないで。瞑夜の見た未来を、私たちが変えてあげる」
私達を、瞑夜の希望にさせてと。そう言った山吹は、瞑夜の見た未来を救う事は、自分たちが瞑夜を救う事だと思っていると言って微笑んだ。
「酷い夢を見て、それが現実でまた起こるなんてたまんねーよな。でも、次からはオレ達が、オレが、お前の手足になってやる」
そう言った翔も、力づけるようにぐっと拳を握りしめて。夢は消してやれねーけど、現実の方はオレ達で何とかしてやれると、励ますように笑う。
「……だから、死ぬ必要なんてないんだ。瞑夜の見る夢は、襲われた奴を助ける為の道しるべにする事ができるはずなんだから」
「夢見、いや……浮森瞑夜。私達が手に、足に、力になる。死に逝く者の運命を、その力で変えてみないか」
片膝を立てて瞑夜と視線を合わせる行成は、まるで騎士のように厳かな声で言った。その言葉はもしかしたら、彼自身に向けて呟いたものであったのかもしれない。
「後悔を引きずりながらで構わない、だが……前へ進みたくはないか?」
「あ、たしは……」
――このまま綺麗に消えるよりも、無様でもいいから生きていたかった。どうしようもないと思っていた力を活かすことが出来て、それで誰かを救うことが出来るのなら――それに何より、一緒に戦ってくれる仲間が居るのであれば。
その瞑夜の意志を確認した千陽はF.i.V.E.について説明し、彼女を保護する場所はあると諭した。その上で千陽は、決めるのは君だと告げながら――軍服の襟元を正して笑顔で言う。
「俺達が、君の悪夢を変え、君の良い夢を守る剣になります。迷っているのなら、F.i.V.E.に来てください」
お前の力が、俺達には必要だと柾も頷いた。それでも強制はしない、そう言った彼は共に行くか行かないかを瞑夜の意志に委ねることにしたようだ。
「出来れば私は、瞑夜さんと一緒に辛い未来を変えて、不幸になる人達を減らせたらって思います」
そう穏やかに微笑むのは梨緒で、山吹も一緒に来ないかと瞑夜を誘う。F.i.V.E.と言う組織は、不幸な未来を変えるために戦っていける所なのだと。
「……ね。不幸な未来を、たくさん変えていこうよ。私たちで、みんなの笑顔と未来を守っていこうよ」
――そのみんなの中に、瞑夜もいてほしい。そう言ってくれた山吹の手を握りしめながら、瞑夜はぽろぽろと大粒の涙を流す。
「君の能力を無理に使えとは言いません。ですが、自分の居場所があると思うだけでも、きっと気持ちは楽になる。……死に場所なんかより、居場所の方が必要ではありませんか?」
ああ、本当に恋い焦がれてきた夢のようだ。千陽の言葉は、乾いた土を潤す水のよう。ある夜を境に、世界がまるっきり変わってしまうなんて――こんな未来など、予測出来る筈もない。
「あのね、よくはわからないけど……ミラノたちがいるところは、みんなおんなじだよ」
そんな中ミラノはふわりと微笑んで、ふさふさの猫耳を揺らす。
「おんなじちからをもってるから、おたがいがわかってあげられることも、たーーくさんあるとおもうよっ」
無邪気に手を広げる少女の言葉は、良く分からないと言いつつも鋭い本質を突いているようで。未だどうしていいか分からないような顔をしている瞑夜を、ミラノはじっと覗き込んだ。
「だからね、ともだちになろうよっ」
「……とも、だち」
友達なんだから――ぎゅっと手をにぎってくれたミラノのぬくもりは、温かくも優しい。そうして翔も少し照れた顔をしながら、そっと右手を差し出した。
「一緒に帰ろうぜ、オレ達と。オレ達は仲間だし、友達にだってなれるはずだろ」
「う、うん……!」
「……オレは友達として、あと、ヒーロー目指してる奴としていつだって、瞑夜を助けに来るからさ」
何で、どうして言葉はこんなにも胸を打つのだろう。ぐすぐすと鼻をすすって頷く瞑夜の肩を、ぽんと叩いたのは柾だ。
「もう一人で泣くな。今度は俺達が一緒だ」
「ああ、もう泣いてぐずって助けを待つばかりのお姫様じゃねえ。今度はテメエが王子様……いや、戦うお姫様になって、世界の理不尽に嘆く奴らを助けるんだよ」
誘輔も瞑夜の頭を不器用にくしゃりと撫でながら、柔らかく笑いかけた。その顔を見ていると、本当に自分は戦えそうな、そんな勇気が瞑夜に湧いて来る。
「眠り姫の棘は身を守る武器。そして夢見の力はお前の最強の剣だ。……カッコイイじゃんお姫様」
「ふふ、そう思うのもありなんだ。……うん、あたしもただ守られるだけじゃなくて。みんなと一緒に戦えるような、そんなひとになりたい」
そう言った瞑夜はぎこちなく、それでも確かに――笑ったのだった。
F.i.V.E.はある程度の衣食住のサポートも行ってくれるらしいので、今後の瞑夜の生活に支障が出ることは無いだろう。
「皆が出来る事を合わせて、人を助ける力に出来たら素敵ですよね」
そう言って月夜を見上げる梨緒に、山吹も静かに頷く。夢を見せてあげたいと、彼女は言った。眠った時に見る方じゃなく、未来に描く方の夢を。
「……瞑夜には、そんな夢を見てもらいたいんだ」
そうして絶望の眠り姫は目を覚まし、王子様と一緒に剣を取る。
――その物語の続きは、未だ始まったばかり。
