願いは昏く、我が身を堕落させようと
●
幼い頃から、妖の子供めと蔑まれていた。
妖に与した二親の娘として生きた私は、其れに抗うこともせず、唯心を殺し続けて孤立した日々を送っていたのだ。
……ならば、と私は思う。
彼らが私を妖の側と叫ぶのならば、私は、そう在っても良いと言うことなのか?
「――あ、や」
眼前には怯える女。周囲には殺気を交えた気配が複数。
震えを抑えるよりも早く、彼女は必死に笑顔を取り繕って、明るい口調で話しかける。
「ひ、久しぶりだよね。中学以来じゃない?」
「………………」
「あのさ、あの時は御免ね? ほら、男子も女子も、アンタに味方する奴はみんな妖の仲間だって、脅してくるから、仕方、なくて……」
ひたひたと、背後から足音が聞こえる。
振り返るまでもなく、それが妖の足音だと気付いた。
対面する女は――嘗ての、私の同級生は、遂に姿を見せた妖と、それに動じることもない私に、押し殺した恐怖を再燃させる。
「ごめんなさい――ごめんなさい!
許して、殺さないで、助けて、ああ……!」
「……ねえ、アンタさ」
緩やかに手を挙げて、酷く気怠げな声で私は呟く。
「私がアンタたちに嬲られてたとき、私が何を考えてたか、知ってる?」
「ひ――!」
そうして、妖が一斉に飛びかかる。
咆哮と悲鳴、それらが綯い交ぜになった夜の路地を、やがて濃密な血の香りが満たしていった。
●
「依頼よ。内容はとある女性の保護と、妖の殲滅」
覚者達が現れるなり、久方 真由美(nCL2000003)は開口一番から本題に入る。
「対象はランク2の生物系妖が丁度10体。
彼らは獲物を見つけてはそれを殺し、素養のある者は死後自らの仲間にしてその群れを増やしているの」
同時に、今回の戦場には妖に襲われている一般人も存在する。
仮に『彼女』が妖に因って殺された場合、可能性としては即座に妖となって復活する可能性があるので、注意して欲しいという。
「……それと、戦場にはもう一人、介入している憤怒者が居るわ」
名を水旁・彩。『アヤカシ使い』と呼ばれている彼女は、覚者達が戦場に着いた時点で交戦の構えを見せるらしい。
「彼女は、嘗て覚者に裏切られた経験があるの。
大妖《紅蜘蛛・継美》。彼の妖の魅了によって操られた覚者が、彼女の両親を妖の仲間と糾弾して、半ば魔女狩りのように殺したらしいわ」
――その経験もあって、彼女は覚者をひどく憎んでいるらしい。
操られた覚者だけではない。その大妖の能力を知りながら流布された噂を疑いもしなかった当時のAAA、それらを筆頭とした覚者達の無能が両親を殺したという事実、それら覚者にまつわる全てに対してだ。
「だから、彼女は当初貴方達に敵対しようとする。
……ただ、皆の行動によってはそれを回避することも、出来なくはないの」
其れが正しいとは決して言えない。彼女の憎しみは、この先も消えることは無いだろうから。
ただ、それでも、貴方達が希望を信じるのならと、真由美は告げる。
「どうか、救ってあげて」
誰をとは、伝えぬままに。
●
炸裂。大規模な花火のような衝撃が妖達に伝わる。
苦悶の声を上げつつ、其れでも奴らは立ち上がる。予想してたとおり、此奴らの耐久力は並大抵ではない。
「あ、彩……!」
「喋るな。動くな。聞かないなら奴らより先に私がアンタを殺す」
ひ、と言う声と共に、背後の音は完全に停止する。
隙を見て襲い来る一頭。咄嗟に屈んで拳を振り上げれば、その手に纏われた灯が妖共々、私の掌で爆発する。
「――っ!!」
弾ける血と肉。そして痛み。問題ない。失血は即座に意識を失うほどではない。
それでも、状況は芳しくない。
数も、ポテンシャルの違いもそうだ。私一人が奴らを相手取るなど無謀に等しい。
「………………」
だから、選択する。
この身を外道に窶してでも、成すべきを成すという選択を。
「……許してくれなんて、言えるわけもないわね」
ベルトポーチから小箱を取り出す。
木組みのそれを地に叩きつければ、あっさりと割れた小箱から、赤茶けた肉塊が巨大な身の丈となって這い出る。
罪もない胎児を供養もせず、呪いの原料にした神具。それを使うという事実に痛ましさを覚えながらも、私は止まることを選ばなかった。
妖の子供と呼ばれた。上等だとこの心は熱く吼えた。
他人に決めつけられた生き方に従う気は更々無かった。其れが復讐の近道だとしても。
救われて嘆け。他者に迎合した自分を恨め。
嘗て蔑んだ私に助けられる無様を死ぬまで悔い続けろ。
「厭離穢土より我が身を喰らい――」
嗚呼、口の端が微かに上がる。
今が死の間際だったとしても、それが復讐を果たす最中だというのならば、この命が無駄ではないと解るから。
「――御身を為され、『コトリバコ』!」
肉塊が赤子のカタチを取る。
崩れかけた血肉の集合体が声ならぬ咆哮を上げれば、群がるように妖達がそれを襲い始める。
深まる夜。身も心も汚れた戦場は、未だ静寂がもたらされる気配を見せなかった。
幼い頃から、妖の子供めと蔑まれていた。
妖に与した二親の娘として生きた私は、其れに抗うこともせず、唯心を殺し続けて孤立した日々を送っていたのだ。
……ならば、と私は思う。
彼らが私を妖の側と叫ぶのならば、私は、そう在っても良いと言うことなのか?
「――あ、や」
眼前には怯える女。周囲には殺気を交えた気配が複数。
震えを抑えるよりも早く、彼女は必死に笑顔を取り繕って、明るい口調で話しかける。
「ひ、久しぶりだよね。中学以来じゃない?」
「………………」
「あのさ、あの時は御免ね? ほら、男子も女子も、アンタに味方する奴はみんな妖の仲間だって、脅してくるから、仕方、なくて……」
ひたひたと、背後から足音が聞こえる。
振り返るまでもなく、それが妖の足音だと気付いた。
対面する女は――嘗ての、私の同級生は、遂に姿を見せた妖と、それに動じることもない私に、押し殺した恐怖を再燃させる。
「ごめんなさい――ごめんなさい!
許して、殺さないで、助けて、ああ……!」
「……ねえ、アンタさ」
緩やかに手を挙げて、酷く気怠げな声で私は呟く。
「私がアンタたちに嬲られてたとき、私が何を考えてたか、知ってる?」
「ひ――!」
そうして、妖が一斉に飛びかかる。
咆哮と悲鳴、それらが綯い交ぜになった夜の路地を、やがて濃密な血の香りが満たしていった。
●
「依頼よ。内容はとある女性の保護と、妖の殲滅」
覚者達が現れるなり、久方 真由美(nCL2000003)は開口一番から本題に入る。
「対象はランク2の生物系妖が丁度10体。
彼らは獲物を見つけてはそれを殺し、素養のある者は死後自らの仲間にしてその群れを増やしているの」
同時に、今回の戦場には妖に襲われている一般人も存在する。
仮に『彼女』が妖に因って殺された場合、可能性としては即座に妖となって復活する可能性があるので、注意して欲しいという。
「……それと、戦場にはもう一人、介入している憤怒者が居るわ」
名を水旁・彩。『アヤカシ使い』と呼ばれている彼女は、覚者達が戦場に着いた時点で交戦の構えを見せるらしい。
「彼女は、嘗て覚者に裏切られた経験があるの。
大妖《紅蜘蛛・継美》。彼の妖の魅了によって操られた覚者が、彼女の両親を妖の仲間と糾弾して、半ば魔女狩りのように殺したらしいわ」
――その経験もあって、彼女は覚者をひどく憎んでいるらしい。
操られた覚者だけではない。その大妖の能力を知りながら流布された噂を疑いもしなかった当時のAAA、それらを筆頭とした覚者達の無能が両親を殺したという事実、それら覚者にまつわる全てに対してだ。
「だから、彼女は当初貴方達に敵対しようとする。
……ただ、皆の行動によってはそれを回避することも、出来なくはないの」
其れが正しいとは決して言えない。彼女の憎しみは、この先も消えることは無いだろうから。
ただ、それでも、貴方達が希望を信じるのならと、真由美は告げる。
「どうか、救ってあげて」
誰をとは、伝えぬままに。
●
炸裂。大規模な花火のような衝撃が妖達に伝わる。
苦悶の声を上げつつ、其れでも奴らは立ち上がる。予想してたとおり、此奴らの耐久力は並大抵ではない。
「あ、彩……!」
「喋るな。動くな。聞かないなら奴らより先に私がアンタを殺す」
ひ、と言う声と共に、背後の音は完全に停止する。
隙を見て襲い来る一頭。咄嗟に屈んで拳を振り上げれば、その手に纏われた灯が妖共々、私の掌で爆発する。
「――っ!!」
弾ける血と肉。そして痛み。問題ない。失血は即座に意識を失うほどではない。
それでも、状況は芳しくない。
数も、ポテンシャルの違いもそうだ。私一人が奴らを相手取るなど無謀に等しい。
「………………」
だから、選択する。
この身を外道に窶してでも、成すべきを成すという選択を。
「……許してくれなんて、言えるわけもないわね」
ベルトポーチから小箱を取り出す。
木組みのそれを地に叩きつければ、あっさりと割れた小箱から、赤茶けた肉塊が巨大な身の丈となって這い出る。
罪もない胎児を供養もせず、呪いの原料にした神具。それを使うという事実に痛ましさを覚えながらも、私は止まることを選ばなかった。
妖の子供と呼ばれた。上等だとこの心は熱く吼えた。
他人に決めつけられた生き方に従う気は更々無かった。其れが復讐の近道だとしても。
救われて嘆け。他者に迎合した自分を恨め。
嘗て蔑んだ私に助けられる無様を死ぬまで悔い続けろ。
「厭離穢土より我が身を喰らい――」
嗚呼、口の端が微かに上がる。
今が死の間際だったとしても、それが復讐を果たす最中だというのならば、この命が無駄ではないと解るから。
「――御身を為され、『コトリバコ』!」
肉塊が赤子のカタチを取る。
崩れかけた血肉の集合体が声ならぬ咆哮を上げれば、群がるように妖達がそれを襲い始める。
深まる夜。身も心も汚れた戦場は、未だ静寂がもたらされる気配を見せなかった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.生物系妖の殲滅
2.一般人の保護
3.古妖『コトリバコ』の討伐
2.一般人の保護
3.古妖『コトリバコ』の討伐
以下、シナリオ詳細。
場所:
某街、商店街アーケードの一角。時間帯は夜遅く。
夜間は妖の出現が危惧されるために外出する人は殆ど居らず、周囲を巻き込む心配はありません。
光源は街灯が存在するため必要有りません。
敵:
『妖』
ランク2の生物系妖です。数は10体居り、その内1体がリーダー格の鴉、その他は犬や猫等の死体から成っています。
犬、猫型は『HP吸収』とバッドステータス『流血』を含む近接攻撃と、自身のHPを回復させると共にランダムなバッドステータスに一時的な耐性を持つ奮起行動が在ります。
鴉型は遠距離の敵全体に『ダメージ0』、『錯乱』を伴う咆哮と、遠距離の単体に貫通効果と『ノックバック』を持つ羽ばたき攻撃を持ちます
現状、犬、猫型の一部はその体力が半分前後にまで減っています。
その他:
『一般人』
戦場に巻き込まれた一般人です。二十歳の女性。
戦闘能力を持たず、妖の攻撃を二回以上受ければ死亡します。
下記『水旁・彩』とは同級生だった模様。
『水旁・彩(みつくり・あや)』
現在上記『妖』と交戦中の憤怒者です。二十歳の女性。
戦闘能力は一般人より高く、また古妖や神具に関する知識を用いた戦闘により、妖を相手にしても引けは取りません。
体力は現在六、七割。攻撃方法は下記『野火』を呼び出しての攻撃か、下記『コトリバコ』に対する指示。他にも在るかは不明とのこと。
覚者に対して憎悪を抱いており、参加者の皆さんの行動如何によっては敵対も有り得ます。
『野火』
上記『水旁・彩』によって呼び出される古妖です。召喚される間隔は不明。
HPは低く、自身が死亡する、または自身の任意のいずれかによって爆発し、敵味方全体に大ダメージを与える効果を持ちます。
基本は意思を持たず、召喚者の指示に従う形で行動します。
『コトリバコ』
近世に於いて人々の口伝から派生した『近代古妖』にして神具でもあります。
本来はインターネット掲示板から拡散された怪談ですが、雷獣の影響により長らくの通信不良となっていたアラタナルの世界観に於いては若者達の口コミや雑誌のコラムなどから広まりました。
水子(堕胎した胎児)を用いて造られた呪具であり、贈られた対象は勿論、ともすれば作り手自身にも牙を剥く、極めて危険な古妖です。
今回発生した個体は、腐敗した血肉から成った巨大な赤子の形態。
その巨体故、常に『失速』のバッドステータスと、また『封印』のバッドステータスも持ち、同時に命中、物理攻撃とHPに非常に大きな補正が掛けられております。
現在の体力は九割程度。攻撃方法は遠距離単体に対する物理攻撃のみ。基本は召喚者の命令に従って行動します。
覚者が敵対行動を取った場合、『コトリバコ』は優先的に覚者を狙って行動します。
それでは、参加をお待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
7/8
7/8
公開日
2017年08月13日
2017年08月13日
■メイン参加者 7人■

●
――――――!!
大口を開け、咆哮する巨躯の胎児。
声音はない。当然だ。呪うことのみに特化した呪具がヒトとしての機能を有するはずもない。
それでも、その動作が痛みに無き咽ぶ子供のそれで在ることを理解すれば、吐き気と痛痒が私の心を掻き毟る。
「……ハ」
今更、此処まで堕ちておいて、人間じみた罪悪感などと。
自嘲に返る言葉はない。『其れ』から距離を取った犬の妖が、与し易しと私に目を付けた。
跳躍。其れを横に飛び退き、腕に野火を纏わせる。
距離は近すぎる。十分とは言えなかったが、それでも私は自爆を恐れず――
「……あまり善い手とは言えませんね、それは」
「っ!!」
中空を撃つ。少なくとも傍目にはそう見えた所作一つで、前に立つ妖はその仲間も共々に穿たれた。
遅れた反応を取り戻せば、声の先には褐色の肌をした青年と、そして。
「……癒術、整いました。お願いします、田場さん」
「了解だ。妖の方は暫く任せたぜ!」
それらに伴う、仲間達が。
いつぞやに見えた魔法使いと、その声に応じて私の後ろの一般人(クズ)を助けるスキンヘッドの男。
「事情は理解しております。貴方の憎しみも。
しかし、それ故に私は共闘したい。貴方の復讐を手助けする為に」
「………………」
背後の声には応じない。逆接、それが答えなのだと知った声の主は、然りと目礼して仲間達と同様に戦闘の準備を始める。
沈黙を以て返した答えを何時覆すか、それは私の中で常に燻り続けるが、未だ、未だと自身に言い聞かせてそれを押さえ込んだ。
「……何もかもを」
後ろのクズの絶望も、私の命も、この復讐すらも。
「台無しにするのがお好きなようね――F.i.V.E」
●
「……貴方にとっては、今すらも腹立たしいでしょうけど」
応えるように呟いた『獅子心王女<ライオンハート>』獅子神・伊織(CL2001603)が、気の流れを束ねて自らの模様を編んでいく。
「お互い相手を利用する……今はそれでいいですわ。だからあの妖共を一緒に駆逐しますわよ!」
初動に撃つには些か過ぎた祝福を惜しげもなく振る舞い、味方陣営、更には憤怒者――水旁・彩すらもその疵を癒していく。
その筈だった。本人がその効果を拒絶するまでは。
「……受け容れてはくれませんか」
「アンタ達が何を期待してたのかは知らないけど」
清廉珀香、そして独自の異能である火扇を展開した『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)へと、憤怒者は睨みながら返した。
「これは『救助』じゃなく『復讐』よ。
邪魔な妖を倒す。其処までは許容するわ。けれど、其処のクズを断りもなく連れ去っておいて、馴れ合う必要が何処にあるの?」
「……非礼をお詫びしますよ。貴方が、其処までの美学をお持ちとは」
意図を正しく理解できたのは、彼女同様に復讐者を名乗る『エリニュスの代行者』恩田・縁(CL2001356)一人だけであろう。
彼の憤怒者が望む復讐とは、『嘗て馬鹿にしていた相手に対価もなく救われる』と言う屈辱であると言うことだ。
それをもし、F.i.V.Eが介入して共闘の末、助けたとすれば――それは、ただの正当な救助だ。
無論、F.i.V.Eに属するこのメンバーにとって、一般人を救出しない、と言う選択肢は有り得ざるものだが、ことこの行動に関しては、共闘のスタンスに於いて『彼女への理解』に向けられる余地が大幅に削られたことは間違いない。
「……どうにも、やりにくいもんだね」
言葉を差し向けられた当人である『花屋の装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)は正に、その一般人の女性を抱えて戦場外へと離脱を始めていた。
「本当にすまなかったと思っているならば逃げるなよ。
これから見る光景は恐ろしいかもしれない。だが、彼女が味わった悲しみや絶望は、それに勝るとも劣らなかったのだろうからな」
「……申し訳ありませんが、お急ぎを。長く保つ状況とも言えません」
間に入った声は『狗吠』時任・千陽(CL2000014)のものだ。
無理もない。古妖『コトリバコ』を除けば、前衛に立つのは彼一人である上、義高と一般人女性への追撃を許さじと大震まで介しての足止め役だ。
しかし、問題は負傷だけに留まり得ない。
「カ、カカカカカカカカカ――――――!」
鴉型の妖が声を響かせれば、傾いだ思考が仲間達を狂奔へと追いやる。
そう、問題は前線で他の妖達への壁となりうる存在が千陽一人であり、尚かつ彼が行動する速度が他の仲間達に比べて圧倒的に早いと言うことだ。
鴉自体の速度にも因るだろうが、仮に千陽が錯乱状態に陥った場合、他からの回復を受ける前に千陽は先に動く。
其れによって穴の空いた前線から、他の妖が後衛に入り込めば、状況は一気に不利に追い込まれる事になる。
事実、それは成った。
犬型の妖が二頭、一同の隙間を縫って中・後衛陣に入り込む。
「きゃ……!?」
『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)の微かな恐怖を喰らうように、舌なめずりをする獣が、自らの爪牙を――
「……そうじゃないでしょう、貴方の相手は?」
――夏夜、音もなく風花が舞う。
爪先ほどに別たれた術符は次の刹那、石をも容易く切り裂く刃の雨となって、妖達を切り裂いた。
血煙に銀髪をたなびかせた『月々紅花』環 大和(CL2000477)が、次いでホルダーから術符を手挟む。
「次――――――!?」
そして、言いかけた言葉が、止まる。
錯乱状態から未だ抜け出せぬ千陽が、比較的距離の近い彼女へとナイフを向けていた。
刃は肩口を貫いた。僅かな苦悶に遅れて血が溢れ、そうして――大和は笑顔を浮かべる。
「……駄目よ、千陽さん」
言葉を追うように、御菓子の深想水。即時に自我を取り戻した千陽が悔恨と共に敵へと向き直る。
「麗しい友情だことで……!!」
悪態を吐きながら、憤怒者は双手に纏わせた火玉を放る。
爆裂は二度。二次行動を介して喚ばれた二体の野火が即座に灰燼に帰す様を、御菓子は義憤と――悲しみを綯い交ぜにして、叫ぶ。
「そんな、使い捨てるように……!」
「『よう』? 実際、使い捨ててるのよ。これらに他の用途は存在しないわ」
「でも、その子達だって――生きているのに!」
見えた瞠目は、少なくとも虚構を交えたものとは思えなかった。
「……そう。その言葉が全て間違いとは、言い切れないのかもね」
自我はなく、時と共に爆ぜる。それでも消えうるまでの僅かな生命があり、指示された元とはいえ、自律した行動も取れる。
その定義を生と定めるならば、御菓子の糾弾は正しく理に適っている。
「尤も、私は其れを認めないけど!」
「――――――っ」
哄笑ではなく、咆哮。
想いを踏みにじるための嘘ではなく、自らの理念の元に編み出した真実だと、御菓子は理解する。
「思考もなく、意思もなく、唯命じられ滅び行くだけの存在を一個の生物だなんて、私は絶対に認めない……!」
癒術を拒む憤怒者の負傷は特に顕著だ。だのに彼女は自らの怒りを力に変えたかのように、誰よりも苛烈に、激しく動き続けている。
「それは、所詮――」
振り返ったのは、自己の半生。
蔑まれ、追いやられ、自らをすら罪人と思いこんだ嘗ての自分を幻視して、彼女はこう叫んだ。
――それは所詮、私じゃないか!
●
覚者達の介入は彼我の戦力差に大きな影響を与えたものの、それに対して妖側の被害は犬型の妖が三体ほど。ダメージが大きいとは言い難かった。
理由は――当然と言えばそうだが、妖達の継戦能力の高さにある。
更には遠距離の対象まで錯乱状態に陥らせる鴉型の妖。こちらは千陽や縁、伊織の集中攻撃によって体力の殆どを削られていたが――それを自身も理解したのであろう。一時的にとは言え後衛に下がり、更には地上から距離を取った鴉型を狙うことは出来ず、事実上の膠着状態に陥っている。
……否、これら全ての要因は、結局の所集約される部分がある。
「……っ、彩さん!」
叫ぶのはラーラだ。彼女は視線を『それ』へと向けて大声を上げる。
「『コトリバコ』を下がらせて! 敵に有利に運ばれています!」
それは、恐らく覚者達が最も見落としていた部分だ。
潤沢な生命力と攻撃力、それに対して鈍重な肉体と、一切の異能を封じられた肉塊。
裏を返せば、それは――妖側にとって、最も利用しやすい存在だと言うことだ。
凡そ避けようが無い身体に攻撃を仕掛ければ、回避される心配もなく生命力を補填できる。
鴉型の妖による鳴き声もそれに当たる。錯乱させやすい肉体の上、巨躯故に遠距離まで届く攻撃は千陽さえクリアすれば事実上、敵の便利な砲台にすら成りうる。
「殺るなら勝手に殺りなさい! コイツを幾ら動かしたところで『戻される』のがオチよ!」
対する憤怒者の解答は、実に辛辣なものだった。
確かに鴉型の妖は吹き飛ばしの効果を伴う風を生み出すことが出来る。
後衛に下がった端から繰り返し同じ位置に戻るようでは犬型の妖による体力の種にされ続けることは間違いないだろう。
「……ええ。この子の魂を、解放するためにも」
誰よりも早く動いたのは大和だ。
全体に攻撃を飛ばせる彼女は、そうして躊躇いもなく古妖を攻撃範囲に含め、幾度目かの脣星落霜を舞い散らせる。
「貴方に罪はないと……ですが災いを撒き散らす存在になる前に、眠りなさい」
次いで、伊織も。更に続いて、ラーラも召炎破を放って古妖の身体を焼いていく。
「××××××――――――!!」
それは泣いていた。
迸る血を涙の代わりに零し、それでも憤怒者の命令に従って、ただ妖だけを攻撃して。
胸を押さえながら、泣きそうな顔で御菓子がそれを見続ける。
(ごめんなさいじゃ済まないよね。命をもてあそばれたのだから……でも、あなたはやはりこのまま残っていてはいけないの)
元々長きに渡る戦闘で、妖による負傷も多かったこともあり、消滅はそれほどの時を必要としなかった。
「……後悔しておいでですか?」
雷に灼かれる妖を尻目に、縁が不自然なまでの笑みを浮かべて、憤怒者に語りかけている。
「自らの復讐の道連れに、『アレ』を利用したことが」
「……痛む心も、嘆く能も持ち合わせないなら、それは只の機械でしかないわ」
襲う牙の幾らかを捌きつつ、彼女はひどく冷たい口調で縁に返す。
「何故苦しいのか、何故哀しいのか、何故腹立たしいのか。
それを理解しているからこそ、その感情を作る術を知る。それを相手に思い知らせる事が出来る。少なくとも、私にとっての復讐はそう言うものでしかない」
「……見事、お見事だ!
ただ殺すのではない! 相手を精神的に屈服させるその復讐方法! 嗚呼、復讐の女神達の徒である俺ですら感銘を受けるその在り方!」
怪訝な顔をする憤怒者に、縁はいっそ晴れやかな顔つきで彼女へ声を掛ける。
「私達……少なくとも私は貴女の復讐を手助けする為に共闘したいのです。
貴方の元同級生を救いましょう……それが貴女の復讐でしょ?」
「……アンタのお仲間に台無しにされたけどね」
「いや、その心配は無用だと思うぜ」
一頭。捌ききれなかった妖に腕を噛みつかれた憤怒者が苦悶を浮かべれば、次の刹那には妖の胴が首から滑り落ちていた。
鋸刃状の斧――『ギュスターヴ』を以てして、鮮やかに一刀で妖を切り伏せた義高が、ニッと笑いながら憤怒者を向く。
「彼女は相当怯えてたし――お前さんに感謝もしてた。少なくとも、アレは演技じゃないとは思うね。
さて、待たせたな。ここからは俺も加勢するぜ!」
下がっていた彼が合流し、尚かつ妖側の体力源であった古妖が死亡したことで、遂に戦況は大きく動いた。
瀕死の状態にある鴉型も、こうなればと一気に自身の身を前線に投入する。
無論、それを見逃す覚者達ではない。
「さあ、レグルス奏でなさい!
私の力は誰かを守る為にある……貴方達畜生共に簡単に抜かせはしませんわ!」
伊織が手にするエレキギターが燃える。炎を纏ったそれが妖の身を強かに打てば、鴉型は燃え殻となって飛散した。
飛び交う犬型妖。一頭の頭蓋にナイフを突き立て、次の一頭に銃口を向ける千陽。
それでも、間に合わない。牙を受ける姿勢を取る彼の横から出でた影が、肉を喰らわんとした妖を蹴撃で宙に飛ばした。
「……ああ、クソ」
舌を打つ憤怒者。意図せずして覚者を助けてしまった事実に吐き気を覚える彼女を見て、千陽は少しだけ――複雑な感情を胸に抱く。
復讐のために自らの心を殺す姿に痛ましさを抱きながらも、その復讐すらなくなれば、彼女は他に生きる縁を持たない。
彼女は、真の意味で怒りに身を投じた者、『憤怒者』なのだ。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
敵の数は幾許もない。
火焔連弾。それを受けて更に二体ほどの妖が焼け死んだ。気力もほぼ絶えかけたラーラが、それでもとグリモアを敵の元へ構える――より早く。
「……終わりよ。これでね」
「ええ。それでは復讐の顛末を――見届けましょうか」
二頭の犬。大和と縁の雷獣。
残る妖が雷雲に飛び込めば、刹那の閃光と爆音の後、其処には何も無くなっていた。
●
「……よく、見届けてくれたな」
言った義高は、柔和な笑みと共に一般人の女性を迎えに来た。
酷く怯え、在りもしない周囲の気配に視線を彷徨わせていた彼女がその言葉に表情を明るくすると、義高の腕に引っ張られながらどうにか自分の足で立ち上がる。
「彼女に、お礼を言いに行かなきゃな。
俺達のような仕事目的と違って、あの子は見返りもなくお前さんを助けに来てくれたんだ」
それが、復讐の目的だったとしても。
彼の憤怒者が義高らと同じF.i.V.Eの一員だと思っていた一般人は、その言葉に瞠目して――言葉を震わせる。
「……どうして」
「……?」
「私は、私達、あの子に、酷いこと、と」
嗚咽混じりの声は訥々として、よく聞き取れない。
それでも、義高は女性を引き連れつつ言葉を返す。
「彼女は復讐だと言っていた。けれど、俺達の目にはただ助けたかっただけにも映った。本当は、そのいずれかでもないかも知れない」
「……」
「けどなあ、俺は人間に絶望はしたくないし、それほど悲観的に見ても居ないんだよ」
真剣な表情とは打って変わって、からりと陽気な笑みを浮かべて、義高は言葉を続ける。
「彼女を救うキーマンは、きっと俺たちでなくお前さんらなんだ。
考えて、悩んで、苦しんで……けれど、頼むから彼女の姿から目をそらさないでほしい」
「……っ!!」
涙を零しながら、それでも必死に頷く女性に、義高は満足げに応える。
「行こうか、彼女の所へ」
「……環嬢、お怪我は」
「私は大丈夫。それよりも――自分の心配をした方が良いと思うけど」
苦笑を浮かべる大和に対して、千陽は少しばかり俯く。
義高と違い、戦闘開始時から常に前衛を張り続けていた彼の負傷は顕著だ。その満身創痍の姿に、憤怒者は呆れた目を向けつつ背を向ける。
「……行くのね」
問うたのは大和だ。
「来るならやり合うわよ。生憎、彼岸は見慣れてるの」
「いえ、自分達にその意思は在りませんが――」
言葉を返しつつ、千陽が見遣るのは、遥か後方でゆっくりと近づいてくる一般人の女性だ。
それに気づいた憤怒者は軽く嗤う。
「馬鹿らしいとは思わない?」
「……」
「嘗て馬鹿にされた。だから今度は馬鹿にし返してやろうと思った。
でもそうしたところで、当のアイツは過去のことをすっかり忘れて、私に感謝さえしようとしている」
所詮、復讐される側からすれば、その理由など些細なものなのだと、彼女は今になって理解した。
一人の少女を死に追いやるほどいじめ抜いても、数年の時が経てば「あの時は悪かった」等という勝手な一言で済ませるような、その程度のもの。
「……ならば貴方は、復讐を諦めるのですか」
落胆すら覗く表情の縁に、彼女は鼻で笑って言う。
「『向こう側』がそう思うのなら、私もそうさせて貰うわよ。
覚者を滅ぼして、日本を妖の巣窟にして――『ああ、悪かった。其処までするつもりはなかったんだ』ってね」
話は終わりだと言わんばかりに、彼女は背を向いて歩き出す。
けれど、それを追うように。
「私達は、貴方に謝罪する言葉すら持てない。
もう取り戻せない、ご両親の命や貴方の人生を歪め、奪ってしまったのだから」
御菓子が呟き、それでも、と。
「あなたは気付いてるかしら、元同級生を結果守り、『コトリバコ』に対し痛ましさを覚える優しい心を持っていることを」
「……貴女が覚者を憎む気持ちは理解してます。
ですが、貴女の復讐が結果的に誰かを守る物である限り……少なくとも私は貴女を尊敬し、共闘すると約束しますわ」
伊織も、それに続く。
憤怒者は――彩は、それに僅かな間瞑目し、告げる。
「復讐が誤りだなんて知ってる。此の痛みを、絶望を、誰かに味わわせないことこそが私の進むべき道だなんて、とっくに解ってる」
その歩みだけは、決して止めることなく。
「けれど、解る。今居るこの道以外を往けば、私はきっと死を選ぶんだと。
それだけは出来ない。私は、未だ何も為していない」
そうして、今度こそ彼女は闇に姿を溶かしていく――その刹那。
「……バーカ」
涙目で近づく嘗ての同級生に向けた言葉を、ラーラは聞き逃さなかった。
或いは、それこそが彼女に残された、最後の人間性なのかと信じて。
――――――!!
大口を開け、咆哮する巨躯の胎児。
声音はない。当然だ。呪うことのみに特化した呪具がヒトとしての機能を有するはずもない。
それでも、その動作が痛みに無き咽ぶ子供のそれで在ることを理解すれば、吐き気と痛痒が私の心を掻き毟る。
「……ハ」
今更、此処まで堕ちておいて、人間じみた罪悪感などと。
自嘲に返る言葉はない。『其れ』から距離を取った犬の妖が、与し易しと私に目を付けた。
跳躍。其れを横に飛び退き、腕に野火を纏わせる。
距離は近すぎる。十分とは言えなかったが、それでも私は自爆を恐れず――
「……あまり善い手とは言えませんね、それは」
「っ!!」
中空を撃つ。少なくとも傍目にはそう見えた所作一つで、前に立つ妖はその仲間も共々に穿たれた。
遅れた反応を取り戻せば、声の先には褐色の肌をした青年と、そして。
「……癒術、整いました。お願いします、田場さん」
「了解だ。妖の方は暫く任せたぜ!」
それらに伴う、仲間達が。
いつぞやに見えた魔法使いと、その声に応じて私の後ろの一般人(クズ)を助けるスキンヘッドの男。
「事情は理解しております。貴方の憎しみも。
しかし、それ故に私は共闘したい。貴方の復讐を手助けする為に」
「………………」
背後の声には応じない。逆接、それが答えなのだと知った声の主は、然りと目礼して仲間達と同様に戦闘の準備を始める。
沈黙を以て返した答えを何時覆すか、それは私の中で常に燻り続けるが、未だ、未だと自身に言い聞かせてそれを押さえ込んだ。
「……何もかもを」
後ろのクズの絶望も、私の命も、この復讐すらも。
「台無しにするのがお好きなようね――F.i.V.E」
●
「……貴方にとっては、今すらも腹立たしいでしょうけど」
応えるように呟いた『獅子心王女<ライオンハート>』獅子神・伊織(CL2001603)が、気の流れを束ねて自らの模様を編んでいく。
「お互い相手を利用する……今はそれでいいですわ。だからあの妖共を一緒に駆逐しますわよ!」
初動に撃つには些か過ぎた祝福を惜しげもなく振る舞い、味方陣営、更には憤怒者――水旁・彩すらもその疵を癒していく。
その筈だった。本人がその効果を拒絶するまでは。
「……受け容れてはくれませんか」
「アンタ達が何を期待してたのかは知らないけど」
清廉珀香、そして独自の異能である火扇を展開した『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)へと、憤怒者は睨みながら返した。
「これは『救助』じゃなく『復讐』よ。
邪魔な妖を倒す。其処までは許容するわ。けれど、其処のクズを断りもなく連れ去っておいて、馴れ合う必要が何処にあるの?」
「……非礼をお詫びしますよ。貴方が、其処までの美学をお持ちとは」
意図を正しく理解できたのは、彼女同様に復讐者を名乗る『エリニュスの代行者』恩田・縁(CL2001356)一人だけであろう。
彼の憤怒者が望む復讐とは、『嘗て馬鹿にしていた相手に対価もなく救われる』と言う屈辱であると言うことだ。
それをもし、F.i.V.Eが介入して共闘の末、助けたとすれば――それは、ただの正当な救助だ。
無論、F.i.V.Eに属するこのメンバーにとって、一般人を救出しない、と言う選択肢は有り得ざるものだが、ことこの行動に関しては、共闘のスタンスに於いて『彼女への理解』に向けられる余地が大幅に削られたことは間違いない。
「……どうにも、やりにくいもんだね」
言葉を差し向けられた当人である『花屋の装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)は正に、その一般人の女性を抱えて戦場外へと離脱を始めていた。
「本当にすまなかったと思っているならば逃げるなよ。
これから見る光景は恐ろしいかもしれない。だが、彼女が味わった悲しみや絶望は、それに勝るとも劣らなかったのだろうからな」
「……申し訳ありませんが、お急ぎを。長く保つ状況とも言えません」
間に入った声は『狗吠』時任・千陽(CL2000014)のものだ。
無理もない。古妖『コトリバコ』を除けば、前衛に立つのは彼一人である上、義高と一般人女性への追撃を許さじと大震まで介しての足止め役だ。
しかし、問題は負傷だけに留まり得ない。
「カ、カカカカカカカカカ――――――!」
鴉型の妖が声を響かせれば、傾いだ思考が仲間達を狂奔へと追いやる。
そう、問題は前線で他の妖達への壁となりうる存在が千陽一人であり、尚かつ彼が行動する速度が他の仲間達に比べて圧倒的に早いと言うことだ。
鴉自体の速度にも因るだろうが、仮に千陽が錯乱状態に陥った場合、他からの回復を受ける前に千陽は先に動く。
其れによって穴の空いた前線から、他の妖が後衛に入り込めば、状況は一気に不利に追い込まれる事になる。
事実、それは成った。
犬型の妖が二頭、一同の隙間を縫って中・後衛陣に入り込む。
「きゃ……!?」
『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)の微かな恐怖を喰らうように、舌なめずりをする獣が、自らの爪牙を――
「……そうじゃないでしょう、貴方の相手は?」
――夏夜、音もなく風花が舞う。
爪先ほどに別たれた術符は次の刹那、石をも容易く切り裂く刃の雨となって、妖達を切り裂いた。
血煙に銀髪をたなびかせた『月々紅花』環 大和(CL2000477)が、次いでホルダーから術符を手挟む。
「次――――――!?」
そして、言いかけた言葉が、止まる。
錯乱状態から未だ抜け出せぬ千陽が、比較的距離の近い彼女へとナイフを向けていた。
刃は肩口を貫いた。僅かな苦悶に遅れて血が溢れ、そうして――大和は笑顔を浮かべる。
「……駄目よ、千陽さん」
言葉を追うように、御菓子の深想水。即時に自我を取り戻した千陽が悔恨と共に敵へと向き直る。
「麗しい友情だことで……!!」
悪態を吐きながら、憤怒者は双手に纏わせた火玉を放る。
爆裂は二度。二次行動を介して喚ばれた二体の野火が即座に灰燼に帰す様を、御菓子は義憤と――悲しみを綯い交ぜにして、叫ぶ。
「そんな、使い捨てるように……!」
「『よう』? 実際、使い捨ててるのよ。これらに他の用途は存在しないわ」
「でも、その子達だって――生きているのに!」
見えた瞠目は、少なくとも虚構を交えたものとは思えなかった。
「……そう。その言葉が全て間違いとは、言い切れないのかもね」
自我はなく、時と共に爆ぜる。それでも消えうるまでの僅かな生命があり、指示された元とはいえ、自律した行動も取れる。
その定義を生と定めるならば、御菓子の糾弾は正しく理に適っている。
「尤も、私は其れを認めないけど!」
「――――――っ」
哄笑ではなく、咆哮。
想いを踏みにじるための嘘ではなく、自らの理念の元に編み出した真実だと、御菓子は理解する。
「思考もなく、意思もなく、唯命じられ滅び行くだけの存在を一個の生物だなんて、私は絶対に認めない……!」
癒術を拒む憤怒者の負傷は特に顕著だ。だのに彼女は自らの怒りを力に変えたかのように、誰よりも苛烈に、激しく動き続けている。
「それは、所詮――」
振り返ったのは、自己の半生。
蔑まれ、追いやられ、自らをすら罪人と思いこんだ嘗ての自分を幻視して、彼女はこう叫んだ。
――それは所詮、私じゃないか!
●
覚者達の介入は彼我の戦力差に大きな影響を与えたものの、それに対して妖側の被害は犬型の妖が三体ほど。ダメージが大きいとは言い難かった。
理由は――当然と言えばそうだが、妖達の継戦能力の高さにある。
更には遠距離の対象まで錯乱状態に陥らせる鴉型の妖。こちらは千陽や縁、伊織の集中攻撃によって体力の殆どを削られていたが――それを自身も理解したのであろう。一時的にとは言え後衛に下がり、更には地上から距離を取った鴉型を狙うことは出来ず、事実上の膠着状態に陥っている。
……否、これら全ての要因は、結局の所集約される部分がある。
「……っ、彩さん!」
叫ぶのはラーラだ。彼女は視線を『それ』へと向けて大声を上げる。
「『コトリバコ』を下がらせて! 敵に有利に運ばれています!」
それは、恐らく覚者達が最も見落としていた部分だ。
潤沢な生命力と攻撃力、それに対して鈍重な肉体と、一切の異能を封じられた肉塊。
裏を返せば、それは――妖側にとって、最も利用しやすい存在だと言うことだ。
凡そ避けようが無い身体に攻撃を仕掛ければ、回避される心配もなく生命力を補填できる。
鴉型の妖による鳴き声もそれに当たる。錯乱させやすい肉体の上、巨躯故に遠距離まで届く攻撃は千陽さえクリアすれば事実上、敵の便利な砲台にすら成りうる。
「殺るなら勝手に殺りなさい! コイツを幾ら動かしたところで『戻される』のがオチよ!」
対する憤怒者の解答は、実に辛辣なものだった。
確かに鴉型の妖は吹き飛ばしの効果を伴う風を生み出すことが出来る。
後衛に下がった端から繰り返し同じ位置に戻るようでは犬型の妖による体力の種にされ続けることは間違いないだろう。
「……ええ。この子の魂を、解放するためにも」
誰よりも早く動いたのは大和だ。
全体に攻撃を飛ばせる彼女は、そうして躊躇いもなく古妖を攻撃範囲に含め、幾度目かの脣星落霜を舞い散らせる。
「貴方に罪はないと……ですが災いを撒き散らす存在になる前に、眠りなさい」
次いで、伊織も。更に続いて、ラーラも召炎破を放って古妖の身体を焼いていく。
「××××××――――――!!」
それは泣いていた。
迸る血を涙の代わりに零し、それでも憤怒者の命令に従って、ただ妖だけを攻撃して。
胸を押さえながら、泣きそうな顔で御菓子がそれを見続ける。
(ごめんなさいじゃ済まないよね。命をもてあそばれたのだから……でも、あなたはやはりこのまま残っていてはいけないの)
元々長きに渡る戦闘で、妖による負傷も多かったこともあり、消滅はそれほどの時を必要としなかった。
「……後悔しておいでですか?」
雷に灼かれる妖を尻目に、縁が不自然なまでの笑みを浮かべて、憤怒者に語りかけている。
「自らの復讐の道連れに、『アレ』を利用したことが」
「……痛む心も、嘆く能も持ち合わせないなら、それは只の機械でしかないわ」
襲う牙の幾らかを捌きつつ、彼女はひどく冷たい口調で縁に返す。
「何故苦しいのか、何故哀しいのか、何故腹立たしいのか。
それを理解しているからこそ、その感情を作る術を知る。それを相手に思い知らせる事が出来る。少なくとも、私にとっての復讐はそう言うものでしかない」
「……見事、お見事だ!
ただ殺すのではない! 相手を精神的に屈服させるその復讐方法! 嗚呼、復讐の女神達の徒である俺ですら感銘を受けるその在り方!」
怪訝な顔をする憤怒者に、縁はいっそ晴れやかな顔つきで彼女へ声を掛ける。
「私達……少なくとも私は貴女の復讐を手助けする為に共闘したいのです。
貴方の元同級生を救いましょう……それが貴女の復讐でしょ?」
「……アンタのお仲間に台無しにされたけどね」
「いや、その心配は無用だと思うぜ」
一頭。捌ききれなかった妖に腕を噛みつかれた憤怒者が苦悶を浮かべれば、次の刹那には妖の胴が首から滑り落ちていた。
鋸刃状の斧――『ギュスターヴ』を以てして、鮮やかに一刀で妖を切り伏せた義高が、ニッと笑いながら憤怒者を向く。
「彼女は相当怯えてたし――お前さんに感謝もしてた。少なくとも、アレは演技じゃないとは思うね。
さて、待たせたな。ここからは俺も加勢するぜ!」
下がっていた彼が合流し、尚かつ妖側の体力源であった古妖が死亡したことで、遂に戦況は大きく動いた。
瀕死の状態にある鴉型も、こうなればと一気に自身の身を前線に投入する。
無論、それを見逃す覚者達ではない。
「さあ、レグルス奏でなさい!
私の力は誰かを守る為にある……貴方達畜生共に簡単に抜かせはしませんわ!」
伊織が手にするエレキギターが燃える。炎を纏ったそれが妖の身を強かに打てば、鴉型は燃え殻となって飛散した。
飛び交う犬型妖。一頭の頭蓋にナイフを突き立て、次の一頭に銃口を向ける千陽。
それでも、間に合わない。牙を受ける姿勢を取る彼の横から出でた影が、肉を喰らわんとした妖を蹴撃で宙に飛ばした。
「……ああ、クソ」
舌を打つ憤怒者。意図せずして覚者を助けてしまった事実に吐き気を覚える彼女を見て、千陽は少しだけ――複雑な感情を胸に抱く。
復讐のために自らの心を殺す姿に痛ましさを抱きながらも、その復讐すらなくなれば、彼女は他に生きる縁を持たない。
彼女は、真の意味で怒りに身を投じた者、『憤怒者』なのだ。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
敵の数は幾許もない。
火焔連弾。それを受けて更に二体ほどの妖が焼け死んだ。気力もほぼ絶えかけたラーラが、それでもとグリモアを敵の元へ構える――より早く。
「……終わりよ。これでね」
「ええ。それでは復讐の顛末を――見届けましょうか」
二頭の犬。大和と縁の雷獣。
残る妖が雷雲に飛び込めば、刹那の閃光と爆音の後、其処には何も無くなっていた。
●
「……よく、見届けてくれたな」
言った義高は、柔和な笑みと共に一般人の女性を迎えに来た。
酷く怯え、在りもしない周囲の気配に視線を彷徨わせていた彼女がその言葉に表情を明るくすると、義高の腕に引っ張られながらどうにか自分の足で立ち上がる。
「彼女に、お礼を言いに行かなきゃな。
俺達のような仕事目的と違って、あの子は見返りもなくお前さんを助けに来てくれたんだ」
それが、復讐の目的だったとしても。
彼の憤怒者が義高らと同じF.i.V.Eの一員だと思っていた一般人は、その言葉に瞠目して――言葉を震わせる。
「……どうして」
「……?」
「私は、私達、あの子に、酷いこと、と」
嗚咽混じりの声は訥々として、よく聞き取れない。
それでも、義高は女性を引き連れつつ言葉を返す。
「彼女は復讐だと言っていた。けれど、俺達の目にはただ助けたかっただけにも映った。本当は、そのいずれかでもないかも知れない」
「……」
「けどなあ、俺は人間に絶望はしたくないし、それほど悲観的に見ても居ないんだよ」
真剣な表情とは打って変わって、からりと陽気な笑みを浮かべて、義高は言葉を続ける。
「彼女を救うキーマンは、きっと俺たちでなくお前さんらなんだ。
考えて、悩んで、苦しんで……けれど、頼むから彼女の姿から目をそらさないでほしい」
「……っ!!」
涙を零しながら、それでも必死に頷く女性に、義高は満足げに応える。
「行こうか、彼女の所へ」
「……環嬢、お怪我は」
「私は大丈夫。それよりも――自分の心配をした方が良いと思うけど」
苦笑を浮かべる大和に対して、千陽は少しばかり俯く。
義高と違い、戦闘開始時から常に前衛を張り続けていた彼の負傷は顕著だ。その満身創痍の姿に、憤怒者は呆れた目を向けつつ背を向ける。
「……行くのね」
問うたのは大和だ。
「来るならやり合うわよ。生憎、彼岸は見慣れてるの」
「いえ、自分達にその意思は在りませんが――」
言葉を返しつつ、千陽が見遣るのは、遥か後方でゆっくりと近づいてくる一般人の女性だ。
それに気づいた憤怒者は軽く嗤う。
「馬鹿らしいとは思わない?」
「……」
「嘗て馬鹿にされた。だから今度は馬鹿にし返してやろうと思った。
でもそうしたところで、当のアイツは過去のことをすっかり忘れて、私に感謝さえしようとしている」
所詮、復讐される側からすれば、その理由など些細なものなのだと、彼女は今になって理解した。
一人の少女を死に追いやるほどいじめ抜いても、数年の時が経てば「あの時は悪かった」等という勝手な一言で済ませるような、その程度のもの。
「……ならば貴方は、復讐を諦めるのですか」
落胆すら覗く表情の縁に、彼女は鼻で笑って言う。
「『向こう側』がそう思うのなら、私もそうさせて貰うわよ。
覚者を滅ぼして、日本を妖の巣窟にして――『ああ、悪かった。其処までするつもりはなかったんだ』ってね」
話は終わりだと言わんばかりに、彼女は背を向いて歩き出す。
けれど、それを追うように。
「私達は、貴方に謝罪する言葉すら持てない。
もう取り戻せない、ご両親の命や貴方の人生を歪め、奪ってしまったのだから」
御菓子が呟き、それでも、と。
「あなたは気付いてるかしら、元同級生を結果守り、『コトリバコ』に対し痛ましさを覚える優しい心を持っていることを」
「……貴女が覚者を憎む気持ちは理解してます。
ですが、貴女の復讐が結果的に誰かを守る物である限り……少なくとも私は貴女を尊敬し、共闘すると約束しますわ」
伊織も、それに続く。
憤怒者は――彩は、それに僅かな間瞑目し、告げる。
「復讐が誤りだなんて知ってる。此の痛みを、絶望を、誰かに味わわせないことこそが私の進むべき道だなんて、とっくに解ってる」
その歩みだけは、決して止めることなく。
「けれど、解る。今居るこの道以外を往けば、私はきっと死を選ぶんだと。
それだけは出来ない。私は、未だ何も為していない」
そうして、今度こそ彼女は闇に姿を溶かしていく――その刹那。
「……バーカ」
涙目で近づく嘗ての同級生に向けた言葉を、ラーラは聞き逃さなかった。
或いは、それこそが彼女に残された、最後の人間性なのかと信じて。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
