サンヴァレット修道院より ダンス・マカブル
●サンヴァレット修道院と鬼哭死病
「ようこそサンヴァレット修道院へ。ご見学でいらっしゃいますか?」
聖人伝説を象ったステンドガラスから彩なる光がそそぎ込む。
ウィンプルを被った修道女はたおやかに微笑み、赤い絨毯を歩いて行く。
木製のベンチが並ぶ、そこは礼拝堂であった。
「当修道院では妖被災者への毛布や食料の提供を行なっております。失礼ですが……」
足を止め、すこしばかり振り返る修道女。
後ろを歩く男の身なりは、家を持っているとは思えないほどにくたびれていた。
そのうえホームレスとは異なる立ち振る舞いから、修道女は被災者ではないかと尋ねようとしたのだ。
男は肩をすくめてみせた。
助かるよ。そう言ってから、なぜタダで食料を配ろうなんて考えたんだ? と男は問いかけた。
「Sovrano Militare Ordine Ospedaliero di San Giovanni di Gerusalemme di Rhodi e di Malta(ロドス及びマルタにおけるエルサレムの聖ヨハネ病院独立騎士修道会)」
早口にイタリア語を述べる修道女に、男はなんといったのかと聞き返す。
対して、修道女はそれが答えの全てであるかのように黙った。
沈黙が続く。
先に沈黙を破ったのは、修道女の方だった。
「それで、何人分が必要ですか? 少しでしたら、お運びする人をよこせますが」
修道女の背後で、銃を抜く音。そして安全装置を外す音がした。
その僅かな音に反応して振り返ると、いかめしい9ミリ拳銃が彼女の額に向いていた。
「百万人分だ。そんなにないか? ありったけ出せと言ってるんだよ」
「ご無理を……」
「あとシスターどもは全員よこせ。今日から俺らに祈れ。ベッドで可愛がってやる」
「ご無理を、おっしゃらないでくださいな」
修道女の表情は、一切の変化を見せなかった。
脅しが足りないのか。そう思って近づこうとすると、逆に修道女の方が彼に歩を詰めた。
咄嗟のことに混乱し、引き金を引く。拳銃は正確に弾の撃鉄を叩き正確な爆発をもって弾頭が筒を回転しながら修道女の額へと吸い込まれる――寸前に、空中で粉々にはじけ飛んだ。
驚いて飛び退く男。
修道女はすかさず相手の銃を蹴り上げると、服の内側に入れていたレミントン・デリンジャーを二丁抜き、それを男の顎の下と額にそれぞれ押しつけた。
先程の表情とは別人と思えるほどの目の色、髪の色、そして圧倒的なまでの存在感に、男は腰を抜かしそうになった。
「調子に乗るなよ野良犬。帰ってあんたのご主人様に言え。『貴様にやる豆はない。飢えて死ね』と」
「こ、こんなことをして」
「我々は殺戮や略奪を好まない。しかし武力は十全に整え、いかなる時も敵を撃滅する力と心を持っている。さあ走れ、ご主人様のもとへ」
男は尻餅をついて倒れ、じたじたと後退したかと思うと悲鳴をあげながら逃げ出した。
こうして修道院は今日も平和でした……とは、ならぬ世である。
逃げた男がより酷い悲鳴をあげた。何かが爆ぜ、潰れる音がした。
外に出てみると、そこには頭が爆ぜて全身の肉がすべてそぎ落とされた死体が転がっていた。それが先程の男だと、誰が分かるだろうか。
修道女は死体の横。ペスト医師のようなマスクを被った人型の物体を注視した。
物体。
物体である。
なぜなら人の形が秒間隔でブレては、ハエの群れのようにうごめいているからだ。
「妖……ですか」
修道女はそのように言ってから、銃撃を始めた。
しかしハエの群れの如く大きく広がった相手は彼女を取り囲み、そして、先程の男と同じ末路をたどらせた。
●ファイヴにて、夢見の報告
「皆、妖による事件を夢見が予知した。国内の修道院のようだが、なかなかに強力な個体だ。戦闘準備を十全に整えてから挑んで欲しい。この依頼に乗ってくれる者はいるか……!」
五麟市、ファイヴ会議室。中 恭介(nCL2000002)が扉を開けるなり声を張った。
それが緊急の用件であること。
高い戦力を要すること。
放置すれば大きな悲劇を生むこと。
その三つを、覚者たちは察知した。
「場所はサンヴァレット修道院。一人の覚者によって守られている修道院だが、一般市民も多く存在しているエリアだ。ここにランク3の妖が発生し、人間を襲っている。現地覚者も応戦するつもりのようだが、明らかに戦力不足だ。至急現地に向かい、妖を撃破してくれ!」
「ようこそサンヴァレット修道院へ。ご見学でいらっしゃいますか?」
聖人伝説を象ったステンドガラスから彩なる光がそそぎ込む。
ウィンプルを被った修道女はたおやかに微笑み、赤い絨毯を歩いて行く。
木製のベンチが並ぶ、そこは礼拝堂であった。
「当修道院では妖被災者への毛布や食料の提供を行なっております。失礼ですが……」
足を止め、すこしばかり振り返る修道女。
後ろを歩く男の身なりは、家を持っているとは思えないほどにくたびれていた。
そのうえホームレスとは異なる立ち振る舞いから、修道女は被災者ではないかと尋ねようとしたのだ。
男は肩をすくめてみせた。
助かるよ。そう言ってから、なぜタダで食料を配ろうなんて考えたんだ? と男は問いかけた。
「Sovrano Militare Ordine Ospedaliero di San Giovanni di Gerusalemme di Rhodi e di Malta(ロドス及びマルタにおけるエルサレムの聖ヨハネ病院独立騎士修道会)」
早口にイタリア語を述べる修道女に、男はなんといったのかと聞き返す。
対して、修道女はそれが答えの全てであるかのように黙った。
沈黙が続く。
先に沈黙を破ったのは、修道女の方だった。
「それで、何人分が必要ですか? 少しでしたら、お運びする人をよこせますが」
修道女の背後で、銃を抜く音。そして安全装置を外す音がした。
その僅かな音に反応して振り返ると、いかめしい9ミリ拳銃が彼女の額に向いていた。
「百万人分だ。そんなにないか? ありったけ出せと言ってるんだよ」
「ご無理を……」
「あとシスターどもは全員よこせ。今日から俺らに祈れ。ベッドで可愛がってやる」
「ご無理を、おっしゃらないでくださいな」
修道女の表情は、一切の変化を見せなかった。
脅しが足りないのか。そう思って近づこうとすると、逆に修道女の方が彼に歩を詰めた。
咄嗟のことに混乱し、引き金を引く。拳銃は正確に弾の撃鉄を叩き正確な爆発をもって弾頭が筒を回転しながら修道女の額へと吸い込まれる――寸前に、空中で粉々にはじけ飛んだ。
驚いて飛び退く男。
修道女はすかさず相手の銃を蹴り上げると、服の内側に入れていたレミントン・デリンジャーを二丁抜き、それを男の顎の下と額にそれぞれ押しつけた。
先程の表情とは別人と思えるほどの目の色、髪の色、そして圧倒的なまでの存在感に、男は腰を抜かしそうになった。
「調子に乗るなよ野良犬。帰ってあんたのご主人様に言え。『貴様にやる豆はない。飢えて死ね』と」
「こ、こんなことをして」
「我々は殺戮や略奪を好まない。しかし武力は十全に整え、いかなる時も敵を撃滅する力と心を持っている。さあ走れ、ご主人様のもとへ」
男は尻餅をついて倒れ、じたじたと後退したかと思うと悲鳴をあげながら逃げ出した。
こうして修道院は今日も平和でした……とは、ならぬ世である。
逃げた男がより酷い悲鳴をあげた。何かが爆ぜ、潰れる音がした。
外に出てみると、そこには頭が爆ぜて全身の肉がすべてそぎ落とされた死体が転がっていた。それが先程の男だと、誰が分かるだろうか。
修道女は死体の横。ペスト医師のようなマスクを被った人型の物体を注視した。
物体。
物体である。
なぜなら人の形が秒間隔でブレては、ハエの群れのようにうごめいているからだ。
「妖……ですか」
修道女はそのように言ってから、銃撃を始めた。
しかしハエの群れの如く大きく広がった相手は彼女を取り囲み、そして、先程の男と同じ末路をたどらせた。
●ファイヴにて、夢見の報告
「皆、妖による事件を夢見が予知した。国内の修道院のようだが、なかなかに強力な個体だ。戦闘準備を十全に整えてから挑んで欲しい。この依頼に乗ってくれる者はいるか……!」
五麟市、ファイヴ会議室。中 恭介(nCL2000002)が扉を開けるなり声を張った。
それが緊急の用件であること。
高い戦力を要すること。
放置すれば大きな悲劇を生むこと。
その三つを、覚者たちは察知した。
「場所はサンヴァレット修道院。一人の覚者によって守られている修道院だが、一般市民も多く存在しているエリアだ。ここにランク3の妖が発生し、人間を襲っている。現地覚者も応戦するつもりのようだが、明らかに戦力不足だ。至急現地に向かい、妖を撃破してくれ!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖『鬼哭死病』の撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
ランク3妖と戦闘をし、民間人を守護します。
この戦闘に敗北、または長期化した場合付近に存在する大勢の一般市民が死亡します。
必ず、この戦闘に勝利してください。
緊急用件であるため、この依頼の相談はヘリを使って現地へ飛んでいる最中に行なっているものとして扱い、内容も配られた資料から確認しています。
●エネミーデータ
・鬼哭死病
ランク3、心霊系妖。
異常に高い回避能力をもち、非常に殺傷力の高い攻撃方法をとります。
その性質から遠列、ないしは遠全の攻撃範囲をもつと推測されます。
頭を爆ぜさせるのは最後だとしても、肉をそぎ落とすといった非常に残酷な攻撃方法をとるため、肉体の損傷は免れないと考えてください。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2017年08月03日
2017年08月03日
■メイン参加者 8人■

●死を待って踊れ、踊れ、踊れ。神は我らをお見捨てになったのだ。
犠牲と悲劇の待つかなたへ、ヘリコプターのプロペラ音が走って行く。
「夢見さんの情報があるというのは、本当にありがたいものだったのですね」
シートに身体を沈め、ポケットに入れた手をぎゅっと握って『想い重ねて』柳 燐花(CL2000695)は言う。
今回の悲劇に駆けつけることができるのは夢見の予知があったからで、今回の敵がいかような存在か見当も付かないのは夢見の予知がないからだ。
どちらの意味にしても、夢見の情報というものは状況を大きく左右する。
未来という意味でも。
感情という意味でも。
知るということは、人を大きく変えていく。
「……」
『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)が珍しく目を閉じ、何かに浸るように黙っていた。
燐花が心配そうに見やると、それを察したように薄めを開く。
「マルタ騎士団は、領土無き国家として知られています。世界94カ国がそれを認め、国連にも特別に席を置くほどの存在です。宗教国家であるバチカンと違って病院が主体となり、実質的には外交権をもつNPO法人です。ある意味、ファイヴがとろうとしてとれなかった形式といっていいでしょう」
「詳しいんですね……」
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)の言葉に、ラーラが再び目を瞑った。
「イタリアでは有名な話ですから。日本でファイヴが有名なように」
「えっと……」
イタリアはあの一体のなかでも、ペスト病に対して特に酷い歴史をもつ国だ。
その日本支部ともいえる場所をペスト病を彷彿とさせる妖が襲ったことに、奏空なりに関連性を見いだそうとしていたのだが……。
「いえ、気になさらないでください。いくらなんでも昔のことですから、私もピンときていませんよ」
五世紀以上前のこととなれば、なおのことだ。
「話は分かったわ、つまり……!」
『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)がシートベルトを外してドアに手をかけた。
「飛び降りて! 切りつけて! わたしつよい! でしょう!?」
素早く羽交い締め(と言うより関節技)を仕掛ける『狗吠』時任・千陽(CL2000014)。
「ちがいます」
「ちがうの!?」
「ちがいます。物理ダメージを無効化できるわけではないんです。効果装置をつけてください」
「こーかそーち?」
それはどういう化粧品なの? という顔で首を傾げる数多をよそに、『月々紅花』環 大和(CL2000477)が少し分厚いベストとリュックサックのセットみたいなものを着込んでいた。
「ヘリが着陸するまで待てないのはみんな一緒よ。私がヘリより早く走れるならそうしていたくらいだわ。けど今は、できる限りのことをしましょう」
パチンとベルトを固定する。
同じくベルトを固定し、賀茂 たまき(CL2000994)は降下準備を整えた。
「沢山のかたが犠牲になることだけは、どうしても避けたいです」
「その気持ちは、みんな一緒だよ」
同じく準備を整える『秘心伝心』鈴白 秋人(CL2000565)。
「目指すところは被害者ゼロだ。そのための努力をしよう」
「そのための……」
たまきは何回か自分に言い聞かせてから、ぎゅっと閉じた目を開いた。
音をたててヘリの扉が開く。
「ファイヴ――賀茂たまき、でますっ!」
小さく助走をつけ、たまきは大空へと飛び出した。
●Eli, Eli, Lema Sabachthani?
空を飛ぶ鳥はなにを思って風を切るのか。
小さな虫を食らうために翼を畳む鳥そのもののように、燐花と奏空は加速姿勢を取った。
ギリギリの所でパルチパラシュートを展開。
元々リュックサックを背負っていたたまきなどはリュックをネット固定などしてお腹にかかえ、千陽や秋人たちもそれぞれに適した降下姿勢をとる。
大和も着地と同時にホルスターのロックを外せるように身を丸め……たところでぎょっと目を見開いた。
「お先に現場はいりまーす!」
数多がマルチパラシュートを切断。再びの自由降下によって先行したのである。
「私が来たからに゛っ――!?」
隕石の落下。
打ち上げ花火の暴発。
トラック事故。
とにかく、想像しうる中で一番派手で破壊的な事故の音を想像して欲しい。それが、修道女の目の前で起こった。
爆撃か何かと間違えて飛び退く修道女。はれた土煙の中には、大地をクレーター状に破壊した数多が血まみれで立っていた。
刀を抜き、小指と人差し指を立て、顔の横に翳してみせる。
「おまたせ、アイドル参上☆」
並の妖であれば今の攻撃で跡形も残さず散らされていたはずだが、R3妖『鬼哭死病』はそのレベルに留まらなかった。
螺旋状にわき上がり、数多を囲むように形を成していく。
が、それらしい形を成す前に閃光が走って鬼哭死病の粒子を再び散らしていく。
具体的には落下途中で奏空と協力して加速をかけた燐花がスピードをそのまま威力にのせて空間を切りつけ、着地の角度を曲げてボールがはねるかのようにバウンド。近くの柱を足場にして再び飛びかかり、空間を三度いっぺんに切りつけたのである。
ちらりと視線をよこす燐花。修道女と目が合ったが、特に会話らしい会話はしなかった。
この時点で修道女視点からは奇妙な事故が連続したように見えているはずだ。
「割り込んでごめんなさい。ちょっと離れてて……!」
追って降下してきた奏空が迷霧を展開。
「この妖は俺たちが倒――!」
自己強化も重ねながら修道女との間に割り込むが、巨大な手の形を成した鬼哭死病によっていきなり握りつぶされた。
より正確に述べると、握るように奏空を覆った粒子が彼の肉体を凄まじい速さで食いつぶしたのだ。
途端にパッとあたりに散る鬼哭死病。
「逃がしません! 良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
降下中のラーラが上空から魔術を展開。空に生まれた十六の魔方陣がそれぞれ大砲のように筒状となり、炎弾による爆撃を開始した。
修道院の前で無数の爆発が起こり、鬼哭死病の粒子が次々と呑まれていく。
「やりましたか……?」
目を細めるラーラ。しかし、そこにあったのはほぼ無傷の鬼哭死病だった。
人型の形状にまとまり、ペストマスクがラーラを無表情に見上げている。
「読みが外れましたか。それならやり方を変えるだけです!」
「失礼します。我々はファイヴです」
着地し、鬼哭死病へ殴りかかる千陽。修道女に呼びかけると、後を大和に託してひらひらと回避する鬼哭死病にパンチラッシュを仕掛けていく。
着地し、膝のホルスターから大量の護符を引き抜き口づけする大和。
飛んでいった護符がダメージを受けた奏空や数多(ほぼ自傷)、少々ダメージをうけていた修道女の傷を強制修復していく。
「あなたは一般の方々をお守り頂けるかしら。そのほうが皆も安心するとおもうから」
「……助かります」
修道女は銃をしまうと、大和たちに戦闘をまかせて別の建物へと走って行った。
「なかなかいい滑り出しね」
「そうみたいだ」
そっと丁寧に着地していた秋人が、弓をよく引いて鬼哭死病へ構えていた。
パッと大きく開く鬼哭死病。対抗して矢を放つ秋人。
破魔の力が鬼哭死病の粒子とぶつかり合い、カウンターヒールを展開していく。
それでもダメージ量は相手の方が上だ。絶え間なく回復弾幕を張り続けるほかないだろう。
「……」
冷静に状況を分析する秋人。
大和の言うとおり、滑り出しは順調だ。
ほぼ投身自殺みたいな強引さで数多が現場に突入したおかげでいくらか先手をとれたし、修道女から疑いをかけられることなく戦闘を始められた。
避難に集中させたのにはリソースの使い方を誤ったようにも思えるが、八人が力を合わせれば勝てない敵では無いはずだ。
「遠くに宿舎のようなものがある。鬼哭死病はずっとあちらに気をかけてるみたいだ。俺たちが注意を引きつけている間はいいけれど、長期化したら……」
「分かってるわ」
「この身を盾にしてでも、食い止めて見せます!」
リュックサックを背負い直し、たまきは護符をまき散らした。
反発力となって鬼哭死病の粒子を押し返す。
それでもたまきを押しのけて宿舎側へ移動しようとする鬼哭死病を御朱印帳を広げて作った結界で強引に押し返すと、たまきはリュックサックから数本の大護符を引っ張り出した。
「犠牲者は、出しません!」
それが、きわめて困難なミッションであるとしても。
●燃えろ、燃えろ、国ごと燃えろ
物事を調べるという行為の効率化にはいくつか方法がある。
エネミースキャンの効率化に関して述べるなら、調べ方を工夫する、はじめからアタリをつける、対象を絞る、他事を停止して集中するといったやり方の他に、複数人で分担するというものがある。
といっても、分担したメンバーがそれぞれ『ただスキャンを走らせていただけ』であれば、相応のリソースになってはくる。特に奏空と千陽は戦闘のついでにスキャニングしているに過ぎない。この分だと戦闘の後半になってようやく状況を把握しはじめるくらいが妥当だろうと思われていたが……。
(※補足:エネミースキャンの『判定』にいくつ補正をつけるかのプレイング判定にあたります)
「私が看ます!」
ラーラが眼前に魔方陣を展開。と同時に魔導書のロックが外れ、全てのページが同時に輝き始めた。
「四元素の一、熱と乾と赤を統べる者、製菓の護り手、サンタンジェロ城にてローマの黒死を終わらせし者ミカエルよ、我が身に厄災を払う煌炎の加護を授けよ……!」
魔方陣が大量に増幅され、鬼哭死病を細部にわたって詳細に観察、瞬時に看破していった。
「千陽さん、燐花さん。攻撃を特属性に切り替えてください! 数多さんはそのまま……いえ、オリジナルスキルで強引に押し切ったほうがダメージが稼げます!」
「了解」
「併せましょう」
千陽はナイフを逆手に握り、燐花もまた小太刀を逆手に握った。
散ろうとした鬼哭死病を両サイドから挟み込む。
術式エネルギーを込めた千陽のパンチが鬼哭死病を丸ごと押し込み、逆側から繰り出した燐花の掌底が激しい爆風によって鬼哭死病を払っていく。
挟まれるように一箇所に凝縮される鬼哭死病。
ぐねぐねと形を変えていくが、そこへ飛び込んだ数多が刀を振りかざした。
「乙女にスプラッタなもんみせるんじゃないわよ! 寝覚めが悪いわ!」
空間を切断し、切断した空間を更に切断し、できあがった真空を無理矢理切断する。
余りに強烈な物理攻撃によって鬼哭死病が強引に吸い寄せられ、ミキサーにかけられたかのように削れていく。
「攻撃、来ます! 回復弾幕を!」
「うん、出し惜しみはいらないよ」
三本の矢をいっぺんにひっかけ、放つ秋人。
空中で分散したエネルギーの矢が、まるで泥水でも浴びせかけるように広がって襲いかかろうとした鬼哭死病を真っ向から弾いていく。
「こっちのペースね。手伝うわ」
大和が両手に持った護符の束を扇状に開くと、ちろりと舌先で舐めて空に放った。
全ての護符が意志を持ったかのように飛び、互いにエネルギーの網をはって鬼哭死病のダメージ分を押し返していく。
「更に押し込むよ。たまきちゃん!」
「はい……!」
二人並んで走り出す奏空とたまき。
「雷光一閃……!」
刀に雷を纏わせる奏空。
「龍槍円舞……!」
術式エネルギーを帯状の護符に込め、奏空の剣へぐるぐると巻き付けていくたまき。
二人で一緒に剣を握ると、鬼哭死病めがけて大胆に振り込んだ。
大地に打ち込まれた剣が伝い、鬼哭死病の足下から巨大な竜となって飛び上がる。
鬼哭死病を丸ごと喰らい、一箇所にとどめた。
「これで終わりです」
魔導書がふわりと浮き上がり、ラーラの肌に無数の文様が浮かび上がっていく。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を」
目を閉じ、開く。
眼光には激しい炎が宿っていた。
「イオ・ブルチャーレ!」
突きだしたラーラの手から炎が伸びる。
散って逃げようとする鬼哭死病だが、炎は巨大な蛇となって鬼哭死病を飲み込み、最後には球となってまるごと燃やし尽くしていった。
「あなたに逃げ場などありません。疫病の歴史そのままに、燃え尽きなさい」
●撃鉄のジャンナ
「お世話になりました。おかげさまで、修道院にも宿舎にも被害は出ませんでした。私は修道院の護衛を任されております、ジャンナと申します」
頭を下げる修道女ジャンナ。
たまきはほっとした様子でベンチに座り込んだ。
「よかったです。ちゃんと守れたんですね……」
「うん……」
奏空もたまきの様子に満足そうだ。
「あなた方はファイヴと名乗っていらっしゃいましたけれど、それは『五麟市のファイヴ』でお間違えないでしょうか?」
「はい。我々は……」
千陽はファイヴのことを手短かに説明した。
国公認の機関であること。出資者が国であること。しかし国の制約を受けないこと。メンバーは民間人で、人々を守るために戦っていること……などだ。
「失礼ですが……それは、『大丈夫』なのでしょうか……?」
説明を聞いたジャンナは最大限に言葉を選んで言った。
国から金を貰っているけど何の制約も受けていないとなると、かなり一方的な組織のように思えたからである。そういう組織はこの世にいくつもあるが大体が悪事に絡んでいる。
「私たちのこと、疑ってるのかしら」
念のために問いかけた大和に、ジャンナはかぶりを振った。
「いいえ。そのお話だけでは警戒するところでしたが、実物を見ていますから」
「ん……」
あらゆることの真実ともいうべきか。
肩書きや背景よりも、『過去に何をして、今何をしているか』が人を信じさせるものである。
そこまで話がまとまっているなら、もう言うことは無い。
秋人も同じ感想なようで、既にベンチに腰掛けて休んでいる。
「それにしても不気味な妖だったわね。ペスト医師みたいな顔してて……ペストってネズミからくる病気だったかしら? いる? ネズミ」
「ネズミはそれなりにいますが……ペスト病をもっているならそれはまた別の問題がありますね」
「……っていうか、ペストって治る病気だったかしら?」
「今は、お薬がありますので」
燐花が秋人と一緒にお茶を飲みながら言った。
昔の悲劇はともかく、今同じ病気になったとしても治療することができる。今世紀に入っての死亡例も無いという。
話はそこで一区切りがついた。妖のことは分からないが、とにかく今は助かった、という話だ。
「……」
それまで黙っていたラーラに、ジャンナが向き直った。
「あなたの力を使うところを、見たのですが」
「……」
ラーラは自らを魔女の血筋をとらえ、力もそれに由来するものと考えていた。
修道女からすれば不倶戴天の敵になるはずだが……。
「あなたの力は聖人の加護に近いように思います。どちらの教会の方でしょうか」
「いえ、私は……」
ここで詳しく話すことも無いだろう。おいおい話していけばいい。
ラーラは話を濁すように手を振った。
「私たちは、そろそろ行きますね。お困りのことがありましたら、声をかけてください」
八人の覚者が今日、起きるべき悲劇をこの世から消し去った。
何十人もの命を人知れず救い、プロペラ音と共に帰って行く。
この先起きる悪魔のような惨劇の予感を、胸に抱きながら。
犠牲と悲劇の待つかなたへ、ヘリコプターのプロペラ音が走って行く。
「夢見さんの情報があるというのは、本当にありがたいものだったのですね」
シートに身体を沈め、ポケットに入れた手をぎゅっと握って『想い重ねて』柳 燐花(CL2000695)は言う。
今回の悲劇に駆けつけることができるのは夢見の予知があったからで、今回の敵がいかような存在か見当も付かないのは夢見の予知がないからだ。
どちらの意味にしても、夢見の情報というものは状況を大きく左右する。
未来という意味でも。
感情という意味でも。
知るということは、人を大きく変えていく。
「……」
『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)が珍しく目を閉じ、何かに浸るように黙っていた。
燐花が心配そうに見やると、それを察したように薄めを開く。
「マルタ騎士団は、領土無き国家として知られています。世界94カ国がそれを認め、国連にも特別に席を置くほどの存在です。宗教国家であるバチカンと違って病院が主体となり、実質的には外交権をもつNPO法人です。ある意味、ファイヴがとろうとしてとれなかった形式といっていいでしょう」
「詳しいんですね……」
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)の言葉に、ラーラが再び目を瞑った。
「イタリアでは有名な話ですから。日本でファイヴが有名なように」
「えっと……」
イタリアはあの一体のなかでも、ペスト病に対して特に酷い歴史をもつ国だ。
その日本支部ともいえる場所をペスト病を彷彿とさせる妖が襲ったことに、奏空なりに関連性を見いだそうとしていたのだが……。
「いえ、気になさらないでください。いくらなんでも昔のことですから、私もピンときていませんよ」
五世紀以上前のこととなれば、なおのことだ。
「話は分かったわ、つまり……!」
『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)がシートベルトを外してドアに手をかけた。
「飛び降りて! 切りつけて! わたしつよい! でしょう!?」
素早く羽交い締め(と言うより関節技)を仕掛ける『狗吠』時任・千陽(CL2000014)。
「ちがいます」
「ちがうの!?」
「ちがいます。物理ダメージを無効化できるわけではないんです。効果装置をつけてください」
「こーかそーち?」
それはどういう化粧品なの? という顔で首を傾げる数多をよそに、『月々紅花』環 大和(CL2000477)が少し分厚いベストとリュックサックのセットみたいなものを着込んでいた。
「ヘリが着陸するまで待てないのはみんな一緒よ。私がヘリより早く走れるならそうしていたくらいだわ。けど今は、できる限りのことをしましょう」
パチンとベルトを固定する。
同じくベルトを固定し、賀茂 たまき(CL2000994)は降下準備を整えた。
「沢山のかたが犠牲になることだけは、どうしても避けたいです」
「その気持ちは、みんな一緒だよ」
同じく準備を整える『秘心伝心』鈴白 秋人(CL2000565)。
「目指すところは被害者ゼロだ。そのための努力をしよう」
「そのための……」
たまきは何回か自分に言い聞かせてから、ぎゅっと閉じた目を開いた。
音をたててヘリの扉が開く。
「ファイヴ――賀茂たまき、でますっ!」
小さく助走をつけ、たまきは大空へと飛び出した。
●Eli, Eli, Lema Sabachthani?
空を飛ぶ鳥はなにを思って風を切るのか。
小さな虫を食らうために翼を畳む鳥そのもののように、燐花と奏空は加速姿勢を取った。
ギリギリの所でパルチパラシュートを展開。
元々リュックサックを背負っていたたまきなどはリュックをネット固定などしてお腹にかかえ、千陽や秋人たちもそれぞれに適した降下姿勢をとる。
大和も着地と同時にホルスターのロックを外せるように身を丸め……たところでぎょっと目を見開いた。
「お先に現場はいりまーす!」
数多がマルチパラシュートを切断。再びの自由降下によって先行したのである。
「私が来たからに゛っ――!?」
隕石の落下。
打ち上げ花火の暴発。
トラック事故。
とにかく、想像しうる中で一番派手で破壊的な事故の音を想像して欲しい。それが、修道女の目の前で起こった。
爆撃か何かと間違えて飛び退く修道女。はれた土煙の中には、大地をクレーター状に破壊した数多が血まみれで立っていた。
刀を抜き、小指と人差し指を立て、顔の横に翳してみせる。
「おまたせ、アイドル参上☆」
並の妖であれば今の攻撃で跡形も残さず散らされていたはずだが、R3妖『鬼哭死病』はそのレベルに留まらなかった。
螺旋状にわき上がり、数多を囲むように形を成していく。
が、それらしい形を成す前に閃光が走って鬼哭死病の粒子を再び散らしていく。
具体的には落下途中で奏空と協力して加速をかけた燐花がスピードをそのまま威力にのせて空間を切りつけ、着地の角度を曲げてボールがはねるかのようにバウンド。近くの柱を足場にして再び飛びかかり、空間を三度いっぺんに切りつけたのである。
ちらりと視線をよこす燐花。修道女と目が合ったが、特に会話らしい会話はしなかった。
この時点で修道女視点からは奇妙な事故が連続したように見えているはずだ。
「割り込んでごめんなさい。ちょっと離れてて……!」
追って降下してきた奏空が迷霧を展開。
「この妖は俺たちが倒――!」
自己強化も重ねながら修道女との間に割り込むが、巨大な手の形を成した鬼哭死病によっていきなり握りつぶされた。
より正確に述べると、握るように奏空を覆った粒子が彼の肉体を凄まじい速さで食いつぶしたのだ。
途端にパッとあたりに散る鬼哭死病。
「逃がしません! 良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
降下中のラーラが上空から魔術を展開。空に生まれた十六の魔方陣がそれぞれ大砲のように筒状となり、炎弾による爆撃を開始した。
修道院の前で無数の爆発が起こり、鬼哭死病の粒子が次々と呑まれていく。
「やりましたか……?」
目を細めるラーラ。しかし、そこにあったのはほぼ無傷の鬼哭死病だった。
人型の形状にまとまり、ペストマスクがラーラを無表情に見上げている。
「読みが外れましたか。それならやり方を変えるだけです!」
「失礼します。我々はファイヴです」
着地し、鬼哭死病へ殴りかかる千陽。修道女に呼びかけると、後を大和に託してひらひらと回避する鬼哭死病にパンチラッシュを仕掛けていく。
着地し、膝のホルスターから大量の護符を引き抜き口づけする大和。
飛んでいった護符がダメージを受けた奏空や数多(ほぼ自傷)、少々ダメージをうけていた修道女の傷を強制修復していく。
「あなたは一般の方々をお守り頂けるかしら。そのほうが皆も安心するとおもうから」
「……助かります」
修道女は銃をしまうと、大和たちに戦闘をまかせて別の建物へと走って行った。
「なかなかいい滑り出しね」
「そうみたいだ」
そっと丁寧に着地していた秋人が、弓をよく引いて鬼哭死病へ構えていた。
パッと大きく開く鬼哭死病。対抗して矢を放つ秋人。
破魔の力が鬼哭死病の粒子とぶつかり合い、カウンターヒールを展開していく。
それでもダメージ量は相手の方が上だ。絶え間なく回復弾幕を張り続けるほかないだろう。
「……」
冷静に状況を分析する秋人。
大和の言うとおり、滑り出しは順調だ。
ほぼ投身自殺みたいな強引さで数多が現場に突入したおかげでいくらか先手をとれたし、修道女から疑いをかけられることなく戦闘を始められた。
避難に集中させたのにはリソースの使い方を誤ったようにも思えるが、八人が力を合わせれば勝てない敵では無いはずだ。
「遠くに宿舎のようなものがある。鬼哭死病はずっとあちらに気をかけてるみたいだ。俺たちが注意を引きつけている間はいいけれど、長期化したら……」
「分かってるわ」
「この身を盾にしてでも、食い止めて見せます!」
リュックサックを背負い直し、たまきは護符をまき散らした。
反発力となって鬼哭死病の粒子を押し返す。
それでもたまきを押しのけて宿舎側へ移動しようとする鬼哭死病を御朱印帳を広げて作った結界で強引に押し返すと、たまきはリュックサックから数本の大護符を引っ張り出した。
「犠牲者は、出しません!」
それが、きわめて困難なミッションであるとしても。
●燃えろ、燃えろ、国ごと燃えろ
物事を調べるという行為の効率化にはいくつか方法がある。
エネミースキャンの効率化に関して述べるなら、調べ方を工夫する、はじめからアタリをつける、対象を絞る、他事を停止して集中するといったやり方の他に、複数人で分担するというものがある。
といっても、分担したメンバーがそれぞれ『ただスキャンを走らせていただけ』であれば、相応のリソースになってはくる。特に奏空と千陽は戦闘のついでにスキャニングしているに過ぎない。この分だと戦闘の後半になってようやく状況を把握しはじめるくらいが妥当だろうと思われていたが……。
(※補足:エネミースキャンの『判定』にいくつ補正をつけるかのプレイング判定にあたります)
「私が看ます!」
ラーラが眼前に魔方陣を展開。と同時に魔導書のロックが外れ、全てのページが同時に輝き始めた。
「四元素の一、熱と乾と赤を統べる者、製菓の護り手、サンタンジェロ城にてローマの黒死を終わらせし者ミカエルよ、我が身に厄災を払う煌炎の加護を授けよ……!」
魔方陣が大量に増幅され、鬼哭死病を細部にわたって詳細に観察、瞬時に看破していった。
「千陽さん、燐花さん。攻撃を特属性に切り替えてください! 数多さんはそのまま……いえ、オリジナルスキルで強引に押し切ったほうがダメージが稼げます!」
「了解」
「併せましょう」
千陽はナイフを逆手に握り、燐花もまた小太刀を逆手に握った。
散ろうとした鬼哭死病を両サイドから挟み込む。
術式エネルギーを込めた千陽のパンチが鬼哭死病を丸ごと押し込み、逆側から繰り出した燐花の掌底が激しい爆風によって鬼哭死病を払っていく。
挟まれるように一箇所に凝縮される鬼哭死病。
ぐねぐねと形を変えていくが、そこへ飛び込んだ数多が刀を振りかざした。
「乙女にスプラッタなもんみせるんじゃないわよ! 寝覚めが悪いわ!」
空間を切断し、切断した空間を更に切断し、できあがった真空を無理矢理切断する。
余りに強烈な物理攻撃によって鬼哭死病が強引に吸い寄せられ、ミキサーにかけられたかのように削れていく。
「攻撃、来ます! 回復弾幕を!」
「うん、出し惜しみはいらないよ」
三本の矢をいっぺんにひっかけ、放つ秋人。
空中で分散したエネルギーの矢が、まるで泥水でも浴びせかけるように広がって襲いかかろうとした鬼哭死病を真っ向から弾いていく。
「こっちのペースね。手伝うわ」
大和が両手に持った護符の束を扇状に開くと、ちろりと舌先で舐めて空に放った。
全ての護符が意志を持ったかのように飛び、互いにエネルギーの網をはって鬼哭死病のダメージ分を押し返していく。
「更に押し込むよ。たまきちゃん!」
「はい……!」
二人並んで走り出す奏空とたまき。
「雷光一閃……!」
刀に雷を纏わせる奏空。
「龍槍円舞……!」
術式エネルギーを帯状の護符に込め、奏空の剣へぐるぐると巻き付けていくたまき。
二人で一緒に剣を握ると、鬼哭死病めがけて大胆に振り込んだ。
大地に打ち込まれた剣が伝い、鬼哭死病の足下から巨大な竜となって飛び上がる。
鬼哭死病を丸ごと喰らい、一箇所にとどめた。
「これで終わりです」
魔導書がふわりと浮き上がり、ラーラの肌に無数の文様が浮かび上がっていく。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を」
目を閉じ、開く。
眼光には激しい炎が宿っていた。
「イオ・ブルチャーレ!」
突きだしたラーラの手から炎が伸びる。
散って逃げようとする鬼哭死病だが、炎は巨大な蛇となって鬼哭死病を飲み込み、最後には球となってまるごと燃やし尽くしていった。
「あなたに逃げ場などありません。疫病の歴史そのままに、燃え尽きなさい」
●撃鉄のジャンナ
「お世話になりました。おかげさまで、修道院にも宿舎にも被害は出ませんでした。私は修道院の護衛を任されております、ジャンナと申します」
頭を下げる修道女ジャンナ。
たまきはほっとした様子でベンチに座り込んだ。
「よかったです。ちゃんと守れたんですね……」
「うん……」
奏空もたまきの様子に満足そうだ。
「あなた方はファイヴと名乗っていらっしゃいましたけれど、それは『五麟市のファイヴ』でお間違えないでしょうか?」
「はい。我々は……」
千陽はファイヴのことを手短かに説明した。
国公認の機関であること。出資者が国であること。しかし国の制約を受けないこと。メンバーは民間人で、人々を守るために戦っていること……などだ。
「失礼ですが……それは、『大丈夫』なのでしょうか……?」
説明を聞いたジャンナは最大限に言葉を選んで言った。
国から金を貰っているけど何の制約も受けていないとなると、かなり一方的な組織のように思えたからである。そういう組織はこの世にいくつもあるが大体が悪事に絡んでいる。
「私たちのこと、疑ってるのかしら」
念のために問いかけた大和に、ジャンナはかぶりを振った。
「いいえ。そのお話だけでは警戒するところでしたが、実物を見ていますから」
「ん……」
あらゆることの真実ともいうべきか。
肩書きや背景よりも、『過去に何をして、今何をしているか』が人を信じさせるものである。
そこまで話がまとまっているなら、もう言うことは無い。
秋人も同じ感想なようで、既にベンチに腰掛けて休んでいる。
「それにしても不気味な妖だったわね。ペスト医師みたいな顔してて……ペストってネズミからくる病気だったかしら? いる? ネズミ」
「ネズミはそれなりにいますが……ペスト病をもっているならそれはまた別の問題がありますね」
「……っていうか、ペストって治る病気だったかしら?」
「今は、お薬がありますので」
燐花が秋人と一緒にお茶を飲みながら言った。
昔の悲劇はともかく、今同じ病気になったとしても治療することができる。今世紀に入っての死亡例も無いという。
話はそこで一区切りがついた。妖のことは分からないが、とにかく今は助かった、という話だ。
「……」
それまで黙っていたラーラに、ジャンナが向き直った。
「あなたの力を使うところを、見たのですが」
「……」
ラーラは自らを魔女の血筋をとらえ、力もそれに由来するものと考えていた。
修道女からすれば不倶戴天の敵になるはずだが……。
「あなたの力は聖人の加護に近いように思います。どちらの教会の方でしょうか」
「いえ、私は……」
ここで詳しく話すことも無いだろう。おいおい話していけばいい。
ラーラは話を濁すように手を振った。
「私たちは、そろそろ行きますね。お困りのことがありましたら、声をかけてください」
八人の覚者が今日、起きるべき悲劇をこの世から消し去った。
何十人もの命を人知れず救い、プロペラ音と共に帰って行く。
この先起きる悪魔のような惨劇の予感を、胸に抱きながら。
