発明王 神の舞台で舞い踊れ
●
「ふむ。FiVEはAAAの後釜になったのか」
『偉人列伝』と呼ばれる覚者組織の集まり場所である喫茶店。そこで燕尾服を着た男はニヤリと微笑んだ。
「見事見事。流石この『発明王の生まれ変わり』が目をつけていただけの組織ではある」
はっはっは、と笑う男。『発明王の生まれ変わり』を名乗る覚者は、最初のころは『ファイブ? なんだその名は』とか思っていたのだが。まあ、そんな昔のことは忘れたようである。
「いや、慧眼ですね。FiVEの台頭をよそ記できるとは。流石『発明王』の名は伊達ではない。」
「然り。しかし相手のネームに怖気ずく吾輩ではない。いずれこの『偉人列伝』も活躍を重ね、彼らと肩を並べる組織となろう」
『発明王の生まれ変わり』と呼ばれた男はFiVEの現状と自分が所属する覚者組織との差を見て、そう答えた。
実際問題として、彼我の差は圧倒的である。いまや妖に対する国の要ともいえるFiVE。前世持ちのみが集まり、しかも有名人が自分の前世と信じている者同士の集まり。それでもなお負けないと挑むのはただの阿呆か――妄想(ファンシー)か
「ま、それはおいおい。仕事の話に行きましょう。そのFiVEの介入が予知されているので」
「ほう。それは僥倖。吾輩の力を見せつけてあげようではないか」
「釘をさすようですが、目的はFiVEと戦う事じゃありませんので」
「了解しているとも。して何をすればいいのかな?」
コーヒーを一杯飲んで『発明王の生まれ変わり』は詳細を尋ねる。相手は国の関係者。そこと伝手が繋がれば自分の名声の拡大も夢ではない。日本全国に『発明王』の名を轟かせ、一気に有名人るのだ。
その彼の顔が――
「はっはっは。任せてくれたまえ」
大きく喜びに転じるのは、彼の好む状況である証拠だった。
●
「天岩戸とアマノウズメの伝承を知っていますか?」
久方真由美(nCL2000003)の言葉に眉を顰める覚者達。
天岩戸。大雑把に説明すれば、太陽神が洞窟にこもって夜の世界になってしまった日本。その太陽神を引き出すために洞窟の前で宴会を行い、岩をどけて覗き見した隙に力持ちの神様が岩をどけて太陽を取り戻した、というお話だ。
その洞窟を封じていた岩を天岩戸と言い、その前で宴会していた神様がアマノウズメである。日本では芸術の神様と呼ばれる日本最古の踊子である。
「そのウズメ……もちろんアマノウズメ本体ではなくその分体ともいえる霊的存在が力を授けてくれるというお告げがあったようです。そこに様々な覚者達が集まっていると。
その中に一人のが紛れ込んでいます。かつてAAA設立に反対していた政治家に雇われ、その力を奪取しようとしているようです」
二十五年前のAAA設立により不利益を受けた政治家もいる。彼らからすればその後を継いだFiVEの存在は鼻持ちならないだろう。治安の問題もあり表立って邪魔をするつもりはないが、こういった嫌がらせはしてくるのか。
「はい。どういう形にせよ、彼に神の力を奪わせることを阻止してください。最悪力づくでも。
不幸なことにやる気は高く、『FiVEとは言え、加減はできない。これも世のため人の為』と力の獲得に意欲的です」
これだけの覚者が集められた理由が理解できた。最悪は力で訴えることも考慮に入れての事だ。相手はたいして力のない覚者だ。誰か一人が犠牲になれば、それで事は足りる。
「で、その授かる方法と力はどんなものなんだ?」
覚者の問いかけに、真由美は笑顔を浮かべてこう告げた。
「芸をして、一番ウケた人が勝者です」
覚者の緊張が、一気に強まった。
相手は存在自体が面白芸人。油断のならない状況のようだ。
「ふむ。FiVEはAAAの後釜になったのか」
『偉人列伝』と呼ばれる覚者組織の集まり場所である喫茶店。そこで燕尾服を着た男はニヤリと微笑んだ。
「見事見事。流石この『発明王の生まれ変わり』が目をつけていただけの組織ではある」
はっはっは、と笑う男。『発明王の生まれ変わり』を名乗る覚者は、最初のころは『ファイブ? なんだその名は』とか思っていたのだが。まあ、そんな昔のことは忘れたようである。
「いや、慧眼ですね。FiVEの台頭をよそ記できるとは。流石『発明王』の名は伊達ではない。」
「然り。しかし相手のネームに怖気ずく吾輩ではない。いずれこの『偉人列伝』も活躍を重ね、彼らと肩を並べる組織となろう」
『発明王の生まれ変わり』と呼ばれた男はFiVEの現状と自分が所属する覚者組織との差を見て、そう答えた。
実際問題として、彼我の差は圧倒的である。いまや妖に対する国の要ともいえるFiVE。前世持ちのみが集まり、しかも有名人が自分の前世と信じている者同士の集まり。それでもなお負けないと挑むのはただの阿呆か――妄想(ファンシー)か
「ま、それはおいおい。仕事の話に行きましょう。そのFiVEの介入が予知されているので」
「ほう。それは僥倖。吾輩の力を見せつけてあげようではないか」
「釘をさすようですが、目的はFiVEと戦う事じゃありませんので」
「了解しているとも。して何をすればいいのかな?」
コーヒーを一杯飲んで『発明王の生まれ変わり』は詳細を尋ねる。相手は国の関係者。そこと伝手が繋がれば自分の名声の拡大も夢ではない。日本全国に『発明王』の名を轟かせ、一気に有名人るのだ。
その彼の顔が――
「はっはっは。任せてくれたまえ」
大きく喜びに転じるのは、彼の好む状況である証拠だった。
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「天岩戸とアマノウズメの伝承を知っていますか?」
久方真由美(nCL2000003)の言葉に眉を顰める覚者達。
天岩戸。大雑把に説明すれば、太陽神が洞窟にこもって夜の世界になってしまった日本。その太陽神を引き出すために洞窟の前で宴会を行い、岩をどけて覗き見した隙に力持ちの神様が岩をどけて太陽を取り戻した、というお話だ。
その洞窟を封じていた岩を天岩戸と言い、その前で宴会していた神様がアマノウズメである。日本では芸術の神様と呼ばれる日本最古の踊子である。
「そのウズメ……もちろんアマノウズメ本体ではなくその分体ともいえる霊的存在が力を授けてくれるというお告げがあったようです。そこに様々な覚者達が集まっていると。
その中に一人のが紛れ込んでいます。かつてAAA設立に反対していた政治家に雇われ、その力を奪取しようとしているようです」
二十五年前のAAA設立により不利益を受けた政治家もいる。彼らからすればその後を継いだFiVEの存在は鼻持ちならないだろう。治安の問題もあり表立って邪魔をするつもりはないが、こういった嫌がらせはしてくるのか。
「はい。どういう形にせよ、彼に神の力を奪わせることを阻止してください。最悪力づくでも。
不幸なことにやる気は高く、『FiVEとは言え、加減はできない。これも世のため人の為』と力の獲得に意欲的です」
これだけの覚者が集められた理由が理解できた。最悪は力で訴えることも考慮に入れての事だ。相手はたいして力のない覚者だ。誰か一人が犠牲になれば、それで事は足りる。
「で、その授かる方法と力はどんなものなんだ?」
覚者の問いかけに、真由美は笑顔を浮かべてこう告げた。
「芸をして、一番ウケた人が勝者です」
覚者の緊張が、一気に強まった。
相手は存在自体が面白芸人。油断のならない状況のようだ。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.『発明王』に力を奪わせない
2.芸をする
3.なし
2.芸をする
3.なし
山田が最も輝く舞台。
●説明っ!
アマノウズメを奉じる神社。そこに神様の分身が降臨し、こう告げます
「あのさー。超ヒマー。なんか芸してよー。なんでもいいよー。面白かったらウズメの力あげるからさー。芸達者になれる力だよー。
つまらなかったり暴れたりしたら、マジ追い出すからー」
意訳すれば『一芸をして、最も素晴らしかった者に力(技能)を授ける』『暴力行為を行えば、参加資格を失う』という事です。
芸能の神であるウズメの力を授かれば、踊りや歌に限らず精錬された動きになるでしょう。
力を得ることに頓着しなくてもいいですが、『発明王』に力を渡すことだけは止めてください。嫌がらせをした政治家が調子つきますので。
この依頼は『雷神よ 神の舞台で舞い踊れ』と同じ場所で行われています。両方に参加しても構いませんが、その場合片側の描写が極端に少なくなります。また、同依頼のキャラと連絡を取り合うことはできますが、目的が違う事もあり連携をとることはできないと思ってください。同じ場所で行われている別の依頼ですので。
●NPC
『発明王の生まれ変わり』山田・勝家
過去に何度か(割としょーもない経緯で)FiVEと抗戦した覚者です。前世持ちの木行。自分の前世を『発明王』と言い切るイタイ覚者。100%予測が外れます。
芸は覚醒爆光から始まる円周率を口ずさみながらのダンスパフォーマンスです。戦いを仕掛けられたら、土下座してから隙を見ての『覚醒解除→全力韋駄天足ダッシュ』で逃げに走ります。逃げれなかったら全力で抗いますが、隙を見て逃亡します。
『錬覇法』『葉纏』『仇華浸香』『大樹の息吹』『覚醒爆光』『韋駄天足』等を活性化しています。
●場所情報
アマノウズメを奉じる神社。その境内。
色々な覚者が集まっていますが、『発明王』以外は基本相手になりません。
スキルも『他人や施設に迷惑をかけない』事を前提に使用OKとなっています。
なお戦闘を仕掛ける場合、広さや明るさなどのペナルティは皆無です。ただし戦闘を仕掛ければ芸事への参加はできません。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/8
5/8
公開日
2017年08月07日
2017年08月07日
■メイン参加者 5人■

●
「ふはははははは! やはりやってきたかFiVEの諸君! この『発明王の生まれ変わり』である吾輩が神に認められる瞬間をとくとご覧あれ!
この『発明王の生まれ変わり』が必ずや神の力を賜り、深くその教えを広げてこの国の発展に生かすと断言しよう!」
『発明王の生まれ変わり』を自称する覚者のいきなりと言えばいきなりの挨拶に、FiVEの覚者ははいはいと適当に頷いていた。通常運行だなぁ。
「とりあえず……山田の演出よりは、素敵な演出に出来たらな……って思う」
沢山の衣装を詰め込んだバックを用意した『ホワイトガーベラ』明石 ミュエル(CL2000172)。相手として意識はするが、ライバル視をしているつもりは毛頭ない。なんとなく負けたくない相手という程度でしかなかった。
「今日は、よろしくね……羽琉くん」
「はい。こちらこそよろしくお願いします。ミュエルさん」
ミュエルの笑みに頷く宮神 羽琉(CL2001381)。踊りの神の前で芸事をする。それだけでも光栄なことのように思えてくる。その分体ともいえるウズメの霊体は現代風の服を着て披露される芸を楽しそうに見ていた。さて、自分達の芸がじるか。
「芸事をもって奉る……正しく神事ですね」
「神職に属している方には馴染み深い事でしょうけれど、一般募集とは面白い事をなされますね」
祈祷やお祓いなどを生業にしていた望月・夢(CL2001307)がそんなことを言いながらウズメの霊体を見る。この国の神は自然への敬意と密着しており、生活に密着している。それでも神様が直で見に来ることは面白くはあるが珍しい。
「私も拙い舞ながら、奉納させて頂きましょう」
(アメノウズメって確かアマノイワトでアマテラスオオカミを呼ぶために裸踊りした神様よね?)
昔読んだ日本の神様の話を思い出しながら『霧の名の鬼を咎める者』エメレンツィア・フォン・フラウベルク(CL2000496)は眉を顰める。なんというか、全年齢のアラタナルでは原文も載せれないほどの踊り。頭を振って、それ以上は追究しないことにした。
「はぁ……一芸、ねぇ。とりあえず山田にさえ渡らなければいいわ」
「ふ。この『発明王』に勝てると思いか? かくし芸の円周率ダンスを見て慄くがいい!」
「円周率をずっと言えるのってとても凄いと思うのですが……合ってるかどうか円周率表を用意してきましたので確かめててよろしいです?」
胸を張る『発明王』に話しかける『世界樹の癒し』天野 澄香(CL2000194)。別に疑うわけではないが、適当に数字を羅列されても面白くはない。やはり採点は必要だろうとわざわざ用意してきたのだ。
「望むところ。古代エジプトから続く超越数。とくと語ってくれよう!」
あ、割と自信あるんだ。澄香を始めとしたFiVEの覚者は声に出さずに驚いていた。凄いとは思うけどそれ以上の感想はない。
「はいはーい。次の人どうぞー」
ウズメが呼ぶ声が聞こえてくる。FiVEの覚者達の出番のようだ。
覚者達は頷き、神の舞台へと足を踏み入れた。
●
「それでは私から始めさせていただきます」
頭を下げた夢がゆるりと舞台に上がる。ゆったりとした着物を身にまとい、帯のような長い布を手にしての登場である。その姿は天女が身にまとうと言われた羽衣を想起させる。空を自在に舞う天女の羽衣。夢のどこか儚い風貌もあり、見る者は息をのんだ。
意識してゆっくりと手をあげる夢。水の中で動くようにゆっくりと。大事なのは姿勢を崩さない事。何千、何万回と踊ってきた踊り。今回もそれと同じように踊るだけ。ただ違うのは、目の前に神様がいること。だけどその違いもすでに頭の中にない。
夢は空を見上げ、青い空を見た。抜けるような青い空。いつでも見ることが出来る空。それを見て、そして強くイメージする。空を舞う天女。そのイメージを抱きながらゆっくりと踊り始めた。神に捧げる踊り。それが夢の芸。
夢の身体が回るごとに、それを追うように着物がふわりと浮く。帯のような布も宙を舞い、見る者を魅了する。ゆっくり動いているにもかかわらず、布は地につかない。一つ一つの動作を力強く。それを連続で行うことでそれを為していた。
夢の踊りに音楽はない。無音のまま、夢は踊り続ける。だが夢の舞は見るだけで十分な物だった。動作一つで人を引き付ける。顔の動き、手の位置、足運び、服の色合い、そして動作そのもの。千年を超える歴史をもつ舞が生み出す動きの極み。それがそこにあった。
夢の動きは少しずつ速くなっていく。スローテンポだった出だしだったのに、いつの間にかテンポをあげて、動きも大仰になっていた。あまりに少しずつの変化だったため、それに気づく人は少ない。気が付けば、夢の舞に魅了されていった。
そこからは夢の身体能力を生かした舞だ。足を大きく上げてY字の形をとって回転したり、柔軟な肉体を駆使して四肢を曲げたり。自分の身体能力を駆使して舞う。
依頼のことはもう頭になかった。今夢を躍らせているのは、純粋に踊り子としての心。もっといい動きをしたい。もっと踊っていたい。純粋な求道心と、踊り子の精神。それ以上も以下もない。そしてその気持ちが強まるにつれて、舞いもヒートアップしていく。
そして天をあぐように両手を高く掲げ、足を止めて頭を下げる。今まで一度も地につく事のなかった布が落ち、その瞬間に拍手が沸き上がる。舞を捧げたのはアマノウズメと、この場にいる全ての人達。
大喝采の中、夢は静かに笑みを浮かべていた。
「私はお料理しか出来ませんので……フルーツカービングを披露しますね」
言ってフルーツを取り出す澄香。
フルーツカービング。スイカや林檎などを使った彫刻の事である。タイの王朝にて一人の妃が灯籠流しの儀式で果物を使った彫刻を施したことから、宮中女性の嗜みとして行われるようになったという。タイでは誕生日や結婚式でスイカを丸ごとカービングして祝いの装飾にするほどの文化である。
母の形見であるカービングナイフを握る澄香。明るいノリの音楽をかけながら、林檎を二つ用意する。机を借りてその上にまな板を置き、シンプルで隅のような黒さのお皿を用意する。これで準備は完了だ。
「では始めますね。先ずはお花を咲かせましょう」
言いながら曲に合わせてカービングナイフを動かしていく。林檎を回転させながらナイフを動かす姿は、料理を作る母親かあるいは熟練した彫刻家か。最小限の動きで林檎をカットしていき、緑の赤い薔薇の花を作っていく。
澄香を見ているととても簡単のように見えるが、実際はそうでもない。力の加減を謝れば花びらの形がずれ、それを修正しようとすればするほど不格好な花となる。僅かなずれが最後に影響してくるのが、造形というモノだ。
だが澄香はそれを気にしている様子はなかった。無論、気を配ってはいるのだがそれで力を入れすぎるということはない。それは彼女が培ってきた経験ということもあるが、何よりも料理をすることが楽しいという気持ちが第一にあるのだろう。
そしてもう一つの林檎を四等分し、くの字型に切り抜いていく。同じような形の林檎を数個作り、少しずつずらして皿の上に設置する。そこに先ほど作った林檎の薔薇を置けば、バラの花を彩る葉っぱとなった。
黒の皿の上に咲く薔薇。その四方に等間隔で置かれた葉っぱ。それは作られた花と分かっていても驚きを禁じ得ないものだった。黒い皿の上に咲く一輪の赤い薔薇の花。その可憐さに感嘆の声が上がった。
「これが今の私にできる精一杯です。どうだったでしょうか」
澄香の一言に拍手が沸き上がる。その拍手の量がカービングの美しさを示しているようだった。
「芸ねぇ……」
些か悩みながらエメレンツィアは舞台に立つ。FiVEの任務としては『発明王』にさえウズメの力を奪わせなければいいのだが、それとは別にあの男には負けたくなかった。対抗心というよりはプライド的な何かである。
「山田のパフォーマンスは『発明王』の生まれ変わりというくらいだから、とても凄い発明品を出すとかなのかしら」
「え? FiVE夢見優秀だから知ってると思うけど、吾輩円周率ダンスで――」
「『発明王』なのだし、きっと凄い発明が飛び出すわよ。ねえ、山田?」
「く! 戦う前にプレッシャーをかけるとは! 七年戦争後も改革を続けた政治家の腕は伊達ではないという事か!」
暴力行為は仕掛けないが、さらっと『発明王』に重圧をかけていくエメレンツィア。
エメレンツィアは神社に来る前に買って来た大量の花を用意する。それを揃えて生け花にするつもりだ。守護使役のチュロにいくつかの花瓶を持たせ、加護に用意したいくつかの花をそこに入れる形式だ。
花を使った作製物にはいくつかの種類がある。花をそのまま束ねた『花束』。バスケットや花器にスポンジを入れ、そこに花を挿していく『フラワーアレジメント』。蜂に土を入れて育てる『鉢花』。それだけ花を贈るという文化は多種多様なのだ。
まず手にするのはユリとナズナ。白く儚い花を咲かせる二種類の花を添える。ユリの花言葉は『純潔』『無垢』。ナズナの花言葉は『あなたに私のすべてを捧げます』。共に穢れなき花と献身の花。そこに『深い愛情』の花言葉を持つユキノシタを添えた。
(色合い的には白と緑。そこに――)
エメレンツィアはそこに燃えるような赤いバラを添えた。白と緑の花瓶を塗り替えるような真っ赤なバラ。その花言葉は『美』『情熱』。大人しめだった花瓶が、一気に映えていく。純粋で献身的な愛情が、一気に情熱の炎がともったかのように明るく映えていった。
「如何かしら、綺麗でしょう?」
たおやかなエメレンツィアの微笑み。観客が美を感じたのは花の方かその笑顔か。心奪われていた観客達は盛大な拍手でその問いに応じた。
●
「僕の芸……とは、正確には言えないのですが」
「羽琉くんに、モデルをお願いして……お題に沿って、即興で羽織りものや帽子をコーデしていくよ……」
羽琉とミュエルは二人で協力しての登場だ。芸の名前は『即興ワンポイント着せ替えショー』。ミュエルの説明通り、一つのお題に対して即興でコーディネートしていくものだ。モデルとなる羽琉は自らを落ち着かせようと深呼吸を行う。
お題を入れた紙をボックスに入れて、音楽を流す。軽快な音楽と共に一礼し、古着屋から借りた洋服と小物を並べていく。それぞれ単品としては大きな魅力がない服だが、ファッションセンス一つで映えるだろうとミュエルは見ていた。
早速第一のお題を引くミュエル。書かれていたのは――
「『制服でも出来るプチアレンジ』」
お題を読み上げるミュエル。シンキングタイムの音楽が流れ、動き出す。その間、羽琉は大仰に驚いたり、音楽に合わせて踊ったりとショーを盛り上げる為に動いていた。そしてミュエルのシンキングタイムが終わり、衣服を用意する。
「うーん、遊び心のあるネクタイピンで、他の男子と差を付けるのとかどうかな……。この楽器モチーフのなら、おじさんっぽくならなそう……」
喋りながらミュエルは羽琉にネクタイピンをつける。羽琉もつけられたネクタイピンをアピールするように手で示し、観客達に魅せるように舞台を歩く。ゆっくりした歩調を意識して、背筋を伸ばして堂々と。
(分かっていたけど、緊張するなぁ……)
観客の視線にプレッシャーを感じる羽琉。元々弱腰で引っ込み思案な羽琉は注目されるということに慣れていない。だけど不安はなかった。ミュエルのコーディネートを信用しているからだ。この視線を受けているのは自分だけではなく、ミュエルもだ。それを思えば自然と勇気が出てくる。
「『ちょっとしたパーティーに』……そうだなぁ……帽子をプラスするくらいが、背伸びしてない感あって好印象、かも……」
ミュエルもハーフという出自から奇異な目で見られることがあり、注目されることにはあまりいい思い出がない。そんな自分がFiVEの任務とはいえ芸をするために人前に立つことになろうとは。FiVEの覚者達との交流がミュエルを変えたのだろう。人との繫がりが、優しく背中を押してくれた。
ミュエルのコーディネートは芸名通りワンポイントで、誰にでもできるちょっとした工夫が主だった。それを単純ということなかれ。『誰にでもできる』からこそ共感でき、見ている人と感情を共有できる。わかりにくい芸はすごいかもしれないが、分からない人を置いてきぼりにしてしまうのだ。
モデルに羽琉を選んだのも好ポイントだ。翼人ではあるがそれ以外は『どこにでもいそうな』少年である羽琉に、シンプルな格好をさせて工夫した部分を分かりやすくさせていた。羽琉自身も客を飽きさせないようにする工夫を行い、ショーとして客の関心を引くことを成立させていた。
「最後のお題は……『彼女から見た理想のデートスタイル』……えっ、こ、こんなお題、アタシ入れてない、よ……?」
予期せぬお題に驚くミュエル。まあ演技なのですが。だってお題用意したの彼女だし。
「えええええ!?」
予期せぬお題に驚く羽琉。こちらは本気である。まさか彼女からデートスタイルをコーデされるとは。
「そ、そうだなぁ……羽琉くんの翼の色、すごく綺麗で素敵だから……その色を活かす濃グレーのカーディガンに、同じ空色のスニーカーを合わせて……」
空色の羽根を見ながらミュエルが選んでいく。グレーのカーディガンと空色のスニーカー。翼人の羽琉の因子特徴を生かしたコーデだ。
(彼氏としては嬉しいけど……他の人達の視線が……)
羽琉はミュエルから渡された服を着替えながら、視線を受けて恥ずかしくもあった。アマノウズメも少しニマニマした顔でこちらを見ている。やー、若いっていいねー。そんな表情であった。
(因子特徴を個性にするファッション……伝わればいいな……)
ミュエルはかつての破綻者事件で出会った獣憑の少女のことを思い出していた。獣の特徴を理由に自らを貶めていた覚者。人と違うことは個性なのだ。それが皆に伝われば、見た目を気にする覚者に勇気を与えることが出来るかもしれない。
大盛況のまま、『即興ワンポイント着せ替えショー』は終わりを告げた。
●
「さんてんいちよんいちごきゅう――」
あ、山田の円周率ダンスは尺の都合で省略します。
「まさかこのような仕打ちが待っていようとは、この『発明王』の慧眼をもってしても見抜けなかった!」
●
「というわけでー。ウズメの力をあげるのは――」
言ってウズメが指さしたのはミュエルだった。
「アタシ?」
「ちょー感激したー。今って色々な服あるんだねー。あたしもやってみたいなー。
あ、力はもうあげたから好きに使ってねー」
言われてからミュエルは自分の中にある変化に気づいた。自分の得意なことが、更に詳しくわかるような……そんな芸事に関する知識が深まった感覚。
「くぅ! この『発明王の生まれ変わり』が勝てぬとは! やはり円周率ダンスではなく円周率クッキングにすべきだったか!」
拳を握って悔しがる『発明王』。謎の円周率こだわりである。
「本当に間違えなかったのはすごいですね」
澄香が円周率表を見ながら『発明王』の芸を称賛する。何度も口ずさんで覚えたのだろう。その努力は大したものだと思う。
「皆で感想戦でもしましょう」
エメレンツィアは仲間の覚者達を誘い、芸のことを話しあおうと提案する。芸をする事自体は任務で、神の力を得るという目的は達した。それとは別に、芸自体を深めるために話し合うことは悪くない。
「山田、あなたも来なさい」
「は? 吾輩?」
予想外のお誘いに間の抜けた声をあげる『発明王』。
「危害を加えたりはしないから安心していいわよ?」
「よかろう! この『発明王』の鑑定眼でいろいろ批評しようではないか」
「……何度かその目で、騙されたりしてるよ、ね……?」
そんなことを言い合いながら覚者達は帰路につく。
アマノウズメの力を得て、芸事の加護を得たFiVE。それがどのような芸(みらい)を作っていくかは、まだわからぬ話。その芸で平和な日本を取り戻すため、覚者達は今日も鍛錬に励むのであった。
……あれ? FiVEってこういう組織だっけ?
「ふはははははは! やはりやってきたかFiVEの諸君! この『発明王の生まれ変わり』である吾輩が神に認められる瞬間をとくとご覧あれ!
この『発明王の生まれ変わり』が必ずや神の力を賜り、深くその教えを広げてこの国の発展に生かすと断言しよう!」
『発明王の生まれ変わり』を自称する覚者のいきなりと言えばいきなりの挨拶に、FiVEの覚者ははいはいと適当に頷いていた。通常運行だなぁ。
「とりあえず……山田の演出よりは、素敵な演出に出来たらな……って思う」
沢山の衣装を詰め込んだバックを用意した『ホワイトガーベラ』明石 ミュエル(CL2000172)。相手として意識はするが、ライバル視をしているつもりは毛頭ない。なんとなく負けたくない相手という程度でしかなかった。
「今日は、よろしくね……羽琉くん」
「はい。こちらこそよろしくお願いします。ミュエルさん」
ミュエルの笑みに頷く宮神 羽琉(CL2001381)。踊りの神の前で芸事をする。それだけでも光栄なことのように思えてくる。その分体ともいえるウズメの霊体は現代風の服を着て披露される芸を楽しそうに見ていた。さて、自分達の芸がじるか。
「芸事をもって奉る……正しく神事ですね」
「神職に属している方には馴染み深い事でしょうけれど、一般募集とは面白い事をなされますね」
祈祷やお祓いなどを生業にしていた望月・夢(CL2001307)がそんなことを言いながらウズメの霊体を見る。この国の神は自然への敬意と密着しており、生活に密着している。それでも神様が直で見に来ることは面白くはあるが珍しい。
「私も拙い舞ながら、奉納させて頂きましょう」
(アメノウズメって確かアマノイワトでアマテラスオオカミを呼ぶために裸踊りした神様よね?)
昔読んだ日本の神様の話を思い出しながら『霧の名の鬼を咎める者』エメレンツィア・フォン・フラウベルク(CL2000496)は眉を顰める。なんというか、全年齢のアラタナルでは原文も載せれないほどの踊り。頭を振って、それ以上は追究しないことにした。
「はぁ……一芸、ねぇ。とりあえず山田にさえ渡らなければいいわ」
「ふ。この『発明王』に勝てると思いか? かくし芸の円周率ダンスを見て慄くがいい!」
「円周率をずっと言えるのってとても凄いと思うのですが……合ってるかどうか円周率表を用意してきましたので確かめててよろしいです?」
胸を張る『発明王』に話しかける『世界樹の癒し』天野 澄香(CL2000194)。別に疑うわけではないが、適当に数字を羅列されても面白くはない。やはり採点は必要だろうとわざわざ用意してきたのだ。
「望むところ。古代エジプトから続く超越数。とくと語ってくれよう!」
あ、割と自信あるんだ。澄香を始めとしたFiVEの覚者は声に出さずに驚いていた。凄いとは思うけどそれ以上の感想はない。
「はいはーい。次の人どうぞー」
ウズメが呼ぶ声が聞こえてくる。FiVEの覚者達の出番のようだ。
覚者達は頷き、神の舞台へと足を踏み入れた。
●
「それでは私から始めさせていただきます」
頭を下げた夢がゆるりと舞台に上がる。ゆったりとした着物を身にまとい、帯のような長い布を手にしての登場である。その姿は天女が身にまとうと言われた羽衣を想起させる。空を自在に舞う天女の羽衣。夢のどこか儚い風貌もあり、見る者は息をのんだ。
意識してゆっくりと手をあげる夢。水の中で動くようにゆっくりと。大事なのは姿勢を崩さない事。何千、何万回と踊ってきた踊り。今回もそれと同じように踊るだけ。ただ違うのは、目の前に神様がいること。だけどその違いもすでに頭の中にない。
夢は空を見上げ、青い空を見た。抜けるような青い空。いつでも見ることが出来る空。それを見て、そして強くイメージする。空を舞う天女。そのイメージを抱きながらゆっくりと踊り始めた。神に捧げる踊り。それが夢の芸。
夢の身体が回るごとに、それを追うように着物がふわりと浮く。帯のような布も宙を舞い、見る者を魅了する。ゆっくり動いているにもかかわらず、布は地につかない。一つ一つの動作を力強く。それを連続で行うことでそれを為していた。
夢の踊りに音楽はない。無音のまま、夢は踊り続ける。だが夢の舞は見るだけで十分な物だった。動作一つで人を引き付ける。顔の動き、手の位置、足運び、服の色合い、そして動作そのもの。千年を超える歴史をもつ舞が生み出す動きの極み。それがそこにあった。
夢の動きは少しずつ速くなっていく。スローテンポだった出だしだったのに、いつの間にかテンポをあげて、動きも大仰になっていた。あまりに少しずつの変化だったため、それに気づく人は少ない。気が付けば、夢の舞に魅了されていった。
そこからは夢の身体能力を生かした舞だ。足を大きく上げてY字の形をとって回転したり、柔軟な肉体を駆使して四肢を曲げたり。自分の身体能力を駆使して舞う。
依頼のことはもう頭になかった。今夢を躍らせているのは、純粋に踊り子としての心。もっといい動きをしたい。もっと踊っていたい。純粋な求道心と、踊り子の精神。それ以上も以下もない。そしてその気持ちが強まるにつれて、舞いもヒートアップしていく。
そして天をあぐように両手を高く掲げ、足を止めて頭を下げる。今まで一度も地につく事のなかった布が落ち、その瞬間に拍手が沸き上がる。舞を捧げたのはアマノウズメと、この場にいる全ての人達。
大喝采の中、夢は静かに笑みを浮かべていた。
「私はお料理しか出来ませんので……フルーツカービングを披露しますね」
言ってフルーツを取り出す澄香。
フルーツカービング。スイカや林檎などを使った彫刻の事である。タイの王朝にて一人の妃が灯籠流しの儀式で果物を使った彫刻を施したことから、宮中女性の嗜みとして行われるようになったという。タイでは誕生日や結婚式でスイカを丸ごとカービングして祝いの装飾にするほどの文化である。
母の形見であるカービングナイフを握る澄香。明るいノリの音楽をかけながら、林檎を二つ用意する。机を借りてその上にまな板を置き、シンプルで隅のような黒さのお皿を用意する。これで準備は完了だ。
「では始めますね。先ずはお花を咲かせましょう」
言いながら曲に合わせてカービングナイフを動かしていく。林檎を回転させながらナイフを動かす姿は、料理を作る母親かあるいは熟練した彫刻家か。最小限の動きで林檎をカットしていき、緑の赤い薔薇の花を作っていく。
澄香を見ているととても簡単のように見えるが、実際はそうでもない。力の加減を謝れば花びらの形がずれ、それを修正しようとすればするほど不格好な花となる。僅かなずれが最後に影響してくるのが、造形というモノだ。
だが澄香はそれを気にしている様子はなかった。無論、気を配ってはいるのだがそれで力を入れすぎるということはない。それは彼女が培ってきた経験ということもあるが、何よりも料理をすることが楽しいという気持ちが第一にあるのだろう。
そしてもう一つの林檎を四等分し、くの字型に切り抜いていく。同じような形の林檎を数個作り、少しずつずらして皿の上に設置する。そこに先ほど作った林檎の薔薇を置けば、バラの花を彩る葉っぱとなった。
黒の皿の上に咲く薔薇。その四方に等間隔で置かれた葉っぱ。それは作られた花と分かっていても驚きを禁じ得ないものだった。黒い皿の上に咲く一輪の赤い薔薇の花。その可憐さに感嘆の声が上がった。
「これが今の私にできる精一杯です。どうだったでしょうか」
澄香の一言に拍手が沸き上がる。その拍手の量がカービングの美しさを示しているようだった。
「芸ねぇ……」
些か悩みながらエメレンツィアは舞台に立つ。FiVEの任務としては『発明王』にさえウズメの力を奪わせなければいいのだが、それとは別にあの男には負けたくなかった。対抗心というよりはプライド的な何かである。
「山田のパフォーマンスは『発明王』の生まれ変わりというくらいだから、とても凄い発明品を出すとかなのかしら」
「え? FiVE夢見優秀だから知ってると思うけど、吾輩円周率ダンスで――」
「『発明王』なのだし、きっと凄い発明が飛び出すわよ。ねえ、山田?」
「く! 戦う前にプレッシャーをかけるとは! 七年戦争後も改革を続けた政治家の腕は伊達ではないという事か!」
暴力行為は仕掛けないが、さらっと『発明王』に重圧をかけていくエメレンツィア。
エメレンツィアは神社に来る前に買って来た大量の花を用意する。それを揃えて生け花にするつもりだ。守護使役のチュロにいくつかの花瓶を持たせ、加護に用意したいくつかの花をそこに入れる形式だ。
花を使った作製物にはいくつかの種類がある。花をそのまま束ねた『花束』。バスケットや花器にスポンジを入れ、そこに花を挿していく『フラワーアレジメント』。蜂に土を入れて育てる『鉢花』。それだけ花を贈るという文化は多種多様なのだ。
まず手にするのはユリとナズナ。白く儚い花を咲かせる二種類の花を添える。ユリの花言葉は『純潔』『無垢』。ナズナの花言葉は『あなたに私のすべてを捧げます』。共に穢れなき花と献身の花。そこに『深い愛情』の花言葉を持つユキノシタを添えた。
(色合い的には白と緑。そこに――)
エメレンツィアはそこに燃えるような赤いバラを添えた。白と緑の花瓶を塗り替えるような真っ赤なバラ。その花言葉は『美』『情熱』。大人しめだった花瓶が、一気に映えていく。純粋で献身的な愛情が、一気に情熱の炎がともったかのように明るく映えていった。
「如何かしら、綺麗でしょう?」
たおやかなエメレンツィアの微笑み。観客が美を感じたのは花の方かその笑顔か。心奪われていた観客達は盛大な拍手でその問いに応じた。
●
「僕の芸……とは、正確には言えないのですが」
「羽琉くんに、モデルをお願いして……お題に沿って、即興で羽織りものや帽子をコーデしていくよ……」
羽琉とミュエルは二人で協力しての登場だ。芸の名前は『即興ワンポイント着せ替えショー』。ミュエルの説明通り、一つのお題に対して即興でコーディネートしていくものだ。モデルとなる羽琉は自らを落ち着かせようと深呼吸を行う。
お題を入れた紙をボックスに入れて、音楽を流す。軽快な音楽と共に一礼し、古着屋から借りた洋服と小物を並べていく。それぞれ単品としては大きな魅力がない服だが、ファッションセンス一つで映えるだろうとミュエルは見ていた。
早速第一のお題を引くミュエル。書かれていたのは――
「『制服でも出来るプチアレンジ』」
お題を読み上げるミュエル。シンキングタイムの音楽が流れ、動き出す。その間、羽琉は大仰に驚いたり、音楽に合わせて踊ったりとショーを盛り上げる為に動いていた。そしてミュエルのシンキングタイムが終わり、衣服を用意する。
「うーん、遊び心のあるネクタイピンで、他の男子と差を付けるのとかどうかな……。この楽器モチーフのなら、おじさんっぽくならなそう……」
喋りながらミュエルは羽琉にネクタイピンをつける。羽琉もつけられたネクタイピンをアピールするように手で示し、観客達に魅せるように舞台を歩く。ゆっくりした歩調を意識して、背筋を伸ばして堂々と。
(分かっていたけど、緊張するなぁ……)
観客の視線にプレッシャーを感じる羽琉。元々弱腰で引っ込み思案な羽琉は注目されるということに慣れていない。だけど不安はなかった。ミュエルのコーディネートを信用しているからだ。この視線を受けているのは自分だけではなく、ミュエルもだ。それを思えば自然と勇気が出てくる。
「『ちょっとしたパーティーに』……そうだなぁ……帽子をプラスするくらいが、背伸びしてない感あって好印象、かも……」
ミュエルもハーフという出自から奇異な目で見られることがあり、注目されることにはあまりいい思い出がない。そんな自分がFiVEの任務とはいえ芸をするために人前に立つことになろうとは。FiVEの覚者達との交流がミュエルを変えたのだろう。人との繫がりが、優しく背中を押してくれた。
ミュエルのコーディネートは芸名通りワンポイントで、誰にでもできるちょっとした工夫が主だった。それを単純ということなかれ。『誰にでもできる』からこそ共感でき、見ている人と感情を共有できる。わかりにくい芸はすごいかもしれないが、分からない人を置いてきぼりにしてしまうのだ。
モデルに羽琉を選んだのも好ポイントだ。翼人ではあるがそれ以外は『どこにでもいそうな』少年である羽琉に、シンプルな格好をさせて工夫した部分を分かりやすくさせていた。羽琉自身も客を飽きさせないようにする工夫を行い、ショーとして客の関心を引くことを成立させていた。
「最後のお題は……『彼女から見た理想のデートスタイル』……えっ、こ、こんなお題、アタシ入れてない、よ……?」
予期せぬお題に驚くミュエル。まあ演技なのですが。だってお題用意したの彼女だし。
「えええええ!?」
予期せぬお題に驚く羽琉。こちらは本気である。まさか彼女からデートスタイルをコーデされるとは。
「そ、そうだなぁ……羽琉くんの翼の色、すごく綺麗で素敵だから……その色を活かす濃グレーのカーディガンに、同じ空色のスニーカーを合わせて……」
空色の羽根を見ながらミュエルが選んでいく。グレーのカーディガンと空色のスニーカー。翼人の羽琉の因子特徴を生かしたコーデだ。
(彼氏としては嬉しいけど……他の人達の視線が……)
羽琉はミュエルから渡された服を着替えながら、視線を受けて恥ずかしくもあった。アマノウズメも少しニマニマした顔でこちらを見ている。やー、若いっていいねー。そんな表情であった。
(因子特徴を個性にするファッション……伝わればいいな……)
ミュエルはかつての破綻者事件で出会った獣憑の少女のことを思い出していた。獣の特徴を理由に自らを貶めていた覚者。人と違うことは個性なのだ。それが皆に伝われば、見た目を気にする覚者に勇気を与えることが出来るかもしれない。
大盛況のまま、『即興ワンポイント着せ替えショー』は終わりを告げた。
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「さんてんいちよんいちごきゅう――」
あ、山田の円周率ダンスは尺の都合で省略します。
「まさかこのような仕打ちが待っていようとは、この『発明王』の慧眼をもってしても見抜けなかった!」
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「というわけでー。ウズメの力をあげるのは――」
言ってウズメが指さしたのはミュエルだった。
「アタシ?」
「ちょー感激したー。今って色々な服あるんだねー。あたしもやってみたいなー。
あ、力はもうあげたから好きに使ってねー」
言われてからミュエルは自分の中にある変化に気づいた。自分の得意なことが、更に詳しくわかるような……そんな芸事に関する知識が深まった感覚。
「くぅ! この『発明王の生まれ変わり』が勝てぬとは! やはり円周率ダンスではなく円周率クッキングにすべきだったか!」
拳を握って悔しがる『発明王』。謎の円周率こだわりである。
「本当に間違えなかったのはすごいですね」
澄香が円周率表を見ながら『発明王』の芸を称賛する。何度も口ずさんで覚えたのだろう。その努力は大したものだと思う。
「皆で感想戦でもしましょう」
エメレンツィアは仲間の覚者達を誘い、芸のことを話しあおうと提案する。芸をする事自体は任務で、神の力を得るという目的は達した。それとは別に、芸自体を深めるために話し合うことは悪くない。
「山田、あなたも来なさい」
「は? 吾輩?」
予想外のお誘いに間の抜けた声をあげる『発明王』。
「危害を加えたりはしないから安心していいわよ?」
「よかろう! この『発明王』の鑑定眼でいろいろ批評しようではないか」
「……何度かその目で、騙されたりしてるよ、ね……?」
そんなことを言い合いながら覚者達は帰路につく。
アマノウズメの力を得て、芸事の加護を得たFiVE。それがどのような芸(みらい)を作っていくかは、まだわからぬ話。その芸で平和な日本を取り戻すため、覚者達は今日も鍛錬に励むのであった。
……あれ? FiVEってこういう組織だっけ?
