君は死んだ。僕は笑った。
●
「……強かった。強いと思いこんでたんだな。誰も彼もが」
普段より幾分か声のトーンを落とし、久方 相馬(nCL2000004)はそう言葉を漏らす。
その背後には、血色のない少女が一人の男性を括り殺す姿――この場に集まった覚者達が介入しなかった場合の未来が、映像として映し出されていた。
今回の依頼内容は、ある妖の討伐。
対象は少女の遺体。妖として目覚めたばかりである其れは、戦闘能力こそ極めて低いものの、行動可能な部位が存在する限り動き続ける特性を有しているという。
「……それ、倒せるのか?」
「心配は要らない。その妖の特性はあくまで『動き続ける』だけであって『不死』じゃないんだ。
攻撃された際に受ける傷はそのまま残る――なら、僅かにでも動く部位が存在しないくらい、そいつの身体を破壊し尽くせばいいだけの話だ」
ただ、問題が一つあってな、と。
言葉と共に、背後に映像が展開される。
映し出されたのは壮年の男性だ。先の映像にも見えていたその姿に比べ、決然とした表情は年齢に比べて幾分凛々しくも見える。
「彼はF.i.V.E非所属の覚者だ。早い段階から因子に覚醒、発現して以降、現在に至るまで妖や隔者との戦いを繰り返してきた古強者さ。
――今回の討伐対象は、彼の養子にあたる存在なんだ」
予想していたとはいえ、叶うなら当たって欲しくなかった情報に、覚者達は微か、その視線を伏せる。
曰く、彼は対象が妖として目覚めた直後こそ抵抗を行うが、覚者達が現場に到着した時点では最早茫然自失の体に至っているという。
一同が現場に踏み入り、ただ妖を倒そうとする場合、彼は敵対こそしないものの、自らが死亡するまでその妖を庇い続けるだろう、とのことだ。
「覚者についての対応は、任せる。
俺個人としては、出来るなら説得して欲しいけど……現場で戦ってる人間の心理は、お前達の方が詳しいだろうしな」
頷く覚者達の中に、しかし、最後に一つだけ疑問が残る。
『彼女』は――今は妖となってしまった覚者の男性の養子は、何故死んだのか。
何気なく問うたその解答を、相馬はほろ苦い笑みで応えた。
「その子は――覚者の男が嘗て倒した隔者達の被害者だったんだ。
戸籍の変更もF.i.V.Eが協力した。俺も一度だけ、顔を合わせたことがあったよ」
強い人だと思っていた。それはただ、戦う力だけの話ではなかった。
隔者によって家族を失った少女に、泣きながら守れなかったことを謝罪し、無くしたものをこれからの人生で少しずつ償わせて欲しいと、覚者としての誇りもかなぐり捨てて言える正しさと優しさが、彼の中にはあった。
だから、誰もが想像することも無かったのだ。
その正しさが折れたとき、彼がどうなってしまうかなど。
●
『私達の大切な仲間を殺した対価に、私達も貴方の大切なものを壊しました。
これは等価です。これで対等です。
次に相対したとき、我々の間に何の蟠りもなく、ただの隔者と覚者として在ることを望み、期待し、故に要求します』
瞳、耳、そして声帯。
彼の偉人のようにそれらを潰された我が子を介護し続けて、最早どれほどの時間が経っただろう。
与えられた食事は摂った。着替えも、身体を洗うことも、此方が誘導すれば素直にその指示に従ってくれた。
ただ、あの子が何かを要求することも、無かった。
自分からは何もしない。ただ一日、呆然とベッドに横たわり続けるだけ。
このままではいけないと、僕も出来る限りのことをした。
様々な場所に連れて行った。教えられる限りの知識を与えた。
何もかもを――本当に、何もかもを奪われてしまった彼女に、それでも人並みの生活を、どうにか取り戻して欲しいと、贖罪として必死に向き合い続けた。
そうして、しかし、あの子が要求したのは、唯の一つだけ。
――ころして。
覚えたての点字で、会う度の指文字で、若しくは、声も出ぬ口を必死に動かして。
それに、僕もまた必死で様々な事を教え、また与え続けてきた。どうか、どうかその願いに変わる希望を見つけて欲しいと祈り続けて。
それでも、あの子は変わらなかった。
望むのはただ一つだけ。舌を噛むことも出来ただろうに、僕に其れを要求し続けた意味は、だから、きっと。
日毎に心が摩耗した。彼女を守れず、約束すら果たせなかったこの僕に出来ることは、もうこれしかないのではないかと思うようになった。
……彼女が隔者に襲われた日から凡そ一年。僕の感情が、ぷつりと途切れた。
伝を辿り、国内では規制された薬物を手に入れ、其れをあの子に飲ませた。
其れが何であるか、意図を理解したのであろう。彼女は死の眠りに就くまでの僅かな時間、ただ笑顔を浮かべていた。
その笑顔を見て、涙と共に壊れた笑みが零れた。
気付いたんだ。妖を倒し、隔者を退け、世界を守り続けている気になっていた僕は、所詮。
唯一人の少女を守ることも、救うことも出来ない、矮小な存在なのだと。
「……強かった。強いと思いこんでたんだな。誰も彼もが」
普段より幾分か声のトーンを落とし、久方 相馬(nCL2000004)はそう言葉を漏らす。
その背後には、血色のない少女が一人の男性を括り殺す姿――この場に集まった覚者達が介入しなかった場合の未来が、映像として映し出されていた。
今回の依頼内容は、ある妖の討伐。
対象は少女の遺体。妖として目覚めたばかりである其れは、戦闘能力こそ極めて低いものの、行動可能な部位が存在する限り動き続ける特性を有しているという。
「……それ、倒せるのか?」
「心配は要らない。その妖の特性はあくまで『動き続ける』だけであって『不死』じゃないんだ。
攻撃された際に受ける傷はそのまま残る――なら、僅かにでも動く部位が存在しないくらい、そいつの身体を破壊し尽くせばいいだけの話だ」
ただ、問題が一つあってな、と。
言葉と共に、背後に映像が展開される。
映し出されたのは壮年の男性だ。先の映像にも見えていたその姿に比べ、決然とした表情は年齢に比べて幾分凛々しくも見える。
「彼はF.i.V.E非所属の覚者だ。早い段階から因子に覚醒、発現して以降、現在に至るまで妖や隔者との戦いを繰り返してきた古強者さ。
――今回の討伐対象は、彼の養子にあたる存在なんだ」
予想していたとはいえ、叶うなら当たって欲しくなかった情報に、覚者達は微か、その視線を伏せる。
曰く、彼は対象が妖として目覚めた直後こそ抵抗を行うが、覚者達が現場に到着した時点では最早茫然自失の体に至っているという。
一同が現場に踏み入り、ただ妖を倒そうとする場合、彼は敵対こそしないものの、自らが死亡するまでその妖を庇い続けるだろう、とのことだ。
「覚者についての対応は、任せる。
俺個人としては、出来るなら説得して欲しいけど……現場で戦ってる人間の心理は、お前達の方が詳しいだろうしな」
頷く覚者達の中に、しかし、最後に一つだけ疑問が残る。
『彼女』は――今は妖となってしまった覚者の男性の養子は、何故死んだのか。
何気なく問うたその解答を、相馬はほろ苦い笑みで応えた。
「その子は――覚者の男が嘗て倒した隔者達の被害者だったんだ。
戸籍の変更もF.i.V.Eが協力した。俺も一度だけ、顔を合わせたことがあったよ」
強い人だと思っていた。それはただ、戦う力だけの話ではなかった。
隔者によって家族を失った少女に、泣きながら守れなかったことを謝罪し、無くしたものをこれからの人生で少しずつ償わせて欲しいと、覚者としての誇りもかなぐり捨てて言える正しさと優しさが、彼の中にはあった。
だから、誰もが想像することも無かったのだ。
その正しさが折れたとき、彼がどうなってしまうかなど。
●
『私達の大切な仲間を殺した対価に、私達も貴方の大切なものを壊しました。
これは等価です。これで対等です。
次に相対したとき、我々の間に何の蟠りもなく、ただの隔者と覚者として在ることを望み、期待し、故に要求します』
瞳、耳、そして声帯。
彼の偉人のようにそれらを潰された我が子を介護し続けて、最早どれほどの時間が経っただろう。
与えられた食事は摂った。着替えも、身体を洗うことも、此方が誘導すれば素直にその指示に従ってくれた。
ただ、あの子が何かを要求することも、無かった。
自分からは何もしない。ただ一日、呆然とベッドに横たわり続けるだけ。
このままではいけないと、僕も出来る限りのことをした。
様々な場所に連れて行った。教えられる限りの知識を与えた。
何もかもを――本当に、何もかもを奪われてしまった彼女に、それでも人並みの生活を、どうにか取り戻して欲しいと、贖罪として必死に向き合い続けた。
そうして、しかし、あの子が要求したのは、唯の一つだけ。
――ころして。
覚えたての点字で、会う度の指文字で、若しくは、声も出ぬ口を必死に動かして。
それに、僕もまた必死で様々な事を教え、また与え続けてきた。どうか、どうかその願いに変わる希望を見つけて欲しいと祈り続けて。
それでも、あの子は変わらなかった。
望むのはただ一つだけ。舌を噛むことも出来ただろうに、僕に其れを要求し続けた意味は、だから、きっと。
日毎に心が摩耗した。彼女を守れず、約束すら果たせなかったこの僕に出来ることは、もうこれしかないのではないかと思うようになった。
……彼女が隔者に襲われた日から凡そ一年。僕の感情が、ぷつりと途切れた。
伝を辿り、国内では規制された薬物を手に入れ、其れをあの子に飲ませた。
其れが何であるか、意図を理解したのであろう。彼女は死の眠りに就くまでの僅かな時間、ただ笑顔を浮かべていた。
その笑顔を見て、涙と共に壊れた笑みが零れた。
気付いたんだ。妖を倒し、隔者を退け、世界を守り続けている気になっていた僕は、所詮。
唯一人の少女を守ることも、救うことも出来ない、矮小な存在なのだと。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.生物系妖の討伐
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
以下、シナリオ詳細。
場所:
某街の一軒家です。付近に民家等は無いため、周囲が巻き込まれるなどの心配はありません。
下記『妖』と『覚者』は階段を上って直ぐの二階の寝室に存在しています。
時間帯は夜。灯りは点いています。
敵:
『妖』
生物系妖です。ランクは1。数は一体。
スペックに於いては一般人より少し上程度。攻撃方法は近接対象に素手で襲いかかるだけの単純なものです。
ただし、この妖は行動可能な部位が存在する限り体力が0以下にならないという特性を有しております。
尤も、それはデータ面の話。攻撃による損傷を積み重ね、「動くことが可能な部位」を残さず破壊することで、妖は機能を停止して消滅します。
この辺りはプレイングで、如何に効率的に対象を破壊するかによって、其れに掛かる時間を或る程度縮めることが出来ます。
その他:
『覚者』
上記『妖』の憑依元となった少女の義父です。スペックはそこそこ。
家族を奪われ、五感の殆どを奪われた少女の望みを叶える事で殺害しました。
参加者の皆さんが上記『妖』をただ討伐しようとする場合、彼はそれに対して「かばう」行動をとり続けます。
勿論、状態異常で拘束している内に討伐する等も可能です。夢見曰く「破綻者、隔者になることはない」との事なので、その辺りは皆さんの采配にお任せいたします。
それでは、参加をお待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
4/8
4/8
公開日
2017年07月21日
2017年07月21日
■メイン参加者 4人■

●
骨が軋む痛みに、身体が哭いた。
呻き声は僅か。其れを零す事すら自らには許されないと、覚者の男性は戒めているようだった。
――少女の矮躯。魂を失った亡骸は今、男性の首をその繊手で握りしめている。
常人ならば骨が折れる衝撃すらも、覚者にとっては浅い。
僅かに漏れる呼気だけで永らえる。骨は軋むばかりで折れも拉げもしない。
本能のみの妖はそれに僅か、苛立ったような素振りを見せ、
失意に満ち満ちた男は酷く、自らの頑健さに絶望していた。
もう終わりにして欲しい、と。
望んでも、それは訪れない。況や、これほど脆弱な妖に願いを委ねるというのなら、尚のこと。
男に出来るのは、ただ祈ることだけだ。
終わりか、或いは有るはずもないと思っている、『何らかの救い』を。
そして、それは叶えられる――可能性が、もたらされる。
「ああ……解るぜ」
響いたのは第三者の声。
首を絞められた男が対応するよりも早く、『ボーパルホワイトバニー』飛騨・直斗(CL2001570)
握る妖刀が紫電を纏えば、室内で静かに沸き立つ雷雲が妖の側に激しい電撃を纏わせる。
「な……!」
「――手前が、俺達の敵か」
浴びせた雷は強力ではあるものの、それ単体で体力を削るには不足が過ぎる。
しかし、妖は倒れた。倒れて、爛れた皮膚を引きずりつつも蘇る。
「うーん……どれだけ体動かしたかったんだろうね?」
辟易とした表情を隠すことなく、「傍迷惑だから壊すけど♪」と快活に言い切ったのは鬼崎・紫苑(CL2001586)である。
最低限の装備のみで唯一人前衛に立ち、それでも臆することなく得物を振るうその姿は、勇猛か――或いは狂気か。
神の慈悲と名付けられた戦斧が灼けた少女を強かに打つ。覚者の男から掌が引き剥がされ、呼吸を取り戻した男はその介入者に苦悩の声を漏らす。
「F.i.V.Eか……!」
「如何にも。その妖の討伐を任されました」
応えたのは『獅子心王女<ライオンハート>』獅子神・伊織(CL2001603)。
金の髪を掻き上げ、悠然と歩む其の所作には――けれど、痛みにも似た表情一つで、美しさよりも痛ましさが前に立つ。
(あの覚者はかつての私……守りたいものを守ろうとして……守りきれなかった……私)
誰しもが過去に痛みを抱えている。其れが異能に関わるものであるのならば尚更だ。
けれど、それを『だから』で終えるのか、『だけど』で前に進むのか、其れを選ぶことは出来る。
伊織もまた。せめて愛する家族を手に掛ける痛みは、ただの一度で十分だと思い、男性の先にいる妖を吃と睨みつける。
「……俺には、おじさんの苦悩とかよくわからない」
現れた覚者の最後、斉藤・次久(CL2001595)が、困惑した声でそう呟いた。
最年少の彼がこの組織に来て初めて請け負った依頼。其処に介在する想いの苛烈さに、最初こそかける言葉は思い浮かばず、けれど、と。
「おじさんがその子のためにしたことがおじさんの正義だったように、俺も、俺の正義のために此処に来たんだ」
男は怯えていた。
両手を広げ、今や妖となった少女を庇うために、武器を手に取ることもなく。
「だから……おじさんには、退いて貰うよ」
言いながらも、握る刀の切っ先は下を向いたままだ。
戦いではなく、言葉を以て。其の想いが次久の言葉を継ぐように、誰しもへと理解を届ける。
戦いが始まろうとしていた。力と力のぶつかり合うだけではない、痛みを伴う戦いが。
●
相対する妖は、夢見の予見通り、然したる力を持たない脆弱な存在だった。
挙動は覚束ず、ひどく非力。それこそ、依頼慣れしていない次久や紫苑が互角以上に渡り合える程度に。
――本来、ならば。
「……やっぱり、ね」
嘆息混じりで伊織が呟く。
眼前の妖は、今、嘗ての父親によってその身を庇われている。
その背後にいる妖が、庇い手である当人を傷つけ続けていても、だ。
「……っ!」
どれほど弱くとも、妖は妖だ。
受けるダメージはゼロにはならない。微細な蓄積は何れ積み重なり、この男を致死へと追いやるであろう。
……或いは、それがこの男の救いなのだろかと、思いはしても。
「えー、おじさん邪魔しないでよ。だってそれ娘さんじゃない、ただの妖だよ」
あっけらかんと、しかし確かに本質を突く紫苑に、男の唇が噛みしめられる。
庇っても、その少女は喜ばない。怒りも、悲しみもしない。
――だって、彼女はもう死んでいるのだ。
理解はしている。だども、それが納得へと即座に繋がるのかと言えば否と言わざるを得ない。
紫苑も、流石に妖諸共に男を殺す気にはなれなかった。手にした戦斧を下げて、困ったように頬を掻く。
男には交霊術を用いて少女の念を届け、納得をした上で早々と『仕事』に取りかかろうと思っていた。
が、紫苑の呼びかけに、少女の霊は応えることはなかった。
交霊術が行うのはあくまで対話だけだ。相手の側が何も反応を返さなければ、情報を引き出すことも出来ない。
微細な目配り。軽く頷いた直斗が陣形を崩さぬ範囲で前へ出て、男に話しかける。
「おっさんよォ……あんたが自分の矮小さを嘆くのは別にいいさ。
けどよ、現実を見ろ……てめぇが救いたかったものを……ちゃんと救わねぇでどうするんだよ!」
「……違う」
返された言葉は余りにもか細く、故に直斗の反応が少し遅れた。
「救いたかった。確かに救いたかった。僕が彼女を殺そうと思うその時までは。
けど、あの子を殺したとき。僕はあの子の望みを叶えただけだった。救おうだなんて、考えていなかったんだ……!」
嗚咽を漏らす男に、直斗が舌を打ち――その表情を、僅かに翳らせる。
結局は、其処なのだ。この男は、未だに少女を殺した事を悔やんでいる。
生きていれば、先がある。何れ笑顔を取り戻すかも知れない。全てを失ったその後に、大切に思うものを新たに抱けるかも知れない。
その可能性を全て終わらせた。それが彼女の望みだったとしても。
「……けれど、其れは所詮仮定に過ぎませんわ」
言葉を返したのは、伊織。
「貴方の殺人を正当化する気はありません。それでも、貴方は全てを奪われた彼女のために出来ることをし続けた……最後の、最期まで」
彼女の望みは、果たして彼女にとっての幸せだったのか。
そんなことは、伊織たちには解らない。しかし。
「……貴方のその行為は、少女の想いを踏みにじるモノでしてよ!」
「……!」
少女は望んだのだ。自らの死を。
其れを――歪んだ形とは言え、蘇えさせられたならば。
「例え絶望で屈しても……それでも立ち上がり前に進まなければ! それが私達覚者ですわ!」
「……そうだね。俺も、おじさんが優しくて強い正義の人で……その子の事を大事に想っているのはわかった」
言葉を継ぐように、次久もまた、訥々と喋り始める。
「俺……その子は決しておじさんの事を恨んでないと思うよ。
だから、おじさん……もういいんだよ。そんな傷ついてもその子が悲しむと思うから……お願いだから、その子の為にも楽にさせてあげて」
――少女は、死を望んでいた。
自ら舌を噛むこともせず、養父である男に殺して貰う事を望んでいた。
其れが、仮に男に対する当てつけではなかったとしたら。
自ら死ぬ恐怖から自殺も出来ず、それでも、重度の障害を負った自分が男の重荷になってしまうからと、そう考えていたのだとしたら。
全ては推測だ。交霊術にも応えなかった彼女から真実を聞き出す術は何処にもない。
それでも、
生き続ける者には、希望が必要なのだ。
「……あ、ぁ……!!」
男が頽れる。
その小さくなった背中の向こうには、無防備な妖の姿が。
「終わった? それじゃ、これで心置きなく攻撃できるね!」
「……うん。あまり苦しませたくないから、早く楽にしてあげないと」
紫苑が、次久が、武器を構え直して対峙する中。
「よォ、おっさん」
最後に、直斗が言葉を掛ける。
「殺す事でしか救えないものもあるんだ……覚えとけ」
その言葉は、きっと誰よりも重いものだった。
戦闘自体は数分と経たずに終了した。
原型を無くした『彼女』がその機能を終えた後、せめてもの慰みにと謳う伊織の鎮魂歌が、その場にいるものの心に、深く沈んでいった。
●
消沈した男は、やがてF.i.V.Eからの迎えに連れて行かれることとなった。
事情が事情でも、彼が自らの意志で少女を殺したことは変わりない。
相応の罪を負うことにはなろうが……せめて、その後の彼には救いがあって欲しいと、一同は僅かに思った。
(出来れば、その隔者のこととやらを知りたかったが……)
男の去り際、其れを問うた直斗に、覚者の男は首を横に振りながら、隔者達に与えられた紙片のことだけを答えた。
少ない情報に顔をしかめながらも、しかし仇を討つと誓った直斗に対して、男の表情が少しだけ生気を取り戻したのは、彼に対する数少ない救いになったことは確かだろう。
「どう? 俺も頑張れば依頼こなせるんだよ! これで一人前の覚者だよね!」
「おう。よくやったな。紫苑は……まあ、もう少し本音を隠す努力ぐらいしとけ」
「えー」
初めての依頼をこなした次久は、その仕事ぶりを直斗に評価して貰ってご機嫌になりつつ、対して紫苑は不満げな表情で不平を零す。
――伊織はそんな一同を、直斗を見た後、何かを彼に向けて呟いた後、さっと踵を返した。
「………………」
いわゆる『単純でない』関係にある彼女へと直斗はため息混じりに髪を掻いて、誰ともなく言葉を漏らす。
「……そこのおっさんと同じ。強さと正しさと優しさだけじゃやってけねぇよ、世の中」
表情は変わることなく、その瞳だけは静かに沈んだものへと色を変えて。
夜は沈む。月と星は、彼の心を示すかのように、やがて現れた雲へと少しずつ呑まれていった。
骨が軋む痛みに、身体が哭いた。
呻き声は僅か。其れを零す事すら自らには許されないと、覚者の男性は戒めているようだった。
――少女の矮躯。魂を失った亡骸は今、男性の首をその繊手で握りしめている。
常人ならば骨が折れる衝撃すらも、覚者にとっては浅い。
僅かに漏れる呼気だけで永らえる。骨は軋むばかりで折れも拉げもしない。
本能のみの妖はそれに僅か、苛立ったような素振りを見せ、
失意に満ち満ちた男は酷く、自らの頑健さに絶望していた。
もう終わりにして欲しい、と。
望んでも、それは訪れない。況や、これほど脆弱な妖に願いを委ねるというのなら、尚のこと。
男に出来るのは、ただ祈ることだけだ。
終わりか、或いは有るはずもないと思っている、『何らかの救い』を。
そして、それは叶えられる――可能性が、もたらされる。
「ああ……解るぜ」
響いたのは第三者の声。
首を絞められた男が対応するよりも早く、『ボーパルホワイトバニー』飛騨・直斗(CL2001570)
握る妖刀が紫電を纏えば、室内で静かに沸き立つ雷雲が妖の側に激しい電撃を纏わせる。
「な……!」
「――手前が、俺達の敵か」
浴びせた雷は強力ではあるものの、それ単体で体力を削るには不足が過ぎる。
しかし、妖は倒れた。倒れて、爛れた皮膚を引きずりつつも蘇る。
「うーん……どれだけ体動かしたかったんだろうね?」
辟易とした表情を隠すことなく、「傍迷惑だから壊すけど♪」と快活に言い切ったのは鬼崎・紫苑(CL2001586)である。
最低限の装備のみで唯一人前衛に立ち、それでも臆することなく得物を振るうその姿は、勇猛か――或いは狂気か。
神の慈悲と名付けられた戦斧が灼けた少女を強かに打つ。覚者の男から掌が引き剥がされ、呼吸を取り戻した男はその介入者に苦悩の声を漏らす。
「F.i.V.Eか……!」
「如何にも。その妖の討伐を任されました」
応えたのは『獅子心王女<ライオンハート>』獅子神・伊織(CL2001603)。
金の髪を掻き上げ、悠然と歩む其の所作には――けれど、痛みにも似た表情一つで、美しさよりも痛ましさが前に立つ。
(あの覚者はかつての私……守りたいものを守ろうとして……守りきれなかった……私)
誰しもが過去に痛みを抱えている。其れが異能に関わるものであるのならば尚更だ。
けれど、それを『だから』で終えるのか、『だけど』で前に進むのか、其れを選ぶことは出来る。
伊織もまた。せめて愛する家族を手に掛ける痛みは、ただの一度で十分だと思い、男性の先にいる妖を吃と睨みつける。
「……俺には、おじさんの苦悩とかよくわからない」
現れた覚者の最後、斉藤・次久(CL2001595)が、困惑した声でそう呟いた。
最年少の彼がこの組織に来て初めて請け負った依頼。其処に介在する想いの苛烈さに、最初こそかける言葉は思い浮かばず、けれど、と。
「おじさんがその子のためにしたことがおじさんの正義だったように、俺も、俺の正義のために此処に来たんだ」
男は怯えていた。
両手を広げ、今や妖となった少女を庇うために、武器を手に取ることもなく。
「だから……おじさんには、退いて貰うよ」
言いながらも、握る刀の切っ先は下を向いたままだ。
戦いではなく、言葉を以て。其の想いが次久の言葉を継ぐように、誰しもへと理解を届ける。
戦いが始まろうとしていた。力と力のぶつかり合うだけではない、痛みを伴う戦いが。
●
相対する妖は、夢見の予見通り、然したる力を持たない脆弱な存在だった。
挙動は覚束ず、ひどく非力。それこそ、依頼慣れしていない次久や紫苑が互角以上に渡り合える程度に。
――本来、ならば。
「……やっぱり、ね」
嘆息混じりで伊織が呟く。
眼前の妖は、今、嘗ての父親によってその身を庇われている。
その背後にいる妖が、庇い手である当人を傷つけ続けていても、だ。
「……っ!」
どれほど弱くとも、妖は妖だ。
受けるダメージはゼロにはならない。微細な蓄積は何れ積み重なり、この男を致死へと追いやるであろう。
……或いは、それがこの男の救いなのだろかと、思いはしても。
「えー、おじさん邪魔しないでよ。だってそれ娘さんじゃない、ただの妖だよ」
あっけらかんと、しかし確かに本質を突く紫苑に、男の唇が噛みしめられる。
庇っても、その少女は喜ばない。怒りも、悲しみもしない。
――だって、彼女はもう死んでいるのだ。
理解はしている。だども、それが納得へと即座に繋がるのかと言えば否と言わざるを得ない。
紫苑も、流石に妖諸共に男を殺す気にはなれなかった。手にした戦斧を下げて、困ったように頬を掻く。
男には交霊術を用いて少女の念を届け、納得をした上で早々と『仕事』に取りかかろうと思っていた。
が、紫苑の呼びかけに、少女の霊は応えることはなかった。
交霊術が行うのはあくまで対話だけだ。相手の側が何も反応を返さなければ、情報を引き出すことも出来ない。
微細な目配り。軽く頷いた直斗が陣形を崩さぬ範囲で前へ出て、男に話しかける。
「おっさんよォ……あんたが自分の矮小さを嘆くのは別にいいさ。
けどよ、現実を見ろ……てめぇが救いたかったものを……ちゃんと救わねぇでどうするんだよ!」
「……違う」
返された言葉は余りにもか細く、故に直斗の反応が少し遅れた。
「救いたかった。確かに救いたかった。僕が彼女を殺そうと思うその時までは。
けど、あの子を殺したとき。僕はあの子の望みを叶えただけだった。救おうだなんて、考えていなかったんだ……!」
嗚咽を漏らす男に、直斗が舌を打ち――その表情を、僅かに翳らせる。
結局は、其処なのだ。この男は、未だに少女を殺した事を悔やんでいる。
生きていれば、先がある。何れ笑顔を取り戻すかも知れない。全てを失ったその後に、大切に思うものを新たに抱けるかも知れない。
その可能性を全て終わらせた。それが彼女の望みだったとしても。
「……けれど、其れは所詮仮定に過ぎませんわ」
言葉を返したのは、伊織。
「貴方の殺人を正当化する気はありません。それでも、貴方は全てを奪われた彼女のために出来ることをし続けた……最後の、最期まで」
彼女の望みは、果たして彼女にとっての幸せだったのか。
そんなことは、伊織たちには解らない。しかし。
「……貴方のその行為は、少女の想いを踏みにじるモノでしてよ!」
「……!」
少女は望んだのだ。自らの死を。
其れを――歪んだ形とは言え、蘇えさせられたならば。
「例え絶望で屈しても……それでも立ち上がり前に進まなければ! それが私達覚者ですわ!」
「……そうだね。俺も、おじさんが優しくて強い正義の人で……その子の事を大事に想っているのはわかった」
言葉を継ぐように、次久もまた、訥々と喋り始める。
「俺……その子は決しておじさんの事を恨んでないと思うよ。
だから、おじさん……もういいんだよ。そんな傷ついてもその子が悲しむと思うから……お願いだから、その子の為にも楽にさせてあげて」
――少女は、死を望んでいた。
自ら舌を噛むこともせず、養父である男に殺して貰う事を望んでいた。
其れが、仮に男に対する当てつけではなかったとしたら。
自ら死ぬ恐怖から自殺も出来ず、それでも、重度の障害を負った自分が男の重荷になってしまうからと、そう考えていたのだとしたら。
全ては推測だ。交霊術にも応えなかった彼女から真実を聞き出す術は何処にもない。
それでも、
生き続ける者には、希望が必要なのだ。
「……あ、ぁ……!!」
男が頽れる。
その小さくなった背中の向こうには、無防備な妖の姿が。
「終わった? それじゃ、これで心置きなく攻撃できるね!」
「……うん。あまり苦しませたくないから、早く楽にしてあげないと」
紫苑が、次久が、武器を構え直して対峙する中。
「よォ、おっさん」
最後に、直斗が言葉を掛ける。
「殺す事でしか救えないものもあるんだ……覚えとけ」
その言葉は、きっと誰よりも重いものだった。
戦闘自体は数分と経たずに終了した。
原型を無くした『彼女』がその機能を終えた後、せめてもの慰みにと謳う伊織の鎮魂歌が、その場にいるものの心に、深く沈んでいった。
●
消沈した男は、やがてF.i.V.Eからの迎えに連れて行かれることとなった。
事情が事情でも、彼が自らの意志で少女を殺したことは変わりない。
相応の罪を負うことにはなろうが……せめて、その後の彼には救いがあって欲しいと、一同は僅かに思った。
(出来れば、その隔者のこととやらを知りたかったが……)
男の去り際、其れを問うた直斗に、覚者の男は首を横に振りながら、隔者達に与えられた紙片のことだけを答えた。
少ない情報に顔をしかめながらも、しかし仇を討つと誓った直斗に対して、男の表情が少しだけ生気を取り戻したのは、彼に対する数少ない救いになったことは確かだろう。
「どう? 俺も頑張れば依頼こなせるんだよ! これで一人前の覚者だよね!」
「おう。よくやったな。紫苑は……まあ、もう少し本音を隠す努力ぐらいしとけ」
「えー」
初めての依頼をこなした次久は、その仕事ぶりを直斗に評価して貰ってご機嫌になりつつ、対して紫苑は不満げな表情で不平を零す。
――伊織はそんな一同を、直斗を見た後、何かを彼に向けて呟いた後、さっと踵を返した。
「………………」
いわゆる『単純でない』関係にある彼女へと直斗はため息混じりに髪を掻いて、誰ともなく言葉を漏らす。
「……そこのおっさんと同じ。強さと正しさと優しさだけじゃやってけねぇよ、世の中」
表情は変わることなく、その瞳だけは静かに沈んだものへと色を変えて。
夜は沈む。月と星は、彼の心を示すかのように、やがて現れた雲へと少しずつ呑まれていった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
