【儚語】悪夢の先
●
寝ている間に見る夢というのは、2種類ある。
頭の中だけでその展開を終える物と、実際に起こる物の2種類だ。
全員が2種類の夢を見るわけでは無いと知ったのは、10歳を越えた頃の事。
それから、自分の夢が実際に起こる事なのかどうか確かめるのが、私の密かな楽しみになった。
お財布を落としてしまったお婆さんにそれを知らせてあげたり、流れの早い川に落ちそうな男の子に注意をしたり。
人助けも出来て、ちょっとした自信もつく。
夢は、私の味方だった。
夢というのは違う観点から見ても、2種類あるといえる。
単純に、「良い夢」と「悪い夢」だ。
その点で言えば、今日見た夢は最悪。
薄暗い倉庫の中で気味の悪い大蜘蛛が罠を張り、野良犬を糸で巻き捕えてしまうという、正に夢見の悪い物だった。
実際に起こる夢の良い所は、それを未然に防ぐことが出来るという事だ。
最悪の夢も、自分の手でその結末を変える事が出来るかもしれない。
「ちょ…ちょっと怖いけど………」
道端で拾った木の棒を手に、夢で見た倉庫の近くで野良犬を待つ。
この棒で犬を追い払えば、少なくともその犬は助かるはずだ。
私も倉庫に入らなければあの罠にかかってしまうことは無い。
そう、思っていた。
突然、後ろから強く背中を押された。
そう思えるほどの衝撃に思わず前につんのめる。
転倒し、顔を打たないように咄嗟に腕を出そうとするも、腕が動かない。
しかし体は前に倒れる事無く、前傾姿勢のまま固定されている。
「こ…これって……!?」
自分の体を捕えた白い物。
こんな物、聞いた事も触れた事も無い。
しかし、見た事はある。 昨日の夢の中で、野良犬が包まれてしまったあの…
蜘蛛の糸だ。
「や…やだぁぁぁぁぁぁぁ!」
ぐんっと体を引っ張られ、まるで釣り針にかかった魚のように倉庫の中へ引っ張り込まれる。
勢いをつけて引き込まれた体は粘つく網に受け止められ、瞬く間に繭の様にぐるぐる巻きにされてしまう。
少女は恐怖と急激な脱力感で朦朧とした頭で考える。
これが、夢だったらいいのに。
実際には起こらない、皆の見るような一時の夢。 未然に防ぐ事のできる予知夢。
どちらであってもよいから…。
あの野良犬を夢で見て助けようとした私が、あの野良犬のように危機に晒されている。
しかし、それを夢で見て助けてくれる人は、もう居ないのだから…。
●
「大変! 大変だよ、みんな」
いつに無く慌てた様子の久方 万里(nCL2000005)が、両手を振り回しながら覚者達にまくし立てるように話す。
「実は夢見の女の子が大きな蜘蛛の妖に捕まっちゃって。 このままじゃ殺されちゃうかも!」
夢見の女の子というと…。 覚者達がその条件に唯一思い当たる万里を見るが…。
「万里じゃなくて……万里達とは別の夢見の子が凄くピンチなの!」
3兄妹以外の夢見。 夢見だから助けるというわけでは無いが、やはり放って置く事は出来ない。
「夢見の子の名前は、『白羽 澄』、14歳の女の子だよ。 今から急げばまだ間に合うかもしれないから、絶対助けてきてね!」
寝ている間に見る夢というのは、2種類ある。
頭の中だけでその展開を終える物と、実際に起こる物の2種類だ。
全員が2種類の夢を見るわけでは無いと知ったのは、10歳を越えた頃の事。
それから、自分の夢が実際に起こる事なのかどうか確かめるのが、私の密かな楽しみになった。
お財布を落としてしまったお婆さんにそれを知らせてあげたり、流れの早い川に落ちそうな男の子に注意をしたり。
人助けも出来て、ちょっとした自信もつく。
夢は、私の味方だった。
夢というのは違う観点から見ても、2種類あるといえる。
単純に、「良い夢」と「悪い夢」だ。
その点で言えば、今日見た夢は最悪。
薄暗い倉庫の中で気味の悪い大蜘蛛が罠を張り、野良犬を糸で巻き捕えてしまうという、正に夢見の悪い物だった。
実際に起こる夢の良い所は、それを未然に防ぐことが出来るという事だ。
最悪の夢も、自分の手でその結末を変える事が出来るかもしれない。
「ちょ…ちょっと怖いけど………」
道端で拾った木の棒を手に、夢で見た倉庫の近くで野良犬を待つ。
この棒で犬を追い払えば、少なくともその犬は助かるはずだ。
私も倉庫に入らなければあの罠にかかってしまうことは無い。
そう、思っていた。
突然、後ろから強く背中を押された。
そう思えるほどの衝撃に思わず前につんのめる。
転倒し、顔を打たないように咄嗟に腕を出そうとするも、腕が動かない。
しかし体は前に倒れる事無く、前傾姿勢のまま固定されている。
「こ…これって……!?」
自分の体を捕えた白い物。
こんな物、聞いた事も触れた事も無い。
しかし、見た事はある。 昨日の夢の中で、野良犬が包まれてしまったあの…
蜘蛛の糸だ。
「や…やだぁぁぁぁぁぁぁ!」
ぐんっと体を引っ張られ、まるで釣り針にかかった魚のように倉庫の中へ引っ張り込まれる。
勢いをつけて引き込まれた体は粘つく網に受け止められ、瞬く間に繭の様にぐるぐる巻きにされてしまう。
少女は恐怖と急激な脱力感で朦朧とした頭で考える。
これが、夢だったらいいのに。
実際には起こらない、皆の見るような一時の夢。 未然に防ぐ事のできる予知夢。
どちらであってもよいから…。
あの野良犬を夢で見て助けようとした私が、あの野良犬のように危機に晒されている。
しかし、それを夢で見て助けてくれる人は、もう居ないのだから…。
●
「大変! 大変だよ、みんな」
いつに無く慌てた様子の久方 万里(nCL2000005)が、両手を振り回しながら覚者達にまくし立てるように話す。
「実は夢見の女の子が大きな蜘蛛の妖に捕まっちゃって。 このままじゃ殺されちゃうかも!」
夢見の女の子というと…。 覚者達がその条件に唯一思い当たる万里を見るが…。
「万里じゃなくて……万里達とは別の夢見の子が凄くピンチなの!」
3兄妹以外の夢見。 夢見だから助けるというわけでは無いが、やはり放って置く事は出来ない。
「夢見の子の名前は、『白羽 澄』、14歳の女の子だよ。 今から急げばまだ間に合うかもしれないから、絶対助けてきてね!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.大蜘蛛の妖(生物系、ランク2)の撃破。
2.夢見の少女「白羽 澄」の救出。
3.なし
2.夢見の少女「白羽 澄」の救出。
3.なし
大蜘蛛に捕えられちゃった夢見の少女の救出依頼です!
●敵情報
大蜘蛛……生物系、ランク2の妖。 胴体だけで3mはある大きな蜘蛛。 毒や牙は無いものの、糸で巻き取った獲物の体力を吸収する。
・粘糸を飛ばす……粘着力の強い糸を放つ。 遠距離1人にダメージ+バッドステータス【鈍化】
・撒き散らし……粘糸を近距離に多量ぶちまける近距離列攻撃。 ダメージ+バッドステータス【弱体】
・糸巻き……3ターンに1度しか使えない。 相手一人に糸を吐きかけ、そのまま自分の下に引き寄せ繭のようにぐるぐる巻きにする遠距離単体攻撃。 捕われた者は身動きできずにだんだん体力が減っていく。 繭にある程度のダメージを与えれば繭を破壊し救出する事が出来ます。 その際中の人にダメージが通ってしまう事はありません。
●『白羽 澄』
夢見がちな少女。 ややおっとりめだけど意外と思い切った行動もする。
現在は蜘蛛に捕われ気絶中。 覚者が駆けつけてから8ターン程度なら耐えられそうだが、それを超えると命の危険が出てくる。
「糸巻き」を喰らった状態で気絶している為、繭を攻撃し解放後、さらに倉庫の外などの安全な場所に運べば助けられると思われます。
大蜘蛛は覚者が居る間は、多少澄が視界内に入っても覚者を攻撃し続けます。
●場所情報
使われていない倉庫の中。 広さは十分にあるものの、入り口の周り付近以外は蜘蛛の巣に覆われています。
蜘蛛は倉庫の奥を背に蜘蛛の巣の中を動き迎え撃つようで、左右や後ろを取る事は難しいでしょう。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年10月01日
2015年10月01日
■メイン参加者 8人■

●悪夢への入り口
何の変哲もない通り。 普段と変わらぬ休日の午後。
そんな町外れを、普通では無い様子で8人の若者が駆けてゆく。
年齢も性別も共通点のなさそうな8人。
その表情には焦りと使命感、それと大きな覚悟が見て取れる。
おおよそ周りの景観には合わない表情だが、彼らだけは知っている。
この町外れに、人知れず地獄が口を開けている事を。
そして、そこに捕われた者が居る事を。
「この倉庫か…?」
住宅や商店からかなりの距離を置いた廃倉庫の前で足を止めた『BCM店長』阿久津 亮平(CL2000328)が僅かに息を切らしながら後に続く仲間に確認をする。
「あぁ、中から何かが蠢くような気配もする。恐らく間違いない」
亮平の問いに中の様子を鋭聴覚で探りながら『笑顔の約束』六道 瑠璃(CL2000092)が答える。
万里に指定された倉庫は一見どこにでもありそうな物。
しかし覚者としての経験を積んだ彼らは、中に普通では無い何かが居ると言う事をその気配で察する。
「しかし、中々に漢気のある娘子ではないか。 まぁ、若さと言えばそれまでじゃろうが」
齢を重ねたような口調で話す少女『運命殺し』深緋・恋呪郎(CL2000237)が、気に入ったとばかりに話すのは、救助の対象である白羽 澄の事だろう。
戦う力も持たず、化け物が居ると知りながらもこの倉庫に近づくと言うのも中々の肝っ玉と言えるかもしれない。
「でも、そう言う奴嫌いじゃねーし、なんとしてでも助けてやりてーな。 夢見かどうかなんて関係なくさ」
『わんぱく小僧』成瀬 翔(CL2000063)も、口調は違えど恋呪郎に同意する。
強く真っ直ぐな瞳は、その気持ちを言葉よりも表したように倉庫へ向けられている。
「自分の持つ力で人を、誰かを助けようと頑張ったんですね。 その気持ち、解ります…。 私も同じだから…」
翼を生やした少女、『Little Flag』守衛野 鈴鳴(CL2000222)は、胸元をギュっと握るように力を込める。
勇者のように恐れを知らない訳でも、危機を笑い飛ばす度量がある訳でもない。
しかし、その恐怖を振り払い他の者に手を差し伸べる強さがある。
鈴鳴は、自分に似た何かを澄に感じていた。 一つ違う事は、差し伸べる事が出来る手の種類だ。
「まだ、ちょっとだけ、怖いけど…中の澄さんはもっと怖い思いをしてるよね…。 助けてあげないと…!」
鈴鳴と同じように恐怖を感じながらもそれを振り払い前を向く『Mignon d’or』明石 ミュエル(CL2000172)。
望んで手にしたのか、望まずに得た物なのか、彼女達には戦う力がある。
そして、この世界はその力で救うことができる悲劇に溢れているのである。
同じ志を持っているであろう少女をこの力で助ける事が出来るのならば、恐怖を圧してでも助けたい。
「そうだな。 その為にも蜘蛛の妖を倒さねば。 ここで、確実に仕留める」
救助への思いで前のめりになるでもなく、冷静に気を引き締める水蓮寺 静護(CL2000471)は、覚者達に目配せをし、倉庫へと歩を進める。
気持ちは力にもなるが、視野を狭くする事もある。
静護の眼鏡の奥の瞳は、助けるべき者とそれをする為になすべき事の両方を捉え、見据えている。
「よぉし! 乗り込むぞぉ! 悪夢は終わりじゃあ!ぶちかませぇいっ!!」
スキンヘッドの巨漢、『家内安全』田場 義高(CL2001151)が、皆の恐怖と不安を吹き飛ばすような威勢の良い掛け声を上げる。
それを合図にしたかのように、覚者達は倉庫の中に雪崩れ込むのであった。
●捕縛者
割れた窓。 一部のトタンが剥がれた屋根。 倉庫内は差し込む光に照らされながらも薄暗さに覆われているのは、それを遮る物があまりに多いからだろう。
ただ思いのままに散らかしたようでいて規則性を持ったそれは、人の腕ほどもあろうかという蜘蛛の糸。
面を上に向ける巣や正面向けた巣が幾重にも連なり、日の光をぼうっと反射させている。
正に、魔物の巣。
その糸に遮られた倉庫の奥で、赤黒く不気味に光る八つの球体がゆらりと動く。
嫌悪感を沸かせる剛毛に覆われた体。 それぞれが個別の意思を持っているかのようにわさわさと動く足。
間違いなく、こいつが万里の話に出た大蜘蛛だ。
しかしそれ以上に覚者の目を引きつけたのは、大蜘蛛のすぐ傍の糸の塊。
「蜘蛛の左、繭がある!」
「うむ。 人の匂いも僅かにする。 他に人が納まる程の繭も見当たらなぬし、あれで間違いあるまい」
瑠璃の声に恋呪郎が守護使役の力を宿した鼻で確認を行う。
「やっぱ蜘蛛の近くか。 厄介だけど…やるしかないよな!」
翔がすばやく護符を指先で摘むと、その護符は蒼白い炎を上げ燃え尽きる。
それと同時に、翔を中心に渦巻くように風が流れ覚者達の感覚を冴えさせる。
「よそ見してっと痛い目見んぜ! おら、来いよでかぶつ!」
その風を受け、巨大な斧を手にした義高が雄牛の如く地を踏み鳴らし蜘蛛に突進を仕掛けるが、蜘蛛は八つの目を光らせ、短い牙をゆっくりと開くと…
ビュッ!
牙の隙間から白い何かが飛び出し、義高の体に絡みつく。
糸というよりもトリモチに近いそれは、屈強な義高の力ですら振り払えぬほどの粘着力で義高を地面に縫いとめる。
「無闇に突進するな。 今は蜘蛛の足止めが出来れば良い」
追撃を放とうとする蜘蛛の横頬に静護の水礫が打ち付けられ、蜘蛛の顔を大きく横に揺さぶる。
「おう、悪ぃな。 助かった」
礼を言いながらなんとか糸を振り払う義高。
その後ろから車輪に変化させた足で人と糸を縫うように駆けたミュエルが遠心力の乗った槍を振るい、蜘蛛の前足を深く切裂く。
「でも…アタシ達で蜘蛛の注意を引かないと……。 無茶のしすぎはダメだけど……」
ぐるんとターンし、義高と静護の元へと戻り蜘蛛へと向き直るミュエル。
正面に立つ3人の敵対者。 蜘蛛の意識は、完全に彼らへ向けられている。
「ここはアタシ達で食い止めます……。 今のうちに……」
口の中で小さく、祈るように呟くミュエル。 少数で蜘蛛の注意をひきつける危険を冒すのも、全ては救うべき者の為。
蜘蛛は歩を進め徐々に繭から距離を離してゆく。
自分達がひきつければ、それだけ救出が楽になる。 その為ならば多少の危険等小さな事だった。
蜘蛛の死角、繭のある横側から回り込んだ亮平が、蜘蛛の巣を振り払いながら繭へのルートを作る。
「ちっ…。 意外と進みにくいな…」
亮平の鋭いナイフが粘つく糸ですら刀身にこびりつかせる事なく切裂いてゆくが、斬れど斬れど上から垂れる糸に阻まれ中々距離を縮めることができない。
「こっちからならもっと進みやすいかも…」
そんな声がしたのは亮平の左右は後ろではなく上からだった。
背の羽で宙を舞い、角度をつけて広く見ていた鈴鳴が円を描きながら旗を振るうと、亮平の横の網に風の塊が放たれ大穴をあける。
その網の先は、さほど大きな巣もなく回り込む形にはなるが進みやすい地帯といえた。
「おぉ。 ナイスじゃぞ、旗の嬢。 なればこの先は儂が!」
吹き飛ばされた網の先へと身を躍らせた恋呪郎が旋風の如く巨大な剣を振るうと、人の腕ほどもあろうかと言う糸が吹き飛ぶように散ってゆく。
「あと邪魔なのは…あの網か」
恋呪郎の剛の一撃の後、繭までの残り僅かな道筋を阻む1枚の網の支点に瑠璃の鎌が滑り込む。
壁に接した2点の糸を素早く断つだけで、網はその形を保ったままだらりと垂れ下がり、ついに繭は糸を隔てる事無くその姿を覚者達に見せたのだった。
「まだまだぁ!」
雄たけびを上げながら義高が幾度となくその斧を振るう。
しかし、丸太ですら真っ二つにできそうな一撃も蜘蛛の足を絶つには至らない。
「く…蜘蛛さん、こっちです…!」
注意を引く為か、おどおどとしながらも珍しく大きな声で槍を突き出すミュエル。
その身は糸の攻撃に幾度となく晒され、重く絡みつく糸は精細な動きを妨げている。
不利な戦いながらも戦況を崩さずに耐えるミュエル達。
蜘蛛も完全に戦いに集中していたが、ふとその意識を遮るかのように、周りの糸がダルっと弛む。
自分の張った巣だ。 弛み方でどこが破壊されたか等すぐに解る。
「…しまった。 救助の皆に気がついたか」
蜘蛛の目の光が、救護に向かった覚者達へと向けられた。
自分の餌を、奪おうとしている奴等が居る。
本能のままにそちらへ歩を進めようとする蜘蛛の胴に向け、再び水の塊を放つ静護だが…。
「これだけでは足らないか…」
弾けた水が蜘蛛の体を大きく揺らすが、それでも餌に執着する本能を揺るがすには至らない。
「くそ…!」
「っ………」
無謀を承知で前衛の義高とミュエルが阻止に向かおうとしたその時、走る稲妻が背後から流れ、蜘蛛の体に炸裂する。
雷は蜘蛛の体から放射状に網へと広がり、まるで輝く網で蜘蛛を縫いとめたかのようにその動きを封じ込める。
「オレの事も忘れて貰っちゃ困るぜ!」
護符を携えた翔は、まだ電気を帯びている護符を一度払うと、再び護符に意識を集中し優しい光を纏わせる。
その光は、義高とミュエルに絡みついた糸を、まるで溶かすように落としその呪縛から開放する。
「さあ、来いよ! 相手してやるぜ!」
蜘蛛を挑発する翔に、一度は向きを変えた蜘蛛も再び向き直る。
餌よりもこいつ等だ。 こいつらを倒し餌とすればどうせ同じ事。
纏めて糸に巻き、喰らってくれる。
蜘蛛の目がいっそう暗く輝き、4人の覚者達を見据えるのだった。
「む。 儂らに気がついたようじゃが…。 向こうが上手くやっとるようじゃの」
「なら早く助けないとな。 向こうがどんな無茶をしてるか解らない」
匂いと気配から蜘蛛の動向を知った恋呪郎の言葉に、瑠璃は言葉と行動で答える。
鎌が煌き繭をすり抜けると、皮一枚を剥いだようにパックリと繭が割れ、中から少女の姿が現れる。
顔色は悪く、意識は無い…が、遮られていた光を浴び小さく呻き声を上げる。
「よかった…。 間に合った…」
安堵の表情を浮かべる鈴鳴は宙を舞い澄の元に行くものの…。
「あ、あれ…? 抜けない。 まだ周りの糸がくっついちゃってて…」
繭に覆われた澄の体は強固に拘束され、鈴鳴がいくら引っ張ろうと抜く事が出来ない。
「なら、俺がやろう」
地を蹴り、放置されていた木箱を踏み台にさらに飛び上がり繭へと取り付いた亮平が、澄の体から繭へと延びる粘着物を切裂いてゆく。
鈴鳴が引っ張り、粘りつき糸を引く部分を亮平が断ち切る。
徐々に澄の体は繭から開放されてゆき、ついにその体が完全に繭から開放される!
「わわわわ…!?」
勢いあまり澄を抱えたまま空中でバランスを崩す鈴鳴。
あわやそのまま網に突っ込もうかと言う所を、恋呪郎の剣が網を切裂き、澄を抱えた鈴鳴をさらに抱きとめる。
「す、すみません…」
「うむ。 良くやった」
繭に取り付いていた亮平がひょいっと降り、凜を鈴鳴から受け取り横抱きに抱える。
「こっちは俺と深緋さんに任せてくれ」
「主らは蜘蛛と戦ってる者達の援護を頼むぞ」
亮平と恋呪郎が蜘蛛に警戒しつつ澄を抱えて駆け出すと、瑠璃と鈴鳴も、仲間を助けるべく走り出すのだった。
「ぐ、くっそぉ!」
「ちっ! 油断したか」
一方の蜘蛛と退治していた覚者達。
蜘蛛が広範囲に吐き出す糸に動きを阻害された義高と静護が呻く。
「こ、この…アタシが相手です…!」
注意を引こうと槍を突こうとするミュエルの車輪も粘糸を巻き込み、その槍も幾重もの糸で地面とつながってしまった状態だ。
「くそっ! このままじゃジリ貧だな」
翔が何度目かの光を放ち仲間の糸を払ってゆくが、それでも全てを払いきれる訳では無い。
雷と仲間の補助。 既にかなりの力を消耗してしまっている。
このままでは……。
牙を携えた蜘蛛の顔が、静護の眼前まで迫る。
「仲間が助けに来るまでここで耐え続ける……だけだと思うなよ?」
水の術を軸に援護をしてきた静護が、腰に差した刀を素早く抜き、一瞬の元に蜘蛛の顔面を切りつける。
糸で力が鈍っていたとはいえ、不意をつく鋭い一撃に蜘蛛は声なき叫びを上げて苦しみ悶える。
牙を大きく開き、天を仰ぐように上を向いた蜘蛛。
その顎を、後方から風の塊が迫り跳ね上げる。
「大丈夫ですか?」
旗を携えた鈴鳴の姿。 彼女がこちらに来たと言う事は…。
「澄は助け出した。 後はこいつを始末するだけだ」
瑠璃もその後に続き、粘糸に捕われていた者達を助け出す。
4人相手に手を焼いていた蜘蛛は、増援に不利と悟ったのか覚者達に背を向ける。
「…っ! に、逃げちゃう…!?」
逃亡の気配をいち早く察した鈴鳴が、蜘蛛を組み付いてでも止めようと宙を舞い飛び掛る。
しかし、敵前で背を向けた蜘蛛はそのまま撤退する様子はない。
「あ…ダメ…! もしかしたら…!」
蜘蛛の腹が膨らむ様子を見たミュエルが鈴鳴を止めようとするが時既に遅し。
腹の膨らみが徐々に知りの先端へと集ったかと思うと…。
ビュン!
風を切る音と共に蜘蛛の尻から放たれた糸が鈴鳴に絡みつく。
「え…!? ひゃぁぁぁぁ!?」
悲鳴を上げながら網に叩き付けるように引き寄せられる鈴鳴。
網の弾力に守られ怪我を負うことは無い物の、羽の生えた少女は蜘蛛の巣にかかった蝶の様にその動きを封じられる。
蜘蛛は2本の足を器用に使い、その網を全て体に巻きつけるかのようにぐるぐると回し、あっという間に鈴鳴を繭のようにしてしまう。
「~~~! ~~~~~!」
中から聞こえる鈴鳴の叫び声。
繭はもぞもぞと動くものの自力での脱出は難しそうだ。
「守衛野さん…!」
ミュエルが助けに向かおうとするも、蜘蛛は体を割り込ませるように道を塞ぎ、粘糸で牽制をしてくる。
「ならばまず貴様を片付ける!」
「よそ見してっと痛い目見んぜ!」
道を遮る巨体に、静護の太刀と義高の斧が振るわれる。
左右から足を払うかのようなその攻撃に、がくんと前のめりに倒れる蜘蛛。
その隙に、素早く翔けた影が斬閃を煌かせ鈴鳴の捕われていた繭を固定する糸を切裂く。
「また奥に連れて行かれたら面倒だからな」
突然重力の影響を受け始めたかのように落下する繭を抱きとめ、仲間の下へ戻った瑠璃は鎌を繭に通し切れ目を入れる。
「っぷは! …た、助かりました……」
羽が粘りつき脱出が難しいのか、繭から身を出す事は適わないものの、さしたるダメージのない鈴鳴が瑠璃に礼を言う。
「よっし! それじゃそろそろ……」
「ええ………。 これで悪い夢は………」
前足を痛め突っ伏した蜘蛛に、翔が護符に雷の力を込め、ミュエルがくるりと槍を回してから大きく引き狙いを定める。
「終いにしようぜ!」
「終わりです…!」
二人の声と共に槍のような雷と雷のような槍が同時に蜘蛛の体を貫く。
時間が止まったように攻撃を受けた状態で静止した蜘蛛は、ビクンと大きく一度だけ震え、徐々にその瞳から光を失ってゆき、その体を横たえるのだった。
●夢
まぶしい。
まだ体はだるいのに、もう朝なのかな。
そう考え開いた目にぼんやり映ったのは私を心配そうに覗き込む人達の顔。
本当なら慌てた方が良かったんだろうけど、覗き込む人達の、ほっとしたような優しい表情は、不思議と私を安心させた。
いつものように体を起こそうとお腹に力を入れようとするけど、体はだるさを訴えて起き上がることができない。
寝起きではない疲労感。
そして蜘蛛の巣のリアルな感触も、味わった恐怖も、とても夢とは思えないものだった。
「あれ…? 私…。 あなた達は…?」
呟いた言葉に、羽の生えた天使みたいな人が答えてくれる。
「貴女を助けに来たんです。貴女と同じく、夢を見た人から聞いて」
私みたいに先の事を夢に見る人…。
そんな人が他にも居る事もビックリだけど、それ以上にあんな大きな蜘蛛に立ち向う人が居る事に驚いた。
「また誰かが襲われてる夢を見たら、アタシ達に言ってくださいね…。 お手伝い、できると思うから……」
天使みたいな人の隣の、ハーフっぽい女の子が少し遠慮しがちに言ってくれる。
頼りなさそうに見えなくも無いけど、不思議とその言葉に勇気が沸いて来る。
力になってくれる。 その一言は一人で犬を助けようとした私がどこかで求めていた言葉かもしれない。
「良かったらオレ達と一緒にこねーか?」
「オレ達と、澄の力があれば、どんな悪い未来だって変えられる」
元気そうな子と瑠璃色の髪の人から笑顔と共に優しい言葉が差し出されると、目が自然と潤んできてしまう。
自分の夢の事を知った上で、仲間に誘ってくれる。 そして、私の力を生かすことが出来る。
それは、正に夢に見たような事だった。
「儂らとは違う、友を戦場に送り出す覚悟が必要になるがな」
兎のような耳を生やした人が、不敵な感じの笑顔で忠告をする。
その言葉は、都合の良いだけの夢では無い、現実の話だという実感を与えてくれる。
こくりと、首を立てに振るう。
それと同時に、脱力しきった体はこれで限界といわんばかりに瞼をゆっくりと閉じさせてゆく。
眠りにつく前に見えたのは、新しい仲間達の笑顔。
意識を失った私は、夢を見た。
仲間と笑い、時には真剣に悪夢に立ち向う夢。
それはきっとただの夢では無く、私の力が見せてくれた未来を写した夢なんだろう。
何の変哲もない通り。 普段と変わらぬ休日の午後。
そんな町外れを、普通では無い様子で8人の若者が駆けてゆく。
年齢も性別も共通点のなさそうな8人。
その表情には焦りと使命感、それと大きな覚悟が見て取れる。
おおよそ周りの景観には合わない表情だが、彼らだけは知っている。
この町外れに、人知れず地獄が口を開けている事を。
そして、そこに捕われた者が居る事を。
「この倉庫か…?」
住宅や商店からかなりの距離を置いた廃倉庫の前で足を止めた『BCM店長』阿久津 亮平(CL2000328)が僅かに息を切らしながら後に続く仲間に確認をする。
「あぁ、中から何かが蠢くような気配もする。恐らく間違いない」
亮平の問いに中の様子を鋭聴覚で探りながら『笑顔の約束』六道 瑠璃(CL2000092)が答える。
万里に指定された倉庫は一見どこにでもありそうな物。
しかし覚者としての経験を積んだ彼らは、中に普通では無い何かが居ると言う事をその気配で察する。
「しかし、中々に漢気のある娘子ではないか。 まぁ、若さと言えばそれまでじゃろうが」
齢を重ねたような口調で話す少女『運命殺し』深緋・恋呪郎(CL2000237)が、気に入ったとばかりに話すのは、救助の対象である白羽 澄の事だろう。
戦う力も持たず、化け物が居ると知りながらもこの倉庫に近づくと言うのも中々の肝っ玉と言えるかもしれない。
「でも、そう言う奴嫌いじゃねーし、なんとしてでも助けてやりてーな。 夢見かどうかなんて関係なくさ」
『わんぱく小僧』成瀬 翔(CL2000063)も、口調は違えど恋呪郎に同意する。
強く真っ直ぐな瞳は、その気持ちを言葉よりも表したように倉庫へ向けられている。
「自分の持つ力で人を、誰かを助けようと頑張ったんですね。 その気持ち、解ります…。 私も同じだから…」
翼を生やした少女、『Little Flag』守衛野 鈴鳴(CL2000222)は、胸元をギュっと握るように力を込める。
勇者のように恐れを知らない訳でも、危機を笑い飛ばす度量がある訳でもない。
しかし、その恐怖を振り払い他の者に手を差し伸べる強さがある。
鈴鳴は、自分に似た何かを澄に感じていた。 一つ違う事は、差し伸べる事が出来る手の種類だ。
「まだ、ちょっとだけ、怖いけど…中の澄さんはもっと怖い思いをしてるよね…。 助けてあげないと…!」
鈴鳴と同じように恐怖を感じながらもそれを振り払い前を向く『Mignon d’or』明石 ミュエル(CL2000172)。
望んで手にしたのか、望まずに得た物なのか、彼女達には戦う力がある。
そして、この世界はその力で救うことができる悲劇に溢れているのである。
同じ志を持っているであろう少女をこの力で助ける事が出来るのならば、恐怖を圧してでも助けたい。
「そうだな。 その為にも蜘蛛の妖を倒さねば。 ここで、確実に仕留める」
救助への思いで前のめりになるでもなく、冷静に気を引き締める水蓮寺 静護(CL2000471)は、覚者達に目配せをし、倉庫へと歩を進める。
気持ちは力にもなるが、視野を狭くする事もある。
静護の眼鏡の奥の瞳は、助けるべき者とそれをする為になすべき事の両方を捉え、見据えている。
「よぉし! 乗り込むぞぉ! 悪夢は終わりじゃあ!ぶちかませぇいっ!!」
スキンヘッドの巨漢、『家内安全』田場 義高(CL2001151)が、皆の恐怖と不安を吹き飛ばすような威勢の良い掛け声を上げる。
それを合図にしたかのように、覚者達は倉庫の中に雪崩れ込むのであった。
●捕縛者
割れた窓。 一部のトタンが剥がれた屋根。 倉庫内は差し込む光に照らされながらも薄暗さに覆われているのは、それを遮る物があまりに多いからだろう。
ただ思いのままに散らかしたようでいて規則性を持ったそれは、人の腕ほどもあろうかという蜘蛛の糸。
面を上に向ける巣や正面向けた巣が幾重にも連なり、日の光をぼうっと反射させている。
正に、魔物の巣。
その糸に遮られた倉庫の奥で、赤黒く不気味に光る八つの球体がゆらりと動く。
嫌悪感を沸かせる剛毛に覆われた体。 それぞれが個別の意思を持っているかのようにわさわさと動く足。
間違いなく、こいつが万里の話に出た大蜘蛛だ。
しかしそれ以上に覚者の目を引きつけたのは、大蜘蛛のすぐ傍の糸の塊。
「蜘蛛の左、繭がある!」
「うむ。 人の匂いも僅かにする。 他に人が納まる程の繭も見当たらなぬし、あれで間違いあるまい」
瑠璃の声に恋呪郎が守護使役の力を宿した鼻で確認を行う。
「やっぱ蜘蛛の近くか。 厄介だけど…やるしかないよな!」
翔がすばやく護符を指先で摘むと、その護符は蒼白い炎を上げ燃え尽きる。
それと同時に、翔を中心に渦巻くように風が流れ覚者達の感覚を冴えさせる。
「よそ見してっと痛い目見んぜ! おら、来いよでかぶつ!」
その風を受け、巨大な斧を手にした義高が雄牛の如く地を踏み鳴らし蜘蛛に突進を仕掛けるが、蜘蛛は八つの目を光らせ、短い牙をゆっくりと開くと…
ビュッ!
牙の隙間から白い何かが飛び出し、義高の体に絡みつく。
糸というよりもトリモチに近いそれは、屈強な義高の力ですら振り払えぬほどの粘着力で義高を地面に縫いとめる。
「無闇に突進するな。 今は蜘蛛の足止めが出来れば良い」
追撃を放とうとする蜘蛛の横頬に静護の水礫が打ち付けられ、蜘蛛の顔を大きく横に揺さぶる。
「おう、悪ぃな。 助かった」
礼を言いながらなんとか糸を振り払う義高。
その後ろから車輪に変化させた足で人と糸を縫うように駆けたミュエルが遠心力の乗った槍を振るい、蜘蛛の前足を深く切裂く。
「でも…アタシ達で蜘蛛の注意を引かないと……。 無茶のしすぎはダメだけど……」
ぐるんとターンし、義高と静護の元へと戻り蜘蛛へと向き直るミュエル。
正面に立つ3人の敵対者。 蜘蛛の意識は、完全に彼らへ向けられている。
「ここはアタシ達で食い止めます……。 今のうちに……」
口の中で小さく、祈るように呟くミュエル。 少数で蜘蛛の注意をひきつける危険を冒すのも、全ては救うべき者の為。
蜘蛛は歩を進め徐々に繭から距離を離してゆく。
自分達がひきつければ、それだけ救出が楽になる。 その為ならば多少の危険等小さな事だった。
蜘蛛の死角、繭のある横側から回り込んだ亮平が、蜘蛛の巣を振り払いながら繭へのルートを作る。
「ちっ…。 意外と進みにくいな…」
亮平の鋭いナイフが粘つく糸ですら刀身にこびりつかせる事なく切裂いてゆくが、斬れど斬れど上から垂れる糸に阻まれ中々距離を縮めることができない。
「こっちからならもっと進みやすいかも…」
そんな声がしたのは亮平の左右は後ろではなく上からだった。
背の羽で宙を舞い、角度をつけて広く見ていた鈴鳴が円を描きながら旗を振るうと、亮平の横の網に風の塊が放たれ大穴をあける。
その網の先は、さほど大きな巣もなく回り込む形にはなるが進みやすい地帯といえた。
「おぉ。 ナイスじゃぞ、旗の嬢。 なればこの先は儂が!」
吹き飛ばされた網の先へと身を躍らせた恋呪郎が旋風の如く巨大な剣を振るうと、人の腕ほどもあろうかと言う糸が吹き飛ぶように散ってゆく。
「あと邪魔なのは…あの網か」
恋呪郎の剛の一撃の後、繭までの残り僅かな道筋を阻む1枚の網の支点に瑠璃の鎌が滑り込む。
壁に接した2点の糸を素早く断つだけで、網はその形を保ったままだらりと垂れ下がり、ついに繭は糸を隔てる事無くその姿を覚者達に見せたのだった。
「まだまだぁ!」
雄たけびを上げながら義高が幾度となくその斧を振るう。
しかし、丸太ですら真っ二つにできそうな一撃も蜘蛛の足を絶つには至らない。
「く…蜘蛛さん、こっちです…!」
注意を引く為か、おどおどとしながらも珍しく大きな声で槍を突き出すミュエル。
その身は糸の攻撃に幾度となく晒され、重く絡みつく糸は精細な動きを妨げている。
不利な戦いながらも戦況を崩さずに耐えるミュエル達。
蜘蛛も完全に戦いに集中していたが、ふとその意識を遮るかのように、周りの糸がダルっと弛む。
自分の張った巣だ。 弛み方でどこが破壊されたか等すぐに解る。
「…しまった。 救助の皆に気がついたか」
蜘蛛の目の光が、救護に向かった覚者達へと向けられた。
自分の餌を、奪おうとしている奴等が居る。
本能のままにそちらへ歩を進めようとする蜘蛛の胴に向け、再び水の塊を放つ静護だが…。
「これだけでは足らないか…」
弾けた水が蜘蛛の体を大きく揺らすが、それでも餌に執着する本能を揺るがすには至らない。
「くそ…!」
「っ………」
無謀を承知で前衛の義高とミュエルが阻止に向かおうとしたその時、走る稲妻が背後から流れ、蜘蛛の体に炸裂する。
雷は蜘蛛の体から放射状に網へと広がり、まるで輝く網で蜘蛛を縫いとめたかのようにその動きを封じ込める。
「オレの事も忘れて貰っちゃ困るぜ!」
護符を携えた翔は、まだ電気を帯びている護符を一度払うと、再び護符に意識を集中し優しい光を纏わせる。
その光は、義高とミュエルに絡みついた糸を、まるで溶かすように落としその呪縛から開放する。
「さあ、来いよ! 相手してやるぜ!」
蜘蛛を挑発する翔に、一度は向きを変えた蜘蛛も再び向き直る。
餌よりもこいつ等だ。 こいつらを倒し餌とすればどうせ同じ事。
纏めて糸に巻き、喰らってくれる。
蜘蛛の目がいっそう暗く輝き、4人の覚者達を見据えるのだった。
「む。 儂らに気がついたようじゃが…。 向こうが上手くやっとるようじゃの」
「なら早く助けないとな。 向こうがどんな無茶をしてるか解らない」
匂いと気配から蜘蛛の動向を知った恋呪郎の言葉に、瑠璃は言葉と行動で答える。
鎌が煌き繭をすり抜けると、皮一枚を剥いだようにパックリと繭が割れ、中から少女の姿が現れる。
顔色は悪く、意識は無い…が、遮られていた光を浴び小さく呻き声を上げる。
「よかった…。 間に合った…」
安堵の表情を浮かべる鈴鳴は宙を舞い澄の元に行くものの…。
「あ、あれ…? 抜けない。 まだ周りの糸がくっついちゃってて…」
繭に覆われた澄の体は強固に拘束され、鈴鳴がいくら引っ張ろうと抜く事が出来ない。
「なら、俺がやろう」
地を蹴り、放置されていた木箱を踏み台にさらに飛び上がり繭へと取り付いた亮平が、澄の体から繭へと延びる粘着物を切裂いてゆく。
鈴鳴が引っ張り、粘りつき糸を引く部分を亮平が断ち切る。
徐々に澄の体は繭から開放されてゆき、ついにその体が完全に繭から開放される!
「わわわわ…!?」
勢いあまり澄を抱えたまま空中でバランスを崩す鈴鳴。
あわやそのまま網に突っ込もうかと言う所を、恋呪郎の剣が網を切裂き、澄を抱えた鈴鳴をさらに抱きとめる。
「す、すみません…」
「うむ。 良くやった」
繭に取り付いていた亮平がひょいっと降り、凜を鈴鳴から受け取り横抱きに抱える。
「こっちは俺と深緋さんに任せてくれ」
「主らは蜘蛛と戦ってる者達の援護を頼むぞ」
亮平と恋呪郎が蜘蛛に警戒しつつ澄を抱えて駆け出すと、瑠璃と鈴鳴も、仲間を助けるべく走り出すのだった。
「ぐ、くっそぉ!」
「ちっ! 油断したか」
一方の蜘蛛と退治していた覚者達。
蜘蛛が広範囲に吐き出す糸に動きを阻害された義高と静護が呻く。
「こ、この…アタシが相手です…!」
注意を引こうと槍を突こうとするミュエルの車輪も粘糸を巻き込み、その槍も幾重もの糸で地面とつながってしまった状態だ。
「くそっ! このままじゃジリ貧だな」
翔が何度目かの光を放ち仲間の糸を払ってゆくが、それでも全てを払いきれる訳では無い。
雷と仲間の補助。 既にかなりの力を消耗してしまっている。
このままでは……。
牙を携えた蜘蛛の顔が、静護の眼前まで迫る。
「仲間が助けに来るまでここで耐え続ける……だけだと思うなよ?」
水の術を軸に援護をしてきた静護が、腰に差した刀を素早く抜き、一瞬の元に蜘蛛の顔面を切りつける。
糸で力が鈍っていたとはいえ、不意をつく鋭い一撃に蜘蛛は声なき叫びを上げて苦しみ悶える。
牙を大きく開き、天を仰ぐように上を向いた蜘蛛。
その顎を、後方から風の塊が迫り跳ね上げる。
「大丈夫ですか?」
旗を携えた鈴鳴の姿。 彼女がこちらに来たと言う事は…。
「澄は助け出した。 後はこいつを始末するだけだ」
瑠璃もその後に続き、粘糸に捕われていた者達を助け出す。
4人相手に手を焼いていた蜘蛛は、増援に不利と悟ったのか覚者達に背を向ける。
「…っ! に、逃げちゃう…!?」
逃亡の気配をいち早く察した鈴鳴が、蜘蛛を組み付いてでも止めようと宙を舞い飛び掛る。
しかし、敵前で背を向けた蜘蛛はそのまま撤退する様子はない。
「あ…ダメ…! もしかしたら…!」
蜘蛛の腹が膨らむ様子を見たミュエルが鈴鳴を止めようとするが時既に遅し。
腹の膨らみが徐々に知りの先端へと集ったかと思うと…。
ビュン!
風を切る音と共に蜘蛛の尻から放たれた糸が鈴鳴に絡みつく。
「え…!? ひゃぁぁぁぁ!?」
悲鳴を上げながら網に叩き付けるように引き寄せられる鈴鳴。
網の弾力に守られ怪我を負うことは無い物の、羽の生えた少女は蜘蛛の巣にかかった蝶の様にその動きを封じられる。
蜘蛛は2本の足を器用に使い、その網を全て体に巻きつけるかのようにぐるぐると回し、あっという間に鈴鳴を繭のようにしてしまう。
「~~~! ~~~~~!」
中から聞こえる鈴鳴の叫び声。
繭はもぞもぞと動くものの自力での脱出は難しそうだ。
「守衛野さん…!」
ミュエルが助けに向かおうとするも、蜘蛛は体を割り込ませるように道を塞ぎ、粘糸で牽制をしてくる。
「ならばまず貴様を片付ける!」
「よそ見してっと痛い目見んぜ!」
道を遮る巨体に、静護の太刀と義高の斧が振るわれる。
左右から足を払うかのようなその攻撃に、がくんと前のめりに倒れる蜘蛛。
その隙に、素早く翔けた影が斬閃を煌かせ鈴鳴の捕われていた繭を固定する糸を切裂く。
「また奥に連れて行かれたら面倒だからな」
突然重力の影響を受け始めたかのように落下する繭を抱きとめ、仲間の下へ戻った瑠璃は鎌を繭に通し切れ目を入れる。
「っぷは! …た、助かりました……」
羽が粘りつき脱出が難しいのか、繭から身を出す事は適わないものの、さしたるダメージのない鈴鳴が瑠璃に礼を言う。
「よっし! それじゃそろそろ……」
「ええ………。 これで悪い夢は………」
前足を痛め突っ伏した蜘蛛に、翔が護符に雷の力を込め、ミュエルがくるりと槍を回してから大きく引き狙いを定める。
「終いにしようぜ!」
「終わりです…!」
二人の声と共に槍のような雷と雷のような槍が同時に蜘蛛の体を貫く。
時間が止まったように攻撃を受けた状態で静止した蜘蛛は、ビクンと大きく一度だけ震え、徐々にその瞳から光を失ってゆき、その体を横たえるのだった。
●夢
まぶしい。
まだ体はだるいのに、もう朝なのかな。
そう考え開いた目にぼんやり映ったのは私を心配そうに覗き込む人達の顔。
本当なら慌てた方が良かったんだろうけど、覗き込む人達の、ほっとしたような優しい表情は、不思議と私を安心させた。
いつものように体を起こそうとお腹に力を入れようとするけど、体はだるさを訴えて起き上がることができない。
寝起きではない疲労感。
そして蜘蛛の巣のリアルな感触も、味わった恐怖も、とても夢とは思えないものだった。
「あれ…? 私…。 あなた達は…?」
呟いた言葉に、羽の生えた天使みたいな人が答えてくれる。
「貴女を助けに来たんです。貴女と同じく、夢を見た人から聞いて」
私みたいに先の事を夢に見る人…。
そんな人が他にも居る事もビックリだけど、それ以上にあんな大きな蜘蛛に立ち向う人が居る事に驚いた。
「また誰かが襲われてる夢を見たら、アタシ達に言ってくださいね…。 お手伝い、できると思うから……」
天使みたいな人の隣の、ハーフっぽい女の子が少し遠慮しがちに言ってくれる。
頼りなさそうに見えなくも無いけど、不思議とその言葉に勇気が沸いて来る。
力になってくれる。 その一言は一人で犬を助けようとした私がどこかで求めていた言葉かもしれない。
「良かったらオレ達と一緒にこねーか?」
「オレ達と、澄の力があれば、どんな悪い未来だって変えられる」
元気そうな子と瑠璃色の髪の人から笑顔と共に優しい言葉が差し出されると、目が自然と潤んできてしまう。
自分の夢の事を知った上で、仲間に誘ってくれる。 そして、私の力を生かすことが出来る。
それは、正に夢に見たような事だった。
「儂らとは違う、友を戦場に送り出す覚悟が必要になるがな」
兎のような耳を生やした人が、不敵な感じの笑顔で忠告をする。
その言葉は、都合の良いだけの夢では無い、現実の話だという実感を与えてくれる。
こくりと、首を立てに振るう。
それと同時に、脱力しきった体はこれで限界といわんばかりに瞼をゆっくりと閉じさせてゆく。
眠りにつく前に見えたのは、新しい仲間達の笑顔。
意識を失った私は、夢を見た。
仲間と笑い、時には真剣に悪夢に立ち向う夢。
それはきっとただの夢では無く、私の力が見せてくれた未来を写した夢なんだろう。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
参加された皆様、お疲れ様です!
ただ敵を倒せばよいだけではない難しい依頼を見事にクリア!
能力的にも性格的にも皆様の個性がバリバリ感じられて凄く楽しかったです!
そ、その個性をしっかり描写できてたらと思います。
夢見の澄ちゃんも今後はきっと協力してくれるでしょう!
ただ敵を倒せばよいだけではない難しい依頼を見事にクリア!
能力的にも性格的にも皆様の個性がバリバリ感じられて凄く楽しかったです!
そ、その個性をしっかり描写できてたらと思います。
夢見の澄ちゃんも今後はきっと協力してくれるでしょう!
