【闇色の羊】堕天使の宴
●
――いつもいつも、微笑んでいるような人だった。
信徒みんなを愛してくれるのに、私だけへの特別な愛は、決してくれなかった。
あなたとお揃いのピアスを買った私に、溜め息を吐いて。
けれども「外せ」とは、言わなかった。
私の想いを知ってるくせに、応えても、拒絶も、してくれなかった。
壁を作って、それ以上は踏み込ませずに。
優しくて……とても……とても。酷い人、だったわ。
最期の刻に見えたのは、あなたの顔だった。
降り注ぐ雨粒だったのか、あなたが流してくれた涙かは、判らなかったけれど。
私の顔に落ちてきた雫は、とても暖かかったの。
あなたが無事で、良かった。
最期に見る顔が、あなたであって、本当に――。
『天使様と私が、きっとあなたを、護るから……』
あの言葉に、偽りはないの。
だから、あなたを傷付ける者は、決して許さない。
ゆるさないわ。
それが例え、誰であろうとも――。
許さない、ゆるさない……。
ユル、サナ、イ……。
●
「ゆる……さ、ない……」
大月鳳花を抱き留めるように彼女の刃を受けたルファ・L・フェイクスの背後から聞こえた声に、全員が目を向ける。
そこには半実体化した、血を滴らせる妖の姿があった。
「……ああ、なんて事だ」
――盞花さん。
思わず洩れた恩田・縁の声には見向きもせずに、怒り籠もる闇の瞳を、真っ直ぐと鳳花に向ける。
「……お姉、ちゃん?」
どうして、と涙を零した妹に、盞花は掌を突き出した。
飛んだ血が、鋭き刃となって鳳花を狙う。
「いやぁぁぁぁッ!」
悲鳴をあげ、蹲った鳳花を庇い、ルファが血の刃を受けていた。
「盞花ちゃん。彼女はアナタの妹よ。――判ってる?」
エルフィリア・ハイランドは、妖化した盞花へと声をかける。
「判っているなら、止めなさい。こんなの、お互いに辛いだけよ」
けれども盞花は胸に下げた十字架を握り、「ゆる、さないッ」と夜空へと大きな緋色の十字架を出現させた。
「まも、る……から……。てんし、さま、と。ワタ、シ、ガ……」
鳳花を狙い落ちてきた十字架を、ルファが少女を庇い受ける。
けれども巨大な緋の十字架は男の体ごと鳳花を貫き、傷付けた。
「鳳花さん!」
ルファが膝を折り、鳳花を支える。
「な、ぜ……」
片言の声が、男へと問う。
血の涙を流し、妖は妹の背を支えるルファを見つめていた。
「違う、盞花。君が望んでいるのは、それじゃない」
血を吐き出す鳳花を地面に横たえ、貫かれた腹部を押さえ立ち上がったルファが、盞花に向き直った。
「私が、共に、逝ってあげる。狙うなら、私を狙いなさい。私だけを――」
違うだろう、と。
如月・彩吹の怒気籠もる声が割って入った。
「死にたがっているのは、貴方だ、ルファ。それが、貴方の願いなんだ」
今日で最後だと、鳳花の前で言って。
彼女が今夜、刃を向けるように仕向けた。
「貴方は気づいていたんだ、ルファ。鳳花が貴方へと向けていた恨みを。憎しみを。それを利用した」
「……それで、鳳花さんの恨みが晴れると思ったんですか?」
次いで、ラーラ・ビスコッティが静かに口を開く。
「今までの因縁を知らない私には、判らない事かもしれないですけれど。……でもルファさんを殺して、その後、鳳花さんが傷付かないと思いますか?」
覚者達へと微笑んで、男は鳳花の事を彼等に託す。
「私が彼女達にしてあげられるのは、これくらいしかないんです」
カチャリ、と。
覚者達の背後で気配がする。見れば、吉野枢がハンドガンの銃口をルファへと向けていた。
「隔者がどうなろうと知った事ではない。――が、一般人の少女は助けてやりたい。あの男を撃てば、矛先はこちらに向くだろう」
途端、影が割り込んだ。
韋駄天足で駆け付けた青年が、ルファを庇うように立っていた。
「こんばんは。いや、初めましてと言うべきかな? FiVEの諸君。そして、H.S.の諸君。私は『死の導師・キングの聖羅』。悪いがこの駒、ビショップはまだ我々の役に立つのでね。撃たせる訳にはいかない」
それから、と。地に寝かせられた鳳花を、緋色の瞳が冷ややかに見下ろす。
「大月盞花にトドメを刺したのは俺だよ、お嬢さん。仇を討ちたいなら、相手が違うんじゃないか?」
そして覚者達と憤怒者達へと視線を移し、「チャンスだな」と口角を上げた。
「今ならこの聖羅を、仕留める事が出来るぞ。俺は今、愚かな司祭を護るのに忙しい。ま、この騒動が終われば癒雫を連れて逃げるがね。……さて諸君。君等が今狙うべきはどちらかな? 俺の首か、愚かな少女の妖か。賢明な判断を期待するよ」
突如、枢は部下達へと問う。
「信徒達は、まだ教会にいるか?」
おそらく、と1人が答えると、「ならば」と指示を出した。
「一般人を護るのが、最優先だ。君達は彼等が近付かぬようにしろ。私は、此処に残る」
隊員達が駆けて行くと、枢は覚者達へと小声で伝えてきた。
「鳳花さんを護りに行きたい。可能なら、援護を頼みたい」
――いつもいつも、微笑んでいるような人だった。
信徒みんなを愛してくれるのに、私だけへの特別な愛は、決してくれなかった。
あなたとお揃いのピアスを買った私に、溜め息を吐いて。
けれども「外せ」とは、言わなかった。
私の想いを知ってるくせに、応えても、拒絶も、してくれなかった。
壁を作って、それ以上は踏み込ませずに。
優しくて……とても……とても。酷い人、だったわ。
最期の刻に見えたのは、あなたの顔だった。
降り注ぐ雨粒だったのか、あなたが流してくれた涙かは、判らなかったけれど。
私の顔に落ちてきた雫は、とても暖かかったの。
あなたが無事で、良かった。
最期に見る顔が、あなたであって、本当に――。
『天使様と私が、きっとあなたを、護るから……』
あの言葉に、偽りはないの。
だから、あなたを傷付ける者は、決して許さない。
ゆるさないわ。
それが例え、誰であろうとも――。
許さない、ゆるさない……。
ユル、サナ、イ……。
●
「ゆる……さ、ない……」
大月鳳花を抱き留めるように彼女の刃を受けたルファ・L・フェイクスの背後から聞こえた声に、全員が目を向ける。
そこには半実体化した、血を滴らせる妖の姿があった。
「……ああ、なんて事だ」
――盞花さん。
思わず洩れた恩田・縁の声には見向きもせずに、怒り籠もる闇の瞳を、真っ直ぐと鳳花に向ける。
「……お姉、ちゃん?」
どうして、と涙を零した妹に、盞花は掌を突き出した。
飛んだ血が、鋭き刃となって鳳花を狙う。
「いやぁぁぁぁッ!」
悲鳴をあげ、蹲った鳳花を庇い、ルファが血の刃を受けていた。
「盞花ちゃん。彼女はアナタの妹よ。――判ってる?」
エルフィリア・ハイランドは、妖化した盞花へと声をかける。
「判っているなら、止めなさい。こんなの、お互いに辛いだけよ」
けれども盞花は胸に下げた十字架を握り、「ゆる、さないッ」と夜空へと大きな緋色の十字架を出現させた。
「まも、る……から……。てんし、さま、と。ワタ、シ、ガ……」
鳳花を狙い落ちてきた十字架を、ルファが少女を庇い受ける。
けれども巨大な緋の十字架は男の体ごと鳳花を貫き、傷付けた。
「鳳花さん!」
ルファが膝を折り、鳳花を支える。
「な、ぜ……」
片言の声が、男へと問う。
血の涙を流し、妖は妹の背を支えるルファを見つめていた。
「違う、盞花。君が望んでいるのは、それじゃない」
血を吐き出す鳳花を地面に横たえ、貫かれた腹部を押さえ立ち上がったルファが、盞花に向き直った。
「私が、共に、逝ってあげる。狙うなら、私を狙いなさい。私だけを――」
違うだろう、と。
如月・彩吹の怒気籠もる声が割って入った。
「死にたがっているのは、貴方だ、ルファ。それが、貴方の願いなんだ」
今日で最後だと、鳳花の前で言って。
彼女が今夜、刃を向けるように仕向けた。
「貴方は気づいていたんだ、ルファ。鳳花が貴方へと向けていた恨みを。憎しみを。それを利用した」
「……それで、鳳花さんの恨みが晴れると思ったんですか?」
次いで、ラーラ・ビスコッティが静かに口を開く。
「今までの因縁を知らない私には、判らない事かもしれないですけれど。……でもルファさんを殺して、その後、鳳花さんが傷付かないと思いますか?」
覚者達へと微笑んで、男は鳳花の事を彼等に託す。
「私が彼女達にしてあげられるのは、これくらいしかないんです」
カチャリ、と。
覚者達の背後で気配がする。見れば、吉野枢がハンドガンの銃口をルファへと向けていた。
「隔者がどうなろうと知った事ではない。――が、一般人の少女は助けてやりたい。あの男を撃てば、矛先はこちらに向くだろう」
途端、影が割り込んだ。
韋駄天足で駆け付けた青年が、ルファを庇うように立っていた。
「こんばんは。いや、初めましてと言うべきかな? FiVEの諸君。そして、H.S.の諸君。私は『死の導師・キングの聖羅』。悪いがこの駒、ビショップはまだ我々の役に立つのでね。撃たせる訳にはいかない」
それから、と。地に寝かせられた鳳花を、緋色の瞳が冷ややかに見下ろす。
「大月盞花にトドメを刺したのは俺だよ、お嬢さん。仇を討ちたいなら、相手が違うんじゃないか?」
そして覚者達と憤怒者達へと視線を移し、「チャンスだな」と口角を上げた。
「今ならこの聖羅を、仕留める事が出来るぞ。俺は今、愚かな司祭を護るのに忙しい。ま、この騒動が終われば癒雫を連れて逃げるがね。……さて諸君。君等が今狙うべきはどちらかな? 俺の首か、愚かな少女の妖か。賢明な判断を期待するよ」
突如、枢は部下達へと問う。
「信徒達は、まだ教会にいるか?」
おそらく、と1人が答えると、「ならば」と指示を出した。
「一般人を護るのが、最優先だ。君達は彼等が近付かぬようにしろ。私は、此処に残る」
隊員達が駆けて行くと、枢は覚者達へと小声で伝えてきた。
「鳳花さんを護りに行きたい。可能なら、援護を頼みたい」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖(心霊系)の『殲滅』、又は、『説得し討伐での成仏』
2.一般人の死者を出さない
3.なし
2.一般人の死者を出さない
3.なし
羊シリーズ【闇色の羊】第4話となります。
※前回の任務の続きとなっていますので、OPには前回の参加者が登場しています。
ですが、今回の参加者しか今回の任務には当たれませんので、前回と参加者が異なった場合、『交代した』『駆け付けた』という状況となります。
●現場
兵庫県の南東部、西宮市郊外にある小さな教会の敷地内にある墓地。
時間帯は夜。
墓地内の広い空間で、周りに戦闘を邪魔するものはありません。
●リプレイ開始時の立ち位置(皆様は、鳳花達の側面に立っています)
★妖(盞花) ■聖羅 ■ルファ ■鳳花
■FiVE覚者
■吉野枢
※全体・遠距離攻撃ならば、開始時の立ち位置からその場にいる全員に届きます。
(全体攻撃、遠列攻撃であれば、全員への一斉攻撃が可能となりますが、鳳花もその対象に含まれます)
●敵 攻撃方法
○盞花 ランク:3
・『血痕』 特遠列
己の血を幾つも飛ばし、鋭く尖った血が対象の体を突き刺します。【流血】
・『緋の十字架』 特遠単貫3
空中に巨大な十字架を出現させ、急降下した十字架が敵を貫きます。【失血】
・『血涙の雨』特遠全
敵全体に血の雨を降らせ、ダメージを与えます。
・『愛の爪痕』特近単
敵の懐に飛び込んで、伸びた緋色の爪を胸へと突き入れ心臓を貫きます。【必殺】
●大月盞花(死亡時17歳)
生前は教会の信徒。ルファに好意を寄せていました。
『雨の夜に現れし悪魔』でルファと一緒にいる処を聖羅と灰音に襲われ、命を落としました。
同リプレイ内で「天使様と私がきっとあなたを護るから」という言葉を、ルファに伝えてもらえるよう覚者に託しました。
今回は妖化してしまった為、ルファの事を「護る」と繰り返しながらも、攻撃衝動を抑えられずにいます。
説得をする場合は、戦闘の中での説得、となります。
妖化により知能は低下していますが、言葉を少しは理解出来ます。盞花も表情や片言で意思を返してきます。(普通に会話出来るまでには至りません)
※心霊系の妖の為、こちらからの物理攻撃の効果はあまり期待出来ません。
※『説得し討伐』が成功した場合、霊と話せる技能を所持している参加者は、霊に戻った盞花と直接会話が出来ます。
●ルファ 28歳。翼人・水行
本来は現場となっている教会の司祭。現在は隔者組織『死の導師』の「癒雫(ゆだ)」。
聖羅の背後にいる黒幕の正体を探る為、聖羅の命を護る為、組織に残っています。
盞花の死は自分の所為だと思っており、彼女の為に死ぬ事を望んでいます。その為、自分への回復、盞花への攻撃はしません。
リプレイ開始時は、攻撃を既に受けている状態となります。鳳花が安全だと確信出来ない限り、倒れるまで鳳花を『味方ガード』します。
●大月鳳花 15歳
盞花の妹。『信徒達の宴』の最後で突然ルファをナイフで刺しました。
今まではルファへの恨みは感じられず、今回突然、襲っています。
また、『信徒達の宴』では覚者達の声かけに疑わしいと思える反応や、言葉を発しています。
姉の死亡時に聖羅と共に灰音も襲撃していた事を知っているかどうかは、今のところ判明していません。
●聖羅
緋色の瞳の青年。年齢等不明。隔者組織『死の導師』のリーダー。
盞花殺害時は、灰音と共に襲撃し、トドメは聖羅が刺しています。
今回は全ターン、ルファを『味方ガード』します。何かしらの理由でルファをガードする必要がなくなった場合は、攻撃に転じる可能性もあります。
『浄化』という、相手の「1番忘れたい」と願う記憶を消す事が出来る能力を有していますが、その能力は同時にその本人が「1番忘れたくない」と願う記憶も消してしまうデメリットがあります。
●宮下刹那(nCL2000153)
隔者組織『死の導師』の元一員で、永久という夢見の妹と共にFiVEに保護されました。組織内での呼び名は灰音。組織では常にリーダーの傍らにて行動を共にしていましたが、聖羅の『浄化』を受け組織で活動していた時の事は憶えていません。
何か指示がある場合、『相談ルーム』にて【刹那へ】とし、指示をお書き下さい。(プレイングに書く必要はありません)
●H.S.(ハーエス)
『隔者や破綻者にしか攻撃しない』を掲げている憤怒者組織。
正式名称『Heiliges Schwert』(『神聖なる剣』の意)
今回は枢の他に隊員5名が来ていますが、墓地に一般人達が近付かぬよう現場を封鎖しています。
●吉野 枢(かなめ)30歳。
『H.S.』の代表。普段は銃と盾で武装していますが、今回はハンドガンのみを所持しています。
OPで1度はルファを撃とうとしましたが諦め、今は鳳花を護りに向かおうとしています。
枢の銃では、妖に攻撃しても効果はありません。
以上です。
皆様の1つの動きや言葉が大きく展開を変える事もありますし、得た情報やOPから読み取った事柄で、ドンと結論に繋げる行動を取れる可能性もあります。
皆様とご縁があります事、楽しみにしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
4/6
4/6
公開日
2017年07月18日
2017年07月18日
■メイン参加者 4人■

●
「あーもぅ!」
月明りが照らす墓地の中、エルフィリア・ハイランド(CL2000613)の苛立ちの声は夜気を震わせる。
「誰も彼も好き勝手言ってくれちゃって! 突発ミッション、やってあげようじゃない!」
その隣では、『ニュクスの羽風』如月・彩吹(CL2001525)が、『死の導師』のリーダー、聖羅へと鋭い視線を向けていた。
「見損なわないでくれないか。こっちも貴方を相手にしている暇はない。私たちは、誰も死なせないためにここにいるんだ」
睨みつけながらの言葉には、青年はおどけたように肩を竦めてみせる。
「おやおや、残念だな。なぁ癒雫? お前の望み、こいつらには叶えてもらえないみたいだぞ」
そうかもしれませんね、と抑揚なく答えたルファ・L・フェイクスにも、彩吹は視線を向け低く呟いた。
「……貴方がここで死んだって、誰も救われない」
辛そうにキュッと下唇を噛む男から、彩吹は吉野枢へと視線を移し、頷きを返す。
「彼女は任せた。何とか引きつけるからその間に保護を。――早く手当てをしてあげて」
一般人である大月鳳花の体では、これ以上の攻撃には耐えられないだろう。
礼を伝え足を踏み出そうとする男に、視線をエルフィリアと交わした宮下刹那が枢の肩へと手を乗せる。
「俺も行こう」
途端、枢からは嫌悪と侮蔑を含む視線が返った。
「触らないでもらおうか。隔者が」
「なんだと?」
目を剝いた刹那に、エルフィリアが「はい、ストップ」と間に入る。
「1人より2人の方が鳳花ちゃんを護れる……違うかしら?」
エルフィリアの言葉に溜め息をひとつ吐き、枢は刹那へと「足だけは引っ張るな」と告げた。
そうしている間にも、盞花はルファと鳳花に迫ろうとする。行く手を阻むように、覚者達は盞花の前へと割り込んでいった。
「本来は前に出っ張るタイプじゃないんだけど。今回ばかりはしょうがないわね」
直接盞花をブロックしたのは、エルフィリア。
「これ以上、鳳花ちゃんには近付けさせないわよ」
その後ろ。中衛へと位置した『誰が為に復讐を為す』恩田・縁(CL2001356)は、真っ直ぐと妖となってしまった盞花を見つめる。
(盞花さん……尊敬出来る方をこんな妖にしてしまうくらいなら……もっと強硬手段を取ってこの事態を阻止すればよかった。故に私は誓う……今回の黒幕に復讐の女神の鉄槌を必ず下す……それが愚かな私の贖罪)
誓いを胸に、縁は強く『憤怒の十字架』を握りしめていた。
「私は信者ではないですが、バザー……すごく楽しかったです」
後衛へと立った『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)の言葉は、この場にいる全員に、何かを思わせるものであっただろう。
「みんなと、もしかしたら本来なら協力して何かをなすことなんてなかったかもしれない方達と、こうして成功に向けて頑張ったんですから。だからこそ――」
髪を銀色に、瞳を赤色へと変化させたラーラは、ペスカから『煌炎の書』を受け取る。
「だからこそ。こんな幕切れのまま終わらせるわけにはいきません」
●
盞花がまるで、救いを求めるように。
天へと掌を突き出す。
途端、彼女の涙の如く緋色の雨が降り注ぐ。
縁と彩吹、そして鳳花に覆い被さるルファを庇った聖羅へと、ダメージを与えた。
エルフィリアは鈴蘭の毒を、妖へと注ぎ込む。
そしてラーラは盞花へと声をかけながら、治癒力を高める清廉珀の香りを仲間達へと振り撒いていた。
「盞花さん、あなたが攻撃すればルファさんは傷ついてしまいます。鳳花さんを攻撃すれば、ルファさんはそれを庇って傷ついてしまうんです」
「貴女の行動は 何一つルファを護れていない」
盞花の真ん前で黒い翼を大きく広げ、彩吹は妖の視界からルファを隠す。
その間に、刹那と枢が鳳花の許へと到着していた。
「大丈夫か」
抱き上げようとした刹那に、鳳花が刹那の手を力なく弾く。
「触ら……ないで。お姉……ちゃんを、殺……した、クセに……」
血に塗れる顔で涙を流し、喉に流れ込んだ血でむせ返った。
「俺、が……?」
目を見開き、刹那が驚愕に動きを止める。
FiVEの覚者達は、記憶を失くした刹那にその事実を突きつけてはいない。
妹を人質に脅され、唯1度、悪魔の命令に従いかけた――。そう思っている刹那には、衝撃であっただろう。
固まり動けぬ刹那に、「オイ」と悪魔から冷たく言葉が投げられた。
「助けるつもりなら、早く連れていけ。俺がこの手で、愚かな子羊を血祭りにあげる前にな。その為なら、癒雫の命すらどうなっても構わないんだぜ、俺は」
聖羅に瞳だけを向けた鳳花が、「ヒッ……」と小さく喉を引き攣らせる。
その緋色の瞳には、見た者が凍りつく程の残忍さと、怒りが籠められていた。
「鳳花さんを連れて行け。私は、あいつらが邪魔をしないよう、此処に残ろう」
カチャリと照準をルファと聖羅に定め、枢が言う。
銃口を向けられる中、ルファが刹那を振り返り微笑んだ。
「灰音。私は、H.S.の代表よりあなた方を信じています。鳳花さんを頼みます」
頷き、震え続ける少女を抱き上げる。
運ばれていく鳳花に攻撃しようとした盞花よりも、エルフィリアが先に動いていた。
付着させようとした種を、寸前で妖が躱した。
「ま、鳳花ちゃんが狙われるのを避けられただけ、よしとしましょう」
肩越しに運ばれていく鳳花を1度だけ見遣って、妖へと向き直り口角を上げた。
「悪いわね。アタシは、説得は考えてないから。妖退治と、一般人救出と割り切っているのよ」
「じゃ、ま……」
シナイデ、と、盞花が手を薙ぐ。
飛んだ血痕は鋭き刃となり、エルフィリアと彩吹に次々と刺さってゆく。2人から血が滴るのに、ルファが「盞花!」と叫び声をあげた。
――まるで、男が苦しんでいるのを楽しむように。血の涙を流す妖は、嗤っていた。
ラーラは、ルファへと攻撃が向かなかった事に安堵の息を洩らし、『錬覇法』で攻撃力を上げる。
そして彩吹は、流血など大した事ではないとでも言うように、盞花に微笑みを向けていた。
「大好きな人なんだろう? 揃いのピアスが嬉しいくらい、特別な人なんだろう? だったら、彼の心も護ってやって。このままだとあの人、貴女と心中しかねないよ」
「まもる……まも……る、の……」
応えた妖は――けれど。殺気を消してはいない。
彩吹は超直観でそれを見抜き、目を細め盞花を見つめ続けていた。
エルフィリアから付着された種から発芽し、次々と蔦が盞花へと絡んでゆく。踊るように体を揺らした妖は、それでもすぐさま攻撃をしかけてくる。
降り注ぐ血涙は、ラーラと縁、聖羅を緋く染め体力を奪っていった。
彩吹が放った火蜥蜴達を避けると、盞花の視線は彩吹の遥か後方を見据える。
その視界がルファを捉える前に、目の前にはラーラが放った拳大の炎塊が迫っていた。避ける間もなく、続けざまに炎の塊が盞花を襲う。
火傷した妖からは煙が昇り立っていた。けれども妖は揺れながら、今となっては見る事すらも満足に出来ない男を視線で探していた。
縁の施す高等演舞は、仲間達の身体能力を上昇させる。
清爽なる風が、仲間達を鼓舞するように渡っていた――。
●
上がっていた彩吹の自然治癒力が、流れていた血を止める。
しかしその前では、盞花が宙へ巨大な緋の十字架を出現させていた。
いち早く見抜いていたのは、暗視と超視力を備えていたラーラ。
後衛に立つラーラには、盞花の顔の微かな動きを見極める事は出来ない。だが妖の僅かな動きで十字架が出現すると見抜き、更に後ろへと後退していた。
「きます」
死の導師の2人へと伝えて、聖羅の前へと立つ。
急降下した大きな十字架が、3人を一纏めにして貫いていた。
「かっ、は……っ!」
失血したルファが、片膝を付き血を吐き出す。
「大丈夫ですか!?」
己も大量に血を流しながらも、ラーラが訊ねていた。
「大、丈夫です。あなたこそ、無理をしてはいけません」
2人の遣り取りに、ハッと嘲るように聖羅が笑う。
この男も、ずっとルファを庇い続けている。血を流しながらも微塵もその様子は見せないが、体力もかなり減っているに違いなかった。
香徒花の更に高度化した香りを、エルフィリアが妖に浸透させる。
身体能力の低下は、そろそろ身に沁みてきている事だろう。
「大火力じゃないのはご愛嬌。嫌らしく、責めてあげる」
盞花の真ん前で、S気質の笑顔を浮かべていた。
彩吹が放った鋭刃脚の薙ぎ蹴りは――しかし。盞花へは効果が薄かった。
普段の敵に感じる強い手応えを、感じなかったのだ。
「……そうか。彼女は心霊系の妖だったな」
なら、物理の攻撃では効果は期待出来ないか。
口の中で小さく、彩吹は呟いていた。
縁は、『演舞・舞音』で集め凝縮させた浄化物質を、仲間達へと注いでゆく。しかし染み込んでいくそれは、ラーラの失血を止める事はできなかった。
そして、今回は『仲間』ではないルファにも、回復は届かない。
グッと奥歯を食い縛り、初めてエルフィリアが後ろの男へと声を張った。
「て言うか、ルファ、さっさと自分の傷治しなさいよ!」
その台詞は、心底意外だったのだろう。男は驚いた顔のまま、エルフィリアの背を見つめた。
「このまま死んで罪を償えるとか、虫が良すぎるの! 自分を罰したいなら生きて苦しみ続けなさいよ。罪に見合うだけの何かをやって見せなさいよ。――何もせずに殺されて、悲しみしか残さないとかは無しよ!」
聖羅の手を借りて立ち上がり、ルファは「けれど」とくしゃり、己の前髪を掴む。
「私は、それ程強い人間ではありません。この手の中で消えたのは、私よりもよっぽど、重い命だったんです……。私に何が出来る? 私には……何も、出来はしないのですよ……」
男の言葉を背に聞いていたエルフィリアが、男を振り返る。
途端、ルファが鋭く声をあげた。
男が呼んだのは、盞花の名だったのか。エルフィリアの名だったのか。
妖へと向き直ったエルフィリアの脳は、耳に届いていたそれを識別するのを放棄していた。
何故なら。
懐へと入り込んできていた妖の攻撃を、どう防ぐかを反射的に考えなくてはいけなかったから。
「マモ、ルノ……ワタシ……ワタ、シ、ガ……」
歪な抑揚で、盞花が言う。それと同時。鋭く伸びた緋色の爪が、エルフィリアの心臓を貫いていた。
「良い攻撃よ、ね」
笑顔で倒れ、エルフィリアは命数を使い立ち上がる。
「これだから、前に出るタイプじゃないのよね」
「ルファ」
攻撃の手を止め、彩吹が呼びかけた。
「貴方からも声を。私は彼女を知らないが、こんな風に妹を、誰かを、傷つける人じゃないんだろう。……大事な人の声なら絶対届く。元の盞花に戻してあげよう」
私は――と、それ以上を続けられない司祭に、彩吹は元気付けるように笑ってみせる。
「生き返らせることはできないが、凰花と話をさせてあげることはできるはずだ」
ええ、そうですね、と呟いて。
男は懸命に笑顔を浮かべ、言葉を紡いだ。
「盞花。私は、君の笑顔が大好きでしたよ。私の黒い翼を好きと言ってくれたのと同じくらい。だから、君が……。私以外を傷付けるのは辛い。私の大切な人達を、君が、傷付けるのはとても辛い事ですよ」
妖が後退りかけるのを、ラーラの目が見逃さない。盞花に届くよう、問いかけた。
「盞花さん、今こうしてることは、本当にあなたの望んでいることなんですか? あなたが許さないのは、ルファさんが傷つくことではないんですか? ルファさんを傷つけるものではないんですか……? 盞花さん、思い出してください。本当の気持ちを。――何を望んで、何を望んでいないのかを」
「マモ、ル……ノ……。てんし、さま……とワタシ、ガ……」
「盞花さん……正気に戻ってください」
生前に直接会った事はない。けれど、何度も交霊術で言葉を交わしたのだ。「こんな姿は貴女ではない」と、縁が伝えていた。
「……あれほどルファ司祭を想い続けた貴女が彼を傷つけるなど……そんな事はあってはならない。だから思い出してほしい……貴女のファントムクォーツのピアス……貴女が真にルファ司祭を想うなら! そのピアスに誓い、妖化から元に戻りなさい!」
「ル……ァ……しさ……さ……やっと、みつけ、んだ……から。な、なかなか……ナク、て……お、なじ……ピア、ス……」
己の耳朶へと手を遣って、幸せそうに笑う。
彼女から零れた涙は、透明で。とても綺麗に、頬を伝っていった。
「今、元の貴女に戻してあげます」
エルフィリアと彩吹はエアブリッドを放ち、縁の雷獣が頭上から盞花を襲う。
そして火焔連弾を放つラーラの声は、墓地の静寂の中を渡っていった。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
●
戦闘が終わる瞬間、縁の『艶舞・寂夜』が聖羅に向かう。
「俺を、どうするつもりかな?」
両膝を折った聖羅に、「逃がしません」と答えた。
「癒、雫……」
呼ぶ声に、ルファが深想水の神秘で聖羅の異常を回復する。
「ルファ司祭……」
「――すみません」
男の小さな謝罪は、驚く縁へと向けられたもの。
しかし盞花は霊体に戻った姿で、聖羅を回復したルファを見て微笑んでいる。
彼女の魂が天へと昇る前にと、縁は交霊術で盞花と会話する事を優先した。
「貴女の想いを代弁します……貴女はルファ司祭にどうなってほしいのか……。それだけは伝えたい。……でないとあの司祭はまた死にたがるでしょうから」
縁の言葉に、ハッと後ろで聖羅が笑う。
「こいつの命だ。死にたいかどうかくらい、こいつに決めさせてやればいいと思うがな」
「死にたいなら、今ここで逝かせてやってもいいんだぞ。リーダーごとな」
聖羅に続き言った枢にエルフィリアが振り返り、バシリとネビュラビュートを地面に打ち付けた。
「死人の言葉があるんだから、空気読んでその言葉が終わるまで静かにしてなさいよね。その後ならドンパチしようともトンズラしようとも好きにして良いから」
「この後、もう一戦しようって言うのか?」
枢の返しに、肩を竦める。
「私はこの一戦で精神的に疲れちゃったからこれ以上の戦闘行為はパス」
やっぱ年かしらね~、としゃがみ込み、頬杖をついて笑った。
「身体が若返っても、精神部分は年相応の体力と言うか精力よね」
ルファから視線を外し、盞花は縁を見る。
『もう傍に居られないなら、連れて行きたいけど……でもやっぱり、今でなくていい。護れないのは、寂しいけれど……』
変わってなかった、と微笑む。
『ルファ司祭様は、すぐに他人を優先するの。自分だって、あんなに傷付いてるのに……』
消えていく盞花に、「待って下さい!」と声がかかった。
見れば、応急ながら手当てを受け終えた鳳花が刹那に抱えられて来る。
『呼んできて、くれたの』
ラーラへと、盞花が微笑みを浮べる。
きっとこの日、バザーで鳳花と1番仲良くなったのはラーラだろう。
「やり方は間違っていたかもしれないですけれど。お姉さんを想ってだったんです。例え見えなくても、元に戻った盞花さんと、会わせてあげたかったんです……」
ごめん、痛かったよね、と姉は妹を見つめる。
これも伝えて、と縁へと頼んだ。
『ごめんね、鳳花。……あのね。本当は誰にも、渡したくないけれど。渡したくなんて、ないけれど。……どうか、お願い。誰か、ルファ司祭様に生きる希望を与えて。独りになんて、決してさせないで。誰かに、いつか……特別な愛を、注いであげられるように――』
その場にいる全員を見渡して、唇を震わせ笑顔を浮かべて。
最後に視線は愛しい男へと向かう。
そうして、風に攫われるように姿を消した。
「殺したり、殺されたりは、『護る』行動じゃないと私は思う」
彩吹の呟きに、ルファは己の手に顔を埋める。「それでも私は……」と肩を揺らした。
「さて聖羅。何故自身の危機も顧みず、ルファ司祭を助けたのですか? 貴方の目的は一体なんですか?」
ルファのお陰で睡眠をかける事が出来なかった死の導師リーダーへと、縁は問いかける。肩を竦めてから、聖羅はニヤリと笑った。
「さっきも言った通り、この癒雫はまだ我々の役に立つ。……決して多くはないにしろ、こうして敵に身を護ってもらえるなんてな。まだまだ価値がある。――俺も、逆にお前達に聞きたいよ。こいつに何がある? 憐れな子羊に同情したのなら、彼女もお前達の言葉で、今は安らかな眠りにつけている。死にたがりの闇羊に、お前達が体を張る何があるんだ? この聖羅を仕留めるチャンスを逃してまで」
意味不明だ、と馬鹿にしたように笑いを吐いた。
「それと……鳳花」
縁はラーラと刹那に支えられる鳳花に視線を向ける。
「私は君を許さない。復讐対象を間違え、盞花さんの在り方を結果的に歪めた貴女は……絶対に。故に……誰に唆されたか正直に言え……でなければ……」
超直観を含む縁の強い視線から、鳳花は逃れるように瞼を閉じる。
「知らないわ……。知らない、男の人よ」
掠れる声で答えた。
縁と同じく、彩吹も鳳花を操る人物をがいるのではと怪しんでいた。
(ルファを刺すまでの凰花の動きや、タイミングよく現れた盞花は偶然? 誰かが仕組んでいる可能性もある)
カグヤ、と守護使役の名を呼んで。
『ていさつ』で周囲の様子を上空から見下ろす。おかしな動きをする者がいないかを、探り始めた。
「あーもぅ!」
月明りが照らす墓地の中、エルフィリア・ハイランド(CL2000613)の苛立ちの声は夜気を震わせる。
「誰も彼も好き勝手言ってくれちゃって! 突発ミッション、やってあげようじゃない!」
その隣では、『ニュクスの羽風』如月・彩吹(CL2001525)が、『死の導師』のリーダー、聖羅へと鋭い視線を向けていた。
「見損なわないでくれないか。こっちも貴方を相手にしている暇はない。私たちは、誰も死なせないためにここにいるんだ」
睨みつけながらの言葉には、青年はおどけたように肩を竦めてみせる。
「おやおや、残念だな。なぁ癒雫? お前の望み、こいつらには叶えてもらえないみたいだぞ」
そうかもしれませんね、と抑揚なく答えたルファ・L・フェイクスにも、彩吹は視線を向け低く呟いた。
「……貴方がここで死んだって、誰も救われない」
辛そうにキュッと下唇を噛む男から、彩吹は吉野枢へと視線を移し、頷きを返す。
「彼女は任せた。何とか引きつけるからその間に保護を。――早く手当てをしてあげて」
一般人である大月鳳花の体では、これ以上の攻撃には耐えられないだろう。
礼を伝え足を踏み出そうとする男に、視線をエルフィリアと交わした宮下刹那が枢の肩へと手を乗せる。
「俺も行こう」
途端、枢からは嫌悪と侮蔑を含む視線が返った。
「触らないでもらおうか。隔者が」
「なんだと?」
目を剝いた刹那に、エルフィリアが「はい、ストップ」と間に入る。
「1人より2人の方が鳳花ちゃんを護れる……違うかしら?」
エルフィリアの言葉に溜め息をひとつ吐き、枢は刹那へと「足だけは引っ張るな」と告げた。
そうしている間にも、盞花はルファと鳳花に迫ろうとする。行く手を阻むように、覚者達は盞花の前へと割り込んでいった。
「本来は前に出っ張るタイプじゃないんだけど。今回ばかりはしょうがないわね」
直接盞花をブロックしたのは、エルフィリア。
「これ以上、鳳花ちゃんには近付けさせないわよ」
その後ろ。中衛へと位置した『誰が為に復讐を為す』恩田・縁(CL2001356)は、真っ直ぐと妖となってしまった盞花を見つめる。
(盞花さん……尊敬出来る方をこんな妖にしてしまうくらいなら……もっと強硬手段を取ってこの事態を阻止すればよかった。故に私は誓う……今回の黒幕に復讐の女神の鉄槌を必ず下す……それが愚かな私の贖罪)
誓いを胸に、縁は強く『憤怒の十字架』を握りしめていた。
「私は信者ではないですが、バザー……すごく楽しかったです」
後衛へと立った『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)の言葉は、この場にいる全員に、何かを思わせるものであっただろう。
「みんなと、もしかしたら本来なら協力して何かをなすことなんてなかったかもしれない方達と、こうして成功に向けて頑張ったんですから。だからこそ――」
髪を銀色に、瞳を赤色へと変化させたラーラは、ペスカから『煌炎の書』を受け取る。
「だからこそ。こんな幕切れのまま終わらせるわけにはいきません」
●
盞花がまるで、救いを求めるように。
天へと掌を突き出す。
途端、彼女の涙の如く緋色の雨が降り注ぐ。
縁と彩吹、そして鳳花に覆い被さるルファを庇った聖羅へと、ダメージを与えた。
エルフィリアは鈴蘭の毒を、妖へと注ぎ込む。
そしてラーラは盞花へと声をかけながら、治癒力を高める清廉珀の香りを仲間達へと振り撒いていた。
「盞花さん、あなたが攻撃すればルファさんは傷ついてしまいます。鳳花さんを攻撃すれば、ルファさんはそれを庇って傷ついてしまうんです」
「貴女の行動は 何一つルファを護れていない」
盞花の真ん前で黒い翼を大きく広げ、彩吹は妖の視界からルファを隠す。
その間に、刹那と枢が鳳花の許へと到着していた。
「大丈夫か」
抱き上げようとした刹那に、鳳花が刹那の手を力なく弾く。
「触ら……ないで。お姉……ちゃんを、殺……した、クセに……」
血に塗れる顔で涙を流し、喉に流れ込んだ血でむせ返った。
「俺、が……?」
目を見開き、刹那が驚愕に動きを止める。
FiVEの覚者達は、記憶を失くした刹那にその事実を突きつけてはいない。
妹を人質に脅され、唯1度、悪魔の命令に従いかけた――。そう思っている刹那には、衝撃であっただろう。
固まり動けぬ刹那に、「オイ」と悪魔から冷たく言葉が投げられた。
「助けるつもりなら、早く連れていけ。俺がこの手で、愚かな子羊を血祭りにあげる前にな。その為なら、癒雫の命すらどうなっても構わないんだぜ、俺は」
聖羅に瞳だけを向けた鳳花が、「ヒッ……」と小さく喉を引き攣らせる。
その緋色の瞳には、見た者が凍りつく程の残忍さと、怒りが籠められていた。
「鳳花さんを連れて行け。私は、あいつらが邪魔をしないよう、此処に残ろう」
カチャリと照準をルファと聖羅に定め、枢が言う。
銃口を向けられる中、ルファが刹那を振り返り微笑んだ。
「灰音。私は、H.S.の代表よりあなた方を信じています。鳳花さんを頼みます」
頷き、震え続ける少女を抱き上げる。
運ばれていく鳳花に攻撃しようとした盞花よりも、エルフィリアが先に動いていた。
付着させようとした種を、寸前で妖が躱した。
「ま、鳳花ちゃんが狙われるのを避けられただけ、よしとしましょう」
肩越しに運ばれていく鳳花を1度だけ見遣って、妖へと向き直り口角を上げた。
「悪いわね。アタシは、説得は考えてないから。妖退治と、一般人救出と割り切っているのよ」
「じゃ、ま……」
シナイデ、と、盞花が手を薙ぐ。
飛んだ血痕は鋭き刃となり、エルフィリアと彩吹に次々と刺さってゆく。2人から血が滴るのに、ルファが「盞花!」と叫び声をあげた。
――まるで、男が苦しんでいるのを楽しむように。血の涙を流す妖は、嗤っていた。
ラーラは、ルファへと攻撃が向かなかった事に安堵の息を洩らし、『錬覇法』で攻撃力を上げる。
そして彩吹は、流血など大した事ではないとでも言うように、盞花に微笑みを向けていた。
「大好きな人なんだろう? 揃いのピアスが嬉しいくらい、特別な人なんだろう? だったら、彼の心も護ってやって。このままだとあの人、貴女と心中しかねないよ」
「まもる……まも……る、の……」
応えた妖は――けれど。殺気を消してはいない。
彩吹は超直観でそれを見抜き、目を細め盞花を見つめ続けていた。
エルフィリアから付着された種から発芽し、次々と蔦が盞花へと絡んでゆく。踊るように体を揺らした妖は、それでもすぐさま攻撃をしかけてくる。
降り注ぐ血涙は、ラーラと縁、聖羅を緋く染め体力を奪っていった。
彩吹が放った火蜥蜴達を避けると、盞花の視線は彩吹の遥か後方を見据える。
その視界がルファを捉える前に、目の前にはラーラが放った拳大の炎塊が迫っていた。避ける間もなく、続けざまに炎の塊が盞花を襲う。
火傷した妖からは煙が昇り立っていた。けれども妖は揺れながら、今となっては見る事すらも満足に出来ない男を視線で探していた。
縁の施す高等演舞は、仲間達の身体能力を上昇させる。
清爽なる風が、仲間達を鼓舞するように渡っていた――。
●
上がっていた彩吹の自然治癒力が、流れていた血を止める。
しかしその前では、盞花が宙へ巨大な緋の十字架を出現させていた。
いち早く見抜いていたのは、暗視と超視力を備えていたラーラ。
後衛に立つラーラには、盞花の顔の微かな動きを見極める事は出来ない。だが妖の僅かな動きで十字架が出現すると見抜き、更に後ろへと後退していた。
「きます」
死の導師の2人へと伝えて、聖羅の前へと立つ。
急降下した大きな十字架が、3人を一纏めにして貫いていた。
「かっ、は……っ!」
失血したルファが、片膝を付き血を吐き出す。
「大丈夫ですか!?」
己も大量に血を流しながらも、ラーラが訊ねていた。
「大、丈夫です。あなたこそ、無理をしてはいけません」
2人の遣り取りに、ハッと嘲るように聖羅が笑う。
この男も、ずっとルファを庇い続けている。血を流しながらも微塵もその様子は見せないが、体力もかなり減っているに違いなかった。
香徒花の更に高度化した香りを、エルフィリアが妖に浸透させる。
身体能力の低下は、そろそろ身に沁みてきている事だろう。
「大火力じゃないのはご愛嬌。嫌らしく、責めてあげる」
盞花の真ん前で、S気質の笑顔を浮かべていた。
彩吹が放った鋭刃脚の薙ぎ蹴りは――しかし。盞花へは効果が薄かった。
普段の敵に感じる強い手応えを、感じなかったのだ。
「……そうか。彼女は心霊系の妖だったな」
なら、物理の攻撃では効果は期待出来ないか。
口の中で小さく、彩吹は呟いていた。
縁は、『演舞・舞音』で集め凝縮させた浄化物質を、仲間達へと注いでゆく。しかし染み込んでいくそれは、ラーラの失血を止める事はできなかった。
そして、今回は『仲間』ではないルファにも、回復は届かない。
グッと奥歯を食い縛り、初めてエルフィリアが後ろの男へと声を張った。
「て言うか、ルファ、さっさと自分の傷治しなさいよ!」
その台詞は、心底意外だったのだろう。男は驚いた顔のまま、エルフィリアの背を見つめた。
「このまま死んで罪を償えるとか、虫が良すぎるの! 自分を罰したいなら生きて苦しみ続けなさいよ。罪に見合うだけの何かをやって見せなさいよ。――何もせずに殺されて、悲しみしか残さないとかは無しよ!」
聖羅の手を借りて立ち上がり、ルファは「けれど」とくしゃり、己の前髪を掴む。
「私は、それ程強い人間ではありません。この手の中で消えたのは、私よりもよっぽど、重い命だったんです……。私に何が出来る? 私には……何も、出来はしないのですよ……」
男の言葉を背に聞いていたエルフィリアが、男を振り返る。
途端、ルファが鋭く声をあげた。
男が呼んだのは、盞花の名だったのか。エルフィリアの名だったのか。
妖へと向き直ったエルフィリアの脳は、耳に届いていたそれを識別するのを放棄していた。
何故なら。
懐へと入り込んできていた妖の攻撃を、どう防ぐかを反射的に考えなくてはいけなかったから。
「マモ、ルノ……ワタシ……ワタ、シ、ガ……」
歪な抑揚で、盞花が言う。それと同時。鋭く伸びた緋色の爪が、エルフィリアの心臓を貫いていた。
「良い攻撃よ、ね」
笑顔で倒れ、エルフィリアは命数を使い立ち上がる。
「これだから、前に出るタイプじゃないのよね」
「ルファ」
攻撃の手を止め、彩吹が呼びかけた。
「貴方からも声を。私は彼女を知らないが、こんな風に妹を、誰かを、傷つける人じゃないんだろう。……大事な人の声なら絶対届く。元の盞花に戻してあげよう」
私は――と、それ以上を続けられない司祭に、彩吹は元気付けるように笑ってみせる。
「生き返らせることはできないが、凰花と話をさせてあげることはできるはずだ」
ええ、そうですね、と呟いて。
男は懸命に笑顔を浮かべ、言葉を紡いだ。
「盞花。私は、君の笑顔が大好きでしたよ。私の黒い翼を好きと言ってくれたのと同じくらい。だから、君が……。私以外を傷付けるのは辛い。私の大切な人達を、君が、傷付けるのはとても辛い事ですよ」
妖が後退りかけるのを、ラーラの目が見逃さない。盞花に届くよう、問いかけた。
「盞花さん、今こうしてることは、本当にあなたの望んでいることなんですか? あなたが許さないのは、ルファさんが傷つくことではないんですか? ルファさんを傷つけるものではないんですか……? 盞花さん、思い出してください。本当の気持ちを。――何を望んで、何を望んでいないのかを」
「マモ、ル……ノ……。てんし、さま……とワタシ、ガ……」
「盞花さん……正気に戻ってください」
生前に直接会った事はない。けれど、何度も交霊術で言葉を交わしたのだ。「こんな姿は貴女ではない」と、縁が伝えていた。
「……あれほどルファ司祭を想い続けた貴女が彼を傷つけるなど……そんな事はあってはならない。だから思い出してほしい……貴女のファントムクォーツのピアス……貴女が真にルファ司祭を想うなら! そのピアスに誓い、妖化から元に戻りなさい!」
「ル……ァ……しさ……さ……やっと、みつけ、んだ……から。な、なかなか……ナク、て……お、なじ……ピア、ス……」
己の耳朶へと手を遣って、幸せそうに笑う。
彼女から零れた涙は、透明で。とても綺麗に、頬を伝っていった。
「今、元の貴女に戻してあげます」
エルフィリアと彩吹はエアブリッドを放ち、縁の雷獣が頭上から盞花を襲う。
そして火焔連弾を放つラーラの声は、墓地の静寂の中を渡っていった。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
●
戦闘が終わる瞬間、縁の『艶舞・寂夜』が聖羅に向かう。
「俺を、どうするつもりかな?」
両膝を折った聖羅に、「逃がしません」と答えた。
「癒、雫……」
呼ぶ声に、ルファが深想水の神秘で聖羅の異常を回復する。
「ルファ司祭……」
「――すみません」
男の小さな謝罪は、驚く縁へと向けられたもの。
しかし盞花は霊体に戻った姿で、聖羅を回復したルファを見て微笑んでいる。
彼女の魂が天へと昇る前にと、縁は交霊術で盞花と会話する事を優先した。
「貴女の想いを代弁します……貴女はルファ司祭にどうなってほしいのか……。それだけは伝えたい。……でないとあの司祭はまた死にたがるでしょうから」
縁の言葉に、ハッと後ろで聖羅が笑う。
「こいつの命だ。死にたいかどうかくらい、こいつに決めさせてやればいいと思うがな」
「死にたいなら、今ここで逝かせてやってもいいんだぞ。リーダーごとな」
聖羅に続き言った枢にエルフィリアが振り返り、バシリとネビュラビュートを地面に打ち付けた。
「死人の言葉があるんだから、空気読んでその言葉が終わるまで静かにしてなさいよね。その後ならドンパチしようともトンズラしようとも好きにして良いから」
「この後、もう一戦しようって言うのか?」
枢の返しに、肩を竦める。
「私はこの一戦で精神的に疲れちゃったからこれ以上の戦闘行為はパス」
やっぱ年かしらね~、としゃがみ込み、頬杖をついて笑った。
「身体が若返っても、精神部分は年相応の体力と言うか精力よね」
ルファから視線を外し、盞花は縁を見る。
『もう傍に居られないなら、連れて行きたいけど……でもやっぱり、今でなくていい。護れないのは、寂しいけれど……』
変わってなかった、と微笑む。
『ルファ司祭様は、すぐに他人を優先するの。自分だって、あんなに傷付いてるのに……』
消えていく盞花に、「待って下さい!」と声がかかった。
見れば、応急ながら手当てを受け終えた鳳花が刹那に抱えられて来る。
『呼んできて、くれたの』
ラーラへと、盞花が微笑みを浮べる。
きっとこの日、バザーで鳳花と1番仲良くなったのはラーラだろう。
「やり方は間違っていたかもしれないですけれど。お姉さんを想ってだったんです。例え見えなくても、元に戻った盞花さんと、会わせてあげたかったんです……」
ごめん、痛かったよね、と姉は妹を見つめる。
これも伝えて、と縁へと頼んだ。
『ごめんね、鳳花。……あのね。本当は誰にも、渡したくないけれど。渡したくなんて、ないけれど。……どうか、お願い。誰か、ルファ司祭様に生きる希望を与えて。独りになんて、決してさせないで。誰かに、いつか……特別な愛を、注いであげられるように――』
その場にいる全員を見渡して、唇を震わせ笑顔を浮かべて。
最後に視線は愛しい男へと向かう。
そうして、風に攫われるように姿を消した。
「殺したり、殺されたりは、『護る』行動じゃないと私は思う」
彩吹の呟きに、ルファは己の手に顔を埋める。「それでも私は……」と肩を揺らした。
「さて聖羅。何故自身の危機も顧みず、ルファ司祭を助けたのですか? 貴方の目的は一体なんですか?」
ルファのお陰で睡眠をかける事が出来なかった死の導師リーダーへと、縁は問いかける。肩を竦めてから、聖羅はニヤリと笑った。
「さっきも言った通り、この癒雫はまだ我々の役に立つ。……決して多くはないにしろ、こうして敵に身を護ってもらえるなんてな。まだまだ価値がある。――俺も、逆にお前達に聞きたいよ。こいつに何がある? 憐れな子羊に同情したのなら、彼女もお前達の言葉で、今は安らかな眠りにつけている。死にたがりの闇羊に、お前達が体を張る何があるんだ? この聖羅を仕留めるチャンスを逃してまで」
意味不明だ、と馬鹿にしたように笑いを吐いた。
「それと……鳳花」
縁はラーラと刹那に支えられる鳳花に視線を向ける。
「私は君を許さない。復讐対象を間違え、盞花さんの在り方を結果的に歪めた貴女は……絶対に。故に……誰に唆されたか正直に言え……でなければ……」
超直観を含む縁の強い視線から、鳳花は逃れるように瞼を閉じる。
「知らないわ……。知らない、男の人よ」
掠れる声で答えた。
縁と同じく、彩吹も鳳花を操る人物をがいるのではと怪しんでいた。
(ルファを刺すまでの凰花の動きや、タイミングよく現れた盞花は偶然? 誰かが仕組んでいる可能性もある)
カグヤ、と守護使役の名を呼んで。
『ていさつ』で周囲の様子を上空から見下ろす。おかしな動きをする者がいないかを、探り始めた。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
