琵琶を探して。或いは、大津波警報発令中
●嵐の夜にはためく僧服
嵐の夜のことだった。
暴風雨と荒波、明かりひとつない真っ暗闇の海の上、それは立っていた。
僧服を身に纏った身の丈3メートルはあろうかという大男だ。その目は固く閉じられていた。
波打つ海の上に、雨に濡れることも無く、立っているのである。
無言のまま、ゆっくりゆっくり港へ向けて歩いてくる。脚を動かすこともなく、まるで滑るかのように。
その視線の先には一隻のタンカー船が停泊している。僧服の古妖の目的は、まず間違いなくそれだろう。
無言、無表情のまま、何かに引き寄せられるようにして彼は船へと向かうのだ。
嵐と津波を引き連れて、静々と、黙々と、けれど着実に災害は港町へと迫っていた。
その夜、港街に住む住人たちは確かに聴いた。
風雨の音に紛れた、静かな老人の歌声を。
老人の歌声に呼応するようにポロンポロンと鳴り響く、何処か寂しげな琵琶の音を。
●海座頭の探し物
「はーい♪ 今回の任務は古妖(海座頭)の撃退になります♪ 場所は海だし、嵐だし、夜だしで最悪もいいところだけど
そこはそれ、知恵と勇気でなんとかしてほしいなっ♪」
そういって久方 万里(nCL2000005)はモニターに一枚の写真を映し出した。写真は細やかな細工の施された楽器のものだ。ギターに似たその
形状、亀の甲羅のように丸い本体に、張られた弦。琵琶、という名の楽器である。
「海座頭の目的はこの琵琶の奪還みたいねっ♪ 港に停泊しているタンカー船が航海の途中で拾って港まで運んでしまった
んだって。それを追って海座頭は港街に侵攻中なのね」
琵琶を盗まれたことがよほど頭にきたのだろうか。嵐を従えての行軍である。
海座頭が港に辿り着いて、15分も掛からずに街には津波が押し寄せるだろう。
「海上で接敵するとしても、稼げる時間は30分ってところかな? その間に琵琶を回収して返却するのが一番なんだろうけど……」
と、そこまで告げたところで万里はむむっと眉間に皺を寄せた難しい表情を浮かべてみせた。
「この琵琶が困りものなんだって。結界みたいなのが張られていて、今はタンカーの貨物室に詰まれたまま誰も触れないでいるの。
攻撃を続ければ時間がかかるんだけど結界を壊して琵琶を運び出せるよ。でも、その前に海座頭が港に着いちゃうかも?」
つまり、非常に時間的猶予のない状態ということだ。
「海上で海座頭を足止め、その隙に別働隊が琵琶の回収っていうのがお勧めではあるけど、まぁやり方は任せるよぉ」
嵐が迫っているとはいえ、港に泊めてある船の幾つかならどうにか沖に出られるだろう。
そうでなくとも、海上を沖に向かって伸びる桟橋もこの港には存在している。ちなみに橋の終点には灯台が建っている。
「海座頭の攻撃は(ノックバック)や(鈍化)(痺れ)なんかの状態異常付与効果が付いているから注意してね」
出来れば犠牲者は無しで事件を解決したいね、と。
そう呟いて、万里は静かに目を閉じた。
嵐の夜のことだった。
暴風雨と荒波、明かりひとつない真っ暗闇の海の上、それは立っていた。
僧服を身に纏った身の丈3メートルはあろうかという大男だ。その目は固く閉じられていた。
波打つ海の上に、雨に濡れることも無く、立っているのである。
無言のまま、ゆっくりゆっくり港へ向けて歩いてくる。脚を動かすこともなく、まるで滑るかのように。
その視線の先には一隻のタンカー船が停泊している。僧服の古妖の目的は、まず間違いなくそれだろう。
無言、無表情のまま、何かに引き寄せられるようにして彼は船へと向かうのだ。
嵐と津波を引き連れて、静々と、黙々と、けれど着実に災害は港町へと迫っていた。
その夜、港街に住む住人たちは確かに聴いた。
風雨の音に紛れた、静かな老人の歌声を。
老人の歌声に呼応するようにポロンポロンと鳴り響く、何処か寂しげな琵琶の音を。
●海座頭の探し物
「はーい♪ 今回の任務は古妖(海座頭)の撃退になります♪ 場所は海だし、嵐だし、夜だしで最悪もいいところだけど
そこはそれ、知恵と勇気でなんとかしてほしいなっ♪」
そういって久方 万里(nCL2000005)はモニターに一枚の写真を映し出した。写真は細やかな細工の施された楽器のものだ。ギターに似たその
形状、亀の甲羅のように丸い本体に、張られた弦。琵琶、という名の楽器である。
「海座頭の目的はこの琵琶の奪還みたいねっ♪ 港に停泊しているタンカー船が航海の途中で拾って港まで運んでしまった
んだって。それを追って海座頭は港街に侵攻中なのね」
琵琶を盗まれたことがよほど頭にきたのだろうか。嵐を従えての行軍である。
海座頭が港に辿り着いて、15分も掛からずに街には津波が押し寄せるだろう。
「海上で接敵するとしても、稼げる時間は30分ってところかな? その間に琵琶を回収して返却するのが一番なんだろうけど……」
と、そこまで告げたところで万里はむむっと眉間に皺を寄せた難しい表情を浮かべてみせた。
「この琵琶が困りものなんだって。結界みたいなのが張られていて、今はタンカーの貨物室に詰まれたまま誰も触れないでいるの。
攻撃を続ければ時間がかかるんだけど結界を壊して琵琶を運び出せるよ。でも、その前に海座頭が港に着いちゃうかも?」
つまり、非常に時間的猶予のない状態ということだ。
「海上で海座頭を足止め、その隙に別働隊が琵琶の回収っていうのがお勧めではあるけど、まぁやり方は任せるよぉ」
嵐が迫っているとはいえ、港に泊めてある船の幾つかならどうにか沖に出られるだろう。
そうでなくとも、海上を沖に向かって伸びる桟橋もこの港には存在している。ちなみに橋の終点には灯台が建っている。
「海座頭の攻撃は(ノックバック)や(鈍化)(痺れ)なんかの状態異常付与効果が付いているから注意してね」
出来れば犠牲者は無しで事件を解決したいね、と。
そう呟いて、万里は静かに目を閉じた。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.海座頭の殲滅或いは、追い返すこと
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
こんばんは、病み月です。
今回は海上~港での戦闘および琵琶の返却任務となります。
時間に制限がありますので、ご注意ください。
では、以下詳細。
●場所
夜。嵐が迫っている。暴風雨。
沖の方から海座頭が歩いてきている。港から沖に向かって伸びる桟橋の終わり、灯台付近を通過しタンカー船へと向かっているようだ。
海座頭の背後から嵐が付いてきている状態。
タンカー船に到着するまで15分ほど、海上で接敵すれば最低でも+15分は時間が稼げるだろう。
港にある船を使えば沖に出ることが可能。その他、桟橋上からでも横を通る海座頭に攻撃をしかけることは可能だろう。
●ターゲット
古妖(海座頭)
僧服を身に纏った身の丈3メートルはあろうかという大男。海上を滑るように移動する。
盗まれた琵琶を取り戻すため、嵐を引きつれ侵攻中。タンカー船までまっすぐに進んでくるが、攻撃を受けるなど
すると反撃、警戒などの行動をとるため港に到着するまでの時間を稼げる。
会話が成立するか否かは不明。
【津波】→特近列(ノックバック)(鈍化)
津波による攻撃
【暴風雨】→物遠単(痺れ)
水滴と突風による攻撃
・海座頭の琵琶
タンカー船の貨物室に置き去りにされている琵琶。
周囲を不可視の壁に覆われていて触れることができない。
攻撃を続けることで周囲を覆う結界の破壊が可能。
ダメージをすべて吸収する性質があるので、余波でタンカーが壊れることはない。またダメージが大きければ大きいほど
結界破壊までの時間は短縮される。
時折(混乱)状態と低ダメージを付与する音色を奏でることがある。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/8
5/8
公開日
2017年07月10日
2017年07月10日
■メイン参加者 5人■

●海座頭進行中
海の上を、滑るように歩くその者は座頭であった。古妖と呼ばれる現実に在らざる存在であり怪異である。向かう先は港街。背後に嵐を引き連れてゆっくりと、けれどまっすぐ港街へと迫りくる。
「やれやれ、とんでもない物を持ち帰ってきてしまったものだな。だが、今更嘆いても仕方ない、か。俺は俺に出来る最善を尽くそう」
そう言って『雷麒麟』天明 両慈(CL2000603)は港に停泊していたクルーザーのエンジンに火を入れる。振動についで、エンジンの回転数が上がっていく。両慈の隣には頬を緩ませた『『恋路の守護者』』リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)の姿。
「オー!? 久々の両慈と一緒! 二人キリと言うやつデスカ!? え? あ、いや、はい、スミマセンデスネ……そうはしゃいでる場合じゃないのは解ってマスガ…デモデモ、嬉しいのは本当デスカラ仕方ないデスネ!」
危険な怪異に大嵐が目前に迫っているというのに。その表情には緊張感など欠片も見当たらない。
よほど、両慈との共同戦線が嬉しいのか。
或いは、解決の為に後方で動いている仲間達に対する信頼故の余裕だろうか。
クルーザーの発進をタンカー船の甲板から見降ろし『悪意に打ち勝ちし者』魂行 輪廻(CL2000534)は溜め息を一つ。湿った潮風を肺一杯に吸い込んで灼熱化のスキルを発動させる。剥き出しの肩に降りかかる雨粒が、触れる端から蒸発していった。水蒸気を身に纏い、輪廻はタンカー船の貨物室へと向かう。
「さぁ、急いで壊して、出来れば後輩君達が倒れる前に運び出すわよん」
足刀、一閃。
強化した身体能力を十全に発揮し、分厚い鋼鉄の扉を一撃で蹴り破るのだった。
貨物室の最奥、怪しく光る半円形の結界の中にそれはあった。装飾の施された古めかしい琵琶だ。それこそが、このタンカー船が航海中に海中から回収してしまった今回の一件のきっかけとなった物である。
海座頭の所有物にして、その宝物とも言うべき琵琶だ。
回収したものの、その後はこのように結界を展開してしまい、誰も触れられないままこうして船の中に放置されている。その上、時折怪しい音を奏で、近づくものの精神に異常を引き起こし、身体にダメージを与えるとなれば、厄介この上ない。
けれど……。
「ん……。アレ、だね」
輪廻の蹴破った扉を潜り桂木・日那乃(CL2000941)が貨物室に跳び込んだ。圧縮された空気の弾丸が結界に撃ち込まれるが、結界は表面を一瞬波打たせただけで壊れる気配はない。琵琶が不協和音を響かせ、それを聴いた日那乃は耳を押さえ顔をしかめる。
混乱は避けたものの、ダメージまでは軽減できない。
こほっ、と小さく咳を零して隣に立つ人影へと視線を向けた。
「距離問題ありません。火炎連弾、撃ち込みます」
自身の身に、複数の耐性スキル、強化スキルを重ねがけした『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)である。開いた魔道書の前に陣が浮き上がり、その中央から無数の火炎弾が放たれた。
轟音と熱気を撒き散らし、炎弾が結界にぶつかった。結界は表面を波打たせ、その衝撃、火力の全てを吸収し無力化していく。
日那乃の空気弾も、ラーラの炎弾も、全てをだ。
鳴り響く不協和音が、ラーラを襲う。耳を塞ぎ、胸を押さえるラーラの横を、着物の裾をはためかせながら輪廻が駆け抜けて行った。
「後輩君達が時間を稼いでくれてる間に、先輩として何が何でもこの困った結界ちゃんを破壊しないと、ねん♪」
床を蹴って、弾丸の如き速度で跳び出す輪廻。結界に肉薄すると、目視では捉え切れない高速の三連撃を結界へと叩き込む。
結界が揺らぐ。けれど、壊れるには至らない。
あと何度、全力の攻撃を繰り返せばいいのか。
嵐を引き連れ港に迫る海座頭と、それを喰いとめている両慈、リーネの事を考えるとさほど時間はかけられない。
●海座頭防衛戦線と結界破壊前線
波を切り裂き、海を駆けるクルーザー。操縦するのは両慈で、その甲板で盾を構えるのはリーネだ。リーネは長い金髪を潮風に踊らせ、海座頭へと向け手を突き出す。
放たれた波動弾が、海座頭の足元へと着水。その動きを、一瞬ではあるがその場に縫い付けた。
警告のつもりで放った一撃である。海座頭は顔をクルーザーへと向けた。閉じられた瞼の裏に、何が映っているのか。
『………ぁぁ』
低く、呻くような声。
その声に呼応するように、風向きが変わる。突風と、水滴、大波がリーネ目がけて襲いかかる。盾を構えたリーネはそれを防御。両慈は即座にクルーザーを旋回させ海座頭の射程から離脱する。
「今回の私達は足止め、皆が結界を壊すマデノ時間稼ぎデス。だから絶対無理はシマセン、それは両慈もデスヨ?」
「決して無理をするな、倒れたら俺達が出来る事はそこで終わってしまうのだからな」
体力を回復させる癒しの雨を降らせながら、両慈はクルーザーの進路を再び海座頭へと向ける。
速度を上げ、海座頭の降らせる暴風雨の隙間を縫うように船を走らせた。暴風雨を操り、雨粒と突風による一点攻撃を仕掛ける海座頭。不安定かつ逃げ場のない海上ということもあり、遠距離戦では分が悪いと判断したのだ。
海座頭の目の前に、クルーザーの腹を晒して滑り込む両慈。回復を終えたリーネが盾を構えて海座頭の眼前に立ちはだかった。
「任せてクダサイ! 私は守る戦いは得意ナノデスカラ!」
「あぁ……。アイツ等を信じて、何としても耐え抜くぞ……!」
リーネは海座頭により巻き起こされた津波を、両手に構えた盾で受け止める。衝撃に弾き飛ばされ、危うく海へと転がり落ちそうになったリーネへ向けて、操縦席から駆け出した両慈は手を伸ばした。
海上、不安定な足場、嵐の中で、たった二人だけの防衛戦が始まった。
一方その頃、タンカー船内部。
「う……あぁ」
虚ろな目をして呻き声をあげる輪廻が琵琶と結界を背に、ラーラ達へ向かって跳びかかった。砲弾のように、床を蹴って跳び出して、その勢いに乗ったまま鋭い足刀を見舞わんとする。
「あ、わぁぁぁっ!!」
「……混、乱?」
悲鳴を上げて跳び退るラーラと、貨物室の天井ギリギリまで翼を広げ退避する日那乃。
天井付近にまで飛び上がった日那乃は翼を広げて、輪廻の視界から逃れるように飛びまわる。一方、ラーラは慌てて身を隠す場所はないか、と辺りを見回すが既に琵琶以外の荷物は運び出された後のタンカー船貨物室である。当然そのような場所、存在するわけはなく、かといって外に逃げ出すわけにもいかない。
迫る輪廻の攻撃をギリギリで回避し、床を転がる。床に伏したラーラの身体を急降下してきた日那乃が掴み上げ、上昇。輪廻の視線が自分に向いたその瞬間、輪廻の背後へと投げ飛ばした。
上と後方、どちらを狙うべきか、と視線を巡らせる輪廻の足元にラーラが火炎弾を撃ち込んだ。
「結界も強力で、壊すのには骨が折れそうだって言うのに……」
そこに加えて、接近戦を得意とし高威力の攻撃手段を持つ輪廻の混乱。弾ける火炎弾が火炎を散らし、輪廻の動きを牽制。
その隙をついて、輪廻の頭上に移動した日那乃が淡い燐光を撒き散らす雨を降らせた。深想水。状態異常を癒す雨である。頭から雨を浴び、輪廻の瞳が正気を取り戻す。
「ごめんなさいね」
一言謝罪し、視線を背後の結界へと移す。普段のおどけた態度とは打って変わって、今回の輪廻は真面目である。海座頭の足止めをしている後輩たちの負担を少しでも減らす為にはこんな場所で時間を消費している場合ではない、ということか。
正気を取り戻した輪廻の隣に、ラーラと日那乃が並んだ。
連続して放たれる火炎弾と空気弾。それと並行して駆ける輪廻は疲労も精神力の消費も一切度外視した全力の蹴りを結界へと撃ち込んだ。
本来であれば、貨物室が瓦礫の山と化してもおかしくないほどの高威力、連続攻撃。けれど、全ての衝撃を結界が吸収するおかげで、安全……というのもおかしいが、タンカー船の破損など心配する必要もなく全力の攻撃を続けられている。
海座頭が港に到着する本来の予定時間はとうに過ぎている。
それでもまだ、自分達が無事でいるということはつまり、足止めに向かった両慈とリーネの奮闘によるものだ。
「琵琶、どうやって返しに、行こう……」
外は嵐。海は大荒れ。タンカー船は動かない。
結界を破壊した後のことを考え、日那乃は小さく首を傾げてそう呟いた。
どれだけの数の津波を浴びたことだろう。
リーネも両慈も、既に全身ずぶ濡れでその表情には疲労の色が濃く浮かんでいた。海座頭は相変わらずまっすぐ港へと進行中だが、その都度二人が進路に割って入るのでその進行速度は遅々としたものだった。
けれど、安心もしていられない。
リーネと両慈は回復スキルの多用により今だ戦闘を継続できている状態。けれど、海座頭の方はといえばほとんどダメージを受けていなかった。
場所が海上でさえなければ幾分戦い安かったのだろうが、たらればを言っても始まらない。
何度目になるか。両慈とリーネが戦線を離れると、海座頭は興味がないとばかりに二人を無視して、港へ向かって歩き始める。
ゆっくり、滑るように。
けれど……。
「無視しちゃイケマセーン! あなたの相手は私なのデスカラ、よそ見は駄目駄目デース!」
船の甲板に手を押し当てリーネが叫ぶ。
直後、海水を撒き散らしながら巨大な岩の槍が海座頭の足元から跳び出した。海座頭は僅かに後退し、岩の槍を回避。津波を起こして、それを砕いた。
「まだいけるか? 少しでも戦闘を長引かせるぞ」
クルーザーを走らせながら、両慈は削られたリーネの精神力を回復させる。
疲労は溜まって来たが、ギリギリの所で回復、状態異常の治療を行う戦法でどうにか戦線は維持できている。海座頭の方も積極的にこちらに向かって攻撃を仕掛けて来る様子は見受けられない。
「俺達には興味がないということか?」
「だとしても、ひたすらブロックとガードデス」
海座頭の目の前にクルーザーを割りこませ、その瞬間にリーネは甲板から身を乗り出した。海座頭によって叩きつけられる暴風雨を盾で弾いて、盾を押し出し視界を塞いだ。
海座頭が津波を巻き起こすのと同時に両慈はクルーザーを急発進させ、それを回避。
防衛戦線、未だ有効。
「……燃料が」
けれど、クルーザーの燃料残量的にはそこまで長い時間戦闘を継続できそうにはないのだった。
「そぉれっ♪ っとぉ」
足刀を結界に叩きこむと同時に輪廻は後方へ跳び退る。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
「……うん」
輪廻が退くと同時に、ラーラの火炎弾と日那乃の空気弾が同時に結界へと着弾。爆ぜる火炎を風が巻き上げ、火炎の勢いを上昇させる。
火炎が結界を揺らがせる。
「今日の輪廻さん、ちょっと本気よん♪」
炎の勢いが弱まったその瞬間、跳び出した輪廻は結界の目の前で腰を落とす。着物の裾がはためいた。長く伸びた脚に力を込め、跳ね上げるように一撃。跳び上がった勢いを利用し、更にもう一撃。
そして、重力に身を任せた全身全霊を込めた三発目。
衝撃で船が揺れた。
それは、つまり……。
「結界、壊れた、ね」
日那乃が飛んだ。床に座り込んだ輪廻の横を通り過ぎ、琵琶を取り上げる。
後はこれを海座頭に返すだけだ。
「すいません、琵琶の返却お願いしていいですか?」
輪廻に駆け寄ったラーラがそう告げると、日那乃は無言で頷きを返す。琵琶を手に、翼を広げ嵐の吹き荒ぶ海へと飛び出していった。
「はぁ~……流石に輪廻さん、今回は全力出し過ぎて疲れたわよん?」
ラーラに抱きつき、輪廻は静かに目を閉じる。
すぅすぅと、すぐに寝息を立てはじめた輪廻の髪を優しく撫でてラーラは小さく「お疲れ様です」とそう呟いた。
●嵐を鎮めて
「さぁ! 良い所を見せて、恋人さんより私が素敵だと気付かせて振り向かせてミセマスネー!」
「落ち着け! 時間稼ぎが目的だと言っただろう!」
津波に飲み込まれたリーネは、クルーザーの縁に掴まりギリギリの所で海への転落を免れる。リーネの復帰を待ってクルーザーを発進させる。
甲板に跳び乗ったリーネは、盾を構えて海座頭の放った暴風雨を盾で弾く。暴風雨を浴びたリーネが盾を取り落とす。
「麻痺っ……!?」
「ちっ、一時撤退だ」
クルーザーを加速させ、戦線を離脱する両慈。背後に視線を向けると、海座頭はクルーザーに視線を向けずただまっすぐに港へ向かって進んでいた。
だが……。
「あれ?」
首を傾げるリーネの視線が空へと向けられた。海座頭の進路が変ったのだ。その顔の向きも、港ではなく空を見ている。
海座頭の顔の動きを追っていたリーネの目の前に、ドサリと音を立てて何かが落ちて来た。
「え? ぁ、え? 日那乃さんですか?」
そこに居たのは、全身ずぶ濡れで空から降って来た日那乃であった。その胸には、大切そうに琵琶が抱きしめられている。嵐の中を、此処まで飛んできたのだ。
「琵琶、持ってきた、よ……」
全速力で飛んできたのだろう。その顔には、疲労が色濃く浮かんでいる。日那乃から琵琶を受け取ったリーネは、操舵室の両慈へ向けて声をあげた。
「両慈! 琵琶、来まシタ!!」
「分かってる。信じた甲斐があった」
舵を切って、クルーザーを旋回させる。海座頭へ向かって真っすぐに船を走らせた。
海座頭が手を伸ばす。
津波が起きて、船体が一瞬空へと浮いた。天地のひっくり返るような浮遊感。日那乃の身体が海へと投げ出されそうになるが、それを慌てて両慈が掴む。
クルーザーへ向けて伸ばされた海座頭の手へと、リーネが琵琶を投げ渡した。
海座頭が琵琶を掴む。
『………』
「間に合ったか……」
沈黙。
やがて、自分の手に戻った琵琶の弦を弾き音を確かめると、海座頭は静かに海中へと消えていった。
海座頭が消えると同時に、吹き荒んでいた風は弱まり、雨雲は次第に消えていく。
「帰ってくれて、よかっ、た」
くて、っと甲板の上に突っ伏して日那乃は溜め息を零した。
雨が止み、凪いだ海の上にクルーザーが一艘。
その上で、3人の男女が疲労に身を任せ大きな溜め息を零していたことを、港に住む人々は誰も知らない。
海の上を、滑るように歩くその者は座頭であった。古妖と呼ばれる現実に在らざる存在であり怪異である。向かう先は港街。背後に嵐を引き連れてゆっくりと、けれどまっすぐ港街へと迫りくる。
「やれやれ、とんでもない物を持ち帰ってきてしまったものだな。だが、今更嘆いても仕方ない、か。俺は俺に出来る最善を尽くそう」
そう言って『雷麒麟』天明 両慈(CL2000603)は港に停泊していたクルーザーのエンジンに火を入れる。振動についで、エンジンの回転数が上がっていく。両慈の隣には頬を緩ませた『『恋路の守護者』』リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)の姿。
「オー!? 久々の両慈と一緒! 二人キリと言うやつデスカ!? え? あ、いや、はい、スミマセンデスネ……そうはしゃいでる場合じゃないのは解ってマスガ…デモデモ、嬉しいのは本当デスカラ仕方ないデスネ!」
危険な怪異に大嵐が目前に迫っているというのに。その表情には緊張感など欠片も見当たらない。
よほど、両慈との共同戦線が嬉しいのか。
或いは、解決の為に後方で動いている仲間達に対する信頼故の余裕だろうか。
クルーザーの発進をタンカー船の甲板から見降ろし『悪意に打ち勝ちし者』魂行 輪廻(CL2000534)は溜め息を一つ。湿った潮風を肺一杯に吸い込んで灼熱化のスキルを発動させる。剥き出しの肩に降りかかる雨粒が、触れる端から蒸発していった。水蒸気を身に纏い、輪廻はタンカー船の貨物室へと向かう。
「さぁ、急いで壊して、出来れば後輩君達が倒れる前に運び出すわよん」
足刀、一閃。
強化した身体能力を十全に発揮し、分厚い鋼鉄の扉を一撃で蹴り破るのだった。
貨物室の最奥、怪しく光る半円形の結界の中にそれはあった。装飾の施された古めかしい琵琶だ。それこそが、このタンカー船が航海中に海中から回収してしまった今回の一件のきっかけとなった物である。
海座頭の所有物にして、その宝物とも言うべき琵琶だ。
回収したものの、その後はこのように結界を展開してしまい、誰も触れられないままこうして船の中に放置されている。その上、時折怪しい音を奏で、近づくものの精神に異常を引き起こし、身体にダメージを与えるとなれば、厄介この上ない。
けれど……。
「ん……。アレ、だね」
輪廻の蹴破った扉を潜り桂木・日那乃(CL2000941)が貨物室に跳び込んだ。圧縮された空気の弾丸が結界に撃ち込まれるが、結界は表面を一瞬波打たせただけで壊れる気配はない。琵琶が不協和音を響かせ、それを聴いた日那乃は耳を押さえ顔をしかめる。
混乱は避けたものの、ダメージまでは軽減できない。
こほっ、と小さく咳を零して隣に立つ人影へと視線を向けた。
「距離問題ありません。火炎連弾、撃ち込みます」
自身の身に、複数の耐性スキル、強化スキルを重ねがけした『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)である。開いた魔道書の前に陣が浮き上がり、その中央から無数の火炎弾が放たれた。
轟音と熱気を撒き散らし、炎弾が結界にぶつかった。結界は表面を波打たせ、その衝撃、火力の全てを吸収し無力化していく。
日那乃の空気弾も、ラーラの炎弾も、全てをだ。
鳴り響く不協和音が、ラーラを襲う。耳を塞ぎ、胸を押さえるラーラの横を、着物の裾をはためかせながら輪廻が駆け抜けて行った。
「後輩君達が時間を稼いでくれてる間に、先輩として何が何でもこの困った結界ちゃんを破壊しないと、ねん♪」
床を蹴って、弾丸の如き速度で跳び出す輪廻。結界に肉薄すると、目視では捉え切れない高速の三連撃を結界へと叩き込む。
結界が揺らぐ。けれど、壊れるには至らない。
あと何度、全力の攻撃を繰り返せばいいのか。
嵐を引き連れ港に迫る海座頭と、それを喰いとめている両慈、リーネの事を考えるとさほど時間はかけられない。
●海座頭防衛戦線と結界破壊前線
波を切り裂き、海を駆けるクルーザー。操縦するのは両慈で、その甲板で盾を構えるのはリーネだ。リーネは長い金髪を潮風に踊らせ、海座頭へと向け手を突き出す。
放たれた波動弾が、海座頭の足元へと着水。その動きを、一瞬ではあるがその場に縫い付けた。
警告のつもりで放った一撃である。海座頭は顔をクルーザーへと向けた。閉じられた瞼の裏に、何が映っているのか。
『………ぁぁ』
低く、呻くような声。
その声に呼応するように、風向きが変わる。突風と、水滴、大波がリーネ目がけて襲いかかる。盾を構えたリーネはそれを防御。両慈は即座にクルーザーを旋回させ海座頭の射程から離脱する。
「今回の私達は足止め、皆が結界を壊すマデノ時間稼ぎデス。だから絶対無理はシマセン、それは両慈もデスヨ?」
「決して無理をするな、倒れたら俺達が出来る事はそこで終わってしまうのだからな」
体力を回復させる癒しの雨を降らせながら、両慈はクルーザーの進路を再び海座頭へと向ける。
速度を上げ、海座頭の降らせる暴風雨の隙間を縫うように船を走らせた。暴風雨を操り、雨粒と突風による一点攻撃を仕掛ける海座頭。不安定かつ逃げ場のない海上ということもあり、遠距離戦では分が悪いと判断したのだ。
海座頭の目の前に、クルーザーの腹を晒して滑り込む両慈。回復を終えたリーネが盾を構えて海座頭の眼前に立ちはだかった。
「任せてクダサイ! 私は守る戦いは得意ナノデスカラ!」
「あぁ……。アイツ等を信じて、何としても耐え抜くぞ……!」
リーネは海座頭により巻き起こされた津波を、両手に構えた盾で受け止める。衝撃に弾き飛ばされ、危うく海へと転がり落ちそうになったリーネへ向けて、操縦席から駆け出した両慈は手を伸ばした。
海上、不安定な足場、嵐の中で、たった二人だけの防衛戦が始まった。
一方その頃、タンカー船内部。
「う……あぁ」
虚ろな目をして呻き声をあげる輪廻が琵琶と結界を背に、ラーラ達へ向かって跳びかかった。砲弾のように、床を蹴って跳び出して、その勢いに乗ったまま鋭い足刀を見舞わんとする。
「あ、わぁぁぁっ!!」
「……混、乱?」
悲鳴を上げて跳び退るラーラと、貨物室の天井ギリギリまで翼を広げ退避する日那乃。
天井付近にまで飛び上がった日那乃は翼を広げて、輪廻の視界から逃れるように飛びまわる。一方、ラーラは慌てて身を隠す場所はないか、と辺りを見回すが既に琵琶以外の荷物は運び出された後のタンカー船貨物室である。当然そのような場所、存在するわけはなく、かといって外に逃げ出すわけにもいかない。
迫る輪廻の攻撃をギリギリで回避し、床を転がる。床に伏したラーラの身体を急降下してきた日那乃が掴み上げ、上昇。輪廻の視線が自分に向いたその瞬間、輪廻の背後へと投げ飛ばした。
上と後方、どちらを狙うべきか、と視線を巡らせる輪廻の足元にラーラが火炎弾を撃ち込んだ。
「結界も強力で、壊すのには骨が折れそうだって言うのに……」
そこに加えて、接近戦を得意とし高威力の攻撃手段を持つ輪廻の混乱。弾ける火炎弾が火炎を散らし、輪廻の動きを牽制。
その隙をついて、輪廻の頭上に移動した日那乃が淡い燐光を撒き散らす雨を降らせた。深想水。状態異常を癒す雨である。頭から雨を浴び、輪廻の瞳が正気を取り戻す。
「ごめんなさいね」
一言謝罪し、視線を背後の結界へと移す。普段のおどけた態度とは打って変わって、今回の輪廻は真面目である。海座頭の足止めをしている後輩たちの負担を少しでも減らす為にはこんな場所で時間を消費している場合ではない、ということか。
正気を取り戻した輪廻の隣に、ラーラと日那乃が並んだ。
連続して放たれる火炎弾と空気弾。それと並行して駆ける輪廻は疲労も精神力の消費も一切度外視した全力の蹴りを結界へと撃ち込んだ。
本来であれば、貨物室が瓦礫の山と化してもおかしくないほどの高威力、連続攻撃。けれど、全ての衝撃を結界が吸収するおかげで、安全……というのもおかしいが、タンカー船の破損など心配する必要もなく全力の攻撃を続けられている。
海座頭が港に到着する本来の予定時間はとうに過ぎている。
それでもまだ、自分達が無事でいるということはつまり、足止めに向かった両慈とリーネの奮闘によるものだ。
「琵琶、どうやって返しに、行こう……」
外は嵐。海は大荒れ。タンカー船は動かない。
結界を破壊した後のことを考え、日那乃は小さく首を傾げてそう呟いた。
どれだけの数の津波を浴びたことだろう。
リーネも両慈も、既に全身ずぶ濡れでその表情には疲労の色が濃く浮かんでいた。海座頭は相変わらずまっすぐ港へと進行中だが、その都度二人が進路に割って入るのでその進行速度は遅々としたものだった。
けれど、安心もしていられない。
リーネと両慈は回復スキルの多用により今だ戦闘を継続できている状態。けれど、海座頭の方はといえばほとんどダメージを受けていなかった。
場所が海上でさえなければ幾分戦い安かったのだろうが、たらればを言っても始まらない。
何度目になるか。両慈とリーネが戦線を離れると、海座頭は興味がないとばかりに二人を無視して、港へ向かって歩き始める。
ゆっくり、滑るように。
けれど……。
「無視しちゃイケマセーン! あなたの相手は私なのデスカラ、よそ見は駄目駄目デース!」
船の甲板に手を押し当てリーネが叫ぶ。
直後、海水を撒き散らしながら巨大な岩の槍が海座頭の足元から跳び出した。海座頭は僅かに後退し、岩の槍を回避。津波を起こして、それを砕いた。
「まだいけるか? 少しでも戦闘を長引かせるぞ」
クルーザーを走らせながら、両慈は削られたリーネの精神力を回復させる。
疲労は溜まって来たが、ギリギリの所で回復、状態異常の治療を行う戦法でどうにか戦線は維持できている。海座頭の方も積極的にこちらに向かって攻撃を仕掛けて来る様子は見受けられない。
「俺達には興味がないということか?」
「だとしても、ひたすらブロックとガードデス」
海座頭の目の前にクルーザーを割りこませ、その瞬間にリーネは甲板から身を乗り出した。海座頭によって叩きつけられる暴風雨を盾で弾いて、盾を押し出し視界を塞いだ。
海座頭が津波を巻き起こすのと同時に両慈はクルーザーを急発進させ、それを回避。
防衛戦線、未だ有効。
「……燃料が」
けれど、クルーザーの燃料残量的にはそこまで長い時間戦闘を継続できそうにはないのだった。
「そぉれっ♪ っとぉ」
足刀を結界に叩きこむと同時に輪廻は後方へ跳び退る。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
「……うん」
輪廻が退くと同時に、ラーラの火炎弾と日那乃の空気弾が同時に結界へと着弾。爆ぜる火炎を風が巻き上げ、火炎の勢いを上昇させる。
火炎が結界を揺らがせる。
「今日の輪廻さん、ちょっと本気よん♪」
炎の勢いが弱まったその瞬間、跳び出した輪廻は結界の目の前で腰を落とす。着物の裾がはためいた。長く伸びた脚に力を込め、跳ね上げるように一撃。跳び上がった勢いを利用し、更にもう一撃。
そして、重力に身を任せた全身全霊を込めた三発目。
衝撃で船が揺れた。
それは、つまり……。
「結界、壊れた、ね」
日那乃が飛んだ。床に座り込んだ輪廻の横を通り過ぎ、琵琶を取り上げる。
後はこれを海座頭に返すだけだ。
「すいません、琵琶の返却お願いしていいですか?」
輪廻に駆け寄ったラーラがそう告げると、日那乃は無言で頷きを返す。琵琶を手に、翼を広げ嵐の吹き荒ぶ海へと飛び出していった。
「はぁ~……流石に輪廻さん、今回は全力出し過ぎて疲れたわよん?」
ラーラに抱きつき、輪廻は静かに目を閉じる。
すぅすぅと、すぐに寝息を立てはじめた輪廻の髪を優しく撫でてラーラは小さく「お疲れ様です」とそう呟いた。
●嵐を鎮めて
「さぁ! 良い所を見せて、恋人さんより私が素敵だと気付かせて振り向かせてミセマスネー!」
「落ち着け! 時間稼ぎが目的だと言っただろう!」
津波に飲み込まれたリーネは、クルーザーの縁に掴まりギリギリの所で海への転落を免れる。リーネの復帰を待ってクルーザーを発進させる。
甲板に跳び乗ったリーネは、盾を構えて海座頭の放った暴風雨を盾で弾く。暴風雨を浴びたリーネが盾を取り落とす。
「麻痺っ……!?」
「ちっ、一時撤退だ」
クルーザーを加速させ、戦線を離脱する両慈。背後に視線を向けると、海座頭はクルーザーに視線を向けずただまっすぐに港へ向かって進んでいた。
だが……。
「あれ?」
首を傾げるリーネの視線が空へと向けられた。海座頭の進路が変ったのだ。その顔の向きも、港ではなく空を見ている。
海座頭の顔の動きを追っていたリーネの目の前に、ドサリと音を立てて何かが落ちて来た。
「え? ぁ、え? 日那乃さんですか?」
そこに居たのは、全身ずぶ濡れで空から降って来た日那乃であった。その胸には、大切そうに琵琶が抱きしめられている。嵐の中を、此処まで飛んできたのだ。
「琵琶、持ってきた、よ……」
全速力で飛んできたのだろう。その顔には、疲労が色濃く浮かんでいる。日那乃から琵琶を受け取ったリーネは、操舵室の両慈へ向けて声をあげた。
「両慈! 琵琶、来まシタ!!」
「分かってる。信じた甲斐があった」
舵を切って、クルーザーを旋回させる。海座頭へ向かって真っすぐに船を走らせた。
海座頭が手を伸ばす。
津波が起きて、船体が一瞬空へと浮いた。天地のひっくり返るような浮遊感。日那乃の身体が海へと投げ出されそうになるが、それを慌てて両慈が掴む。
クルーザーへ向けて伸ばされた海座頭の手へと、リーネが琵琶を投げ渡した。
海座頭が琵琶を掴む。
『………』
「間に合ったか……」
沈黙。
やがて、自分の手に戻った琵琶の弦を弾き音を確かめると、海座頭は静かに海中へと消えていった。
海座頭が消えると同時に、吹き荒んでいた風は弱まり、雨雲は次第に消えていく。
「帰ってくれて、よかっ、た」
くて、っと甲板の上に突っ伏して日那乃は溜め息を零した。
雨が止み、凪いだ海の上にクルーザーが一艘。
その上で、3人の男女が疲労に身を任せ大きな溜め息を零していたことを、港に住む人々は誰も知らない。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
