先後の閃
●高齢化社会問題 -Peace Full-
「あっ、あっ、あっ、人斬りて。人斬りてえ、のう、ばあさんや」
喜多島 兼茂《きたじま かねしげ》という呼称されたる者が、抜き身の日本刀をだらりと握って、ひたひたと近所を散歩をしていた。
もう片手に鞘を持っているが、これもだらりと垂らしているので、アスファルトに接地。がりがりと削りながら、そぞろ歩いている。
兼茂は老人である。85歳。
ぷるぷると痙攣し、ヨダレを垂らして、白目を剥いている。
初夏が近い時分。路面の反射熱で暑さも倍増しているが、中折れ帽と薄着の着物で丁度よい感じのスカした格好。絶好の散歩日和を満喫す。
「人斬りてえよー! あっあっあっ、ああっ人斬らるぬば」
青空の下に、爽やかな風がふいて、幸福極まれり。
「あっ、あっ、あっ、人斬りて――る」
ふと、兼茂の視界に手をつないだカップルが、向こう側の角を曲がってきた。
たちまち兼茂、失禁。
兼茂の白目に、瞳が戻る。瞳孔が開く。燻り狂う形相。刀を大上段に構え。
「ェェェーーーー!」
疾走する老人。猿のごとき声を発す。
白い鋼の色、男に対して唐竹割りの軌跡を描き、女のほうは刃を返して逆袈裟の軌跡。
だぎん、と金属同士がぶつかる音。
「このジジイ! いきなりやりやがったな!」
「チェーンソーの餌食にしてあげるわ」
なんとカップル。両者とも能力者。
「おらおら! 破綻したトロいじじいなんざ、バールのようなもの《こいつ》でイチコロだ!」
「あたしは一日一回、他人の血を吸ってオイル代わりにしているチェーンソーだ! 高齢化社会問題が一歩改善ー!」
カップル、兼茂を滅多打ちにする。
滅多打ちの最中、男が手応えに違和感を覚えた。
「なんだ? 攻撃が、急にふわって――」
男は、その次の言葉を継げなかった。
兼茂の表道具が、先の閃。
男の首より、鮮血、噴出す。
「腰の入らんハナクソの如き打撃が儂に効くとおもうてか!? 儂は九頭竜のジ・エッグ! この胃液を喰らい、縦一文字の屍、晒すべし!」
兼茂、くぺぇと女に胃液をぶっかけて目つぶし。続き、花の一刀両断。
喜多島 兼茂は老齢であったが、この瞬間に達す。
胃液と同時に、鉄の卵の如き物体も出てしまった。拾ってまた飲みこむ。
たちどころに白目に戻り、また夢遊する。
「あっ、あっ、あっ、人斬りてええのう」
●曖昧になる神秘 -The Egg-
「被害者は、無所属の隔者二名。深度2の破綻者を対応するわ」
樒・飴色(nCL2000110)は調査レポートを机に置いた。
飴色は、夢見から預かったらしき映像を一通り流したあとに、場面巻き戻して一時停止操作する。
「私に回ってくるということは、分析とかそちら方面なのだけれど――観て」
隔者の攻撃が通っている場面。
次に全く通らなくなった場面。
「よくわからないけど、神秘事象そのものが変わっているのよ。神具の剣がただの剣になるというかしら。XIが持つ『覚者に比類するぶっ飛び兵器』だと、どうなるかはわからないけれど、おそらく通じない。細かいデータはレポートを見て」
物理も、神秘も、おそらくこれは火傷なども通らないという。
「この老人の説得は? 戻すことは?」
「かなり難しいわね。曖昧な状態だともちろん通じないし、元からうんと危ないおじいちゃんだったみたい。――何が破綻の理由なのか」
レポートには続きがあった。老人のデータだ。
いつの頃からか近所の主婦の通報で、徘徊しているところを保護された回数が一回二回ではない。
身よりも無く、しかるべき施設への移送が検討されていたところに、この事件。
発現して破綻した経緯だ。
「『九頭竜』を名乗ったり、本名ではなく、ジ・エッグと名乗る。何か要領を得ない感じがあるわ。破綻に至った理由もそれが含まれるかもしれない。直感だけれど」
九頭竜とは『妖』の組織といわれる。全容は謎に包まれている。
『妖』は知性がことごとく低い。あっても我が強い者が概ね。
種の特性として、徒党を組むなど通常は考えられないが、事実としてF.i.V.E.は過去に『大妖『紅蜘蛛』継美の娘』と交戦している。
「詳しい調査も必要だとおもうけれど、おじいちゃん自体が、うんと危ないから――無理はしないようにね」
「あっ、あっ、あっ、人斬りて。人斬りてえ、のう、ばあさんや」
喜多島 兼茂《きたじま かねしげ》という呼称されたる者が、抜き身の日本刀をだらりと握って、ひたひたと近所を散歩をしていた。
もう片手に鞘を持っているが、これもだらりと垂らしているので、アスファルトに接地。がりがりと削りながら、そぞろ歩いている。
兼茂は老人である。85歳。
ぷるぷると痙攣し、ヨダレを垂らして、白目を剥いている。
初夏が近い時分。路面の反射熱で暑さも倍増しているが、中折れ帽と薄着の着物で丁度よい感じのスカした格好。絶好の散歩日和を満喫す。
「人斬りてえよー! あっあっあっ、ああっ人斬らるぬば」
青空の下に、爽やかな風がふいて、幸福極まれり。
「あっ、あっ、あっ、人斬りて――る」
ふと、兼茂の視界に手をつないだカップルが、向こう側の角を曲がってきた。
たちまち兼茂、失禁。
兼茂の白目に、瞳が戻る。瞳孔が開く。燻り狂う形相。刀を大上段に構え。
「ェェェーーーー!」
疾走する老人。猿のごとき声を発す。
白い鋼の色、男に対して唐竹割りの軌跡を描き、女のほうは刃を返して逆袈裟の軌跡。
だぎん、と金属同士がぶつかる音。
「このジジイ! いきなりやりやがったな!」
「チェーンソーの餌食にしてあげるわ」
なんとカップル。両者とも能力者。
「おらおら! 破綻したトロいじじいなんざ、バールのようなもの《こいつ》でイチコロだ!」
「あたしは一日一回、他人の血を吸ってオイル代わりにしているチェーンソーだ! 高齢化社会問題が一歩改善ー!」
カップル、兼茂を滅多打ちにする。
滅多打ちの最中、男が手応えに違和感を覚えた。
「なんだ? 攻撃が、急にふわって――」
男は、その次の言葉を継げなかった。
兼茂の表道具が、先の閃。
男の首より、鮮血、噴出す。
「腰の入らんハナクソの如き打撃が儂に効くとおもうてか!? 儂は九頭竜のジ・エッグ! この胃液を喰らい、縦一文字の屍、晒すべし!」
兼茂、くぺぇと女に胃液をぶっかけて目つぶし。続き、花の一刀両断。
喜多島 兼茂は老齢であったが、この瞬間に達す。
胃液と同時に、鉄の卵の如き物体も出てしまった。拾ってまた飲みこむ。
たちどころに白目に戻り、また夢遊する。
「あっ、あっ、あっ、人斬りてええのう」
●曖昧になる神秘 -The Egg-
「被害者は、無所属の隔者二名。深度2の破綻者を対応するわ」
樒・飴色(nCL2000110)は調査レポートを机に置いた。
飴色は、夢見から預かったらしき映像を一通り流したあとに、場面巻き戻して一時停止操作する。
「私に回ってくるということは、分析とかそちら方面なのだけれど――観て」
隔者の攻撃が通っている場面。
次に全く通らなくなった場面。
「よくわからないけど、神秘事象そのものが変わっているのよ。神具の剣がただの剣になるというかしら。XIが持つ『覚者に比類するぶっ飛び兵器』だと、どうなるかはわからないけれど、おそらく通じない。細かいデータはレポートを見て」
物理も、神秘も、おそらくこれは火傷なども通らないという。
「この老人の説得は? 戻すことは?」
「かなり難しいわね。曖昧な状態だともちろん通じないし、元からうんと危ないおじいちゃんだったみたい。――何が破綻の理由なのか」
レポートには続きがあった。老人のデータだ。
いつの頃からか近所の主婦の通報で、徘徊しているところを保護された回数が一回二回ではない。
身よりも無く、しかるべき施設への移送が検討されていたところに、この事件。
発現して破綻した経緯だ。
「『九頭竜』を名乗ったり、本名ではなく、ジ・エッグと名乗る。何か要領を得ない感じがあるわ。破綻に至った理由もそれが含まれるかもしれない。直感だけれど」
九頭竜とは『妖』の組織といわれる。全容は謎に包まれている。
『妖』は知性がことごとく低い。あっても我が強い者が概ね。
種の特性として、徒党を組むなど通常は考えられないが、事実としてF.i.V.E.は過去に『大妖『紅蜘蛛』継美の娘』と交戦している。
「詳しい調査も必要だとおもうけれど、おじいちゃん自体が、うんと危ないから――無理はしないようにね」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.ジ・エッグの撃破(または正気化)
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
純戦。仕掛け系。仕掛け自体はシンプルめ。
以下詳細
●ロケーション
・日中
・一般人の乱入の見込みはないです
・場所の障害物、広さの補正も加えません
・隔者については事後です。2名殺傷されて遺体は片付けられています。
●エネミーデータ・九頭竜
ジ・エッグ
ジ・エッグと名乗る破綻者・深度2。本名は『喜多島 兼茂《きたじま かねしげ》』。
若い頃は地元の剣術道場を営んでいましたが、伴侶に先立たれ、いつの頃からか曖昧な状態が続くようになってからは抜き身の日本刀持って徘徊する癖ができてしまった、どこにでもいる老人。
何者かになにかされたようです。
外的(所持品に由来)と思われる『妖』由来のパッシヴスキルを活性化しています。
このため、通常の深度2単体より遥かに強力です。
A:
・疾風双斬
・烈空波
P:
・ジ・エッグの神秘変成(『妖』からの永続付与効果)
ターンの最初に【物攻無効】【神攻無効】が付与され、状態異常が一切効果を発揮しなくなります(付与自体はされます)。
ジ・エッグが攻撃行動をすると【物攻無効】【神攻無効】は解除。および状態異常は有効になります。
攻撃行動以外(待機、移動のみなど)をとることができません。
・ジ・エッグの因果降伏(『妖』からの永続付与効果)
ターンの最後に、待機行動者を手番関係なく攻撃します。
※ 2つのパッシブスキルは、特定の部位狙いで無効化できる可能性があります。その部位は現時点では不明です。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2017年07月14日
2017年07月14日
■メイン参加者 6人■

●零と壱の秒針の狭間 -0 Sec-
これは希臘《ぎりしや》の彫刻の如きものである。
動かんとして、未だ動かざる様に美があり、余韻がある。
数百年の時を生き永らえた彫刻達は、未だ動かんとして、動かざる様を見せて、向こう数百年、あり続けるのだろう。
動いた後はどう変化するか。電光か石火かナニガシか。
動いてしまったモノの行く末は――
真っ二つだ。
『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)が放った火焔連弾、老人の振り向きと同時に切り捨てらるる。
老人の曖昧なる白目、覚者たちを射抜く。
「ェェェーーー!」
猿の如き咆吼。
たちまち老人、刀を大上段に構え直し、疾走す。
ヨダレは省みぬ。下衣は濡れている――この有様、まさに狂剣であった。
『美獣を狩る者』シャーロット・クィン・ブラッドバーン、太刀をすらりとぬく。
迎えうつ。
「剣士と人斬りは、似て非なるものです。ソウゴリカイは難しいでしょう」
シャーロットの眼前に老人の白目。
太刀同士の接触。火花散る。
シャーロット、刀身の曲線にそって力を受け流した。
「ナルホド、それならば剣に様々なものをかけてきた人物。ワタシは剣で挑むことこそが最善と考えます」
この刹那の攻防で理解した。
力技ではない。腰の入った刀の振り――すなわち技が伴っている。
老人の太刀筋を受け流すも、老人は電光石火の早さで、逆袈裟へと切り替えた。
「(速い――)」
シャーロットの眼前に鋼色が煌めいた刹那、ダギリと接触音が響いた。
『『恋路の守護者』』リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)の斧刃が盾のごとく受け止めたのだ。
「……ウワァ……ちょっとドコロカ、かなり危ないお爺さんデスネ」
老人の白目が眼前。その舌、鼻の方向に突き出てレロレロと動いている。鍔迫り合いの如き状況。
「ちよ、ェェェェ! あああああ、あー!」
その力、尋常にあらず。
「――ッ」
リーネに対して鍔迫り。
得物の斧ごと、まな板の魚を切断せしめるかの如き動きだ。
押し込まれて切断される――そう思った次に、白い影が割って入った。
『ボーパルホワイトバニー』飛騨・直斗(CL2001570)、タイ捨がごとく、跳ねてからの縦一文字。
「さあさあ! 首狩り白兎が相手だ! 人斬り爺さん! お互い死合おう!」
老人どこに隠し持っていたか、脇差しを抜刀。直斗を一瞥もせずに縦一文字を脇差しで受け止める神妙なる業。
二者の攻撃を受け止める。
右手でリーネ、左手で直斗。
この体勢。老人の腹部を見据えるには十分すぎるほどに見通しが良い。
『狗吠』時任・千陽(CL2000014)、機を逃さず、分析を開始する。
「(九頭竜を名乗る破綻者――実際にジ・エッグという名前で九頭竜であるのは確かなのだろう)」
破綻者、そして――腹部にもう一つの胎動。
それは夢見の報告にあった、卵のごとき形状にして、そこから妖しげな力の起こりを感じる。
「(妖が取り付くことで発現する、などということはあるのだろうか?)」
不思議に思えた点は、妖しげな力の起こりは悪意、破綻、傀儡、そういった害的なものを感じない。
だが確かな事は皆へ周知する。
「やはり、力の起こりは例の卵のようです」
千陽の分析。
ラーラが続きを解析す。
まず『かの物体』が、物質系ではない事をすぐに識った。
「自然系『妖』――何が顕現したものかは、もう少しかかりそうです」
造詣深き『自然系』。奇怪なことに、老人の腹部に湛えた力は、成長、融和――上手く形容できないが、非常にポジティブな性質を感ずる。
ラーラが続ける。
「もう一つ分かりました。周囲に別空間のようなものを張り、事象から不干渉になります。攻撃時は現実に干渉するために戻るようですね」
別の空間。
ラーラは自分で言って、少し引っかかった。似たような話が前にもあったような気がした。
『優麗なる乙女』西荻 つばめ(CL2001243)が老人の懐に潜った。
「そういう話でしたら――今は攻撃できる。という事ですわね」
紅と群青の鞘から抜刀。一対の双刃。
「(狙うは、鳩尾)」
「アッ!」
つばめの耳を鼓膜が破そうな音量が襲った。
少し虚を突かれ、力の入りを挫かれた。斬った。衣、皮の一枚下を。
「(浅い手応え)」
続くもう一撃、肩口をしかと斬る。
次には硬い手応え。骨で止まったか。
リーネは、老人の意識が自らより逸れた隙に、膝に力を入れ押し返す。
「お爺さんの事は、少しだけ調べで知りマシタ。若い頃は剣術を営み、奥さんも居たトカ……剣も人も愛した方が、その二つの価値を地に落としたノハ、一体どんな事があったのデスカ?」
「あ、アウ、あ?」
対する、老人の反応は要領を得ない。
「……ヤハリ、中にある、ソレの影響、ナノデスカ?」
千陽が発砲。
老人を向こう側へ吹き飛ばし、場は動から静へ転じる。
老人、あうう、あううと呻いている。襲いかかってくる気配が途絶え、機を伺う局面へ。
「お、おお、おおお……、お千代」
「――?」
機をうかがう局面にて、老人の白目に瞳が戻った。
老人の瞳は真っ直ぐとつばめを見る。次に、老人は口を一文字に改める。
「否! 千代は暁に死す! ならば物の怪!」
たちまち老人は日本刀の握りを改めた。
日本刀に対して、掴んだ腕を十字に交差させる異な構え。右手、鍔の付近を逆手に握る。左手は柄の先端を。
「――秘剣! 卍彗星、準備!」
動かんとして、未だ動かざるとき。異様な気魄が場を支配した。
●人斬りと剣Shi発音不可 -Man eater or My road..ZZzazazizi-
「参れ! 若き剣士! 刀は人斬り包丁! ならば人斬りの神髄、垣間見せよう!」
異な構えになった途端、攻撃は苛烈となった。
この老人の一撃一撃が非常に重い。其は、ランク3の妖に比類する。
対する、覚者たちの布陣は、老人の妙技――袈裟から逆袈裟へジグザグに斬り抜ける太刀筋を想定したもの。
前衛はシャーロットとリーネ。中衛、つばめと直斗。後衛に千陽とラーラ。
これにより、一気に劣勢となる事態は防いでいた。
また、奇妙な能力に対しては、集中を織り交ぜる。リーネの紫鋼塞――反応速度を意図的に落す術式も用意。
動かんとして、未だ動かざる瞬息の間に『後の先』の一点を狙う攻防が繰り返される。
「喜多島老! 貴方の剣は何のための剣ですか!? 人を斬る、本当にそれですか? 貴方は今、自らの意思でもって、その剣を振るっているといえますか?」
千陽の放った弾丸、再び老人を向こう側へ押す。
「我が剣、弱者を守るためのものと信じ、切磋し琢磨せり! されど、人は、心の奥底に、鬼を飼うものなり!」
千陽の弾丸二発目、もう一度向こう側へ吹き飛ばす弾丸。斬り落される。
「(最低限、喜多島老と謎の卵の繋がりだけは断っておきたい)」
老人、咆吼す。
「――観よ! 地上を天回せし秘剣、卍彗星! ケェェェェェ!!」
シャーロットへ飛来する、一刀両断の軌跡。
応じて受け流す体勢はシャーロット。
「刀を持つ者同士ですが、ワタシは剣士で、あなたは人斬り。止めてさせていただきます」
寸時、老人の腕の十字が解き放たれる。刃が回転。
上段からの袈裟切りにみせかけた踏み込みから、下段からの逆袈裟に切り替わる。
ジグザグに走り抜ける刃、これに上下の反転が加わる格好だ。
シャーロットの目でもってしても避けること叶わず。盛大に肩より出血す。
「この老人の元々の人格がどのようなものであったかはわかりません……人斬りの性質が本来の一部でもあったなら、回復しても危険ではありますが……」
気合いを入れる。つきかけた膝を正す。
「あれこれ考えても、きっと無駄です……Brevity is the soul of wit(簡潔こそが英知の真髄である)!」
「戯れ言ッ! 剣の道は剣鬼に至る道也! そこに差など皆無!」
「NO!《違う》」
逆袈裟から続く袈裟、これを直斗が前へと出て止める。
「無理するな……俺が出る」
肘鉄。直接に虚弱の毒素を流し込む。
「貴様の言いたいことは良く分かる……俺と同類。手の施しようがない害悪。つまり剣を交わらせるしかねぇんだ」
続き、つばめも前へ。着物の袖をつかみ、地面にたたきつけるが如き投げ。
「はあ!」
「ヌウッ!?」
リーネが斧を地面につきたて、浴びせ蹴りのごとく、右カカトを老人の腹部へたたき込む。
「チャンスデース!」
老人、たまらず胃液を吐く。
「もう一回!」
二連撃。断頭台のごとく振り下ろす左足。
「ガッ!」
老人の口中に鉄の卵!
そこを狙う、ラーラの火炎。連弾が老人の顔面にて爆ぜる。
「あれがもし、おじいさんの破綻に影響しているとすれば。引き離した状態で撃破することで、破綻から救うことは出来ないんでしょうか」
意図は皆同じである。
老人の顔面とともに燃える鉄の卵。
手応えを感じた次、老人の身体が伏せたままの姿勢から、跳ね上がった。
たたずむ。生ける屍のごとく両手をだらりと垂らし、上体も垂らす。
ここで気魄に満ちた空気が静まり、代わりに得体の知れない気持ち悪さが場に満ちた。
蝉の声が消え、夏の熱気も消える。
『――これはこれwaこれはこれはこれはこれは。迷い来たる面白味Ha-ty』
老人は、顔を炎の焼かれながら破顔。
視線は別方向を向く。口は下歯と上歯の間に鉄の卵がおさまっている。
鉄の卵には人の目玉が浮かび。
「アナタは、何デスか?」
シャーロットがリーネを癒やしながら問う。
『-Da、ヒトと称する生物よ。名乗りたいが、この声域は、なんとも貧相だと思わなty?』
千陽の弾丸、見えざる壁に遮られる。
老人は鉄の卵を飲みこみ、ベーと舌を出す。
兼茂の口から、嘔吐の音ともノイズとも形容しがたい音が発せられた。
『Ahーアーアーア……、名乗ったよ。だが『戻らぬ者』『ジ・エッグ』『無現葬』『丸長 飯櫃左衛門』――ま、好きに呼ぶといいhty」
●発音不明 -ziziZiZaZaZap-
第三局面。
最初は、通常の青眼および大上段。続く卍彗星なる秘剣。そしてまた太刀筋が変わった。
兼茂の精密なる日本刀の妙技ではない。まるでナタやもっと重いものを振るう挙動。力任せだ。
しかし、的確に当ててくる。
前衛と中衛の交代がもう一度発生。体力はすり切れていく。いくが、闇雲に攻めている訳ではなかった。
「なあ、敵だろ? 敵だな! 敵だよな! 首おいてけ!」
直斗はこの手の状況に人一倍敏感である。
『そこは『大将か?』と問いたまptyよ。けしにぐの剣、ふるいし兎』
直斗の眼前、老人はレロレロレロと舌を上下させる。
直斗が振り下ろした太刀が、老人の眼前で見えない壁に遮られるように止まっていた。
「ちっ……」
『Oしいなあ!』
老人の掌から真空の刃。直斗の脇腹の肉を掠っていく。
喉の奥からわき上がった赤い液を飲みこんで、再び攻勢に出る。
「この感じ――廻子さんの」
『ヒトの顔を覚えるのは苦手なのだが、見たNE。たしか』
放った炎。脇差しにて切り捨てられる。
ラーラの胸中、引っかかっていたものがスッと解けた。
先日、ある『妖』と対峙した――場の空気が、まるでその時の魔性と似ていたのだ。
「――なるほど。賀茂嬢が見たという隙間の影と、関連しているようですね」
千陽もその場にいた。
発砲して、こちらに敵の意識を向かせる。
「ジ・エッグとやら。遠見嬢に何かしましたか?」
遠見とは、AAAの元職員であり、異空間を操る『妖』と化した者だ。
ぐるりと老人の顔が千陽に向く。常人の可動領域を越えている。
『尋ねただけさ――その魂に』
「高潔な魂と生命を侮辱した、と受け取って良いですか?」
カァァァ! と胃液が飛ぶ。千陽これをかわす。
『好きに受け取るがいい』
リーネが接敵す。
「アナタが本体デスかね! 人が防御の道を必死に走ってるノニ、無効トカ無敵トカ! そんな言葉嫌いデース!!」
『ではお嬢さん。君も私に加わるかい? 力は君のもNOとなるだろう。私も君となるだろう』
老人の掌――何も無いところから、鉄の卵が一つ生ず。
たちまちリーネの口中めがけて跳ねる。リーネは口をガチリと閉じて防ぐ。
「私は私なのデース! 防御の道を走っているのも私の意志デース!」
斧刃の側面を卵にぶつける。くしゃりと鉄色の卵を砕け、消えた。
つばめ、一瞬間に間合いを詰める。
「隙だらけですわ。隙がない喜多島さんより、御しやすいと言えましょう」
腹部に柄の打撃。
鉄の卵、老人の口中より再び吐き出される。
シャーロット、一旦納刀し。
「言葉の要点を聞くに、まるでParasite。アナタともソウゴリカイは出来ないかもしれません」
『ソウゴリカイ。私ほど寛容な者はおらNと思うがNE』
吐き出された卵が人語を発す。
シャーロットの抜刀。戯れ言ごと横一文字に切り捨て。
「The Egg sat on a wall,The Egg had a great fall――と卵男の結末は決まってんだよ。九頭竜のジ・エッグ」
直斗の秘技。
通り抜けるように、刻む抜刀。燻り狂った黒獣《Bandersnatch》は、かの卵を縦に切り裂いた。
●ただの破綻者深度2 -Ogre Blade-
鉄の卵を砕いた後、老人は糸が切れたように伏す。
生命までは奪っていない。ここまでは成った。シャーロットが全員に治療を施す時間もある。
気力がほぼ無いことを加味しても――このまま戦ったとして、相手は深度2の破綻者、まず負けることはない。
老人の覚醒。
刹那、鉛色が横一文字に煌めいた。
リーネが受け止める。
老人の目は爛々と、獣のよう。
「斬る……儂は、現《うつつ》を斬る者なり」
曖昧なれど、白目ではない。気魄を発す。
また鍔迫り合い。
「私には大好きな人がイマース。なので誰かを愛する事もわかりマース!」
「失せい!」
老人は鍔迫り合いを放棄。そして老人はまた刃に力を込める。
リーネの肩に刃が深々と突き刺さる。
「ッ――いとしく思うコト。いつくしむコト、それはトテモ暖かい気持ちだってコトだって。剣も人も愛した方なら思い出せる筈、とても大事なことデース!」
負けない。と、己の愛の重さをのせるリーネは、食い込んだ太刀を掴む。
再び始まった戦いは、すぐに停滞す。
千陽は、ならばここでと言葉を投げかけた。
「もう一度問いましょう。喜多島老! 貴方の剣は何のための剣ですか!?」
「剣など、人斬り包丁ッ! それ以上でもそれ以下でも無し!」
「その業前は、一夕一朝では成らないものです。そこに込めた熱意や意志があったはず」
つばめがつーっと行く。
横から飛来した脇差しが腕部に食い込む。
痛みに顔をしかめながら、つばめは老人の頬をはたいた。
「仮にも元剣術道場主、しっかりして下さいまし!」
つばめは、老人の視線を真っ直ぐ見る。道場主ならば、夫婦間の愛も、師弟愛もあったはずなのだ。
それを忘れたとは言わせない。
現に、老人の視線、縋るような目つきへと変わる。
おそらく服装のせいか。つばめの着衣は古めかしい。大正から昭和初期のスタイル。老人の何かに引っかかったのか。
ラーラが次ぐ。
「奥様はそんな風に人殺しを望むあなたを望んでいましたか? 思い出してください」
ラーラの言葉が最後か。
「儂は……」
老人の太刀、リーネの肩に食い込んでいた刃は、抜き取られた。
つばめの腕部の脇差しも抜かれ、からりと落ちる。
「全てが憎かった。喪った者への愛情は痛みに転じ、痛みを感ずるたびに、憎しみで紛らわしたくなる。その度に心の奥底の鬼が囁くのだ――現《うつつ》という檻から、解脱すべしと」
攻撃を受けた者をすぐにシャーロットが治療する。
治療しながら老人に問う。
「あの卵は何があったのです?」
「礼服のヒトの形をした何か――ああう――あれは、『妖』」
たちまち老人は白目に至る。ヨダレを垂らし、失禁。
「若き、たち。鬼、負けた儂、うには、なるな」
徒手のまま、無い刀を振り上げるがごとき構え。
「ェェェェ、ああう」
ぶんぶんと刀を下すがごとく、何も持たない手を振る老人。
見かねた直斗が峰打ちで老人を眠らせる。
「……例え、生き残っても、良くて愛する伴侶も居ない身寄りのない殺人鬼として施設で監禁。そんな未来が爺さんにとって幸せとは思えねェよ……だったら殺してやるのが慈悲ってもんだろ?」
が、生き残ったのならば仕方ない。と納刀す。
破綻した気魄は消えていた。
蝉は鳴き、日差しはじりじりと覚者を焼く。道路の向こうは熱で歪む。
これで良かったのかは、誰にも分からない。
これは希臘《ぎりしや》の彫刻の如きものである。
動かんとして、未だ動かざる様に美があり、余韻がある。
数百年の時を生き永らえた彫刻達は、未だ動かんとして、動かざる様を見せて、向こう数百年、あり続けるのだろう。
動いた後はどう変化するか。電光か石火かナニガシか。
動いてしまったモノの行く末は――
真っ二つだ。
『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)が放った火焔連弾、老人の振り向きと同時に切り捨てらるる。
老人の曖昧なる白目、覚者たちを射抜く。
「ェェェーーー!」
猿の如き咆吼。
たちまち老人、刀を大上段に構え直し、疾走す。
ヨダレは省みぬ。下衣は濡れている――この有様、まさに狂剣であった。
『美獣を狩る者』シャーロット・クィン・ブラッドバーン、太刀をすらりとぬく。
迎えうつ。
「剣士と人斬りは、似て非なるものです。ソウゴリカイは難しいでしょう」
シャーロットの眼前に老人の白目。
太刀同士の接触。火花散る。
シャーロット、刀身の曲線にそって力を受け流した。
「ナルホド、それならば剣に様々なものをかけてきた人物。ワタシは剣で挑むことこそが最善と考えます」
この刹那の攻防で理解した。
力技ではない。腰の入った刀の振り――すなわち技が伴っている。
老人の太刀筋を受け流すも、老人は電光石火の早さで、逆袈裟へと切り替えた。
「(速い――)」
シャーロットの眼前に鋼色が煌めいた刹那、ダギリと接触音が響いた。
『『恋路の守護者』』リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)の斧刃が盾のごとく受け止めたのだ。
「……ウワァ……ちょっとドコロカ、かなり危ないお爺さんデスネ」
老人の白目が眼前。その舌、鼻の方向に突き出てレロレロと動いている。鍔迫り合いの如き状況。
「ちよ、ェェェェ! あああああ、あー!」
その力、尋常にあらず。
「――ッ」
リーネに対して鍔迫り。
得物の斧ごと、まな板の魚を切断せしめるかの如き動きだ。
押し込まれて切断される――そう思った次に、白い影が割って入った。
『ボーパルホワイトバニー』飛騨・直斗(CL2001570)、タイ捨がごとく、跳ねてからの縦一文字。
「さあさあ! 首狩り白兎が相手だ! 人斬り爺さん! お互い死合おう!」
老人どこに隠し持っていたか、脇差しを抜刀。直斗を一瞥もせずに縦一文字を脇差しで受け止める神妙なる業。
二者の攻撃を受け止める。
右手でリーネ、左手で直斗。
この体勢。老人の腹部を見据えるには十分すぎるほどに見通しが良い。
『狗吠』時任・千陽(CL2000014)、機を逃さず、分析を開始する。
「(九頭竜を名乗る破綻者――実際にジ・エッグという名前で九頭竜であるのは確かなのだろう)」
破綻者、そして――腹部にもう一つの胎動。
それは夢見の報告にあった、卵のごとき形状にして、そこから妖しげな力の起こりを感じる。
「(妖が取り付くことで発現する、などということはあるのだろうか?)」
不思議に思えた点は、妖しげな力の起こりは悪意、破綻、傀儡、そういった害的なものを感じない。
だが確かな事は皆へ周知する。
「やはり、力の起こりは例の卵のようです」
千陽の分析。
ラーラが続きを解析す。
まず『かの物体』が、物質系ではない事をすぐに識った。
「自然系『妖』――何が顕現したものかは、もう少しかかりそうです」
造詣深き『自然系』。奇怪なことに、老人の腹部に湛えた力は、成長、融和――上手く形容できないが、非常にポジティブな性質を感ずる。
ラーラが続ける。
「もう一つ分かりました。周囲に別空間のようなものを張り、事象から不干渉になります。攻撃時は現実に干渉するために戻るようですね」
別の空間。
ラーラは自分で言って、少し引っかかった。似たような話が前にもあったような気がした。
『優麗なる乙女』西荻 つばめ(CL2001243)が老人の懐に潜った。
「そういう話でしたら――今は攻撃できる。という事ですわね」
紅と群青の鞘から抜刀。一対の双刃。
「(狙うは、鳩尾)」
「アッ!」
つばめの耳を鼓膜が破そうな音量が襲った。
少し虚を突かれ、力の入りを挫かれた。斬った。衣、皮の一枚下を。
「(浅い手応え)」
続くもう一撃、肩口をしかと斬る。
次には硬い手応え。骨で止まったか。
リーネは、老人の意識が自らより逸れた隙に、膝に力を入れ押し返す。
「お爺さんの事は、少しだけ調べで知りマシタ。若い頃は剣術を営み、奥さんも居たトカ……剣も人も愛した方が、その二つの価値を地に落としたノハ、一体どんな事があったのデスカ?」
「あ、アウ、あ?」
対する、老人の反応は要領を得ない。
「……ヤハリ、中にある、ソレの影響、ナノデスカ?」
千陽が発砲。
老人を向こう側へ吹き飛ばし、場は動から静へ転じる。
老人、あうう、あううと呻いている。襲いかかってくる気配が途絶え、機を伺う局面へ。
「お、おお、おおお……、お千代」
「――?」
機をうかがう局面にて、老人の白目に瞳が戻った。
老人の瞳は真っ直ぐとつばめを見る。次に、老人は口を一文字に改める。
「否! 千代は暁に死す! ならば物の怪!」
たちまち老人は日本刀の握りを改めた。
日本刀に対して、掴んだ腕を十字に交差させる異な構え。右手、鍔の付近を逆手に握る。左手は柄の先端を。
「――秘剣! 卍彗星、準備!」
動かんとして、未だ動かざるとき。異様な気魄が場を支配した。
●人斬りと剣Shi発音不可 -Man eater or My road..ZZzazazizi-
「参れ! 若き剣士! 刀は人斬り包丁! ならば人斬りの神髄、垣間見せよう!」
異な構えになった途端、攻撃は苛烈となった。
この老人の一撃一撃が非常に重い。其は、ランク3の妖に比類する。
対する、覚者たちの布陣は、老人の妙技――袈裟から逆袈裟へジグザグに斬り抜ける太刀筋を想定したもの。
前衛はシャーロットとリーネ。中衛、つばめと直斗。後衛に千陽とラーラ。
これにより、一気に劣勢となる事態は防いでいた。
また、奇妙な能力に対しては、集中を織り交ぜる。リーネの紫鋼塞――反応速度を意図的に落す術式も用意。
動かんとして、未だ動かざる瞬息の間に『後の先』の一点を狙う攻防が繰り返される。
「喜多島老! 貴方の剣は何のための剣ですか!? 人を斬る、本当にそれですか? 貴方は今、自らの意思でもって、その剣を振るっているといえますか?」
千陽の放った弾丸、再び老人を向こう側へ押す。
「我が剣、弱者を守るためのものと信じ、切磋し琢磨せり! されど、人は、心の奥底に、鬼を飼うものなり!」
千陽の弾丸二発目、もう一度向こう側へ吹き飛ばす弾丸。斬り落される。
「(最低限、喜多島老と謎の卵の繋がりだけは断っておきたい)」
老人、咆吼す。
「――観よ! 地上を天回せし秘剣、卍彗星! ケェェェェェ!!」
シャーロットへ飛来する、一刀両断の軌跡。
応じて受け流す体勢はシャーロット。
「刀を持つ者同士ですが、ワタシは剣士で、あなたは人斬り。止めてさせていただきます」
寸時、老人の腕の十字が解き放たれる。刃が回転。
上段からの袈裟切りにみせかけた踏み込みから、下段からの逆袈裟に切り替わる。
ジグザグに走り抜ける刃、これに上下の反転が加わる格好だ。
シャーロットの目でもってしても避けること叶わず。盛大に肩より出血す。
「この老人の元々の人格がどのようなものであったかはわかりません……人斬りの性質が本来の一部でもあったなら、回復しても危険ではありますが……」
気合いを入れる。つきかけた膝を正す。
「あれこれ考えても、きっと無駄です……Brevity is the soul of wit(簡潔こそが英知の真髄である)!」
「戯れ言ッ! 剣の道は剣鬼に至る道也! そこに差など皆無!」
「NO!《違う》」
逆袈裟から続く袈裟、これを直斗が前へと出て止める。
「無理するな……俺が出る」
肘鉄。直接に虚弱の毒素を流し込む。
「貴様の言いたいことは良く分かる……俺と同類。手の施しようがない害悪。つまり剣を交わらせるしかねぇんだ」
続き、つばめも前へ。着物の袖をつかみ、地面にたたきつけるが如き投げ。
「はあ!」
「ヌウッ!?」
リーネが斧を地面につきたて、浴びせ蹴りのごとく、右カカトを老人の腹部へたたき込む。
「チャンスデース!」
老人、たまらず胃液を吐く。
「もう一回!」
二連撃。断頭台のごとく振り下ろす左足。
「ガッ!」
老人の口中に鉄の卵!
そこを狙う、ラーラの火炎。連弾が老人の顔面にて爆ぜる。
「あれがもし、おじいさんの破綻に影響しているとすれば。引き離した状態で撃破することで、破綻から救うことは出来ないんでしょうか」
意図は皆同じである。
老人の顔面とともに燃える鉄の卵。
手応えを感じた次、老人の身体が伏せたままの姿勢から、跳ね上がった。
たたずむ。生ける屍のごとく両手をだらりと垂らし、上体も垂らす。
ここで気魄に満ちた空気が静まり、代わりに得体の知れない気持ち悪さが場に満ちた。
蝉の声が消え、夏の熱気も消える。
『――これはこれwaこれはこれはこれはこれは。迷い来たる面白味Ha-ty』
老人は、顔を炎の焼かれながら破顔。
視線は別方向を向く。口は下歯と上歯の間に鉄の卵がおさまっている。
鉄の卵には人の目玉が浮かび。
「アナタは、何デスか?」
シャーロットがリーネを癒やしながら問う。
『-Da、ヒトと称する生物よ。名乗りたいが、この声域は、なんとも貧相だと思わなty?』
千陽の弾丸、見えざる壁に遮られる。
老人は鉄の卵を飲みこみ、ベーと舌を出す。
兼茂の口から、嘔吐の音ともノイズとも形容しがたい音が発せられた。
『Ahーアーアーア……、名乗ったよ。だが『戻らぬ者』『ジ・エッグ』『無現葬』『丸長 飯櫃左衛門』――ま、好きに呼ぶといいhty」
●発音不明 -ziziZiZaZaZap-
第三局面。
最初は、通常の青眼および大上段。続く卍彗星なる秘剣。そしてまた太刀筋が変わった。
兼茂の精密なる日本刀の妙技ではない。まるでナタやもっと重いものを振るう挙動。力任せだ。
しかし、的確に当ててくる。
前衛と中衛の交代がもう一度発生。体力はすり切れていく。いくが、闇雲に攻めている訳ではなかった。
「なあ、敵だろ? 敵だな! 敵だよな! 首おいてけ!」
直斗はこの手の状況に人一倍敏感である。
『そこは『大将か?』と問いたまptyよ。けしにぐの剣、ふるいし兎』
直斗の眼前、老人はレロレロレロと舌を上下させる。
直斗が振り下ろした太刀が、老人の眼前で見えない壁に遮られるように止まっていた。
「ちっ……」
『Oしいなあ!』
老人の掌から真空の刃。直斗の脇腹の肉を掠っていく。
喉の奥からわき上がった赤い液を飲みこんで、再び攻勢に出る。
「この感じ――廻子さんの」
『ヒトの顔を覚えるのは苦手なのだが、見たNE。たしか』
放った炎。脇差しにて切り捨てられる。
ラーラの胸中、引っかかっていたものがスッと解けた。
先日、ある『妖』と対峙した――場の空気が、まるでその時の魔性と似ていたのだ。
「――なるほど。賀茂嬢が見たという隙間の影と、関連しているようですね」
千陽もその場にいた。
発砲して、こちらに敵の意識を向かせる。
「ジ・エッグとやら。遠見嬢に何かしましたか?」
遠見とは、AAAの元職員であり、異空間を操る『妖』と化した者だ。
ぐるりと老人の顔が千陽に向く。常人の可動領域を越えている。
『尋ねただけさ――その魂に』
「高潔な魂と生命を侮辱した、と受け取って良いですか?」
カァァァ! と胃液が飛ぶ。千陽これをかわす。
『好きに受け取るがいい』
リーネが接敵す。
「アナタが本体デスかね! 人が防御の道を必死に走ってるノニ、無効トカ無敵トカ! そんな言葉嫌いデース!!」
『ではお嬢さん。君も私に加わるかい? 力は君のもNOとなるだろう。私も君となるだろう』
老人の掌――何も無いところから、鉄の卵が一つ生ず。
たちまちリーネの口中めがけて跳ねる。リーネは口をガチリと閉じて防ぐ。
「私は私なのデース! 防御の道を走っているのも私の意志デース!」
斧刃の側面を卵にぶつける。くしゃりと鉄色の卵を砕け、消えた。
つばめ、一瞬間に間合いを詰める。
「隙だらけですわ。隙がない喜多島さんより、御しやすいと言えましょう」
腹部に柄の打撃。
鉄の卵、老人の口中より再び吐き出される。
シャーロット、一旦納刀し。
「言葉の要点を聞くに、まるでParasite。アナタともソウゴリカイは出来ないかもしれません」
『ソウゴリカイ。私ほど寛容な者はおらNと思うがNE』
吐き出された卵が人語を発す。
シャーロットの抜刀。戯れ言ごと横一文字に切り捨て。
「The Egg sat on a wall,The Egg had a great fall――と卵男の結末は決まってんだよ。九頭竜のジ・エッグ」
直斗の秘技。
通り抜けるように、刻む抜刀。燻り狂った黒獣《Bandersnatch》は、かの卵を縦に切り裂いた。
●ただの破綻者深度2 -Ogre Blade-
鉄の卵を砕いた後、老人は糸が切れたように伏す。
生命までは奪っていない。ここまでは成った。シャーロットが全員に治療を施す時間もある。
気力がほぼ無いことを加味しても――このまま戦ったとして、相手は深度2の破綻者、まず負けることはない。
老人の覚醒。
刹那、鉛色が横一文字に煌めいた。
リーネが受け止める。
老人の目は爛々と、獣のよう。
「斬る……儂は、現《うつつ》を斬る者なり」
曖昧なれど、白目ではない。気魄を発す。
また鍔迫り合い。
「私には大好きな人がイマース。なので誰かを愛する事もわかりマース!」
「失せい!」
老人は鍔迫り合いを放棄。そして老人はまた刃に力を込める。
リーネの肩に刃が深々と突き刺さる。
「ッ――いとしく思うコト。いつくしむコト、それはトテモ暖かい気持ちだってコトだって。剣も人も愛した方なら思い出せる筈、とても大事なことデース!」
負けない。と、己の愛の重さをのせるリーネは、食い込んだ太刀を掴む。
再び始まった戦いは、すぐに停滞す。
千陽は、ならばここでと言葉を投げかけた。
「もう一度問いましょう。喜多島老! 貴方の剣は何のための剣ですか!?」
「剣など、人斬り包丁ッ! それ以上でもそれ以下でも無し!」
「その業前は、一夕一朝では成らないものです。そこに込めた熱意や意志があったはず」
つばめがつーっと行く。
横から飛来した脇差しが腕部に食い込む。
痛みに顔をしかめながら、つばめは老人の頬をはたいた。
「仮にも元剣術道場主、しっかりして下さいまし!」
つばめは、老人の視線を真っ直ぐ見る。道場主ならば、夫婦間の愛も、師弟愛もあったはずなのだ。
それを忘れたとは言わせない。
現に、老人の視線、縋るような目つきへと変わる。
おそらく服装のせいか。つばめの着衣は古めかしい。大正から昭和初期のスタイル。老人の何かに引っかかったのか。
ラーラが次ぐ。
「奥様はそんな風に人殺しを望むあなたを望んでいましたか? 思い出してください」
ラーラの言葉が最後か。
「儂は……」
老人の太刀、リーネの肩に食い込んでいた刃は、抜き取られた。
つばめの腕部の脇差しも抜かれ、からりと落ちる。
「全てが憎かった。喪った者への愛情は痛みに転じ、痛みを感ずるたびに、憎しみで紛らわしたくなる。その度に心の奥底の鬼が囁くのだ――現《うつつ》という檻から、解脱すべしと」
攻撃を受けた者をすぐにシャーロットが治療する。
治療しながら老人に問う。
「あの卵は何があったのです?」
「礼服のヒトの形をした何か――ああう――あれは、『妖』」
たちまち老人は白目に至る。ヨダレを垂らし、失禁。
「若き、たち。鬼、負けた儂、うには、なるな」
徒手のまま、無い刀を振り上げるがごとき構え。
「ェェェェ、ああう」
ぶんぶんと刀を下すがごとく、何も持たない手を振る老人。
見かねた直斗が峰打ちで老人を眠らせる。
「……例え、生き残っても、良くて愛する伴侶も居ない身寄りのない殺人鬼として施設で監禁。そんな未来が爺さんにとって幸せとは思えねェよ……だったら殺してやるのが慈悲ってもんだろ?」
が、生き残ったのならば仕方ない。と納刀す。
破綻した気魄は消えていた。
蝉は鳴き、日差しはじりじりと覚者を焼く。道路の向こうは熱で歪む。
これで良かったのかは、誰にも分からない。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
