空飛べ、星往け、天の橋!
空飛べ、星往け、天の橋!



 軋む身体に、それでも私は言うことを聞かせて立ち上がりました。
 人気の絶えた公園。唯一人残された私は、必死に両の手を振りかざし、空へと手を伸ばします。
 芒種。昼に暑さを訴え、夜には肌寒さを不服に呟くこの頃に。けれど今の私の頬は、確かな喜びと興奮に上気していました。
 身は傷み、誂えた着物は汚れ、だけども確かに叶う夢が、直ぐ其処にあるのですから!

 ――さあ、参りましょう、馳せ参じましょう!
   方々を結ぶ架け橋となり、刹那の恋を叶えましょう!

 発せぬ声に願いを込めて、小さく、しかし違い無き一歩を、私は空に踏み出しました。
 望むセカイには未だ遠く。ともすれば其れは、鼻で笑われるような歩みだったのかも知れません。
 それでも、この歩みを糧にして、私は再び空を目指します。
 残る時間は幾許か。
 焦りも、不安も、期待と喜びに包み込んで。
 この笑顔を絶やすことなく、私は星の海へと進み続けました。


「みんな、今日も集まってくれてありがとう!」
 ブリーフィングルームに集まった覚者達を前に、久方 万里(nCL2000005)がきらきらとした表情で挨拶する。
 ――その表情を見るだに、今回の依頼はそれほど暗いものでは無さそうだ。小さく苦笑する覚者の考えには気付かぬまま、万里は一同へと資料を配付していく。
「今回の依頼対象は古妖の女の子!
 基本的に人当たりが良くて意思の疎通も可能だけど、戦闘能力は殆ど一般人と同じだから、対応には気を付けてね」
 言葉と共に、資料に記された対象の画像に視線を向ける覚者達。
 其処に在ったのは短い黒髪をした少女だ。身にした着物は全体的に黒く、しかし袂の長い手先と胴の部分だけを真っ白に塗りつぶした不思議な彩色をしており、それ以外には何も付けていない。
 その表情は希望に満ちており、これから起こり得る何かに対する期待がありありと浮かんでいるようだった。
 ――彼女に何か? そう問うた覚者達に、万里は然りと首を縦に振る。
「えっとね。たんとーちょくにゅーに言うと、この子に空を飛ばせて欲しいの!」
 は? と首を傾げる覚者達に対して、万里は意に介した様子もなく言葉を続ける。
「その女の子は年に一度の大切な目的のために、空の向こうに飛ばなきゃいけないの。
 でも、その子の『羽』はまだまだ大人ほど立派じゃなくて、このままじゃその子は一人だけ、地面からお友達のすることを見上げる事しか出来なくなっちゃうんだって」
 ――いや。だから、何を。
 困惑する覚者達に対して、万里は意地の悪い笑顔を浮かべながら、彼らへと種明かしをする。
「みんなは知ってるはずだよ。この国に住む人なら誰だって。
 年に一度。お星様の川を渡って、一緒になることが許される二人のお話」
 ぴたり。その言葉に終ぞ覚者達は得心がいく。
「あの子は……『鵲』ちゃんは、その二人が出会う橋になるため、この地面を離れて飛び立つの。
 だけど、あの子は今年からその役目を任されたばっかりで、空を飛ぶことは出来ても、星の間を飛ぶ事には不馴れなんだ」
 だから、覚者達にその手伝いをして欲しい。そう万里は語る。 
 曰く、彼女は未熟ながらも必死に星々を飛ぼうと食らいつき、その『羽』は確かに機能し始めているらしい。
 けれど、そんな彼女が空へ昇ったときを狙い、その『羽』を奪おうとする者達が居る。
 それらもまた、古妖の形を取った『鴉』たち。嫌われ者の黒い鳥である。
「『鴉』さんたちは『鵲』ちゃんの羽を啄んで、二度と空を飛べないようにしようと考えてるみたいなの。
 だから皆は『鵲』ちゃんが空の向こうに行けるまで、『鴉』さんたちから守ること、が正しいのかな?」
 その性質上、今回の依頼は飛行能力を有する者、若しくは遠距離攻撃に長けている者達が主体となる。
 加えて、万里は対象を「たち」――つまり複数だと言っていた。
 少しばかり難易度の高い依頼内容に考え込む覚者達へと、しかし万里は笑顔で言った。
「みんななら大丈夫! 万里はF.i.V.Eのみんながどれだけ凄いか知ってるんだから!」
 ともすれば無責任。けれど、そうではないことを知っている覚者達は、苦笑混じりに頷いて。
 夢と、希望と、僅かな恋と。
 様々なものを守る為に、覚者達は部屋を後にした。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:簡単
担当ST:田辺正彦
■成功条件
1.『鵲』の護衛
2.なし
3.なし
STの田辺です。お久しぶりです。
以下、シナリオ詳細。

場所:
某街の中心部に存在する市民公園です。時間帯は夜。
見える位置には下記『鵲』が一人だけ。万里の推測では、古妖『鴉』は上空20m付近で気配を隠しつつ、『鵲』が近づいた時点で不意打ちを仕掛けるつもりだと思う、とのこと。
街灯は煌々と点いているため、光源等は不要です。

敵:
『鴉』
一般的な鴉に古妖としての属性が付与されたもの。実力的にはランク1の生物系妖相等。
個々の力は高くないものの、飛び慣れているために空中での戦闘に若干のステータス補正、更にその連携の高さで複数体で同一対象を狙った際にも命中、ダメージにボーナスがつきます。
攻撃方法は近距離から嘴で啄む、または硬質化させた羽を飛ばす遠距離攻撃の何れか。
数がどれほど居るかは不明です。

その他:
『鵲』
読みは「かささぎ」。此方も元となった動物種の鵲に古妖としての属性が付与され、変化したものです。ただし、此方は一日限定。
七月七日に天の川で出会う二人の架け橋となるため、多くの同胞と共に空を飛び立とうとしております。
見た目は十歳前後の少女。身に纏う着物が『羽』の代わりとなって、本人に飛行の能力を持たせております。
戦闘能力はほぼ全くなく、『鴉』の攻撃を数発受けた時点で戦闘不能になります。そうなった場合、本依頼は失敗となります。
言葉こそ発することが出来ないものの、意思の疎通は可能であるため、参加者の皆さんの対応次第では指示に従ってくれるでしょう。



それでは、参加をお待ちしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
(1モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2017年07月08日

■メイン参加者 8人■

『居待ち月』
天野 澄香(CL2000194)
『エリニュスの翼』
如月・彩吹(CL2001525)
『優麗なる乙女』
西荻 つばめ(CL2001243)
『天を舞う雷電の鳳』
麻弓 紡(CL2000623)
『弦操りの強者』
黒崎 ヤマト(CL2001083)
『天からの贈り物』
新堂・明日香(CL2001534)
『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)


 跳んでは転んで、また飛んで。
 身に付いた土を払うこともせず、古妖の少女は空を目指していた。
 ――年に一度。空飛ぶ彼女らが星を飛び、託された役目を果たすため。
 幾度の失敗と地に落ちる痛みに、溢れる涙を袖で拭う彼女へと、しかし。
「や、こんばんは」
 ぽすん、と。
 その頭に手を乗せて。『ニュクスの羽風』如月・彩吹(CL2001525)が声を掛ける。
 始めはきょとんと、次いで慌てだした少女――『鵲』に対して、彩吹に続いて『人妖の架橋』切裂 ジャック(CL2001403)が話しかける。
「鵲ちゃん? 俺達は、ファイヴ、正義の組織。
 七夕の橋渡しの役目を、キミにも果たしてもらう為、お手伝いをしに来た」
 そのまま、続けて自分の名前を教えるジャックは、古妖の衣服に付いた土を軽く手で払う。
 傍目にも薄汚れた少女ではあるが、目立った外傷は存在しない。少なくともその事実には安堵して、同時に周囲へと警戒を飛ばす。
 夢見は彼女が或る程度の高度に達しない限り攻撃してこないと言っていた。その言葉は真実のようで、頭上を行き交う鴉の古妖は突如現れた自分達に対しても未だ行動を取らない。
「鵲ちゃん、今空の上では貴女を狙う不埒な鴉さんがいるのです。
 だから……途中まで、私達を同行させて頂けませんか?」
「――――――!」
 驚きの表情は二重の理由だろう。
 少女は協力を持ちかけてきた『世界樹の癒し』天野 澄香(CL2000194)に、困惑したような表情を見せて手先や足先に×のマークを作り、上目遣いで何かを訴える。
 ――危ないです、貴方達が。
 超直観を持つ澄香と彩吹がその意図を察し、それを伝えることで驚嘆は覚者達一同の側に返された。
 それもまた直ぐに、暖かい笑顔へと変化したけれど。
「七夕の夜のお話、私も知ってます。
 1年に1回の夜、織姫さんと彦星さんを巡り会わせるために未熟な翼を一生懸命羽ばたかせる……それってすごく素敵なことですし、応援してあげたいって思うんです」
 少女が理解していることを否定はしない。誤魔化しなど以ての外だ。
 戦いは怖い。痛くて、きっと苦しい。それらに相見えようとも貴方の力になりたいのだ。そう告げるのは『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)。
 少女の表情に浮かんだ涙は、罪悪感か、喜びか、或いはその両方かも知れない。
 何度も頭を下げる古妖の少女へと、『優麗なる乙女』西荻 つばめ(CL2001243)が表情も明るく話しかける。
「あらあら、まぁまぁ! 可愛らしい子ですのね。
 この子があの天の川に橋を掛けるなんて、なんと素敵な事でしょう」
「うん、ボクもそう思う……から、その役目を果たそうとする子の邪魔をするのは、粋じゃないなぁ」
 その言葉を継ぐように、『導きの鳥』麻弓 紡(CL2000623)も少女へと微笑みかける。
 掌に乗せた星形の飴を少女へと差し出し、その形と彩りに魅せられる彼女を見て、つばめと紡、両者はその使命感と庇護欲を確かなものにする。
 夢見の予見を見て、その真摯な姿勢に胸打たれた彼女らとしては、何としてもその力になってあげたいと思っていたし――同時に、それを邪魔する無粋な敵は決して許せないものであった。
 そして、その想いは決して限られた者だけが抱くものではない。
「天の川にいる二人が年に一度会うために、お前達も頑張るんだよな
 オレも、ずっと一緒にいたい人がいるし、二人のため、鵲の役目のため、全力で、応援する!」
「うん、織姫と彦星、二人のロマンチックな伝承は大好きだし……その為に頑張ってる鵲さんの事も、あたしは大好きだよ。
 あなたはあたし達がぜったいに、あのお空へ届けてあげるからね」
『弦操りの強者』黒崎 ヤマト(CL2001083)が、『願いの巫女』新堂・明日香(CL2001534)が、思い人達の介添人足る少女に、自身の決意を伝える。
 言葉の最中にも彼らの準備は進んでいく。ジャックは同族把握を用いて上空の鴉の位置を探り、ラーラは光源に加えて更に正確な位置把握のため、極限まで視力と暗視を高めていく。
 臨む空はただ暗天。其処に飛び込むことは恐ろしくとも、それが一人ではないのなら。
「さあ。願いが叶うよう、しっかり護衛を務めようか」
 皆の意図を代弁した彩吹が、仲間と共にふわりと翼を羽ばたかせる。
 おいで。そう差し出された手を掴むべく、少女は再び宙に身を投げ出す。
 ――そうして、迦陵頻伽は空を舞う。覚束なくとも、弛まぬ意思で。


 事前の準備は万全に。
 紡と明日香が用いる戦巫女之祝詞により、護衛対象である古妖の少女と、前線に出る面々――通称『飛行班』が強化される。
「あれ? 明日香ちん、ボクに使うの?」
「紡さんだって危ない所に行くんだから、おまじないは大事、だよー」
 浮かび上がる飛行班の中心に居る少女は、やはりというか――今にも落ちそうなほどの危うさがある。
 紡が支え、澄香が高度を合わせ、彩吹が守り、そしてヤマトが戦陣に立つ。
 基点となる少女の在り方で楽境苦境が容易く変わりかねないその陣形は、つまり奇襲する敵の古妖、鴉たちへの警戒が十二分に必要となる。
「あ、鵲ちゃん! できれば俺の頭上あたりで飛んでくれると助かる!」
「――――――!!」
 そう言う意味では、ジャックが今回担う探知の役割……同族把握はぴったりだと言えよう。
 護衛対象である彼女以外の古妖の存在を探るべく、その位置を固定させておきたい。ジャックの声に応えるようにこくこくと頷いた少女は、支えられながらの態勢を成る可く維持しつつ、確かにその高度を上げていく。
 これで、準備は整った。後はただ、古妖の奇襲を警戒するだけ――
 ――否、既に。
「……来ました!」
「ヤマト! お前から見て右!」
 極限まで高めた視力と、同族に感応する異能。こと襲撃の直前に於いてはその反応速度は大差なかった。
 応えるヤマトの側も、高めた聴覚が突然の警告に対する反応速度を確かに上げている。
「さぁ、行くぜレイジングブル! 天の川に向けて、道を作ってやろうぜ!」
 ぴんと張った弦を掻き鳴らす。振動はそれらにやがて炎を纏わせ、波紋のように
炎を全体に拡散させた。
 狭間には耳障りな鳴き声。見れば、古妖達は或る程度の間隔を空けて覚者達と少女を取り囲んでいた。
「彩吹ちゃん、鵲ちゃんをお願いします……!」
「任された 絶対抜かせない」
 澄香に言葉を返しつつ、形成されていた陣形に対して成る程、と思ったのは彩吹であった。
 件の少女に戦闘力はない。それはこれまでの飛行能力の未熟さから大凡察せられていた。
 であれば、かの少女を襲うことのみに注力した陣形を組めば、それは数の増えた敵を個別に狙う必要もなく、一塊――最低でも護衛役と組み合わせた二人――をそのまま相手取ればいいだけの話なのだ。
 同時に、鴉たちの攻撃が他を狙うことなく、ただ少女だけを狙い続ければ――
「上等、遊んでやるからかかってこい……っ!」
 庇うと言う動作は、返せば回避の放棄。それは確実なダメージの蓄積をも意味する。
 確認できた数は六体。個々のスペックがランク1の妖レベルだと言えど、其処に空中でのアドバンテージ、尚かつ連携の高さまであるとなれば、如何に戦巫女の加護を受けた彩吹と言えどもただでは済まない。
「これ以上、邪魔はさせないよ……!」
 僅かに遅れて初撃である艶舞・寂夜を虚空に広げた紡が、少しだけ唇を噛んだ。
 初動に状態異常の付与を優先した結果、カバーリングに専念した彩吹が攻撃を一手に引き受ける結果となる。この辺りは敵の数と威力の補正を見極めても遅くはなかったかも知れない。
 とはいえ、そのリソースを裂いた価値は確かにあった。事実強烈な睡魔に襲われた鴉の一羽が飛行を止めて地に落ちれば、
「鬼丸、わたくし達の力、見せつけますわよ?」
 二振りを担うに双手は要らず。ただの片腕で事は足りる。
 闇夜に銀の軌跡は二つ。落ちる影は一つ。音は最早響くこともなく。
 疾風双斬、単純な二連撃を異能の域まで特化させる技量に、伏した鴉は鳴き声一つ上げることもない。
 地上に残った者達の中で、落下――若しくは地上に攻撃目標を移した場合の対処を唯一考慮していたつばめは、同時にこのような事態がそうそう起こることでもない事も理解している。
 それでも、彼女がこうした理由は。
「――カミサマお願い。鵲の子を、無事に空へ送り届けたいから!」
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
 残る地上班の面々、明日香とラーラが自らの異能を惜しげもなく空に注ぐ。
 自身が狙われる危険性は、つばめによる警戒で大きく低下した。後顧の憂いを断った地上班にとって、これは単純なリソースに因らない精神面のアドバンテージに成りうる。
 もっとも、先の個体は兎も角、状態異常を受けずに、尚かつ自身の有利な環境に身を置く鴉たちは流石に手強かった。番え、放たれた明日香の光輝も、詠唱と魔術書による補助を得たラーラの紅炎も、鴉は紙一重と避け、或いは受けるにしてもそのダメージを最小限に抑えている。
 返す刀は、しかし、やはり少女へと。
 受ける衝撃は浅くはないが、重いと言うにも未だ足りない。
 気息を整えるガードナーから注意を逸らすべく、中空に在りて足を踏み出す澄香が声を上げる。
「どうしてもやるのでしたら手加減はしません……!」
 風もない夜空。香気は瞬く間に戦場へと満ち、嗅覚に劣る者ですらもその威力に眩まざるをえない。
 よろめき、あるいは力を失い、またも何羽かの鴉が地に伏す。それを驚きながら見遣る少女に、香澄は小さく笑った。
「鵲ちゃんは今のうちにお仲間のところへ行って下さい。
 大丈夫。絶対に貴方を追わせはしません」
 気付けば、高度はかなりの処にまで達していた。
 呼気がかすみ、白いものが混じり始めた覚者に、追い縋るべく羽を伸ばしながらも、しかし環境の変化に覚者同様追いつけない鴉たち。
 星を往く加護を与えられた少女だけが、初めて会ったときと何ら変わることなく彼らを見ていて――そして、更なる高みへと昇り出す。
「さあて、改めて宣戦布告といこうかな!」
 声を上げたのは紡。誰しもがその言葉に然りと頷いて。
 守り手の庇護からも離れた彼女へと、最後の憂いを断つべく、覚者達は遂に、その意識を鴉たちに向けた。


 要は、優先順位の問題だ。
 少女が一刻も早く仲間の元に到達することか、或いは目下の脅威である鴉たちの排除に努めるか。覚者達が選んだのは前者であり、故に戦場はその高度を少しずつ、そして確実に引き上げていく。
 結果、現在地上班からの援護は届かない。
 覚者達はその人数を半数に削りながらも、必死に鴉たちと応戦して……その努力は、終ぞ実ったのだ。
 空の向こうには、同胞の元へ翔ける少女。涙目で、時折覚者達に手を振って。
 対する鴉たちは、其れに追い縋ろうとするが――其れが不可能だと、本能で理解する。
 覚者達による妨害の話だけではない。鴉たちはあの少女と違い、星を渡る加護を与えられていないのだ。
 故に、地と星の間、空を行く最中だけが、鴉たちの妨害が及ぶ唯一の機会だった。
 だが、その最後のチャンスすら封じられた――ならば。
「――――――降りろ!」
 誰よりも早く叫んだのはヤマトだった。
 同時に、残る気力を振り絞っての召炎破。攻撃と言うよりも牽制の意図を込めて放ったそれらに鴉が動きを止める。
 刹那、彼の言葉を皮切りに地上を目指す飛行班へ、せめてもの仕返しにと鴉たちが攻撃を仕掛ける。
 命数消費とは行かずとも、減少したメンバーでの戦闘は想像以上に飛行班のリソースを削っていた。気力の消耗もさることながら、ことカバーリングに回っていた彩吹と紡はその負傷の度合いが顕著だ。
 荒いだ息を整えながら、後は唯、地上へと。
 羽が肌を裂く。嘴が肉を抉る。そうして力尽きかけた飛行班の一部を他の誰かがカバーして、僅か数十秒の死闘は。
「……うん。みんな、頑張ったんだね」
「!!」
『聞こえるほどの位置』から聞こえたのは明日香の声。
 人であれば舌打ちの一つでもしていただろうか。
 常にその位置を探り続けてきたジャックの指示によって、明日香が、ラーラが、そしてつばめが、疾うに射程圏内に収まった鴉たちに一斉に攻撃する。
 怒りに目が眩み、攻撃に専従していた鴉たちの大半がこれにより倒れるが――未だ。
「今日を逃したら、2人はまたしばらく会えなくなっちゃうんですよ? それをよってたかって邪魔しようなんて……」
 ラーラの小さな不満にも、鴉はけたたましい鳴き声を上げるばかり。
 残るのはただの二羽だけ。地に下り、回復のために後方に下がった元飛行班をまたも襲う鴉たちへ、しかし。
「――それ以上、己の翼を汚すような行為はだめだ!」
 力で押さえつけず、ただ、その身を挺すだけ。
 嘴が身を削るのも構わず、ジャックがその身体を抱える。暴れ回る鴉が即座に其れを振りほどけなかったのは、単純に彼らもまた受けたダメージを昇華し切れていなかったからだろう。
「何が不満なんだ? 鵲ちゃんと一緒に橋を造りたかったのか? それとも、ただあの二人の仲を壊したいだけなのか?」
 問うているジャック自身、この行いが如何に無謀かは判っている。
 意思を交わす手段もない。戦う以外でしか明確に鴉たちを止める方法を知らない。
 それでも――ジャックにとって、この鴉たちは『妖』ではなく、『古妖』なのだ。
 理解し合える筈の存在。そう在りたいと願う彼に対して、しかし、残る鴉たちは彼から逃れて空へ舞う。
 元飛行班は誰も倒れることなく、また少しずつではあるが、その傷を癒しつつある。対する鴉たちはその真逆と言っても良い。
 それでも、と。傷にまみれた身体を必死に羽ばたかせ、彼らは最後の攻撃を仕掛ける。
「――――――っ!」
 逡巡は一瞬だけ。それがどちらにとってのものかも、最早解らないけれど。
 担う『友人帳』を開けば、其処にはジャックが名を記した古妖たちが炎の形を取って現れる。
 召炎破。幾重もの幻炎に包まれた鴉たちは、そうして最後の一羽までもを地に堕とす。
 ……或いは、それこそが彼らの望んだ終わりかも知れなかった。


 件の古妖たちはひとまずF.i.V.E預かりとした後、どうなるかは相手側の対応による、とのことだった。
 明るい未来があるかどうかは難しいが、理由も解らず襲ってきた相手への処遇としては上等の類だろう。
 F.i.V.Eの処理班が鴉たちを回収し、次いで覚者達の迎えに来るまでの僅かな間。
 彼らは先ほどまで戦っていた夜空を見上げていた。
 曇天とは言わずとも、戦闘の開始時より少しだけ空は翳っていた。
 これから天の川が見えるかどうかは、まさに天のみぞ知ることだ。
「……ここから、橋が見えるかしら?」
「ん、一緒に探してみようか。みんなも集めて女子会しようよ」
「皆さんと一緒ならば、断る理由はありませんわね」
 自身の怪我よりも先に、二人に怪我はないかと心配する紡がつばめに応えて、大きめの魔法瓶に入れたお茶を配っていく。
 流石に其れでは不憫だからと、残る男性陣二人にもF.i.V.Eの迎えが来るまでの間、互いを交えて小さな天体観測が始まった。
「架け橋の中にいるあの子……きっと誇らしげに笑ってるんでしょうね」
「いい七夕になりますように、ってな。鵲ちゃんにとっても、俺達にとっても」
「……そう言えば切裂くん、見たんですか?」
「あの話まだ気にしてたの!?」
 念のためにショーパンまで履いてきた澄香のジト目に、慌てて首を振るジャック。横にいるヤマトは何も聞こえないかのように無心でお茶を啜りつつ空を見上げている。
「織姫さんと彦星さん、2人は無事に出会えたでしょうか……? ペスカはどう思いますか?」
 自らの守護使役に問い掛けるラーラに、ペスカは小さな身体をその手に擦りつける。
 問うも無粋だったろうか。意図を察して微笑むラーラは、空に浮かぶ雲が少しずつ晴れていくことに気がついた。
「……小さなあの子の夢が叶いますように」
 呟いたのは彩吹だった。
 空の向こうを見て、何時か私もと。そう願うよりも早く、唯一度会っただけの彼女の幸福を願う姿に、紡と澄香が薄く笑んだ。
 ――そうして、晴れる雲の向こう側。
 見えたセカイは、およそ覚者達が願っていた光景、そのものであった。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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