「本日の放送は終了いたしました」」
●
終電がなくなってからが本番だなどと粋がらなければよかった。
サラリーマンは、街灯の下にたたずむモノがこちらに近づいてくるのをぼんやりとみていた。
本当にやばいときは声も出ないというのをその時初めて知った。
「本日ノ放送ハ終了イタシマシタ」
捻じ曲がった針金細工が小粋なトーク帽に見えなくもない。
黒っぽい灰色のスーツと白っぽい灰色のスーツの二人組。両方とも足は裸足だ。
「本日の放送ハ終了イタシマシタ」
逃げようと振り返ると、背後にも同じ奴がいる。こちらもスーツは黒と白だ。
首があるべき所に首がない。
そこにあるのはブラウン管テレビだ。VHSダイヤルはカクカク動き、UHSダイヤルはぐりぐり動く。
「オヤスミナサイマセ」
ザサーと音がする。
人間の顔があるべき場所で、丸みを帯びたブラウン管。白と黒が入り乱れて灰色のナニカがうごめく。
「なあ、なんでそんなのかぶってんだ――」
よの音は、発音できなかった。
「ヨイ夢ヲ」
うごめいていた灰色が指向性をもってブラウン管をすり抜けて自分に噴射されるのを、サラリーマンは認識しないで済んだ。
サラリーマンの頭は、正面にいた黒っぽい方から発射された砂の嵐に削り取られていた。赤を帯びた砂は、背後に立っていた白っぽい方のブラウン管の中へ。
ブラウン管の中にサラリーマンの首がうかび、咀嚼されてすぐ小さくなって見えなくなった。
どさりと、首を失ったサラリーマンは膝からアスファルトに崩れ落ちる。
首の断面は、やすりをかけたようにつるつるだった。
次の瞬間、妖は、もうどこにもいなかった。
●
「新手の砂かけ婆というのも考えたんですけどね~?」
久方 真由美(nCL2000003)は、首をひねった。
「最終的にテレビのなれの果て。物質系に分類しました~」
ハイブリットな感じですかね。と、真由美は付け加えた。
「攻撃手段は、砂の嵐です~。高密度・高速で砂がぶつけられまして、高速粉砕されます。範囲は狭いですが貫通しますので後衛も油断禁物です~」
ガラスに吹き付けて削るやつの強力版だ。
「ただ、妖なのでお約束というものがありまして、必ずあいさつします。それに時間がかかりますのでその間にある程度ダメージを与えるのがカギです。被保護者な戦闘領域離脱もあるので分担してくださいね~。戦闘時間に換算して4ターンあります。その間は、向こうは防御専念です」
その後、黒から白に向けての砂嵐砲がぶっ放される。
「黒から白、白から黒。という法則があるみたいです~」
立ち回り様によっては、射線を誘導出来るかもしれない。と、真由美は言った。
「砂嵐砲をやり過ごせれば、砂の再装填から発射まで連続ということはないです。撃った方も吸収した方も1ターンはブラウン管に色帯が現れます。ご存知です? 試験放送~」
すごく早起きすればみられるあれだ。
「ただ、砂に皆さんの血肉が混ざりますので、受けた方が一定割合吸収して回復します。砲が撃てないだけで向こうも物理攻撃はしてきますから、長期戦はお勧めしません」
先手必勝。ご武運を~。と、真由美は言った。
終電がなくなってからが本番だなどと粋がらなければよかった。
サラリーマンは、街灯の下にたたずむモノがこちらに近づいてくるのをぼんやりとみていた。
本当にやばいときは声も出ないというのをその時初めて知った。
「本日ノ放送ハ終了イタシマシタ」
捻じ曲がった針金細工が小粋なトーク帽に見えなくもない。
黒っぽい灰色のスーツと白っぽい灰色のスーツの二人組。両方とも足は裸足だ。
「本日の放送ハ終了イタシマシタ」
逃げようと振り返ると、背後にも同じ奴がいる。こちらもスーツは黒と白だ。
首があるべき所に首がない。
そこにあるのはブラウン管テレビだ。VHSダイヤルはカクカク動き、UHSダイヤルはぐりぐり動く。
「オヤスミナサイマセ」
ザサーと音がする。
人間の顔があるべき場所で、丸みを帯びたブラウン管。白と黒が入り乱れて灰色のナニカがうごめく。
「なあ、なんでそんなのかぶってんだ――」
よの音は、発音できなかった。
「ヨイ夢ヲ」
うごめいていた灰色が指向性をもってブラウン管をすり抜けて自分に噴射されるのを、サラリーマンは認識しないで済んだ。
サラリーマンの頭は、正面にいた黒っぽい方から発射された砂の嵐に削り取られていた。赤を帯びた砂は、背後に立っていた白っぽい方のブラウン管の中へ。
ブラウン管の中にサラリーマンの首がうかび、咀嚼されてすぐ小さくなって見えなくなった。
どさりと、首を失ったサラリーマンは膝からアスファルトに崩れ落ちる。
首の断面は、やすりをかけたようにつるつるだった。
次の瞬間、妖は、もうどこにもいなかった。
●
「新手の砂かけ婆というのも考えたんですけどね~?」
久方 真由美(nCL2000003)は、首をひねった。
「最終的にテレビのなれの果て。物質系に分類しました~」
ハイブリットな感じですかね。と、真由美は付け加えた。
「攻撃手段は、砂の嵐です~。高密度・高速で砂がぶつけられまして、高速粉砕されます。範囲は狭いですが貫通しますので後衛も油断禁物です~」
ガラスに吹き付けて削るやつの強力版だ。
「ただ、妖なのでお約束というものがありまして、必ずあいさつします。それに時間がかかりますのでその間にある程度ダメージを与えるのがカギです。被保護者な戦闘領域離脱もあるので分担してくださいね~。戦闘時間に換算して4ターンあります。その間は、向こうは防御専念です」
その後、黒から白に向けての砂嵐砲がぶっ放される。
「黒から白、白から黒。という法則があるみたいです~」
立ち回り様によっては、射線を誘導出来るかもしれない。と、真由美は言った。
「砂嵐砲をやり過ごせれば、砂の再装填から発射まで連続ということはないです。撃った方も吸収した方も1ターンはブラウン管に色帯が現れます。ご存知です? 試験放送~」
すごく早起きすればみられるあれだ。
「ただ、砂に皆さんの血肉が混ざりますので、受けた方が一定割合吸収して回復します。砲が撃てないだけで向こうも物理攻撃はしてきますから、長期戦はお勧めしません」
先手必勝。ご武運を~。と、真由美は言った。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.被保護者の救出
2.『放送終了』を撃破
3.なし
2.『放送終了』を撃破
3.なし
サラリーマンに救いの手を差し伸べてください。
目ヤニは砂男がかける眠りの粉だそうです。
明日の朝日を拝ませてくれない系妖のスペックはこちら。
●ランク2・物質系妖「放送終了」×4
*見た目は、アナログテレビをすっぽりかぶった女子アナです。タイトスカートのスーツを着ていますが、裸足です。意思の疎通はできません。「白」「黒」の二体づついます。
*「放送終了」達が移動し、サラリーマンを射程に入れて攻撃行動に入るまで、4ターンです。
力は強くありませんが、非常に貫通力の強い物理砂弾を発射します。黒は白、白は黒に向けて撃つので、射線の予測は可能です。
*攻撃による負傷者がいると、その負ったダメージの半分量、砂を回収した方の「放送終了」が回復します。
状況
*未明。曇り。人気のない路上。道幅、片道一車線。
人目はありませんし、車も通りません。
明かりは、街灯程度です。人の顔の見分けはつきません。
*中年サラリーマン(以下、被保護者)が直線道路の真ん中にいます。サラリーマンは酔っていますが、自力歩行は可能です。ただし、判断力は落ちています。。
*T字路交差点で被保護者は、妖に挟撃されています。
覚者と被保護者、妖双方と被保護者の距離は同じ20メートルです。
接敵時点で、被保護者正面黒が砂嵐表示、他は沈黙です。
OPで、「放送終了」がしゃべりだしたタイミングでスタートです。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2017年07月09日
2017年07月09日
■メイン参加者 6人■

●
ぶつぶつと断線気味の街灯の下、ブラウン管テレビの頭をした女が四人立っている。
「本日ノ放送ハ終了イタシマシタ」
突き放すような声は、テレビのスピーカーから出ているのだろうか。
お願いだから、俺が悲鳴を上げるか泣きだす前に「どっきりでしたー」と言ってくれないものだろうか。
サラリーマンの脳裏に都合がよすぎる考えが浮かぶ。
コトンコトンと不器用にかかとを鳴らしてテレビ頭の女たちが近づいてくる。
正面の黒スーツの画面がぶづんっと音を立て、耳を覆わんばかりのノイズを辺りに響かせる。
画面の隅が黒くなり、砂が画面の中心部に集まってくる。
「本日ノ放送ハ終了イタシマシタ」
もうだめだ。サラリーマンがあきらめかけた時。
後頭部にえも言われぬ感触と柔らかないい匂いが漂った。
「あの……」
のどのつかえがとれていく。場違いな安らぎが正気を失いかけていたサラリーマンの意識を現世につなぎとめた。
「こんな小娘に抱き抱えられるのは不服かもしれませんが……避難する為に必要な事なので……失礼します」
す。と語尾が消えるのと一緒にサラリーマンの靴が地面から離れた。
「おああああああああ――」
空を飛んでいる。二階位の高さで。と、黒スーツと白スーツに向かって突進してくる男女を見てサラリーマンは魂が抜けたようにつぶやいた。
「私達は……FIVEです……貴方様を妖から救う為に……来ました……あの……混乱してると思いますが……どうか私達に協力……してくださいますか?」
何やらいろいろ柔らかい背後の存在が不思議とサラリーマンを落ち着かせていた。
どうせ空を飛ぶなら、もうちょっと高くって訳にはいかないのかな。と、のんきなことを考えられるようになるくらいには。
おとなしくなったサラリーマンに安堵しつつ、柔らかな存在――『恋結びの少女』白詰・小百合(CL2001552)は、急いで方向を変えた。
●
すれ違うようにサラリーマンの足元を疾走する男女。
「保護、ありがとうございマス! 気にせず攻めマスネ!」
『恋路の守護者』リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)は、小百合に小さくハンドサインを送った。
寡黙に最後尾を走っていた赤坂・仁(CL2000426)が機関銃で弾幕を張りつつ、手のひらから気弾を撃ちだすのを合図に陣が展開される。
獲物を失い、一斉に覚者の方を向く「放送終了」の異形。沈黙が三台ある分、うごめく砂嵐が異常だ。
「あれ、テレビなのですか? とても古めかしい感じがします」
『想い重ねて』柳 燐花(CL2000695)は、15歳。生まれたときから液晶世代は容赦がない。
「今どきブラウン管TVなんてそうそう見ないよね。しかもチャンネルダイヤル式」
『想い重ねて』蘇我島 恭司(CL2001015)は、手にしているデジタル一眼レフとの大きさの違いに一種の郷愁さえ覚えていた。
「今の薄い大型TVを見てると、ブラウン管の大きさは驚くよねぇ。あれ、今のTVとは比べ物にならない位、大きくて重いからねぇ……」
とにかく分厚い。今のテレビは板だが、分かりやすく箱だ。
「妖というのは、本当に何でもありだな。ブラウン管の実物なんて、碌に見覚えもないぞ……」
『歪を見る眼』葦原 赤貴(CL2001019)の年ではゴミ捨て場に落ちていたらかなりレアの部類だ。山奥の不法投棄でひょっとするかもしれない。
「昔のテレビはあんな形だったのですね。それと、とても重たそうです」
そんな戯言を残して燐花は砲撃準備中の黒スーツに突進する。速さは力だ。
燐花は、「放送終了」の胸元に滑り込んだ。加速の乗った疾蒼はより深く黒スーツの肩口から胸骨を切り裂き、砂をしぶかせる。
人にあらず。妖なり。忘れ去られる器物の内には虚しさを湛えた砂が詰まっている。
威力の代償とばかりに攻撃にも等しい負荷が燐花の骨身に掛かっている。
強烈な衝撃で生じる隙に乗じて繰り出すのも同じ技。
一気呵成の攻撃を宣言していた燐花の猛攻だ。
「完全に骨董レベルで、懐かしさすら感じるけれど……危険極まりない存在になっちゃった以上、速やかに討伐しないとだね」
にわかに雲の立ち上り、砂嵐を画面に抱えた黒スーツとそれに寄り添っていた白スーツに雷光の洗礼。ぼつっ、バチっっと不穏な破裂音をさせつつも、黒スーツはまだ立っている。
「リーネさん、それ――」
赤貴は、お揃い。という言葉を思い出していた。
「私は本来は守るのが得意デスカラ、この様に攻めるのはとてもレアナノデス」
リーネの手の中にあるのは使い慣れた盾ではない。鯨の骨でできた斧だ。見た目よりは軽く切れ味もいい。
「今回の相手は即効デスー。攻めるのは不得意デスガ……仕方アリマセン。アタックフォームで挑むとシマショウ!」
リーネにとっては近接武器実践初投入である。
妖が「お化けだぞー」と言っている間にいかに有利な状況にしておくかが勝利のカギだ。バングシーンに棒立ちで待っているから、悪の秘密結社は変身ヒーローに負けるのだ。
(……場合によっては、オレ自身もそういった換装をできるように備えるべきかもだ)
赤貴は、目の前の敵に集中し直した。
(今はこの、いわばダブルアックス状態で迅速に埒を開けることを考えろ!)
地を這う軌道から上に切り上げる地烈の波動。
黒スーツが浮足立つ。
そこにリーネが突進してきた。
(きっと何とかなるデショウ!――ってこれオーモーイーデースー!)
そういえば、武器を使った飛燕の使い方を教わっていなかった。とか、ぐるぐる色々頭の中で回りだす。
「い、勢いで何とかやってミマスネ!」
重さに引きずられた格好で、リーネの初撃は黒スーツの足の甲を直撃、それを軸にして畳みかけるように拳を脛に入れ、離れ様に蹴り飛ばす。
「うにゃー!」
相手にダメージは入っている。
「本日の放送は終了いたしました」
眠気を誘う柔らかな声と砂嵐の音。
二度目の宣告がなされ、砂嵐は画面の中でぎゅるぎゅると渦を巻いて圧縮されていく。
「丁寧なご挨拶をありがとうございます」
挨拶には、連撃で返す。
「お返しが乱暴で申し訳ございません」
血の代わりに吹き上がる砂柱。
(燐ちゃんが少し無茶な戦い方をしてるけれど……心配しすぎると過保護って怒られちゃうかな?)
強力な技は揺り戻しがきつい。
速度を殺すことなく制御し斬撃に変える過程でかかる負荷は使い手を激しく消耗させる。
筐体は割れ落ち、ダイヤルはコードでかろうじてぶらりとぶら下がり、内部機構が露出してぱちぱちと放電している。それでも「放送終了」は朗らかに言う。
「本日ノ放送ハ終了イタシマシタ、イタシマシタイタシマシマシマシマシマシ」
ブンと音を立て、今まで沈黙していた三体のモニターが明るくなる。ブラウン管は立ち上がりが早い。
「タマシイハ終了イタシマシタ」
ドット一つにまで圧縮された砂嵐が覚者の背後に回り込んだ白スーツめがけて発射される。
射線上に燐花。
白スーツに吸い込まれる超高速の砂が、燐花の肌を削っていく。
「燐ちゃん――っ!」
燐花は、よけずに踏みとどまっていた。
(私が避ける事によって砲撃の着弾点が中衛以降にずれるならば、後ろの被害が大きくなってしまいます……)
すぐそばに赤貴やリーネ。
白スーツが回り込んで来れば、前衛も貫通対象になりうる。
「ここは敢えて喰らう事で、被害軽減に努めましょうか――これでも多少は強くなったのですよ?」
(信頼できる癒し手もいるし――)
顔には出ないし、振り返りもしないけれど。
庇護されているばかりではない。共に戦っているのだ。
踏みとどまる背中に応える指がある。
こそげ落とされた皮膚をそっと潤していく恭司の霧が味方の痛みと傷を癒した。
本日戦場初投入の一眼レフカメラのモニターの中の燐花の傷が消えていく。
砂嵐を吐き出した黒スーツは破損寸前。ぎくしゃくと動きがぎこちなくなっている。
その隙を逃さず、赤貴の斬撃が、黒スーツの足元から這い上がり、モニターを両断する。
「叩いて壊れるものなら、壊れるまで叩く。それだけのこと」
「ブラウン管TVは叩けば直る」という都市伝説を知らない世代による妖の属性書き換えの記念すべき瞬間である。
「残りの黒スーツを狙え! そうすれば、砲は打てないはずだ!」
赤貴はそちらに踵を返した。
夢見は言っていた。砂嵐は黒から白へ。白から黒へ。
「片方の色を消してしまえば砲撃は飛ばしようがないと思われます。片方の色を集中して落としましょう」
逆鱗は6回まで。撃てる回数はあと少しだ。
狙う黒スーツは、かなり消耗しているように見えた。
近接していた三人はもとより、仁や恭司もできるだけ他の個体を巻き込むよう攻撃を放っていた。
コツコツと積み重ねていたダメージが、今功を奏する。
しかし、時間がない。砲はほどなく打ち出される。
砂嵐を受け取った白スーツの言葉はすでに加速状態に入り、モニター内の砂嵐は圧縮されている。
妖たちの背後に回っていた仁の放った気弾が近接していた三人に殺到しようとしていた三体の背に一斉掃射される。
仁に気を取られる白スーツ。慣れない武器に少し手間取ったリーネに頭突きを試みようとするモニターは空のままの白スーツ。
次の砲の受け手になる黒スーツは孤立した。
「こうデスカ、こう、こうデスカ!?」
リーネが勢い任せで蹴りのみの飛燕を放つのを視界の隅に入れつつも、赤貴は目の前の黒スーツの隙を探って斬撃を繰り出す。リーネが食い止めている白スーツを攻撃に巻き込み援護する。
白スーツに黒スーツをかばわれる訳にはいかなかった。
ここで黒スーツに砲が撃ち込まれたら、間違いなくリーネが正面から食らう。それは避けなければいけない。
(これが、6回目。最後の逆鱗)
積み重ねられる燐花の斬撃に黒スーツから吹き上がる砂柱を、恭二の招いた稲妻が割り裂く。
サラリーマンを安全な場所において急いで戻ってきた小百合が燐花の上に香り好い雫を振りまいた。
バコリと音を立てて筐体が剥がれ、ブラウン管がアスファルトに激突した。
人間の頭部はなかった。
砲が撃てない白スーツ二体の掃討は、比較的速やかに行われた。
●
「フワァ……な、何とか倒せ、マシタカ?」
常にない戦法を余儀なくされたリーネは、緊張の糸が切れたのか、かくんと膝が折れた。
「リーネさん!?」
「大丈夫デス。近接武器で攻めるって難しいデスシ、疲れマスネ」
リーネと殴りあっていた白スーツにとどめを入れた後。あわててかけ寄る赤貴に、怪我が原因ではないデス。と、微笑む。
「赤貴君……そう言えば、扱ってる武器御揃いデスシ、今度私に教えて貰って良いデスカ? ネ? ネ?」
がバット顔を起こし目をキラキラさせるリーネに頷いた。
(何度も守られていたが、それを当たり前のように捉えてはいけないな)
新たな思いが胸に宿った。
満身創痍だった。
まともに砲を食らい、身を削る技を連発し。
すっかり癒され、ピンと立っていた燐花の耳と尻尾から幾分力が抜けたのを、恭司は見て取った。
「これでも多少は強くなったのですよ?」
表情を動かさずにそんなことを言う。
確かに戦闘不能になることはなかったが、それも恭司がきっちり目を開かせていた賜物だ。
恭司としては、過保護だと怒られなかったことが、今回の収穫になるかもしれない。
速やかに妖をせん滅するという彼の目標は果たされた。 寡黙な警備員は、寡黙なまま去る。
小百合は、無事に保護できたサラリーマンの元に行った。
初めての戦闘を切り抜け、仲間を癒すことができたことに胸が熱くなる。
そして――。
「貴方様が救えてよかったです」
作戦が始まってから、ようやっと緊張していた顔に笑顔が戻った。
ぶつぶつと断線気味の街灯の下、ブラウン管テレビの頭をした女が四人立っている。
「本日ノ放送ハ終了イタシマシタ」
突き放すような声は、テレビのスピーカーから出ているのだろうか。
お願いだから、俺が悲鳴を上げるか泣きだす前に「どっきりでしたー」と言ってくれないものだろうか。
サラリーマンの脳裏に都合がよすぎる考えが浮かぶ。
コトンコトンと不器用にかかとを鳴らしてテレビ頭の女たちが近づいてくる。
正面の黒スーツの画面がぶづんっと音を立て、耳を覆わんばかりのノイズを辺りに響かせる。
画面の隅が黒くなり、砂が画面の中心部に集まってくる。
「本日ノ放送ハ終了イタシマシタ」
もうだめだ。サラリーマンがあきらめかけた時。
後頭部にえも言われぬ感触と柔らかないい匂いが漂った。
「あの……」
のどのつかえがとれていく。場違いな安らぎが正気を失いかけていたサラリーマンの意識を現世につなぎとめた。
「こんな小娘に抱き抱えられるのは不服かもしれませんが……避難する為に必要な事なので……失礼します」
す。と語尾が消えるのと一緒にサラリーマンの靴が地面から離れた。
「おああああああああ――」
空を飛んでいる。二階位の高さで。と、黒スーツと白スーツに向かって突進してくる男女を見てサラリーマンは魂が抜けたようにつぶやいた。
「私達は……FIVEです……貴方様を妖から救う為に……来ました……あの……混乱してると思いますが……どうか私達に協力……してくださいますか?」
何やらいろいろ柔らかい背後の存在が不思議とサラリーマンを落ち着かせていた。
どうせ空を飛ぶなら、もうちょっと高くって訳にはいかないのかな。と、のんきなことを考えられるようになるくらいには。
おとなしくなったサラリーマンに安堵しつつ、柔らかな存在――『恋結びの少女』白詰・小百合(CL2001552)は、急いで方向を変えた。
●
すれ違うようにサラリーマンの足元を疾走する男女。
「保護、ありがとうございマス! 気にせず攻めマスネ!」
『恋路の守護者』リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)は、小百合に小さくハンドサインを送った。
寡黙に最後尾を走っていた赤坂・仁(CL2000426)が機関銃で弾幕を張りつつ、手のひらから気弾を撃ちだすのを合図に陣が展開される。
獲物を失い、一斉に覚者の方を向く「放送終了」の異形。沈黙が三台ある分、うごめく砂嵐が異常だ。
「あれ、テレビなのですか? とても古めかしい感じがします」
『想い重ねて』柳 燐花(CL2000695)は、15歳。生まれたときから液晶世代は容赦がない。
「今どきブラウン管TVなんてそうそう見ないよね。しかもチャンネルダイヤル式」
『想い重ねて』蘇我島 恭司(CL2001015)は、手にしているデジタル一眼レフとの大きさの違いに一種の郷愁さえ覚えていた。
「今の薄い大型TVを見てると、ブラウン管の大きさは驚くよねぇ。あれ、今のTVとは比べ物にならない位、大きくて重いからねぇ……」
とにかく分厚い。今のテレビは板だが、分かりやすく箱だ。
「妖というのは、本当に何でもありだな。ブラウン管の実物なんて、碌に見覚えもないぞ……」
『歪を見る眼』葦原 赤貴(CL2001019)の年ではゴミ捨て場に落ちていたらかなりレアの部類だ。山奥の不法投棄でひょっとするかもしれない。
「昔のテレビはあんな形だったのですね。それと、とても重たそうです」
そんな戯言を残して燐花は砲撃準備中の黒スーツに突進する。速さは力だ。
燐花は、「放送終了」の胸元に滑り込んだ。加速の乗った疾蒼はより深く黒スーツの肩口から胸骨を切り裂き、砂をしぶかせる。
人にあらず。妖なり。忘れ去られる器物の内には虚しさを湛えた砂が詰まっている。
威力の代償とばかりに攻撃にも等しい負荷が燐花の骨身に掛かっている。
強烈な衝撃で生じる隙に乗じて繰り出すのも同じ技。
一気呵成の攻撃を宣言していた燐花の猛攻だ。
「完全に骨董レベルで、懐かしさすら感じるけれど……危険極まりない存在になっちゃった以上、速やかに討伐しないとだね」
にわかに雲の立ち上り、砂嵐を画面に抱えた黒スーツとそれに寄り添っていた白スーツに雷光の洗礼。ぼつっ、バチっっと不穏な破裂音をさせつつも、黒スーツはまだ立っている。
「リーネさん、それ――」
赤貴は、お揃い。という言葉を思い出していた。
「私は本来は守るのが得意デスカラ、この様に攻めるのはとてもレアナノデス」
リーネの手の中にあるのは使い慣れた盾ではない。鯨の骨でできた斧だ。見た目よりは軽く切れ味もいい。
「今回の相手は即効デスー。攻めるのは不得意デスガ……仕方アリマセン。アタックフォームで挑むとシマショウ!」
リーネにとっては近接武器実践初投入である。
妖が「お化けだぞー」と言っている間にいかに有利な状況にしておくかが勝利のカギだ。バングシーンに棒立ちで待っているから、悪の秘密結社は変身ヒーローに負けるのだ。
(……場合によっては、オレ自身もそういった換装をできるように備えるべきかもだ)
赤貴は、目の前の敵に集中し直した。
(今はこの、いわばダブルアックス状態で迅速に埒を開けることを考えろ!)
地を這う軌道から上に切り上げる地烈の波動。
黒スーツが浮足立つ。
そこにリーネが突進してきた。
(きっと何とかなるデショウ!――ってこれオーモーイーデースー!)
そういえば、武器を使った飛燕の使い方を教わっていなかった。とか、ぐるぐる色々頭の中で回りだす。
「い、勢いで何とかやってミマスネ!」
重さに引きずられた格好で、リーネの初撃は黒スーツの足の甲を直撃、それを軸にして畳みかけるように拳を脛に入れ、離れ様に蹴り飛ばす。
「うにゃー!」
相手にダメージは入っている。
「本日の放送は終了いたしました」
眠気を誘う柔らかな声と砂嵐の音。
二度目の宣告がなされ、砂嵐は画面の中でぎゅるぎゅると渦を巻いて圧縮されていく。
「丁寧なご挨拶をありがとうございます」
挨拶には、連撃で返す。
「お返しが乱暴で申し訳ございません」
血の代わりに吹き上がる砂柱。
(燐ちゃんが少し無茶な戦い方をしてるけれど……心配しすぎると過保護って怒られちゃうかな?)
強力な技は揺り戻しがきつい。
速度を殺すことなく制御し斬撃に変える過程でかかる負荷は使い手を激しく消耗させる。
筐体は割れ落ち、ダイヤルはコードでかろうじてぶらりとぶら下がり、内部機構が露出してぱちぱちと放電している。それでも「放送終了」は朗らかに言う。
「本日ノ放送ハ終了イタシマシタ、イタシマシタイタシマシマシマシマシマシ」
ブンと音を立て、今まで沈黙していた三体のモニターが明るくなる。ブラウン管は立ち上がりが早い。
「タマシイハ終了イタシマシタ」
ドット一つにまで圧縮された砂嵐が覚者の背後に回り込んだ白スーツめがけて発射される。
射線上に燐花。
白スーツに吸い込まれる超高速の砂が、燐花の肌を削っていく。
「燐ちゃん――っ!」
燐花は、よけずに踏みとどまっていた。
(私が避ける事によって砲撃の着弾点が中衛以降にずれるならば、後ろの被害が大きくなってしまいます……)
すぐそばに赤貴やリーネ。
白スーツが回り込んで来れば、前衛も貫通対象になりうる。
「ここは敢えて喰らう事で、被害軽減に努めましょうか――これでも多少は強くなったのですよ?」
(信頼できる癒し手もいるし――)
顔には出ないし、振り返りもしないけれど。
庇護されているばかりではない。共に戦っているのだ。
踏みとどまる背中に応える指がある。
こそげ落とされた皮膚をそっと潤していく恭司の霧が味方の痛みと傷を癒した。
本日戦場初投入の一眼レフカメラのモニターの中の燐花の傷が消えていく。
砂嵐を吐き出した黒スーツは破損寸前。ぎくしゃくと動きがぎこちなくなっている。
その隙を逃さず、赤貴の斬撃が、黒スーツの足元から這い上がり、モニターを両断する。
「叩いて壊れるものなら、壊れるまで叩く。それだけのこと」
「ブラウン管TVは叩けば直る」という都市伝説を知らない世代による妖の属性書き換えの記念すべき瞬間である。
「残りの黒スーツを狙え! そうすれば、砲は打てないはずだ!」
赤貴はそちらに踵を返した。
夢見は言っていた。砂嵐は黒から白へ。白から黒へ。
「片方の色を消してしまえば砲撃は飛ばしようがないと思われます。片方の色を集中して落としましょう」
逆鱗は6回まで。撃てる回数はあと少しだ。
狙う黒スーツは、かなり消耗しているように見えた。
近接していた三人はもとより、仁や恭司もできるだけ他の個体を巻き込むよう攻撃を放っていた。
コツコツと積み重ねていたダメージが、今功を奏する。
しかし、時間がない。砲はほどなく打ち出される。
砂嵐を受け取った白スーツの言葉はすでに加速状態に入り、モニター内の砂嵐は圧縮されている。
妖たちの背後に回っていた仁の放った気弾が近接していた三人に殺到しようとしていた三体の背に一斉掃射される。
仁に気を取られる白スーツ。慣れない武器に少し手間取ったリーネに頭突きを試みようとするモニターは空のままの白スーツ。
次の砲の受け手になる黒スーツは孤立した。
「こうデスカ、こう、こうデスカ!?」
リーネが勢い任せで蹴りのみの飛燕を放つのを視界の隅に入れつつも、赤貴は目の前の黒スーツの隙を探って斬撃を繰り出す。リーネが食い止めている白スーツを攻撃に巻き込み援護する。
白スーツに黒スーツをかばわれる訳にはいかなかった。
ここで黒スーツに砲が撃ち込まれたら、間違いなくリーネが正面から食らう。それは避けなければいけない。
(これが、6回目。最後の逆鱗)
積み重ねられる燐花の斬撃に黒スーツから吹き上がる砂柱を、恭二の招いた稲妻が割り裂く。
サラリーマンを安全な場所において急いで戻ってきた小百合が燐花の上に香り好い雫を振りまいた。
バコリと音を立てて筐体が剥がれ、ブラウン管がアスファルトに激突した。
人間の頭部はなかった。
砲が撃てない白スーツ二体の掃討は、比較的速やかに行われた。
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「フワァ……な、何とか倒せ、マシタカ?」
常にない戦法を余儀なくされたリーネは、緊張の糸が切れたのか、かくんと膝が折れた。
「リーネさん!?」
「大丈夫デス。近接武器で攻めるって難しいデスシ、疲れマスネ」
リーネと殴りあっていた白スーツにとどめを入れた後。あわててかけ寄る赤貴に、怪我が原因ではないデス。と、微笑む。
「赤貴君……そう言えば、扱ってる武器御揃いデスシ、今度私に教えて貰って良いデスカ? ネ? ネ?」
がバット顔を起こし目をキラキラさせるリーネに頷いた。
(何度も守られていたが、それを当たり前のように捉えてはいけないな)
新たな思いが胸に宿った。
満身創痍だった。
まともに砲を食らい、身を削る技を連発し。
すっかり癒され、ピンと立っていた燐花の耳と尻尾から幾分力が抜けたのを、恭司は見て取った。
「これでも多少は強くなったのですよ?」
表情を動かさずにそんなことを言う。
確かに戦闘不能になることはなかったが、それも恭司がきっちり目を開かせていた賜物だ。
恭司としては、過保護だと怒られなかったことが、今回の収穫になるかもしれない。
速やかに妖をせん滅するという彼の目標は果たされた。 寡黙な警備員は、寡黙なまま去る。
小百合は、無事に保護できたサラリーマンの元に行った。
初めての戦闘を切り抜け、仲間を癒すことができたことに胸が熱くなる。
そして――。
「貴方様が救えてよかったです」
作戦が始まってから、ようやっと緊張していた顔に笑顔が戻った。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
