ゲコゲコとカエルが鳴くと雨が降る
●ゲコゲコと鳴くのはアマガエル。ウシガエルは牛の様に鳴く。
カエルが鳴くと雨が降る――
生物学的にはカエルは湿度の変化を察し、湿度が高くなると活発的に活動するため鳴き始めるというのが通説だ。
だが、本当にカエルの鳴き声が雨を降らせているのなら?
「雨宮様、そろそろ雨をやませてもらえないでしょうか?」
大雨の中、傘を差した男が相手を見上げるように懇願していた。
視線の先には緑色のカエルがいた。ただしその大きさは三メートルと大きい。昔からこの近辺に住まう化け蛙の古妖である。人間との関係は良好で、逢魔化以降も持ちつもたれるの生活で平和を保っていた。
だが、ある一点においてこの古妖は人間と対立する。喉を膨らませてゲコゲコと鳴きながら、男の懇願を一蹴した。
「馬鹿言うでねぇ。梅雨は雨さ降らなきゃいかんのじゃ。ほれ、仲間達もはしゃいでおるわ」
雨宮、と呼ばれた古妖の言葉に同調するように、田んぼからゲコゲコと鳴き声が響く。こちらは普通のカエルのようだ。
梅雨時期にこの地方は雨がよく降る。それはこの雨宮が鳴くことで雨を降らせているのだ。少々の雨なら問題はない。だが――十日連続にもなれば生活に問題が出てくる。特に農作物に与えるダメージは大きい。雨は恵みだが、過ぎたるは何とやらだ。
「しかし……もう十分ではないでしょうか? 梅雨ももうすぐ終わりますし、そろそろ一休みされては?」
「なにおぅ、オラはまだ元気だど。どうしても休んでほしかったら、力づくで寝かしてみぃ?」
前足で胸を叩く雨宮。元気さをアピールして、さらに鳴く。雨が一段階強くなった。
困ったのは男である。このままだと七月まで雨に悩まされかねない。しかし雨宮を止める手段はなさそうだ。力づくしかないのだろうが、古妖の強さは良く知っている。とても勝てる見込みは――
(そういえば、困った時に助けてくれる覚者組織があったっけ? 名前は確か――)
●FiVE
「――と、言うわけでその古妖をぎゃふんと言わせるのが今回の依頼だ」
久方 相馬(nCL2000004)は集まった覚者に説明を開始する。今回は夢見による予知ではなく、FiVEの功績を聞いた人からの依頼のようだ。
「カエルの古妖だけど、雨でテンションがハイになっているらしい。一度暴れさせてテンションを戻せば、攻撃的なことは言わなくなるみたいだ」
言ってしまえば酔っぱらっている状態だ。言葉での説得は聞いてはくれるが効果は低い。同様の理由で戦わずに受けに徹しても効果はないだろう。
「もともとこの近辺に現れる妖を退治してくれるらしく、相応に強いぜ。あとタフなんでよほどの傷でなければ致命傷を負うこともなさそうだ」
相馬から見せられた資料を見て、ため息を吐く覚者。確かに手を焼きそうだ。雨というフィールドも地味に影響を及ぼしている。これは難敵かもしれない。
相馬に見送られ、覚者達は会議室を出た。
カエルが鳴くと雨が降る――
生物学的にはカエルは湿度の変化を察し、湿度が高くなると活発的に活動するため鳴き始めるというのが通説だ。
だが、本当にカエルの鳴き声が雨を降らせているのなら?
「雨宮様、そろそろ雨をやませてもらえないでしょうか?」
大雨の中、傘を差した男が相手を見上げるように懇願していた。
視線の先には緑色のカエルがいた。ただしその大きさは三メートルと大きい。昔からこの近辺に住まう化け蛙の古妖である。人間との関係は良好で、逢魔化以降も持ちつもたれるの生活で平和を保っていた。
だが、ある一点においてこの古妖は人間と対立する。喉を膨らませてゲコゲコと鳴きながら、男の懇願を一蹴した。
「馬鹿言うでねぇ。梅雨は雨さ降らなきゃいかんのじゃ。ほれ、仲間達もはしゃいでおるわ」
雨宮、と呼ばれた古妖の言葉に同調するように、田んぼからゲコゲコと鳴き声が響く。こちらは普通のカエルのようだ。
梅雨時期にこの地方は雨がよく降る。それはこの雨宮が鳴くことで雨を降らせているのだ。少々の雨なら問題はない。だが――十日連続にもなれば生活に問題が出てくる。特に農作物に与えるダメージは大きい。雨は恵みだが、過ぎたるは何とやらだ。
「しかし……もう十分ではないでしょうか? 梅雨ももうすぐ終わりますし、そろそろ一休みされては?」
「なにおぅ、オラはまだ元気だど。どうしても休んでほしかったら、力づくで寝かしてみぃ?」
前足で胸を叩く雨宮。元気さをアピールして、さらに鳴く。雨が一段階強くなった。
困ったのは男である。このままだと七月まで雨に悩まされかねない。しかし雨宮を止める手段はなさそうだ。力づくしかないのだろうが、古妖の強さは良く知っている。とても勝てる見込みは――
(そういえば、困った時に助けてくれる覚者組織があったっけ? 名前は確か――)
●FiVE
「――と、言うわけでその古妖をぎゃふんと言わせるのが今回の依頼だ」
久方 相馬(nCL2000004)は集まった覚者に説明を開始する。今回は夢見による予知ではなく、FiVEの功績を聞いた人からの依頼のようだ。
「カエルの古妖だけど、雨でテンションがハイになっているらしい。一度暴れさせてテンションを戻せば、攻撃的なことは言わなくなるみたいだ」
言ってしまえば酔っぱらっている状態だ。言葉での説得は聞いてはくれるが効果は低い。同様の理由で戦わずに受けに徹しても効果はないだろう。
「もともとこの近辺に現れる妖を退治してくれるらしく、相応に強いぜ。あとタフなんでよほどの傷でなければ致命傷を負うこともなさそうだ」
相馬から見せられた資料を見て、ため息を吐く覚者。確かに手を焼きそうだ。雨というフィールドも地味に影響を及ぼしている。これは難敵かもしれない。
相馬に見送られ、覚者達は会議室を出た。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.古妖に勝つ(古妖の生死は条件に含みません)
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
カエルに色々あるけれどー。
●敵情報
・雨宮(×1)
古妖。化け蛙。大きさ三メートルの緑色のアマガエルです。強さ的にはランク3の妖とタイマンしたことがあるほど。基本的に温厚なのですが、梅雨時期はハイテンションになり気が強くなるようです。
雨を降らせる等の神秘を持つほか、前足を使っての攻撃など体術にも長けます。
攻撃方法
薙ぎ払い 物近列 前足で薙ぎ払います。【二連】
舌で突く 物近貫3 舌を伸ばして、鋭く突いてきます。(100%、50%、25%)
蛙落とし 物近単 相手を前足で掴んで跳躍し、そのまま体で押しつぶすように地面に叩きつけます。【必殺】
水矢じり 特遠単 鋭く絞った水の矢を放ちます。【解除】
雨の天幕 特遠列 雨を強く降らせ、視界を奪います。【ダメージ0】【虚弱】【減速】【重圧】【反動1】
蛙大合唱 特遠味単 蛙からエールを貰い、HP回復&BSリカバー。
粘性の肌 P ぬめるような肌が攻撃を逸らします。敵全ての『会心』減少。
巨大な体 P 人間に比べて大きいです。ブロックに三名必要です。
雨の加護 P 雨が降っていると元気になります。雨のペナルティをすべて解除し、戦闘不能時に一度だけHP三割で復活します。
●NPC
・大谷貞治
FiVEに『雨宮様の相手をしてほしい』と依頼をしてきた人です。OPで雨宮と話をしていたのも彼です。非覚者。四十五才男性。
傘をさして戦いを見てはいますが、それ以上のことはしません。
●場所情報
町はずれにある池。時刻は昼。雨が降っているため、足場は滑りやすくなっています。広さは充分。
戦闘開始時、敵との距離は十メートルとします。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2017年07月06日
2017年07月06日
■メイン参加者 8人■

●
「雨は嫌いじゃないが、湿度はちょっとなぁ……」
体を叩くように降る雨に嫌気を感じながら『癒しの矜持』香月 凜音(CL2000495)はため息をついた。こういう日は、できることなら家でゆっくり本でも読んでいたい。しかしそうもいかないのが覚者というものか、と諦める。
「梅雨だし、カエルだし、テンションあがるのは仕方ないけど……何事も程々が一番だと思うんだけどなぁ」
カエルレインコートを着た『導きの鳥』麻弓 紡(CL2000623)が見上げるように古妖を見ていた。蛙が雨の日に鳴くのは仕方ないのだが、それでも程度があろう。このままずっと雨が続くとなると、それは頂けない。
「そうですね。とりあえず話し合いができるようにしないといけませんね」
黄色のアヒルレインコートを着た賀茂 たまき(CL2000994)が大きな蛙の体躯を見て気合を入れる。夢見の予知ではなく、FiVEを頼った困った人からの依頼だ。全力で挑まなくては。古妖も殺さずに反省させなくては。
「雨への思いは種族の違いだな。親分さんに、ここは一発ぶちかましてやるとしようか」
スパイクを使って滑りを緩和しながら『ストレートダッシュ』斎 義弘(CL2001487)が古妖を強く見る。雨は嫌いではないが、降りすぎるのは良くない。農作物の影響にも影響する。蛙にとっては心地良くとも、人間にとっては頭痛の種だ。
「ハハハッ! なるほど雨が降るとテンションが上がる古妖か。実に興味深い!」
歓喜の仮面をかぶり、『感情探究の道化師』葛野 泰葉(CL2001242)は大笑いする。そこにあるのは如何なる感情なのかを想像し、更に笑みを深める。だが同時にここまで紅葉できる古妖に自分にない者を感じ、苛立ちも覚え始めていた。
「普段悪い方でないってことを考えると、穏便に解決できたらと思いますが……」
『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は言ってからため息を吐く。穏便に解決できるような状況ではないことは分かっていたし、その能力がかなり高いことも知っている。気合を入れてかからないと、返り討ちに会うのはこちらかもしれない。
「ニポンはさー、海も川も湖もいっぱいあるじゃない? こんなに雨降ったら沈んじゃうよ」
と、雨による影響を心配するのは『アイラブニポン』プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)。周りを海に囲まれ、内陸にも多くの川や湖を持つ日本。ここに来る途中も川がものすごい勢いで流れているのを見た。うん、フゼイない。
「確かに雨が降り続けて困るのは私達人間の都合だけど……でも、共存を続ける以上はお互いちゃんと妥協しないとねん?」
唇に指をあてて『悪意に打ち勝ちし者』魂行 輪廻(CL2000534)が艶やかに告げる。雨は天からの恵み。人間とて雨が全くないと困るのだ。だが降りすぎるのも大問題。共に暮らす以上、妥協することも必要なのだ。
「あんだ? オラのやってることに文句があるだか? だったらかかってこいぃ」
雨でテンションが上がっている古妖は、覚者達の戦意を感じ取り胸を叩いて挑発する。聞くところによると、普段はあんな感じではないのだがこの時期はああなってしまうという。
覚者と古妖。雨降る中、二者が動き出す。
●
「ごめんねん。殺しはしないけど、手の抜ける相手じゃなさそうだし」
先陣を切ったのは輪廻だ。濡れた足場を意にも介さず前に進み、古妖に接近する。男を誘うように瞳を細め、唇を緩める。源素の炎を体内で燃やし、肉体を活性化させていく。するり、とわずかに肘を曲げて拳を突き出した。
巨大な蛙を目で捉え、輪廻は流れるように拳を振るう。踏み込み一打。僅かに横に動いてさらに一打。前足を払うように足払い。独楽のように回転しながら強烈な打撃を打ち続ける。舞うように美しく、焔の様に苛烈に。
「ちょっと手荒に行かせて貰うわよん? 恨まないでねん」
「そったら一撃、痛くもないど」
「流石にタフだねー。気長にやるか」
古妖の動きを見ながら紡が頷いた。大きさ三メートルの蛙の古妖。ランク3の妖と戦ったことがあるほどの強さだ。気楽には勝てないだろう。気を抜くわけではないが、気張りすぎても意味がない。頷き、動き出す。
青色の羽根を動かし、軽く宙に舞う。踊るように回転し、前で戦う味方に何かを飛ばすように手を差し出す。祝詞と呼ばれる戦の加護を飛ばして、物理的な守りを強化する。紡本人が攻めに転じることはないが、支えた仲間が頑張ってくれる。
「たまちゃん、頑張って。殿も気張ってきな」
「はい、頑張りますね!」
紡の応援と加護を受けてたまきが気合を入れる。古妖の前に立ち、符を構えて相対していた。巨体故に突破力の高い古妖。その足止めが自分の役割だ。もちろん、黙って立っているわけではない。大人しくしてもらうためにやるべきことはやらなくては。
符を指で挟み、印を切る。大地に願いを込めて、源素の力を解放した。土に眠る龍と呼ばれる存在に願い、その力の一旦である槍を解放する。地面から円を描くように隆起する槍が古妖の動きを制限し、その足を止めた。
「雨宮さん、正気に戻ってください!」
「おらぁ、正気だどー!」
「んー。典型的なヨッパライ。そのまま倒れてくれると楽なんだけど」
そうもいかないよね、とプリンスは肩をすくめた。酔って暴れる相手というのは幾度も見てきた。今の古妖はそれと同じ感覚だ。酒癖が悪い相手というのは困ったものだ……と思ってから自分の事を鑑みた。うん、仕方ないよね。
カエルの舌が迫る。それを避けることなくつかみ取り、そのまま引っ張って相手をよろめかせようとする。体格差もあり上手く引っ張れなかったが、一瞬の隙は埋めた。その隙を逃すことなくプリンスは『妖槌・アイラブニポン』を蛙の腹に叩き込む。
「気長にやろう。長期戦は確定なんだし」
「或いは短期でこちらが瓦解するか、ですね」
ラーラは古妖の攻めの多さに舌を巻きながら、そんなことを口にする。個人戦や集団戦に対応し、自前で回復手段もある。この地域を妖から守っていた、というのは伊達ではないようだ。戦術を間違えれば敗走もありうる。
先祖の魔女との絆を強化し、手の平に炎を集めるラーラ。降り続ける雨の中、炎は赤く煌々と燃え盛っていた。その炎から一条の赤い光が古妖に向かって跳ぶ。熱線が幾度となく古妖に向かって飛来し、滑った皮膚を穿っていく。
「あまり雨が続くようだと、ほんとに農家の皆さんが困ってしまいますよ?」
「この程度の雨で困るわけがねぇべ。大昔はもっと降ったこともあっただよ」
「そうかもしれないが、実際に困ったという声があったから俺達が来たのさ」
メイスと盾を手に義弘が古妖に語りかける。頼んだ人も古妖の状況を見て、渋々FiVEに対策を頼んだというのが実情だ。関係を拗らせたくないのは人間側も同じ。必要以上に傷をつけたくはないが、手加減が出来ないのも事実だ。
盾を前に突き出し、義弘は古妖に迫る。祓うように振るわれる蛙の前足を盾を使って流すよう避ける。受け流したまま古妖に踏み込み、メイスを振るう。盾は防御の要のして攻撃の起点。盾で受けることが義弘の攻める合図となる。
「さあ、カエルの親分さんよ。俺達と勝負してもらおうか」
「おらにそんなこと言ってると大怪我するど!」
「そいつは大変だ。気合を入れて治さないとな」
ため息を吐くように凜音が呟く。古妖の言葉に嘘はない。FiVEもかなり経験を積んだ覚者達だが、その覚者達を追い込むだけの実力を持っている。常に先を読み、回復を施す。その気概でいかなくてはと凜音はどこか冷静に判断していた。
水の源素を体内で循環させる。雨が川に注がれ、海に渡りまた雲となって空に戻る。水とは流転するモノ。強いイメージが強い力を生む。仲間の傷に注がれた癒しの水は、逆再生するように受けた傷を塞いでいく。
「さくっとテンションを下げて大人しくなって貰いましょーかね」
「テンションを下げる……なぜあのテンションが……妬ましい」
ぶつぶつと呟く泰葉。泰葉の興味は古妖の強さではなく、ゲコゲコと元気良く暴れるそのテンションにあった。聞くところによると雨が降る時期以外は人間とうまく付き合っていた。割合温厚な性格なのは想像に難くない。なのに、どうして?
相手の観察と解析をしながらも古妖を攻める手は休めない。神具を手にして源素を練り上げる。纏った炎が古妖の肌を焼き、皮膚の粘性を蒸発させていく。だが降り続ける雨が乾燥させた肌に潤いを戻していく。ダメージは蓄積するが、皮膚を完全に乾燥させることはできそうにない。
「やはり雨がネックかね。ふぅむ……」
雨とカエル。厄介な組み合わせだな、と泰葉は唸った。視界と足場に制限を受け、十全にこちらの能力を発揮できない状態での戦いだ。
「流石カエルの親分だ」
「まだ、負けませんよ」
「しぶといのは王家の基本スキルさ。余、第二王子だけどね」
「やれやれ。感情の高揚が力を得たのかな? 興味深い!」
前で戦う義弘、たまき、プリンス。そして泰葉が古妖からの攻撃を受けて命数を削られる。
「痛い目見たくねぇなら、そこで寝てろ。おらぁ、もう加減しねぇど」
起き上がる覚者に古妖が告げる。だがここで倒れて戦闘を放棄する覚者はいなかった。
雨の中、古妖と覚者の闘いは激化していく。
●
覚者達は巨大な蛙の身体を通さないように、常に三人の前衛を敷いていた。ダメージを受けた者が一旦下がり、回復をしてから前に出る。
「予想はしていたけど、しぶといですね」
「こちらも気合を入れなおさないといけないな」
古妖の強みは、雨という状況で発揮される復活能力と、そのタフネスだ。覚者の攻撃を受けながら、隙を見せれば痛烈な一撃を加えてくる。ハイテンションではあるが、戦い慣れしているのは確かなようだ。
そんな様子を見て、泰葉は苛立ちを感じていた。負けるかもしれないという焦燥もあるが、何よりも雨の中でここまでテンション高めになっているカエルに対してである。
(わからない。何故ここまで高揚できるのか?)
泰葉はとある事故により自分の感情が理解できないでいる。今自分が抱いているのが悦びなのか悲しみなのか。それが分からない。喜怒哀楽の仮面を持っているのは『なんとなく自分は今この感情を抱いているのでであろう』……という予測である。自分自身の事なのに、まるで他人事のように『感情』を見ていた。
そんな泰葉が他人の感情に興味を持つのは、自然な流れだった。喜び、怒り、悲哀し、楽観する。どういう時にどういう感情を抱くか。まるで方程式のように理解しようとしていた。しているつもりだった。
だが、目の前の古妖はその方程式に当てはまらない。感情というモノに対し、自分が抱いていた土台が崩れる。自分は感情を理解していたのではないのか? 古妖だからか? カエルだからか? そもそも感情とは理解できるモノだったのか?
「――はっ!?」
気が付けば、カエルのテンションを押さえるために魂を込めた全力の一撃を放っていた。強烈な爆風は雨を一時退け、炎は古妖を吹き飛ばす。それはまるで理解できない感情を否定するように、強烈な一撃だった。
「……アレだね、非常に不愉快だったからね。多分嫉妬……という感情なのかな? 良くわからないが、あんなに楽しそうにしてるのを見たら……思わずね」
一撃を放った泰葉さえも唖然としていた。『感情的』になった自分が信じられないという声だ。驚きも含め、疲れたようにフラフラする泰葉。
「おお……。今のは効いたど。んだども、雨の降る日はまだまだやれるー!」
ともあれ古妖の体力を大きく削ったのは事実だ。覚者はこのまま一気呵成に叩き込もうと神具を握る。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
『煌炎の書』を手にして炎を放つラーラ。雨を操る、というのは厄介な能力だがラーラの炎を消すものではない。研ぎ澄まされた炎が矢のように降り注ぎ、帰るの滑った肌を焼いていく。
「ツム姫も手伝ってよー、精神的なアレとかじゃなくて」
「いいよー。あ、その後でいいんで気力回復お願い」
古妖が雨を強く降り注がせたのを見計らって、プリンスが合図を出す。術の反動時に攻撃を集中させて、一気に打撃を与えようと指示をした。紡は頷いてプリンスからもらった『ネウラ・クーンシルッピ』を振るい……気力不足を訴える。
紡が神具を振るい、稲妻を生み出す。鳳凰の形をした蒼い稲妻が戦場を舞ったかと思うと、その軌跡を追うようにプリンスが飛びかかる。深く踏み込み強く打つ。相手の動きに合わせて鋭い一打を放つ。単純故に奥が深い槌の一撃。
「流石、ランク3と渡り合えるだけの古妖です。でしたら!」
畳みかける様な覚者の攻めを見て、まだ崩れない古妖。それを見てたまきが両腕を硬化する。腰を低くかがめて古妖に近づき、突き出すように両手を動かし打撃を加える。双掌打。弓を引くように背筋に力を込め、矢を放つように硬化した腕を突き出す。
「実際大したもんだ。まだ体力が残ってる」
古妖の体力をスキャンしながら凜音が回復の術を行使する。手練れの覚者の数倍の体力を持ち、天然の皮膚による防御も弱くはない。古妖を殺すつもりはないが、手心を加えれば一発逆転もあり得たかもしれない。だが、
「分かってるわん。加減はしないわよん」
言って輪廻は妖艶にほほ笑む。雨に濡れた髪の毛が肌に落ち、起伏の大きい体を滑って落ちていく。美しい肢体にして鋭い武器。輪廻はその肉体を魅せるようにしながら戦っていた。速く、鋭く、美しく。花のように、刃のように。
「大したもんだったよ、カエルの親分。だがこれで終いだ」
息を整えながら義弘が告げる。盾で古妖の動きを食い止めながら、メイスと足のスパイクで打撃を加える。古妖の呼吸も荒く、限界も近いのが見てとれた。ここが攻め時とメイスを振り上げて一気に叩きつける。
「強かったぜ。親分が人間の敵じゃなくて、本当によかったぜ」
腹部に叩きつけられるメイスの一撃。その衝撃が古妖の内部に響きわたり、その意識を奪い取った。
●
「すまねぇだ。おらぁ、迷惑かけちまっただ」
戦い終わってしばらくした後、意識を取り戻したカエルの古妖、雨宮が土下座して謝った――元々四つん這いということもあるが、それはそれで。
「お前さんの能力は、水不足に悩む地域でありがたいと思われるんじゃね? まだ雨を降らせたいなら、そういう乾いた場所に行ってやるといいさ」
「おらぁ、そういう地域に行くとへばっちまうだよ」
凜音の提案に、困った顔で頭を下げる雨宮。何を……と言いかけてカエルだしなぁ、と思い直した。カエルにとって乾燥した空気は、人間にとっては酸素の薄い高山のようなものなのだろう。無理強いはできない。
「FiVEの仲間になってほしかったんですが……それだと人の街に来るのは難しそうですね」
「んだなぁ。でも、力貸せぇ、言われたら出来るだけ貸すど」
しょんぼりとするたまき。かなりの強さを持つ古妖だ。FiVEの仲間になれば心強いだろうと思っていたのだが、生態の違いはどうしようもない。最も当人は可能な限り貸しは返す、と言っていた。
「ちなみに梅雨時期以外でも雨を降らすこととかできるんですか? それができるなら日照りの日とかに潤いをもたらすこともできると思うんですが」
「できるども、夏は暑いのが当然だど」
ラーラの問いに首をひねるような声を出す雨宮。基本的に四季の流れには逆らうつもりはないらしい。よほどの日照りなら干渉するが、そうでない場合は自然に任せる。雨を多く降らせるのは、あくまで梅雨だからという事らしい。
「ところで雨宮様は何でそんなに雨でテンションが上がってしまったんだい? 後学の為に教えてくれ。どうしたそんなに喜の感情を得られるかを」
「よくわからねぇけど、人間だって温泉に入ってるときやお酒飲んでるときはそうなるんじゃねぇか?」
感情の事で疑問に思っていた泰葉が言葉をぶつける。帰ってきた答えはなるほどと思わせるものだった。環境変化等による交感神経の活発化。それによるリラックス効果。なるほどそういうものか。一人泰葉は納得していた。
「サケと言えば、こういうのはどうだい? ダイギンジョー。サケなのに辛いんだって」
プリンスは酒瓶を取り出し、雨宮を酒盛りに誘う。大吟醸。大雑把な説明だが、精米により50%以下になった米をゆっくり低温で発酵させたモノに、醸造アルコールを加えた日本酒である。この醸造アルコールが辛さの元となっているのだ。
「ほんとはね、パンチじゃなくてこいつで手打つつもりだったんだよ」
「お。いいお酒」
プリンスの持つ酒に目を光らせる紡。その他、成人している覚者達も様々な反応を示した。
斯くして、雨上がりの川床で宴が始まるのであった――
「雨は嫌いじゃないが、湿度はちょっとなぁ……」
体を叩くように降る雨に嫌気を感じながら『癒しの矜持』香月 凜音(CL2000495)はため息をついた。こういう日は、できることなら家でゆっくり本でも読んでいたい。しかしそうもいかないのが覚者というものか、と諦める。
「梅雨だし、カエルだし、テンションあがるのは仕方ないけど……何事も程々が一番だと思うんだけどなぁ」
カエルレインコートを着た『導きの鳥』麻弓 紡(CL2000623)が見上げるように古妖を見ていた。蛙が雨の日に鳴くのは仕方ないのだが、それでも程度があろう。このままずっと雨が続くとなると、それは頂けない。
「そうですね。とりあえず話し合いができるようにしないといけませんね」
黄色のアヒルレインコートを着た賀茂 たまき(CL2000994)が大きな蛙の体躯を見て気合を入れる。夢見の予知ではなく、FiVEを頼った困った人からの依頼だ。全力で挑まなくては。古妖も殺さずに反省させなくては。
「雨への思いは種族の違いだな。親分さんに、ここは一発ぶちかましてやるとしようか」
スパイクを使って滑りを緩和しながら『ストレートダッシュ』斎 義弘(CL2001487)が古妖を強く見る。雨は嫌いではないが、降りすぎるのは良くない。農作物の影響にも影響する。蛙にとっては心地良くとも、人間にとっては頭痛の種だ。
「ハハハッ! なるほど雨が降るとテンションが上がる古妖か。実に興味深い!」
歓喜の仮面をかぶり、『感情探究の道化師』葛野 泰葉(CL2001242)は大笑いする。そこにあるのは如何なる感情なのかを想像し、更に笑みを深める。だが同時にここまで紅葉できる古妖に自分にない者を感じ、苛立ちも覚え始めていた。
「普段悪い方でないってことを考えると、穏便に解決できたらと思いますが……」
『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は言ってからため息を吐く。穏便に解決できるような状況ではないことは分かっていたし、その能力がかなり高いことも知っている。気合を入れてかからないと、返り討ちに会うのはこちらかもしれない。
「ニポンはさー、海も川も湖もいっぱいあるじゃない? こんなに雨降ったら沈んじゃうよ」
と、雨による影響を心配するのは『アイラブニポン』プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)。周りを海に囲まれ、内陸にも多くの川や湖を持つ日本。ここに来る途中も川がものすごい勢いで流れているのを見た。うん、フゼイない。
「確かに雨が降り続けて困るのは私達人間の都合だけど……でも、共存を続ける以上はお互いちゃんと妥協しないとねん?」
唇に指をあてて『悪意に打ち勝ちし者』魂行 輪廻(CL2000534)が艶やかに告げる。雨は天からの恵み。人間とて雨が全くないと困るのだ。だが降りすぎるのも大問題。共に暮らす以上、妥協することも必要なのだ。
「あんだ? オラのやってることに文句があるだか? だったらかかってこいぃ」
雨でテンションが上がっている古妖は、覚者達の戦意を感じ取り胸を叩いて挑発する。聞くところによると、普段はあんな感じではないのだがこの時期はああなってしまうという。
覚者と古妖。雨降る中、二者が動き出す。
●
「ごめんねん。殺しはしないけど、手の抜ける相手じゃなさそうだし」
先陣を切ったのは輪廻だ。濡れた足場を意にも介さず前に進み、古妖に接近する。男を誘うように瞳を細め、唇を緩める。源素の炎を体内で燃やし、肉体を活性化させていく。するり、とわずかに肘を曲げて拳を突き出した。
巨大な蛙を目で捉え、輪廻は流れるように拳を振るう。踏み込み一打。僅かに横に動いてさらに一打。前足を払うように足払い。独楽のように回転しながら強烈な打撃を打ち続ける。舞うように美しく、焔の様に苛烈に。
「ちょっと手荒に行かせて貰うわよん? 恨まないでねん」
「そったら一撃、痛くもないど」
「流石にタフだねー。気長にやるか」
古妖の動きを見ながら紡が頷いた。大きさ三メートルの蛙の古妖。ランク3の妖と戦ったことがあるほどの強さだ。気楽には勝てないだろう。気を抜くわけではないが、気張りすぎても意味がない。頷き、動き出す。
青色の羽根を動かし、軽く宙に舞う。踊るように回転し、前で戦う味方に何かを飛ばすように手を差し出す。祝詞と呼ばれる戦の加護を飛ばして、物理的な守りを強化する。紡本人が攻めに転じることはないが、支えた仲間が頑張ってくれる。
「たまちゃん、頑張って。殿も気張ってきな」
「はい、頑張りますね!」
紡の応援と加護を受けてたまきが気合を入れる。古妖の前に立ち、符を構えて相対していた。巨体故に突破力の高い古妖。その足止めが自分の役割だ。もちろん、黙って立っているわけではない。大人しくしてもらうためにやるべきことはやらなくては。
符を指で挟み、印を切る。大地に願いを込めて、源素の力を解放した。土に眠る龍と呼ばれる存在に願い、その力の一旦である槍を解放する。地面から円を描くように隆起する槍が古妖の動きを制限し、その足を止めた。
「雨宮さん、正気に戻ってください!」
「おらぁ、正気だどー!」
「んー。典型的なヨッパライ。そのまま倒れてくれると楽なんだけど」
そうもいかないよね、とプリンスは肩をすくめた。酔って暴れる相手というのは幾度も見てきた。今の古妖はそれと同じ感覚だ。酒癖が悪い相手というのは困ったものだ……と思ってから自分の事を鑑みた。うん、仕方ないよね。
カエルの舌が迫る。それを避けることなくつかみ取り、そのまま引っ張って相手をよろめかせようとする。体格差もあり上手く引っ張れなかったが、一瞬の隙は埋めた。その隙を逃すことなくプリンスは『妖槌・アイラブニポン』を蛙の腹に叩き込む。
「気長にやろう。長期戦は確定なんだし」
「或いは短期でこちらが瓦解するか、ですね」
ラーラは古妖の攻めの多さに舌を巻きながら、そんなことを口にする。個人戦や集団戦に対応し、自前で回復手段もある。この地域を妖から守っていた、というのは伊達ではないようだ。戦術を間違えれば敗走もありうる。
先祖の魔女との絆を強化し、手の平に炎を集めるラーラ。降り続ける雨の中、炎は赤く煌々と燃え盛っていた。その炎から一条の赤い光が古妖に向かって跳ぶ。熱線が幾度となく古妖に向かって飛来し、滑った皮膚を穿っていく。
「あまり雨が続くようだと、ほんとに農家の皆さんが困ってしまいますよ?」
「この程度の雨で困るわけがねぇべ。大昔はもっと降ったこともあっただよ」
「そうかもしれないが、実際に困ったという声があったから俺達が来たのさ」
メイスと盾を手に義弘が古妖に語りかける。頼んだ人も古妖の状況を見て、渋々FiVEに対策を頼んだというのが実情だ。関係を拗らせたくないのは人間側も同じ。必要以上に傷をつけたくはないが、手加減が出来ないのも事実だ。
盾を前に突き出し、義弘は古妖に迫る。祓うように振るわれる蛙の前足を盾を使って流すよう避ける。受け流したまま古妖に踏み込み、メイスを振るう。盾は防御の要のして攻撃の起点。盾で受けることが義弘の攻める合図となる。
「さあ、カエルの親分さんよ。俺達と勝負してもらおうか」
「おらにそんなこと言ってると大怪我するど!」
「そいつは大変だ。気合を入れて治さないとな」
ため息を吐くように凜音が呟く。古妖の言葉に嘘はない。FiVEもかなり経験を積んだ覚者達だが、その覚者達を追い込むだけの実力を持っている。常に先を読み、回復を施す。その気概でいかなくてはと凜音はどこか冷静に判断していた。
水の源素を体内で循環させる。雨が川に注がれ、海に渡りまた雲となって空に戻る。水とは流転するモノ。強いイメージが強い力を生む。仲間の傷に注がれた癒しの水は、逆再生するように受けた傷を塞いでいく。
「さくっとテンションを下げて大人しくなって貰いましょーかね」
「テンションを下げる……なぜあのテンションが……妬ましい」
ぶつぶつと呟く泰葉。泰葉の興味は古妖の強さではなく、ゲコゲコと元気良く暴れるそのテンションにあった。聞くところによると雨が降る時期以外は人間とうまく付き合っていた。割合温厚な性格なのは想像に難くない。なのに、どうして?
相手の観察と解析をしながらも古妖を攻める手は休めない。神具を手にして源素を練り上げる。纏った炎が古妖の肌を焼き、皮膚の粘性を蒸発させていく。だが降り続ける雨が乾燥させた肌に潤いを戻していく。ダメージは蓄積するが、皮膚を完全に乾燥させることはできそうにない。
「やはり雨がネックかね。ふぅむ……」
雨とカエル。厄介な組み合わせだな、と泰葉は唸った。視界と足場に制限を受け、十全にこちらの能力を発揮できない状態での戦いだ。
「流石カエルの親分だ」
「まだ、負けませんよ」
「しぶといのは王家の基本スキルさ。余、第二王子だけどね」
「やれやれ。感情の高揚が力を得たのかな? 興味深い!」
前で戦う義弘、たまき、プリンス。そして泰葉が古妖からの攻撃を受けて命数を削られる。
「痛い目見たくねぇなら、そこで寝てろ。おらぁ、もう加減しねぇど」
起き上がる覚者に古妖が告げる。だがここで倒れて戦闘を放棄する覚者はいなかった。
雨の中、古妖と覚者の闘いは激化していく。
●
覚者達は巨大な蛙の身体を通さないように、常に三人の前衛を敷いていた。ダメージを受けた者が一旦下がり、回復をしてから前に出る。
「予想はしていたけど、しぶといですね」
「こちらも気合を入れなおさないといけないな」
古妖の強みは、雨という状況で発揮される復活能力と、そのタフネスだ。覚者の攻撃を受けながら、隙を見せれば痛烈な一撃を加えてくる。ハイテンションではあるが、戦い慣れしているのは確かなようだ。
そんな様子を見て、泰葉は苛立ちを感じていた。負けるかもしれないという焦燥もあるが、何よりも雨の中でここまでテンション高めになっているカエルに対してである。
(わからない。何故ここまで高揚できるのか?)
泰葉はとある事故により自分の感情が理解できないでいる。今自分が抱いているのが悦びなのか悲しみなのか。それが分からない。喜怒哀楽の仮面を持っているのは『なんとなく自分は今この感情を抱いているのでであろう』……という予測である。自分自身の事なのに、まるで他人事のように『感情』を見ていた。
そんな泰葉が他人の感情に興味を持つのは、自然な流れだった。喜び、怒り、悲哀し、楽観する。どういう時にどういう感情を抱くか。まるで方程式のように理解しようとしていた。しているつもりだった。
だが、目の前の古妖はその方程式に当てはまらない。感情というモノに対し、自分が抱いていた土台が崩れる。自分は感情を理解していたのではないのか? 古妖だからか? カエルだからか? そもそも感情とは理解できるモノだったのか?
「――はっ!?」
気が付けば、カエルのテンションを押さえるために魂を込めた全力の一撃を放っていた。強烈な爆風は雨を一時退け、炎は古妖を吹き飛ばす。それはまるで理解できない感情を否定するように、強烈な一撃だった。
「……アレだね、非常に不愉快だったからね。多分嫉妬……という感情なのかな? 良くわからないが、あんなに楽しそうにしてるのを見たら……思わずね」
一撃を放った泰葉さえも唖然としていた。『感情的』になった自分が信じられないという声だ。驚きも含め、疲れたようにフラフラする泰葉。
「おお……。今のは効いたど。んだども、雨の降る日はまだまだやれるー!」
ともあれ古妖の体力を大きく削ったのは事実だ。覚者はこのまま一気呵成に叩き込もうと神具を握る。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
『煌炎の書』を手にして炎を放つラーラ。雨を操る、というのは厄介な能力だがラーラの炎を消すものではない。研ぎ澄まされた炎が矢のように降り注ぎ、帰るの滑った肌を焼いていく。
「ツム姫も手伝ってよー、精神的なアレとかじゃなくて」
「いいよー。あ、その後でいいんで気力回復お願い」
古妖が雨を強く降り注がせたのを見計らって、プリンスが合図を出す。術の反動時に攻撃を集中させて、一気に打撃を与えようと指示をした。紡は頷いてプリンスからもらった『ネウラ・クーンシルッピ』を振るい……気力不足を訴える。
紡が神具を振るい、稲妻を生み出す。鳳凰の形をした蒼い稲妻が戦場を舞ったかと思うと、その軌跡を追うようにプリンスが飛びかかる。深く踏み込み強く打つ。相手の動きに合わせて鋭い一打を放つ。単純故に奥が深い槌の一撃。
「流石、ランク3と渡り合えるだけの古妖です。でしたら!」
畳みかける様な覚者の攻めを見て、まだ崩れない古妖。それを見てたまきが両腕を硬化する。腰を低くかがめて古妖に近づき、突き出すように両手を動かし打撃を加える。双掌打。弓を引くように背筋に力を込め、矢を放つように硬化した腕を突き出す。
「実際大したもんだ。まだ体力が残ってる」
古妖の体力をスキャンしながら凜音が回復の術を行使する。手練れの覚者の数倍の体力を持ち、天然の皮膚による防御も弱くはない。古妖を殺すつもりはないが、手心を加えれば一発逆転もあり得たかもしれない。だが、
「分かってるわん。加減はしないわよん」
言って輪廻は妖艶にほほ笑む。雨に濡れた髪の毛が肌に落ち、起伏の大きい体を滑って落ちていく。美しい肢体にして鋭い武器。輪廻はその肉体を魅せるようにしながら戦っていた。速く、鋭く、美しく。花のように、刃のように。
「大したもんだったよ、カエルの親分。だがこれで終いだ」
息を整えながら義弘が告げる。盾で古妖の動きを食い止めながら、メイスと足のスパイクで打撃を加える。古妖の呼吸も荒く、限界も近いのが見てとれた。ここが攻め時とメイスを振り上げて一気に叩きつける。
「強かったぜ。親分が人間の敵じゃなくて、本当によかったぜ」
腹部に叩きつけられるメイスの一撃。その衝撃が古妖の内部に響きわたり、その意識を奪い取った。
●
「すまねぇだ。おらぁ、迷惑かけちまっただ」
戦い終わってしばらくした後、意識を取り戻したカエルの古妖、雨宮が土下座して謝った――元々四つん這いということもあるが、それはそれで。
「お前さんの能力は、水不足に悩む地域でありがたいと思われるんじゃね? まだ雨を降らせたいなら、そういう乾いた場所に行ってやるといいさ」
「おらぁ、そういう地域に行くとへばっちまうだよ」
凜音の提案に、困った顔で頭を下げる雨宮。何を……と言いかけてカエルだしなぁ、と思い直した。カエルにとって乾燥した空気は、人間にとっては酸素の薄い高山のようなものなのだろう。無理強いはできない。
「FiVEの仲間になってほしかったんですが……それだと人の街に来るのは難しそうですね」
「んだなぁ。でも、力貸せぇ、言われたら出来るだけ貸すど」
しょんぼりとするたまき。かなりの強さを持つ古妖だ。FiVEの仲間になれば心強いだろうと思っていたのだが、生態の違いはどうしようもない。最も当人は可能な限り貸しは返す、と言っていた。
「ちなみに梅雨時期以外でも雨を降らすこととかできるんですか? それができるなら日照りの日とかに潤いをもたらすこともできると思うんですが」
「できるども、夏は暑いのが当然だど」
ラーラの問いに首をひねるような声を出す雨宮。基本的に四季の流れには逆らうつもりはないらしい。よほどの日照りなら干渉するが、そうでない場合は自然に任せる。雨を多く降らせるのは、あくまで梅雨だからという事らしい。
「ところで雨宮様は何でそんなに雨でテンションが上がってしまったんだい? 後学の為に教えてくれ。どうしたそんなに喜の感情を得られるかを」
「よくわからねぇけど、人間だって温泉に入ってるときやお酒飲んでるときはそうなるんじゃねぇか?」
感情の事で疑問に思っていた泰葉が言葉をぶつける。帰ってきた答えはなるほどと思わせるものだった。環境変化等による交感神経の活発化。それによるリラックス効果。なるほどそういうものか。一人泰葉は納得していた。
「サケと言えば、こういうのはどうだい? ダイギンジョー。サケなのに辛いんだって」
プリンスは酒瓶を取り出し、雨宮を酒盛りに誘う。大吟醸。大雑把な説明だが、精米により50%以下になった米をゆっくり低温で発酵させたモノに、醸造アルコールを加えた日本酒である。この醸造アルコールが辛さの元となっているのだ。
「ほんとはね、パンチじゃなくてこいつで手打つつもりだったんだよ」
「お。いいお酒」
プリンスの持つ酒に目を光らせる紡。その他、成人している覚者達も様々な反応を示した。
斯くして、雨上がりの川床で宴が始まるのであった――
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
