紫陽花の招待状
紫陽花の招待状



 曇天の雨雲から滴るように、雨粒がアスファルトをうちつけている。
 黒に白に赤にと色とりどりの傘をさしながら、水たまりを避けて道を歩く学園の生徒たちを、FiVE所属の夢見である参河 美希(nCL2000179)が、職員室の窓越しに見下ろしていた。
「もうすぐ、6月も終わりね」
 美希がFiVEに来てから、はやふた月。思えばあっという間の日々だった。
 入学式の桜は瞬く間に散り、葉桜の5月が終わったかと思うと、もう紫陽花に赤みがさしている。もう少しすれば、土から這い出たセミがみんみんと鳴いて、夏の訪れを告げることだろう。
 思えばこのふた月で、世の中の流れは大きく変わった。大妖達の襲撃。そして、AAAの壊滅……
 今後FiVEがどうなってゆくのか、こればかりは美希の夢でも予知できない。ひとつだけ分かっているのは、FiVEは今まで以上に過酷な戦いを強いられるだろうということだ。
「皆、依頼続きで忙しそうだし……ここはひとつ、ゆっくりしてもらおうかしら」


「近くの公園で、紫陽花が咲くようです。少し、羽を伸ばしに行きませんか?」
 教室に集まった覚者に、美希が告げた。
 公園は、とある名家の庭園を市が買い取って管理している場所で、一般にも開放されている。名家の旧主は紫陽花好きで有名な人間だったらしく、この季節になると、園内には一面の紫陽花が咲き乱れるという。
 公園はちょうど正八角形の形をしていて、そこを紫陽花の咲き乱れる小道が八等分割するように蜘蛛の巣状に走っている。
 園のちょうど中心部には、屋敷を改築したカフェがあるので、ここでお茶を楽しみながら紫陽花を眺めるのもいいだろう。傍にはお土産の販売所があり、紫陽花を描いた絵馬や紫陽花のストラップなどを売っている、絵馬は願い事をして結ぶ事も出来るようだ。
 美希の予知によると当日の天気は午前中が晴れ、お昼が曇り、午後には小雨がぱらつくそうだ。参加する時間には特に指定がないので、好きな時間帯を選んでのんびりとひと時を過ごそう。
 一人で参加するの良し。仲間や友達、恋人と参加するも良し。
 紫陽花を鑑賞するも、小雨の雨音に耳を傾けるも、お茶を満喫するのもよし――
「6月の終わりを、ゆっくり楽しんでいってくださいね」
 美希はニッコリと微笑み、依頼の説明を終えた。


■シナリオ詳細
種別:イベント
難易度:楽
担当ST:坂本ピエロギ
■成功条件
1.梅雨のひと時を楽しむ
2.なし
3.なし
ピエロギです。もうすぐ6月も終わりですね。
季節の変わり目と言うことで、のんびりとイベントなどいかがでしょう。

●シナリオで出来ること
紫陽花を鑑賞したり、カフェでくつろいだり、絵馬を結んでお願い事が出来ます。
当日の天気は、朝(晴れ)、午前(曇り)、昼以降(小雨)となっています。

●ロケーション
五麟学園の近くにある市民公園。
紫陽花好きで知られた名家の庭園でしたが、今は五麒市が管理しています。
梅雨になると紫陽花が満開になり、五麟の内外から観光客が訪れるようです。
主な見どころは以下の通りです。

1.散歩道
別名「紫陽花の小道」と呼ばれる、公園内の散歩道です。
色とりどりの紫陽花が咲いた道を、のんびりと散策しましょう。

2.おみやげ販売所
公園内に設置されたブースです。
紫陽花の描かれた絵馬、紫陽花のストラップ等、紫陽花関連のグッズを販売しています。
絵馬は願い事をして結ぶ事も出来ます。

3.カフェ「ペトリコール」
公園内に設置されたカフェで、軽食やスイーツを注文できます。
カフェの雰囲気に合致した食事であれば、原則なんでもOKとします。
最近は、紫陽花にちなんだ菓子が売れ筋のようです。


NPCの参河 美希(nCL2000179)は、
「朝:散歩道 → 午前:絵馬販売所 → 午後:カフェ」のルートで移動します。
美希と行動を希望する場合は、プレイングにてご指定下さい。

●お土産の発行について
イベントに関連するアイテム(紫陽花や絵馬など)をお土産として発行します。
発行希望者は【発行希望】・名称・設定の3点を必ずご記載下さい。
(プレイング欄・EXプレイング欄、どちらの記載でも構いません)

・字数上限は名称(全角14文字以内)、設定(全角64文字以内)とします。
・記載事項に漏れがあった場合、アイテムは発行されません。
・字数オーバー、内容に問題がある場合はSTが修正を行う場合があります。

●イベントシナリオのルール
・参加料金は50LPです。
・予約期間はありません。参加ボタンを押した時点で参加が確定します。
・獲得リソースは通常依頼難易度普通の33%です。
・特定の誰かと行動をしたい場合は『御崎 衣緒(nCL2000001)』といった風にIDと名前を全て表記するようにして下さい。又、グループでの参加の場合、参加者全員が【グループ名】というタグをプレイングに記載する事で個別のフルネームをIDつきで書く必要がなくなります。
・NPCの場合も同様となりますがIDとフルネームは必要なく、名前のみでOKです。
・他STの管理するNPCは登場させることが出来ません。
・イベントシナリオでは参加キャラクター全員の描写が行なわれない可能性があります。
・内容を絞ったほうが良い描写が行われる可能性が高くなります。
・未成年の飲酒喫煙、ならびに公序良俗に反するプレイングはご遠慮下さい。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
(3モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
50LP
参加人数
24/30
公開日
2017年07月11日

■メイン参加者 24人■

『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)
『想い重ねて』
蘇我島 恭司(CL2001015)
『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『淡雪の歌姫』
鈴駆・ありす(CL2001269)
『使命を持った少年』
御白 小唄(CL2001173)
『居待ち月』
天野 澄香(CL2000194)
『天を舞う雷電の鳳』
麻弓 紡(CL2000623)
『エリニュスの翼』
如月・彩吹(CL2001525)
『ホワイトガーベラ』
明石 ミュエル(CL2000172)
『花守人』
三島 柾(CL2001148)
『FLIP⁂FLAP』
花蔭 ヤヒロ(CL2000316)
『豪炎の龍』
華神 悠乃(CL2000231)
『雷麒麟』
天明 両慈(CL2000603)
『花屋の装甲擲弾兵』
田場 義高(CL2001151)
『マジシャンガール』
茨田・凜(CL2000438)


 FiVEの傍にある市民公園は、五麟市が誇る観光名所のひとつだ。
 かつて名家の庭園だったこの場所は、梅雨の時期になると、園の一面が紫陽花で覆われる。
 紫、青、白、赤……朝露を浮かべる色とりどりの紫陽花が今を盛りに咲き乱れ、公園それ自体が1本の紫陽花となるのだ。
 開園時間を迎え、入口の鉄柵門がキィッと静かな音を立てて開く。
 来客を歓迎するように、紫陽花のまとう朝露が朝日でキラキラと輝いた。

 庭園を埋め尽くすように咲く紫陽花を眺めながら、三島 柾(CL2001148) は背を反らせて息を吐く。仕事に忙殺されていた彼の、久々の休暇だ。
「たまにはこういう息抜きも必要だよな」
 滴を払ったベンチに腰かけ、のんびりと周りを見渡せば、FiVEの見知った顔がちらほら見えた。紫陽花の鑑賞に散策にと、皆、有意義なひと時を楽しんでいる。
(こういう日常があるから、頑張れるんだろうな)
 膝にちょこんと乗った守護使役を撫でながら、柾は、名付け親である柾の妹に思いを巡らせた。
 妹は五麟学園の大学部に進学して充実した日々を送っていると聞いている。真面目な性格だから、きっと今日も勉強に励んでいるのだろう。おもむろに小道の花壇を見渡せば、ふと目につく紫陽花があった。透き通るようなアイスブルーの花びらが、妹の瞳に重なった。
(帰ったら、あいつにも見せてやるか)
 スマホを起動して、カメラのフレームに紫陽花を収める。
「はい、笑って」
 レンズの向こうで妹が、そっと柾にほほ笑んだ。

 日が昇りきらない庭園の小道は、涼やかな空気をはらんでいた。
 御白 小唄(CL2001173)とクー・ルルーヴ(CL2000403)が、赤と白の鮮やかなカラーブリックをのんびりした足取りで歩いてゆく。
「朝のひんやりした空気が心地いいですね!」
「はい……私もそう思います」
 朝の庭園で深呼吸する小唄に、普段と変わらない怜悧な口調のクーが頷いた。
 灰色の髪の間から覗くクーの犬耳は、今日はぱたんと後ろに倒れている。緊張を示すサインだ。彼女は今日、ある決意を胸にここに来ていた。
「一緒に散歩すること多いですよね、僕たち。先輩となら何だって楽しいですけど!」
「ええ……私もそう思います」
 小唄の朗らかな笑顔に、クーはただ頷くだけ。大好きな小唄の前ではいつも元気な犬の尻尾も、今日はやけに大人しい。それからもクーはしばらく黙って歩いていたが、やがて意を決したように、小唄に向き直った。
「小唄さん。ひとつ、我儘をいいでしょうか」
「えっと、我儘……ですか? 応えられることでしたら、はい」
 首を傾げ、クーを見上げる小唄。
 クーは、金色の瞳で小唄を見つめながら、そっと口を開いた。
「私のこと、名前で呼んでいただけませんか」
「名前で……? 先輩ではダメ、ということでしょうか」
「先輩後輩でなく、……彼女です。散歩の、デートの間だけでいいですから」
 一言一言を刻むように、クーは語りかける。金色の双眸が輝きを増し、小唄に降り注ぐ。
「いや、ははは……なんかその、照れますね……」
 頬を赤くして、小唄が頭をかいた。

(どうしましょう……ドキドキします)
 小唄は戸惑っていた。好きな相手から告白されるのが、これほど緊張するとは。
(先輩は年上ですし、それに女性ですし……)
 クーを呼び捨てにする――想像しただけで、小唄の顔は真っ赤になった。
 恥ずかしかった。照れくさかった。
(でも先輩は……クーは、それを望んでいる。それなら僕は……)
 ほんの少しの逡巡のすえ、小唄は言った。小さな小さな声で。
「えと……く、クー……!」
「はい。小唄」
 人気のまばらな紫陽花の庭園で、小唄とクーの視線がそっと絡み合う。
 クーの手が頬に添えられ、小唄はそっと瞳を閉じた。
――大好きですよ。
 キスの瞬間、クーは確かにそう言った。
 小唄は決意する。この幸せは、絶対に手放さないと。
「それじゃあ散歩の続きしましょう。……クー」
「はい。一緒に行きましょう。小唄」
 小唄が差し出す手を取って、クーはそっと指を絡めた。

「紫陽花、綺麗に咲いてるねえ」
「はい。しっとり、いい香りがします」
 工藤・奏空(CL2000955)と賀茂 たまき(CL2000994)が、紫陽花の小道をそぞろ歩いていた。
「紫陽花ってさ、移り気だったり浮気だったり、あまりいい花言葉聞かないじゃない?」
 たまきに足取りを合わせながら、奏空がそっと語りかける。
 たまきはこくりと頷いた。確かに、紫陽花の花言葉にはネガティブな単語がよく並ぶ。高慢、冷淡、嘘つき……
 でもね、と奏空は続ける。
「いい花言葉もあるんだ。『家族団欒』。小さい花弁が集まってひとつになってる花だからかな」
「家族、団欒……」
 それを聞いて、ふとたまきは想像した。奏空と一緒に家庭を築いた、幸せな未来を。
(そうなれたら、良いなぁ……)
 先月、奏空は16歳になった。あと数年たてば、立派な大人の男性になっているだろう。
(その頃には、私は……きっと大学部に入って、FiVEの覚者として戦って……)
 たまきがあれこれと想像を遊ばせていると、カフェ「ペトリコール」の看板が見えた。
 風格を感じるレンガづくりの屋敷で、くつろぐには丁度よさそうだ。
「たまきちゃん。午後からは小雨だっていうし、中入ろうか」
「そうしましょう。ちょうどお昼ですし」
 ブラックボードのお勧めメニューを見て、奏空はたまきを振り返った。
「たまきちゃんは何頼む? 俺は暖かいカフェオレと、季節限定のスイーツをを頼もうかな」
「私は温かい紅茶と、フレンチトーストが良いです。お菓子は、えーと……」
 たまきは、ボードに書かれた紫陽花の銘菓ラインナップに目を寄せた。
 カップケーキ、レアチーズケーキ、羊羹、葛きり……どれも美味しそうで、目移りしてしまう。
「奏空さん。せっかくですから、分け合って食べませんか?」
「本当に? やったー! そうしよう!」
 小さな子供のようにはしゃぐ奏空に、たまきは微笑んだ。
 奏空とこうして居られる事が、これからも沢山続くように。そう祈りながら。

「見て、あの葉っぱ」
「どうした? ……おお、可愛いカタツムリだな」
 田場 義高(CL2001151)は、娘の那海が指さした先を見て、思わず破顔した。
 彼は今、妻と娘の3人で、紫陽花を見に来ている。普段仕事で忙しい、義高のささやかな家族サービスだった。
「ねえ、どうしてアジサイはお饅頭を挟まないの?」
「アジサイの饅頭……? なんのことだ? そんなスイーツはなかったはずだが……」
 先ほど食事をしたペトリコールのメニューを思い返しながら、義高は首を捻った。
 察しの悪い父を見て、那海は頬を膨らませる。
「もー。桜餅や柏餅には葉っぱがあるのに、なんでアジサイにはないの?」
「ははは、そういうことか」
 義高は得心した。まだ幼いのにそこに気が付くとは、さすがは花屋の娘といったところだ。
「アジサイはな……食べるとお腹が痛い痛いになるのさ。那海の周りには、食べていい葉っぱとだめな葉っぱがあるんだよ」
「アジサイ、食べられないの?」
 那海は目を見開いた。義高の言葉は、大きな驚きだったらしい。
「ああ。今度、一緒に覚えような」
「うん! 教えて!」
 笑顔で頷く那海に、義高と彼の妻は、顔を見合わせて微笑み合った。


 午後を回ると太陽は雲に隠れ、小雨がぱらつき始めた。
 明石 ミュエル(CL2000172)のかざした掌を、ぽたり、ぽたりと雨が濡らす。
「折りたたみ傘……出さなきゃ――」
「あ、ちょっと待って」
 一緒に紫陽花を見ていた宮神 羽琉(CL2001381)が、バッと傘を開いた。翼人の彼が使う傘は、普通の人のそれより大きいのだ。
「よかったら一緒に」
「じゃあ……お言葉に甘えて、お邪魔します……」
(まさか……まさか、この大きな傘が、最大の活躍をする日が来るだなんて!)
 そっと傘に入ったミュエルと一緒に、羽琉は紫陽花の小道を歩き出した。ミュエルとの相合傘という今の状況は、嬉しすぎて頬でもつねりたい気分だ。
「色とりどりの紫陽花、すごく綺麗だね……」
 微笑みを浮かべたミュエルが、小道を彩る紫陽花を愛おしそうに見つめた。
 守護使役のレンゲさんも、ぴょんぴょんと弾んだように花の上を飛び跳ねている。
「鮮やかな青や紫、赤いのも綺麗だけど……アタシは、白や淡い水色のが好きかな……。羽琉くんは、どれが好き……?」
「白は柔らかい感じでいいですね……一番は、紫かな。それも明るいやつ」
 照れながら羽琉が答えた。紫――ミュエルの瞳と同じ色だ。
「そっか……紫だと……白より土の管理が手間になるかな……」
 話題が花に及んだことで、ミュエルは梅雨時の花のことを話し始めた。
 紫陽花の花の色、土の酸度の管理、剪定の時期やそのやり方……
「ごめん……退屈だった、かな…?」
「全然! ミュエルさんの話、もっと聞きたいです!」
 ふと相槌が返ってこないことに気づき、ハッと羽琉を見上げるミュエル。
 聞き入っていた羽琉が、あわててかぶりを振った。
「一緒に何かを育てるとかも、いいなって。僕、思います」
「うん……二人で、お花を育てるのも……きっと、楽しいよね……」
 大きな傘の下で、羽琉とミュエルは紫陽花をそっと眺めていた。

「やっぱり、紫陽花には雨模様が似合うねぇ」
 濃紫の紫陽花にピントを合わせ、蘇我島 恭司(CL2001015)はカメラのシャッターを切った。
 傘を担ぎながらの撮影は若干負担だ。両手で構える一眼レフの仕様がなんとも恨めしい――
 そう思っていたところへ、柳 燐花(CL2000695)がそっと傘を差し出した。
「傘さしながらの撮影は大変だと思いますし、こちらに入りませんか?」
「ありがとう。じゃあこれで最後だし、甘えちゃおうかな」
 燐花の傘にそっと入り、てきぱきとした動作で紫陽花をフィルムに収めてゆく恭司。
 間近に見る恭司の広い背中に、ふと燐花の胸の奥が小さく疼いた。
「撮影が終わったら、少しこのまま散策しようか」
「はい、そうですね」
 小さな声で頷く燐花。いつもと変わらぬ恭司の振る舞いに、燐花は大人の男性の余裕を見る。
 恭司の気持ちを知ってから、どう接していいのか、自分は未だに分からないというのに。
「撮影、終わったよ。ありがとう」
 笑顔で礼を言う恭司に、燐花はそっと言った。
「もう少しこのままでいませんか? 一緒の傘にいる方がお話ししやすいと思うのです」
「うん。じゃあ、そうしようか」
 恭司は深く頷くと、燐花と一緒に小道を歩きだした。
(あともう少しで、七夕なんだねぇ……)
 その頃には、全ての答えが出るだろう。
 燐花の息遣いを間近に感じながら、恭司は近い未来に想いを巡らせた。

 そぼ降る紫陽花の小道を、4色の傘がゆっくりと通り過ぎてゆく。
 時任・千陽(CL2000014)。椿 那由多(CL2001442)。十夜 八重(CL2000122)。
 先頭をゆくのは切裂 ジャック(CL2001403)だ。
「あじさい、きれいやなー!! おっ、可愛いの見っけた!!」
 雨音をかき消す大声でジャックが目を輝かせた。彼が差すのは赤い番傘。どうやら、葉に乗った小さいカタツムリに興味を奪われたらしい。
「おー! かわいいツノやのう! 槍は出すなよ!」
 つんつんとカタツムリを突いて遊んでいるうちに、ふとジャックは名案を思いつく。
 雨を操って花を描いてみる、というものだ。透き通る透明な花は、きっと美しいだろう――脳裏で思い描いた光景に、ジャックは胸を躍らせる。
「試してみよっと! ぬううう……」
 さっそくジャックは源素を空間に凝縮させ、じわじわ水滴を集め始めた。
「ぬううううう……あ」
 ようやく花びら1枚が完成するかというところで、ジャックの集中力は音を上げた。
 水の花びらが音もなく飛び散って、紫陽花の上に降り注ぐ。
「飽きた! 他の事する!」
 番傘を天高く放り投げ、ジャックが煉瓦道をダダダダと走る。
「ひゃっほおおおおおお!! いえええええええええ!!」
 小雨交じりの湿った風に頬を撫でられ、思わず歓声をあげるジャック。
 そんな彼を、那由多と八重が、後ろの方でにっこりと見守っていた。
「ジャックは、ほんま無邪気で楽しそうや、ええ顔しとる」
「ふふ、なんだか4人でダブルデートみたいな感じですね?」
 八重は言いかけて、んー、と顎に指を当てた。やや的を得ない例えと思ったからだ。もっとうまく言えば、そう……
「ジャックさんがワンワンみたいですし。飼い犬のお散歩でしょうか?」
「ワンワン……ふふ、おかしいなあ。八重さん、紐いる?」
「誰が犬か!」
 にっこりとほほ笑む那由多にジャックが目をとがらせるも、彼の興味はすぐ別の方に移った。
「ハッ! 空が泣いてる! ひょっとして俺のために? よしよし、俺が慰め……」
 勢いあまって駆け出して、道のレンガにつまずいて、頭から紫陽花の木にダイブするジャック。
 八重は「周りに迷惑をかけたら駄目ですよ?」と釘を刺し、小道の紫陽花に目を落とした。
「ふふ、濡れた花は独特の艶やかさがありますね。違った一面を見せるみたいな」
「ええもんですね。雨粒がきらきら光って……紫も綺麗やし、向こうの浅黄色も」
 そう言って那由多が指差した先では、千陽が黒い傘を広げて、浅黄色の紫陽花を観賞していた。
「『紫陽花や 帷子時の 薄浅黄』……いい色ですね。かの俳聖が夏の訪れを見出すのがよく分かるほど、爽やかで美しく思います」
 浅黄とは葱の葉にちなんだ色で、浅葱色とも言う。ありふれた着物――帷子の色に初夏の風情を見出した句だ。雨を背に、黒い傘で歩く千陽の姿には、何とも言えない色気があった。
「君たちもまた華やかに思えますよ。傘も相まってこちらにも紫陽花の花が咲いているようです」
 こんな気障な台詞がまったく嫌味に聞こえないほど、千陽の立ち居振る舞いは板についている。
「あら。水も滴るいい男とかの言葉もありますし、時任さんも濡れたら色っぽそうですよ」
 八重はふと自分の言葉を想像して、くすりと微笑んだ。
「ジャックさんみたいに雨に濡れてはしゃいでる姿、想像できませんけど」
「ちかさんは、……確かに想像出来んかも?」
 くすくすと笑う八重と那由多に、千陽が勘弁してくれといった表情で苦笑を浮かべる。
「雨に濡れてはしゃぐような年齢ではありませんしね。それに、風邪をひくのは嫌ですから――」
 スッ、と千陽が手を差し出した場所に、ジャックの番傘がふわりと降りてきた。
「やれやれ。まったく切裂ときたら」
 小さく溜息をつくと、千陽は濡れ鼠で震えるジャックに歩み寄った。放っておいたら、日が暮れるまであの調子で遊び続けるだろう。
「ジャック! 濡れたら風邪ひきますよっ! ほら、傘さしてっ!」
 半ば強引に赤い傘を押し付けると、千陽は用意したタオルでジャックの頭を拭いた。
「ちべたいちべたい。……わぷ、なんでタオルあるん」
「長い付き合いですからね。大丈夫でしたか?」
「ときちか、俺のこと心配してくれるん?」
「違います。紫陽花の方です」
 そっとジャックがいた花壇に目をやれば、花に傷はないようだ。内心で胸を撫で下ろす千陽の前で、ジャックが盛大にくしゃみをした。
「へくしゅん! ときちかー、あったかいのが飲みたい」
「拭き終わるまで待ちなさい」
「あらあら可愛いくしゃみやね、ジャック。少し休んで行こか?」
「そうですね。彼処にお店が見えますし、暖かいお茶に甘いお菓子を」
 こうして4人は傘を並べて、カフェの方へと歩いていった。

 学校帰りに雨に出くわして、気になる二人で相合傘――
 黒崎 ヤマト(CL2001083)と鈴駆・ありす(CL2001269)は、そんな夢のようなシチュエーションの真っただ中にいた。
(相合傘で歩いてると、いつもより距離が近くて、ドキドキするな)
 高鳴る胸を押さえながら、ヤマトはそっと、ありすを見下ろした。
 彼女は先ほどから、自慢の赤いツインテールをぷいとそらし、マフラーに顔を埋めたまま。雨に降られて、ヤマトの傘に入ってから、ろくに口をきこうともしない。
「し……仕方なくよ、仕方なく」
 気まずい沈黙に耐えかねたように、ありすが小声でそっと呟く。赤くなった頬を隠すように、ありすはマフラーにますます顔を深く埋めて、そっと口を尖らせた。
(朝あんなに晴れてたのに……うぅ、失敗したわ)
 せめて折り畳み傘を持ってくれば――己の迂闊さを悔やみながら、ありすは体を震わせた。
 見かねたように、ヤマトがそっと声をかける。
「寒かったら、温めるか?」
「……うん、そうする」
 冗談めいた口調で返すヤマトに、ありすは小さく頷いた。
 傘を握るヤマトの腕に、そっと寄り添うありす。服を通じて伝わってくる温もりに、ふとヤマトを見上げれば、思い切り目が合ってしまった。
「あ……あんまりこっち見ないでよ。恥ずかしいじゃない……バカ」
「ごめんな。……なあ、紫陽花って、色で花言葉が変わるんだったな」
 俯くありすに謝ると、ヤマトは話題を変えた。
 花壇の中で寄り添うように咲く紅白の紫陽花を、そっと指差す。
「ありすなら、白。かな? 花言葉は寛容だって」
「花言葉、ねぇ。あまり気にしたことなかったわ。色で言えば、ピンクが一番好きね」
「そうか。言われてみれば、ピンクも似合うかも」
 ありすの言葉に、ヤマトの頬が綻んだ。
 元気な女性――ピンクの紫陽花の花言葉だ。
「……少しだけ、雨を好きになれそうかも」
「うん。もう少し、雨が続くといいな」
 マフラーの下で、そっとありすが呟く。
 ヤマトも静かに微笑んで、そっと返した。
 お互いの温もりを感じながら、ふたりは紅白の紫陽花を愛おしそうに見つめていた。

「あ、傘は私が持ちますね」
 華神 悠乃(CL2000231)は天明 両慈(CL2000603)から受け取った傘を、バッと開いて差し出した。
 足取りで小道を歩くふたり。右隣の悠乃がそっとまわす腕に、両慈は応じて――
「……ん?」
 ふと両慈は違和感を感じた。悠乃が絡めてきたのは、左腕。傘を持っているはずの腕だ。
(妙だな? どうやって傘を……)
 首をひねる両慈の頬に、冷たい鱗がそっと触れる。そこで両慈は得心した。
「なるほど、尻尾で傘を……器用なものだな、そんな事も出来るのか」
「はい。こうすると両手が空くので……」
 悠乃はちょうど二人が雨露をしのげる高さに、尻尾を掲げて見せた。
 そうして身を寄せ合うように、悠乃がぎゅっと腕を組む。
(両慈さんは周りにあまり弱みとか見せない方ですから。これなら、肩の力も抜いてくれるかな)
 そんな悠乃の思いを察したのか、両慈はそっと彼女の腕を取って歩き始めた。
「……成、程。確かにこれは、まぁ悪くはない、な」
「でしょう? これなら邪魔にもならないです」
 小雨と傘のせいで、ふたりの姿は周りからはよく見えない――分かってはいても、悠乃に身を預けられた両慈は、つい赤くなってしまう。
「もう梅雨入りの時期か…早いものだな」
 しばらく身を寄せ合うように歩いていると、ふいに両慈が口を開いた。
「いまF.i.V.E.は慌ただしい。悠乃と過ごせる時間も、削られてしまうかもしれないな」
 もう今年も半分が終わり……などと言うと、呑気に聞こえるかもしれないが、この半年は本当にあっという間だった。
 ふと思う。来年の今ごろ、自分と悠乃は、どこで何をしているのだろうと。
「……悠乃。その……ありがとう」
「いえいえ」
 悠乃の心遣いを両慈は愛おしく思った。忙しくなる前にと、時間を作ってくれたのだろう。
 両慈の「ありがとう」に、悠乃はそっと微笑む。
「……雨、しばらく止まないと、良いな」
 すっと呟く両慈に、無言で身を寄せる悠乃。
 ふたりは静かに、雨の小道を歩いて行った。

「たまには、こういう散歩もいいね」
 雨の小道に足音を響かせながら、如月・彩吹(CL2001525)は公園の空気にそっと耳をすました。
 新品の傘が雨粒を弾く音に、カエルの合唱が伴奏に加わる。
「如月さん、あそこに黄色い紫陽花が。珍しいですね」
「ああ……沢美人だね」
 天野 澄香(CL2000194)が指差した花壇では、敷き詰めた宝石のように紫陽花が花開いていた。沢美人、常山常盤、花吹雪、紅……入り乱れる鮮やかな花々に、言葉を忘れて見入ってしまう。
「雨も風情がありますよね……せっかくですから、皆で――」
「うん、やっぱり紫陽花には雨が似合う。向こうにカフェがあるし、3人でお茶でも――」
 言いかけて澄香と彩吹が振り返ると、一緒にいたはずの友達の姿が見えない。
 青い翼の友人、麻弓 紡(CL2000623)の姿が。

 雨は本降りになりつつあった。
 紡には、いつ雨が降り始めたのか分からなかった。いつ目が覚めて、いつ澄香や彩吹と会って、いつから自分がここにいるのか、何も思い出せなかった。
「……どうしたのかな。胸が痛いなあ」
 金色の髪が小雨に濡れたことにも気づかぬまま、紡は目の前の景色をぼんやりと見る。
 語り合うカップル、呑気に歌うカエルたち。輪郭のぼやけてゆく紫陽花。幸せな時間が流れるこの公園で、自分ひとりが置き去られたかのようだ。
「紡ちゃん? 傘、どこにやったんですか?」
「見つけた。何をしているの、風邪をひくよ?」
 背中から聞こえる澄香と彩吹の声にも、紡は振り返らない。
 澄香の白く柔らかいタオルに包まれ、彩吹の広げる傘に守られ、ふいに紡の肩が小さく震える。
「ふたりとも、濡れちゃうよ?」
 澄香と彩吹は黙ってかぶりを振る。
「心の穴が埋まるまで、ずっと一緒にいますからね……」
「雨が止んだら、虹がかかるよ。皆で一緒に見よう」
 服が濡れるのも構わずに、澄香がそっと紡を抱きしめる。
 紡の両目から、涙がこぼれた。胸に残るわだかまりと一緒に、熱い涙がタオルを濡らしてゆく。
 音もなく降る雨の中、紡は声を上げて泣いた。


 カラン――
 カフェ「ペトリコール」のドアベルが、客の来店を告げた。
「1人です。……濡れませんでしたか、ペスカ?」
 髪の小雨の雨粒をサッと払うと、ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は守護使役のペスカを連れて、案内された席に座った。
 彼女は通りを歩いていて、運悪く通り雨に出くわしてしまったのだ。
(雨宿りがてら寄ってみましたが、なかなか良さそうなお店です)
 窓から外を眺めれば、雨はもうしばらく降りそうだ。のんびりと過ごせるメニューがいいだろう。
「紅茶をポットで。それと、フロマージュ・オルタンシア(紫陽花のレアチーズケーキ)を」
 店員に注文を伝えながら、ペスカをそっと胸に抱くラーラ。
 程なくして運ばれてきたチーズケーキは、紫陽花の名に恥じない出来だった。
 ブルーベリーとラズベリー色付けされた、艶めかしいレアチーズ。ふたつのベリーの甘酸っぱさが、程よいアクセントだ。
「ん……色合いだけじゃなくって、味の相性も抜群ですね」
 季節限定なのが勿体ない味だ、とラーラは思った。
「ペスカも食べてみてください。美味しいですよ?」
 体を包む尻尾を恥ずかし気に解いて、ペスカはケーキを恐る恐るついばむように食べると、再び恥ずかしそうに、煙のような尻尾に顔を埋めてしまった。甘えるように転がっているところをみると、喜んでいるようだ。
「気に入りましたか? 後でひとつ、買って帰りましょうか」
 こうしてラーラの午後は、優雅に過ぎていった。

 別のテーブルでは、参河 美希(nCL2000179)が、FiVEの仲間と3人でお茶を飲んでいた。
 ひとりは花蔭 ヤヒロ(CL2000316)。さっき美希が外を眺めていたら、雨の中を「うおー!」と叫びながら傘もささずに駆けてきた子供だ。
 もうひとりは茨田・凜(CL2000438)。洋菓子店の喫茶部門で働く18歳のシングルマザーだ。
「ミルクと紫陽花カップケーキ、あとカプチーノも! それからな、出来たらラテアートで……」
 店員にオーダーを出す凜の隣で、ヤヒロはオッドアイの目をキラキラと輝かせる。
「先生! どうやったら僕の背は伸びますか!?」
「花蔭君の、背……?」
 思いもよらぬ質問に、美希は思わず聞き返した。
「そうなんだ! 縦にも横にも、ひっぱれば伸びるけど背だけは伸びないんだ!」
 どうやらヤヒロの目下の悩みは、背が伸びないことらしい。
 うーん、と頭を抱えるヤヒロに合わせて、守護使役のタンホイザーも頭を抱える。
「そうだ、どのくらい伸びるか見せてあげよう! 手伝え、タンホイザー!」
「まあ」
 美希は堪えられず、吹き出してしまった。
 ヤヒロの「むぐぐぐ……」と、両手で頬を横に伸ばす姿が、ハムスターに見えてしまったのだ。
 守護使役のタンホイザーも、ヤヒロの頭を縦に引っ張っている。
(この子、可愛いわ)
 ついつい、美希はそんな事を考えてしまう。とはいえ、当のヤヒロにとっては深刻な悩みだ。いい加減な返事は出来ないと思い、教師の見解を述べることにした。
 見たところ、ヤヒロの歳は中学生くらい。この年齢ならば、これから伸びる子供は沢山いる。
「まずは栄養をしっかり取って、体を作ることだと思うわ」
「それなら牛乳だな! 背が伸びるように祈願だぞー! おー!」
 そこへ、ヤヒロと美希のオーダーが運ばれてきた。
「お待たせしました。こちら牛乳とカプチーノです」
「うわ、先生、ラテアート超似てるやん」
「そう? ……何だか、飲むのが勿体ないわ」
 描きこまれた絵を隣からのぞき込み、凜は思わず感嘆した。
 エッチングで描いた大きい眼鏡の中に、小さい瞳がくりんと描かれている。
 美希がそっと口をつけても、絵のラインは全く崩れない。
(かなり腕のいいバリスタが淹れとるな)
 菓子店員の目でラテを見つめる凜。そこへ、彼女の注文したケーキが運ばれてきた。
「こちら、紫陽花カップケーキです」
「待ってました!」
 凜にとって、スイーツは常に興味と研究の対象。ぜひ食べてみたいと思っていた。
 フォークを手に、ケーキを一口。絶妙に計算された歯触りと風味と味わいに、思わず唸る。
 後でテイクアウトを頼もうと、凜はケーキの名前を書き記した。娘の佳奈も喜ぶに違いない。


 しとしとと降りしきる雨の中、覚者たちの1日はこうして過ぎていった。
 梅雨明けはもう、すぐそこだ。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
『フロマージュ・オルタンシア』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)
『紫陽花カップケーキ』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:茨田・凜(CL2000438)




 
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