還らぬ時を永劫くりかえす
●廻 -Ray the Chimugukuru-
「……行かなきゃ……ここで倒れるわけには」
遠見 廻子《とおみ えこ》は、自らの身体に突き刺さった異物を引き抜いた。
廻子は能力者だった。
歳は成人しているかしていないか程。背は160cm半ば。
長い髪を輪ゴムで簡単に括っている。着衣は白い軍服風コートでAAAの腕章をつけている。
仰向けの姿勢のまま、右の鎖骨から背中にかけて貫いている槍のごときものを抜く。肩の関節が自由になる。
次に、うつ伏せになり、リノリウムの床に手をついて立ち上がる。
「決め……んだ……ゴホッ」
上をには崩壊した天井。
そこから戦闘音が鳴っていた。一つ上は屋上。屋上で誰かが戦っている。
「力……ない人をまもるって……困っている人を……助けるって」
道すがら、腹部やら各所に刺さっているものを抜きながら、階段をのぼる。
一段一段、のぼっていくにつれ、戦闘音は激しくなっていき――やがて、無くなった。
かわりに悲鳴。
階段をのぼりきった塔屋にいたると、竜のごとき骨の怪物が、今まさに一般職員3人へと牙を剥く場面だった。
敵の体長は2m――隅の方に、ちぎれた覚者の腕が落ちている。
「無駄死になんて……悲しすぎるから……お願い、りゅうぞうさん!」
竜型の小動物が「くるるる」と鳴いて現れて、斧を召還する。
廻子は、奮い立たせるように声を張りあげて駆けだした。
「こっちだ! バケモノ!」
一撃。
骨の竜の肋骨を粉砕し、すぐに一般職員の盾になる位置につく。
背後には崩壊した床。下の階へ吹き抜け。不利な位置だが、一般職員の盾になる位置。
「今のうち! 避難して!」
竜の黒い眼窩が廻子へと向く。竜は腕を大きく振り上げて、下す!
鋭き骨の掌、いやさ爪が廻子に飛来する。咄嗟に斧刃の平たい部分で防ぐ。ダギリと接触音。
「……あれ?」
逃げる職員の顔は、黒く塗りつぶされた顔無し。廻子は頭を左右に大きく振って気付けのような動作をする。
「え?」
受け止めていた骨の掌が――受け止めていた筈の爪が大きく伸びた。斧刃の盾を包みこむように。
たちまち、ドスっと簡単な音がした。
続き、斬、ザンッ。ドスっ、どす、ドスと、連続した音が響いた。
白い骨の槍が廻子を貫いたのである。静かに、音はそこで止まった。
一秒ほどの間の後。
「……く……らえ、バケモノ!」
廻子の一撃、伸びた爪を切断す。
切断するがこれが最期――後ろに倒れる。下の階へと落ちる。
「カ……ハッ……ここで……終わりかなぁ……」
いつのまにか現れていた竜型の小動物は、「くるる」と悲しみの声をあげていた。
「……ごめんね、りゅうぞうさん。……大きくしてあげられなくて」
新月は美しく弧を描いている。それにむかって手を伸ばす。
「……たいしたことできない……人生だったなぁ」
竜型の小動物は「くるるる」と落涙す。
やがて、手は新月をつかむことなく、力なくリノリウムの床に落ちて。
キャオオオオオ!
慟哭。竜型の小動物は泣きすがりながら消滅した。
「……行かなきゃ……ここで倒れるわけには」
遠見 廻子は、自らの身体に突き刺さった異物を引き抜いた。
目は最初から虚ろであり、正気などとうに持ち合わせていない。
そして同じことを繰り返す。新月の時にて止まりし、閉ざされた空間で。
何度も、何度も何度も何度も何度も。……
●了から一 -Nupe Mabuyaa-
夢見から預かったらしき映像データは、壊れたDVDのように、繰り返し繰り返し最初に戻るようなものだった。
「AAA本部の事後処理をしていたところ、心霊系『妖』が確認されたわ」
樒・飴色(nCL2000110)が配った資料の結論としては、『妖』を排除せよ、である。
かく、心霊系『妖』というものは、半実体化した思念や怨霊のようなものの総称。
資料の最後のページは、AAAの職員のプロフィール。殉職の文字が書かれていて、更新履歴は大妖事件の翌日だ。
「ランク3。識別名は、遠見 廻子《とおみ えこ》。亡骸は埋葬されているから、本人ではないわ。残留思念の妖化ね」
資料によれば、場所はAAA本部の上層。屋上から一つ下の階の廊下だ。壁に触れると、この空間に転移するらしい。
爆発物で吹き飛ばす案も出たらしいが、心霊系という区分をみるに、物理的な効果は薄く、どうなるか。と廃案になったようだ。
飴色は続ける。
「空間内部の壁や障害物の破壊は不可。一部の一般技能は制限される。登場人物の戦闘力はそれほどでもない。遠見 廻子の残留思念を何とかすれば排除できるという見立てよ」
顔のない職員が三体。ボーンドラゴンが一体。遠見 廻子が一体。
「場所を動く気配がないから、付近の立ち入り禁止は徹底しているけど、いつ人間に害意を持つかは分からないものね」
と、飴色は鳩の文様があしらわれた煙草に火をつけた。
「……一本だけごめんね」
夢見から預かったDVDの映像データは、守護使役が消滅した場面で終了した。
元々AAAにいた飴色は場面をじっとみている。
「……行かなきゃ……ここで倒れるわけには」
遠見 廻子《とおみ えこ》は、自らの身体に突き刺さった異物を引き抜いた。
廻子は能力者だった。
歳は成人しているかしていないか程。背は160cm半ば。
長い髪を輪ゴムで簡単に括っている。着衣は白い軍服風コートでAAAの腕章をつけている。
仰向けの姿勢のまま、右の鎖骨から背中にかけて貫いている槍のごときものを抜く。肩の関節が自由になる。
次に、うつ伏せになり、リノリウムの床に手をついて立ち上がる。
「決め……んだ……ゴホッ」
上をには崩壊した天井。
そこから戦闘音が鳴っていた。一つ上は屋上。屋上で誰かが戦っている。
「力……ない人をまもるって……困っている人を……助けるって」
道すがら、腹部やら各所に刺さっているものを抜きながら、階段をのぼる。
一段一段、のぼっていくにつれ、戦闘音は激しくなっていき――やがて、無くなった。
かわりに悲鳴。
階段をのぼりきった塔屋にいたると、竜のごとき骨の怪物が、今まさに一般職員3人へと牙を剥く場面だった。
敵の体長は2m――隅の方に、ちぎれた覚者の腕が落ちている。
「無駄死になんて……悲しすぎるから……お願い、りゅうぞうさん!」
竜型の小動物が「くるるる」と鳴いて現れて、斧を召還する。
廻子は、奮い立たせるように声を張りあげて駆けだした。
「こっちだ! バケモノ!」
一撃。
骨の竜の肋骨を粉砕し、すぐに一般職員の盾になる位置につく。
背後には崩壊した床。下の階へ吹き抜け。不利な位置だが、一般職員の盾になる位置。
「今のうち! 避難して!」
竜の黒い眼窩が廻子へと向く。竜は腕を大きく振り上げて、下す!
鋭き骨の掌、いやさ爪が廻子に飛来する。咄嗟に斧刃の平たい部分で防ぐ。ダギリと接触音。
「……あれ?」
逃げる職員の顔は、黒く塗りつぶされた顔無し。廻子は頭を左右に大きく振って気付けのような動作をする。
「え?」
受け止めていた骨の掌が――受け止めていた筈の爪が大きく伸びた。斧刃の盾を包みこむように。
たちまち、ドスっと簡単な音がした。
続き、斬、ザンッ。ドスっ、どす、ドスと、連続した音が響いた。
白い骨の槍が廻子を貫いたのである。静かに、音はそこで止まった。
一秒ほどの間の後。
「……く……らえ、バケモノ!」
廻子の一撃、伸びた爪を切断す。
切断するがこれが最期――後ろに倒れる。下の階へと落ちる。
「カ……ハッ……ここで……終わりかなぁ……」
いつのまにか現れていた竜型の小動物は、「くるる」と悲しみの声をあげていた。
「……ごめんね、りゅうぞうさん。……大きくしてあげられなくて」
新月は美しく弧を描いている。それにむかって手を伸ばす。
「……たいしたことできない……人生だったなぁ」
竜型の小動物は「くるるる」と落涙す。
やがて、手は新月をつかむことなく、力なくリノリウムの床に落ちて。
キャオオオオオ!
慟哭。竜型の小動物は泣きすがりながら消滅した。
「……行かなきゃ……ここで倒れるわけには」
遠見 廻子は、自らの身体に突き刺さった異物を引き抜いた。
目は最初から虚ろであり、正気などとうに持ち合わせていない。
そして同じことを繰り返す。新月の時にて止まりし、閉ざされた空間で。
何度も、何度も何度も何度も何度も。……
●了から一 -Nupe Mabuyaa-
夢見から預かったらしき映像データは、壊れたDVDのように、繰り返し繰り返し最初に戻るようなものだった。
「AAA本部の事後処理をしていたところ、心霊系『妖』が確認されたわ」
樒・飴色(nCL2000110)が配った資料の結論としては、『妖』を排除せよ、である。
かく、心霊系『妖』というものは、半実体化した思念や怨霊のようなものの総称。
資料の最後のページは、AAAの職員のプロフィール。殉職の文字が書かれていて、更新履歴は大妖事件の翌日だ。
「ランク3。識別名は、遠見 廻子《とおみ えこ》。亡骸は埋葬されているから、本人ではないわ。残留思念の妖化ね」
資料によれば、場所はAAA本部の上層。屋上から一つ下の階の廊下だ。壁に触れると、この空間に転移するらしい。
爆発物で吹き飛ばす案も出たらしいが、心霊系という区分をみるに、物理的な効果は薄く、どうなるか。と廃案になったようだ。
飴色は続ける。
「空間内部の壁や障害物の破壊は不可。一部の一般技能は制限される。登場人物の戦闘力はそれほどでもない。遠見 廻子の残留思念を何とかすれば排除できるという見立てよ」
顔のない職員が三体。ボーンドラゴンが一体。遠見 廻子が一体。
「場所を動く気配がないから、付近の立ち入り禁止は徹底しているけど、いつ人間に害意を持つかは分からないものね」
と、飴色は鳩の文様があしらわれた煙草に火をつけた。
「……一本だけごめんね」
夢見から預かったDVDの映像データは、守護使役が消滅した場面で終了した。
元々AAAにいた飴色は場面をじっとみている。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.心霊系『妖』の排除
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
地形が特殊ですが、心霊系『妖』クエストです。
エネミー、地形、全部あわせて単体の心霊系『妖』。難易度『普通』です
以下詳細。
●ロケーション
外界
・AAAの元・本部。時刻は昼。特定地点の壁に接触すると特殊な空間に転移します
特殊な空間内
・遠見 廻子が立ち上がるところから開始。
・新月の夜。隔離された廊下で、真っ直ぐ行くと階段。屋上に出ます。
・廊下は、壊れた照明、包帯、遺体が散乱しており、足場は悪いです。屋上は戦闘に不利なものはありませんが、一部崩壊しており初期位置の廊下へ通じています
●エネミー
・顔の無い職員
心霊系『妖』遠見 廻子の一部です。
ランク1相当。絡みつくなどの行動制限をもたらす攻撃を繰り返します。
心霊空間内部での初期位置は屋上。
・りゅうぞうさん
心霊系『妖』遠見 廻子の一部です。
体長2m。ボーンドラゴンと形容するのが最も適当な見た目をしています。
ランク2の強い部類です。心霊空間内部での初期位置は屋上。
防御が難しい物理攻撃が中心。
・遠見 廻子《とおみ えこ》
心霊系『妖』。ランク3。残留思念の『妖』。本人はすでに成仏しています。
斧娘。知性があるように見えますが、『繰り返しているだけ』なのでそれほど高くありません。反応は返すとおもいますが望んだ反応がくるとは限りません。
力の大半は空間や召還に割いているため、戦闘力はランク3にしては弱い部類。心霊空間内部での初期位置は廊下。
A:
・紫鋼塞・妖
・地烈・妖
・Ray the Chimugukuru
強烈な自付与系です。解除不可。
P:
・Nupe Mabuyaa
一般技能(物質透過など)が制限される特殊な空間を形成。外界からの攻撃は効果を受けません。
空間内では、ターンの最初に、上記リュウゾウさん、顔の無い職員が撃破されている場合、数を補填します。
リュウゾウさんが最大1体。顔の無い職員は最大3体まで。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2017年06月29日
2017年06月29日
■メイン参加者 6人■

●壊れた映写機のように-Kiyay of the azimaa-
舞台へあがると、景色がガラリと変わった。
日中で点灯されていなかった照明はぼんやり光を放ち、転じて夜。
場所は同じ廊下であるのに、濃密な死臭が鼻腔をくすぐる。暑苦しい熱気。遠くであがる悲鳴、近くでは炎のゆらぎの音。
喧噪にして閑寂。崩壊した屋上。空には新月。
AAAが滅んだ日――大妖一夜。遠見 廻子の世界である。
『……行かなきゃ……ここで倒れるわけには』
新月の夜が幕開く。
『狗吠』時任・千陽(CL2000014)は、視界の先に廻子を知覚する。
「まるで質の悪いキネトロープのようですね」
横をみる。全員がいる。
視線を正面に移し、軍帽の鍔を親指と人差し指の間ではさんで、作戦通りに駆けぬける。
『変態オス肉』切裂 ジャック(CL2001403)も同様。
想いは今は胸の内。口は一文字に強く噛みしめ、千陽の背を追う。
望月・夢(CL2001307)が廻子の横を通るとき、『誰?』というつぶやきが聞こえた。
「(妖となるまで残る強烈な思念。さぞかし悔しい思いをしながら逝ったのでしょうね)」
いきなり襲ってくる様子はみられない。廊下での戦闘は避ける。
『歪をみる眼』葦原 赤貴(CL2001019)も無言。
胸裏は、かく達観の境地にて、割り切ることには慣れていた。されど人の一分子。全くなにもないということではない。
そこは――それはジャックにもう預けた。
『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は、自らの守護使役のペスカを一回みて、次に行く。
自らと重なるようにみて、心が締めつけられながら。
廻子の横を抜けて、屋上へ向かうこと。それが覚者たちが最初に目指したものである。
賀茂 たまき(CL2000994)が屋上へ到達すると、戦闘が始まっていた。
「(悲しい永遠の繰り返しを何とかしてあげたい)」
眉に迫る体躯のボーンドラゴン。りゅうぞうさん。廻子の守護使役の名。守護使役だったのではないのか。
強い違和感が胸裏を占める。
どこかで、どこかにメビウスの輪の様に、捻れている瞬間がある筈。
カツン、カツンと階段を昇ってくる音がはっきりと聞こえた――ここで縫いとめる。
顔の無い職員も、骨の竜も、覚者たちの姿を確認するや、外敵を排除するかのように動き出した。
顔の無い職員。中腰の姿勢で素早く駆けてくる。
骨の竜。月下に咆吼を上げる。
覚者、屋上に出たあとは、やがて来るであろう廻子と挟撃されないように前へ出る。少しずつ、敵全体を視野に入れる形をつくっていく。
夢の寂夜が、新月の下に寂夜を為す。
「倒せる算段がつくまで眠って頂きましょう」
無貌の職員と骨の竜、前のめりに突っ伏す。ポジショニングが容易になる。
千陽が駆けながらハンドガンにて掃射。
「これはすべてを守ろうとして、焼き付けられた戦士の想い」
ジャックが続けて火炎をばらまき。
「はぁ……年下に殺しをさせる俺は最低だな」
ラーラも火の玉を掃射する。
「廻子さんやりゅうぞうさん達の目に私達はどう映っているのでしょうか」
赤貴が大剣を骨の竜にたたきつける。手応えは金属を打ったように硬い。
骨の竜が眠りより覚醒。
反撃のように掌を繰り出し、続いて伸びる爪。大剣を盾にしてさばく。
『誰?』
来た。
「せめて、廻子さんとりゅうぞうさんを、同時に倒す事ができたなら……」
たまきが術式を練る。隆起した岩槍、廻子を穿つ。
『決め……んだ……ゴホッ』
廻子、外部《覚者》からの刺激を、意に介さない反応である。
定められた台詞。斧の握りを改める動作。まるで――思考にそこから先が無いかのよう。
●最初の配役は誰が何だったのか -Pone to Funy-
F.i.V.E.の覚者、個々の地力も連携精度も高く、戦況は優位に進む。
かく、夢の寂夜が大きい。ポジショニングもつつがなく終われば、作戦は次へと進む。
「もういいんだ、廻子センパイ!」
ジャックが廻子へと駆ける。説得だ。
「女性の涙は嫌いなんだ! あんたの意思は俺達が継ぐ」
妖相手への説得。
無謀であることは理解していた――していたが言わずにはいられなかった。
『誰?』
虚ろな目で虚無の応答。
思考に先がない。それが最初の感触だった。
それながらも『誰?』という反応は『夢見』に無かったものだ。
直前に『誰?』と問いかけたのだろうか。それは誰に対して――。
「切裂!」
ジャックが、自らの身分を叫ぼうとした瞬間、赤貴の声がジャックの思索を断ち切った。
次に廻子の地烈。ジャックは飛び退いて避ける。赤貴が骨の竜の腕を掴み、転倒させ。
「切裂……オレの共感と、慈悲を預けた。それらを削ぎ落として、オレはただ剣となる」
大剣を構える赤貴。無貌の職員が眠りから覚醒。
ジャックと赤貴へ向かうが、ラーラの火球による援護が、職員の進路を絶つ。
「作戦の遂行を優先してください」
たまきも廻子に近接する。放つ護符。受け止める廻子の斧。
土の術式。地の術式めいた力のせめぎ合い。隆起する地の槍。防ぐ鋼の壁。
力の衝突はすぐに極点へと達して、場が爆ぜる。
『誰?』
「私は、あなたを救いたいのです。そのお手伝いがしたいです!」
亡くなる直前に何を守っていたのか。
ジャックと同様。『誰?』という問いに対して、何かの糸口になればと思索を重ねる。
やはり。鍵となるのは『最初』か。
「もう一度」
夢の寂夜が寂夜を為す。
廻子をふくめ、全員が眠った。
作戦上、自分の役割は敵が眠った際の付与と異常。場を整える事だと自覚する。
最大の狙いは『廻子』と『りゅうぞうさん』を同時に斃すことだ。
千陽が場を分析する。
「職員もりゅうぞうさんも次で倒せるでしょう」
この合図で、集中攻撃へと移行する準備の段階まで至る。
たまきが、ここまで分かった事を一旦吐き出した。
「ボーンドラゴンさんに、倒されてしまった廻子さんですが、いつからそれが現れ、そうみる様になってしまったのかは不明――ですけれど、『誰?』という問い。『最初』はボーンドラゴンさんではなく別の何かだったのではないでしょうか」
「……誰、か」
赤貴は口中の血をぺっと吐く。リュウゾウさんの骨の槍を肩口から引き抜く。
「オレの役目は、殺すことだ 死ぬまで、殺すことだ」
誰が。誰を?
正面にジャック。ジャックは眠る廻子を抱き起こしている。
「……」
無言のジャック。かける言葉を選んだ赤貴
「――これだけは言っておく。少なくとも、仲間の心には救いがあって欲しい。こう思っている」
これ以上の言葉は無用か。
「では、付与をかけます」
夢の支援が注ぎ、一斉に活力を得る。
集中攻撃のトリガー。一斉攻撃を仕掛ける。
千陽の弾丸、リュウゾウさんもろとも廻子を吹き飛ばす。
ラーラの火弾。職員を焼灼す。
夢は再び付与に立ち回る。
覚醒する廻子。たまきの地の槍が動こうとした廻子を縫いとめる。
ジャックがカカトを三度鳴らし、廻子の後ろに回って羽交い締めにする。
「これ以上攻撃させないように、身体を使って抑える」
ジャックの言葉、対する赤貴の信念。
「どうにかしたいが届かない、殺したくない仲間のためにも、殺す」
さらにジャックの返す言葉。
「廻子先輩を、『妖』として貶めることは赦さない」
次にトドメが下る。
赤貴の一刀両断――
触れるか触れざるかの刹那。
『あや、かし』
廻子から、別の言葉出た。
ジャックの『妖』という言葉に反応したかのよう。
赤貴の攻撃がみない力にはじかれる。羽交い締めにしていたジャックも吹き飛ばされた。
廻子の視線。
定まらなかったうつろな目。瞳に意志が戻るかのように。
『そう『妖』。――のような『妖』。私は、私は』
アアアアアアアアアアAAAAAhhhhhhhhh!
慟哭。落涙。
廻子の声が空間に響く。空がヒビ割れる。
廻子の世界から、りゅうぞうさんと顔の無い職員の亡骸が消滅する。
屋上を模した足場のみが空間に浮かび、新月は怪しく二つに割れる。
この、かわりに廻子につきそうように現出した、小型の骨竜。まさに守護使役とその主の関係だ。
「ダメージの回復を確認。ランク3の、本来の強さを取りもどしたみたいですね」
千陽は、分析《エネミースキャン》の結果を周知した。
●最後のループ -Mukar njityabira-
おいしいものをもっと食べたかった。
鬼魅悪がられた。悲しかった。
普通に生きたかった。普通に恋をして。結婚して。
努力しても努力しても。
報われたかった。報われたかった。報われたかった。……
”――では、別の結果が生まれる事を共に願おう! さあ、やさしき永遠の鏡の国へ!”
――――遠見 廻子と[発音不可]
『報われたかった! 助けたのに! 鬼魅悪がられた。悲しかった!』
廻子が振るう斧。
横に一閃は衝撃でもって地形を削り、前列を薙ぐ。
赤貴、衝撃に吹き飛ばされそうになりながらも、大剣を地面に突き立ててこらえる。
『普通に生きたかった。普通に恋をして。結婚して』
これが廻子にとって最期の最後の思考。
心の欠片を抉りだしたのは、他ならぬ覚者の説得。
だが、これでいい――と胸裏に思う者は少なからず。
死せる精神《Ray the Chimugukuru》はよみがえる。
聖人君子でもなく、使命を背負って突き進む勇者でも英雄なく、等身大のヒト。心の欠片だ。
ここに、たまきが問う。
「廻子さん。守りたかったものはなんですか? 『最初』は一体何があったのですか!?」
『――恐ろしい何かが、私の後ろにいた。私は、誰? と問いかけた』
引き出した心の欠片はそう答えた。
問いへの答えにしては、物語を語るような要領を得ないもの。
「それは一体――」
『努力しても努力しても、誰も彼もが私たちを化け物と囁く――』
たまきへの回答が最後。
怨念に狂う妖、再び目を虚ろとす。
一気に苛烈になった攻撃。
優位に運んでいた戦況が、傾きかける。
ランク3心霊系。一年前であれば、難しい任務の範疇であった領域。
夢が膝をつきかけるも、されど覚者。
死線をくぐり抜けること幾多。経験は力となり、力は意志を貫く手段となる。確固たる意志もってすれば――『普通』である。
「もはや声が届かずとも、彼女がこの呪われた場所から離れられることを願い」
千陽、瞬時の肉薄。
ナイフを用いた戦闘術、廻子の斧の向こう側を切り裂く。
反撃に振るわれた斧。
ジャックが対応して身をもって盾になる。
この隙。千陽、もう一撃のナイフ格闘で廻子を切り裂き、中衛へと離脱する。
ジャックが斧を強く掴む。
「廻子先輩は戦ってきた俺もそうするよ。すりきれるまで戦って、先輩がいた世界を護る」
動きを封じてジャックの咆吼。
「赤貴、俺ごと、やれ!!!」
続く赤貴。今度こそ外さない。
「もう、遠慮はいらないな。あとは残留思念――足跡だけだ」
ジャックごと――いやさ大剣は地面に突き刺す。
隆起する大地の刃が、百舌の速贄がごとく下から、斜めから、次々と廻子を穿つ。
たまきの詠唱もこれに加勢。速贄がもう一つ。
「(時間の捻れ。魂の繰り返し。何か起こるとするなら――この後でしょうか)」
『カ……ハッ……ここで……終わりかなぁ……』
「もう終わっている」
赤貴は割り切った生死観を唱え、『巻き込まれないように』退く。ジャック《死にたがりの生きたがり》の襟首も掴んで。
夢の付与。
付与を受けたラーラ。
ラーラの書物を封じた鍵は、守護使役のペスカが持つ。
解錠。開かれる魔道書。顕現した巨大な火の玉。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……Io brucio!」
解き放った瞬間に、火の玉は横幅に広く波となる。
咄嗟。廻子と炎の間に、骨の子竜『りゅうぞうさん』が割って入る。
入ったが炎の波はそのまま疾走し、骨の子竜ごと廻子を焼き払った。
廻子は糸の切れた人形のように崩れ落ち、子竜は炎の波と共に消え――
『……たいしたことできない……人生だったなぁ』
廻子は、割れた新月に向かって手を伸ばし、定められた台詞と共に薄れ行く。
「そんなことはありません」
千陽が、その手を握りかえした。
「貴方はほんとうに頑張ったと思います。貴方は死んでしまいましたが、誰かに届く戦いを見せました」
――貴方の勇姿を忘れないために
――貴方の戦士としての思いを未来に届けるために
――貴方の死は絶対に無駄死にではありません、尊敬すべき立派な戦士だと俺は思います
千陽が連ねる言葉。
「そうだ。無駄なんかじゃない。人生が大したことなかった、なんて言わせない!」
ジャックも言わずにはいられなかった。
「AAAとして戦って、人々の生活を、平和を、立派に支えていたじゃないか」
言い終えたあとの数秒の空白。
この空白の間に、廻子の視線は千陽とジャックを交互にみていた。唇が動く。
無声のありがとう。
どこからが心で、どこからが怨念で、どこからが強さで、意志か思考か、誰も分からない。
その向こう側をみたような気がした。
たちまち、空間は割れた鏡のように崩壊した。
閉じた世界の終焉。最後のループの終わり――
「っ」
――ふと我にかえると、元の場所。元の世界。
屋上から初夏の日差しが注いで、残留思念は消えていた。
●魂の還る場所 -Kunnecup Ama-
遠見 廻子の墓は、京都市伏見区の共同墓地にあった。
墓参りはジャックの提案である。
大妖一夜の殉職者に、和尚が経をあげて回っているが、ふとみれば廻子の墓に真新しい花束が一つ。
和尚に問うと、花束の主は縁もゆかりもない人物という。妖事件で助けられたという。
「ご本人が成仏できているのだけが救いですね」
ラーラがつぶやく。
祖国イタリアには死者の日《Festa dei Morti》という祝日がある。生死観は日本《ヒノモト》と共有する部分も大きい。
ラーラは守護使役のペスカを抱える。再び主従関係を自らと重ねて静かに偲ぶ。
ジャックが線香をあげる。
「――顔も知らない誰かを護って、ありがとうも言われている」
縁もゆかりもない人物からの花束は、ひとつだけれど、報われているのだ。
ジャックの偲ぶ言葉に対して、赤貴はサッと踵をかえした。
一度、立ち止まって顔だけジャックへむけ。
「オレからすれば残留思念はただの足跡だ――もう行く。喪に服す暇なんてない。次の任務がある」
見知らぬ人物の花束があった事実だけで十分すぎる。ジャックにつきあって墓に来た甲斐は――まあまああった。
千陽は敬礼をした。
「あなたの勇姿は俺が覚えておきます」
かの日、日向元一等の救援に出撃していた。ラーラも同じ。
結果として守れた者もいたが、遠見 廻子のように、人知れず散ったものが多数だっただろう。
並ぶ真新しい墓。
その事を忘れないため、決意を胸に改める。
各人、思い思い事を済ませたときに、夢が簡潔に切った。
「行きましょう」
起伏のない調子ながらも、夢は夢なりに思うところがある。
明日が来ない廻子にアシタを繋ぐことができたのだから、結果としては――良かったのだと思う。
たまきが手を合わせたあとに、そっと言った。
「魂が繰り返される事……廻子さんのお力と、何か関係があったのでしょうか」
やはり腑に落ちない部分が一つ。
一番の理由は――空間が割れる刹那の一瞬間に、たまきはみたのだ。
なにもない空の割れ目から覗く、卵のような肌をした顔。巨大な目。異形を。
廻子の繰り返しの『最初』に何がいたのか。
それだけは最後まで分からなかった。
舞台へあがると、景色がガラリと変わった。
日中で点灯されていなかった照明はぼんやり光を放ち、転じて夜。
場所は同じ廊下であるのに、濃密な死臭が鼻腔をくすぐる。暑苦しい熱気。遠くであがる悲鳴、近くでは炎のゆらぎの音。
喧噪にして閑寂。崩壊した屋上。空には新月。
AAAが滅んだ日――大妖一夜。遠見 廻子の世界である。
『……行かなきゃ……ここで倒れるわけには』
新月の夜が幕開く。
『狗吠』時任・千陽(CL2000014)は、視界の先に廻子を知覚する。
「まるで質の悪いキネトロープのようですね」
横をみる。全員がいる。
視線を正面に移し、軍帽の鍔を親指と人差し指の間ではさんで、作戦通りに駆けぬける。
『変態オス肉』切裂 ジャック(CL2001403)も同様。
想いは今は胸の内。口は一文字に強く噛みしめ、千陽の背を追う。
望月・夢(CL2001307)が廻子の横を通るとき、『誰?』というつぶやきが聞こえた。
「(妖となるまで残る強烈な思念。さぞかし悔しい思いをしながら逝ったのでしょうね)」
いきなり襲ってくる様子はみられない。廊下での戦闘は避ける。
『歪をみる眼』葦原 赤貴(CL2001019)も無言。
胸裏は、かく達観の境地にて、割り切ることには慣れていた。されど人の一分子。全くなにもないということではない。
そこは――それはジャックにもう預けた。
『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は、自らの守護使役のペスカを一回みて、次に行く。
自らと重なるようにみて、心が締めつけられながら。
廻子の横を抜けて、屋上へ向かうこと。それが覚者たちが最初に目指したものである。
賀茂 たまき(CL2000994)が屋上へ到達すると、戦闘が始まっていた。
「(悲しい永遠の繰り返しを何とかしてあげたい)」
眉に迫る体躯のボーンドラゴン。りゅうぞうさん。廻子の守護使役の名。守護使役だったのではないのか。
強い違和感が胸裏を占める。
どこかで、どこかにメビウスの輪の様に、捻れている瞬間がある筈。
カツン、カツンと階段を昇ってくる音がはっきりと聞こえた――ここで縫いとめる。
顔の無い職員も、骨の竜も、覚者たちの姿を確認するや、外敵を排除するかのように動き出した。
顔の無い職員。中腰の姿勢で素早く駆けてくる。
骨の竜。月下に咆吼を上げる。
覚者、屋上に出たあとは、やがて来るであろう廻子と挟撃されないように前へ出る。少しずつ、敵全体を視野に入れる形をつくっていく。
夢の寂夜が、新月の下に寂夜を為す。
「倒せる算段がつくまで眠って頂きましょう」
無貌の職員と骨の竜、前のめりに突っ伏す。ポジショニングが容易になる。
千陽が駆けながらハンドガンにて掃射。
「これはすべてを守ろうとして、焼き付けられた戦士の想い」
ジャックが続けて火炎をばらまき。
「はぁ……年下に殺しをさせる俺は最低だな」
ラーラも火の玉を掃射する。
「廻子さんやりゅうぞうさん達の目に私達はどう映っているのでしょうか」
赤貴が大剣を骨の竜にたたきつける。手応えは金属を打ったように硬い。
骨の竜が眠りより覚醒。
反撃のように掌を繰り出し、続いて伸びる爪。大剣を盾にしてさばく。
『誰?』
来た。
「せめて、廻子さんとりゅうぞうさんを、同時に倒す事ができたなら……」
たまきが術式を練る。隆起した岩槍、廻子を穿つ。
『決め……んだ……ゴホッ』
廻子、外部《覚者》からの刺激を、意に介さない反応である。
定められた台詞。斧の握りを改める動作。まるで――思考にそこから先が無いかのよう。
●最初の配役は誰が何だったのか -Pone to Funy-
F.i.V.E.の覚者、個々の地力も連携精度も高く、戦況は優位に進む。
かく、夢の寂夜が大きい。ポジショニングもつつがなく終われば、作戦は次へと進む。
「もういいんだ、廻子センパイ!」
ジャックが廻子へと駆ける。説得だ。
「女性の涙は嫌いなんだ! あんたの意思は俺達が継ぐ」
妖相手への説得。
無謀であることは理解していた――していたが言わずにはいられなかった。
『誰?』
虚ろな目で虚無の応答。
思考に先がない。それが最初の感触だった。
それながらも『誰?』という反応は『夢見』に無かったものだ。
直前に『誰?』と問いかけたのだろうか。それは誰に対して――。
「切裂!」
ジャックが、自らの身分を叫ぼうとした瞬間、赤貴の声がジャックの思索を断ち切った。
次に廻子の地烈。ジャックは飛び退いて避ける。赤貴が骨の竜の腕を掴み、転倒させ。
「切裂……オレの共感と、慈悲を預けた。それらを削ぎ落として、オレはただ剣となる」
大剣を構える赤貴。無貌の職員が眠りから覚醒。
ジャックと赤貴へ向かうが、ラーラの火球による援護が、職員の進路を絶つ。
「作戦の遂行を優先してください」
たまきも廻子に近接する。放つ護符。受け止める廻子の斧。
土の術式。地の術式めいた力のせめぎ合い。隆起する地の槍。防ぐ鋼の壁。
力の衝突はすぐに極点へと達して、場が爆ぜる。
『誰?』
「私は、あなたを救いたいのです。そのお手伝いがしたいです!」
亡くなる直前に何を守っていたのか。
ジャックと同様。『誰?』という問いに対して、何かの糸口になればと思索を重ねる。
やはり。鍵となるのは『最初』か。
「もう一度」
夢の寂夜が寂夜を為す。
廻子をふくめ、全員が眠った。
作戦上、自分の役割は敵が眠った際の付与と異常。場を整える事だと自覚する。
最大の狙いは『廻子』と『りゅうぞうさん』を同時に斃すことだ。
千陽が場を分析する。
「職員もりゅうぞうさんも次で倒せるでしょう」
この合図で、集中攻撃へと移行する準備の段階まで至る。
たまきが、ここまで分かった事を一旦吐き出した。
「ボーンドラゴンさんに、倒されてしまった廻子さんですが、いつからそれが現れ、そうみる様になってしまったのかは不明――ですけれど、『誰?』という問い。『最初』はボーンドラゴンさんではなく別の何かだったのではないでしょうか」
「……誰、か」
赤貴は口中の血をぺっと吐く。リュウゾウさんの骨の槍を肩口から引き抜く。
「オレの役目は、殺すことだ 死ぬまで、殺すことだ」
誰が。誰を?
正面にジャック。ジャックは眠る廻子を抱き起こしている。
「……」
無言のジャック。かける言葉を選んだ赤貴
「――これだけは言っておく。少なくとも、仲間の心には救いがあって欲しい。こう思っている」
これ以上の言葉は無用か。
「では、付与をかけます」
夢の支援が注ぎ、一斉に活力を得る。
集中攻撃のトリガー。一斉攻撃を仕掛ける。
千陽の弾丸、リュウゾウさんもろとも廻子を吹き飛ばす。
ラーラの火弾。職員を焼灼す。
夢は再び付与に立ち回る。
覚醒する廻子。たまきの地の槍が動こうとした廻子を縫いとめる。
ジャックがカカトを三度鳴らし、廻子の後ろに回って羽交い締めにする。
「これ以上攻撃させないように、身体を使って抑える」
ジャックの言葉、対する赤貴の信念。
「どうにかしたいが届かない、殺したくない仲間のためにも、殺す」
さらにジャックの返す言葉。
「廻子先輩を、『妖』として貶めることは赦さない」
次にトドメが下る。
赤貴の一刀両断――
触れるか触れざるかの刹那。
『あや、かし』
廻子から、別の言葉出た。
ジャックの『妖』という言葉に反応したかのよう。
赤貴の攻撃がみない力にはじかれる。羽交い締めにしていたジャックも吹き飛ばされた。
廻子の視線。
定まらなかったうつろな目。瞳に意志が戻るかのように。
『そう『妖』。――のような『妖』。私は、私は』
アアアアアアアアアアAAAAAhhhhhhhhh!
慟哭。落涙。
廻子の声が空間に響く。空がヒビ割れる。
廻子の世界から、りゅうぞうさんと顔の無い職員の亡骸が消滅する。
屋上を模した足場のみが空間に浮かび、新月は怪しく二つに割れる。
この、かわりに廻子につきそうように現出した、小型の骨竜。まさに守護使役とその主の関係だ。
「ダメージの回復を確認。ランク3の、本来の強さを取りもどしたみたいですね」
千陽は、分析《エネミースキャン》の結果を周知した。
●最後のループ -Mukar njityabira-
おいしいものをもっと食べたかった。
鬼魅悪がられた。悲しかった。
普通に生きたかった。普通に恋をして。結婚して。
努力しても努力しても。
報われたかった。報われたかった。報われたかった。……
”――では、別の結果が生まれる事を共に願おう! さあ、やさしき永遠の鏡の国へ!”
――――遠見 廻子と[発音不可]
『報われたかった! 助けたのに! 鬼魅悪がられた。悲しかった!』
廻子が振るう斧。
横に一閃は衝撃でもって地形を削り、前列を薙ぐ。
赤貴、衝撃に吹き飛ばされそうになりながらも、大剣を地面に突き立ててこらえる。
『普通に生きたかった。普通に恋をして。結婚して』
これが廻子にとって最期の最後の思考。
心の欠片を抉りだしたのは、他ならぬ覚者の説得。
だが、これでいい――と胸裏に思う者は少なからず。
死せる精神《Ray the Chimugukuru》はよみがえる。
聖人君子でもなく、使命を背負って突き進む勇者でも英雄なく、等身大のヒト。心の欠片だ。
ここに、たまきが問う。
「廻子さん。守りたかったものはなんですか? 『最初』は一体何があったのですか!?」
『――恐ろしい何かが、私の後ろにいた。私は、誰? と問いかけた』
引き出した心の欠片はそう答えた。
問いへの答えにしては、物語を語るような要領を得ないもの。
「それは一体――」
『努力しても努力しても、誰も彼もが私たちを化け物と囁く――』
たまきへの回答が最後。
怨念に狂う妖、再び目を虚ろとす。
一気に苛烈になった攻撃。
優位に運んでいた戦況が、傾きかける。
ランク3心霊系。一年前であれば、難しい任務の範疇であった領域。
夢が膝をつきかけるも、されど覚者。
死線をくぐり抜けること幾多。経験は力となり、力は意志を貫く手段となる。確固たる意志もってすれば――『普通』である。
「もはや声が届かずとも、彼女がこの呪われた場所から離れられることを願い」
千陽、瞬時の肉薄。
ナイフを用いた戦闘術、廻子の斧の向こう側を切り裂く。
反撃に振るわれた斧。
ジャックが対応して身をもって盾になる。
この隙。千陽、もう一撃のナイフ格闘で廻子を切り裂き、中衛へと離脱する。
ジャックが斧を強く掴む。
「廻子先輩は戦ってきた俺もそうするよ。すりきれるまで戦って、先輩がいた世界を護る」
動きを封じてジャックの咆吼。
「赤貴、俺ごと、やれ!!!」
続く赤貴。今度こそ外さない。
「もう、遠慮はいらないな。あとは残留思念――足跡だけだ」
ジャックごと――いやさ大剣は地面に突き刺す。
隆起する大地の刃が、百舌の速贄がごとく下から、斜めから、次々と廻子を穿つ。
たまきの詠唱もこれに加勢。速贄がもう一つ。
「(時間の捻れ。魂の繰り返し。何か起こるとするなら――この後でしょうか)」
『カ……ハッ……ここで……終わりかなぁ……』
「もう終わっている」
赤貴は割り切った生死観を唱え、『巻き込まれないように』退く。ジャック《死にたがりの生きたがり》の襟首も掴んで。
夢の付与。
付与を受けたラーラ。
ラーラの書物を封じた鍵は、守護使役のペスカが持つ。
解錠。開かれる魔道書。顕現した巨大な火の玉。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……Io brucio!」
解き放った瞬間に、火の玉は横幅に広く波となる。
咄嗟。廻子と炎の間に、骨の子竜『りゅうぞうさん』が割って入る。
入ったが炎の波はそのまま疾走し、骨の子竜ごと廻子を焼き払った。
廻子は糸の切れた人形のように崩れ落ち、子竜は炎の波と共に消え――
『……たいしたことできない……人生だったなぁ』
廻子は、割れた新月に向かって手を伸ばし、定められた台詞と共に薄れ行く。
「そんなことはありません」
千陽が、その手を握りかえした。
「貴方はほんとうに頑張ったと思います。貴方は死んでしまいましたが、誰かに届く戦いを見せました」
――貴方の勇姿を忘れないために
――貴方の戦士としての思いを未来に届けるために
――貴方の死は絶対に無駄死にではありません、尊敬すべき立派な戦士だと俺は思います
千陽が連ねる言葉。
「そうだ。無駄なんかじゃない。人生が大したことなかった、なんて言わせない!」
ジャックも言わずにはいられなかった。
「AAAとして戦って、人々の生活を、平和を、立派に支えていたじゃないか」
言い終えたあとの数秒の空白。
この空白の間に、廻子の視線は千陽とジャックを交互にみていた。唇が動く。
無声のありがとう。
どこからが心で、どこからが怨念で、どこからが強さで、意志か思考か、誰も分からない。
その向こう側をみたような気がした。
たちまち、空間は割れた鏡のように崩壊した。
閉じた世界の終焉。最後のループの終わり――
「っ」
――ふと我にかえると、元の場所。元の世界。
屋上から初夏の日差しが注いで、残留思念は消えていた。
●魂の還る場所 -Kunnecup Ama-
遠見 廻子の墓は、京都市伏見区の共同墓地にあった。
墓参りはジャックの提案である。
大妖一夜の殉職者に、和尚が経をあげて回っているが、ふとみれば廻子の墓に真新しい花束が一つ。
和尚に問うと、花束の主は縁もゆかりもない人物という。妖事件で助けられたという。
「ご本人が成仏できているのだけが救いですね」
ラーラがつぶやく。
祖国イタリアには死者の日《Festa dei Morti》という祝日がある。生死観は日本《ヒノモト》と共有する部分も大きい。
ラーラは守護使役のペスカを抱える。再び主従関係を自らと重ねて静かに偲ぶ。
ジャックが線香をあげる。
「――顔も知らない誰かを護って、ありがとうも言われている」
縁もゆかりもない人物からの花束は、ひとつだけれど、報われているのだ。
ジャックの偲ぶ言葉に対して、赤貴はサッと踵をかえした。
一度、立ち止まって顔だけジャックへむけ。
「オレからすれば残留思念はただの足跡だ――もう行く。喪に服す暇なんてない。次の任務がある」
見知らぬ人物の花束があった事実だけで十分すぎる。ジャックにつきあって墓に来た甲斐は――まあまああった。
千陽は敬礼をした。
「あなたの勇姿は俺が覚えておきます」
かの日、日向元一等の救援に出撃していた。ラーラも同じ。
結果として守れた者もいたが、遠見 廻子のように、人知れず散ったものが多数だっただろう。
並ぶ真新しい墓。
その事を忘れないため、決意を胸に改める。
各人、思い思い事を済ませたときに、夢が簡潔に切った。
「行きましょう」
起伏のない調子ながらも、夢は夢なりに思うところがある。
明日が来ない廻子にアシタを繋ぐことができたのだから、結果としては――良かったのだと思う。
たまきが手を合わせたあとに、そっと言った。
「魂が繰り返される事……廻子さんのお力と、何か関係があったのでしょうか」
やはり腑に落ちない部分が一つ。
一番の理由は――空間が割れる刹那の一瞬間に、たまきはみたのだ。
なにもない空の割れ目から覗く、卵のような肌をした顔。巨大な目。異形を。
廻子の繰り返しの『最初』に何がいたのか。
それだけは最後まで分からなかった。
