誇りも矜持も朽ち果てて
●
一人でも多くの人間を殺すこと。
造物主が私に与え賜うた使命は、ただそれだけだ。
飛行機が飛ぶ事しか知らないように、車が走る事しか知らないように、私は人間を殺す事しか知らない。
忘れもしない、あの日。
偉大なる造物主が、私に役目をお命じになられた日の事は、今も鮮明に覚えている。
数多くの兄弟達と同じように、私は自らの使命を果たせる事が誇らしかった。
さようなら。元気で。ほら、あそこに人間が見える。
それが、体いっぱいに夜風を浴びながら、兄弟達と交わした最後の会話だ。
私は死ねなかった。だから私は造物主を呪った。
人間を殺せとお命じになって、何故私を生かし続けるのかと。
何度問うても答えはなかった。私はただ、闇の世界に独りだった。
それから、どれだけの時が経ったのだろう。
何の前触れもなく、唐突に、私の住む世界は変わった。
私は世界の光を、空気を、音を、色を、同時に知覚出来ていたのだ。
生まれ持った本能ゆえか、私の足元で震える生物が「人間」である事もすぐ分かった。
これは、「足」。怯える人間の頭を潰して殺すためのもの。
これは、「腕」。逃げる人間の骨を砕いて殺すためのもの。
この体は、世界中の人間を殺し尽くすため、造物主が私だけにお与え下さったものなのだ。
ならば私は全身全霊で、そのご意思に応えなければならない――
●
「集まってくれて感謝する。少々厄介な依頼を引き受けて欲しい」
その日の教室には緊迫した空気が漂っていた。中 恭介(nCL2000002)の険しい表情を見れば、一刻を争う事態なのは明白だったからだ。
「ランク3の物質系妖を撃破してほしい。素体になっているのは――不発弾だ」
妖は本体である不発弾を頭部とし、首から下には錆びついた鋼の胴体が生えている。目鼻のような器官はないが、人間の言葉を理解する程度の知性を有し、周囲の音や光なども感知するようだ。
「妖が出現するのは関西某所にある小学校のグラウンドだ。周辺の避難はFiVEとAAAが共同で行うが、AAAは先日の大妖の襲撃で主だった人材の殆どを失っている。正直、まるで人手が足りない。小学校にまでは手が回らないと思ってくれ」
恭介によると、妖は体内に貯蔵した火薬で攻撃・防御力をブーストする能力を有しているらしい。暴れて火薬を使い果たせば大きくパワーダウンするので、あえて暴れさせて消耗させてから攻撃した方が被害は少ないだろう、とのことだ。
妖化の影響によるものか、妖の状態で不発弾が爆発することはない。妖化が解除された後は、現地の付近に待機している爆弾処理班が処理を行う。したがって、不用意に扱わなければ爆発に巻き込まれる危険はないと考えていい。
「万に一つの失敗も許されない危険な任務だ。万全の準備で臨んでくれ。検討を祈る」
一人でも多くの人間を殺すこと。
造物主が私に与え賜うた使命は、ただそれだけだ。
飛行機が飛ぶ事しか知らないように、車が走る事しか知らないように、私は人間を殺す事しか知らない。
忘れもしない、あの日。
偉大なる造物主が、私に役目をお命じになられた日の事は、今も鮮明に覚えている。
数多くの兄弟達と同じように、私は自らの使命を果たせる事が誇らしかった。
さようなら。元気で。ほら、あそこに人間が見える。
それが、体いっぱいに夜風を浴びながら、兄弟達と交わした最後の会話だ。
私は死ねなかった。だから私は造物主を呪った。
人間を殺せとお命じになって、何故私を生かし続けるのかと。
何度問うても答えはなかった。私はただ、闇の世界に独りだった。
それから、どれだけの時が経ったのだろう。
何の前触れもなく、唐突に、私の住む世界は変わった。
私は世界の光を、空気を、音を、色を、同時に知覚出来ていたのだ。
生まれ持った本能ゆえか、私の足元で震える生物が「人間」である事もすぐ分かった。
これは、「足」。怯える人間の頭を潰して殺すためのもの。
これは、「腕」。逃げる人間の骨を砕いて殺すためのもの。
この体は、世界中の人間を殺し尽くすため、造物主が私だけにお与え下さったものなのだ。
ならば私は全身全霊で、そのご意思に応えなければならない――
●
「集まってくれて感謝する。少々厄介な依頼を引き受けて欲しい」
その日の教室には緊迫した空気が漂っていた。中 恭介(nCL2000002)の険しい表情を見れば、一刻を争う事態なのは明白だったからだ。
「ランク3の物質系妖を撃破してほしい。素体になっているのは――不発弾だ」
妖は本体である不発弾を頭部とし、首から下には錆びついた鋼の胴体が生えている。目鼻のような器官はないが、人間の言葉を理解する程度の知性を有し、周囲の音や光なども感知するようだ。
「妖が出現するのは関西某所にある小学校のグラウンドだ。周辺の避難はFiVEとAAAが共同で行うが、AAAは先日の大妖の襲撃で主だった人材の殆どを失っている。正直、まるで人手が足りない。小学校にまでは手が回らないと思ってくれ」
恭介によると、妖は体内に貯蔵した火薬で攻撃・防御力をブーストする能力を有しているらしい。暴れて火薬を使い果たせば大きくパワーダウンするので、あえて暴れさせて消耗させてから攻撃した方が被害は少ないだろう、とのことだ。
妖化の影響によるものか、妖の状態で不発弾が爆発することはない。妖化が解除された後は、現地の付近に待機している爆弾処理班が処理を行う。したがって、不用意に扱わなければ爆発に巻き込まれる危険はないと考えていい。
「万に一つの失敗も許されない危険な任務だ。万全の準備で臨んでくれ。検討を祈る」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖の撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
今回は初めての(?)純戦シナリオをお送りします。
●ロケーション
舞台となるのは、とある公立小学校です。
妖はグラウンドの中央に出現し、避難が遅れた小学生たちのいる校舎に進みます。
グラウンドに遮蔽物等は存在せず、自由に動き回ることが可能です。
●敵
キラーボム × 1
物質系、ランク3。
高い攻撃力と防御力を持ちますが、その力は無尽蔵ではありません。
妖化の代償として爆発する能力を失っており、戦闘で不発弾が爆発することはありません。
・使用スキル
体当たり:物近列貫2(100%・50%・―)
パンチ:物近単【二連】
火の雨:物遠単【炎傷】
自己修復:自単 生命力回復(中)・BS回復 使用回数制限1回
※
妖は攻撃・防御時に体内の火薬を消費し、火薬が尽きると各能力が大幅にダウンします。
フルパワーで戦える時間の目安はおよそ8ターンです。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2017年07月27日
2017年07月27日
■メイン参加者 6人■

●独白
造物主よ、感謝します。
兄弟たちの誰でもない、この私を選んで下さり、ありがとうございます。
人間を塵のように殺す力をお与え下さり、ありがとうございます――
●戦いの幕開け
夏休みを間近に控えたその日、小学校の校舎は緊迫した空気に包まれていた。
グラウンドの中央にぽっかり空いた巨大なクレーター。そこから這い出てきた黒く巨大な化物。そして、校舎の子供たちを守るように、化物の前に立ち塞がる6つの人影――FiVEの覚者たち。
「校舎の中にいるみんな! 妖はちゃんと退治するから、絶対に外に出てくるなよ!」
白い狩衣をまとった青年姿の『白の勇気』成瀬 翔(CL2000063)が、親しい友達に向けるような気さくな口調で、校舎の子供たちに向かって語りかける。
夏休みを間近に控え、浮ついた子供たちは状況を呑み込めていないようだ。怖いもの見たさ故か、そっと窓から外を覗いた児童が教師に引きずり降ろされ、机の下へと押し込まれた。
「窓から顔を出すのもダメだ! 外から見られないところに身を潜めて隠れててくれ!」
絶対に被害者を出さないよう、翔は念入りに声をかけ続けた。声域拡張とワーズ・ワースを発動した甲斐あって、校内に流れ続けている緊急放送よりも、ずっと心強い響きとなって、子供たちの耳に届いたようだった。
(しかし、不発弾が妖になっちまうなんて、なんて状況だよ……)
校舎に背を向け、妖へと振り返った翔の顔は、すでに戦士のそれへと変わっていた。守護使役の空丸を防球ネットのポール上に送り、【ていさつ】で戦場の周囲をくまなく見張らせる。万一誰かが戦場に迷い込んだ時への備えだった。
「時代はもう、パワーボムを必要としてないねんなあ。古き時代の余韻は、ここで終わらせよう」
翔と一緒に声掛けをしていた『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)が友人帳をめくりながら、妖へ視線を送った。間違ってもあんな物騒な友人はいらない、そんなことを思いながら。
「背中には子供たちがいるし、上手くヒーローっぽくやって、不安を煽らずにやれたらええな!」
ささっと終わらせて不安を拭ってみせようか――ジャックの言葉に、5人が頷いて同意を示す。
「不発弾……また危険なものが妖化したね」
KURENAIとKUROGANEの二刀を握りしめた『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)の表情は、いつになく険しい。不発弾のサイズは、ちょうど掃除用具入れのロッカーと同程度だ。搭載した火薬の量は不明だが、学校ひとつ吹き飛ばすには十分だろう。
弾底から生えた人型の屈強な錆色のボディは、筋骨隆々とした堂々たるフォルム。その巨大さは、スクールバスが丁度いい抱き枕になりそうなサイズだ。
奏空は思う。かつて人類が残した負の遺産が、一体あといくつ地上に眠っているのか、と。
「大丈夫! 必ず守れる様に全力を尽くそう!」
『秘心伝心』鈴白 秋人(CL2000565)が、強い決意を秘めた声で言った。たまに女性と見間違われる外見の彼がここまで戦意を露わにするのは、そうそうない事だった。
(誰も死なせない。絶対に!)
学校の教師である彼にとって、危険に晒される子供達を放っておくことなど出来ない。
ふと秋人は、今日が学校の終業式だったことを思い出した。校舎に取り残された子供達には楽しい夏休みが待っている。その未来を妖に奪わせるような事は、断じて許すわけにはいかない。
「武器が、妖になった、ら。あぶない」
一方、秋人の背後で錬丹書を手繰る桂木・日那乃(CL2000941)の戦う動機はシンプルなもの。
妖が出た。被害が出るなら、消す。これだけだ。とはいえ子供心に、不思議にも思う。
「……不発弾、って、なに? むかしの、爆弾?」
昔とはいつ頃なのか? 覚者も妖もいない頃? いったい何のために?
次々に浮かぶ疑問を、日那乃は頭から追い出した。戦いが終わってから考えればいいことだ。
(戦いのために生まれて、戦いのためだけに存在する妖……か)
ふと『花屋の装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)は敵の人となりを想像した。無論、大人である義高は知っている。不発弾が作られた時代、作った組織、作られた理由、その全てを。
(国同士の戦いなんざ、とっくに終わってるってのによ)
やり場のない思いを手に注ぐように、義高は相棒のギュスターブをギュッと握りしめた。
敵の妖ランクは3。考えなしに暴れる能無しではない。人間抹殺という明確な自我を持つ存在だ。恐らくは死ぬ瞬間まで、与えられた使命に忠実に動き続けるだろう。
(奴の居場所は、この世界にはない。仮にそれを理解したところで、暴れることをやめはすまい)
ふと義高は、目の前の敵に憐れみを感じた。戦いに入る前に、一言だけ妖に声をかける。
「おい、バケモノ。お前がいた戦いはとうに終わった。そして今、お前の戦いも終わるのだ」
校舎を背に、妖の前に立ちはだかる覚者たち。
砲弾の弾底から生えた人型のボディが、ギシギシと錆びついた音を立てて向かってきた。
●グラウンドの死闘
「そこで止まれ!」
奏空の鋭い制止が飛んだかと思うと、グラウンドを霧が覆い始めた。陽の光を覆い隠した迷霧が、妖の体をゆっくりと包んでゆく。
「さあ来い。俺達を殺せるか試してみなよ!」
敵の注意を引き付けるべく、奏空は胸を反らして手招きした。果たして効果があったのか、ズン、という足音と共に、妖は歩みを止める。攻撃のチャンスだった。
「行け、雷獣! 痺れさせちまえ!!」
翔の声が飛ぶと同時に、雷の白虎が霧を裂いて飛び出した。牙をむいて飛び掛かる猛獣を、妖は電柱のように太い腕で受け止める。放電の衝撃で霧が晴れ、露わになった姿は、ほぼ無傷。
特属性の効果が薄いであろう事は予想していたが、翔は思わず舌打ちした。
「おいパワーボム! そっちが最初から本気ならこっちも本気でぶつかるしかないやんけえ!!」
ジャックの大祝詞・戦風に背中を押され、秋人と日那乃の張った弾幕が礫となって襲いかかった。波動弾と圧縮空気が妖に着弾し、不発弾の錆びたボディを不快な金属音とともに削り取ってゆく。
(逸るな……! この戦い、焦った方が負ける……!)
蒼鋼壁で自身を強化しながら、心の内に生じる焦燥を必死に抑えるように、ギュスターブを構える義高。強化完了と同時に、焦げた薬品の匂いが彼の鼻を突いた。
火薬の匂いだ。
(来る!)
妖は身体を前にかがめ、頭部の弾頭を前に突き出して、渾身のタックルを繰り出した。
全力防御で辛うじて踏みとどまる義高と秋人。
ガードを突き破られた奏空とジャックが、吹き飛ばされて宙を舞い、派手にグラウンドを転がる。
「痛ってー! こりゃマジで食らったら死んどったかも!」
ジャックが一瞬で飛び起き、おどけた口調で殊更に痛がって見せる。息を殺しながら、覚者の勝利を祈っているであろう子供たちに、大した怪我ではないと伝えるように。
「あれー? 殺すどころか、かすり傷も無理そうじゃない?」
奏空も、むくりと立ち上がって駆け足で戦線に復帰する。半ば感覚を失った手で、刀を必死に握りしめながら。
脅威を排除したと判断したのか、妖は再び前進を始めた。標的は校舎の子供たちのようだ。
させじと奏空は、KURENAIとKUROGANEの連撃を見舞う。錬覇法でブーストされた二条の剣閃が蛇のように地を這い、妖の錆びた両脚を縦に切り裂く。
だが、敵の歩みが止まる気配はない。奏空がエネミースキャンで敵の負傷を確認すれば、思ったほどダメージが入っていない。迷霧による虚弱付与に失敗したようだ。
翔が妖の右脚にできた傷口を押し開くように、B.O.T.を立て続けに発射する。命中。しかし妖の勢いはなおも衰えない。煩いハエを追い払うように腕を振り回しつつ、ズシンズシンと地響きを立てながら校舎へと向かってゆく。
「俺達は眼中にないんか? だったら力ずくで見させたるよ!」
ストロボのような強烈な光とともに、ジャックの額から赤い光線が発射され、錆びたボディの心臓部に突き刺さる。
ガードすら億劫といった風情で前進を続ける妖の歩みが――ふいに、止まった。
「…… ……?」
なんだこれは。もし頭部の弾頭に口があったら、妖はそう言ったに違いなかった。
ジャックの怪光線による傷口から、赤い光が蜘蛛の巣状に広がり、錆びた体を縛り上げてゆく。破眼光による呪い付与だった。
「チャンスだ、桂木さん。今のうちに」
「ん。回復、する」
秋人と日那乃が発動した潤しの雨が、仲間たちに優しく降り注ぐ。傷口が塞がり、スキルによる強化を終えると、覚者たちは攻めに移った。
奏空がKUROGANEの切っ先を天にかざし、再び迷霧を発動する。粘性のある霧が、妖の錆びたボディへと染み込んでいった。
翔のB.O.T.が敵の右脚に命中。鈍い音とともに、着弾したふくらはぎ部分が吹き飛ぶ。
グラウンドに軽快なステップが三度響く。ジャックが生成する血の大鎌に胸を切り裂かれ、妖の傷口から錆びた鉄粉がぱらぱらと飛び散る。
いずれも本気の攻めではない。敵を牽制するための、いわばジャブといったところだ。
「素人相手より俺たちを相手にした方が、楽しめるんじゃねぇか?」
義高が突進し、グラウンドを蹴って高く跳躍。ギュスターブの鰐の顎に切れ味を載せて、斬・二の構えを振り下ろす。硬い手応えとともに、錆びたボディの胸が袈裟懸けに切り裂かれた。
「プロならよ、堅気の衆に手を出すのは粋じゃねぇぜ」
直立姿勢のまま倒れようとしない妖に、義高は語りかける。お前の相手は俺達だ、と。
秋人と日那乃が発動した潤しの雨がグラウンドを打つ。立ち昇る土の香りに、わずかに火薬の匂いが混じった。
「…… ……」
覚者によって受けた傷口から、黒い瘤が盛り上がり、妖の傷が塞がってゆく。
体を拘束するジャックの呪いが、ぱりぱりと剥がれ落ちてゆく。
そして――妖の体が、膨れ上がった。
●「その時」を待ちながら
腰を落として攻撃態勢を取る妖。それを見たジャックが肩を竦め、
「お前の役目は大量殺人やけど、俺らの役目は護ること。譲れないもの同士、つぶし合うか!」
再び破眼光を発射する。奏空が、翔が、迷霧と雷獣を発動し、傷を癒した妖を再び攻め立てる。
今や妖は、狙いを覚者へと切り替えていた。早急に排除せねばリスクになる相手――そう考えたのだろう。内蔵した火薬を惜しみなく消費し、この場で覚者を皆殺しにする気のようだ。
無論これは、覚者側の計算あっての行動だ。妖の力の源たる火薬は、決して無尽蔵ではない。まずは敵を好きに暴れさせ、火薬が尽きたところを叩く。それが彼らの作戦だった。
殴られ、弾き飛ばされ、炎の雨で焼かれる覚者たち。すでに原型を留めないほど凸凹に変形したグラウンドで、6人は必死に攻撃に耐え続けた。
妖が地響きを立てて迫る。体中に傷を負いながら、目の前の邪魔者を轢殺せんと、火薬の気をまき散らしながら突進してくる。
「ぐうぅっ!」
直撃を食らった義高が吹き飛ばされ、ネットのポールに激突。
ふらつく足で立ち上がり、すぐさま義高は奏空の横へと駆け戻った。自分たちが抜かれたら、もう妖を止める者はいない。何としてでも、校舎の子供たちを死なせるわけにはいかない。
だが、状況は予断を許さない。妖の火力が、当初の想定よりも高いのだ。前衛の奏空と義高が倒れれば戦線の崩壊は免れない。猛攻撃による負傷はじわじわと覚者たちを蝕みつつあった。
(行かせない。行かせるもんか……!)
悲鳴をあげる体を叱り飛ばし、奏空は妖の振り下ろす二連パンチをKUROGANEで受けた。衝撃でひび割れたグラウンドがめくれ上がる。
「ちょっと、まずい、かも」
秋人の火傷を深想水で回復しながら、日那乃がぽつりと呟いた。
覚者側のヒーラーは、彼女と秋人の2人。だが、妖の火の雨が付与する状態異常の回復と並行しながらでは回復が追い付かない。後列の翔も演舞・舞音でフォローしているが、妖の猛攻の前では焼け石に水といって良かった。
――このままでは、もたない。
誰が言うともなく、そんな確信が6人に芽生える。
「……30秒、かな」
戦況を俯瞰しながら、秋人がぽつりと呟いた。
30秒。それが戦線を維持できる上限。
「プラス10秒、持たせようぜ」
翔が前衛に走り出た。奏空、義高と一緒に壁役となり、敵の攻撃を食い止めるつもりのようだ。DXカクセイパッドの立体陰陽陣を展開し、取り出した霊刀を握りしめる。
妖の猛攻撃を浴びて、翔の体力がみるみる削られてゆく。嵐のような攻撃が永久に続くかに思われた、その時――ついに、転機の瞬間が訪れた。
妖の体が色あせ、萎みはじめたのだ。力の源となる、火薬が尽きた証拠だ。
ギリギリのところで、覚者たちに軍配が上がった瞬間だった。
「奏空、動けるか?」
「大丈夫。ちょっと危なかったけど」
覚者たちは一斉に反撃に出た。先陣を切ったのは奏空だ。
「俺は君に言いたい事がある。爆弾として生まれた君には不本意かもしれないけど」
血の混じった汗を拭い、奏空が仕掛けた。KURENAIとKUROGANEが弧を描き、敵の胴に二筋の爪痕を深く刻み込む。
「君が地上へ落ちた時、『爆発しなくてありがとう』って。それできっと多くの命が救われた」
「そうだ。もう戦わなくていいんだぜ。お前が必要な時代は、終わってるんだ」
翔が振り下ろす霊刀に、妖は腕でガードを試みた。あり得ない方向に折れ曲がる腕を、妖はなおも無造作に振り回す。全てが終わった事を理解できない敵の姿に、翔は哀れみを覚えた。
「お前は眠っていいんだ。オレ達が終わらせてやるよ!」
「子供たちを殺させるワケにはいかんでな。悪く思わんと」
乾いたステップと共に、ジャックが鮮血の鎌を構えて跳ぶ。奏空と翔の一撃で開いた傷口に、ねじ込むような一撃を見舞った。斬撃の嵐に体中を切り裂かれ、ボディの破片がボロボロと剥がれ落ちてゆく。金属の擦過音に似た悲鳴をあげながら、妖の体がみる間に屑鉄へと変わってゆく。
折れた足を引きずって、なおも校舎へ迫る妖。義高はその前に立ち塞がると、ギュスターブを手に妖へ突進した。相撲のぶちかましの如き猛烈な勢いで懐へと潜り込み、
「もはやお前に生きる場所はねぇよ。おとなしく、俺の斧のサビになんな」
ギュスターブの残忍な歯列が、斬・二の構えで妖を切り裂く。ダメージに耐えられず転倒し、ふらつく足で立ち上がる妖へ、秋人が水龍牙を、日那乃がエアブリットを浴びせる。
「勝負ありだ!」
「……消す」
地響きを立ててうつ伏せに倒れた不発弾の塗装が、激鱗を構える奏空を映した。
奏空が狙うのは妖の首だ。悲鳴をあげる筋肉に活を入れて、
「君が殺さずにいてくれた命が紡ぐこの時代……俺達に守らせて欲しい」
愛刀KURENAIとKUROGANEにありったけの想いを込めて、
「せめて……人の手で生まれた君を、俺達人の手によって還してあげるよ!」
二閃。
妖の首が切断され、不発弾がグラウンドにゴロリと転がる。
それが、決着だった。
「おやすみな。お前がいらないくらい世界はそこそこ平和になったよ。世界は、な」
日本はまだまだ、戦火ばかりやがな――急速に朽ち果ててゆく妖のボディを見下ろしながら、ジャックはスマホをタップした。
「切裂やけど。妖、撃破完了やき」
●笑顔を浴びて
義高は血と砂を払った手で、そっと花束を不発弾の横に添えた。
「じゃあな。今度生まれてくる時は、俺と酒でも交わそうさ」
それが義高の、戦った相手へのはなむけだった。
一方、奏空は二振りの刀を鞘に納めると、
「終わったあ……」
それだけ言って、グラウンドに座り込む。戦いに勝った――その実感が湧いた途端、痛みと疲労が奏空の体を苛み始める。
グラウンド脇の校門に目をやると、AAAの職員たちが入ってくるのが見えた。おそらくFiVEの手配した処理班だろう。物々しい機材を運びながら、連絡を行ったジャックと何やら話をしていた。
「さて、俺達も最後の仕事をするとしようか」
秋人は覚醒を解いて、校舎の窓からそっと伺う子供たちに笑顔を送る。
「皆! もう大丈夫だから、安心して出ておいで!」
秋人は仲間達と一緒に、避難の誘導を手伝うことにした。妖という脅威は去ったが、まだ不発弾が解除されたわけではない。
「今、危ない爆弾、処理してくれてんねんなあー早く学校に、戻れるようになると、ええな!」
「安心しな。もう怖い妖は、オレ達がやっつけたぜ」
戦いの負傷を気遣うように伺う子供を、ジャックは笑顔で見送る。覚醒を解いた翔は、同年代の子供達から羨望の眼差しを浴びていた。見上げるように浴びせられる憧れの視線が、二人には何とも気恥ずかしかった。
「さあ、皆のいる所に一緒に行こうか!」
教師と子供たちの避難完了を確認した秋人がふとグラウンドを見ると、処理班が車輌で土嚢を運びこんでいた。じきにあの爆弾は信管を取り除かれ、然るべき場所で処分されるだろう。
「それにしても……不発弾、か。あんな場所に埋まっていたなんてね」
妖化した場所がグラウンドだったのは不幸中の幸いだった、と秋人は思った。これが道路や公園だったら、もっと大きな被害が出ていたはずだ。
(人を殺傷する為に作られた兵器……それが妖化したのは、ある意味必然だったのかも知れない)
せめてこれからの未来では、あんな兵器が造られないように――
そう祈りながら、秋人は仲間と共に帰路へとついた。
造物主よ、感謝します。
兄弟たちの誰でもない、この私を選んで下さり、ありがとうございます。
人間を塵のように殺す力をお与え下さり、ありがとうございます――
●戦いの幕開け
夏休みを間近に控えたその日、小学校の校舎は緊迫した空気に包まれていた。
グラウンドの中央にぽっかり空いた巨大なクレーター。そこから這い出てきた黒く巨大な化物。そして、校舎の子供たちを守るように、化物の前に立ち塞がる6つの人影――FiVEの覚者たち。
「校舎の中にいるみんな! 妖はちゃんと退治するから、絶対に外に出てくるなよ!」
白い狩衣をまとった青年姿の『白の勇気』成瀬 翔(CL2000063)が、親しい友達に向けるような気さくな口調で、校舎の子供たちに向かって語りかける。
夏休みを間近に控え、浮ついた子供たちは状況を呑み込めていないようだ。怖いもの見たさ故か、そっと窓から外を覗いた児童が教師に引きずり降ろされ、机の下へと押し込まれた。
「窓から顔を出すのもダメだ! 外から見られないところに身を潜めて隠れててくれ!」
絶対に被害者を出さないよう、翔は念入りに声をかけ続けた。声域拡張とワーズ・ワースを発動した甲斐あって、校内に流れ続けている緊急放送よりも、ずっと心強い響きとなって、子供たちの耳に届いたようだった。
(しかし、不発弾が妖になっちまうなんて、なんて状況だよ……)
校舎に背を向け、妖へと振り返った翔の顔は、すでに戦士のそれへと変わっていた。守護使役の空丸を防球ネットのポール上に送り、【ていさつ】で戦場の周囲をくまなく見張らせる。万一誰かが戦場に迷い込んだ時への備えだった。
「時代はもう、パワーボムを必要としてないねんなあ。古き時代の余韻は、ここで終わらせよう」
翔と一緒に声掛けをしていた『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)が友人帳をめくりながら、妖へ視線を送った。間違ってもあんな物騒な友人はいらない、そんなことを思いながら。
「背中には子供たちがいるし、上手くヒーローっぽくやって、不安を煽らずにやれたらええな!」
ささっと終わらせて不安を拭ってみせようか――ジャックの言葉に、5人が頷いて同意を示す。
「不発弾……また危険なものが妖化したね」
KURENAIとKUROGANEの二刀を握りしめた『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)の表情は、いつになく険しい。不発弾のサイズは、ちょうど掃除用具入れのロッカーと同程度だ。搭載した火薬の量は不明だが、学校ひとつ吹き飛ばすには十分だろう。
弾底から生えた人型の屈強な錆色のボディは、筋骨隆々とした堂々たるフォルム。その巨大さは、スクールバスが丁度いい抱き枕になりそうなサイズだ。
奏空は思う。かつて人類が残した負の遺産が、一体あといくつ地上に眠っているのか、と。
「大丈夫! 必ず守れる様に全力を尽くそう!」
『秘心伝心』鈴白 秋人(CL2000565)が、強い決意を秘めた声で言った。たまに女性と見間違われる外見の彼がここまで戦意を露わにするのは、そうそうない事だった。
(誰も死なせない。絶対に!)
学校の教師である彼にとって、危険に晒される子供達を放っておくことなど出来ない。
ふと秋人は、今日が学校の終業式だったことを思い出した。校舎に取り残された子供達には楽しい夏休みが待っている。その未来を妖に奪わせるような事は、断じて許すわけにはいかない。
「武器が、妖になった、ら。あぶない」
一方、秋人の背後で錬丹書を手繰る桂木・日那乃(CL2000941)の戦う動機はシンプルなもの。
妖が出た。被害が出るなら、消す。これだけだ。とはいえ子供心に、不思議にも思う。
「……不発弾、って、なに? むかしの、爆弾?」
昔とはいつ頃なのか? 覚者も妖もいない頃? いったい何のために?
次々に浮かぶ疑問を、日那乃は頭から追い出した。戦いが終わってから考えればいいことだ。
(戦いのために生まれて、戦いのためだけに存在する妖……か)
ふと『花屋の装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)は敵の人となりを想像した。無論、大人である義高は知っている。不発弾が作られた時代、作った組織、作られた理由、その全てを。
(国同士の戦いなんざ、とっくに終わってるってのによ)
やり場のない思いを手に注ぐように、義高は相棒のギュスターブをギュッと握りしめた。
敵の妖ランクは3。考えなしに暴れる能無しではない。人間抹殺という明確な自我を持つ存在だ。恐らくは死ぬ瞬間まで、与えられた使命に忠実に動き続けるだろう。
(奴の居場所は、この世界にはない。仮にそれを理解したところで、暴れることをやめはすまい)
ふと義高は、目の前の敵に憐れみを感じた。戦いに入る前に、一言だけ妖に声をかける。
「おい、バケモノ。お前がいた戦いはとうに終わった。そして今、お前の戦いも終わるのだ」
校舎を背に、妖の前に立ちはだかる覚者たち。
砲弾の弾底から生えた人型のボディが、ギシギシと錆びついた音を立てて向かってきた。
●グラウンドの死闘
「そこで止まれ!」
奏空の鋭い制止が飛んだかと思うと、グラウンドを霧が覆い始めた。陽の光を覆い隠した迷霧が、妖の体をゆっくりと包んでゆく。
「さあ来い。俺達を殺せるか試してみなよ!」
敵の注意を引き付けるべく、奏空は胸を反らして手招きした。果たして効果があったのか、ズン、という足音と共に、妖は歩みを止める。攻撃のチャンスだった。
「行け、雷獣! 痺れさせちまえ!!」
翔の声が飛ぶと同時に、雷の白虎が霧を裂いて飛び出した。牙をむいて飛び掛かる猛獣を、妖は電柱のように太い腕で受け止める。放電の衝撃で霧が晴れ、露わになった姿は、ほぼ無傷。
特属性の効果が薄いであろう事は予想していたが、翔は思わず舌打ちした。
「おいパワーボム! そっちが最初から本気ならこっちも本気でぶつかるしかないやんけえ!!」
ジャックの大祝詞・戦風に背中を押され、秋人と日那乃の張った弾幕が礫となって襲いかかった。波動弾と圧縮空気が妖に着弾し、不発弾の錆びたボディを不快な金属音とともに削り取ってゆく。
(逸るな……! この戦い、焦った方が負ける……!)
蒼鋼壁で自身を強化しながら、心の内に生じる焦燥を必死に抑えるように、ギュスターブを構える義高。強化完了と同時に、焦げた薬品の匂いが彼の鼻を突いた。
火薬の匂いだ。
(来る!)
妖は身体を前にかがめ、頭部の弾頭を前に突き出して、渾身のタックルを繰り出した。
全力防御で辛うじて踏みとどまる義高と秋人。
ガードを突き破られた奏空とジャックが、吹き飛ばされて宙を舞い、派手にグラウンドを転がる。
「痛ってー! こりゃマジで食らったら死んどったかも!」
ジャックが一瞬で飛び起き、おどけた口調で殊更に痛がって見せる。息を殺しながら、覚者の勝利を祈っているであろう子供たちに、大した怪我ではないと伝えるように。
「あれー? 殺すどころか、かすり傷も無理そうじゃない?」
奏空も、むくりと立ち上がって駆け足で戦線に復帰する。半ば感覚を失った手で、刀を必死に握りしめながら。
脅威を排除したと判断したのか、妖は再び前進を始めた。標的は校舎の子供たちのようだ。
させじと奏空は、KURENAIとKUROGANEの連撃を見舞う。錬覇法でブーストされた二条の剣閃が蛇のように地を這い、妖の錆びた両脚を縦に切り裂く。
だが、敵の歩みが止まる気配はない。奏空がエネミースキャンで敵の負傷を確認すれば、思ったほどダメージが入っていない。迷霧による虚弱付与に失敗したようだ。
翔が妖の右脚にできた傷口を押し開くように、B.O.T.を立て続けに発射する。命中。しかし妖の勢いはなおも衰えない。煩いハエを追い払うように腕を振り回しつつ、ズシンズシンと地響きを立てながら校舎へと向かってゆく。
「俺達は眼中にないんか? だったら力ずくで見させたるよ!」
ストロボのような強烈な光とともに、ジャックの額から赤い光線が発射され、錆びたボディの心臓部に突き刺さる。
ガードすら億劫といった風情で前進を続ける妖の歩みが――ふいに、止まった。
「…… ……?」
なんだこれは。もし頭部の弾頭に口があったら、妖はそう言ったに違いなかった。
ジャックの怪光線による傷口から、赤い光が蜘蛛の巣状に広がり、錆びた体を縛り上げてゆく。破眼光による呪い付与だった。
「チャンスだ、桂木さん。今のうちに」
「ん。回復、する」
秋人と日那乃が発動した潤しの雨が、仲間たちに優しく降り注ぐ。傷口が塞がり、スキルによる強化を終えると、覚者たちは攻めに移った。
奏空がKUROGANEの切っ先を天にかざし、再び迷霧を発動する。粘性のある霧が、妖の錆びたボディへと染み込んでいった。
翔のB.O.T.が敵の右脚に命中。鈍い音とともに、着弾したふくらはぎ部分が吹き飛ぶ。
グラウンドに軽快なステップが三度響く。ジャックが生成する血の大鎌に胸を切り裂かれ、妖の傷口から錆びた鉄粉がぱらぱらと飛び散る。
いずれも本気の攻めではない。敵を牽制するための、いわばジャブといったところだ。
「素人相手より俺たちを相手にした方が、楽しめるんじゃねぇか?」
義高が突進し、グラウンドを蹴って高く跳躍。ギュスターブの鰐の顎に切れ味を載せて、斬・二の構えを振り下ろす。硬い手応えとともに、錆びたボディの胸が袈裟懸けに切り裂かれた。
「プロならよ、堅気の衆に手を出すのは粋じゃねぇぜ」
直立姿勢のまま倒れようとしない妖に、義高は語りかける。お前の相手は俺達だ、と。
秋人と日那乃が発動した潤しの雨がグラウンドを打つ。立ち昇る土の香りに、わずかに火薬の匂いが混じった。
「…… ……」
覚者によって受けた傷口から、黒い瘤が盛り上がり、妖の傷が塞がってゆく。
体を拘束するジャックの呪いが、ぱりぱりと剥がれ落ちてゆく。
そして――妖の体が、膨れ上がった。
●「その時」を待ちながら
腰を落として攻撃態勢を取る妖。それを見たジャックが肩を竦め、
「お前の役目は大量殺人やけど、俺らの役目は護ること。譲れないもの同士、つぶし合うか!」
再び破眼光を発射する。奏空が、翔が、迷霧と雷獣を発動し、傷を癒した妖を再び攻め立てる。
今や妖は、狙いを覚者へと切り替えていた。早急に排除せねばリスクになる相手――そう考えたのだろう。内蔵した火薬を惜しみなく消費し、この場で覚者を皆殺しにする気のようだ。
無論これは、覚者側の計算あっての行動だ。妖の力の源たる火薬は、決して無尽蔵ではない。まずは敵を好きに暴れさせ、火薬が尽きたところを叩く。それが彼らの作戦だった。
殴られ、弾き飛ばされ、炎の雨で焼かれる覚者たち。すでに原型を留めないほど凸凹に変形したグラウンドで、6人は必死に攻撃に耐え続けた。
妖が地響きを立てて迫る。体中に傷を負いながら、目の前の邪魔者を轢殺せんと、火薬の気をまき散らしながら突進してくる。
「ぐうぅっ!」
直撃を食らった義高が吹き飛ばされ、ネットのポールに激突。
ふらつく足で立ち上がり、すぐさま義高は奏空の横へと駆け戻った。自分たちが抜かれたら、もう妖を止める者はいない。何としてでも、校舎の子供たちを死なせるわけにはいかない。
だが、状況は予断を許さない。妖の火力が、当初の想定よりも高いのだ。前衛の奏空と義高が倒れれば戦線の崩壊は免れない。猛攻撃による負傷はじわじわと覚者たちを蝕みつつあった。
(行かせない。行かせるもんか……!)
悲鳴をあげる体を叱り飛ばし、奏空は妖の振り下ろす二連パンチをKUROGANEで受けた。衝撃でひび割れたグラウンドがめくれ上がる。
「ちょっと、まずい、かも」
秋人の火傷を深想水で回復しながら、日那乃がぽつりと呟いた。
覚者側のヒーラーは、彼女と秋人の2人。だが、妖の火の雨が付与する状態異常の回復と並行しながらでは回復が追い付かない。後列の翔も演舞・舞音でフォローしているが、妖の猛攻の前では焼け石に水といって良かった。
――このままでは、もたない。
誰が言うともなく、そんな確信が6人に芽生える。
「……30秒、かな」
戦況を俯瞰しながら、秋人がぽつりと呟いた。
30秒。それが戦線を維持できる上限。
「プラス10秒、持たせようぜ」
翔が前衛に走り出た。奏空、義高と一緒に壁役となり、敵の攻撃を食い止めるつもりのようだ。DXカクセイパッドの立体陰陽陣を展開し、取り出した霊刀を握りしめる。
妖の猛攻撃を浴びて、翔の体力がみるみる削られてゆく。嵐のような攻撃が永久に続くかに思われた、その時――ついに、転機の瞬間が訪れた。
妖の体が色あせ、萎みはじめたのだ。力の源となる、火薬が尽きた証拠だ。
ギリギリのところで、覚者たちに軍配が上がった瞬間だった。
「奏空、動けるか?」
「大丈夫。ちょっと危なかったけど」
覚者たちは一斉に反撃に出た。先陣を切ったのは奏空だ。
「俺は君に言いたい事がある。爆弾として生まれた君には不本意かもしれないけど」
血の混じった汗を拭い、奏空が仕掛けた。KURENAIとKUROGANEが弧を描き、敵の胴に二筋の爪痕を深く刻み込む。
「君が地上へ落ちた時、『爆発しなくてありがとう』って。それできっと多くの命が救われた」
「そうだ。もう戦わなくていいんだぜ。お前が必要な時代は、終わってるんだ」
翔が振り下ろす霊刀に、妖は腕でガードを試みた。あり得ない方向に折れ曲がる腕を、妖はなおも無造作に振り回す。全てが終わった事を理解できない敵の姿に、翔は哀れみを覚えた。
「お前は眠っていいんだ。オレ達が終わらせてやるよ!」
「子供たちを殺させるワケにはいかんでな。悪く思わんと」
乾いたステップと共に、ジャックが鮮血の鎌を構えて跳ぶ。奏空と翔の一撃で開いた傷口に、ねじ込むような一撃を見舞った。斬撃の嵐に体中を切り裂かれ、ボディの破片がボロボロと剥がれ落ちてゆく。金属の擦過音に似た悲鳴をあげながら、妖の体がみる間に屑鉄へと変わってゆく。
折れた足を引きずって、なおも校舎へ迫る妖。義高はその前に立ち塞がると、ギュスターブを手に妖へ突進した。相撲のぶちかましの如き猛烈な勢いで懐へと潜り込み、
「もはやお前に生きる場所はねぇよ。おとなしく、俺の斧のサビになんな」
ギュスターブの残忍な歯列が、斬・二の構えで妖を切り裂く。ダメージに耐えられず転倒し、ふらつく足で立ち上がる妖へ、秋人が水龍牙を、日那乃がエアブリットを浴びせる。
「勝負ありだ!」
「……消す」
地響きを立ててうつ伏せに倒れた不発弾の塗装が、激鱗を構える奏空を映した。
奏空が狙うのは妖の首だ。悲鳴をあげる筋肉に活を入れて、
「君が殺さずにいてくれた命が紡ぐこの時代……俺達に守らせて欲しい」
愛刀KURENAIとKUROGANEにありったけの想いを込めて、
「せめて……人の手で生まれた君を、俺達人の手によって還してあげるよ!」
二閃。
妖の首が切断され、不発弾がグラウンドにゴロリと転がる。
それが、決着だった。
「おやすみな。お前がいらないくらい世界はそこそこ平和になったよ。世界は、な」
日本はまだまだ、戦火ばかりやがな――急速に朽ち果ててゆく妖のボディを見下ろしながら、ジャックはスマホをタップした。
「切裂やけど。妖、撃破完了やき」
●笑顔を浴びて
義高は血と砂を払った手で、そっと花束を不発弾の横に添えた。
「じゃあな。今度生まれてくる時は、俺と酒でも交わそうさ」
それが義高の、戦った相手へのはなむけだった。
一方、奏空は二振りの刀を鞘に納めると、
「終わったあ……」
それだけ言って、グラウンドに座り込む。戦いに勝った――その実感が湧いた途端、痛みと疲労が奏空の体を苛み始める。
グラウンド脇の校門に目をやると、AAAの職員たちが入ってくるのが見えた。おそらくFiVEの手配した処理班だろう。物々しい機材を運びながら、連絡を行ったジャックと何やら話をしていた。
「さて、俺達も最後の仕事をするとしようか」
秋人は覚醒を解いて、校舎の窓からそっと伺う子供たちに笑顔を送る。
「皆! もう大丈夫だから、安心して出ておいで!」
秋人は仲間達と一緒に、避難の誘導を手伝うことにした。妖という脅威は去ったが、まだ不発弾が解除されたわけではない。
「今、危ない爆弾、処理してくれてんねんなあー早く学校に、戻れるようになると、ええな!」
「安心しな。もう怖い妖は、オレ達がやっつけたぜ」
戦いの負傷を気遣うように伺う子供を、ジャックは笑顔で見送る。覚醒を解いた翔は、同年代の子供達から羨望の眼差しを浴びていた。見上げるように浴びせられる憧れの視線が、二人には何とも気恥ずかしかった。
「さあ、皆のいる所に一緒に行こうか!」
教師と子供たちの避難完了を確認した秋人がふとグラウンドを見ると、処理班が車輌で土嚢を運びこんでいた。じきにあの爆弾は信管を取り除かれ、然るべき場所で処分されるだろう。
「それにしても……不発弾、か。あんな場所に埋まっていたなんてね」
妖化した場所がグラウンドだったのは不幸中の幸いだった、と秋人は思った。これが道路や公園だったら、もっと大きな被害が出ていたはずだ。
(人を殺傷する為に作られた兵器……それが妖化したのは、ある意味必然だったのかも知れない)
せめてこれからの未来では、あんな兵器が造られないように――
そう祈りながら、秋人は仲間と共に帰路へとついた。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
