【儚語】赤。夕暮れの夢
●未来を変えるために
「メグミ、この後いつもの寄ってく?」
「うん、いいよー」
宮藤恵美は普通の高校生だった。柔道部に所属し、段位としては現在、三段。もうまもなく、四段も見えて来た腕前で、覚者優勢の今の世の中でも、スポーツの世界では一目置かれる……ことになるかもしれない存在だが、少なくともただの高校生であった。
ひと月前、おかしな夢を見て飛び起きる、その時までは。
それはきっと悪夢と呼ぶべきものだった。自分ではない誰かが、人に襲われる夢。それから、大きな獣――おそらくは妖に襲われる夢。事故死の夢は不思議と見ることは少なく、その多くが人や妖による殺人の夢ばかりだった。
疲れているのだろうか、と色々なことを試したがどれも効果はなかったので、病院に行こうと思った。しかし、その道中で事故現場に遭遇した。いや、事故ということにはなっていたが、明らかに人間が、射殺された現場だった。
「ここ、昨日見た……」
夢の中に見慣れた町並みが出てくるのは普通のことだ。しかし、自分は確かに昨晩、この場所で人が射殺される夢を見た。知らない人だったが、その痛みが自分のことのように伝わってきて、汗をびっしょりとかきながら起きると、そのまま学校の用意をして登校した。そして下校後、病院に行こうと思ったら……。
そこで、理解できた。今までのは、ただの悪夢ではない。そして、自分はもう、ただの高校生じゃない。
一般人であり、特に覚者の知り合いもいない彼女は、噂で聞いたことがあるという程度だったが、覚者の中には、不思議な予知夢を見る者がいるという。そして、それが自分自身――。
「今まで、あたしが見てきた夢って……」
ただの悪夢ではなかった。夢の中で死んでいった人物はみんな、実際に死んでいった。自分がそのことを誰かに教えれば、彼らは助かったかもしれないというのに。
病院へ行くことを取りやめて、すぐに帰った。医者の診察でわかるかはわからないが、もしもこのことを公に知られたらどうなるのだろう。こういった能力者は覚者の中でも特に貴重で、権力を持つ者や、犯罪組織も追い求めているという。そんな人のために、自分の力が悪用させられてしまうかもしれない。かといって、このまま隠し通していたら、救えるはずの命が次々と奪われていってしまう。
「メグミ、どうしたの?」
「う、ううん。なんでもないよ」
今日もいつも通りの帰り道を親友の大山麻耶と共に帰る。だが、ある角を曲がり、いつもとは違う。遠回りになるルートを選んだ。
「え、そっちって遠回りじゃない?」
「うん。でもさ、色々と話したいこともあるし、ゆっくり行こうよ」
「そうなの?」
麻耶は素直についてきてくれる。恵美はこの後、いつも通りの道を行った場合に起きることを知っていた。自分が覚者であることを自覚し、予知夢の存在がわかってしまえば、ある程度はそれを理解、制御できる。そして、自分の親友の凄惨な死に様の夢を見ることができた。
夢は夕方の出来事だった。つまり、時間を稼いで夜にしてしまえば、夢の予知は外れることになる。そんなに簡単なことかどうかはわからないが、今はこうするしかない。
「メグミ、歩くの遅くない?」
「あ、はは、そうかな?」
なんとかして時間を稼ぎ、部活帰りによく寄る喫茶店に入る……。
「あれ、臨時休業だって。ツイてないなー」
「う、うそ……じゃあ、別の店いこっか」
「えー、いいよ。もう早く帰ろ……」
夕暮れの空から、一羽の巨大な鴉が舞い降りた。それは足の先の爪で麻耶を切り裂く――。
「マヤっ! 逃げて!!」
すんでのところで飛び出した恵美の足が、代わりに深々と切り裂かれる。
「メグミ、この後いつもの寄ってく?」
「うん、いいよー」
宮藤恵美は普通の高校生だった。柔道部に所属し、段位としては現在、三段。もうまもなく、四段も見えて来た腕前で、覚者優勢の今の世の中でも、スポーツの世界では一目置かれる……ことになるかもしれない存在だが、少なくともただの高校生であった。
ひと月前、おかしな夢を見て飛び起きる、その時までは。
それはきっと悪夢と呼ぶべきものだった。自分ではない誰かが、人に襲われる夢。それから、大きな獣――おそらくは妖に襲われる夢。事故死の夢は不思議と見ることは少なく、その多くが人や妖による殺人の夢ばかりだった。
疲れているのだろうか、と色々なことを試したがどれも効果はなかったので、病院に行こうと思った。しかし、その道中で事故現場に遭遇した。いや、事故ということにはなっていたが、明らかに人間が、射殺された現場だった。
「ここ、昨日見た……」
夢の中に見慣れた町並みが出てくるのは普通のことだ。しかし、自分は確かに昨晩、この場所で人が射殺される夢を見た。知らない人だったが、その痛みが自分のことのように伝わってきて、汗をびっしょりとかきながら起きると、そのまま学校の用意をして登校した。そして下校後、病院に行こうと思ったら……。
そこで、理解できた。今までのは、ただの悪夢ではない。そして、自分はもう、ただの高校生じゃない。
一般人であり、特に覚者の知り合いもいない彼女は、噂で聞いたことがあるという程度だったが、覚者の中には、不思議な予知夢を見る者がいるという。そして、それが自分自身――。
「今まで、あたしが見てきた夢って……」
ただの悪夢ではなかった。夢の中で死んでいった人物はみんな、実際に死んでいった。自分がそのことを誰かに教えれば、彼らは助かったかもしれないというのに。
病院へ行くことを取りやめて、すぐに帰った。医者の診察でわかるかはわからないが、もしもこのことを公に知られたらどうなるのだろう。こういった能力者は覚者の中でも特に貴重で、権力を持つ者や、犯罪組織も追い求めているという。そんな人のために、自分の力が悪用させられてしまうかもしれない。かといって、このまま隠し通していたら、救えるはずの命が次々と奪われていってしまう。
「メグミ、どうしたの?」
「う、ううん。なんでもないよ」
今日もいつも通りの帰り道を親友の大山麻耶と共に帰る。だが、ある角を曲がり、いつもとは違う。遠回りになるルートを選んだ。
「え、そっちって遠回りじゃない?」
「うん。でもさ、色々と話したいこともあるし、ゆっくり行こうよ」
「そうなの?」
麻耶は素直についてきてくれる。恵美はこの後、いつも通りの道を行った場合に起きることを知っていた。自分が覚者であることを自覚し、予知夢の存在がわかってしまえば、ある程度はそれを理解、制御できる。そして、自分の親友の凄惨な死に様の夢を見ることができた。
夢は夕方の出来事だった。つまり、時間を稼いで夜にしてしまえば、夢の予知は外れることになる。そんなに簡単なことかどうかはわからないが、今はこうするしかない。
「メグミ、歩くの遅くない?」
「あ、はは、そうかな?」
なんとかして時間を稼ぎ、部活帰りによく寄る喫茶店に入る……。
「あれ、臨時休業だって。ツイてないなー」
「う、うそ……じゃあ、別の店いこっか」
「えー、いいよ。もう早く帰ろ……」
夕暮れの空から、一羽の巨大な鴉が舞い降りた。それは足の先の爪で麻耶を切り裂く――。
「マヤっ! 逃げて!!」
すんでのところで飛び出した恵美の足が、代わりに深々と切り裂かれる。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.宮藤恵美、大山麻耶の救出と保護
2.妖の撃破
3.宮藤恵美を説得、FiVEに引き入れる
2.妖の撃破
3.宮藤恵美を説得、FiVEに引き入れる
今回の依頼は、妖に襲われる儚の因子持ちの覚者と、その友人を保護するというものです。
●討伐対象:大鴉(生物系・ランク2)
全長二メートル近い、巨大なカラスの妖です。当然、空を飛ぶ能力を有し、素早い動きが可能ですが、やや打たれ弱いのが弱点です。
使用スキル
・急降下(A:物近単)……急降下しつつ、足の爪で単体を切り裂きます。素早い奇襲攻撃のため高命中かつ、やや高威力です。
・連続突き(A:物近単)……地面に降り立ち、単体を連続でくちばしを使って突きます。高威力です。
・はばたき(A:特遠列)……巨大な翼で大きくはばたくことで風の刃を生み、範囲を攻撃します。威力は中程度です。
・凶暴化(A:自)……物理、特殊両方の攻撃力を増します。体力が半分以下でのみ使用することがあります。戦闘状態でのみ使用し、自分に敵対する者がいない時は休眠に務めようとします。
大鴉は一定量のダメージを受けると、一度撤退し、追ってきた相手に「急降下」で奇襲をしかけようとします。戦闘開始は夕方ですが、まもなく陽が落ちるため、夜の闇と同化した大鴉の奇襲を防ぐには、なんらかの備えが必要になります。
また、体力が半分以下になると「凶暴化」をしてくるようになり、効果時間中、どれだけダメージを受けても撤退することはなく、上昇した攻撃力で「連続突き」と「はばたき」を優先して使うようになります。
●救出対象:宮藤恵美(くどう めぐみ)
ひと月前に発現し、最近になってやっと能力を自覚し始めた覚者です。
柔道をやっており、それゆえの体力、運動神経があるため、通常であれば走って逃げ出すぐらいのことはできますが、戦闘開始時には既に足を負傷しており、自力では立ち上がることも難しい状態にあります。(覚者たちが到着するのはOPの直後、恵美が負傷した時だと思ってください。また、怪我を治療しても、恵美は妖との戦闘には役立ちません。あくまで競技レベルとして柔道ができるというだけです)
出血の量が多いため、なんらかの処置が必要であり、当然、大鴉は負傷して動けない恵美を優先して狙ってきます。
自分の能力への恐れや不安はありますが、元来、人の助けになることを望んでいる性格のため、ファイヴのしていることや、他にも同じ能力者がファイヴにいることなどを伝えれば、説得にはそう難航することはないと思われます。
●救出対象:大山麻耶(おおやま まや)
恵美の親友である女子高生。テニス部に所属する一般人です。
学校で部活を終えた帰りとはいえ、通常であれば走って逃げ出すぐらいの体力はありますが、目の前で恵美が自分を庇って負傷したため、パニック状態に陥っています。
●持ち込み品や事前準備、その他OPで出ていない情報など
今回の依頼は、恵美自身が儚の因子持ちであることを誰にも話していなかったため、夢見の噂を聞いて彼女をスカウトに来たようなものではなく、通常の依頼同様、久方の夢見の見た予知夢を元に、覚者たちは恵美を助けるために出動しています(恵美が夢見であることは、その予知夢の中で判明しました)。
●補足
この依頼で説得及び獲得できた夢見は、今後FiVE所属のNPCとなる可能性があります。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
10日
10日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年10月13日
2015年10月13日
■メイン参加者 8人■

●悪夢を塗り替える力
「メグミっ!?」
「は、ははっ……思ったよりざっくりいかれちゃったなぁ。これじゃ、しばらく練習に出れない、かも……」
切り裂かれた恵美の足から、大量の血が溢れ出す。まもなく彼女の足元に血溜まりが広がっていき、その臭いに本能を刺激されたのか、彼女を襲った妖、大鴉が再び空中から襲いかかってくる。
「女の子を襲うなんて、いくら妖でも許せないな!」
急降下しつつの爪による攻撃に、突然、躍り出た男性が片手斧で応戦する。星野 宇宙人(CL2000772)だった。
とはいえ、上空から地上を見ていた敵も、この増援の存在は知っている。すぐに距離を取り、相手の出方を伺うように地面に降り立った。覚者を意識しつつもその目は負傷している恵美。あるいは彼女の流している血に向けられている。
「だ、だれっ!? いきなりそんな物騒なものを持ってぞろぞろ現れて……」
「そこにいる妖を倒すために来た。怪我人を治療できる人間もいる」
宇宙人に続き、他の覚者もすぐに恵美と麻耶の二人を庇うような位置に割り込む。その中で麻耶の疑問に対して葦原 赤貴(CL2001019)が言葉少なげに答えた。
「まずは応急処置、するから。その後はどこか安全なところ……あの喫茶店でいい?」
桂木・日那乃(CL2000941)はすぐに怪我をしている恵美の元へ駆け寄り、その傷に対して癒しの滴を使用する。しかし、覚者とはいえ戦闘には不向きな夢見が無我夢中で友人を庇って負った傷は深く、これで十分な回復とは思えない。
「あそこって、臨時休業だし、それにあなたたち――」
「大丈夫だよ、落ち着いて。僕たちは怪しい者じゃない。君たちを守るために来た覚者だよ。怪我を負ったあの子も大丈夫、命に別状はないし、僕が必ず助けるから」
看護師らしく、優しくゆっくりと指崎 まこと(CL2000087)は麻耶に事情を言って聞かせる。そうしている内に、大鴉は覚者たちを無視し、保護対象を一気に狙うことにしたようだ。大きく飛び上がり、またあの急降下攻撃を狙う。
「絶対に二人は狙わせないよ!」
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は纏霧を放ち、敵の動きを鈍らせる。そこに追撃とばかりに火炎弾が叩き込まれた。
「それでも近寄ろうと言うのなら、黒焦げになってもらいます!」
『エピファニアの魔女』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)の正確な攻撃で大鴉は体勢を崩す。空を飛ぶ厄介な相手だが、弱体と遠距離攻撃が効果的に決まり、とりあえず機先を制することはできている。
「さあ、今の内に逃げるわよん。恵美ちゃん、ちょっと動かすけど、我慢してねん」
大鴉が攻撃を受けた隙を突いて、魂行 輪廻(CL2000534)は以前として怪我を負っている恵美を抱き上げる。
「こんな夢、見なかった……。でも、あんまりにタイミングが良すぎるし、あたしの名前も知ってる……お姉さんたちって――?」
「未来は変えられる。俺たちはそのために来た。まずは輪廻たちの治療を受けてくれ、詳しいことはこいつを倒してから話す」
恵美の疑問には寺田 護(CL2001171)が答え、尚も攻撃を諦めない相手にエアブリットを放つ。その間に二人の避難が進むが、それを阻止しようと敵は突っ込んでくる。そこには前衛を務める宇宙人と赤貴が割り込み、攻撃を受け止めた。
戦い方を心得た覚者たちは、空からの攻撃にも冷静に対処し、被弾を最小限に留めている。しかし、肉弾戦をしている以上、細かな傷とそれに伴う出血は当然のこととしてある。麻耶は輪廻に運ばれる友人を心配しつつも、自分たちを助けるためにやってきた者たちまで怪我を負うのがショッキングなようで、まことに庇われながらも、身を震わせていた。
「私たちのために、あんな怪我……」
「わたしたちは、みんなのために働いているから。んっ、開いた」
さり気なく日那乃が扉にエアブリットをぶつけ、鍵のかかったそれを強引に開ける。戦闘時も一般人や家屋への被害を可能な限り防ぐのがファイヴの方針だが、あのまま恵美を屋外で庇いながら戦うのは難しい。人的な被害の前では物的な被害など多少許されるだろう、と覚者たちに迷いはなかった。
「恵美ちゃん、とりあえずここのソファに下ろすわねん。痛かったでしょう? すぐに治してもらえるから。でも、もしもこれが致命傷で死んでしまっていたら、この痛みを感じることもできなかったのよん?」
「魂行さん、今はそういうのはナシにしようよ。彼女は自分にできる最大限のことをしたんだから。僕たちからすれば、あんまりに危なっかしいのも事実だけどね」
避難した先が喫茶店だったのは、怪我人の手当を行うという点では都合のいいことだっただろう。まことはテーブルの上に道具を並べ、ソファに寝かせた恵美の傷の具合を見ながら、適切な処置を施していく。
それを見守る友人、麻耶は先ほどと比べるといくらか落ち着いている。しかし、覚者と恵美との会話から、友人がいつの間にかに常人の枠組みからは外れていたということを、否応なしに気づかせられていた。
●赤い悪夢の元凶を
「無事に避難は終わったみたいだな。後は、こいつを倒すだけか……」
後衛の護が恵美たちの退避が完了したことを全員に伝える。一方、前衛は大鴉との戦いを繰り広げている。とはいえ、相手は急降下を多用し、一撃離脱の消極的な戦いを続けている。近接攻撃を当てられる機会が少ないため、あまりダメージを稼げておらず、こちらばかりがダメージを重ねている状況だ。
「くそっ、これじゃジリ貧だな……。でも、ひとまずは恵美ちゃんたちの安全が確保できてよかったぜ」
「だからといって、オレたちがやられればまたあっちが狙われる。確実に倒すぞ」
宇宙人と赤貴は改めて武器を構え直す。既に陽は落ち、大鴉の黒いシルエットが闇へと同化し始める。しかし、暗闇への備えはきちんと用意してある。覚者はそれぞれ、持ち前の視力や明かりを取り出して索敵を行う。いくら闇にまぎれるとはいえ、相手は大きな妖だし、羽ばたく音もある。注意すれば十分に見抜ける程度の闇への擬態だ。
「そこだ、食らえ! 召雷!」
敵の姿を発見した奏空が雷を落とす。その光が闇の中にくっきりと大鴉の姿を映し出し、更に翼を軽く焼き焦がす。
「やはり、翼を狙うのが賢明か。地面に叩き落とすぞ」
空中で姿勢を崩した相手に対し、護がエアブリットによる追撃を与える。直撃はしなかったが、風圧に煽られて更に相手が体勢を崩した。
「次はもう、避けられませんよ!」
ラーラが火炎弾を撃ち込む。連続的な攻撃の前に大鴉も対処しきれず、翼を炎に包まれ、黒い羽毛を散らせながら地上に落ちてきた。前衛が落下地点に近寄るが、地面に激突する寸前ではばたき、体勢を立て直す。
「完全に入ったつもりだったんですけど、そう簡単に倒せる妖ではないですね、残念です」
翼を奪うことはできず、ラーラは残念そうな顔をするが、敵も空を飛び回るのは危険だと判断したのか、今度は地に足を付けて覚者たちと向き合う。そのまま、倒れ込むようにしながら鋭いクチバシを叩きつけるようにして突いてきた。
「うわっ、こっちの方が危ないかなっ」
奏空は持ち前の素早さで回避したが、クチバシが道路のアスファルトを穿つ。あれをまともに食らった時の痛みはあまり想像したくない。
「でも、恵美ちゃんがこんなのを食らわなくてよかったかな、なんてなっ」
宇宙人が炎をまとった斧を叩きつけつつ言う。やはり翼を狙っているが、そこさえ奪えれば相手の機動力を削げる一方、相手にとっては武器の一つでもある。カウンターのように強くはばたかれ、それによって巻き起こる風の刃が前線に立つ覚者たちを切り裂いた。
「ちっ、まだいけるが、回復要員を別働隊に割いたのは痛いか。……まあ、ここで倒れることになっても、それまでのことか」
相手が地上戦に切り替えたことで、こちらの攻撃機会が増える一方、敵の攻撃も激しくなる。今までは散発的に繰り出される急降下に注意し、それを捌いていればよかったが、今はクチバシによる連続突きとはばたきの二種類の脅威に曝されている。そのどちらも無視できない威力の攻撃だ。
「諦めないで! 俺もちょっとは回復ができるから!」
前衛の傷が目立ち始めると、奏空が回復に回って戦線を維持する。減った氣力は、護が填気で回復した。
「まだこれは前半戦だからな……凶暴化してからだと、もっときつくなる。気をつけろよ」
「本領を発揮される前に少しでもダメージを稼ぎたいですけど、深追いも禁物、ですね」
相手が飛行しなくなったことで、ラーラは火炎弾を使わず、節約しつつの攻撃に務める。あまり長期戦にはしたくない戦いだが、相手は一定ダメージで撤退や凶暴化をすることがわかっている。その時に術式を撃てなくなっていては、不利な戦いを強いられてしまうだろう。
その内に、突然、大鴉が大きくはばたいた。攻撃のためのはばたきかと思いきや、相手の体が宙に浮かんでいく。
「逃げるつもりか!? 逃がさねぇ!」
宇宙人がハンドガンで狙い撃つが、それよりも素早く敵は西の空へと、沈んでいった太陽を追いかけるように飛び去った。すぐに後を追いたいが、覚者たちの負傷も軽微なものとはいえない。このまま戦闘を続けても、追い詰められた相手に返り討ちになる危険性がある状況だ。そんな中、喫茶店から一人の人物が出てきた。
●
「二人とも、落ち着いたかな。宮藤さん、とりあえず処置はしたし、傷も塞がったけど、相手は妖。妙な病気を持っている危険性もあるし、後で必ず、病院に行くようにしてね」
「は、はい……。でも、本当にお兄さんたちはなんなんですか? 見た感じ、歳も職業も違う感じだし、覚者というのは共通しているみたいだけど……」
「話すべきことは色々あるわねん。まずは私たち、ファイヴについてかしらん?」
喫茶店。恵美の処置を終えた三人は、恵美と麻耶の護衛と事情の説明のために残っていた。
「ファイヴ……聞いたことないですけど、それって?」
「簡単に説明すれば、覚者の力を正しいことのために使う……そう、さっきの君のようなことをする人たちの組織、といったところかな。実際はもう少し色々とあるけれど、今回、僕たちは君たちが妖に襲われることを知って、それを助けるためにやってきたんだよ」
「知って、っていうことは、やっぱりその、ファイヴにもあたしみたいな……」
「そう、夢見がいるっていうことねん。そのお陰で危険な目に遭う人を助けられるし、戦うべき妖なんかのことも、あらかじめ多少はわかる、っていうことなのよん」
「わたしたちの仕事は、いつも夢見の夢を元にやってる」
「そう、なんだ……」
恵美は胸の前で手をぎゅっと握った。ファイヴにいる夢見は、自分たちの見る夢に苦しめられているだけではなく、それを打ち破り、未来を変えようとしている。それは、彼女が望んでいることでもあった。だが、次に彼女は少し離れたところに座る自身の友人に目を向ける。事情をなんとなく察したのか、彼女はもうあれこれ聞いてきたり、恵美たちの話に関わろうとはしてこない。
「えっと、あたし、まだ今ひとつ自分の能力がわかってないんですけど、これってやっぱり、いわゆる予知夢みたいなのなんですよね?」
「そうだね。未来のことを夢という形で見ることができる、というのが夢見の能力者というものなんだ。何もしなければ夢は正夢になるけど、何か行動を起こせば、未来は変わる。それを君は実行したんだよね。だから、友達を守ることができた」
「でも、みんなが来てくれなかったら、マヤともどもあたし、やられてましたよね……」
「その通りよん。若いからって、なんでも勢い任せでやるのは感心できないわよん。あなた可愛いんだから、美人薄命なんかになっちゃダメよん」
「か、可愛いって、そんな……」
少なくとも同年代の学生からは、そんな風に褒められたことはなかった。思わず恵美は顔を赤くする一方で、壊れたドアの外の様子を見ていた日那乃が、はっと気づいたように身を乗り出した。
「まさか、敵が来たのかい?」
「ううん、その逆。一度、撤退したみたい。みんな怪我してるし、こっちとは逆の方向に行ったみたいだから、みんなを助けに行ってもいい?」
「そうねん。二人もいればもしもの場合には対応できるし、回復役はいてあげた方がいいわん」
日那乃はこくんと頷き、喫茶店の外へと飛び出す。そして、素早く合流すると味方の体勢を立て直すのに協力し、そのまま大鴉の追跡に加わっていった。
●夢のその先へ
「翼は、もらうぜ!」
「おい、あんまり突出するなよ。そろそろ、凶暴化が来るはずだ」
幸い、大鴉は見失うほどの長距離を飛ぶことはなく、戦場は少し離れた場所に移るだけだった。あまり長距離を飛ぶことができなかったのは、翼に攻撃を集中させたかいがあったのだろう。はばたきの使用頻度も下がり、複数人がまとめて攻撃される危険はなくなった。そこで相手は再び急降下も織り交ぜるようになったが、対処は完璧にできている。
「お前の動きはまるっとお見通しなんだよ!」
爪の攻撃を素早く避け、反対に奏空の飛苦無が相手の体に突き刺さる。そこで、空気が一変した。大鴉は大きく飛び上がったかと思うと、周囲の空気を震わせるほど大きな声で一鳴きした。不吉で耳障りな鴉の鳴き声が、不気味に夜の闇の中に木霊する。
「ここからが本番、か。やることは変わらんがな!」
再び相手は空中から急降下してくる。その軌道を変えるように護がエアブリットを放つ。
「ではそろそろ、遠慮なくいきますね。良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を…イオ・ブルチャーレ!」
空中で勢いを殺された大鴉に対し、ラーラが火炎弾をぶつける。相手は既に空を飛ぶと狙い撃ちにされる危険性を理解していたはずだが、凶暴化が理性を鈍らせたのか、面白いほど上手く当たってくれた。慌てて高度を落とすが、そこには今度こそ翼を狙って宇宙人が斧を叩き下ろす。
「これでどうだ!?」
黒い羽が舞い、一時的に視界が遮られる。それに紛れるようにして、大鴉はクチバシを突き下ろしてきた。攻撃を受けたまま、無理矢理に反撃として出したため、狙いは宇宙人を逸れ、赤貴に向かう。力を増した状態のクチバシが叩きつけられ、赤貴は吹き飛ばされてしまった。
「くっ……思ったより、やるな……」
剣を握る力を失い、赤貴はそのまま倒れる。恵美の時と同じく、弱った敵を狙おうと大鴉は彼に急降下をかける。だが……。
「これぐらいで、オレを殺せると思うなよ?」
逆に大鴉の胸に大剣が深々と突き立てられる。慌てて相手は飛び退いたが、その胸からは羽毛と血が溢れ落ちた。
「逃さないよ、召雷! 葦原くん、大丈夫!?」
「なんとかな……それより、畳みかけるなら今だ。オレのことは気にするな」
奏空は赤貴を庇い立つが、当の本人は涼しい顔で武器を構え直す。他の仲間もそれを見て安心し、怯んだ相手に攻撃を集中させた。
「テメエ、どっちも覚者とはいえ、何ガキ狙ってんだよ!」
胸の大きな傷を目がけ、護が攻撃を放つ。想定外の負傷に、相手はすっかり血の気が引いたのか、飛び去ろうとする。だが、逃げようとすればまた、遠距離攻撃の餌食だ。
「そろそろ観念してもらいますよ!」
背中を向けたところにラーラの炎が直撃し、そのまま地面に倒れる。
「女の子と仲間を傷つけておいて、逃げられると思うなよ!」
宇宙人の斧を受けると、最後にまた大声で鳴いて、大鴉の体は動かなくなった。すぐに覚者たちは喫茶店へと戻り、そこでまことと輪廻の治療を受け、最後に残った仕事にとりかかった。
「本当に倒しちゃったんだ……あの妖」
「どんな脅威でも、覚者たちが力を合わせれば倒せないことはないんだよ。それで、これからが本題なんだけど……」
「大体わかってます。あたしがファイヴに入るかってことですよね」
「察しがよくて助かるわん。……知っているだろうけど、夢見はそれだけで狙われる貴重な人材なのよん。でも、私たちなら恵美ちゃんのことも守れるわん」
「……はい。あんな妖を倒してもらえたんですから、信頼できます。それにあたし自身、自分の力を人のために役立てられるのなら、願ったり叶ったりです」
「それじゃあ……」
「この怪我が完全に治ってからですけど、仲間に入れてもらいたいと思います。ただ……」
恵美は麻耶を見る。ファイヴに所属することは、彼女との別れも意味している。
「いきなよ」
「……マヤ?」
「私、なんか専門的なことはわからないけど、メグミのしたいことがそこでできるのなら、迷わず行くべきだと思う。その方がメグミらしいしね」
「そうかな……」
「うん。だから、えっと、皆さん、私の友達をどうかよろしくお願いします」
深々と頭を下げる麻耶に覚者たちは驚きながらも、新たな仲間の加入を喜ぶ。その中で、そっとまことが恵美に耳打ちした。
「僕の使役の力で、大山さんの記憶を消せるんだけど、どうする?」
「じゃあ、ファイヴに関する記憶だけ、お願いします」
「でも、そうしたら君がどこに行くのかも……」
「いいんです。マヤならきっと、あたしがどこに行くかわからなくても、送り出してくれますから」
「メグミっ!?」
「は、ははっ……思ったよりざっくりいかれちゃったなぁ。これじゃ、しばらく練習に出れない、かも……」
切り裂かれた恵美の足から、大量の血が溢れ出す。まもなく彼女の足元に血溜まりが広がっていき、その臭いに本能を刺激されたのか、彼女を襲った妖、大鴉が再び空中から襲いかかってくる。
「女の子を襲うなんて、いくら妖でも許せないな!」
急降下しつつの爪による攻撃に、突然、躍り出た男性が片手斧で応戦する。星野 宇宙人(CL2000772)だった。
とはいえ、上空から地上を見ていた敵も、この増援の存在は知っている。すぐに距離を取り、相手の出方を伺うように地面に降り立った。覚者を意識しつつもその目は負傷している恵美。あるいは彼女の流している血に向けられている。
「だ、だれっ!? いきなりそんな物騒なものを持ってぞろぞろ現れて……」
「そこにいる妖を倒すために来た。怪我人を治療できる人間もいる」
宇宙人に続き、他の覚者もすぐに恵美と麻耶の二人を庇うような位置に割り込む。その中で麻耶の疑問に対して葦原 赤貴(CL2001019)が言葉少なげに答えた。
「まずは応急処置、するから。その後はどこか安全なところ……あの喫茶店でいい?」
桂木・日那乃(CL2000941)はすぐに怪我をしている恵美の元へ駆け寄り、その傷に対して癒しの滴を使用する。しかし、覚者とはいえ戦闘には不向きな夢見が無我夢中で友人を庇って負った傷は深く、これで十分な回復とは思えない。
「あそこって、臨時休業だし、それにあなたたち――」
「大丈夫だよ、落ち着いて。僕たちは怪しい者じゃない。君たちを守るために来た覚者だよ。怪我を負ったあの子も大丈夫、命に別状はないし、僕が必ず助けるから」
看護師らしく、優しくゆっくりと指崎 まこと(CL2000087)は麻耶に事情を言って聞かせる。そうしている内に、大鴉は覚者たちを無視し、保護対象を一気に狙うことにしたようだ。大きく飛び上がり、またあの急降下攻撃を狙う。
「絶対に二人は狙わせないよ!」
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は纏霧を放ち、敵の動きを鈍らせる。そこに追撃とばかりに火炎弾が叩き込まれた。
「それでも近寄ろうと言うのなら、黒焦げになってもらいます!」
『エピファニアの魔女』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)の正確な攻撃で大鴉は体勢を崩す。空を飛ぶ厄介な相手だが、弱体と遠距離攻撃が効果的に決まり、とりあえず機先を制することはできている。
「さあ、今の内に逃げるわよん。恵美ちゃん、ちょっと動かすけど、我慢してねん」
大鴉が攻撃を受けた隙を突いて、魂行 輪廻(CL2000534)は以前として怪我を負っている恵美を抱き上げる。
「こんな夢、見なかった……。でも、あんまりにタイミングが良すぎるし、あたしの名前も知ってる……お姉さんたちって――?」
「未来は変えられる。俺たちはそのために来た。まずは輪廻たちの治療を受けてくれ、詳しいことはこいつを倒してから話す」
恵美の疑問には寺田 護(CL2001171)が答え、尚も攻撃を諦めない相手にエアブリットを放つ。その間に二人の避難が進むが、それを阻止しようと敵は突っ込んでくる。そこには前衛を務める宇宙人と赤貴が割り込み、攻撃を受け止めた。
戦い方を心得た覚者たちは、空からの攻撃にも冷静に対処し、被弾を最小限に留めている。しかし、肉弾戦をしている以上、細かな傷とそれに伴う出血は当然のこととしてある。麻耶は輪廻に運ばれる友人を心配しつつも、自分たちを助けるためにやってきた者たちまで怪我を負うのがショッキングなようで、まことに庇われながらも、身を震わせていた。
「私たちのために、あんな怪我……」
「わたしたちは、みんなのために働いているから。んっ、開いた」
さり気なく日那乃が扉にエアブリットをぶつけ、鍵のかかったそれを強引に開ける。戦闘時も一般人や家屋への被害を可能な限り防ぐのがファイヴの方針だが、あのまま恵美を屋外で庇いながら戦うのは難しい。人的な被害の前では物的な被害など多少許されるだろう、と覚者たちに迷いはなかった。
「恵美ちゃん、とりあえずここのソファに下ろすわねん。痛かったでしょう? すぐに治してもらえるから。でも、もしもこれが致命傷で死んでしまっていたら、この痛みを感じることもできなかったのよん?」
「魂行さん、今はそういうのはナシにしようよ。彼女は自分にできる最大限のことをしたんだから。僕たちからすれば、あんまりに危なっかしいのも事実だけどね」
避難した先が喫茶店だったのは、怪我人の手当を行うという点では都合のいいことだっただろう。まことはテーブルの上に道具を並べ、ソファに寝かせた恵美の傷の具合を見ながら、適切な処置を施していく。
それを見守る友人、麻耶は先ほどと比べるといくらか落ち着いている。しかし、覚者と恵美との会話から、友人がいつの間にかに常人の枠組みからは外れていたということを、否応なしに気づかせられていた。
●赤い悪夢の元凶を
「無事に避難は終わったみたいだな。後は、こいつを倒すだけか……」
後衛の護が恵美たちの退避が完了したことを全員に伝える。一方、前衛は大鴉との戦いを繰り広げている。とはいえ、相手は急降下を多用し、一撃離脱の消極的な戦いを続けている。近接攻撃を当てられる機会が少ないため、あまりダメージを稼げておらず、こちらばかりがダメージを重ねている状況だ。
「くそっ、これじゃジリ貧だな……。でも、ひとまずは恵美ちゃんたちの安全が確保できてよかったぜ」
「だからといって、オレたちがやられればまたあっちが狙われる。確実に倒すぞ」
宇宙人と赤貴は改めて武器を構え直す。既に陽は落ち、大鴉の黒いシルエットが闇へと同化し始める。しかし、暗闇への備えはきちんと用意してある。覚者はそれぞれ、持ち前の視力や明かりを取り出して索敵を行う。いくら闇にまぎれるとはいえ、相手は大きな妖だし、羽ばたく音もある。注意すれば十分に見抜ける程度の闇への擬態だ。
「そこだ、食らえ! 召雷!」
敵の姿を発見した奏空が雷を落とす。その光が闇の中にくっきりと大鴉の姿を映し出し、更に翼を軽く焼き焦がす。
「やはり、翼を狙うのが賢明か。地面に叩き落とすぞ」
空中で姿勢を崩した相手に対し、護がエアブリットによる追撃を与える。直撃はしなかったが、風圧に煽られて更に相手が体勢を崩した。
「次はもう、避けられませんよ!」
ラーラが火炎弾を撃ち込む。連続的な攻撃の前に大鴉も対処しきれず、翼を炎に包まれ、黒い羽毛を散らせながら地上に落ちてきた。前衛が落下地点に近寄るが、地面に激突する寸前ではばたき、体勢を立て直す。
「完全に入ったつもりだったんですけど、そう簡単に倒せる妖ではないですね、残念です」
翼を奪うことはできず、ラーラは残念そうな顔をするが、敵も空を飛び回るのは危険だと判断したのか、今度は地に足を付けて覚者たちと向き合う。そのまま、倒れ込むようにしながら鋭いクチバシを叩きつけるようにして突いてきた。
「うわっ、こっちの方が危ないかなっ」
奏空は持ち前の素早さで回避したが、クチバシが道路のアスファルトを穿つ。あれをまともに食らった時の痛みはあまり想像したくない。
「でも、恵美ちゃんがこんなのを食らわなくてよかったかな、なんてなっ」
宇宙人が炎をまとった斧を叩きつけつつ言う。やはり翼を狙っているが、そこさえ奪えれば相手の機動力を削げる一方、相手にとっては武器の一つでもある。カウンターのように強くはばたかれ、それによって巻き起こる風の刃が前線に立つ覚者たちを切り裂いた。
「ちっ、まだいけるが、回復要員を別働隊に割いたのは痛いか。……まあ、ここで倒れることになっても、それまでのことか」
相手が地上戦に切り替えたことで、こちらの攻撃機会が増える一方、敵の攻撃も激しくなる。今までは散発的に繰り出される急降下に注意し、それを捌いていればよかったが、今はクチバシによる連続突きとはばたきの二種類の脅威に曝されている。そのどちらも無視できない威力の攻撃だ。
「諦めないで! 俺もちょっとは回復ができるから!」
前衛の傷が目立ち始めると、奏空が回復に回って戦線を維持する。減った氣力は、護が填気で回復した。
「まだこれは前半戦だからな……凶暴化してからだと、もっときつくなる。気をつけろよ」
「本領を発揮される前に少しでもダメージを稼ぎたいですけど、深追いも禁物、ですね」
相手が飛行しなくなったことで、ラーラは火炎弾を使わず、節約しつつの攻撃に務める。あまり長期戦にはしたくない戦いだが、相手は一定ダメージで撤退や凶暴化をすることがわかっている。その時に術式を撃てなくなっていては、不利な戦いを強いられてしまうだろう。
その内に、突然、大鴉が大きくはばたいた。攻撃のためのはばたきかと思いきや、相手の体が宙に浮かんでいく。
「逃げるつもりか!? 逃がさねぇ!」
宇宙人がハンドガンで狙い撃つが、それよりも素早く敵は西の空へと、沈んでいった太陽を追いかけるように飛び去った。すぐに後を追いたいが、覚者たちの負傷も軽微なものとはいえない。このまま戦闘を続けても、追い詰められた相手に返り討ちになる危険性がある状況だ。そんな中、喫茶店から一人の人物が出てきた。
●
「二人とも、落ち着いたかな。宮藤さん、とりあえず処置はしたし、傷も塞がったけど、相手は妖。妙な病気を持っている危険性もあるし、後で必ず、病院に行くようにしてね」
「は、はい……。でも、本当にお兄さんたちはなんなんですか? 見た感じ、歳も職業も違う感じだし、覚者というのは共通しているみたいだけど……」
「話すべきことは色々あるわねん。まずは私たち、ファイヴについてかしらん?」
喫茶店。恵美の処置を終えた三人は、恵美と麻耶の護衛と事情の説明のために残っていた。
「ファイヴ……聞いたことないですけど、それって?」
「簡単に説明すれば、覚者の力を正しいことのために使う……そう、さっきの君のようなことをする人たちの組織、といったところかな。実際はもう少し色々とあるけれど、今回、僕たちは君たちが妖に襲われることを知って、それを助けるためにやってきたんだよ」
「知って、っていうことは、やっぱりその、ファイヴにもあたしみたいな……」
「そう、夢見がいるっていうことねん。そのお陰で危険な目に遭う人を助けられるし、戦うべき妖なんかのことも、あらかじめ多少はわかる、っていうことなのよん」
「わたしたちの仕事は、いつも夢見の夢を元にやってる」
「そう、なんだ……」
恵美は胸の前で手をぎゅっと握った。ファイヴにいる夢見は、自分たちの見る夢に苦しめられているだけではなく、それを打ち破り、未来を変えようとしている。それは、彼女が望んでいることでもあった。だが、次に彼女は少し離れたところに座る自身の友人に目を向ける。事情をなんとなく察したのか、彼女はもうあれこれ聞いてきたり、恵美たちの話に関わろうとはしてこない。
「えっと、あたし、まだ今ひとつ自分の能力がわかってないんですけど、これってやっぱり、いわゆる予知夢みたいなのなんですよね?」
「そうだね。未来のことを夢という形で見ることができる、というのが夢見の能力者というものなんだ。何もしなければ夢は正夢になるけど、何か行動を起こせば、未来は変わる。それを君は実行したんだよね。だから、友達を守ることができた」
「でも、みんなが来てくれなかったら、マヤともどもあたし、やられてましたよね……」
「その通りよん。若いからって、なんでも勢い任せでやるのは感心できないわよん。あなた可愛いんだから、美人薄命なんかになっちゃダメよん」
「か、可愛いって、そんな……」
少なくとも同年代の学生からは、そんな風に褒められたことはなかった。思わず恵美は顔を赤くする一方で、壊れたドアの外の様子を見ていた日那乃が、はっと気づいたように身を乗り出した。
「まさか、敵が来たのかい?」
「ううん、その逆。一度、撤退したみたい。みんな怪我してるし、こっちとは逆の方向に行ったみたいだから、みんなを助けに行ってもいい?」
「そうねん。二人もいればもしもの場合には対応できるし、回復役はいてあげた方がいいわん」
日那乃はこくんと頷き、喫茶店の外へと飛び出す。そして、素早く合流すると味方の体勢を立て直すのに協力し、そのまま大鴉の追跡に加わっていった。
●夢のその先へ
「翼は、もらうぜ!」
「おい、あんまり突出するなよ。そろそろ、凶暴化が来るはずだ」
幸い、大鴉は見失うほどの長距離を飛ぶことはなく、戦場は少し離れた場所に移るだけだった。あまり長距離を飛ぶことができなかったのは、翼に攻撃を集中させたかいがあったのだろう。はばたきの使用頻度も下がり、複数人がまとめて攻撃される危険はなくなった。そこで相手は再び急降下も織り交ぜるようになったが、対処は完璧にできている。
「お前の動きはまるっとお見通しなんだよ!」
爪の攻撃を素早く避け、反対に奏空の飛苦無が相手の体に突き刺さる。そこで、空気が一変した。大鴉は大きく飛び上がったかと思うと、周囲の空気を震わせるほど大きな声で一鳴きした。不吉で耳障りな鴉の鳴き声が、不気味に夜の闇の中に木霊する。
「ここからが本番、か。やることは変わらんがな!」
再び相手は空中から急降下してくる。その軌道を変えるように護がエアブリットを放つ。
「ではそろそろ、遠慮なくいきますね。良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を…イオ・ブルチャーレ!」
空中で勢いを殺された大鴉に対し、ラーラが火炎弾をぶつける。相手は既に空を飛ぶと狙い撃ちにされる危険性を理解していたはずだが、凶暴化が理性を鈍らせたのか、面白いほど上手く当たってくれた。慌てて高度を落とすが、そこには今度こそ翼を狙って宇宙人が斧を叩き下ろす。
「これでどうだ!?」
黒い羽が舞い、一時的に視界が遮られる。それに紛れるようにして、大鴉はクチバシを突き下ろしてきた。攻撃を受けたまま、無理矢理に反撃として出したため、狙いは宇宙人を逸れ、赤貴に向かう。力を増した状態のクチバシが叩きつけられ、赤貴は吹き飛ばされてしまった。
「くっ……思ったより、やるな……」
剣を握る力を失い、赤貴はそのまま倒れる。恵美の時と同じく、弱った敵を狙おうと大鴉は彼に急降下をかける。だが……。
「これぐらいで、オレを殺せると思うなよ?」
逆に大鴉の胸に大剣が深々と突き立てられる。慌てて相手は飛び退いたが、その胸からは羽毛と血が溢れ落ちた。
「逃さないよ、召雷! 葦原くん、大丈夫!?」
「なんとかな……それより、畳みかけるなら今だ。オレのことは気にするな」
奏空は赤貴を庇い立つが、当の本人は涼しい顔で武器を構え直す。他の仲間もそれを見て安心し、怯んだ相手に攻撃を集中させた。
「テメエ、どっちも覚者とはいえ、何ガキ狙ってんだよ!」
胸の大きな傷を目がけ、護が攻撃を放つ。想定外の負傷に、相手はすっかり血の気が引いたのか、飛び去ろうとする。だが、逃げようとすればまた、遠距離攻撃の餌食だ。
「そろそろ観念してもらいますよ!」
背中を向けたところにラーラの炎が直撃し、そのまま地面に倒れる。
「女の子と仲間を傷つけておいて、逃げられると思うなよ!」
宇宙人の斧を受けると、最後にまた大声で鳴いて、大鴉の体は動かなくなった。すぐに覚者たちは喫茶店へと戻り、そこでまことと輪廻の治療を受け、最後に残った仕事にとりかかった。
「本当に倒しちゃったんだ……あの妖」
「どんな脅威でも、覚者たちが力を合わせれば倒せないことはないんだよ。それで、これからが本題なんだけど……」
「大体わかってます。あたしがファイヴに入るかってことですよね」
「察しがよくて助かるわん。……知っているだろうけど、夢見はそれだけで狙われる貴重な人材なのよん。でも、私たちなら恵美ちゃんのことも守れるわん」
「……はい。あんな妖を倒してもらえたんですから、信頼できます。それにあたし自身、自分の力を人のために役立てられるのなら、願ったり叶ったりです」
「それじゃあ……」
「この怪我が完全に治ってからですけど、仲間に入れてもらいたいと思います。ただ……」
恵美は麻耶を見る。ファイヴに所属することは、彼女との別れも意味している。
「いきなよ」
「……マヤ?」
「私、なんか専門的なことはわからないけど、メグミのしたいことがそこでできるのなら、迷わず行くべきだと思う。その方がメグミらしいしね」
「そうかな……」
「うん。だから、えっと、皆さん、私の友達をどうかよろしくお願いします」
深々と頭を下げる麻耶に覚者たちは驚きながらも、新たな仲間の加入を喜ぶ。その中で、そっとまことが恵美に耳打ちした。
「僕の使役の力で、大山さんの記憶を消せるんだけど、どうする?」
「じゃあ、ファイヴに関する記憶だけ、お願いします」
「でも、そうしたら君がどこに行くのかも……」
「いいんです。マヤならきっと、あたしがどこに行くかわからなくても、送り出してくれますから」
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
