怨念の行く末
●夢の始まり
「やっと来てくれた、貴俊さん……」
鎮守の森の中。聞こえた声に、権宮司の篠宮貴裕は辺りを見回す。
「いいえ、僕の名は貴裕です。貴俊は曽祖父の名ですよ」
返事は無い。ザワザワと揺れる木の枝葉が、地面で場所を変えながら不気味な闇を作ってゆく。
「静祢さんの霊、か……やはり、来てはいけなかったか……」
口の中で呟き、踵を返した貴裕の目の端に、透けた女の姿が映った気がした。
それは一瞬で、しかし確かめる事もせずに歩き出す。女の霊を封印する為に張られた結界の縄から、外へと出た。
「また、私から逃げるの? 貴俊さん」
――ユルサナイ……ユル、サナイ……!
女の、地の底から響くような声だけが聞こえる。
揺れる葉の音が、一際大きく鳴った。
●夢の終わり
「おい、聞こえるぞ」
「ほんとだ、聞こえる聞こえる!」
「マジかよ」
声を顰め神社の敷地内を進む少年達は、肩を揺らして笑う。
カァーンッ! カァーンッ!
満月の光が照らす社殿裏の鎮守の森に、釘を打ち込む音が響いていた。
最近、囁かれるようになった噂。
「午前2時に誰かが丑の刻参りやってるって噂は本当だったんだな」
「どんな奴か、見てやろうぜ」
結界の縄を跨ぐと身を屈めて木の陰から木の陰へと走り、音の出所に近付く。
見えた、3つの火。
頭に被った五徳に立つ蝋燭の火が、打ち込む音に合わせ、揺れていた。
「おい、見ろ」
「あそこだあそこ」
小声で言い合う少年達に、長い黒髪を振り乱しグルリと顔が振り返る。その下半身が歪に透けている事に、少年達が「ひぃッ」と掠れた声をあげた。
「ミ・タ・ナ!」
カッ! と見開いた赤い目が、少年達を睨み付ける。
2つの火が蝋燭から離れ、女の前で揺れる。
ボトリと地面に落とした藁人形を、女が忌々しげに顔を歪め、見えぬ足で踏みつけた。
藁人形が地に沈んだと同時、少年達の足元の土が盛り上がる。前方から大きな土人形が覆い被さり、少年達を窒息させていった。
●夢を変えられる者達
「皆、事件だぜ」
バンッとドアを開けた久方相馬(nCL2000004)は、そう言って会議室へと駆け込んで来た。
「津ノ森神社っていう場所があるんだけどさ、そこで学生らしい少年達が心霊系の妖に襲われる夢を見たんだ。午前2時に丑の刻参りをする奴がいるって噂を、興味本位で確かめに行くみたいだな……」
そこまで言って腕を組んだ相馬は首を傾げ、うーんと唸る。
「妖化した女幽霊の正体は……んー、青年の曽祖父が生きていた頃っていうから何年前だ? ま、とにかく、その頃に生きていた女って事以外は不明だ。だけど最初に見えた夢からすると、その神社の青年が何か知ってそうだな、って思うんだ。鎮守の森に封印されていたって事は、そこで自害でもしたのかもしんない。恨みを抱えて……」
どうするかは皆に任せるけど、と前置きをした。
「女は妖化して知能は落ちてると思う。だけどまだ少しの簡単な言葉ならどこかで理解出来るんじゃないかと思うんだ。向こうからの返事は、期待出来ないかもだけど」
そして恨みを捨てさせる事が出来れば、元の霊体に戻し、成仏させられるかもしれない――。
「でもこれは、色々と危険が伴うと思う。それと。……なぁ、津ノ森神社のこの青年、皆の正体を明かしても、信用出来ると思う?」
彼の協力があれば、何かとやりやすいかもしれないけれど――。
「とにかく、F.i.V.E.の事が世間に知られないこと、一般人の命と皆の命、これが最優先だかんな」
よろしく頼むぜ! と相馬は笑顔で覚者達を見回した。
「やっと来てくれた、貴俊さん……」
鎮守の森の中。聞こえた声に、権宮司の篠宮貴裕は辺りを見回す。
「いいえ、僕の名は貴裕です。貴俊は曽祖父の名ですよ」
返事は無い。ザワザワと揺れる木の枝葉が、地面で場所を変えながら不気味な闇を作ってゆく。
「静祢さんの霊、か……やはり、来てはいけなかったか……」
口の中で呟き、踵を返した貴裕の目の端に、透けた女の姿が映った気がした。
それは一瞬で、しかし確かめる事もせずに歩き出す。女の霊を封印する為に張られた結界の縄から、外へと出た。
「また、私から逃げるの? 貴俊さん」
――ユルサナイ……ユル、サナイ……!
女の、地の底から響くような声だけが聞こえる。
揺れる葉の音が、一際大きく鳴った。
●夢の終わり
「おい、聞こえるぞ」
「ほんとだ、聞こえる聞こえる!」
「マジかよ」
声を顰め神社の敷地内を進む少年達は、肩を揺らして笑う。
カァーンッ! カァーンッ!
満月の光が照らす社殿裏の鎮守の森に、釘を打ち込む音が響いていた。
最近、囁かれるようになった噂。
「午前2時に誰かが丑の刻参りやってるって噂は本当だったんだな」
「どんな奴か、見てやろうぜ」
結界の縄を跨ぐと身を屈めて木の陰から木の陰へと走り、音の出所に近付く。
見えた、3つの火。
頭に被った五徳に立つ蝋燭の火が、打ち込む音に合わせ、揺れていた。
「おい、見ろ」
「あそこだあそこ」
小声で言い合う少年達に、長い黒髪を振り乱しグルリと顔が振り返る。その下半身が歪に透けている事に、少年達が「ひぃッ」と掠れた声をあげた。
「ミ・タ・ナ!」
カッ! と見開いた赤い目が、少年達を睨み付ける。
2つの火が蝋燭から離れ、女の前で揺れる。
ボトリと地面に落とした藁人形を、女が忌々しげに顔を歪め、見えぬ足で踏みつけた。
藁人形が地に沈んだと同時、少年達の足元の土が盛り上がる。前方から大きな土人形が覆い被さり、少年達を窒息させていった。
●夢を変えられる者達
「皆、事件だぜ」
バンッとドアを開けた久方相馬(nCL2000004)は、そう言って会議室へと駆け込んで来た。
「津ノ森神社っていう場所があるんだけどさ、そこで学生らしい少年達が心霊系の妖に襲われる夢を見たんだ。午前2時に丑の刻参りをする奴がいるって噂を、興味本位で確かめに行くみたいだな……」
そこまで言って腕を組んだ相馬は首を傾げ、うーんと唸る。
「妖化した女幽霊の正体は……んー、青年の曽祖父が生きていた頃っていうから何年前だ? ま、とにかく、その頃に生きていた女って事以外は不明だ。だけど最初に見えた夢からすると、その神社の青年が何か知ってそうだな、って思うんだ。鎮守の森に封印されていたって事は、そこで自害でもしたのかもしんない。恨みを抱えて……」
どうするかは皆に任せるけど、と前置きをした。
「女は妖化して知能は落ちてると思う。だけどまだ少しの簡単な言葉ならどこかで理解出来るんじゃないかと思うんだ。向こうからの返事は、期待出来ないかもだけど」
そして恨みを捨てさせる事が出来れば、元の霊体に戻し、成仏させられるかもしれない――。
「でもこれは、色々と危険が伴うと思う。それと。……なぁ、津ノ森神社のこの青年、皆の正体を明かしても、信用出来ると思う?」
彼の協力があれば、何かとやりやすいかもしれないけれど――。
「とにかく、F.i.V.E.の事が世間に知られないこと、一般人の命と皆の命、これが最優先だかんな」
よろしく頼むぜ! と相馬は笑顔で覚者達を見回した。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖(心霊系)の『殲滅』、又は、『説得し討伐での成仏』
2.一般人の被害者を出さぬ事
3.なし
2.一般人の被害者を出さぬ事
3.なし
今回は心霊系の妖に挑んで頂きます。
●戦闘場所
津ノ森神社の鎮守の森の中。時間帯は深夜2時。
鬱蒼とした場所ですが、妖のいる手前に少し開けた空間があります。そこで戦う事が出来れば、戦闘の邪魔となるものはありません。
少年達が鎮守の森に入る前日の昼に、津ノ森神社に着く事が出来ます。ので、当日は一般人が来る心配はありません。
●静祢(しずね)
外見年齢は20歳代半ば。
貴俊と思い込んだ篠宮貴裕から拒絶された事で、怨念の強さが増し妖となった霊。妖となる前は、津ノ森神社の鎮守の森に封印され鎮められていました。
妖となってからも、丑の刻参りで呪いをかける事に執着し、すでに生きていない『貴俊』を殺そうとしています。
呪いを見た相手を、『呪い成就の邪魔をした』として攻撃してきます。
戦闘時は前衛に妖火を出現させ、何度も手の中に現れる藁人形を持って後衛で戦います。
彼女への物理攻撃の効果は、あまり期待出来ません。(妖火には物理攻撃も有効です)
説得をする場合も、攻撃をしながらの説得、となります。
※『説得し討伐』が成功した場合、霊と話せるような技能を所持している参加者は、霊に戻った静祢と会話が出来る可能性があります。
●敵 戦闘能力(静祢、妖火、共にバッドステータスは無し)
○静祢 ランク:2
・土人形 物遠列 藁人形を地に落とし踏みつける事で敵前の土が盛り上がり、覆い被さってきます。
・燃焼 特遠全 手にある藁人形を燃やす事で敵の足元から発火させ、炎に包みます。
・釘 特遠単貫3 宙に翳した藁人形に釘を打ちつける事で音が衝撃波となり、敵を貫きます。前衛はダメージ大。
○妖火×2 ランク:1
・飛火 物近単貫2 妖火から飛んだ火が矢の如く伸び、敵を貫きます。前衛はダメージ大。
・火弾 物近列 妖火から分裂した火が弾のように連射されます。
●篠宮貴裕 28歳。
津ノ森神社の権宮司(神社の副代表)。篠宮家は代々宮司の家系です。
どの時間帯でも、社殿内に居ます。
話を聞いたり協力を求める場合は、どこまで話すか、どこまで信用出来るか等、見極める必要があります。
妖を殲滅するだけの場合は、接触する必要はありません。
●少年達 4人。
16~17歳の男子高校生達。前日に皆さんがこの事件を解決出来れば、妖とも出逢わずに無事でいられます。
以上です。
それでは、皆様とご縁があります事、楽しみにしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/8
6/8
公開日
2015年10月02日
2015年10月02日
■メイン参加者 6人■

●過去
(説得なんて面倒な事は御免被りたいが……)
津ノ森神社の鳥居を潜りながら、天明 両慈(CL2000603)は、共に中へと入った仲間達を見回す。
――まぁ、それで士気が上がるなら、付き合うとするか……。
心の中で呟いた彼のその隣を、『裏切者』鳴神 零(CL2000669)が意気揚々と歩いていた。
(クフフフ、おいしそうなどろどろとした恋バナが聞けそうだ)
行き過ぎた愛は、相手を破壊してしまいたくなるから――。
口元へと手を遣って、肩を揺らした。
「こんにちは。連絡もなく大人数で押し掛けてしまい、申し訳ありません」
社殿内から姿を現した篠宮貴裕へと、『アフェッツオーソは触れられない』御巫・夜一(CL2000867)が一礼する。
いいえ、と首を振って。権宮司の青年も応え頭を下げた。
「今日はどういった?」
微笑み尋ねる貴裕を見つめ、三島 椿(CL2000061)が率直に伝える。
「私たち、静祢さんについて聞きたい事があるんですけど」
目を見開く青年に、「このままにすれば他の関係ない人達が傷つく可能性があるわ」と付け加えた。
「何故、彼女の事を……」
「貴方の曽祖父の置き土産を払拭しに来ました☆」
アイドルオーラびんびんで、零が笑む。
そうして何があったのかを聞いた。
(曽祖父がいて、この曾孫がいるのなら。件の貴俊さんていう人は静弥さんではなく、別に好いている女性とつがいになっているんだよね)
貴裕が、静かに6人を見回した。
「……何者ですか?」
只者ではないでしょう? 瞳がそう、問いかけていた。
それでも感情は、穏やかなまま。
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は、『感情探査』を用いそれを感じ取る。
少しの挙動も見逃さぬよう気を付けながら、観察していた。
「夢見が――静祢さんの夢を見たんだ」
四条・理央(CL2000070)の言葉に続き、椿が自分達が覚者である事を伝える。
「……トゥルーサー……」
小さく呟いた貴裕に、頷いた。
「ええ、静祢さんを止めに来たの」
「……それは。彼女を滅する、という事ですか?」
変わらず静かに、だが先程よりも低く、問いかけてくる。
いいえ、と全員で首を振った。
「静祢さんを説得してから、討伐で鎮める」
「――俺達は、助けに来たんだ」
理央と両慈の言葉に、ピクリと貴裕が反応した。
「その台詞……信じても?」
相手もまた、こちらの真意を知りたがっているのかもしれない。
コクリと頷き返して、「その為には」と奏空が貴裕を見上げた。
「何か……静祢さんに関する物とか、お持ちではないですか?」
彼女の心を揺さぶるようなものがあれば――。
しかし、貴裕が首を振った。
「彼女に関して、残っている物はないんです。貴俊の息子――僕の祖父から、話を聞いているだけで」
「話、とは?」
夜一の問いに、頷く。
「曽祖父は、僕にそっくりだったそうです。僕はずっと、あの森へは入ってはいけないと言われ続けてきたんですよ」
瞼を伏せながら微笑み、その言葉から、話は始まった。
「静祢さんは、元々この神社の巫女だったんです。静祢さんが好意を抱いてくれた時には既に、貴俊には許嫁がいたそうで、静祢さんの想いに応える事が出来なかったそうです。断って、断って、断り続けて。そのうちに、貴俊の父である当時の宮司に知られる事となり、怒りに触れました。静祢さんにはこの神社から去ってもらう事になったそうです。ですが……」
その日から、夜中になると釘を打ちつける音が鎮守の森から響くようになった。
「誰が止めてもやめない。警察を呼んでもです。幾晩か経つと、また戻ってきて貴俊を呪ったそうです。ですが1度だけ貴俊は、釘を打つ音の響く鎮守の森に入ったそうですよ。そこで彼女とどんな会話をしたのかは、最後まで息子にも話さなかったようですけれど。それでも、釘を打つ音は止まなかった。そして宮司や親戚の手によって、貴俊と妻は遠く離れた縁ある神社へと移されました」
「じゃあ、静祢さんが貴俊さんに会えたのはその時が最後って事なんだね。でもどうして、彼女は鎮守の森に居るの?」
「……あの場所で。貴俊を呪いながら自害をしたからですよ」
死してなお、強い恨みを抱き続ける霊を外に出さずに鎮めるため、結界を張ったのだろう。
霊であれば、それも可能であろうが。
「妖となった彼女を成仏させる為には、説得しながら戦い、倒すしかない。危険もあるだろう。だが――」
一緒に来るか?
問うた両慈に、貴裕は強く頷いた。
「ぜひ、お願いします」
●午前2時の戦闘
ほんの僅かにだけ欠けた月が照らす鎮守の森を、結界の縄を越えて進む。
近付く度に大きくなってゆく釘を打ち付ける音は、恨みの強さそのままで。
そして彼女を縛る、重さであった。
慎重に、7人は木に隠れながら森を進む。その中で見えた少し開けた空間には、月明かりが降り注いでいた。
そこに到る、一歩手前。
「気付いたわ」
椿の呟きが、止んだ音の代わりに仲間達の耳に届く。
と同時に、奏空が飛び出していた。
勢い良く振り返った静祢が、赤い瞳を見開く。
「ミ・タ・ナ!」
地の底から響くような声には、怒りが含まれていた。
妖火が彼女の頭に立つ蝋燭から、前へと出た瞬間。奏空がその1体の前へとザザッと到達する。
行かせない、と笑んで、英霊の力を引き出し攻撃力を高めた。
もう1体の妖火には、零がはり付く。発生させた白き霧は、絡みつくように妖火を包む。
「ジャマ、ヲ……」
静祢が手の中の藁人形を強く握る。途端に藁人形が火に包まれ、覚者達の足元から炎が上がった。
回避出来たのは、奏空と夜一。
炎に包まれながらも理央は貴裕をガードしたまま立ち、椿が彼へと水衣を纏わせていた。
前衛達の間。後衛に立つ理央の後ろに『貴俊』を見つけた妖女が、貴裕を真っ直ぐと指差す。
すぐさま、妖火達が反応した。
1体から飛んだ火は矢の如く伸びて奏空を貫き、しかし後衛には届かずに消える。
もう1体から分裂し連射された火弾は、奏空と零の体へと鋭く食い込んだ。
貴裕に赤い瞳を据える静祢の視界に、射抜くように見据える紫と黄緑の瞳が割り込む。
息を潜め、木々の間に留まられれば、今まで気付く事が出来なかった。
貴裕に注意が注がれていたのもあるだろう。が、突然現れたような夜一に、静祢は目を剝く。
「貴女の相手はオレです」
妖女の目の前で、夜一の体を土の鎧が覆っていった。
そうして、ふわりと感じた心地よい清風が覚者達をリラックスさせてゆく。両慈の再現させた空気感が、仲間達の身体能力を上昇させていた。
椿が貴裕を庇い立てば、理央の生成した神秘の力を秘めし滴が奏空を癒す。
「ありがとう!」
礼を伝えた奏空が出現させたのは、小さな雷雲。落ちる雷が、眼前の妖火を頭上より貫いた。
自分の前に立ちはだかる男よりも、静祢は貴裕をその赤き瞳に映し続けようとする。彼を狙い横へとズレた妖女に、すぐさま反応した夜一がはり付いた。
藁人形を翳し、釘を打ち付ける音が響く。夜一に鋭き衝撃を与えた波は、本来ならば後衛までも届くもの。しかし縦一列に並ばぬようにとした作戦が、この瞬間、功を奏していた。
貴裕を庇う椿のすぐ横を抜けた波に、ギリリ、と静祢は顔が歪むほど歯噛みする。
その前方で敵前衛を抜けようとする妖火もまた、体を呈し遮った零に押し留められていた。
零の放った飛燕を受けた妖火が、火の矢を飛ばし零を貫く。だがこれも後衛までは届かぬもの。夜気に消えた。
もう1体よりの火弾は、奏空が回避する。
「――穿て」
夜一の声と共に、静祢の足元の地面が槍の如く隆起し貫いた。
ギャーッ! と響いた、妖の悲鳴。
それでも目前の敵より、静祢は貴裕にばかり恨みと注意を注ぐ。
彼がこの戦場にいる事で、『呪い成就の邪魔をした』者達への攻撃ではなく、『呪う相手へ恨みを晴らす』ための攻撃となっていた。
――俺達を倒す事を、目的としていない……。
それゆえの攻撃の空回り。自分達の選択が生きているのは良いが、今のままでは自分達の説得の声も届かぬだろう。まずは妖火を倒し、攻撃でもう少し静祢を弱らせなくてはならない。
後衛から冷静に分析しながら、両慈は英霊の力を引き出していた。
奏空から飛んだ苦無を妖火が躱し、零の『飛燕』はもう1体へと連撃を与える。
「ジャマ、ダッ!」
後衛内で入れ替わり両慈が背に庇う貴裕へは近づけない。
苛立ちを露にする妖女は忌々しげに藁人形を踏みにじり、夜一と奏空を大きな土人形が覆った。
――いけない!
すぐさま理央が『癒しの滴』で夜一を回復する。が、その間にも妖火からの飛火を避けた零ごと、もう1体からの火弾が前衛の3人を襲っていた。
椿は集中して次の攻撃に備え、夜一は静祢に注意を払いつつ妖火へと『五織の彩り』で攻撃する。
そうして戦場は、切迫した空気に包まれていった。
●今、届く言の葉を
続く戦いの中、何度目かの飛火で足を貫かれ、衝撃に奏空が片膝を付く。
向かおうとするもう1体の妖火は零が止め、両慈の発生させた暗雲からの雷が2体の妖火へと落ちた。
礼を伝えた奏空が、膝を付いたままで苦無を放つ。すでに弱っていた妖火に穴を開け飛んだ苦無は妖火を消滅させ、後ろの木へと突き刺さった。
後衛では椿が貴裕の護衛につき、理央が霧を発生させ仲間達を癒す。
飛火に晒された体を物ともせず打ち返した『飛燕』を避けた妖火に、「しぶといね」と零は肩を揺らし笑った。
そんな中、宙へと藁人形を翳し、静祢が釘を打ち込む。
カァーンッ! カァーンッ!
打ち出された音の衝撃波は、後衛の前で発生していた。
味方ガードで貴裕を護る椿ごと、鋭利な波は貴裕の身をも襲う。
「くっ!」
思わず洩れてしまったの青年の声に、衝撃が大きい己の傷には構わず椿が貴裕を振り返った。
「大丈夫?」
纏わせていた水衣で、彼が攻撃を防ぐことは出来なかった。
それでも暖かな水のベールは、護ろうとする覚者達の思いごと、貴裕を優しく包み続ける。
「大、丈夫です。――こんなの、平気ですよ」
笑顔を浮かべる貴裕を肩越しに振り返り、前衛の夜一は更に静祢へと踏み込んだ。
土中より突き出す隆起が、妖女を穿通する。
「貴女は、誰を、何で呪っているのですか……?」
真っ直ぐ見つめる夜一を、赤い瞳が映した。
「タカ、トシ……サ……タカ……」
知能の落ちた妖は、恨みの籠もる瞳を見開く。唯1人の名を壊れたレコードのように低く繰り返した。
「静祢さん!」
妖の前へと移動した奏空は、増幅させた己の精神力を転化する。夜一の気力を回復しながら、女へと言葉をかけていた。
「静弥さん! 目を覚ましてよ! 呪いなんか自分にとっても良くない事だよ!」
チラリ視線を遣った零が、『飛燕』で妖火を貫く。
そのまま仲間の言葉に応えぬ『彼女』へと、駆け出した。
消滅した妖火に、前に立った零を一瞬睨みつける。しかし静祢はすぐに視線を貴裕へと移した。
ニヤリと口角を上げ、歪に嘲笑った。
その笑いで、彼女が何をする気なのかを全員が悟る。
宙へと掲げた藁人形に、笑いながら釘を打ち込む。椿に代わり貴裕の護衛へと入っていた両慈が、身構えていた。
それでも強烈な衝撃は、立っている事を許しはしない。
「やめろーッ!」
「くっ……」
叫んだ貴裕の前で、懸命に堪えようとしていた両慈が崩れ落ちる。
己の回復が間に合わなかった事に、理央は辛く眉根を寄せる。貴裕を含む仲間達へと、癒しの霧を発生させた。
「なるべく攻撃の当たらない場所に居てくれないかな?」
彼の身を案じ20mほど退がってほしいと、理央が振り返る。それには、貴裕が倒れた両慈を見つめて苦悩し、しかし首を横に振った。
「すみませんが、出来ません。そんなに離れたら、また静祢さんが勘違いしてしまう」
貴裕の声を聞いた椿が、空気を圧縮させる。一気に静祢へと、打ち出した。
「静祢さん」
衝撃によろめいた妖に、椿はもう1度「静祢さん」と彼女の名を呼ぶ。
「彼はあの時、近付いてはいけないと言われていたのにここに来たの。あんな態度をとったのにも理由がある筈よ。だから、彼の話を聞いてあげて」
「……アンタは、本当に篠宮さんを呪い殺したいと思ってんのか!!」
夜一が隆起させた土の槍を、静祢が躱す。
目を見開いた妖女が、椿と夜一を凝視した。
「あなたを刺激したくなかった。僕が何を言っても、あなたは信じないと……。只あなたを苦しめるだけだと思ったんです。けれど僕は、曽祖父とそっくりだと言われるこの顔で、今この時代に生まれてきた事に意味がある筈だと思っています。――曽祖父は、貴俊は、年老いて息を引き取るその時まで、あなたの事を案じていたと聞いていますよ」
貴裕の言葉にも、静祢の瞳に籠もる恨みは消えない。
「静祢さん。それは恋ではなかったのかもしれない。彼は、貴女のものになりはしなかった。それでも、永く貴俊さんの心の中にあって、想い続けられていたのは――」
椿に頷き、貴裕が微笑み手を差し延べた。
「静祢さん、あなただから」
妖女の手の中で、藁人形が揺れる。
「タカ……ト……、サ……」
見開いたままの瞳が貴裕を映し、揺れていた。
「愛して、いたの。そうだよね」
応えたのは零。左の瞳を僅かに細め口角を上げながらも、下唇を噛んでいた。
「辛いよ。好きな人と永遠に一緒になれないなんて。――その思い、全部受け止めるから全力で来て」
大太刀鬼桜を掲げて、零は雷雲を生む。
物理攻撃では、ほとんど彼女にダメージを与えられない。
これ以上、苦しめたくないから――。
雷鳴が轟くと同時、釘を打ち付ける音と強い衝撃波が零を襲う。
黒き髪が乱れ靡いて、零が両膝を折り前へと倒れ込んだ。
「俺には、解らない事も多いけど、静祢さんが悲しかった事、寂しかった事は解るよ。……でも。だからと言って人を殺めていい理由にはならないから……」
庇うように、零との間に奏空が割り入った。
黒き雲を生成する奏空の背後で、命数を使用し零が立ち上がる。
「彼の前で、やられてあげない」
そして後衛から、聞こえる声。
「1度だけ来た貴俊さんは、静祢さんを救おうとしたんだと思うよ」
向けた静祢の目に映ったのは、貴裕を庇い立つ理央だった。
その隣で、こちらへと構える椿の姿――。
「倒させて貰うよ」
上空と前方から、雷と高圧縮した空気とが、同時に妖女へと打ち込まれた。
よろめき後退った女が、木へと背をぶつける。
途端、覆っていた妖気が砕け散っていた。
●消えてゆくもの
『霊体』へと戻った女が閉じていた瞼をゆっくりと開く。
ただ静かに、自分を戻した覚者達と貴裕を見回した。
『交霊術』を用いた理央が、緩やかに近付き静祢の思いの丈を聞く。
「貴俊さんは、私を避けて。会ってくれなくなった。だから呪ったの。私がこの森で泣いている同じ刻に、あの人は、奥さんと笑っているのよ。それが――」
許せなかった。
ポトリと、涙を落とした。
「自分が、馬鹿みたいだったから」
「……うん。それしか、出来なかったんだよね」
色恋沙汰の、怨みつらみ。
それは複雑で、人それぞれで――。
理央は、静祢の孤独を、哀しみを、狂気を、受け留めようとする。
「けれども、今は、解ったよね」
貴俊さんの想いは、ここに来ていた事を。
頷いて、微笑んだ女の姿が消えてゆこうとする。
「待って」
急ぎ止めた理央が、「リーちゃん」と守護使役の名を呼んだ。
彼女の守護使役が貴裕から『すいとる』のは、覚者達と接触した間の記憶。
「あれ……? あなた達は?」
ここは、と辺りを見回した貴裕の目が、霊体で止まる。
最期の瞬間は、見せてあげたかった。
「静祢、さん……?」
頷き微笑んで、吹いた風に攫われるように女は姿を消す。
――ありがとう。
ただ一言。その言葉を残して。
静祢との会話の内容とお礼の言葉を仲間達に伝え、貴裕にはそれに加えて「偶然森に入って冷静な霊と交霊した」と偽った。
「そう、ですか……」
静祢からの怨みの言葉を聞いて、貴裕は辛そうに瞼を閉じる。
(数えるのも億劫になりそうな年月を呪い続ける。それほどまでに怨みは深かったのか……それとも、そうでもしないと静祢さんは……)
そこまで考えて、夜一は首を振る。
――やめておこう、無粋だ。
「憶測だけれど、静祢さんは貴俊さんを待ち続けていたのではないかしら」
椿の声に、はっと貴裕が顔を向けた。
釘を打つと、1度は来てくれた貴俊さん。怨んでいると思い込もうとしても、呪っていると言い続けても。
ただ彼に、会いたかったのではないかしら。
彼女の言葉に頷いて、夜一は月が照らす夜空を見上げる。
「来世は一緒にいられると、いいね☆」
小さな呟きが聞こえて、両慈は地に座したままでチラリと微笑む横顔を見上げる。
気付き、「あわわわ……」と照れた零が仮面で顔を隠しながら笑い、両慈へと手を差し延べた。
それじゃ、と覚者達は青年に背を向ける。
――意味がある筈だと思っています。
貴裕が静祢へと伝えた言葉が甦って、奏空は振り向く。
攻撃を受けても、彼女へと言葉をかけ続けた。
「静祢さんを救ったのは、あなたの言葉もあったのですよ」
それを彼に伝える事は出来ないけれど。彼女はちゃんと抱き、昇っただろう。
月を見上げ佇む男を全員で振り返ってから、覚者達は鎮守の森を後にした。
(説得なんて面倒な事は御免被りたいが……)
津ノ森神社の鳥居を潜りながら、天明 両慈(CL2000603)は、共に中へと入った仲間達を見回す。
――まぁ、それで士気が上がるなら、付き合うとするか……。
心の中で呟いた彼のその隣を、『裏切者』鳴神 零(CL2000669)が意気揚々と歩いていた。
(クフフフ、おいしそうなどろどろとした恋バナが聞けそうだ)
行き過ぎた愛は、相手を破壊してしまいたくなるから――。
口元へと手を遣って、肩を揺らした。
「こんにちは。連絡もなく大人数で押し掛けてしまい、申し訳ありません」
社殿内から姿を現した篠宮貴裕へと、『アフェッツオーソは触れられない』御巫・夜一(CL2000867)が一礼する。
いいえ、と首を振って。権宮司の青年も応え頭を下げた。
「今日はどういった?」
微笑み尋ねる貴裕を見つめ、三島 椿(CL2000061)が率直に伝える。
「私たち、静祢さんについて聞きたい事があるんですけど」
目を見開く青年に、「このままにすれば他の関係ない人達が傷つく可能性があるわ」と付け加えた。
「何故、彼女の事を……」
「貴方の曽祖父の置き土産を払拭しに来ました☆」
アイドルオーラびんびんで、零が笑む。
そうして何があったのかを聞いた。
(曽祖父がいて、この曾孫がいるのなら。件の貴俊さんていう人は静弥さんではなく、別に好いている女性とつがいになっているんだよね)
貴裕が、静かに6人を見回した。
「……何者ですか?」
只者ではないでしょう? 瞳がそう、問いかけていた。
それでも感情は、穏やかなまま。
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は、『感情探査』を用いそれを感じ取る。
少しの挙動も見逃さぬよう気を付けながら、観察していた。
「夢見が――静祢さんの夢を見たんだ」
四条・理央(CL2000070)の言葉に続き、椿が自分達が覚者である事を伝える。
「……トゥルーサー……」
小さく呟いた貴裕に、頷いた。
「ええ、静祢さんを止めに来たの」
「……それは。彼女を滅する、という事ですか?」
変わらず静かに、だが先程よりも低く、問いかけてくる。
いいえ、と全員で首を振った。
「静祢さんを説得してから、討伐で鎮める」
「――俺達は、助けに来たんだ」
理央と両慈の言葉に、ピクリと貴裕が反応した。
「その台詞……信じても?」
相手もまた、こちらの真意を知りたがっているのかもしれない。
コクリと頷き返して、「その為には」と奏空が貴裕を見上げた。
「何か……静祢さんに関する物とか、お持ちではないですか?」
彼女の心を揺さぶるようなものがあれば――。
しかし、貴裕が首を振った。
「彼女に関して、残っている物はないんです。貴俊の息子――僕の祖父から、話を聞いているだけで」
「話、とは?」
夜一の問いに、頷く。
「曽祖父は、僕にそっくりだったそうです。僕はずっと、あの森へは入ってはいけないと言われ続けてきたんですよ」
瞼を伏せながら微笑み、その言葉から、話は始まった。
「静祢さんは、元々この神社の巫女だったんです。静祢さんが好意を抱いてくれた時には既に、貴俊には許嫁がいたそうで、静祢さんの想いに応える事が出来なかったそうです。断って、断って、断り続けて。そのうちに、貴俊の父である当時の宮司に知られる事となり、怒りに触れました。静祢さんにはこの神社から去ってもらう事になったそうです。ですが……」
その日から、夜中になると釘を打ちつける音が鎮守の森から響くようになった。
「誰が止めてもやめない。警察を呼んでもです。幾晩か経つと、また戻ってきて貴俊を呪ったそうです。ですが1度だけ貴俊は、釘を打つ音の響く鎮守の森に入ったそうですよ。そこで彼女とどんな会話をしたのかは、最後まで息子にも話さなかったようですけれど。それでも、釘を打つ音は止まなかった。そして宮司や親戚の手によって、貴俊と妻は遠く離れた縁ある神社へと移されました」
「じゃあ、静祢さんが貴俊さんに会えたのはその時が最後って事なんだね。でもどうして、彼女は鎮守の森に居るの?」
「……あの場所で。貴俊を呪いながら自害をしたからですよ」
死してなお、強い恨みを抱き続ける霊を外に出さずに鎮めるため、結界を張ったのだろう。
霊であれば、それも可能であろうが。
「妖となった彼女を成仏させる為には、説得しながら戦い、倒すしかない。危険もあるだろう。だが――」
一緒に来るか?
問うた両慈に、貴裕は強く頷いた。
「ぜひ、お願いします」
●午前2時の戦闘
ほんの僅かにだけ欠けた月が照らす鎮守の森を、結界の縄を越えて進む。
近付く度に大きくなってゆく釘を打ち付ける音は、恨みの強さそのままで。
そして彼女を縛る、重さであった。
慎重に、7人は木に隠れながら森を進む。その中で見えた少し開けた空間には、月明かりが降り注いでいた。
そこに到る、一歩手前。
「気付いたわ」
椿の呟きが、止んだ音の代わりに仲間達の耳に届く。
と同時に、奏空が飛び出していた。
勢い良く振り返った静祢が、赤い瞳を見開く。
「ミ・タ・ナ!」
地の底から響くような声には、怒りが含まれていた。
妖火が彼女の頭に立つ蝋燭から、前へと出た瞬間。奏空がその1体の前へとザザッと到達する。
行かせない、と笑んで、英霊の力を引き出し攻撃力を高めた。
もう1体の妖火には、零がはり付く。発生させた白き霧は、絡みつくように妖火を包む。
「ジャマ、ヲ……」
静祢が手の中の藁人形を強く握る。途端に藁人形が火に包まれ、覚者達の足元から炎が上がった。
回避出来たのは、奏空と夜一。
炎に包まれながらも理央は貴裕をガードしたまま立ち、椿が彼へと水衣を纏わせていた。
前衛達の間。後衛に立つ理央の後ろに『貴俊』を見つけた妖女が、貴裕を真っ直ぐと指差す。
すぐさま、妖火達が反応した。
1体から飛んだ火は矢の如く伸びて奏空を貫き、しかし後衛には届かずに消える。
もう1体から分裂し連射された火弾は、奏空と零の体へと鋭く食い込んだ。
貴裕に赤い瞳を据える静祢の視界に、射抜くように見据える紫と黄緑の瞳が割り込む。
息を潜め、木々の間に留まられれば、今まで気付く事が出来なかった。
貴裕に注意が注がれていたのもあるだろう。が、突然現れたような夜一に、静祢は目を剝く。
「貴女の相手はオレです」
妖女の目の前で、夜一の体を土の鎧が覆っていった。
そうして、ふわりと感じた心地よい清風が覚者達をリラックスさせてゆく。両慈の再現させた空気感が、仲間達の身体能力を上昇させていた。
椿が貴裕を庇い立てば、理央の生成した神秘の力を秘めし滴が奏空を癒す。
「ありがとう!」
礼を伝えた奏空が出現させたのは、小さな雷雲。落ちる雷が、眼前の妖火を頭上より貫いた。
自分の前に立ちはだかる男よりも、静祢は貴裕をその赤き瞳に映し続けようとする。彼を狙い横へとズレた妖女に、すぐさま反応した夜一がはり付いた。
藁人形を翳し、釘を打ち付ける音が響く。夜一に鋭き衝撃を与えた波は、本来ならば後衛までも届くもの。しかし縦一列に並ばぬようにとした作戦が、この瞬間、功を奏していた。
貴裕を庇う椿のすぐ横を抜けた波に、ギリリ、と静祢は顔が歪むほど歯噛みする。
その前方で敵前衛を抜けようとする妖火もまた、体を呈し遮った零に押し留められていた。
零の放った飛燕を受けた妖火が、火の矢を飛ばし零を貫く。だがこれも後衛までは届かぬもの。夜気に消えた。
もう1体よりの火弾は、奏空が回避する。
「――穿て」
夜一の声と共に、静祢の足元の地面が槍の如く隆起し貫いた。
ギャーッ! と響いた、妖の悲鳴。
それでも目前の敵より、静祢は貴裕にばかり恨みと注意を注ぐ。
彼がこの戦場にいる事で、『呪い成就の邪魔をした』者達への攻撃ではなく、『呪う相手へ恨みを晴らす』ための攻撃となっていた。
――俺達を倒す事を、目的としていない……。
それゆえの攻撃の空回り。自分達の選択が生きているのは良いが、今のままでは自分達の説得の声も届かぬだろう。まずは妖火を倒し、攻撃でもう少し静祢を弱らせなくてはならない。
後衛から冷静に分析しながら、両慈は英霊の力を引き出していた。
奏空から飛んだ苦無を妖火が躱し、零の『飛燕』はもう1体へと連撃を与える。
「ジャマ、ダッ!」
後衛内で入れ替わり両慈が背に庇う貴裕へは近づけない。
苛立ちを露にする妖女は忌々しげに藁人形を踏みにじり、夜一と奏空を大きな土人形が覆った。
――いけない!
すぐさま理央が『癒しの滴』で夜一を回復する。が、その間にも妖火からの飛火を避けた零ごと、もう1体からの火弾が前衛の3人を襲っていた。
椿は集中して次の攻撃に備え、夜一は静祢に注意を払いつつ妖火へと『五織の彩り』で攻撃する。
そうして戦場は、切迫した空気に包まれていった。
●今、届く言の葉を
続く戦いの中、何度目かの飛火で足を貫かれ、衝撃に奏空が片膝を付く。
向かおうとするもう1体の妖火は零が止め、両慈の発生させた暗雲からの雷が2体の妖火へと落ちた。
礼を伝えた奏空が、膝を付いたままで苦無を放つ。すでに弱っていた妖火に穴を開け飛んだ苦無は妖火を消滅させ、後ろの木へと突き刺さった。
後衛では椿が貴裕の護衛につき、理央が霧を発生させ仲間達を癒す。
飛火に晒された体を物ともせず打ち返した『飛燕』を避けた妖火に、「しぶといね」と零は肩を揺らし笑った。
そんな中、宙へと藁人形を翳し、静祢が釘を打ち込む。
カァーンッ! カァーンッ!
打ち出された音の衝撃波は、後衛の前で発生していた。
味方ガードで貴裕を護る椿ごと、鋭利な波は貴裕の身をも襲う。
「くっ!」
思わず洩れてしまったの青年の声に、衝撃が大きい己の傷には構わず椿が貴裕を振り返った。
「大丈夫?」
纏わせていた水衣で、彼が攻撃を防ぐことは出来なかった。
それでも暖かな水のベールは、護ろうとする覚者達の思いごと、貴裕を優しく包み続ける。
「大、丈夫です。――こんなの、平気ですよ」
笑顔を浮かべる貴裕を肩越しに振り返り、前衛の夜一は更に静祢へと踏み込んだ。
土中より突き出す隆起が、妖女を穿通する。
「貴女は、誰を、何で呪っているのですか……?」
真っ直ぐ見つめる夜一を、赤い瞳が映した。
「タカ、トシ……サ……タカ……」
知能の落ちた妖は、恨みの籠もる瞳を見開く。唯1人の名を壊れたレコードのように低く繰り返した。
「静祢さん!」
妖の前へと移動した奏空は、増幅させた己の精神力を転化する。夜一の気力を回復しながら、女へと言葉をかけていた。
「静弥さん! 目を覚ましてよ! 呪いなんか自分にとっても良くない事だよ!」
チラリ視線を遣った零が、『飛燕』で妖火を貫く。
そのまま仲間の言葉に応えぬ『彼女』へと、駆け出した。
消滅した妖火に、前に立った零を一瞬睨みつける。しかし静祢はすぐに視線を貴裕へと移した。
ニヤリと口角を上げ、歪に嘲笑った。
その笑いで、彼女が何をする気なのかを全員が悟る。
宙へと掲げた藁人形に、笑いながら釘を打ち込む。椿に代わり貴裕の護衛へと入っていた両慈が、身構えていた。
それでも強烈な衝撃は、立っている事を許しはしない。
「やめろーッ!」
「くっ……」
叫んだ貴裕の前で、懸命に堪えようとしていた両慈が崩れ落ちる。
己の回復が間に合わなかった事に、理央は辛く眉根を寄せる。貴裕を含む仲間達へと、癒しの霧を発生させた。
「なるべく攻撃の当たらない場所に居てくれないかな?」
彼の身を案じ20mほど退がってほしいと、理央が振り返る。それには、貴裕が倒れた両慈を見つめて苦悩し、しかし首を横に振った。
「すみませんが、出来ません。そんなに離れたら、また静祢さんが勘違いしてしまう」
貴裕の声を聞いた椿が、空気を圧縮させる。一気に静祢へと、打ち出した。
「静祢さん」
衝撃によろめいた妖に、椿はもう1度「静祢さん」と彼女の名を呼ぶ。
「彼はあの時、近付いてはいけないと言われていたのにここに来たの。あんな態度をとったのにも理由がある筈よ。だから、彼の話を聞いてあげて」
「……アンタは、本当に篠宮さんを呪い殺したいと思ってんのか!!」
夜一が隆起させた土の槍を、静祢が躱す。
目を見開いた妖女が、椿と夜一を凝視した。
「あなたを刺激したくなかった。僕が何を言っても、あなたは信じないと……。只あなたを苦しめるだけだと思ったんです。けれど僕は、曽祖父とそっくりだと言われるこの顔で、今この時代に生まれてきた事に意味がある筈だと思っています。――曽祖父は、貴俊は、年老いて息を引き取るその時まで、あなたの事を案じていたと聞いていますよ」
貴裕の言葉にも、静祢の瞳に籠もる恨みは消えない。
「静祢さん。それは恋ではなかったのかもしれない。彼は、貴女のものになりはしなかった。それでも、永く貴俊さんの心の中にあって、想い続けられていたのは――」
椿に頷き、貴裕が微笑み手を差し延べた。
「静祢さん、あなただから」
妖女の手の中で、藁人形が揺れる。
「タカ……ト……、サ……」
見開いたままの瞳が貴裕を映し、揺れていた。
「愛して、いたの。そうだよね」
応えたのは零。左の瞳を僅かに細め口角を上げながらも、下唇を噛んでいた。
「辛いよ。好きな人と永遠に一緒になれないなんて。――その思い、全部受け止めるから全力で来て」
大太刀鬼桜を掲げて、零は雷雲を生む。
物理攻撃では、ほとんど彼女にダメージを与えられない。
これ以上、苦しめたくないから――。
雷鳴が轟くと同時、釘を打ち付ける音と強い衝撃波が零を襲う。
黒き髪が乱れ靡いて、零が両膝を折り前へと倒れ込んだ。
「俺には、解らない事も多いけど、静祢さんが悲しかった事、寂しかった事は解るよ。……でも。だからと言って人を殺めていい理由にはならないから……」
庇うように、零との間に奏空が割り入った。
黒き雲を生成する奏空の背後で、命数を使用し零が立ち上がる。
「彼の前で、やられてあげない」
そして後衛から、聞こえる声。
「1度だけ来た貴俊さんは、静祢さんを救おうとしたんだと思うよ」
向けた静祢の目に映ったのは、貴裕を庇い立つ理央だった。
その隣で、こちらへと構える椿の姿――。
「倒させて貰うよ」
上空と前方から、雷と高圧縮した空気とが、同時に妖女へと打ち込まれた。
よろめき後退った女が、木へと背をぶつける。
途端、覆っていた妖気が砕け散っていた。
●消えてゆくもの
『霊体』へと戻った女が閉じていた瞼をゆっくりと開く。
ただ静かに、自分を戻した覚者達と貴裕を見回した。
『交霊術』を用いた理央が、緩やかに近付き静祢の思いの丈を聞く。
「貴俊さんは、私を避けて。会ってくれなくなった。だから呪ったの。私がこの森で泣いている同じ刻に、あの人は、奥さんと笑っているのよ。それが――」
許せなかった。
ポトリと、涙を落とした。
「自分が、馬鹿みたいだったから」
「……うん。それしか、出来なかったんだよね」
色恋沙汰の、怨みつらみ。
それは複雑で、人それぞれで――。
理央は、静祢の孤独を、哀しみを、狂気を、受け留めようとする。
「けれども、今は、解ったよね」
貴俊さんの想いは、ここに来ていた事を。
頷いて、微笑んだ女の姿が消えてゆこうとする。
「待って」
急ぎ止めた理央が、「リーちゃん」と守護使役の名を呼んだ。
彼女の守護使役が貴裕から『すいとる』のは、覚者達と接触した間の記憶。
「あれ……? あなた達は?」
ここは、と辺りを見回した貴裕の目が、霊体で止まる。
最期の瞬間は、見せてあげたかった。
「静祢、さん……?」
頷き微笑んで、吹いた風に攫われるように女は姿を消す。
――ありがとう。
ただ一言。その言葉を残して。
静祢との会話の内容とお礼の言葉を仲間達に伝え、貴裕にはそれに加えて「偶然森に入って冷静な霊と交霊した」と偽った。
「そう、ですか……」
静祢からの怨みの言葉を聞いて、貴裕は辛そうに瞼を閉じる。
(数えるのも億劫になりそうな年月を呪い続ける。それほどまでに怨みは深かったのか……それとも、そうでもしないと静祢さんは……)
そこまで考えて、夜一は首を振る。
――やめておこう、無粋だ。
「憶測だけれど、静祢さんは貴俊さんを待ち続けていたのではないかしら」
椿の声に、はっと貴裕が顔を向けた。
釘を打つと、1度は来てくれた貴俊さん。怨んでいると思い込もうとしても、呪っていると言い続けても。
ただ彼に、会いたかったのではないかしら。
彼女の言葉に頷いて、夜一は月が照らす夜空を見上げる。
「来世は一緒にいられると、いいね☆」
小さな呟きが聞こえて、両慈は地に座したままでチラリと微笑む横顔を見上げる。
気付き、「あわわわ……」と照れた零が仮面で顔を隠しながら笑い、両慈へと手を差し延べた。
それじゃ、と覚者達は青年に背を向ける。
――意味がある筈だと思っています。
貴裕が静祢へと伝えた言葉が甦って、奏空は振り向く。
攻撃を受けても、彼女へと言葉をかけ続けた。
「静祢さんを救ったのは、あなたの言葉もあったのですよ」
それを彼に伝える事は出来ないけれど。彼女はちゃんと抱き、昇っただろう。
月を見上げ佇む男を全員で振り返ってから、覚者達は鎮守の森を後にした。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
