化鯉のぼり
●
「いち、に。いち、に」
先生が吹くホイッスルの音に合わせて、子供たちが愛らしい声を弾ませる。赤や黄色の帽子をかぶり、手にはそれぞれ色とりどりのこいのぼりとスケッチブックを持って。肩からななめに掛けられた水筒と、黄色いカバンの中にはお弁当箱とクレヨンが入っていた。
五月に入って気温が上昇し、昼間には暑さを感じる陽気となった。芝の上を吹く風が、汗ばむ首筋に心地よい。
「はーい、着きましたよ。さあ、みんなで作った鯉のぼりを泳がせましょう」
先生二人の手で、願い事や似顔絵、手形などを思い思いにあしらった、子供たち手作りのこいのぼりが公園の街灯に張られたロープに掛けられていく。
こいのぼりが風を受けて青空をゆったりと泳ぎだすと、子供たちから歓声が上がった。
「それじゃあ、お弁当をたべましょう。そのあとでスケッチをしましょうね」
泳ぐ鯉のぼりが影を落とす下で、子供たちがお弁当を広げ始めたそのとき、芝の上を生臭い匂いがする突風が吹き抜けた。
街灯にかかったロープが解けて、子供たちのこのぼりがばらばらに飛んで行く。
「あー、大変だ。ぼくのこいのぼりが!」
子供の一人が風に舞うこいのぼりを捕まえようと、手を伸ばして立ち上がった。それを合図に他の子も立ち上がる。
先生の一人が膝立ちになって手を上げ、子供たちの注意を引いた。
「みんな、座って! こいのぼりは先生たちが――え?」
急にさした影に驚いて、先生が空を仰ぐ。
子供たちの目の前で、妖化した鯉のぼりが先生の頭を食いちぎった。
●
「はーい。いいお天気ね。いまから散歩がてら妖退治に行ってきて欲しいのだけど、どうかしら?」
眩(クララ)・ウルスラ・エングホルム(nCL2000164)はニコニコと笑いながら、自然公園にこいのぼりをあげに来ていた子供たちと引率の先生たちが、突然、妖化したこいのぼりに襲われる夢を語った。
「妖の数は20匹。大きさやデザインは様々だけど、攻撃方法は『丸かじり』だけ。空を飛ぶのが厄介だけど、倒すだけならそう苦労はしないでしょう。ただ、妖は子供たちを優先的に、それも執拗に狙ってくるの。子供たちがパニックを起こしてバラバラに逃げ回ると厄介よ」
眩の話しでは、事件が起こる公園は広く、子供たちを一時的に避難させられるような建物は近くにはないらしい。どうやらその場で守り続けるしかないようだ。
「守る対象は、子供が十八人、先生が二人。いまから出発すれば突風が吹いた直後に到着できるわ」
幸いなことに、近くに通行人はいないという。
「あ、そうだ。補修布と針、それに糸を支給するから持っていって頂戴。妖は倒すと元の手作りこいのぼりにもどるけど、攻撃で穴を開けたり切ったり、燃やしたりしたら……わかるわよね? 子供たち、泣くから」
ちなみに弁当の支給はない。
必要であれば、各自用意すること、と眩はミーティングを締めくくった。
「いち、に。いち、に」
先生が吹くホイッスルの音に合わせて、子供たちが愛らしい声を弾ませる。赤や黄色の帽子をかぶり、手にはそれぞれ色とりどりのこいのぼりとスケッチブックを持って。肩からななめに掛けられた水筒と、黄色いカバンの中にはお弁当箱とクレヨンが入っていた。
五月に入って気温が上昇し、昼間には暑さを感じる陽気となった。芝の上を吹く風が、汗ばむ首筋に心地よい。
「はーい、着きましたよ。さあ、みんなで作った鯉のぼりを泳がせましょう」
先生二人の手で、願い事や似顔絵、手形などを思い思いにあしらった、子供たち手作りのこいのぼりが公園の街灯に張られたロープに掛けられていく。
こいのぼりが風を受けて青空をゆったりと泳ぎだすと、子供たちから歓声が上がった。
「それじゃあ、お弁当をたべましょう。そのあとでスケッチをしましょうね」
泳ぐ鯉のぼりが影を落とす下で、子供たちがお弁当を広げ始めたそのとき、芝の上を生臭い匂いがする突風が吹き抜けた。
街灯にかかったロープが解けて、子供たちのこのぼりがばらばらに飛んで行く。
「あー、大変だ。ぼくのこいのぼりが!」
子供の一人が風に舞うこいのぼりを捕まえようと、手を伸ばして立ち上がった。それを合図に他の子も立ち上がる。
先生の一人が膝立ちになって手を上げ、子供たちの注意を引いた。
「みんな、座って! こいのぼりは先生たちが――え?」
急にさした影に驚いて、先生が空を仰ぐ。
子供たちの目の前で、妖化した鯉のぼりが先生の頭を食いちぎった。
●
「はーい。いいお天気ね。いまから散歩がてら妖退治に行ってきて欲しいのだけど、どうかしら?」
眩(クララ)・ウルスラ・エングホルム(nCL2000164)はニコニコと笑いながら、自然公園にこいのぼりをあげに来ていた子供たちと引率の先生たちが、突然、妖化したこいのぼりに襲われる夢を語った。
「妖の数は20匹。大きさやデザインは様々だけど、攻撃方法は『丸かじり』だけ。空を飛ぶのが厄介だけど、倒すだけならそう苦労はしないでしょう。ただ、妖は子供たちを優先的に、それも執拗に狙ってくるの。子供たちがパニックを起こしてバラバラに逃げ回ると厄介よ」
眩の話しでは、事件が起こる公園は広く、子供たちを一時的に避難させられるような建物は近くにはないらしい。どうやらその場で守り続けるしかないようだ。
「守る対象は、子供が十八人、先生が二人。いまから出発すれば突風が吹いた直後に到着できるわ」
幸いなことに、近くに通行人はいないという。
「あ、そうだ。補修布と針、それに糸を支給するから持っていって頂戴。妖は倒すと元の手作りこいのぼりにもどるけど、攻撃で穴を開けたり切ったり、燃やしたりしたら……わかるわよね? 子供たち、泣くから」
ちなみに弁当の支給はない。
必要であれば、各自用意すること、と眩はミーティングを締めくくった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖化したこいのぼりを倒して元に戻す
2.先生と子供たちを守る
3.こいのぼりを修繕して、揚げる
2.先生と子供たちを守る
3.こいのぼりを修繕して、揚げる
・自然公園……だだ広い芝の上で、障害物は道脇の街灯ぐらいです。
・昼……いい天気です。
・突風が吹いて、こいのぼりがロープから外れて飛んだあとに到着。
●敵……五月病に罹ったこいのぼり/20匹。
空を泳ぎ(飛び)ます。
攻撃方法は『丸かじり/近物、出血』のみ。
<ランク2>
・真鯉(先生作)…… 1匹
・緋鯉(先生作)…… 1匹
<ランク1>
・子鯉(子供作)……18匹
子供たちを執拗に狙ってきます。そのほか、頭を高くしていると狙われやすくなります。
●NPC(一般人)
・引率の先生……男女2人。野木と井上。夢見で頭をかじられて死ぬは女の井上先生です。
・子供たち……18人。男女同数。
※上手く声を掛けられれば、井上先生も助けられます。
●その他
ファイヴから、こいのぼり補修用の白布と糸、針、ハサミが支給されます。
残念ながらお弁当は支給されません。
必要なら途中で買ったことにしてください。配達OK(自費)。
なお、作って持っていく暇はありません。
●STコメント
よろしければご参加ください。お待ちしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
7/8
7/8
公開日
2017年05月19日
2017年05月19日
■メイン参加者 7人■

●
広い道がずっと向こうまで続いている。青々とした木々の上に、カラフルな点が飛び散らばって見えた。よく見ると、カラフルな点は意思をもって空を泳いでいることが分かる。
「あそこだ!」
『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)は一層高く太ももを上げて道を蹴った。すぐ後を六人の男女が遅れまいと懸命について走る。
きれいに刈り込まれた右手の芝生の北側で、幼声の悲鳴がいくつも上がった。
走る列の中ごろから『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)が、まだ見えぬ人に向かって懸命に叫びかける。
「伏せて! すぐ座ってくださいなのよ!」
飛鳥を追い越した『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は、一悟の肩越しに、今まさに妖化した緋鯉が若い女性の頭に食らいつこうとしているのを目にした。
女性は叫び声を聞きつけてすでに腰を落としかけていたが、わずかに妖の動きが早い。
「ああ、ダメ――!」
「くそがぁぁ!!」
一悟はスピードを殺さず勢いのまま跳ね飛んだ。女性の腹にタックルをかまし、そのまま抱き着くようにして押し倒す。
振りあがった長い髪を妖のギサギサの歯が髪切って、赤黒い肉がうごめく口の中に飲み込んだ。食い逃がした獲物の頭上で素早く尾を返す。
勒・一二三(CL2001559)は、額の第三の目から破魔の光を放って緋鯉を威嚇した。走りながらの攻撃だったので、更々当てる気はなかった。 ただ、時間稼ぎに追い払えればいい。
一度は驚いて頭を上げた緋鯉だったが、未練たらしくまた下に降りて来た。その鼻先を鋭い鉤爪をはめた拳が横殴りする。
「風に飛ばされたこいのぼりに引っかかったら怪我すっぞ。こっちはやっから、先生は子どもを見てやってくれ」
『花屋の装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)は倒れた女性――子供たちを引率して来た井上先生の手を取ると、引っ張り起こした。空に睨みを聞かせながら、すぐに自分の背の後ろへ送る。
初夏の日差しを受けて仁王立ちする背の後ろに大きな影が伸び、先生と集まってきた子供たちを妖たちの目から優しく隠した。
一悟も立ち上がると、近くにいた子供を二人抱きあげて先生たちの傍へ連れて行った。
「座って。いいって言うまでそこでじっとしていろよ」
にっかり笑いかけてから立ち上がり、やはり子供たちに背を向けてトンファーを構えた。
ラーラは乱れた呼吸を急いで整えると、ミケーレの秘鍵を魔道書封じの錠に差し込んだ。縛っていた細い鎖が解かれて書が開く。
「生への望みも死への憧れも覚えず、銀の獣に導かれて倦怠の眠りへ落ち行きなさい!」
五月晴れの空に銀の炎が駆け上がった。まばゆい光が子供たちの悲鳴と鳴き声、草を渡る風の音を引き連れて太陽へ戻ってゆく。静寂の獣が通り過ぎると、附近を泳いでいた化鯉のぼりが次々に落ち始めた。
「うぉぉりゃぁ、なのよ!!」
飛鳥が小さな拳を下から突き上げて、落ちてくる子鯉に猛の一撃を見舞う。ピョンピョンとウサギのように飛び跳ねながら、パコンパコンと妖を殴り飛ばしていく。
一二三も落ちてくる子鯉の目を丁寧に一体一体、撃ちぬいた。怯える子供たちの気を少しでもほぐしてやろうと、破眼光を発するたびにアメコミヒーローを気取ってポーズを作る。
本人はいたって真面目な気持ち、あくまで格好良くやっているつもりなのだが、子供たちの目には滑稽に映ったようだった。円状に集まった子供たちの中で、何人かが目じりを下げ、笑いながら涙の粒を頬に落とした。
(「……まあ、子供たちが笑顔になってくれるであればいいでしょう」)
桂木・日那乃(CL2000941) は下から飛鳥が打ち上げる子鯉を避けて飛びながら、まだ元気に空を泳ぎ回る化鯉たちに圧縮された空気の刃を飛ばした。一体、二体と、体を切り裂かれて地に落ちていく。
(「こいのぼりが、妖……。被害が出るなら……、でも、これ……あとで、直す、の?」)
日那乃はふと、愛らしい眉を寄せて顔を曇らせた。
子鯉の数、二十体。ここを狙えば一撃で倒せる、という情報は教えてもらえなかった。もとより、そんなものはないのだろう。だから、手あたり次第、攻撃しているのだが……。
仲間たちの攻撃方法はさまざまだ。自分のように切り裂く者もいれば、打ち抜く者、破り殴る者がいる。手直しも一通りのやり方では済まない。
(「全部作り直したほうが、早い……かも」)
目の端で横から近づいてくる子鯉を捕え、日那乃は翼を翻した。鎌のような空気の刃が、口を開けた妖を上下に切り裂いていく。
「鯉の開き。ちょっと、違うけど」
芝の上に落ちた妖は、断面に赤黒い肉をうごめかしながらのたうち回った。
地に落ちた他の妖たちもすぐには倒れず、口や切り裂かれた腹から内臓のようなものを飛び出させてのたうっている。
「鯉のぼりが子どもたちを襲うなんて超ショック。その上倒れたあとの姿までグロテスクなんて……」
『マジシャンガール』茨田・凜(CL2000438)はおぞましさに身を震わせた。下を見れば守りやすいように一か所に集めた子供たちの顔も青ざめている。
元は夢を託して自分たちが楽しく作ったこいのぼり、それが――。
「これ以上、子供たちの夢を壊すことはこの凛が許さないんよ!」
退魔の術符を指に挟んで天にかざす。
「母なる青き龍よ、清き水の流れとともに忌まわしきものを祓い流したまえ」
凛が細腕を振り下ろすと、断たれた空気の間から激流が迸った。神秘の水の流れは空中で伸びやかな曲線を描いて龍の体に変化し、美しくも猛々しい動きで見るものを魅了した。水龍は大きく口をあけて牙を剥くと、つぎつぎと地でのたうつ死にそこないの妖を飲み込んで、その邪悪なる意思だけを幽玄の世界に誘い込む。
水龍はあとにカラフルな布切れをたくさん残して消えていった。
●
子鯉の大半は仲間たちが片づけてしまっている。子供たちも先生を中心に集まって、頭を低くして討伐が終わるのを待っている。問題はランク2になっている先生たちの鯉だけ。なのに、首の後ろが妙にざわつく。
「とにかく、ボロボロにしないように一撃で仕留めていくぜ!」
夢見が語った、こいのぼり妖化の直前に吹いたという生臭い風のことを気に掛けながら、一悟は襲い掛かってきた真鯉にトンファーを振るった。体を捻って頭の真上から落ちて来た大口をかわすと、ねじり込むようにして白い腹に炎に彩られたトンファーの先を叩き込む。
一時の方角ではラーラが、先生や子供たちが頭を上げないように繰り返し「頭を低くして地面に伏せてください」と呼びかけていた。
そこへ一悟に腹を焼き打たれた真鯉が、よたりながら流れて来た。一旦、ラーラの横で身を翻して空へ上がり、得物の位置を確かめるように少しだけ頭を潜らせる。
「こいのぼりの起源は登竜門の故事にあると聞いたことがあります。五月病なんかに罹ってたら出世できませんよ? もう一度もとの姿で泳いで見ませんか?」
会話は望めない、と分かっていても声を掛けられずにはいられなかった。彼らは自分の意思で妖化したのではない……ような、そんな気がしたのだ。
真鯉はギザギザの尖った歯が並ぶ口を大きく開けると、急潜行してきた。
真鯉と緋鯉は先生が作っただけあって、きれいに柄が塗り仕上げられていた。燃やしてしまったからといって泣かれはしないだろうが、できる限り損ねたくない。
ラーラは得意とする火行の攻撃をあえて封じ、豊潤な魔力を弾に変えて飛ばした。
透明な――空気の歪みによる偏光でかろうじて存在が分かる魔法弾を、真鯉は当たる直前でかわした。
「む。やるなお主、なのよ。しかし、これはどうだ!」
飛鳥がステックを振り向けると水晶のヘッドが光り輝き、水龍が勢いよく飛び出した。巨大な水牙が逃げる真鯉の黒い尾を噛み切る。
推進力を生みだす尾を失ってスピードの落ちた真鯉は恰好の的だ。一二三は夕方のテレビアニメで見た戦隊ヒーローの決めポーズを取った。額に指をあてて、なにやら中二病を患ったぽい台詞を真面目に、真剣に叫びながら破眼光を放つ。
真横から頭を光で貫かれた真鯉は、一度だけ大きく身をのけ反らせると、そのままの形で地に落ちた。ぱたり、と先の千切れた尾が倒れて、切り口から流れ出た邪悪な影が芝の中へ吸い込まれていく。
化け真鯉はただの布のこいのぼりに戻った。
「決まりましたね」
ふっ、と笑みを漏らす一二三。
「お前、キャラ変わってね?」
「ふふ。本依頼だけの特別バージョンです」
なんだそれ、と青年僧に突っ込みを入れる一悟。
と、高みから広く戦場一体を見渡していた日那乃が警告の声をあげた。
「勒さん、うしろ!」
とっさにしゃがみ込んだ一二三の真上を緋鯉が抜けていく。日那乃はエアブリットを飛ばして背びれの上を一部刈り取った。
「残念……」
緋鯉の動きに気を取られている日那乃に、真後ろから接近する複数の小さな影があった。まだ生き残っている化け子鯉たちだ。本物の鯉よろしく、貪欲に餌に食らいつこうと口を開けて一斉に群がってくる。
いち早く化け子鯉たちの動きに気づいた一悟は、日那乃の黒髪をくわえた子鯉に指を向けて練り込んだ気を放った。
「日那乃はお前のエサじゃねー!!」
吹っ飛ばされた仲間を気にすることなく、他の化け子鯉たちが小さな黒い翼に迫る。そこに先ほど背びれの一部を切り取られた緋鯉が、柔らかい腹を食いちぎってやろうと挟み撃ちするように正面から泳いでくる。その光景はちょっと、いやかなりショッキングだった。
「まぁ本物のコイの喰いつき同様であったら、そりゃそのビジュアルは脅威だろう。日那乃、こっちへ来い!」
日那乃は緋鯉の口を浮き上がってかわすと、子供たちを巻き込まないように低く飛ばないよう気をつけながら岩鎧を纏った義高の元へ向かった。逃げる日那乃を、化鯉のぼりたちが追いかける。
ラーラと一二三が後ろについた二体を撃ち落した。飛鳥と一悟が腕を振り上げて墜ちたてくる妖にトドメを刺し、地を穢す妖気ごと凛が水龍を繰って洗い流す。
「それにしても、こいのぼりってのは鯉が滝を登って竜になるって伝説を模してるってのに、地面に近づいてきてどうすんだ」
義高は愚痴りながら、ぽきり、ぽきりと曲げた指を鳴らした。
音に気づいた緋鯉が日那乃を追い越して、陽を背負った大男目がけて突っ込んでくる。
灼彩練功を発動。全身に気がみなぎり渡る。体からあふれ出た闘気が、纏った岩鎧を煌びやかに飾り立てた。続けて神秘の力を固めた作った桜の花びらを手の甲に掃く。
「残念だったな、相手が悪かった。俺にとっちゃ『目じゃないぜ!』」
顔に生臭い息を吹きかけられながら、エラに左フックを叩き入れた。横に振れた緋鯉の頭を両の拳で挟み込み、動けなくしたところで腹に膝蹴りを食らわせる。
向かい風が吹いた。
「こいのぼりはこいのぼりらしく、散り落ちた桜とともに流れに乗って天に登れ」
くん、と膝を折ると、ばねのように跳ね上がりながら右アッパーで化け緋鯉を突きあげる。勢いに流れを変えられた風も、拳から発された神秘の力を千切りながら吹き上がる。
それはあたかも、蒼い空に向かって桜の花びらを流す川に一匹の鯉が泳いでいるかのように見えた。
●
凛は一二三と連れ立って買い出しに出かけた。きょろきょろと辺りを見回しながら歩く凛に、買いだしリストを頭の中で作りながら「何かお探しですか」と一二三が問いかけた。
「うん。ちょっと……古いものなら妖怪みたいになることもあるかもだけど、作ったばかりみたいだし、誰かが何か仕掛けたのかもって思ったんよ」
討伐直後、こいのぼりたちが妖化する状況の不自然さは飛鳥たちも口にしていた。だが、辺りをぐるりと見回してみても広い芝生に若葉を茂らせた木が目に入るだけで、怪しげな姿や影、気配もなかった。
「絶対、何かあると思うんよね」
「確かに。言われてみれば怪しいですね。『生臭い』風の発生源はどこなんでしょう。この公園は管理が行き届いていているみたいですし」
たまに見かけるゴミ箱もきれいだ。大量の生ごみが臭いだすほど放置されるとは思えなかった。あるとすれば、何者かが人目のつかないところに不法投棄したかなのだが。
「置かれっぱなしにされていたら、ずっと臭っていたはずなんよ。ここは見晴らしもいいし……」
「やはり何者かが意図的に発生させて、すぐに立ち去った可能性が高いですねえ。しかし、それならもう、近くにいるはずはありません。目的を達成した時点で遠くに逃げてしまっているでしょう」
それもそうやね、と凛。
話をしているうちに公園を出て、通りを渡ったところにあるコンビニにたどり着いた。ここでお弁当を台無しにしてしまった子供たちと、自分たちの昼食の買い出しをする。少し離れたところにももう一軒、コンビニがあるのを確認済みだ。足りなければそっちも行くことにした。
リクエストがあったサンドイッチと子供が好きそうなフルーツ系のサンドイッチをカゴに入れていく。アレルギーがある子もいるかもしれないと、凛はバナナ、それに何も入っていない塩おにぎりもいくつか購入した。
一二三は紙兜用のスポーツ新聞と重いペットボトル、紙コップを買う。
「手拭きも必要ですね」
「そうやね。食べる前にちゃんと手を拭ないと」
コンビニを出たところで一二三は、お祝いの言葉とかねてからの疑問をおもむろに切りだした。
「ご出産おめでとうございます」
ありがとう、とごく自然に柔らかい笑顔が返ってきた。
「佳奈ちゃん、かわいい名前ですね。僕が始めて茨田さんにお会いしたときにはもう……タイトなドレスを着ていらしたのに全然気がつきませんでした。その、どうやって……」
視線が下向くのを意識して止める。
一二三は過去、幾度となく凛と同じ依頼を受けていたが、風の噂で出産を聞くまでは妊娠していたことにまったく気づいていなかったのだ。
「どうやってお腹のふくらみを隠していたか? 内緒。そんなことより、勒さんは彼女いるん?」
凛に逆襲されて、一二三はえっ、と言葉を詰まらせた。
●
見た目がコワイことは自覚している。義高は子供たちのほうから近づいてくるまで気長に待つつもりで、子供たちの輪から少し離れたところに腰を下ろした。草の上にどっかと腰を降ろし、シロツメクサを探す。
本業は花屋。店舗はカフェを兼ねている。店に置かれた凝った花飾りはすべて自分が作ったものだ。糸と針は使わないにしても、手先の器用さには自信がある。一悟の提案で男の子には紙兜を作ることになっていたので、それなら自分は女の子にシロツメクサの草のかんむりを作ってやろうと思ったのだ。
「ぶしゃー!」
男の子が愛らしい声をあげて背中にぶつかってきた。おっ、と思っていると次々と男の子たちがぶつかってきて、背を登りはじめた。
最初にぶつかってきた子は義高の前に回ると、かいた胡坐の上に座り込んだ。しかし、『ぶしゃー』とはなんのことだ? 梨汁か?
「ぶしゃー、これでかぶとつくって。あのおにいちゃんがせんごくのかぶとをつくってくれるっていったよ」
『ぶしゃー』ではなく『ぶしょー』、つまり『戦国武将』のことだった。
首を回した音が聞こえそうな勢いで後ろを向くと、Vサインをした一悟がにっかり歯を見せて笑っていた。どうやらやんちゃざかり子供たちの相手に疲れて、こちらへ送ったらしい。
その一悟の後ろでは、買い出しから戻ってきた凛と一二三が先生たちと一緒にサンドイッチを配っていた。男の子たちは一二三からスポーツ新聞を貰ったらしい。
ラーラは破れてしまったこいのぼりを丁寧に繕いながら、サンドイッチを取りに行こうと立ち上がった女の子に声をかけた。
「ちゃんと並んでね。食べる前に手を拭いて――」
別の女の子が、これ、といってはにかみながらこいのぼりを差し出してきた。針を失くさないように布の端にとめて横に置く。受け取ったこいのぼりを両手で広げた。
「花柄のこいのぼり、なんてかわいいの! 色づかいがとっても素敵ね。あっちに座っているお兄さんのところに持っていって、さっそく空で泳がせましょう」
ラーラは布の裁断に忙しそうな日那乃と、自作のこいのぼり増産に夢中な飛鳥の二人にほかの子供たちのお守を頼むと、カラフルなこいのぼりを作った女の子の手を引いて一悟のところへ向かった。
「鼎さん……こいのぼり、丸くない、よ? どうして、丸く、切るの?」
「これは、ころんさん型なのよ。マリンさん型でもあるのよ」
「……マリンは、もっと、スマート。じゃなくて、遊んじゃ、駄目」
ちゃんとやって、と日那乃に叱られて、ようやく飛鳥は手を止めた。……と思ったら、まるいこいのぼりに色を塗り始めた。周りの子供たちにも手伝わせる。
「鼎さん。こいのぼりと一緒に吊るす、よ?」
半眼になってシャキシャキとハサミを鳴らす日那乃。
「うえええ~、日那乃ちゃんコワいのよ」
飛鳥が周りの子供たと一緒に震えあがったところへ、わっとあがった歓声が聞こえてきた。
一悟たちの周りにシロツメクサの冠をかぶった女の子や、紙兜をかぶった男の子たちが集まった。
「よーし、こいのぼりを揚げていくぜ! ラーラ、どんどん渡してくれ」
どこまでも高く青い空に、さわやかな風をはらんだ色とりどりのこいのぼりが泳ぐ。子供たちの笑顔の上で。
広い道がずっと向こうまで続いている。青々とした木々の上に、カラフルな点が飛び散らばって見えた。よく見ると、カラフルな点は意思をもって空を泳いでいることが分かる。
「あそこだ!」
『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)は一層高く太ももを上げて道を蹴った。すぐ後を六人の男女が遅れまいと懸命について走る。
きれいに刈り込まれた右手の芝生の北側で、幼声の悲鳴がいくつも上がった。
走る列の中ごろから『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)が、まだ見えぬ人に向かって懸命に叫びかける。
「伏せて! すぐ座ってくださいなのよ!」
飛鳥を追い越した『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は、一悟の肩越しに、今まさに妖化した緋鯉が若い女性の頭に食らいつこうとしているのを目にした。
女性は叫び声を聞きつけてすでに腰を落としかけていたが、わずかに妖の動きが早い。
「ああ、ダメ――!」
「くそがぁぁ!!」
一悟はスピードを殺さず勢いのまま跳ね飛んだ。女性の腹にタックルをかまし、そのまま抱き着くようにして押し倒す。
振りあがった長い髪を妖のギサギサの歯が髪切って、赤黒い肉がうごめく口の中に飲み込んだ。食い逃がした獲物の頭上で素早く尾を返す。
勒・一二三(CL2001559)は、額の第三の目から破魔の光を放って緋鯉を威嚇した。走りながらの攻撃だったので、更々当てる気はなかった。 ただ、時間稼ぎに追い払えればいい。
一度は驚いて頭を上げた緋鯉だったが、未練たらしくまた下に降りて来た。その鼻先を鋭い鉤爪をはめた拳が横殴りする。
「風に飛ばされたこいのぼりに引っかかったら怪我すっぞ。こっちはやっから、先生は子どもを見てやってくれ」
『花屋の装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)は倒れた女性――子供たちを引率して来た井上先生の手を取ると、引っ張り起こした。空に睨みを聞かせながら、すぐに自分の背の後ろへ送る。
初夏の日差しを受けて仁王立ちする背の後ろに大きな影が伸び、先生と集まってきた子供たちを妖たちの目から優しく隠した。
一悟も立ち上がると、近くにいた子供を二人抱きあげて先生たちの傍へ連れて行った。
「座って。いいって言うまでそこでじっとしていろよ」
にっかり笑いかけてから立ち上がり、やはり子供たちに背を向けてトンファーを構えた。
ラーラは乱れた呼吸を急いで整えると、ミケーレの秘鍵を魔道書封じの錠に差し込んだ。縛っていた細い鎖が解かれて書が開く。
「生への望みも死への憧れも覚えず、銀の獣に導かれて倦怠の眠りへ落ち行きなさい!」
五月晴れの空に銀の炎が駆け上がった。まばゆい光が子供たちの悲鳴と鳴き声、草を渡る風の音を引き連れて太陽へ戻ってゆく。静寂の獣が通り過ぎると、附近を泳いでいた化鯉のぼりが次々に落ち始めた。
「うぉぉりゃぁ、なのよ!!」
飛鳥が小さな拳を下から突き上げて、落ちてくる子鯉に猛の一撃を見舞う。ピョンピョンとウサギのように飛び跳ねながら、パコンパコンと妖を殴り飛ばしていく。
一二三も落ちてくる子鯉の目を丁寧に一体一体、撃ちぬいた。怯える子供たちの気を少しでもほぐしてやろうと、破眼光を発するたびにアメコミヒーローを気取ってポーズを作る。
本人はいたって真面目な気持ち、あくまで格好良くやっているつもりなのだが、子供たちの目には滑稽に映ったようだった。円状に集まった子供たちの中で、何人かが目じりを下げ、笑いながら涙の粒を頬に落とした。
(「……まあ、子供たちが笑顔になってくれるであればいいでしょう」)
桂木・日那乃(CL2000941) は下から飛鳥が打ち上げる子鯉を避けて飛びながら、まだ元気に空を泳ぎ回る化鯉たちに圧縮された空気の刃を飛ばした。一体、二体と、体を切り裂かれて地に落ちていく。
(「こいのぼりが、妖……。被害が出るなら……、でも、これ……あとで、直す、の?」)
日那乃はふと、愛らしい眉を寄せて顔を曇らせた。
子鯉の数、二十体。ここを狙えば一撃で倒せる、という情報は教えてもらえなかった。もとより、そんなものはないのだろう。だから、手あたり次第、攻撃しているのだが……。
仲間たちの攻撃方法はさまざまだ。自分のように切り裂く者もいれば、打ち抜く者、破り殴る者がいる。手直しも一通りのやり方では済まない。
(「全部作り直したほうが、早い……かも」)
目の端で横から近づいてくる子鯉を捕え、日那乃は翼を翻した。鎌のような空気の刃が、口を開けた妖を上下に切り裂いていく。
「鯉の開き。ちょっと、違うけど」
芝の上に落ちた妖は、断面に赤黒い肉をうごめかしながらのたうち回った。
地に落ちた他の妖たちもすぐには倒れず、口や切り裂かれた腹から内臓のようなものを飛び出させてのたうっている。
「鯉のぼりが子どもたちを襲うなんて超ショック。その上倒れたあとの姿までグロテスクなんて……」
『マジシャンガール』茨田・凜(CL2000438)はおぞましさに身を震わせた。下を見れば守りやすいように一か所に集めた子供たちの顔も青ざめている。
元は夢を託して自分たちが楽しく作ったこいのぼり、それが――。
「これ以上、子供たちの夢を壊すことはこの凛が許さないんよ!」
退魔の術符を指に挟んで天にかざす。
「母なる青き龍よ、清き水の流れとともに忌まわしきものを祓い流したまえ」
凛が細腕を振り下ろすと、断たれた空気の間から激流が迸った。神秘の水の流れは空中で伸びやかな曲線を描いて龍の体に変化し、美しくも猛々しい動きで見るものを魅了した。水龍は大きく口をあけて牙を剥くと、つぎつぎと地でのたうつ死にそこないの妖を飲み込んで、その邪悪なる意思だけを幽玄の世界に誘い込む。
水龍はあとにカラフルな布切れをたくさん残して消えていった。
●
子鯉の大半は仲間たちが片づけてしまっている。子供たちも先生を中心に集まって、頭を低くして討伐が終わるのを待っている。問題はランク2になっている先生たちの鯉だけ。なのに、首の後ろが妙にざわつく。
「とにかく、ボロボロにしないように一撃で仕留めていくぜ!」
夢見が語った、こいのぼり妖化の直前に吹いたという生臭い風のことを気に掛けながら、一悟は襲い掛かってきた真鯉にトンファーを振るった。体を捻って頭の真上から落ちて来た大口をかわすと、ねじり込むようにして白い腹に炎に彩られたトンファーの先を叩き込む。
一時の方角ではラーラが、先生や子供たちが頭を上げないように繰り返し「頭を低くして地面に伏せてください」と呼びかけていた。
そこへ一悟に腹を焼き打たれた真鯉が、よたりながら流れて来た。一旦、ラーラの横で身を翻して空へ上がり、得物の位置を確かめるように少しだけ頭を潜らせる。
「こいのぼりの起源は登竜門の故事にあると聞いたことがあります。五月病なんかに罹ってたら出世できませんよ? もう一度もとの姿で泳いで見ませんか?」
会話は望めない、と分かっていても声を掛けられずにはいられなかった。彼らは自分の意思で妖化したのではない……ような、そんな気がしたのだ。
真鯉はギザギザの尖った歯が並ぶ口を大きく開けると、急潜行してきた。
真鯉と緋鯉は先生が作っただけあって、きれいに柄が塗り仕上げられていた。燃やしてしまったからといって泣かれはしないだろうが、できる限り損ねたくない。
ラーラは得意とする火行の攻撃をあえて封じ、豊潤な魔力を弾に変えて飛ばした。
透明な――空気の歪みによる偏光でかろうじて存在が分かる魔法弾を、真鯉は当たる直前でかわした。
「む。やるなお主、なのよ。しかし、これはどうだ!」
飛鳥がステックを振り向けると水晶のヘッドが光り輝き、水龍が勢いよく飛び出した。巨大な水牙が逃げる真鯉の黒い尾を噛み切る。
推進力を生みだす尾を失ってスピードの落ちた真鯉は恰好の的だ。一二三は夕方のテレビアニメで見た戦隊ヒーローの決めポーズを取った。額に指をあてて、なにやら中二病を患ったぽい台詞を真面目に、真剣に叫びながら破眼光を放つ。
真横から頭を光で貫かれた真鯉は、一度だけ大きく身をのけ反らせると、そのままの形で地に落ちた。ぱたり、と先の千切れた尾が倒れて、切り口から流れ出た邪悪な影が芝の中へ吸い込まれていく。
化け真鯉はただの布のこいのぼりに戻った。
「決まりましたね」
ふっ、と笑みを漏らす一二三。
「お前、キャラ変わってね?」
「ふふ。本依頼だけの特別バージョンです」
なんだそれ、と青年僧に突っ込みを入れる一悟。
と、高みから広く戦場一体を見渡していた日那乃が警告の声をあげた。
「勒さん、うしろ!」
とっさにしゃがみ込んだ一二三の真上を緋鯉が抜けていく。日那乃はエアブリットを飛ばして背びれの上を一部刈り取った。
「残念……」
緋鯉の動きに気を取られている日那乃に、真後ろから接近する複数の小さな影があった。まだ生き残っている化け子鯉たちだ。本物の鯉よろしく、貪欲に餌に食らいつこうと口を開けて一斉に群がってくる。
いち早く化け子鯉たちの動きに気づいた一悟は、日那乃の黒髪をくわえた子鯉に指を向けて練り込んだ気を放った。
「日那乃はお前のエサじゃねー!!」
吹っ飛ばされた仲間を気にすることなく、他の化け子鯉たちが小さな黒い翼に迫る。そこに先ほど背びれの一部を切り取られた緋鯉が、柔らかい腹を食いちぎってやろうと挟み撃ちするように正面から泳いでくる。その光景はちょっと、いやかなりショッキングだった。
「まぁ本物のコイの喰いつき同様であったら、そりゃそのビジュアルは脅威だろう。日那乃、こっちへ来い!」
日那乃は緋鯉の口を浮き上がってかわすと、子供たちを巻き込まないように低く飛ばないよう気をつけながら岩鎧を纏った義高の元へ向かった。逃げる日那乃を、化鯉のぼりたちが追いかける。
ラーラと一二三が後ろについた二体を撃ち落した。飛鳥と一悟が腕を振り上げて墜ちたてくる妖にトドメを刺し、地を穢す妖気ごと凛が水龍を繰って洗い流す。
「それにしても、こいのぼりってのは鯉が滝を登って竜になるって伝説を模してるってのに、地面に近づいてきてどうすんだ」
義高は愚痴りながら、ぽきり、ぽきりと曲げた指を鳴らした。
音に気づいた緋鯉が日那乃を追い越して、陽を背負った大男目がけて突っ込んでくる。
灼彩練功を発動。全身に気がみなぎり渡る。体からあふれ出た闘気が、纏った岩鎧を煌びやかに飾り立てた。続けて神秘の力を固めた作った桜の花びらを手の甲に掃く。
「残念だったな、相手が悪かった。俺にとっちゃ『目じゃないぜ!』」
顔に生臭い息を吹きかけられながら、エラに左フックを叩き入れた。横に振れた緋鯉の頭を両の拳で挟み込み、動けなくしたところで腹に膝蹴りを食らわせる。
向かい風が吹いた。
「こいのぼりはこいのぼりらしく、散り落ちた桜とともに流れに乗って天に登れ」
くん、と膝を折ると、ばねのように跳ね上がりながら右アッパーで化け緋鯉を突きあげる。勢いに流れを変えられた風も、拳から発された神秘の力を千切りながら吹き上がる。
それはあたかも、蒼い空に向かって桜の花びらを流す川に一匹の鯉が泳いでいるかのように見えた。
●
凛は一二三と連れ立って買い出しに出かけた。きょろきょろと辺りを見回しながら歩く凛に、買いだしリストを頭の中で作りながら「何かお探しですか」と一二三が問いかけた。
「うん。ちょっと……古いものなら妖怪みたいになることもあるかもだけど、作ったばかりみたいだし、誰かが何か仕掛けたのかもって思ったんよ」
討伐直後、こいのぼりたちが妖化する状況の不自然さは飛鳥たちも口にしていた。だが、辺りをぐるりと見回してみても広い芝生に若葉を茂らせた木が目に入るだけで、怪しげな姿や影、気配もなかった。
「絶対、何かあると思うんよね」
「確かに。言われてみれば怪しいですね。『生臭い』風の発生源はどこなんでしょう。この公園は管理が行き届いていているみたいですし」
たまに見かけるゴミ箱もきれいだ。大量の生ごみが臭いだすほど放置されるとは思えなかった。あるとすれば、何者かが人目のつかないところに不法投棄したかなのだが。
「置かれっぱなしにされていたら、ずっと臭っていたはずなんよ。ここは見晴らしもいいし……」
「やはり何者かが意図的に発生させて、すぐに立ち去った可能性が高いですねえ。しかし、それならもう、近くにいるはずはありません。目的を達成した時点で遠くに逃げてしまっているでしょう」
それもそうやね、と凛。
話をしているうちに公園を出て、通りを渡ったところにあるコンビニにたどり着いた。ここでお弁当を台無しにしてしまった子供たちと、自分たちの昼食の買い出しをする。少し離れたところにももう一軒、コンビニがあるのを確認済みだ。足りなければそっちも行くことにした。
リクエストがあったサンドイッチと子供が好きそうなフルーツ系のサンドイッチをカゴに入れていく。アレルギーがある子もいるかもしれないと、凛はバナナ、それに何も入っていない塩おにぎりもいくつか購入した。
一二三は紙兜用のスポーツ新聞と重いペットボトル、紙コップを買う。
「手拭きも必要ですね」
「そうやね。食べる前にちゃんと手を拭ないと」
コンビニを出たところで一二三は、お祝いの言葉とかねてからの疑問をおもむろに切りだした。
「ご出産おめでとうございます」
ありがとう、とごく自然に柔らかい笑顔が返ってきた。
「佳奈ちゃん、かわいい名前ですね。僕が始めて茨田さんにお会いしたときにはもう……タイトなドレスを着ていらしたのに全然気がつきませんでした。その、どうやって……」
視線が下向くのを意識して止める。
一二三は過去、幾度となく凛と同じ依頼を受けていたが、風の噂で出産を聞くまでは妊娠していたことにまったく気づいていなかったのだ。
「どうやってお腹のふくらみを隠していたか? 内緒。そんなことより、勒さんは彼女いるん?」
凛に逆襲されて、一二三はえっ、と言葉を詰まらせた。
●
見た目がコワイことは自覚している。義高は子供たちのほうから近づいてくるまで気長に待つつもりで、子供たちの輪から少し離れたところに腰を下ろした。草の上にどっかと腰を降ろし、シロツメクサを探す。
本業は花屋。店舗はカフェを兼ねている。店に置かれた凝った花飾りはすべて自分が作ったものだ。糸と針は使わないにしても、手先の器用さには自信がある。一悟の提案で男の子には紙兜を作ることになっていたので、それなら自分は女の子にシロツメクサの草のかんむりを作ってやろうと思ったのだ。
「ぶしゃー!」
男の子が愛らしい声をあげて背中にぶつかってきた。おっ、と思っていると次々と男の子たちがぶつかってきて、背を登りはじめた。
最初にぶつかってきた子は義高の前に回ると、かいた胡坐の上に座り込んだ。しかし、『ぶしゃー』とはなんのことだ? 梨汁か?
「ぶしゃー、これでかぶとつくって。あのおにいちゃんがせんごくのかぶとをつくってくれるっていったよ」
『ぶしゃー』ではなく『ぶしょー』、つまり『戦国武将』のことだった。
首を回した音が聞こえそうな勢いで後ろを向くと、Vサインをした一悟がにっかり歯を見せて笑っていた。どうやらやんちゃざかり子供たちの相手に疲れて、こちらへ送ったらしい。
その一悟の後ろでは、買い出しから戻ってきた凛と一二三が先生たちと一緒にサンドイッチを配っていた。男の子たちは一二三からスポーツ新聞を貰ったらしい。
ラーラは破れてしまったこいのぼりを丁寧に繕いながら、サンドイッチを取りに行こうと立ち上がった女の子に声をかけた。
「ちゃんと並んでね。食べる前に手を拭いて――」
別の女の子が、これ、といってはにかみながらこいのぼりを差し出してきた。針を失くさないように布の端にとめて横に置く。受け取ったこいのぼりを両手で広げた。
「花柄のこいのぼり、なんてかわいいの! 色づかいがとっても素敵ね。あっちに座っているお兄さんのところに持っていって、さっそく空で泳がせましょう」
ラーラは布の裁断に忙しそうな日那乃と、自作のこいのぼり増産に夢中な飛鳥の二人にほかの子供たちのお守を頼むと、カラフルなこいのぼりを作った女の子の手を引いて一悟のところへ向かった。
「鼎さん……こいのぼり、丸くない、よ? どうして、丸く、切るの?」
「これは、ころんさん型なのよ。マリンさん型でもあるのよ」
「……マリンは、もっと、スマート。じゃなくて、遊んじゃ、駄目」
ちゃんとやって、と日那乃に叱られて、ようやく飛鳥は手を止めた。……と思ったら、まるいこいのぼりに色を塗り始めた。周りの子供たちにも手伝わせる。
「鼎さん。こいのぼりと一緒に吊るす、よ?」
半眼になってシャキシャキとハサミを鳴らす日那乃。
「うえええ~、日那乃ちゃんコワいのよ」
飛鳥が周りの子供たと一緒に震えあがったところへ、わっとあがった歓声が聞こえてきた。
一悟たちの周りにシロツメクサの冠をかぶった女の子や、紙兜をかぶった男の子たちが集まった。
「よーし、こいのぼりを揚げていくぜ! ラーラ、どんどん渡してくれ」
どこまでも高く青い空に、さわやかな風をはらんだ色とりどりのこいのぼりが泳ぐ。子供たちの笑顔の上で。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
