薬缶の野干
●薬缶の野干
「はっはっ……はっはっ」
人気の絶えた夜は九時過ぎ、商店街をジャージ姿の男性が軽やかに走っていた。見れば近くの高校の陸上部と書かれており、自主練習に励んでいると解る。
「はっ……ん?」
遠くに見える繁華街の明かりとは違う光が目に入る。ゆらゆらと揺れるそれは、彼に理科の実験で使ったアルコールランプを想起させた。
少しの間揺れ続けたそれは、唐突に彼へと飛んでいく。
「うぉっ!?」
咄嗟に身を屈めて避けた彼の目に入ったのは、何とも奇妙なシルエットだった。
黄色地に白や黒が混じり、シュっと流れるような顔と手足。するりと伸びた尻尾がゆらゆらと揺れている。
こんな街中に狐か、と思えばその胴体は鈍く明かりを反射している。背中には取っ手と丸い蓋が一つ。
「……ぶんぶく茶釜?」
「ケーンッ!」
彼が一体何かと首を傾げた直後、その丸く取っ手の付いた胴体の狐が怒り狂う。逆鱗に触れてしまったのだろうか。
「うわっ!? だぁっ!」
身を竦ませた彼に左右、更に後ろから衝撃が襲う。左右からは熱いお湯が、後ろからはかなりの重量を伴った攻撃だった。
転がりながら状況を把握すれば、いつの間にか四匹の狐に囲まれているではないか。その内一匹は既に彼の体を抑えるようにのしかかっている。
「やべ……」
―――彼の最期の思考は、狐の顔がヤカンの注ぎ口から生えているなぁ、であった。
●コンと一鳴き
「最初に言っておきます。ぶんぶく茶釜ではありません」
何とも言えない表情をした覚者一同に久方真由美(nCL2000003)が一言添える。狐的にはNGワードのようだ、と情報を付け加えながら。
「何をどう間違えたか、ヤカンの胴体をした野干のようですね。古妖として確認されているモノとは別種のようですが……あ、野干とはざっくり言ってしまえば狐の事です」
その言葉に頭を傾げていた覚者が得心が行ったような顔をする。元はジャッカルの事なのだが、それは一旦置いておこう。
「周囲は視界が確保できないほど暗い訳ではありませんが、障害物が多いので妖に有利なフィールドになっています。こちらもそれに対応できるスキルがあると良いですね」
確認された野干は四体。能力傾向としては生物系に近いが、物質系のような耐久力の高さも予想されると続けた。見た目以上に強敵だろう。
「それと最後にもう一度言っておきます。ぶんぶく茶釜ではありません」
「はっはっ……はっはっ」
人気の絶えた夜は九時過ぎ、商店街をジャージ姿の男性が軽やかに走っていた。見れば近くの高校の陸上部と書かれており、自主練習に励んでいると解る。
「はっ……ん?」
遠くに見える繁華街の明かりとは違う光が目に入る。ゆらゆらと揺れるそれは、彼に理科の実験で使ったアルコールランプを想起させた。
少しの間揺れ続けたそれは、唐突に彼へと飛んでいく。
「うぉっ!?」
咄嗟に身を屈めて避けた彼の目に入ったのは、何とも奇妙なシルエットだった。
黄色地に白や黒が混じり、シュっと流れるような顔と手足。するりと伸びた尻尾がゆらゆらと揺れている。
こんな街中に狐か、と思えばその胴体は鈍く明かりを反射している。背中には取っ手と丸い蓋が一つ。
「……ぶんぶく茶釜?」
「ケーンッ!」
彼が一体何かと首を傾げた直後、その丸く取っ手の付いた胴体の狐が怒り狂う。逆鱗に触れてしまったのだろうか。
「うわっ!? だぁっ!」
身を竦ませた彼に左右、更に後ろから衝撃が襲う。左右からは熱いお湯が、後ろからはかなりの重量を伴った攻撃だった。
転がりながら状況を把握すれば、いつの間にか四匹の狐に囲まれているではないか。その内一匹は既に彼の体を抑えるようにのしかかっている。
「やべ……」
―――彼の最期の思考は、狐の顔がヤカンの注ぎ口から生えているなぁ、であった。
●コンと一鳴き
「最初に言っておきます。ぶんぶく茶釜ではありません」
何とも言えない表情をした覚者一同に久方真由美(nCL2000003)が一言添える。狐的にはNGワードのようだ、と情報を付け加えながら。
「何をどう間違えたか、ヤカンの胴体をした野干のようですね。古妖として確認されているモノとは別種のようですが……あ、野干とはざっくり言ってしまえば狐の事です」
その言葉に頭を傾げていた覚者が得心が行ったような顔をする。元はジャッカルの事なのだが、それは一旦置いておこう。
「周囲は視界が確保できないほど暗い訳ではありませんが、障害物が多いので妖に有利なフィールドになっています。こちらもそれに対応できるスキルがあると良いですね」
確認された野干は四体。能力傾向としては生物系に近いが、物質系のような耐久力の高さも予想されると続けた。見た目以上に強敵だろう。
「それと最後にもう一度言っておきます。ぶんぶく茶釜ではありません」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.野干の撃破
2.青年の救出
3.なし
2.青年の救出
3.なし
・夜九時、繁華街に近いながらも店は全て閉まった商店街です。歩行者天国なので車通りはありません。
・植木、ベンチ、屋根の柱等障害物が多く妖に有利な地形です。注意して戦って下さい。
●目標
薬缶の野干:妖・生物系・ランク1:ヤカンに狐の顔と手足、尻尾が付いた妖。四体確認されており、それぞれA~Dと呼称。ぶんぶく茶釜ではない。
・狐爪牙:A物近単:狐の爪と牙で攻撃する。[出血]
・狐火:A特遠単:火の玉を操って飛ばす。速度は遅いが手動操作なので命中率が非常に高い。[火傷]
・狐弾湯:A特遠単:熱湯を口から吐き出す。弾速が非常に速い。[火傷]
青年:ジョギング中に襲われます。一声かければ勝手に逃げていくでしょう。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年09月27日
2015年09月27日
■メイン参加者 8人■

●
「あいや、ヴァルテン! この先はこれからあまり穏やかじゃない事態に突入する公算なのですよ!」
灯りがポツポツと灯る暗い商店街。急に現れた少女の言葉に、ジョギングをしていた青年がその場で足踏みをしながら首を傾げる。
覚者が現れて以来ファッションやキャラクターの統一性は大分失われてしまったが、それを差し引いても青年から見ると良く解らない少女だったのだ。
「……具体的に言うと、妖がハッスルする感じの三途の川を見たくなければ、即退散一択なのです!」
金の髪と透き通るような白い肌、そして真紅のように赤いどこか厭世的な瞳の少女―――橡・槐(CL2000732)は言う。
その言葉の意味を足踏みしながら考える事、五秒。ようやくその意味が理解できた青年は、脚をもつれさせながらも元来た道へと駆け出していた。
「狐が狸の真似事とはな。野干から見れば茶釜は小僧なり……はてさても実際は逆のようだな」
「やかんのやかんってダジャレかよ! ……ま、まぁ、ダジャレだって危ない妖はやっつけるよ!」
赤祢 維摩(CL2000884)が青年の駆けていく反対側を鋭い目つきで見る。超視力で捉えた影は四つ、ベンチや柱の影から出てくる所だった。
暗視でその姿を見た工藤・奏空(CL2000955)もツッコミを入れる。誰もが思わずそうしたくなるフォルムではあるが、危険な妖である事に変わりはない。
「『やかん』が人を襲うなんて凜は超ビックリなんよ。かわいらしいキツネさんだったらどうしようかと思うけど、お仕事なのできっちり退治してみるんよ」
「とりあえず、狐の方が狸よりシュッとしてるイメージはあるね! っていうか、ぶんぶく茶釜ってどんな話だったかなー。あれ? 覚えてないや」
続いたのは非常にマイペースで一種お気楽なようにも見える茨田・凜(CL2000438)と辻倉 カノエ(CL2000252)であった。
とは言え凛は光源となる懐中電灯を持ち、カノエは「土の心」によって周囲の地形をくまなくチェックしていた。緩く見えてしまうのも場慣れしている余裕の表れなのだろう。
「初めての戦闘……です。今の私ができることを精一杯頑張ります」
一方、ガチガチに固まっているのは水無月 ひさめ(CL2000230)だ。初陣と言う事もあるが、彼女自身の大人しい気質も関係しているのだろう。
「敵の姿はユニークだが、決して油断できる相手では無い。しかし、例え不利なフィールドも俺達なら対処できるさ」
「水無月、一緒に頑張ろうな! 浅葱組次期組長、浅葱枢紋! 推して参る……ッ!」
そんなひさめに対し、しまむら ともや(CL2001077)と浅葱 枢紋(CL2000138)が声をかける。ともやは大人としての余裕で、枢紋は若さ故の勢いで引っ張るつもりなのだろう。
そして今日もまた、戦端が開かれる―――!
●
「まるっとつるっとお見通しなんだよ!」
真っ先に動いたのは奏空であった。守護使役「ライライさん」が上空へと飛び上がり彼我の位置を確認する。
「正面の植え込みを挟むように二体! それと斜め前に二体居る! 距離は……10メートルぐらい!」
走って来た青年を襲おうと暗がりから出てきたせいか、いとも容易く正確な位置を把握されてしまう。しかし、見つかったからと言って野生動物さながらの素早さを持つ野干の動きの方が早かった。
「くっ!」
「このっ! 売られた喧嘩は買ってやるぜ!」
「きゃあっ!?」
「足掻くな、屑が……」
ともや、枢紋、ひさめに狐火、維摩に狐弾湯が放たれる。狐の姿は伊達ではないのか、狐火を二発受けたともやと狐弾湯を受けた維摩は火傷を負ってしまう。
「火に懸けられずに動くなど茶釜にも劣る。精々弱って這いずれよ?」
お返しとばかりに維摩は天行壱式「纏霧」を放つ。この術式自体に攻撃力は無いが、広範囲に絡み付くような霧を発生させる事で身体能力を下げる効果がある。
「キュ?」
理由は解らずとも体の動きが鈍くなったのを理解したのか、野干はしきりに自身の薬缶の体を確認していた。
「水無月さん、援護するんよ」
続いて動いたのは凜だった。使ったのは水行壱式「水衣」、水のベールを纏わせる事で防御力を上げる術式だ。
「あ、ありがとうございます……!」
初陣と言う事もあり、緊張していたひさめの体を柔らかく水の衣が覆う。元々特殊型のひさめならば、これで野干の特殊攻撃で傷を負う事は無いだろう。
「防御役の私も援護が欲しいですが……まあ良いです。行くのです! 少女臭!」
槐がほんの少し口を尖らせながら木行壱式「清廉香」を使った。出血や火傷を伴う攻撃をしてくる野干に対し、その治癒力を高める術式である。
しかしこれは治癒力を高める香りを振り撒く術式であるが……槐の言が確かなら、この香りは彼女自身の体臭という事なのだろうか? 尤も、それを確かめる術は無い。
「清らかなる水よ、私に力をかして……!」
補助を他のメンバーに任せたお陰か、一番最初に攻撃に移ったのはひさめであった。水行壱式「水礫」により放たれた雫が正面左手の野干に当たる。
「ギャンッ!?」
その威力は凄まじく、たった一撃で野干を撃破する。弾き飛ばされた野干は甲高い音を立て、地面に落ちる前に煙となって消えてしまった。
この依頼に参加しているメンバーの中で最大の威力を持つスキルが使えるというのはハッタリでも何でもないという事か。
「わわっ!? 水無月さん早いんよー!?」
そう言いながらもカノエは土行壱式「蔵王」を発動させる。これは多少泥塗れになるのが難点だが、防御を固める基本とも言える術式だ。
カノエの大幅に防御力が上昇し、狐爪牙は元より狐火も狐弾湯も余程当たり所が悪くなければ一切ダメージを通さないだろう。
「うわぁ……可愛いような可愛くねぇ様な。まぁ、妖だし関係ねぇや」
枢紋は先程の狐火による怪我はあるにはあるが、この程度ならば問題ないと浅葱の羽織を翻す。手に持った槍―――蜻蛉龍神を構え、錬覇法により自身の攻撃力を引き上げた。
最初は守護使役による「ていさつ」か天行壱式「纏霧」による足止めをと考えていたが、双方共に出遅れた為に予定を繰り上げて使ったのだった。
「全く、手が早いな……土行壱式『蔵王』!」
ともやは火傷の痛みを無視し、術式を使う。槐の清廉香による手助けはあったものの、未だに火傷は治りそうにない。
野干の方向や距離を伝えようとしたが、重装備のともやはどうしても行動が遅れてしまう。それに索敵ができる仲間が多いと考え、自身の強化を優先した結果だった。
「流石、頼りになるな。優秀な奴らばかりだ」
一体が倒れるも、野干は攻撃の手を休めない。正面に居た野干はともやにその鋭い爪と牙で襲い掛かる。が、真正面から飛び込んできたせいか攻撃はあっさりと躱されてしまった。
「キィッ!」
しかしそれでは終わらせないと野干は熱湯の弾をともやにぶつける……が、纏霧の影響で攻撃力が低下している状態ではまともにダメージを負わせる事はできなかった。辛うじて先程の火傷跡を広げた程度だ。
「シャッ!」
それに右手に布陣していた野干が呼応し、枢紋へと飛び掛かる……のだが、やはり能力が低下しているせいか袖を少し切り裂く程度しか出来ずに終わる。二回引っ掻かれた浅葱の袖がヒラリと落ちた。
「ぅあっち!?」
その間にも左手の野干がともやに狐火を命中させる……しかしと言うべきかやはりと言うべきか、まともなダメージになっていなかった。
「おい! やかんのやかん! なんでそうなったのか分かんないけどヘンテコだぞ!」
奏空は片手を宙へと翳し、狐火を放った野干を挑発するかのように睨みつける。ともやに憧れている奏空はいつもよりも気合いが入っているようだ。
手を振り下ろすのと同時に放ったのは天行壱式「召雷」。最初は野干から外れた位置に雷が落ちるも、そのまま左右へ分かれるように飛んだ雷撃が野干の横っ腹に直撃する。横に分かれる術の性質を見事に使った一撃だった。
「しまむらさん、回復するんよ」
「おお、悪いな。助かる」
凛が癒しの滴でともやの傷を癒す。ただ当たり所が悪かったのか、思っていた半分程度しか癒しの力は行き渡らなかった。
とは言え、先程の攻撃に対するダメージが無かったお陰かともやは充分に回復する。それを確認した凛は油断なく次の行動に移るのだった。
「これでも食らえーっ!」
奏空の一撃に続かんとカノエが土行壱式「隆槍」で雷に打たれた野干に攻撃する。タイルが敷き詰められた商店街の地面から土の槍が飛び出した。
「キャイン!?」
先程の攻撃が効いていたのか、まともに回避できなかった野干は真下からの攻撃がクリーンヒット。商店街の屋根近くまで吹き飛ばされたまま、煙と共に消えてしまった。
「天を裂き唸る天空、天駆ける迅雷の刃! 天行壱式『召雷』!」
こちらも負けじと召雷を放ったのは枢紋だった。正面右の野干に雷が落ち、先程と同じように左右へと別れた。
と、丁度その先に居た右手の野干にも雷が命中する。半包囲するように布陣していたのが仇になったか、横一列に攻撃が当たる召雷の餌食となっていた。
「音だけは褒めてやる。中身がないだけよく響く」
維摩は火傷を半ば無視し、全て倒される前にとスキル「エネミースキャン」を行使する。妖の研究者として観察は欠かす事はできず、攻め手は足りていると判断したからだ。
「頭数と反応速度はそれなり、弱点も特にないが基礎能力が低すぎる……体力も残り半分を切っているな、なら後は譲ろう。鈍い的に当てられん程愚鈍ではないだろう?」
一通り観察をし終えると、維摩は大きく息を吐く。倒した個体が消えている以上、残りの個体からサンプルを得るのは難しいかと思案するのだった。
「……よし、治った! おい、ぶんぶく茶釜! 狐の顔にその胴体は中々の不細工だな!」
清廉香の手助けと覚者の治癒能力によって今度こそ火傷を治しきったともやが半身に構え、禁句を野干へ言い放つ。
ハンドガンを握った手を盾にするように構え、半身にした後ろのナイフを逆手に切り替える。飛び込んできた所をカウンターで仕留めるつもりのようだ。
「い、今ですっ! えいっ!」
ともやの挑発によって野干の注意が一斉に集まった隙を狙い、ひさめは再び大威力の水礫を放つ。大きく吹き飛ばされた野干はやはり煙となって夜闇に溶ける。
元々敵が怯んだ隙を狙って攻撃するつもりであったが、ともやの挑発はそれに相当すると踏んでの見事な一撃であった。
「前に見た豆狸に比べるとブッサイクな狸ですねぇ……」
注意を散漫にさせるためか、槐も嘲笑交じりに野干に声をかける。が、口にしたのが禁句ではなかったせいか野干は槐を無視してともやを睨み続けた。
「この……無視するとは良い度胸ですね! 狸のくせに!」
無視された怒りか羞恥かは定かではないが、槐の頬に赤みがさす。それをかき消すように放たれた波動弾―――ブロウオブトゥルースが野干に直撃。
最後の野干も煙と共に消えるかと思われたが、「こぉん」と綺麗な音をたてて一つの薬缶だけがその場に残されるのだった。
●
「やった、倒せた……」
奏空が緊張から解放されたせいか、力なく座り込む。幾度となく依頼をこなしている筈の奏空だが、まだまだ慣れないという事だろうか。
「や、やりましたぁ……」
いや、初陣の筈のひさめがホッと息を吐いていながらもしっかりと二本の足で立っている。
二人が同い年で戦い慣れている筈の奏空が座り込むほど消耗しているという事は、普段以上に気合いを入れ過ぎたせいなのかもしれない。
「やれやれ、ですね」
「まあ、これぐらいなら楽勝だな!」
既に非覚醒状態になった槐がこれで終わりだと言わんばかりに溜息をつき、肩に槍を担いだ枢紋が笑う。その姿は非常に落ち着いており、最早この程度の敵では相手にならないのかもしれない。
「これ、薬缶の中に……キツネの子供が入ってるんよ……」
「有用なサンプルであることを祈ったが……倒せば正体見たりと詰まらんものが転がり出る、か」
興味津々と真っ先に中身を覗き込んだ凛が固まりかけているのに対し、維摩は特に興味も無さそうに返す。
「狐の茶釜は福を分けてくれないかな。ま、必要になったら自分で探すか」
そんな二人の声を聞き、ともやも小さく肩を竦めた。良く解らないモノの正体も暴いてしまえばこの程度だ。
「それにしても、何でぶんぶく茶釜って言われて怒ったんだろ? うーん……アタシが『板チョコはどのメーカーも同じ』って言われるのが嫌なのと似たようなこと?」
そんなカノエの疑問がポツリと零れるが、それに応えられる者は誰も居なかったのだとか……。
「あいや、ヴァルテン! この先はこれからあまり穏やかじゃない事態に突入する公算なのですよ!」
灯りがポツポツと灯る暗い商店街。急に現れた少女の言葉に、ジョギングをしていた青年がその場で足踏みをしながら首を傾げる。
覚者が現れて以来ファッションやキャラクターの統一性は大分失われてしまったが、それを差し引いても青年から見ると良く解らない少女だったのだ。
「……具体的に言うと、妖がハッスルする感じの三途の川を見たくなければ、即退散一択なのです!」
金の髪と透き通るような白い肌、そして真紅のように赤いどこか厭世的な瞳の少女―――橡・槐(CL2000732)は言う。
その言葉の意味を足踏みしながら考える事、五秒。ようやくその意味が理解できた青年は、脚をもつれさせながらも元来た道へと駆け出していた。
「狐が狸の真似事とはな。野干から見れば茶釜は小僧なり……はてさても実際は逆のようだな」
「やかんのやかんってダジャレかよ! ……ま、まぁ、ダジャレだって危ない妖はやっつけるよ!」
赤祢 維摩(CL2000884)が青年の駆けていく反対側を鋭い目つきで見る。超視力で捉えた影は四つ、ベンチや柱の影から出てくる所だった。
暗視でその姿を見た工藤・奏空(CL2000955)もツッコミを入れる。誰もが思わずそうしたくなるフォルムではあるが、危険な妖である事に変わりはない。
「『やかん』が人を襲うなんて凜は超ビックリなんよ。かわいらしいキツネさんだったらどうしようかと思うけど、お仕事なのできっちり退治してみるんよ」
「とりあえず、狐の方が狸よりシュッとしてるイメージはあるね! っていうか、ぶんぶく茶釜ってどんな話だったかなー。あれ? 覚えてないや」
続いたのは非常にマイペースで一種お気楽なようにも見える茨田・凜(CL2000438)と辻倉 カノエ(CL2000252)であった。
とは言え凛は光源となる懐中電灯を持ち、カノエは「土の心」によって周囲の地形をくまなくチェックしていた。緩く見えてしまうのも場慣れしている余裕の表れなのだろう。
「初めての戦闘……です。今の私ができることを精一杯頑張ります」
一方、ガチガチに固まっているのは水無月 ひさめ(CL2000230)だ。初陣と言う事もあるが、彼女自身の大人しい気質も関係しているのだろう。
「敵の姿はユニークだが、決して油断できる相手では無い。しかし、例え不利なフィールドも俺達なら対処できるさ」
「水無月、一緒に頑張ろうな! 浅葱組次期組長、浅葱枢紋! 推して参る……ッ!」
そんなひさめに対し、しまむら ともや(CL2001077)と浅葱 枢紋(CL2000138)が声をかける。ともやは大人としての余裕で、枢紋は若さ故の勢いで引っ張るつもりなのだろう。
そして今日もまた、戦端が開かれる―――!
●
「まるっとつるっとお見通しなんだよ!」
真っ先に動いたのは奏空であった。守護使役「ライライさん」が上空へと飛び上がり彼我の位置を確認する。
「正面の植え込みを挟むように二体! それと斜め前に二体居る! 距離は……10メートルぐらい!」
走って来た青年を襲おうと暗がりから出てきたせいか、いとも容易く正確な位置を把握されてしまう。しかし、見つかったからと言って野生動物さながらの素早さを持つ野干の動きの方が早かった。
「くっ!」
「このっ! 売られた喧嘩は買ってやるぜ!」
「きゃあっ!?」
「足掻くな、屑が……」
ともや、枢紋、ひさめに狐火、維摩に狐弾湯が放たれる。狐の姿は伊達ではないのか、狐火を二発受けたともやと狐弾湯を受けた維摩は火傷を負ってしまう。
「火に懸けられずに動くなど茶釜にも劣る。精々弱って這いずれよ?」
お返しとばかりに維摩は天行壱式「纏霧」を放つ。この術式自体に攻撃力は無いが、広範囲に絡み付くような霧を発生させる事で身体能力を下げる効果がある。
「キュ?」
理由は解らずとも体の動きが鈍くなったのを理解したのか、野干はしきりに自身の薬缶の体を確認していた。
「水無月さん、援護するんよ」
続いて動いたのは凜だった。使ったのは水行壱式「水衣」、水のベールを纏わせる事で防御力を上げる術式だ。
「あ、ありがとうございます……!」
初陣と言う事もあり、緊張していたひさめの体を柔らかく水の衣が覆う。元々特殊型のひさめならば、これで野干の特殊攻撃で傷を負う事は無いだろう。
「防御役の私も援護が欲しいですが……まあ良いです。行くのです! 少女臭!」
槐がほんの少し口を尖らせながら木行壱式「清廉香」を使った。出血や火傷を伴う攻撃をしてくる野干に対し、その治癒力を高める術式である。
しかしこれは治癒力を高める香りを振り撒く術式であるが……槐の言が確かなら、この香りは彼女自身の体臭という事なのだろうか? 尤も、それを確かめる術は無い。
「清らかなる水よ、私に力をかして……!」
補助を他のメンバーに任せたお陰か、一番最初に攻撃に移ったのはひさめであった。水行壱式「水礫」により放たれた雫が正面左手の野干に当たる。
「ギャンッ!?」
その威力は凄まじく、たった一撃で野干を撃破する。弾き飛ばされた野干は甲高い音を立て、地面に落ちる前に煙となって消えてしまった。
この依頼に参加しているメンバーの中で最大の威力を持つスキルが使えるというのはハッタリでも何でもないという事か。
「わわっ!? 水無月さん早いんよー!?」
そう言いながらもカノエは土行壱式「蔵王」を発動させる。これは多少泥塗れになるのが難点だが、防御を固める基本とも言える術式だ。
カノエの大幅に防御力が上昇し、狐爪牙は元より狐火も狐弾湯も余程当たり所が悪くなければ一切ダメージを通さないだろう。
「うわぁ……可愛いような可愛くねぇ様な。まぁ、妖だし関係ねぇや」
枢紋は先程の狐火による怪我はあるにはあるが、この程度ならば問題ないと浅葱の羽織を翻す。手に持った槍―――蜻蛉龍神を構え、錬覇法により自身の攻撃力を引き上げた。
最初は守護使役による「ていさつ」か天行壱式「纏霧」による足止めをと考えていたが、双方共に出遅れた為に予定を繰り上げて使ったのだった。
「全く、手が早いな……土行壱式『蔵王』!」
ともやは火傷の痛みを無視し、術式を使う。槐の清廉香による手助けはあったものの、未だに火傷は治りそうにない。
野干の方向や距離を伝えようとしたが、重装備のともやはどうしても行動が遅れてしまう。それに索敵ができる仲間が多いと考え、自身の強化を優先した結果だった。
「流石、頼りになるな。優秀な奴らばかりだ」
一体が倒れるも、野干は攻撃の手を休めない。正面に居た野干はともやにその鋭い爪と牙で襲い掛かる。が、真正面から飛び込んできたせいか攻撃はあっさりと躱されてしまった。
「キィッ!」
しかしそれでは終わらせないと野干は熱湯の弾をともやにぶつける……が、纏霧の影響で攻撃力が低下している状態ではまともにダメージを負わせる事はできなかった。辛うじて先程の火傷跡を広げた程度だ。
「シャッ!」
それに右手に布陣していた野干が呼応し、枢紋へと飛び掛かる……のだが、やはり能力が低下しているせいか袖を少し切り裂く程度しか出来ずに終わる。二回引っ掻かれた浅葱の袖がヒラリと落ちた。
「ぅあっち!?」
その間にも左手の野干がともやに狐火を命中させる……しかしと言うべきかやはりと言うべきか、まともなダメージになっていなかった。
「おい! やかんのやかん! なんでそうなったのか分かんないけどヘンテコだぞ!」
奏空は片手を宙へと翳し、狐火を放った野干を挑発するかのように睨みつける。ともやに憧れている奏空はいつもよりも気合いが入っているようだ。
手を振り下ろすのと同時に放ったのは天行壱式「召雷」。最初は野干から外れた位置に雷が落ちるも、そのまま左右へ分かれるように飛んだ雷撃が野干の横っ腹に直撃する。横に分かれる術の性質を見事に使った一撃だった。
「しまむらさん、回復するんよ」
「おお、悪いな。助かる」
凛が癒しの滴でともやの傷を癒す。ただ当たり所が悪かったのか、思っていた半分程度しか癒しの力は行き渡らなかった。
とは言え、先程の攻撃に対するダメージが無かったお陰かともやは充分に回復する。それを確認した凛は油断なく次の行動に移るのだった。
「これでも食らえーっ!」
奏空の一撃に続かんとカノエが土行壱式「隆槍」で雷に打たれた野干に攻撃する。タイルが敷き詰められた商店街の地面から土の槍が飛び出した。
「キャイン!?」
先程の攻撃が効いていたのか、まともに回避できなかった野干は真下からの攻撃がクリーンヒット。商店街の屋根近くまで吹き飛ばされたまま、煙と共に消えてしまった。
「天を裂き唸る天空、天駆ける迅雷の刃! 天行壱式『召雷』!」
こちらも負けじと召雷を放ったのは枢紋だった。正面右の野干に雷が落ち、先程と同じように左右へと別れた。
と、丁度その先に居た右手の野干にも雷が命中する。半包囲するように布陣していたのが仇になったか、横一列に攻撃が当たる召雷の餌食となっていた。
「音だけは褒めてやる。中身がないだけよく響く」
維摩は火傷を半ば無視し、全て倒される前にとスキル「エネミースキャン」を行使する。妖の研究者として観察は欠かす事はできず、攻め手は足りていると判断したからだ。
「頭数と反応速度はそれなり、弱点も特にないが基礎能力が低すぎる……体力も残り半分を切っているな、なら後は譲ろう。鈍い的に当てられん程愚鈍ではないだろう?」
一通り観察をし終えると、維摩は大きく息を吐く。倒した個体が消えている以上、残りの個体からサンプルを得るのは難しいかと思案するのだった。
「……よし、治った! おい、ぶんぶく茶釜! 狐の顔にその胴体は中々の不細工だな!」
清廉香の手助けと覚者の治癒能力によって今度こそ火傷を治しきったともやが半身に構え、禁句を野干へ言い放つ。
ハンドガンを握った手を盾にするように構え、半身にした後ろのナイフを逆手に切り替える。飛び込んできた所をカウンターで仕留めるつもりのようだ。
「い、今ですっ! えいっ!」
ともやの挑発によって野干の注意が一斉に集まった隙を狙い、ひさめは再び大威力の水礫を放つ。大きく吹き飛ばされた野干はやはり煙となって夜闇に溶ける。
元々敵が怯んだ隙を狙って攻撃するつもりであったが、ともやの挑発はそれに相当すると踏んでの見事な一撃であった。
「前に見た豆狸に比べるとブッサイクな狸ですねぇ……」
注意を散漫にさせるためか、槐も嘲笑交じりに野干に声をかける。が、口にしたのが禁句ではなかったせいか野干は槐を無視してともやを睨み続けた。
「この……無視するとは良い度胸ですね! 狸のくせに!」
無視された怒りか羞恥かは定かではないが、槐の頬に赤みがさす。それをかき消すように放たれた波動弾―――ブロウオブトゥルースが野干に直撃。
最後の野干も煙と共に消えるかと思われたが、「こぉん」と綺麗な音をたてて一つの薬缶だけがその場に残されるのだった。
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「やった、倒せた……」
奏空が緊張から解放されたせいか、力なく座り込む。幾度となく依頼をこなしている筈の奏空だが、まだまだ慣れないという事だろうか。
「や、やりましたぁ……」
いや、初陣の筈のひさめがホッと息を吐いていながらもしっかりと二本の足で立っている。
二人が同い年で戦い慣れている筈の奏空が座り込むほど消耗しているという事は、普段以上に気合いを入れ過ぎたせいなのかもしれない。
「やれやれ、ですね」
「まあ、これぐらいなら楽勝だな!」
既に非覚醒状態になった槐がこれで終わりだと言わんばかりに溜息をつき、肩に槍を担いだ枢紋が笑う。その姿は非常に落ち着いており、最早この程度の敵では相手にならないのかもしれない。
「これ、薬缶の中に……キツネの子供が入ってるんよ……」
「有用なサンプルであることを祈ったが……倒せば正体見たりと詰まらんものが転がり出る、か」
興味津々と真っ先に中身を覗き込んだ凛が固まりかけているのに対し、維摩は特に興味も無さそうに返す。
「狐の茶釜は福を分けてくれないかな。ま、必要になったら自分で探すか」
そんな二人の声を聞き、ともやも小さく肩を竦めた。良く解らないモノの正体も暴いてしまえばこの程度だ。
「それにしても、何でぶんぶく茶釜って言われて怒ったんだろ? うーん……アタシが『板チョコはどのメーカーも同じ』って言われるのが嫌なのと似たようなこと?」
そんなカノエの疑問がポツリと零れるが、それに応えられる者は誰も居なかったのだとか……。
