<大妖一夜>継ぐべきは魂
●
「久し振りの実戦がこんな形になるとはな。真奈美の入学式で休み取ったバチか、こりゃ!?」
長年使ってきた愛用の刀で群がる妖を切り伏せながら、山下三等は毒づく。ゴールデンウィークの休みがもらえなかったのは幸運だったのか、不運だったのか。顔にかかった返り血を拭いながらそんなことを思う。
現在、AAA京都支部は妖の大攻撃を受けていた。その中で山下はセキュリティルームを目指している。
妖との戦いに対して、多くの戦闘員は出撃している。しかし、中には戦えないものも多い。山下はそうした非戦闘員を逃がすために動いていた。
そこで、山下はセキュリティルームを目指していた。目指す部屋のシステムで隔壁を操作すれば、大きく時間は稼げる。そうすれば、状況を好転させることも出来るだろう。
「はぁ、はぁ……回復の術式も学んでおくんだったか」
さすがに自身の消耗も自覚している。怪我も疲労も随分溜まっている。命を燃やした決死の作戦だ。だが、この程度の苦境は今までにもあった。
こう見えても、「紅蜘蛛・継美」が暴れた頃からAAAで戦っているのだ。近藤支部長とそりが合わないせいで実戦から離されてしまったが、修羅場の数ならそうそう誰にも負けはしない。
そして、セキュリティルームの扉を開き、入ろうとした瞬間だった。
腹部に焼き串をねじ込まれたような熱が走る。
「あん?」
自分でもとぼけた声が出たものだと思った。
腹を見るとそこから、にょっきりと刃が生えている。
とりあえず、後ろに向かって刀を振った。
「GYAOOOOOOOOOON!!」
雄叫びと共に腹に刺さったものが引き抜かれ、山下は机に叩きつけられた。
そして、自分を攻撃したものを見る。そこにいたのは、狼のような頭部を持つ人間型の妖だった。このサイズのものに気付かなかったのだから、ステルス能力の類を持っているのだろうと推測する。
発する気配は、並みの相手ではない。山下が万全の状況であっても、1対1で勝利をつかむことは難しそうだ。しかも、後ろからはまだ別のものが迫ってくる気配があった。
だが、それ以上の問題は。
(……この傷の深さは、致命傷か?)
今までに何度か死ぬ覚者を見てきたが、自分にも同じ死の刻印が刻まれたことを感じていた。
敵は極めて強力だ。
だが、ここで命を落とすとしても、自分は逃げるわけにはいかない。
「舐めんじゃねぇぞ、化け物風情が! やれるもんならやってみやがれ!」
●
「今日は集まってくれてありがとう! 大変なことが起きてるの!」
集まった覚者達に挨拶をするのは、『イエロー系女子』大岩・麦(nCL2000116)。明るい笑顔がトレードマークの彼女だが、今日は不安と焦りがにじんでいる。そして、全員そろったことを確認すると、彼女は発生した事件の説明を始めた。
「うん、AAAが妖の群れに襲われてるんだって。助けるために、みんなの力を貸して!」
依頼と言うのは文字通り。AAA京都支部が妖の群れに襲われているのだという。天災ともいえる妖の襲撃。それに対抗するには例え覚者とはいえ力不足だ。実際、他に動ける組織はない。動けるのはFIVEの覚者だけだ。
「みんなに向かってほしいのはセキュリティルーム。ここを操作すれば、隔壁で妖の攻撃を大きく止められるんだって。だけど、現場には強力な妖もいるの」
麦の渡した資料に載っているのは、2匹の獣人。それぞれ狼と虎の頭を持っている。ランク3の強力な妖だ。必ずしも倒す必要はないが、最低限足止めは必要だ。
もちろん、戦闘中に操作機器が狙われる可能性もある。
「それと……現場には先に向かった覚者さんもいるみたい。だけど……」
そこまで言って、麦は声を詰まらせる。
どうやら、先に向かった覚者は妖との戦いで、命を落としてしまうらしい。まだ息はあるとのことだが、覚者が向かっても間に合わない。出来ることは遺言を聞くくらいだろうか?
説明を終えると、麦は無理やり笑顔を作る。そして、覚者達を元気良く送り出した。
「無事に帰って来てね? みんなのこと信じているから!」
「久し振りの実戦がこんな形になるとはな。真奈美の入学式で休み取ったバチか、こりゃ!?」
長年使ってきた愛用の刀で群がる妖を切り伏せながら、山下三等は毒づく。ゴールデンウィークの休みがもらえなかったのは幸運だったのか、不運だったのか。顔にかかった返り血を拭いながらそんなことを思う。
現在、AAA京都支部は妖の大攻撃を受けていた。その中で山下はセキュリティルームを目指している。
妖との戦いに対して、多くの戦闘員は出撃している。しかし、中には戦えないものも多い。山下はそうした非戦闘員を逃がすために動いていた。
そこで、山下はセキュリティルームを目指していた。目指す部屋のシステムで隔壁を操作すれば、大きく時間は稼げる。そうすれば、状況を好転させることも出来るだろう。
「はぁ、はぁ……回復の術式も学んでおくんだったか」
さすがに自身の消耗も自覚している。怪我も疲労も随分溜まっている。命を燃やした決死の作戦だ。だが、この程度の苦境は今までにもあった。
こう見えても、「紅蜘蛛・継美」が暴れた頃からAAAで戦っているのだ。近藤支部長とそりが合わないせいで実戦から離されてしまったが、修羅場の数ならそうそう誰にも負けはしない。
そして、セキュリティルームの扉を開き、入ろうとした瞬間だった。
腹部に焼き串をねじ込まれたような熱が走る。
「あん?」
自分でもとぼけた声が出たものだと思った。
腹を見るとそこから、にょっきりと刃が生えている。
とりあえず、後ろに向かって刀を振った。
「GYAOOOOOOOOOON!!」
雄叫びと共に腹に刺さったものが引き抜かれ、山下は机に叩きつけられた。
そして、自分を攻撃したものを見る。そこにいたのは、狼のような頭部を持つ人間型の妖だった。このサイズのものに気付かなかったのだから、ステルス能力の類を持っているのだろうと推測する。
発する気配は、並みの相手ではない。山下が万全の状況であっても、1対1で勝利をつかむことは難しそうだ。しかも、後ろからはまだ別のものが迫ってくる気配があった。
だが、それ以上の問題は。
(……この傷の深さは、致命傷か?)
今までに何度か死ぬ覚者を見てきたが、自分にも同じ死の刻印が刻まれたことを感じていた。
敵は極めて強力だ。
だが、ここで命を落とすとしても、自分は逃げるわけにはいかない。
「舐めんじゃねぇぞ、化け物風情が! やれるもんならやってみやがれ!」
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「今日は集まってくれてありがとう! 大変なことが起きてるの!」
集まった覚者達に挨拶をするのは、『イエロー系女子』大岩・麦(nCL2000116)。明るい笑顔がトレードマークの彼女だが、今日は不安と焦りがにじんでいる。そして、全員そろったことを確認すると、彼女は発生した事件の説明を始めた。
「うん、AAAが妖の群れに襲われてるんだって。助けるために、みんなの力を貸して!」
依頼と言うのは文字通り。AAA京都支部が妖の群れに襲われているのだという。天災ともいえる妖の襲撃。それに対抗するには例え覚者とはいえ力不足だ。実際、他に動ける組織はない。動けるのはFIVEの覚者だけだ。
「みんなに向かってほしいのはセキュリティルーム。ここを操作すれば、隔壁で妖の攻撃を大きく止められるんだって。だけど、現場には強力な妖もいるの」
麦の渡した資料に載っているのは、2匹の獣人。それぞれ狼と虎の頭を持っている。ランク3の強力な妖だ。必ずしも倒す必要はないが、最低限足止めは必要だ。
もちろん、戦闘中に操作機器が狙われる可能性もある。
「それと……現場には先に向かった覚者さんもいるみたい。だけど……」
そこまで言って、麦は声を詰まらせる。
どうやら、先に向かった覚者は妖との戦いで、命を落としてしまうらしい。まだ息はあるとのことだが、覚者が向かっても間に合わない。出来ることは遺言を聞くくらいだろうか?
説明を終えると、麦は無理やり笑顔を作る。そして、覚者達を元気良く送り出した。
「無事に帰って来てね? みんなのこと信じているから!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.セキュリティを起動して隔壁を動かす
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
終わってしまった物語、KSK(けー・えす・けー)です。
今回は妖と戦っていただきます。
●戦場
AAA本部内のセキュリティルーム前通路です。
時刻は夜ですが、足場や明かりに関して問題はありません。
部屋の前というロケーションですが、並べる人数に制限はありません。
セキュリティルームの操作には、10ターンかかります。プレイングや技能を使用することで短縮可能です。
セキュリティルームの端末は後列に配置されるものとします。一定のダメージを受けると破壊されて使用不能になります。一度隔壁を起動させてしまえば、妖達が動かすことは出来ません。
●妖
・狼獣人
動物系の妖でランクは3。直立二足歩行を行う狼のような姿をしています。
能力は下記。
1.吠え声 特近単貫2[100%,50%] 無力
2.爪牙の一撃 物近単 致命
3.再生能力 毎ターンHP回復
・虎獣人
動物系の妖でランクは3。直立二足歩行を行う虎のような姿をしています。
能力は下記。
1.回転撃 物近列 失血、減速
2.爪牙の一撃 物近単 致命
3.反撃 P 反射
●AAA
・山下廉次
AAA所属の覚者。階級は三等だが、立ち位置は閑職に近い。火行の前世持ち。
古くからAAAで戦っているベテランだが、実直な性格が災いして支部長との折り合いが悪い。
妻子持ちで、先日1人娘が小学校に上がった。
覚者達が向かった時点で致命傷を負っており、何をやっても原則助かることはありません。
●重要な備考
<大妖一夜>タグがついたシナリオは依頼成功数が、同タグ決戦シナリオに影響します。
具体的には成功数に応じて救出したAAAが援護を行い、重傷率の下降と情報収集の成功率が上昇します。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2017年05月12日
2017年05月12日
■メイン参加者 6人■

●
覚者達がセキュリティルームにたどり着いたとき、物語は終焉を迎えていた。
刀を杖代わりに、部屋を守りながら立つAAA隊員。そして、獣の頭を持つ獰猛な妖の二者が向かい合っていた。
「ここは任せて後ろ下がっててくれ!」
入れ替わるようにして妖の前に立ったのは『緋焔姫』焔陰・凛(CL2000119)。勇ましい白い道衣に緋袴で凛然とその場に立ち塞がる。そして、そのまますれ違いざまに三連撃を放つ。
鋭い斬撃は煌めく炎のように、妖へと襲い掛かった。
「命かけてまでやり抜こうとした事無駄にはせん」
現在、AAA京都支部はどこもかしこもおおわらわだ。だが、このセキュリティルームには事態を好転させるためのキーの1つがある。
許されたチャンスはほんのわずかなものだ。それを手に入れるため、凛は全身全霊を以て妖に挑む。
「ほないくで!」
駆け込んできた覚者達と妖の戦いが始まった。
相手はランク3。まぎれもない強敵だ。それでも、覚者達はここを逃げるわけにはいかない。
「うわグッロ!!! グロい!!! アンタが山下? お前の叫び声聞こえたよ。おい、こんなところで死んでどうする! お前の墓はここじゃねえ!」
悲鳴を上げながら泣きそうな顔でAAA職員山下の介抱に走るのは『黒い太陽』切裂・ジャック(CL2001403)だ。
ついでに言うと、胃の辺りからすっぱいものも込み上げている。
先だって戦っている山下を発見したわけだが、それは悲惨な有様だった。怪我の深さは尋常なものではない。また、そんな状態で無理して戦ったせいか、すっかり衰弱している。
「FIVEが来たってな、必ず、生かしてやるから死ぬなよ!!」
ジャックが目で合図を送ると、山下の手当を行っていた『癒しの矜持』香月・凜音(CL2000495)が頷く。
「お前さんの目的がこの隔壁起動なのは分かってる。俺達がやり遂げるから……そこでゆっくりしてな」
立ち上がった凜音はセキュリティルームのシステムを起動に向かう。
その時、『天使の卵』栗落花・渚(CL2001360)が警告の声を発する。
「来るよ!」
「そっちは任せた!」
すると、天井から巨大な虎頭の妖が降って来る。潜んでいたのだ。
増援の接近を感じ取り、確実に新たな獲物を刈り取るために。
しかし、覚者達はその1歩上を行った。
虎妖の爪牙を、『アイティオトミア』氷門・有為(CL2000042)は大きな斧で打ち払う。殺しきれない衝撃に後ずさったが、バランスを崩すほどではない。
そして、凜音は目の前の機械だけに集中する。
「ランク3が2体とか冗談きついな。倒れさえしなければ傷は癒せる。だから各自防御を交えながら戦ってほしい」
普通ならランク3の妖はもっと多い人数でぶつかっても、1体相手に苦戦するほどの強敵だ。この人数で凜音が抜けるのは大きな痛手である。だが、ここを動かせばAAAの避難にとっては大きな一手となる。
だから、凜音は強い意志で目の前で様々な画像を展開するモニターに向かう。
明滅する画面を前に『感情探究の道化師』葛野・泰葉(CL2001242)が見せた笑顔は、どこか邪悪を湛えたものだった。
彼がこの場に立つのは、AAAを救うという高邁な思想によるもの、ではない。
たしかに、AAAの危機に関しては、普段物事に動じない彼も驚いている。だが、自分とAAAが本質的に相いれない組織であることもよく理解している。だから、AAAがどうなろうが、興味はない。
だが、妖の大勝が自分の「家族」に悪影響を及ぼすのなら話は別だ。
「それだけは、避けないと」
短く言うと、泰葉はセキュリティ機器の分析を開始する。この手の機械の扱いは彼にとって造作もないこと。見る間に、画面は切り替わっていく。
その一方で命を懸けて残った覚者達は妖達に相対する。
有為は先ほどできた傷の血を拭うと、改めて妖の前に立ち塞がった。
「さて、何と言っていいものか。いえ、この類の手合いに言う事など何もありませんでしたね」
この状況について、色々複雑な思いはある。だが、今はそれを捨て去る。
わずかに刃を交わしただけだが、下手な攻撃を行えば強力な反撃を行ってくる相手だ。
「これを止める位はやってみせないと」
小さく呟くと、有為は全身に因子の力を行きわたらせ、細胞を活性化させる。
その後ろで巨大な注射器を構えて、渚は自身の呼吸を落ち着ける。最初の不意打ちを防ぐことは出来たが、それは精々緒戦を制しただけに過ぎないと分かっている。
「ランク3を同時に足止めってだけでもけっこう大変だけど、状態異常もけっこう厄介なの多いよね。しっかり予防しておく必要ありそうだよね」
看護師を目指しているから、と言うわけでもないが、相手の脅威に対する認識は正しいものだ。敵を知らなければ、自分たちも戦いようがない。
自分たちのやるべきことは見えている。あとは強い意志をもって乗り切るだけだ。
だから、あえて言葉を口にして己を奮い立たせる。
「一歩も退かない。ここは通さないよ」
●
戦いは熾烈を極めた。
妖達の攻撃は一撃一撃が必殺。少しでも気を抜けば、一瞬で大妖一夜の惨劇を彩る死が訪れることになるだろう。
実際、この場に斃れているAAAもそうだ。魂の力を振るえればあるいは結果は違ったのだろうが、生憎と碌に解明されていない力だ。まともに使える覚者の方が元来少数である。
そんな緊張の中で、覚者達は妖に挑んだ。凛の刃が閃き、妖と鎬を削る。泰葉の手によって予測以上の速さで操作は進んでいくが、いつ打ち切られてもおかしくない状況だ。
しかも、妖の脅威はその戦闘力に留まらない。少なくとも妖達はこの奥にあるものが重要で、破壊すれば妖達にとって有利になるだろうことを理解していた。
それを死線ギリギリで有為は阻む。
彼女の白い肌を血が赤く染め上げ、凄惨な美を作り上げていた。しかし、止まらない。
(まあ色々と、理解できるのと認められるのは別の話ですよね)
有為も父親というものには複雑なものを持っている。だが、救おうとするには投げ打つものが多すぎて収支に合わない。だから、そこまでの熱量を出せない。
その分、クールに徹して目の前の敵に向かう。
隙を見て覚者達の間を搔い潜ろうとする妖に、因子で変化した足で蹴りを放つ。そこから零距離でプラズマが炸裂した。
固有術式、天吼砲。
たまらずに妖は吹き飛ぶ。
「一応言いましたから。これを止める位はやってみせないと、と」
息を荒げながら体制を直す有為。
そこに癒しの力を持つ雨が優しく降り注ぐと、傷が消えていく。
「倒れさえしなければ傷は癒せる。だから各自防御を交えながら戦ってほしい」
癒しの力を使った凜音は、見つけたマニュアルを泰葉に渡す。攻撃に回す余力はない。寸暇を惜しんで凜音は自分の戦いを行う。
「命を賭して、という表現がある。そうしなきゃいけない時もあるんだろう。……だが、できればそんな時なんて訪れなければいい。自他どちらともな」
吐き捨てるように言葉を口にする凜音。
今はそれを願うしかできない時だというのは痛いほど分かっている。それでも願わずにいられない。
この大妖一夜に消えていく命を救うため、覚者達は全力で戦う。
後ずさった妖達に向かって、畳みかけるかのように荒波が叩きつけられる。
「なんだってんだ今日の日は! 麦ちゃん俺に、2件も依頼頼むの、ダブルブッキングなの! 愛されてるの俺!」
感情が高ぶったためか、悲鳴を上げながらジャックは妖と戦う。
頼れる覚者は夢見にとってありがたいものであるが、タイミングによってはこういう苦労が発生する。そして、ジャックは自己犠牲の塊のような少年だった。
「頑張るよ。夢見の頼みは聞くしかないからな。……犬畜生に猫畜生!! ここから生きて出られると思うなよ!」
己を鼓舞するかのように叫び、ジャックは必死で術式を繰り出す。その姿はさながら、揺れ続けなければ倒れる振子のようだった。
ランク3の妖はまぎれもない強敵だ。
戦況を一進一退というのは、評価が過ぎるだろう。むしろ、差し込まれているとすら言える。
しかし、隔壁の操作が終わるまで守り切る、と見れば決して劣勢とは言えない。
戦線を支える渚の采配は的確だった。事前の予防措置で覚者達の体力を安定させたうえで、より直接的に怪我を癒す術式を行う。
そのひたむきな姿の背景には、彼女を凶弾から庇って死んだ父の姿があるのかもしれなかった。
(奥さんも娘さんもいて、娘さんは小学校に……か。うちのお父さんが居なくなっちゃったのもそんな頃だっけ)
あの日の事件が渚の覚者としての生きざまを決めたのかもしれない。この場を守ろうとしたAAAと父の姿が、わずかに重なる。その姿は彼女に力を与えてくれた。
大妖のもたらした夜の闇はこの上なく深いものだ。だが、それでも人は歩を進めることは出来る。そうすれば、いつか人は真実へとたどり着く。
覚者達のか細い祈りはいつしか、明日へと繋がる道を拓いた。
「これで、終わりだ」
芝居がかった仕草で泰葉は最後のキーを押下する。
すると、館内にアナウンスが鳴り響き、機会の作動音が響き渡る。
成功だ。
覚者達に束の間、安堵の空気が流れる。
だが、それを快く思わない者もいた。当然、妖達だ。大きく雄叫びを上げると、今まで以上に苛烈な攻撃を仕掛けてこようとする。
「舐めんなよ、このクソ狼!」
怒りたいのはこちらだとばかり凛が唸る。
その姿はさながら修羅か羅刹か。
目の前にいる妖達には、怒りしかない。AAAの支部をやられたことも、目の前で救えない傷に斃れた覚者がいることも、全て妖のせいだ。
だが、凛は怒りに飲まれない。
むしろ、その怒りの炎を自分の力に変えて、一層力強く燃え上がる。
「焔陰流21代目焔陰凛、推して参る!」
凛の瞳に焔が浮かんだ。
灼熱の闘志と共に、凛は刃を振るう。
対する妖の再生能力は高い。多少の怪我ならすぐに治してしまう。しかし、焔陰流の煌焔は治るより迅く、鋭く、妖の身を切り刻む。
魂を乗せた刃は、技の限界すら超えた速度で妖に刻まれていく。
そして、煌めく炎に抱かれるようにして、妖は四散するのだった。
●
有為の放った気が妖の腹に打ち込まれ、ようやく残った1体もどうと崩れ去った。
結果として、覚者達はセキュリティルームの起動のみならず、妖の討伐にまで成功した。彼我の戦力や当初の想定を考えれば大戦果だ。
にも拘らず、覚者達の表情は暗い。
結局、どれほどの敵を倒そうとも、救えない人がいる。その事実に変わりはないからだ。
「あんたがやろうとしてた仕事、やり遂げたで」
「だから安心しろ、な。次に目を開けたら娘が目の前にいて病院のベッドだ」
ジャックも必死で励ますが、彼自身その嘘を信じ切れていない。
そんなもので、人をだましきれるはずもない。
「いや、構わねぇ。自分のことは自分が分かる。それに、最後に俺たちの代わりに戦ってくれる奴らを見られたんだ。もう……」
「気に食わないなあ」
死を受け入れようとする山下の前に進み出たのは泰葉だ。
泰葉に言わせれば、死を受け入れることは諦めに過ぎない。
「人はどこまでも意地汚く生きる事を渇望するべきだ。そこに『感情』が見えるのだから」
泰葉の手に植物の生命力と、彼自身の魂を凝縮した滴が現れる。別に目の前の男に義理などない。だが、気に入らないというだけで、助けるには十分な理由だった。
「希望? 絶望? なんでもいい……その『感情』を見れるなら…僕は無駄でも最善を尽くそう」
これは、あるいは邪悪そのものの行動なのかもしれない。『感情』を感じるというエゴのための行動だ。
それでも、泰葉のエゴは人の命を救った。
本来ここで潰えるはずだった運命は、ここで繋がれることになる。
覚者達がセキュリティルームにたどり着いたとき、物語は終焉を迎えていた。
刀を杖代わりに、部屋を守りながら立つAAA隊員。そして、獣の頭を持つ獰猛な妖の二者が向かい合っていた。
「ここは任せて後ろ下がっててくれ!」
入れ替わるようにして妖の前に立ったのは『緋焔姫』焔陰・凛(CL2000119)。勇ましい白い道衣に緋袴で凛然とその場に立ち塞がる。そして、そのまますれ違いざまに三連撃を放つ。
鋭い斬撃は煌めく炎のように、妖へと襲い掛かった。
「命かけてまでやり抜こうとした事無駄にはせん」
現在、AAA京都支部はどこもかしこもおおわらわだ。だが、このセキュリティルームには事態を好転させるためのキーの1つがある。
許されたチャンスはほんのわずかなものだ。それを手に入れるため、凛は全身全霊を以て妖に挑む。
「ほないくで!」
駆け込んできた覚者達と妖の戦いが始まった。
相手はランク3。まぎれもない強敵だ。それでも、覚者達はここを逃げるわけにはいかない。
「うわグッロ!!! グロい!!! アンタが山下? お前の叫び声聞こえたよ。おい、こんなところで死んでどうする! お前の墓はここじゃねえ!」
悲鳴を上げながら泣きそうな顔でAAA職員山下の介抱に走るのは『黒い太陽』切裂・ジャック(CL2001403)だ。
ついでに言うと、胃の辺りからすっぱいものも込み上げている。
先だって戦っている山下を発見したわけだが、それは悲惨な有様だった。怪我の深さは尋常なものではない。また、そんな状態で無理して戦ったせいか、すっかり衰弱している。
「FIVEが来たってな、必ず、生かしてやるから死ぬなよ!!」
ジャックが目で合図を送ると、山下の手当を行っていた『癒しの矜持』香月・凜音(CL2000495)が頷く。
「お前さんの目的がこの隔壁起動なのは分かってる。俺達がやり遂げるから……そこでゆっくりしてな」
立ち上がった凜音はセキュリティルームのシステムを起動に向かう。
その時、『天使の卵』栗落花・渚(CL2001360)が警告の声を発する。
「来るよ!」
「そっちは任せた!」
すると、天井から巨大な虎頭の妖が降って来る。潜んでいたのだ。
増援の接近を感じ取り、確実に新たな獲物を刈り取るために。
しかし、覚者達はその1歩上を行った。
虎妖の爪牙を、『アイティオトミア』氷門・有為(CL2000042)は大きな斧で打ち払う。殺しきれない衝撃に後ずさったが、バランスを崩すほどではない。
そして、凜音は目の前の機械だけに集中する。
「ランク3が2体とか冗談きついな。倒れさえしなければ傷は癒せる。だから各自防御を交えながら戦ってほしい」
普通ならランク3の妖はもっと多い人数でぶつかっても、1体相手に苦戦するほどの強敵だ。この人数で凜音が抜けるのは大きな痛手である。だが、ここを動かせばAAAの避難にとっては大きな一手となる。
だから、凜音は強い意志で目の前で様々な画像を展開するモニターに向かう。
明滅する画面を前に『感情探究の道化師』葛野・泰葉(CL2001242)が見せた笑顔は、どこか邪悪を湛えたものだった。
彼がこの場に立つのは、AAAを救うという高邁な思想によるもの、ではない。
たしかに、AAAの危機に関しては、普段物事に動じない彼も驚いている。だが、自分とAAAが本質的に相いれない組織であることもよく理解している。だから、AAAがどうなろうが、興味はない。
だが、妖の大勝が自分の「家族」に悪影響を及ぼすのなら話は別だ。
「それだけは、避けないと」
短く言うと、泰葉はセキュリティ機器の分析を開始する。この手の機械の扱いは彼にとって造作もないこと。見る間に、画面は切り替わっていく。
その一方で命を懸けて残った覚者達は妖達に相対する。
有為は先ほどできた傷の血を拭うと、改めて妖の前に立ち塞がった。
「さて、何と言っていいものか。いえ、この類の手合いに言う事など何もありませんでしたね」
この状況について、色々複雑な思いはある。だが、今はそれを捨て去る。
わずかに刃を交わしただけだが、下手な攻撃を行えば強力な反撃を行ってくる相手だ。
「これを止める位はやってみせないと」
小さく呟くと、有為は全身に因子の力を行きわたらせ、細胞を活性化させる。
その後ろで巨大な注射器を構えて、渚は自身の呼吸を落ち着ける。最初の不意打ちを防ぐことは出来たが、それは精々緒戦を制しただけに過ぎないと分かっている。
「ランク3を同時に足止めってだけでもけっこう大変だけど、状態異常もけっこう厄介なの多いよね。しっかり予防しておく必要ありそうだよね」
看護師を目指しているから、と言うわけでもないが、相手の脅威に対する認識は正しいものだ。敵を知らなければ、自分たちも戦いようがない。
自分たちのやるべきことは見えている。あとは強い意志をもって乗り切るだけだ。
だから、あえて言葉を口にして己を奮い立たせる。
「一歩も退かない。ここは通さないよ」
●
戦いは熾烈を極めた。
妖達の攻撃は一撃一撃が必殺。少しでも気を抜けば、一瞬で大妖一夜の惨劇を彩る死が訪れることになるだろう。
実際、この場に斃れているAAAもそうだ。魂の力を振るえればあるいは結果は違ったのだろうが、生憎と碌に解明されていない力だ。まともに使える覚者の方が元来少数である。
そんな緊張の中で、覚者達は妖に挑んだ。凛の刃が閃き、妖と鎬を削る。泰葉の手によって予測以上の速さで操作は進んでいくが、いつ打ち切られてもおかしくない状況だ。
しかも、妖の脅威はその戦闘力に留まらない。少なくとも妖達はこの奥にあるものが重要で、破壊すれば妖達にとって有利になるだろうことを理解していた。
それを死線ギリギリで有為は阻む。
彼女の白い肌を血が赤く染め上げ、凄惨な美を作り上げていた。しかし、止まらない。
(まあ色々と、理解できるのと認められるのは別の話ですよね)
有為も父親というものには複雑なものを持っている。だが、救おうとするには投げ打つものが多すぎて収支に合わない。だから、そこまでの熱量を出せない。
その分、クールに徹して目の前の敵に向かう。
隙を見て覚者達の間を搔い潜ろうとする妖に、因子で変化した足で蹴りを放つ。そこから零距離でプラズマが炸裂した。
固有術式、天吼砲。
たまらずに妖は吹き飛ぶ。
「一応言いましたから。これを止める位はやってみせないと、と」
息を荒げながら体制を直す有為。
そこに癒しの力を持つ雨が優しく降り注ぐと、傷が消えていく。
「倒れさえしなければ傷は癒せる。だから各自防御を交えながら戦ってほしい」
癒しの力を使った凜音は、見つけたマニュアルを泰葉に渡す。攻撃に回す余力はない。寸暇を惜しんで凜音は自分の戦いを行う。
「命を賭して、という表現がある。そうしなきゃいけない時もあるんだろう。……だが、できればそんな時なんて訪れなければいい。自他どちらともな」
吐き捨てるように言葉を口にする凜音。
今はそれを願うしかできない時だというのは痛いほど分かっている。それでも願わずにいられない。
この大妖一夜に消えていく命を救うため、覚者達は全力で戦う。
後ずさった妖達に向かって、畳みかけるかのように荒波が叩きつけられる。
「なんだってんだ今日の日は! 麦ちゃん俺に、2件も依頼頼むの、ダブルブッキングなの! 愛されてるの俺!」
感情が高ぶったためか、悲鳴を上げながらジャックは妖と戦う。
頼れる覚者は夢見にとってありがたいものであるが、タイミングによってはこういう苦労が発生する。そして、ジャックは自己犠牲の塊のような少年だった。
「頑張るよ。夢見の頼みは聞くしかないからな。……犬畜生に猫畜生!! ここから生きて出られると思うなよ!」
己を鼓舞するかのように叫び、ジャックは必死で術式を繰り出す。その姿はさながら、揺れ続けなければ倒れる振子のようだった。
ランク3の妖はまぎれもない強敵だ。
戦況を一進一退というのは、評価が過ぎるだろう。むしろ、差し込まれているとすら言える。
しかし、隔壁の操作が終わるまで守り切る、と見れば決して劣勢とは言えない。
戦線を支える渚の采配は的確だった。事前の予防措置で覚者達の体力を安定させたうえで、より直接的に怪我を癒す術式を行う。
そのひたむきな姿の背景には、彼女を凶弾から庇って死んだ父の姿があるのかもしれなかった。
(奥さんも娘さんもいて、娘さんは小学校に……か。うちのお父さんが居なくなっちゃったのもそんな頃だっけ)
あの日の事件が渚の覚者としての生きざまを決めたのかもしれない。この場を守ろうとしたAAAと父の姿が、わずかに重なる。その姿は彼女に力を与えてくれた。
大妖のもたらした夜の闇はこの上なく深いものだ。だが、それでも人は歩を進めることは出来る。そうすれば、いつか人は真実へとたどり着く。
覚者達のか細い祈りはいつしか、明日へと繋がる道を拓いた。
「これで、終わりだ」
芝居がかった仕草で泰葉は最後のキーを押下する。
すると、館内にアナウンスが鳴り響き、機会の作動音が響き渡る。
成功だ。
覚者達に束の間、安堵の空気が流れる。
だが、それを快く思わない者もいた。当然、妖達だ。大きく雄叫びを上げると、今まで以上に苛烈な攻撃を仕掛けてこようとする。
「舐めんなよ、このクソ狼!」
怒りたいのはこちらだとばかり凛が唸る。
その姿はさながら修羅か羅刹か。
目の前にいる妖達には、怒りしかない。AAAの支部をやられたことも、目の前で救えない傷に斃れた覚者がいることも、全て妖のせいだ。
だが、凛は怒りに飲まれない。
むしろ、その怒りの炎を自分の力に変えて、一層力強く燃え上がる。
「焔陰流21代目焔陰凛、推して参る!」
凛の瞳に焔が浮かんだ。
灼熱の闘志と共に、凛は刃を振るう。
対する妖の再生能力は高い。多少の怪我ならすぐに治してしまう。しかし、焔陰流の煌焔は治るより迅く、鋭く、妖の身を切り刻む。
魂を乗せた刃は、技の限界すら超えた速度で妖に刻まれていく。
そして、煌めく炎に抱かれるようにして、妖は四散するのだった。
●
有為の放った気が妖の腹に打ち込まれ、ようやく残った1体もどうと崩れ去った。
結果として、覚者達はセキュリティルームの起動のみならず、妖の討伐にまで成功した。彼我の戦力や当初の想定を考えれば大戦果だ。
にも拘らず、覚者達の表情は暗い。
結局、どれほどの敵を倒そうとも、救えない人がいる。その事実に変わりはないからだ。
「あんたがやろうとしてた仕事、やり遂げたで」
「だから安心しろ、な。次に目を開けたら娘が目の前にいて病院のベッドだ」
ジャックも必死で励ますが、彼自身その嘘を信じ切れていない。
そんなもので、人をだましきれるはずもない。
「いや、構わねぇ。自分のことは自分が分かる。それに、最後に俺たちの代わりに戦ってくれる奴らを見られたんだ。もう……」
「気に食わないなあ」
死を受け入れようとする山下の前に進み出たのは泰葉だ。
泰葉に言わせれば、死を受け入れることは諦めに過ぎない。
「人はどこまでも意地汚く生きる事を渇望するべきだ。そこに『感情』が見えるのだから」
泰葉の手に植物の生命力と、彼自身の魂を凝縮した滴が現れる。別に目の前の男に義理などない。だが、気に入らないというだけで、助けるには十分な理由だった。
「希望? 絶望? なんでもいい……その『感情』を見れるなら…僕は無駄でも最善を尽くそう」
これは、あるいは邪悪そのものの行動なのかもしれない。『感情』を感じるというエゴのための行動だ。
それでも、泰葉のエゴは人の命を救った。
本来ここで潰えるはずだった運命は、ここで繋がれることになる。
■シナリオ結果■
大成功
■詳細■
MVP
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
『無銘の刀』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:焔陰 凛(CL2000119)
カテゴリ:アクセサリ
取得者:焔陰 凛(CL2000119)
