【儚語】少女と白犬
●
半年前、事故で両親を亡くした。
悲しみと不安に押し潰されそうな私を支えてくれたのは、子犬の頃から一緒に育った犬の白(はく)。
今はたった一人になってしまった私の大切な家族。
白が側にいてくれればきっと大丈夫。事故の後見続けている悪夢もその内見なくなるだろう。
アニメや漫画に出てくるような化け物や魔法を使う人間が出てきて人を殺す非現実的な、それでいて心が凍るような残酷でリアルな夢。
中でも一番恐ろしいのが、白が化け物になり見知らぬ人間に殺されてしまう夢だった。
●
「う、わ……!」
その日も少女は白が殺される夢を見て飛び起きた。
それに驚いたのか、側で眠っていた一匹の犬が駆け寄って寄り添う。
「白」
真っ白な毛並みに顔をうずめるように抱きしめると、心配そうに鼻を鳴らして頬擦りしてくる。
よかった、いつも通りの白だと少女は安堵の息を吐く。
「あんなのただの夢だよね」
半ば祈るようにつぶやく少女にもう一度頬擦りを返した犬の瞳は、鈍く妖しく光っていた。
●
「皆さん、手元の資料をご覧ください」
久方 真由美(nCL2000003)が自分も手元の資料を広げて集まった覚者達を見渡した。
「F.i.V.E.の活動範囲も広がりましたが、多くの案件を扱うには夢見が三人と言う現状では厳しいものがあります。そこで現在、F.i.V.E.は新たな夢見の確保に乗り出しています」
夢見は希少な存在だが、すでにいくつか有力な情報が集まっている。今回の依頼はその内の一人に接触しF.i.V.E.一員としてスカウトするのが目的である。
夢見として見出されたのは桧倉 愛深(ひのくら まなみ)と言う中学生の少女。
彼女は半年前家族旅行に行った際に事故に遭って両親を亡くし、それ以来悪夢を見続けていると言う。
彼女自身は事故のショックによる心因性のものだと考えているようだが、間違いなく夢見の力によるものだ。
「彼女には他に身寄りがなく、F.i.V.E.の事や夢見の力を上手く説明し納得してもらえれば今後の保障のためとF.i.V.E.に来ることを了承してくれると思われます」
彼女は自宅にいるのでごく普通に訪ねて行けばいいだろう。覚者達を見た彼女は夢で見た事があると気付いて警戒するが、上手く説得してほしい。
そこまで言って真由美は厳しい表情になった。
「ひとつ、必ず解決しなければならない事があります」
それは愛深の飼い犬である。いつ頃からそうなったのか、それとも最初からなのかは不明だが、この飼い犬はあろうことか妖だったのだ。
幸いな事にまだ愛深に危害を加えてはいないが、スカウトに来た覚者が尋常の人ではないと気付き妖の本性を顕し襲い掛かってくる。戦闘は避けられない。
「ですが飼い犬が妖として殺されてしまえば、彼女は覚者に恨みを持つ事になるでしょう。スカウトは失敗です。それを避けるためには妖を元に戻す事が不可欠です」
これまで愛深に危害を加えていない事を考えると、飼い犬としての主人に対する思いと妖の凶暴性がせめぎ合っているのだろう。
彼女は当然ながら飼い犬が妖であった事を知らず、そのままではいずれ妖としての凶暴性が勝ったのだろうが、今ならまだ元に戻す事ができるはず。
「最初の説得に成功していれば信用されやすくなっているでしょう。妖を元に戻すため戦っていると知れば、愛深さんも飼い犬を元に戻すために協力してくれるはずです」
愛深の呼びかけがあれば、飼い犬の白としての思いが妖の凶暴性を抑え元に戻る可能性が上がるかもしれない。
今回の依頼は妖との戦いはあるものの、何よりも愛深を説得し仲間に引き入れる事が最重要事項である。
「この依頼はF.i.V.E.の今後に関わるものです。皆さんには苦労をかけると思いますが、どうかよろしくお願いします」
半年前、事故で両親を亡くした。
悲しみと不安に押し潰されそうな私を支えてくれたのは、子犬の頃から一緒に育った犬の白(はく)。
今はたった一人になってしまった私の大切な家族。
白が側にいてくれればきっと大丈夫。事故の後見続けている悪夢もその内見なくなるだろう。
アニメや漫画に出てくるような化け物や魔法を使う人間が出てきて人を殺す非現実的な、それでいて心が凍るような残酷でリアルな夢。
中でも一番恐ろしいのが、白が化け物になり見知らぬ人間に殺されてしまう夢だった。
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「う、わ……!」
その日も少女は白が殺される夢を見て飛び起きた。
それに驚いたのか、側で眠っていた一匹の犬が駆け寄って寄り添う。
「白」
真っ白な毛並みに顔をうずめるように抱きしめると、心配そうに鼻を鳴らして頬擦りしてくる。
よかった、いつも通りの白だと少女は安堵の息を吐く。
「あんなのただの夢だよね」
半ば祈るようにつぶやく少女にもう一度頬擦りを返した犬の瞳は、鈍く妖しく光っていた。
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「皆さん、手元の資料をご覧ください」
久方 真由美(nCL2000003)が自分も手元の資料を広げて集まった覚者達を見渡した。
「F.i.V.E.の活動範囲も広がりましたが、多くの案件を扱うには夢見が三人と言う現状では厳しいものがあります。そこで現在、F.i.V.E.は新たな夢見の確保に乗り出しています」
夢見は希少な存在だが、すでにいくつか有力な情報が集まっている。今回の依頼はその内の一人に接触しF.i.V.E.一員としてスカウトするのが目的である。
夢見として見出されたのは桧倉 愛深(ひのくら まなみ)と言う中学生の少女。
彼女は半年前家族旅行に行った際に事故に遭って両親を亡くし、それ以来悪夢を見続けていると言う。
彼女自身は事故のショックによる心因性のものだと考えているようだが、間違いなく夢見の力によるものだ。
「彼女には他に身寄りがなく、F.i.V.E.の事や夢見の力を上手く説明し納得してもらえれば今後の保障のためとF.i.V.E.に来ることを了承してくれると思われます」
彼女は自宅にいるのでごく普通に訪ねて行けばいいだろう。覚者達を見た彼女は夢で見た事があると気付いて警戒するが、上手く説得してほしい。
そこまで言って真由美は厳しい表情になった。
「ひとつ、必ず解決しなければならない事があります」
それは愛深の飼い犬である。いつ頃からそうなったのか、それとも最初からなのかは不明だが、この飼い犬はあろうことか妖だったのだ。
幸いな事にまだ愛深に危害を加えてはいないが、スカウトに来た覚者が尋常の人ではないと気付き妖の本性を顕し襲い掛かってくる。戦闘は避けられない。
「ですが飼い犬が妖として殺されてしまえば、彼女は覚者に恨みを持つ事になるでしょう。スカウトは失敗です。それを避けるためには妖を元に戻す事が不可欠です」
これまで愛深に危害を加えていない事を考えると、飼い犬としての主人に対する思いと妖の凶暴性がせめぎ合っているのだろう。
彼女は当然ながら飼い犬が妖であった事を知らず、そのままではいずれ妖としての凶暴性が勝ったのだろうが、今ならまだ元に戻す事ができるはず。
「最初の説得に成功していれば信用されやすくなっているでしょう。妖を元に戻すため戦っていると知れば、愛深さんも飼い犬を元に戻すために協力してくれるはずです」
愛深の呼びかけがあれば、飼い犬の白としての思いが妖の凶暴性を抑え元に戻る可能性が上がるかもしれない。
今回の依頼は妖との戦いはあるものの、何よりも愛深を説得し仲間に引き入れる事が最重要事項である。
「この依頼はF.i.V.E.の今後に関わるものです。皆さんには苦労をかけると思いますが、どうかよろしくお願いします」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.少女を説得する
2.犬を殺さずに元に戻す
3.なし
2.犬を殺さずに元に戻す
3.なし
面倒な依頼になると思われますが、最良の結果を目指して頑張って下さい。
よろしくお願いします。
●注意事項
犬を妖から元に戻さず殺してしまった場合、愛深の説得に成功していても仲間にできず依頼失敗となります。
●場所
二階建ての洋風住宅です。
皆さんが訪ねて行くと警戒しつつも玄関ホール脇に置かれた応接セットに案内してくれますので、そこで交渉する事になります。
説得の成否に関わらず話が一段落した辺りで庭から白がやってきて覚者を発見。戦闘になります。
・玄関ホール
庭に面しており、横幅は四人ほど余裕で並べる程度で奥行きもあります。
面している庭はそこそこの広さがありますが、ホール程ではありません。
●対象者
桧倉 愛深(ひのくら まなみ)
夢見の力を持つ中学一年生。大人しそうな見た目に反して強かな所があるしっかり者。
現在は事故のショックと悪夢を見続けた事で心が弱っていますが、冷静に会話ができます。
彼女の説得に成功していれば妖となった白との戦闘時に呼びかけを行ってくれます。
●妖
白(ハク)/生物系ランク1
白い和犬のオス。がっしりした体躯の大型犬。
覚者と接触すると妖の本性を現し二回りほど大きくなって襲い掛かってきます。
愛深の呼びかけがあれば元に戻る確率が上がるでしょう。
・スキル構成
殴る(近単体。前足の一撃)
噛みつき(近単体。ダメージ高め。確率で出血効果)
体当たり(近単体。確率で吹き飛ばされ1ターン行動不能になります)
情報は以上になります。
皆様のご参加お待ちしております。
(2015.9.30)OPにて妖についての表記において誤解を招きかねない表現がございましたので修正が行われました。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2015年10月08日
2015年10月08日
■メイン参加者 6人■

●対面
夢見として見出された少女を訪ねて覚者達が訪れたのは、静かな住宅地に建つ一軒家。洋風の洒落たデザインになっており、訪れた者を快く迎え入れるような前庭の作りはこの家の住人が人を厭わず心穏やかで幸せな生活をしていた事を彷彿とさせる。
しかし、それは半年ほど前に失われている。今この家には両親を亡くした一人の少女と一匹の犬しか住んでいない。
「ご両親が不慮の事故で無くなられた上に、大切な家族が妖化するなんてね……」
この依頼を受けた時に聞いた話を思い返し、環 大和(CL2000477)は傷心に追い打ちをかけるような現実に少女の心を慮る。
少女、桧倉 愛深(ひのくら まなみ)はまだ中学生だと言う。突然両親を失い、夢見の力によって悪夢を見続けるのはどんなにか辛い事だろう。
FiVEには記録がはっきりしているだけでも相当数が身内を亡くしており、この場にいる秋津洲 いのり(CL2000268)、菊坂 結鹿(CL2000432)、一色 満月(CL2000044)、犬童 アキラ(CL2000698)の四人もそれぞれの事情で両親を亡くしていた。
「元に戻してあげないとね」
表札を眺めていた鳴神 零(CL2000669)は白の名前の下に押された動物の足跡を模したスタンプに気付く。これを付けたのは愛深だろうか。
「まずは話をしないとね。普通に行ってもいいそうだから、このまま行こうか」
前庭を過ぎ、扉の脇にあったインターホンを押すと、しばらくして反応があった。
『……どちら様ですか』
まだ幼さが抜けきらない声は些か緊張しており、それを聞いた覚者たちはこの依頼の説明を受けた説明を思い出す。彼女は覚者たちの姿を夢で見た事があると。
「わたしはファイヴの一員で菊坂結鹿といいます。といっても普段は普通の中学生なんですけれど。今日、会いに来たのはいくつかお話があるからなんです」
下手に包み隠していると余計に警戒させてしまうかも知れないと、結鹿はあえて直球で自分たちの事を伝える。答えはすぐには返ってこなかったが、もしや失敗したか?と思い始めた頃に返事が来た。
『今玄関を開けます。少し待っていてください』
その言葉の通り待っていた覚者たちの前で扉が開き、一人の少女が出迎えた。
毛先に少し癖がある長い髪に仕立てのよさそうな服。桧倉愛深はいかにも大人しそうな少女に見えたが、目には不信感と警戒心が満ちている。
「お話しの続きは中で聞きます……どうぞ、入ってください」
それでも、軽く一礼すると覚者たちを玄関ホールに招き入れ、庭に面したガラス戸の前に置かれた応接セットまで案内する。
どうぞと促され覚者達が座る。それに続いて愛深もソファーに腰を下ろした。
●話し合い
「あの……唐突にお聞きしますが同じ夢をみている事なんてありませんか? あってほしくないような夢を見る事は?」
妙に張り詰めた空気の中、結鹿が思い切って愛深に話しかけた。
「急に言っても信じてもらえないかもなんですが、それって夢見の力が桧倉さんに備わった事による可能性が高いんです。夢見というのはこれから起こるであろう事件が夢にでてくる力なんです」
「この世界には超常的な物や出来事が存在します。夢見はそれを夢と言う形で予知します」
結鹿の隣にいたアキラも結鹿の言葉を補足をするように説明をする。
「わたしたちファイブはそうした力をもってる人の集まりで、事件を未然に防ぐのが仕事なんです」
アキラと結鹿はそこで一旦言葉を切って愛深の様子を見た。
言われた言葉を頭の中で反芻していたようだが、二人の視線に気付くと視線で先を促す。
そこで、今度はアキラと結鹿だけでなく、満月といのりも交えて覚者や夢見などと言った存在の事を説明する。
「自分は機の因子を持っております。これがその証です」
四人がかりの説明の途中、徐にアキラが自分の右手の手袋を外し球体関節人形の形になった腕を晒す。義手でない事を示すように、五指をバラバラに動かして見せた。
「いのりは覚醒状態になると高校生くらいの姿になります。その際母の形見の衣装を纏うので少し恥ずかしいのですが」
衣装のデザインを思い出して頬を染めたいのり。誤魔化すようにそしてこの子はパートナーのガルムですわと、犬型の守護使役を愛深に紹介する。
おにぎりのようなフォルムに人のような表情。愛深の口からぽつんと「犬?」と疑問が漏れた。だがそれが愛深の緊張をわずかにほぐしたようだ。
「……みなさんは、それを私に話してどうするんですか?」
愛深の問いかけに、アキラが少しばかり表情を改める。
「夢見と言う力が存在する。これは貴方にしか出来ない事である。超常の力による悲劇を防ぐ為にも、力を貸して貰えないか。事件に巻き込まれ、家族を無くす様な人間を出さない為にも」
そう言われた愛深は自分の両親を思う。両親は交通事故で亡くなっているが、事故であれ事件であれ、家族を亡くす悲しみは想像に難くない。
「夢見の力は周りから狙われる恐れが高いんです。今日から仲間になってとはいいませんが、いざという時に頼る事を選択肢として持ってて欲しいんです」
「まずはそういう選択肢があると知っておいて欲しい。困った事があれば頼れる存在があるのだと」
結鹿とアキラは真摯に呼びかける。
愛深はその気持ちは素直にありがたいと思った。しかし、あの夢の事がある。あの夢で白は彼女たちに殺されていたのだ。
だがこうして話していると、果たして何の理由もなく白を殺すような人たちなんだろうかと疑問が生まれているのも事実だった。
「……聞きたいことがあるんです。あなたたちは白を、私の飼い犬の事を知っていますか?」
思い切って聞いてみた愛深。すると覚者たちにいよいよかと言う空気が流れた。
●白
「辛い話なんだけど……正直に話すと白ちゃんに妖の力が備わったようなんです」
愛深が見た悪夢は結鹿も聞いている。だが白を、そして愛深を救うには隠すわけにいかない。
「悪夢を見ていたのだろう?生憎だが起こる未来だ、途中まではな」
満月は自分が見た悪夢を思い出している愛深を安心させるように言う。
「単刀直入に言おう。俺達は白を元に戻しに来た。俺達は妖を元に戻した経験もある」
「わたしと満月さんが携わった案件なんだけれども、実際に自分達の手で妖化した猫を元に戻して飼い主に送り届けたわ」
これまで黙って様子を見ていた大和も話に加わり、妖となった動物の事と状況次第では元に戻せる事、しかしそれにはある程度の荒療治が必要な事も説明した。
「白を戻すには、絶対に愛深の声と思いが必要だ。俺等はこれから、狂暴化してる白を叩いたり乱暴な事をするが、約束する。絶対に元に戻すと」
「このままでは彼を殺害しなくてはならない。しかし、貴方がよびかけてくれれば、回復のチャンスはある」
荒療治と聞いて肩をびくつかせた愛深に満月とアキラは更に言葉を重ねる。白に呼びかけて欲しい、白を元に戻すために協力して欲しいと。
「白を放置すればいずれ愛深さんだけでなく他の人間を傷つけてしまうかもしれない。わたしの主観だけど、白の魂も苦しむと思うのよ」
大和の言葉に愛深はぐっと拳を握り締めた。白の悪夢以外にも、愛深は化け物に襲われる人たちの姿を見ていた。白があんな事をするなんて信じられない。けれど……。
迷う愛深の耳に、わん。と聞きなれた鳴き声が聞こえた。
「白?」
その鳴き声に愛深は反射的に時計を見る。散歩の時間が近付いており、いつものように散歩に行こうと白が自分を呼びに来たのだと気付く。
今来ていいものかどうか判断がつかない内に庭に面したガラス戸に真っ白な大形犬が走ってくる。
だが、様子がおかしい。白の目は血走り、牙を剥きだしにして恐ろしい程の勢いで走ってくるのだ。見る間に白はガラス戸に近付いた白は、ばりんと派手な音を立ててそれを突き破った。
飛び散る破片と突然の行動に愛深が驚く間もなく、白の体はみるみる大きくなる。牙は更に鋭く、血走った目が覚者たちを見据えたかと思うといきなり襲い掛かって来た。
「白!」
「下がって!」
飛び出しかけた愛深をアキラが押し留め、覚醒して全身を装甲で覆う。叩きつけられた前足の威力に装甲が軋んだが、愛深を庇うように立った。
「我々は敵では無い、その力を鎮めて彼女の言葉を聞いてくれ! 彼女が平穏無事に暮らせるかは、お前にかかっているんだぞ!」
白の返答は苛立たし気な唸り声。
「十天! 鳴神零、推して参る」
零が黒い面を付けた姿に覚醒する。他の覚者達も次々に覚醒し、愛深の目の前で悪夢は現実になろうとしている。
白は本当に化け物、覚者たちの言葉によれば妖になってしまった。このままでは殺される。殺されずに済んでも、今度は白が自分が見たような悪夢を引き起こすのかも知れない。
「愛深様」
いのりは目の前の現実に怯える愛深に呼びかける。
「白ちゃんはまだ完全に妖になってはおりません。いのり達は白ちゃんを抑える事は出来ますけど、あの子を救えるのは愛深様だけ。白ちゃんに、大好きな貴方を襲わせるような事をさせないであげて下さいませ!」
「今の白ちゃんはあなたを守りたい気持ちと、妖としての本能との狭間で戦ってます。怖がらずに、愛情をこめて呼んであげて下さい。そうすればいつもの白ちゃんに戻りますから」
結鹿も愛深を勇気づけるように訴えた。
その間にも白の攻撃が零を、結鹿を、いのりを傷付ける。満月が壁まで吹き飛ばされ、激しい激突音と共に玄関ホールを揺らす。アキラの装甲も白の牙を防げなかったのか血に染まっている。
滴り落ちた血の赤は愛深に悪夢の光景を思い出させて、体の震えが止まらない。
白が結鹿に飛びかかった。とっさに身を守るような仕草をした結鹿だったが、白の牙は彼女の体を食い破り、血飛沫が上がる。
「結鹿さん!」
ばたりと倒れ込んだ結鹿に大和が駆け寄り傷を見るが、傷は深くこの場ではもう戦えないだろう。
愛深の悪夢は更に現実味を帯びて行く。
目の前で人が傷ついている。白が人を襲って傷つけているのだ。恐怖で体が震えて頭の中も混乱している。悪夢が迫ってくる。白が死んでしまう。
怯える愛深に、立ち上がった満月が吼える。
「俺達だけじゃダメなんだ。そして愛深、あんたが震えてるだけじゃ終わらないんだこの悪夢は!」
そうだ。このままでは悪夢は現実になってしまう。あの人たちは白を助けてくれると言った。今日初めて会った人たちがこんなに頑張っているのに、自分が震えていてどうする。
愛深は震える体にぐっと力を込め、思い切り声を張り上げた。
「白! 妖なんかに負けたら絶対許さないから!」
これには思わず覚者たちが驚いて愛深を見た。大人しそうな見た目と先程までの怯えた様子から、こんな発言が出てくるとは思ってもいなかったのだ。
自分に視線が集中しているのも構わず、愛深はぶつけるように叫ぶ。
「私、この人たちを信用するわ。だから白も頑張って! 白にとりついた事を後悔させるのよ!」
覚者たちの説得が弱った愛深の心に響いたと思っていいのだろうか。愛深の予想外に強い言葉は、確実に白に届いたようだった。
白が激しくと頭を振り回し、何かに耐えるかのように足を踏ん張る。
その仕草だけで、愛深には十分だった。
「みなさん、白を助けて下さい。白は絶対負けません。私もみなさんを信じます。だから、お願いします!」
「任せて。絶対に白を助けるわ」
「ああ、約束しよう」
大和と満月が愛深の頼みに力強く応える。これまで白の攻撃に耐えるだけだった覚者たちは、白を救うために攻撃に転じる。
いのりの攻撃に白が反撃を行えば、アキラが降槍で白の注意を引き付け、大和が召雷を放つ。素早く反応して召雷を回避した白だったが、満月の攻撃を避けられずに大きく後退した。
体勢を立て直そうとする白に零が迫る。白を殺傷する事を慮り刀の刃で斬るのではなく峰で叩くような飛燕を放つ。しかしその攻撃は白にダメージよりも怒り与えたらしい。
すでに覚者たちの血で濡れた牙を怒りのまま零の腕に突き立てる。牙は深々と食い込み、零の脳天に響くほどの激痛が走った。
「くっ……!」
咄嗟に腕を引くが、その程度では白の牙は離れない。しかしその目は凶暴性とそれに抗おうとする物が入り交じっている。
それを見た零は面の下で歯をくいしばって激痛に耐え、白の頭に手を乗せた。
「わんわん、あの女の子。大好きだったんだよね?」
だからこそ、まだ揺れ動いている。そして飼い主の少女は白と覚者達を信じて待っている。
確かに、この依頼は夢見を確保するのが目的だ。そのために彼女の飼い犬である白を取り戻す事が重要なのは間違いない。だがそれ以上の思いが零にはある。
少女一人救えなくて、わんわん一匹救えなくて、何が正義の味方だ。何が覚悟だ。私は誇り高き覚者でいたいのよ!!
零は自分の腕に食らいついた白を力任せに引き剥がした。派手に血が飛び散るが構わない。
「愛深ちゃんを忘れたくないなら、護りたいなら、戻りたいなら、根性見せなさいよ白! 私達がどんなに言葉紡いだところで白が戻りたい気持ちがなけりゃもどんないでしょこれ!」
大和の召雷が白を打ち、零は再び飛燕を放つ。例え刃で斬らずともその切れ味に負けじと気迫を込め、戻ってこいと白に打ち込んだ。
白の喉から恐ろしい絶叫のような声が上がり、床が揺れるほどの勢いで大きな体が倒れ込む。
油断なく次の攻撃に備える覚者たちの前で体が見る間に縮み、ほどなくして普通の犬と同じ大きさになった白がむくりと頭を持ち上げた。
●悲劇は終われど悪夢は続く
「白!」
覚者が注意を呼びかける暇もなく愛深が起き上がった白に駆け寄って抱きしめ、白もそれに応えるように愛深に顔を擦りつける。
その様子を見た覚者たちも成功を悟って肩の力を抜いた。
一通り無事を喜び合った愛深と白が立ち上がって覚者たちに振り向き、まだ倒れたまま目を覚ましていない結鹿の所に座り込んだ。
「あの……大丈夫でしょうか?みなさんもたくさん怪我をして……」
「大丈夫よ。少し時間はかかるけど、帰って治療を受ければ治るわ」
「自分たちの傷もすぐ治ります」
結鹿の傷の具合を確認していた大和とアキラの答えに、ようやく愛深はほっと息を吐く。そのまま姿勢を改めて頭を下げた。
「みなさん、白を助けてくれて本当にありがとうございます」
頭を下げる愛深に合わせて白がわんと鳴く。自分に何が起きて覚者たちが何をしてくれたのかが分かっているようだった。
「無事でなによりです。目立った怪我もないようですね」
アキラはそう言ってさりげなく白を撫でてみた。愛深は沈んでいる間もしっかり手入れをしていたようで、ふかふかとしたいい手触りだった。
「みなさんはこうやって事件を解決しているんですね」
白を撫でるアキラを見ていた愛深は、自分が今まで見た悪夢を思い返していた。白が死ぬ悪夢はこうして夢のままで終わったが、他にもたくさんの悪夢を見た。あの中に自分が怯えている間に現実になってしまった悲劇はいくつあるだろう。
「お願いがあります。私をFivEに連れて行ってください。私の悪夢が誰かを助けるために役に立つなら、私はもう怖がったりしません」
これはかなりの強がりだった。あんな夢をこの先も見続けるのは正直怖い。
だが、愛深が一番恐れた白の死を消し去ってくれた彼らがいる。
「愛深様……」
「ありがとう。歓迎するわ」
「これからはFiVEの仲間ですね」
「大変だと思うけど、頑張りましょうね」
口々に歓迎され、愛深は少し照れて白の頭を無意味に撫でまわす。
「大丈夫です。たった一人の家族になってしまったけど、私には白がいますから」
誤魔化し半分の愛深の言葉に返すように、満月が言う。
「なるか?家族。皆同じようなもんだ、俺も家族が姉以外いないもんでな」
そう来るとは思っていなかった愛深は目を丸くしたが、白が返事をしないのかと言いたげに鼻でつつくと我に返り、白の鼻をつつき返して笑顔になった。
「ふふ。家族も仲間も今日一日で増えちゃったね」
愛深は思う。悪夢はこれからも続くだろう。
だが、それは決して恐ろしいままでは終わらないと信じている。
だから恐れず悪夢を見続よう。悪夢の中で悲劇に襲われる人々を救うため、この人たちのように悲劇を無そうと戦う人々のために。
夢見として見出された少女を訪ねて覚者達が訪れたのは、静かな住宅地に建つ一軒家。洋風の洒落たデザインになっており、訪れた者を快く迎え入れるような前庭の作りはこの家の住人が人を厭わず心穏やかで幸せな生活をしていた事を彷彿とさせる。
しかし、それは半年ほど前に失われている。今この家には両親を亡くした一人の少女と一匹の犬しか住んでいない。
「ご両親が不慮の事故で無くなられた上に、大切な家族が妖化するなんてね……」
この依頼を受けた時に聞いた話を思い返し、環 大和(CL2000477)は傷心に追い打ちをかけるような現実に少女の心を慮る。
少女、桧倉 愛深(ひのくら まなみ)はまだ中学生だと言う。突然両親を失い、夢見の力によって悪夢を見続けるのはどんなにか辛い事だろう。
FiVEには記録がはっきりしているだけでも相当数が身内を亡くしており、この場にいる秋津洲 いのり(CL2000268)、菊坂 結鹿(CL2000432)、一色 満月(CL2000044)、犬童 アキラ(CL2000698)の四人もそれぞれの事情で両親を亡くしていた。
「元に戻してあげないとね」
表札を眺めていた鳴神 零(CL2000669)は白の名前の下に押された動物の足跡を模したスタンプに気付く。これを付けたのは愛深だろうか。
「まずは話をしないとね。普通に行ってもいいそうだから、このまま行こうか」
前庭を過ぎ、扉の脇にあったインターホンを押すと、しばらくして反応があった。
『……どちら様ですか』
まだ幼さが抜けきらない声は些か緊張しており、それを聞いた覚者たちはこの依頼の説明を受けた説明を思い出す。彼女は覚者たちの姿を夢で見た事があると。
「わたしはファイヴの一員で菊坂結鹿といいます。といっても普段は普通の中学生なんですけれど。今日、会いに来たのはいくつかお話があるからなんです」
下手に包み隠していると余計に警戒させてしまうかも知れないと、結鹿はあえて直球で自分たちの事を伝える。答えはすぐには返ってこなかったが、もしや失敗したか?と思い始めた頃に返事が来た。
『今玄関を開けます。少し待っていてください』
その言葉の通り待っていた覚者たちの前で扉が開き、一人の少女が出迎えた。
毛先に少し癖がある長い髪に仕立てのよさそうな服。桧倉愛深はいかにも大人しそうな少女に見えたが、目には不信感と警戒心が満ちている。
「お話しの続きは中で聞きます……どうぞ、入ってください」
それでも、軽く一礼すると覚者たちを玄関ホールに招き入れ、庭に面したガラス戸の前に置かれた応接セットまで案内する。
どうぞと促され覚者達が座る。それに続いて愛深もソファーに腰を下ろした。
●話し合い
「あの……唐突にお聞きしますが同じ夢をみている事なんてありませんか? あってほしくないような夢を見る事は?」
妙に張り詰めた空気の中、結鹿が思い切って愛深に話しかけた。
「急に言っても信じてもらえないかもなんですが、それって夢見の力が桧倉さんに備わった事による可能性が高いんです。夢見というのはこれから起こるであろう事件が夢にでてくる力なんです」
「この世界には超常的な物や出来事が存在します。夢見はそれを夢と言う形で予知します」
結鹿の隣にいたアキラも結鹿の言葉を補足をするように説明をする。
「わたしたちファイブはそうした力をもってる人の集まりで、事件を未然に防ぐのが仕事なんです」
アキラと結鹿はそこで一旦言葉を切って愛深の様子を見た。
言われた言葉を頭の中で反芻していたようだが、二人の視線に気付くと視線で先を促す。
そこで、今度はアキラと結鹿だけでなく、満月といのりも交えて覚者や夢見などと言った存在の事を説明する。
「自分は機の因子を持っております。これがその証です」
四人がかりの説明の途中、徐にアキラが自分の右手の手袋を外し球体関節人形の形になった腕を晒す。義手でない事を示すように、五指をバラバラに動かして見せた。
「いのりは覚醒状態になると高校生くらいの姿になります。その際母の形見の衣装を纏うので少し恥ずかしいのですが」
衣装のデザインを思い出して頬を染めたいのり。誤魔化すようにそしてこの子はパートナーのガルムですわと、犬型の守護使役を愛深に紹介する。
おにぎりのようなフォルムに人のような表情。愛深の口からぽつんと「犬?」と疑問が漏れた。だがそれが愛深の緊張をわずかにほぐしたようだ。
「……みなさんは、それを私に話してどうするんですか?」
愛深の問いかけに、アキラが少しばかり表情を改める。
「夢見と言う力が存在する。これは貴方にしか出来ない事である。超常の力による悲劇を防ぐ為にも、力を貸して貰えないか。事件に巻き込まれ、家族を無くす様な人間を出さない為にも」
そう言われた愛深は自分の両親を思う。両親は交通事故で亡くなっているが、事故であれ事件であれ、家族を亡くす悲しみは想像に難くない。
「夢見の力は周りから狙われる恐れが高いんです。今日から仲間になってとはいいませんが、いざという時に頼る事を選択肢として持ってて欲しいんです」
「まずはそういう選択肢があると知っておいて欲しい。困った事があれば頼れる存在があるのだと」
結鹿とアキラは真摯に呼びかける。
愛深はその気持ちは素直にありがたいと思った。しかし、あの夢の事がある。あの夢で白は彼女たちに殺されていたのだ。
だがこうして話していると、果たして何の理由もなく白を殺すような人たちなんだろうかと疑問が生まれているのも事実だった。
「……聞きたいことがあるんです。あなたたちは白を、私の飼い犬の事を知っていますか?」
思い切って聞いてみた愛深。すると覚者たちにいよいよかと言う空気が流れた。
●白
「辛い話なんだけど……正直に話すと白ちゃんに妖の力が備わったようなんです」
愛深が見た悪夢は結鹿も聞いている。だが白を、そして愛深を救うには隠すわけにいかない。
「悪夢を見ていたのだろう?生憎だが起こる未来だ、途中まではな」
満月は自分が見た悪夢を思い出している愛深を安心させるように言う。
「単刀直入に言おう。俺達は白を元に戻しに来た。俺達は妖を元に戻した経験もある」
「わたしと満月さんが携わった案件なんだけれども、実際に自分達の手で妖化した猫を元に戻して飼い主に送り届けたわ」
これまで黙って様子を見ていた大和も話に加わり、妖となった動物の事と状況次第では元に戻せる事、しかしそれにはある程度の荒療治が必要な事も説明した。
「白を戻すには、絶対に愛深の声と思いが必要だ。俺等はこれから、狂暴化してる白を叩いたり乱暴な事をするが、約束する。絶対に元に戻すと」
「このままでは彼を殺害しなくてはならない。しかし、貴方がよびかけてくれれば、回復のチャンスはある」
荒療治と聞いて肩をびくつかせた愛深に満月とアキラは更に言葉を重ねる。白に呼びかけて欲しい、白を元に戻すために協力して欲しいと。
「白を放置すればいずれ愛深さんだけでなく他の人間を傷つけてしまうかもしれない。わたしの主観だけど、白の魂も苦しむと思うのよ」
大和の言葉に愛深はぐっと拳を握り締めた。白の悪夢以外にも、愛深は化け物に襲われる人たちの姿を見ていた。白があんな事をするなんて信じられない。けれど……。
迷う愛深の耳に、わん。と聞きなれた鳴き声が聞こえた。
「白?」
その鳴き声に愛深は反射的に時計を見る。散歩の時間が近付いており、いつものように散歩に行こうと白が自分を呼びに来たのだと気付く。
今来ていいものかどうか判断がつかない内に庭に面したガラス戸に真っ白な大形犬が走ってくる。
だが、様子がおかしい。白の目は血走り、牙を剥きだしにして恐ろしい程の勢いで走ってくるのだ。見る間に白はガラス戸に近付いた白は、ばりんと派手な音を立ててそれを突き破った。
飛び散る破片と突然の行動に愛深が驚く間もなく、白の体はみるみる大きくなる。牙は更に鋭く、血走った目が覚者たちを見据えたかと思うといきなり襲い掛かって来た。
「白!」
「下がって!」
飛び出しかけた愛深をアキラが押し留め、覚醒して全身を装甲で覆う。叩きつけられた前足の威力に装甲が軋んだが、愛深を庇うように立った。
「我々は敵では無い、その力を鎮めて彼女の言葉を聞いてくれ! 彼女が平穏無事に暮らせるかは、お前にかかっているんだぞ!」
白の返答は苛立たし気な唸り声。
「十天! 鳴神零、推して参る」
零が黒い面を付けた姿に覚醒する。他の覚者達も次々に覚醒し、愛深の目の前で悪夢は現実になろうとしている。
白は本当に化け物、覚者たちの言葉によれば妖になってしまった。このままでは殺される。殺されずに済んでも、今度は白が自分が見たような悪夢を引き起こすのかも知れない。
「愛深様」
いのりは目の前の現実に怯える愛深に呼びかける。
「白ちゃんはまだ完全に妖になってはおりません。いのり達は白ちゃんを抑える事は出来ますけど、あの子を救えるのは愛深様だけ。白ちゃんに、大好きな貴方を襲わせるような事をさせないであげて下さいませ!」
「今の白ちゃんはあなたを守りたい気持ちと、妖としての本能との狭間で戦ってます。怖がらずに、愛情をこめて呼んであげて下さい。そうすればいつもの白ちゃんに戻りますから」
結鹿も愛深を勇気づけるように訴えた。
その間にも白の攻撃が零を、結鹿を、いのりを傷付ける。満月が壁まで吹き飛ばされ、激しい激突音と共に玄関ホールを揺らす。アキラの装甲も白の牙を防げなかったのか血に染まっている。
滴り落ちた血の赤は愛深に悪夢の光景を思い出させて、体の震えが止まらない。
白が結鹿に飛びかかった。とっさに身を守るような仕草をした結鹿だったが、白の牙は彼女の体を食い破り、血飛沫が上がる。
「結鹿さん!」
ばたりと倒れ込んだ結鹿に大和が駆け寄り傷を見るが、傷は深くこの場ではもう戦えないだろう。
愛深の悪夢は更に現実味を帯びて行く。
目の前で人が傷ついている。白が人を襲って傷つけているのだ。恐怖で体が震えて頭の中も混乱している。悪夢が迫ってくる。白が死んでしまう。
怯える愛深に、立ち上がった満月が吼える。
「俺達だけじゃダメなんだ。そして愛深、あんたが震えてるだけじゃ終わらないんだこの悪夢は!」
そうだ。このままでは悪夢は現実になってしまう。あの人たちは白を助けてくれると言った。今日初めて会った人たちがこんなに頑張っているのに、自分が震えていてどうする。
愛深は震える体にぐっと力を込め、思い切り声を張り上げた。
「白! 妖なんかに負けたら絶対許さないから!」
これには思わず覚者たちが驚いて愛深を見た。大人しそうな見た目と先程までの怯えた様子から、こんな発言が出てくるとは思ってもいなかったのだ。
自分に視線が集中しているのも構わず、愛深はぶつけるように叫ぶ。
「私、この人たちを信用するわ。だから白も頑張って! 白にとりついた事を後悔させるのよ!」
覚者たちの説得が弱った愛深の心に響いたと思っていいのだろうか。愛深の予想外に強い言葉は、確実に白に届いたようだった。
白が激しくと頭を振り回し、何かに耐えるかのように足を踏ん張る。
その仕草だけで、愛深には十分だった。
「みなさん、白を助けて下さい。白は絶対負けません。私もみなさんを信じます。だから、お願いします!」
「任せて。絶対に白を助けるわ」
「ああ、約束しよう」
大和と満月が愛深の頼みに力強く応える。これまで白の攻撃に耐えるだけだった覚者たちは、白を救うために攻撃に転じる。
いのりの攻撃に白が反撃を行えば、アキラが降槍で白の注意を引き付け、大和が召雷を放つ。素早く反応して召雷を回避した白だったが、満月の攻撃を避けられずに大きく後退した。
体勢を立て直そうとする白に零が迫る。白を殺傷する事を慮り刀の刃で斬るのではなく峰で叩くような飛燕を放つ。しかしその攻撃は白にダメージよりも怒り与えたらしい。
すでに覚者たちの血で濡れた牙を怒りのまま零の腕に突き立てる。牙は深々と食い込み、零の脳天に響くほどの激痛が走った。
「くっ……!」
咄嗟に腕を引くが、その程度では白の牙は離れない。しかしその目は凶暴性とそれに抗おうとする物が入り交じっている。
それを見た零は面の下で歯をくいしばって激痛に耐え、白の頭に手を乗せた。
「わんわん、あの女の子。大好きだったんだよね?」
だからこそ、まだ揺れ動いている。そして飼い主の少女は白と覚者達を信じて待っている。
確かに、この依頼は夢見を確保するのが目的だ。そのために彼女の飼い犬である白を取り戻す事が重要なのは間違いない。だがそれ以上の思いが零にはある。
少女一人救えなくて、わんわん一匹救えなくて、何が正義の味方だ。何が覚悟だ。私は誇り高き覚者でいたいのよ!!
零は自分の腕に食らいついた白を力任せに引き剥がした。派手に血が飛び散るが構わない。
「愛深ちゃんを忘れたくないなら、護りたいなら、戻りたいなら、根性見せなさいよ白! 私達がどんなに言葉紡いだところで白が戻りたい気持ちがなけりゃもどんないでしょこれ!」
大和の召雷が白を打ち、零は再び飛燕を放つ。例え刃で斬らずともその切れ味に負けじと気迫を込め、戻ってこいと白に打ち込んだ。
白の喉から恐ろしい絶叫のような声が上がり、床が揺れるほどの勢いで大きな体が倒れ込む。
油断なく次の攻撃に備える覚者たちの前で体が見る間に縮み、ほどなくして普通の犬と同じ大きさになった白がむくりと頭を持ち上げた。
●悲劇は終われど悪夢は続く
「白!」
覚者が注意を呼びかける暇もなく愛深が起き上がった白に駆け寄って抱きしめ、白もそれに応えるように愛深に顔を擦りつける。
その様子を見た覚者たちも成功を悟って肩の力を抜いた。
一通り無事を喜び合った愛深と白が立ち上がって覚者たちに振り向き、まだ倒れたまま目を覚ましていない結鹿の所に座り込んだ。
「あの……大丈夫でしょうか?みなさんもたくさん怪我をして……」
「大丈夫よ。少し時間はかかるけど、帰って治療を受ければ治るわ」
「自分たちの傷もすぐ治ります」
結鹿の傷の具合を確認していた大和とアキラの答えに、ようやく愛深はほっと息を吐く。そのまま姿勢を改めて頭を下げた。
「みなさん、白を助けてくれて本当にありがとうございます」
頭を下げる愛深に合わせて白がわんと鳴く。自分に何が起きて覚者たちが何をしてくれたのかが分かっているようだった。
「無事でなによりです。目立った怪我もないようですね」
アキラはそう言ってさりげなく白を撫でてみた。愛深は沈んでいる間もしっかり手入れをしていたようで、ふかふかとしたいい手触りだった。
「みなさんはこうやって事件を解決しているんですね」
白を撫でるアキラを見ていた愛深は、自分が今まで見た悪夢を思い返していた。白が死ぬ悪夢はこうして夢のままで終わったが、他にもたくさんの悪夢を見た。あの中に自分が怯えている間に現実になってしまった悲劇はいくつあるだろう。
「お願いがあります。私をFivEに連れて行ってください。私の悪夢が誰かを助けるために役に立つなら、私はもう怖がったりしません」
これはかなりの強がりだった。あんな夢をこの先も見続けるのは正直怖い。
だが、愛深が一番恐れた白の死を消し去ってくれた彼らがいる。
「愛深様……」
「ありがとう。歓迎するわ」
「これからはFiVEの仲間ですね」
「大変だと思うけど、頑張りましょうね」
口々に歓迎され、愛深は少し照れて白の頭を無意味に撫でまわす。
「大丈夫です。たった一人の家族になってしまったけど、私には白がいますから」
誤魔化し半分の愛深の言葉に返すように、満月が言う。
「なるか?家族。皆同じようなもんだ、俺も家族が姉以外いないもんでな」
そう来るとは思っていなかった愛深は目を丸くしたが、白が返事をしないのかと言いたげに鼻でつつくと我に返り、白の鼻をつつき返して笑顔になった。
「ふふ。家族も仲間も今日一日で増えちゃったね」
愛深は思う。悪夢はこれからも続くだろう。
だが、それは決して恐ろしいままでは終わらないと信じている。
だから恐れず悪夢を見続よう。悪夢の中で悲劇に襲われる人々を救うため、この人たちのように悲劇を無そうと戦う人々のために。
