【闇色の羊】遵奉者達の宴
●
ただ、と続いた吉野 枢の声に、エルフィリア・ハイランドはコクリと唾を飲み込む。
「我々が捕縛に慣れていないというのは、聞き捨てならないな。『死の導師』のアジトには、我々も君達やAAAと共に乗り込んだ筈だ。我々の事を知らない者達ならばいざ知らず、君達までもが、あの現場で捕縛に協力した我々への認識がその程度とは……」
――嘆かわしいでは済まないな。
低く告げられた言葉に、エルフィリアは受話器を握る手に力を込めた。
「事後報告が『条件無視ではない』と言うのにも、2度と納得しない。今後もし、こんな事があれば――」
「あれば……何かしら? アタシ達との協力関係を破棄する? それとも、FiVEとは敵対する気なのかしら?」
「さあ? どうだろうな。隔者でも破綻者でもない君達には、手を出すつもりはない。だが、君達を信用し、預けている元暗殺者の宮下刹那。そして、野放しにしているルファ・L・フェイクス。君達への信用が揺らげば、彼等2人にはそれを約束出来ない。……彼等からの『突然の襲撃』もあるかもしれないし、こちらも『やむなく』正当防衛で相手を倒さなくてはいけない事もある。それを『事後報告』で、君達へと知らせなくてはいけなくなるかもしれないな」
「……仲間達にも、伝えておくわ」
「ぜひ、そうしてくれ。――とにかく。今回電話をくれた事には感謝する、レディ・ハイランド」
●
校庭でエルフィリアから電話の内容を聞いた仲間達は、眉間に皺を寄せる。
「彼等には、私個人としても聞きたい事があります。可能なら直接、H.S.に訪れてね」
恩田・縁はそう言って、ニヤリと笑う。
工藤・奏空は捕縛した如月晶に付き添っている刹那に目を向けてから、視線を戻した。
「俺は今回、刹那さんの行動を誰かが見ているかも、と警戒していました。――こちらの今後次第では、H.S.がそうする可能性もあるという事ですね」
「今もし誰かが見ているのなら」
三島椿は青い空を見上げる。
(……ルファ、貴方なのかしら)
――その時。
「何をする!」
刹那の鋭い声があがった。
目を向ければ、晶と刹那を数十人の生徒達が囲んでいた。
生徒達の手には、カッターナイフや包丁、箒など、手近な武器が握られている。
ガッシャーンッ!!
割った校舎の窓ガラスを握り、武器とする生徒もいた。
「晶!」
尋常ではない様子に、前田耕太の傍にいた如月・彩吹が慌て駆け出す。
「ちょっ……、何してんだよ、皆!」
叫んだ耕太に、ラーラ・ビスコッティが振り返った。
「知っている人達ですか?」
「全員、クラスメイトだ!」
――全員?
驚きの視線を、ラーラは生徒達へと向けた。
飛行した彩吹は、生徒達の頭上を越える。
己が傷付く事も構わずに、晶を庇い降り立った。それと同時。隣にもう1つの黒き影が降りる。
彩吹、刹那と共に生徒達の刃を受けたのは、司祭姿の男。
「ルファさんっ」
奏空の声に男が顔を向け、微笑した。
「工藤さん。今回の事を皆さんに伝えて下さって、そしてあなた自身、来て下さって、ありがとうございます」
生徒達の刃が次々に晶を狙い、ルファの腹部からは、血が流れ落ちる。それは晶を庇った彩吹や刹那も一緒で、彼等へは、すぐさま潤しの雨が降り注いだ。
「ルファ……」
雨を注がせ呟いた椿にも、微笑みを向ける。
「三島さん。ありがとう」
「ルファ、貴方に聞きたかったのだけれど」
生徒達の殺意から晶を遮りながら、彩吹は司祭へと問いかけた。
「『親友の為の裏切りもあるでしょう』――貴方が言った、この言葉」
耕太の事ではないのかと問うた彩吹に、男は首を横に振る。
「あれは、私の知人の話ですよ。親友に恨まれる事も厭わなかった……ある人のね」
「そうか……」
「それでも私は信じていますけれど。誰にとっても『親友』は、特別な存在と」
チラリとルファを見遣った彩吹の背後で、晶が笑いを落としていた。
「なんだ、俺……こんなにも嫌われてたんじゃん。――いいよ。俺を殺しても」
晶の言葉に、刹那がギリッと歯を食い縛る。
「こいつら全員、殴り倒してやりたいな」
「やめておきなさい、灰音。あなたが怒りのままに殴っては、彼等を殺してしまうから」
ルファの言葉に、チッと刹那が舌打ちした。
「皆さん! 囲んでいるのは全員、晶さんの級友だそうです!」
ラーラの言葉に一瞬驚き、縁がクククと笑いを洩らす。
「級友が、晶さんを狙いますか。このタイミングで突然、刃物を手に……」
何か匂いますね、と笑みを深くした。
「気付けよ、晶!」
奏空の声に、晶が顔を上げる。
「耕太だけは――あんたの親友だけは、その中に入っていないだろ!」
「けどさ……」
瞳を揺らす晶に、ルファが告げた。
「晶。君が望むなら、私が連れ出してあげる。君が自ら『己の気持ち』を曝け出した、聖羅の許に。君が、もし。心から望むなら――」
選びなさい。
彼等との未来を信じ此処に残るか。
己の犯した罪に囚われ私と来るか。
ただ、と続いた吉野 枢の声に、エルフィリア・ハイランドはコクリと唾を飲み込む。
「我々が捕縛に慣れていないというのは、聞き捨てならないな。『死の導師』のアジトには、我々も君達やAAAと共に乗り込んだ筈だ。我々の事を知らない者達ならばいざ知らず、君達までもが、あの現場で捕縛に協力した我々への認識がその程度とは……」
――嘆かわしいでは済まないな。
低く告げられた言葉に、エルフィリアは受話器を握る手に力を込めた。
「事後報告が『条件無視ではない』と言うのにも、2度と納得しない。今後もし、こんな事があれば――」
「あれば……何かしら? アタシ達との協力関係を破棄する? それとも、FiVEとは敵対する気なのかしら?」
「さあ? どうだろうな。隔者でも破綻者でもない君達には、手を出すつもりはない。だが、君達を信用し、預けている元暗殺者の宮下刹那。そして、野放しにしているルファ・L・フェイクス。君達への信用が揺らげば、彼等2人にはそれを約束出来ない。……彼等からの『突然の襲撃』もあるかもしれないし、こちらも『やむなく』正当防衛で相手を倒さなくてはいけない事もある。それを『事後報告』で、君達へと知らせなくてはいけなくなるかもしれないな」
「……仲間達にも、伝えておくわ」
「ぜひ、そうしてくれ。――とにかく。今回電話をくれた事には感謝する、レディ・ハイランド」
●
校庭でエルフィリアから電話の内容を聞いた仲間達は、眉間に皺を寄せる。
「彼等には、私個人としても聞きたい事があります。可能なら直接、H.S.に訪れてね」
恩田・縁はそう言って、ニヤリと笑う。
工藤・奏空は捕縛した如月晶に付き添っている刹那に目を向けてから、視線を戻した。
「俺は今回、刹那さんの行動を誰かが見ているかも、と警戒していました。――こちらの今後次第では、H.S.がそうする可能性もあるという事ですね」
「今もし誰かが見ているのなら」
三島椿は青い空を見上げる。
(……ルファ、貴方なのかしら)
――その時。
「何をする!」
刹那の鋭い声があがった。
目を向ければ、晶と刹那を数十人の生徒達が囲んでいた。
生徒達の手には、カッターナイフや包丁、箒など、手近な武器が握られている。
ガッシャーンッ!!
割った校舎の窓ガラスを握り、武器とする生徒もいた。
「晶!」
尋常ではない様子に、前田耕太の傍にいた如月・彩吹が慌て駆け出す。
「ちょっ……、何してんだよ、皆!」
叫んだ耕太に、ラーラ・ビスコッティが振り返った。
「知っている人達ですか?」
「全員、クラスメイトだ!」
――全員?
驚きの視線を、ラーラは生徒達へと向けた。
飛行した彩吹は、生徒達の頭上を越える。
己が傷付く事も構わずに、晶を庇い降り立った。それと同時。隣にもう1つの黒き影が降りる。
彩吹、刹那と共に生徒達の刃を受けたのは、司祭姿の男。
「ルファさんっ」
奏空の声に男が顔を向け、微笑した。
「工藤さん。今回の事を皆さんに伝えて下さって、そしてあなた自身、来て下さって、ありがとうございます」
生徒達の刃が次々に晶を狙い、ルファの腹部からは、血が流れ落ちる。それは晶を庇った彩吹や刹那も一緒で、彼等へは、すぐさま潤しの雨が降り注いだ。
「ルファ……」
雨を注がせ呟いた椿にも、微笑みを向ける。
「三島さん。ありがとう」
「ルファ、貴方に聞きたかったのだけれど」
生徒達の殺意から晶を遮りながら、彩吹は司祭へと問いかけた。
「『親友の為の裏切りもあるでしょう』――貴方が言った、この言葉」
耕太の事ではないのかと問うた彩吹に、男は首を横に振る。
「あれは、私の知人の話ですよ。親友に恨まれる事も厭わなかった……ある人のね」
「そうか……」
「それでも私は信じていますけれど。誰にとっても『親友』は、特別な存在と」
チラリとルファを見遣った彩吹の背後で、晶が笑いを落としていた。
「なんだ、俺……こんなにも嫌われてたんじゃん。――いいよ。俺を殺しても」
晶の言葉に、刹那がギリッと歯を食い縛る。
「こいつら全員、殴り倒してやりたいな」
「やめておきなさい、灰音。あなたが怒りのままに殴っては、彼等を殺してしまうから」
ルファの言葉に、チッと刹那が舌打ちした。
「皆さん! 囲んでいるのは全員、晶さんの級友だそうです!」
ラーラの言葉に一瞬驚き、縁がクククと笑いを洩らす。
「級友が、晶さんを狙いますか。このタイミングで突然、刃物を手に……」
何か匂いますね、と笑みを深くした。
「気付けよ、晶!」
奏空の声に、晶が顔を上げる。
「耕太だけは――あんたの親友だけは、その中に入っていないだろ!」
「けどさ……」
瞳を揺らす晶に、ルファが告げた。
「晶。君が望むなら、私が連れ出してあげる。君が自ら『己の気持ち』を曝け出した、聖羅の許に。君が、もし。心から望むなら――」
選びなさい。
彼等との未来を信じ此処に残るか。
己の犯した罪に囚われ私と来るか。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.生徒達のパニックを鎮める
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
『愚者の宴』に続く、【闇色の羊】第2話となります。
今回は突如晶へと刃を向けた、級友達を鎮めて頂きます。
突然発生した状況のため、相談期間がかなり短めとなっております。宜しくお願いします。
知力と能力を駆使し、この場を治めて下さい。
※前回の任務の続きとなっておりますので、OPには前回の参加者が登場しています。
ですが、今回の参加者しか今回の任務には当たれませんので、前回と参加者が異なった場合、『交代した』という状況となります。
※晶を守り輪の中に入られた如月・彩吹(CL2001525)さんが参加された場合は、中心で晶を守っているのは3人、参加なされなかった場合は2人となります。そして彩吹さんが参加された場合であっても『飛行』を活性化されていた場合等は、生徒達を飛び越え外へと出る事も可能です。
外にいる覚達達が中に入ろうと思えば、通常はブロックされ中には入れませんので、何かしらの工夫が必要となります。
※晶を無傷で守ろうと思えば、守る者3人が全ターン『味方ガード』をする必要があります。
●現場と状況
高校の校庭。
他のクラスの生徒達は、既に避難しています。
今校庭にいるのは、晶と耕太、級友、FiVEの覚者、ルファ、AAA隊員、校長(AAA隊員達の更に後ろ)、となります。
晶達が35人の級友達に囲まれている状態です。
二重の輪で囲んでいます。内側に16人、外側に19人です。(内、外、どちらからでも前衛、中衛の位置)
今は全員の意識が中心にいる晶達へと向いていますが、覚者達やAAAが邪魔をすると認識した時点で、外側の者達は背後を向き、こちらに攻撃してきます。
皆様の背後には、AAA隊員達が20人、待機しています。
AAAは無茶でない限り、皆様の指示に従います。
●如月晶 17歳。前世持ち・天行
祖母を殺害した事で、精神状態が脆くなっている少年(今回は、破綻者となる事はありません)。
両親は海外赴任中で、祖母と2人暮らしでした。
前回の事件では、発現した事を打ち明けた親友に裏切られ、周りにバラされた事を恨んでいました。裏切った親友に怪我を負わせ動けなくし、生徒達を傷付ける様子を見せつけ復讐しようとしていました。事件後は己の死を覚悟し、任務にあたった覚者達に殺される事を望んでいました。
任務に当たった覚者達は彼を捕縛し、生きる事を望んでいます。
OP最後のルファの言葉には心が動いている為、ルファに渡さぬようにしようと思えば、何かしらの言葉かけなどが必要となります。
●前田耕太 17歳。
晶の親友。晶が発現した事を身内以外で打ち明けた唯一。
発現したと聞いてから晶とは付き合わなくなり、他の生徒と仲良くするようになりました。
その理由として、
「能力者になった晶を怒らせただけで、殺されるかもしれない」
「晶はオレ達とは違うから、恐ろしくてケンカも出来ない」
と答えました。
●級友 男女35人。
全員が、カッターナイフ、包丁、箒、などの武器を手にしています。近物。
1つ1つの攻撃は弱いですが、人数が多い為、複数の攻撃を受ければ【出血】します。
何故突然晶を襲い始めたのかは不明。晶のクラスの生徒達だけがこういう行動に出た事が怪しく、何かがあると思われます。
けれどもエルフィリア・ハイランド(CL2000613)さんから連絡を受けた『H.S.』、ルファが晶を守ろうとしている事から『死の導師』、この2つの組織が無関係であると判ります。
※生徒達は一般人となりますので、皆様が術式・体術を使用し攻撃した場合、重体(最悪死亡)になります。
●癒雫(ゆだ) 27歳。翼人・水行
ルファ・L・フェイクス。本来は兵庫県の南東部・西宮市郊外にある小さな教会の司祭。現在は隔者組織『死の導師』の一員。
組織のリーダー・聖羅の背後にいる黒幕の正体を探る為、聖羅の命を護る為、組織に残っています。
シナリオ『【緋色の羊】私の愛した悪魔 』で、「聖羅の情報・黒幕について得た情報を限定して流し、聖羅の事は守るよう立ち回る」事で同意し、任務にあたったFiVEの覚者達と約束しています。
今回は晶を守る為、全ターン『味方ガード』を使用します。
●宮下 刹那(nCL2000153)
隔者組織『死の導師』の元一員で、永久という夢見の妹と共にFiVEに保護されました。組織内での呼び名は灰音。組織では常にリーダーの傍らにて行動を共にしていましたが、聖羅の『浄化』を受け組織で活動していた時の事は憶えていません。
今回は晶を守る事に集中し、全ターン『味方ガード』を使用します。
●おまけ
成功条件を満たす事だけであれば、それ程難しくはありません。(ヒントはOPの刹那の台詞)
けれども謎を解き、全てを明確に解決しようと思えば、難易度が上がり、技能なども駆使する作戦を立てる必要があります。
生徒達を鎮める事だけに集中するのか、その他の行動も取るのか。短い期間で推理するか。
皆様にかかっています。
それでは、皆様とご縁があります事、楽しみにしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
4日
4日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
4/6
4/6
公開日
2017年04月17日
2017年04月17日
■メイン参加者 4人■

●
振り返った『黒炎の死神』如月・彩吹(CL2001525)は、如月晶へと平手を打つ。
それは手加減されたものであったが、打たれた拍子に顔を横に向けた晶は、頬を掌で押さえた。
「なに、を……」
きつい瞳で見返した晶の顔が、驚きに変わる。
「簡単に殺されてもいいとか言うな」
ギリッと強く奥歯を噛み締め告げられた言葉に、視線を逸らせた晶が口を噤む。
「言っただろう、このやり方は駄目だと。お前のクラスメイトだって同じだ」
――今度言ったら拳で殴る。
打たれた頬よりも、低く放たれた言葉の方がよっぽど辛かったのだろう。晶が下唇を噛みしめ、俯いた。
「さがっ――て……いろ」
不自然に途切れた言葉は、背を刺してくる刃と、殴る箒が襲ったから。
けれども晶には笑顔を見せて、彩吹は生徒達へと向き直った。
「ルファ神父、勧誘は後にしてくれないか。クラブ活動じゃないんだ。人生の分かれ目になりそうなことを話す状況じゃないだろう」
級友達の攻撃から晶を守りながら、視線は向けずに釘を刺す。
彩吹の言葉に「そうですね」と返しながらも、男は僅かな笑みを浮かべた。
「それでも。晶には今、言ってあげたかったんですよ。……この状況でも、立っていられるように」
「神父ならこっちのパニックな子どもたちをどうにかしてくれ」
文句を言う彩吹に、微笑は浮かべたままで子供達を見る。
「確かに。そうしたいのは山々ですが」
2人の会話は途切れ、次々に襲い掛かる刃に、意識は晶を守る事だけに集中された。
(面白いタイミングで一斉蜂起ね)
口元に笑みを浮かべるエルフィリア・ハイランド(CL2000613)の緑瞳の輝きは、状況を楽しんでいるようにも見える。そして興奮を抑えるように、赤い舌が唇の端を舐めていた。
「……何かしら、訳があるのかしらね」
(もしかして、クラスメイト全員が洗脳されている? というよりも――負の気持ちを高められているのかしら)
冷静に現状を把握しようと努める三島 椿(CL2000061)は、生徒達からは目を離さず考えを巡らせる。
確かに、最初に攻撃を仕掛けたのは晶の方だ。
けれども無差別攻撃は失敗し、今では大人しくなっている。
今の晶に、そこまでする必要はないのではないか。
(彼のクラスだけ、というのも気になるわね……)
そう思えた。
――予断を許さない状況ですね。
『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)も、他の仲間達同様、この状況は誰かが仕組んだものであろうと考えていた。
だからこそ声に出してではなく、『送心』で晶とAAA隊員達へと伝える事にする。
声に出したなら、意図しない相手にも真意を聞かれてしまう事になるかもしれない。
それを避ける為だった。
(「晶さん、AAAの皆さん、一方的にではありますが、お伝えしておきたいことがあります」)
ラーラの送心に、AAA隊員達と晶が僅かに反応した。
AAA隊員達は視線だけを向け、顔ごとこちらに向いた晶にも、心の中で伝えた。
(「今から私が使う妖精結界というスキルは半径100m以内の一般人に対し、その場から立ち退きたい気持ちを起こさせるものです。よほどの精神力を持った人間でない限り、この欲求には逆らえません。つまり、このスキルに抗って見せた人間は、何らかの特別な訓練を受けているか、欲求に素直に従えない程度、何らかの精神干渉を受けていると考えられるんです。級友さん達がスキルの影響で立ち去れば事態の打開に繋がりますし、立ち去らなければ、こんなことをしてるのが精神干渉か特殊な訓練によるものだって分かると思うんです。皆さんの中にも、このスキルの影響を辛く感じる方がいたら申し訳ありません。何とか踏みとどまっていただけたらと……スキルの影響が耕太さんや校長先生に出た時は、どなたか安全なところへの避難誘導をお願いします」)
(「――では、いきますよ」)
●
ラーラが展開した『妖精結界』に、前田耕太は辛そうに顔を歪める。
晶と校庭の先を交互に見遣り、きつく拳を握りしめていた。
その反応は、葛藤が生まれている証拠。
この場から離れたいけれど離れる訳にはいかない――そんな思いが、伝わってくるようだった。
離れる訳には……。
そう思っているのは、この高校の責任者である校長もだろう。
けれども思いの強さなのか、精神力の差なのか。
僅かにずつ、重い足を後退させていた。
「校長の避難をお願い」
椿の声に頷いて、隊員の1人が校長を避難させる。それでも耕太は踏み留まり、拳を握り冷や汗を流しながらも級友と晶がどうなってしまうのかを見守っていた。
覚者だけではなく全員が逃げる素振りすら見せないAAA隊員達を見て、エルフィリアは「さすがと言うべきかしらね」と呟く。
(欲求に耐えるのは辛いでしょうけれど。……ま、対抗訓練の延長って事で頑張ってもらいましょ)
そしてそれは、1人も離れない級友達にも言えること。
彼等が精神干渉を受けているのか、特殊な訓練を受けているのか。
妖精結界を解いたラーラは、かけた振るいの結果にどちらなのだろうと思う。
逃げないのは、耕太も同じ。
まさか彼がこんな事を企んだとは思いたくないが、現場に残った限りは、警戒する必要があった。
(「隊員のどなたか、耕太さんについていただけますか。そして現場に残っている他のAAAの皆さんは、申し訳ありませんが、体術、術式等によらない攻撃で級友さん達を無力化するのにご協力ください。怪我はさせないでください」)
再び伝えた送心での言葉に、1人の隊員が耕太へと付く。
そして武器をしまった隊員達と共に、ラーラは足を踏み出した。
(耕太だけは洗脳を受けていないみたいだけど……彼とクラスメイト達では何が違った? それは、晶への想いの違いじゃないかしら)
椿は、耕太だけが武器を持たず晶に襲いかかろうとしない理由を、そう分析していた。
――親友だったのだから、例え嫌っても距離を置いても思い出があるわ。楽しかった思い出が……。
(その思い出が強いから、気持ちが強いから、晶への負の感情が皆ほど、強められていないのではないかしら)
考えている間にも、生徒達は晶を襲おうと彩吹達に武器を振るっている。
エネミースキャンで生徒達の状態を解析すれば、やはり特殊な能力も体力も無いのが判った。
椿は武器の和弓を地面へと置いて、晶と仲間達を救う為に輪へと進んでいく。
「道を開いて、突破するわ。手伝いをお願い。ただし――生徒達の怪我は最低限で」
その言葉に頷いたAAA隊員達が、椿と共に進んだ。
(この子達。鞭でいたぶってあげるのも面白そうだけど、素手で穏便に制圧、かしらね)
仕方ない、と呟いたエルフィリアも、AAA隊員達と共に輪へと近付く。
振り返りこちらにも攻撃を仕掛けてきた生徒の手を掴み、捻りあげた。
(なるべく、制圧の風景を撮影されていても事が大きくならないようにしないとね)
エルフィリアは万が一と黒幕とカメラの存在を警戒し、行動していた。
体ごとぶつかるように、女生徒の1人が彩吹の腹部に包丁を突き刺す。
彩吹が刺さった刃を握れば、ビクッと体を震わせた。
カタカタとその手が震えている。自分が刺した場所から流れ出る彩吹の血が、ポタリポタリと地面に落ちるのを目にして、動けなくなっていた。
「大丈夫?」
彩吹の言葉に、目を見開いて顔を上げる。
「素人がそんなものを振り回すと危ないよ 怪我をしたらどうするんだ」
己の怪我は気にしない穏やかな声が、余計に女生徒の震えを増幅させた。
けれども頑なに何度も首を振り、女生徒は微かな声で呟く。
「……死にたく、ない……」
●
人数は負けていても、戦闘能力はAAAを含むこちらが圧倒的に有利だった。
それでも全員が、生徒達にあまり怪我を負わせぬようにと配慮している。無茶苦茶に刃を振るい、箒を振り回す生徒達に苦戦していた。
そんな戦いの中、エルフィリアは空色の翼を大きく広げる。
飛行で生徒達の上空を飛び越えると、刹那の横へと降り立った。フラフラの刹那に代わり、晶へと味方ガードする。
「殴ってやりたいとか、声に出して言うから余計に狙われるのよ」
零してから、不満そうな刹那に目を向けた。
「庇うとかアタシ向きの仕事じゃないんだからね。早く回復してもらって交代しなさいよ」
ふん、と鼻を鳴らした刹那が、エルフィリアから顔を背けたままで言う。
「俺よりは、向いてそうだがな」
外側に居るラーラは、懸命に生徒達の無力化に努める。戦闘不能以上の被害は出さぬよう配慮を続けながら、目の前に立ちはだかる生徒達の様子に眉根を寄せていた。
(こうして戦ってみても、攻撃の仕方を見ても、特別な訓練を受けているようには思えません。……やはり何かしらの精神干渉を受けているんでしょうか……)
椿は、今にも片膝を付きそうな刹那、ルファやAAAも含めた仲間達全員へと潤しの雨を降らせる。青き雨は傷付いた仲間達へと暖かく浸透し、体力を回復していった。
晶を庇い続ける彩吹は、生徒達の殺意と攻撃を受け留める。
超直観で生徒達の様子を見ていれば、彼等のその瞳にあるのは『恐怖』なのだと気が付いた。
エルフィリアはカッターナイフで刺してきた男子生徒の刃を受けながら、その頭を引き寄せる。己の胸に押し付けるように抱いてやれば、「なっ」と驚いた声を発し男子生徒がエルフィリアの体を押しのけた。
何、すんだッ! と叫んで顔を真っ赤にした男子生徒に、「あら」とエルフィリアは意外そうな声を出す。
(効果無い訳じゃないのね……)
操られている、という事ではないらしい。少なくとも、『完全』には。
(自分の意思で、やっているつもりなのかしら)
エルフィリアが内側へと入り晶をガードする人数が増えた事で、彩吹は今まで出来なかった、生徒達以外の事にも注意を払えるようになっていた。
彼女が使うのは、鷹の目。
不自然なものや、誰かからの視線を探る。四方を見渡し、見つけたのは――。
離れたビルの屋上から、こちらへと向けられたレンズ。
ビデオカメラのものだ。
それはエルフィリアや仲間達の警戒が、現実であった事を示していた。
レンズを通し、あちらも彩吹の視線に気付いたようだった。
「見つけた、ビデオだ」
彩吹の言葉に、ルファや仲間達が彼女に目を向ける。
と同時に、腹部へと鋭い痛みが走った。
刺してきた生徒の手を掴み、告げる。
「――もうやめろ。武器を捨てるんだ」
済崩しに、生徒達の勢いはFiVEの覚者達とAAA隊員達によって削がれていった。
そして戦闘が終わり落ち着きを取り戻せば、晶の級友達も、覚者や隊員達が自分達へは素手で対処していた事に気付き、少しの安心感と信用を抱いてくれたらしかった。
「カメラが見えたのはどこ?」
戦闘後すぐに、エルフィリアと刹那が彩吹の代わりにカメラが見えたというビルの屋上へと向かう。
けれども飛行し降り立った時には既に誰の姿もなく、何の痕跡も残ってはいなかった。
「……逃げ足が速いのね」
●
「逃げた後だったわ。その辺りも捜してみたけど、既に居なかった」
戻って来たエルフィリアと刹那の報告に、彩吹はカグヤの『ていさつ』を使う。上空から周りの様子を確認してみたが、監視カメラや怪しい物は見つからなかった。
「ごめんなさい。怪我をさせてしまって」
椿の声が、風に乗る。
風と共に降り注いだ雨は生徒達を優しく癒し、生徒達も「ごめん」「ごめんなさい」と口々に涙を落とした。
彼女の雨が癒すのは、生徒達だけではない。AAA隊員や仲間達にも、等しく浸み込んでゆく。
けれどその中で独り、その癒しを拒んだ者がいた。
男は血を滴らせながら微笑を浮かべ、椿の回復を受け取らずにいる。
「大丈夫そうには見えないけれど」
晶の無事を確認していた彩吹が、視線だけを司祭に向けた。そうして晶が無傷でいる事を確認すると、「良かった」と笑顔を見せる。
「皆、ごめん。ありがとう。怪我までして」
晶の言葉に頭をわしわしと撫でて、彩吹が笑みを深めていた。
「よく言えた。素直が1番だよ」
その後ルファに流された視線が、何を言いたいのかは男にも判っていた。
「これからは、私をしっかりと敵と認識する必要があるという事です」
どういう事なの、と呟いた椿に、「皆さんも既に判っておられるでしょう」と返す。
「何者かが、録画していた。誓って言えますが、聖羅ではありません。これが万が一、あなた方を貶める目的を持った者の仕業だとしたら、私を助ける事はあなた方の不利になるかもしれません。『隔者』と繋がりがある、と見做され一般人からの信頼が揺らいでしまうかも……。私は、『死の導師』の癒雫ですから」
「その、今回の犯人だけれど」
呟いた椿が、生徒達を振り返った。
「このクラスの担任は誰かしら」
え? と。子供達から声が洩れる。そして彩吹が「あ」と声を出した。
「カメラで隠れて顔はあまり見えなかったけれど、あれは担任の岩崎先生か」
彩吹が制服を借りた時に、渡してくれた若い男性教員。
「これをやったのは、クラスメイト全員と深く関わる人よ。彼等の思考に強く、影響を与えられる人」
気を付けなくてはいけなったのは、生徒達が武器を手にし晶を襲った時、この場に『居なくてはいけない』のに、『居なかった』人物。
校長よりもよっぽど、すぐさまこの場に駆け付け、生徒達を諫める立場にあった人物だ。
――担任が怪しいと、推理出来ていたのに。
椿は僅かに、唇を噛む。
彼を捕らえようと思えば、級友達が晶を襲っている間――仲間やAAA隊員達が彼等を止めている間に、別行動を取り捜さなくてはいけなかったのだ。
「けれど」
仲間達を癒せるのは、自分しかいなかった。
FiVEの覚者が少なく、癒しを施せる者が自分以外に居ない中で、この場を離れる事など出来はしなかった。
この人数で、精一杯の事を覚者達はしたのだ。
「岩崎先生は、何と? どう言って、皆さんに影響を与えたのでしょうか」
クラスメイト達が何故あんな風になったのかを知る為、ラーラは生徒達へと聞いてゆく。
「先生、子供の頃、隔者に両親を殺されたんだ」
「数年前には、自分を引き取って育ててくれた叔父さんも、破綻者に、殺されて……」
「その時、どんな風に殺されたのかを、教えてくれた」
「凄く怖かった……」
「まるで自分が、リアルにその場にいる気がした。先生可哀そうって事より――」
「自分がその場にいたら、どうするだろうって。何が出来るだろうって、ずっと考えてた」
「先生はさ、1度だけ言ったんだ。『自分がもしあの時、何か武器になる物を持っていたなら』って」
「人の命はこんなにも脆く儚いんだって」
「俺、親を殺されたくない」
「私達は、死にたくない」
そう言って、生徒達は身を震わせた。
けれど決して、岩崎は晶を責めたり差別したりはしなかったと言う。
「先生だから、表面上は差別出来なかったんだと思う」
「まるで特別扱い、してるみたいに俺には見えた」
そうですか、と落として、ラーラは瞼を閉じた。
物理的な縄ではなく、何度も聞かせた恐怖という見えない縄で、生徒達を縛っていたのだ。
加え同情させ、嫉妬させて。
全ての怒りが、晶へ向くよう仕掛けた。
岩崎自身もしかすると――己のクラスの生徒が発現するとは、思わなかったのかもしれない。
1番強い恨みを持っているのは、晶だった。
けれどもその次は、もしかすると岩崎だったのかもしれない……。
●
「では晶、君はこれからどうしますか?」
生徒達の言葉に俯く少年に、ルファが問う。顔を上げた彼に、彩吹が「晶」と声をかけた。
「環境が変わり過ぎて難しいかもしれないが考えろ。お前は本当に後戻りできないのか? 耕太は1度お前から逃げたけど、聞こえなかった? さっきクラスメイトに『何してんだよ』と言ったよ。……私には、友だちを思う台詞に聞こえたけれど」
揺れる瞳が、親友を探す。動けずにいる耕太の背を押してやりながら、エルフィリアが肩を竦めた。
「アタシは晶がFiVEの庇護に入ろうとも神父様達と一緒に行こうと、もどっちでも構わないスタンスよ」
ただま、と言いながら重い足の耕太を、晶の前へと立たせる。
「『恐ろしくてケンカが出来ない』? それって裏を返せばケンカ出来る仲で居たかったって事よね。それを本当に居たかったで終わらすか、もう1度やり直すかは耕太と晶次第。……年上からアドバイスするとしたら、1度失ってしまえば取り戻すのは大変よ。――今ならまだ間に合うわ」
エルフィリアの前で、少年達はまるで初対面のように互いに俯いていた。
「晶、貴方の罪は貴方が一生背負い、向き合っていくもの。親友や祖母に見せる貴方は、これからの貴方は、どうありたい?」
椿の言葉に、晶が視線を上げる。そうして耕太と視線を合わせた。
「俺、は……」
祖母を殺した事を、乗り越えられないでいる――そう椿には思えた。
「支えが必要なら私がなりたい。私は罪を背負う友の隣で目を逸らさず、支えたいわ」
「あんたの友達にいるの? 罪を犯した人?」
頷いた椿の言葉が、覚者達の言葉が、晶に何処に居たいのかを決めさせる。
「俺……あんた達と行くよ。そして罪を、償う」
晶の言葉に、耕太が涙を流した。
バカヤロ、と零して。
「携帯の番号、変えんな」
と袖で目を擦った。
「では晶。聖羅が言ったように、後悔のない事を」
晶を頼みます、と覚者達に告げて。男は黒い翼を広げ、飛び去った。
振り返った『黒炎の死神』如月・彩吹(CL2001525)は、如月晶へと平手を打つ。
それは手加減されたものであったが、打たれた拍子に顔を横に向けた晶は、頬を掌で押さえた。
「なに、を……」
きつい瞳で見返した晶の顔が、驚きに変わる。
「簡単に殺されてもいいとか言うな」
ギリッと強く奥歯を噛み締め告げられた言葉に、視線を逸らせた晶が口を噤む。
「言っただろう、このやり方は駄目だと。お前のクラスメイトだって同じだ」
――今度言ったら拳で殴る。
打たれた頬よりも、低く放たれた言葉の方がよっぽど辛かったのだろう。晶が下唇を噛みしめ、俯いた。
「さがっ――て……いろ」
不自然に途切れた言葉は、背を刺してくる刃と、殴る箒が襲ったから。
けれども晶には笑顔を見せて、彩吹は生徒達へと向き直った。
「ルファ神父、勧誘は後にしてくれないか。クラブ活動じゃないんだ。人生の分かれ目になりそうなことを話す状況じゃないだろう」
級友達の攻撃から晶を守りながら、視線は向けずに釘を刺す。
彩吹の言葉に「そうですね」と返しながらも、男は僅かな笑みを浮かべた。
「それでも。晶には今、言ってあげたかったんですよ。……この状況でも、立っていられるように」
「神父ならこっちのパニックな子どもたちをどうにかしてくれ」
文句を言う彩吹に、微笑は浮かべたままで子供達を見る。
「確かに。そうしたいのは山々ですが」
2人の会話は途切れ、次々に襲い掛かる刃に、意識は晶を守る事だけに集中された。
(面白いタイミングで一斉蜂起ね)
口元に笑みを浮かべるエルフィリア・ハイランド(CL2000613)の緑瞳の輝きは、状況を楽しんでいるようにも見える。そして興奮を抑えるように、赤い舌が唇の端を舐めていた。
「……何かしら、訳があるのかしらね」
(もしかして、クラスメイト全員が洗脳されている? というよりも――負の気持ちを高められているのかしら)
冷静に現状を把握しようと努める三島 椿(CL2000061)は、生徒達からは目を離さず考えを巡らせる。
確かに、最初に攻撃を仕掛けたのは晶の方だ。
けれども無差別攻撃は失敗し、今では大人しくなっている。
今の晶に、そこまでする必要はないのではないか。
(彼のクラスだけ、というのも気になるわね……)
そう思えた。
――予断を許さない状況ですね。
『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)も、他の仲間達同様、この状況は誰かが仕組んだものであろうと考えていた。
だからこそ声に出してではなく、『送心』で晶とAAA隊員達へと伝える事にする。
声に出したなら、意図しない相手にも真意を聞かれてしまう事になるかもしれない。
それを避ける為だった。
(「晶さん、AAAの皆さん、一方的にではありますが、お伝えしておきたいことがあります」)
ラーラの送心に、AAA隊員達と晶が僅かに反応した。
AAA隊員達は視線だけを向け、顔ごとこちらに向いた晶にも、心の中で伝えた。
(「今から私が使う妖精結界というスキルは半径100m以内の一般人に対し、その場から立ち退きたい気持ちを起こさせるものです。よほどの精神力を持った人間でない限り、この欲求には逆らえません。つまり、このスキルに抗って見せた人間は、何らかの特別な訓練を受けているか、欲求に素直に従えない程度、何らかの精神干渉を受けていると考えられるんです。級友さん達がスキルの影響で立ち去れば事態の打開に繋がりますし、立ち去らなければ、こんなことをしてるのが精神干渉か特殊な訓練によるものだって分かると思うんです。皆さんの中にも、このスキルの影響を辛く感じる方がいたら申し訳ありません。何とか踏みとどまっていただけたらと……スキルの影響が耕太さんや校長先生に出た時は、どなたか安全なところへの避難誘導をお願いします」)
(「――では、いきますよ」)
●
ラーラが展開した『妖精結界』に、前田耕太は辛そうに顔を歪める。
晶と校庭の先を交互に見遣り、きつく拳を握りしめていた。
その反応は、葛藤が生まれている証拠。
この場から離れたいけれど離れる訳にはいかない――そんな思いが、伝わってくるようだった。
離れる訳には……。
そう思っているのは、この高校の責任者である校長もだろう。
けれども思いの強さなのか、精神力の差なのか。
僅かにずつ、重い足を後退させていた。
「校長の避難をお願い」
椿の声に頷いて、隊員の1人が校長を避難させる。それでも耕太は踏み留まり、拳を握り冷や汗を流しながらも級友と晶がどうなってしまうのかを見守っていた。
覚者だけではなく全員が逃げる素振りすら見せないAAA隊員達を見て、エルフィリアは「さすがと言うべきかしらね」と呟く。
(欲求に耐えるのは辛いでしょうけれど。……ま、対抗訓練の延長って事で頑張ってもらいましょ)
そしてそれは、1人も離れない級友達にも言えること。
彼等が精神干渉を受けているのか、特殊な訓練を受けているのか。
妖精結界を解いたラーラは、かけた振るいの結果にどちらなのだろうと思う。
逃げないのは、耕太も同じ。
まさか彼がこんな事を企んだとは思いたくないが、現場に残った限りは、警戒する必要があった。
(「隊員のどなたか、耕太さんについていただけますか。そして現場に残っている他のAAAの皆さんは、申し訳ありませんが、体術、術式等によらない攻撃で級友さん達を無力化するのにご協力ください。怪我はさせないでください」)
再び伝えた送心での言葉に、1人の隊員が耕太へと付く。
そして武器をしまった隊員達と共に、ラーラは足を踏み出した。
(耕太だけは洗脳を受けていないみたいだけど……彼とクラスメイト達では何が違った? それは、晶への想いの違いじゃないかしら)
椿は、耕太だけが武器を持たず晶に襲いかかろうとしない理由を、そう分析していた。
――親友だったのだから、例え嫌っても距離を置いても思い出があるわ。楽しかった思い出が……。
(その思い出が強いから、気持ちが強いから、晶への負の感情が皆ほど、強められていないのではないかしら)
考えている間にも、生徒達は晶を襲おうと彩吹達に武器を振るっている。
エネミースキャンで生徒達の状態を解析すれば、やはり特殊な能力も体力も無いのが判った。
椿は武器の和弓を地面へと置いて、晶と仲間達を救う為に輪へと進んでいく。
「道を開いて、突破するわ。手伝いをお願い。ただし――生徒達の怪我は最低限で」
その言葉に頷いたAAA隊員達が、椿と共に進んだ。
(この子達。鞭でいたぶってあげるのも面白そうだけど、素手で穏便に制圧、かしらね)
仕方ない、と呟いたエルフィリアも、AAA隊員達と共に輪へと近付く。
振り返りこちらにも攻撃を仕掛けてきた生徒の手を掴み、捻りあげた。
(なるべく、制圧の風景を撮影されていても事が大きくならないようにしないとね)
エルフィリアは万が一と黒幕とカメラの存在を警戒し、行動していた。
体ごとぶつかるように、女生徒の1人が彩吹の腹部に包丁を突き刺す。
彩吹が刺さった刃を握れば、ビクッと体を震わせた。
カタカタとその手が震えている。自分が刺した場所から流れ出る彩吹の血が、ポタリポタリと地面に落ちるのを目にして、動けなくなっていた。
「大丈夫?」
彩吹の言葉に、目を見開いて顔を上げる。
「素人がそんなものを振り回すと危ないよ 怪我をしたらどうするんだ」
己の怪我は気にしない穏やかな声が、余計に女生徒の震えを増幅させた。
けれども頑なに何度も首を振り、女生徒は微かな声で呟く。
「……死にたく、ない……」
●
人数は負けていても、戦闘能力はAAAを含むこちらが圧倒的に有利だった。
それでも全員が、生徒達にあまり怪我を負わせぬようにと配慮している。無茶苦茶に刃を振るい、箒を振り回す生徒達に苦戦していた。
そんな戦いの中、エルフィリアは空色の翼を大きく広げる。
飛行で生徒達の上空を飛び越えると、刹那の横へと降り立った。フラフラの刹那に代わり、晶へと味方ガードする。
「殴ってやりたいとか、声に出して言うから余計に狙われるのよ」
零してから、不満そうな刹那に目を向けた。
「庇うとかアタシ向きの仕事じゃないんだからね。早く回復してもらって交代しなさいよ」
ふん、と鼻を鳴らした刹那が、エルフィリアから顔を背けたままで言う。
「俺よりは、向いてそうだがな」
外側に居るラーラは、懸命に生徒達の無力化に努める。戦闘不能以上の被害は出さぬよう配慮を続けながら、目の前に立ちはだかる生徒達の様子に眉根を寄せていた。
(こうして戦ってみても、攻撃の仕方を見ても、特別な訓練を受けているようには思えません。……やはり何かしらの精神干渉を受けているんでしょうか……)
椿は、今にも片膝を付きそうな刹那、ルファやAAAも含めた仲間達全員へと潤しの雨を降らせる。青き雨は傷付いた仲間達へと暖かく浸透し、体力を回復していった。
晶を庇い続ける彩吹は、生徒達の殺意と攻撃を受け留める。
超直観で生徒達の様子を見ていれば、彼等のその瞳にあるのは『恐怖』なのだと気が付いた。
エルフィリアはカッターナイフで刺してきた男子生徒の刃を受けながら、その頭を引き寄せる。己の胸に押し付けるように抱いてやれば、「なっ」と驚いた声を発し男子生徒がエルフィリアの体を押しのけた。
何、すんだッ! と叫んで顔を真っ赤にした男子生徒に、「あら」とエルフィリアは意外そうな声を出す。
(効果無い訳じゃないのね……)
操られている、という事ではないらしい。少なくとも、『完全』には。
(自分の意思で、やっているつもりなのかしら)
エルフィリアが内側へと入り晶をガードする人数が増えた事で、彩吹は今まで出来なかった、生徒達以外の事にも注意を払えるようになっていた。
彼女が使うのは、鷹の目。
不自然なものや、誰かからの視線を探る。四方を見渡し、見つけたのは――。
離れたビルの屋上から、こちらへと向けられたレンズ。
ビデオカメラのものだ。
それはエルフィリアや仲間達の警戒が、現実であった事を示していた。
レンズを通し、あちらも彩吹の視線に気付いたようだった。
「見つけた、ビデオだ」
彩吹の言葉に、ルファや仲間達が彼女に目を向ける。
と同時に、腹部へと鋭い痛みが走った。
刺してきた生徒の手を掴み、告げる。
「――もうやめろ。武器を捨てるんだ」
済崩しに、生徒達の勢いはFiVEの覚者達とAAA隊員達によって削がれていった。
そして戦闘が終わり落ち着きを取り戻せば、晶の級友達も、覚者や隊員達が自分達へは素手で対処していた事に気付き、少しの安心感と信用を抱いてくれたらしかった。
「カメラが見えたのはどこ?」
戦闘後すぐに、エルフィリアと刹那が彩吹の代わりにカメラが見えたというビルの屋上へと向かう。
けれども飛行し降り立った時には既に誰の姿もなく、何の痕跡も残ってはいなかった。
「……逃げ足が速いのね」
●
「逃げた後だったわ。その辺りも捜してみたけど、既に居なかった」
戻って来たエルフィリアと刹那の報告に、彩吹はカグヤの『ていさつ』を使う。上空から周りの様子を確認してみたが、監視カメラや怪しい物は見つからなかった。
「ごめんなさい。怪我をさせてしまって」
椿の声が、風に乗る。
風と共に降り注いだ雨は生徒達を優しく癒し、生徒達も「ごめん」「ごめんなさい」と口々に涙を落とした。
彼女の雨が癒すのは、生徒達だけではない。AAA隊員や仲間達にも、等しく浸み込んでゆく。
けれどその中で独り、その癒しを拒んだ者がいた。
男は血を滴らせながら微笑を浮かべ、椿の回復を受け取らずにいる。
「大丈夫そうには見えないけれど」
晶の無事を確認していた彩吹が、視線だけを司祭に向けた。そうして晶が無傷でいる事を確認すると、「良かった」と笑顔を見せる。
「皆、ごめん。ありがとう。怪我までして」
晶の言葉に頭をわしわしと撫でて、彩吹が笑みを深めていた。
「よく言えた。素直が1番だよ」
その後ルファに流された視線が、何を言いたいのかは男にも判っていた。
「これからは、私をしっかりと敵と認識する必要があるという事です」
どういう事なの、と呟いた椿に、「皆さんも既に判っておられるでしょう」と返す。
「何者かが、録画していた。誓って言えますが、聖羅ではありません。これが万が一、あなた方を貶める目的を持った者の仕業だとしたら、私を助ける事はあなた方の不利になるかもしれません。『隔者』と繋がりがある、と見做され一般人からの信頼が揺らいでしまうかも……。私は、『死の導師』の癒雫ですから」
「その、今回の犯人だけれど」
呟いた椿が、生徒達を振り返った。
「このクラスの担任は誰かしら」
え? と。子供達から声が洩れる。そして彩吹が「あ」と声を出した。
「カメラで隠れて顔はあまり見えなかったけれど、あれは担任の岩崎先生か」
彩吹が制服を借りた時に、渡してくれた若い男性教員。
「これをやったのは、クラスメイト全員と深く関わる人よ。彼等の思考に強く、影響を与えられる人」
気を付けなくてはいけなったのは、生徒達が武器を手にし晶を襲った時、この場に『居なくてはいけない』のに、『居なかった』人物。
校長よりもよっぽど、すぐさまこの場に駆け付け、生徒達を諫める立場にあった人物だ。
――担任が怪しいと、推理出来ていたのに。
椿は僅かに、唇を噛む。
彼を捕らえようと思えば、級友達が晶を襲っている間――仲間やAAA隊員達が彼等を止めている間に、別行動を取り捜さなくてはいけなかったのだ。
「けれど」
仲間達を癒せるのは、自分しかいなかった。
FiVEの覚者が少なく、癒しを施せる者が自分以外に居ない中で、この場を離れる事など出来はしなかった。
この人数で、精一杯の事を覚者達はしたのだ。
「岩崎先生は、何と? どう言って、皆さんに影響を与えたのでしょうか」
クラスメイト達が何故あんな風になったのかを知る為、ラーラは生徒達へと聞いてゆく。
「先生、子供の頃、隔者に両親を殺されたんだ」
「数年前には、自分を引き取って育ててくれた叔父さんも、破綻者に、殺されて……」
「その時、どんな風に殺されたのかを、教えてくれた」
「凄く怖かった……」
「まるで自分が、リアルにその場にいる気がした。先生可哀そうって事より――」
「自分がその場にいたら、どうするだろうって。何が出来るだろうって、ずっと考えてた」
「先生はさ、1度だけ言ったんだ。『自分がもしあの時、何か武器になる物を持っていたなら』って」
「人の命はこんなにも脆く儚いんだって」
「俺、親を殺されたくない」
「私達は、死にたくない」
そう言って、生徒達は身を震わせた。
けれど決して、岩崎は晶を責めたり差別したりはしなかったと言う。
「先生だから、表面上は差別出来なかったんだと思う」
「まるで特別扱い、してるみたいに俺には見えた」
そうですか、と落として、ラーラは瞼を閉じた。
物理的な縄ではなく、何度も聞かせた恐怖という見えない縄で、生徒達を縛っていたのだ。
加え同情させ、嫉妬させて。
全ての怒りが、晶へ向くよう仕掛けた。
岩崎自身もしかすると――己のクラスの生徒が発現するとは、思わなかったのかもしれない。
1番強い恨みを持っているのは、晶だった。
けれどもその次は、もしかすると岩崎だったのかもしれない……。
●
「では晶、君はこれからどうしますか?」
生徒達の言葉に俯く少年に、ルファが問う。顔を上げた彼に、彩吹が「晶」と声をかけた。
「環境が変わり過ぎて難しいかもしれないが考えろ。お前は本当に後戻りできないのか? 耕太は1度お前から逃げたけど、聞こえなかった? さっきクラスメイトに『何してんだよ』と言ったよ。……私には、友だちを思う台詞に聞こえたけれど」
揺れる瞳が、親友を探す。動けずにいる耕太の背を押してやりながら、エルフィリアが肩を竦めた。
「アタシは晶がFiVEの庇護に入ろうとも神父様達と一緒に行こうと、もどっちでも構わないスタンスよ」
ただま、と言いながら重い足の耕太を、晶の前へと立たせる。
「『恐ろしくてケンカが出来ない』? それって裏を返せばケンカ出来る仲で居たかったって事よね。それを本当に居たかったで終わらすか、もう1度やり直すかは耕太と晶次第。……年上からアドバイスするとしたら、1度失ってしまえば取り戻すのは大変よ。――今ならまだ間に合うわ」
エルフィリアの前で、少年達はまるで初対面のように互いに俯いていた。
「晶、貴方の罪は貴方が一生背負い、向き合っていくもの。親友や祖母に見せる貴方は、これからの貴方は、どうありたい?」
椿の言葉に、晶が視線を上げる。そうして耕太と視線を合わせた。
「俺、は……」
祖母を殺した事を、乗り越えられないでいる――そう椿には思えた。
「支えが必要なら私がなりたい。私は罪を背負う友の隣で目を逸らさず、支えたいわ」
「あんたの友達にいるの? 罪を犯した人?」
頷いた椿の言葉が、覚者達の言葉が、晶に何処に居たいのかを決めさせる。
「俺……あんた達と行くよ。そして罪を、償う」
晶の言葉に、耕太が涙を流した。
バカヤロ、と零して。
「携帯の番号、変えんな」
と袖で目を擦った。
「では晶。聖羅が言ったように、後悔のない事を」
晶を頼みます、と覚者達に告げて。男は黒い翼を広げ、飛び去った。

■あとがき■
ご参加、誠に有難うございました。
お待たせをしてしまい、申し訳ありません。
MVPは、担任の仕業と見抜き、理由を含んでプレイングに書かれていました椿さんに。
OP公開後、出発まで短い期間でありましたが、お見事でございました。
そして妖精結界を使い級友達に精神干渉があると早期に見破り、録画の可能性を見抜いて仲間達と共有し、飛行ではなく鷹の目を優先的に活性化して犯人とカメラを見つけた、(犯人確保には残念ながら到りはしませんでしたが)素晴らしいチームワークでありました。
少しでも楽しんで頂けましたら、幸いです。有難うございました。
お待たせをしてしまい、申し訳ありません。
MVPは、担任の仕業と見抜き、理由を含んでプレイングに書かれていました椿さんに。
OP公開後、出発まで短い期間でありましたが、お見事でございました。
そして妖精結界を使い級友達に精神干渉があると早期に見破り、録画の可能性を見抜いて仲間達と共有し、飛行ではなく鷹の目を優先的に活性化して犯人とカメラを見つけた、(犯人確保には残念ながら到りはしませんでしたが)素晴らしいチームワークでありました。
少しでも楽しんで頂けましたら、幸いです。有難うございました。
