【儚語】ダストマンイズカミング
【儚語】ダストマンイズカミング


●サクラメントディスコード
 そこを右だ。
 覚えていた通りの道を曲がり、物陰に隠れてしゃがみ込む。
 時間がない。走り回って疲れきった体では息を整えることもままならず、口に手を当てて呼吸の音を隠すので精一杯だ。
 もう何時間、逃げ回っている。ずっと、ずっと、知っているとおりだ。覚えているとおりだ。
 知っている。この先を自分は知っている。この瞬間の次を自分はわかっている。
 のそりと、のぞりと、それが通り過ぎる。
 ゆっくりと節くれだった体を動かして、目の前を歩いて行く。心臓が飛び出そうだ。必死で口を抑えてはいるが、それはいつまでたっても静まらない。早鐘が聞こえる。頼むから、お願いだから、聞こえてくれるなと願い続けている。
 通り過ぎろ。通り過ぎろ。お前はまだ自分に気づいていない。気づいていない。気づいているはずがない。気づいている未来など自分は見ていない。見ていない。だから振り向くな。やめろ。立ち止まるな。何かを探すな。匂いをかぐな。
 やがて、緩慢にそれは歩き去っていく。歩き去ろうとする。そうだ。それでいい。頼む。ここから先は知らないんだ。だから、お願いだ。けして。けして。
 ずしり。ずしり。その巨体がどれほどの重さであるのかなど想像もしたくない。その大きな大きな異形が地面を踏みしめる音。その一音ごとに遠ざかっているはずが這い寄られているようにも感じる。
 ずしり。ずしり。苦しい。心が苦しい。辛い。叫びたい。喚きだしてしまいたい。
 パニック映画の主人公を尊敬する。自分で歩けもしない馬鹿女は叫んで気づかれていつだってヒーローの邪魔をしてばかりだ。嗚呼でもこの瞬間は、謝ろう。謝罪する。わかる。気持ちがわかる。こんなもの、気づかれるのだと知っていても、わかっていても、その隣の刹那には殺されるのだとしても、叫び出さずに入られない。脳が現実に拒否反応を起こし、諦念と絶望と逃避に生命を捨ててしまいたくなるのだ。辛い辛い現実に、心が耐え切れなくなるのだ。大人なら、兵であるのならこめかみを撃ち抜けばいい。より辛いことになる前に、恐怖で耐え切れなくなる前に己を放棄してしまえばいい。
 だがそれができない。舌を噛み切る勇気もない少女には、叫んで誰かを待つしかできないのだ。生きることに本意になるしかないのだ。
 だから、だから、それもできない自分には、タフガイの現れない自分には、叫ぶという逃避すら許されていないというのに。
 だから。だから。立ち止まるな。やめてくれ。やめてくれ。なんだそれは。頼む。頼むから、この先は知らないんだ。
 瞳が開く。ひょろながい(自分の三倍はある)胴体の肩から腰まで。無数の眼球。それらが一斉に見開いてぎょろぎょろと動く。そうして自分を見つけて、焦点を合わせて。
 瞳だけの瞳だらけの背でにんまりと笑った。
 立ち上がれ。逃げろ。
 逃げろ。

●トップギアオールディスイズ
「今回は救出任務となります」
 無機質な説明が、任務に余裕を挟めるものではないのだと皆に悟らせた。
「ロケーションは資料通りの廃墟。元は中等学校ですが、現在は所有者不明の建造物に過ぎません。任務時間は深夜1時頃となります」
 廃墟の詳細が3Dマップとしてモニターに映し出される。今あたまに叩きこめということだろう。入り口、階段、非常口。要所を目で追い、戦える場所と不利になる場所を追う癖が身についていた。
「繰り返しますが、今回は救出任務となります。対象は夢見である可能性が高く、妖の撃破よりもその無事が最優先です。くれぐれも、任務目標をお忘れなきよう」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:yakigote
■成功条件
1.夢見と思われる少年の救出
2.なし
3.なし
皆様如何お過ごしでしょう、yakigoteです。

妖のいる廃墟に夢見であると思われる少年が迷い込みました。
彼は一切の戦闘力を持たず、廃墟内を逃げまわっています。

彼はこの妖に大きな恐怖を抱いており、時間が過ぎるに連れて疲弊し、心が摩耗していくことでしょう。
あまりに長くこの環境にいれば心が壊れてしまうかもしれません。
彼を『無事に』救出することが今回の任務となります。

少年は妖に見つからぬよう常に逃げまわっているため、戦闘しながら見つけ出すことは難しくなるでしょう。
妖は少年を探していますが、覚者達に気づくと襲いかかってきます。こちらは図体も大きいので発見は容易です。

●少年
・夢見であると思われる少年。
・十代前半であると思われる。
・戦闘力はなく、発見時の経過次第では自分で歩くこともままならない可能性があります。

●妖
・ランク2。生物系。
・成人男性よりも遥かに大きな上背を持った妖。
・二足歩行であるものの、顔は魚のよう。
・背中に無数の目が開く。
・図体が大きいだけに鈍足ではあるものの、力が強く、強力な範囲攻撃を得意とします。

●廃墟
・元学校。三階建て。
・入り口やどの窓も粘膜のようなもので覆われており、一般人の能力では開くことができません。覚者の能力であれば開通は容易です。
・粘膜は妖にとって鳴子の意味もあり、廃墟内への侵入は確実に察知されます。
・侵入後、妖が覚者を見失えば、妖者は一回を中心に徘徊することでしょう。

●補足
この依頼で説得及び獲得できた夢見は、今後FiVE所属のNPCとなる可能性があります。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2015年10月05日

■メイン参加者 8人■

『ロンゴミアント』
和歌那 若草(CL2000121)
『白い人』
由比 久永(CL2000540)
『在る様は水の如し』
香月 凜音(CL2000495)
『調停者』
九段 笹雪(CL2000517)

●フライトナイトダウン
 眠ることが怖いと言ったら、子供じみていると笑うだろうか。目をつぶって、次に開くことはないのではないかと、そのまま死んでしまう予感を恐れているのではないかと。そうじゃない。そうじゃないんだ。そんな妄想の恐怖ではなく、実害のあるものなんだ。

 誰かがいっていたのだが、学校とは小規模の社会コミュニティなのだそうだ。時間管理され、上下の差があり、侵入を拒む空間で隔絶されている。
 侵入を拒む空間。昼の学校が隔絶だというのなら、夜の学校は断絶されたそれだ。何者もの入所を否定する。そういうものを空想の産物だと振り払うなかれ。神秘とは説明できぬ事実だ。よくないのだと予感したのなら、それは本当によくないものなのだ。
 理屈では説明できぬ。そこには何かがいる。何でもいる。
「出来るだけ早く少年を見つけないとですね……」
 逃げまわっているだろう少年のことを慮り、鈴白 秋人(CL2000565)はそう独り言ちた。妖の中には見目の醜悪なものも多い。常識では考えられぬほどの悍ましさ。現実とはさも奇形であるかと思うものだ。インパクトのある外観は心の盾を容易く破壊するだろう。平穏無事である世界を容易く丸呑みにしてしまうだろう。そうなってしまってからでは遅い。遅いのだ。
「心の傷は、一度負えば消えませんから」
「ここが目的の学校ね」
 三島 椿(CL2000061)の見上げる視線の先、そびえ立つそれ。学校。ただでさえ閉鎖的な空間であるそれは、廃されたと同時に一種のタブーともなる。人の使用しない建造物は痛み、改修されず久しいそれは危険。そういった側面は寧ろ主であるのだが、何かが住み着いた場合は全く異なる禁忌である。それは巣だ。活動するコミュニティの中において、ぽっかりと空いた異界に等しいものなのだ。
「必ず間に合わせるわ」
「心細いでしょうね……」
 自分に力が無かったとしたら。『ロンゴミアント』和歌那 若草(CL2000121)のするその想像は、その共感は、思うだに恐ろしい。それは果たしてどこまで見えるものなのか。救いのあるところまで、夢は続かないのだろう。危険だけを知らせ、恐怖だけを煽る。いつだって世界は一握りに優しく、大多数に残酷だ。それを与えている某かが存在するのだとして、到達点を示さない試練は永劫と続く地獄と何ら変わらない。そこに只々怯えるだけの毎日は、想像だけでも本当に恐ろしい。
「早く助けてあげないと」
「なにゆえ、こんな所に迷い込むのだ……?」
 由比 久永(CL2000540)の抱いたそれは、まあ当然の疑問であると言えた。廃校。廃された学校。運用されていない建造物、夜間、加えて予知夢。これだけの要素を持ちながら、与えられていながら、どうしてそこに足を踏み入れたのか。危険察知。どれほど危機感のない日和見主義者でもここにだけは立ち寄るまい。
「まぁよい、救える命をみすみす見逃すわけにはいかん」
 疑問は後にしよう、思考で生命を零れさせるわけにもいくまい。
「未来を夢に見るってどんな感じなんだろうな。悪い夢を見たとして、それを覆すだけの力がないのって、どんな気持ちなんだろうな」
 知っていて、なおどうにもできない恐怖。それは一体どんなものなのだろう。ホラームービーで、立て籠もった個室のドアを延々と怪物に叩かれるようなそれ。香月 凜音(CL2000495)には想像できなかった。
「……だが、覆す力がないならそれを補う存在に頼ればいいと思う。例えば今回の俺たちのように、その力を持った連中にな」
 可否と、是非と。
『一縷乃』冷泉 椿姫(CL2000364)が見上げた先、たかだか三階建て程度の建物であるというのに、その存在はいやに大きく感じるものだ。そびえ立つという表現が正しく、それが不穏なものであるのだと否が応でも脳髄に叩き込んでくる。それは異界だ。それは魔界だ。死が充満している。死が充満している。
「急ごう、時間がない」
 九段 笹雪(CL2000517)が声をかけた。今もなお、恐怖に歯の根を鳴らし、タイル床を逃げまわっているだろう彼。時間は限られている。浪費とは生命の損失だ。この場合、比喩表現でも過剰表現でもない。校舎のドア、粘液のはりついたそれを押し込んだ。手に不快な柔らかさ。ぬっちゃりとした重いそれに力を込めて、表情を歪ませながら突入を開始した。
 アラート。アラート。鍛え上げた鋭敏な感覚が、肌をちりちりと焼き付ける。ここは魔界。ここは異界。

●アウトラインエンド
 夢が本当になるといったら、君は笑うだろうか。否、言い方を間違えた。夢が本当になるといったら、君は笑うだろう。それこそ、夢見がちだとかなんとかいって、僕のことを笑うだろう。そうしてからかいまじりに、どんな夢なのかを僕に聞くんだ。どれほど恐ろしいのかも知らずに。

「出て来い目玉野郎! 俺たちが相手してやる!」
 なるたけの大声で、トール・T・シュミット(CL2000025)が叫ぶ。本来であれば、不慣れな構造物内で相手にこちらの位置を把握させるような動きは悪手である。だが、今回のようなケースでは例外だ。
 敵の視線をこちらに集める必要があり、可能であれば、届くのであれば、件の少年に一抹の希望を与えることもできるのではないか。その算段あっての行動だった。
 事実同時、彼も仲間たちも皆駆け出している。
 救うため、防ぐため。同じ目的のため二手にわかれたのだ。
 しかして怪物は姿を見せる。巨大な風貌。魚のような顔。歪な体躯。
 表情を読むことはかなわない。だが、たしかにそれは新しい獲物に喜んでいた。
 クリスマスプレゼントのように、喜んでいた。

●ノーライフノーライフ
 化物の夢ばかり見る。見た目はおぞましく、匂いは醜悪で、人を食うし、殺して回る。夢だから痛みがないだなんて嘘っぱちだ。爪が肉を裂く痛みに何度飛び起きたかわからない。丸呑みにされ、強酸で消化される苦痛は朝になって皮膚を掻き毟りたくなる。

 二階へと向かう階段を駆け上がると、そこで階下へと向かおうとする怪物と鉢合わせた。
 先の大声を聞いたか、それとも侵入の段階でこちらへ足を運んでいたのか。どちらにせよ、好都合だ。こちらにターゲットを絞ってくれるというのなら、少なくともかの少年に危害は及ぶまい。
「ここにいるわ!」
 椿は怪物を視界に入れるや否や、そう叫んでいた。魚のような顔がのっそりとこちらを向く。プロヴォケイション。
 飛び出すような真似はしない。これを打ち倒すことが目的ではないのだ。人に危害を加えるような化物だ。後々を考えれば討伐しておいて損はないのだろうが、それを行うための人員ではない。
 巨体。重量。それを支える足を、それも一点を狙い攻撃を集中させる。一撃が軽いのだろう。動じた様子はない。それでもいい。積り、一度でも転べばこちらのものだ。これは遅滞作戦。大目的は別にある。大振りに身を反らし、返しまた刃を振るう。

 複数のチームに分かれて別々のカリキュラムを同時に進行させる。そういったシステムで運営する以上。学校という場所は部屋数が多く、その殆どで人間が座った姿勢で活動できるようにされている。
 机、椅子、教壇、ロッカー。各種専門器具。それらは教室という単位で区切られており、更衣室として活用することもあるためだろう、内側の窓には磨りガラスが使用されている。
 つまりそれは、隠れられる場所など無数にあり、それらは一瞥できないということだ。
「私は覚者だ、仲間もいる……一緒に行こう」
 教室の扉を開いて、椿姫がまず第一声をかける。
 反応がない。ないからといって、その室内のクリアリングが終了したとはいえず、教壇の下、掃除用具の入ったロッカーなど隠れられそうな場所をチェックしていく。
 少年からすれば、自分たちも知らない人だ。自ずと出てきてくれることはまずないだろう。総当りで挑むしかない。このあたりであることは間違いないのだ。

 空のペットボトルに治癒効果のある液体を生成し、それを頭からかぶる。
 脂汗の浮かんだ顔で、凜音は頬いっぱいに溜めた二酸化炭素を吐き出した。痛みを誤魔化している間に、傷口に染みたそれが自分を治してくれる。
 完治とはいかないが、とりあえずは動けるのだからよしとする。リソースは無限ではない。倒れても意味は無いが、使いすぎはただの愚か者だ。余裕などない。この戦闘がいつまで続くかわからない。もともと倒すだけの戦力をこちらに向けてない以上、持久戦を選んだのは自分たちなのだ。早々に全てをベットしていいような戦いではなかった。
 汗はすぐに冷えるが、それを感じることはない。戦闘の緊張が体温を上昇させ、頭だけが冷えていく。
「何度でも治してやるから、さっさと片付けようぜ」
 一撃は想像していたよりもずっと重く、到達点の見えない時間は焦燥感を煽っていく。それでもそう声をかける。皆が皆、生きて変えるために。

「助けに来たよ。大丈夫。助かる未来を見た子がいるんだから!」
 届くのかはわからない、届いたのかもわからない。その上で、言葉の一部が真実ではない。それでも笹雪は声を出していた。
 構わない。聞こえて、それで少しでも気持ちが安らぐのなら、出すだけの価値があるというものだ。疑心暗鬼に余計怯える可能性もあったが、力強い言葉に少しでも負担が減るのなら。
 怪物の横薙ぎ。負傷した仲間を下がらせて前に出る。ほんの数歩の違い。それだけであるというのに、プレッシャーが全く違うものに思える。正直なところ、早く治して戻ってきてほしい。自分よりずっと大きい相手との白兵距離。恐ろしくて恐ろしくてたまらない。
 イカヅチを落とす。その間も、じっと相手の動きを見ている。鈍重、しかし強大。威力の一要因はスピードだ。一撃一撃はけして遅くはない。観察する。筋肉の盛り上がり。溜め込む姿勢。思わず駆ける。仲間の前に、その身を盾とするために。

 トールは少しだけ、焦りを感じ始めていた。
 人数を欠いて戦える相手でないのは、ひとめ見た時からわかっていた。ダメージの蓄積量。消耗度合いのレースにおいて、明らかに此方側の分が悪い。
 えぐられた肩の肉。吹き出した血はなんとか治癒したものの、痛みが頭で警鐘を鳴らしている。傷が熱を持っている。喉がチリチリと炙られているようだ。
 よくない兆候。足止めには成功している。妖はこちらの行動に釘付けだ。少年を探そうとする素振りも見せない。だが、こちらも攻勢に回ることができない。避け、守り、癒やすことで精一杯になっている。
 誰もが感じ始めていた。これはいつまで続くのか。大振りの一撃。もつれた足では回避しきれず、新しい傷を作る。無理矢理に手のひらで抑えこんだ。痛みは感じていない。既に限界量のアドレナリンが出ているのだろう。
「どんなに攻撃を受けようが、俺は折れねぇ!」
 無理矢理に口を開く。仲間を信じるしかないのだ。

 これで何度目だ。ロッカーを開けて、腐った雑巾と折れ曲がったモップしか入っていないことを確認し、秋人は踵を返す。
 学徒用の机を蹴り飛ばしたくなる衝動。だが、脳の冷えた部分がそんなことをしている時間はないのだと諭してくれる。また廊下に踊りでた。
 どこにいる。この辺りであることは間違いないのだ。嗚呼、放置されて久しい建造物。異臭が鼻を突いて自分の邪魔をする。嫌な思考が頭をよぎる。仲間は無事だろうか。自分もあちらに回るべきだったのだろうか。それとも、嗚呼、思考を一本に絞る。余裕はないのだ。見つけなければ終わらない。この戦いは終わらない。
 教室の扉を開けて教壇の下を覗き込む。半ば作業化してきた行動。そのままロッカーに目を向けようとして、視界を戻す。
 居た。
 怯えきった少年。自分はどんな顔をしていたのだろう。うわずった声。味わうべきではない非日常。想像はできない。ただ、努めて冷静に声をかけた。
「……もう大丈夫だよ」

「こんな所に独りでは、さぞ恐ろしかったろう。よう頑張ったな」
 久永が少年の頬を両手で包んでやると、緊張の糸が切れたのだろう。そのまま彼は意識を失った。
 前のめりに倒れる少年を抱きとめ、そのまま窓の方に視線を向ける。ひとりでは動くこともままならない状態の彼を連れて、怪物の横を通り抜けるというのは些か不安の残る仕事だ。しかし、こうして気を失ってくれたのはかえって好都合といえるだろう。少なくとも、多少は無茶な運び方をしたところで悲鳴は上がらぬということだ。だから。
 だからそのまま、教室外側の窓を開ける。下を見れば、意外と裏門が近い。悪運はあるようだ。
 仲間を振り返る。ひとつだけ頷くと、彼らは大声を出しながら走り去っていく。助けた。見つかった。そういう旨だ。戦闘中にどこまで届くかわからないが、少なくとも向こうの音は聞こえている。合流は容易だろう。
 ひとあしさきに。そういう枕詞を思い浮かべて、久永は羽を広げ、少年を抱えたまま飛び降りた。

 限界だ。
 若草は既に起き上がらない味方に最低限の治療を施しながら、戦況を見る。
 こちらの損傷に対し、敵のそれは明らかに少なかった。
 ダメージを与えていないわけではない。むしろ、三人欠けのチームワークでよく戦っている方だと言えるだろう。それでも両者の損耗比はとうに決定的なものになっていた。
 撤退。撤退だ。逃げなければならない。だが、それでいいのかと脳が悩ませる。逃げて、残された味方はどうする。残された少年はどうなる。否。否。そもそも、既に自分たちは逃げられる状況なのか。逃がしてもらえるような状態なのか。
 ぐるぐると渦巻いてわからなくなる。ジリ貧だとわかっていながら、ただただ回復することに専念する。
 その時だ。
 後ろの廊下で、別の音。階段を降りてくる音。確認はしない。意識がクリアになる。見ている余裕はない。あれが仲間だと信じろ。
「退きましょう」
 叫ぶ。
 仲間の判断も早い。切り結んだそれを大きく払い、後ろへ飛ぶ。倒れた仲間を抱え、走る。走る。

●アレルゥヤ
 眠るのが恐ろしい。眠るのが、怖い。

 結論から言うと、学校を脱出すること自体は非常に容易だった。
 妖は学校の門より外に出ようとはしなかったのだ。門を閉めて隔絶したわけではない。ただその敷地を脱した途端、怪物は踵を返しあの廃校へと戻っていったのだ。
 そこにどんな理由や生い立ちがあるのかはわからない。だが少なくとも、この根城から出られないというのなら、今度は討伐するために組まれたチームが適切にあれを処理するだろう。
 背中の少年を見る。のんきな寝息でも立てていてくれればよかったのだが、どうやら
うなされているようだ。先の怪物を繰り返しているのだろうか。それとも、新しい怪異を見ているのだろうか。
 仲間にしたい、という思いは山々ではあるのだが。あんな体験をした後にというのも非常に酷な話である。
 さりとて、戦力の拡大は急務なわけで。
 何もかもをひとつ手に解決はできない。そんな当然が、少し歯がゆかった。
 了。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

夢と現実の区別が付くという不具合。




 
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