愛猫に絡む思いと殴り合い
●母と娘と猫と
段ボールの中で冷え切った小さな命。その感覚を風間早苗は一生忘れない。
消えゆく命を懸命に保とうと幼いながらに必死になり、泣きながら親に嘆願し、最終的には獣医を呼んでの大騒動。
「みー」
元気よく鳴く猫の鳴き声を、その温もりを、抱きしめた感触を、早苗は一生忘れない。
そうして出会った命にミミという名前を付け、共に月日を過ごすかけがえのない家族となる。寝食を共にし、共に外出し、学校の何でもないことを話して、時に喧嘩して、そして仲直りして。
緩やかに流れる少女と猫の毎日。だがそれは突如破られることになる。
「ガアアアアアアア!」
猫とは思えない激しい叫び声。うずくまる猫の背中に、サメのような背びれが生える。どこか金属めいた鋭く禍々しい刃物。爪は見る間に大きく鋭くなり、激しい興奮を示すように呼吸が荒くなる。
「ママァ! ミミが……ミミが!」
「妖!? 早苗、離れなさい!」
飼っているペットが妖となる。確率的には交通事故より低い可能性だが、そういう事例は後を絶たない。明らかにわかる異形化に恐怖する親子。
妖は人を襲う存在。それは周知の事実だ。母は娘を庇い、早苗はその事実に泣き叫ぶ。そしてミミは、
「ミミ……?」
殺されると思った母はひらりと窓の外に飛び出す猫を呆然と見ていた。まるで自分達を見逃すように妖は場から去る。
だが、妖は殺さなくてはいけない。たとえ愛するペットであっても――
●FiVE
「ある家で飼われているペットの猫が妖になった」
久方 相馬(nCL2000004)は皆が席に着いたのを確認して、説明を開始した。尾びれの生えた全身黒い猫を書いたスケッチブックと、町の地図。赤く塗られた家から矢印が伸び、ある地点でバツ印が付いている。
「だが、ランクが低く急いで倒せば元に戻る。この地点で待ち構えてくれ。そこであんた達が戦った後、元に戻る夢を見た」
その場所以外だと倒した後どうなるかはわからないらしい。しかし『倒せる』夢というのは珍しい。夢見がみるのは基本悲劇なのだが、こういうハッピーエンドも見るものなのか。そこを尋ねると、
「ああ、珍しいな。いつもこうならいいのに。
妖の強さ自体はなり立てなのでたいしたことはないんだけど……こいつらを倒そうと覚者がやってくる。そいつらが倒すと元に戻らない可能性が高い」
どんな奴らなんだ、と相馬のスケッチブックを覗いてみると、そこには和太鼓を背負った女性とアンティークなスーツを着た青年がいた。
「FiVEとしては妖を倒せればいい、ってことに落ち着いた。だけどできるならこの猫を元に戻してやりたいんだ」
相馬の言葉に難しい顔をする覚者。別勢力の覚者を相手しながら、妖をこちらの手で倒す。それをなそうと思うと、一気に難易度が跳ね上がるだろう。
さてどうしたものか。相馬のスケッチブックを見ながら思案する。そこに映る二人が、話を聞いてくれる相手ならいいのだが……。
●隔者二人
「で、夢見が見た猫はこっちに来るってことかい?」
「ああ。加えて『発明王の生まれ変わり』であるこの吾輩の計算も入っているのだ。間違いなどあろうはずがない」
「はいはい。まあ夢見が見たんなら間違いないやね。じゃあ思いっきり暴れるとするか」
「相変わらず野蛮だな『雷太鼓』。だがそれがいい。吾輩の知性と策略、それを際立たせるためには暴力的なパートナーが一番だおぶぅ!」
「喧嘩売ってるだろ、手前。下らねぇこと言ってると殴るぞ」
「殴ってから言うな! ともあれ相手はなり立ての生物系妖一匹。逃亡ルートも確定している。実力的に吾輩と貴公だけで十分だ。
この戦い、なんの邪魔が入ることなく簡単に終わるだろう」
段ボールの中で冷え切った小さな命。その感覚を風間早苗は一生忘れない。
消えゆく命を懸命に保とうと幼いながらに必死になり、泣きながら親に嘆願し、最終的には獣医を呼んでの大騒動。
「みー」
元気よく鳴く猫の鳴き声を、その温もりを、抱きしめた感触を、早苗は一生忘れない。
そうして出会った命にミミという名前を付け、共に月日を過ごすかけがえのない家族となる。寝食を共にし、共に外出し、学校の何でもないことを話して、時に喧嘩して、そして仲直りして。
緩やかに流れる少女と猫の毎日。だがそれは突如破られることになる。
「ガアアアアアアア!」
猫とは思えない激しい叫び声。うずくまる猫の背中に、サメのような背びれが生える。どこか金属めいた鋭く禍々しい刃物。爪は見る間に大きく鋭くなり、激しい興奮を示すように呼吸が荒くなる。
「ママァ! ミミが……ミミが!」
「妖!? 早苗、離れなさい!」
飼っているペットが妖となる。確率的には交通事故より低い可能性だが、そういう事例は後を絶たない。明らかにわかる異形化に恐怖する親子。
妖は人を襲う存在。それは周知の事実だ。母は娘を庇い、早苗はその事実に泣き叫ぶ。そしてミミは、
「ミミ……?」
殺されると思った母はひらりと窓の外に飛び出す猫を呆然と見ていた。まるで自分達を見逃すように妖は場から去る。
だが、妖は殺さなくてはいけない。たとえ愛するペットであっても――
●FiVE
「ある家で飼われているペットの猫が妖になった」
久方 相馬(nCL2000004)は皆が席に着いたのを確認して、説明を開始した。尾びれの生えた全身黒い猫を書いたスケッチブックと、町の地図。赤く塗られた家から矢印が伸び、ある地点でバツ印が付いている。
「だが、ランクが低く急いで倒せば元に戻る。この地点で待ち構えてくれ。そこであんた達が戦った後、元に戻る夢を見た」
その場所以外だと倒した後どうなるかはわからないらしい。しかし『倒せる』夢というのは珍しい。夢見がみるのは基本悲劇なのだが、こういうハッピーエンドも見るものなのか。そこを尋ねると、
「ああ、珍しいな。いつもこうならいいのに。
妖の強さ自体はなり立てなのでたいしたことはないんだけど……こいつらを倒そうと覚者がやってくる。そいつらが倒すと元に戻らない可能性が高い」
どんな奴らなんだ、と相馬のスケッチブックを覗いてみると、そこには和太鼓を背負った女性とアンティークなスーツを着た青年がいた。
「FiVEとしては妖を倒せればいい、ってことに落ち着いた。だけどできるならこの猫を元に戻してやりたいんだ」
相馬の言葉に難しい顔をする覚者。別勢力の覚者を相手しながら、妖をこちらの手で倒す。それをなそうと思うと、一気に難易度が跳ね上がるだろう。
さてどうしたものか。相馬のスケッチブックを見ながら思案する。そこに映る二人が、話を聞いてくれる相手ならいいのだが……。
●隔者二人
「で、夢見が見た猫はこっちに来るってことかい?」
「ああ。加えて『発明王の生まれ変わり』であるこの吾輩の計算も入っているのだ。間違いなどあろうはずがない」
「はいはい。まあ夢見が見たんなら間違いないやね。じゃあ思いっきり暴れるとするか」
「相変わらず野蛮だな『雷太鼓』。だがそれがいい。吾輩の知性と策略、それを際立たせるためには暴力的なパートナーが一番だおぶぅ!」
「喧嘩売ってるだろ、手前。下らねぇこと言ってると殴るぞ」
「殴ってから言うな! ともあれ相手はなり立ての生物系妖一匹。逃亡ルートも確定している。実力的に吾輩と貴公だけで十分だ。
この戦い、なんの邪魔が入ることなく簡単に終わるだろう」
■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖一体を倒す(隔者の撃退は条件に含みません)。
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
猫を倒すだけの簡単なお仕事です。……馬鹿が二名ほどいますが。
●敵情報
・妖(×1)
猫が妖化したモノです。生物系妖。ランク1。大きさは成熟猫程度。ある地点でPCが倒すことで、元の猫に戻ることがわかっています。能力的には強敵ではありませんが、侮ると痛い目を見るでしょう。
黒猫の背中にサメのようなヒレが生えています。そのヒレが硬質化し、鋭利な刃物になります。
妖化して興奮していますが、深手を負えば逃げる程度の本能はあります。そして逃がしてしまえば、追うのは難しいでしょう。
攻撃方法
猫爪 物近単 爪で引っ掻いてきます。〔毒〕〔二連〕
鳴声 特遠貫 甲高い鳴声を聞かせ、ツキを乱します。〔不運〕
鰭刃 物近列 背中のヒレで切り裂いてきます。〔出血〕
・隔者
PC達の言うこと聞いてくれない覚者、という意味で隔者。妖が元に戻ることを説明しても信用してくれません。
基本的にPC達に手を出そうとはしませんが、邪魔立てするなら容赦しません。倒しても問題はありませんが、悪名が上がる可能性があります。
『雷太鼓』林・茉莉
天の付喪。一五歳女性。神具は背中に背負った和太鼓(楽器相当)。守護使役は黄色い鬣をもつ竜系。
喧嘩っ早く、口より先に手が出ます。妖と戦いたくてうずうずしており、邪魔をすればPCごと妖を殲滅しようとするでしょう。そしてその引き金は非常に軽いです。手加減? なにそれ?
『機化硬』『召雷』『飛燕』『填気』『戦之祝詞』『電人』『絶対音感』あたりを活性化しています。
『発明王の生まれ変わり』山田・勝家
木の前世持ち。二十歳男性。アンティークなスーツにモノクル。神具はステッキ(突剣相当)。守護使役は竹っぽい植物系。
トーマス・エジソンの生まれ変わりを自称する『痛い』前世持ちです。曰く「吾輩のような天才であるなら、前世はかの発明王しかあるまい!」とのこと。
妖を倒すことで得られる名声が目的です。『手柄は譲るからこちらで妖を倒させて』と頼んでも、PC達を信用していないため聞き入れてくれません。
『錬覇法』『棘一閃』『樹の雫』『清廉香』『速度強化・壱』『覚醒爆光』『韋駄天足』あたりを活性化しています。
・一般人
風間早苗
冒頭の少女です。十二才。戦場にはいません。去っていったペットの事を思いながら、母と一緒に家で涙を流しています。
住所は調べればすぐにわかります。
●場所情報
町の道路。猫が屋根伝いにPC達の前にやってくるのは予知済みです。
時刻は昼。妖が出ていることは周知の為、人が出歩く可能性は皆無です。明るさ、広さ足場などは戦闘に問題なし。
戦闘開始時、『妖(×1)』のみが敵前衛にいます。戦闘開始から1ターン後に『雷太鼓』『発明王の生まれ変わり』が敵後衛に現れます。
急いで現場に向かうため、事前付与は不可とします。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年09月28日
2015年09月28日
■メイン参加者 8人■
●
「妖になってしまって苦しいでしょう? もう少し我慢してね」
妖になった猫に語り掛ける『月々紅花』環 大和(CL2000477)。今は獰猛にこちらを睨んでいる妖。それが苦しむように大和に見えた。その苦しみから解放されるのなら、そして引き裂かれた絆を元に戻せるのなら。大和は静かに心を戦闘の方向にシフトしていく。
「どれ、ひとつハッピーエンドを探しに行こうでは無いか」
古臭い口調で『星狩り』一色・満月(CL2000044)が抜刀し、防御のために下段に構える。求めるエンディングに到達するにはいろいろ難関があるが、それでもやると決めた。家族を殺される悲しみは、よく知っているのだから。
「飼い主を、傷つけなかった、優しい子……元に戻せるなら……戻してあげたい……」
『Mignon d’or』明石 ミュエル(CL2000172)は小さくつぶやくように口を開く。だがその思いは強く、そしてその行動力も高い。弱気になる自分に活を入れるようにこぶしを握り、呼吸を整えた。この子の優しさに応えるんだ。
「問題はやってくる隔者達ですね。……こちらの言うことを聞いてくれればいいのですが」
夢見の予知した隔者が来る方向を見ながら『蒼炎の道標』七海 灯(CL2000579)が眉を顰める。彼らは妖となった猫が戻ることを知らない。性格的にも停戦を受け入れてくれるか怪しいところだ。うまく説得できればいいのだが……。
「全く手間のかかる話だ」
妖に対応する覚者達の動きを見ながら『百合の追憶』三島 柾(CL2001148)は肩をすくめた。これが唯の妖退治なら彼らと協力すればいい。それができない事情があるがゆえに、妖退治をする隔者相手に身を張らなければならないのだ。全く手間のかかる。
「やってきたみたいだぜ、連中。じゃあまあ、頑張りますか」
ミュエルを庇いながら遠くを見る和泉・鷲哉(CL2001115)が、隔者二人の到来を告げる。口調こそ軽いが、任務を軽んじているわけではない。初めての実戦の緊張を和らげようと、平静を保っているだけだ。
「他人の警告を聞き入れない人らと話す気はねーです」
覚醒し、鉄仮面を付けた『鉄仮面の乙女』風織 紡(CL2000764)がやってくる隔者の方に向き直る。目的はあくまで妖となった猫を元に戻すことだ。それ以外はどうでもいい。説得は人に任せて、紡は静かにナイフを握る。
「これに付き合うなど自分も相当に馬鹿かもだ」
銃の安全装置を外しながら『狗吠』時任・千陽(CL2000014)はため息をつく。目的は妖退治。元に戻るか否かは関係ないのだ。なのに妖を元に戻し、かつ隔者を説得しようなど。だが馬鹿と思われようがやると決めたのだ。ならば全身全霊をもって動くのみ。
「この戦い、なんの邪魔が入ることなく簡単に終わるだろ……う? 先客か?」
「お仲間か? おーい、妖退治ならあたいらも混ぜてくれー」
そしてやってくる馬鹿二人。もとい隔者二人。妖を退治するためにそれぞれの武装を構える。
だがそんな二人に向かい覚者が動く。女の方には千陽と紡が。男の方には柾と灯が。妖への道を封鎖するように動く覚者に、二人は困惑の表情を浮かべている。
妖、隔者、そして覚者。それぞれの思いが絡み合う。
●
「待って下さい、こちらが得た情報でこの妖を私達が倒せば妖は元の猫に戻るんです。私達に任せていただけませんか?」
隔者の説得は灯の言葉から始まった。山田に向かい、言葉を紡ぐ。
「もしかして妖が元に戻るかもしれない事を知らないんですか? でしたら、知りたくはありませんか? 貴方がその知識を自分のモノと出来るのなら、天才の貴方ならもっと多くの人を哀しみから救い出すことが出来るはずです」
「この妖は、元は飼われてた猫でな」
重ねるように柾が言葉を告げる。
「こいつのご主人はこの猫が亡くなればすごく悲しむんだよ。だからこいつ倒しても果たして名声はお前が思うほどあがるかな? むしろこいつを助けて元の猫に戻して飼い主に届けた方が望みの名声もあがるんじゃないか?
元に戻るか信用してないなら、まず試してみたらどうだ。別に急いではないんだろ? 天才のお前ならそれくらいの余裕はあるだろ?」
「ふむ、天才……その響きは悪くない」
覚者のおだてと説得に一瞬動きを止める山田。
「こら山田てめぇ!」
「こちらは君達と交戦する意思はありませんし、聞き入れて頂ければ幸いですが」
そんな山田に向かって怒鳴る林。千陽はそんな彼女に一泊置いて説得を開始する。
「こちらも覚者ですし、君達もそうだ。自分達が敵対する理由はありません。
とにかく戦いたいというのであれば、自分達が相手になることも吝かではありません。あの猫を待つ少女がいるので、とどめをさすのは控えていただけませんでしょうか?」
「……ほう、あたい相手に『相手になる』って言ったな! 上等だ!」
「手を出してくるならムギも思いっきりやるですよ」
「お、おい『雷太鼓』! あっさり挑発に乗るな! 吾輩の名誉とかの為に――」
慌てて我に返る山田だが、林の矛先は千陽と紡に向かっていた。頭を抱えて、林は猫の方を向く。
「仕方ない、吾輩だけでも妖を狙うとするか」
「……信用してはくれないのですね」
「生憎と貴公らを信用する材料が足りない。せめてその事例を示してくれれば、考えようもあるのだが」
山田に言われて覚者達は動きを止める。生物系妖が戻る事例はまだ世間に知られていない。FiVEでもつい最近知ったことなのだ。それを信用させるには、言葉以外の何かが必要だっただろう。例えば、そういった事例の資料など。
「おっ、と……ワリぃけど、こいつはやらせねーよ?」
山田の動きを察し鷲哉が猫をかばうように動く。倒すべき相手をかばわなくてはいけないというのは業腹だが、この状況なら仕方ない。だが妖となった猫はこちらに容赦なく攻撃を仕掛けてくる。
「残念ね。猫が戻るなら手柄ぐらいは譲ってあげてもいいとは思っていたんだけど」
大和は風を使って覚者達をリラックスさせながら山田に言葉を重ねる。説得が難しくなった以上隔者たちは倒してしまった方がいいとは思うが、最優先は猫の妖化解除だ。かすかな可能性に掛けたい。
「やれやれ。少しは落ち着きのある相手だと楽だったんじゃがな」
猫の攻撃を受けながら満月がため息をつく。もう少し説得を続けるつもりだが、感触はあまりよくない。こちらが防戦に徹しても隔者や妖が攻撃の手を緩めるつもり気配は見られない。このあたりが潮時だろうか。
「てめーらが消えてくれるとすごい楽なんで、倒れてもらえませんかね!」
紡は両手に刃物を持ち、林と相対する。逆手にナイフを持ち、突剣を正面に構えた。ナイフで相手の攻撃を防御し、剣で突く。基本に忠実な構えから繰り出される攻撃が、林の肩を裂く。鉄仮面の裏側で笑みを浮かべ、攻撃を加えていく。
「自分は時任千陽と申します。お覚悟を!」
こちらが攻撃をする限りは、向こうも妖には攻撃をしない。それを察して千陽は林に攻撃を加える。ナイフを向けて、相手を睨む。突き刺すようなプレッシャーが相手の動きを止めた。そこを狙って放たれる銃弾。合理的な軍隊の動き。
「仕方ありませんね」
ため息をつき、山田の説得をあきらめる灯。妖を狙う山田に向かい、トンファーを振るう。蒼の炎を纏ったトンファーが空を切る。横なぎに払われた『プール・デーユ』が山田の右腕を打つ。これでこちらに注意が向けばいいのだが、と心の中で思いながら。
「言うことを聞いてくれたほうが楽なんだけどな」
頭を掻き、柾はナックルを拳にはめる。愛する者を失う痛みは柾も知っている。だがこの猫を待つ家族は、その痛みを味合わずに済むかもしれないのだ。山田に恨みはないが、これもやむなしと心の炎を燃やす。燃える一撃が山田の腹部を打った。
「大丈夫……絶対、家族のところに、戻してあげるから、ね……」
妖に安心させるようにいいながら、ミュエルは木々の力を開放する。育った樹木の出す生命の雫。それをイメージし、仲間に届けるように手を差し伸べる。新緑の香りが仲間を包みこみ、受けた傷が癒されていく。
「仕方ない。こいつらを倒して妖を攻めるぞ」
「はっ! こちとら最初からそのつもりでい!」
覚者の攻撃が無視できないと判断した山田と林は覚者討伐優先で動くようになる。次善ではあるが、妖を狙わなくなった分覚者の思う通りになった。覚者は妖退治にシフトする。
だが問題は、肝心の妖自体がほぼ無傷であるということだ。妖を守るように行動していた分、覚者側のダメージも蓄積している。
状況は際どいといっても過言ではかった。
●
妖には大和、ミュエル、鷲哉、満月が。林には千陽、紡が。山田には柾、灯が。
説得のために攻撃を控えていたとはいえ、一度攻勢に出ればFiVEの覚者は一糸乱れぬ動きで攻め立てる。
「サクッと終わらせないとな」
鷲哉の拳が炎に包まれる。自分たちの手で妖が元に戻るのなら、躊躇するつもりはない。遅れた分、迅速に攻め立てなければ。踏み込むと同時に振り下ろされた拳が、妖の背中を打つ。源素の炎が毛を焦がす匂いを、確かに感じる。
「毒の回復は私に任せて。ミュエルさんは傷の回復に」
自分の周りに展開する術符を手にして、大和が意識を集中する。祓い給え清め給え。指先で印を切り、清めの風を仲間に届かせる。毒などに対する回復能力を増す源素の風。浄化物質を乗せた涼風が仲間たちを包み込む。
「ん……。分かった……」
大和の言葉を受けて、ミュエルが頷く。『ハニービー・ニードル』を回転させて、トンと地面を叩く。その振動が妖に相対する仲間に届くと同時、仲間の鼻孔を花の香りが広がった。同時に癒える傷に安堵するミュエル。
「悪いの。少し痛むが我慢しとくれ」
満月が刀を構え、妖に切りかかる。猫が逃げる先を予測し、そこに刀の軌跡を重ねるように。イメージは一瞬。抜刀は刹那。疾風を切る刃が妖の足を切り、返す一閃が背中のヒレを傷つける。抜刀から納刀まで一呼吸。息を吐き、再度構えなおす満月。
「ああもう、余裕ないですねー!」
紡は林に攻撃を加えながら猫の様子も気にかけていた。余裕があれば妖の方に攻撃をしようと思っていたが、そんな余裕はなかった。ナイフと突剣を交互に繰り出し、隔者を傷つけていく。白いワンピースに、林の返り血が飛び跳ねた。
「応戦に意味がないのなら、放置しておきたい所なのですが……!」
喧嘩っ早い林と応戦しながら千陽はジレンマに陥っていた。最優先事項は妖の打破だ。だが林への応戦を怠れば、林は遠距離攻撃で妖を攻撃するだろう。面倒だが林を攻撃せざるを得まい。大地の槍を林に向けて射出し、相手の気を引く。
「んじゃ、俺は右から行くぜ」
柾は灯に語り掛けて、動き出す。拳にはめた神具に炎が宿る。赤く光る拳を構え、左右に動きながら山田に近づいていく。左から、と見せかけての右からの一撃。簡素なフェイントだが、それでも効果はあったようだ。拳に伝わる確かな感覚。
「申し訳ありません。今はおとなしくしてもらいます」
謝罪しながら灯が山田に迫る。使い慣れているトンファーの間合い。相手のステッキの間合いよりさらに踏み込んで、自分の間合いに位置取る。炎を乗せた打撃で山田を打ち、ステッキの一撃を受け流しながら間合いを開ける。速さを生かした一撃離脱で攻める灯。
だが、相手も無抵抗ではない。
なり立てのランク1とはいえ、妖は妖だ。その爪は鋭く、背中に生えたヒレは容赦なく血肉を裂く。
「あいたたた……せめて防具ぐらいは着ておくべきだったかな」
「なかなか厳しいのぅ」
「まだ……いける、よ……」
鷲哉、満月、ミュエルが妖の攻撃に膝をつく。事、敵の攻撃から庇っていた鷲哉は疲弊が激しかった。満月とミュエルは命数を燃やし、その燃焼を活力にして立ち上がる。ここで倒れるわけにはいかない。
「おめーらなんか嫌いですよーだ」
「ここで倒れれば本当に馬鹿だ。生憎と未だ倒れるわけにはいかない」
紡と千陽も林の稲妻を受けて意識を失う。説得のために出足が遅れたのが響いていた。紡はそのまま倒れ、千陽は命数を削ってなんとか立ち上がる。
「悪い。後は任せるわ」
山田を押さえていた柾がステッキの一撃を受けて地に伏した。こちらも説得のために攻撃を控えていたのが効いていた。だが出遅れたとはいえ、山田には相応にダメージを与えている。
「馬鹿な!? 天才である吾輩がこんなところ倒れるなんて!」
覚者の猛攻を受けて、山田が力尽きる。灯はリボンで拘束して動けなくなったことを確認して妖対応に走った。こうなれば一気に妖を戦闘不能に追い込むまでだ。
「ここで決めさせてもらうぞ」
満月は言って刀の柄を握る。隔者の一人は倒れ、もう一人は千陽にかかりきりだ。とはいえ大和とミュエルの気力の余裕も少なく、ここで決めておかないとジリ貧になるだろう。それを察して攻勢に出た。妖が自分の間合いに入るや否や、満月の刃が鞘走る。
「これにて幕引き。些か予定とは異なったが、無事終演だ」
柄から伝わる確かな感覚。満月の刀が妖の胴を薙ぐ。人形の糸が切れるように、妖が地面に崩れ落ちた。
●
「本当に妖が元に戻った……のか?」
「どういうカラクリかはまだ掴めてはいませんが、そういうことです」
猫に戻った元妖を見ながら驚きの声をあげる山田。それに対して軍帽をかぶりなおしながら千陽が告げる。妖化が解ける瞬間は垣間見たが、何の作用が働いたかまではさすがにわからなかった。特別な要因があるのだろうか?
「良かったな、ミミ」
起き上がって猫を撫でる柾。ひどく苦労はしたが、元に戻ればその苦労も報われる。確かに妖を倒せば名声は得られるだろう。だがそれよりも大事なものはあるはずだ。例えば今手元にある小さな命とか。
「お前ら、猫の為に体を張ったのか……いい奴らだな、畜生!」
ようやく事情を信じた林は、覚者達の行為に号泣していた。
「お二人はそれなりの方とお見受けしますが、何か目新しい情報とか知ってますか?」
灯が隔者二人に問いかける。妖化が戻る情報と交換で何か聞ければいいな、程度で問いかけた。
「む。この『発明王の生まれ変わり』に情報を聞くとは見所がある。
これは噂だが、巨大な組織が近畿近郊で蠢いているという。なんでも数万匹の古妖が発生した事例を一週間で解決したとか」
しってます。それわたしたちです。口には出せない灯であった。
「あの……名声が欲しいなら……一緒に、猫さんを、返しに行って……十人みんなで助けたってことにしたら……ダメ、かな……?」
「いや、それは貴殿たちの手柄だ」
「どのツラさげて届けに行けるってんだ……グス……」
ミュエルの提案を断る隔者二人。猫を助ける為に粉骨砕身した覚者達の手柄を奪うつもりはない、とばかりに手を振った。二人は背中を向けて歩き出し、
「近畿に逢魔ヶ時が来ている」
背中越しに林が言葉を告げた。逢魔ヶ時。一般には昼と夜の境目を指す単語だ。
そして昨今、同名の隔者がFiVEの報告書に上がっていた。
「デカい嵐が吹き荒れる。血の雨が降る大嵐だ。
あんたらいい奴だからな。巻き込まれたくなければしばらく近畿から離れときな」
唐突の言葉に唖然とする覚者達。
「逢魔ヶ時……逢魔ヶ時紫雨……」
口にしたのは誰だろうか。七星剣の幹部名。林の指す『逢魔ヶ時』とその人物が同一なのか。それとも違うのか。それを問うにはあまりに抽象的で唐突すぎる。困惑するうちに二人の姿は見えなくなっていた。
「もう大丈夫だ。大事に、可愛がってやってな」
風間家にミミを届け、手を振る鷲哉。経緯は省略したが妖から普通の猫に戻ったことを説明し、安堵する母と子。二人猫を抱き合い、喜びの涙を流している。
「喜ぶ顔が一番の報酬ね」
大和は抱き合う家族とその笑顔を見て、満足げに肩の力を抜いた。動物好きの大和からみれば、家族とともにある幸せそうなミミはずっと眺めていたい報酬だ。この光景のために身を削ったのだ。
「うむ。家族は家に帰る。当然の帰結じゃな」
腕を組んで頷く満月。家族の大事さを知る満月は、別離の涙をぬぐえたことに安堵していた。自分のような悲しみを持つ者を生み出さずによかった。血塗られた自分の手でも平和を守れる。それを再認識し、拳を握った。
「ハッピーエンドはよいです」
紡はうんうんと頷く。口が悪かったり粗暴な態度だったりするが、基本的に紡の根っこは『いいひと』である。誰かを愛し、愛されるためにタバコを止め、そして誰かを愛する行為を良しとする。だからこの光景をみて、素直に頷ける。
事の終わりを告げるように、ミミが小さくにー、と鳴いた。
家族からの感謝の言葉を受け、覚者達はFiVEが用意した車に乗り込む。
怪我は酷いが、それなりの価値がある怪我だ。その痛みも心地よい。
自らの体を張って得た終焉。それを再確認し、覚者達は帰路についた。
「妖になってしまって苦しいでしょう? もう少し我慢してね」
妖になった猫に語り掛ける『月々紅花』環 大和(CL2000477)。今は獰猛にこちらを睨んでいる妖。それが苦しむように大和に見えた。その苦しみから解放されるのなら、そして引き裂かれた絆を元に戻せるのなら。大和は静かに心を戦闘の方向にシフトしていく。
「どれ、ひとつハッピーエンドを探しに行こうでは無いか」
古臭い口調で『星狩り』一色・満月(CL2000044)が抜刀し、防御のために下段に構える。求めるエンディングに到達するにはいろいろ難関があるが、それでもやると決めた。家族を殺される悲しみは、よく知っているのだから。
「飼い主を、傷つけなかった、優しい子……元に戻せるなら……戻してあげたい……」
『Mignon d’or』明石 ミュエル(CL2000172)は小さくつぶやくように口を開く。だがその思いは強く、そしてその行動力も高い。弱気になる自分に活を入れるようにこぶしを握り、呼吸を整えた。この子の優しさに応えるんだ。
「問題はやってくる隔者達ですね。……こちらの言うことを聞いてくれればいいのですが」
夢見の予知した隔者が来る方向を見ながら『蒼炎の道標』七海 灯(CL2000579)が眉を顰める。彼らは妖となった猫が戻ることを知らない。性格的にも停戦を受け入れてくれるか怪しいところだ。うまく説得できればいいのだが……。
「全く手間のかかる話だ」
妖に対応する覚者達の動きを見ながら『百合の追憶』三島 柾(CL2001148)は肩をすくめた。これが唯の妖退治なら彼らと協力すればいい。それができない事情があるがゆえに、妖退治をする隔者相手に身を張らなければならないのだ。全く手間のかかる。
「やってきたみたいだぜ、連中。じゃあまあ、頑張りますか」
ミュエルを庇いながら遠くを見る和泉・鷲哉(CL2001115)が、隔者二人の到来を告げる。口調こそ軽いが、任務を軽んじているわけではない。初めての実戦の緊張を和らげようと、平静を保っているだけだ。
「他人の警告を聞き入れない人らと話す気はねーです」
覚醒し、鉄仮面を付けた『鉄仮面の乙女』風織 紡(CL2000764)がやってくる隔者の方に向き直る。目的はあくまで妖となった猫を元に戻すことだ。それ以外はどうでもいい。説得は人に任せて、紡は静かにナイフを握る。
「これに付き合うなど自分も相当に馬鹿かもだ」
銃の安全装置を外しながら『狗吠』時任・千陽(CL2000014)はため息をつく。目的は妖退治。元に戻るか否かは関係ないのだ。なのに妖を元に戻し、かつ隔者を説得しようなど。だが馬鹿と思われようがやると決めたのだ。ならば全身全霊をもって動くのみ。
「この戦い、なんの邪魔が入ることなく簡単に終わるだろ……う? 先客か?」
「お仲間か? おーい、妖退治ならあたいらも混ぜてくれー」
そしてやってくる馬鹿二人。もとい隔者二人。妖を退治するためにそれぞれの武装を構える。
だがそんな二人に向かい覚者が動く。女の方には千陽と紡が。男の方には柾と灯が。妖への道を封鎖するように動く覚者に、二人は困惑の表情を浮かべている。
妖、隔者、そして覚者。それぞれの思いが絡み合う。
●
「待って下さい、こちらが得た情報でこの妖を私達が倒せば妖は元の猫に戻るんです。私達に任せていただけませんか?」
隔者の説得は灯の言葉から始まった。山田に向かい、言葉を紡ぐ。
「もしかして妖が元に戻るかもしれない事を知らないんですか? でしたら、知りたくはありませんか? 貴方がその知識を自分のモノと出来るのなら、天才の貴方ならもっと多くの人を哀しみから救い出すことが出来るはずです」
「この妖は、元は飼われてた猫でな」
重ねるように柾が言葉を告げる。
「こいつのご主人はこの猫が亡くなればすごく悲しむんだよ。だからこいつ倒しても果たして名声はお前が思うほどあがるかな? むしろこいつを助けて元の猫に戻して飼い主に届けた方が望みの名声もあがるんじゃないか?
元に戻るか信用してないなら、まず試してみたらどうだ。別に急いではないんだろ? 天才のお前ならそれくらいの余裕はあるだろ?」
「ふむ、天才……その響きは悪くない」
覚者のおだてと説得に一瞬動きを止める山田。
「こら山田てめぇ!」
「こちらは君達と交戦する意思はありませんし、聞き入れて頂ければ幸いですが」
そんな山田に向かって怒鳴る林。千陽はそんな彼女に一泊置いて説得を開始する。
「こちらも覚者ですし、君達もそうだ。自分達が敵対する理由はありません。
とにかく戦いたいというのであれば、自分達が相手になることも吝かではありません。あの猫を待つ少女がいるので、とどめをさすのは控えていただけませんでしょうか?」
「……ほう、あたい相手に『相手になる』って言ったな! 上等だ!」
「手を出してくるならムギも思いっきりやるですよ」
「お、おい『雷太鼓』! あっさり挑発に乗るな! 吾輩の名誉とかの為に――」
慌てて我に返る山田だが、林の矛先は千陽と紡に向かっていた。頭を抱えて、林は猫の方を向く。
「仕方ない、吾輩だけでも妖を狙うとするか」
「……信用してはくれないのですね」
「生憎と貴公らを信用する材料が足りない。せめてその事例を示してくれれば、考えようもあるのだが」
山田に言われて覚者達は動きを止める。生物系妖が戻る事例はまだ世間に知られていない。FiVEでもつい最近知ったことなのだ。それを信用させるには、言葉以外の何かが必要だっただろう。例えば、そういった事例の資料など。
「おっ、と……ワリぃけど、こいつはやらせねーよ?」
山田の動きを察し鷲哉が猫をかばうように動く。倒すべき相手をかばわなくてはいけないというのは業腹だが、この状況なら仕方ない。だが妖となった猫はこちらに容赦なく攻撃を仕掛けてくる。
「残念ね。猫が戻るなら手柄ぐらいは譲ってあげてもいいとは思っていたんだけど」
大和は風を使って覚者達をリラックスさせながら山田に言葉を重ねる。説得が難しくなった以上隔者たちは倒してしまった方がいいとは思うが、最優先は猫の妖化解除だ。かすかな可能性に掛けたい。
「やれやれ。少しは落ち着きのある相手だと楽だったんじゃがな」
猫の攻撃を受けながら満月がため息をつく。もう少し説得を続けるつもりだが、感触はあまりよくない。こちらが防戦に徹しても隔者や妖が攻撃の手を緩めるつもり気配は見られない。このあたりが潮時だろうか。
「てめーらが消えてくれるとすごい楽なんで、倒れてもらえませんかね!」
紡は両手に刃物を持ち、林と相対する。逆手にナイフを持ち、突剣を正面に構えた。ナイフで相手の攻撃を防御し、剣で突く。基本に忠実な構えから繰り出される攻撃が、林の肩を裂く。鉄仮面の裏側で笑みを浮かべ、攻撃を加えていく。
「自分は時任千陽と申します。お覚悟を!」
こちらが攻撃をする限りは、向こうも妖には攻撃をしない。それを察して千陽は林に攻撃を加える。ナイフを向けて、相手を睨む。突き刺すようなプレッシャーが相手の動きを止めた。そこを狙って放たれる銃弾。合理的な軍隊の動き。
「仕方ありませんね」
ため息をつき、山田の説得をあきらめる灯。妖を狙う山田に向かい、トンファーを振るう。蒼の炎を纏ったトンファーが空を切る。横なぎに払われた『プール・デーユ』が山田の右腕を打つ。これでこちらに注意が向けばいいのだが、と心の中で思いながら。
「言うことを聞いてくれたほうが楽なんだけどな」
頭を掻き、柾はナックルを拳にはめる。愛する者を失う痛みは柾も知っている。だがこの猫を待つ家族は、その痛みを味合わずに済むかもしれないのだ。山田に恨みはないが、これもやむなしと心の炎を燃やす。燃える一撃が山田の腹部を打った。
「大丈夫……絶対、家族のところに、戻してあげるから、ね……」
妖に安心させるようにいいながら、ミュエルは木々の力を開放する。育った樹木の出す生命の雫。それをイメージし、仲間に届けるように手を差し伸べる。新緑の香りが仲間を包みこみ、受けた傷が癒されていく。
「仕方ない。こいつらを倒して妖を攻めるぞ」
「はっ! こちとら最初からそのつもりでい!」
覚者の攻撃が無視できないと判断した山田と林は覚者討伐優先で動くようになる。次善ではあるが、妖を狙わなくなった分覚者の思う通りになった。覚者は妖退治にシフトする。
だが問題は、肝心の妖自体がほぼ無傷であるということだ。妖を守るように行動していた分、覚者側のダメージも蓄積している。
状況は際どいといっても過言ではかった。
●
妖には大和、ミュエル、鷲哉、満月が。林には千陽、紡が。山田には柾、灯が。
説得のために攻撃を控えていたとはいえ、一度攻勢に出ればFiVEの覚者は一糸乱れぬ動きで攻め立てる。
「サクッと終わらせないとな」
鷲哉の拳が炎に包まれる。自分たちの手で妖が元に戻るのなら、躊躇するつもりはない。遅れた分、迅速に攻め立てなければ。踏み込むと同時に振り下ろされた拳が、妖の背中を打つ。源素の炎が毛を焦がす匂いを、確かに感じる。
「毒の回復は私に任せて。ミュエルさんは傷の回復に」
自分の周りに展開する術符を手にして、大和が意識を集中する。祓い給え清め給え。指先で印を切り、清めの風を仲間に届かせる。毒などに対する回復能力を増す源素の風。浄化物質を乗せた涼風が仲間たちを包み込む。
「ん……。分かった……」
大和の言葉を受けて、ミュエルが頷く。『ハニービー・ニードル』を回転させて、トンと地面を叩く。その振動が妖に相対する仲間に届くと同時、仲間の鼻孔を花の香りが広がった。同時に癒える傷に安堵するミュエル。
「悪いの。少し痛むが我慢しとくれ」
満月が刀を構え、妖に切りかかる。猫が逃げる先を予測し、そこに刀の軌跡を重ねるように。イメージは一瞬。抜刀は刹那。疾風を切る刃が妖の足を切り、返す一閃が背中のヒレを傷つける。抜刀から納刀まで一呼吸。息を吐き、再度構えなおす満月。
「ああもう、余裕ないですねー!」
紡は林に攻撃を加えながら猫の様子も気にかけていた。余裕があれば妖の方に攻撃をしようと思っていたが、そんな余裕はなかった。ナイフと突剣を交互に繰り出し、隔者を傷つけていく。白いワンピースに、林の返り血が飛び跳ねた。
「応戦に意味がないのなら、放置しておきたい所なのですが……!」
喧嘩っ早い林と応戦しながら千陽はジレンマに陥っていた。最優先事項は妖の打破だ。だが林への応戦を怠れば、林は遠距離攻撃で妖を攻撃するだろう。面倒だが林を攻撃せざるを得まい。大地の槍を林に向けて射出し、相手の気を引く。
「んじゃ、俺は右から行くぜ」
柾は灯に語り掛けて、動き出す。拳にはめた神具に炎が宿る。赤く光る拳を構え、左右に動きながら山田に近づいていく。左から、と見せかけての右からの一撃。簡素なフェイントだが、それでも効果はあったようだ。拳に伝わる確かな感覚。
「申し訳ありません。今はおとなしくしてもらいます」
謝罪しながら灯が山田に迫る。使い慣れているトンファーの間合い。相手のステッキの間合いよりさらに踏み込んで、自分の間合いに位置取る。炎を乗せた打撃で山田を打ち、ステッキの一撃を受け流しながら間合いを開ける。速さを生かした一撃離脱で攻める灯。
だが、相手も無抵抗ではない。
なり立てのランク1とはいえ、妖は妖だ。その爪は鋭く、背中に生えたヒレは容赦なく血肉を裂く。
「あいたたた……せめて防具ぐらいは着ておくべきだったかな」
「なかなか厳しいのぅ」
「まだ……いける、よ……」
鷲哉、満月、ミュエルが妖の攻撃に膝をつく。事、敵の攻撃から庇っていた鷲哉は疲弊が激しかった。満月とミュエルは命数を燃やし、その燃焼を活力にして立ち上がる。ここで倒れるわけにはいかない。
「おめーらなんか嫌いですよーだ」
「ここで倒れれば本当に馬鹿だ。生憎と未だ倒れるわけにはいかない」
紡と千陽も林の稲妻を受けて意識を失う。説得のために出足が遅れたのが響いていた。紡はそのまま倒れ、千陽は命数を削ってなんとか立ち上がる。
「悪い。後は任せるわ」
山田を押さえていた柾がステッキの一撃を受けて地に伏した。こちらも説得のために攻撃を控えていたのが効いていた。だが出遅れたとはいえ、山田には相応にダメージを与えている。
「馬鹿な!? 天才である吾輩がこんなところ倒れるなんて!」
覚者の猛攻を受けて、山田が力尽きる。灯はリボンで拘束して動けなくなったことを確認して妖対応に走った。こうなれば一気に妖を戦闘不能に追い込むまでだ。
「ここで決めさせてもらうぞ」
満月は言って刀の柄を握る。隔者の一人は倒れ、もう一人は千陽にかかりきりだ。とはいえ大和とミュエルの気力の余裕も少なく、ここで決めておかないとジリ貧になるだろう。それを察して攻勢に出た。妖が自分の間合いに入るや否や、満月の刃が鞘走る。
「これにて幕引き。些か予定とは異なったが、無事終演だ」
柄から伝わる確かな感覚。満月の刀が妖の胴を薙ぐ。人形の糸が切れるように、妖が地面に崩れ落ちた。
●
「本当に妖が元に戻った……のか?」
「どういうカラクリかはまだ掴めてはいませんが、そういうことです」
猫に戻った元妖を見ながら驚きの声をあげる山田。それに対して軍帽をかぶりなおしながら千陽が告げる。妖化が解ける瞬間は垣間見たが、何の作用が働いたかまではさすがにわからなかった。特別な要因があるのだろうか?
「良かったな、ミミ」
起き上がって猫を撫でる柾。ひどく苦労はしたが、元に戻ればその苦労も報われる。確かに妖を倒せば名声は得られるだろう。だがそれよりも大事なものはあるはずだ。例えば今手元にある小さな命とか。
「お前ら、猫の為に体を張ったのか……いい奴らだな、畜生!」
ようやく事情を信じた林は、覚者達の行為に号泣していた。
「お二人はそれなりの方とお見受けしますが、何か目新しい情報とか知ってますか?」
灯が隔者二人に問いかける。妖化が戻る情報と交換で何か聞ければいいな、程度で問いかけた。
「む。この『発明王の生まれ変わり』に情報を聞くとは見所がある。
これは噂だが、巨大な組織が近畿近郊で蠢いているという。なんでも数万匹の古妖が発生した事例を一週間で解決したとか」
しってます。それわたしたちです。口には出せない灯であった。
「あの……名声が欲しいなら……一緒に、猫さんを、返しに行って……十人みんなで助けたってことにしたら……ダメ、かな……?」
「いや、それは貴殿たちの手柄だ」
「どのツラさげて届けに行けるってんだ……グス……」
ミュエルの提案を断る隔者二人。猫を助ける為に粉骨砕身した覚者達の手柄を奪うつもりはない、とばかりに手を振った。二人は背中を向けて歩き出し、
「近畿に逢魔ヶ時が来ている」
背中越しに林が言葉を告げた。逢魔ヶ時。一般には昼と夜の境目を指す単語だ。
そして昨今、同名の隔者がFiVEの報告書に上がっていた。
「デカい嵐が吹き荒れる。血の雨が降る大嵐だ。
あんたらいい奴だからな。巻き込まれたくなければしばらく近畿から離れときな」
唐突の言葉に唖然とする覚者達。
「逢魔ヶ時……逢魔ヶ時紫雨……」
口にしたのは誰だろうか。七星剣の幹部名。林の指す『逢魔ヶ時』とその人物が同一なのか。それとも違うのか。それを問うにはあまりに抽象的で唐突すぎる。困惑するうちに二人の姿は見えなくなっていた。
「もう大丈夫だ。大事に、可愛がってやってな」
風間家にミミを届け、手を振る鷲哉。経緯は省略したが妖から普通の猫に戻ったことを説明し、安堵する母と子。二人猫を抱き合い、喜びの涙を流している。
「喜ぶ顔が一番の報酬ね」
大和は抱き合う家族とその笑顔を見て、満足げに肩の力を抜いた。動物好きの大和からみれば、家族とともにある幸せそうなミミはずっと眺めていたい報酬だ。この光景のために身を削ったのだ。
「うむ。家族は家に帰る。当然の帰結じゃな」
腕を組んで頷く満月。家族の大事さを知る満月は、別離の涙をぬぐえたことに安堵していた。自分のような悲しみを持つ者を生み出さずによかった。血塗られた自分の手でも平和を守れる。それを再認識し、拳を握った。
「ハッピーエンドはよいです」
紡はうんうんと頷く。口が悪かったり粗暴な態度だったりするが、基本的に紡の根っこは『いいひと』である。誰かを愛し、愛されるためにタバコを止め、そして誰かを愛する行為を良しとする。だからこの光景をみて、素直に頷ける。
事の終わりを告げるように、ミミが小さくにー、と鳴いた。
家族からの感謝の言葉を受け、覚者達はFiVEが用意した車に乗り込む。
怪我は酷いが、それなりの価値がある怪我だ。その痛みも心地よい。
自らの体を張って得た終焉。それを再確認し、覚者達は帰路についた。

■あとがき■
どくどくです。
戦闘終了時、HP半分以上残ってる人いませんでした。
隔者に対しここまで配慮したのなら、山田は倒していますが悪名の上昇はなしです。
正直『邪魔じゃこいつら!』とばかりに排除されると思っていましたので、逆にこの結果は予想外でした。
何はともあれお疲れさまでした。ゆっくり傷を癒してください。
それではまた、五麟学園で。
戦闘終了時、HP半分以上残ってる人いませんでした。
隔者に対しここまで配慮したのなら、山田は倒していますが悪名の上昇はなしです。
正直『邪魔じゃこいつら!』とばかりに排除されると思っていましたので、逆にこの結果は予想外でした。
何はともあれお疲れさまでした。ゆっくり傷を癒してください。
それではまた、五麟学園で。








