再起・不撓不屈
【相撲一代男】再起・不撓不屈


●出る杭は……
 春。
 角界は新たな大相撲、春場所を迎えていた。
 部屋を代表する関取取り達がしのぎを削り、栄光を勝ち取らんと奮戦する最中、彼は再びその身を世間に晒す。

 それは春場所真っ最中の、朝早く。
「……」
 威風堂々、傾いた衣装に身を包み、轟雷鳳と呼ばれていた男が屋外に準備された講壇に立っていた。
 見下ろす先にはまだ誰もいない。
 だが、今日の正午を前にして、ここには人が多数集まるはずだった。
(ここから、俺の新しい一歩を踏み出すんだ)
 轟雷鳳、本名を轟・雷太というこの男は、今年の初場所を前にして角界から姿を消した。
 相撲協会のご法度である能力の発現者であり、大事には至らなかったが力を暴走させ破綻者となったからである。
 辛くも彼を救出した人々の援助を受けながら、彼はその力を制御する術を学び今日に至る。
 そんな彼の望み、それは――
「俺はここから、必ずあの土俵へと返り咲いてみせる」
 能力者でも、誇りと誠実さがあればあの舞台の上で戦える。有無を問うなら持つ者同士の戦いで構わない。
 新しい世界を切り開きたいと、自らを助けてくれた人々の言葉を思い出しながら雷太は志を新たにする。
「その為に俺は今日……」
「やらせるものか、裏切者め!」
 突然の暴言に雷太は顔をあげた。気が付けば講壇を取り囲むように、10を越える人が集まっていた。
 異様なのは、その全てが黒い服と黒い帽子、そして黒い眼鏡を身に纏っていたこと。
「何を……」
「大勢の人々を騙していた上に、バレたとなれば開き直って改革を語るのか!?」
「もしもが起こってからじゃ遅いんだ!」
 雷太が何を言うよりも早く、彼らは感情的な叫びをあげていく。その熱は服装よりも異常に感じられた。
「待て、俺の話を……!」
「私達は間違った考えの芽を摘むためにここに来た!」
「正義は、俺達にある!」
「っ。頼む、俺の話を聞いてくれ!」
 説得のために、雷太が講壇を降りようとした次の瞬間――
「お前は人間じゃない!」
 誰かの叫びと、数多に重なる銃撃の音。
「!?」
 脇腹に感じる熱、雷太の足はもつれ、階段を転げ落ちる。
「あああああ!!」
 痛みに顔をあげた雷太が見たのは、拳銃を突きつけ叫びと共にトリガーを引く誰か分からない人の姿だった。

●風雲急を告げる
「早朝に集まって貰ってごめんなさいね、でも、急いで現場に向かって欲しいの!」
 久方 真由美(nCL2000003)が珍しく焦った様子で集まった覚者達へと声を掛ける。
「FiVEで保護し、破綻者からの治療を終えた轟さんが今日、世間に向けて意志表明するのは知ってるかしら?」
 能力者にも関取である機会を作りたいと、彼は今、FiVEに出来ない戦いを始めようとしていた。
「その彼が、今から数時間もしない内に憤怒者の手に掛かって殺害されてしまう夢を視たの」
 よほど急いで作ったのだろう資料には、最低限度の情報が殴り書きされている。
「数は10数人、ハッキリとした数は分からなくて、もしかしたらまだ隠れていたかもしれないわ」
 全員が統一された衣装を着ていた事からも、この事件は計画的な犯行だと予測できる。
 つまり、手をこまねいていれば運命は迷うことなく確定する。
「相手は間違いなく轟さんの生命を脅かすためにそこに現れます。今回は第一に轟さんの保護を。第二に武装集団の鎮圧を目的としてください。彼の夢がここで潰えてしまうのは、後の大きな損失になるとFiVEは判断します」
 現場への足に気休め程度だが防弾仕様の車がある、と真由美は補足する。
「悲劇は回避されなければいけません。皆さん、どうかその力を貸して下さい」
 言い終える頃には落ち着きを取り戻し、いつもの真剣な、真っ直ぐな瞳を真由美は見せる。
 事態は急を要する。
 作戦は即座に開始され、覚者達は現場へと向かった。


■シナリオ詳細
種別:シリーズ
難易度:普通
■成功条件
1.轟・雷太の生存
2.憤怒者集団の鎮圧
3.なし
初めましての方は初めまして、そうでない方は毎度ありがとうございます。
みちびきいなりと申します。
今回の依頼は一人の覚者を狙う憤怒者達から守り抜くものとなります。どうか彼の夢を守ってあげて下さい。
また、これはシリーズ物依頼の二話目となります。

●舞台
両国国技館からそう遠くない大きめの公園が舞台です。天気は晴れ、時刻は早朝となります。
被害者の轟雷太は早朝の人のいないタイミングに前日準備した舞台の様子を確かめに行った際、襲撃に遭います。
現場は人が集まることを想定された場所で、周囲に身を隠せる植木こそありますが基本的に開けています。
覚者の到着は雷太の前に憤怒者が姿を現した瞬間と同時です。

●敵について
組織立った動きをする憤怒者グループ。その数は10人+αの存在が確認、想定されています。
全員が黒い服に黒い帽子、黒い眼鏡と統一された衣装を身に纏い、充実した武装を所持しています。
戦闘となれば敵は隊列を組み相対します。

以下はその攻撃手段です。

『TypeA』
・改造拳銃
[攻撃]A:物遠単・対能力者用に改造を施された拳銃で攻撃し中ダメージを与える。《射撃》
・改造スタンロッド
[攻撃]A:特近単・対能力者用に改造を施された電磁棒で攻撃し中ダメージを与える。【痺れ】

『TypeB』
・改造機関銃
[攻撃]A:物遠列・対能力者用に改造を施された機関銃で攻撃し中ダメージを与える。《射撃》

『TypeC』
・違法強心剤・赤
[回復]A:特近単・非合法な製薬を行なった薬で小回復とBSリカバリーを行なう。

・違法強心剤・青
[補助]A:特近単・非合法な製薬を行なった薬で物防と特防を強化する。

●警護対象について
轟・雷太は能力者ですが、覚者としての実力も、訓練も、最低限度しか行なっていません。
一般人よりも多少タフですが、集中攻撃を受ければひとたまりもないでしょう。
特に指示がなければ彼は彼の覚悟と信念の元、憤怒者達に説得を試み続けます。


守りながらの戦いを強いられる状況です。
仲間達と共にどのように立ち回るかが重要になります。
如何にして勝つか。覚者の皆様、よろしくお願いします。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/8
公開日
2017年03月31日

■メイン参加者 5人■

『星唄う魔女』
秋津洲 いのり(CL2000268)
『花屋の装甲擲弾兵』
田場 義高(CL2001151)
『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)

●再起を助ける者
 朝、静寂に包まれる公園。
 春場所に沸く両国を遠くに見据え、轟・雷太は未来を思い描いていた。
(能力者だ何だなんて関係ない。土俵の上では人として、一人の男としての価値を問われる。それが相撲だ)
 FiVEという組織と関わって彼は初めてこの力について正しく理解した。能力の解放には段階がある。
(確かに能力者とそうでない奴には大きな身体的能力差がある。だが、だからと言ってそれですべてがダメになる道理はないはずだ)
 力を持たぬ者と競うのは確かに厳しいかもしれない、だが、そうでない者同士でなら……
「俺が道を開いてみせるんだ」
「やらせるものか、裏切者め!」
 静寂を突如として切り裂いた怒号。雷太の立つ講壇を見上げ、黒いサングラスの奥で煮えた感情が燃える。
 力を持たず、それゆえに得た様々な物を怒れる力に変えた者達、憤怒者だ。
 揃いの黒服、黒帽子、そして黒眼鏡といった出で立ちの男女の集団は、一斉に武器を構えた。
「待て、俺の話を……!」
 話には聞いていた。憤怒者にはそうなる相応の出来事があったと。だから、彼は対話を選んだ。だが、
「お前は人間じゃない!」
 彼らの中の衝動の深さまでは見切れなかった。黒服達は無慈悲に銃の引き金に手を掛ける。
「お止めなさい!」
 だが、その引き金を引く前に事態は転じる。高く澄んだ声が辺りに響き、憤怒者達の動きが鈍ったのだ。
 憤怒者達の、そして雷太の視線も、声の響いた方へと向かう。その視線に捉えたのはスキンヘッドの男だった。
「うおおおおおおお!!」
 雄叫びと共に突進する男に雷太は見覚えがあった。自らが力に飲まれた時に救いの手を差し伸べた――
「「FiVE!」」
 雷太の声に憤怒者達の声が重なる。喜びと憎悪、二つの声が浴びせられるのは。
「や、お久しぶり轟雷鳳さん! またまたおせっかい焼きに来たぜ!」
 スキンヘッドの男の後ろから飛び出した、人懐っこそうな少年の笑顔が明るい。
 そう、彼らこそが能力者達の先駆、FiVEの覚者だ。

●未来を繋ぐ戦い
 覚者達と轟雷鳳の合流は比較的スムーズに実現した。
 『星唄う魔女』秋津洲 いのり(CL2000268) の叫びは、威風を纏った彼女の意を威とし響き、憤怒者へ届いた。
 そこに生まれた一瞬の空白には、機先を制して二人の男が駆ける。
(声をあげることに気を取られるな。相手を観察しろ……!)
 雄叫びをあげたのは『花屋の装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)だ。だが彼のそれは戦を前にした昂ぶりから放ったものではなく、戦局を有利に働かせるためのクレバーな一手である。彼の心は叫びをあげながらも冷静だ。
 始まりを告げた叱咤の後、いのりは迷霧を展開する。それは憤怒者達を惑わし、さらに駆け抜ける男達を援護する為だ。
 その思惑は的確に発揮され、義高ともう一人の覚者は雷太の元へと無事に辿り着く。
「ま、積もる話は後で! とりあえずこいつら大人しくさせっからさ、ぐっと体を締めて、防御態勢取っといて」
「……応っ!」
 『雷切』鹿ノ島・遥(CL2000227)の願いを雷太は聞き受け、指示通りに身を屈め相手の射線から外れるように動き始める。
 自らを助けてくれた人物からの願いに難色を示すほど、彼は思い切りの悪い男ではない。
「こう、相手の張り手跳ね返す気概でさ。頼んだぜ!」
 それを見届け、遥は雷太を庇うようにして振り返った。同じくして並び立つ義高と目で合図する。
「あっちの木の影のブッシュが不自然に揺れた。多分、二人はいるぞ」
「分かった、燻り出してくる!」
 存在が予測されていた伏兵。それを類まれなる超直観で捉えた義高の指示の元、遥は駆け出した。
 その一方で、既に見えている戦場も激しく動く。
 雷太と憤怒者達の間を裂くようにして、『アイラブニポン』プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942) の大槌が地を裂く。
「マナー悪いファンはジャンル滅ぼすよ。ニポンじゃこういう時、ジムショトオシテーって言うんだっけ?」
「ふざけたことをぐわぁぁ!」
 天然で人を食ったような物言いに激昂する憤怒者の男を、続けざまの二撃目が弾き飛ばした。巻き添えにさらに一人二人を跳ね飛ばした上で、大槌を振り抜いた当の本人は呆れた顔をしてみせた。
「スモーレスラーへのヤミウチに暗黒スモーレスラーも連れて来れないなんて! ちょっとくらい空気読みなよ、余マジ遺憾」
「前を向いて歩こうとしている人を邪魔させたりはしませんよ」
 プリンスの後ろ、術式を練り上げた『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)が憤怒者を叱責する。
「そんなことをする権利は誰にもないんです!」
 憤怒者の過剰な怒りの矛先は誰に向ける物でもない。彼らの怒りの炎をラーラの澄んだ赤が燃え焦がす。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
 彼女の火気で描かれた魔法陣から生み出されたのは真紅の火猫。戦場を駆け抜ける赤の線が憤怒者達を焼く。
 堪らず後ろへ下がる憤怒者達の間から、中衛に位置していた別の一群が現れ銃口を向ける。
 憤怒者の持つ機関銃が火を噴いた。
「おっと」
 因子の力で硬質化したアームでプリンスは受け止める。鉄の弾ける不快な音が耳に届いた。
「この統率がとれた動き、充実した装備、この方達が独断で行動しているわけではないのかもしれませんね」
「かもね。っていうか、だろーね!」
 ラーラの状況分析にプリンスは激しく同意する。持っていた疑惑がさらに深まる。
「今は、この方達を止めることが先決ですわ!」
 戦局の移り変わりに乗じて移動したいのりが、練り上げた天の気を空へと放ち、無数の光の粒を生み出す。
 脣星落霜。輝く光の粒が降り注ぎ、目に見える憤怒者達を一人残らず狙い撃つ。
「ぐぁぁっ」
 だが、その一撃が彼らの命を奪うことはなかった。必殺をよしとしないいのりの願いが込められていたからだ。
「くっ、おい!」
「! ぐぉ、ぐが……くひぃっ!」
 度重なる攻撃に弱っていた黒服の一人を、後衛に立っていた別の黒服が腕を取り、アンプルを打ち込む。中に入っていた赤い液体が注入されると、打ち込まれた黒服の体が震え、少ししてから痛みを忘れたように立ち上がった。
 何が彼らをそうさせるのか。憤怒者は非合法の薬に手を出してまで覚者に相対する。
(カノプー。カラーテファイターでいたいなら自分で言った事はちゃんと守ろうね)
(まかせろ!)
 潜んでいた憤怒者を戦場に引き摺り出していた遥にプリンスの念が届く。言われずとも次の動きを決めていた遥は、急いで雷太と、彼を守っている義高の元へと超特急で駆けていく。その時、義高は雷太と言葉を交わしていた。
「とどろき……いや、轟雷鳳関。俺達は関取が帰ってくるのを待っていた。心技体を兼ね備えた轟雷鳳関をだ」
「田場の兄ちゃん……」
「どこに所属し、どこで活動し、名前が何かなんて関係ない。その魂が以前と変わらないなら轟雷鳳関と俺は呼ばせて貰う」
 その言葉が、どれだけ雷太の心を打ったか。義高はただ笑う。
「強い力に溺れず、驕らず、高潔で、清廉でいる関取は立派な力士であり、覚者だ」
「お待たせ!」
「ああ」
 駆け込んできだ遥とバトンタッチし、義高は最前線に飛び込んでいく。
「お相撲さんは身体が資本! 怪我させたらお仕事に影響しちゃうもんな! 頑張って護るぜ!」
 遥が笑う。彼はこれから言葉通り全力で自分を護るのだろう。そうするのだと雷太は知っている。
(協会を追い出された俺を、こうやって関取と呼んでくれる奴らがいる)
 無頼の力士は己の進む道が間違ってはいないと確信した。
 今、この思いを言葉にして憤怒者にも伝えたい。そうした思いにも駆られたがグッと腹の下に力を込め我慢した。
「頼む。あいつらを止めてくれ」
 代わりに吐き出した言葉は、自らを守る者達への懇願だった。
「当然だ!」
 その言葉を背に受けながら、義高は身の内の炎を燃やし、纏った土気の鎧を誇示する。
「人間の証はその力にあるんじゃない、その魂にこそあるんだぜ。だからむしろ、道理を弁えないお前らが獣だな」
「黙れ、俺達の正義を理解しない輩め!」
 突出した黒服の一人が、手にしたスタンロッドを力任せに打ち付ける。
 非合法に改造されたそれが義高の腕を捉えた瞬間激しい火花を発するも、
「そして、そんな獣を狩るのが俺達なのさ」
「なに、ぐああっ!?」
 その一撃をモノともしない義高のカウンターで振るわれるワニ歯状の刃を持つ戦斧が相手を薙ぎ払った。
「相撲は神事であり武道です」
 仲間を癒すためにいのりが舞う。彼女の言葉は真っ直ぐに憤怒者達へと向けられている。
「神を敬い、礼を貴ぶその精神こそ相撲を担う力士が体現している物だとご存知でしょう?」
 相撲が国技と言われるのは、神事に連なる伝統があるからだ。祖父と共に相撲に親しんだ彼女はそれを知っている。
 映像の精度が悪くても、それでも一緒に見る相撲中継は楽しかった。彼女は相撲が好きだった。
「その力士である轟雷鳳関が一般人に手を出すなどということは決してありません。どうか彼を信じてあげて下さいませ!」
 彼女の舞はさながら神楽のように捧げられた。それは仲間の傷を癒すだけでなく、相対する憤怒者達の心にも触れていた。

●覚者
 だが、
「!?」
 憤怒者達はそれでも戦うことを選んだ。違法技術の強心剤を打ち、自らを奮い立たせる。
 サングラスの奥の血眼は、義高の言った通りの、感情を剥き出しにした獣だった。
「目的と手段をはき違えちまってやがる」
「余はあと何回マジ遺憾を表明しないといけないのかな?」
「フゥー、ああああ!!」
 機関銃が乱射される。闇雲にスタンロッドが振るわれる。後先を考えない無謀な突撃が雷太を狙う。
 乱れ飛ぶ弾丸から、放電するロッドから、覚者は身を晒し雷太を庇い護り抜く。
 雷太を庇いスタンロッドを受け止めた遥の膝が震え体勢を崩す。
 さらに追い打ちをかけるように雷太を狙った銃弾を受け止め続ける。
「おい、大丈夫か!」
 身を縮ませ、遥の後ろに隠れている雷太が驚きの声をあげる。間近で覚者の戦いを見るのは初めてだった。
 確かに覚者は人より強い。だが、だからと言って銃弾の前に身を晒し、殺意に晒されることをよしと出来るかといえば、まず無理だ。
「オレのことは気にすんなって! こう見えて、あんたより頑丈なんだぜ? 鎧もしっかり着込んでるし、思ったより痛くねえんだ!」
 鹿ノ島・遥は笑い続ける。嘘は言ってない。だが本当のことも伝えていない。
 ダメージは蓄積する。数の暴力を前にどうしても自分が攻撃を引き受けなければならない場面が続く。
 それでも彼は立ち、雷太を護る。そう決めていた。
(これが、覚者の覚悟か……!)
 義高が自分のことを覚者だと言ってくれた。己はそれに見合う何かが出来るだろうか。彼は自問する。
 彼らのように、守るモノのために笑って戦場に立てるだろうか、と。
「! 押し切ります!」
 ラーラが敵の最も厚い部分に攻撃を仕掛ける。中空に方陣を描き、そこから連続で火球を放った。
 密に作られていた前衛に、遂に穴が開く。憤怒者達の隊列が乱れる。
「さ、散開しろ!」
 後衛に立ち薬物を扱っていた男の一人が慌てて指示を出す。だが薬を打たれた者達の言葉への反応は鈍く、とっさには動けない。
「民のみんな! 余の見せ場だよ!」
 プリンスが敵が展開する前に動く。狙いは口うるさく指示を出す後衛の男。あと、おまけ。目の前にいる拳銃構えた奴も巻き込むことにする。
「そう、れっ!」
 彼の手の内にある妖槌・アイラブ二ポンが唸りをあげる。愛に裏打ちされたマッスルが彼を後押しする。
 体術を駆使し、打撃の衝撃を貫き通す。
「げぇっ!?」
 潰れた蛙のような声をあげ二人の男が地面を転がる。持っていた薬品が一気に砕け割れる音がした。
 これで力尽きた憤怒者の数は5となり、戦力差でいえば明確にひっくり返った。
 攻撃の集中もあり遥はかなり消耗していたが、その分他の覚者にはまだいくらか余裕がある。
「立ち去りなさい!」
 いのりが黒服の一人を抑え込み、無理矢理視線を交えて魔眼の行使を試みる。
「う、あ、ひぃぃ……!」
 それは恐怖か、催眠状態に陥った黒服は慌てて指示に従い、戦場に背を向け全力で逃げていく。折れた心はもうこの戦場へと戻る意思を示さないだろう。
 いのりもそれを深追いせず見逃す。今は彼らを慮るよりも雷太を守ることを優先した。
「く、ぐ……」
 一度崩れてしまった後は、状況は容易く覚者の味方をした。
 憤怒者達は瓦解した陣を立て直すことも出来ず各個に撃破されていく。まるでアドリブが利いていなかった。
 恐らく戦術は奇襲と、隊列を用いた戦い方までしか用意していなかったのだろう。それを崩す戦略で押し切った覚者が、後は戦いの天秤を傾けた。
 その数分後、覚者達の前には倒れ伏し力尽いた憤怒者達の姿があった。

●狐の尻尾
「もう大丈夫だぜ」
「ああ。本当にありがとうな。今回も命、助けてもらっちまったな」
 使命を成し遂げた遥と雷太が手の甲を軽くぶつけ合う。覚者は無事、轟・雷太を護り抜いた。
「これからもこのような事があるかもしれませんが、決して夢を諦めないで。いのり達も協力致しますから」
「おう、ありがとうな嬢ちゃん」
「拘束しましょう。何か聞けるかもしれません」
 いのりと雷太のやり取りの裏、ラーラの提案で覚者は憤怒者達を拘束していく。幸いなことにロープは足に使った車の中に入っていた。
「……」
 意識を取り戻し沈黙し始めた黒服の一人にいのりが呼びかける。
「どうしてこのようなことを?」
「……」
 意図的な無視に、いのりは小さくため息を吐き、魔眼を使用した。
「どなたかの手引きがあったんですか?」
「う、あ……」
 催眠状態となった相手は、抵抗もやむなく口を開く。
「メール、で……集められて」
 電子メール。電波が復活したことで飛躍的にその精度を増した利器だ。
「集まった人に、武器が配られて……これで何でも出来るって、やるべきことがある……って」
「やっぱり、裏で手を引いている人がいたみたいね」
「扇動者、ねー?」
 プリンスはいよいよ自分の予測が確信へと変わっていく。
 これだけの装備をあっさりと用意し、憤怒者の心の燻りを巧みに利用し私兵と変える。そんな組織力を持った存在はそう多くない。
「その人はここには?」
「いない……成功を祈ると言って、彼はいなくなった」
「彼、について詳しく」
 その後も聞き込みは続いたが、男の正体を特定する決定的な証拠までは辿りつけなかった。
「まあ、そいつは間違いなく何らかの組織の息が掛かっているだろうさ」
 義高の言葉に皆が頷いた、その時、義高の超直観が発見する。
「待て、あそこにまだ誰か隠れているぞ」
「!?」
 一瞬で警戒態勢をとった覚者達の前に、その人物はゆっくりと姿を現した。

●再起
 尋問を終え、捕えた憤怒者の回収を警察に連絡しお願いした所で、事態はようやくひと段落した。
 プリンスが会見が終わるまでの警護を提案すれば、雷太はそれを快諾し、その時を迎える。
「轟・雷太です」
 会見は四股名ではなく本名で名乗る所から始まった。が、
「それでも俺は、今はこの名前で通したい。力士、轟雷鳳と!」
 そう声をあげた雷太の表情は自信に満ち、自らの行いを正しいと信じる力に溢れていた。
「俺は、覚者であっても力士を名乗れる世界でありたいと思う。だから、ここに宣言する!」
 講壇に立てられたマイクを掴み、さらに声を張り上げる。
「相撲協会に掛け合い、能力者でもあの土俵に上がれるようにして貰う! そのために俺は活動していく!」
 轟雷鳳の顔は、この上ない笑顔だった。
「俺は一人じゃねぇ! だから、俺は諦めねぇ!」
 能力者かそうでないかは、明確に区別されるべきものではない。
「一人の男としてあの土俵に立つために! 皆の力も貸してくれ! 以上だ!」
 彼の言葉が止まり、少しの間が開いた。
 その静寂を破ったのは、誰かが叩いた手の音だった。
「おう、頑張れよ!」
「待ってるわよ!」
「やれるもんならやってみろー!」
「相撲をもっと面白くしてくれ!」
 拍手と共に送られる野次。場は一気に温まり、その後マスコミによる質疑応答までしばらくの時間を必要とする事態となるのだった。

 轟雷鳳関の会見は、しかし想定されていたよりも温かく世に迎え入れられた。
 それは先程の覚者と憤怒者の戦闘が、マスコミを通じて世間に大きく知らされたという点が強い。
 情報をリークしたのは、以前、プリンスの働きかけを受け角界の在り方について疑問を呈したコラムを書いた人物だった。
 彼はそれ以降、雷太の動向を追い、今回も早朝から彼の後を隠れて追いかけていたのだ。
 精度の低い撮影映像ではあったが、そこには襲い来る黒服から轟雷鳳関を護り必死に戦う覚者達の姿が映っていた。
 音声もある程度拾われており、黒服達の能力者への憎悪の声から彼らは憤怒者と断定され、これをメディアが大きく取り上げたのだ。
 行き過ぎた憤怒者の行動がまた一つ世に詳らかになり、人々の心に憤怒者への嫌悪が高まり、相対的に轟雷鳳の追い風となったのである。
 世間は電波の復活により、日本の今を知っていく。
 FiVEの覚者はその最先端に、今日も立っていた。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

依頼完了、覚者の皆様はお疲れ様でした。
憤怒者から要人の警護、見事完遂。問題なく成功です。
角界の『覚者全面禁止』は、この時をもって少しずつ変わっていく事になります。
ですが、それを成すにはまだ障害も残っているようです。
それについてはまた次の物語で。
今回のお話、楽しんでいただけたなら幸いです。
また機会ございましたらよろしくお願いします。




 
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