謝恩会へのご招待
●謝恩会の会場にて
人々が悲鳴を上げながら逃げ惑う。
華やかなドレスやワンピース姿の女性に、スーツを着た男性。
それらの人が恐怖に顔を歪ませながら絨毯の上を走り回っている。
何から逃げているのか。
急いで辺りを見渡せば、一人の女性が壁際に追い詰められていた。
「ごめんなさい。許して……」
「許すも何もないけどさー。ちょーっと痛い思いしてもらわなきゃダメなんだー。こっちこそ、ごめんねー」
軽い調子で言ったのは、茶髪の中から猫耳を覗かせた少女。
肩を出したワンピースを身に纏いながら、手に持っているのは刀だ。
「……っ…」
声にならない声を出して、女性は気を失いその場に倒れた。
「あーあ。つまんなーい」
すぐに身を翻して次の獲物に向かう少女。
すると、その少女に傍らに、もう一人の猫耳少女が寄り添った。
こちらは眼鏡をかけ、一見真面目そうな雰囲気だ。
「楽しみ過ぎないで」
「わかってるって」
「今回の目的は、一般人に覚者に対する不信感を植え付けることよ」
「だから、わかってるー」
「頼んだわよ」
あとから来た猫耳少女が離れると、ギャル系の猫耳少女は肩をすくめた。
「お堅いんだから。ほんと」
まあ、いいけど。
そう呟くと、少女は逃げる人の中へ突っ込んだ。
途端に、その場に散る赤い飛沫。
その向こうで、彼女の弾けるような哄笑が聞こえた。
場面転じて……。
多くの人々が見守る中で、対峙する二人の男性。
初老の男性はスーツの襟を正しながら、少しでも自分の威厳を保てるように、動揺を押し隠して目の前の男を見据えた。
「あ、あんたたちは一体なんなんだ?」
「お騒がせして申し訳ない。俺たちは、こういう者で」
対する男は、年の頃は30くらいだろうか。
薄い笑いを口元に浮かべながら、ゆったりとした姿勢で立っている。
彼がおもむろにスーツの内ポケットから出したのは、小さな手帳。
そこには『F.i.V.E.』と書かれてあった。
「F.i.V.E.? F.i.V.E.の覚者なのか、あんたは……」
その場に動揺が広がった。
「ああ、まあね。だが、そんなことは大したことじゃない。俺たちの目的は、破壊。あんたたちは、その犠牲になってくれれば、それでいいんだ」
「どういう……ことだ?」
「こういうこと」
男の撃った銃弾が相手の胸を貫通した。
声もなく倒れ込む相手に嘲笑を浮かべ、周りを囲んでいた者たちにも次々と銃弾を放つ。
楽しいひと時になるはずの謝恩会が、一転殺戮の現場となった。
●会議室にて
久方 相馬(nCL2000004)は珍しく深刻な顔をしていた。
「ある大学の謝恩会での出来事のようだった。これは絶対起きちゃいけない事件だよ。必ず事前に止めなきゃならない」
資料を配られた覚者たちも一様に頷いた。
「『F.i.V.E.』の覚者がこんなことするはずない。断定するよ。これは偽物の犯行だ。そして俺が夢で見たのは、多分『F.i.V.E.』の身分証だ。……夢の中で、手帳に書かれてた名前がうっすら見えたんだ」
ざわつく覚者たちに相馬は頷いた。
「手帳に書かれていた名前は、アグリ・リョーマ。照会したところ、確かにアグリ・リョーマという覚者がうちに所属していた。そして彼は自分の身分証を落として、始末書を書いていたんだ」
非難の声を上げる覚者たちを制して、相馬は告げる。
「とにかく、悲惨な事件は事前に止めなきゃならない。『F.i.V.E.』の覚者を名乗る3人の覚者はなるべく確保してほしい。事情聴取したいしね。でも、最悪討伐もありだと思ってる。それは現場の状況で判断してほしい。そして、アグリ・リョーマの身分証を回収するんだ」
覚者たちは身内への非難はとりあえず脇に置いて、大学の謝恩会をいかに警備するか。覚者と戦うことになった場合には、どのように立ち回るか。そして、アグリ・リョーマの身分証を回収する術についても詰めていった。
人々が悲鳴を上げながら逃げ惑う。
華やかなドレスやワンピース姿の女性に、スーツを着た男性。
それらの人が恐怖に顔を歪ませながら絨毯の上を走り回っている。
何から逃げているのか。
急いで辺りを見渡せば、一人の女性が壁際に追い詰められていた。
「ごめんなさい。許して……」
「許すも何もないけどさー。ちょーっと痛い思いしてもらわなきゃダメなんだー。こっちこそ、ごめんねー」
軽い調子で言ったのは、茶髪の中から猫耳を覗かせた少女。
肩を出したワンピースを身に纏いながら、手に持っているのは刀だ。
「……っ…」
声にならない声を出して、女性は気を失いその場に倒れた。
「あーあ。つまんなーい」
すぐに身を翻して次の獲物に向かう少女。
すると、その少女に傍らに、もう一人の猫耳少女が寄り添った。
こちらは眼鏡をかけ、一見真面目そうな雰囲気だ。
「楽しみ過ぎないで」
「わかってるって」
「今回の目的は、一般人に覚者に対する不信感を植え付けることよ」
「だから、わかってるー」
「頼んだわよ」
あとから来た猫耳少女が離れると、ギャル系の猫耳少女は肩をすくめた。
「お堅いんだから。ほんと」
まあ、いいけど。
そう呟くと、少女は逃げる人の中へ突っ込んだ。
途端に、その場に散る赤い飛沫。
その向こうで、彼女の弾けるような哄笑が聞こえた。
場面転じて……。
多くの人々が見守る中で、対峙する二人の男性。
初老の男性はスーツの襟を正しながら、少しでも自分の威厳を保てるように、動揺を押し隠して目の前の男を見据えた。
「あ、あんたたちは一体なんなんだ?」
「お騒がせして申し訳ない。俺たちは、こういう者で」
対する男は、年の頃は30くらいだろうか。
薄い笑いを口元に浮かべながら、ゆったりとした姿勢で立っている。
彼がおもむろにスーツの内ポケットから出したのは、小さな手帳。
そこには『F.i.V.E.』と書かれてあった。
「F.i.V.E.? F.i.V.E.の覚者なのか、あんたは……」
その場に動揺が広がった。
「ああ、まあね。だが、そんなことは大したことじゃない。俺たちの目的は、破壊。あんたたちは、その犠牲になってくれれば、それでいいんだ」
「どういう……ことだ?」
「こういうこと」
男の撃った銃弾が相手の胸を貫通した。
声もなく倒れ込む相手に嘲笑を浮かべ、周りを囲んでいた者たちにも次々と銃弾を放つ。
楽しいひと時になるはずの謝恩会が、一転殺戮の現場となった。
●会議室にて
久方 相馬(nCL2000004)は珍しく深刻な顔をしていた。
「ある大学の謝恩会での出来事のようだった。これは絶対起きちゃいけない事件だよ。必ず事前に止めなきゃならない」
資料を配られた覚者たちも一様に頷いた。
「『F.i.V.E.』の覚者がこんなことするはずない。断定するよ。これは偽物の犯行だ。そして俺が夢で見たのは、多分『F.i.V.E.』の身分証だ。……夢の中で、手帳に書かれてた名前がうっすら見えたんだ」
ざわつく覚者たちに相馬は頷いた。
「手帳に書かれていた名前は、アグリ・リョーマ。照会したところ、確かにアグリ・リョーマという覚者がうちに所属していた。そして彼は自分の身分証を落として、始末書を書いていたんだ」
非難の声を上げる覚者たちを制して、相馬は告げる。
「とにかく、悲惨な事件は事前に止めなきゃならない。『F.i.V.E.』の覚者を名乗る3人の覚者はなるべく確保してほしい。事情聴取したいしね。でも、最悪討伐もありだと思ってる。それは現場の状況で判断してほしい。そして、アグリ・リョーマの身分証を回収するんだ」
覚者たちは身内への非難はとりあえず脇に置いて、大学の謝恩会をいかに警備するか。覚者と戦うことになった場合には、どのように立ち回るか。そして、アグリ・リョーマの身分証を回収する術についても詰めていった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.3名の隔者の確保、もしくは討伐
2.アグリ・リョーマの身分証の回収
3.一般人に犠牲者を出さない
2.アグリ・リョーマの身分証の回収
3.一般人に犠牲者を出さない
こんにちは。mokona*です。
卒業シーズン真っ只中。
ある大学の卒業式後の謝恩会で、不穏な事態が起こりつつあるようです。
謝恩会をめちゃくちゃにして、それをF.i.V.E.の覚者のせいにしようと企む3名の人物の確保に尽力してください。
確保後、聴取を行いたいので、彼らの生存が望ましいですが、一般人が犠牲になりそうになるなど、状況によっては討伐もありとします。
*謝恩会の出席者に
謝恩会にはドレスコードがあります。出席者として参加される方は、ドレスやワンピース、スーツで。
ホテルの従業員として参加される方は、ホテルから貸与される制服を着用してください。
(プレイングにどんなファッションか記載していただけると、リプレイで描写できます)
通信用にインカムが支給されます。
*会場
捜索は会場内のみで行われます。
披露宴も行える広間で、一段高いステージもあります。照明器具や司会台、音響設備が置いてあります。
テーブルの数は5つ。立食式のパーティなので椅子はありません。テーブルの足もとまで隠れるテーブルクロスがかけられています。
*3名の潜入者
ギャル系の少女、獣の因子:猫【火】(攻撃技のみ使います)
眼鏡の少女、獣の因子:猫【木】(回復スキルも所持しています)
もう1名は、暦の因子【天】(上記2名よりレベルは上で、攻撃技のみ使います)
*獣の因子の2人は耳や尾などの身体的特徴は衣類や髪型で隠していることが考えられます。
暦の因子はスーツを着用しています。
それでは、ご参加お待ちしています!
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2017年04月02日
2017年04月02日
■メイン参加者 8人■

●始まり
覚者たちは、学生や大学関係者の中に身を紛らせながら、インカムを通して情報を共有しつつ、謝恩会の警備にあたっていた。
鈴白 秋人(CL2000565)はスタッフの姿で、グラスを乗せたトレーを携え、歓談する参加者の間を縫うように歩いていた。バイトで鍛えられているから、このような場での動きに不安はない。
秋人は、事前に主催者に頼んで参加者リストを見ていた。
参加者リストの上の方に名前が書かれていた教授。これを相馬が夢で見た初老の男性と仮定し、それと思しき人物を人ごみの中から探し出して、さりげなく近付いて行った。
『ホワイトガーベラ』明石 ミュエル(CL2000172)は男性従業員の制服を借り、スタッフとして潜入していた。
会場内に目を配りながら、通路を塞ぐものがあれば片付けるなどして、一般人が避難する経路を確保していった。
ミュエルもまた、秋人から送られてきたイメージを元にして教授へ近付き、学生に囲まれている初老の男性の周りで飲み物などを配り始めた。
『希望を照らす灯』七海 灯(CL2000579)はミュエルと共に、相馬から夢で見た人物の特徴を聞いておいた。ミュエルは送受信で、その特徴を他の参加者と共有している。
灯は、相馬にそのイメージを念写してもらっていたが、当日も夢の通りの格好をしているとは限らない。念写してある紙を覚者たちに見せてはいたが、参考にしかならないことは承知していた。
灯は大学生と言える年齢ではないので、少しでも大人っぽく見えるようにナチュラルメイクを施し、リトルブラックドレスに髪を下ろしていた。華やかな色合いのドレスの中にあって、黒いドレスはしっとりと落ち着いて見えた。
「如何なる企み、企てがあろうが、俺の敵となるなら排除するだけだ」
と、気合十分なのは『雷麒麟』天明 両慈(CL2000603)。彼も参加者に紛れるために、スーツをパリッと着こなしていた。
だが、その視線は会場というよりは、隣の女性に注がれていた。
「切裂……その格好は、お前の趣味か? まあ、趣味でも何でもいい。似合ってるからな。グッジョブだ」
「……」
「ん? どうした」
「お前が、女装しろっつったんだろ!」
声を荒げたのは、ワンショルダーで胸元が広く開いた、足の付け根にまでスリットのあるセクシーなドレスを纏った女性(?)だった。
髪と同じ色のドレスを着こなす彼女……もとい彼は『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)。
両慈との話の中で、何故か今回女装することになってしまった。
「不本意なのは俺の方だ。お前とカップルに見られるなんて、ぞっとする。まあ、だが、カップルで押し通した方が怪しまれないだろうからな。腕を組むことを許そう」
「お、おま……何様……!」
「時間がない。行くぞ」
両慈が腕を差し出したのに、ジャックはしぶしぶ腕をからめた。
「ウルも付いて来い」
同じ班の『夢猫』ウル・イング(CL2001378)は、黒いセーラー帽で耳を隠し、セーラー服にショートパンツ、黒のハイソックスに黒の革靴というフォーマルな出で立ち。
今回は、両慈の親戚の子という名目で侵入することにしていた。10代前半のウルが、いくら大人っぽく装っても、さすがにボロが出るだろうと考えた結果である。
「お二人の邪魔にならないように、この辺りで待っていますね」
会場内に入ると、ウルはカップルに気を遣ったふうを装いながら、入って来た扉の近くに陣取った。
「気遣いはいらないんだがな。まあ、そういうことなら、二人の時間を楽しむとするか」
そう言って、傍らの女性(ジャック)を引き寄せる両慈。
「調子に乗るなよ」と小声で抵抗しながら、ジャックは貼り付けた笑顔を両慈に向けた。
「そうねえ。ご馳走いただきましょーよー」
こうなったらもう、お楽しみは食べることだけだ。
ジャックはご馳走の並ぶテーブルへと、両慈をぐいぐい引っ張って行った。
壁際に身を寄せたウルは、緊張の面持ちで佇んでいた。その様子が、見知らぬ場所と人たちの中に連れてこられた子ども、という雰囲気を醸し出していて彼の存在にリアリティを与えていた。
(どんな人だろう。どこにいるんだろう。僕……ちゃんと対処できるかな)
避難経路である扉だけは、いつ何が起こっても素早く開けられるように……。
『ボーパルホワイトバニー』飛騨・直斗(CL2001570)は、今回の依頼には女装するつもりで参加しており、誰が見ても白髪の美女と信じて疑わない姿に変身していた。
女物の黒を基調としたドレスに、黒い帽子。それらは、ちゃんと耳と尻尾を隠せる大きさのものを選んだ。
「一応は正義の味方やってるんで、無差別テロみたいなことはさせるわけにはいかねーの。という訳で、美少女ヒーローウサ耳ガール、敵の首、狩っちゃうぞ」
「おー、そんな決め台詞があるんだな」
今回、直斗と同じ組で動くことになった星野 宇宙人(CL2000772)が、感心したように言った。
「そんなことより、今回はよろしくな」
「ん? ああ、そうだな。よろしく。この組には回復役いないし、戦闘はなるべく短期決戦で行きたいところだな」
真面目な顔になった直斗の言葉に、宇宙人もさっと本番モード。
「事前に相馬さんにドレスの色や形を聞いてみた。きっとお洒落には気を遣う子だろう。とりあえず、俺はオシャレな子に目星を付けてみるつもりだ」
宇宙人の案に、直斗も頷き、
「自分のこと誇示したい感じだったから、オシャレにはしてるだろうね。見ての通り、俺も同じ獣の因子で、耳を隠すには一番帽子が便利なんだ。俺は帽子を被ってる子も視野に入れておくよ」
「よし、それじゃ、変に当たりを付けず、『超直観』で探りながら行きますか」
イヤホンの位置を直しつつ宇宙人が言えば、直斗も「だね」と優雅な仕草でドレスをさばいた。
●捜索
会場のステージ上では、来賓の挨拶が始まっていた。
人々の視線が一点に集中している時間を狙って、相手方が動く可能性は高い。
特に、メインの来賓である教授の周りから人がいなくなった時が……。
『皆、避難経路を、もう一度確認するよ』
インカムからは秋人の声。
避難誘導に協力してもらうために、ホテルのスタッフにも、事前にインカムを渡してあった。
万が一戦闘になった場合、避難誘導にこちらの手が割けなくなることを想定してのことだ。
『了解。こちらジャック。ホテルの警備員の顔も覚えておいたから、イメージ送るよ』
イヤホンからジャックの声がしたかと思うと、数名の警備服を着た男性のイメージが、ミュエルの元へ送られてきた。ミュエルはそのイメージを、他の覚者たちへ転送した。
『ありがとう、ジャックさん。私たちは教授の周辺で待機しているわ』
ミュエルは男性スタッフに変装している。声で女性とばれてはいけないので、なるべく手短に報告を済ませた。
『了解です。僕は扉近くで避難経路を確保しています。……お、お姉さんたちが何故か話しかけてくるんですけど、どうしましょう』
続いてイヤホンから聞こえてきたのは、幼いウルの声だった。
『お、おう、そうか。まあ、そこは、あれだ。にこっと笑って、『ありがとう』って言っときゃ大丈夫だぜ』
と、両慈のアドバイス。
ジャックと恋人のフリをしつつ眼鏡の猫耳少女を探しているが、一人にしてしまったウルのことを気にかけてもいた。
『教授がステージに上がるぞ』
秋人の緊迫した声に、覚者たちはステージへと視線を走らせた。
ゆっくりとした足取りで登壇する教授。
秋人は、何かあればすぐに壇上に上がれるように、それとなくステージ近くまで移動した。それと同時に、ミュエルと灯の位置も確認する。
(ここでの襲撃は、できるなら避けたいところだがな……)
灯は女子の集団に紛れるようにして、ステージに顔を向けていた。
その視界に、秋人がすっと入ってくる。
秋人も、このタイミングを警戒しているようだ。
ジュースの入ったグラスに口を付けながら、灯はステージの周りまで視界に入る位置まで移動した。
夢見の通りに男が動くとするなら、『教授や周りの人たちに、自分たちがF.i.V.E.の覚者だと認識させる』はずだ。
その目的のために、この謝恩会を狙ったのなら、教授が壇上にいる今が最高の舞台演出になるはず……。
ジャックは半ばやけ食いしていた。
誰と挨拶を交わしても、「きれい!」としか言われないからだ。
誰一人女装を見抜けないなんて、んなことあるかよ!
もういいよ。
どーにでもなれよ……。
「……切裂。お前、本当に似合ってるな。……本当に男か?」
「ったりまえだろ!」
「男にしておくのは惜しいよ」
顔を突き合わせ、小声で言い合う二人の様子は、傍から見れば、いちゃつくカップルのようだ。
その様子を、はらはらしながら見守っている者が一人。
ウルだ。
(目立ち過ぎじゃないでしょうか……)
壁際から会場内を見渡せば、その中にいるよりも、もっと多くの情報を得ることができる。
そう言った意味では、ウルがもっとも人々の変化に気付きやすい位置にいるとも言えた。
(まだ動かない? 僕たちがいることがバレて、襲撃を諦めたとか?)
焦りと同時に、希望的観測も生まれてくる。
(何か反応が欲しいなぁ)
ウルはそっと息をついた。
「まだ、猫娘を特定できてないぞ」
直斗と宇宙人は、教授が壇上にあるのを確認すると、多少の焦りを覚えつつ、会場内に目を配り続けていた。
そして……。
(ん?)
宇宙人の捨て目にあることが引っ掛かった時、直斗が傍らに立った。
「何か気付いたか?」
「茶髪の子って、あんまいないなあって思ったんだ」
「……茶髪……」
確かに頭髪に注目してみれば、黒髪、もしくは自然な髪色の者がほとんどだ。
『就活のため……かもな』
インカムからは両慈の声。
「なるほど。就活ね」
「てことは、ギャル猫は見付けやすくなったとも考えられるな」
宇宙人の言葉に、直斗も頷いた。
●発見
両慈はジャックにちょっかいをかけながら、超視力で異変を探る。
ジャックは、学生の中から一人外れた少女に、目を付けていた。
このような華やかな場にそぐわないほどに、その身に纏う雰囲気の冷たさ。
下ろしたままのストレートの黒髪に帽子を被り、黒一色のゴスロリ風ドレスを着た、眼鏡の少女。
「おい。あれ」
「あんな子、さっきまで、いたっけ?」
両慈が首を傾げると、ジャックは彼女に向かって足早に近付いて行った。
『ウル。眼鏡猫、見つけたぞ』
『は、はい!』
ミュエルにもその報告を送り、ジャックに続いて両慈も、少女の側に近付いた。
眼鏡猫が見つかったと同じ頃。
直斗は近付いて来る女性に顔を向けた。
それは、薄い色の髪を無造作に頭の上でまとめ、小さな帽子を斜めに被っている少女だった。服装はオフショルダーのドレス。
「あんた、わたしと同類じゃん」
先に声をかけてきたのは、少女の方だった。
無言で見つめ返す直斗に、少女は「隠さなくっても分かるからさー」と、自分の帽子をトントンと指さした。
彼女も捨て目が利くのか……?
「君は?」
「わたしはー。あ、これ言ったら怒られるんだっけ。だから秘密ー」
「それは残念」
言いながら、直斗は急いでイメージをミュエルに送り、それはそのまま各員に転送された。
宇宙人も距離を取りつつ、すぐに彼女に対処できる位置までやって来ていた。
壇上では、教授への花束が贈られているところだった。
さすがに談笑していた学生たちも、ステージに目を向け拍手を送っている。
灯も拍手しながら、目の端に映った人物に注意を向けた。
それは、ちょうど教授が降壇してくる位置に立つ人物。髪をオールバックにまとめ、三つ揃えを着た30歳ほどの男だった。学生たちの中にあって異質なものに感じられるその存在は、相馬の夢の話とも合致する姿。
「ご苦労様です。教授」
男が周囲を引き付けるように声高に言えば、ステージから降り切った教授は、怪訝な顔をして男を見た。
「君は……誰だったかな?」
「私はF.i.V.E.の」
男が最後まで言う前に、ミュエルはポケットに忍ばせた自分の身分証を頭上に掲げた。
「この中で、手帳を落とされた方はいらっしゃいませんか! 大事な身分証のようですが!」
●眼鏡猫の少女
ミュエルが身分証を掲げた瞬間、眼鏡の少女が短刀を手に、学生に向かって飛んだ。
それを止めに入るジャック。
両慈は一般人に向かって、「逃げろ!」と叫ぶ。
ウルは扉を開放すると、妖精結界を使って、一般人がこの場から離れるように促した。
「あんたの相手は俺たちだ」
もうこうなったら女装も何もない。
ジャックは破眼光を放ち、その直撃を受けた眼鏡猫の少女は、もんどりうって絨毯の上に転がった。
しかし眼鏡猫は無表情のまま立ち上がると、そのまま閂通しでウルとジャックに傷を付ける。
それを受けて、避難誘導を続けていた両慈が、癒しの雨を2人に降らせた。
回復したウルが猛の一撃を少女に打ち込むがかわされ、続いてジャックが、「これは優雅なパーティを台無しにした分」、「これは罪なき一般人を傷付けた分」という台詞と共に、破眼光を二回連続で放った。
強烈な破眼光の攻撃を受け、少女はそれ以上攻撃を返しては来なかった。
●ギャル猫の少女
「もう。おじさん、何やってんの」
言うや、ギャル猫は隣に立つ直斗に抜き身を放った。
寸での所で避けた直斗を置いて、今自分の側を通り過ぎた女子学生に斬り付けた。
「はい。ひとーり」
そのまま次のターゲットへ。
という訳にはいかなかった。
直斗と宇宙人が前へ回り込み、行く手を阻んだからだ。
「おっと、お嬢さん、此処は通せないぜ。両慈さん、一般人に負傷者!」
と宇宙人が両慈へ連絡。すぐに両慈が駆け付け、治療を始めた。幸い傷は浅いようだった。
「よオ、猫耳のお姉さん。勝手な真似しちゃって……。その猫耳弄り回して、お仕置きしちゃうぞ」
「お仕置きー? なんだろ。期待しちゃうぞ」
直斗と宇宙人が術式を展開している間に、ギャル猫は踊るように刀を繰り出し、二人に傷を付けて行く。
「ちょこまかと動きやがる。やっぱ、お前、気に入らねー」
直斗は不満げに言った。
そこへ、眼鏡猫を確保済みのジャックも駆け付け、破眼光を放った。
「これは、何故か女装させられてる俺の怒りの分だ!」
それは、少女を直撃した。
だが、彼女は笑っていた。
そのままギャル猫は宇宙人に近付くと一閃。
斬られたところを押さえ、宇宙人は蹲る。
そこへ直斗の妖刀の呪いと、ジャックの破眼光が、ギャル猫に命中。
気力を振り絞った宇宙人の二連撃で、ギャル猫は戦闘不能に陥った。
●偽F.i.V.E.の男
ミュエルの呼びかけに、男は焦ったようにスーツの内ポケットに手をやった。
そこにあったものを引きだし、安堵したように息をつく。
その一連の動作を確認し、男と教授の間に灯が、そして学生と男の間に秋人が、身を滑り込ませた。ミュエルがマイナスイオンで一般人を落ち着かせている。
「その手帳、どこで手に入れたんです?」
秋人が男に向かって詰問した。
「これか? これは私のものだ。私が持っているのだから、私のものに決まっている。ホテルマンが私の所持品について、とやかく言えるのか?」
「それが本当にあなたのものなら何も言いませんよ。けど、それは、あなたのものではない。俺たちは、それを知っている」
「……お前たちは……?」
男が怯んだ一瞬の隙をついて、灯が鎖鎌を投げた。
その鎖鎌が体に巻きつく直前に男は避け、そのまま逃走を開始した。だが、鎖鎌がかすめでもしたのか、足を引きずっている。
すぐさま、避難誘導をしていた秋人とミュエルに回り込まれた。
咄嗟に男が放った雷撃に、痺れを覚えた3人。
膝をつくミュエルの傍らで、その痺れを跳ね除ける勢いで灯が鎖鎌を放ち、秋人がB.O.T.の波動弾を撃ち込んだ。
攻撃を受けてかすり傷を作りながらも逃げ回る男に、灯が空気投げをぶつけ無力化させ、数々のバッドステータスを男に与えていくと、男はとうとう絨毯に体を沈めた。
それを見て、ミュエルが覚者たちにかかっていたバッドステータスを解除する。
「ま、まだまだ……」
男が立ち上がろうと膝をついたところで、灯の鎖鎌が体に巻き付いた。
もう振りほどくだけの力は残っていないようだ。
「このまま……何もできないまま、終わるのか……!」
血が出るほど唇を噛んで、男は悔しさを滲ませた。
●確保
男のスーツの内ポケットから、アグリ・リョーマの身分証が取り出された。
「何故、あなたがアグリ・リョーマの身分証を持っていたか、話してくれませんか?」
口をつぐむ男に、ミュエルと秋人が問いかけた。
にこにこしながら直斗にちょっかいを出しているギャル猫と、大人しく捕まっている眼鏡猫。
この二人の関係も謎だった。
「……人に」
「え?」
「人に頼まれた」
男が告げたことに、覚者たちは顔を見合わせた。
「君たちは、組織に属しているの?」
その両慈の問いには、男は口を閉ざしてしまった。
「場所を変えた方がいいかしらね」
ミュエルが言うと、秋人も頷いた。
「そうだね。聴取は専門家にしてもらった方がいいかもな」
全てを聞き出すには時間が必要だと悟った覚者たち。
ともあれ、3名の隔者の確保と身分証の回収を果たし、ひとまず事件は解決した。
覚者たちは、学生や大学関係者の中に身を紛らせながら、インカムを通して情報を共有しつつ、謝恩会の警備にあたっていた。
鈴白 秋人(CL2000565)はスタッフの姿で、グラスを乗せたトレーを携え、歓談する参加者の間を縫うように歩いていた。バイトで鍛えられているから、このような場での動きに不安はない。
秋人は、事前に主催者に頼んで参加者リストを見ていた。
参加者リストの上の方に名前が書かれていた教授。これを相馬が夢で見た初老の男性と仮定し、それと思しき人物を人ごみの中から探し出して、さりげなく近付いて行った。
『ホワイトガーベラ』明石 ミュエル(CL2000172)は男性従業員の制服を借り、スタッフとして潜入していた。
会場内に目を配りながら、通路を塞ぐものがあれば片付けるなどして、一般人が避難する経路を確保していった。
ミュエルもまた、秋人から送られてきたイメージを元にして教授へ近付き、学生に囲まれている初老の男性の周りで飲み物などを配り始めた。
『希望を照らす灯』七海 灯(CL2000579)はミュエルと共に、相馬から夢で見た人物の特徴を聞いておいた。ミュエルは送受信で、その特徴を他の参加者と共有している。
灯は、相馬にそのイメージを念写してもらっていたが、当日も夢の通りの格好をしているとは限らない。念写してある紙を覚者たちに見せてはいたが、参考にしかならないことは承知していた。
灯は大学生と言える年齢ではないので、少しでも大人っぽく見えるようにナチュラルメイクを施し、リトルブラックドレスに髪を下ろしていた。華やかな色合いのドレスの中にあって、黒いドレスはしっとりと落ち着いて見えた。
「如何なる企み、企てがあろうが、俺の敵となるなら排除するだけだ」
と、気合十分なのは『雷麒麟』天明 両慈(CL2000603)。彼も参加者に紛れるために、スーツをパリッと着こなしていた。
だが、その視線は会場というよりは、隣の女性に注がれていた。
「切裂……その格好は、お前の趣味か? まあ、趣味でも何でもいい。似合ってるからな。グッジョブだ」
「……」
「ん? どうした」
「お前が、女装しろっつったんだろ!」
声を荒げたのは、ワンショルダーで胸元が広く開いた、足の付け根にまでスリットのあるセクシーなドレスを纏った女性(?)だった。
髪と同じ色のドレスを着こなす彼女……もとい彼は『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)。
両慈との話の中で、何故か今回女装することになってしまった。
「不本意なのは俺の方だ。お前とカップルに見られるなんて、ぞっとする。まあ、だが、カップルで押し通した方が怪しまれないだろうからな。腕を組むことを許そう」
「お、おま……何様……!」
「時間がない。行くぞ」
両慈が腕を差し出したのに、ジャックはしぶしぶ腕をからめた。
「ウルも付いて来い」
同じ班の『夢猫』ウル・イング(CL2001378)は、黒いセーラー帽で耳を隠し、セーラー服にショートパンツ、黒のハイソックスに黒の革靴というフォーマルな出で立ち。
今回は、両慈の親戚の子という名目で侵入することにしていた。10代前半のウルが、いくら大人っぽく装っても、さすがにボロが出るだろうと考えた結果である。
「お二人の邪魔にならないように、この辺りで待っていますね」
会場内に入ると、ウルはカップルに気を遣ったふうを装いながら、入って来た扉の近くに陣取った。
「気遣いはいらないんだがな。まあ、そういうことなら、二人の時間を楽しむとするか」
そう言って、傍らの女性(ジャック)を引き寄せる両慈。
「調子に乗るなよ」と小声で抵抗しながら、ジャックは貼り付けた笑顔を両慈に向けた。
「そうねえ。ご馳走いただきましょーよー」
こうなったらもう、お楽しみは食べることだけだ。
ジャックはご馳走の並ぶテーブルへと、両慈をぐいぐい引っ張って行った。
壁際に身を寄せたウルは、緊張の面持ちで佇んでいた。その様子が、見知らぬ場所と人たちの中に連れてこられた子ども、という雰囲気を醸し出していて彼の存在にリアリティを与えていた。
(どんな人だろう。どこにいるんだろう。僕……ちゃんと対処できるかな)
避難経路である扉だけは、いつ何が起こっても素早く開けられるように……。
『ボーパルホワイトバニー』飛騨・直斗(CL2001570)は、今回の依頼には女装するつもりで参加しており、誰が見ても白髪の美女と信じて疑わない姿に変身していた。
女物の黒を基調としたドレスに、黒い帽子。それらは、ちゃんと耳と尻尾を隠せる大きさのものを選んだ。
「一応は正義の味方やってるんで、無差別テロみたいなことはさせるわけにはいかねーの。という訳で、美少女ヒーローウサ耳ガール、敵の首、狩っちゃうぞ」
「おー、そんな決め台詞があるんだな」
今回、直斗と同じ組で動くことになった星野 宇宙人(CL2000772)が、感心したように言った。
「そんなことより、今回はよろしくな」
「ん? ああ、そうだな。よろしく。この組には回復役いないし、戦闘はなるべく短期決戦で行きたいところだな」
真面目な顔になった直斗の言葉に、宇宙人もさっと本番モード。
「事前に相馬さんにドレスの色や形を聞いてみた。きっとお洒落には気を遣う子だろう。とりあえず、俺はオシャレな子に目星を付けてみるつもりだ」
宇宙人の案に、直斗も頷き、
「自分のこと誇示したい感じだったから、オシャレにはしてるだろうね。見ての通り、俺も同じ獣の因子で、耳を隠すには一番帽子が便利なんだ。俺は帽子を被ってる子も視野に入れておくよ」
「よし、それじゃ、変に当たりを付けず、『超直観』で探りながら行きますか」
イヤホンの位置を直しつつ宇宙人が言えば、直斗も「だね」と優雅な仕草でドレスをさばいた。
●捜索
会場のステージ上では、来賓の挨拶が始まっていた。
人々の視線が一点に集中している時間を狙って、相手方が動く可能性は高い。
特に、メインの来賓である教授の周りから人がいなくなった時が……。
『皆、避難経路を、もう一度確認するよ』
インカムからは秋人の声。
避難誘導に協力してもらうために、ホテルのスタッフにも、事前にインカムを渡してあった。
万が一戦闘になった場合、避難誘導にこちらの手が割けなくなることを想定してのことだ。
『了解。こちらジャック。ホテルの警備員の顔も覚えておいたから、イメージ送るよ』
イヤホンからジャックの声がしたかと思うと、数名の警備服を着た男性のイメージが、ミュエルの元へ送られてきた。ミュエルはそのイメージを、他の覚者たちへ転送した。
『ありがとう、ジャックさん。私たちは教授の周辺で待機しているわ』
ミュエルは男性スタッフに変装している。声で女性とばれてはいけないので、なるべく手短に報告を済ませた。
『了解です。僕は扉近くで避難経路を確保しています。……お、お姉さんたちが何故か話しかけてくるんですけど、どうしましょう』
続いてイヤホンから聞こえてきたのは、幼いウルの声だった。
『お、おう、そうか。まあ、そこは、あれだ。にこっと笑って、『ありがとう』って言っときゃ大丈夫だぜ』
と、両慈のアドバイス。
ジャックと恋人のフリをしつつ眼鏡の猫耳少女を探しているが、一人にしてしまったウルのことを気にかけてもいた。
『教授がステージに上がるぞ』
秋人の緊迫した声に、覚者たちはステージへと視線を走らせた。
ゆっくりとした足取りで登壇する教授。
秋人は、何かあればすぐに壇上に上がれるように、それとなくステージ近くまで移動した。それと同時に、ミュエルと灯の位置も確認する。
(ここでの襲撃は、できるなら避けたいところだがな……)
灯は女子の集団に紛れるようにして、ステージに顔を向けていた。
その視界に、秋人がすっと入ってくる。
秋人も、このタイミングを警戒しているようだ。
ジュースの入ったグラスに口を付けながら、灯はステージの周りまで視界に入る位置まで移動した。
夢見の通りに男が動くとするなら、『教授や周りの人たちに、自分たちがF.i.V.E.の覚者だと認識させる』はずだ。
その目的のために、この謝恩会を狙ったのなら、教授が壇上にいる今が最高の舞台演出になるはず……。
ジャックは半ばやけ食いしていた。
誰と挨拶を交わしても、「きれい!」としか言われないからだ。
誰一人女装を見抜けないなんて、んなことあるかよ!
もういいよ。
どーにでもなれよ……。
「……切裂。お前、本当に似合ってるな。……本当に男か?」
「ったりまえだろ!」
「男にしておくのは惜しいよ」
顔を突き合わせ、小声で言い合う二人の様子は、傍から見れば、いちゃつくカップルのようだ。
その様子を、はらはらしながら見守っている者が一人。
ウルだ。
(目立ち過ぎじゃないでしょうか……)
壁際から会場内を見渡せば、その中にいるよりも、もっと多くの情報を得ることができる。
そう言った意味では、ウルがもっとも人々の変化に気付きやすい位置にいるとも言えた。
(まだ動かない? 僕たちがいることがバレて、襲撃を諦めたとか?)
焦りと同時に、希望的観測も生まれてくる。
(何か反応が欲しいなぁ)
ウルはそっと息をついた。
「まだ、猫娘を特定できてないぞ」
直斗と宇宙人は、教授が壇上にあるのを確認すると、多少の焦りを覚えつつ、会場内に目を配り続けていた。
そして……。
(ん?)
宇宙人の捨て目にあることが引っ掛かった時、直斗が傍らに立った。
「何か気付いたか?」
「茶髪の子って、あんまいないなあって思ったんだ」
「……茶髪……」
確かに頭髪に注目してみれば、黒髪、もしくは自然な髪色の者がほとんどだ。
『就活のため……かもな』
インカムからは両慈の声。
「なるほど。就活ね」
「てことは、ギャル猫は見付けやすくなったとも考えられるな」
宇宙人の言葉に、直斗も頷いた。
●発見
両慈はジャックにちょっかいをかけながら、超視力で異変を探る。
ジャックは、学生の中から一人外れた少女に、目を付けていた。
このような華やかな場にそぐわないほどに、その身に纏う雰囲気の冷たさ。
下ろしたままのストレートの黒髪に帽子を被り、黒一色のゴスロリ風ドレスを着た、眼鏡の少女。
「おい。あれ」
「あんな子、さっきまで、いたっけ?」
両慈が首を傾げると、ジャックは彼女に向かって足早に近付いて行った。
『ウル。眼鏡猫、見つけたぞ』
『は、はい!』
ミュエルにもその報告を送り、ジャックに続いて両慈も、少女の側に近付いた。
眼鏡猫が見つかったと同じ頃。
直斗は近付いて来る女性に顔を向けた。
それは、薄い色の髪を無造作に頭の上でまとめ、小さな帽子を斜めに被っている少女だった。服装はオフショルダーのドレス。
「あんた、わたしと同類じゃん」
先に声をかけてきたのは、少女の方だった。
無言で見つめ返す直斗に、少女は「隠さなくっても分かるからさー」と、自分の帽子をトントンと指さした。
彼女も捨て目が利くのか……?
「君は?」
「わたしはー。あ、これ言ったら怒られるんだっけ。だから秘密ー」
「それは残念」
言いながら、直斗は急いでイメージをミュエルに送り、それはそのまま各員に転送された。
宇宙人も距離を取りつつ、すぐに彼女に対処できる位置までやって来ていた。
壇上では、教授への花束が贈られているところだった。
さすがに談笑していた学生たちも、ステージに目を向け拍手を送っている。
灯も拍手しながら、目の端に映った人物に注意を向けた。
それは、ちょうど教授が降壇してくる位置に立つ人物。髪をオールバックにまとめ、三つ揃えを着た30歳ほどの男だった。学生たちの中にあって異質なものに感じられるその存在は、相馬の夢の話とも合致する姿。
「ご苦労様です。教授」
男が周囲を引き付けるように声高に言えば、ステージから降り切った教授は、怪訝な顔をして男を見た。
「君は……誰だったかな?」
「私はF.i.V.E.の」
男が最後まで言う前に、ミュエルはポケットに忍ばせた自分の身分証を頭上に掲げた。
「この中で、手帳を落とされた方はいらっしゃいませんか! 大事な身分証のようですが!」
●眼鏡猫の少女
ミュエルが身分証を掲げた瞬間、眼鏡の少女が短刀を手に、学生に向かって飛んだ。
それを止めに入るジャック。
両慈は一般人に向かって、「逃げろ!」と叫ぶ。
ウルは扉を開放すると、妖精結界を使って、一般人がこの場から離れるように促した。
「あんたの相手は俺たちだ」
もうこうなったら女装も何もない。
ジャックは破眼光を放ち、その直撃を受けた眼鏡猫の少女は、もんどりうって絨毯の上に転がった。
しかし眼鏡猫は無表情のまま立ち上がると、そのまま閂通しでウルとジャックに傷を付ける。
それを受けて、避難誘導を続けていた両慈が、癒しの雨を2人に降らせた。
回復したウルが猛の一撃を少女に打ち込むがかわされ、続いてジャックが、「これは優雅なパーティを台無しにした分」、「これは罪なき一般人を傷付けた分」という台詞と共に、破眼光を二回連続で放った。
強烈な破眼光の攻撃を受け、少女はそれ以上攻撃を返しては来なかった。
●ギャル猫の少女
「もう。おじさん、何やってんの」
言うや、ギャル猫は隣に立つ直斗に抜き身を放った。
寸での所で避けた直斗を置いて、今自分の側を通り過ぎた女子学生に斬り付けた。
「はい。ひとーり」
そのまま次のターゲットへ。
という訳にはいかなかった。
直斗と宇宙人が前へ回り込み、行く手を阻んだからだ。
「おっと、お嬢さん、此処は通せないぜ。両慈さん、一般人に負傷者!」
と宇宙人が両慈へ連絡。すぐに両慈が駆け付け、治療を始めた。幸い傷は浅いようだった。
「よオ、猫耳のお姉さん。勝手な真似しちゃって……。その猫耳弄り回して、お仕置きしちゃうぞ」
「お仕置きー? なんだろ。期待しちゃうぞ」
直斗と宇宙人が術式を展開している間に、ギャル猫は踊るように刀を繰り出し、二人に傷を付けて行く。
「ちょこまかと動きやがる。やっぱ、お前、気に入らねー」
直斗は不満げに言った。
そこへ、眼鏡猫を確保済みのジャックも駆け付け、破眼光を放った。
「これは、何故か女装させられてる俺の怒りの分だ!」
それは、少女を直撃した。
だが、彼女は笑っていた。
そのままギャル猫は宇宙人に近付くと一閃。
斬られたところを押さえ、宇宙人は蹲る。
そこへ直斗の妖刀の呪いと、ジャックの破眼光が、ギャル猫に命中。
気力を振り絞った宇宙人の二連撃で、ギャル猫は戦闘不能に陥った。
●偽F.i.V.E.の男
ミュエルの呼びかけに、男は焦ったようにスーツの内ポケットに手をやった。
そこにあったものを引きだし、安堵したように息をつく。
その一連の動作を確認し、男と教授の間に灯が、そして学生と男の間に秋人が、身を滑り込ませた。ミュエルがマイナスイオンで一般人を落ち着かせている。
「その手帳、どこで手に入れたんです?」
秋人が男に向かって詰問した。
「これか? これは私のものだ。私が持っているのだから、私のものに決まっている。ホテルマンが私の所持品について、とやかく言えるのか?」
「それが本当にあなたのものなら何も言いませんよ。けど、それは、あなたのものではない。俺たちは、それを知っている」
「……お前たちは……?」
男が怯んだ一瞬の隙をついて、灯が鎖鎌を投げた。
その鎖鎌が体に巻きつく直前に男は避け、そのまま逃走を開始した。だが、鎖鎌がかすめでもしたのか、足を引きずっている。
すぐさま、避難誘導をしていた秋人とミュエルに回り込まれた。
咄嗟に男が放った雷撃に、痺れを覚えた3人。
膝をつくミュエルの傍らで、その痺れを跳ね除ける勢いで灯が鎖鎌を放ち、秋人がB.O.T.の波動弾を撃ち込んだ。
攻撃を受けてかすり傷を作りながらも逃げ回る男に、灯が空気投げをぶつけ無力化させ、数々のバッドステータスを男に与えていくと、男はとうとう絨毯に体を沈めた。
それを見て、ミュエルが覚者たちにかかっていたバッドステータスを解除する。
「ま、まだまだ……」
男が立ち上がろうと膝をついたところで、灯の鎖鎌が体に巻き付いた。
もう振りほどくだけの力は残っていないようだ。
「このまま……何もできないまま、終わるのか……!」
血が出るほど唇を噛んで、男は悔しさを滲ませた。
●確保
男のスーツの内ポケットから、アグリ・リョーマの身分証が取り出された。
「何故、あなたがアグリ・リョーマの身分証を持っていたか、話してくれませんか?」
口をつぐむ男に、ミュエルと秋人が問いかけた。
にこにこしながら直斗にちょっかいを出しているギャル猫と、大人しく捕まっている眼鏡猫。
この二人の関係も謎だった。
「……人に」
「え?」
「人に頼まれた」
男が告げたことに、覚者たちは顔を見合わせた。
「君たちは、組織に属しているの?」
その両慈の問いには、男は口を閉ざしてしまった。
「場所を変えた方がいいかしらね」
ミュエルが言うと、秋人も頷いた。
「そうだね。聴取は専門家にしてもらった方がいいかもな」
全てを聞き出すには時間が必要だと悟った覚者たち。
ともあれ、3名の隔者の確保と身分証の回収を果たし、ひとまず事件は解決した。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
