古妖の絵本『かぐや姫大戦争』
●それはある満月の夜の事
もはや誰もが寝静まった深夜。にも関わらずピリピリとした空気の漂う屋敷が一つ。
「おじいさん、おばあさん、私さえ月に帰れば、全て穏便に……」
「何が穏便なものか、娘を連れ去ろうとする時点でこれはもうただ事ではない」
「それとも、貴女は帰りたいの?」
かぐや姫の心配に対し、憤る老爺と寂しそうに問い返す老婆。その返答は、ギュッと結ばれた唇から見て取れる。
「出たぞ! 月の連中だ!!」
物見からの報告に、一斉に待機していた貴族たちの傭兵が弓を構えるが、引くことができない。
「な、なんだ、これ……?」
混乱の中、脱力してしまった老夫婦から愛娘を奪った月の御使いは乗ってきた雲に戻り、すっと眼下を示す。
「皆殺しにせよ。かぐや姫様にお心残りさせてはならぬ」
「待って、そんなことする必要なんて……!」
彼女の言葉など聞かず、一方的な虐殺が始まる……。
●覚者無双
「ていうのが、今回の話だ」
説明を終えた久方 相馬(CL2000004)は遠い目をする。
「まぁ例の如く、落ちてる本に触れば中に入れるんだが、それをやらずに本を焼いたりすると、古妖が他の本に移ったり、人を敵視するようになるからちゃんと中に入って古妖を倒してきてくれ」
ここまではいつもの事。だというのに、何故彼はこんな顔なのか。その疑問の答えがコレ。
「今回は古妖が大量の雑魚を連れてて、まずそれをどうにかしないといけないんだ……」
あっ。これはめっちゃ疲れるやつだ。そう察した覚者達も遠い目に。
「まぁ、雑魚は本当に雑魚だからいいんだけど、数が多いから上手く防がないと、おじいさんとおばあさんが殺されるから、どうにか守ってくれ。かぐや姫を守りに来た貴族と傭兵は覚悟してるから、最悪撃ち漏らしてもいい」
大事なのは、かぐや姫のトラウマを作らない事らしい。
「古妖自体は、かぐや姫の話を悲しすぎると思ってて、敵の恰好した自分達を倒すヒーローを求めてる。雑魚をある程度倒すと古用妖本人が出てくるから、ソイツをぶっ飛ばして大団円にすれば古妖は満足して大人しくなるし、祝いの席くらいは用意してもらえると思うぜ」
しっかり戦ってガッツリ食べる。大体そんな感じになりそうだ。
もはや誰もが寝静まった深夜。にも関わらずピリピリとした空気の漂う屋敷が一つ。
「おじいさん、おばあさん、私さえ月に帰れば、全て穏便に……」
「何が穏便なものか、娘を連れ去ろうとする時点でこれはもうただ事ではない」
「それとも、貴女は帰りたいの?」
かぐや姫の心配に対し、憤る老爺と寂しそうに問い返す老婆。その返答は、ギュッと結ばれた唇から見て取れる。
「出たぞ! 月の連中だ!!」
物見からの報告に、一斉に待機していた貴族たちの傭兵が弓を構えるが、引くことができない。
「な、なんだ、これ……?」
混乱の中、脱力してしまった老夫婦から愛娘を奪った月の御使いは乗ってきた雲に戻り、すっと眼下を示す。
「皆殺しにせよ。かぐや姫様にお心残りさせてはならぬ」
「待って、そんなことする必要なんて……!」
彼女の言葉など聞かず、一方的な虐殺が始まる……。
●覚者無双
「ていうのが、今回の話だ」
説明を終えた久方 相馬(CL2000004)は遠い目をする。
「まぁ例の如く、落ちてる本に触れば中に入れるんだが、それをやらずに本を焼いたりすると、古妖が他の本に移ったり、人を敵視するようになるからちゃんと中に入って古妖を倒してきてくれ」
ここまではいつもの事。だというのに、何故彼はこんな顔なのか。その疑問の答えがコレ。
「今回は古妖が大量の雑魚を連れてて、まずそれをどうにかしないといけないんだ……」
あっ。これはめっちゃ疲れるやつだ。そう察した覚者達も遠い目に。
「まぁ、雑魚は本当に雑魚だからいいんだけど、数が多いから上手く防がないと、おじいさんとおばあさんが殺されるから、どうにか守ってくれ。かぐや姫を守りに来た貴族と傭兵は覚悟してるから、最悪撃ち漏らしてもいい」
大事なのは、かぐや姫のトラウマを作らない事らしい。
「古妖自体は、かぐや姫の話を悲しすぎると思ってて、敵の恰好した自分達を倒すヒーローを求めてる。雑魚をある程度倒すと古用妖本人が出てくるから、ソイツをぶっ飛ばして大団円にすれば古妖は満足して大人しくなるし、祝いの席くらいは用意してもらえると思うぜ」
しっかり戦ってガッツリ食べる。大体そんな感じになりそうだ。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.月の御使い撃破
2.老夫婦生存
3.なし
2.老夫婦生存
3.なし
戦場は老夫婦の屋敷
十分な広さがあるため、戦いに不便はありません
庭に面した縁側から二人がかぐや姫を見つめています
彼らを守り抜ける布陣を考えましょう
【敵】
月の御使い
邪魔をするなら斬る(近単、物理)
地上人風情が近づくな(近列、物理)
月の兵隊
超弱いけどいっぱい
群がってくるのをいい感じになぎ倒しましょう
【宴】
無事に目的を達成すると、老夫婦とかぐや姫が皆さんをもてなしてくれます、美味しい物たくさんです。古妖も感謝のつもりか、皆さんが食べ終えるまで元の世界に帰そうとはしません
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
4/6
4/6
公開日
2017年03月26日
2017年03月26日
■メイン参加者 4人■

●それは虐殺の始まり
「さて、今回の絵本は『かぐや姫』か。一般的に知られている話と違い、過激な結末に書き換えられているな。悲しい結末を変えたいからって、無理矢理話を捻じ曲げてまでやろうってのは、決断力があるというか、なんというか……」
斎 義弘(CL2001487)は飛び込んだ絵本の中、物置の陰から様子を覗う。既に貴族の私兵や傭兵が中央の一際大きな母屋を守るように陣取っている。
「まるで戦争だな。一体何人いるんだ?」
赤坂・仁(CL2000426)が屋敷の中庭を見回した時だ。どこからともなくシャン……シャン……鈴を鳴らす音がする。音の発生源は、上。雲に乗った一団が、月から降りてきている。
「出たぞ! 月の連中だ!!」
誰かが叫んだ。しかし、その声に応える者はない。
「な、なんだ、これ……?」
「来たか……?」
動く気配を見せない傭兵を横目に、仁が擲弾を構えるのだが肝心の御使いの姿がない。しかし頭上を月の兵隊が動いている以上、見過ごすわけにもいかない。『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)が錠のかけられた魔本を片手に英霊の声に耳を傾けていると、臨戦態勢を整える覚者たちの頭上を、新手の影が通り過ぎていく。ふわり、雲に降り立ったそれは夜のような黒髪に、月のように美しい瞳を持つ少女を連れた一人の男性。その指が、スッと下を、屋敷を示す。
「皆殺しにせよ。かぐや姫様にお心残りさせてはなら……」
「ちょーっと待ったぁあああ!!」
月の御使いの指示を、『プロ級ショコラティエール』菊坂 結鹿(CL2000432)の叫びが掻き消した。
「幸せな家庭を壊そうとするなんて許せません! いかなる理由があろうともです。屋敷に押しかけ、無理やり姫を攫おうとするなんて……あなたたち最低ですっ!!」
黒髪を白銀に染めて、周囲の大地から金属の粒子をかき集め、簡易鎧に身を包む。愛刀の切っ先をまっすぐ御使いに向けて、結鹿は御使いの見下すような視線をまっすぐに受け止めた。
「かぐや姫は帰ることを望みましたか? おばあさんやおじいさん、お友達と離れることを望みましたか? あなた達は、彼女に姫としての在り方を押し付けてはいませんか!?」
「……何が言いたい?」
「自分たちのワガママをお姫様に押し付けるんじゃありません!」
べーっ! 舌を出して敵対心丸出しの結鹿に、冷めた御使いはスッと手を降ろす。
「殺せ」
その一言を皮切りに、二つの勢力がぶつかった。
●英雄とはかくありき
「遠からんものは音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!」
迫りくる軍勢を前に、目を閉じた結鹿は得物を降ろす。
「わたしの名は菊坂結鹿! 姫の身辺を蛮敵から守る者なり」
無防備な姿を前に、戦意を失ったと思い込む先兵が武器を振りかざし……。
「命を惜しまぬ愚か者は参るが良い!」
その刃が翻るより速く、自ら踏み込んだ彼女の刃が、半月を描いた。剣圧一つが空を薙ぎ、巻き込まれた有象無象が宙を舞う。
「我が刃、幾人だろうと相手になろう!!」
「派手にやるな……」
ボトボトと地面に落ちては消えていく先兵を横目に、義弘は靴を脱ぎ捨てた。
「さあ、こちらも気合入れていこうじゃないか」
「覚悟はできてるか?」
「もちろん」
仁が擲弾銃を構え、義弘がスパイクを生やし、地面をしかと踏み締める。
「引火してくれるなよ?」
「俺は火の術式持ちだ、問題ない」
仁が引き金を引いた瞬間、爆薬の塊と共に義弘が跳んだ。天より来る先兵のど真ん中、起爆した擲弾が熱と煙をまき散らし、白黒二色の雲が入り乱れる中、機械の脚が兵士の頭蓋を踏みにじる。
「一先ず、返してもらおう」
「なに!?」
爆煙に紛れて距離を詰めた義弘が兵士を足場にして更に跳躍。不意打ち気味に御使いからかぐや姫を奪還、自由落下で地上へ戻るがそれをみすみす逃す兵士ではない。
「汚らわしい手で姫様に……」
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……」
血走った目の軍隊の喧騒の中に、微かな詠唱を聞いた義弘が反転、敵に背を向けてかぐや姫を庇った。
「イオ・ブルチャーレ!」
「なっ!?」
追手が咄嗟に防御姿勢をとるも、一撃目の火球がその姿勢を崩し、散った火の粉が小さな火球に姿を変えて撃墜する。着弾を確認したラーラは背後に飛び降りた二人の無事を見届けて、閉じた魔本に手を添えた。
「かぐや姫のお話、私も知ってます。月の御使いさん達は、容赦なくかぐや姫を連れて行ってしまいましたが、お爺さんやお婆さんを手にかけたりはしませんでした……そんな結末は私だって嫌です」
思い返すそれは本来の結末。離れ離れになる悲しい結末が、誰一人残らない凄惨な末路に変わろうとしている。それをこのまま見ている事など、炎の魔術師にはできなかった。
「物語がヒーローを求めてるのなら、なってあげます。かぐや姫の帰る場所は私達が守ります」
無数の怒号が地響きにすら感ぜられる戦場で、陽炎の向こうに揺らめく少女の姿に、貴族とその兵は見惚れていた。「なんと美しい」と。あれはきっと、天上の美姫ことかぐや姫を守るために舞い降りた、天女なのだろう。それに引き換え、自分たちのなんと……。
「貴族の皆さん、傭兵さん達、お願いします。お爺さんとお婆さんを、かぐや姫の大切な人達を守るのにお力添えください」
『?』
誰もが、耳を疑った。
「私たちだけでは皆を守り切ることができません。皆さんの力が必要なんです、今こそ立ち上がる時です……!」
静かな、しかし確かな声に、ギリ。武器が握り込まれる小さな音が鳴る。
『オォオオオオ!!』
雄叫びと共に、地上の軍勢が得物を掲げた。必要とされている、まだできることがある、そう信じさせてくれる声に、そぎ落とされたはずの戦意が蘇る。息を吹き返した兵士が老夫婦とかぐや姫を守るように隊列を組み、十重二十重に編み上げれた生ける防壁が立ち並び、その前に義弘が跳びだした。
「くれぐれも無理はするなよ。こいつらの相手は俺たちがする、取りこぼした兵士を止めてくれ」
頼もしい防衛役ができた事で、留まって守る必要がなくなった覚者が動き始める。
「足を止めなくていいのは実に助かる」
大型の得物ゆえに動きが鈍いかと思われた仁だが、擲弾を撃つ、走る、撃つ。止まることをしない彼は外側から回り込むようにして爆薬を撃ち込んで、敵の数が多い事を逆手にとって押し込めるように陣形をすり潰す。それぞれがぶつかり合い、自由を失った所へ結鹿が跳んだ。
「月から下りし無法者、己が過ちを悔やむがいい……」
宙で翻り、月光を背にする騎士は刃を引き絞る。
「堕ちよ、汝ら天にある資格なし!」
刃の雨が、月夜に煌めいた。
●従者を持つ実力
「最終撃破対象を確認、これより火力を集中させる」
仁が擲弾に波動を込めて、銃身が微かに光を放つ。向かうは兵士たちを左右に開いて降りてくる月の御使い。
「既にあなたの負けは定まった、大人しくわたしに討たれるがいい!」
「何を……」
刃を向ける結鹿を嘲笑う御使いの横っ面を、義弘の回し蹴りが吹き飛ばそうとして紙一重、避けられた。
「悪いが、問答無用だ」
「ふん、これだから地上の能無しは……」
トントン、小刻みに距離を取る御使いを火球が二発、並んで迫る隠し弾。ヒラヒラリと避ける脚さばきに、ぺスカがラーラの下へ寄っていく。
「うん、やっぱり兵士とは違う。それに……」
ワラワラと、未だ数の在る兵士たちが覚者たちを取り囲む。かぐや姫奪還よりも、邪魔者の抹殺を優先したらしい一群を前に、猫の守護霊から金の鍵を受け取ったラーラは魔本の錠にそれを挿しいれる。
「皆さん、あちらはお願いしますね」
「了解した」
「善処しよう」
「お任せください!」
三者三様の声に、カチリ。錠が開いた。
「ほう、何かする気か?」
「余所見とは、余裕ですね?」
熱波として吹き荒れるラーラの魔力に御使いが片眉を上げ、その一瞬の隙を結鹿の剣が射抜くも咄嗟に傾けた刀身で弾かれてしまう。
「あぁ、余裕だとも」
「ちっ、こいつだけ格が違うってか……!」
後ろから蹴り飛ばそうとした義弘の脚をいなし、仁の射線には常に覚者のどちらかがいるように立ち回る御使い。妙に攻撃が当たらない相手に三人が焦燥を覚えた時だ。
「紅の獅子よ、ここに!」
周囲を赤い線が駆けまわり、陣を描く。天を突かんと噴き上がる炎は兵を飲み、灰塵へ返しなお猛る。荒れ狂うそれはやがて獅子となり、天上より獲物を見下ろした。
『――!!』
燃え盛る業火の唸りか、怒れる獅子の咆哮か、大気を震わす轟音と共に獅子が駆け、月の兵を喰いちぎり、焼き払う。蹂躙の炎を前に、御使いもまた刃を盾に、獅子と拮抗。
「悪即斬!」
動きを止めた瞬間に結鹿が踏み込み、二閃の刃をもって斬痕を刻み、三閃目にて上空へと薙ぎ上げる。
「ナイスアシスト、と言っておこう」
仁の擲弾が着弾、さらに打ち上げ爆風がその身を焼きながら錐揉み状に吹き飛ばす。
「こんな無茶な事やるんじゃないよ、まったく」
機構の脚が追随、その頭を引っ掴んだ。
「今回は俺たちがいたが、もしいなかったら大惨事になっていたんだからな? 少し頭を冷やせ」
「ふ、肝に銘じてお……」
ドゴォッ! 最後まで言い終える前に頭を冷たい地面に埋められた御使いがパタリ、力なく倒れた。
●宴の席
「それで、いつ頃自分がお姫様だって気づいたんですか!?」
「んー、あれはいくつだったかな……」
無事に御使いを追い返した祝いの席、結鹿はかぐや姫の隣で目を輝かせて話をねだっていた。親しみ深い絵物語の有名人が、目の前に。またとないチャンスに彼女の質問は終わらない。
「ところで、かぐやさんって意外ときさくなんですね?」
「そりゃね、私は昔から貴族だったわけじゃ……あ、おじいさん、違うの。貧乏だったとかそういう事では……」
かぐや姫が来たばかりの事を思い出したおじいさんが泣き出してしまい、アワアワと取り繕うかぐや姫を見て結鹿は実感する。例え血のつながりがなくとも、本当の家族にはなれるのだと……。
「仁さんそれだけですか?」
もきゅもきゅ、団子を頬張るラーラが一人分の食事にだけ手を付けて、あとはお代わりもなければ甘味にも手を出さない仁に首を傾げる。
「身体が資本とは言え、程度を過ぎる訳にはいかん。食い過ぎは体調不良を招くばかりか、非常事態が起こった際に反応が鈍るからな」
「生真面目ですね……」
軍人染みた考え方をする仁に遠い目をするラーラは水羊羹に手を出し、小豆の甘さに表情をほころばせていく。
『乾杯!』
無数の杯が交わされ、その一つを傾ける義弘はふと思う。
(しかし俺達も物語を変えてしまったわけだが、かぐや姫はこれでよかったんだろうかね。もし虐殺が無ければ、元通り、姫は月に帰ったんだろうか)
ここはあくまでも古妖が用意した特異なシナリオの中。本来のお話しからは離れた物語になってしまっているわけだが、それを元に戻すどころかさらに捻じ曲げてしまっている。果たしてこれでよかったのか……。
「まあ、深く考えても仕方ないかね?」
皆笑顔で、誰一人欠けることなく祝いの席にいる。今は、それだけでいい。余計な言葉は月見酒と共に飲み込んだ。
「さて、今回の絵本は『かぐや姫』か。一般的に知られている話と違い、過激な結末に書き換えられているな。悲しい結末を変えたいからって、無理矢理話を捻じ曲げてまでやろうってのは、決断力があるというか、なんというか……」
斎 義弘(CL2001487)は飛び込んだ絵本の中、物置の陰から様子を覗う。既に貴族の私兵や傭兵が中央の一際大きな母屋を守るように陣取っている。
「まるで戦争だな。一体何人いるんだ?」
赤坂・仁(CL2000426)が屋敷の中庭を見回した時だ。どこからともなくシャン……シャン……鈴を鳴らす音がする。音の発生源は、上。雲に乗った一団が、月から降りてきている。
「出たぞ! 月の連中だ!!」
誰かが叫んだ。しかし、その声に応える者はない。
「な、なんだ、これ……?」
「来たか……?」
動く気配を見せない傭兵を横目に、仁が擲弾を構えるのだが肝心の御使いの姿がない。しかし頭上を月の兵隊が動いている以上、見過ごすわけにもいかない。『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)が錠のかけられた魔本を片手に英霊の声に耳を傾けていると、臨戦態勢を整える覚者たちの頭上を、新手の影が通り過ぎていく。ふわり、雲に降り立ったそれは夜のような黒髪に、月のように美しい瞳を持つ少女を連れた一人の男性。その指が、スッと下を、屋敷を示す。
「皆殺しにせよ。かぐや姫様にお心残りさせてはなら……」
「ちょーっと待ったぁあああ!!」
月の御使いの指示を、『プロ級ショコラティエール』菊坂 結鹿(CL2000432)の叫びが掻き消した。
「幸せな家庭を壊そうとするなんて許せません! いかなる理由があろうともです。屋敷に押しかけ、無理やり姫を攫おうとするなんて……あなたたち最低ですっ!!」
黒髪を白銀に染めて、周囲の大地から金属の粒子をかき集め、簡易鎧に身を包む。愛刀の切っ先をまっすぐ御使いに向けて、結鹿は御使いの見下すような視線をまっすぐに受け止めた。
「かぐや姫は帰ることを望みましたか? おばあさんやおじいさん、お友達と離れることを望みましたか? あなた達は、彼女に姫としての在り方を押し付けてはいませんか!?」
「……何が言いたい?」
「自分たちのワガママをお姫様に押し付けるんじゃありません!」
べーっ! 舌を出して敵対心丸出しの結鹿に、冷めた御使いはスッと手を降ろす。
「殺せ」
その一言を皮切りに、二つの勢力がぶつかった。
●英雄とはかくありき
「遠からんものは音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!」
迫りくる軍勢を前に、目を閉じた結鹿は得物を降ろす。
「わたしの名は菊坂結鹿! 姫の身辺を蛮敵から守る者なり」
無防備な姿を前に、戦意を失ったと思い込む先兵が武器を振りかざし……。
「命を惜しまぬ愚か者は参るが良い!」
その刃が翻るより速く、自ら踏み込んだ彼女の刃が、半月を描いた。剣圧一つが空を薙ぎ、巻き込まれた有象無象が宙を舞う。
「我が刃、幾人だろうと相手になろう!!」
「派手にやるな……」
ボトボトと地面に落ちては消えていく先兵を横目に、義弘は靴を脱ぎ捨てた。
「さあ、こちらも気合入れていこうじゃないか」
「覚悟はできてるか?」
「もちろん」
仁が擲弾銃を構え、義弘がスパイクを生やし、地面をしかと踏み締める。
「引火してくれるなよ?」
「俺は火の術式持ちだ、問題ない」
仁が引き金を引いた瞬間、爆薬の塊と共に義弘が跳んだ。天より来る先兵のど真ん中、起爆した擲弾が熱と煙をまき散らし、白黒二色の雲が入り乱れる中、機械の脚が兵士の頭蓋を踏みにじる。
「一先ず、返してもらおう」
「なに!?」
爆煙に紛れて距離を詰めた義弘が兵士を足場にして更に跳躍。不意打ち気味に御使いからかぐや姫を奪還、自由落下で地上へ戻るがそれをみすみす逃す兵士ではない。
「汚らわしい手で姫様に……」
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……」
血走った目の軍隊の喧騒の中に、微かな詠唱を聞いた義弘が反転、敵に背を向けてかぐや姫を庇った。
「イオ・ブルチャーレ!」
「なっ!?」
追手が咄嗟に防御姿勢をとるも、一撃目の火球がその姿勢を崩し、散った火の粉が小さな火球に姿を変えて撃墜する。着弾を確認したラーラは背後に飛び降りた二人の無事を見届けて、閉じた魔本に手を添えた。
「かぐや姫のお話、私も知ってます。月の御使いさん達は、容赦なくかぐや姫を連れて行ってしまいましたが、お爺さんやお婆さんを手にかけたりはしませんでした……そんな結末は私だって嫌です」
思い返すそれは本来の結末。離れ離れになる悲しい結末が、誰一人残らない凄惨な末路に変わろうとしている。それをこのまま見ている事など、炎の魔術師にはできなかった。
「物語がヒーローを求めてるのなら、なってあげます。かぐや姫の帰る場所は私達が守ります」
無数の怒号が地響きにすら感ぜられる戦場で、陽炎の向こうに揺らめく少女の姿に、貴族とその兵は見惚れていた。「なんと美しい」と。あれはきっと、天上の美姫ことかぐや姫を守るために舞い降りた、天女なのだろう。それに引き換え、自分たちのなんと……。
「貴族の皆さん、傭兵さん達、お願いします。お爺さんとお婆さんを、かぐや姫の大切な人達を守るのにお力添えください」
『?』
誰もが、耳を疑った。
「私たちだけでは皆を守り切ることができません。皆さんの力が必要なんです、今こそ立ち上がる時です……!」
静かな、しかし確かな声に、ギリ。武器が握り込まれる小さな音が鳴る。
『オォオオオオ!!』
雄叫びと共に、地上の軍勢が得物を掲げた。必要とされている、まだできることがある、そう信じさせてくれる声に、そぎ落とされたはずの戦意が蘇る。息を吹き返した兵士が老夫婦とかぐや姫を守るように隊列を組み、十重二十重に編み上げれた生ける防壁が立ち並び、その前に義弘が跳びだした。
「くれぐれも無理はするなよ。こいつらの相手は俺たちがする、取りこぼした兵士を止めてくれ」
頼もしい防衛役ができた事で、留まって守る必要がなくなった覚者が動き始める。
「足を止めなくていいのは実に助かる」
大型の得物ゆえに動きが鈍いかと思われた仁だが、擲弾を撃つ、走る、撃つ。止まることをしない彼は外側から回り込むようにして爆薬を撃ち込んで、敵の数が多い事を逆手にとって押し込めるように陣形をすり潰す。それぞれがぶつかり合い、自由を失った所へ結鹿が跳んだ。
「月から下りし無法者、己が過ちを悔やむがいい……」
宙で翻り、月光を背にする騎士は刃を引き絞る。
「堕ちよ、汝ら天にある資格なし!」
刃の雨が、月夜に煌めいた。
●従者を持つ実力
「最終撃破対象を確認、これより火力を集中させる」
仁が擲弾に波動を込めて、銃身が微かに光を放つ。向かうは兵士たちを左右に開いて降りてくる月の御使い。
「既にあなたの負けは定まった、大人しくわたしに討たれるがいい!」
「何を……」
刃を向ける結鹿を嘲笑う御使いの横っ面を、義弘の回し蹴りが吹き飛ばそうとして紙一重、避けられた。
「悪いが、問答無用だ」
「ふん、これだから地上の能無しは……」
トントン、小刻みに距離を取る御使いを火球が二発、並んで迫る隠し弾。ヒラヒラリと避ける脚さばきに、ぺスカがラーラの下へ寄っていく。
「うん、やっぱり兵士とは違う。それに……」
ワラワラと、未だ数の在る兵士たちが覚者たちを取り囲む。かぐや姫奪還よりも、邪魔者の抹殺を優先したらしい一群を前に、猫の守護霊から金の鍵を受け取ったラーラは魔本の錠にそれを挿しいれる。
「皆さん、あちらはお願いしますね」
「了解した」
「善処しよう」
「お任せください!」
三者三様の声に、カチリ。錠が開いた。
「ほう、何かする気か?」
「余所見とは、余裕ですね?」
熱波として吹き荒れるラーラの魔力に御使いが片眉を上げ、その一瞬の隙を結鹿の剣が射抜くも咄嗟に傾けた刀身で弾かれてしまう。
「あぁ、余裕だとも」
「ちっ、こいつだけ格が違うってか……!」
後ろから蹴り飛ばそうとした義弘の脚をいなし、仁の射線には常に覚者のどちらかがいるように立ち回る御使い。妙に攻撃が当たらない相手に三人が焦燥を覚えた時だ。
「紅の獅子よ、ここに!」
周囲を赤い線が駆けまわり、陣を描く。天を突かんと噴き上がる炎は兵を飲み、灰塵へ返しなお猛る。荒れ狂うそれはやがて獅子となり、天上より獲物を見下ろした。
『――!!』
燃え盛る業火の唸りか、怒れる獅子の咆哮か、大気を震わす轟音と共に獅子が駆け、月の兵を喰いちぎり、焼き払う。蹂躙の炎を前に、御使いもまた刃を盾に、獅子と拮抗。
「悪即斬!」
動きを止めた瞬間に結鹿が踏み込み、二閃の刃をもって斬痕を刻み、三閃目にて上空へと薙ぎ上げる。
「ナイスアシスト、と言っておこう」
仁の擲弾が着弾、さらに打ち上げ爆風がその身を焼きながら錐揉み状に吹き飛ばす。
「こんな無茶な事やるんじゃないよ、まったく」
機構の脚が追随、その頭を引っ掴んだ。
「今回は俺たちがいたが、もしいなかったら大惨事になっていたんだからな? 少し頭を冷やせ」
「ふ、肝に銘じてお……」
ドゴォッ! 最後まで言い終える前に頭を冷たい地面に埋められた御使いがパタリ、力なく倒れた。
●宴の席
「それで、いつ頃自分がお姫様だって気づいたんですか!?」
「んー、あれはいくつだったかな……」
無事に御使いを追い返した祝いの席、結鹿はかぐや姫の隣で目を輝かせて話をねだっていた。親しみ深い絵物語の有名人が、目の前に。またとないチャンスに彼女の質問は終わらない。
「ところで、かぐやさんって意外ときさくなんですね?」
「そりゃね、私は昔から貴族だったわけじゃ……あ、おじいさん、違うの。貧乏だったとかそういう事では……」
かぐや姫が来たばかりの事を思い出したおじいさんが泣き出してしまい、アワアワと取り繕うかぐや姫を見て結鹿は実感する。例え血のつながりがなくとも、本当の家族にはなれるのだと……。
「仁さんそれだけですか?」
もきゅもきゅ、団子を頬張るラーラが一人分の食事にだけ手を付けて、あとはお代わりもなければ甘味にも手を出さない仁に首を傾げる。
「身体が資本とは言え、程度を過ぎる訳にはいかん。食い過ぎは体調不良を招くばかりか、非常事態が起こった際に反応が鈍るからな」
「生真面目ですね……」
軍人染みた考え方をする仁に遠い目をするラーラは水羊羹に手を出し、小豆の甘さに表情をほころばせていく。
『乾杯!』
無数の杯が交わされ、その一つを傾ける義弘はふと思う。
(しかし俺達も物語を変えてしまったわけだが、かぐや姫はこれでよかったんだろうかね。もし虐殺が無ければ、元通り、姫は月に帰ったんだろうか)
ここはあくまでも古妖が用意した特異なシナリオの中。本来のお話しからは離れた物語になってしまっているわけだが、それを元に戻すどころかさらに捻じ曲げてしまっている。果たしてこれでよかったのか……。
「まあ、深く考えても仕方ないかね?」
皆笑顔で、誰一人欠けることなく祝いの席にいる。今は、それだけでいい。余計な言葉は月見酒と共に飲み込んだ。
