温泉旅情~梅の香りに誘われて
●
「はーろろん♪ 調子はどう?」
今日も忙しく日々を過ごす覚者の前にやって来たのは、『イエロー系女子』大岩・麦(nCL2000116)。来年から女子高生だとはしゃいでいる娘である。
「さて、そんな大変な覚者のあなたに持ってきたのはお得な話! 穴場の温泉に日帰り旅行のツアーがあるのです!」
こういう時に、怪しい口調になってしまうのは癖なのだろう。
五麟市からさほど遠くない場所にある温泉宿が、FIVEの覚者に1日貸し切りで開放された。なので、そこで骨休めをしてはどうだという話だ。
地元で働いている麦の父親に、現地の観光組合から連絡があったとか。どうやら、FIVEの活動で近辺の妖事件が解決したとのことで、その恩返しということらしい。混浴ということだが、中々に立派な露天風呂があるとのことだ。
覚者達にとっても悪い話ではないだろう。戦いに疲れた体を休めるにはもってこいの場所である。なにせ、温泉で体を癒すのは、日本の文化の中でも最も優れたものの1つだ。
裸の付き合いという言葉もあるが、こうした場所でのんびりと語らうのも悪くはない。
それに、露天風呂から見える景色は、ちょうど梅の花が見ごろのようだ。厳しい戦いの中を生きる覚者だからこそ、梅の花の可憐さを愛おしむ心を持つことを忘れてはいけない。
「おとーさんも、疲れた時には温泉が一番だって言ってたし。予定空いていれば、よろしくね!」
「はーろろん♪ 調子はどう?」
今日も忙しく日々を過ごす覚者の前にやって来たのは、『イエロー系女子』大岩・麦(nCL2000116)。来年から女子高生だとはしゃいでいる娘である。
「さて、そんな大変な覚者のあなたに持ってきたのはお得な話! 穴場の温泉に日帰り旅行のツアーがあるのです!」
こういう時に、怪しい口調になってしまうのは癖なのだろう。
五麟市からさほど遠くない場所にある温泉宿が、FIVEの覚者に1日貸し切りで開放された。なので、そこで骨休めをしてはどうだという話だ。
地元で働いている麦の父親に、現地の観光組合から連絡があったとか。どうやら、FIVEの活動で近辺の妖事件が解決したとのことで、その恩返しということらしい。混浴ということだが、中々に立派な露天風呂があるとのことだ。
覚者達にとっても悪い話ではないだろう。戦いに疲れた体を休めるにはもってこいの場所である。なにせ、温泉で体を癒すのは、日本の文化の中でも最も優れたものの1つだ。
裸の付き合いという言葉もあるが、こうした場所でのんびりと語らうのも悪くはない。
それに、露天風呂から見える景色は、ちょうど梅の花が見ごろのようだ。厳しい戦いの中を生きる覚者だからこそ、梅の花の可憐さを愛おしむ心を持つことを忘れてはいけない。
「おとーさんも、疲れた時には温泉が一番だって言ってたし。予定空いていれば、よろしくね!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.温泉でのんびりする
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
温泉行きたい、KSK(けー・えす・けー)です。
今回は温泉で体を休めていただければと思います。
●行動について
今回は温泉に行きます。
場所は五麟市近郊の温泉宿。露天風呂があるので、そちらで過ごすことを想定しています。一応、混浴ですが水着着用ということで。
休憩所で簡単な料理なら出ますし、風呂場のお約束であるコーヒー牛乳を飲んでも構いません。
羽目を外しすぎないようにお気を付けください。
●イベントシナリオのルール
・参加料金は50LPです。
・予約期間はありません。参加ボタンを押した時点で参加が確定します。
・獲得リソースは通常依頼難易度普通の33%です。
・特定の誰かと行動をしたい場合は『御崎 衣緒(nCL2000001)』といった風にIDと名前を全て表記するようにして下さい。又、グループでの参加の場合、参加者全員が【グループ名】というタグをプレイングに記載する事で個別のフルネームをIDつきで書く必要がなくなります。
・NPCの場合も同様となりますがIDとフルネームは必要なく、名前のみでOKです。
・イベントシナリオでは参加キャラクター全員の描写が行なわれない可能性があります。
・内容を絞ったほうが良い描写が行われる可能性が高くなります。
NPCの麦もせっかくなので、ということでいます。
何かあればお声かけください。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
相談日数
7日
7日
参加費
50LP
50LP
参加人数
28/50
28/50
公開日
2017年03月30日
2017年03月30日
■メイン参加者 28人■

●
「ペスカ、これが温泉まんじゅうですよ! 知ってましたか? 温泉まんじゅうって、ただのお茶菓子やサービスじゃないんだそうです」
守護使役のぺスカに向かって温泉饅頭の説明を行うラーラ。
気分は旅行番組のレポーターだ。ペスカも驚いて温泉饅頭に近づいてみる。
そこで、ラーラは1つ饅頭を手に取って食べた。
「うん。おいしいです。ペスカも食べますか?」
ちなみに、温泉饅頭は温泉に入る前の栄養補給にはちょうどいいとのこと。湯あたり防止になるのだという。
そして、気付けばラーラは全部ぺろりと食べてしまっていた。
「……いけません。うっかり他の方の分まで食べてしまいました。だけど、これで湯あたり知らずになれましたね」
ペスカはどうしたものかと思ったようだが、ラーラは気にせず温泉に向かうことにした。
温泉と言えばドラマで事件が起きる定番の場所だ。そこに探偵と助手がいるのなら、もはや何者かの陰謀を感じるところである。
「頼むから旅行先で事件なんて、冗談でも勘弁してくれよ。テレビじゃあるまいし」
「テレビの見過ぎだって? そっかなー」
千常は奏空の言葉に苦笑を浮かべる。たしかにお約束ではあるが、こんな日にまで事件に巻き込まれたくはない。そう言って、景色を肴に早速、酒の準備をしている。
それを見て、奏空は足早に温泉へと向かう。
「って先生お酒飲んでるー! じゃ、俺、先に温泉入ってきますねー!」
「気をつけるんだよ? 風呂場では足元が滑りやすいから……あ、もう行ってら」
注意を聞かずに行ってしまった助手の無事を祈りながら、千常は口に酒を流し込む。
だが、これがあの事件の始まりになるとはだれも思わなかった……。
温泉にやって来ると、そこはかなり広々とした露天風呂だった。結構きれいなもので地元の観光組合のお礼というのも伊達ではない。
覚者同伴でないと簡単に五燐市外へ出られない夢見も、ここぞとばかりに羽を伸ばしている。
「本当に混浴なんですね……」
恐る恐る湯船に入る結鹿。水着を着ているとは言え、混浴風呂と言うのは乙女にとって若干敷居の高い場所だ。
不安からきょろきょろと、意味もなく辺りを見渡してしまう。
「そんなに周りの男の子がいになるのかな?」
「そ、そそ、そんなことないです!」
からかうように話しかけてきたのは、後ろにいた御菓子だ。慌てて否定する結鹿。
そんな姿を見て、御菓子は心の中で悶えていた。結鹿の一挙一動が可愛らしくてたまらない。こんなかわいい生き物をそんじょそこらの馬の骨にくれてやるなど、想像もできない。
(そうは言っても、こうやって結鹿ちゃんと並んでお風呂にはいれるのもいつまでかなぁ)
一緒にふざけながら、御菓子の胸にそんな気持ちがよぎる。
いよいよ結鹿も高校生だ。
いつまでも今までのままでいられないこと位、自分だって分かっている。前にも似たような話をした時には、ずっと一緒だと言われはしたがそうもいかないだろう。
ちょっと寂しくなって、涙がこぼれそうになってしまう。そこで、わざとはしゃぐように結鹿へ抱き付いた。
「そうだ。そんなに男の子が気になるのなら、わたしが結鹿ちゃんの体を磨き上げてあげよっか?」
「これはお湯の熱さでじゃないです……それと男の子に見てほしいわけじゃないです。本当ですよっ!」
人の出会いも別れも、どうなるのか知る者はいない。今と言う時は、今しかない。
だから2人はこの瞬間を思い切り大事にする。
「おー! おっきいお風呂! いいねー」
温泉に入ってきた禊は素直に温泉の広さに感心していた。
最近は忙しかったし、卒業旅行としてみても悪くはなさそうだ。混浴なので少々恥ずかしいが、それを差っ引いても十分すぎる場所だ。
「あんまりじろじろみるのはだめだぞー」
さばさばした口調で、からから笑いながら湯船へと向かう禊。
せっかくの全身を伸ばして入れる場所だ。存分に楽しみたいところである。
「ふぅ。いいね~、こんな平和な日を満喫できるって」
ここの所、忙しい日々が続いていた。
こうやってゆっくりできる時間は大事だ。
禊はこの休日を満喫するべく、思い切り体を伸ばした。
そんな安息のタイミングに、千常の悲痛な声が響き渡る。
「工藤君? 工藤くーーーーん!」
倒れているのは探偵見習い工藤奏空。
発見したのは、やっと動く気になったので温泉に入りに来た三上千常だ。
湯舟に浮かぶ助手の水死体を見つけ、湯煙り殺人事件が起きたことを知る千常。しかし、探偵を名乗っているのは伊達ではない。
彼の灰色の脳細胞は、すぐさま真相にたどり着く。
「ああ工藤君、君が望んだ湯煙事件は起きなかったが、湯煙事故は起こってしまったようだよ」
奏空の足元にあるのは石鹸。これに足を滑らせてしまったようだ。
「……だから言ったのに」
必要なのはパトカーではなく救護室。
千常は頭の中に悲しいBGMを流しながら助手を運んでいくのだった。
ほころんだ梅が静かに春の気配を告げてくれている。まだ暖かいとは言えないが、春の足音は近づいている。
そんな景色を零は、露天風呂の湯船で刀嗣の方にもたれかかりながら眺めていた。
「まだちと肌寒いけど、温泉につかってるときゃそれぐらいがちょうど良いな」
「そうね、この寒暖の差がいいよね」
この場に温泉デートをしに来ているものは少なくない。
零達もそんな1組なわけだ。そこで、この状況を味方にと意を決して、刀嗣にお願いした。
「あ、あのね。その、べっ、別に! 駄目ならいいのよ! 一回だけ、一回だけ! 抱きしめてほしいなっ、なんて! だ、だめよね……?」
零が言っているのはホワイトデーのお返しの話だ。
この時期、刀嗣も忙しくしていたために準備できなかった。
その代わりに、というわけだが……。
「抱きしめるって、ここでか?」
刀嗣の反応も当然だ。ここは外で人目があるし、そもそも恰好が格好だ。
零もそのことに気付いて撤回できないかと思うが、飛び出た言葉は戻らない。不思議な身振りで慌てるだけだ。
そこで、刀嗣はぽつりと言った。
「ちっとだけだからな」
「はい……♪」
そっと刀嗣は零を抱きしめた。互いの体温が伝わる。
それから、どれだけ時間が経ったか。ひょっとしたら、一瞬だったのかもしれない。
「こんな場所でやんのは二度とゴメンだからな!」
そう言って、立ち上がると刀嗣は湯船を後にする。真っ赤になった顔を見られないように。
「し、心臓が、もたないわ……!!」
零も顔を真っ赤にして、しばらく湯船の前に突っ伏していた。
混浴ということもあって、恋人同士で一緒に温泉を楽しむものは他にもいた。
「炫矢って温泉似合うよね」
「に、似合うかい? き、君も、か、かわいいよ」
「ついでにその手ぬぐいも、ね」
来る前にもからかわれていた炫矢だが、実際に黒のオフショルダーという玻璃の姿を見て、必要以上にドギマギしていた。勤勉実直な性格の彼だが、異性と接触する機会が少ない人生だったせいでこういう状況に弱い。
「意外とデートで来てるヒトってほかにもいんのかな?」
「ほら、仲睦まじい男女はそれなりに
「ん? アタシたちも勿論、デートでしょ。」
「えっ。あ、嗚呼勿論! 僕達も、で、でデ、デート、だ、ね!」
この始末である。
もっとも、玻璃の方はそんな反応も分かっていたとばかり、楽しげに笑っているわけだが。
「温泉デートなんて、チョット大人な響きだけどね」
玻璃の意味深な発言にのぼせ上ってしまう炫矢。
彼の顔が真っ赤なのは、温泉で暖まったからというだけではないのだろう。
「子ども扱いかいッ!!」
千陽の肩に担がれながら、ジャックは叫ぶ。だが、千陽はどこ吹く風だ。
ジャックが助走をつけてまで体当たりしたものの、千陽は軽く受け止めて湯船に運んでしまった。
「今回も静かには入れないんですね」
嘆息を漏らす千陽。諦めて梅についての講釈を行おうとするが、気付けばジャックの姿がない。
「わかってました。戻って来るまでは風流な光景を楽しむとしましょう」
梅に目をやる千陽だったが、ジャックはすぐさま戻って来る。手に梅の花を持っており、それをそっと千陽の頭に飾る。
千陽は眉を顰めるが、何のことかを察してすぐにジャックが答える。
「安心しろ。手折ってへんよ、そんな可哀想な事するわけがないやろぅ!」
「なら問題はありません……ですが」
そう言って、千陽はジャックの髪に梅の花を移す。
「俺なんかより、君の方が似合います。梅の花言葉は『高潔』ですから」
「高潔とは光栄な! 俺がそういられるのも、ときちかのお陰やね……ぶえっくしょぃ!」
千陽の言葉に笑顔を返すジャックだったが、そこで盛大にくしゃみをする。この季節、まだまだ風は冷たい。すぐさま、肩まで湯につかる。
「今日は梅、次は、桜かな? 次の温泉では何が見れるか、楽しみにしているよ!」
「順番として、次は桜でしょうね。次はおとなしくお願いします」
風呂上がりに浴衣へ着替えて牛乳を飲む炫矢。のぼせ上ってはいないもの、ちと温まり過ぎたところはある。
そこに遅れて出てきた玻璃がやって来た。
「あ。ねぇ、それ一口ちょうだい」
「えっ、飲み止しだけど……」
言うが早いが、玻璃は炫矢の牛乳を取って一口飲む。そして先に行ってるねと、休憩室へと歩を進める。
(これは、所謂、間接キ……)
それが浴衣純情BOYにとってとどめとなる。
炫矢はパタリと倒れた。
●
温泉宿に置いてある定番の娯楽と言えば卓球台とレトロゲームと相場が決まっている。
好奇心の強い少年たちが見逃すはずもない。
「よーし、翔くんと僕とどっちが上手いか勝負だよー!」
「温泉ってほんとに卓球台あるんだな! よーしっ、勝負だっ! 叔父さん、ちょっと待っててくれよな」
我先にと向かうきせきと翔。それに対して、引率できている基は張り付いた笑顔で手を振って見送る。
「ボクハミテルダケデイイヨ。フタリデヤットイデ」
不自然な発音が気になった翔だったが、そんなことより目の前の勝負だった。
男の子には意地がある。この手の勝負で負けるわけにはいかない。
「年下相手だけど手加減なし! 本気で勝負しちゃうよ」
「へん! 手加減なんていらねーぜ! オレの素早さを舐めるなよ!」
たちまち始まる卓球バトル。
年若くとも、一流の覚者同士の戦いだ。高度な試合が展開されることは想像に難くない。
しかし、豈図らんや。
ぽーんぽーんと、きせきの打つ球はあらぬ方へと飛んでいく。
すかっ、すかっと、翔のラケットは虚しく空を切る。
どちらも素の運動能力が高いとは言え、実際に経験が少ない以上致し方ないところだ。
そして、一息ついたところできせきは横で見ていた基を呼ぶ。
「基叔父さんも、見てるだけじゃつまんなくない?」
「あ、夢中になって叔父さんのこと忘れてた! うん、一緒にやろうぜ!」
今までほほえましそうに見ていた基の体がびくんと跳ね上がった。
「球が動くのが……って、いや。翔君、きせき君……僕は審判といういいスポーツがあってね?」
必死にごまかそうとするが、そもそも子供に対しては弱い基だ。
諦めてラケットを握る。
八重が温泉を上がると、そこには地面に突っ伏すリーネの姿があった。
「あら……? どうしましたか?」
「ア、アレハ……乙女の敵! 悪魔の踏み絵…!」
要領を得ないリーネの言葉だったが、よく見ると彼女の前には体重計がある。それを見て八重は何が起きたかを察した。たしかにこれは、人によっては命数が減るようなショックを受ける代物だ。
「ぇと、あまり気にしすぎないほうがいいですよ?」
「うぅ……デモデモ、気になってしまうのがやっぱり乙女。……八重さん、私サウナ行きマス! 一緒に! 付き合って! クダサイ!」
リーネは真剣な面持ちで八重をひきずり、サウナへと乗り込んだ。
恋する女の子は行動あるのみである。
岩場にもたれるようにして、義高は大きく息をついた。
傷だらけの肉体を、温かい湯が癒してくれているのを感じる。こういう機会も悪くないもんだ。
「そう言えば、混浴か。若い頃だったら、もっとはしゃいでいたのかもな」
生憎と妻子のある身だ。この年になってははしゃぐほどのものでもない。
むしろ、この場ではやらないことにしたが、湯につかりながらの1杯をもらえる方がよっぽどありがたい。
「ま、浴後にたっぷりと楽しむとするさ」
そう言って、義高は心地よい感覚に身を委ねた。
基が卓球を始めてから数分後。
「って、叔父さん、オレより下手じゃね?」
「あぁ、全部わかっていたんだ……」
けらけらと笑う翔に対して、悟ったような諦めたような顔で頷く基。それでも、翔が自信を取り戻してくれたのなら僥倖だ。
そんな基を慰めるように、きせきが温泉に行こうと促す。
基は疲れでのぼせたりしないかと首を傾げるも、そもそもそのために来たのだ。3人して仲良く温泉に向かう。
結局、基は予想通りのぼせることになるのだが、それはまた別の話だ。
「……ハッ!? ココハ……?」
気付くとリーネの前には心配したような八重の顔があった。
「無茶はいけませんからね?」
体重を落とすべくサウナに向かったリーネ。しかし、長く入りすぎてうっかりダウンしてしまったのである。物理も特殊もHPも高い彼女だが、体調を考えないプレイング(行動)を取れば倒れもする。
「ソウデスカ…サウナで無理をして……ひゃっ!?」
「ふふ、ひんやりな罰ですよ?」
リーネのほっぺたに当てられたのはひんやり冷えたコーヒー牛乳。
火照った体は冷やすのが一番だ。
「暫くこのまま休んでくださいね」
「うぅ、スミマセンデスゥ……」
乙女のチャレンジはまた明日から。ひとまず今日の作戦は撤退が一番のようだ。
温泉上がりと言えば、冷えたコーヒー牛乳が定番である。
燐花もこくこくと喉の奥に流し込む。体に冷たい牛乳が流れ込む感覚が心地よい。
そこでふと、恭司が口にしているフルーツ牛乳の味も気になって来る。
「コーヒーも美味しいですが、フルーツ牛乳も美味しそうです」
「……それなら、燐ちゃん半分飲んでみる?」
どちらも飲んでみたいのは当然の人情。恭司は察して、フルーツ牛乳を差し出す。燐花はねだる形になってしまったことで、顔を赤くしながらおずおずと受け取った。
「ありがとうございます。では交換で……うん。フルーツ牛乳、甘くて美味しいです」
「どちらも甘いけれど、やっぱり違う味だからねぇ」
燐花の姿を見ながら、カメラを持ってくればよかったと思う恭司。それにしても、自分はどうしても彼女を甘やかしてしまう。
しばらくのんびりしていると、燐花は湯あたりしたのか眠たくなったのか、恭司にもたれかかってしまう。
「それなら、膝枕するから……少し寝ると良いよ」
「ええ、と……流石にそのお申し出は。でも、お邪魔します」
恭司の笑みに恐縮しながら眠りにつく燐花。
幸せな時間、のはずだ。だけど、どこか一かけらの不安が拭えない。
「少しの間だけど……おやすみなさい、燐ちゃん」
それでも時間は流れていく。2人の気持ちもそれを止めることは出来ないのだから。
賑やかな温泉ツアーの中で、その一角はどこか不穏な静寂の中にあった。
そこにいるのは直斗と玲。
「僕は沙織を……親友を助けられなかった。それでも感謝すると?」
玲は直斗にとって、死に別れた姉の親友である。直斗としては、姉を支えてくれた恩人であり、素直に感謝している。
だが、玲にとってはそうもいかない。
玲は直斗が死んだものと聞いており、その存在を受け入れることが出来ていない。ましてや、それが親友の遺品を用いているのだからなおさらだ。
そうした感情のすれ違いから、どうしても空気は悪くなってしまう。
だが、直斗はそれでも感謝の想いを伝えたかった。傲慢と言われても、親友を失った悲しみを癒したかった。
だから!
「俺は貴方に感謝してる。俺の大切な家族と一番親しくしてくれた貴方に。誰が許さなくても俺が許そう。貴方は姉の親友に相応しい人だ」
その言葉ははたして、玲の心へと届いた。
「僕は僕自身を一生許さないけど。それでも……ありがとう。少し救われたよ。君の存在少しは信じてあげるよ」
空気はどこか穏やかなものになり、普段見せる笑顔を、ようやく直斗は見せる。
「それで彼氏としては、姉とはどこまでいったの? キスまで?」
「えっ? 彼氏? いや、沙織とは親友だよ。僕女だし」
そう言って玲は覚醒すると、20代の美女の姿を取る。彼女のもう一つの姿だ。
それを見て、彼女をずっと女装男子の類だと思っていた直斗は、盛大に鼻血を噴いて倒れた。
この少年、根が純情なのである。
さて、温泉宿で悲喜こもごもの事件があった。そうして人もはけてきた頃に、【四葩】による温泉女子会が始まった。
気品高く咲き誇る梅も、これを前にしては霞んでしまうのではなかろうか。
温泉の中にいる花達の美しさは、梅の美しさに決して劣るものではない。
「綺麗で格好良くて、とっても素敵ですね!」
「華やかだね、皆よく似合う」
「いいお湯加減ですよね。お肌がすべすべになりそうです」
たまきが着ているのはバンドゥタイプの桃色と白のチェック柄。そういう彼女自身も少女らしさを強調した可愛らしい姿だ。
ビキニ姿の彩吹は、皆の姿を見て爽やかに笑う。水着の披露と言うには時期ではないが、翼が引っ掛からないのは楽でいい。
鈴鳴はそんな彩吹の姿に元気づけられる。タンキニを着ているわけだが、混浴は恥ずかしかったのである。
「さて、温泉につかりながら梅の月をみあげる贅沢を堪能しちゃうよー」
そこへ徳利とお猪口を和盆に載せて紡がやって来た。ターコイズ色のバンドゥビキニで大人っぽい雰囲気だ。
昨今、体にあまりよくないということで、酒の持ち込みが出来る温泉は減っている。ここは数少ない例外で、事前に話を通しておけば許可が出る形になっている。
「あ、紡。お酒持ってきたの? 私にも頂戴」
「温泉でお酒って、私、した事無いのですよね」
彩吹と澄香がお猪口を受け取る。とは言え、酒が許されるのは大人の特権だ。
大人は面倒が多い代わりに酒を飲むことが出来る。
しかし、そんな澄香を見てフィオナが驚きの声を上げる。
「……って、澄香も大人だったのか!?」
「はい、私、今年大学を卒業しましたので」
ふふっと笑って返す澄香。タンキニを着て目の前に立つ彼女の姿から想像できないが、考えてみれば覚者の年齢はあてにならないケースが多い。彼女の見た目はフィオナと大差ないように見えるが、実際には結構離れているのである。
びっくりしてひっくり返るフィオナ。
「ここにいる皆さんが成人したら、今度はみんなで一緒に飲みましょうね」
「私はあと4年……かな。大人になったら飲んでみたいな!」
以前は自分の性別も間違えていたフィオナだが、もう間違えはしない。そういうお年頃だ。だから、今日も黄色のチューブトップにデニムのショートパンツと言う姿をしている。
とまぁ、そんなくだらないことを話しながら、酒を口にする紡たち。その姿を見て鈴鳴はうっとりとする。
「んー、贅沢」
「何だか絵になりますね。風情がある、っていうのかな。この月や梅の雰囲気にすごく合ってて……憧れちゃうなぁ」
「気分だけでも、はいどうぞ」
彩吹はお猪口に冷やした牛乳を注いで年少組に配る。たしかにこれなら、ちょっと大人気分を楽しめる。
受け取ったたまきはしみじみと呟く。
「月も梅も、やはり綺麗ですね」
「月と花と温泉なんてすごい贅沢。酒と友だちまで揃って、王様になった気分だね」
彩吹の言葉が、今宵の彼女らの集いを表していると言ってもいいだろう。これほどの贅沢は、どれほど金を積んでも簡単にできるものではない。
「願わくば、この笑顔を、1回でも多く見れますように」
数年後にまた同じように酒を囲むことを約束して、紡は杯を高々に持ち上げた。
こうして季節は巡っていく。
人々の想いを乗せながら。
「ペスカ、これが温泉まんじゅうですよ! 知ってましたか? 温泉まんじゅうって、ただのお茶菓子やサービスじゃないんだそうです」
守護使役のぺスカに向かって温泉饅頭の説明を行うラーラ。
気分は旅行番組のレポーターだ。ペスカも驚いて温泉饅頭に近づいてみる。
そこで、ラーラは1つ饅頭を手に取って食べた。
「うん。おいしいです。ペスカも食べますか?」
ちなみに、温泉饅頭は温泉に入る前の栄養補給にはちょうどいいとのこと。湯あたり防止になるのだという。
そして、気付けばラーラは全部ぺろりと食べてしまっていた。
「……いけません。うっかり他の方の分まで食べてしまいました。だけど、これで湯あたり知らずになれましたね」
ペスカはどうしたものかと思ったようだが、ラーラは気にせず温泉に向かうことにした。
温泉と言えばドラマで事件が起きる定番の場所だ。そこに探偵と助手がいるのなら、もはや何者かの陰謀を感じるところである。
「頼むから旅行先で事件なんて、冗談でも勘弁してくれよ。テレビじゃあるまいし」
「テレビの見過ぎだって? そっかなー」
千常は奏空の言葉に苦笑を浮かべる。たしかにお約束ではあるが、こんな日にまで事件に巻き込まれたくはない。そう言って、景色を肴に早速、酒の準備をしている。
それを見て、奏空は足早に温泉へと向かう。
「って先生お酒飲んでるー! じゃ、俺、先に温泉入ってきますねー!」
「気をつけるんだよ? 風呂場では足元が滑りやすいから……あ、もう行ってら」
注意を聞かずに行ってしまった助手の無事を祈りながら、千常は口に酒を流し込む。
だが、これがあの事件の始まりになるとはだれも思わなかった……。
温泉にやって来ると、そこはかなり広々とした露天風呂だった。結構きれいなもので地元の観光組合のお礼というのも伊達ではない。
覚者同伴でないと簡単に五燐市外へ出られない夢見も、ここぞとばかりに羽を伸ばしている。
「本当に混浴なんですね……」
恐る恐る湯船に入る結鹿。水着を着ているとは言え、混浴風呂と言うのは乙女にとって若干敷居の高い場所だ。
不安からきょろきょろと、意味もなく辺りを見渡してしまう。
「そんなに周りの男の子がいになるのかな?」
「そ、そそ、そんなことないです!」
からかうように話しかけてきたのは、後ろにいた御菓子だ。慌てて否定する結鹿。
そんな姿を見て、御菓子は心の中で悶えていた。結鹿の一挙一動が可愛らしくてたまらない。こんなかわいい生き物をそんじょそこらの馬の骨にくれてやるなど、想像もできない。
(そうは言っても、こうやって結鹿ちゃんと並んでお風呂にはいれるのもいつまでかなぁ)
一緒にふざけながら、御菓子の胸にそんな気持ちがよぎる。
いよいよ結鹿も高校生だ。
いつまでも今までのままでいられないこと位、自分だって分かっている。前にも似たような話をした時には、ずっと一緒だと言われはしたがそうもいかないだろう。
ちょっと寂しくなって、涙がこぼれそうになってしまう。そこで、わざとはしゃぐように結鹿へ抱き付いた。
「そうだ。そんなに男の子が気になるのなら、わたしが結鹿ちゃんの体を磨き上げてあげよっか?」
「これはお湯の熱さでじゃないです……それと男の子に見てほしいわけじゃないです。本当ですよっ!」
人の出会いも別れも、どうなるのか知る者はいない。今と言う時は、今しかない。
だから2人はこの瞬間を思い切り大事にする。
「おー! おっきいお風呂! いいねー」
温泉に入ってきた禊は素直に温泉の広さに感心していた。
最近は忙しかったし、卒業旅行としてみても悪くはなさそうだ。混浴なので少々恥ずかしいが、それを差っ引いても十分すぎる場所だ。
「あんまりじろじろみるのはだめだぞー」
さばさばした口調で、からから笑いながら湯船へと向かう禊。
せっかくの全身を伸ばして入れる場所だ。存分に楽しみたいところである。
「ふぅ。いいね~、こんな平和な日を満喫できるって」
ここの所、忙しい日々が続いていた。
こうやってゆっくりできる時間は大事だ。
禊はこの休日を満喫するべく、思い切り体を伸ばした。
そんな安息のタイミングに、千常の悲痛な声が響き渡る。
「工藤君? 工藤くーーーーん!」
倒れているのは探偵見習い工藤奏空。
発見したのは、やっと動く気になったので温泉に入りに来た三上千常だ。
湯舟に浮かぶ助手の水死体を見つけ、湯煙り殺人事件が起きたことを知る千常。しかし、探偵を名乗っているのは伊達ではない。
彼の灰色の脳細胞は、すぐさま真相にたどり着く。
「ああ工藤君、君が望んだ湯煙事件は起きなかったが、湯煙事故は起こってしまったようだよ」
奏空の足元にあるのは石鹸。これに足を滑らせてしまったようだ。
「……だから言ったのに」
必要なのはパトカーではなく救護室。
千常は頭の中に悲しいBGMを流しながら助手を運んでいくのだった。
ほころんだ梅が静かに春の気配を告げてくれている。まだ暖かいとは言えないが、春の足音は近づいている。
そんな景色を零は、露天風呂の湯船で刀嗣の方にもたれかかりながら眺めていた。
「まだちと肌寒いけど、温泉につかってるときゃそれぐらいがちょうど良いな」
「そうね、この寒暖の差がいいよね」
この場に温泉デートをしに来ているものは少なくない。
零達もそんな1組なわけだ。そこで、この状況を味方にと意を決して、刀嗣にお願いした。
「あ、あのね。その、べっ、別に! 駄目ならいいのよ! 一回だけ、一回だけ! 抱きしめてほしいなっ、なんて! だ、だめよね……?」
零が言っているのはホワイトデーのお返しの話だ。
この時期、刀嗣も忙しくしていたために準備できなかった。
その代わりに、というわけだが……。
「抱きしめるって、ここでか?」
刀嗣の反応も当然だ。ここは外で人目があるし、そもそも恰好が格好だ。
零もそのことに気付いて撤回できないかと思うが、飛び出た言葉は戻らない。不思議な身振りで慌てるだけだ。
そこで、刀嗣はぽつりと言った。
「ちっとだけだからな」
「はい……♪」
そっと刀嗣は零を抱きしめた。互いの体温が伝わる。
それから、どれだけ時間が経ったか。ひょっとしたら、一瞬だったのかもしれない。
「こんな場所でやんのは二度とゴメンだからな!」
そう言って、立ち上がると刀嗣は湯船を後にする。真っ赤になった顔を見られないように。
「し、心臓が、もたないわ……!!」
零も顔を真っ赤にして、しばらく湯船の前に突っ伏していた。
混浴ということもあって、恋人同士で一緒に温泉を楽しむものは他にもいた。
「炫矢って温泉似合うよね」
「に、似合うかい? き、君も、か、かわいいよ」
「ついでにその手ぬぐいも、ね」
来る前にもからかわれていた炫矢だが、実際に黒のオフショルダーという玻璃の姿を見て、必要以上にドギマギしていた。勤勉実直な性格の彼だが、異性と接触する機会が少ない人生だったせいでこういう状況に弱い。
「意外とデートで来てるヒトってほかにもいんのかな?」
「ほら、仲睦まじい男女はそれなりに
「ん? アタシたちも勿論、デートでしょ。」
「えっ。あ、嗚呼勿論! 僕達も、で、でデ、デート、だ、ね!」
この始末である。
もっとも、玻璃の方はそんな反応も分かっていたとばかり、楽しげに笑っているわけだが。
「温泉デートなんて、チョット大人な響きだけどね」
玻璃の意味深な発言にのぼせ上ってしまう炫矢。
彼の顔が真っ赤なのは、温泉で暖まったからというだけではないのだろう。
「子ども扱いかいッ!!」
千陽の肩に担がれながら、ジャックは叫ぶ。だが、千陽はどこ吹く風だ。
ジャックが助走をつけてまで体当たりしたものの、千陽は軽く受け止めて湯船に運んでしまった。
「今回も静かには入れないんですね」
嘆息を漏らす千陽。諦めて梅についての講釈を行おうとするが、気付けばジャックの姿がない。
「わかってました。戻って来るまでは風流な光景を楽しむとしましょう」
梅に目をやる千陽だったが、ジャックはすぐさま戻って来る。手に梅の花を持っており、それをそっと千陽の頭に飾る。
千陽は眉を顰めるが、何のことかを察してすぐにジャックが答える。
「安心しろ。手折ってへんよ、そんな可哀想な事するわけがないやろぅ!」
「なら問題はありません……ですが」
そう言って、千陽はジャックの髪に梅の花を移す。
「俺なんかより、君の方が似合います。梅の花言葉は『高潔』ですから」
「高潔とは光栄な! 俺がそういられるのも、ときちかのお陰やね……ぶえっくしょぃ!」
千陽の言葉に笑顔を返すジャックだったが、そこで盛大にくしゃみをする。この季節、まだまだ風は冷たい。すぐさま、肩まで湯につかる。
「今日は梅、次は、桜かな? 次の温泉では何が見れるか、楽しみにしているよ!」
「順番として、次は桜でしょうね。次はおとなしくお願いします」
風呂上がりに浴衣へ着替えて牛乳を飲む炫矢。のぼせ上ってはいないもの、ちと温まり過ぎたところはある。
そこに遅れて出てきた玻璃がやって来た。
「あ。ねぇ、それ一口ちょうだい」
「えっ、飲み止しだけど……」
言うが早いが、玻璃は炫矢の牛乳を取って一口飲む。そして先に行ってるねと、休憩室へと歩を進める。
(これは、所謂、間接キ……)
それが浴衣純情BOYにとってとどめとなる。
炫矢はパタリと倒れた。
●
温泉宿に置いてある定番の娯楽と言えば卓球台とレトロゲームと相場が決まっている。
好奇心の強い少年たちが見逃すはずもない。
「よーし、翔くんと僕とどっちが上手いか勝負だよー!」
「温泉ってほんとに卓球台あるんだな! よーしっ、勝負だっ! 叔父さん、ちょっと待っててくれよな」
我先にと向かうきせきと翔。それに対して、引率できている基は張り付いた笑顔で手を振って見送る。
「ボクハミテルダケデイイヨ。フタリデヤットイデ」
不自然な発音が気になった翔だったが、そんなことより目の前の勝負だった。
男の子には意地がある。この手の勝負で負けるわけにはいかない。
「年下相手だけど手加減なし! 本気で勝負しちゃうよ」
「へん! 手加減なんていらねーぜ! オレの素早さを舐めるなよ!」
たちまち始まる卓球バトル。
年若くとも、一流の覚者同士の戦いだ。高度な試合が展開されることは想像に難くない。
しかし、豈図らんや。
ぽーんぽーんと、きせきの打つ球はあらぬ方へと飛んでいく。
すかっ、すかっと、翔のラケットは虚しく空を切る。
どちらも素の運動能力が高いとは言え、実際に経験が少ない以上致し方ないところだ。
そして、一息ついたところできせきは横で見ていた基を呼ぶ。
「基叔父さんも、見てるだけじゃつまんなくない?」
「あ、夢中になって叔父さんのこと忘れてた! うん、一緒にやろうぜ!」
今までほほえましそうに見ていた基の体がびくんと跳ね上がった。
「球が動くのが……って、いや。翔君、きせき君……僕は審判といういいスポーツがあってね?」
必死にごまかそうとするが、そもそも子供に対しては弱い基だ。
諦めてラケットを握る。
八重が温泉を上がると、そこには地面に突っ伏すリーネの姿があった。
「あら……? どうしましたか?」
「ア、アレハ……乙女の敵! 悪魔の踏み絵…!」
要領を得ないリーネの言葉だったが、よく見ると彼女の前には体重計がある。それを見て八重は何が起きたかを察した。たしかにこれは、人によっては命数が減るようなショックを受ける代物だ。
「ぇと、あまり気にしすぎないほうがいいですよ?」
「うぅ……デモデモ、気になってしまうのがやっぱり乙女。……八重さん、私サウナ行きマス! 一緒に! 付き合って! クダサイ!」
リーネは真剣な面持ちで八重をひきずり、サウナへと乗り込んだ。
恋する女の子は行動あるのみである。
岩場にもたれるようにして、義高は大きく息をついた。
傷だらけの肉体を、温かい湯が癒してくれているのを感じる。こういう機会も悪くないもんだ。
「そう言えば、混浴か。若い頃だったら、もっとはしゃいでいたのかもな」
生憎と妻子のある身だ。この年になってははしゃぐほどのものでもない。
むしろ、この場ではやらないことにしたが、湯につかりながらの1杯をもらえる方がよっぽどありがたい。
「ま、浴後にたっぷりと楽しむとするさ」
そう言って、義高は心地よい感覚に身を委ねた。
基が卓球を始めてから数分後。
「って、叔父さん、オレより下手じゃね?」
「あぁ、全部わかっていたんだ……」
けらけらと笑う翔に対して、悟ったような諦めたような顔で頷く基。それでも、翔が自信を取り戻してくれたのなら僥倖だ。
そんな基を慰めるように、きせきが温泉に行こうと促す。
基は疲れでのぼせたりしないかと首を傾げるも、そもそもそのために来たのだ。3人して仲良く温泉に向かう。
結局、基は予想通りのぼせることになるのだが、それはまた別の話だ。
「……ハッ!? ココハ……?」
気付くとリーネの前には心配したような八重の顔があった。
「無茶はいけませんからね?」
体重を落とすべくサウナに向かったリーネ。しかし、長く入りすぎてうっかりダウンしてしまったのである。物理も特殊もHPも高い彼女だが、体調を考えないプレイング(行動)を取れば倒れもする。
「ソウデスカ…サウナで無理をして……ひゃっ!?」
「ふふ、ひんやりな罰ですよ?」
リーネのほっぺたに当てられたのはひんやり冷えたコーヒー牛乳。
火照った体は冷やすのが一番だ。
「暫くこのまま休んでくださいね」
「うぅ、スミマセンデスゥ……」
乙女のチャレンジはまた明日から。ひとまず今日の作戦は撤退が一番のようだ。
温泉上がりと言えば、冷えたコーヒー牛乳が定番である。
燐花もこくこくと喉の奥に流し込む。体に冷たい牛乳が流れ込む感覚が心地よい。
そこでふと、恭司が口にしているフルーツ牛乳の味も気になって来る。
「コーヒーも美味しいですが、フルーツ牛乳も美味しそうです」
「……それなら、燐ちゃん半分飲んでみる?」
どちらも飲んでみたいのは当然の人情。恭司は察して、フルーツ牛乳を差し出す。燐花はねだる形になってしまったことで、顔を赤くしながらおずおずと受け取った。
「ありがとうございます。では交換で……うん。フルーツ牛乳、甘くて美味しいです」
「どちらも甘いけれど、やっぱり違う味だからねぇ」
燐花の姿を見ながら、カメラを持ってくればよかったと思う恭司。それにしても、自分はどうしても彼女を甘やかしてしまう。
しばらくのんびりしていると、燐花は湯あたりしたのか眠たくなったのか、恭司にもたれかかってしまう。
「それなら、膝枕するから……少し寝ると良いよ」
「ええ、と……流石にそのお申し出は。でも、お邪魔します」
恭司の笑みに恐縮しながら眠りにつく燐花。
幸せな時間、のはずだ。だけど、どこか一かけらの不安が拭えない。
「少しの間だけど……おやすみなさい、燐ちゃん」
それでも時間は流れていく。2人の気持ちもそれを止めることは出来ないのだから。
賑やかな温泉ツアーの中で、その一角はどこか不穏な静寂の中にあった。
そこにいるのは直斗と玲。
「僕は沙織を……親友を助けられなかった。それでも感謝すると?」
玲は直斗にとって、死に別れた姉の親友である。直斗としては、姉を支えてくれた恩人であり、素直に感謝している。
だが、玲にとってはそうもいかない。
玲は直斗が死んだものと聞いており、その存在を受け入れることが出来ていない。ましてや、それが親友の遺品を用いているのだからなおさらだ。
そうした感情のすれ違いから、どうしても空気は悪くなってしまう。
だが、直斗はそれでも感謝の想いを伝えたかった。傲慢と言われても、親友を失った悲しみを癒したかった。
だから!
「俺は貴方に感謝してる。俺の大切な家族と一番親しくしてくれた貴方に。誰が許さなくても俺が許そう。貴方は姉の親友に相応しい人だ」
その言葉ははたして、玲の心へと届いた。
「僕は僕自身を一生許さないけど。それでも……ありがとう。少し救われたよ。君の存在少しは信じてあげるよ」
空気はどこか穏やかなものになり、普段見せる笑顔を、ようやく直斗は見せる。
「それで彼氏としては、姉とはどこまでいったの? キスまで?」
「えっ? 彼氏? いや、沙織とは親友だよ。僕女だし」
そう言って玲は覚醒すると、20代の美女の姿を取る。彼女のもう一つの姿だ。
それを見て、彼女をずっと女装男子の類だと思っていた直斗は、盛大に鼻血を噴いて倒れた。
この少年、根が純情なのである。
さて、温泉宿で悲喜こもごもの事件があった。そうして人もはけてきた頃に、【四葩】による温泉女子会が始まった。
気品高く咲き誇る梅も、これを前にしては霞んでしまうのではなかろうか。
温泉の中にいる花達の美しさは、梅の美しさに決して劣るものではない。
「綺麗で格好良くて、とっても素敵ですね!」
「華やかだね、皆よく似合う」
「いいお湯加減ですよね。お肌がすべすべになりそうです」
たまきが着ているのはバンドゥタイプの桃色と白のチェック柄。そういう彼女自身も少女らしさを強調した可愛らしい姿だ。
ビキニ姿の彩吹は、皆の姿を見て爽やかに笑う。水着の披露と言うには時期ではないが、翼が引っ掛からないのは楽でいい。
鈴鳴はそんな彩吹の姿に元気づけられる。タンキニを着ているわけだが、混浴は恥ずかしかったのである。
「さて、温泉につかりながら梅の月をみあげる贅沢を堪能しちゃうよー」
そこへ徳利とお猪口を和盆に載せて紡がやって来た。ターコイズ色のバンドゥビキニで大人っぽい雰囲気だ。
昨今、体にあまりよくないということで、酒の持ち込みが出来る温泉は減っている。ここは数少ない例外で、事前に話を通しておけば許可が出る形になっている。
「あ、紡。お酒持ってきたの? 私にも頂戴」
「温泉でお酒って、私、した事無いのですよね」
彩吹と澄香がお猪口を受け取る。とは言え、酒が許されるのは大人の特権だ。
大人は面倒が多い代わりに酒を飲むことが出来る。
しかし、そんな澄香を見てフィオナが驚きの声を上げる。
「……って、澄香も大人だったのか!?」
「はい、私、今年大学を卒業しましたので」
ふふっと笑って返す澄香。タンキニを着て目の前に立つ彼女の姿から想像できないが、考えてみれば覚者の年齢はあてにならないケースが多い。彼女の見た目はフィオナと大差ないように見えるが、実際には結構離れているのである。
びっくりしてひっくり返るフィオナ。
「ここにいる皆さんが成人したら、今度はみんなで一緒に飲みましょうね」
「私はあと4年……かな。大人になったら飲んでみたいな!」
以前は自分の性別も間違えていたフィオナだが、もう間違えはしない。そういうお年頃だ。だから、今日も黄色のチューブトップにデニムのショートパンツと言う姿をしている。
とまぁ、そんなくだらないことを話しながら、酒を口にする紡たち。その姿を見て鈴鳴はうっとりとする。
「んー、贅沢」
「何だか絵になりますね。風情がある、っていうのかな。この月や梅の雰囲気にすごく合ってて……憧れちゃうなぁ」
「気分だけでも、はいどうぞ」
彩吹はお猪口に冷やした牛乳を注いで年少組に配る。たしかにこれなら、ちょっと大人気分を楽しめる。
受け取ったたまきはしみじみと呟く。
「月も梅も、やはり綺麗ですね」
「月と花と温泉なんてすごい贅沢。酒と友だちまで揃って、王様になった気分だね」
彩吹の言葉が、今宵の彼女らの集いを表していると言ってもいいだろう。これほどの贅沢は、どれほど金を積んでも簡単にできるものではない。
「願わくば、この笑顔を、1回でも多く見れますように」
数年後にまた同じように酒を囲むことを約束して、紡は杯を高々に持ち上げた。
こうして季節は巡っていく。
人々の想いを乗せながら。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
