死者が蘇る薬
●この先
時空は捻じれ、歪み、繋がり、不完全な母体の世界を揺らす。
皆、尊ぶ生は腐敗し、死が蔓延する土地は黒く染まる。
どうか、絶望してくれるな。
●心
ゆっくりと、赤色の瞳が開き、見開いていく。
小柄で細身な『彼女』が立つのは、周囲が轟々と燃ゆる町の中央。
夜だというのに、昼よりも明るい赤黒の檻。
瓦礫と化した家屋の上で、ゆっくりと右腕を上へとあげていく『彼女』の、何も持っていないように思われた右拳。そこから吹き荒れる炎が、刃の形を形成。
左拳には赤色の刀が、腰についた鞘から抜かれていく。
ザ……ザザー……。
擦れていく――夢見が見る、夢の映像が。
時折砂嵐がかかり、音声が乱れていく。
男とも、女とも、判別つかぬ声が、聞こえた。
「昼と夜はひとつの結論を見出した。
決別、だ。
その為には『器』が必要だ。より、―――に、近い器が―――」
夢が、暗転しかけるその手前。
白髪の長髪が画面の端で揺れていた。
●身体
――血雨の厄災、再び。
と書かれた新聞が風に流れ、電柱の根本に引っかかった。血雨とは、数か月前に日本で発生した厄災のことだ。それはもうファイヴの覚者が解決したのだが――。
道路を、ぎぃぎぃ……と八尺はある鉈を持った、白く美しい女――血雨と呼ばれた『逢魔ヶ時智雨の死体』が、ゆったりゆったり歩いていく。
周囲は彼女から遠ざかるように人が逃げて行く。
されど、逃げ遅れ、母親を探す幼児が泣いている。その子供も、間も無く餌食になるだろう。
――ちりん。
『ふむ、失敗……ですかね。いえ、成功しない方法を見つけただけですが』
何処からか、鈴の音色と『薬売り』と呼ばれた古妖の声が聞こえた。
電柱の隣に立っていたカーブミラーに、一瞬だけ薬売りの姿が映ったのだが、現実の世界には薬売りの姿は一切見えない。
此処には、『現実』には、血雨と逃げ惑う人々しかいないのだ。
されど、声はする。
『はて、そんな逃げずとも後々蘇らせるから安心して死ねばいいもの。おや』
道路脇。
二人で肩を抱いて震えている天狗――大きさは大人の右手大くらいの小ささの――がいた。
『こわやこわや……虚ろが歩いておる』
『こわやこわや……心はもう死んでおる』
血雨の瞳がぐるりと一周してから天狗を見つめ、その瞬間衝撃と共に天狗たちの身体が木っ端微塵に千切れた。八尺大の刃が咀嚼する音が聞こえながら、血が下水へと流れていった。それには目もあてず、血雨は歩いていく。
心を求めているように、失った中身を探しているように。
●
久方相馬は語る。
「薬売りを見つけた――んだけれど、同時に、逢魔ヶ時智雨も見つけた」
時は遡る。
どれくらい前かと問えば、殺芽と呼ばれたランク4の妖が神奈川で大きな事件を起こした時だ。
その時、ファイヴの三人の覚者が薬売りを追った。その時、血雨と呼ばれた厄災が、彼の手で復活させられていたのを目撃する。
薬売りは以前、少女の病を治す為に、交換条件として血雨の死体を要求していた。それを繕い、外見的には復元を可能にしたということだ。
しかしその血雨は、かの厄災をまき散らしファイヴに討伐された血雨とは違う。
どこか、操られている人形のような。
そう、不完全なもの。
「薬売りは、殺芽の遺骸を持っている。
つまり、たぶん、殺芽の遺骸も復元させるとみているんだ。けれどそっちよりは、まず血雨を倒さないといけない。
というのも、薬売りは、薬売りの目的の為に戦力を欲しがっていたんだぜ。
だからそれには血雨の身体は打ってつけだったんだろう。薬売りが何をしようとしているか分からないけれど、彼を、止めるのが目的なんだぜ。
その為に、薬売りが仕掛ける戦力は倒さなきゃな!」
血雨は、大阪にて見つかった。
「でもおかしいんだ、やっぱり操られているような感じがするんだぜ。
以前、殺芽が同じ、操る能力に特化していたんだが、その糸を解析して薬売りが同じことをやっていると見ていいと思う。
つまり、薬売りが血雨を動かしている。
けれど……現場に薬売りの姿が見えないんだぜ。遠くから操っている? ううん、近くで薬売りの声は聞こえたんだぜ、おかしい話だよな」
「今回は三十人では無く、十人でも大丈夫だと思う。以前、血雨を討伐した時よりも、俺たちは成長したあらな!けれど、一人、ファイヴ以外の勢力の女の子がいるんだ。
そっちは目的があるような素振りがあったから、警戒だけは怠らないようにな!」
時空は捻じれ、歪み、繋がり、不完全な母体の世界を揺らす。
皆、尊ぶ生は腐敗し、死が蔓延する土地は黒く染まる。
どうか、絶望してくれるな。
●心
ゆっくりと、赤色の瞳が開き、見開いていく。
小柄で細身な『彼女』が立つのは、周囲が轟々と燃ゆる町の中央。
夜だというのに、昼よりも明るい赤黒の檻。
瓦礫と化した家屋の上で、ゆっくりと右腕を上へとあげていく『彼女』の、何も持っていないように思われた右拳。そこから吹き荒れる炎が、刃の形を形成。
左拳には赤色の刀が、腰についた鞘から抜かれていく。
ザ……ザザー……。
擦れていく――夢見が見る、夢の映像が。
時折砂嵐がかかり、音声が乱れていく。
男とも、女とも、判別つかぬ声が、聞こえた。
「昼と夜はひとつの結論を見出した。
決別、だ。
その為には『器』が必要だ。より、―――に、近い器が―――」
夢が、暗転しかけるその手前。
白髪の長髪が画面の端で揺れていた。
●身体
――血雨の厄災、再び。
と書かれた新聞が風に流れ、電柱の根本に引っかかった。血雨とは、数か月前に日本で発生した厄災のことだ。それはもうファイヴの覚者が解決したのだが――。
道路を、ぎぃぎぃ……と八尺はある鉈を持った、白く美しい女――血雨と呼ばれた『逢魔ヶ時智雨の死体』が、ゆったりゆったり歩いていく。
周囲は彼女から遠ざかるように人が逃げて行く。
されど、逃げ遅れ、母親を探す幼児が泣いている。その子供も、間も無く餌食になるだろう。
――ちりん。
『ふむ、失敗……ですかね。いえ、成功しない方法を見つけただけですが』
何処からか、鈴の音色と『薬売り』と呼ばれた古妖の声が聞こえた。
電柱の隣に立っていたカーブミラーに、一瞬だけ薬売りの姿が映ったのだが、現実の世界には薬売りの姿は一切見えない。
此処には、『現実』には、血雨と逃げ惑う人々しかいないのだ。
されど、声はする。
『はて、そんな逃げずとも後々蘇らせるから安心して死ねばいいもの。おや』
道路脇。
二人で肩を抱いて震えている天狗――大きさは大人の右手大くらいの小ささの――がいた。
『こわやこわや……虚ろが歩いておる』
『こわやこわや……心はもう死んでおる』
血雨の瞳がぐるりと一周してから天狗を見つめ、その瞬間衝撃と共に天狗たちの身体が木っ端微塵に千切れた。八尺大の刃が咀嚼する音が聞こえながら、血が下水へと流れていった。それには目もあてず、血雨は歩いていく。
心を求めているように、失った中身を探しているように。
●
久方相馬は語る。
「薬売りを見つけた――んだけれど、同時に、逢魔ヶ時智雨も見つけた」
時は遡る。
どれくらい前かと問えば、殺芽と呼ばれたランク4の妖が神奈川で大きな事件を起こした時だ。
その時、ファイヴの三人の覚者が薬売りを追った。その時、血雨と呼ばれた厄災が、彼の手で復活させられていたのを目撃する。
薬売りは以前、少女の病を治す為に、交換条件として血雨の死体を要求していた。それを繕い、外見的には復元を可能にしたということだ。
しかしその血雨は、かの厄災をまき散らしファイヴに討伐された血雨とは違う。
どこか、操られている人形のような。
そう、不完全なもの。
「薬売りは、殺芽の遺骸を持っている。
つまり、たぶん、殺芽の遺骸も復元させるとみているんだ。けれどそっちよりは、まず血雨を倒さないといけない。
というのも、薬売りは、薬売りの目的の為に戦力を欲しがっていたんだぜ。
だからそれには血雨の身体は打ってつけだったんだろう。薬売りが何をしようとしているか分からないけれど、彼を、止めるのが目的なんだぜ。
その為に、薬売りが仕掛ける戦力は倒さなきゃな!」
血雨は、大阪にて見つかった。
「でもおかしいんだ、やっぱり操られているような感じがするんだぜ。
以前、殺芽が同じ、操る能力に特化していたんだが、その糸を解析して薬売りが同じことをやっていると見ていいと思う。
つまり、薬売りが血雨を動かしている。
けれど……現場に薬売りの姿が見えないんだぜ。遠くから操っている? ううん、近くで薬売りの声は聞こえたんだぜ、おかしい話だよな」
「今回は三十人では無く、十人でも大丈夫だと思う。以前、血雨を討伐した時よりも、俺たちは成長したあらな!けれど、一人、ファイヴ以外の勢力の女の子がいるんだ。
そっちは目的があるような素振りがあったから、警戒だけは怠らないようにな!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.血雨の討伐
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
注意はよく読んで、考察するのを楽しんでみてください
それではよろしくです
●注意
・当依頼では、今までに一切発見されていなかった神秘が、依頼のギミックとして使用されております。
こちらは打破/解明せずとも十分に成功条件を達成することは可能です。
また、『予期せぬ事態が発生する可能性が高い』ということを念頭に置いて、ご参加下さい。
●状況
・薬売りという古妖がいる。ファイヴにも幾度となく接触していたが、その目的は彼がいう究極の薬の生成である。その為に、彼は大規模に行動を始めた。
・薬売りが血雨を再現した。
これの討伐を行う。血雨は薬売りに操られていると見えるが、薬売りは現場には目視の状態では発見出来ない。同現場にいるはずなのだが、何故か。
また、女が現場にいる。どこかで見たことがある風貌である。味方とは限らない、恐らく何かしらの目的があって現場にいると見える。
盛りだくさんの状況だが、血雨討伐を最優先されたし。
●用語
・血雨:世間を騒がせていた厄災。正体は逢魔ヶ時智雨という破綻者ランク3+呪具が組み合わさったもの。ファイヴに討伐され、遺骸は薬売りに渡っておりました
・薬売り:古妖。悪意他意一切無く、目的の為に動いている。敵スキルを解析し、己の力にする研究熱心な古妖です
・殺芽:大妖の継美の娘。人を糸で操る妖であったが、ファイヴの覚者に討たれ、その遺骸は薬売りが所持している。
●敵
・血雨(逢魔ヶ時智雨)
深度3の破綻者に呪具セットの強さです。
血雨と、八尺は移動のみを同じくする別個体ですが血雨を討伐すれば今回は終わりです
その為、血雨の攻撃手番と、八尺の攻撃手番は別であり、BSスキルや体力計算も、個体別計算になります
・逢魔ヶ時智雨は生前、覚者の際は火行×彩でした
特攻撃威力が高い為、注意
灼熱化のようなもの
双撃のようなもの
火柱のようなもの
豪炎撃のようなものを主に使用します
智雨の手番にて、10m以内を自由に瞬間移動します
またこれにはブロックや移動妨害などに捕らわれる事はありません
*私の可愛い子
ターン開始時、血雨の任意の対象一体の能力値を大幅に下げます。
架空のトラウマを植え付け、行動を制限するスキルです。
・八尺
人の命をたらふく食った呪具、自由に変型し、無数の目と、ひとつ大きな口があります
食べれば食べる程強さを増し、PCを戦闘不能にした場合は倍の数強化します
出血を伴うダメージを与えた場合、与えたダメージ総数の二分の一を、八尺が回復します
物理攻撃威力が高い為、注意
攻撃は、斬撃、槌、捕食等等ありますが、基本的に列貫通スキルです
特に、捕食は防御を貫通し、PCに与えたダメージだけ八尺が回復します
シネルトオモウナヨ……(八尺の特殊能力。血雨に体力を分け与えます)
ニゲラレルトオモウナヨ……(八尺の特殊能力。手番開始にて、八尺から10m~20m範囲に適用。BS麻痺封印を付与します)
・薬売り
現場にいるけど、いません。どうしてか。
●???
・少女?
黒札というアイテムを持っております。
拙作血ノ雨ノ夜、紅蓮を従え龍は鳴く、この二つのオープニングと詳細見れば大体察すると思います
目的があります、目的の為なら敵にもなります、目的はオープニングに書いた通りです
●味方
・逢魔ヶ時氷雨が支援でいます。回復、遠距離攻撃、物特バランス型。翼人の水行
●場所
・大阪府、繁華街
一般人は混乱の渦、天狗が二体はまだ生きている時間帯、少なからず救えるとは思います
解明されていない神秘は戦闘中の現場に存在します、逆を言えば存在しなくなることもあります。
一般人救出を含め、片手間の戦闘はかなり危険だと思ってください。何かをやるなら、何かが犠牲になるつもりで
●解明されていない神秘について
・過去依頼には一切登場してません
それでは宜しくお願いします
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
150LP[+予約50LP]
150LP[+予約50LP]
参加人数
10/10
10/10
公開日
2017年03月27日
2017年03月27日
■メイン参加者 10人■

●
大衆が波となり逃げていく。皆、ひとつの命を抱えて逃げていく。
雑踏に秩序なんて無かった。それでも秩序を持たせる為に、
「血雨との戦闘になる。死にたくなかったら、はやくここから離れるんだ!」
『花守人』三島 柾(CL2001148)の声が響く。
誰も俺の言葉なんて聞いていないかもしれない――不安が柾の心を蝕み始めても、立ち止まった誰かが「わかった」と返してくれた。
その一瞬の記憶に柾は諦めることを捨てた。
覚悟はとっくにしてきたつもりであるが、いざ狂騒の世界に汗はぬぐい切れない。
奔る『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)の足が止まった。夢見が言っていた場所を脳内に叩き込み、頭を左右に動かして探せば、いた。
肩を抱きながら震えている、小さな天狗たち。
その二体を右手と左手で一体ずつガシっと掴んだ。
『ひ。巨人じゃあ』
『巨人に掴まれたのじゃあ』
「何言ってんの! あんたたちがちっさいのよ!!」
そのまま天狗を胸元に挟むようにぽいぽい入れていった。些か大胆だが。
『ややっこれは天国じゃ』
『女人のなんと柔らかきこと、我々はもう死んでもよい』
「しっかり生きて!!」
近くで母親を探して泣く子供に、数多は振り向く。
街頭に照らされ伸びた影は、スレンダーでかつ、巨大な得物を引き連れている。
それが、血雨。
かつて日本の頭から足先まで血の水たまりを作って行脚していた女の、なれの果て。
血雨はにこっと微笑し、有無を言わさず八尺を振り落とした。
寸前で『狗吠』時任・千陽(CL2000014)が地面を踏み込み、衝撃が発生。子供が跳ねて千陽の腕に収まり、数多は瞬発力で横に跳ねて八尺を回避する。
地面に見事なクレーターを作った血雨が、ゆらりと八尺をおもちゃのように持ち上げて首を傾げていた。
「あ、ぁぁ、お姉ちゃん……」
その姿を見るのは初めてであっただろうか。
氷雨が泣きそうに表情をゆがめた時、『星唄う魔女』秋津洲 いのり(CL2000268)も同じく悲しげな表情を作った。
彼女には――氷雨には、この智雨を見て欲しくはなかったのだ。しかし氷雨はそれでもこの場に行くと、頑固として聞かなかっただろう。
銃のセーフティを外しながら、氷雨はいのりを見た。
「だ、大丈夫よ、ちゃんと、ファイヴらしく、できるわ」
「そう……ですか」
いのりには、声色が震えていた氷雨がどうしても、無理をしているように見えて仕方が無かったけれど。
それには『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)も舌を打ち、氷雨の頭を乱暴に撫でた。
刀嗣こそ、実の妹は今この戦場の近くに居る。死ぬことこそは無いだろうが、氷雨に重なる『妹』というキーワードをフィルター越しに見ているような声色でいうのだ。
「下がってろ氷雨。アレは俺が倒す。お前は後ろで手伝え」
刃を構えた刀嗣の後ろで、涙を腕で拭った氷雨。
その炎の色に重なり、風に舞う白い髪の少女が瓦礫の上に降り立った。
その姿をじ、と見つめる『水の祝福』神城 アニス(CL2000023)。赤い瞳と紫の瞳が一瞬だけ重なり、少女は一度だけ頭を下げ、ぷいと血雨の方へ向き直る。
あれは『どっち』だろうか。
暁か、逢魔ヶ時か。アニスの脳内で廻る思考。でも今は問いかけても応えてくれないだろう。
今は、彼らよりも優先すべきは別である。
復元したとはいえ、これは前の血雨であるのだろうか――『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)は異様な空気に、耳を揺らした。
前の血雨は機械音声のように喋っていたが、この血雨は一切の言葉を知らないと見える。死体を復元しただけ――それは蘇ったとは到底言えぬものと千陽は踏んでいる。
操っているからにはどこかで薬売りが見ているのだろう。
『五行の橋渡し』四条・理央(CL2000070)の瞳が左右に動きながら、カーブミラーに映った誰のものでもない影に、眉間にしわを寄せた。
随分と事を大きくしてくれたものだ。此処に来て表舞台で舞う薬売りの思惑。
納屋 タヱ子(CL2000019)は立つ。誰よりも先頭に。
そこに恐怖が無いとは言い切れない。しかしそれよりも怒りに似た、悲しみに似た、希望が入り混じった思いが強く出ていた。
「さあ、来なさい。血雨。今度こそ、終わりにしましょう――」
タヱ子の言葉に、身体に浮き上がる金剛石は光り輝く。
『スピードスター』柳 燐花(CL2000695)が、
白髪の少女が、
似た動作で刃を構え――そして、血雨へと衝突した。
●
先手必勝。
燐花が血雨に到達し、その刃を智雨の懐深くへと突き出すとき、智雨の背中から前方まで貫通する刃が炎を吹き出した。
燐花の頬すれすれまで伸びてきた刃は、丁寧に燐花への直撃はそらされている。少女と交差し同じ動作をし、振り返れば向こうもこちらを見ていた。
まったく同じ技、激燐を放つ二人の少女。
「――っ」
燐花は何かを言いかけて、飲み込んだ。少女は表情を変えず、智雨の後方へ下がっていく。
覚者たちの考察は間違いなくその通りで、あの少女は紫雨か斗真の身体である。理央は術符を抜き取りながら、アニスへと問う。
「少女の正体は特定したわ、どうするの」
「敵意が発生するまで様子見……です」
不安気に見上げたアニスの後ろで、氷雨がぽかんと見ていた。
「女のお兄ちゃんっ!?」
「氷雨さん声がおっきぃ……!!」
アニスは慌てて氷雨の口を両手でふさいだ。
その時衝撃が走る。
八尺の瞳がかっ開いて放たれた振動に、電撃が走り、数多の身体が膝から崩れていった。
身体が、動かない。
「ねえ、あれは空っぽの器。器に魂を放り込むことなんてできると思う? できるとしたらどんな神秘だとおもう?」
数多の胸元から顔を出した二種の天狗のお面たち。
これは天狗の恩返しである。
『相応の能力を秘めたものがあれば可能じゃぞ。例えば分魂。同じ故人じゃが墓を分けるときに、魂を二つに分けることがあるじゃろう?』
『しかしそれを実際に行えるのは、宝具か神具級と相応の儀式。または神様級の妖怪、はたまた、何かしら後遺症が発生する呪具級のものじゃの』
「じゃあそれをあいつは持っているってわけね。ありがと、逃げて!!」
数多の額から汗が流れた刹那、天狗を胸元から掴みだして空へと投げた。
数多の身体の後ろに智雨が出現、つん、と智雨の指が肩に触れただけで身体が大炎上していく。
氷雨が即座に回復の祝詞を唱え、刀嗣が血雨を蹴る。片腕で蹴りを受け止め後退した血雨へ、即近づいて喉を狙う刀嗣の刃。
その直前、八尺が刀嗣の腹部に噛みつき、半分を食いちぎった。くそが、と漏らした声。しかし刀嗣の腕は止まらない。意地でも許せぬ、薬売りが。この憤りはたった一度の斬撃だけでは示しきれぬもの。
何もかも奪われて、やっと死ねた彼女が。その死さえ蹂躙されるとは、憤怒しても足らぬ。
「絶対に……殺してやるからな、薬売りぃ!!」
血反吐を吐きながら、智雨を切り裂く刃が冴える。転がるように地面へ着地する刀嗣。それと入れ替わり、ゲイルの指先から放たれた水圧の弾丸が智雨の頭を弾き、グキキと首骨でもイったかのような音が発生した。死を冒涜するのは許せぬと、それを表すかのようにワイヤーは空中でひとりでに動き、次の攻撃の陣を描いていく。
造られたものだとしても、あの血雨か。今までの攻撃も気休め程度にしかなっていないのだろう。
智雨は座らなくなった頭を戻すため、髪の毛を持ってグキグキ言わせながら首を戻す動作に入った。アニスがウッと口元を抑えてからだが、ブイフォンにのせた回復アプリを発動させた。
ふとその時、アニスは氷雨を見た。
氷雨は、泣いていた。
「覚者さんは、こんな辛いことを、していたのね……」
「……はい」
こんなに、憤怒者であった日を後悔したことは、なかったかもしれないと。
「無事か」
ゲイルはワイヤーを廻しながら、回復の動作へと移っていく。ゲイルが背中側に隠したのは千陽だ。
「――く」
膝を折り、時期としてはありえないほどの多量の汗をかきながら、地面のコンクリに爪をたてていた。幻か、術か。千陽にはありもしない、発生しない、存在するはずがないものが見えていた。
「来るぞ」
ゲイルが難しい顔をした刹那、彼と千陽の間に出現した血雨。ゲイルの鋼糸を絡めて血雨の動きを封じてみるも直ぐに力任せに引き千切られていく。
「……来い!」
近づいた血雨が、何故だか大いなる恐怖を秘めた存在に見えた。膨大な吐き気と豪快な寒気に視界が眩む。
しかし千陽は震える足で立ち上がった。現実と幻の堺にいる彼だが、目的はハッキリしている。任務の遂行を。かの七星の幹部から受け取った銃は震え、ぶれていたが、笑わせる、その腕は幾人もの死と悲劇を回避してきたもの。
今ここで、不出来な幻想に倒れれば己の名が無く。振り落とされた八尺と血飛沫、そして銃声が重なった。
●
まるでその通り、悲劇と幸福は紙一重のようなもの。
誰かの幸福を祈れば、だれかの悲劇が付きまとうのだろう。いのりの心苦しさも、誰かの幸せを願った為の犠牲のひとつなのかもしれない。
最もな犠牲は、今、いのりの背後に佇む白き厄災。
優しく吐いた吐息だけで、燃え盛る炎が柱となり、いのりを包み込む。
「この身、例え切り裂かれても、焼かれても、腕が飛ばされようとも――!!」
倒れるわけには、折れるわけにはいかない。
いのりは炎の振り払い、出した片腕に纏う霧を爆発させるように周囲へとまき散らしていく。
直撃した血雨は霧の中をもがくようにしていのりから数歩離れた。真っ白のベールに穴を空け、いのりを背にして突っ込んできた柾が数百度と熱を込め、真っ赤に染まったガントレットで智雨の腹部を強打する。
くの字に曲がった智雨の身体。
肉でも焼いたときのようなジュゥゥ! という音を響かせながら、智雨の腹部が溶け、焦げる。しかし表情ひとつ、眉ひとつ、動きひとつも鈍ることがないのは、操られているからだろう。
――薬売りを倒さねば、この不出来なマリオネットも終わらないという事なのか?
「どこだ、どこにいる、薬売り!!」
柾がやりきれない思いを混ぜた声色で天空へと叫んだ。
チリン、と音がする。
笑われているのか、それとも場所を開示しても良いという算段か。
理央が八尺に睨まれて動けぬ間ではあったが、瞳だけ動かせばカーブミラーに映る世界で、理央の隣に薬売りが立っていた。
『―――』
薬売りは何かを言っていたが、まるでその声は理央には届かない。同じように、理央が隣を見ればそこには誰も立っていないのだから。
「なんなのよ、一体」
まるでそう、向こう側の世界があるかのような。
理央は鈍い動きで指でカーブミラーを指示し、
「そこ!!」
と叫べば、ぱりんと、カーブミラーは呆気なく壊れた。燐花が切り裂くたった一撃で、それは壊れた。破片が地面にばらまかれ、また新しい景色を見せるときには薬売りの姿が悠々と闊歩していく。
「キリがないわ、これ。何度割ったって、きっと無駄よ」
理央はそう判断した。もし、だ。周囲全ての鏡やそれにあたるものを壊していったとて、薬売りが何一つも焦っていない。
言わば、その行動はハズレなのだ。
けれど覚者たちが見ている線は、圧倒的に正しい。真実は、もっと延長線に存在する。
全ての鏡は薬売りを映すだろう。
しかしその全は、ただの鏡でしかない。
ただの鏡は、どこまでいっても、ただの鏡でしかない。
まだ方法はあるはず。
「今は、戦闘に力を……危ない!!」
「――あ」
氷雨へ向かう八尺の刀身。
ごぽん!と音がした。
タヱ子の装甲さえ易々と貫く程の八尺の刃。2mをいくばくか伸びた刃の半分あたりまで腹に食い込ませたタヱ子の口が、血でいっぱいになり吐き出す。
八尺の刀身は、氷雨ごとタヱ子を貫いていた。タヱ子の血塗れた己の身体よりも遥かに氷雨のほうを心配していた。
こんな痛み、タヱ子は慣れ切っている。けれど彼女は。
「氷雨さん……!! 大丈夫ですか……!!」
「……!!」
くぐもった呻き声の中で、氷雨は大丈夫とつぶやいた。金剛石が砕けて、タヱ子の足元には七色の欠片が残骸となって散りばめられていく。ギリ……と歯奥を鳴らすタヱ子。
狂おしいほどに思った。氷雨を守りたいのだと。
その彼女がやがて、こうして同じ戦場に立ち、武器を持ち、同じく傷ついていくのは複雑にも思えるが。
「ぅくっ」
引き抜かれた衝撃で再びタヱ子がびくんと揺れた。庇い、身を亡ぼす勢いで守りに徹するタヱ子を受け止めたのは、白髪に揺れる少女であった。
タヱ子は霞む視界で、少女の手を取る。最早隠すのは不要だろう、今だにこの兄は妹が恋しく思えているのだろうか。
妹を助けた分だけ、兄はこうして力を貸してくれる。
確実に、圧倒的に、間違いが無い少女の正体を確信を持ち、タヱ子は全ての考察を問いにのせた。
「わ、……罠です。これは、罠、です」
こくんと頷いた七星の幹部。
「どうして、罠とわかっていて、何故――」
「……慢心?」
ひどく優しい赤色の瞳が、語っていた。
●
伸ばす手を、彼は取ってくれるだろうか。
何度も振り払い、とこしえに裏切り続けると言われてもなお。
彼の心は変わってくれると、アニスは信じて止まない――。
状況は酷く劣勢となっていた。血雨の移動もそうだが、一塊になっていた覚者たちは八尺の範囲を食いちぎる威力と相性が悪すぎる。
「今、回復を!!」
アニスは顔を上げ、その時、影る背中側。反応するには遅すぎた。振り返って防御の体勢を取った瞬間、アニスの身体に鈍い痛みが迸る。カバーするようにゲイルの鋼糸が再びの運動を始めた。回復の陣を組み、これ以上の仲間への被害は認めぬと逆毛立つ獣の因子が吠える。結果として回復を回せていた編成は強みである。ゲイルはアニスを助け、アニスは理央を助けることも、しばしばあった。血雨が回復から潰したいも右往左往するように、撹乱が完成している。しかし回復手たちにとっては、八尺の一撃は重い。
徐々にアニスの血が流れて背筋の寒気が深くなり、伸ばす手の先で少女に重なる斗真の面影が陽炎のように揺れていた。表情は読めない。
“これが、私の気持ちです―――”
いつしかそう言った事があった。いつまでも希望を忘れないで、この手を差し伸べていると誓った。
貴方と共に歩む終着点を目指して――命を消費して手を伸ばした。
「アニス――!!!」
少女は血雨へ突っ込みアニスから敵を遠ざけていく。その行動に意味があるとするならば、儚過ぎる不出来な愛か。
幾度も寄せては返した彼女の想いを、斗真は理解すれども唇を噛みしめ突き放してきた。
「君の言葉は、何故こんなにも心が苦しいのか」
でもそれも限界だ。
死に触れ、血に濡れ過ぎたとしても、君が隣にいてくれるのなら、全ての罪を、地獄の神へ赦しを乞おう。
刀は血に滑り、数多の身体が痛みに動きが鈍くなりつつある。後方のアニスの回復に足の傷が逆再生していくのと同時、数多は荒い息を一瞬だけ止めて八尺へと飛びかかった。
「なんで、八尺まで復活してんのよ! あんたソレ壊したはずよ! あと友達虐めたの、根に持ってるからね、チカ君が!」
愛縄地獄を八尺へ突き刺し固定、蹴りで智雨の顔面を強打して引きはがしにかかる。ぶちぶちと音がしながら八尺が智雨の腕から離れたように見えたのは一瞬。
八尺は変形、目的は捕食。
大きな口をあけすぐ隣に据え膳となっている数多を食らうとき、愛縄を抜き回避しようとするのだが、固定したと思っていたが固定されているのは彼女のほう。
抜けぬ刀に焦りを見出したとき、バクンと音をたてて八尺の口が閉じた。
「君はもう無茶苦茶すぎる! 守る方の身にもなってくれ!」
千陽が数多を回収し回避させつつ、バランスを崩して地面へ倒れ込む二人。結果数多に千陽が覆いかぶさるようになったのだが。
「キャー!! チカ君えっち!! ……あ」
みれば、千陽の左股関節より先が無くなり、遠くでは八尺の咀嚼音が聞こえていた。
月が出てきた空。
三日月に重なった燐花の影、それが空中で虚空を足場にして跳ね、弾丸の如く刃を智雨へと突き刺した。
その身体とともにあった魂……心がないなら、それは只の人形。この空虚をなんと呼ぼう。命の無い身体を相手に、命ある者たちが戦うのはどこかしら滑稽のようなもので。痛む腕を抑えて距離を取り、不利にも荒く息を吐く。
「血雨……智雨さん……でしたか。『ご本人』はこの状況を知ったらどう思うのでしょう……」
燐花は智雨を知らない。けれど、かといって放っておけるわけはない。この厄災を、どうにかするのが今の最優先だ。
「しかしどうしたものか」
ゲイルの気力の底が見え始めていた。燐花は、一度膝をつき、倒れるものかと立ち上がる。後退した燐花の腕を掴んだゲイル。今回復するからと力を出しつつも、荒い息を吐く燐花の限界は近い。
千陽は失った足の変わりに落ちていた金属棒を杖に立ち上がり、いのりはトラウマに囚われ膝をつく。
数多は汗をかきながら刀を杖にし、刀嗣は気力を使い果たし死力を持って立っている。
タヱ子は氷雨を背中で庇い、理央は麻痺の解除に一手を使う。
アニスはふらつき壁に手をつき青白い顔をした。
「最後まで足掻き続ける」
柾はそう言った。
「あと少しでいい。あと少し……血雨の動きを止められれば」
響いた柾の声は、多大な自信を秘めていた。そこに少しの不安の色を魅せながら。
氷雨は柾の前に立ち胸倉を掴んだ。
「ちょっと! あんた一体どういうつもりよ!! まさか、無茶する気じゃないでしょうね!!」
氷雨の泣きそうな顔に、柾は震える彼女の手に手を重ねた。
「俺が、なんとかする。大丈夫、必ずなんとかするさ」
「馬鹿か、俺様が倒すから黙ってそこで見てろ」
「その意気だ、諏訪」
「チッ」
「では、一花咲かせようか」
ゲイルの糸が舞う。今持てる気力を費やし、仲間へと回復をあてがう為に。これよりゲイルは回復に回復を重ね、戦士たちが倒れぬように重要な歯車として動き出す。
その瞬間、足を取り戻した千陽が前出――ようとした刹那、血雨は千陽の背後へと廻った。
「死角を取るのがお好きなようですが、何度も同じことをしていると馬鹿でも分かりますよ」
銃を背後に廻して爆音が響く。振り上げていた八尺を落として弾丸を真っ二つにしたついでに千陽を切り刻まんとしたそれを、寸前で回避した千陽。そのまま八尺を足で踏み地面に固定し、がら空いた智雨の脳天を零距離から射撃。
頭が後ろへ弾き飛び背筋が仰け反った智雨。帽子が落ち、智雨の赤色の瞳がいのりをとらえた。
「ごめんなさい」
智雨の魂に謝罪してから、いのりは杖を天高く掲げる。
再び何かを、誰かを殺し、傷つけさせてしまった智雨。死をなくすための、礎だと薬売りは言えば聞こえはいいが、その犠牲はあまりにも多すぎる。
「これを喜劇だとは言わせませんわ」
いのりは言う。
どうみても悲劇であり、死のない世界も腐ったカリカチュアの終幕に過ぎない。
幾星霜が降り注ぐ。天から鉄槌を落とし、智雨の身体も八尺ごと押しつぶし、いのりは唇をかみしめ攻撃を止めず。
「う、う――」
アニスの身体が重く、悲鳴をあげていた。目の前に最愛の人の死体が見えていた。でもこれは幻だと言い聞かせて、涙を拭う。
「どうか!」
「ええ、任せなさい」
アニスの声に、理央は深く頷く。
回復の厚さは今回のメンツの大きなアドバンテージであった。この時間をもってしても、誰一人強威力の八尺を前に倒れてはいないのが証拠である。
背後からの奇襲も発生せずして、殺芽を倒している仲間たちも上手にやってくれている事なのであろう。
「だからあなたを、何がなんでも倒さないと、五麟に帰り辛いのよ!!」
理央の片手の中で舞う札が、光彩を撒きながら弾けた。死者はあるべき場所へと還す為の力を仲間に。
揺れる光のベールが広がり、そして傷を逆再生で治していく。
「――ッ」
理央へ焦点を合わせた八尺。ぶるりと理央の背が震えた。脳内イメージで真っ二つにされる愚考が広がるが、仲間は理央を犠牲にはしまい。
荒ぶる雄たけびを上げる八尺を前に、タヱ子が奔る。受け止めてみせる――八尺の牙を。腕が噛みつかれ、骨がすりつぶされタヱ子の顔が歪んだ。
「あぁ、いい加減にしろよォ、血雨!!」
刀嗣が飛びつくように智雨に攻撃を開始した。
「それ以上死を冒涜するなんざなぁ!! 頭ァ沸騰しそうだぞコラ!!」
続く数多。
刀に熱をのせ、殴るような刃の乱舞を刀嗣と共に押して押して押して押していく。
智雨の腕が横に振られ、炎が吹き荒れ灼熱の爆撃に数多と刀嗣が飛ばされていく。燐花が炎飛び越え、俊足で智雨へ廻し蹴り。回転しながら後退する智雨。
それは呪いを灯していた。燐花は確かな手ごたえを感じた。燐花の崩れにくかった表情がここで、緩んだように笑みを浮かべた。
致命を施し、再生しない傷にハッとした智雨。
覚者たちの遥か後方、ゲイルが静電気をまとわせ祝詞を完成。智雨は初めて回避の体勢へと入った、それほどまでに体力は削れていたも同然。
千陽が駆ける。燐花が苦無で首を切り裂き、数多が刀を振る。
「覚悟しろ、血雨。安らかに―――な」
ゲイルの指先から、圧縮を繰り返した水の弾丸がはじき出された。気力の最後の一滴を費やしたその一撃に、智雨の身体が吹き飛んでいく。
地面に倒れかかる直前、千陽が智雨に追いついた。渾身の力を片手に乗せ、友人を傷つけた静かな怒りと共に拳を智雨へと叩きつけ、
その時。
パキィ、と言う音とともに。智雨の頭が四分の一が欠けた。
その中につまっていたのは血や肉では無い。きらりと反射するもの。
智雨が頭を押さえて、無くなった部位をなぞりながら、そして少しずつ再生していく。
「あれは――!!」
燐花が苦無を構えなおす。
「あれを壊せば、終わるはず!!」
理央の声が響き渡る。その時、一筋の風が熱を帯びて彼女の頬をなぞった。
一瞬にして気温が上昇するその場。
「柾……」
氷雨が呼んだ彼は言う。
「終わらせよう――血雨」
柾の指骨がバキと鳴り、利き手のこぶしが強く握られた。
●
ガントレットに灼熱を灯しながら、一歩ずつ歩む柾。靴跡のまま赤く焼け付く軌跡、それと周囲の温度を不可思議な早さで上げていく。
「必ず、絶対に」
どんな形でさえ、死者は蘇ってはいけない。
それを無視して、その薬を完成せしめたとすれば、この世界の均衡は大きく崩れる事となる。
でも――。
もしかしたら少なからず救える人々はいるのかもしれない。
もしかしたら愛しいあの人にもう一度触れることができるのかもしれない。
「そう……思わない事は無かった」
しかし深層意識のどこかで、顕現してはいけないものの一つとして警告出される『死の無い呪い』。
神への叛逆、絶対の禁忌。
故に柾は、腐敗した生を否定し、蔓延る死を肯定する。
「死があるからこそ、生が尊く。生があるからこそ、死を忌避する」
命を懸けて、命を燃やして、今此処に立つ。
死である血雨を否定すること。
それが――。
「生きる者の、答えだ」
「ああ? ふざけんなテメェ!!」
――柾が攻撃に移る一瞬の幕間の話。
『紫雨』が吼える。
「俺様は、ちょっとお前らを侮っていたかもしれねェな。だァがそりゃ駄目だ、遺体はご家族が引き取るのがセオリーだろがよォ」
「矢張りその身体が目的ですか」
飛び出した紫雨の刀をナイフで受け止めた千陽。刀とナイフの摩擦から火花が散った。
確実に、勝負は決したとみていいだろう。だがその柾の威力は恐らく血雨の身体を破壊しつくしてしまう。それは、紫雨としては妨害するを得ない。
零距離から発砲した千陽。弾丸は紫雨の歯で受け止められ、紫雨はにぃぃぃと笑った。ナイフを弾き、跳ね飛んで着地。
「そこまでです!!」
タヱ子は紫雨の腕を掴んで引き止め、しかし引きずられる。なんて馬鹿力か。
「ごめんね! 弐號」
そこへ数多が斜めから切りかかり、嫌でも数多へ防戦する紫雨は顔を明らか不機嫌にゆがめた。
刀嗣の前には八尺が突き刺さっていた。以前、魂を貪り食っていたものと同じとは思えぬ程劣化している八尺。しかしこれも血雨の一部。再び紫雨の手に渡るよりは、必ず制御ができるものが持つ方が良いだろう。八尺の蠢く瞳は一心に、刀嗣を見つめていた。
秒という時間でも多いくらいの刹那の合間であった。
血雨が後退し、得意の瞬歩で覚者たちの目の前から消えたが、柾は逃がさない。余りのエネルギーの暴発に理央は退避と叫び、ゲイルは氷雨を抱えて距離を取っていく。
音だけ残して地面を蹴った柾が次に出現したのは血雨の手前。
智雨は反射的に八尺を振り上げる。
柾は片手を振り上げた。炎も風も、思いも命も、魂さえ、そこに集約した光が拳に吸い込まれ、触れたもの全てを灰にする炎手。
それが八尺を吹き飛ばしながら、智雨の腹部にめり込み貫通。勢いあまって血雨の背後40m近くまで拳から吹き荒れた炎がコンクリートを焼き払い、衝撃が家屋建築の硝子を粉々に吹き飛ばしていった。
柾の腕の中部まで貫通した智雨が瞬時、炎上していく。八尺は回転しながら空中を舞い、地面に豪快に突き刺さった。
灰へと帰す智雨が眠るように目と閉じたとき、残った異物が地面へと落ちる。
柾はそれに手を伸ばしたとき――。
後退した紫雨は、燃える智雨の身体を見ながら頭を抑えた。抑えてから……暫くして肩が揺れ、笑い、腹を抱えて大笑いをし出す。
「優しいファイヴは遺体は大切にするもんだと。まァっさか、骨さえ遺さず燃やすたぁ思わねェよ」
とは言いながら――紫雨は、刃を仕舞った。
「罠です、わかっていたのでしょう?」
タヱ子の言葉に、
「俺様ごと古妖に操られるだあ? 俺様をあまり舐めるなよ」
さっき、斗真が慢心と言っていたのはそれか。いのりは紫雨の頬を叩く。
「それで問題は片付くのかもしれない。それは良い事なのかもしれない。
けど貴方は智雨様の体を使って誰かを殺すのでしょう? そんな事は許さない。もうあの方に誰も殺させない。あの方を誰かの思惑に利用させたりなんかさせませんわ!」
「……」
口端から流れた血を舐めた紫雨は、いのりを掴もうとした。その手を数多が止める。
「仲間になるとはいったけど、あの子幹部でしょ? どうやって? そんなの七星剣としてできるの?」
「素敵な質問だ。答えてやる。
できるわけねえ、裏切りは八神が許さねェ。
だから俺達は身体を分けることにした、合意でな。むかつくが、俺様は粛清されたかねェし。
斗真は重要参考人として政府に、そして裏切った七星に、追われる身となる。ファイヴに助けを求めるつもりもねェ。政府に捕まれば吊られるだろうなァ。
俺様はケツ拭いに斗真を殺さなければならねェし、結界王が斗真を黙って見逃すわけがねェ。
だからよぉ、どっちにしろ斗真は人生詰んでるからさァ、諦めてんのさァ、何もかも」
「まだ!!」
アニスが叫んだ。
「まだ……斗真さんは、諦めてません……!」
アニスの背後から氷雨が舌を出してベーッとしていた。
「チッ」
紫雨は目に見えて不機嫌な顔をしたとき、千陽は紫雨の背に銃を押し当て、紫雨は両手をあげる。
「逢魔ヶ時。陰としての器が必要なのは小垣ではないのか」
「……」
「黙秘は肯定と見なしますよ」
「陰は俺様だろうな」
「ふむ。君は記憶の中の姿に変わることができる。ではその少女は誰です」
「うるせえ、暴力坂のお気に入り野郎。双子は統合される村があンだよ」
立ち去ろうとした紫雨の背中に、数多は語りかけた。
「弐號、薬売りにあんたの家族いいようにされてそれでいいの?」
「粘土みたいに構築された物体が姉たァ思えねェな」
「冷たいのね」
紫雨は言う。
「まずはテメェらを殺す。
あの厄病神も殺す。薬売りも殺す。
そのあとはくっそうぜえ七星の幹部どもを殺す。
八神を殺す。
イレブンも殺す。
お高く留まってやがる政府も殺す。
そしたら御上も殺す。
そして俺様がこの日本を手に入れる。
認めさせてやる。
生きることさえ許されなかったこの俺様が……お前らに劣るわけがないと、斗真に、劣るわけが無いと!!」
「そろそろ決着をつけようぜ逢魔ヶ時、いらねぇ邪魔が入らねえ場所で」
「うるせえ、諏訪ァ……てめえだけ特別殺意が高いから念入りに殺してやる」
「あ、あのさー……」
理央が小さく手をあげた。
「柾さん、消えてるわよ」
●
『貴方にも、蘇らせたい誰かはいるでしょうが』
柾の背から声が響く。
「いない――と言うのは嘘になる。しかし、死者は蘇らせてはいけない」
柾は振り返らず、しかし瞳だけ横に移動させて。
ちりん、ちりん、と鳴る鈴の音色を聞いていた。
『何故です。倫理はひとが決めた概念に過ぎませんが。我々妖怪にひとの考えが通じるのはごく一部です』
「古妖に俺達の倫理が全て通じるとは思ってはいない。しかし言わせて貰う。限りあるからこその生であり死で、それは誰も侵してはいけないもの」
薬売りは『分からない』という顔をしていた。
薬売りには根本的にそこの理解が欠如しているのだ。
「……死のない世界は、虚しいだ。お前にそれが分かればいいのだが――」
『無謀かも、知れません。いえ、この薬売りは人間が好きですが。しかして、見送るのはもう飽きました』
「だからとは言え、それは――」
『はい、大丈夫です、安心してください』
死んでもまた、必ず蘇らせますから。
柾の瞳に広がる世界は―――反転した、鏡の中の世界であった。三番目に到着した柾が見たものは見知った仲間たちが輝くカケラを手にしている光景と。それと。
大衆が波となり逃げていく。皆、ひとつの命を抱えて逃げていく。
雑踏に秩序なんて無かった。それでも秩序を持たせる為に、
「血雨との戦闘になる。死にたくなかったら、はやくここから離れるんだ!」
『花守人』三島 柾(CL2001148)の声が響く。
誰も俺の言葉なんて聞いていないかもしれない――不安が柾の心を蝕み始めても、立ち止まった誰かが「わかった」と返してくれた。
その一瞬の記憶に柾は諦めることを捨てた。
覚悟はとっくにしてきたつもりであるが、いざ狂騒の世界に汗はぬぐい切れない。
奔る『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)の足が止まった。夢見が言っていた場所を脳内に叩き込み、頭を左右に動かして探せば、いた。
肩を抱きながら震えている、小さな天狗たち。
その二体を右手と左手で一体ずつガシっと掴んだ。
『ひ。巨人じゃあ』
『巨人に掴まれたのじゃあ』
「何言ってんの! あんたたちがちっさいのよ!!」
そのまま天狗を胸元に挟むようにぽいぽい入れていった。些か大胆だが。
『ややっこれは天国じゃ』
『女人のなんと柔らかきこと、我々はもう死んでもよい』
「しっかり生きて!!」
近くで母親を探して泣く子供に、数多は振り向く。
街頭に照らされ伸びた影は、スレンダーでかつ、巨大な得物を引き連れている。
それが、血雨。
かつて日本の頭から足先まで血の水たまりを作って行脚していた女の、なれの果て。
血雨はにこっと微笑し、有無を言わさず八尺を振り落とした。
寸前で『狗吠』時任・千陽(CL2000014)が地面を踏み込み、衝撃が発生。子供が跳ねて千陽の腕に収まり、数多は瞬発力で横に跳ねて八尺を回避する。
地面に見事なクレーターを作った血雨が、ゆらりと八尺をおもちゃのように持ち上げて首を傾げていた。
「あ、ぁぁ、お姉ちゃん……」
その姿を見るのは初めてであっただろうか。
氷雨が泣きそうに表情をゆがめた時、『星唄う魔女』秋津洲 いのり(CL2000268)も同じく悲しげな表情を作った。
彼女には――氷雨には、この智雨を見て欲しくはなかったのだ。しかし氷雨はそれでもこの場に行くと、頑固として聞かなかっただろう。
銃のセーフティを外しながら、氷雨はいのりを見た。
「だ、大丈夫よ、ちゃんと、ファイヴらしく、できるわ」
「そう……ですか」
いのりには、声色が震えていた氷雨がどうしても、無理をしているように見えて仕方が無かったけれど。
それには『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)も舌を打ち、氷雨の頭を乱暴に撫でた。
刀嗣こそ、実の妹は今この戦場の近くに居る。死ぬことこそは無いだろうが、氷雨に重なる『妹』というキーワードをフィルター越しに見ているような声色でいうのだ。
「下がってろ氷雨。アレは俺が倒す。お前は後ろで手伝え」
刃を構えた刀嗣の後ろで、涙を腕で拭った氷雨。
その炎の色に重なり、風に舞う白い髪の少女が瓦礫の上に降り立った。
その姿をじ、と見つめる『水の祝福』神城 アニス(CL2000023)。赤い瞳と紫の瞳が一瞬だけ重なり、少女は一度だけ頭を下げ、ぷいと血雨の方へ向き直る。
あれは『どっち』だろうか。
暁か、逢魔ヶ時か。アニスの脳内で廻る思考。でも今は問いかけても応えてくれないだろう。
今は、彼らよりも優先すべきは別である。
復元したとはいえ、これは前の血雨であるのだろうか――『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)は異様な空気に、耳を揺らした。
前の血雨は機械音声のように喋っていたが、この血雨は一切の言葉を知らないと見える。死体を復元しただけ――それは蘇ったとは到底言えぬものと千陽は踏んでいる。
操っているからにはどこかで薬売りが見ているのだろう。
『五行の橋渡し』四条・理央(CL2000070)の瞳が左右に動きながら、カーブミラーに映った誰のものでもない影に、眉間にしわを寄せた。
随分と事を大きくしてくれたものだ。此処に来て表舞台で舞う薬売りの思惑。
納屋 タヱ子(CL2000019)は立つ。誰よりも先頭に。
そこに恐怖が無いとは言い切れない。しかしそれよりも怒りに似た、悲しみに似た、希望が入り混じった思いが強く出ていた。
「さあ、来なさい。血雨。今度こそ、終わりにしましょう――」
タヱ子の言葉に、身体に浮き上がる金剛石は光り輝く。
『スピードスター』柳 燐花(CL2000695)が、
白髪の少女が、
似た動作で刃を構え――そして、血雨へと衝突した。
●
先手必勝。
燐花が血雨に到達し、その刃を智雨の懐深くへと突き出すとき、智雨の背中から前方まで貫通する刃が炎を吹き出した。
燐花の頬すれすれまで伸びてきた刃は、丁寧に燐花への直撃はそらされている。少女と交差し同じ動作をし、振り返れば向こうもこちらを見ていた。
まったく同じ技、激燐を放つ二人の少女。
「――っ」
燐花は何かを言いかけて、飲み込んだ。少女は表情を変えず、智雨の後方へ下がっていく。
覚者たちの考察は間違いなくその通りで、あの少女は紫雨か斗真の身体である。理央は術符を抜き取りながら、アニスへと問う。
「少女の正体は特定したわ、どうするの」
「敵意が発生するまで様子見……です」
不安気に見上げたアニスの後ろで、氷雨がぽかんと見ていた。
「女のお兄ちゃんっ!?」
「氷雨さん声がおっきぃ……!!」
アニスは慌てて氷雨の口を両手でふさいだ。
その時衝撃が走る。
八尺の瞳がかっ開いて放たれた振動に、電撃が走り、数多の身体が膝から崩れていった。
身体が、動かない。
「ねえ、あれは空っぽの器。器に魂を放り込むことなんてできると思う? できるとしたらどんな神秘だとおもう?」
数多の胸元から顔を出した二種の天狗のお面たち。
これは天狗の恩返しである。
『相応の能力を秘めたものがあれば可能じゃぞ。例えば分魂。同じ故人じゃが墓を分けるときに、魂を二つに分けることがあるじゃろう?』
『しかしそれを実際に行えるのは、宝具か神具級と相応の儀式。または神様級の妖怪、はたまた、何かしら後遺症が発生する呪具級のものじゃの』
「じゃあそれをあいつは持っているってわけね。ありがと、逃げて!!」
数多の額から汗が流れた刹那、天狗を胸元から掴みだして空へと投げた。
数多の身体の後ろに智雨が出現、つん、と智雨の指が肩に触れただけで身体が大炎上していく。
氷雨が即座に回復の祝詞を唱え、刀嗣が血雨を蹴る。片腕で蹴りを受け止め後退した血雨へ、即近づいて喉を狙う刀嗣の刃。
その直前、八尺が刀嗣の腹部に噛みつき、半分を食いちぎった。くそが、と漏らした声。しかし刀嗣の腕は止まらない。意地でも許せぬ、薬売りが。この憤りはたった一度の斬撃だけでは示しきれぬもの。
何もかも奪われて、やっと死ねた彼女が。その死さえ蹂躙されるとは、憤怒しても足らぬ。
「絶対に……殺してやるからな、薬売りぃ!!」
血反吐を吐きながら、智雨を切り裂く刃が冴える。転がるように地面へ着地する刀嗣。それと入れ替わり、ゲイルの指先から放たれた水圧の弾丸が智雨の頭を弾き、グキキと首骨でもイったかのような音が発生した。死を冒涜するのは許せぬと、それを表すかのようにワイヤーは空中でひとりでに動き、次の攻撃の陣を描いていく。
造られたものだとしても、あの血雨か。今までの攻撃も気休め程度にしかなっていないのだろう。
智雨は座らなくなった頭を戻すため、髪の毛を持ってグキグキ言わせながら首を戻す動作に入った。アニスがウッと口元を抑えてからだが、ブイフォンにのせた回復アプリを発動させた。
ふとその時、アニスは氷雨を見た。
氷雨は、泣いていた。
「覚者さんは、こんな辛いことを、していたのね……」
「……はい」
こんなに、憤怒者であった日を後悔したことは、なかったかもしれないと。
「無事か」
ゲイルはワイヤーを廻しながら、回復の動作へと移っていく。ゲイルが背中側に隠したのは千陽だ。
「――く」
膝を折り、時期としてはありえないほどの多量の汗をかきながら、地面のコンクリに爪をたてていた。幻か、術か。千陽にはありもしない、発生しない、存在するはずがないものが見えていた。
「来るぞ」
ゲイルが難しい顔をした刹那、彼と千陽の間に出現した血雨。ゲイルの鋼糸を絡めて血雨の動きを封じてみるも直ぐに力任せに引き千切られていく。
「……来い!」
近づいた血雨が、何故だか大いなる恐怖を秘めた存在に見えた。膨大な吐き気と豪快な寒気に視界が眩む。
しかし千陽は震える足で立ち上がった。現実と幻の堺にいる彼だが、目的はハッキリしている。任務の遂行を。かの七星の幹部から受け取った銃は震え、ぶれていたが、笑わせる、その腕は幾人もの死と悲劇を回避してきたもの。
今ここで、不出来な幻想に倒れれば己の名が無く。振り落とされた八尺と血飛沫、そして銃声が重なった。
●
まるでその通り、悲劇と幸福は紙一重のようなもの。
誰かの幸福を祈れば、だれかの悲劇が付きまとうのだろう。いのりの心苦しさも、誰かの幸せを願った為の犠牲のひとつなのかもしれない。
最もな犠牲は、今、いのりの背後に佇む白き厄災。
優しく吐いた吐息だけで、燃え盛る炎が柱となり、いのりを包み込む。
「この身、例え切り裂かれても、焼かれても、腕が飛ばされようとも――!!」
倒れるわけには、折れるわけにはいかない。
いのりは炎の振り払い、出した片腕に纏う霧を爆発させるように周囲へとまき散らしていく。
直撃した血雨は霧の中をもがくようにしていのりから数歩離れた。真っ白のベールに穴を空け、いのりを背にして突っ込んできた柾が数百度と熱を込め、真っ赤に染まったガントレットで智雨の腹部を強打する。
くの字に曲がった智雨の身体。
肉でも焼いたときのようなジュゥゥ! という音を響かせながら、智雨の腹部が溶け、焦げる。しかし表情ひとつ、眉ひとつ、動きひとつも鈍ることがないのは、操られているからだろう。
――薬売りを倒さねば、この不出来なマリオネットも終わらないという事なのか?
「どこだ、どこにいる、薬売り!!」
柾がやりきれない思いを混ぜた声色で天空へと叫んだ。
チリン、と音がする。
笑われているのか、それとも場所を開示しても良いという算段か。
理央が八尺に睨まれて動けぬ間ではあったが、瞳だけ動かせばカーブミラーに映る世界で、理央の隣に薬売りが立っていた。
『―――』
薬売りは何かを言っていたが、まるでその声は理央には届かない。同じように、理央が隣を見ればそこには誰も立っていないのだから。
「なんなのよ、一体」
まるでそう、向こう側の世界があるかのような。
理央は鈍い動きで指でカーブミラーを指示し、
「そこ!!」
と叫べば、ぱりんと、カーブミラーは呆気なく壊れた。燐花が切り裂くたった一撃で、それは壊れた。破片が地面にばらまかれ、また新しい景色を見せるときには薬売りの姿が悠々と闊歩していく。
「キリがないわ、これ。何度割ったって、きっと無駄よ」
理央はそう判断した。もし、だ。周囲全ての鏡やそれにあたるものを壊していったとて、薬売りが何一つも焦っていない。
言わば、その行動はハズレなのだ。
けれど覚者たちが見ている線は、圧倒的に正しい。真実は、もっと延長線に存在する。
全ての鏡は薬売りを映すだろう。
しかしその全は、ただの鏡でしかない。
ただの鏡は、どこまでいっても、ただの鏡でしかない。
まだ方法はあるはず。
「今は、戦闘に力を……危ない!!」
「――あ」
氷雨へ向かう八尺の刀身。
ごぽん!と音がした。
タヱ子の装甲さえ易々と貫く程の八尺の刃。2mをいくばくか伸びた刃の半分あたりまで腹に食い込ませたタヱ子の口が、血でいっぱいになり吐き出す。
八尺の刀身は、氷雨ごとタヱ子を貫いていた。タヱ子の血塗れた己の身体よりも遥かに氷雨のほうを心配していた。
こんな痛み、タヱ子は慣れ切っている。けれど彼女は。
「氷雨さん……!! 大丈夫ですか……!!」
「……!!」
くぐもった呻き声の中で、氷雨は大丈夫とつぶやいた。金剛石が砕けて、タヱ子の足元には七色の欠片が残骸となって散りばめられていく。ギリ……と歯奥を鳴らすタヱ子。
狂おしいほどに思った。氷雨を守りたいのだと。
その彼女がやがて、こうして同じ戦場に立ち、武器を持ち、同じく傷ついていくのは複雑にも思えるが。
「ぅくっ」
引き抜かれた衝撃で再びタヱ子がびくんと揺れた。庇い、身を亡ぼす勢いで守りに徹するタヱ子を受け止めたのは、白髪に揺れる少女であった。
タヱ子は霞む視界で、少女の手を取る。最早隠すのは不要だろう、今だにこの兄は妹が恋しく思えているのだろうか。
妹を助けた分だけ、兄はこうして力を貸してくれる。
確実に、圧倒的に、間違いが無い少女の正体を確信を持ち、タヱ子は全ての考察を問いにのせた。
「わ、……罠です。これは、罠、です」
こくんと頷いた七星の幹部。
「どうして、罠とわかっていて、何故――」
「……慢心?」
ひどく優しい赤色の瞳が、語っていた。
●
伸ばす手を、彼は取ってくれるだろうか。
何度も振り払い、とこしえに裏切り続けると言われてもなお。
彼の心は変わってくれると、アニスは信じて止まない――。
状況は酷く劣勢となっていた。血雨の移動もそうだが、一塊になっていた覚者たちは八尺の範囲を食いちぎる威力と相性が悪すぎる。
「今、回復を!!」
アニスは顔を上げ、その時、影る背中側。反応するには遅すぎた。振り返って防御の体勢を取った瞬間、アニスの身体に鈍い痛みが迸る。カバーするようにゲイルの鋼糸が再びの運動を始めた。回復の陣を組み、これ以上の仲間への被害は認めぬと逆毛立つ獣の因子が吠える。結果として回復を回せていた編成は強みである。ゲイルはアニスを助け、アニスは理央を助けることも、しばしばあった。血雨が回復から潰したいも右往左往するように、撹乱が完成している。しかし回復手たちにとっては、八尺の一撃は重い。
徐々にアニスの血が流れて背筋の寒気が深くなり、伸ばす手の先で少女に重なる斗真の面影が陽炎のように揺れていた。表情は読めない。
“これが、私の気持ちです―――”
いつしかそう言った事があった。いつまでも希望を忘れないで、この手を差し伸べていると誓った。
貴方と共に歩む終着点を目指して――命を消費して手を伸ばした。
「アニス――!!!」
少女は血雨へ突っ込みアニスから敵を遠ざけていく。その行動に意味があるとするならば、儚過ぎる不出来な愛か。
幾度も寄せては返した彼女の想いを、斗真は理解すれども唇を噛みしめ突き放してきた。
「君の言葉は、何故こんなにも心が苦しいのか」
でもそれも限界だ。
死に触れ、血に濡れ過ぎたとしても、君が隣にいてくれるのなら、全ての罪を、地獄の神へ赦しを乞おう。
刀は血に滑り、数多の身体が痛みに動きが鈍くなりつつある。後方のアニスの回復に足の傷が逆再生していくのと同時、数多は荒い息を一瞬だけ止めて八尺へと飛びかかった。
「なんで、八尺まで復活してんのよ! あんたソレ壊したはずよ! あと友達虐めたの、根に持ってるからね、チカ君が!」
愛縄地獄を八尺へ突き刺し固定、蹴りで智雨の顔面を強打して引きはがしにかかる。ぶちぶちと音がしながら八尺が智雨の腕から離れたように見えたのは一瞬。
八尺は変形、目的は捕食。
大きな口をあけすぐ隣に据え膳となっている数多を食らうとき、愛縄を抜き回避しようとするのだが、固定したと思っていたが固定されているのは彼女のほう。
抜けぬ刀に焦りを見出したとき、バクンと音をたてて八尺の口が閉じた。
「君はもう無茶苦茶すぎる! 守る方の身にもなってくれ!」
千陽が数多を回収し回避させつつ、バランスを崩して地面へ倒れ込む二人。結果数多に千陽が覆いかぶさるようになったのだが。
「キャー!! チカ君えっち!! ……あ」
みれば、千陽の左股関節より先が無くなり、遠くでは八尺の咀嚼音が聞こえていた。
月が出てきた空。
三日月に重なった燐花の影、それが空中で虚空を足場にして跳ね、弾丸の如く刃を智雨へと突き刺した。
その身体とともにあった魂……心がないなら、それは只の人形。この空虚をなんと呼ぼう。命の無い身体を相手に、命ある者たちが戦うのはどこかしら滑稽のようなもので。痛む腕を抑えて距離を取り、不利にも荒く息を吐く。
「血雨……智雨さん……でしたか。『ご本人』はこの状況を知ったらどう思うのでしょう……」
燐花は智雨を知らない。けれど、かといって放っておけるわけはない。この厄災を、どうにかするのが今の最優先だ。
「しかしどうしたものか」
ゲイルの気力の底が見え始めていた。燐花は、一度膝をつき、倒れるものかと立ち上がる。後退した燐花の腕を掴んだゲイル。今回復するからと力を出しつつも、荒い息を吐く燐花の限界は近い。
千陽は失った足の変わりに落ちていた金属棒を杖に立ち上がり、いのりはトラウマに囚われ膝をつく。
数多は汗をかきながら刀を杖にし、刀嗣は気力を使い果たし死力を持って立っている。
タヱ子は氷雨を背中で庇い、理央は麻痺の解除に一手を使う。
アニスはふらつき壁に手をつき青白い顔をした。
「最後まで足掻き続ける」
柾はそう言った。
「あと少しでいい。あと少し……血雨の動きを止められれば」
響いた柾の声は、多大な自信を秘めていた。そこに少しの不安の色を魅せながら。
氷雨は柾の前に立ち胸倉を掴んだ。
「ちょっと! あんた一体どういうつもりよ!! まさか、無茶する気じゃないでしょうね!!」
氷雨の泣きそうな顔に、柾は震える彼女の手に手を重ねた。
「俺が、なんとかする。大丈夫、必ずなんとかするさ」
「馬鹿か、俺様が倒すから黙ってそこで見てろ」
「その意気だ、諏訪」
「チッ」
「では、一花咲かせようか」
ゲイルの糸が舞う。今持てる気力を費やし、仲間へと回復をあてがう為に。これよりゲイルは回復に回復を重ね、戦士たちが倒れぬように重要な歯車として動き出す。
その瞬間、足を取り戻した千陽が前出――ようとした刹那、血雨は千陽の背後へと廻った。
「死角を取るのがお好きなようですが、何度も同じことをしていると馬鹿でも分かりますよ」
銃を背後に廻して爆音が響く。振り上げていた八尺を落として弾丸を真っ二つにしたついでに千陽を切り刻まんとしたそれを、寸前で回避した千陽。そのまま八尺を足で踏み地面に固定し、がら空いた智雨の脳天を零距離から射撃。
頭が後ろへ弾き飛び背筋が仰け反った智雨。帽子が落ち、智雨の赤色の瞳がいのりをとらえた。
「ごめんなさい」
智雨の魂に謝罪してから、いのりは杖を天高く掲げる。
再び何かを、誰かを殺し、傷つけさせてしまった智雨。死をなくすための、礎だと薬売りは言えば聞こえはいいが、その犠牲はあまりにも多すぎる。
「これを喜劇だとは言わせませんわ」
いのりは言う。
どうみても悲劇であり、死のない世界も腐ったカリカチュアの終幕に過ぎない。
幾星霜が降り注ぐ。天から鉄槌を落とし、智雨の身体も八尺ごと押しつぶし、いのりは唇をかみしめ攻撃を止めず。
「う、う――」
アニスの身体が重く、悲鳴をあげていた。目の前に最愛の人の死体が見えていた。でもこれは幻だと言い聞かせて、涙を拭う。
「どうか!」
「ええ、任せなさい」
アニスの声に、理央は深く頷く。
回復の厚さは今回のメンツの大きなアドバンテージであった。この時間をもってしても、誰一人強威力の八尺を前に倒れてはいないのが証拠である。
背後からの奇襲も発生せずして、殺芽を倒している仲間たちも上手にやってくれている事なのであろう。
「だからあなたを、何がなんでも倒さないと、五麟に帰り辛いのよ!!」
理央の片手の中で舞う札が、光彩を撒きながら弾けた。死者はあるべき場所へと還す為の力を仲間に。
揺れる光のベールが広がり、そして傷を逆再生で治していく。
「――ッ」
理央へ焦点を合わせた八尺。ぶるりと理央の背が震えた。脳内イメージで真っ二つにされる愚考が広がるが、仲間は理央を犠牲にはしまい。
荒ぶる雄たけびを上げる八尺を前に、タヱ子が奔る。受け止めてみせる――八尺の牙を。腕が噛みつかれ、骨がすりつぶされタヱ子の顔が歪んだ。
「あぁ、いい加減にしろよォ、血雨!!」
刀嗣が飛びつくように智雨に攻撃を開始した。
「それ以上死を冒涜するなんざなぁ!! 頭ァ沸騰しそうだぞコラ!!」
続く数多。
刀に熱をのせ、殴るような刃の乱舞を刀嗣と共に押して押して押して押していく。
智雨の腕が横に振られ、炎が吹き荒れ灼熱の爆撃に数多と刀嗣が飛ばされていく。燐花が炎飛び越え、俊足で智雨へ廻し蹴り。回転しながら後退する智雨。
それは呪いを灯していた。燐花は確かな手ごたえを感じた。燐花の崩れにくかった表情がここで、緩んだように笑みを浮かべた。
致命を施し、再生しない傷にハッとした智雨。
覚者たちの遥か後方、ゲイルが静電気をまとわせ祝詞を完成。智雨は初めて回避の体勢へと入った、それほどまでに体力は削れていたも同然。
千陽が駆ける。燐花が苦無で首を切り裂き、数多が刀を振る。
「覚悟しろ、血雨。安らかに―――な」
ゲイルの指先から、圧縮を繰り返した水の弾丸がはじき出された。気力の最後の一滴を費やしたその一撃に、智雨の身体が吹き飛んでいく。
地面に倒れかかる直前、千陽が智雨に追いついた。渾身の力を片手に乗せ、友人を傷つけた静かな怒りと共に拳を智雨へと叩きつけ、
その時。
パキィ、と言う音とともに。智雨の頭が四分の一が欠けた。
その中につまっていたのは血や肉では無い。きらりと反射するもの。
智雨が頭を押さえて、無くなった部位をなぞりながら、そして少しずつ再生していく。
「あれは――!!」
燐花が苦無を構えなおす。
「あれを壊せば、終わるはず!!」
理央の声が響き渡る。その時、一筋の風が熱を帯びて彼女の頬をなぞった。
一瞬にして気温が上昇するその場。
「柾……」
氷雨が呼んだ彼は言う。
「終わらせよう――血雨」
柾の指骨がバキと鳴り、利き手のこぶしが強く握られた。
●
ガントレットに灼熱を灯しながら、一歩ずつ歩む柾。靴跡のまま赤く焼け付く軌跡、それと周囲の温度を不可思議な早さで上げていく。
「必ず、絶対に」
どんな形でさえ、死者は蘇ってはいけない。
それを無視して、その薬を完成せしめたとすれば、この世界の均衡は大きく崩れる事となる。
でも――。
もしかしたら少なからず救える人々はいるのかもしれない。
もしかしたら愛しいあの人にもう一度触れることができるのかもしれない。
「そう……思わない事は無かった」
しかし深層意識のどこかで、顕現してはいけないものの一つとして警告出される『死の無い呪い』。
神への叛逆、絶対の禁忌。
故に柾は、腐敗した生を否定し、蔓延る死を肯定する。
「死があるからこそ、生が尊く。生があるからこそ、死を忌避する」
命を懸けて、命を燃やして、今此処に立つ。
死である血雨を否定すること。
それが――。
「生きる者の、答えだ」
「ああ? ふざけんなテメェ!!」
――柾が攻撃に移る一瞬の幕間の話。
『紫雨』が吼える。
「俺様は、ちょっとお前らを侮っていたかもしれねェな。だァがそりゃ駄目だ、遺体はご家族が引き取るのがセオリーだろがよォ」
「矢張りその身体が目的ですか」
飛び出した紫雨の刀をナイフで受け止めた千陽。刀とナイフの摩擦から火花が散った。
確実に、勝負は決したとみていいだろう。だがその柾の威力は恐らく血雨の身体を破壊しつくしてしまう。それは、紫雨としては妨害するを得ない。
零距離から発砲した千陽。弾丸は紫雨の歯で受け止められ、紫雨はにぃぃぃと笑った。ナイフを弾き、跳ね飛んで着地。
「そこまでです!!」
タヱ子は紫雨の腕を掴んで引き止め、しかし引きずられる。なんて馬鹿力か。
「ごめんね! 弐號」
そこへ数多が斜めから切りかかり、嫌でも数多へ防戦する紫雨は顔を明らか不機嫌にゆがめた。
刀嗣の前には八尺が突き刺さっていた。以前、魂を貪り食っていたものと同じとは思えぬ程劣化している八尺。しかしこれも血雨の一部。再び紫雨の手に渡るよりは、必ず制御ができるものが持つ方が良いだろう。八尺の蠢く瞳は一心に、刀嗣を見つめていた。
秒という時間でも多いくらいの刹那の合間であった。
血雨が後退し、得意の瞬歩で覚者たちの目の前から消えたが、柾は逃がさない。余りのエネルギーの暴発に理央は退避と叫び、ゲイルは氷雨を抱えて距離を取っていく。
音だけ残して地面を蹴った柾が次に出現したのは血雨の手前。
智雨は反射的に八尺を振り上げる。
柾は片手を振り上げた。炎も風も、思いも命も、魂さえ、そこに集約した光が拳に吸い込まれ、触れたもの全てを灰にする炎手。
それが八尺を吹き飛ばしながら、智雨の腹部にめり込み貫通。勢いあまって血雨の背後40m近くまで拳から吹き荒れた炎がコンクリートを焼き払い、衝撃が家屋建築の硝子を粉々に吹き飛ばしていった。
柾の腕の中部まで貫通した智雨が瞬時、炎上していく。八尺は回転しながら空中を舞い、地面に豪快に突き刺さった。
灰へと帰す智雨が眠るように目と閉じたとき、残った異物が地面へと落ちる。
柾はそれに手を伸ばしたとき――。
後退した紫雨は、燃える智雨の身体を見ながら頭を抑えた。抑えてから……暫くして肩が揺れ、笑い、腹を抱えて大笑いをし出す。
「優しいファイヴは遺体は大切にするもんだと。まァっさか、骨さえ遺さず燃やすたぁ思わねェよ」
とは言いながら――紫雨は、刃を仕舞った。
「罠です、わかっていたのでしょう?」
タヱ子の言葉に、
「俺様ごと古妖に操られるだあ? 俺様をあまり舐めるなよ」
さっき、斗真が慢心と言っていたのはそれか。いのりは紫雨の頬を叩く。
「それで問題は片付くのかもしれない。それは良い事なのかもしれない。
けど貴方は智雨様の体を使って誰かを殺すのでしょう? そんな事は許さない。もうあの方に誰も殺させない。あの方を誰かの思惑に利用させたりなんかさせませんわ!」
「……」
口端から流れた血を舐めた紫雨は、いのりを掴もうとした。その手を数多が止める。
「仲間になるとはいったけど、あの子幹部でしょ? どうやって? そんなの七星剣としてできるの?」
「素敵な質問だ。答えてやる。
できるわけねえ、裏切りは八神が許さねェ。
だから俺達は身体を分けることにした、合意でな。むかつくが、俺様は粛清されたかねェし。
斗真は重要参考人として政府に、そして裏切った七星に、追われる身となる。ファイヴに助けを求めるつもりもねェ。政府に捕まれば吊られるだろうなァ。
俺様はケツ拭いに斗真を殺さなければならねェし、結界王が斗真を黙って見逃すわけがねェ。
だからよぉ、どっちにしろ斗真は人生詰んでるからさァ、諦めてんのさァ、何もかも」
「まだ!!」
アニスが叫んだ。
「まだ……斗真さんは、諦めてません……!」
アニスの背後から氷雨が舌を出してベーッとしていた。
「チッ」
紫雨は目に見えて不機嫌な顔をしたとき、千陽は紫雨の背に銃を押し当て、紫雨は両手をあげる。
「逢魔ヶ時。陰としての器が必要なのは小垣ではないのか」
「……」
「黙秘は肯定と見なしますよ」
「陰は俺様だろうな」
「ふむ。君は記憶の中の姿に変わることができる。ではその少女は誰です」
「うるせえ、暴力坂のお気に入り野郎。双子は統合される村があンだよ」
立ち去ろうとした紫雨の背中に、数多は語りかけた。
「弐號、薬売りにあんたの家族いいようにされてそれでいいの?」
「粘土みたいに構築された物体が姉たァ思えねェな」
「冷たいのね」
紫雨は言う。
「まずはテメェらを殺す。
あの厄病神も殺す。薬売りも殺す。
そのあとはくっそうぜえ七星の幹部どもを殺す。
八神を殺す。
イレブンも殺す。
お高く留まってやがる政府も殺す。
そしたら御上も殺す。
そして俺様がこの日本を手に入れる。
認めさせてやる。
生きることさえ許されなかったこの俺様が……お前らに劣るわけがないと、斗真に、劣るわけが無いと!!」
「そろそろ決着をつけようぜ逢魔ヶ時、いらねぇ邪魔が入らねえ場所で」
「うるせえ、諏訪ァ……てめえだけ特別殺意が高いから念入りに殺してやる」
「あ、あのさー……」
理央が小さく手をあげた。
「柾さん、消えてるわよ」
●
『貴方にも、蘇らせたい誰かはいるでしょうが』
柾の背から声が響く。
「いない――と言うのは嘘になる。しかし、死者は蘇らせてはいけない」
柾は振り返らず、しかし瞳だけ横に移動させて。
ちりん、ちりん、と鳴る鈴の音色を聞いていた。
『何故です。倫理はひとが決めた概念に過ぎませんが。我々妖怪にひとの考えが通じるのはごく一部です』
「古妖に俺達の倫理が全て通じるとは思ってはいない。しかし言わせて貰う。限りあるからこその生であり死で、それは誰も侵してはいけないもの」
薬売りは『分からない』という顔をしていた。
薬売りには根本的にそこの理解が欠如しているのだ。
「……死のない世界は、虚しいだ。お前にそれが分かればいいのだが――」
『無謀かも、知れません。いえ、この薬売りは人間が好きですが。しかして、見送るのはもう飽きました』
「だからとは言え、それは――」
『はい、大丈夫です、安心してください』
死んでもまた、必ず蘇らせますから。
柾の瞳に広がる世界は―――反転した、鏡の中の世界であった。三番目に到着した柾が見たものは見知った仲間たちが輝くカケラを手にしている光景と。それと。

■あとがき■
レアドロップ
取得者:諏訪刀嗣(CL200002)
アイテム:八尺
取得者:諏訪刀嗣(CL200002)
アイテム:八尺
