白狐武曲戦語
●九尾を束ねる歩みは続く
狐神――F.i.V.E.に度々依頼を行う彼女は、伏見稲荷に祀られている白狐の古妖である。その真名は左輔(さほ)と言い、元々はキュウビなる古妖の一体だったのだそうだ。
キュウビとは力を持った狐九体の集合体であり、その中でも一番力の強い狐が他の八尾を統率する。かつて、狐神が伏見稲荷の結界に封じられる前は、最も邪悪で狡猾な狐がその支配権を握っていたらしい。
「しかし尾は切り離され……儂や他の尾たちも、今は力を封印されている状態なのじゃ」
――それでも、そう遠からぬ内に封印は解けてしまうだろう。その時に再び、邪悪な狐が支配権を握ってしまえば、キュウビは人類の脅威となる。それを防ぐためにも狐神は力をつけ、善なるもののキュウビとなりたいのだとF.i.V.E.に告げた。その為にどうか、力を取り戻す役目を皆に担って欲しいのだと。
「先日、皆には文曲(ぶんきょく)の元へ向かってもらい、見事協力を取り付けてくれた。……本当に感謝しておる」
その後、他の尾たちに何か動きは無いかと注視していたのだが、先日北陸地方で懐かしい気配を感じたのだと狐神は言う。乗りかかった船だしと言うことで、文曲との交渉の際に同行した『陰陽師ホスト』土御門 玲司(nCL2000132)が、実家の神社の資料を漁った所――石川県の、とある農村に稲荷神が祀られていることを突き止めたらしい。
「オレ様の実家にも、文曲とやらが祀られていたし……うちの神社とも古くから親交のある、かなり古い神社がその村にあるようだから、まぁキュウビとやらに関係があるのではないか」
何だか歯切れの悪い様子で、玲司は地図やら何やらを押し付けた後「せいぜい頑張るが良い、ふははは」と高笑いをして去って行こうとした。
「何だ、オレ様は今回一緒に行く必要は無いだろう。その、ホワイトデーの準備とかあるし」
妙に早口で言い訳を重ねることと言い、目が泳いでいることと言い、怪しい――と一行が訝しんだその時、地図の間から村のパンフレットが零れ落ちる。
『村の見どころ! 褌一丁の男たちが村中を駆けまわり肉体をぶつけ合う、寒中・漢祭り! 歴史ある神社のお稲荷様は何と武勇も司り、スポーツや格闘技をする人たちにも人気があります』
――何やら褌とか漢祭りとか、物騒な単語が並んでいるのだが、注目すべき所は其処ではない。普通は食物や農耕神、商売の神様として信仰されている稲荷が司ると言う武勇――それは、相手の正体を知る手がかりになる。
「キュウビで武勇と言えば、破軍(はぐん)か……或いは、この雰囲気で言えば武曲(ぶきょく)が居るのかもしれぬな」
となれば、相手の協力を得る為には、此方も武を示す必要がありそうだ。どうかよろしく頼むと首を垂れる狐神に見送られて、一行は石川県の農村へと向かうことになった。
●二尾~武曲
『武曲は……その、勇猛果敢で武勇に優れる美丈夫なのじゃが。余り深く物事を考えないと言うか、ううむ、悪い奴では無いと……儂は思うがのう』
――と、またもや歯切れの悪い狐神の言葉を胸に一行が辿り着いたのは、山間にある長閑な村だった。
「ようこそようこそ! 今年は既に終わりましたが、今度は漢祭りも是非見に来てくださいね!」
どうやら話はついていたようで、にこにこ顔の宮司さんが早速神社へと案内してくれる。と、社には待っていたと言わんばかりの様子で、ぼんやりと透き通った白狐が佇んでいた。
『何やら懐かしい、同胞の気配を感じるが――』
恐らくは彼もまた、封印が緩んで姿を現すことが出来たのだろう。それでも実体は得られていないようだが、取り敢えず狐神の話を伝えようとしたその時、白狐は「みなまで言うな」と首を振って戦闘態勢を取る。
『生憎、オレは己の認めた相手でなければ話は聞かん! ようやくこうして姿を現せたのだ、景気づけに一戦交えようではないか!』
しかし、実体がないのにどうやって――と思ったその時、白狐はすぅっと神社の狐像に憑依した。すると瞬く間に石の像は動き出し、無機物とは思えぬほどの滑らかさで、彼は台座を蹴って地面に降り立つ。
『……但し、力が完全では無いので一分だ。一分でオレにお前たちの力を示してみよ!』
――彼の求めるものは、激しい戦の手応えだ。小難しい駆け引きは不要、口先だけで行動が伴わない者を認めることは決してない。後は拳で語るのみと、実体を得た白狐は石畳を蹴って此方に向かって来た。
『オレの名は武曲、さあ、存分に戦おうか!』
狐神――F.i.V.E.に度々依頼を行う彼女は、伏見稲荷に祀られている白狐の古妖である。その真名は左輔(さほ)と言い、元々はキュウビなる古妖の一体だったのだそうだ。
キュウビとは力を持った狐九体の集合体であり、その中でも一番力の強い狐が他の八尾を統率する。かつて、狐神が伏見稲荷の結界に封じられる前は、最も邪悪で狡猾な狐がその支配権を握っていたらしい。
「しかし尾は切り離され……儂や他の尾たちも、今は力を封印されている状態なのじゃ」
――それでも、そう遠からぬ内に封印は解けてしまうだろう。その時に再び、邪悪な狐が支配権を握ってしまえば、キュウビは人類の脅威となる。それを防ぐためにも狐神は力をつけ、善なるもののキュウビとなりたいのだとF.i.V.E.に告げた。その為にどうか、力を取り戻す役目を皆に担って欲しいのだと。
「先日、皆には文曲(ぶんきょく)の元へ向かってもらい、見事協力を取り付けてくれた。……本当に感謝しておる」
その後、他の尾たちに何か動きは無いかと注視していたのだが、先日北陸地方で懐かしい気配を感じたのだと狐神は言う。乗りかかった船だしと言うことで、文曲との交渉の際に同行した『陰陽師ホスト』土御門 玲司(nCL2000132)が、実家の神社の資料を漁った所――石川県の、とある農村に稲荷神が祀られていることを突き止めたらしい。
「オレ様の実家にも、文曲とやらが祀られていたし……うちの神社とも古くから親交のある、かなり古い神社がその村にあるようだから、まぁキュウビとやらに関係があるのではないか」
何だか歯切れの悪い様子で、玲司は地図やら何やらを押し付けた後「せいぜい頑張るが良い、ふははは」と高笑いをして去って行こうとした。
「何だ、オレ様は今回一緒に行く必要は無いだろう。その、ホワイトデーの準備とかあるし」
妙に早口で言い訳を重ねることと言い、目が泳いでいることと言い、怪しい――と一行が訝しんだその時、地図の間から村のパンフレットが零れ落ちる。
『村の見どころ! 褌一丁の男たちが村中を駆けまわり肉体をぶつけ合う、寒中・漢祭り! 歴史ある神社のお稲荷様は何と武勇も司り、スポーツや格闘技をする人たちにも人気があります』
――何やら褌とか漢祭りとか、物騒な単語が並んでいるのだが、注目すべき所は其処ではない。普通は食物や農耕神、商売の神様として信仰されている稲荷が司ると言う武勇――それは、相手の正体を知る手がかりになる。
「キュウビで武勇と言えば、破軍(はぐん)か……或いは、この雰囲気で言えば武曲(ぶきょく)が居るのかもしれぬな」
となれば、相手の協力を得る為には、此方も武を示す必要がありそうだ。どうかよろしく頼むと首を垂れる狐神に見送られて、一行は石川県の農村へと向かうことになった。
●二尾~武曲
『武曲は……その、勇猛果敢で武勇に優れる美丈夫なのじゃが。余り深く物事を考えないと言うか、ううむ、悪い奴では無いと……儂は思うがのう』
――と、またもや歯切れの悪い狐神の言葉を胸に一行が辿り着いたのは、山間にある長閑な村だった。
「ようこそようこそ! 今年は既に終わりましたが、今度は漢祭りも是非見に来てくださいね!」
どうやら話はついていたようで、にこにこ顔の宮司さんが早速神社へと案内してくれる。と、社には待っていたと言わんばかりの様子で、ぼんやりと透き通った白狐が佇んでいた。
『何やら懐かしい、同胞の気配を感じるが――』
恐らくは彼もまた、封印が緩んで姿を現すことが出来たのだろう。それでも実体は得られていないようだが、取り敢えず狐神の話を伝えようとしたその時、白狐は「みなまで言うな」と首を振って戦闘態勢を取る。
『生憎、オレは己の認めた相手でなければ話は聞かん! ようやくこうして姿を現せたのだ、景気づけに一戦交えようではないか!』
しかし、実体がないのにどうやって――と思ったその時、白狐はすぅっと神社の狐像に憑依した。すると瞬く間に石の像は動き出し、無機物とは思えぬほどの滑らかさで、彼は台座を蹴って地面に降り立つ。
『……但し、力が完全では無いので一分だ。一分でオレにお前たちの力を示してみよ!』
――彼の求めるものは、激しい戦の手応えだ。小難しい駆け引きは不要、口先だけで行動が伴わない者を認めることは決してない。後は拳で語るのみと、実体を得た白狐は石畳を蹴って此方に向かって来た。
『オレの名は武曲、さあ、存分に戦おうか!』

■シナリオ詳細
■成功条件
1.キュウビの一体・武曲に武勇を示し、協力を取り付ける
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
●武曲
古妖・狐神(左輔)と同じ、キュウビの尾の一体です。長い間封印されていましたが、最近になって目覚めたようです。武勇に長けた好漢ですが、難しいことを考えるのは苦手と言う脳筋タイプです。その性格からゴリラのような狐をイメージしそうですが、外見はかなりのイケメン狐のようです。残念なイケメン。
狐の像に憑依し実体を得て、皆さんの力を試そうと戦いを仕掛けてきます。ちなみに古妖なので、物質系の妖とは性質が違うようです(物理に弱い・術式に強い訳ではありません)
・白夜(物近単・【三連】)
・十六夜(物近列・【二連】)
・永夜(特遠[貫3])
●今回の戦闘ルール
・制限時間は一分(6ターン)です。その間に武曲に対し、此方の武勇を示すのが目的となります。
・武曲は神社の敷地内でしか動けません。戦闘中、此方は敷地を出ることも可能ですが、その時点で『戦いを放棄した』と見做されます。
●説得へのステップ
※武勇を示す=武曲を倒すことではありません。如何に熱く盛り上がる戦闘を行い、此方が力を貸すに値する人間だと思わせられるかが重要です(その為此方が負けても、見事だったと思わせれば勝ちです)
派手な一撃を叩き込む、仲間と華麗に連携を決める、向こうの攻撃を耐えきるなど、プロレスのような魅せる戦いを意識するのがポイントかもしれません。
※反対に、時間内に力量が把握できない(強化などに時間を取られ過ぎて、殆ど攻撃を行えない)、バッドステータスで行動不能に持ち込む(無力化し、一方的に有利な状況を作ってハメる)などは、評価されません。
武曲はバッドステータス攻撃を用いませんし、これも戦術であると主張しても、彼が納得して力を認めることはありません。
●稲荷神社
石川県の山間にある、歴史ある神社です。武曲が祀られており、村では漢祭りが行われていますが、多分彼にあやかったのだろうと思われます。
少々特殊な戦闘依頼となります。真正面からのぶつかり合いになるとは言え、ただ「火力を活かしてひたすら強力なスキルで殴り続ける」と言ったプレイングだけでは納得させられないので、十分注意して下さい。それではよろしくお願いします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2017年03月25日
2017年03月25日
■メイン参加者 8人■

●戦の語り手たち
古妖・狐神が感じた、新たな同胞の気配――それは、武勇に長けると言われる武曲であり。封印が解けつつあった彼は、狐神の遣いとしてやって来たF.i.V.E.の覚者たちを好敵手と見なし、石の狐像に憑依して手合わせを求めてきたのだった――此方の話を聞かないままに。
「……ずいぶんアクティブな神様だ」
いきなり臨戦態勢となった武曲に『ニュクスの羽風』如月・彩吹(CL2001525)は瞬きをひとつしたものの、負けず嫌いな性分が己の闘争心を目覚めさせていく。
「だけど私は……そういう方が好きだな」
にこりと笑顔を浮かべた彩吹は、黒翼を広げ――力を示せと言う武曲の言葉に「了解」と頷き双刀を構えた。
「言葉を尽くしてと言われるより、性に合っている」
「うん。私の思う、私なりの『武』を全力でぶつければいいんだな!」
いつも全力で、と言うのは『刃に炎を、高貴に責務を』天堂・フィオナ(CL2001421)のポリシーでもある。そうすることが、武曲に対しての礼でもあると彼女は覚悟を決め、存分に戦おうと銀の髪を靡かせた。
――と、彼女たちのような武人気質の者は、この状況をすんなりと受け入れることが出来たのだけれど。いきなり戦えと迫られても、戸惑ったりするのが普通の反応かも知れない。
(拳で語る……時折耳にしますが、正直、理解が及ばない領域です)
表情を変えぬまま『Queue』クー・ルルーヴ(CL2000403)は、無言で状況を把握しようとして――武に対する姿勢を見るのでしょうかと、何とか武曲の真意を読み取ろうとする。其処でふと、隣に居る『使命を持った少年』御白 小唄(CL2001173)の様子を窺えば、彼は青い瞳をきらきらさせて、ぴんと狐の耳を立てていた。
「へへ……九尾の内の一尾とこんな風に戦えるなんて! 全力で、目一杯行きますね!」
狐と人との絆が深まった結果、獣の因子を発現した小唄は、そのきっかけとなった狐の古妖と手合わせ出来る機会が純粋に嬉しいのだろう。そう思うとクーも、吐息を零してぽつりと呟く。
「……まあ、真っ直ぐな姿勢は、好ましいと思いますが」
「ふむ。豪胆さは美徳にもなり得るが、もう少し落ち着いてもよいと思うがね」
一方で温和な笑みを湛えつつ、相手を宥める八重霞 頼蔵(CL2000693)であったが、その表情は微妙に黒い。前情報通りとは言え、こうも独りで盛り上がっている所を見ると感心すると言うか――これで違う用向きだったら、如何する積りだったのだろうと言わんばかりである。
(いや、それでも『取り敢えず戦おう』などと言い出しかねんか)
これから始まるのは、制限時間一分と言う限定された戦い――その間に自分たちは武曲に武勇を示し、力を貸すに値する存在なのだと認めさせねばならない。まさかこうして手合わせすることになるとは、と――『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)は、キュウビにも色々な性格のものが居るのだとしみじみ思いながら、それでも自分の戦いを確り行おうと決意した。
「そうだな、俺達の力を示しつつ、武曲の技を見せてもらうとしよう」
着流しをはだけて逞しい肉体を誇示するゲイルに、武曲も「中々の剛の者か」と口角を上げたようだ。其々が覚醒し、神具を構えたのを確認した『運命の切り札』天野 澄香(CL2000194)も、二枚のタロットカードを手に試合前の一礼をする。――やはり大和撫子たる者、礼節は大事だと思ったからだ。
(今回の方は『武勇』を大事にする方なのですね。『武勇』と言えば勇ましい攻撃を思い浮かべますが、きっとそれだけではないはず)
そうであるならば、自分なりの武勇を示そうと微笑む澄香に、賀茂 たまき(CL2000994)も頷き護符を取り出して。前世の力によって色を変えた瞳を瞬きさせつつ、彼女は武曲に向かって挨拶をした。
「お話を伺う限りでは、武曲さんは、悪い方では、無さそうです。なので、お互いに気持ち良く、ぶつかれると、良いですね」
――さあ。後は言葉でなく、行動を以って自分たちの想いを伝えるのみ。清廉な雰囲気を湛える神社に響くたまきの声が、凛と戦の開始を宣言する。
「宜しくお願いします! 武曲さん!」
●それぞれの示す武勇
戦いは、小細工なしの真っ向勝負。張り詰めた空気を斬り裂くようにして、石像に憑依した武曲が一気に飛び掛かっていく。
『さあ、まずは此方から行くぞ――!』
恐らく彼は実力も勿論のこと、戦いに対する気迫や心意気と言ったものも図ろうとしているのだろう。踊るように繰り出すのは十六夜の技――突進と尾の一振りからなる強烈な連撃が、前衛に布陣した覚者たちを豪快に薙ぎ払う。
(土を鎧に、そして武器に)
しかし直ぐにクーは態勢を整えると、土を鎧のように纏う蔵王の術を紡いで護りを固めていった。自分は派手な攻撃も出来ないし、大技と言えるものも無い――それでも。
「……質実剛健が、私の主義ですから」
「私も生憎と、魅せる程の技量も何も無い平凡な男だが。精々退屈させぬよう努力するとしようか」
一方で、中衛に立ち抜刀を済ませた頼蔵は、片刃の剣を眼前に掲げながら天駆による細胞の活性化を行う。必要ならば、武曲の求める戦いを披露しよう――仕事とはそう言うものだと割り切った彼は、正々堂々の戦いを誓うように見栄さえも切ってみせた。
「いざ、参る……なんてな。ハッハッハ」
そんな中、たまきは驚異的な動体視力を用いて、武曲の動きを捉えようと目を凝らす。そこ――と一瞬の隙を突いて舞わせたのは、御朱印帳と大護符を中心にした大量の護符だ。
(私のやるべき事は、皆さんが連携しやすい様にお手伝いする事……!)
攪乱するようなたまきの攻撃に合わせ、絶好のタイミングで動いたのはフィオナ。騎士の剣に青き炎を纏った彼女は、威力を増した強烈な一撃を武曲に叩き込んだ。
「たまき、感謝する! ……燃やしていくぞ!」
轟、と大気を揺らめかせる太刀筋に、強者の手応えを感じ取った武曲は楽しそうに笑い、続いて機動力を活かした彩吹が斬り込んでいく。一瞬伏せた瞳を、まるで笑むように細めて――其処に宿る光はまるで、猛禽類のような獰猛さを湛えていた。
「よろしくお願いします。……全力で行かせてもらう」
一気に間合いを詰める直前、回復を任された澄香は確りと頷いていたけれど、彩吹は振り返ることをしなかった。それは彼女を信じているからこそで、とんと地面を蹴ったつま先は、次の瞬間刃のような鋭い蹴りとなって武曲に襲い掛かる。
(攻撃の切れ目がないように、一気に攻める)
「さあ、僕も行きますよ!」
――先ずは小手調べと、小唄は両の篭手を鳴らして素早い連撃を見舞った。普段だったら本気に近い攻撃だったが、今この場においてはこれが小手調べだ。其処へ両のワイヤーを巧みに操るゲイルが、まるで陣を描くような動きと共に水礫を飛ばす。
「……普通に使うのでは、ちょっとインパクトが足りなさそうだったからな」
そのゲイルの一撃は武曲の脚を真っ直ぐに貫いており、彼は見事と呟いて地面に石の破片を散らした。どうやら武曲に対し、此方の攻撃は確かに届いているようだが――向こうの火力と機動力による被害も侮れない。が、それには行動を遅らせた澄香が、タロットカードを翳して癒しの術で対応に当たる。
「天使さんお願いします。世界樹の息吹を皆さんに届けて」
樹齢幾百の、大樹の生命力――それを凝縮した雫が息吹のように辺りに満ちて、傷ついた前衛の仲間たちを優しく癒していった。そう、これこそが澄香の『武勇』。それは決して誰も倒れさせず、そして心折れないことだ。
(皆さんがやりたいことを全部できるように、実力を出し切れるように。私の全力で皆さんを支えます……!)
――十秒の間に交わされる攻防は、刹那の時ではあるが酷く濃密な時間だ。しかし、そのやり取りは僅か6回、時間にして一分で終わってしまう――それ故か、武曲は序盤から攻めの姿勢を崩さず向かってきて。その戦い方に近しいものを感じた彩吹は、自分も様子を窺うより積極的に攻めていこうと、目にも止まらぬ速さで連撃を繰り出した。
『……ほう、勇ましいな』
ならば、と武曲は気を練り上げ、魔弾の一撃をお返しとばかりに彩吹に見舞う。貫通能力を持つ弾丸は、後方に居たゲイルまでも巻き込み、彼は己の肩を貫いた気弾の威力をその身体で感じ取っていた。
(どんな技なのだろうと思っていたが……現の因子が使う波動弾に似ているか。名前は、他の体術になぞらえたのだろうな)
永夜の名を持つ魔弾には、受けた者を永遠に明けぬ夜へと誘う――そんな意味が込められているのかも知れない。此方を纏めて狙ってくる武曲に対し、ゲイルは早々に回復役へと回ることになりそうだった。
「単に燃やすだけじゃない、こういう炎や戦い方もあるんだ!」
一方のフィオナは蒼炎の導による加護で仲間を護り、更に中衛からいつでもガードに入れるよう皆の様子を観察している。守らなければと言うのが騎士としての自分の願いであり、その為の武なのだとフィオナは頷いた。
「次手は、ギアをちょっと上げていきます!」
そんな中で小唄は、とっておきの三連撃を繰り出して果敢に武曲へ挑んでいく。普段は負担が大きく中々使える技では無いが、今なら力を示すには丁度良いと思いながら――そうして強化を終えた頼蔵とクーも、彼に続けて攻撃に移っていった。
(――これは、ついでになるが)
素早い連撃――飛燕で斬り込む頼蔵は、これが『本気』の太刀筋であると武曲に思わせ、次は何処を狙うかと予測出来るように己の剣へと慣らしていく。一方でクーは足場から跳躍し、遠心力を活かした蹴りを叩き込んだ。
(石像であれば、この程度。容赦は必要ないでしょう)
土の鎧を纏っているとは言え、やはり古妖が宿る石像となると、ずしりとした重みを感じるが――それに対抗するべく力を溜めたたまきは、土の力により全身を金属のように硬化させて、強烈な打撃を辺りに放つ。
『……くっ!』
たまらず宙を吹き飛ぶ武曲は直ぐに受け身を取るが、受けた衝撃は大きかったらしい。それでも自分たち8人を相手に出来るのだから凄いと、たまきは肩で大きく息を吐いて。そろそろ戦いの折り返し点となる中、小唄は全力を出すべく達人戦闘術を――己の力を爆発的に上げる技を発動させた。
「へへ……自分でもこれ使うの初めてなので、どうなるか分かりませんよ……!」
●白と黒の結末
――そうして戦いは後半戦へ。此処からは未知の経験だと小唄はごくりと唾を飲み込んで、力に振り回されぬように狙いをしっかりと定めた。
「行きます、まずは確実に!」
単純に二倍の力となった攻撃力が、勢いを乗せて二度繰り出される。正に脅威と言って良い戦闘術だが、劇的な効果が得られる分反動も大きい。しかし、それすら小唄は計算に入れて、戦闘終了のタイミングで反動が来るように使用したのだ。
「よし、このまま……本気を出して……!」
が、血気に逸る小唄目掛け、武曲もまた怒涛の連続攻撃で攻め立てていった。どうやら彼は、力を解放した小唄を好敵手と見なしたようで、明らかに狙いを絞ってきている。
「このままでは危険ですね……少しでも、お守り出来たら」
消耗を見て取ったたまきが、紫鋼塞の障壁によって小唄を守ろうとするが――一度獲物を狙うと決めた白狐は、そう簡単に陽動へ引っかかったりはしないようだ。
「さあ、私の全力全開をお見舞いするぞ! 武曲も全力で打って来い!」
最大限の敬意を払いつつも、前衛に飛び出したフィオナが溜めに入って。己に相応しい戦いをしようと、頼蔵が間を埋めるように刃を振るうが、その一撃を回避した武曲はそのまま小唄へ牙を突き立てようとした。
「世界樹さん、その雫を少し分けて下さい――」
タロットを手に樹の雫で傷を癒す澄香だが、何時しか回復が追いつかなくなる。普段は相手を弱体化させる戦い方を用いるものの、今回はそう言うのが無い正々堂々の戦いだ。
(こう言うのは、試合のようで楽しいかもしれませんが)
――けれど楽しいなどと言えば、呆れられてしまうだろうか。ならば清々しいと言い換えても良い、そう思った澄香の目の前で、フィオナの言葉に破顔した彩吹が距離を詰めていた。
「いいね、それ。どうせやるなら全力でだ……私もいるよ」
けれど、足止めを行おうとした彩吹を掻いくぐり、武曲は狐の因子を持つ少年を襲う。その速度により続けて攻撃を行った武曲は、小唄を仕留めることが出来ていたかもしれない。――しかし。
「……彼の勇は、最後まで折らせません」
武曲の全ての攻撃は、ガードを行ったクーが引き受けて――立て続けに繰り出された白夜の技は、彼女の体力を一気に奪い去っていった。
「クー先輩!」
小唄の悲鳴が境内に響く中、意識を手放したクーがゆっくりと崩れ落ちる。だが、彼女のお陰で他の仲間が好機を掴めたのだ――翼を羽ばたかせて舞い上がる彩吹は、落下の勢いを乗せて痛烈な蹴りで反撃を行った。
(相手から目を逸らさないこと。何があっても退かない、折れない心を見せること。仲間と共に戦うこと……それが、私の信条)
クーの分も戦おうと小唄が立ち上がり、最後にとっておきを決めるべくゲイルは前に出つつ、荒れ狂う獣の一撃を叩き込む。――と、武曲は其処で、全力で来いと自分に告げたフィオナを見つめた。
(小唄やたまき、彩吹のパワーに、頼蔵やクーのスマートな戦い方。そして澄香やゲイルみたいな優しい癒しの力)
――どれも凄い力だ、とフィオナは思う。自分にはどれも足りない、とも。それでも。
「けれど、諦めない気持ち……根性だったら誰にも負けない! 『あの時』は、諦めちゃったから……」
何時なのか定かではないけれど、守れなかったと言う記憶が今のフィオナを苛んでいる。だからこそ彼女は守ることに執着をして、己の内なる力――蒼い炎を燃え上がらせた。
「もう、諦めたくないんだ! どんな時でも!」
そのフィオナの決意を試そうと言うかのように、武曲が地を蹴って最後の攻撃を行う。一撃、二撃と流れるような動きで白狐の爪と牙が襲い掛かり、三撃目で遂にフィオナの意識が遠ざかっていった。嗚呼、『耐えきる』ことは出来なかったか――。
(……いや、倒れても、諦めずにもう一度! 立ち上がる!)
胸の奥で燃える炎は、未だ消えてなどいないから――渾身の力で立ち上がったフィオナは、溜めていた技を繰り出すべく剣を構え、そのタイミングに合わせて頼蔵が連撃を繰り出した。
(……期、だ)
――それは先刻までのものとは異質な、太刀と銃撃の合わせ技。まるで今まで積み上げたものを崩すように、ただの一度、偽りを解いた業を頼蔵は放つ。刹那でも思考を奪い、隙を捻り出す――それこそが彼の狙いだった。
(こんなものは虚だ。幾ら積み上げた所で何も残らぬが。だが……)
一点の黒があれば、白は際立つ――頼蔵の援護を受けて、フィオナは双撃を武曲目掛けて解き放つ。一度目の攻撃を受けても、武曲は未だ倒れない。しかし、これは二連撃なのだ――諦めたりはしない。
「――もう一回、だ! これが私の炎、私の『武』だ!」
続く刃は確りと武曲の胴を捉え、彼は「見事」と一言呟くと、そのままどうと崩れ落ちたのだった。
●新たな尾、武曲
――と、一行の与えたダメージに、依代は耐えきれなかったらしい。そのまま武曲が憑依していた狐像は粉々になり、辺りに石の破片が飛び散っていく。実体を失って放り出された武曲は、一瞬虚を突かれた様子であったが、ややあってから大声で笑いだした。
『は、はははは! まさか一分間の戦いでオレを倒すとは! 素晴らしい……そして楽しい戦いだったぞ!』
そんな武曲からは心底楽しそうな様子が伝わって来て、澄香はふわりと微笑む。そうして肩で息をしつつ、彩吹もありがとうございましたと一礼をした。
「楽しかった。貴方が気持ちのいい性格だって、私にもわかった」
力を貸してくれたら、とても嬉しい――そう続けようとした彩吹に、武曲は皆まで言うなと頷く。狐神、左輔の為に力を振るったお前たちに報いる為に、彼女に力を貸そう、と。
「左輔さんの仰る、九尾の方々が集まると、とても強い力を持つ事が、良く分かりますね。左輔さんは、良い九尾になれる様に……と、望んで居るようです」
――私は、その望みを叶えるお手伝いをしたい。はっきりと告げたたまきへ、武曲は励ますように尾を揺らした。
「あ、武曲さんが、この方には注意をした方が良いと思われる方は、いらっしゃいますか?」
『……うむ。廉貞(れんてい)、それに貪狼(とんろう)か』
彼らは自分と違い、利用出来るものは利用し、己の手を汚さず狡猾に動くだろうと武曲は言う。力――更に言うなら権力を求め、嘗て傾国の美女として猛威を振るったのは、貪狼であることも。
『しかしそれもまた、我らキュウビの一面なのだ。左輔の歩む道は厳しいだろうが、或いはお前たちが付いているのであれば――』
光の球となり空へ昇っていく武曲を見送り、覚者たちは新たな戦いへ向けての備えをする。――けれど、その前に。
「石像……元の場所に戻してもらわねばと思っていましたが、どうしましょう?」
粉々に砕けた石像が、その後御神体として祀られるようになったのは、また別の話である。
古妖・狐神が感じた、新たな同胞の気配――それは、武勇に長けると言われる武曲であり。封印が解けつつあった彼は、狐神の遣いとしてやって来たF.i.V.E.の覚者たちを好敵手と見なし、石の狐像に憑依して手合わせを求めてきたのだった――此方の話を聞かないままに。
「……ずいぶんアクティブな神様だ」
いきなり臨戦態勢となった武曲に『ニュクスの羽風』如月・彩吹(CL2001525)は瞬きをひとつしたものの、負けず嫌いな性分が己の闘争心を目覚めさせていく。
「だけど私は……そういう方が好きだな」
にこりと笑顔を浮かべた彩吹は、黒翼を広げ――力を示せと言う武曲の言葉に「了解」と頷き双刀を構えた。
「言葉を尽くしてと言われるより、性に合っている」
「うん。私の思う、私なりの『武』を全力でぶつければいいんだな!」
いつも全力で、と言うのは『刃に炎を、高貴に責務を』天堂・フィオナ(CL2001421)のポリシーでもある。そうすることが、武曲に対しての礼でもあると彼女は覚悟を決め、存分に戦おうと銀の髪を靡かせた。
――と、彼女たちのような武人気質の者は、この状況をすんなりと受け入れることが出来たのだけれど。いきなり戦えと迫られても、戸惑ったりするのが普通の反応かも知れない。
(拳で語る……時折耳にしますが、正直、理解が及ばない領域です)
表情を変えぬまま『Queue』クー・ルルーヴ(CL2000403)は、無言で状況を把握しようとして――武に対する姿勢を見るのでしょうかと、何とか武曲の真意を読み取ろうとする。其処でふと、隣に居る『使命を持った少年』御白 小唄(CL2001173)の様子を窺えば、彼は青い瞳をきらきらさせて、ぴんと狐の耳を立てていた。
「へへ……九尾の内の一尾とこんな風に戦えるなんて! 全力で、目一杯行きますね!」
狐と人との絆が深まった結果、獣の因子を発現した小唄は、そのきっかけとなった狐の古妖と手合わせ出来る機会が純粋に嬉しいのだろう。そう思うとクーも、吐息を零してぽつりと呟く。
「……まあ、真っ直ぐな姿勢は、好ましいと思いますが」
「ふむ。豪胆さは美徳にもなり得るが、もう少し落ち着いてもよいと思うがね」
一方で温和な笑みを湛えつつ、相手を宥める八重霞 頼蔵(CL2000693)であったが、その表情は微妙に黒い。前情報通りとは言え、こうも独りで盛り上がっている所を見ると感心すると言うか――これで違う用向きだったら、如何する積りだったのだろうと言わんばかりである。
(いや、それでも『取り敢えず戦おう』などと言い出しかねんか)
これから始まるのは、制限時間一分と言う限定された戦い――その間に自分たちは武曲に武勇を示し、力を貸すに値する存在なのだと認めさせねばならない。まさかこうして手合わせすることになるとは、と――『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)は、キュウビにも色々な性格のものが居るのだとしみじみ思いながら、それでも自分の戦いを確り行おうと決意した。
「そうだな、俺達の力を示しつつ、武曲の技を見せてもらうとしよう」
着流しをはだけて逞しい肉体を誇示するゲイルに、武曲も「中々の剛の者か」と口角を上げたようだ。其々が覚醒し、神具を構えたのを確認した『運命の切り札』天野 澄香(CL2000194)も、二枚のタロットカードを手に試合前の一礼をする。――やはり大和撫子たる者、礼節は大事だと思ったからだ。
(今回の方は『武勇』を大事にする方なのですね。『武勇』と言えば勇ましい攻撃を思い浮かべますが、きっとそれだけではないはず)
そうであるならば、自分なりの武勇を示そうと微笑む澄香に、賀茂 たまき(CL2000994)も頷き護符を取り出して。前世の力によって色を変えた瞳を瞬きさせつつ、彼女は武曲に向かって挨拶をした。
「お話を伺う限りでは、武曲さんは、悪い方では、無さそうです。なので、お互いに気持ち良く、ぶつかれると、良いですね」
――さあ。後は言葉でなく、行動を以って自分たちの想いを伝えるのみ。清廉な雰囲気を湛える神社に響くたまきの声が、凛と戦の開始を宣言する。
「宜しくお願いします! 武曲さん!」
●それぞれの示す武勇
戦いは、小細工なしの真っ向勝負。張り詰めた空気を斬り裂くようにして、石像に憑依した武曲が一気に飛び掛かっていく。
『さあ、まずは此方から行くぞ――!』
恐らく彼は実力も勿論のこと、戦いに対する気迫や心意気と言ったものも図ろうとしているのだろう。踊るように繰り出すのは十六夜の技――突進と尾の一振りからなる強烈な連撃が、前衛に布陣した覚者たちを豪快に薙ぎ払う。
(土を鎧に、そして武器に)
しかし直ぐにクーは態勢を整えると、土を鎧のように纏う蔵王の術を紡いで護りを固めていった。自分は派手な攻撃も出来ないし、大技と言えるものも無い――それでも。
「……質実剛健が、私の主義ですから」
「私も生憎と、魅せる程の技量も何も無い平凡な男だが。精々退屈させぬよう努力するとしようか」
一方で、中衛に立ち抜刀を済ませた頼蔵は、片刃の剣を眼前に掲げながら天駆による細胞の活性化を行う。必要ならば、武曲の求める戦いを披露しよう――仕事とはそう言うものだと割り切った彼は、正々堂々の戦いを誓うように見栄さえも切ってみせた。
「いざ、参る……なんてな。ハッハッハ」
そんな中、たまきは驚異的な動体視力を用いて、武曲の動きを捉えようと目を凝らす。そこ――と一瞬の隙を突いて舞わせたのは、御朱印帳と大護符を中心にした大量の護符だ。
(私のやるべき事は、皆さんが連携しやすい様にお手伝いする事……!)
攪乱するようなたまきの攻撃に合わせ、絶好のタイミングで動いたのはフィオナ。騎士の剣に青き炎を纏った彼女は、威力を増した強烈な一撃を武曲に叩き込んだ。
「たまき、感謝する! ……燃やしていくぞ!」
轟、と大気を揺らめかせる太刀筋に、強者の手応えを感じ取った武曲は楽しそうに笑い、続いて機動力を活かした彩吹が斬り込んでいく。一瞬伏せた瞳を、まるで笑むように細めて――其処に宿る光はまるで、猛禽類のような獰猛さを湛えていた。
「よろしくお願いします。……全力で行かせてもらう」
一気に間合いを詰める直前、回復を任された澄香は確りと頷いていたけれど、彩吹は振り返ることをしなかった。それは彼女を信じているからこそで、とんと地面を蹴ったつま先は、次の瞬間刃のような鋭い蹴りとなって武曲に襲い掛かる。
(攻撃の切れ目がないように、一気に攻める)
「さあ、僕も行きますよ!」
――先ずは小手調べと、小唄は両の篭手を鳴らして素早い連撃を見舞った。普段だったら本気に近い攻撃だったが、今この場においてはこれが小手調べだ。其処へ両のワイヤーを巧みに操るゲイルが、まるで陣を描くような動きと共に水礫を飛ばす。
「……普通に使うのでは、ちょっとインパクトが足りなさそうだったからな」
そのゲイルの一撃は武曲の脚を真っ直ぐに貫いており、彼は見事と呟いて地面に石の破片を散らした。どうやら武曲に対し、此方の攻撃は確かに届いているようだが――向こうの火力と機動力による被害も侮れない。が、それには行動を遅らせた澄香が、タロットカードを翳して癒しの術で対応に当たる。
「天使さんお願いします。世界樹の息吹を皆さんに届けて」
樹齢幾百の、大樹の生命力――それを凝縮した雫が息吹のように辺りに満ちて、傷ついた前衛の仲間たちを優しく癒していった。そう、これこそが澄香の『武勇』。それは決して誰も倒れさせず、そして心折れないことだ。
(皆さんがやりたいことを全部できるように、実力を出し切れるように。私の全力で皆さんを支えます……!)
――十秒の間に交わされる攻防は、刹那の時ではあるが酷く濃密な時間だ。しかし、そのやり取りは僅か6回、時間にして一分で終わってしまう――それ故か、武曲は序盤から攻めの姿勢を崩さず向かってきて。その戦い方に近しいものを感じた彩吹は、自分も様子を窺うより積極的に攻めていこうと、目にも止まらぬ速さで連撃を繰り出した。
『……ほう、勇ましいな』
ならば、と武曲は気を練り上げ、魔弾の一撃をお返しとばかりに彩吹に見舞う。貫通能力を持つ弾丸は、後方に居たゲイルまでも巻き込み、彼は己の肩を貫いた気弾の威力をその身体で感じ取っていた。
(どんな技なのだろうと思っていたが……現の因子が使う波動弾に似ているか。名前は、他の体術になぞらえたのだろうな)
永夜の名を持つ魔弾には、受けた者を永遠に明けぬ夜へと誘う――そんな意味が込められているのかも知れない。此方を纏めて狙ってくる武曲に対し、ゲイルは早々に回復役へと回ることになりそうだった。
「単に燃やすだけじゃない、こういう炎や戦い方もあるんだ!」
一方のフィオナは蒼炎の導による加護で仲間を護り、更に中衛からいつでもガードに入れるよう皆の様子を観察している。守らなければと言うのが騎士としての自分の願いであり、その為の武なのだとフィオナは頷いた。
「次手は、ギアをちょっと上げていきます!」
そんな中で小唄は、とっておきの三連撃を繰り出して果敢に武曲へ挑んでいく。普段は負担が大きく中々使える技では無いが、今なら力を示すには丁度良いと思いながら――そうして強化を終えた頼蔵とクーも、彼に続けて攻撃に移っていった。
(――これは、ついでになるが)
素早い連撃――飛燕で斬り込む頼蔵は、これが『本気』の太刀筋であると武曲に思わせ、次は何処を狙うかと予測出来るように己の剣へと慣らしていく。一方でクーは足場から跳躍し、遠心力を活かした蹴りを叩き込んだ。
(石像であれば、この程度。容赦は必要ないでしょう)
土の鎧を纏っているとは言え、やはり古妖が宿る石像となると、ずしりとした重みを感じるが――それに対抗するべく力を溜めたたまきは、土の力により全身を金属のように硬化させて、強烈な打撃を辺りに放つ。
『……くっ!』
たまらず宙を吹き飛ぶ武曲は直ぐに受け身を取るが、受けた衝撃は大きかったらしい。それでも自分たち8人を相手に出来るのだから凄いと、たまきは肩で大きく息を吐いて。そろそろ戦いの折り返し点となる中、小唄は全力を出すべく達人戦闘術を――己の力を爆発的に上げる技を発動させた。
「へへ……自分でもこれ使うの初めてなので、どうなるか分かりませんよ……!」
●白と黒の結末
――そうして戦いは後半戦へ。此処からは未知の経験だと小唄はごくりと唾を飲み込んで、力に振り回されぬように狙いをしっかりと定めた。
「行きます、まずは確実に!」
単純に二倍の力となった攻撃力が、勢いを乗せて二度繰り出される。正に脅威と言って良い戦闘術だが、劇的な効果が得られる分反動も大きい。しかし、それすら小唄は計算に入れて、戦闘終了のタイミングで反動が来るように使用したのだ。
「よし、このまま……本気を出して……!」
が、血気に逸る小唄目掛け、武曲もまた怒涛の連続攻撃で攻め立てていった。どうやら彼は、力を解放した小唄を好敵手と見なしたようで、明らかに狙いを絞ってきている。
「このままでは危険ですね……少しでも、お守り出来たら」
消耗を見て取ったたまきが、紫鋼塞の障壁によって小唄を守ろうとするが――一度獲物を狙うと決めた白狐は、そう簡単に陽動へ引っかかったりはしないようだ。
「さあ、私の全力全開をお見舞いするぞ! 武曲も全力で打って来い!」
最大限の敬意を払いつつも、前衛に飛び出したフィオナが溜めに入って。己に相応しい戦いをしようと、頼蔵が間を埋めるように刃を振るうが、その一撃を回避した武曲はそのまま小唄へ牙を突き立てようとした。
「世界樹さん、その雫を少し分けて下さい――」
タロットを手に樹の雫で傷を癒す澄香だが、何時しか回復が追いつかなくなる。普段は相手を弱体化させる戦い方を用いるものの、今回はそう言うのが無い正々堂々の戦いだ。
(こう言うのは、試合のようで楽しいかもしれませんが)
――けれど楽しいなどと言えば、呆れられてしまうだろうか。ならば清々しいと言い換えても良い、そう思った澄香の目の前で、フィオナの言葉に破顔した彩吹が距離を詰めていた。
「いいね、それ。どうせやるなら全力でだ……私もいるよ」
けれど、足止めを行おうとした彩吹を掻いくぐり、武曲は狐の因子を持つ少年を襲う。その速度により続けて攻撃を行った武曲は、小唄を仕留めることが出来ていたかもしれない。――しかし。
「……彼の勇は、最後まで折らせません」
武曲の全ての攻撃は、ガードを行ったクーが引き受けて――立て続けに繰り出された白夜の技は、彼女の体力を一気に奪い去っていった。
「クー先輩!」
小唄の悲鳴が境内に響く中、意識を手放したクーがゆっくりと崩れ落ちる。だが、彼女のお陰で他の仲間が好機を掴めたのだ――翼を羽ばたかせて舞い上がる彩吹は、落下の勢いを乗せて痛烈な蹴りで反撃を行った。
(相手から目を逸らさないこと。何があっても退かない、折れない心を見せること。仲間と共に戦うこと……それが、私の信条)
クーの分も戦おうと小唄が立ち上がり、最後にとっておきを決めるべくゲイルは前に出つつ、荒れ狂う獣の一撃を叩き込む。――と、武曲は其処で、全力で来いと自分に告げたフィオナを見つめた。
(小唄やたまき、彩吹のパワーに、頼蔵やクーのスマートな戦い方。そして澄香やゲイルみたいな優しい癒しの力)
――どれも凄い力だ、とフィオナは思う。自分にはどれも足りない、とも。それでも。
「けれど、諦めない気持ち……根性だったら誰にも負けない! 『あの時』は、諦めちゃったから……」
何時なのか定かではないけれど、守れなかったと言う記憶が今のフィオナを苛んでいる。だからこそ彼女は守ることに執着をして、己の内なる力――蒼い炎を燃え上がらせた。
「もう、諦めたくないんだ! どんな時でも!」
そのフィオナの決意を試そうと言うかのように、武曲が地を蹴って最後の攻撃を行う。一撃、二撃と流れるような動きで白狐の爪と牙が襲い掛かり、三撃目で遂にフィオナの意識が遠ざかっていった。嗚呼、『耐えきる』ことは出来なかったか――。
(……いや、倒れても、諦めずにもう一度! 立ち上がる!)
胸の奥で燃える炎は、未だ消えてなどいないから――渾身の力で立ち上がったフィオナは、溜めていた技を繰り出すべく剣を構え、そのタイミングに合わせて頼蔵が連撃を繰り出した。
(……期、だ)
――それは先刻までのものとは異質な、太刀と銃撃の合わせ技。まるで今まで積み上げたものを崩すように、ただの一度、偽りを解いた業を頼蔵は放つ。刹那でも思考を奪い、隙を捻り出す――それこそが彼の狙いだった。
(こんなものは虚だ。幾ら積み上げた所で何も残らぬが。だが……)
一点の黒があれば、白は際立つ――頼蔵の援護を受けて、フィオナは双撃を武曲目掛けて解き放つ。一度目の攻撃を受けても、武曲は未だ倒れない。しかし、これは二連撃なのだ――諦めたりはしない。
「――もう一回、だ! これが私の炎、私の『武』だ!」
続く刃は確りと武曲の胴を捉え、彼は「見事」と一言呟くと、そのままどうと崩れ落ちたのだった。
●新たな尾、武曲
――と、一行の与えたダメージに、依代は耐えきれなかったらしい。そのまま武曲が憑依していた狐像は粉々になり、辺りに石の破片が飛び散っていく。実体を失って放り出された武曲は、一瞬虚を突かれた様子であったが、ややあってから大声で笑いだした。
『は、はははは! まさか一分間の戦いでオレを倒すとは! 素晴らしい……そして楽しい戦いだったぞ!』
そんな武曲からは心底楽しそうな様子が伝わって来て、澄香はふわりと微笑む。そうして肩で息をしつつ、彩吹もありがとうございましたと一礼をした。
「楽しかった。貴方が気持ちのいい性格だって、私にもわかった」
力を貸してくれたら、とても嬉しい――そう続けようとした彩吹に、武曲は皆まで言うなと頷く。狐神、左輔の為に力を振るったお前たちに報いる為に、彼女に力を貸そう、と。
「左輔さんの仰る、九尾の方々が集まると、とても強い力を持つ事が、良く分かりますね。左輔さんは、良い九尾になれる様に……と、望んで居るようです」
――私は、その望みを叶えるお手伝いをしたい。はっきりと告げたたまきへ、武曲は励ますように尾を揺らした。
「あ、武曲さんが、この方には注意をした方が良いと思われる方は、いらっしゃいますか?」
『……うむ。廉貞(れんてい)、それに貪狼(とんろう)か』
彼らは自分と違い、利用出来るものは利用し、己の手を汚さず狡猾に動くだろうと武曲は言う。力――更に言うなら権力を求め、嘗て傾国の美女として猛威を振るったのは、貪狼であることも。
『しかしそれもまた、我らキュウビの一面なのだ。左輔の歩む道は厳しいだろうが、或いはお前たちが付いているのであれば――』
光の球となり空へ昇っていく武曲を見送り、覚者たちは新たな戦いへ向けての備えをする。――けれど、その前に。
「石像……元の場所に戻してもらわねばと思っていましたが、どうしましょう?」
粉々に砕けた石像が、その後御神体として祀られるようになったのは、また別の話である。
