魂の価値、命の重みを計るものは
魂の価値、命の重みを計るものは



 妖に襲われている。
 正確にいうと、僕と妹を殺そうとしていた悪いやつらと一緒にものすごい数の妖に襲われている。
 最近とくに事件が増えてはいるけれど、妖に出会うなんて交通事故に会うようなものだと学校で先生が言っていたし、僕もいままでそう思っていた。
 妖に理屈は通じない。
 まだ、悪いやつらほうがずっとずっとましだ。
 何も見ていない、何も知らないと言い続けていたら、妹は目が見えないんだし、もしかして逃がしてくれるかもしれないから。
 悪い奴らが戦っている隙に妹の手を引いて走り出したいけど、周りをぐるりと妖に囲まれているから無理だ。それに、少しずつ妖たちが近づいてきている。

 あ、ひとり腕を千切られちゃった。
 あ、ひとり頭を潰されちゃった!!

 もう、駄目だ。


「――助けてやろう」


 よく通る、低いけどやわらかい声。
 たくさんの血が流れて見えているのに、ぴっくりするほどその声は落ち着いていた。
 振り返る。
 妖の後ろに人が立っていた。妖の間に見えたのは――。


 お坊さん? 

 
 だけど、僕がもっとびっくりしたのはお坊さんの言葉だった。
 助けてくれ、と悪いやつらが必死になって叫ぶ。
「いくら出す?」
「あ?」
「助けて欲しいのだろう? だったらいくら出せるのか、と聞いている」
 お坊さんはてのひらを上に向け、人差し指と親指の先をくっつけた。
 お金の表すジェスチャーなんだけど、仏象でよくみる手の形のようでもあり、なんだかありがたいような感じがする。
 くそ坊主、とののしられたお坊さんは、笠の下で笑った。
「この数だ。私一人では全員は助けられん。優先順位をつけねばならぬ。なら、何を基準にするかだ。人間性など、時と見るものによって異なる曖昧なものは基準にならん。第一、お前たちのことなど、まったく知らぬので判断のしようがない。ならば――」

「お金だね!」

 僕は叫んでいた。

「僕、あるよ。持ってる。今はないけど、僕たちを助けてくれたら……ええっと……」
 あの麻薬を売ればぐらいになるのか判らないけど、適当に言ってみる。
「三億円あげる!」
「このガキ! やっぱりてめえが見てて盗んだんじゃねえか、ぶっ殺してやる!」
 すぐ近くにいた悪いやつの一人が、大きなナイフを振り上げる。
 手を引いて妹を抱きよせた。
 殺される、と思った瞬間、妖が横からすっ飛んできて、ナイフを振り上げた悪いやつにぶつかって倒れた。

「契約成立だ。俺……あ、いや、ふたりとも私の後にいなさい」



「産業廃棄物処理場近くの廃工場横で、物質系妖と心霊系妖が同時発生。近くで小学生の兄妹を脅していた『バカ』数名と、その兄妹が襲われるから助けてあげて」
 眩(クララ)・ウルスラ・エングホルム(nCL2000164)は何が可笑しいのか、いきなりくすくすと笑いだした。
「……嫌かもしれないけど」
 どういうことだ、と覚者たちは眉をひそめた。
 眩は無言の疑問に楽しそうに答えた。貴方たちが助けなくてはならないのは、兄妹を脅していたヤクザものだと。
「どこからどう見ても犯罪者っぽい外見で、本当に犯罪者なんだけど、それでも一応は一般人だから。妖から守ってあげた後は捕まえて、警察に突き出してもらえないかしら?」
 社会正義のために、と最後に付け加える。
「ちなみに、兄妹は守らなくてもいいわよ。その場で雇われた憤怒者が一人、ガードしているから。憤怒者の詳細は夢見で得られなかったけど、かなり腕はたつみたいね。体術の使い手っぽかったわ」
 覚者たちの中から、現場にいるという憤怒者について質問が上がった。
 主に憤怒者の処遇についてだ。
「ついでに捕まえようと思わない方がいいでしょうね。向こうは隙あらば妖と一緒に貴方たちのことも攻撃しようとするけれど。基本、兄妹のガードに徹しているから無視してちょうだい。妖が片付いたら去っていくわ」
 夢見では兄妹と一緒に立ち去りかけたらしい。『バカ』たちを見捨てて。
「でも、貴方たちの姿を見たとたん、その場にとどまったの。どうしてって……知らないわよ。聞いてみたら?」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:そうすけ
■成功条件
1.妖をすべて撃破する
2.犯罪者6名の保護と束縛
3.なし
●日時と場所
昼、晴れています。
河川敷、廃工場のすぐ裏手です。
土手を下ったところで兄弟たちは悪いヤツラに捕まっていました。
遮蔽物はありません。
ちかくに産業廃棄物処理場があり、普段から人通りがない場所です。
通行人を警戒して人払いを行う必要はありません。

●敵
・物質系妖6体/ランク1
 ファイヴ到着時、謎の憤怒者が10体中4体を倒しています。

 壊れたホークリフト2体(2/3)
  体当たり……物近単/2連
 錆びたプレスハンマー1体(1/2)
  プレスハンマー……物近単/鈍化
 合体廃棄家電(キッチン)1体(1/2)
  ミキサーカッター……物近単/出血
 合体廃棄家電(リビング)2体
  デス・サウンド……物遠列


・心霊系妖1体/ランク2


 廃工場主・夫
  怨み辛み……特遠敵全/ダメ0、混乱
  毒の霧……特近列/毒
 廃工場主・妻……すでに謎の憤怒者が倒しています。


●謎の憤怒者
兄妹に三億円で雇われて、彼らを守っています。
もともと、廃工場に出現するという怨霊を退治しにやって来たようです。
身につけている袈裟やすげ笠、 錫杖など、一見普通に見えて実は対覚者用の防具と武器。
体術使いであり、気を込めた御符を用いてレベルの低い妖を封じる法力があるようです。
基本的に兄妹の守りに徹していますが、油断すると妖と一緒に倒そうとして攻撃してきます。
廃工場主・夫を優先して倒そうとします。

●襲われた兄妹
 志摩丈瑠(しま たける)……14歳
 志摩美卯(しま みう)……10歳。とある事故で失明しています。

丈瑠は犯罪者たちが廃工場内に麻薬(?)を隠す現場を見ており、隙を見て盗み出しています。
どこかに隠しているようですが現時点では不明。

●犯罪者たち6名
7人いましたが、1人は妖に頭を潰されて即死しています。
一人が肘から先を切り落とされ、重体。
ピストルとナイフを所持しています。

●STコメント
よろしければご参加くださいませ。
お待ちしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(4モルげっと♪)
相談日数
5日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
7/8
公開日
2017年03月19日

■メイン参加者 7人■

『ゆるゆるふああ』
鼎 飛鳥(CL2000093)
『五麟マラソン優勝者』
奥州 一悟(CL2000076)
『ボーパルホワイトバニー』
飛騨・直斗(CL2001570)
『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)


 ――四魔現前すれば、則ち大慈三摩地に入り、四魔等を恐怖し降伏す。

 大上段から振り下されたハンドミキサーを錫杖で受け払い、体勢を崩して前のめりになった電子レンジ頭を蹴り上げてひっくり返す。仰向けになったガラクタの妖にすかさず馬乗りし、破魔の気を込めた拳を打ち下ろした。
「邪難破折!!」
 憑りついた邪念とともに、木っ端になったくず鉄が赤く燃えながら天に昇っていく。素早く離れて四方に目をやった。残るはあと七体。
深く下げた笠の下でそろりと息を吐く。
(「さすがに一人ではキツイ、な。少し格好をつけすぎたか」)
 端からあてにはしていなかったが、ヤクザどもはワアワアと五月蠅く喚くばかりでまるで役に立たない。むしろ邪魔だ。
 大事は後ろにいる子たちの安全、ここは一先ず――。


 『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)は細く雑草だらけの土手を駆けながら、前方の河川敷で複数の妖相手に孤軍奮闘する僧侶の体幹がぐらりと傾ぐのを見た。無防備になった笠の上に高速回転するハンドミキサーが振り下ろされる。
 危ない、と声が出かかった。が、その前に、僧侶に襲い掛かった合体廃棄家電の妖が、高く蹴り上げられて倒れた。そのわずか後、塵に変わりゆく妖の体から光柱が立ち昇った。
「――あ、でも、あの人、足がふらついちゃっているよ」
「やべえな。さすがに限界か? 先に行くぜ!」
 『五麟マラソン優勝者』奥州 一悟(CL2000076)は渚を追い越すと、スパートをかけた。土手を疾風のごとく駆け下っていく。
「ファイヴだ! 助けに来たぜ!!」
 突如響いた大音声に妖の動きが止まった。
 背を向けて、志摩兄妹とともに立ち去ろうとしていた僧侶も足を止めて振り返る。
 ファイヴの覚者たちは一悟を先頭に、妖と人の間へ横から割って入った。
「落ち着いて、私たちの指示に従ってください」
 『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は、助けてくれ、と情けない顔で縋りついてくるヤクザたちを捌きながら、僧侶――謎の憤怒者とその後ろに隠れる志摩兄妹へ顔を向けた。
夢見によると、謎の憤怒者は自分たちが駆けつけるまでの間に、たった一人で複数の妖を倒しているらしい。実に五体――その内一体は、つい先ほど倒されたところを目撃している。
(「……覚者の私達と比べてもかなりの強さだってことになりそうですよね」)
 一体、何者だろうか。
(「体術使いの坊さんの憤怒者ねぇ……。しかも行動理由が金ときたもんだ!」) 
 『ボーパルホワイトバニー』飛騨・直斗(CL2001570)は短く笑った。妖たちを眼光鋭くねめつけながら、背後にいる謎の憤怒者へ声をかける。
「取捨選択の基準は金、か。坊さんも素敵な性格をしていらっしゃる。嫌いじゃねェぜ、そういう考え。俺も見ず知らず相手なら優先順位を付けるとしたら、その方法を取るだろうしな」
 途端、背中に殺気の籠った視線を感じた。さしずめ、憎い発現者からの同意などいらぬ、といったところか。
 直斗はヤクザものたちに囲まれたラーラに手を振って、離脱を促した。妖刀・鬼哭丸沙織を鞘から抜いて両手で持ち構える。
「ただまあ、今回は悪人も助けなきゃいけねェ……全く組織に属する者の苦悩だな。けどまあ、どうせなら助けられるものは助けちまおうぜ」
 亡き姉の魂を宿した刃が、妖があげる断末魔を求めて空を切った。
「ふん。お前たちの事情など知ったことか」
 耳に聞こえた憤怒者の声は、意外にも若かった。おや、と思っているとさらに言葉が返ってきた。
「どんな善行も保身に走れば途轍もない悪行に変わる。そこの男たちが悪人だと解っているうえで助ける……大方、人道主義を装って世間を懐柔し、味方につけようと思ってのことであろう。浅はかな」
 滑舌もいい上によく通る、深く柔らかい声。言っていることの内容はさておき、この声で経を読み上げられたなら、信者でなくとも聞き入ってしまうだろう。
「偽善上等! 同じウサギさんでも、あすかは直斗くんとは反対の意見なのよ。いたいけな子供からお金を巻き上げるなんて、お坊さん癖にひどい奴なのよ!」
 美声に騙されないのよ。ふんす、と鼻で息巻いて、『ゆるゆるふああ』鼎 飛鳥(CL2000093)は水晶を冠したステックを振り上げた。
 腕を切り落とされてうずくまるヤクザの頭上に、大気中から水分を集め、キラキラと日に光る滴を作り上げる。
「ほいっ! 取り急ぎ止血したのよ。頑張って自分の足で逃げてください。あ、腕は持っていくのよ!」
 飛鳥は滴を落として腕の傷を癒してやったあと、ドヤ顔でヤクザとヤクザの腕を勒・一二三(CL2001559)に引き渡した。
「みなさん、死にたくなければ僕たちの後についてきてください。ではビスコッティさん、栗落花さん、参りましょうか」
 一二三は謎の憤怒者に黙礼――仏陀の「和」の精神に基づいて――したあとヤクザたちを連れて土手を上がった。
 妖たちもヤクザたちを追って動き始めた。
「アラアラ、どこに行くの? アナタたちの相手はワタシたちヨ」
 光邑 リサ(CL2000053)は妖たちの前に立ちはだかると、袖をなびかせて爽やかで甘い香りを振りまいた。
 芽吹く緑のオーラが辺りに広がったかと思うと、覚者たちの体の周りに集まって、包み込むようにして吸収されていく。
 それを見た妖たちは、きょとんとした風で立ち止まった。
 一方、憤怒者は覚者三名に連れられて廃工場に逃げ込んでいくヤクザたちを目で追いながら、すん、と小さく鼻を啜った。
「この香り……白檀か?」
 リサは憤怒者へ曖昧な微笑を返すと、直斗に向き直った。
「飛騨サン、いまヨ。妖たちを閉じ込めてくださらないカシラ?」



 直斗は亡き姉の魂を宿した二振りの刀を逆手に持ち返ると、指で印を結んだ。
 あたりの空気が微振動を起こし、ぴりりと痺れが走る。
 妖が一体。異変に畏れをなして走り出したが、見えない壁に阻まれて押し戻された。
「よし、オレたちのターン! 渚たちが戻ってくるまでの間にやれるだけやってしまおうぜ」
 一悟は、気を集めた指先をリビング回りの家電を集めて体を成した妖の一体に向けた。
「とりあえず真っ先に厄介なリビングたちを倒さないと、だな」
 真っ赤に燃え上がる気弾を発射して、黒い合成皮革のチェアマッサージ機の腹を撃つ。
 人間の反逆に色めき立った妖たちの頭上に暗雲が立ち込めたかと思うと、獣の咆哮を思わせる重圧感のある音とともに雷が墜ちた。
「なあ、そこのお坊さん。お互いビジネスだ。この一戦の間はお互いのわだかまりも無視して協力し合おうや。だから不意打ちはするなよ? したら容赦しねぇ……って、おい!」
 直斗が警告したそばから憤怒者は動いた。
 リサが腕を広げて行動を阻止しようとしたが間に合わず、指に挟まれた札が飛ばされる。

 ――ギ! ギギ……ギ。

 札は結界ギリギリを大回りして、志摩兄妹に近づこうとしていたホークリフトに張りついて、光る縄に変化。妖の動きを止めた。
 体力の、気力ともに激しく低下しているのか。憤怒者はそれ以上、動こうとはしなかった。
 表情こそは笠の下に隠れて見えないが、地につき立てた錫杖を握りしめる血の気のない白い指が苦しさを表している。幼い兄妹を庇うのが精いっぱいのようだ。
「だったら、その子たちを連れて素直に結界の外に出てくれよ。そこにいられると、後ろからやられるんじゃないかと思って気が散るぜ」
 一悟は胸のスピーカーを震わせ始めた妖に念弾を撃ち込んで壊し、音を出せなくした。先程、腹を撃った妖とはまた別の個体だ。
「不意打ちが怖いか。ああ、そうしてやりたいのはやまやまだが……。そこの……工場主の怨霊は私が降す。お前たちのような『妖もどき』に倒されては成仏できないだろうからな」
 憤怒者の言葉に、先につがいを降されたことを思い出したか、怒りに顔を歪めた怨霊が毒の霧をまき散らした。
 顔面にまともに毒を浴びた一悟と直斗が、苦しみに身もだえる。
 リサは魔道書を開こうとした飛鳥を制した。
「解毒は勒サンたちの帰りを待ちまショウ。それまでの回復はワタシが……飛鳥ちゃんは攻撃に専念してちょうだい」
「はい、なのよ」
 飛鳥が振り下したステックの先から、荒々しい激流が飛び出した。神秘のよって霊力が高められた水が破邪の気を纏って水龍へと変化する。
「まとめて流れてください、なのよ!」
 水龍が牙を剥いて廃家電の妖たちに襲い掛かった。
 ミキサーカッターを両腕に持つ妖と、腹に穴の開いたリビング家の妖が水龍に飲み込まれて消えた。
 意外なことに、見た目からいかにも重そうなプレスハンマー機の妖が一番に立ち直り、周りの草木から生命力を集めていたリサに襲い掛かる。
 巨大な鉄の塊が、見上げるリサの顔に影を落とした。
「ばあちゃん!!」
 鼻先に錆びの浮いたハンマーの表面が触れるか触れないかのところで、リサは横から飛びついてきたラーラに押し倒された。
 ラーラのふくらはぎの少し横にハンマーがめり込んで、千切れた草とともに土が飛び散った。
「コラッ、イチゴ! ワタシのことはリサって呼びなさいと何度も言っているでショ!」
 ラーラの下で顔を真っ赤にしたリサが怒鳴る。
 札の張られていないほうのホークリフトに組みついていた一悟は、うへっ、と首をすくめた。
 飛鳥は場に生じた和みの隙を逃さず、怨霊に交霊術による会話を試みた。だが、怨霊の心は怨みで固く閉ざされているのか、呼びかけも空しく、返事はなかった。妖になるにいたったわけが分かれば、と思ったのだが……。
 渚は駆け戻ってくるなり、瞬時に仲間たちの窮地を見て取った。
「きらら、お願い」
 守護使役から神秘の光に満たした妖器・インブレスを受け取って、巨大なプランジャーを押しあげ、空気を抜く。
「みんな、いまから活力を注射するよ。治癒力が高ければ、妖の攻撃を受けても大丈夫。へっちゃらなんだから!」
 純白の光とともに妖器・インブレスが七つに分裂した。それぞれ覚者たちに向かって飛んでいくと、チクと体に突き刺さった。
 最後に戻ってきた一二三が、河川敷に癒しの霧を広げる。
「遅くなってすみません。ヤクザたちからいろいろ話を聞いてきました。あとでお話します」
 先に体を起こしたラーラは、リサの立ちあがりに手を貸した。
 身動きの取れない一悟にスピーカーの壊れたリビング家電の妖が体当たりする。
 札の戒めが解けたホークリフトはすかさずタイヤを軋ませると、倒れている一悟を跳ねた。
 直斗が妖刀を振るってチェアマッサージ機の胴を薙ぎ切離す。
 二つになって落ちながらも、妖が最後の意地を見せて直斗に反撃する。システムステレオの腕を振るい、長いウサギの耳を押しつぶしながら頭を割る勢いで叩くと、地に着く前に消えた。
 地面に膝をついたところへ、一悟が止めていたホークリフトが突っ込む。
「このぉ、なのよ!」
 ステックを振り上げた飛鳥と同じく攻撃態勢に入った渚に向けて、怨霊が再び毒の霧を吐く。
「お前たち、ここから動くなよ!」
 混乱の最中に憤怒者が動いた。志摩兄妹に動くなと命じるや、工場主の怨霊に向かって走り出す。
「いま、解毒します。頑張ってください」
 一二三は大気に含まれる浄化物質を周囲に集めると、状態回復祈願の舞いを奉じた。
 数珠を拳に巻いた憤怒者がその横を駆け抜ける。
 リサか憤怒者を阻もうと動いたが、交わされてしまった。
 渚は一瞬だけ判断にまよった後、直斗よりも一悟のほうが危険な状態だと判断して命輝く翼の鳥を飛ばした。
 かわりに飛鳥が癒しの滴を頭から血を流す直人にかける。
「くそ! よくもやってくれたな。まとめて焼いてやるぜ!」
 一悟は火柱を立ちあげると、妖たちに向けて放った。
「ペスカ、鍵をだして!」
 ラーラは黄金の鍵を受け取ると、魔道書の封印を解いて頁を開いた。魔道士の体からあふれ出る気に草がなびき、土を見せる。
 足元に赤く、光を発する魔法陣が現れた。
「良い子に甘い焼き菓子を……!」
 詠唱とともに輝くほど熱せられた石――否、ビスケットが出現。甘い芳香を放ちながら、飛鳥の口へ――。
「んんっ! 何これ。とーっても美味しいのよ。気力がもりもり溢れてきたのよ!」
「鼎さん、水龍牙でランク1の妖を一掃してください」
「任せてくださいなのよ!」
「私も一緒にやるよ!」
 飛鳥が飛ばした水龍のすぐ後を、渚がはなった衝撃波が重なりあうようにして追いかけていく。
 家電と産業廃棄の妖たちが一掃されて開けて空間に、憤怒者が飛び込んだ。
 たった一体残った工場主の怨霊が、恨み辛みの声をあげる。
「邪難破折!!」
 憤怒者が拳を振りかぶる。
 魔道書を手にラーラが叫ぶ。
「石と魂を焼く地獄の炎よ。我が手のうちから飛び立ち、敵を滅せよ!」
 高く掲げられた手に指揮されるまま、無数の火炎弾が怨霊に向かって飛んでゆく。
 まばゆい光が辺りの景色を白く飛ばした。


「違う! あの怨霊を倒したのはぜったいラーラの――」
 一二三はアルカイックスマイルを浮かべながら、一悟と憤怒者の間に割って入った。
「どっちが倒したかなど、どうでもいいではありませんか」
ラーラに気遣ってそっと目配せする。
 解っています、とラーラは微かに頷いた。
 志摩兄妹を背に従えた憤怒者の後ろでは、やはり袈裟を纏った憤怒者たちが困った顔を下げてため息をついている。
 僧侶たちは、河原の横に立つ廃工場の所有者であった男性の怨霊を倒した直後に現れた。笠をかぶった憤怒者を探して迎えに来た弟子たちらしい。
 怨霊を倒したのは、ラーラが最後に放った技だった。しかしそれは、謎の憤怒者が撃ち込んだ拳と僅かな差で、ほぼ同着と言っていいぐらいのきわどさだ。無駄に憤怒者たちを怒らせるほどのことでもない。
 ちなみに、一二三とラーラ、渚の三人で捕えたヤクザたちを尋問したところ、ヤクザたちは工場の土地目当てに嫌がらせして経営者夫婦を追い込み、自殺させていた。産業廃棄物処理場――彼らに取っては死体放棄所を拡張するために。
「ヤクザたちは後で警察につきだしましょう。ああ、もうしわけございません。名乗が遅れましたね。私は回向寺の勒と申します」
 一二三が手を合わせて頭を下げると、憤怒者の後ろの弟子たちが一斉に頭を下げた。なぜか覚者たちもつられて頭を下げる。
 笠をかぶった憤怒者だけが、頭を下げなかった。怒ったような声で名乗りを返す。
「『冥宗寺』住職、義堂 隆寛(ぎどう りゅうかん)だ。お前たち、ファイヴといったな。……今日のところは見逃してやろう。ヤクザを連れてさっさと去るがよい」
 いきり立って動いた一悟を、冷めた目の直斗が肩を掴んで引き止める。
 ため息をついて、一二三が手をあげた。
「あの……ちょっといいでしょうか? 発現者も一般人も、同じ人。何故、冥宗寺さまは発現者を憎むのですか?」
「同じ人であるものか! お前たちは人でなし、考えなしに力を振るって人を傷つける悪でしかない!」
 冥宗寺は強い口調で断じた。脇で固めた拳が細かく震えている。よほど発現者が憎いらしい。
「それはちょっと言い過ぎではないカシラ? 確かに発現した者の中には悪意を持って力を振るう隔者がいるワ。でも、ワタシたちのように――」
「黙れ!」
 臆することなく、飛鳥がファイティングポーズを取る。
「やるか、なのよ。悪徳坊主め、美少女戦士あすかが成敗いたす、なのよ!」
 こら、といいながら、渚は飛鳥の襟首をつかんで後ろへさげた。
 これ以上、憤怒者たちを刺激しないように、ラーラはことさら優しく、ゆっくりとしたテンポで冥宗寺へ声をかけた。
「義堂さん、丈瑠くんと美卯ちゃんをこれからどうするんですか?」
「どうするも……」
 冥宗寺は体に縋りつく志摩兄妹に顔を向けた。
「ボクらは……ボクは……」
「良かったらワタシたちと一緒に来ない? そうよ、五麟市にくるといいワ。ウチ、広いから。親御さんも一緒に暮らせるわヨ」
 リサは、目が不自由な妹を守る丈瑠に、危険を承知でヤクザから麻薬と思われる物を盗んだのは、まとまったお金を工面して妹の目を直してやりたいからではないか、と聞いた。
 丈瑠は渋々、頷いた。
「おい、くそ坊主。マジで子供たちから三億ふんだくる気かよ」、と一悟。
「麻薬かぁ。もし、売った分のお金が3億円に足りなかったら……その子たちをどうするの?」
 顎に指の先を置いて、渚が問う。返答次第では、戦いも辞さないつもりで。
「聞こえの悪いことを言うな。俺……いや、私はお前たちとは違う。この子たちが盗み出したものは警察に届ける」
「え!?」
 冥宗寺は、「怪しい」とか「どうだか」、といった覚者たちの小さな声を無視した。笠を取って、半泣きになっている丈瑠に笑いかける。
「時間はかかるが、街で寄付金を募ればいい。お前がもう少し大きくなれば、働いて金を貯めることもできる」
 お礼は、という丈瑠に向かって冥宗寺は、「二人とも私の弟子になれ」、といった。
「いまからお前たちはイレヴンの一員だ。幹部であるこの俺様が直々に、妖や妖もどきたちとの戦い方を教えてやろう」
 唖然とする覚者たちを後にのこし、イレヴンの憤怒者たちは志摩兄妹を連れて立ち去った。
 肩から力をぬいて、ラーラがぽつりと漏らす。
「イレヴンの幹部……。どうりで、強かったわけですね。さあ、気持ちを切り替えてもう一仕事。ヤクザを連れて警察に行きましょう」

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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