ひな祭り 人形達が恨み節
●桃の節句
ひな祭り。
その起源は平安時代の貴族の人形遊びという説もあれば、上巳(三月三日)に人形を川に流す流し雛とも言われている。それが江戸時代辺りから三月三日に人形を飾り、女子の健やかな成長を祈る祭りとして定着し始めた。
そして時は流れ、二〇一七年三月三日の江川家。長い歴史を持つ日本家屋のその土蔵内に、悲しみに泣く声があった。
『去年は出してもらえなかった』
『その前の年も出してもらえなかった』
『今年は出してもらえるのか……?』
土蔵の奥に収められている箱の中。雛人形たちが嘆きの声をあげていた。
この雛人形達は江川家で九十九年飾られた雛人形である。長きにわたり使われた人形は付喪神として命が宿っていた。しかし、命宿って次のひな祭りから飾られなくなったのだ。
理由はと言うとただの偶然で、その年に孫娘が小学校を卒業し、ひな祭りを行わなくなったのだ。人形を飾るだけでも相応の労力が必要となることもあって、その年からひな祭りは行われずに人形達はそのまま土蔵の闇の中で泣くことになった。
『今年も出してもらえないに決まっている』
『だったらこちらから出ていこう』
『捨てられた恨み、晴らしてくれようぞ』
そして暗闇に籠っていた精神はネガティブな思考を生む。人形達は自分達が捨てられたのだと思い込み、人間達に使われなかった怨みをぶつけようとしていた。
土蔵の戸が開く。人形達は入ってきた少女に向かい、一斉に飛びかかった。
「……っ!?」
なんて皮肉。その子こそ数年前にひな祭りを楽しんでいた孫娘。
久しぶりに雛人形を出そうとしていたのに――
●FiVE
「――ってなことがあるんだ」
集まった覚者を前に久方 相馬(nCL2000004)が告げた。
「相手は付喪神。古妖だな。数は十五」
相馬の告げる人形の数に呻きをあげる覚者達。
「お内裏様(男雛と女雛)に三人官女、五人囃子、左大臣・右大臣、仕丁。結構豪勢な雛人形らしいぜ。俺にはよくわからないけど」
男の相馬は雛人形がどういうものかはあまりよくわかっていない。今の説明もメモ帳を見ながらの説明である。
「人形自体には薄い障壁が張ってあるんで思いっきりブッ叩いても壊れることはないみたいだ。ただまあ、そこに女の子が一人入り込んでて」
なんでも近所の保育園児の為にひな祭りをやろうとしていたらしい。その為に雛人形を用意しようとしたところ、襲われるという。
「このままじゃあその子も人形達も可哀想だ。人形達は恨みで暴走しているから言葉じゃ止まらない。一度殴って落ち着かせるしかないぜ。
数は多いが、一人分の強さ自体は大したことはない。落ち着いて対処すれば勝てない相手じゃないだろうよ」
気軽な相馬の助言に送られて、覚者達は会議室を出た。
ひな祭り。
その起源は平安時代の貴族の人形遊びという説もあれば、上巳(三月三日)に人形を川に流す流し雛とも言われている。それが江戸時代辺りから三月三日に人形を飾り、女子の健やかな成長を祈る祭りとして定着し始めた。
そして時は流れ、二〇一七年三月三日の江川家。長い歴史を持つ日本家屋のその土蔵内に、悲しみに泣く声があった。
『去年は出してもらえなかった』
『その前の年も出してもらえなかった』
『今年は出してもらえるのか……?』
土蔵の奥に収められている箱の中。雛人形たちが嘆きの声をあげていた。
この雛人形達は江川家で九十九年飾られた雛人形である。長きにわたり使われた人形は付喪神として命が宿っていた。しかし、命宿って次のひな祭りから飾られなくなったのだ。
理由はと言うとただの偶然で、その年に孫娘が小学校を卒業し、ひな祭りを行わなくなったのだ。人形を飾るだけでも相応の労力が必要となることもあって、その年からひな祭りは行われずに人形達はそのまま土蔵の闇の中で泣くことになった。
『今年も出してもらえないに決まっている』
『だったらこちらから出ていこう』
『捨てられた恨み、晴らしてくれようぞ』
そして暗闇に籠っていた精神はネガティブな思考を生む。人形達は自分達が捨てられたのだと思い込み、人間達に使われなかった怨みをぶつけようとしていた。
土蔵の戸が開く。人形達は入ってきた少女に向かい、一斉に飛びかかった。
「……っ!?」
なんて皮肉。その子こそ数年前にひな祭りを楽しんでいた孫娘。
久しぶりに雛人形を出そうとしていたのに――
●FiVE
「――ってなことがあるんだ」
集まった覚者を前に久方 相馬(nCL2000004)が告げた。
「相手は付喪神。古妖だな。数は十五」
相馬の告げる人形の数に呻きをあげる覚者達。
「お内裏様(男雛と女雛)に三人官女、五人囃子、左大臣・右大臣、仕丁。結構豪勢な雛人形らしいぜ。俺にはよくわからないけど」
男の相馬は雛人形がどういうものかはあまりよくわかっていない。今の説明もメモ帳を見ながらの説明である。
「人形自体には薄い障壁が張ってあるんで思いっきりブッ叩いても壊れることはないみたいだ。ただまあ、そこに女の子が一人入り込んでて」
なんでも近所の保育園児の為にひな祭りをやろうとしていたらしい。その為に雛人形を用意しようとしたところ、襲われるという。
「このままじゃあその子も人形達も可哀想だ。人形達は恨みで暴走しているから言葉じゃ止まらない。一度殴って落ち着かせるしかないぜ。
数は多いが、一人分の強さ自体は大したことはない。落ち着いて対処すれば勝てない相手じゃないだろうよ」
気軽な相馬の助言に送られて、覚者達は会議室を出た。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.古妖十五体の撃破
2.江川かなめの無事
3.なし
2.江川かなめの無事
3.なし
七段、雛……だと……!?
●敵情報
・雛人形(×15)
カテゴリは古妖。付喪神です。
永く使われて命が宿り、その次の年から使われなくなったことで人間に恨みを持っています。言葉は通じますが、説得は不可能。
『お内裏様(男雛と女雛)』『三人官女』『五人囃子』『左大臣・右大臣』『仕丁』の五列に並んで攻撃してきます。ですが戦闘に参加するのは三列までです。一列の人形達を戦闘不能にすれば、次ターンの頭に控えている列の人形達が援軍でやってきます。
攻撃方法
・男雛(×1)
微笑み 特遠味全 優雅にほほ笑み、戦意をあげます。物攻、特攻上昇。
・女雛(×1)
香り 特遠味全 香しい匂いで心身を癒します。HP回復 BSリカバリー
・三人官女(×3 長柄銚子・三方・加銚子)
進入禁止 P 三人官女が一人でも残っている限り、男雛と女雛にダメージを与えることはできません。
・五人囃子(×5 謡・笛・子鼓・大鼓・太鼓)
囃し立て 特遠単 特殊な音楽で精神を疲弊させます。【Mアタック50】
・左大臣・右大臣(×2)
隋臣の武術 物遠単 お内裏様を守る随身の武。二矢を番える弓術。【二連】<射撃>
・仕丁(×3 立傘・沓台・台傘)
ご奉仕 特遠味全 雑務をこなし、人形達を彩ります。自然治癒上昇
お掃除 特遠全 掃除で埃を舞いあがらせ、視界を奪います。【弱体】【ダメージ0】
●NPC
・江川かなめ
一般人。十五歳女性。四月から高校生。近所の保育園児の為に雛人形を出そうとしています。
戦闘能力は皆無。常識的な範囲で覚者の言葉には従います。
●場所情報
江川家にある土蔵前。江川家への不法侵入は後でFiVEスタッフが説明して解決させますので、プレイングは土蔵前で古妖と出会った所からで問題ありません。
時刻は昼。広さや足場は戦闘に支障がないものとします。
戦闘開始時、敵後衛に『五人囃子』、敵中衛に『左大臣・右大臣』、敵前衛に『仕丁』『江川』がいます。敵後衛のさらに後ろに『三人官女』が。その後ろに『男雛』『女雛』がいます。覚者と敵前衛との距離は十メートルとします。
急いでいるため、事前付与は不可能とします。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/8
6/8
公開日
2017年03月17日
2017年03月17日
■メイン参加者 6人■

●
「……っ!?」
扉を開けた瞬間に襲い掛かってくる雛人形達。驚く江川に割って入ったのは、『花屋の装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)だ。
「これ以上は危険だからな、俺たちが交代するぜ。そこから後ろに下がってもらえるか?」
手にした愛斧『ギュスターブ』を振り回し、威嚇するように人形達の前に立ちふさがる。頭に血が上っているとはいえ、相手の気持ちもわからないではない。素直になるなら戦いを止めてもいいのだが、今はまだ無理のようだ。
「かなめさん、一旦避難してください! 後で詳しく説明しますので」
困惑する江川に退却を促すように『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)が声をあげる。その声に従うように江川は戦闘圏外に移動していった。結界を張るが、戦闘音を聞きつけて意志をもってくる人間には効果は弱い。あくまで念のためだ。
「恨む気持ちはわかるけど、当たった相手がお門違いですよ」
善女龍王が彫刻されている刀を手にして『プロ級ショコラティエール』菊坂 結鹿(CL2000432)が人形達に宣戦布告をする。雛人形を心待ちにしている子供達もいるのだ。人を襲うなんて言う蛮行はさせるわけにはいかない。
「些細な食い違いから発生する悲劇と申すべきでしょうか」
ふう、とため息を吐きながら望月・夢(CL2001307)が歩を進める。人間同士でも意見が食い違うこともある。それが人間と人形ならなおのことか。どうあれこの行き違いは解かなくてはいけない。その為にも、一度大人しくなってもらうしかないのだ。
「お雛様か……うちでも小さい頃飾ってたの覚えてるよ」
現れた古妖を見て、思い出すように『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)が口を開いた。色々あって今は出来なくなってしまったが、その思い出は輝いている。それ故に暴れ出す雛人形は見捨てておけなかった。子供たちの思い出の為にと拳を握る。
「ひな人形。何、それ? 解らない、けど、怒って攻撃するの、駄目」
唇に指をあてて『自殺撲滅委員会』神々楽 黄泉(CL2001332)が小首をかしげる。人とあまり接していなかったため、そういった祭りには疎いようだ。だが怒りで人を攻めてはいけないことは分かっている。例え正当性があっても、それは自分に返ってくるのだ。
「何者だ!」
「我々を閉じ込めようとするやつらか!? 邪魔立てするな!」
雛人形達は怒りの声をあげて突撃してくる。話は通じそうにない。
覚者達は迫る雛人形を迎え撃つ為に、神具を構えた。
●
「作戦通り行くぜ!」
覚者達は頷き合い、展開する。前衛に江川を守りに行った義高、渚、結鹿。そして黄泉。中衛にラーラ、夢が立つ形からのスタートである。
「人形達も殺すことが望んだ形ではないでしょう。お眠りください」
夢が神具を手にして舞うようにステップを踏む。それは足で刻む呪術。占いを生業としている夢は、こういった厄除けの作法も知っている。大地に刻むは退魔の陣。ここより先に進むこと許さず。その動きに合わせて神具を振るう。それはまさに舞。祈祷の差異に神に捧げる神楽舞。
舞いながら夢は源素を練り上げる。天の源素を体内で循環させ、体を回転させながら源素を空気に乗せて放つ。それは清涼な風。微香をのせて吹く風は眠気を促す。それは元物体の付喪神であっても同じこと。人形の数体を眠りにつかせ、戦力を奪う。直接的な火力は低いが、敵を弱らせ味方を強化する。それが夢の戦い方。
「今のうちに畳みかけましょう」
「そうだね。行くよ!」
『妖器・インブレス』を手に渚が人形に迫る。長く使われて命が宿った雛人形達。その心故に妬み嫉んでいるのはなんたる皮肉。本来ならその心が感じるべきは、自我を目覚めさせたいのはずなのに。そのすれ違いが渚は悲しかった。これ以上悲しみを広げない為にも人形達はここで止めなくては。
最前線に立ち、仲間を癒す。それが覚者としての渚の戦闘スタイル。それは乱射事件の中で、自らの危険を顧みずに助けてくれた看護師の姿を追うかのように。仲間の傷の具合を的確に見切り、近づいて傷口に触れる。手の平から伝わる暖かい気。それが古妖から受けた傷を癒していく。
「傷は癒すからどんどん攻撃してね!」
「ん。痛かったら、ごめん、ね」
渚の声に短く答えて黄泉が頷く。無口で感情の起伏が乏しい黄泉だが、けしてコミュニケーションができないわけではない。所作こそ少ないがしっかりと仲間の言葉に反応し、そして連携を取る。古妖に謝罪の一言を告げて、自分の身長の倍ほどある斧を掲げた。小さな肉体の、どこにそれだけの力があるというのか。
おー、と気の抜けたような声をあげながら『燕潰し』を振るう黄泉。スローモーな掛け声とは裏腹に、斧は轟音をあげて回転する。『燕を斬るのが難しいなら無理やり叩き潰せば良いじゃない』……そんなコンセプトの神具は、そのコンセプトに恥じぬ破壊力を雛人形に叩きつける。手の平から伝わる確かな手ごたえ。
「大人しく、するー」
「こっちも負けてられないな、『ギュスターヴ』」
同じ斧使いとして気合が入ったのか、義高が斧にある鱗の紋様をなぞる。ギザギザの刃と爬虫類を思わせる鱗の紋様。それはワニ。獲物に食らいつき、一撃で命を奪う川辺のハンター。その魂が宿ったとされる斧だ。長年の相棒に語り掛けるように笑みを浮かべ、義高は雛人形の前に立ちふさがる。
にやりと笑みを浮かべて、斧を振り上げる義高。雛人形に凄みが通じるかはわからないが、怯んでくれれば儲けものだ。重量のある斧をしっかりと握りしめ、全身の筋肉を引き絞る。お腹に力を込めて頭の上まで斧を持ち上げ、しっかりと足を踏ん張った。斧に振り回されるほどやわな鍛え方はしていな。真っ直ぐに力を込めて、神具を振り下ろした。
「降参したけりゃいつでもいいな! お尻叩くぐらいで勘弁してやるぜ!」
「そうだよ! 貴方達を待つ声が聞こえないの!?」
戦いながら人形達を説得する結鹿。怒り心頭の人形達はその言葉にすら耳を貸さない。だがそれでも結鹿は説得を諦めない。正気に戻って、ひな壇に飾られる。それが雛人形達の至上の瞬間なのだ。だから衣装を水でぬらさないように水の術は控えていた。刃を振るい、怒れる人形達の動きをけん制していく。
『蒼龍』を構え、結鹿は精神を研ぎ澄ます。覚醒して変化した銀の髪の毛が、春風にふわりとそよいだ。風が止むと同時に地を蹴って駆ける結鹿。突きの構えのまま前に進み、雛人形に一気に迫る。その黒瞳が人形の動きをしっかりと捕らえていた。移動する人形の動き捕らえ、そこに向けて剣を突き出す。
「あなたたちを心待ちにしている子どもたちのために、今はおとなしくなさい」
「豪華に飾られる貴方達を楽しみにしている子供たちがいるんです。だから!」
イタリア人であるラーラは、ひな祭りの経験が他の人よりも少ない。赤い階段に飾られる色とりどりの人形達。ひな祭りにはかなりの憧れがあった。だからこんな形でひな祭りが悲劇に変わるのは見過ごせない。子供達の夢を守るために、ラーラは源素を練り上げる。
前世とのつながりを強化する。頭の中に展開される自分以外の存在の知識。先祖の知識とラーラ自身の経験。それらが絡み合い、新たな知恵となる。生まれる炎はラーラ自身の源素から。炎の形は前世の知識から形成したもの。細く鋭い鳥のような炎の弾丸。それは翼を広げて飛来し、暴れる古妖を打ち穿った。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
「ぐぬぅ! また私達を箱に戻すつもりだな!」
「そうはいかん! 徹底抗戦だ!」
覚者達の説得に耳を貸さず、怒りのままに叫ぶ人形達。それだけはこの中に閉じ込められて放置された恨みは強いのか。
同情する余地はあるが、かといってこの怒りのまま行動させるわけにはいかない。そうなれば今度こそ人形達は廃棄され、日の目に出なくなる。最悪の場合、人死にだって出る可能性もあるのだ。
心は痛むが手は抜けない。ここで古妖達を止めて、ひな祭りを迎えさせるのだ。
覚者達は頷き合い、戦いを続行する。
●
覚者達は雛人形の後続がやってくることを塞ぐために、あえて前衛の仕丁を一人残して戦っていた。
仕丁二人を倒したところで渚が残りの一人を押さえるようにし、前衛の義高と結鹿と黄泉が攻め、後ろからラーラの炎が飛ぶ。右大臣と左大臣はそれに抗するように弓矢を放つが、火力の差は歴然だった。一分にも満たない時間で力尽きる。
だが、男雛女雛を守る護衛の名は伊達ではない。
「くそ……!」
「狙われましたか……」
結鹿と夢が大臣達の矢で膝をつく。命数を燃やして戦線に復帰するが、傷は決して浅くはない。
「回復するから待っててね!」
渚が回復にひっきりなしになっていなければ犠牲はもっと増えていたかもしれない。だが攻撃の要はこれで潰した。
「次は五人囃子です!」
ラーラの声と共に覚者達は五人囃子に神具を向ける。
「全部倒さないで、一体だけ残してくださいね」
「男雛女雛が出てこられちゃたまらないからな」
覚者達は男雛と女雛の回復と支援能力を発揮させないために、あえて仕丁と五人囃子を一人残していた。そして男雛女雛が現れるより前に三任官女を倒し、戦況を有利に持っていこうという作戦だ。
――だがそれは、弱体効果を持つ術(?)を持つ仕丁と、覚者達の気力を削る五人囃子を戦場に残すことになる。
「あわわわ。狙われてるの、私!?」
五人囃子が主に気力を削ってくるのは、回復を行う渚だった。ラーラは慌てて渚に気力回復の術を放つが、その分攻撃の手が止まってしまう。そして――
「三人官女は後衛か……」
「前衛で、一人。中衛で、一人。ブロック、される。行く?」
「少し危険ですね。ですがやりましょう!」
前衛、中衛に雛人形を残す作戦だと、前衛の近接武器は後衛まで届かない。勿論敵陣に踏み込めば届くのだが、それは多数に囲まれることに等しい。敵陣中衛に踏み込んだ黄泉と結鹿は、三人官女の攻撃に晒されることになる。
「わっ、そこだと回復が届かない!」
更に悪いことに、渚の回復術は遠くの相手には届かない。手を伸ばしても仕丁に阻まれて、敵陣に入り込んだ覚者は回復なしで三人官女に挑むことになる。
「まだ、だよ」
「諦めません! ひな祭りを待つ子供たちが待ってるんですから!」
黄泉と結鹿が命数を削るほどの怪我を負う。神具を杖にして踏みとどまり、攻撃を続けた。
「……くそ。ここまでか!」
後衛で五人囃子を押さえていた義高が倒れ伏す。これにより五人囃子をブロックする者がなく、黄泉と結鹿が雛人形に囲まれた状態になってしまった。
「ちー、れー、つー」
気の抜けたような声をあげ、回転するように斧を振るって三人官女を一気に薙ぎ払う黄泉。それにより地面に落ちる三体の雛人形。
最後の男雛と女雛が戦場に現れる。
「後は仕丁と五人囃子を倒しましょう!」
最後の仕上げと声をあげて、覚者達は残しておいた仕丁と五人囃子の一体ずつに集中砲火を始める。全体強化を持つ男雛だが、その対象が少なければ効果は十全には発揮できない。
だが、覚者側も十全とはいいがたい。夢は状況操作に長けてはいるが、火力的には乏しい。攻撃手の黄泉と結鹿は敵陣に囲まれた状態だ。火力の高い術式を持つラーラは、時折渚の気力回復に回らざるを得ない。
「仕丁を倒せば味方前衛と合流はできます!」
「りょー、かーい」
敵前衛の仕丁に火力を集中させる覚者。女雛の回復が厄介だが、総合火力では覚者が勝っていた。ラーラの炎が仕丁を穿ち、戦闘不能に追い込む。だが、
「ごめんなさい……」
「後は……任せます」
古妖の攻撃を何とか耐えていた結鹿と夢が、限界とばかりに倒れ伏す。
「超ー、黄泉ー……クラーッシュ!」
黄泉の一撃が最後の五人囃子を倒す。こうなれば戦いの趨勢はほぼ決まった。他者強化と回復を主に行うお内裏様の二人に、三人の覚者を倒しきるだけの火力はない。
「貴方達を待っている子供達がいるんです。貴方達の自我が生まれたのは、その愛を感じる為なんです!」
呪を紡ぎながら、ラーラが声を大にして叫ぶ。地面に光る魔法陣から炎でできた真紅の子猫を呼び出す。猫は静かに男雛女雛に向かって跳び、一声鳴いて通り過ぎる。
「さあ、ひな祭りを楽しみましょう。お内裏様。お戯れはここまでです」
その一瞬後、燃え上がるお内裏様。真紅の子猫はいつの間にか空気に溶けるように消えていた。
●
「何と……お恥ずかしい限りだ」
戦闘終了後、雛人形達は覚者の話を聞いて詫びるように告げる。
「皆様には迷惑をかけました。どう詫びればいいのやら……」
「ああ、それだったら――」
「七段雛ですか。確かに飾り付けは大変そうですね」
「なに、体力仕事なら任せておけ。この身体だからな」
「ん」
雛人形の赤い階段を珍しそうに見るラーラに、腕まくりをする義高と黄泉。
「私はお菓子を作ってますね。菱餅と雛あられ」
結鹿が江川家の台所を使ってひな祭り用のお菓子を作っていた。元々子供達を呼ぶ予定だったこともあり、ある程度は用意済みだ。
覚者達は雛人形達に『だったらひな祭りをしましょう』と提案した。
覚者達は江川家の人達に事情を説明する。長年使って居た雛人形が命を得て、その為寂しい思いをさせていたのだ、と。彼らはひな祭りに飾られさえすれば無害の為、毎年ひな祭りを行ってほしい。
江川家はこれを快諾し、ひな祭りを楽しんだ家族達は当時を懐かしむように人形達と語り合っている。九十九年思われた人形ゆえに、その思い出も豊富だった。
人形も人間も、相手を憎む部分はない。行き違いをほぐせば、和解は容易だった。
「ところで飾りつけですが、どうするのでしょう?」
「お内裏様は一番上として……」
「関東と関西では微妙に違うみたいですが」
夢が思い出すように説明を開始する。
六段目と七段目には御所車、重箱、籠を置く。これらに決まった配置はないため、バランスよく置いていくのがいいようだ。
五段目は仕丁。三人並んで道具の世話を擦る係だ。関東では傘を、関西では掃除道具を持たせる。
四段目には右大臣左大臣。大臣の間に御膳と菱台を配置する。向かって右側に髭が生えた左大臣。左側に右大臣。これはお内裏様から見ての左と右という事だ。
三段目には五人囃子。一番左から三つに太鼓を並べ、笛、謡の順番である。よく見れば太鼓も微妙に形が異なっていた。
二段目には三人官女。それぞれの間に高杯とその上に桜餅を置く。左右の官女は、それぞれ外側の足を前に出しているように配置する。
そして一番上にはお内裏様。関東では向かって右側に女雛で左側に男雛。関西では逆に右側に男雛で左側に女雛である。お内裏様の外側にぼんぼりを置き、完成である。
「できました!」
「じゃあ子供達を呼んできましょう」
「お菓子もできましたよ」
準備が整い、保育園児たちを呼び寄せる。楽しそうな声で雛人形を見て叫び、感動の声をあげる。
「ありがとうございます。命を助けてもらったばかりか、ひな祭りの準備まで」
「いいってことよ。俺も娘を持つ親だ、子どもたちの無事な成長を願ってやまないのさ」
礼を言う江川かなめ。その礼を受けて、義高が腕を組んで頷いた。その視線の先には元気に騒ぐ子供達。
この笑顔こそが覚者達が守った最大の報酬だった。
さて、余談だが。
九十九年愛された人形達から、とある技法を教えてもらった。
『人形から力を引き出す術』
早速それをFiVEに持ち帰り、神具に応用することに成功する――
「……っ!?」
扉を開けた瞬間に襲い掛かってくる雛人形達。驚く江川に割って入ったのは、『花屋の装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)だ。
「これ以上は危険だからな、俺たちが交代するぜ。そこから後ろに下がってもらえるか?」
手にした愛斧『ギュスターブ』を振り回し、威嚇するように人形達の前に立ちふさがる。頭に血が上っているとはいえ、相手の気持ちもわからないではない。素直になるなら戦いを止めてもいいのだが、今はまだ無理のようだ。
「かなめさん、一旦避難してください! 後で詳しく説明しますので」
困惑する江川に退却を促すように『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)が声をあげる。その声に従うように江川は戦闘圏外に移動していった。結界を張るが、戦闘音を聞きつけて意志をもってくる人間には効果は弱い。あくまで念のためだ。
「恨む気持ちはわかるけど、当たった相手がお門違いですよ」
善女龍王が彫刻されている刀を手にして『プロ級ショコラティエール』菊坂 結鹿(CL2000432)が人形達に宣戦布告をする。雛人形を心待ちにしている子供達もいるのだ。人を襲うなんて言う蛮行はさせるわけにはいかない。
「些細な食い違いから発生する悲劇と申すべきでしょうか」
ふう、とため息を吐きながら望月・夢(CL2001307)が歩を進める。人間同士でも意見が食い違うこともある。それが人間と人形ならなおのことか。どうあれこの行き違いは解かなくてはいけない。その為にも、一度大人しくなってもらうしかないのだ。
「お雛様か……うちでも小さい頃飾ってたの覚えてるよ」
現れた古妖を見て、思い出すように『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)が口を開いた。色々あって今は出来なくなってしまったが、その思い出は輝いている。それ故に暴れ出す雛人形は見捨てておけなかった。子供たちの思い出の為にと拳を握る。
「ひな人形。何、それ? 解らない、けど、怒って攻撃するの、駄目」
唇に指をあてて『自殺撲滅委員会』神々楽 黄泉(CL2001332)が小首をかしげる。人とあまり接していなかったため、そういった祭りには疎いようだ。だが怒りで人を攻めてはいけないことは分かっている。例え正当性があっても、それは自分に返ってくるのだ。
「何者だ!」
「我々を閉じ込めようとするやつらか!? 邪魔立てするな!」
雛人形達は怒りの声をあげて突撃してくる。話は通じそうにない。
覚者達は迫る雛人形を迎え撃つ為に、神具を構えた。
●
「作戦通り行くぜ!」
覚者達は頷き合い、展開する。前衛に江川を守りに行った義高、渚、結鹿。そして黄泉。中衛にラーラ、夢が立つ形からのスタートである。
「人形達も殺すことが望んだ形ではないでしょう。お眠りください」
夢が神具を手にして舞うようにステップを踏む。それは足で刻む呪術。占いを生業としている夢は、こういった厄除けの作法も知っている。大地に刻むは退魔の陣。ここより先に進むこと許さず。その動きに合わせて神具を振るう。それはまさに舞。祈祷の差異に神に捧げる神楽舞。
舞いながら夢は源素を練り上げる。天の源素を体内で循環させ、体を回転させながら源素を空気に乗せて放つ。それは清涼な風。微香をのせて吹く風は眠気を促す。それは元物体の付喪神であっても同じこと。人形の数体を眠りにつかせ、戦力を奪う。直接的な火力は低いが、敵を弱らせ味方を強化する。それが夢の戦い方。
「今のうちに畳みかけましょう」
「そうだね。行くよ!」
『妖器・インブレス』を手に渚が人形に迫る。長く使われて命が宿った雛人形達。その心故に妬み嫉んでいるのはなんたる皮肉。本来ならその心が感じるべきは、自我を目覚めさせたいのはずなのに。そのすれ違いが渚は悲しかった。これ以上悲しみを広げない為にも人形達はここで止めなくては。
最前線に立ち、仲間を癒す。それが覚者としての渚の戦闘スタイル。それは乱射事件の中で、自らの危険を顧みずに助けてくれた看護師の姿を追うかのように。仲間の傷の具合を的確に見切り、近づいて傷口に触れる。手の平から伝わる暖かい気。それが古妖から受けた傷を癒していく。
「傷は癒すからどんどん攻撃してね!」
「ん。痛かったら、ごめん、ね」
渚の声に短く答えて黄泉が頷く。無口で感情の起伏が乏しい黄泉だが、けしてコミュニケーションができないわけではない。所作こそ少ないがしっかりと仲間の言葉に反応し、そして連携を取る。古妖に謝罪の一言を告げて、自分の身長の倍ほどある斧を掲げた。小さな肉体の、どこにそれだけの力があるというのか。
おー、と気の抜けたような声をあげながら『燕潰し』を振るう黄泉。スローモーな掛け声とは裏腹に、斧は轟音をあげて回転する。『燕を斬るのが難しいなら無理やり叩き潰せば良いじゃない』……そんなコンセプトの神具は、そのコンセプトに恥じぬ破壊力を雛人形に叩きつける。手の平から伝わる確かな手ごたえ。
「大人しく、するー」
「こっちも負けてられないな、『ギュスターヴ』」
同じ斧使いとして気合が入ったのか、義高が斧にある鱗の紋様をなぞる。ギザギザの刃と爬虫類を思わせる鱗の紋様。それはワニ。獲物に食らいつき、一撃で命を奪う川辺のハンター。その魂が宿ったとされる斧だ。長年の相棒に語り掛けるように笑みを浮かべ、義高は雛人形の前に立ちふさがる。
にやりと笑みを浮かべて、斧を振り上げる義高。雛人形に凄みが通じるかはわからないが、怯んでくれれば儲けものだ。重量のある斧をしっかりと握りしめ、全身の筋肉を引き絞る。お腹に力を込めて頭の上まで斧を持ち上げ、しっかりと足を踏ん張った。斧に振り回されるほどやわな鍛え方はしていな。真っ直ぐに力を込めて、神具を振り下ろした。
「降参したけりゃいつでもいいな! お尻叩くぐらいで勘弁してやるぜ!」
「そうだよ! 貴方達を待つ声が聞こえないの!?」
戦いながら人形達を説得する結鹿。怒り心頭の人形達はその言葉にすら耳を貸さない。だがそれでも結鹿は説得を諦めない。正気に戻って、ひな壇に飾られる。それが雛人形達の至上の瞬間なのだ。だから衣装を水でぬらさないように水の術は控えていた。刃を振るい、怒れる人形達の動きをけん制していく。
『蒼龍』を構え、結鹿は精神を研ぎ澄ます。覚醒して変化した銀の髪の毛が、春風にふわりとそよいだ。風が止むと同時に地を蹴って駆ける結鹿。突きの構えのまま前に進み、雛人形に一気に迫る。その黒瞳が人形の動きをしっかりと捕らえていた。移動する人形の動き捕らえ、そこに向けて剣を突き出す。
「あなたたちを心待ちにしている子どもたちのために、今はおとなしくなさい」
「豪華に飾られる貴方達を楽しみにしている子供たちがいるんです。だから!」
イタリア人であるラーラは、ひな祭りの経験が他の人よりも少ない。赤い階段に飾られる色とりどりの人形達。ひな祭りにはかなりの憧れがあった。だからこんな形でひな祭りが悲劇に変わるのは見過ごせない。子供達の夢を守るために、ラーラは源素を練り上げる。
前世とのつながりを強化する。頭の中に展開される自分以外の存在の知識。先祖の知識とラーラ自身の経験。それらが絡み合い、新たな知恵となる。生まれる炎はラーラ自身の源素から。炎の形は前世の知識から形成したもの。細く鋭い鳥のような炎の弾丸。それは翼を広げて飛来し、暴れる古妖を打ち穿った。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
「ぐぬぅ! また私達を箱に戻すつもりだな!」
「そうはいかん! 徹底抗戦だ!」
覚者達の説得に耳を貸さず、怒りのままに叫ぶ人形達。それだけはこの中に閉じ込められて放置された恨みは強いのか。
同情する余地はあるが、かといってこの怒りのまま行動させるわけにはいかない。そうなれば今度こそ人形達は廃棄され、日の目に出なくなる。最悪の場合、人死にだって出る可能性もあるのだ。
心は痛むが手は抜けない。ここで古妖達を止めて、ひな祭りを迎えさせるのだ。
覚者達は頷き合い、戦いを続行する。
●
覚者達は雛人形の後続がやってくることを塞ぐために、あえて前衛の仕丁を一人残して戦っていた。
仕丁二人を倒したところで渚が残りの一人を押さえるようにし、前衛の義高と結鹿と黄泉が攻め、後ろからラーラの炎が飛ぶ。右大臣と左大臣はそれに抗するように弓矢を放つが、火力の差は歴然だった。一分にも満たない時間で力尽きる。
だが、男雛女雛を守る護衛の名は伊達ではない。
「くそ……!」
「狙われましたか……」
結鹿と夢が大臣達の矢で膝をつく。命数を燃やして戦線に復帰するが、傷は決して浅くはない。
「回復するから待っててね!」
渚が回復にひっきりなしになっていなければ犠牲はもっと増えていたかもしれない。だが攻撃の要はこれで潰した。
「次は五人囃子です!」
ラーラの声と共に覚者達は五人囃子に神具を向ける。
「全部倒さないで、一体だけ残してくださいね」
「男雛女雛が出てこられちゃたまらないからな」
覚者達は男雛と女雛の回復と支援能力を発揮させないために、あえて仕丁と五人囃子を一人残していた。そして男雛女雛が現れるより前に三任官女を倒し、戦況を有利に持っていこうという作戦だ。
――だがそれは、弱体効果を持つ術(?)を持つ仕丁と、覚者達の気力を削る五人囃子を戦場に残すことになる。
「あわわわ。狙われてるの、私!?」
五人囃子が主に気力を削ってくるのは、回復を行う渚だった。ラーラは慌てて渚に気力回復の術を放つが、その分攻撃の手が止まってしまう。そして――
「三人官女は後衛か……」
「前衛で、一人。中衛で、一人。ブロック、される。行く?」
「少し危険ですね。ですがやりましょう!」
前衛、中衛に雛人形を残す作戦だと、前衛の近接武器は後衛まで届かない。勿論敵陣に踏み込めば届くのだが、それは多数に囲まれることに等しい。敵陣中衛に踏み込んだ黄泉と結鹿は、三人官女の攻撃に晒されることになる。
「わっ、そこだと回復が届かない!」
更に悪いことに、渚の回復術は遠くの相手には届かない。手を伸ばしても仕丁に阻まれて、敵陣に入り込んだ覚者は回復なしで三人官女に挑むことになる。
「まだ、だよ」
「諦めません! ひな祭りを待つ子供たちが待ってるんですから!」
黄泉と結鹿が命数を削るほどの怪我を負う。神具を杖にして踏みとどまり、攻撃を続けた。
「……くそ。ここまでか!」
後衛で五人囃子を押さえていた義高が倒れ伏す。これにより五人囃子をブロックする者がなく、黄泉と結鹿が雛人形に囲まれた状態になってしまった。
「ちー、れー、つー」
気の抜けたような声をあげ、回転するように斧を振るって三人官女を一気に薙ぎ払う黄泉。それにより地面に落ちる三体の雛人形。
最後の男雛と女雛が戦場に現れる。
「後は仕丁と五人囃子を倒しましょう!」
最後の仕上げと声をあげて、覚者達は残しておいた仕丁と五人囃子の一体ずつに集中砲火を始める。全体強化を持つ男雛だが、その対象が少なければ効果は十全には発揮できない。
だが、覚者側も十全とはいいがたい。夢は状況操作に長けてはいるが、火力的には乏しい。攻撃手の黄泉と結鹿は敵陣に囲まれた状態だ。火力の高い術式を持つラーラは、時折渚の気力回復に回らざるを得ない。
「仕丁を倒せば味方前衛と合流はできます!」
「りょー、かーい」
敵前衛の仕丁に火力を集中させる覚者。女雛の回復が厄介だが、総合火力では覚者が勝っていた。ラーラの炎が仕丁を穿ち、戦闘不能に追い込む。だが、
「ごめんなさい……」
「後は……任せます」
古妖の攻撃を何とか耐えていた結鹿と夢が、限界とばかりに倒れ伏す。
「超ー、黄泉ー……クラーッシュ!」
黄泉の一撃が最後の五人囃子を倒す。こうなれば戦いの趨勢はほぼ決まった。他者強化と回復を主に行うお内裏様の二人に、三人の覚者を倒しきるだけの火力はない。
「貴方達を待っている子供達がいるんです。貴方達の自我が生まれたのは、その愛を感じる為なんです!」
呪を紡ぎながら、ラーラが声を大にして叫ぶ。地面に光る魔法陣から炎でできた真紅の子猫を呼び出す。猫は静かに男雛女雛に向かって跳び、一声鳴いて通り過ぎる。
「さあ、ひな祭りを楽しみましょう。お内裏様。お戯れはここまでです」
その一瞬後、燃え上がるお内裏様。真紅の子猫はいつの間にか空気に溶けるように消えていた。
●
「何と……お恥ずかしい限りだ」
戦闘終了後、雛人形達は覚者の話を聞いて詫びるように告げる。
「皆様には迷惑をかけました。どう詫びればいいのやら……」
「ああ、それだったら――」
「七段雛ですか。確かに飾り付けは大変そうですね」
「なに、体力仕事なら任せておけ。この身体だからな」
「ん」
雛人形の赤い階段を珍しそうに見るラーラに、腕まくりをする義高と黄泉。
「私はお菓子を作ってますね。菱餅と雛あられ」
結鹿が江川家の台所を使ってひな祭り用のお菓子を作っていた。元々子供達を呼ぶ予定だったこともあり、ある程度は用意済みだ。
覚者達は雛人形達に『だったらひな祭りをしましょう』と提案した。
覚者達は江川家の人達に事情を説明する。長年使って居た雛人形が命を得て、その為寂しい思いをさせていたのだ、と。彼らはひな祭りに飾られさえすれば無害の為、毎年ひな祭りを行ってほしい。
江川家はこれを快諾し、ひな祭りを楽しんだ家族達は当時を懐かしむように人形達と語り合っている。九十九年思われた人形ゆえに、その思い出も豊富だった。
人形も人間も、相手を憎む部分はない。行き違いをほぐせば、和解は容易だった。
「ところで飾りつけですが、どうするのでしょう?」
「お内裏様は一番上として……」
「関東と関西では微妙に違うみたいですが」
夢が思い出すように説明を開始する。
六段目と七段目には御所車、重箱、籠を置く。これらに決まった配置はないため、バランスよく置いていくのがいいようだ。
五段目は仕丁。三人並んで道具の世話を擦る係だ。関東では傘を、関西では掃除道具を持たせる。
四段目には右大臣左大臣。大臣の間に御膳と菱台を配置する。向かって右側に髭が生えた左大臣。左側に右大臣。これはお内裏様から見ての左と右という事だ。
三段目には五人囃子。一番左から三つに太鼓を並べ、笛、謡の順番である。よく見れば太鼓も微妙に形が異なっていた。
二段目には三人官女。それぞれの間に高杯とその上に桜餅を置く。左右の官女は、それぞれ外側の足を前に出しているように配置する。
そして一番上にはお内裏様。関東では向かって右側に女雛で左側に男雛。関西では逆に右側に男雛で左側に女雛である。お内裏様の外側にぼんぼりを置き、完成である。
「できました!」
「じゃあ子供達を呼んできましょう」
「お菓子もできましたよ」
準備が整い、保育園児たちを呼び寄せる。楽しそうな声で雛人形を見て叫び、感動の声をあげる。
「ありがとうございます。命を助けてもらったばかりか、ひな祭りの準備まで」
「いいってことよ。俺も娘を持つ親だ、子どもたちの無事な成長を願ってやまないのさ」
礼を言う江川かなめ。その礼を受けて、義高が腕を組んで頷いた。その視線の先には元気に騒ぐ子供達。
この笑顔こそが覚者達が守った最大の報酬だった。
さて、余談だが。
九十九年愛された人形達から、とある技法を教えてもらった。
『人形から力を引き出す術』
早速それをFiVEに持ち帰り、神具に応用することに成功する――
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
どくどくです。
人形遊び(物理)。
わがままで勘違いな雛人形相手にお疲れさまでした。
それでも優しさを失わない覚者達に少しばかりの贈り物を。
皆様の桃の節句は如何だったでしょうか?
現実では既に過ぎてしまいましたが、楽しい一日だったのなら幸いです。
それではまた五麟市で。
人形遊び(物理)。
わがままで勘違いな雛人形相手にお疲れさまでした。
それでも優しさを失わない覚者達に少しばかりの贈り物を。
皆様の桃の節句は如何だったでしょうか?
現実では既に過ぎてしまいましたが、楽しい一日だったのなら幸いです。
それではまた五麟市で。
