白銀を纏う樹
白銀を纏う樹


「ここんとこ暖かくなってきたし、もうそろそろ花見の準備でもするかねぇ」
「んだなぁ。桜も咲いてきたし……なぁ、ありゃあなんだべ?」
 鮮やかな緑の絨毯に覆われた丘。
 散歩中の老人がふたり。
 少しの花をつけた、いくつかの桜の樹。
 その中に、真っ白な樹がひとつ。
 といっても、樹そのものが白いのではない。
「あいや、凍ってらのか」
 白銀の氷に覆われ、ところどころ、雪の結晶が見える。
「雪なんていつの間に降ったべか?」
 様子を見ようと近づいて、幹に手を伸ばせば、
「っ――!」
 老人は瞬く間に氷漬けになってしまった。
「ひぃぃ、おっかねぇ、おっかねぇ!」
 老人が逃げ去った後、『氷の樹』からひょこりと小さな影が顔を出した。

「――って夢を見たんだ。この樹は元々普通の桜だったんだけど、妖の巣にされて、凍っちまってる。触るだけで氷漬けなんて、とんでもないぜ……」
 最後は顔を引きつらせて、『夢見』の久方相馬が覚者たちに説明する。
 この『氷の樹』がここまで育ってしまう前に、原因となっている妖を倒してほしいのだと言う。
「敵は『氷の樹』に棲み付いた、ちっちゃいサルみたいな妖が3体。幹に穴掘ったりして生活してるみたいだ」
 妖は巣を守るため、『氷の樹』を使って応戦してくる。
 妖を倒せば樹は元に戻るようだ。
「凍っちまってる桜は、元に戻ってもちゃんと花が咲くかわからない。でも、被害が出る前に、戻してやらねぇとな!」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:はやみあきら
■成功条件
1.妖3体の討伐
2.なし
3.なし
初めまして。お久しぶりです。
まだ花見には少し早いですが、よろしくお願いします。


●現場情報
夢見に出てきた丘です。
桜の樹が点在していますが、それぞれ十分に距離があり、戦闘に支障はありません。
周囲に雪はなく、足場も安定しています。
日中の作戦となり、明かりの心配も不要です。

●敵情報
妖(3体):ランク2。それほど強くないですが、攻撃を当てづらいです。
 氷の雨…『氷の樹』の枝を揺すり、針状の氷を落とします。(敵全+凍傷)
 氷弾…巣穴に溜めこんだ冷凍木の実を投げつけます。(遠単)

※『氷の樹』
討伐対象外です。妖を倒さない限り、樹全体を覆う氷は剥がれません。
また、この氷は非常に頑丈で、樹を切り倒す等の行為はできません。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2017年03月17日

■メイン参加者 6人■


●氷の樹
 蕾が付き始めた桜の樹が点在する鮮やかな緑の丘に、覚者たちはやってきた。
 空は晴れ、暖かな陽が降り注ぐ。
 問題の『氷の樹』は、まだ薄いとはいえ、全体を氷に覆われていた。
 よく見れば、氷の中に雪の結晶のようなものが見える。
 周辺に雪はなく、樹の周辺だけ僅かに冷気が漂っていた。
「最近、やっと寒さが和らいできたなと思っているのですが、ここだけ冬のままですね」
『スピードスター』柳 燐花(CL2000695)が呟く。
「氷付けの桜ですか……。幻想的な光景と言えなくもないですが……」
「これは興味深いわね」
『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)の言葉に三島 椿(CL2000061)が被せる。
 氷の樹も悪くないけれど、やっぱり満開の桜が見たいと2人は言う。
「手早く済ませるとしよう」
「任務了解」
 花見には興味はないという『雷麒麟』天明 両慈(CL2000603)と赤坂・仁(CL2000426)が、早速仕事を始めようと事前に決めてあった配置に着く。
 他のメンバーもそれに続いた。

●当たらなければ
 覚者たちは、妖がどの方向へ行っても対応できるよう、樹を囲むように円形に並んだ。
 広がって配置した味方全体をカバーできるよう、回復担当の両慈と椿は向かい合う位置に。
「来ます!」
 賀茂 たまき(CL2000994)の超視力が妖の動きを捉えた。
 いつの間に登ったのか、1匹の妖が高い枝から覚者たちを見下ろしていた。
 が、妖が攻撃を仕掛けるより先に、『スピードスター』が駆ける。
「先手必勝……とはこういう時に使う言葉でしょうか?」
 以前依頼で取得したスキル、激鱗。
 速度を乗せた強力な一撃で敵を切り裂く技だが、それ故に消耗も大きい。
 当てておきたいところではあるが、妖も早かった。
 激鱗が妖を捉える直前、妖は軽やかな身のこなしでするりと枝を伝い、すり抜けた。
 標的を失った刃は凍った枝にぶつかり、氷を抉る。
 燐花は抉られた氷が瞬く間に修復する様子を見ながら、少し太い枝を蹴り、宙を舞って軽やかに元の場所へ着地した。
「これは確かに、丈夫な氷ですね。樹を傷つける心配がないのは、有難いですけれど」
 激鱗を躱した妖は、お返しと言わんばかりに、枝を勢いよく揺らす。
 覚者たちを頭上から襲う氷の雨に紛れて、凍った木の実が仁を打つ。
 いつの間にか顔を出していた別の個体が投げた物だ。
 3匹はそれぞれ小柄だったり、筋肉質だったり、まん丸に太っていたりと、見分けに困ることはない外見をしていた。
「一番小さな妖が、体力が低いみたいです。動きが素早いので、最も当てづらい個体かもしれません。何度か試してみましょうか」
 妖の情報を探っていたラーラが考えながら、仲間へ指示を出す。
 彼女が見るに、妖たちのステータスには差があるようだった。
 覚者たちは各個撃破を狙い、損傷の大きな妖から優先的に攻撃する作戦をとることにしていた。
 体力の減った対象がいないため、元々体力の低い妖を狙うのは至極真っ当である。
 が、思っていた以上に攻撃が当たらず、苦戦を強いられることとなる。
「攻撃を当てづらいとは聞いていたけれど、ここまで当たらないなんて……」
「厄介ですね……」
 困ったような椿に、たまきが同意する。
 3匹が同時に巣穴へ入ることはなく、巣穴の中、枝の上、幹を代わる代わる行き来していた。
 ときには氷の雨を連続で受けることもあり、特殊耐性の低い仁を両慈が庇う場面もあった。
 幸い、さほど頭のいい妖ではないため、単体への集中攻撃をされることはなかった。
 両慈と椿は、全体の体力が減れば潤しの雨を、凍傷にかかった仲間がいれば深想水を使用して、仲間たちのコンディションを保っていく。
 回復役が2人いることもあり、危機的状況とまではいかずに済んでいるが、長引くのは危険だろう。
 突然、樹を見上げていた燐花が地を蹴った。幹を蹴り、跳び上がる。それから枝を蹴って、定位置へと戻る。
 妖には当たっていないが、構わない。
 燐花の動きに混乱したのか、それまである程度規則的に動いていた妖たちのリズムが崩れた。
 たまきは超視力で妖たちの動きを観察し、2匹の妖が枝に登ったタイミングに合わせて、無頼漢を放つ。
 小さな妖には避けられてしまったが、動きのそれほど早くない、太った妖には効いているようだった。
「当たりましたね……。標的を変更しましょう。丸い妖を優先的に攻撃してください。体力はやや多いですが、攻撃は当てやすいはずです」
「対象変更、了解」
 標的変更を伝えるラーラの指示に返事をしながら、掌に気を集める仁。
 それを新しい対象、まん丸に太った妖へ向けて放つ。
 攻撃が命中すると、妖はキーッと甲高い声を上げ、確実にダメージを与えているらしいことを伝えてくれる。

●反撃
 覚者たちは丸い妖へ攻撃を畳み掛ける。
 今は回復しなくても大丈夫と判断し、当たるのならと、椿はエアブリットで止めを刺す。
 圧縮された空気に撃ち抜かれ、やはり甲高い声を上げて、丸い妖は消滅した。
 防御と体力が高い個体で、攻撃力は微々たるものだが、ダメージはないに越したことはない。
 倒せる対象から倒していくのが得策だろう。
「あと2体か……」
 両慈がやれやれと溜め息を吐き、構え直す。
「小さいほうは当たらないので後にして、攻撃力のある個体を先に倒す、のでどうでしょう?」
 ラーラの問いに全員が頷き、次の標的が決まった。
 狙うは筋肉質な妖。
 今度は両慈が攻撃を仕掛ける。
 空中に稲光が走り、獣の形を成す。
 樹を覆っている氷に反射し、更に幻想的な空間を生み出していた。
 雷の獣が妖に噛みつくと、妖は慌てて巣穴へと逃げて行く。
 巣穴に入らせまいと、たまきが隆神槍を仕掛ける。
 隆起した地面に貫かれ、妖は消滅した。
「攻撃力がちょっと高いだけで、弱かったのね……?」
 あっさりと倒れる妖を見て、拍子抜けしたように椿が言う。
「あの子はもっと弱いと思うのです。当たりさえすれば倒せそうな気がします」
 ラーラが最後の1匹を見て言った。
 攻撃力もそれほど高いわけでなく、防御もそれほど高いわけでない。
 体力は驚くほど低く、速度と回避が驚くほど高い個体だった。
 ほかの2匹を倒したことで、覚醒たちの受けるダメージは格段に減り、集中して攻撃に臨むことができるようになった。
 覚者たちが集中している間も、当然妖はチャンスとばかりに攻撃してくる。
 氷の雨が降るときには両慈が仁を庇い、回復の必要が生じれば椿が対応する。
 ほかの4人は、自身へな強化スキルや集中をして、攻撃に備えていた。
「貴方達に恨みとかそういうものはありません……が、ずっとこの樹だけ冬のままと言う訳にはいかないですからね。……すみません」
 燐花の言葉を合図にするかのように、覚者たちの猛攻が開始される。
 燐花が枝から覚者たちを見下ろす妖に向かって跳び上がり、両手の短刀を振るう。
 それを回避した妖の逃げる先、両サイドから挟むように椿のエアブリットと両慈の雷獣が交差する。
それもギリギリで避けた妖は、幹を走る。
 仁が狙いをつけて弾丸を放つと、身を翻して巣穴へと向かう。
 超視力を活用してタイミングを合わせ、たまきが地面を隆起させ、巣穴への逃亡を阻止する。
 こちらも超視力を駆使して、ラーラが火焔連弾を放つ。
 ふたつの火の玉を、位置をずらして撃つ。
 そのふたつ目が、本命だった。
 覚者たちの怒濤の連携攻撃に翻弄され、ついに避けきれず被弾してしまった妖は、今までの苦戦が嘘のように、あっさりと消滅した。
「任務完了」
 仁が汚れてしまったスーツを叩きながら言う。
「みんなお疲れ様ね」
 戦闘を終えて、ひとまず回復をと椿が潤しの雨を降らせる。

●風花
 ぴき、ぱきぱき。
 妖を倒したことで、桜を覆っていた氷が変質していく。
 幹の部分はひび割れて剥がれ落ち、水となって地面に吸い込まれる。
 枝の部分は氷から雪へ。
「うわぁ……!」
 それはまるで、真っ白な花を咲かせたようで、ラーラは感嘆の声を漏らした。
 鮮やかな緑の丘を、まだ少し冷たい風が駆け抜ける。
「ん……冷えるな。大丈夫か?」
 両慈が言いながら、燐花の頭へ手を伸ばし、撫でる。
 燐花は答えなかったが、耳がぴくりと跳ね、尻尾がゆったりと揺れていた。
 その頭上で、風に撫でられた樹がざわざわと音を立て、揺れる。
 ふわり。
 風に乗って、空へと舞い上がる雪。
 きらり。
 それは陽の光を受けて輝く。
 ひらり。
 白い花びらのように、儚く散り、融けて、消えた。
 ほんの数分の出来事だった。
 覚者たちはこれを見届け、氷のなくなった樹を見上げた。
「あ……蕾が、ありますね」
「立ち入りの制限を……と思ったけれど、必要なさそうね」
 氷で隠れていた蕾を見つけ、凍っていた桜が生きていることが確認できて、嬉しそうに頬を緩めるたまき。
 その様子を見て、椿が微笑む。
 そして覚者たちは願いを胸に、帰路についた。
 春には桜色の花が咲きますようにと。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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