あなたは妖と戦うことが出来る覚者なんだね!
あなたは妖と戦うことが出来る覚者なんだね!



 会社員柴田は夜の風が厳しい中、急ぎ足で駅を目指していた。
 今ならまだ、終電に間に合う。この薄給でタクシーに頼りたくはないし、どこかで夜を明かすのもごめんだ。せめて、家の布団で眠りたい。そこが万年床であったとしても。
(にしても、なんのために働いているんだろうな)
 昨日も終電、今日も終電。どうせ明日も終電だろう。
 会社に行けば口うるさい上司に朝から晩まで叱られ通しだ。残業の間、何も言われないのは救いかもしれないが、別にそういうのを求めているわけではない。ついでに言うなら、残業代が出るわけでもないし。
 そんなことを思いながら、歩いていると廃ビルの前に差し掛かった。人通りが少ないが、こちらが近道なのだ。
「ん? 何の音だ?」
 柴田はふと、廃ビルの中から音がしたような気がして振り向く。無視してしまうのがどう考えたって一番なのだが、この日ばかりは何故か気になってしまった。どこかでこの日常からの脱却を願っていたからどうか。
 だとしたのなら、その願いは最悪の形で叶ってしまうことになる。
「コノクズメナニアイツキニイラナイナンデアンナヤツガコロシテヤルバカジャナイノクダラナイイイトシシテナニヤッテルンダカチカヨラナイデホシイウットウシイナァクサクナイシネバイイノニウザイ」
「う、うわぁぁぁぁ!?」
 そこから姿を見せたのは圧倒的な負の想念だった。
 軽蔑、嘲笑、嫉妬、倦厭、憎悪、唾棄、不快感、憤懣、敵意、敵対心、鬱憤。
 他者への悪感情が、文字通り形を持って現れた。もちろん、そんなものが自然と形を持つはずもない。これは妖と呼ばれる立派な災厄だ。
 しかし、襲われた柴田にそれを判別する時間は無かった。妖の牙は彼に逃げる暇も与えず、その命を刈り取ってしまったからだ。


「はーろろん♪ みんな、今日は集まってくれてありがとー!」
 集まった覚者達に元気に挨拶をするのは、『イエロー系女子』大岩・麦(nCL2000116)。そして、全員そろったことを確認すると、彼女は発生した事件の説明を始めた。
「うん、危険な妖が現れたの。みんなの力を貸して!」
 麦の渡してきた資料には、巨大な生首のような不気味な姿が描かれていた。しかも、そこかしこに負の感情に歪んだ人の顔が浮かんでおり、控えめに言って気持ち悪い。
「出てきたのは心霊系の妖、ランクは2だよ。結構強いやつみたい」
 この妖は人の想念が形になったもの。いわゆる負の念というものの塊のような存在だ。そのためか、無数に浮かぶ口から、口々に他者に対して否定的な言葉をつぶやいているという。
 ランク2にしては強力な部類に属するし、数もいる。相応に苦戦を強いられそうなところである。
 覚者達がそんなことを考えていると、麦がにこっと笑って口を開く。
「うん、結構大変な相手だよね。でも、対策もあるから安心して」
 先述の通り、この妖は手ごわい相手だ。だが、麦が言うには存在に由来する負の念の逆である、ポジティブなものに対しては極端に影響を受けやすいのだという。
「だから、一緒に戦ってるみんなに向かって『すごーい!』とか『たーのしー!』みたいな声を掛けてると、動きが鈍ったり攻撃力が落ちたりするみたい」
 どんな状況であれば戦闘中に「楽しい」と言えるのかは謎だが、つまりはそういうことだ。
 自分独り言のように呟いていても効果は薄い。他者に対してポジティブな発言を行う姿を見せることで妖は弱体化する。
 それがこの妖に対する有効な対抗手段ということだ。
 幸い、と言うか戦場となるのは廃ビルで周辺に人もいない。戦いに集中することが出来るだろう。
 説明を終えると、麦は覚者達を元気良く送り出す。
「無事に帰って来てね? みんなのこと信じているから!」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:KSK
■成功条件
1.アクイ3匹の討伐
2.被害を最小限にする
3.なし
皆さん、こんばんは。
流行に乗り遅れた感のある、KSK(けー・えす・けー)です。
今回は妖と戦っていただきます。ネタ色あり。
たーのしー!

●戦場
 とある廃ビルになります。
 時刻は夜です。
 明かりはないので準備が必要です。足場などに問題はありません。
 付近に人の気配はありませんが、時間をかけると物音を聞きつけてやってくる可能性もあるでしょう。

●妖
 ・アクイ
  心霊系の妖でランクは2。無数の顔が浮かび上がった人間大の生首のような姿をしています。物理攻撃はダメージが半減します。2体が前列、1体が中列にいます。
  能力は下記。
  1.悪意の奔流 特近単貫3[100%,50%,25% 虚弱、怒り
  2.悪意の束縛 特遠単 致命

●特殊ルール
 アクイは付近で他者に対するポジティブな言葉が発せられると、力が弱まります。プレイングで他のPCをほめる発言を行ってください。すると、妖にランダムで弱体系・鈍化系・重力系のBSが発生します。発生率はプレイングの質次第なので、沢山書くよりも相手を絞った方がいいでしょう。同じBSが重複した場合、ランクが上位のものが発生します。この弱点によって発生したBSは解除されません。
 なお、妖に対して煽るような発言を行っても強化されるようなことは無いのでご安心ください。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/8
公開日
2017年03月15日

■メイン参加者 6人■

『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)
『聖夜のパティシエール』
菊坂 結鹿(CL2000432)
『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)


 薄暗い廃ビル。
 怪異が現れるのにはうってつけの場所だ。
 もしそこに、6人の年若い少年少女たちの姿があったのなら、それはホラー映画にありがちな光景と言えるかもしれない。
 だけど、この物語にホラー映画じみたバッドエンドは似合わない。
 この場に集まったのは、力を持った覚者達なのだから。
「見た目ということでなく、性質が気持ちの良くない相手です」
 最初に妖の姿を発見したのは『プロ級ショコラティエール』菊坂・結鹿(CL2000432)だった。
 なるほど、見れば確かに負の念の集合体といった印象を受ける。嫌悪感を受けるのも当然の話。これは明らかに人間たちと相容れることの出来ない類の存在である。
 それだけに手加減出来ない相手、倒さなくてはいけない相手だ。
「他者への拒否、世界を拒むことの弱さを思い知らせてやります」
「そうですね。それではまず、結界を構築します」
 『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は結鹿の言葉に頷くと、近くに人の入ってこないよう結界を張る。これでよほどの目的意識を持っているものしかやって来ることは無い。
 一応、夢見が予知した被害者がやって来るような時間でないことは確認の上。そもそも本来人が入ってくるような場所ではない。だが、万が一もあってはいけない。ラーラは根が生真面目なのだ。
(それにしても、こんな所にあんな姿の妖が出なくてもいいのに……)
 内心ラーラは思う。
 魔女のようなことをやってはいるが、実のところ怖いもの、特にお化けは苦手だ。ここの雰囲気も相まって、浮かんでいる妖は必要以上に彼女の心に恐怖を与える。
 そんな雰囲気を感じ取ったのか、『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は明るくふるまって見せる。
「テンション上げて皆を褒めまくればいいんだね!」
 たしかに、奏空の言葉は正鵠を得ていた。
 夢見の予知の内容を簡単にまとめると、そういうことになる。専門家の御崎とかならもっと細かい理屈の説明もしただろうが、現場の覚者にしてみればそれで十分だ。
「俺的には速さが自慢だから、敵の攻撃を回避する様を褒めて貰えたら嬉しいかな。じゃ、いこっか」
 軽く言い放つと、颯爽と奏空は妖達の元へと切り込んでいく。走りながら覚醒すると、灰色の髪は鮮やかな金髪へと変わっていく。自分で言うだけあって、その速度はましらのごとくだ。
 奏空の言葉が合図となって、戦いは始まる。
「うわー、やっぱ素早さと術式攻撃では奏空くんに敵わないや。すっごーい! 僕も追撃していくから、一緒に頑張ろうね!」
 『sylvatica』御影・きせき(CL2001110)も明るく声を上げて、奏空に続く。
 刃紋の揺らめく妖刀を手に、きせきは妖との距離を詰める。
 そして、一閃。
 高速の連撃が、妖の体を切り裂いていく。たしかに、命中の直前に相手の動きが鈍ったような感覚はあった。
「ポジティブな言葉で弱るなんて、変な妖さんだねー。でも、信頼できる仲間を褒めるのなんてすごく簡単だもんね。みんな、頑張ろうね!」
「ここはミラノのおーえんりょくがやくにたつときっ。ちょうみらくるすーぱーさぽーたーのミラノけんざんっ」
 きらーんと目を光らせて、ククル・ミラノ(CL2001142)はポーズを決める。
 猫の耳をぴんと立てて、応援はばっちりだ。
「わー、すごく気持ちが落ち着くよ!すごーい!」
 きせきも早速、ミラノにVサインを送る。
 それを受けて笑顔になり、声援を返した。これはただの応援ではない。ミラノ・オリジナルの「おーえん!」だ。普通の応援にはない、「超応援力」がある!
「ククルさんの応援ってすげー力になるっ! ありがとな!」
 『白き光のヒーロー』成瀬・翔(CL2000063)も軽くお礼を述べると、覚醒して長身の陰陽師へと姿を変える。
「さって、こういうネガティブな妖って取り憑かれると厄介だよな。とっとと退治してしまおうぜ!」
 妖とは真逆の明るい声で叫ぶと、現れた雷が妖達へと襲い掛かる。
 別に翔本人としては特別なことをやっているつもりはない。あえて言うのなら、いつも思っていることをきちんと口にしているだけのことだ。だからこそ、その力は強い。
 言葉というのは不思議なものだ。
 ポジティブな言葉は、口にすると自分に力となって戻って来る。
「お前らのネガティブ発言なんかに負けねーぞ! なんたって、こっちの仲間はみんな強いんだからな!!」
 その力こそが、悪意から生まれた妖にとっては武器となるのかもしれない。


 妖達は負の念をエネルギーとして叩きつけてくるというもの。心弱い人間であれば、物理的にも精神的にも押しつぶされてしまうことは想像に難くない。
 しかし、現場で相対する覚者達はそんな代物と戦いながら、弱音1つ吐こうとしない。それどころか、そこからはどこかスポーツの試合でも行っているかのような爽やかさすら感じられた。
「守ってくださってありがとうございます。とっても頼もしいです。私が精一杯攻撃に集中できるのも、皆さんが体を張ってくださるおかげなんです」
 中衛に位置して庇ってもらいつつ、ラーラは魔法陣を展開する。
 そこから流転する紅の炎が現れて、妖へと襲い掛かった。
「ラーラさん、今の攻撃効いてます!」
「いつも凄い火力で驚かされるよね」
「ラーラさんの術の威力はいつ見てもすげーな!」
 普段わざわざ口にすることはないが、そうやって応援しあうことで互いの力になる。そうなると、ラーラも落ち着いて、対する妖を見ることが出来た。
(負の感情は時に強い意思の裏返しだと聞いたことがあります。今は悪意でも、いつか正の感情に生まれ変われるといいですね)
 考えてみれば相手も哀れな存在なのだ。そう思うと、気力も湧いてくるというものだ。
 そうして、勢いづいた覚者というものはそう簡単に止まるものではない。妖が再びエネルギーを放つと、それをかいくぐりながらきせきは笑う。
「うわー、なにそれなにそれ! いいなー、貫通攻撃かっこいいなー。こんなに攻略しがいのある敵さんなんて滅多にいないよ! すっごーい! たーのしー!」
 みんなと作戦を立てて、強敵に挑むのを楽しんでいるからこその笑顔だ。このような形で「たーのしー」と言うとは、お釈迦さまも読めはするまい。
 連携して戦う奏空も、戦いの中にあって珍しく明るい表情だ。
「うん、俺は戦う事は好きじゃないけど、こうして仲間同士で信頼し合って行う連携プレイは楽しい」
 笑みを交わす少年たち。
 ネガティブな感情は誰にだってあるものだ。だけど、奏空はそのことに寂しさを覚える。
 誰だって認められたいし、褒められたい。
 そして、時には慰めてもらいたい。
 そんな感情の表れだ。だから、歓びを届けることで妖の心が満たされていくのだと、奏空は信じる。
 この妖はきっと、今まで頑張って、そして報われず行き場を失い凝り固まった想い達だろうから。
「お疲れ様……もう大丈夫だよ。俺達が浄化してあげるよ。きせき、行こう!」
「任せて、奏空くん! 捕縛蔓で縛っちゃえ!」
 大地から現れた蔦が妖を縛り上げ、動きを封じたところに雷が落ちる。
 きせきと奏空のコンビネーションが決まり、妖はそのまま消滅していく。
「協力して戦うのって、すっごく楽しいね!!」
「今の鋭い一撃、さすが奏空くんねっ!」
「奏空ときせきさん、中学生の2人、連携してて格好いいよなー。オレも今度、相棒とやってみようかな!」
 結鹿はクラスメイトのコンビネーションに素直な勝算を送り、翔はどこかうらやまし気に見ている。
 そして、結鹿は改めて負けてはいられないと自分に発破をかけた。
「及ばないかもしれませんが、わたしも負けられません」
 善女龍王の刻まれた太刀を半身に構える結鹿。
 すると、その手元に鋭利な氷柱が現れる。
「仲間を、世界を拒むあなたには、わたしたちの絆が放つ力は感じられないでしょうね」
 結鹿が氷柱を撃ち出すと、妖達を貫いていく。
 次第に弱っていく妖達。それを見て、一気に決めろとばかりに、ミラノは声を張り上げる。
 妖の攻撃は覚者達の攻撃を阻むべく力を奪うものだ。相対するものが平常心を保つことは難しい。
 実際のところ、弱めたうえであっても妖が危険な相手であることに変わりはない。窮鼠猫を噛むの表現もあるように、追い詰められた妖の放った一撃は優勢にあった覚者達の心も惑わす必殺の威力を秘めていた。
 だが、ミラノの応援はそんな覚者達を、明るい気持ちにさせてくれる。
 この哀れな妖に救いを与えるため、戦う活力を与えてくれる。
「よ~~~~しっ、みんなふぁいとだよっ」
 ミラノ本人の怪我も軽くはないが、それでも応援を止める理由にはならない。
 応援を受けて、翔の心も軽くなる。こういう戦いは、彼のまだ短い人生においても中々経験にないものだった。いや、普段慣れ親しんでいるテレビのヒーロー達のような戦いだ。サッカーの試合をやっているときのような感覚だ。
 だから思わず、相手の妖にも呼び掛けてしまう。
「なあ、そこの妖! お前らもそんなネガティブ思考捨てようぜ。前向きになって成仏した方が絶対に楽しいって!」
 翔がカクセイパッドを操作すると、電子音と共に立体連想陰陽陣が発動する。
 そこで、一瞬首を傾げた。
「ん? 成仏じゃなくて浄化かな?」
 悩んでいる間にもエネルギーは蓄積されていく。
 そして、翔は言葉と共にそれを撃ち出す。
「ま、どっちでもいいか、楽しけりゃな!」
 光を放ち波動が妖を貫いていく。その光に包まれ、1体が消滅する。残る1体もその姿が薄れてきており、弱ってきていることは目に見えて分かる。
 妖も最後の抵抗を行おうとするが、それよりも先にラーラと結鹿が動く。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
「ラーラさんの攻撃に続きます! いっけぇ~~~っ!」
 炎と氷、相反する2つの力が妖に向かっていく。
 だが、それは互いを否定したりしない。同じ目的に向かって、突き進んでいく。
 そして、その一撃がとどめとなって、最後に残った妖も消滅するのだった。


 戦いが終わって、妖の討伐が終わったことを確認する覚者達。
 どうやら、これ以上の妖は存在しないようだ。たしかに破壊の痕跡も残っているが、許容範囲と言うものだろう。
「今日踏み出した一歩が、今度は負からへの脱出に繋がる事を願うよ」
 ここに凝った負の念が、いずれ巡り巡って良い道を拓くことを奏空は祈る。ネガティブなものが、ただ人の歩みを止めるだけのものなら、それは悲し過ぎることだから。
 結鹿も、そっと流れた一筋の涙を拭って、戦いの場を立ち去る。
(あなたがもし、愛をもって繋がりを求めるのなら、わたしはいつでも手を差し伸べます。いつでも……)
 妖となった思念は、救いを求めていたのかもしれない。だからこそ、互いを支えあおうとする意志の前で、その力を弱めた。
 だから、救いを求める声のある限り、覚者達は手を伸ばす。
 その手が繋がることで、いつか人々が繋がっていくと信じて。


■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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