【闇色の羊】愚者の宴
●
「なんだよ、あんた達?」
自宅のドアを閉めて鍵をかけた詰襟姿の少年は、まるで自分を待ち伏せていたかのような男2人に警戒の色を滲ませる。
「俺、学校遅刻したくないんだけど」
「いやなに。お前の恨みに惹きつけられてね」
「は?」
緋色の瞳に見つめられて、少年は一瞬引き返すような素振りを見せた。
けれど踏み留まり、「意味、わかんねぇ」と口籠るように言うと、腕時計を見ながら足を踏み出した。
「悪いけど、これ以上難癖つけてくるなら、ケーサツ呼ぶから」
少年の言葉にフンと笑って道をあけた青年の隣。今まで黙っていた司祭姿の男が「なぜ」と呟いた。
「なぜ、今日は鍵をかけたんですか?」
――ピタリ、と。
少年が足を止める。
驚きと怒りが混じった瞳で、黒翼の司祭を見返した。
「いつもお婆様が家にいらっしゃるから、鍵はかけないでしょう? 今日はなぜ――」
「……さっきも言ったけど。これ以上しつこくするならケーサツ呼ぶけど?」
少年の言葉に、ククッと緋い瞳の青年が肩を揺らす。
「学校に行くのはいい。ガキは勉強するのが仕事だからな。――『行きたい理由』が、それならだが」
全てを見透かすような瞳に、少年は動けず緋色を見返した。
「まあ、後悔のないようにな」
さあ行け、と言うように背を押した青年を、振り返る。
「……あんた等、親友同士?」
探る瞳に、青年は「いいや」と肩を竦めた。
「俺には一応、別に親友がいる」
そう、と呟いた少年は、真っ直ぐ青年を見上げる。
「親友がもし――裏切ったら。許せないよな? それはきっと、家族に裏切られる以上に……。『何を犠牲に』しても、思い知らせてやりたいよな?」
微笑を浮かべただけの青年の隣で、司祭が口を開いた。
「親友の為の『裏切り』も、あるでしょう。親友やその家族を護る為に、あえて裏切りと親友に思わせる事だって」
「……悪いけど。あいつのはそんなのとは違う、只のお喋りだから」
ギリッと歯を食いしばり、「邪魔、しないでよ」と低い声を絞り出した。
言葉とは裏腹の、泣きそうな顔。その少年の額に青年が一瞬手を置いて、髪をクシャリと混ぜた。
「とにかく。後悔はするな、如月晶。どんな結果になってもだ」
歩き出した晶の背を見送った青年に、司祭が小さく問う。
「行かせていいんですか」
「なあ癒雫。お前も確かめたいだろう?」
そういって向きを変えると、青年は晶が締めたドアを擦り抜けた。
中から鍵を開けて、癒雫を中に入れる。
「やはり……」
眠るように横たわる老婆は、被る布団を緋色に染めていた。
膝を折り、祈りを捧げる癒雫に、「あいつを愚かだと思うか?」と青年が問う。
いいえ、と返し、司祭が立ち上がった。
「愚かなのは私。私は、気付かなくてはいけなかった。数日間彼を見張る中で、知っていたのに……。発現した事が原因の、祖母のよそよそしい態度に彼が傷付かない筈はないのに……」
「発現はあいつに、力だけではなく孤独も与えた。姿は発現前と変わっていないのに、学校の他の生徒達にもバレてるようだしな」
「……聖羅、あなたが彼の記憶を『浄化』してあげれば」
癒雫の言葉に、「聖羅」と呼ばれた青年はハッと笑いを零す。
「あいつの1番強く望む『忘れたい記憶』を消しても、祖母へと向けた怒りの本当の理由を忘れて、殺した記憶だけが残る……。そんな事にもなり兼ねないぞ。あいつの消したい記憶は他にある。その証拠に」
部屋にある鏡へと青年が手を翳すと、しばらくして晶の顔が浮かびあがった。
「ほらな。祖母を殺しても、あいつの恨みは薄らいでいない。真の恨みの相手は、別にいる」
「恨みを晴らして、彼のその先に何が――」
「あいつの望みは、きっとな」
そこで言葉をきって、射貫くように癒雫を見つめる。
「お前が奥底で抱いている望みと一緒だ。お前が己には望んでいるクセに、他人にはしてやれない事と」
驚き青年を見返した司祭が、そっと視線を逸らした。
「何の、事を言っているのか解りませんよ……」
「ハッ。――まあ兎に角。あいつを止めたいんなら、俺じゃなく『友人』達に頼むんだな」
ニヤリ笑った青年に、司祭が探る瞳を向ける。
「晶はきっと、自分を邪魔する奴が現れた時点で破綻者となるぞ。さっきのあいつの様子を見ただろう? 祖母を殺した事で、あいつの精神はそれ程までに脆くなってる。お前の友人達は、どうするのかなぁ。多くの生徒達の命とあいつの命、そしてあいつの望みを、どうしてやれるのかなぁ?」
確かめておきたい、と低い言葉を加えた。
●
「夢見が見たのは以上だ。如月は既に学校に向かった。工藤が受けた電話の内容からしても、時間はないだろう」
急ぎ向かってくれと告げた中 恭介(nCL2000002)は、「それともう1つ」と付け加えた。
「今回は生徒達を誘導するのに、AAAかH.S.のどちらかの力を借りる事が可能だ。俺から連絡は入れるが、どちらに協力を願うかは向かう者達で決めてくれ」
「なんだよ、あんた達?」
自宅のドアを閉めて鍵をかけた詰襟姿の少年は、まるで自分を待ち伏せていたかのような男2人に警戒の色を滲ませる。
「俺、学校遅刻したくないんだけど」
「いやなに。お前の恨みに惹きつけられてね」
「は?」
緋色の瞳に見つめられて、少年は一瞬引き返すような素振りを見せた。
けれど踏み留まり、「意味、わかんねぇ」と口籠るように言うと、腕時計を見ながら足を踏み出した。
「悪いけど、これ以上難癖つけてくるなら、ケーサツ呼ぶから」
少年の言葉にフンと笑って道をあけた青年の隣。今まで黙っていた司祭姿の男が「なぜ」と呟いた。
「なぜ、今日は鍵をかけたんですか?」
――ピタリ、と。
少年が足を止める。
驚きと怒りが混じった瞳で、黒翼の司祭を見返した。
「いつもお婆様が家にいらっしゃるから、鍵はかけないでしょう? 今日はなぜ――」
「……さっきも言ったけど。これ以上しつこくするならケーサツ呼ぶけど?」
少年の言葉に、ククッと緋い瞳の青年が肩を揺らす。
「学校に行くのはいい。ガキは勉強するのが仕事だからな。――『行きたい理由』が、それならだが」
全てを見透かすような瞳に、少年は動けず緋色を見返した。
「まあ、後悔のないようにな」
さあ行け、と言うように背を押した青年を、振り返る。
「……あんた等、親友同士?」
探る瞳に、青年は「いいや」と肩を竦めた。
「俺には一応、別に親友がいる」
そう、と呟いた少年は、真っ直ぐ青年を見上げる。
「親友がもし――裏切ったら。許せないよな? それはきっと、家族に裏切られる以上に……。『何を犠牲に』しても、思い知らせてやりたいよな?」
微笑を浮かべただけの青年の隣で、司祭が口を開いた。
「親友の為の『裏切り』も、あるでしょう。親友やその家族を護る為に、あえて裏切りと親友に思わせる事だって」
「……悪いけど。あいつのはそんなのとは違う、只のお喋りだから」
ギリッと歯を食いしばり、「邪魔、しないでよ」と低い声を絞り出した。
言葉とは裏腹の、泣きそうな顔。その少年の額に青年が一瞬手を置いて、髪をクシャリと混ぜた。
「とにかく。後悔はするな、如月晶。どんな結果になってもだ」
歩き出した晶の背を見送った青年に、司祭が小さく問う。
「行かせていいんですか」
「なあ癒雫。お前も確かめたいだろう?」
そういって向きを変えると、青年は晶が締めたドアを擦り抜けた。
中から鍵を開けて、癒雫を中に入れる。
「やはり……」
眠るように横たわる老婆は、被る布団を緋色に染めていた。
膝を折り、祈りを捧げる癒雫に、「あいつを愚かだと思うか?」と青年が問う。
いいえ、と返し、司祭が立ち上がった。
「愚かなのは私。私は、気付かなくてはいけなかった。数日間彼を見張る中で、知っていたのに……。発現した事が原因の、祖母のよそよそしい態度に彼が傷付かない筈はないのに……」
「発現はあいつに、力だけではなく孤独も与えた。姿は発現前と変わっていないのに、学校の他の生徒達にもバレてるようだしな」
「……聖羅、あなたが彼の記憶を『浄化』してあげれば」
癒雫の言葉に、「聖羅」と呼ばれた青年はハッと笑いを零す。
「あいつの1番強く望む『忘れたい記憶』を消しても、祖母へと向けた怒りの本当の理由を忘れて、殺した記憶だけが残る……。そんな事にもなり兼ねないぞ。あいつの消したい記憶は他にある。その証拠に」
部屋にある鏡へと青年が手を翳すと、しばらくして晶の顔が浮かびあがった。
「ほらな。祖母を殺しても、あいつの恨みは薄らいでいない。真の恨みの相手は、別にいる」
「恨みを晴らして、彼のその先に何が――」
「あいつの望みは、きっとな」
そこで言葉をきって、射貫くように癒雫を見つめる。
「お前が奥底で抱いている望みと一緒だ。お前が己には望んでいるクセに、他人にはしてやれない事と」
驚き青年を見返した司祭が、そっと視線を逸らした。
「何の、事を言っているのか解りませんよ……」
「ハッ。――まあ兎に角。あいつを止めたいんなら、俺じゃなく『友人』達に頼むんだな」
ニヤリ笑った青年に、司祭が探る瞳を向ける。
「晶はきっと、自分を邪魔する奴が現れた時点で破綻者となるぞ。さっきのあいつの様子を見ただろう? 祖母を殺した事で、あいつの精神はそれ程までに脆くなってる。お前の友人達は、どうするのかなぁ。多くの生徒達の命とあいつの命、そしてあいつの望みを、どうしてやれるのかなぁ?」
確かめておきたい、と低い言葉を加えた。
●
「夢見が見たのは以上だ。如月は既に学校に向かった。工藤が受けた電話の内容からしても、時間はないだろう」
急ぎ向かってくれと告げた中 恭介(nCL2000002)は、「それともう1つ」と付け加えた。
「今回は生徒達を誘導するのに、AAAかH.S.のどちらかの力を借りる事が可能だ。俺から連絡は入れるが、どちらに協力を願うかは向かう者達で決めてくれ」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.一般人の死者を出さない
2.如月晶の身柄確保(生死問わず)
3.なし
2.如月晶の身柄確保(生死問わず)
3.なし
こちらは【緋色の羊】に続く、
【羊シリーズ】のシナリオとなっております。宜しくお願いします。
今回のシリーズは夢見の他に、ルファから工藤・奏空(CL2000955)さんへとかかってきた電話から始まりました。
祖母を殺害し、隔者となった少年が起こそうとしている更なる事件を防いで頂きます。
晶の身柄確保の生死は問いません。
どういう結末が最善となるのかを、皆様でお話合い頂ければと思います。
●戦闘場所と状況
場所は晶が通っている高校の校庭。
生徒や教師達の他に、戦闘の邪魔になるものはありません。
皆様が駆け付けられるのは、朝礼の最中です。
全校生徒680人、教師30人、が校庭に整列しています。
2年の晶は、ちょうどその中心あたりに位置しています。
急ぎ向かえば、晶が行動を起こす前に現場に到着出来ます。
但し、覚者達の存在を確認した時点、または他の生徒や教師が怪しい行動を取ったと晶が判断した時点で、晶は破綻者となり、無差別攻撃を始めます。
※携帯電話などのアイテムを『装備』されている方が参加者におられる場合は、向かっている車内から高校の職員室へと電話を入れ、情報収集や教師達にどういう行動を取ればよいかの指示を出す事が出来ます。上手くいけば、皆様が到着した時点で戦闘に有利な状況作りや、関係のない一般人達をより安全に逃がす事が可能となるかもしれません。
但し、事件を知らない学校側への簡潔な説明が必要となり、万が一指示による行動が不自然だった場合は、晶に怪しまれ、無差別攻撃が始まります。
●如月晶(破綻者 深度2) 17歳。
祖母を殺害した事で、精神状態が脆くなっている隔者の少年。自分のしようとしている事を邪魔されたと判断した時点・戦闘となった時点、で破綻者となり自我を失います。
両親は海外赴任中で、祖母と2人暮らしでした。
祖母からのよそよそしい態度にショックを受けていた事が夢見によるルファ達の会話から推測でき、学校の他の生徒にも発現した事を知られて孤独になっていた事が判ります。
今回は晶がしようとしている事を見極め、作戦をたてる必要があります。
前世持ち・天行
・活性化スキル
『錬覇法』『召雷』『纏霧』『地烈』『重突』
●癒雫(ゆだ) 27歳。翼人・水行
ルファ・L・フェイクス。本来は兵庫県の南東部・西宮市郊外にある小さな教会の司祭。現在は隔者組織『死の導師』の一員。
組織のリーダー・聖羅の背後にいる黒幕の正体を探る為、聖羅の命を護る為、組織に残っています。
シナリオ『【緋色の羊】私の愛した悪魔 』で、「聖羅の情報・黒幕について得た情報を限定して流し、聖羅の事は守るよう立ち回る」事で同意し、任務にあたったFiVEの覚者達と約束しています。
今回は、晶を止めてくれるよう頼んできている為、どうなるかを何処かで見届けているものと思われます。
●聖羅(せいら)
緋色の瞳の青年。隔者組織『死の導師』のリーダー。
本名等、全て不明。
現在は、減った組織の人員を確保する為に行動していると思われます。
FiVEの覚者達の事を癒雫の「友人」と呼んでいます。
『浄化』という、相手の「1番忘れたい」と願う記憶を消す事が出来る能力を有していますが、その能力は同時にその本人が「1番忘れたくない」と願う記憶も消してしまうデメリットがあります。
既に姿を消しており、現場にはいません。
●H.S.(ハーエス)
『隔者や破綻者にしか攻撃しない』を掲げている憤怒者組織。
正式名称『Heiliges Schwert』(『神聖なる剣』の意)
代表者 吉野 枢(かなめ)29歳。
『死の導師』には利用されていた過去があり、「協力して聖羅と黒幕の存在を追う」事、「ルファからの情報は共有する」事で同意し、現在はFiVEと協力関係にあります。協力を求めた場合、枢も20人の中に含まれます。
※H.S. もしくは、AAAのどちらかにに協力を求める事が出来ます。どちらを選んでも20人が現場に駆け付けます。
基本的に生徒や教師の避難を担当します。
どちらを選んでも、現場に駆け付けられるのは皆様が現場に到着するのと同時、誘導方法の優劣等はありません。
無茶でない限り、皆様の指示に従います。
●宮下 刹那(nCL2000153)
隔者組織『死の導師』の元一員で、永久という夢見の妹と共にFiVEに保護されました。組織内での呼び名は灰音。組織では常にリーダーの傍らにて行動を共にしていましたが、聖羅の『浄化』を受けており組織で活動していた時の事は憶えていません。
生徒や教師の避難誘導を担当するつもりですが、皆様から指示があればそちらを優先致します。
指示がある場合、『相談ルーム』にて【刹那へ】とし、指示をお書き下さい。(プレイングに書く必要はありません)
以上です。
それでは、皆様とご縁があります事、楽しみにしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/7
6/7
公開日
2017年03月21日
2017年03月21日
■メイン参加者 6人■

●
現場へと向かう車中。
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)はスマートフォンを取り出し、事件の起きる高校の職員室へと電話をかける。
電話に出た教師に自分がファイヴの者である事を伝えれば、電話は校長へと繋がれた。
夢見の予知で如月晶という生徒が朝礼中に破綻者になり無差別攻撃をする事、そしてその阻止の為に自分達が今向かっている事を伝える。電話の向こうからは、明らかに動揺する声が聞こえた。
「ですが、対応が早まると行動が始まるので自分達が到着するまで不審な行動はしないようにして下さい。それから、出入り口の施錠は外しておいてもらえますか?」
突入する前に2名が生徒に成りすまして潜伏する事を伝える。その為に、男女の制服を用意して欲しいと願えば、「それは……」と難色を示した。
「まぁ……なんとかしてみようとは、思いますが……」
困り顔で汗を拭っているだろう校長の姿が思い浮かぶ。
それもそうだろう。高校に、予備の制服が常備されている事はあまりないのではないか――そう思えた。
「なるべく、よろしくお願いします」
受け取りは朝礼の生徒達からは見えない裏口でしたい事、そして2人分の大体のサイズを伝えた。
「晶さんの親友が、今回の事件のキーになります。その方の特徴を教えてもらえませんか?」
少々お待ち下さい、と保留音が流れ、今度は若い男性教師が電話口に出る。
「2年5組の担任、岩崎と言います。如月の親友について聞きたいとの事ですが……」
親友と言われ、浮かぶのは前田耕太という級友だという事。
以前は仲が良かったけれど、最近は晶が1人でいる事が多く、耕太は別の生徒と仲良くしているとの事だった。
「朝礼での位置は、うちは2年の真ん中のクラスですし、クラス内の列でも2人は丁度真ん中辺りになります。背丈順ですから。そして如月の前にいるのが、前田ですよ」
「2人は、前後で並んで立っているんですか?」
「ええ」
なるほど、と奏空は思わず声を洩らす。
晶が朝礼を狙った理由。
それは、自分とは行動を共にしなくなった親友が、最も近くに立つ『瞬間』だから。
生徒達の意識は前に集中し、自分の『狙い』は、気付かれずに実行出来るだろう『刻』だから。
「急ぎ、向かいます」
通話を切ると、奏空は得た情報を仲間達へと伝えた。
「生徒会の者達の制服で、サイズはピッタリではないと思うんですが……」
生徒達を警戒させず制服を用意するにはこれしかなく、生徒会の者達に協力してもらったと校長と担任教師の岩崎は2人に制服を渡した。
「いえ。用意してもらえただけで、充分です」
朝礼は既に始まっている。多少の窮屈さは気にしない。ただ「破いたりしないようにだけは注意したいな」と『ニュクスの羽風』如月・彩吹(CL2001525)は車内で着替えを済ませる。
そして少々サイズの大きい制服を身に纏った奏空はズボンの裾を捲り、「では、合図を送ります」と仲間達に伝え彩吹と共に駆け出した。
2人は、整列する生徒達の後方から侵入する。彩吹は上着を纏ってはいるが、覚醒前で小さいとは言え翼は存在している。上着やマフラーで隠せればと翼の上からはおってもみたが、逆にその形が目立ってしまったため幻視のみを使用する事となった。翼が生徒に触れる事のないよう注意しながら大人しく進んでいく。
「なんだ、こいつ?」
「え? 誰?」
朝礼台に立つ校長の話に紛れるが、どうしても移動する生徒は目立ってしまう。どよめき出した生徒達に、晶が振り返った。
晶の視線から逃れるように、生徒の列に紛れ隠れる。
『彩吹さん。どこまで近づけましたか?』
送受心・改を用いた奏空の問いかけに、彩吹が応答する。
『うん……結構難しいね。晶達の列の後ろにいるけど、ここだと逆に2人の動きが見辛い。少し横の列にずれようと思うけど、これ以上生徒達が騒ぎだしたら警戒されそうだね』
思った以上にあまり近付けない、との彩吹の答えに、奏空も頷いた。
『そうですね。俺の方は最悪晶さんに見られても覚者だとは気づかれないので、もう少しだけ近付いてみます』
奏空は後方からそっと、2人の様子を窺える場所まで移動した。
「動きがあり次第突入し、晶さんから生徒・教師を守りつつ避難させて欲しいです」
『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)の言葉に、校門前に揃ったAAAの隊員達が頷く。
(……支援要請はAAA、か。無難な選択よね)
その隊員達を多少の複雑な心境で見つめるエルフィリア・ハイランド(CL2000613)は、校庭の生徒達へと視線を移しながら合図を待つ。
「まっ、ともかく。まずはこの事件を片付けましょ」
その隣で待機する『誰が為に復讐を為す』恩田・縁(CL2001356)もまた、「嗚呼、何てことだ」と葛藤の中に身を置いていた。
(ルファ神父からの依頼とはいえ、私が復讐を望む者の邪魔をしなければならないとは……我が教義に反してしまう。……とはいえ、無差別殺戮を行う可能性がある以上、それは止めないといけませんね)
ギュッと。憤怒の十字架を握る手に力を込めた。
合図は突然。
切羽詰まった奏空の声で告げられた。
『動きます!!』
●
奏空と彩吹が見守る中。
キュッと拳を握った晶に、超直観で見つめていた奏空が気付いた。
動きます!! と仲間達へと送受心・改で伝えた次の瞬間、晶が覚醒する。
緑色の髪、水色の瞳へと変わった晶が、地烈を放った。
手を伸ばし、「晶!」と叫んで。離れた場所から様子を窺うしかなかった彩吹は、己が間に合わなかった事を知る。
「あぁ、ごめんなぁ!」
駆ける彩吹の前方。悲鳴があがる中で、倒れた生徒達を見回した晶が高らかに笑った。
「恨むんなら、こいつを恨めよ。この、裏切り者をさぁ!」
手を掲げた晶の前。「ひぃッ!」と悲鳴をあげた耕太へと、彩吹が覆い被さる。
襲った召雷を、その背に受けた。
第六感を用いていた三島 椿(CL2000061)だったが、待機場所は生徒達から離れた校門の近く。異変に気付く事は出来なかった。それでも素早く反応し、校門を開け放つ。
と同時。生徒達からは大きな悲鳴があがった。
すぐさまAAAに作戦開始を伝え、己も駆け出した。
翼を大きく広げたエルフィリアは、上空を行く。
見えたのは、中心にいる晶と、その前で蹲る耕太だろう男子生徒の姿。そして両脇に倒れる3人の生徒達。
耕太の前に立つ彩吹と、倒れた生徒達に手を貸しながら逃げるよう叫ぶ奏空の姿だった。
「こんな奴を、親友だと思ってた……。俺は、こんな奴を!」
落ちる召雷。
けれども晶が狙ったのは親友ではなく、他の生徒達。気付き見上げた上空にいるエルフィリアごと、何人かの生徒達へと雷が落ちた。
「見ろよ、耕太」
晶が、親友を見下ろす。
「お前が喋った結果が、どうなるのか。ちゃんと見ろよ。最後までちゃんと、見届けろよ!!」
「――駄目だ、晶」」
静かに告げ振り仰いだ藍色の瞳が、くしゃりと歪む少年の顔を映していた。
「……私は、お前の事情のすべてをわかっているわけじゃない。だけど、このやり方は駄目だよ」
彩吹の言葉が、真っ直ぐな瞳が、少年を射貫く。そして悲鳴のような叫びと共に、晶は力の制御を失った。
「俺のジャマを、するなーッ!」
他の生徒達とを隔てるように間に割り込んだのは、『しのびあし』で足音を消し、ハイバランサーで生徒達の間を縫うように駆けてきたラーラ。待機していたどの仲間達よりも早く、晶の許へと到達出来ていた。
反対から繰り出された奏空の『如意瞋恚』を、晶が避ける。
鋭く奏空を睨み返したその隙に、ラーラは『結界』を張り、英霊の力で攻撃力を高めていた。
上空よりエルフィリアが投げた種は、晶に付着した途端急成長を遂げる。舞い踊るように身を揺らした晶は、それでも怒りのみを宿す瞳を生徒達に向けていた。
その視界を遮るように、エルフィリアが降り立つ。
「無差別殺人など愚の骨頂」
言葉と共に発生した霧が、粘りつくように晶を囲む。教義のため積極的に攻撃出来ぬ縁は、それでも支援に徹しながら晶へと声をかけた。
「復讐者ならば、復讐相手のみを狙うべきですよ、ククク」
晶から発せられたのは、言葉にならぬ叫び。
その様子に、超直観で晶を見つめていた縁が僅かに眉を寄せた。
彼が破綻者になる前、既に親友以外も狙っていたのだ。倒れている生徒達が、その証拠。
(ならば。彼の復讐相手は――)
「校門から外へと行って! AAAの職員の指示に従って!
晶の傍に向かいながらも、椿は避難と怪我を負った生徒達への癒しを優先する。
彼等へと降り注ぐは、潤しの雨。
けれども特効薬などではない。己で立ち、逃げるのは無理だろう。
「彼等を優先的にで、お願い」
AAA隊員達へと声をかけ、晶と対峙している仲間達の傍へと急いだ。
●
「大丈夫か?」
駆け付け声をかけた『灰音』宮下 刹那(nCL2000153)に、彩吹は微笑を浮かべる。
「平気。耕太を頼むね」
彼女の言葉に頷き、刹那が耕太を抱え上げる。背を向け駆け出した青年に、晶が叫んだ。
「やめろぉーッ!」
追いかけようとする晶の前には、覚者達が立ちはだかる。
「……似てるんだよ」
両手に忍者刀を握った奏空が、低く言葉を落とす。
「俺も、前の学校ではこうして突然発現して……そして同じ目にあった」
正面から見据え、地を蹴った。
目を剥いたまま自分達を抜けようとする晶へと、如意瞋恚を繰り出す。
引き出したのは、怒りと憎しみ。
唸るように歯を食いしばった晶を、桃色の瞳が映していた。
「でも俺は人を傷つけない道を選んだ。この力は誰かを救う為に振るえるって事を、皆に証明する為に――」
「攻撃に手心も加えないし、全力で責めて――もとい。攻めてあげるわね♪」
ギロリ、と。水色の瞳がエルフィリアを捉える。
圧投を狙い伸ばしたエルフィリアの手からは、晶が逃れた。
「他の方からのよそよそしい態度が辛い気持ち……私にも分かりますよ。同じ覚者ですから」
エルフィリアの隣、中衛に立つラーラが呟き掌を突き出す。拳大の炎塊が連続で飛び、晶に火傷を負わせた。
「晶 発現したのは悪いことか?」
彩吹が問う。醒の炎は彼女の体を取り巻き揺らいで、彩吹に力を与える。
「何も悪い事じゃない。覚者であってもなくても、お前はお前だ」
「あんたに……言われたって……」
絞り出すような晶の声に、うんそうだね、と彩吹は思う。
(だってこれは、きっと私の口からではなく親友に言われたかった言葉、だものね……)
「遅れてごめんなさい」
駆け付けた椿に頷いて、仲間達は誰も責めたりしない。
「お疲れ様」
それは彼女が、一般人の安全に尽力してくれていたのを判っているから。
そしてこの場でも彼女の癒しは滴となり、惜しみなく彩吹へと注がれる。
(すぐには襲わずにいたのは、朝礼でタイミングを図っていたからよね。それは、1番の目的の人物を皆の前でもっとも効果的に懲らしめる為? そして他の生徒・教師を後悔させて反省させる為なのかしら?)
――本当に……それだけ?
晶の顔を見ながら、椿は思いを巡らせていた。
「あんたの犯した罪は赦されない事だけど……助けるよ! そして罪を償うんだ! ……目を覚ませ!」
奏空の十六夜が、連続で叩き込まれる。
グッと腹を押さえ体を折った晶に、ラーラは言葉を紡いでいた。
「心が追い詰められた時って目が曇って、他人の行動の意味を悪い方に捉えてしまいがちだったりするものです。あなたはお友達のお話を正面から聞いて、真っ直ぐに受け止めましたか? そうでないなら、あなたはきっと後悔します。せめてもう1度、お話をするチャンスが欲しいって思いませんか? 今からあなたを助けます。痛いかもしれないですが、生きたいって思いだけは手放さないでください」
「そんな、もの……」
否定の言葉が、晶から洩れる。
「理不尽には怒ればいい。でも殺しては駄目だ。それでは何も伝わらない」
彩吹の言葉は、飛燕と共に晶へと突き刺さる。
「苦しいのも悲しいのも、思っていることは言えばいい。――私も言う。お前も誰も、死なせない。生きて欲しい」
「バカ……じゃね……」
晶の笑いが響く中、椿は仲間達へと潤しの雨を注いでいた。
「貴方、本当はありのままの自分を受け入れて欲しかっただけなのでは?」
超直観で晶を見つめる縁の前で、晶の狂ったような笑いは止まらない。
最初は、確かにそうであったのだろう。けれども今の願いは違う……そう確信した。
生徒や教師達の避難を完了した刹那が、後衛からエアブリットを放つ。それを避けた晶の懐へと、エルフィリアが飛び込んだ。
「御祖母さんを殺して、後悔してる?」
囁いたエルフィリアの目の前で、晶が笑いを止め眼を剥いた。ギロリと、見開いたままの瞳をエルフィリアに向ける。
(ああやっぱり……そうなのね)
ラーラはペスカから金色の鍵をバシリと受け取り、魔導書の封印を解いた。
瑠璃色の光が飛翔する中、ラーラは煌炎の書を開きページを捲る。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
魔導書から浮かびあがった炎弾が、晶を狙い撃ち抜いた。
火傷を負った体でガクリと膝を折り、晶が両手を地面に付く。
ハ……ハハッと笑って、晶の手は校庭の土を握り締めていた。
椿の第六感は、少年の不意打ちを見抜く。
急ぎ、青く澄んだ潤しの滴を、『晶』へと注いだ。
癒されてゆく体に、晶は「あぁぁぁーッ!」と叫び地面へと拳をぶつける。
「晶!」
地を這うように繰り出される少年の攻撃は、己に向けたもの。連続して打ち込まれるその攻撃を、両手を伸ばし晶の頭を抱え込んだ彩吹が受けた。
ズルリ崩れ落ちた彩吹を、晶が見下ろす。
「あ……ぁ……」
愕然とする晶の目の前――そっと彩吹が瞼を開けた。
命数を使い身を起こして、晶を抱きしめる。
「私は頑丈だから、多少荒っぽくきても平気だよ」
「なん……で、だよ。なんで……殺してくれない! なんで、死なせて……」
背を叩いてくる少年の拳の痛みを感じながら、「そうだね、なんでかな」と彩吹は笑み零す。
「きっと。同じ如月だからだ。……放ってなんて、おけない……」
独りじゃないよと、抱きしめる手に力を込めた。
●
「はい。ほ~ばく♪」
ネビュラビュートを使い、エルフィリアが晶を縛る。
「御祖母さんはそんなこと、喜ばないでしょ」
自滅覚悟と見抜いていた彼女は、泣きそうに顔を歪めた晶の頭をポンッと叩いて立ち上がった。
「どうかもう1度、きちんとお話をしてみて下さい」
ラーラは約束を守り、耕太を連れて来る。
「晶の事を皆に話した真意を、聞かせてくれるかな?」
誤解があれば解いておきたいと、彩吹も耕太に優しく問いかけた。
けれども出てきたのは、覚者達の願いを踏みにじるもの。けれども隠し切れない、一般人の本音であるのかもしれない。
「だって、怖かったんだ。能力者だもん。晶を怒らせただけで、オレ、殺されるかもしれない……。一緒になんて、過ごせない。晶はもう、オレ達とは違うんだから。……恐ろしくて、ケンカも出来ないよ」
現に今日だって……と、そこまで言って、言葉を途切らせた。
ククッ、ククッ、と。晶が肩を揺らす。
「ほらな。言った通りじゃん。こいつは、こういうヤツなんだよ!」
親友って、一体なんなんだよ……と落として、奏空を見上げた。
「俺は、似てない。あんたみたいには、なれないよ。だって俺、人を救うどころかばあちゃん殺しちゃったもん。耕太の言う通りじゃん。俺は、もう……。なんで、殺してくれなかったんだよ。死にたいのに、俺……なんで…………」
ばあちゃん、と俯いた晶の目から、ポタッ、ポタッ、と涙が地面に落ちる。
ごめんなさいね、と。傍らに椿が膝を付いた。
「これは……私の我儘だけれども。その結末は、何度だって止めるわ」
震え続ける晶の背を、ゆっくりと撫でさする。
「来るのが遅くなってしまって、本当にごめんなさい。苦しくて、辛かったわよね……」
「……晶をFiVEで保護できないか、頼んでみるよ」
彩吹の呟きに、縁も頷く。
「私達で力になれる事は、してあげなくてはいけないでしょうね」
●
「電話、貸してもらえないかしら」
職員室の片隅から、エルフィリアはH.S.へと電話をかける。
「中指令に確認したら、アタシからしていいって事だったから、電話させてもらったわ」
電話口に出たH.S.のリーダー・吉野 枢へと、伝えた。
「ルファから連絡が来た段階で、残り時間が少なかったのよ。ミッションが捕縛になったから、そちらに慣れていそうなAAAへ先に連絡と援護要請をさせてもらったわ」
不機嫌そうに黙ったままでいる相手に、エルフィリアは「条件無視ではない」事を強調する。
「2件目も援護要請出せる時間があったならH.S.にも出せたのに、残念だわ」
しばらくの沈黙の後、枢が低く電話の向こうから答えた。
「レディ・エルフィリア・ハイランド。今回は君の誠意ある対応に、こちらも誠意でお応えしよう。本来なら許せぬ処だが、事件が収拾した直後に現場から電話をくれた訳だしね」
ただ、と続いた言葉に、エルフィリアはコクリと唾を飲み込んだ。
もし、この直後の電話をかけなかったらどうなっていただろう、と思う。
H.S.――やはり、油断出来ない相手のようね……。
現場へと向かう車中。
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)はスマートフォンを取り出し、事件の起きる高校の職員室へと電話をかける。
電話に出た教師に自分がファイヴの者である事を伝えれば、電話は校長へと繋がれた。
夢見の予知で如月晶という生徒が朝礼中に破綻者になり無差別攻撃をする事、そしてその阻止の為に自分達が今向かっている事を伝える。電話の向こうからは、明らかに動揺する声が聞こえた。
「ですが、対応が早まると行動が始まるので自分達が到着するまで不審な行動はしないようにして下さい。それから、出入り口の施錠は外しておいてもらえますか?」
突入する前に2名が生徒に成りすまして潜伏する事を伝える。その為に、男女の制服を用意して欲しいと願えば、「それは……」と難色を示した。
「まぁ……なんとかしてみようとは、思いますが……」
困り顔で汗を拭っているだろう校長の姿が思い浮かぶ。
それもそうだろう。高校に、予備の制服が常備されている事はあまりないのではないか――そう思えた。
「なるべく、よろしくお願いします」
受け取りは朝礼の生徒達からは見えない裏口でしたい事、そして2人分の大体のサイズを伝えた。
「晶さんの親友が、今回の事件のキーになります。その方の特徴を教えてもらえませんか?」
少々お待ち下さい、と保留音が流れ、今度は若い男性教師が電話口に出る。
「2年5組の担任、岩崎と言います。如月の親友について聞きたいとの事ですが……」
親友と言われ、浮かぶのは前田耕太という級友だという事。
以前は仲が良かったけれど、最近は晶が1人でいる事が多く、耕太は別の生徒と仲良くしているとの事だった。
「朝礼での位置は、うちは2年の真ん中のクラスですし、クラス内の列でも2人は丁度真ん中辺りになります。背丈順ですから。そして如月の前にいるのが、前田ですよ」
「2人は、前後で並んで立っているんですか?」
「ええ」
なるほど、と奏空は思わず声を洩らす。
晶が朝礼を狙った理由。
それは、自分とは行動を共にしなくなった親友が、最も近くに立つ『瞬間』だから。
生徒達の意識は前に集中し、自分の『狙い』は、気付かれずに実行出来るだろう『刻』だから。
「急ぎ、向かいます」
通話を切ると、奏空は得た情報を仲間達へと伝えた。
「生徒会の者達の制服で、サイズはピッタリではないと思うんですが……」
生徒達を警戒させず制服を用意するにはこれしかなく、生徒会の者達に協力してもらったと校長と担任教師の岩崎は2人に制服を渡した。
「いえ。用意してもらえただけで、充分です」
朝礼は既に始まっている。多少の窮屈さは気にしない。ただ「破いたりしないようにだけは注意したいな」と『ニュクスの羽風』如月・彩吹(CL2001525)は車内で着替えを済ませる。
そして少々サイズの大きい制服を身に纏った奏空はズボンの裾を捲り、「では、合図を送ります」と仲間達に伝え彩吹と共に駆け出した。
2人は、整列する生徒達の後方から侵入する。彩吹は上着を纏ってはいるが、覚醒前で小さいとは言え翼は存在している。上着やマフラーで隠せればと翼の上からはおってもみたが、逆にその形が目立ってしまったため幻視のみを使用する事となった。翼が生徒に触れる事のないよう注意しながら大人しく進んでいく。
「なんだ、こいつ?」
「え? 誰?」
朝礼台に立つ校長の話に紛れるが、どうしても移動する生徒は目立ってしまう。どよめき出した生徒達に、晶が振り返った。
晶の視線から逃れるように、生徒の列に紛れ隠れる。
『彩吹さん。どこまで近づけましたか?』
送受心・改を用いた奏空の問いかけに、彩吹が応答する。
『うん……結構難しいね。晶達の列の後ろにいるけど、ここだと逆に2人の動きが見辛い。少し横の列にずれようと思うけど、これ以上生徒達が騒ぎだしたら警戒されそうだね』
思った以上にあまり近付けない、との彩吹の答えに、奏空も頷いた。
『そうですね。俺の方は最悪晶さんに見られても覚者だとは気づかれないので、もう少しだけ近付いてみます』
奏空は後方からそっと、2人の様子を窺える場所まで移動した。
「動きがあり次第突入し、晶さんから生徒・教師を守りつつ避難させて欲しいです」
『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)の言葉に、校門前に揃ったAAAの隊員達が頷く。
(……支援要請はAAA、か。無難な選択よね)
その隊員達を多少の複雑な心境で見つめるエルフィリア・ハイランド(CL2000613)は、校庭の生徒達へと視線を移しながら合図を待つ。
「まっ、ともかく。まずはこの事件を片付けましょ」
その隣で待機する『誰が為に復讐を為す』恩田・縁(CL2001356)もまた、「嗚呼、何てことだ」と葛藤の中に身を置いていた。
(ルファ神父からの依頼とはいえ、私が復讐を望む者の邪魔をしなければならないとは……我が教義に反してしまう。……とはいえ、無差別殺戮を行う可能性がある以上、それは止めないといけませんね)
ギュッと。憤怒の十字架を握る手に力を込めた。
合図は突然。
切羽詰まった奏空の声で告げられた。
『動きます!!』
●
奏空と彩吹が見守る中。
キュッと拳を握った晶に、超直観で見つめていた奏空が気付いた。
動きます!! と仲間達へと送受心・改で伝えた次の瞬間、晶が覚醒する。
緑色の髪、水色の瞳へと変わった晶が、地烈を放った。
手を伸ばし、「晶!」と叫んで。離れた場所から様子を窺うしかなかった彩吹は、己が間に合わなかった事を知る。
「あぁ、ごめんなぁ!」
駆ける彩吹の前方。悲鳴があがる中で、倒れた生徒達を見回した晶が高らかに笑った。
「恨むんなら、こいつを恨めよ。この、裏切り者をさぁ!」
手を掲げた晶の前。「ひぃッ!」と悲鳴をあげた耕太へと、彩吹が覆い被さる。
襲った召雷を、その背に受けた。
第六感を用いていた三島 椿(CL2000061)だったが、待機場所は生徒達から離れた校門の近く。異変に気付く事は出来なかった。それでも素早く反応し、校門を開け放つ。
と同時。生徒達からは大きな悲鳴があがった。
すぐさまAAAに作戦開始を伝え、己も駆け出した。
翼を大きく広げたエルフィリアは、上空を行く。
見えたのは、中心にいる晶と、その前で蹲る耕太だろう男子生徒の姿。そして両脇に倒れる3人の生徒達。
耕太の前に立つ彩吹と、倒れた生徒達に手を貸しながら逃げるよう叫ぶ奏空の姿だった。
「こんな奴を、親友だと思ってた……。俺は、こんな奴を!」
落ちる召雷。
けれども晶が狙ったのは親友ではなく、他の生徒達。気付き見上げた上空にいるエルフィリアごと、何人かの生徒達へと雷が落ちた。
「見ろよ、耕太」
晶が、親友を見下ろす。
「お前が喋った結果が、どうなるのか。ちゃんと見ろよ。最後までちゃんと、見届けろよ!!」
「――駄目だ、晶」」
静かに告げ振り仰いだ藍色の瞳が、くしゃりと歪む少年の顔を映していた。
「……私は、お前の事情のすべてをわかっているわけじゃない。だけど、このやり方は駄目だよ」
彩吹の言葉が、真っ直ぐな瞳が、少年を射貫く。そして悲鳴のような叫びと共に、晶は力の制御を失った。
「俺のジャマを、するなーッ!」
他の生徒達とを隔てるように間に割り込んだのは、『しのびあし』で足音を消し、ハイバランサーで生徒達の間を縫うように駆けてきたラーラ。待機していたどの仲間達よりも早く、晶の許へと到達出来ていた。
反対から繰り出された奏空の『如意瞋恚』を、晶が避ける。
鋭く奏空を睨み返したその隙に、ラーラは『結界』を張り、英霊の力で攻撃力を高めていた。
上空よりエルフィリアが投げた種は、晶に付着した途端急成長を遂げる。舞い踊るように身を揺らした晶は、それでも怒りのみを宿す瞳を生徒達に向けていた。
その視界を遮るように、エルフィリアが降り立つ。
「無差別殺人など愚の骨頂」
言葉と共に発生した霧が、粘りつくように晶を囲む。教義のため積極的に攻撃出来ぬ縁は、それでも支援に徹しながら晶へと声をかけた。
「復讐者ならば、復讐相手のみを狙うべきですよ、ククク」
晶から発せられたのは、言葉にならぬ叫び。
その様子に、超直観で晶を見つめていた縁が僅かに眉を寄せた。
彼が破綻者になる前、既に親友以外も狙っていたのだ。倒れている生徒達が、その証拠。
(ならば。彼の復讐相手は――)
「校門から外へと行って! AAAの職員の指示に従って!
晶の傍に向かいながらも、椿は避難と怪我を負った生徒達への癒しを優先する。
彼等へと降り注ぐは、潤しの雨。
けれども特効薬などではない。己で立ち、逃げるのは無理だろう。
「彼等を優先的にで、お願い」
AAA隊員達へと声をかけ、晶と対峙している仲間達の傍へと急いだ。
●
「大丈夫か?」
駆け付け声をかけた『灰音』宮下 刹那(nCL2000153)に、彩吹は微笑を浮かべる。
「平気。耕太を頼むね」
彼女の言葉に頷き、刹那が耕太を抱え上げる。背を向け駆け出した青年に、晶が叫んだ。
「やめろぉーッ!」
追いかけようとする晶の前には、覚者達が立ちはだかる。
「……似てるんだよ」
両手に忍者刀を握った奏空が、低く言葉を落とす。
「俺も、前の学校ではこうして突然発現して……そして同じ目にあった」
正面から見据え、地を蹴った。
目を剥いたまま自分達を抜けようとする晶へと、如意瞋恚を繰り出す。
引き出したのは、怒りと憎しみ。
唸るように歯を食いしばった晶を、桃色の瞳が映していた。
「でも俺は人を傷つけない道を選んだ。この力は誰かを救う為に振るえるって事を、皆に証明する為に――」
「攻撃に手心も加えないし、全力で責めて――もとい。攻めてあげるわね♪」
ギロリ、と。水色の瞳がエルフィリアを捉える。
圧投を狙い伸ばしたエルフィリアの手からは、晶が逃れた。
「他の方からのよそよそしい態度が辛い気持ち……私にも分かりますよ。同じ覚者ですから」
エルフィリアの隣、中衛に立つラーラが呟き掌を突き出す。拳大の炎塊が連続で飛び、晶に火傷を負わせた。
「晶 発現したのは悪いことか?」
彩吹が問う。醒の炎は彼女の体を取り巻き揺らいで、彩吹に力を与える。
「何も悪い事じゃない。覚者であってもなくても、お前はお前だ」
「あんたに……言われたって……」
絞り出すような晶の声に、うんそうだね、と彩吹は思う。
(だってこれは、きっと私の口からではなく親友に言われたかった言葉、だものね……)
「遅れてごめんなさい」
駆け付けた椿に頷いて、仲間達は誰も責めたりしない。
「お疲れ様」
それは彼女が、一般人の安全に尽力してくれていたのを判っているから。
そしてこの場でも彼女の癒しは滴となり、惜しみなく彩吹へと注がれる。
(すぐには襲わずにいたのは、朝礼でタイミングを図っていたからよね。それは、1番の目的の人物を皆の前でもっとも効果的に懲らしめる為? そして他の生徒・教師を後悔させて反省させる為なのかしら?)
――本当に……それだけ?
晶の顔を見ながら、椿は思いを巡らせていた。
「あんたの犯した罪は赦されない事だけど……助けるよ! そして罪を償うんだ! ……目を覚ませ!」
奏空の十六夜が、連続で叩き込まれる。
グッと腹を押さえ体を折った晶に、ラーラは言葉を紡いでいた。
「心が追い詰められた時って目が曇って、他人の行動の意味を悪い方に捉えてしまいがちだったりするものです。あなたはお友達のお話を正面から聞いて、真っ直ぐに受け止めましたか? そうでないなら、あなたはきっと後悔します。せめてもう1度、お話をするチャンスが欲しいって思いませんか? 今からあなたを助けます。痛いかもしれないですが、生きたいって思いだけは手放さないでください」
「そんな、もの……」
否定の言葉が、晶から洩れる。
「理不尽には怒ればいい。でも殺しては駄目だ。それでは何も伝わらない」
彩吹の言葉は、飛燕と共に晶へと突き刺さる。
「苦しいのも悲しいのも、思っていることは言えばいい。――私も言う。お前も誰も、死なせない。生きて欲しい」
「バカ……じゃね……」
晶の笑いが響く中、椿は仲間達へと潤しの雨を注いでいた。
「貴方、本当はありのままの自分を受け入れて欲しかっただけなのでは?」
超直観で晶を見つめる縁の前で、晶の狂ったような笑いは止まらない。
最初は、確かにそうであったのだろう。けれども今の願いは違う……そう確信した。
生徒や教師達の避難を完了した刹那が、後衛からエアブリットを放つ。それを避けた晶の懐へと、エルフィリアが飛び込んだ。
「御祖母さんを殺して、後悔してる?」
囁いたエルフィリアの目の前で、晶が笑いを止め眼を剥いた。ギロリと、見開いたままの瞳をエルフィリアに向ける。
(ああやっぱり……そうなのね)
ラーラはペスカから金色の鍵をバシリと受け取り、魔導書の封印を解いた。
瑠璃色の光が飛翔する中、ラーラは煌炎の書を開きページを捲る。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
魔導書から浮かびあがった炎弾が、晶を狙い撃ち抜いた。
火傷を負った体でガクリと膝を折り、晶が両手を地面に付く。
ハ……ハハッと笑って、晶の手は校庭の土を握り締めていた。
椿の第六感は、少年の不意打ちを見抜く。
急ぎ、青く澄んだ潤しの滴を、『晶』へと注いだ。
癒されてゆく体に、晶は「あぁぁぁーッ!」と叫び地面へと拳をぶつける。
「晶!」
地を這うように繰り出される少年の攻撃は、己に向けたもの。連続して打ち込まれるその攻撃を、両手を伸ばし晶の頭を抱え込んだ彩吹が受けた。
ズルリ崩れ落ちた彩吹を、晶が見下ろす。
「あ……ぁ……」
愕然とする晶の目の前――そっと彩吹が瞼を開けた。
命数を使い身を起こして、晶を抱きしめる。
「私は頑丈だから、多少荒っぽくきても平気だよ」
「なん……で、だよ。なんで……殺してくれない! なんで、死なせて……」
背を叩いてくる少年の拳の痛みを感じながら、「そうだね、なんでかな」と彩吹は笑み零す。
「きっと。同じ如月だからだ。……放ってなんて、おけない……」
独りじゃないよと、抱きしめる手に力を込めた。
●
「はい。ほ~ばく♪」
ネビュラビュートを使い、エルフィリアが晶を縛る。
「御祖母さんはそんなこと、喜ばないでしょ」
自滅覚悟と見抜いていた彼女は、泣きそうに顔を歪めた晶の頭をポンッと叩いて立ち上がった。
「どうかもう1度、きちんとお話をしてみて下さい」
ラーラは約束を守り、耕太を連れて来る。
「晶の事を皆に話した真意を、聞かせてくれるかな?」
誤解があれば解いておきたいと、彩吹も耕太に優しく問いかけた。
けれども出てきたのは、覚者達の願いを踏みにじるもの。けれども隠し切れない、一般人の本音であるのかもしれない。
「だって、怖かったんだ。能力者だもん。晶を怒らせただけで、オレ、殺されるかもしれない……。一緒になんて、過ごせない。晶はもう、オレ達とは違うんだから。……恐ろしくて、ケンカも出来ないよ」
現に今日だって……と、そこまで言って、言葉を途切らせた。
ククッ、ククッ、と。晶が肩を揺らす。
「ほらな。言った通りじゃん。こいつは、こういうヤツなんだよ!」
親友って、一体なんなんだよ……と落として、奏空を見上げた。
「俺は、似てない。あんたみたいには、なれないよ。だって俺、人を救うどころかばあちゃん殺しちゃったもん。耕太の言う通りじゃん。俺は、もう……。なんで、殺してくれなかったんだよ。死にたいのに、俺……なんで…………」
ばあちゃん、と俯いた晶の目から、ポタッ、ポタッ、と涙が地面に落ちる。
ごめんなさいね、と。傍らに椿が膝を付いた。
「これは……私の我儘だけれども。その結末は、何度だって止めるわ」
震え続ける晶の背を、ゆっくりと撫でさする。
「来るのが遅くなってしまって、本当にごめんなさい。苦しくて、辛かったわよね……」
「……晶をFiVEで保護できないか、頼んでみるよ」
彩吹の呟きに、縁も頷く。
「私達で力になれる事は、してあげなくてはいけないでしょうね」
●
「電話、貸してもらえないかしら」
職員室の片隅から、エルフィリアはH.S.へと電話をかける。
「中指令に確認したら、アタシからしていいって事だったから、電話させてもらったわ」
電話口に出たH.S.のリーダー・吉野 枢へと、伝えた。
「ルファから連絡が来た段階で、残り時間が少なかったのよ。ミッションが捕縛になったから、そちらに慣れていそうなAAAへ先に連絡と援護要請をさせてもらったわ」
不機嫌そうに黙ったままでいる相手に、エルフィリアは「条件無視ではない」事を強調する。
「2件目も援護要請出せる時間があったならH.S.にも出せたのに、残念だわ」
しばらくの沈黙の後、枢が低く電話の向こうから答えた。
「レディ・エルフィリア・ハイランド。今回は君の誠意ある対応に、こちらも誠意でお応えしよう。本来なら許せぬ処だが、事件が収拾した直後に現場から電話をくれた訳だしね」
ただ、と続いた言葉に、エルフィリアはコクリと唾を飲み込んだ。
もし、この直後の電話をかけなかったらどうなっていただろう、と思う。
H.S.――やはり、油断出来ない相手のようね……。

■あとがき■
お待たせを致しました。ご参加有難うございました。
MVPは、H.S.に協力要請出来ないまでも、事件終了後すぐの電話でH.S.との関係悪化を防がれたエルフィリアさんに。次話に影響を与える、大事な部分でありました。
そして一般人の死者が出る事なく、事件を収拾出来たのは皆様全員のお力でありました。
お疲れ様でした。
近々、次話を出す予定にしております。皆様が紡ぎ、方向性の決まってゆく物語。また、ご縁がございましたら、幸いです。
MVPは、H.S.に協力要請出来ないまでも、事件終了後すぐの電話でH.S.との関係悪化を防がれたエルフィリアさんに。次話に影響を与える、大事な部分でありました。
そして一般人の死者が出る事なく、事件を収拾出来たのは皆様全員のお力でありました。
お疲れ様でした。
近々、次話を出す予定にしております。皆様が紡ぎ、方向性の決まってゆく物語。また、ご縁がございましたら、幸いです。
