三匹が乙女の恋で楽しもう
●届かなかったチョコレート
バレンタインデーのチョコレート。それは愛の告白と共に渡される。
この日にチョコを渡すという事は、自分の気持ちを伝えることに等しい。そしてそれは一世一代のイベントと言っても過言ではない。自分の気持ちが通じなかったらどうしよう。もしかしたらこのままの関係を続けた方がいいのかもしれない。なら友チョコってことにする? ああ、でも今までの決意は無駄にしたくない。でも告白する勇気がない。私は、どうする? どうやって渡す? そもそも渡していいの? 私みたいな人よりも、あっくんにはもっといい人がいるんだし。
そして――
「……渡せなかった……私のバカ……」
岸部美奈子はラッピングされた箱を指で触りながら、自分の勇気のなさを悔いていた。
バレンタインデーは既に過ぎ、愛の告白をするはずだったチョコはいまだに渡されることなく美奈子の手にある。
あっくんこと阿久戸兼良との関係は良好だ。同級生にして同じ陸上部の砲丸投げ同士。男女の違いこそあれど共通する会話は多く、またフォームなど参考にすることも多い。そうこうしているうちに、気が付けば目で追っていたのだが……。
来年の夏には引退。つまりこのバレンタインデーが最後のチョコを渡す機会だったのだ。それを思うと、後悔の波が押し寄せてくる。
「チョコ、渡したかったなぁ……」
始めて作った手作りチョコ。気合を入れて作ったのに、自分の勇気のなさが全てを台無しにしたのだ。ごめんなさい、チョコレート。貴方は私が責任もって食べるから。
『まだ、終わってないよ!』
そんな声が突然聞こえてくる。はっとなる美奈子が声の主を探すが、目の前には何もいない。
『ボクはチョコレートの精霊! キミの作ったチョコの思いが生んだ存在さ!』
「チョコの精霊?」
『さあ、その思いを今すぐ伝えに行くんだ! 折角だしドレスアップしてあげるね!』
「ひゃあああ!? ちょっ、何この格好!? 何処のアニメのパクリ!?」
朝の魔法少女アニメっぽい格好に服を変えられた美奈子は、慌てて体を隠すように自分を抱く。可愛いかもしれないが趣味じゃない。っていうかイタイ。
『この格好で彼に会いに行けばイチコロさ! すぐに行って酒の肴……もとい、恋の花を咲かせるんだ!』
「え、わぁ、身体が勝手にー!?」
こうして、あれよあれよという間に美奈子は恥ずかしい格好のまま外に出ていくことになってしまった。
●FiVE
「古妖、化け狸の討伐です」
久方 真由美(nCL2000003)は『チョコレートの精霊』ではなく化け狸と言った。
「イタズラ好きの狸が『チョコレートの精霊』を騙って一人の少女の恋心を弄んでいます。きつい御仕置きをお願いしますね」
笑顔のまま真由美は覚者に告げた。いつも通りの笑顔なのだが、声に有無を言わせぬ圧力がある。
「化け狸は三体。幻術や狸独特の術式を使用してきますので、気を付けてください」
狐狸の幻術は五感を支配する。幻覚の炎に触れれば熱を感じ、吹雪の幻は震えを生む。中途半端な精神集中でどうにかなる類ではないようだ。
イタズラの範疇とはいえ、恋する乙女の心で遊ぼうというのは許されるものではない。確かにおしおきは必要だ。
真由美の笑顔に送られて、覚者達は会議室を出た。
バレンタインデーのチョコレート。それは愛の告白と共に渡される。
この日にチョコを渡すという事は、自分の気持ちを伝えることに等しい。そしてそれは一世一代のイベントと言っても過言ではない。自分の気持ちが通じなかったらどうしよう。もしかしたらこのままの関係を続けた方がいいのかもしれない。なら友チョコってことにする? ああ、でも今までの決意は無駄にしたくない。でも告白する勇気がない。私は、どうする? どうやって渡す? そもそも渡していいの? 私みたいな人よりも、あっくんにはもっといい人がいるんだし。
そして――
「……渡せなかった……私のバカ……」
岸部美奈子はラッピングされた箱を指で触りながら、自分の勇気のなさを悔いていた。
バレンタインデーは既に過ぎ、愛の告白をするはずだったチョコはいまだに渡されることなく美奈子の手にある。
あっくんこと阿久戸兼良との関係は良好だ。同級生にして同じ陸上部の砲丸投げ同士。男女の違いこそあれど共通する会話は多く、またフォームなど参考にすることも多い。そうこうしているうちに、気が付けば目で追っていたのだが……。
来年の夏には引退。つまりこのバレンタインデーが最後のチョコを渡す機会だったのだ。それを思うと、後悔の波が押し寄せてくる。
「チョコ、渡したかったなぁ……」
始めて作った手作りチョコ。気合を入れて作ったのに、自分の勇気のなさが全てを台無しにしたのだ。ごめんなさい、チョコレート。貴方は私が責任もって食べるから。
『まだ、終わってないよ!』
そんな声が突然聞こえてくる。はっとなる美奈子が声の主を探すが、目の前には何もいない。
『ボクはチョコレートの精霊! キミの作ったチョコの思いが生んだ存在さ!』
「チョコの精霊?」
『さあ、その思いを今すぐ伝えに行くんだ! 折角だしドレスアップしてあげるね!』
「ひゃあああ!? ちょっ、何この格好!? 何処のアニメのパクリ!?」
朝の魔法少女アニメっぽい格好に服を変えられた美奈子は、慌てて体を隠すように自分を抱く。可愛いかもしれないが趣味じゃない。っていうかイタイ。
『この格好で彼に会いに行けばイチコロさ! すぐに行って酒の肴……もとい、恋の花を咲かせるんだ!』
「え、わぁ、身体が勝手にー!?」
こうして、あれよあれよという間に美奈子は恥ずかしい格好のまま外に出ていくことになってしまった。
●FiVE
「古妖、化け狸の討伐です」
久方 真由美(nCL2000003)は『チョコレートの精霊』ではなく化け狸と言った。
「イタズラ好きの狸が『チョコレートの精霊』を騙って一人の少女の恋心を弄んでいます。きつい御仕置きをお願いしますね」
笑顔のまま真由美は覚者に告げた。いつも通りの笑顔なのだが、声に有無を言わせぬ圧力がある。
「化け狸は三体。幻術や狸独特の術式を使用してきますので、気を付けてください」
狐狸の幻術は五感を支配する。幻覚の炎に触れれば熱を感じ、吹雪の幻は震えを生む。中途半端な精神集中でどうにかなる類ではないようだ。
イタズラの範疇とはいえ、恋する乙女の心で遊ぼうというのは許されるものではない。確かにおしおきは必要だ。
真由美の笑顔に送られて、覚者達は会議室を出た。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.化け狸三匹の打破
2.岸辺美奈子の生存
3.なし
2.岸辺美奈子の生存
3.なし
バレンタインアフターシナリオ。貴方の気持ち、届けます(強制)。
●敵情報
・化け狸(×三)
古妖。体長一メートルほどの狸です。互いに仲が良く、連携だって行動していきます。
『チョコレートの精霊』を名乗り、岸辺を使って無理やり告白させようとしています。それを肴に一杯やろうというハラで。告白が成功しようが失敗しようが構わないようです。
『赤福』『青目』『黄桜』の名称があります。
・赤福
リーダーです。巨大化の幻術と狸相撲を得意とします。
肉風船 自付 膨れ上がり、巨大化します。物防&特防UP。
張り手 物近列 近寄る相手に張り手をぶつけます。
突撃 物近貫2 全身の体重を乗せ、突撃します。【ノックB】(100%、50%)
・青目
透明化の幻術を使います。『チョコレートの精霊』を名乗ったのは彼。
透明化 自付 透明化して気配を断ちます。回避UP
透明矢 特遠単 目に見えない矢を投げつけます。矢じりに毒あり。【毒】【麻痺】
風来棍 物近単 目に見えない棍で殴り掛かります。【三連】
・黄桜
服装変化と他者操作の幻術を使います。
変化術 自付 細く鋭い姿になり、速度を増します。反応速度、回避UP
酔々符 特遠単 頭がふらふらし、目標が定まらなくなります。【混乱】
服変化 特遠列 相手の服を一瞬だけ恥ずかしい物に変え、動きを乱します。【弱体】【鈍化】【負荷】【ダメージ0】
●NPC
・岸辺美奈子
十七歳女性。化け狸に操られて『子供向けのアニメに出てくる魔法少女のような』格好で走らされています。一般人。
戦闘能力は皆無です。覚者の言葉は耳に入りますが、自発的に行動はできないものとします。
●場所情報
街の住宅地区。人が来る可能性は相応に。時刻は夜ですが、街灯があるので視界ペナルティはなし。広さと足場も戦闘に支障がないものとします。
戦闘開始時、『赤福』が前衛に。『青目』『黄桜』が中衛に。『岸辺』が後衛に居ます。敵前衛と覚者の距離は十メートルとします。
待ち伏せという事で、事前付与は一度だけ可能とします。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2017年03月03日
2017年03月03日
■メイン参加者 8人■

●
「さあ告白だ! どう転んでも美味い酒が飲めそうだ」
「そこまでだ!」
もう『チョコレートの精霊』を演技することなく道を走る狸三匹と被害者の魔法少女コスプレJK。その正面に立つ八人の覚者達。
「一つ、人の恋路をもてあそび、二つ、不埒な悪行三昧。三つ、醜い心のいたずらタヌキを、退治てくれよう。なぁギュスターヴ!」
大見得を切って手にした斧を振るうのは『花屋の装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)だ。黒肌にスキンヘッド。ワニを思わせる斧の装飾。その見た目に狸達も驚き、足を止めた。あ、これヤバくね的な冷や汗を流す。
「乙女心を悪戯に踏み躙ってしまう事は、同じ女の子として許せません……!」
声に怒りを乗せて賀茂 たまき(CL2000994)が神具を構える。これが純粋な善意であるならば、多少迷惑であろうとも寛容にはなれた。だが愉悦の為に告白させようとするならば、許すつもりはない。一度痛い目に合わせなければ。
「乙女心を何だと思ってるのでしょう……。許せません……!」
同じく怒りを露わにする『調和の翼』天野 澄香(CL2000194)。勇気のない乙女の背中を押す。それ自体はなんら悪くない。だがあの格好には明らかに悪意があった。乙女心を守るために、翼を広げて羽ばたかせる。
「人の恋路で楽しんじゃおうだなんてしょうがない狸さんだなぁ」
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)はうんうんと頷いて太刀を鞘から抜く。愛の告白。一世一代ともいえる決意を弄ぼうなどとは。もし自分の恋路だったらと思うと、戦意が高まってくる。
「確かに。困った狸達だね……」
抑揚のない声で鈴白 秋人(CL2000565)が告げる。冷静沈着な秋人は、基本的に声をあげて相手を非難することはない。だからと言って、狸達の行為に怒りを覚えていないわけではない。きっちりお灸をすえてやらねば。
「コスプレって往来でやると……似合っていてもアレだな」
ため息をつきながら『慧眼の癒し手』香月 凜音(CL2000495)が言葉を濁す。当人を目の前にして、可哀そうになった。ましてや彼女自身の意志ではないのだ。早く解放ししてあげないと。いたたまれない気持ちになってくる。
「全員まとめてぶっ殺せばおっけーですよね!」
白いワンピースを風に揺らし、鉄仮面をかぶった『風に舞う花』風織 紡(CL2000764)が宣言する。もちろん『全員』と言うのは狸達だ。それを示すように剣の切っ先を狸に向け、殺意を高めて近づいていく。
「結界、張り終わりました」
手にした書物を開き、『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)が皆に告げる。小さな炎を飛ばして一定空間内の因果律を操作。それにより『人がこちらに来る確率』を減らし、戦場に人が舞いこまないようにした。
「赤福の兄貴、どうしやすか?」
「決まってるだろう。軽くひねってやるでごわす」
「宴の前座にちょうどいい。化かし化かして馬鹿にしてやらぁ!」
覚者達の戦意に応えるように、狸達も構えを取る。背後の岸辺は逃げたいけど逃げられない状況で涙していた。せめて服だけでも何とかして、と。
乙女の恋心をかけた戦いの火蓋が、今切って落とされた。
●
「行くぞ、狸達!」
最初に動いたのは奏空だ。『大太刀・虔翦』を構え、精神を集中させる。刀身は日の光を吸い込むように黒く、そして刃毀れがない。刀は術式を加速させるように自らの力を奏空に注ぎ込む。それは奏空を主と認めるように。
天の源素を解放し、霧を発生させる。狸達の視界を奪った後にさらに奏空は天の源素を練り上げる。細く鋭く。イメージするのは手にした黒刀。練り上げられた源素は雷光となり、激しい轟音と共に狸達に叩きつけられた。
「恋心っていうものはデリケートなんだぞ! 心の傷って体の傷よりも深く残る事があるんだ!」
「美奈子さんの気持ちを弄ぶ何て、私が許しません!」
背負った鞄の中から呪符を取り出し、指で挟むたまき。その表情は少女の恋心で遊ぼうとする狸達への怒りの顔。攻撃することは得意ではないが、この狸達を許しては置けない。眼前の狸を見据え、腰を下ろした。
足元に感じる大地の力。その力と同質の源素を符に集中させる。膨れ上がり巨大化した狸を見上げ、その懐に迫るたまき。狸の腹に符を押し当て、源素を解放した。土の力がハンマーのような衝撃となって狸に叩きつけられる。
「赤福さんは私が押さえておきます」
「あたしは黄桜に行くですよ」
赤福の後ろで変化術を行使する狸に向かって、素足で紡が走っていく。あ、やべこっち来るな的な表情を浮かべる狸。それに構わず二本の刃物を構える紡。片方を純手に、片方を逆手に。刃が生む出血を想像し、背筋にぞわりとした感覚が走る。
前もってかけてあった前世との繋がり。それが紡の動きを加速させる。もっと鋭く、もっと強く。最も血が出るであろう場所を推察し、そこに向かい刃を振り下ろす。細い何かを裂いた感覚が神具から伝わり、狸の肩から鮮血がほとばしった。
「あたしはただ目の前の敵を倒すだけです!」
「じゃあ俺は青目といこうか」
威嚇するように斧を振り回し義高が狸に迫る。挑発するように指を動かす狸だが、腰は少し引けていた。姿が薄くぼやける狸だが、音と風の動きで居場所はなんとなくわかる。重い斧を苦も無く構える義高。
槌の鎧を身にまとい防御力を増した後に、『ギュスターブ』の柄を握りしめる。狸の動きを予測し、その先に向かい斧を振り下ろす義高。その重量故に何度も振り回せないが、だからこその一撃。鰐の尾の如き力強い一撃が狸に向かい振り下ろされた。
「こいつらは押さえておくぜ。行きな」
「はい。宜しくお願いします」
狸達に仲間が押さえに入ったのを確認し、澄香が走る。向かう先は魔法少女の姿に変えられた岸辺の元。
「大丈夫ですか? すぐに助けてあげますから」
「わあああん! なんだよく解らない事になってるけどありがとう!」
「できるなら巻き込まれないように隠れてほしいんですけど……」
「できるなら逃げてるよぅ!」
叫ぶ岸部。しかし狸達も戦闘に岸辺を巻き込むつもりはないのか、後ろで待機させている。逃がすつもりもないのか、目の届く場所には置いているが。
(安全は確保されているのかな?)
澄香はそう判断し、戦闘に戻る。その前に岸辺に向かい、
「狸さん達を懲らしめたらきっと術が解けます。それまで辛抱してくださいね」
そう告げて翼を広げて仲間たちの元に飛んだ。
「安全みたいだね。それじゃあ狸退治といこうか」
秋人は細かに位置を変えながら狸達を狙っていた。心持ちはどうあれ、狸達の行動は岸辺の行動力を促した。その結果がどうなるかは二人の問題だが、それ自体は良い事だろう。まあ、この狸の行動には悪意があるのだが。
術符を手にして精神を研ぎ澄ます秋人。直線上に岸辺がいないことを確認し、力を集中させる。集まった力は不可視の矢となり、狸達を貫くように飛来する。突き抜ける衝撃波が狸達を穿ち、悲鳴をあげさせた。
「遊びで人の気持ちを馬鹿にするのはよくないよ。そんな事だとメス狸にもモテない気がするんだけど」
「モテる狸がこんな悪戯するわけないだろう」
凜音の言葉に狸達が傷ついたように呻く。恋愛からは一歩引いている所がある凜音だが、だからこそ見えることがある。古妖の身の上など知ったことではないが、このまま放置はできない。お仕置きついでに後で叱っておくか。
前世とのつながりを強化し、神具を手にする凜音。冷静に戦場を見やり、傷ついた仲間に癒しの術を行使する。前線で狸達と相対している仲間達に向かい、恵みの雨を降らせた。前で戦うだけが戦いではない。仲間を支援し、助けることもまた戦いなのだ。
「しかしまー。チョコレートの精霊、って名乗る割には可愛げがないよな、こいつら」
「見た目は丸々としてるんですけど、精霊と言われるとさすがに」
魔法使いの家系であるラーラは凜音の言葉に頷いて応える。可愛らしいと感じるかどうかは個人の趣向だが、精霊を騙るには役者不足だ。欧州の妖精は確かにイタズラ好きだが、これはさすがにやりすぎだろう。
『煌炎の書』を手にして呼吸を整える。手の平に生まれる赤熱の炎。熱く熱く熱く。細く細く細く。三度呪文を唇に乗せて、炎を狸達に打ち放つ。炎は細く鋭い弾丸となり、灼ける様な傷を穿っていく。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
「あちちちち! 赤福の兄貴、こいつら強いですぜ!」
「ぐぬぬぅ! だがまだ負けてないでごわす!」
「俺っち帰っていいすか? 駄目っすね、ちょほー」
覚者達の猛攻の前に押され出す狸達。台詞にも焦燥が見え始めていた。
乙女の恋心を守るため、覚者達の動きは加速していく。
●
たまき、紡、義高がそれぞれの狸を押さえ、他の覚者達が遠距離から攻撃し、またサポートを行う陣形だ。
対し狸達は赤福を攻撃の主眼とし、青目と黄桜は遠距離攻撃でバッドステータスを振りまくサポートに回っていた。そして主に狙われるのは――
「また俺か」
回復を行う凜音である。黄桜の混乱を引き起こす術を受けて、回復が滞っていた。
「イタズラ狸と思っていたけど……ガチ攻撃じゃないですか! 列に貫通攻撃にえげつないBSばっかり!?」
驚く奏空。とはいえ、彼らはこれを事前に知っているため、事前に木行の術で対策を立てており、被害はそれほど大きくなかった。
「おらぁ! こいつでどうだ!」
義高は持っていた絵具を透明化した青目に当てる。狸の尻尾に色がつき、少しは命中しやすくなる。完全に見えるようになったわけではないが、インファイトの状態なら追うことが出来る。愛斧を手にし、大きく振るった。
「行くよ、たまきちゃん!」
「はい、奏空さん!」
奏空とたまきは声を掛け合い、同時に源素を組み立てる。奏空が天駆ける稲妻を生み出せば、たまきは大地からの力を伝達させて相手にぶつける。天と地。二方向から同時に放たれた一撃。雷轟と共に空から叩きつけられる鋭い牙と、大地からたまきを通して伝えられる重い槌。
全く性質の違う一撃は、しかし奏空とたまきという覚者を通じて同時に敵に向かう。螺旋が絡み合うように天と土の源素が重なり、一つの轟音と同時に強い衝撃と共に敵陣を穿った。
「恋心をおもちゃにするような真似は赦せません!」
岸部と同い年のラーラは、狸達の行為を許すつもりはない。それを示すように赤々と燃えた炎を叩きつける。破魔の力を宿した白い炎。それは狸の幻術を打ち破る。透明化していた青目は、それにより完全に姿を現すこととなった。
「あたしはなんでも似合います。たとえヒョウ柄の服でも、ビビットカラーのださい服でも、はだかでも!」
黄桜の幻術で服を変えられても紡は堂々としていた。メタな事を言うと弱体効果は受けているけど、態度は堂々としていた。他にも「女装慣れしてるから大丈夫!」という声も上がり、黄桜が逆にタジタジしていた。
「落ち着いて。今癒すから」
秋人は仲間にかかったバッドステータスを癒しに回る。バッドステータス対策をしているとはいえ、完全に防ぐことはできない。そうなった時に秋人は水の源素を練り上げ、仲間の毒を癒し、正気に戻していた。
「助かった。それじゃあ、俺も癒すか」
黄桜の酔々符により混乱していた凜音が秋人に礼を言う。その後に戦場の仲間を見て、傷の具合を確かめてから癒しの術を行使する。幸いにして今すぐ倒れるほどの傷を受けている仲間はいない。幻術中心の攻撃だからだろうか、火力は高くないようだ
「戻ってきました! 私も戦います!」
空を飛んで味方の陣に戻ってきた澄香。狸の攻撃を避けるために大きく迂回してきたゆえに、戻ってくるのに時間がかかってしまった。仲間を若々しい新緑の力を宿した香りで包み、狸の幻術から覚ましていく。
「おおぅ。しもたわー!」
一番最初に倒れたのは集中砲火を受けていた黄桜だ。黄桜が倒れたことで岸辺の服が元に戻り、体の自由も取り戻せた。一礼して戦場から遠のいていく。
「赤福の兄貴ィ! やばいですぜ!」
「まだまだぁ。昭倭一桁生まれの意地を見せるでごわす!」
慌てる青目。負けじと意地を張る赤福。
だが戦いの趨勢はもはや明らかだった。妨害役の黄桜が倒れれば、覚者の火力は十全に発揮される。それに耐えられるほどの防御力は狸側にはなかった。
続く集中砲火で青目が倒れ、赤福に攻撃が集中する。耐久力と防御力に自信がある赤福だったが、覚者の猛攻の前では長くはもたない。
「あいたたた……!」
最初から赤福と相対していたたまきが赤福の張り手で命数を削られるが、覚者側の被害はそこまで。
「コイツで終いだ!」
義高の斧が振り上げられる。鱗の紋様とキザギザの刀身。ワニが宿った斧は名付親の怒りを体現するように雄々しく、そして勢いよく振り下ろされる。斧は真っ直ぐに赤福を薙いだ。
「手向けの花ぐらいは送ってやるぜ」
ブゥン、と斧を振るう。その風圧に押されるように赤福は地面に倒れ伏した。
●
で。狸達はと言うと、
「「「参りましたー」」」
土下座して覚者達に反省の意を示していた。
「凝りましたか? 人間で遊ぶとあたしらがくるから、気を付けるんですよ」
「心を入れ替えたのでしたら、良かったですわ」
腰に手を当てて怒りを示す紡。反省している狸達に向けて、肉まんを渡すたまき。
「色々ありがとうございました」
戦闘が終わったのを確認し、岸辺が戻ってくる。狸達にどうしたものかと言う目をするが、それ以上何かをするつもりはないようだ。実質未遂という事もあるが、事の原因は自分の勇気のなさと言う部分もある。
「あの、少しよろしいですか? そのチョコの事ですが」
「ひゃい! え、あの、その! ……もしかして、いろいろとバレバレ?」
覚者達はプライベートなことを知ってしまったことを申し訳なさそうに頷く。
「大変な目にはあったが、こうして助けられた。つまりお前さんはついてる。だからあとは勇気を出すだけだ」
いたたまれない空気を咳払いして打ち消し、義高が告げる。
「でも……もうバレンタインは終わったし……」
「一日遅れたくらいで消えるような気持ちじゃないだろ?」
「ありのままでいいんですよ。迷って一日遅れたけど、それも含めてありのままで。飾ったって偽ったって、いつかバレるんです」
凜音と紡が迷う岸辺の背中を押すように助言する。バレンタインにチョコは渡せなかったけど、恋心は消えない。ならばそれを伝えればいいと。
「諦めるのも決意だし、勇気を出すのも決意が必要だよ」
「無理に背中は押しませんが、後悔だけはしないで下さいね」
秋人とラーラは、無理に今渡さなくてもと意見する。だけど大事なのは自分で選ぶこと。後悔のないよう、選んでほしいと告げる。
「勇気を出した方が、きっと、お気持ちだけでもお相手の方に、伝わる筈です!」
「俺だったら遅くなっても貰ったら嬉しいよ。もしかしてその彼、待ってるかもしれないよ」
たまきと奏空がそう言って、互いを見やる。絡み合う二人の視線。
「あの……折角なんで今からチョコ、渡してみる」
岸辺の選択に覚者達は頷く。ならば、と澄香は岸辺にむかい、
「でしたら私に魔法を掛けさせて下さい。とびっきり可愛くしてみせますよ」
化粧ポーチを取り出し、笑みを浮かべた。
澄香によってメイクを施された岸辺は、メールで阿久津を呼び出す。
家から出た彼が岸辺に会ったところを見て、覚者達は背を向けた。
ここから先を見るのは野暮な話だ。
一日遅れのバレンタインデー。二人に祝福を送りながら、覚者達は帰路につく――
さて、バレンタインとは関係のない場所で。
「あの三兄弟が人間に負けただと?」
「まったく、情けないでやんすねぇ。狸の面汚しにもほどがある。しかも稲荷の狐が関係している所だとか」
「そいつは狸の名に懸けて捨て置けねえなぁ」
ポン、と膝を叩く音がする。
「恩を売られれば恩で返し、仇を討たれりゃ仇を返す。福を分けるが我が字。文福茶釜のお出ましだ!」
「さあ告白だ! どう転んでも美味い酒が飲めそうだ」
「そこまでだ!」
もう『チョコレートの精霊』を演技することなく道を走る狸三匹と被害者の魔法少女コスプレJK。その正面に立つ八人の覚者達。
「一つ、人の恋路をもてあそび、二つ、不埒な悪行三昧。三つ、醜い心のいたずらタヌキを、退治てくれよう。なぁギュスターヴ!」
大見得を切って手にした斧を振るうのは『花屋の装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)だ。黒肌にスキンヘッド。ワニを思わせる斧の装飾。その見た目に狸達も驚き、足を止めた。あ、これヤバくね的な冷や汗を流す。
「乙女心を悪戯に踏み躙ってしまう事は、同じ女の子として許せません……!」
声に怒りを乗せて賀茂 たまき(CL2000994)が神具を構える。これが純粋な善意であるならば、多少迷惑であろうとも寛容にはなれた。だが愉悦の為に告白させようとするならば、許すつもりはない。一度痛い目に合わせなければ。
「乙女心を何だと思ってるのでしょう……。許せません……!」
同じく怒りを露わにする『調和の翼』天野 澄香(CL2000194)。勇気のない乙女の背中を押す。それ自体はなんら悪くない。だがあの格好には明らかに悪意があった。乙女心を守るために、翼を広げて羽ばたかせる。
「人の恋路で楽しんじゃおうだなんてしょうがない狸さんだなぁ」
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)はうんうんと頷いて太刀を鞘から抜く。愛の告白。一世一代ともいえる決意を弄ぼうなどとは。もし自分の恋路だったらと思うと、戦意が高まってくる。
「確かに。困った狸達だね……」
抑揚のない声で鈴白 秋人(CL2000565)が告げる。冷静沈着な秋人は、基本的に声をあげて相手を非難することはない。だからと言って、狸達の行為に怒りを覚えていないわけではない。きっちりお灸をすえてやらねば。
「コスプレって往来でやると……似合っていてもアレだな」
ため息をつきながら『慧眼の癒し手』香月 凜音(CL2000495)が言葉を濁す。当人を目の前にして、可哀そうになった。ましてや彼女自身の意志ではないのだ。早く解放ししてあげないと。いたたまれない気持ちになってくる。
「全員まとめてぶっ殺せばおっけーですよね!」
白いワンピースを風に揺らし、鉄仮面をかぶった『風に舞う花』風織 紡(CL2000764)が宣言する。もちろん『全員』と言うのは狸達だ。それを示すように剣の切っ先を狸に向け、殺意を高めて近づいていく。
「結界、張り終わりました」
手にした書物を開き、『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)が皆に告げる。小さな炎を飛ばして一定空間内の因果律を操作。それにより『人がこちらに来る確率』を減らし、戦場に人が舞いこまないようにした。
「赤福の兄貴、どうしやすか?」
「決まってるだろう。軽くひねってやるでごわす」
「宴の前座にちょうどいい。化かし化かして馬鹿にしてやらぁ!」
覚者達の戦意に応えるように、狸達も構えを取る。背後の岸辺は逃げたいけど逃げられない状況で涙していた。せめて服だけでも何とかして、と。
乙女の恋心をかけた戦いの火蓋が、今切って落とされた。
●
「行くぞ、狸達!」
最初に動いたのは奏空だ。『大太刀・虔翦』を構え、精神を集中させる。刀身は日の光を吸い込むように黒く、そして刃毀れがない。刀は術式を加速させるように自らの力を奏空に注ぎ込む。それは奏空を主と認めるように。
天の源素を解放し、霧を発生させる。狸達の視界を奪った後にさらに奏空は天の源素を練り上げる。細く鋭く。イメージするのは手にした黒刀。練り上げられた源素は雷光となり、激しい轟音と共に狸達に叩きつけられた。
「恋心っていうものはデリケートなんだぞ! 心の傷って体の傷よりも深く残る事があるんだ!」
「美奈子さんの気持ちを弄ぶ何て、私が許しません!」
背負った鞄の中から呪符を取り出し、指で挟むたまき。その表情は少女の恋心で遊ぼうとする狸達への怒りの顔。攻撃することは得意ではないが、この狸達を許しては置けない。眼前の狸を見据え、腰を下ろした。
足元に感じる大地の力。その力と同質の源素を符に集中させる。膨れ上がり巨大化した狸を見上げ、その懐に迫るたまき。狸の腹に符を押し当て、源素を解放した。土の力がハンマーのような衝撃となって狸に叩きつけられる。
「赤福さんは私が押さえておきます」
「あたしは黄桜に行くですよ」
赤福の後ろで変化術を行使する狸に向かって、素足で紡が走っていく。あ、やべこっち来るな的な表情を浮かべる狸。それに構わず二本の刃物を構える紡。片方を純手に、片方を逆手に。刃が生む出血を想像し、背筋にぞわりとした感覚が走る。
前もってかけてあった前世との繋がり。それが紡の動きを加速させる。もっと鋭く、もっと強く。最も血が出るであろう場所を推察し、そこに向かい刃を振り下ろす。細い何かを裂いた感覚が神具から伝わり、狸の肩から鮮血がほとばしった。
「あたしはただ目の前の敵を倒すだけです!」
「じゃあ俺は青目といこうか」
威嚇するように斧を振り回し義高が狸に迫る。挑発するように指を動かす狸だが、腰は少し引けていた。姿が薄くぼやける狸だが、音と風の動きで居場所はなんとなくわかる。重い斧を苦も無く構える義高。
槌の鎧を身にまとい防御力を増した後に、『ギュスターブ』の柄を握りしめる。狸の動きを予測し、その先に向かい斧を振り下ろす義高。その重量故に何度も振り回せないが、だからこその一撃。鰐の尾の如き力強い一撃が狸に向かい振り下ろされた。
「こいつらは押さえておくぜ。行きな」
「はい。宜しくお願いします」
狸達に仲間が押さえに入ったのを確認し、澄香が走る。向かう先は魔法少女の姿に変えられた岸辺の元。
「大丈夫ですか? すぐに助けてあげますから」
「わあああん! なんだよく解らない事になってるけどありがとう!」
「できるなら巻き込まれないように隠れてほしいんですけど……」
「できるなら逃げてるよぅ!」
叫ぶ岸部。しかし狸達も戦闘に岸辺を巻き込むつもりはないのか、後ろで待機させている。逃がすつもりもないのか、目の届く場所には置いているが。
(安全は確保されているのかな?)
澄香はそう判断し、戦闘に戻る。その前に岸辺に向かい、
「狸さん達を懲らしめたらきっと術が解けます。それまで辛抱してくださいね」
そう告げて翼を広げて仲間たちの元に飛んだ。
「安全みたいだね。それじゃあ狸退治といこうか」
秋人は細かに位置を変えながら狸達を狙っていた。心持ちはどうあれ、狸達の行動は岸辺の行動力を促した。その結果がどうなるかは二人の問題だが、それ自体は良い事だろう。まあ、この狸の行動には悪意があるのだが。
術符を手にして精神を研ぎ澄ます秋人。直線上に岸辺がいないことを確認し、力を集中させる。集まった力は不可視の矢となり、狸達を貫くように飛来する。突き抜ける衝撃波が狸達を穿ち、悲鳴をあげさせた。
「遊びで人の気持ちを馬鹿にするのはよくないよ。そんな事だとメス狸にもモテない気がするんだけど」
「モテる狸がこんな悪戯するわけないだろう」
凜音の言葉に狸達が傷ついたように呻く。恋愛からは一歩引いている所がある凜音だが、だからこそ見えることがある。古妖の身の上など知ったことではないが、このまま放置はできない。お仕置きついでに後で叱っておくか。
前世とのつながりを強化し、神具を手にする凜音。冷静に戦場を見やり、傷ついた仲間に癒しの術を行使する。前線で狸達と相対している仲間達に向かい、恵みの雨を降らせた。前で戦うだけが戦いではない。仲間を支援し、助けることもまた戦いなのだ。
「しかしまー。チョコレートの精霊、って名乗る割には可愛げがないよな、こいつら」
「見た目は丸々としてるんですけど、精霊と言われるとさすがに」
魔法使いの家系であるラーラは凜音の言葉に頷いて応える。可愛らしいと感じるかどうかは個人の趣向だが、精霊を騙るには役者不足だ。欧州の妖精は確かにイタズラ好きだが、これはさすがにやりすぎだろう。
『煌炎の書』を手にして呼吸を整える。手の平に生まれる赤熱の炎。熱く熱く熱く。細く細く細く。三度呪文を唇に乗せて、炎を狸達に打ち放つ。炎は細く鋭い弾丸となり、灼ける様な傷を穿っていく。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
「あちちちち! 赤福の兄貴、こいつら強いですぜ!」
「ぐぬぬぅ! だがまだ負けてないでごわす!」
「俺っち帰っていいすか? 駄目っすね、ちょほー」
覚者達の猛攻の前に押され出す狸達。台詞にも焦燥が見え始めていた。
乙女の恋心を守るため、覚者達の動きは加速していく。
●
たまき、紡、義高がそれぞれの狸を押さえ、他の覚者達が遠距離から攻撃し、またサポートを行う陣形だ。
対し狸達は赤福を攻撃の主眼とし、青目と黄桜は遠距離攻撃でバッドステータスを振りまくサポートに回っていた。そして主に狙われるのは――
「また俺か」
回復を行う凜音である。黄桜の混乱を引き起こす術を受けて、回復が滞っていた。
「イタズラ狸と思っていたけど……ガチ攻撃じゃないですか! 列に貫通攻撃にえげつないBSばっかり!?」
驚く奏空。とはいえ、彼らはこれを事前に知っているため、事前に木行の術で対策を立てており、被害はそれほど大きくなかった。
「おらぁ! こいつでどうだ!」
義高は持っていた絵具を透明化した青目に当てる。狸の尻尾に色がつき、少しは命中しやすくなる。完全に見えるようになったわけではないが、インファイトの状態なら追うことが出来る。愛斧を手にし、大きく振るった。
「行くよ、たまきちゃん!」
「はい、奏空さん!」
奏空とたまきは声を掛け合い、同時に源素を組み立てる。奏空が天駆ける稲妻を生み出せば、たまきは大地からの力を伝達させて相手にぶつける。天と地。二方向から同時に放たれた一撃。雷轟と共に空から叩きつけられる鋭い牙と、大地からたまきを通して伝えられる重い槌。
全く性質の違う一撃は、しかし奏空とたまきという覚者を通じて同時に敵に向かう。螺旋が絡み合うように天と土の源素が重なり、一つの轟音と同時に強い衝撃と共に敵陣を穿った。
「恋心をおもちゃにするような真似は赦せません!」
岸部と同い年のラーラは、狸達の行為を許すつもりはない。それを示すように赤々と燃えた炎を叩きつける。破魔の力を宿した白い炎。それは狸の幻術を打ち破る。透明化していた青目は、それにより完全に姿を現すこととなった。
「あたしはなんでも似合います。たとえヒョウ柄の服でも、ビビットカラーのださい服でも、はだかでも!」
黄桜の幻術で服を変えられても紡は堂々としていた。メタな事を言うと弱体効果は受けているけど、態度は堂々としていた。他にも「女装慣れしてるから大丈夫!」という声も上がり、黄桜が逆にタジタジしていた。
「落ち着いて。今癒すから」
秋人は仲間にかかったバッドステータスを癒しに回る。バッドステータス対策をしているとはいえ、完全に防ぐことはできない。そうなった時に秋人は水の源素を練り上げ、仲間の毒を癒し、正気に戻していた。
「助かった。それじゃあ、俺も癒すか」
黄桜の酔々符により混乱していた凜音が秋人に礼を言う。その後に戦場の仲間を見て、傷の具合を確かめてから癒しの術を行使する。幸いにして今すぐ倒れるほどの傷を受けている仲間はいない。幻術中心の攻撃だからだろうか、火力は高くないようだ
「戻ってきました! 私も戦います!」
空を飛んで味方の陣に戻ってきた澄香。狸の攻撃を避けるために大きく迂回してきたゆえに、戻ってくるのに時間がかかってしまった。仲間を若々しい新緑の力を宿した香りで包み、狸の幻術から覚ましていく。
「おおぅ。しもたわー!」
一番最初に倒れたのは集中砲火を受けていた黄桜だ。黄桜が倒れたことで岸辺の服が元に戻り、体の自由も取り戻せた。一礼して戦場から遠のいていく。
「赤福の兄貴ィ! やばいですぜ!」
「まだまだぁ。昭倭一桁生まれの意地を見せるでごわす!」
慌てる青目。負けじと意地を張る赤福。
だが戦いの趨勢はもはや明らかだった。妨害役の黄桜が倒れれば、覚者の火力は十全に発揮される。それに耐えられるほどの防御力は狸側にはなかった。
続く集中砲火で青目が倒れ、赤福に攻撃が集中する。耐久力と防御力に自信がある赤福だったが、覚者の猛攻の前では長くはもたない。
「あいたたた……!」
最初から赤福と相対していたたまきが赤福の張り手で命数を削られるが、覚者側の被害はそこまで。
「コイツで終いだ!」
義高の斧が振り上げられる。鱗の紋様とキザギザの刀身。ワニが宿った斧は名付親の怒りを体現するように雄々しく、そして勢いよく振り下ろされる。斧は真っ直ぐに赤福を薙いだ。
「手向けの花ぐらいは送ってやるぜ」
ブゥン、と斧を振るう。その風圧に押されるように赤福は地面に倒れ伏した。
●
で。狸達はと言うと、
「「「参りましたー」」」
土下座して覚者達に反省の意を示していた。
「凝りましたか? 人間で遊ぶとあたしらがくるから、気を付けるんですよ」
「心を入れ替えたのでしたら、良かったですわ」
腰に手を当てて怒りを示す紡。反省している狸達に向けて、肉まんを渡すたまき。
「色々ありがとうございました」
戦闘が終わったのを確認し、岸辺が戻ってくる。狸達にどうしたものかと言う目をするが、それ以上何かをするつもりはないようだ。実質未遂という事もあるが、事の原因は自分の勇気のなさと言う部分もある。
「あの、少しよろしいですか? そのチョコの事ですが」
「ひゃい! え、あの、その! ……もしかして、いろいろとバレバレ?」
覚者達はプライベートなことを知ってしまったことを申し訳なさそうに頷く。
「大変な目にはあったが、こうして助けられた。つまりお前さんはついてる。だからあとは勇気を出すだけだ」
いたたまれない空気を咳払いして打ち消し、義高が告げる。
「でも……もうバレンタインは終わったし……」
「一日遅れたくらいで消えるような気持ちじゃないだろ?」
「ありのままでいいんですよ。迷って一日遅れたけど、それも含めてありのままで。飾ったって偽ったって、いつかバレるんです」
凜音と紡が迷う岸辺の背中を押すように助言する。バレンタインにチョコは渡せなかったけど、恋心は消えない。ならばそれを伝えればいいと。
「諦めるのも決意だし、勇気を出すのも決意が必要だよ」
「無理に背中は押しませんが、後悔だけはしないで下さいね」
秋人とラーラは、無理に今渡さなくてもと意見する。だけど大事なのは自分で選ぶこと。後悔のないよう、選んでほしいと告げる。
「勇気を出した方が、きっと、お気持ちだけでもお相手の方に、伝わる筈です!」
「俺だったら遅くなっても貰ったら嬉しいよ。もしかしてその彼、待ってるかもしれないよ」
たまきと奏空がそう言って、互いを見やる。絡み合う二人の視線。
「あの……折角なんで今からチョコ、渡してみる」
岸辺の選択に覚者達は頷く。ならば、と澄香は岸辺にむかい、
「でしたら私に魔法を掛けさせて下さい。とびっきり可愛くしてみせますよ」
化粧ポーチを取り出し、笑みを浮かべた。
澄香によってメイクを施された岸辺は、メールで阿久津を呼び出す。
家から出た彼が岸辺に会ったところを見て、覚者達は背を向けた。
ここから先を見るのは野暮な話だ。
一日遅れのバレンタインデー。二人に祝福を送りながら、覚者達は帰路につく――
さて、バレンタインとは関係のない場所で。
「あの三兄弟が人間に負けただと?」
「まったく、情けないでやんすねぇ。狸の面汚しにもほどがある。しかも稲荷の狐が関係している所だとか」
「そいつは狸の名に懸けて捨て置けねえなぁ」
ポン、と膝を叩く音がする。
「恩を売られれば恩で返し、仇を討たれりゃ仇を返す。福を分けるが我が字。文福茶釜のお出ましだ!」
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
……あれ、これ続くの!?
