殺人通り
殺人通り


●噂
この道には悪い噂がある。
『この道で、殺人があった』
この辺りでは誰もが聞いた事がある噂だし、それは紛うこと無き事実である。
学校の帰り道、少年が突然目を血走らせ、親友をナイフで滅多刺しにしたのだ。
錯乱し友の亡骸の前で泣き崩れた少年は、近づく者全てにナイフを振りかざし、已む無く警官の手により射殺された。


この道には悪い噂がある。
『この道で、殺人があった』
親友を殺した少年の母が、その道で自らの命を絶ったのだ。
優しかった息子の凶行を信じる事は出来ず、周囲の目は彼女の心を蝕んだ。
失意と絶望の内に、その女性は息子の命の火が消えた電柱の前で、自らの胸に果物ナイフを付き立てた。
幾度となく息子にリンゴを剥いてあげた果物ナイフは吸い込まれるように心臓に刺さり、その命を奪ったという。


この道には悪い噂がある。
『この道で、殺人があった』
若い会社員の男性が腹を裂かれ血溜まりに伏している所を、早朝の犬の散歩をしていた近所の主婦が発見した。
男性は妻と2歳になる娘がいたらしく、死亡時に所持していたバッグには娘への土産の絵本が入っていた。
その事から自殺は考えにくいと判断されたが、犯人は未だ見つかっていない。


噂は幾重にも堆積し、堆積した噂は異質な物へと形を変えていく。

今、この道には悪い噂がある。
『この道は、人を殺す』
この辺りでは誰もが聞いた事がある噂であるし、それは紛うこと無き事実である。




●影
「皆さんは『殺人通り』という噂をご存知ですか?」
 集まった覚者達に礼を述べた後、久方 真由美(nCL2000003)の第一声はそんなものだった。
 互いに顔を見合わせ、再び視線を真由美に戻す覚者達。
「地方の噂ですから知らない人が大半でしょうけど…。 人を殺す通り…というのがあるんです。 いえ…」
 自身の言葉にすぐに否定を付け加え、訂正をする。
「実際は、道に現れる妖が……なんですが。 心霊系の妖が、通り魔のようにそこを通る人を殺してしまっている…みたいです」
 心霊系の妖…。 思念や怨霊が妖と化した物の総称だ。
 物理攻撃の効き難い、厄介な相手だという。

「妖は2体。 人型で真っ黒い影のような姿です。 この通りに強い思いがあるのか、夜間、この通りにしか現れないみたいです」
 真由美は少し視線を落とし、うつむくように言葉を続ける。
「既に会社員の男性が一人犠牲になってしまっていますが、このままでは被害はもっと広がってしまうかもしれません」
 危険な場所に覚者達を送り出すのは忍びない。 そんな気持ちが透けてみえる真由美に、覚者達は笑顔で答える。
 それが自分たちの役目だと。
 視線を上げた真由美は眉尻にまだ申し訳なさを残しながらも、人を殺す通りへと赴く覚者達を見送るのだった。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:のもの
■成功条件
1.妖2体『黒い影』(心霊系 ランク1)
2.なし
3.なし
OPを見てくださって有難うございます、STの「のもの」です!
噂って面白いけど怖いですよね。
飲み会1回行けなかっただけで引っ越したって噂が流れた事あります。


ん? 自殺は殺人じゃない…?
う、噂って言うのは尾ひれが付いたり変化したりする所も怖さだと思うのです…!


●敵情報
心霊系妖が2体。
人型の影のような姿で、大きさが微妙に異なります。

・小さな影
身長は145cmくらい。 影で出来たナイフのようなものを持っている。
攻撃力が高め。
攻撃手段は…
 ・切り付け……ナイフのようなもので切り付ける近接単体攻撃。 バッドステータス出血付与
 ・首絞め……自身の影を伸ばし、相手の首に巻きつける近距離単体攻撃。 威力はやや高め。
 ・めった切り…体力が半分以下になると使う、高威力近接単体攻撃。 反動1ターン。


・大きな影
身長は165cmくらい。 こちらもナイフのようなものを持っている。
回避が高め。
攻撃手段は…
 ・皮剥き…腕を伸ばし、皮膚を削ぐようにナイフのようなもので切りつけてくる遠距離単体攻撃。
 ・絡みつく影……影を伸ばし相手に絡ませる遠距離単体攻撃。 バッドステータス【弱化】付与。
 ・引きずり込む手……体力が半分以下になると使う。 地面から影の手を無数に生やし1列に攻撃。 バッドステータス【鈍化】付与。


●場所情報
通称『殺人通り』。 道幅6m程の一般的な道で、夜間に赴けば妖はすぐに姿を現します。
通りは寂れた商店街で、どの店もシャッターが下りていて日中でも営業している店はほぼ無い様子。
戦闘中に一般人が通りかかるといった可能性は少ないです。
通りの電柱は間隔が広く、生活の光も無い為かなりの暗さです。 何かしらの光源が無いと戦いにくいでしょう。

基本、妖は殺人通りから出ませんが、出られない訳では無いようです。
覚者が殺人通りから出てしまえば追ってくるという可能性もあり、周囲への被害が大きくなってしまうかもしれません。
妖を出現させたら通りから出て、外から遠距離攻撃で安全に倒す…等は難しいでしょう。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2015年09月24日

■メイン参加者 8人■

『コルトは俺のパスポート』
ハル・マッキントッシュ(CL2000504)
『ハルモニアの幻想旗衛』
守衛野 鈴鳴(CL2000222)
『レヴナント』
是枝 真(CL2001105)

● 
 辺りは静けさに包まれ、時折聞こえる犬の鳴き声はその通りの不気味さを演出している。
 月が雲に隠れた商店街。 頼り無い電灯がチカチカと点滅し、覚者達に最後の力で警告をしているかのようだ。
 覚者達はT字路で足を止めて息を呑む。
 ここを折れた先が、話しに聞いた「殺人通り」だ。

「既に犠牲者が…。最近、防げない人死にが多くて辛いです」
 長い三つ編みの少女、納屋 タヱ子(ID:CL2000019)が、目線を落としながら呟く。
 不幸を未然に防ぐ力。 しかしそれは万能の力では無い。
 自分達の関われなかった所では、やはり悲劇はどうしても起きてしまう。
「少年はどうして、そんな辛い悲劇を起こしてしまったんでしょう…」
 大きな旗を携えた『Little Flag』守衛野 鈴鳴(ID:CL2000222)も、起きてしまった悲劇を悔やむ。
 これから踏み込む道で起きた不幸。 その全ての原因となってしまった少年の凶行さえなければ、後に続く不幸も起きなかっただろう。
 せめて、最初の事件だけでも自分達が関わることができれば…。
「もしも亡くなった方を模っているつもりなら……今すぐここで倒さなければいけません」
 深い藍色の髪をなびかせた三峯・由愛(ID:CL2000629)が目に力を込め言うと、タヱ子と鈴鳴も顔を上げ、気を引き締める。
 起きてしまった事は変えられない。 しかし、これから怒る悲劇は阻止する事が出来る。
 そしてそれは、きっと止められなかった悲劇の犠牲者も救う事が出来る。 そんな気がしていた。


 通りを右に折れただけ。 明かりを遮るものが増えた訳でも、光源が大きく減った訳でもない。
 それだというのに、殺人通りに足を踏み入れた覚者達を、闇夜よりもなお暗い闇が包み込む。
 各々の用意した懐中電灯や守護使役が無ければ、自分の手元さえ見る事が難しい。

「うーん。ホラー苦手なんだけどな俺。こえー」
 だるそうな様子で後頭部をぽりぽりと掻く四月一日 四月二日(ID:CL2000588)は、言葉とは裏腹に緊張感の無い様子で歩を進めてゆく。
「でも、オレは楽しみだ! なんてったって、始めてた戦うタイプの敵だしな!」
 周囲の暗さと不吉さを吹き飛ばすような元気な少年、鹿ノ島・遥(ID:CL2000227)も緊張とは縁の遠そうな雰囲気だ。
 これから起こるであろう敵との戦闘にワクワクとしながら、待ちわびる様に敵を探している。
「この道もきっと、そんな名前ヤダって思ってるかもしれんし……。 ま、がんばりますか」
 四月二日は足先でトントンと地面を叩くと、伊達眼鏡をかけ気持ちを切り替える。

 覚者達は視覚や聴覚を研ぎ澄まし、辺りの様子を伺う。
 姿は今の所無い…が、必ず出てくるはずなのだ。
 懐中電灯の光が道の先に向けられ、『裏切者』鳴神 零(ID:CL2000669)のキッドと名付けられた守護使役の炎が辺りを照らす。
 ゆらゆらとゆれる炎に照らされ浮かぶ覚者達の影。
 その中に混ざり、主の居ない影が二つ。
「居たぞっ! 2体とも近くに纏まってる!」
 『コルトは俺のパスポート』ハル・マッキントッシュ(ID:CL2000504)が超視力と暗視によりその影を見つけ銃を向ける。
 皆の視線と懐中電灯の光が銃の向く先に向けられるが、その影は光を浴びてもなお濃く浮かび、ゆっくりと地面から這い出るように姿を現す。
 小さな影と、大きな影。

「噂も、悪行も、何もかも、噂は根から断たないとね」
「私達は敵を討伐するだけ、さくさく終わらせましょう」
 零が大太刀を抜き放ち、『レヴナント』是枝 真(ID:CL2001105)が二本のステッキを、短刀でも持つかのようにくるりと逆手に構える。
 影はには目が無いものの、明らかにこちらを認識し、重く粘つく殺意を向けてくる。
 辺り一体、闇に包まれた商店街の一部にぽつんと浮かぶ懐中電灯の光。
 スポットライトに当てられたかのようなその場所で、覚者と影が、舞い踊るかのように戦闘を開始するのだった。



 背中を丸めた小さな影が、照らす炎の揺らめきに誘われたようにゆらりと揺れる。
 現実感も重量感も無いその陰は、ふわふわとその場に漂うように揺られたかと思うと、突然勢いをつけて覚者達に飛び掛る。
「おわっ! いきなり俺かよ!」
 小さな影のナイフに狙われたハルは、飛びのきつつAndaluciaと名付けた銃から1発、2発とテンポ良く銃弾を放つ!
 焦りからか1発目の銃弾は地面に弾かれ一瞬の火花と高い音を上げるが、こちらこそ本命とばかりに後に続いた弾丸は、小さな影の腿にめり込みずぶりと湿った音を立てた。
 しかし、それすら意に介さない様子で、構わずハルとの距離を詰める小さな影。 感情すらなくその刃を目の前の者につき立てようという影の腿の窪みがうっすらと光を放ち……。
「俺のコルトは鉛弾を吐きだすだけが能じゃないんだぜ?」
 ハルが銃から立ち上る煙をフっとひと吹きすると、小さい影の銃創から鋭い棘の生えた蔦が噴出し、その体を刻みつける。

「その刃…封じさせて頂きます」
 後衛に下がったハルの前に立つ由愛が、棘の蔦に怯んだ影に向けて腕を払うように振るうと、濃い霧が影を飲み込むように発生し、その体の動きと刃の冴えを鈍らせる。
 闇夜に掛かる霧は懐中電灯の光を散乱させ、ぼんやりとした明るさで影達を包む。
「三峯さんあんがと。 俺も負けてらんないな」
 四月二日がそういうと、片手に持った本がパラパラとひとりでにめくれ、あるページでぴたりと止まる。
 そのページを読み進めるかのように文字がぼうっと鈍く光ったかと思うと、激しい轟音と共に、霧が雷雲に変わる。
 地面を振るわせる程の衝撃で霧は弾け飛び、中から現れたのは、たたらを踏みよろける小さな陰の姿。
 血も傷も見て取れないがダメージは見るからに大きい。 

「おっしゃ、このまま一気に押し切る! 『十天』の鹿ノ島遥、行くぜ!」
 その隙を見逃さず、彩の光が溢れる拳に数珠を巻きつけた遥が獣のように姿勢を低くし小さな影に駆け寄ると、その拳を小さな影の、顎に、腹に、頬にと次々に叩き込む。
 的確に相手を捕える元素の力を宿した拳。
 小さな影の腕はだらんと下がり、反撃の気配は無い。 あと3発、いや、後4発は拳を打ち込める!
 相手が後ずさり開いた間を詰め、腰まで引いた腕に力を込める遥だが…。
「あ、あぶないですっ!」
 タヱ子が腕を振るい、遥の首元まで迫っていた何かを払う。
 その何かは首の代わりとばかりにタヱ子腕をきつく締め上げ、ギシギシと骨の軋む鈍い音をたてさせる。
「くぅ…! 凄い力…」
 腕に絡み付いていたのは、小さな影の足元から伸びていた細い影。
 人に近い形をしながらも人ならざる者。 体勢を崩しても人の常識ではありえない攻撃が来る事がある。
 遥はそれを警戒してはいたが、常識の外からの攻撃に全て対処するというのも難しい。
「同じく十天、鳴神零。参りまーす!」
 同士の危機に、大きな影を足止めしていた零が大太刀を振るい援護に入る。
 振り下ろす刃でタヱ子の腕を捕えていた影を断ち、返す刃は小さな影の胴を深く捕える。
 神速の太刀。 神秘的な力を宿した訳でもないそれは、刀で切り裂く事は出来ぬ影すら、その冴えで捕え断つ。
「やるわね。 馴染んだ獲物ではないのでどうも違和感があるけど…。 私も…」
 2本のステッキを逆手に持った真が、闇夜に溶けるような速度で小さな影に駆け寄ると、先端が淡く光るステッキをすくい上げる様に叩きつける。
 左右で一撃ずつ、くるりと順手に持ち直し首筋にさらに一撃。
 振るうステッキの光の軌跡が闇に輪を描く度、小さな影の闇は薄くなってゆく。

「ォォォォォォォ……!」
 通りに風が抜けるような音を上げて苦しむ小さな影。
 その声に、先程まで零に抑えられていた大きな影が行動で答える。
 大きな影の足元から走る、細い影の群れ。
 1本1本は細いものの、小さな影の物よりも早く、何よりも多い。
 闇の触手が、小さな影の近くに集中した覚者達を覆い込もうとするかの如く迫る!
「さ…させないですっ!」
 後列から響く鈴の音のような声。
 トントンっとステップを踏み、その勢いを旗に乗せて一気に振るう!
 鈴鳴の旗がばさりと風を切る音を立てたかと思うと、風はまるで導かれるように旗の振るわれた先へと流れ、大きな風の塊となって闇の触手を掻き分ける。
 その風は、細い触手を跳ね除け、大きな影の本体ですらその濁流に飲み込み吹き飛ばす。

 大きな影の援護も途絶え、体を震わせる小さな影。
 ふるふるとした小さな振動だったそれは、徐々に大きくなりガクガクと痙攣するかのように体を揺らす。
 人であったなら笑いを堪えるか、それとも泣き出す直前か。 そんな様子で俯いたまま震える小さな影は、突如首を上げグルンと90度横に傾け覚者に向けてナイフを振りかざし駆け出す!
 明らかに尋常では無い、狂ってしまったかのような突進。
 しかしその手のナイフは影の様子とは裏腹で、やみくもに振り回されるのではなく的確に目の前の零の体を切り刻もうと刃を煌かせる。
 初撃を払いのけ、体を引いて続く攻撃を鼻先でかわす。
 それでも突進をやめない小さな影の3度目の刃が、無防備な零のわき腹向けて突き出される!
 しまった、と思う暇も無い。 零が襲い来るであろう傷みに覚悟を決めた瞬間。

 ドンっという音と弱い衝撃と共に、影と零の間に何者かの体が入り込む。
 不可避の筈であった腹の痛みは…無い。
「うぅ…。 大丈夫…ですか?」
 零の目の前で揺れる藍色の髪。
 盾をガランと落とし、その手でもう片方の腕を押える。
 その手に覆われ傷口は見えないものの、溢れる血の量から浅くない傷だという事が直ぐに解る。
「由愛ちゃん……!」
 叫ぶ零の前で崩れ落ちるように膝を突く由愛に、止めを刺そうとナイフを振り上げる小さな影。
「く………!」
 零が太刀を振るいその腕を払おうとするよりも早く、乾いた音と共に小さな影の腕に何かが命中する。

「さ、流石にやらせるかよ。 俺の目の前でそんな事……」
 その弾丸を放った主は、やや手を震わせながらも小さな影を睨みつける。
 ハルは手の震えを押さえ、同時に大事な時に震えで狙いがぶれる事なかった事に安堵する。
 恐怖はある。 しかし、少年はそれを押し殺す強さもまた持ち合わせていた。

「……そろそろ暴れ疲れたでしょう。 幕を引いてあげる」
 腕を撃たれ怯んだ小さな影に、円を描く光の軌跡が再び襲い掛かる。
 真の、トンファーを扱うかのようなステッキの打撃が煌き、小さな影を打ち据える。
 降り注ぐ乱打を全身に浴びた小さな影は、ゆっくりと後ろへと倒れ、薄まり消えてゆく。

「由愛さん、今回復します…!」
 鈴鳴は由愛に駆け寄り、旗で空中に円を描く。 すると円の中心から癒しの力を込めた水滴が現れ由愛の腕を包み込む。
 それだけで由愛の腕の痛みと熱はみるみる引き、荒い呼吸は安定したものへと変わる。
 対照的に、癒しに力を費やす鈴鳴の額には汗が滲み、頬は赤く、急激な疲労を隠し切れない様子だ。
「守衛野さんも無理しすぎちゃだめだぜ?」
 四月二日が再び本を開くと、今度はパラパラと数枚の頁がめくられた後に文字を光らせる。
 文字の柔らかな光は鈴鳴を照らし、疲弊した精神力を優しく癒す。

 一方の大きな影は、小さな影の消滅を呆然と見つめた後、ゆっくりと歩を進めこちらへ近づいてくる。
 小さな影の荒れ狂うような殺意とは違う、深く重い殺意の滾りを離れた距離からも感じる覚者達。
 そしてついに、押えきれなくなった殺意がついに溢れてしまったかの如く、大きな影の足元から闇の触手が破裂するように広がり遥を絞め殺すべく襲い掛かる!
 人ならざる者の多方面からの攻め。 暗い夜を這うその攻撃は、常人では視認すら難しい。
 だが……。
「その攻撃は、さっき見たぜ!」
 遥の拳は数え切れない程の闇の触手を跳ね飛ばし、霧散させてゆく。
 人には不可能な動きであれ、警戒し一度見た攻撃なら対処ができないわけでは無い。
 ならばとばかりにナイフを持つ手に力を込めると、触手を払う遥の肉をそぎ落とそうと腕を不自然に伸ばし遥の死角に回りこませようとするが…。
「攻撃は、最大の防御ってね☆」
 伸びきった腕に零の大太刀がすり抜けるように通されると、切り離された腕は重さを失いふわりと消えてゆく。

 攻撃をことごとく防がれた大きな影は、地面を這うように突っ伏すとその体を自身の影に溶けさせる。
 みるみる人としての形を失い、後に現れたのは無数の手。
 10を超えるほどの地面から生える黒い腕が手招きをするようにうごめいていた。

「な、なんですか、あれ?」
 思わず声を上げた鈴鳴。 その声に反応したかのように、黒い腕は波のように鈴鳴へと迫ると、その足や腕を掴み、地面へと引きずりこもうとする。
「や…! こ、このままじゃ……」
 まるで底なし沼に嵌ってしまったかのようにずぶずぶと地面へと沈んでゆく鈴鳴。
 掴まれた腕は振り払う事は出来ず、沈んでしまった足に至っては動かすことすらままならない。
 あっという間に腰の辺りまでを影の飲まれてしまった鈴鳴。 その鈴鳴を一気に引きずり込む為か、ひときわ大きな腕が鈴鳴の首めがけて伸びる。
 ここでこの娘を殺し、この道にまた新たな噂を流す。
 そんな殺意に満ちた腕が首にかけられるその前に、闇の腕とは対照的な蒼白い光に包まれた腕が影の腕を横から掴む。
「もう………これ以上過ちは犯させません」
 蒼鋼壁の術を纏わせたタヱ子が、光が闇を照らすだけでかき消すように闇の腕をただ掴み受け止めただけで霧散させる。
 ならば影の沼に鈴鳴と一緒に引きずり込んでやろうと、鈴鳴を掴んでいた闇の腕が次々とタヱ子に襲い掛かるが、蒼白く光る腕に微かに跡をつけるのみで、その腕に払われ次々と消えてゆく。
 
 腕を消し飛ばされながらも、捕えた鈴鳴を決して逃がさず闇の底へと引きずり込もうとする大きな影。
 その影を倒し、そして救うべく、雷の魔力を宿した本と護符が構えられる。
「どうか、安らかに眠ってください!」
「望んじゃいない人殺し、それも今日でおしまいだ」
 膝を突いたまま、傷を押さえていた手で護符を構えた由愛が、雷の術の文字を再び光らせる四月二日が、同時に召雷の術を放つ。
 二頭の竜が空から舞い降りたかの如く、二本の稲妻が闇の沼に吸い込まれると一拍を置いて闇の奥底で破裂したかのように眩しい光が闇の沼から溢れ出す!
 闇夜に慣れた目が光に眩み、思わず目を閉じる覚者達。 
 白い闇が晴れ元の闇へと戻ると、そこには尻餅をついたかのように座り込んでいる鈴鳴の姿があった。
 地面に浮かぶ影も鈴鳴の物。 他の人型の影も、全て覚者という主を持っている。
 影の妖は、完全に消え去ったのだ。



「どうか……心を鎮めて、お眠り下さい」
 通りの電柱に花を備えた鈴鳴と零が手を合わせて祈りを捧げる。
 「日本のじゃなくて悪いけどさ…」
 その隣にすっとリンゴをあわせて供えたのは、ハルだ、
 二人に並び膝をつき手を合わせると、犠牲者の冥福と今後犠牲者が出ない事を祈る。

「あの妖の姿は…『噂』で語られる親子を模したものなんでしょうか」
 ぽつりと由愛が呟く。
 その問いの答えは、誰もわからない。
 親子が世を恨み出て来た物なのか、それとも噂を模しただけの存在だったのか。
 でも、それでもタヱ子は言葉を返す。
「呪いなんかじゃない…」
 この通りに現れたのは妖。 道が人を殺すわけでも、ましてや故人の呪いなどでは無い。
 そして、その妖は覚者達によって倒されている。
「とりあえずこれで、次の犠牲者が出る事はない。 この道が辛気臭い呼び名で呼ばれんのも、もうお終いだ」
 四月二日の言葉と共に、東の空が明るくなっていく。
 闇夜の時間は終わり、眩しい光が覚者と通りを照らしてゆく。

 この道には、悪い噂があった。
 でもそれは過去の事。
 この道ではもう、人が死ぬ事は無いのだから。
 
 

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

参加された皆さん、お疲れさまです!
今後この通りの悪い噂が囁かれる事は無くなると思われます!
もっとも、夜中に正義の味方が戦ってた的な噂が流れる可能性は0ではないですが……。




 
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