父と子と
父と子と



「ここが見つかるのも、時間の問題か」
 山小屋の中から佐久間浩二は外の様子をうかがう。今のところ追手の姿は見えないが、撒けたとも思っていない。
 しかも、彼は足を怪我していた。応急手当を施したものの、すぐさま走ることは出来ないだろう。山小屋の中には大した設備はなく、冬の空気が身に沁みる。
「……因果応報というやつか」
 佐久間は自嘲のため息を漏らす。
 彼はいわゆる憤怒者と呼ばれるものだ。正しくは、であったと言うべきか。
 数年前に起きた隔者による犯罪で愛する妻を失った彼は、覚者全体への怒りと残された息子を守る力を求めて憤怒者となった。
 その生活に変化があったのは今年に入ってからだ。今年に入って息子の広樹に因子が発現した。そして、それはすぐに『XI(イレブン)』の知るところとなった。結果として、佐久間は憤怒者から追われる立場になってしまう。
「安心なさい。パパがなんとかするさ」
 不安そうに自分を見てくる息子に佐久間は、無理やり作った笑顔を向ける。
 今になって、自分が傷つけた覚者にも家族がいただろうという当たり前のことに気付いてしまう。それを思えば自分の「息子だけでも助けたい」というのは、ただのわがままだということも分かっている。
 それでも、その自分勝手な願いを捨てることは出来ない。
「いいか、広樹。これからこの封筒を持って、警察に行くんだ。……そうすれば、どうにかなるはずだ」
 父の言葉に広樹はこくりと頷いて、この街の憤怒者の活動について書かれた書類が入った封筒を受け取る。
「これをぼくが持っていけば、パパもぼくも助かるんだよね?」
「……ああ」
 子供ながらに広樹は気付いていた。佐久間は自分が囮になって息子を逃がそうとしている。父は絞り出すような声で返事をした。
 その言葉を聞いて、広樹は小屋を出る支度を行う。
 佐久間は息子の頭に見える犬の耳を軽く見やり、自分の装備を確認する。たとえ因子を持っていようと、姿が周りの人間と違っていても。自分の愛する息子を守るために。


「はーろろん♪ みんな、今日は集まってくれてありがとー!」
 集まった覚者達に元気に挨拶をするのは、『イエロー系女子』大岩・麦(nCL2000116)。そして、全員そろったことを確認すると、彼女は発生した事件の説明を始めた。
「うん、覚者の男の子が憤怒者の人たちに襲われる夢を見たの。みんなの力を貸して!」
 麦が見たものは憤怒者の一団が、発現してそれほど経っていない覚者の少年の命を狙っているというものだ。父親が守ろうとしているようだが、それにも限界がある。
「それと……この子のお父さんには難しい問題もあるんだよね」
 わずかに言いよどむ麦。
 被害者の少年の父親は憤怒者で、かつて親子を追っている憤怒者の仲間だった。どうやら、自分の子供を守るために組織を裏切ったらしい。
 父親は子供を守るために囮になるつもりだ。だが、結果としては2人とも憤怒者の手にかかる可能性は高い。そこで覚者達の出番というわけだ。
 子供を助けるだけならそう難しくはない。山中にいる少年を保護してから憤怒者と交戦すればいいだけだからだ。
 父親まで救おうというのなら、彼らが山小屋にいる段階で接触を取る必要がある。それは憤怒者に囲まれた状況で戦闘を行うということになる。
 2人とも救おうというのなら、それなりの覚悟が必要になるということだ。FIVEとしては覚者の保護が最優先ということらしい。麦は何か言いたそうだが。
 この「難しい問題」に関しては、現場の覚者の判断に任されている。憤怒者の内輪もめに乗じて力ない覚者を救うのか、憤怒者に襲われる父子を救うのか、選ぶのは覚者自身だ。
 説明を終えると、麦は覚者達を元気良く送り出す。
「無事に帰って来てね? みんなのこと信じているから!」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:KSK
■成功条件
1.憤怒者の撃退
2.佐久間広樹の生存
3.なし
皆さん、こんばんは。
10人でもイレブン、KSK(けー・えす・けー)です。
今回は憤怒者と戦っていただきたいと思います。

●戦場
 戦場が2か所あります。戦場は覚者達の選択によって変わります。どちらにするのかは、プレイングの頭に以下の番号を記入してください。選択肢が割れた場合には、多い方の戦場になります。
 【1】山小屋へ向かう
  山小屋にいる父子と接触を取ります。この場合、憤怒者との戦いは、憤怒者に囲まれる挟撃状態から始まります。

 【2】山中で広樹を保護する
  山中を逃げる覚者の少年を保護します。この場合、通常の戦闘が行われます。なお、元憤怒者佐久間浩二は先に憤怒者と戦闘を行い、死亡します。

 時刻は夕刻以降ですが、不便を感じない程度に明るいです。
 足場に問題はありません。

●憤怒者
 『XI(イレブン)』に所属する憤怒者達です。基本的に覚者を見かけるとそちらを優先して攻撃を仕掛けてきます。通信機の発達によって連携が強化されているため、ステータスも高めです。
 挟撃する場合には、半々に分かれて攻撃を行います。
 ・近接型
  近接戦闘を得意とする憤怒者です。8人います。
  能力は下記。
  1.毒塗りナイフ 物近単 出血、猛毒
  2.電磁警棒 物近単 鈍化、弱体
 ・特殊型
  特殊な武装を持つ憤怒者です。2人います。
  能力は下記。
  1.火炎放射器 特遠貫2 火傷
  2.ピストル 物遠単

●佐久間親子
 憤怒者たちに命を狙われている親子です。息子の広樹に因子が発現したことが原因です。
 現在、山小屋に隠れていますが見つかるのは時間の問題です。
 ・佐久間浩二(さくま こうじ)
  30代前半の男性で元憤怒者です。息子が覚者になったことで、今までの自分の行動を顧みることになり、『XI』を抜けることになりました。過去の活動に関しては強く反省しており、覚者から何か指示があった場合、息子を害する以外の提案には基本従います。
  ピストルで武装していますが、足を怪我しているため走ることが出来ません。
  息子を守るため、囮になるつもりです。戦場で【2】を選んだ場合には死亡します。

 ・佐久間広樹(さくま ひろき)
  小学4年生の少年で覚者です。獣の因子に目覚めています。少々弱気なところはありますが、心優しい少年です。覚者から指示があった場合、よほど無茶なことでない限り従います。
  「ステルス」を身に着けており、戦闘中に標的にならないよう隠れることは可能です。
  覚者達が事件にかかわらない場合、父より先に憤怒者に見つかって死亡します。

状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2017年02月25日

■メイン参加者 8人■

『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『ボーパルホワイトバニー』
飛騨・直斗(CL2001570)
『鮮血の亡者』
杠 一臣(CL2001571)
『花守人』
三島 柾(CL2001148)
『在る様は水の如し』
香月 凜音(CL2000495)


 一応暦の上では春と言っても、まだまだ風は冷たい。山の中であるならなおさらだ。
「覚醒してしまった子供とそれを守ろうとする父親……か」
 寒風に吹かれながら、『ボーパルホワイトバニー』飛騨・直斗(CL2001570)は、父子の状況に自分の過去を重ねていた。
 力あるものが力ないものを虐げる。隔者憤怒者の違いはあるが、結局は強者が弱者を食らう有様だ。たとえ美しい家族愛も、力がなければ悲劇にしかならないことは自分の経験則として知っている。
 所詮この世は弱肉強食、食われたくなければ強くなるしかない。
 だから、
「俺も力を貸そう。佐久間親子が強者になるまで……俺達で守ろう」
 直斗は妖刀を強く握りしめる。まるで、誰かに語り掛けるかのように。
 『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)もまた、外套でしっかりと身を覆いながら、決意を固める。
(必ず助けるよ……!)
 奏空はまだ若い身であるが、それに見合わない経験を積んできた覚者だ。その中で多くの人たちの姿を見、憤怒者という問題は単に『憤怒者』だの『覚者』だので括って良い問題ではないことを痛烈に感じていた。
 そして、自分と同じくそれに気づいてくれた人がいることは、とても嬉しい。
「アレだね」
 ようやく、目的の山小屋が見えてくる。
 それは、狼の息で飛ばされてしまう藁の家にも見えてしまう。だけど、その中には失ってはならない輝きがあるのだ。
「きっとそれがこの神秘の国で生きる者達の未来に照らす一筋の光!」
 覚者達はその小さな光を守るために山小屋へと駆け出すのだった。


「誰だ!」
 父親は息子を庇うように抱くと、拳銃を構える。外に気配を感じたからだ。
 だが、その答えは意外なところからやって来た。
(オレ達はFIVEって組織の覚者だ。アンタ達を助けに来たぜ)
「FIVEが!?」
 直接父親の脳内に呼び掛けているのは『白き光のヒーロー』成瀬・翔(CL2000063)。
 【送受心・改】による送心だ。正しく伝わらない可能性も考えて【透視】も行うあたり、年齢に見合わない慎重さを身に着けている。
(今から仲間が1人説明に行きたいんだけど、入っていいか? いきなり現れたオレらのことを信じにくいかもしれない。でも信じてくれ、本当に2人を助けたいんだ!)
「……1人が、か。入ってくれ」
 わずかに逡巡しながら、父親は覚者達の入室を認める。だが、その言葉に翔はひとまずはほっと安堵の息を漏らした。
 合図に頷いて、山小屋の中に入るのは杠・一臣(CL2001571)だ。
 深呼吸をしてから慎重に自分たちが2人を助けに来たことを告げる。
「……なので、浩二さんに囮になる必要はありません。2人を襲ってきている人たちは僕たちが倒すので、合図があるまで決して動かないでください、息子さんのためにも」
 相手はまがりなりにも元憤怒者だ。その言葉だけで信を得ることは難しかっただろう。だが、1人で入ることで父親も一臣の言葉を信用する。
 一臣が漂わせていた和やかな雰囲気も助けになったと言えるだろう。
「約束できるね?」
 一臣の言葉に、息子はコクリと頷いた。


「大事なものを失った恨みで憤怒者となり、今度はそのせいで息子が追われることに……か。なんともまー、面倒なこって」
 やれやれだといった雰囲気で肩をすくめ、『慧眼の癒し手』香月・凜音(CL2000495)は嘯いた。
 そんな彼だが、先ほどさらっと父親の足の傷の治療を行っている。実際のところ、父親の所業は全て「大事な家族のため」なので、一概に悪いとも思っていない。子供が痛みに苦しむ父親を見るのが可哀そうだと思う程度には、面倒見のよい男なのである。
「さて、と。わがまま出来る時間は終わりか」
 凜音の守護使役、更紗が憤怒者の到来を告げる。
「なるようになれ、ってね」
 そう言って、凜音は覚醒を行い、自身の体に宿る英霊の力を引き出した。
 同じように、憤怒者の気配を感じ取った『花守人』三島・柾(CL2001148)も即座に臨戦態勢に入る。
「FIVEの覚者だ。佐久間親子を保護する」
 わざとそう宣言すると、柾は火行の力を顕現させる。
 首筋にある刺青が赤く輝いた。
 憤怒者に見せつけるようにしているのは、注意を引き付けるためだ。憤怒者たちは裏切り者への制裁に来ている。しかし、それ以上に覚者憎しの連中だ。覚者と見れば、そちらに対する攻撃の優先度を上げてくる。
 それが分かっているからこその挑発だ。無論それは自分たちに攻撃が向くということであるが、そんなものは覚悟の上だ。
 柾は両手のショットガントレットを確かめると、挑発気味に構えた。
 一方、山小屋の裏手の方で、『ほむほむ』阿久津・ほのか(CL2001276)は憤怒者の接近を感じ取った。どうやら憤怒者たちは、逃げ道をふさぐ形でやって来たらしい。お互いに連絡取れている以上、覚者達はそれぞれの守りについていることは知れているようだ。
 だが、覚者がいるからといって、憤怒者たちは退きはするまい。
「広樹君に因子が芽生えて、浩二さんは息子さんを守ろうとしているんですよね」
 聞かされた話を反芻するようにつぶやくほのか。
 憤怒者である自分を捨ててまで子供を守ろうとする父の姿に、ふと自分の父親の姿を重ねる。だからこそ、そんな父と子を守りたい。
「頑張って、追手の人たちを倒しましょう!」
 術符を広げ、憤怒者たちの行く手を阻むようにほのかは立った。
 すると、左手の甲に隠された第三の瞳が開眼する。
 そして、望月・夢(CL2001307)もぼうっと舞うような仕草で覚醒を行うと、手にした刃の切っ先を憤怒者たちへと向ける。
「皆様方の支援が私の本領、皆様方は存分にお暴れ下さい」
 周囲に粘りつくような高密度の霧が立ち込める。憤怒者たちに当惑の声が上がった。こんなものが自然に発生するはずもない。夢が起こした妨害の迷霧だ。彼女は直接戦闘力が高いとは言えないタイプだ。しかし、仲間を助け、敵を阻むことに関しては一言ある。
「迷い霧と雷の鎖、お得意の連携で切り抜けられますか?」
 霧の中、パチパチと雷光のきらめく音が聞こえてくる。そんな中、覚者と憤怒者の戦いは始まった。


 霧に包まれた戦場に激しく雷が荒れ狂う。奏空の呼び出したものだ。
「あっちも始まったみたいだね」
 ライライさんに表側の状況を確認させながら、奏空は憤怒者たちの前に立ち塞がる。
「工藤奏空、やはり年齢で判断してはいけない相手ということか」
 現状、憤怒者たちの士気は高い。彼らにしてみれば、倒すべき覚者が増えたから、と言ったところか。覚者は対話する相手ではなく、倒すべき敵なのだから。
 だが、奏空はそんな覚者達に呼び掛ける。
「何があって父子は助けるよ。あんた達も見ておくといい。これがつまらない垣根を超えた人本来の感情ってものだ!」
 源素の性質を考えれば、誰にだって起こりうる事態だ。憤怒者だって、覚者にならないとは誰にも言えない。だから、その垣根を乗り越えなくてはいけないと信じている。
 そんな奏空を勇気づけるかのように、戦巫女の力が体に宿る。
 後ろで祝詞を上げているのは夢の力だ。それはただ、味方を守るという覚者としての矜持だけのことではない。
(我が子の為に仲間と決別する。さぞかし重い決断だったでしょう)
 憤怒者という形だったとはいえ、仲間は仲間だ。生死を共にすることもあったろう仲間と、血を分けた息子。それは決して、比べることが出来ないもののはず。その中で、父親は洗濯をした。
(ならばこそ、父子共に無事に明日を迎えて頂きたいものです)
 だから、夢は舞う。暗闇の荒野の果てに、光差す道があることを祈って。
 同じ思いを胸に、表側で戦うのは翔だ。
 覚醒によって青年の姿へと変じた翔は陰陽陣を描き、憤怒者と相対する。
「成瀬翔、噂以上の実力か」
「広樹も父ちゃんも両方助ける! 当たり前だろ! 息子を守ろうとしてる親父をほっとけるかよ!」
 真っ直ぐな翔の心の中に、誰かを見捨てての勝利という選択肢はない。2人の人間を同時に救えない時、2人とも救って見せるのがヒーローというものだ。それに、子供にしてみれば、自分を守るために父が犠牲になるということが心のとげになることは想像に難くない。
「行かせねー!」
 気合の言葉と共に龍の形を模した雷が姿を見せる。龍が舞い踊るかのような動きで駆け抜け、戦場に雷を落とす。
 そこへ畳みかけるように、柾が気の弾丸を叩きつける。拳が空を切るたびに気弾がが放たれ、憤怒者に襲い掛かり、打ち倒していく。
「何とか間に合ったんだ。やらせはしない」
 柾は誰にも聞こえないような声でぼそりと呟く。
 彼の心に去来しているのは、今までに失ってきた愛する人々のこと。大事なものを失ったことが多いゆえに、失うことに対する恐怖は人一倍強いし、失うことが何を意味するのかはよく分かる。
 だが、少なくとも今の自分はこの場にいる。そして、抗うだけの力を持っている。
 であれば、失わせないために力を尽くすだけだ。
 覚者の奮戦によって、表側の戦いは優勢に動いていた。覚者の判断によって完全な挟撃を受ける形ではなく、戦場を分けることになった成果と言えよう。
 一臣が血に酔ったような表情でナイフを振るうと、気の刃の前に憤怒者が1人倒れる。
 ふっと安堵する。しかし、そこへ憤怒者の炎が襲い掛かった。
「絶対に…通しませ、ん!」
 気力を振り絞って立ち上がろうとする一臣。しかし、身を焼く炎はそれを許さない。
 どうと倒れ伏す一臣。
「やりやがるな」
 凜音が舌打ちする。
 憤怒者の身体能力は覚者に劣る。だが、装備や連携といった手段でその差を埋めようとしている相手だ。覚者が一方的に蹂躙できるほど弱い相手でもない。
 凜音はチラッと小屋の方を見るが、特に燃え移った様子はない。ならば、まだ最悪の事態には遠い。一臣へ敵が行かないように牽制しながら、恵み雨を周囲に展開する。
 憤怒者の武器が連携であるとしても、覚者達に連携がないわけではない。
 凜音自身、前で殴り合ったらあっという間に吹っ飛ばされる自信がある。だから、足りない分は仲間に補ってもらっている。そして、自分も仲間を助けるのだ。
 裏側の状況も決して安心できる状況ではなかった。だが、そんな状況を支えたのは夢だ。彼女の妨害は確実に憤怒者たちの戦力を削ぎ、覚者達に力を与えた。
 そして、賦与された力を蓄え、ほのかは敵を見据える。相手の中で一番の脅威となるのは、火炎噴射機を抱えた憤怒者だ。他の憤怒者に守られるようにしているが、彼女にもやりようはある。
「ふっ飛ばします!」
 強く拳を握りしめ、目の前の憤怒者に殴りかかるほのか。こんな時にも、丁寧な口調が残るのは彼女らしさともいえようか。
 すると、どうしたことだろうか。その衝撃は殴られた当の憤怒者を突き抜け、後ろにいた火炎放射器を構える憤怒者に叩きつけられる。しかし、それは不思議なことでも何でもない。ただの剛腕ではなく、技巧の冴える一撃であればこそだ。
 ほのかの放った衝撃を受けて、火炎放射器持ちが倒れる。
 それを見て、憤怒者の1人が覚者達の中へと突撃を試みようとする。覚者の防御を突破しようというのだ。だが、その前に妖刀を握り締めた直斗が立ち塞がった。
「何人も山小屋には近づけさせない……何故なら『首狩り白兎』が居るからだ!」
 姉から受け継いだ二振りの妖刀を構える直斗。刃が呪いを帯び、兇悪に輝く。
 そして一閃。
 多くの場合、呪いが相手を縛り、動きを封じるために使われることが多い技である。だが、今回は二の打ちを必要としなかった。足を切り飛ばされて地面に倒れ伏す憤怒者。
「ハハッ! 貴様等の首を飛ばして真っ赤な花を咲かせるのも一興! さあ、死にたい奴から来いよ!」
 そして、直斗は暗くなってきた空と憤怒者たちに向けて、快哉の声を上げた。


 その後の戦いはそう長くは続かなかった。覚者達も無傷とは言えないが、一度数の優位さえ崩してしまえばそう後れを取ることもない。夢もこれ以上付近に敵がいないことを確認する。
 ほのかは無力化された憤怒者たちを引き取ってもらうため、慌ただしく連絡を始めている。
 そんな中、助けられた父親が覚者達に話しかけてくる。
「助けてくれて、ありがとうございます。でも、なぜ自分まで?」
 父親にしてみると当然の疑問なのだろう。覚者の息子を保護することまでは理解できても、憤怒者として覚者を傷つけた自分まで助けられるとは思っていなかった。ましてや、怪我の治療まで受けているのだ。
「なんでだろうな」
 少し困ったような顔で答える柾が答えた。彼自身、父親を見捨てたり、戦いを手伝わせたりした方が戦況は楽になったことを理解している。
 だが、あえて理由を告げるのなら。
「家族がもう会えなくなるのは悲しい事だから、だな」
「なんにせよ、血縁を大事にできるのはいいこった」
 凜音は自分の血縁に関しては色々と思うところがある。だから、これは正直な感想なのだろう。だが、その後ですっと目を細めて、冷たい声に変わる。
「ただ、あんたら親子がこのまま平穏に過ごせるとは思わない。だからこの先どうするか、しっかり考えるんだな」
 凜音の言葉は間違いのない事実だ。それをわざわざ告げるのは維持の悪さからではない。彼なりの気遣いだ。
「色んなことが起きると思いますが、きっと大丈夫ですよ。2人ともこんな大変な思いをしたんですから、どんなことだってへっちゃらです」
 傷だらけの一臣はフォローしようと明るい声を出す。
 一方で、奏空の声は至って冷静だった。
「佐久間さん、広樹君はFIVEが保護できるように掛け合います。そして、あなたに自首を勧めます」
 奏空の言葉に対して、父親は思いの外に落ち着いていた。
 考えてみれば、幼い覚者を殺すことに躊躇いを覚えない者たちと共に活動していたのだ。彼に罪が無いはずもない。
「広樹君のことを思うなら、これまでの罪を償って広樹君の元へ帰って来てくださいね」
 父親はその言葉にしっかりと頷き返す。
 奏空には彼自身への憎しみはない。罪を憎んで人を憎まず。これが、世界を変えていく一歩になると信じて。
「そのうえで、浩二さん……少年が暴走しない様に、隔者と呼ばれる存在にしない事が、あんたの罪滅ぼしだ」
 直斗の言葉は重たい。隔者という人種に人生を狂わされたのだから当然だ。そして、憤怒者の存在や家族の関りが隔者を生むことも多い。だからこその言葉である。
 父親は直斗の言葉をしっかりと受け止める。
 そんな覚者達の様子を不安げに見ていた息子に対して、直斗は向き直る。
「広樹少年、力を付けたいか? 父親を守る力を」
 当惑しながらも息子は頷く。それを見て、直斗は続ける。
「だったら、俺達は力を貸す……いいか、強い想いがあるなら何だって出来る。自分の信念を押し通せ。それが強さってものだ」
 まだ少年はその言葉の重みを飲み込むことは出来ないだろう。だが、きっと彼の心の中に信念が生まれれたとき、きっと道標になってくれるはずだ。
 そして、神妙な面持ちになっている少年に対して、翔が明るく声をかける。
「そうそう、五麟学園に入らねー? オレも通ってるんだ!」
「うん!」
 子供同士、というのはこういう時に強い。翔自身の特性もあるのだろうが、瞬く間に仲良くなってしまう。
 その様子を見て柾は、フッと笑うと皆を促す。
「今は安全な場所でゆっくり休む事が、一番必要な事だな」
 柾の言葉に、ようやく一行は緊張を緩める。
 覚者達は父子の絆を守り抜いた。
 その絆はまだほんの小さな灯火に過ぎない。しかし、この灯火がきっと覚者達の未来を明るく照らしてくれるのだろう。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

『父と子と』にご参加いただき、ありがとうございました。
親子の絆を守る物語、如何だったでしょうか?

本文に書くのも無粋ということで後日談について。
佐久間浩二氏に関しては、当人の反省などもあり、大幅な減刑が認められます。
佐久間広樹少年については、FIVEで保護する形になるため、当分は安全でしょう。

それでは、今後もご縁がありましたら、よろしくお願いします。
お疲れ様でした!




 
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