■ブレスト■ 神秘の国境
■ブレスト■ 神秘の国境


●戦後という戦争
 世には、戦争は終わった後のほうが面倒くさいという言葉がある。
 残党の暗躍、作りすぎた兵器の流出、役目を失った兵士の暴走、戦争需要の喪失による一斉失業、深刻化する後遺症、敗残兵のケア、政治思想の操縦、エトセトラエトセトラ……。
 そう考えれば、勝った負けたで話が終わったヒノマル戦争は異常なほどスマートな戦争だったと言えるかもしれない。
 だがしかし、面倒な話が全くないわけでも、ないようだ。

●神秘の国境
「ヒノマル陸軍がそんな情報を? 確証はあるのか」
「推測の域を出ませんけど……」
 ファイヴ所属覚者、華神 悠乃(CL2000231) の提案を受ける形で、中 恭介(nCL2000002)は日本地図を広げていた。
 それも、日本の国境線を示す地図である。
 ラインを指でなぞるように語る悠乃。
「妖や覚者は日本国内でのみ発生すると言われていますが、その『国内』がどこまでをさすのか、我々は知りません。この20年、恐らく誰も観測していないんです」
「それは、そうだろう……」
 妖が出るか出ないか、覚者になれるかなれないか。それを海を行ったり来たりしながら延々と計測し続けるなんてプロジェクトは今のところ実施されていない。とてつもない金と時間と人員を必要とするからだ。
「しかしその情報を、ヒノマル陸軍が持っているっていうのか? にわかには信じられんな」
「全周囲のラインを把握してるとまでは思いませんが、沖縄なんかはどうです?」
「ふむ……まあ、お前たちがそう言うなら、調べてみる価値はあるか」

 ――それから数日後。
 ヒノマル陸軍の生き残りなどから聴取を重ねた結果、ある事実が判明した。

●与那国島アウトサイドエリア
「調査の結果、一概に『日本国内』とされていた妖の発生エリアは厳密には日本の国境ラインとは異なることが判明した。正確な円形ではなく曖昧な波線を描いていたいびつなラインで、現在詳しい内容を研究中だ。これを通常の国境と区別して『神秘の国境』と呼ぶことにした」
 この呼び名は、提案者華神悠乃が『神秘面での国境』と述べたことに由来している。思い切って華神ラインと呼ぶ提案もなされたが、さすがにやり過ぎだということで却下されたりもしたのだが。
「このうち、明確に陸地開拓が成されている土地として『与那国島』があげられる。今回は、この地域の『調査と奪還』が目的だ」
「……だっかん?」

 経緯はこうである。
 もともとヒノマル陸軍が交渉カードのひとつとして持っていた『妖発生や覚者化の起きない島』は、地域住民との協力によって神秘的安全圏として開拓が進んでいたが、つい最近沖縄で起きた(雷獣結界にまつわる)妖大量発生事件と、その直後に襲ったヒノマル陸軍解散事件の波を受けて開拓は中止。
 その流れで国内の憤怒者勢力が流れ込み軍事制圧してしまったというのだ。
「組織は『日本国民を神秘から開放するための革命的支持者の集い』という。名前に誤魔化されてはいけないぞ。大きな題目を掲げつつ覚者に対する略奪行為を繰り返しているテロリスト集団だ。自分たちは不当な利益を分配する義賊だと歌っているが、彼らが略奪したものが他者にもたらされたことはない。島は現在彼らの支配下に置かれ、住民は人権剥奪レベルの危機に陥っている。現地で彼らを制圧後、調査に当たって欲しい。だが注意してくれ。現地では覚醒ができない分、術式や命数復活に頼らずに戦わなければならない。あくまで身の安全に注意して制圧にあたってくれ。以上だ!」
 


■シナリオ詳細
種別:通常(EX)
難易度:普通
担当ST:八重紅友禅
■成功条件
1.憤怒者の武力制圧
2.調査と今後の提案
3.なし
 こちらは公開掲示板『ブレインストーミングスペース#1』『華神 悠乃(CL2000231) 2017年01月29日(日) 23:23:46』の書き込みを元に立案されたシナリオです。
 このシナリオ内で行なわれるのは大きく分けて三つ。
 ・武装組織の撃破
 ・自由な調査行動
 ・この土地の運用方法をテーマにした話し合い
 となっております。
 ここからは、それぞれの詳しい解説をしていきます。

●武装組織の撃破
 与那国島を制圧しているのは37人ほどの憤怒者組織です。
 ファイヴ覚者と比べたら10人集まってようやく対抗できるかどうかの戦闘力ですが、与那国島の一般市民からすれば銃で武装した集団はそれだけで致命的な驚異なのです。
 島の東側半分は完全に制圧され、役場と周辺の建物がアジト化しています。
 元住民は労働力化され、逃げ延びた住民も島の西側に隠れていますが発見されるのも時間の問題でしょう。

 作戦は上陸時点から始まります。
 島北部にある『祖納(そない)港』から強行上陸しますが、その際見張りの敵に必ず発見されますので水際での戦闘が発生します。
 このときの敵戦力は
 ・固定機銃:5機:遠列物【鈍化】
 ・火炎放射器:2機:遠単特【火傷】
 です。
 これを撃破・捕縛してそのまま南下。役場と周辺の町で迎撃してくる敵を倒しつつ、進みます。
 このときの敵戦力は
 ・小銃の兵:20人:遠単物
 です。建物二階の窓や屋根など町並みを利用した迎撃を行なうので奇襲への対策をつけておくと便利でしょう。
 最後は役場へ突入。ボスを含めた
 ・小銃の兵:7人:遠単物
 の兵力を倒すことで、武装勢力を鎮圧できます。

●自由な調査行動
 提案から発生した依頼ということもあって、自由な調査が可能です。
 自由度は島内での活動全般をさします。常識の範囲内で行動して下さい。
 別に調査には興味ないなあと思ったら普通に観光して頂いても構いません。スクーバダイビングとかおもしろいらしいですよ。

 余談ながら、事前に予測できてる非推奨行動としましてはこんなものがあります
 ・なぜ妖が出ないのか聞き込みして回る→いくら何でもわからないはず
 ・土とかもって帰る→研究所の人たちが『ただの土だなあ』と呟くはず
 ・試しに覚醒してみる→できないはず
 ・神秘の国境上で反復横跳びをする→実は具体的な座標が分かってないのでできない
 ・伝承とか調べてみる→多分関係ない上にミスリード必至なのでやめておこう

●この土地の運用方法をテーマにした話し合い
 ヒノマル陸軍がいなくなったことでこの土地の防衛ができなくなりました。
 ということでファイヴが島の自治体と話し合い、島の防衛戦力をちょこちょこ割くことで合意が進む……と思われます。
 その際、この妖が出ない島をどう利用するのかについて話し合いを行ないましょう。
 島は約30キロ平方で人口約千七百人。西に行くと台湾があります。
 ちなみにスーパー公務員アタリマンは『ここを隔者専門の刑務所にすれば抵抗が少なくてすむぞ』って言ってます。一理ある、けど提案者が言いたいのはそういうことじゃない。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(3モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
150LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2017年02月18日

■メイン参加者 8人■


●泥人間のパラドクス
 人間は自己の精神的形状を把握する際に、周囲の同族を観察し平均化したものを自らに割り当てるという説がある。
 狼に育てられた少女が狼として振る舞うように、人の中で育たねば人は人ならざるというわけだ。
「――けれど、しっぽやアンテナがはえた、異常な神秘性をもった人間に囲まれた場合、人はどう曲がってしまうのか……か」
 読んでいた本を閉じ、『スポーティ探偵』華神 悠乃(CL2000231)は船のデッキへと出た。
「それにしても、華神ラインなんて名前を発案したのは誰なんでしょう。却下されて本当に良かった」
 デッキへ出たのは上陸用の戦闘用ボートへ乗り換えるためである。
 スピードは速く頑丈だが死ぬほど酔いやすいと評判のボートは、割と最近接収したばかりの品だった。
「ヒノマル陸軍」
 ボートに刻印された名前を撫でて、『スピードスター』柳 燐花(CL2000695)は目を細める。
「あの島が軍事制圧された理由が、ヒノマル陸軍総帥を討ったことだというのならば、私たちが事件を解決するのは道理ですね」
 海の揺れで急に傾く身体を、大きな手が支えた。『ベストピクチャー』蘇我島 恭司(CL2001015)の手だ。
「それにしても、国内に神秘影響下から外れたところがあるなんてねえ。四半世紀も知られていなかったのは、やっぱりヒノマルが隠してたからなのかな」
「それもあるかもしれませんが……」
 『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は各自に配った無線機をベルトに固定し、耳と首に装着した戦闘行動用のインカムの調子を確かめた。
 細かい話は面倒くさいから省くが、スマホで通話しながら戦闘するより百倍いい方法だと思っておいて欲しい。覚醒禁止のミッションならではのアイテムである。ちなみにこれも接収したアイテムだ。
「長い電波障害で各地の情報が口伝でしか伝わらなかったのでしょう。『妖が二十年近く出ていない島』としてインターネットで都市伝説化する程度で……あの、何をしてらっしゃるんですか?」
 いつまでも虚空を見ている『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)に、ラーラが不思議そうに首を傾げた。
 フードを深く被って顔をそむけるジャック。
「いや、その、人魂が消えたところが境界線かと思って」
「因子特徴は国外へ移動中次第に薄まりやがて消える」
 『狗吠』時任・千陽(CL2000014)は咳払いした。
「その説が正しいなら、境界線を正確に計測することはできません。何百回も海上を往復して統計的なラインをぼんやりととるのが限界でしょう。それより、なんですかそのフードは」
「いや、なんか肌とか……」
 無理矢理フードをはぎ取る千陽。
「それでも君でしょう」
「……そっか」
 急にニコニコしだしたジャックとは対照的に、千陽は再び難しい顔をした。
「京都から千七百キロ。ここから神秘の国境になる円を割り出すことはできるでしょうか」
「朝鮮が思い切り入る気がします。それだと事実と矛盾しますし……」
 そこまで言って、納屋 タヱ子(CL2000019)はガシャンという銃の音に意識を向けた。
 赤坂・仁(CL2000426)がグレネードランチャーと拳銃のセーフティーを解除したのだ。
「皆、集中しろ。ここからは戦闘区域だ。任務はテロリストの制圧。神具の効果が実証できてない。気をつけて戦うように」
「憤怒者、と呼ぶのは適切ではないんでしたね。倒した後は警察に引き渡すということでいいですね。ここは、一般逮捕権を行使させてもらいましょう」
 タヱ子はライオットシールドを構え、ボートの先頭に出た。

●まつろわざるもの
 接岸地点に並ぶ銃座の列。スコープ越しに確認した仁は、『行動開始』の号令と共にグレネードランチャーのトリガーを引いた。
 恭司と共に発射したグレネードが空中で炸裂。こちらを既に補足していた敵たちが機関銃による射撃を開始。
 早速現場は鉄と火薬の臭いでいっぱいになった。
 あがる黒煙と水柱。
 タヱ子はライオットシールドで銃弾を弾きながら銃座めがけて突進した。
 火炎放射器を抱えた男たちが文字通りの集中砲火を浴びせるが、タヱ子の歩みが止まる様子はない。
「盾が銃弾を止めてるっていうの!?」
「物理エネルギーまで殺せないはずだ。人間のパワーじゃない! これじゃあロードローラーだ!」
「化け物め……覚者は地球から出ていけ!」
 好き勝手にわめきながら引き撃ちに入る敵勢に、恭司はボートから展開した即席バリケードの裏でため息をついた。
「今時偏見で憤怒者をやるっていうのもねえ。時代遅れだよ、っと!」
 グレネードのピンを抜いて障害物ごしに放り投げる。
 爆発で生まれた隙をついて、千陽とジャックが駆け抜けていく。
 タヱ子の裏に隠れてじりじりと距離を詰めていたのだ。
 懐に潜りナイフで腕や足を切りつける千陽。
 流れるように敵の身体を盾にしつつ拳銃で更に数人を射撃する。
「あれ? ときちかの銃前とちがくない?」
「……背負うものができましたので。ところで、それは?」
 千陽に言われて、ジャックはぶん回していた自分の刀に目をやった。
「これ? なんかパクってきた。鬼桜ってゆーの。いくで鬼桜――ってうわあなんかついてる! おもしろ! 俺、友達になるー!」
 刀を振り回しているのか刀に振り回されているのか、もしくはお互い振り回し合って遊んでいるのか、どうにも楽しそうなジャックである。
「遊ばないでください」
「あそんでない! おれまじめ!」
 そうこうしている間に火炎放射器を持った敵や銃座の半数を制圧。
 詰め寄られて銃座の強みを失ったと察したのか、敵兵は銃座を捨てて拳銃を乱射してきた。
 真正面から走って距離をつめにかかる燐花。
 銃弾が自らの額に当たるコンマ五秒前に身体を捻って回避。次とそのまた次の弾の軌道を読みつつ、ネコ科の肉食動物のようにジグザグに回避していく。
 弾を見て避けているというより、銃身を見て先行入力しているという動き方だった。
 とはいえ相手が腕利きでないことには、撃つ寸前に身体が傾いたり手首が弱ったりするものだ。誤った方向に撃った弾が、回避行動中の燐花の頬をかすっていく。
 痛みはあるが死にはしない。構わず密着し、相手の手首を掴んで射撃を抑制。小太刀の柄で顎と額を打って倒した。
 その一方で、悠乃もまた機銃を捨てて銃を乱射する敵兵へ接近。
 しかし彼女はといえば、敵の放つ弾を特殊なナックルと盾でガードしながら突き進んでいく。盾に傾斜をつけて衝撃を逃がし、逃がしたことで生まれた物理エネルギーを回転を使って更に逃がし、そうして生まれた回転力でもって相手に強烈な蹴りを入れていく。
 三半規管がどうにかなってる人にしかできない動きである。普通は同じ動きをしただけで吐くだろう。肉体の強度そのものが、もはや人間離れしつつあるのだ。
「うん……なかなか」
 足を高く蹴り上げたままの姿勢で息を吐く悠乃。
 蹴りつけられた敵兵は大きく吹き飛び、コンクリートの壁に激突して戦闘不能状態にあった。
「皆さん、この調子でいきましょう!」
 まだ戦える敵兵を魔導書でガッとやりつつ、ラーラがガッツポーズをとった。

 役場への道のりは既にキッチリ暗記している。
 土地勘こそないが、最近は実際の写真で道路を進むシミュレーションをしながら道を覚えるぐらいワケない時代だ。幸いにも目印になりやすい建物も多かったおかげで、メンバーはスムーズに道を進むことが出来た。
 スムーズで無い点があるとすれば、伏兵による攻撃である。
「燐ちゃんふせて!」
 恭司は一緒に走っていた燐花を肩で庇いつつ、建物めがけて小銃でバースト射撃。加えてオプションされたグレネードランチャーで爆弾を打ち込む。
 目印にしていた左手側の真っ青な雑貨店の三階に潜んでいた兵隊が身を乗り出して落下する。
 新たな攻撃を警戒しながら進むと、次は左右がコンクリートブロックの塀で挟まれた長い一本道が現われた警戒すべきは茂りすぎた植木の影響で直立姿勢でも塀の向こうが見通せないことだ。
 非神具のテーザーガンを握り足を止めるラーラ。
「どうしましょう。不意打ち覚悟で進みますか?」
「打たれたら即死亡ってわけじゃないなら、それもありかな。援護お願い!」
 悠乃は直線道路のど真ん中を、両腕を広げた姿勢で駆け抜けた。まるで隙だらけだが、敵をおびき出すには充分なアピールである。
「まんまと罠にかかったな!」
「死ね!」
 塀から飛び出してきた二人の兵隊が悠乃を挟むように小銃を乱射。
 対して悠乃はその場でベリーロールジャンプをかけながら塀の向こう側に回り込む。
 かえって自らを晒す結果になった兵たちに、今度はタヱ子が突撃をしかけた。
 小銃による射撃を盾で弾き、本来なら吹き飛ばされてもおかしくない衝撃をパワーでこらえて突き進むタヱ子。
 盾によるタックルで相手を軽くよろけさせた所で、ジャックと燐花が刀で打撃。
 誰を狙うか混乱したもうひとりの兵士には、ラーラがテーザーガンを打ち込んでやった。
 暫くは見通しがよく一般的な住宅街が続く。
 民家を我が物顔で占拠していた敵兵があわをくって飛び出し小銃を荒っぽい様子で構えることはあったが、そのたびに千陽と仁がマシーンのごとく制圧していった。
「懐かしさ半分。新鮮さ半分といったところか……」
 塀の裏から飛び出した敵兵をカウンターで殴り倒しつつ、仁は呟く。
 また暫く進めば、沖縄らしい建物が目に付くようになってきた。
 沖縄料理を出す店だ。
「この建物が見えたということは、もうすぐですね。準備を」
 千陽は仲間に呼びかけながら、遠目に青い屋根の建物を確認した。
 この島の役場。つまり敵の本拠地である。

 役場は静まりかえっていた。
 覚者の集団が襲撃をかけたことを連絡かなにかで察して迎撃態勢を整えたのだろう。
 ジャックはぼんやりと映画や漫画でみた『カチコミにおびえる事務所のヤクザ』みたいなやつを想像した。机を倒してバリケードにしつつ拳銃を握ってかかってこんかいとか呟く姿である。
 ほぼ遠からぬようで、スコープで中を覗いた千陽は敵の正確な数と推定武装を述べた。
「人数も武装も予測した通りですね。皆さん、お怪我は」
「怪我はしてるけどへーきへーき」
 腕をぐるぐる回してみせるジャック。覚醒できないというのに相変わらずのテンションに、千陽は難しい顔をした。
「今は神秘の国境外なんですよ。命数復活に頼れないのですから、緊張感を持ってください」
「持ってる持ってる、多分。ときちかこそもっと肩の力抜かなきゃじゃね?」
 相変わらずは自分もか、と更に難しい顔をする千陽だった。
 一方で、恭司は燐花の腕に包帯を巻いてやっていた。
「できれば回復してあげたいんだけどね」
「回復はしてもらっているので、大丈夫です」
 タヱ子の体術で傷は回復(今思えば神秘抜きでどうやってんだろうあれ)しているが、恭司は『そういうことじゃなくてね』と苦笑いをした。
 今包帯を巻かれているからそれで充分ですと言いかけて、燐花は黙った。正しいような、間違っているような、複雑な感情があったからだ。
「『覚醒を必要としないもの』と『因子特性を必要とするもの』はどうやら似て非なるもののようですね……」
 手を握ったり開いたりしながら、タヱ子は呟いた。
 悠乃も同じようなことを考えていたようで、黙って低く唸る。
 因子固有の術や五行術式は勿論のこと、技能スキルやオリジナルスキル、かつてラーニングしたスキルなどにもなんとなーく影響が出ているような気がするのだ。
 この『なんとなーく』はイヤになるくらいの試行回数をもって計測しないとハッキリ言えない意味である。
「神秘界隈の『ハッキリしなさ』は気になっていましたが。もしかしたら時間(試行回数)が解決してしまう問題なのかもしれませんね」
 もとより世界というものはハッキリしないものである。風邪の治し方が確立したのも体温計ができたのも、試行回数をイヤというほど重ねたからだ。いずれは因子も五行も全てが科学の内側に内包される日が来るのかも知れない。
 その『いつか』の遠さは、ニトログリセリン発見からダイナマイト発明まで二十年かかったという歴史からお察し頂きたい。
 ラーラはこほんと咳払いをして、魔導書をロック(封印)したままぐっと大きく振りかぶった。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を。イオ・ブルチャーレ!」
 回転して飛んでいく魔導書。窓を突き破って屋内へ飛び込み、一秒の間を置いて謎の爆発が起こった。
「ふう、これは言っておかないと」
 なぜか清々しいラーラをキッカケにして、仁は『突入!』と叫んだ。
 突入作戦の内容はきわめてシンプルである。
 こう、バーンと入ってガッとやってドカドカ叩いて全員やっつけるのである。
 いかな非覚醒状態で因子特徴が消えているとはいえ、とんでもない回数の修羅場をくぐり抜け『死んで覚えるメソッド』で強化された彼らが、一度死んだらおしまいな人生でビクビク戦ってきた敵勢にスペックで負けるはずがなかった。
 混乱して小銃を天井に向けて乱射する敵兵を殴り倒し、仁はそんな風に思う。
 もしかしたら『歴戦の猛者』とやらは、ギリギリ死にかかりながらも生き延びたことで強くなった連中なのではないか。
 コンテニューを続けることで絶望的な弾幕を回避できるようになるシューティングゲーマーのごとく。
 そして自分もまた……。
 そうこうしているうちに、悠乃と燐花がコンビネーションアタックで絶え間ないパンチとキックを叩き込み、銃のトリガーすらひけないまま相手をノックアウト。
 即席バリケードの裏から流し打ちする敵兵には恭司が爆弾を投げ込み吹き飛ばし、ゲラゲラ笑いながら飛び込んでいったジャックが真面目な顔をした千陽と共にたたき伏せて制圧した。
 敵兵のボスと思しき男が小銃を捨てた。
「ま、待ってくれ! 命だけは!」
 意外と聞き慣れたそのフレーズに、掲げていた植木鉢をスッと下ろすタヱ子。
 カウンター代わりに使われていた棚に置いたのを見計らって拳銃を抜いた。隠し持つのにピッタリな小さい拳銃だが、人を殺す威力はある。
 が、タヱ子はそれを素手で握って止めた。
「な、なんで」
「慣れてますんで」
 握り込んだ弾頭で拳を固め、タヱ子はボスの顔面を殴りつけた。

●外野という名のコート内で
 暖かい日差しを想像してほしい。
 さざなみの音や、澄んだ海や、どこか甘くすらある潮の香り。
 そして手を繋ぐ、親子ほど年の離れた男女。
「……」
 想像をやめて、燐花は自分の手を見た。
 二メートルほど先を恭司が歩いている。
「いい天気だねえ。お散歩日和だ」
 そう言いながら、目に付く風景をカメラに納めていた。
 手は、繋いでいない。
 そこだけが、想像と異なった。
「沖縄料理とか、食べられるかなあ」
「まだ、もう少し先だと思います……」
 軍事制圧されてそう期間が経っていないとはいえ、ついさっきまで人権喪失レベルの危機にさらされていた住民たちである。料理店を営むにはまだもう少し時間がかかりそうだった。
 足を止める。
 恭司も同じく足を止めた。
「ああ、ごめん。景色に夢中になっちゃって。歩くの早かったかな」
 手を差し出して、恭司は笑っている。
 その手を見ていると、恭司は話題を探すように唸った。
「島は広いよ。どこに行きたい?」
「……じゃあ、山のほうへ」
 燐花はうつむいて、恭司の手を取った。
 想像通りだろうか。
 頬の熱さだけが、まだ想像と異なっている。

 島の奪還を終えた彼らは、ファイヴの身分を明かして拘束されていた住民たちを開放した。
 噂はすぐに西側の避難民たちまで広まり、ファイヴの名前をそれなりに知っていた住民たちは皆を歓迎してくれた。
「ヒノマル陸軍の手を離れテロリストに占拠され、その後さらに別の組織に占拠されたのではという恐怖を抱いていたようだ。ファイヴが長らく非営利団体として活動したことが功を奏したな」
 船を海上で止め、仁は後ろを振り返った。
 スクーバの装備を調えた千陽とジャックが海中へと飛び込んでいく。
 残ったラーラは安全ロープが沈んでいくさまを見つめていた。
「与那とは境界を意味する言葉だそうですね。神秘の国境と何か関係あるんでしょうか」
「さあな。『関係が無いことを確かめる』という価値はあるが、そこまでくると我々の仕事ではないだろう」
 ここ二十数年。『神秘の国境』がなぜ存在するのかについて様々な議論が交わされてきた。
 ある者は国境にピッタリそって存在していると主張し、ある者は本州の陸地が汚染されていると主張し、ある者は竜脈が通っているのだと主張し、ある者は神様がそうしたからだと主張した。どれもなんだか間違っているようで、しかし間違いだとする証拠は無かった。
「仮説を立てるのはいいが、全ての実証にコストをかけるのは賛成できない。理由は想像できるか?」
「ええと……ダメだったときにガッカリするから、でしょうか」
「それもある」
 研究を本職とするならともかく、有志で参加して大体いつも戦ってるメンバーが『何ヶ月もコストを投じたけど関係ありませんでした』となってはガッカリである。
 ゼロに高い価値を見いだせるほど、ラーラたちは研究者ではなかった。
「ですが、島のすぐそばに妖が出る可能性もあります。覚醒可能なエリアが無いかどうか、まずは一回りして確かめましょう」
「ああ、それには価値がある」

 時は移り。
「なんか寒かった! ウケる!」
 終始楽しそうなジャックを後ろに乗せて、千陽は島をバイクで回っていた。
「切裂、古妖の気配は感じますか」
「ぜんぜん」
 古妖の有無は神秘の国境に関係ない。いるところにはいるだろう。
 与那国島なんていかにもいそうなポイントだが、軍事制圧を受けた際に逃げ隠れでもしたのだろうか。
「いれば話を聞きたかったのですが」
「なに話す? 遊んで貰う? って、あ!」
 ジャックがストップーと言いながら千陽の首をつかんだ。というかしめた。
 慌ててブレーキをかけると、ジャックが空を指さしている。
 指し示した先には、なんか生首が浮いていた。
 耳からコウモリみたいな翼を生やしてぶんわかぶんわかしている人間の生首である。白目をむいてぶつぶつ何か言っているが、遠くてよく分からなかった。
「古妖いた! こんにちは! 俺切裂! お前は!?」
 バイクを降りて駆けだしていく。
 古妖は目をぎょろりと動かしてジャックを見ると、口をあんぐり開けて噛みつきにかかった。
「おー! くるかー!」
 きゃっきゃいいながら遊び始めるジャック。
 あれどう見ても襲われてるよなと思った千陽は、ジャックの襟首を引っ張った。
 ちなみに古妖は理解できる言葉を話しておらず、無理矢理文字にするなら『チャマムニガベンジャマイガモグニチャマガラハグニマ』と言っていた。意味が分からないにも程があった。
 ので、撤退である。

 皆が島を歩き回ったり走り回ったりして集めた情報を、悠乃とタヱ子は役場の会議室に広げていた。
 写真やメモがホワイトボードに貼り付けられている。
「島を回った所、とくに変わった存在はなかったそうです。普通の古妖がいたくらいで」
「なに、普通の古妖って」
「チョンチョニーというスペインの古妖だとか。病人の頭の上を飛んで血を吸うらしくて、案の定ジャックさんは軽く風邪を引いていたとか」
「普通だ……」
 大体なんでスペイン産だ。沖縄ならキムジナーとか出ろ、とか思ったがそれは高望みかもしれない。2~3時間探して出るなら、今頃住民による動物園が開かれているはずだ。どっかの村みたく。
 もっというと、出たからといって近隣住民に聞く話とそう変わるとは思えなかった。みんな抱きがちな偏見だが、別に古妖だからといって因子や妖に詳しいという理由はない。だってここ最近の知識だし。ファ○コンより最近だし。
「まあ、わかるけどね。その気持ちは。人間誰しもそうなるよ……」
「遺跡やなにかを見てきたそうですが、特にかわったことはなかったと。強いて言えばとても綺麗だったそうです」
「手入れ、すごくされてるらしいからね……」
 遺跡や小島を観光地化して長い与那国島である。大事にされているのだろう。
「まあ、そうなるんじゃないかと思ってたよ」
「そう、とは?」
 説明を求められて、悠乃はジェスチャー混じりに話し始めた。
「ええと、神秘の国境には『届いてない説』と『邪魔してる説』があるじゃない? その場合『届いてない説』の方が有力なの。例えばある地域の特定範囲内に異臭がしたとして、周りをぐるっと囲むように消臭ヂカラが配置されてると考えるより拡散してなくなっていると考えるほうが自然だよね」
「神秘が粒子のように拡散するのだとすれば、そうですね。でもその場合『海によって阻害される』という仮説も成り立ちますし、朝鮮半島などに影響が出ていないのが不自然になりませんか」
「確かに……」
 咳払いするタヱ子。
「私は竜脈説を推しますね。本来届いていたはずのラインが、遺跡などが海に沈んだことによって途切れたのではと」
「それも、『海によって阻害される』の仮説が適用されちゃうなあ……もしかしたら両方あるのかもしれないね。届かない説と阻害説」
 ここからは学者の領分である。お金貰って沢山調査し続ける人たちに任せれば良い。いつかの未来に分かるだろう。
 それより重要なのは今だ。
 妖の出ないこの土地をどう利用するかである。

●妖の出ない島
 妖も出ず、覚醒もおこらない島。
 ただの観光地として放置するには惜しい環境だった。
「――その上で、この島の運用法を探っていこうと思います」
 悠乃はホワイトボードにマーカーを走らせていた。
 会議室には今回の作戦に関わった八人のメンバーと、島を代表した市長っぽい人が参席している。
 といってもブレインストーミング形式の会議である。四原則の『批判しない』『歓迎する』『質より量』『便乗する』に守られた話し合いである。
「第一に、島の防衛。覚者のアドバンテージを減らせるこの島は、憤怒者勢にとっては格好の拠点になります。今回みたいに」
 ううむと唸る一同。
「覚者が常駐しても効果が薄いですから、まず武器の配備が欲しいですね。ファイヴ経由でできませんか」
「流通はコネクションを使えば整うんじゃない? でも軍事組織じゃないからねえ。神具はともかく武器はあるかな。どこかに沢山ある?」
「憤怒者を捕まえた時に没収するとか」
「それならヒノマル陸軍の非覚者兵が使っていたものを沢山接収しましたよね。戦車やバイクも」
「それならすぐに使えるかもしれません。けど過剰な武器供給は危なくありませんか?」
「自衛できる程度にとどめれば問題ない。それにヒノマル陸軍の武器を使うなら人員ごと使うという手もあるぞ」
「勧誘? いいね! 一緒に遊びたい! 日本最後の夕日とか見よ!」
「西側の防衛か。必要かな。必要かもしれない」
「念のためですね。お金はどうします? 島の人に出して貰うわけには……」
「そこはファイヴでもとう。島の人もそれで納得してくれている」
「なんだかんだで利益の出そうなことをしていますしね。全部寄付していますけど」
「寄付する先がこの島になるだけです」
「古妖とも遊びたい!」
「ああ、そういえば古妖に人員不足に役立つ人がいたような……」
「流通ルートを確保できそうですか?」
「普段からルート自体はあるから、それを拡張すればいけるよ」
「できれば島の方々全員の納得を得たいですね」
「元々ヒノマル陸軍の庇護下にあった島だし、そこはスムーズにいけるんじゃないかな」
「そういえばなんですぐに軍事制圧されちゃったんでしょう。ヒノマル陸軍が落ちてすぐですよね。ゲリラ化にしては早すぎませんか」
「沖縄軍事基地反対派っていたでしょ。あの中の中国寄りの人たちが招き入れたみたい」
「なんで?」
「沖縄に軍隊があると日本を侵略できないからじゃない?」
「したいの?」
「さあ。でもできないよりいいんじゃない? いや、分からないけど」
「念のための防衛力にますます意味が出ますね」
「よし……!」
 ぽんと手を打って、ホワイトボードにがりがり書いてまとめていく。
「まずはヒノマル陸軍から武器と人員を調達して、島の防衛にあてるということでまとまりそうですね。早速リクルートを頼みましょう」
 次に、と言ってボードをひっくり返す。
「島の利用方法ですね」
 自分で言いつつ手を上げる悠乃。
「どんな形にせよ住民方への悪影響は避けたいですね。あと人が増え続けるとパンクしますから、そういうのは避ける方向で」
「なら真っ先に刑務所案が消えるな」
「悪影響出過ぎだしね」
「パンクもするし」
「そこで、なんですが」
 同じように手を上げる燐花。
「保護施設や更正施設にできないでしょうか」
「まずはそこだよね。妖が出ないってだけで、精神的にトラウマを抱えすぎた人の療養になる」
「妖に対する精神医療……言われてみれば無かった」
「避難区域にはしないんですね?」
「この島に日本人口の九割を入れるのは無理があるからねえ。島を埋め立てて広げるとか?」
「覚者差別に対する隔離処置というわけでなければ、賛成です」
「古妖は友達にできないの?」
「できるんじゃあないですか? 古妖もある意味ここの住民ですし。配慮する相手ということになるでしょう」
「あのお、対抗意見になっちゃうんですけど、因子発現を認めたくない人が心穏やかに暮らせる場所として提供できないでしょうか」
「いや、対抗意見にはならないよ。それも精神医療の一環ってことになる。自分の容姿を認めたくない人に鏡の無い部屋を与えるようなものだね」
「精神的な負担に関して、今まで色んな意味で放置しすぎてきましたからね」
「俺はもう大丈夫だよ! 吹っ切れた!」
「こういう例もありますし。実際に来させてみることで医療行為として意味があるかと」
「ところで、ヒノマルはこれについて研究してなかったの?」
「ああ、完全に忘れていました……」
「他に資料があったら今度見せて貰いましょう」
「無償で見せてくれるかな。お金とか払う必要ある?」
「戦争で勝ったんだから命令すればよくない?」
「不満がたまらないように動かさないと反逆されるんですよ」
「繰り返してはならない歴史というやつだねえ」
「まあ、ファイヴも研究機関ですし。そこは必要経費でしょう」
「ところで、保護施設は今ある建物をどこか利用するんですか? それとも新たに?」
「土地は割と余っているみたいだから、買い取ればいいよ」
「お金問題はさっきクリアしましたしね」
「それこそ病院として建設すれば色々とはかどるはずです」
「じゃあ、まとめましょうか……」
 ホワイトボードにかりかりとマーカーを走らせる。
「この島には一旦、妖や覚者といったものから隔離するための保護施設を建設します。これらの費用はファイヴが負担、ということで話を持って行きましょう。以上、解散!」

 かくして、神秘の国境と与那国島をめぐる騒動は幕を閉じた。
 この先どのようにこの島が動いていくのかはわからないが、現代の日本が抱える問題を解決する光になったことは、間違いないようだ。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

今回の戦闘判定は『神秘の国境の外側』という特殊な環境で戦闘が行なわれたため、
通常とは異なる『時と場合による判定』を一時的に適用しています。
この判定内容は時と場合によって異なるため、同じ国境外でも違った判定結果になることがあります。ご了承ください。




 
ここはミラーサイトです