覚者(ひと)殺す 信念ゆえに 覚者(ひと)守る
●覚者の子は覚者か?
覚者同士の親が子を産んだとしても、生まれてくる子供が覚者であるとは限らない。
因子発現は後天的である。遺伝的な要素は存在しない。少なくとも、統計学的には覚者導師が生んだ子供に因果関係は見られないというのが一般的な見解だ。
●覚者と憤怒者と妖。そして小さな命。
突如大量発生した妖。波のような暴威を前に、一人の覚者が倒れ伏す。
それを見ていた女性は、悲しみと絶望で崩れ落ちた。その覚者は彼女が愛し、一年前に結婚した夫だからだ。逃げろ、という言葉は聞こえていたが心がそれを拒否していた。貴方を失って、何を頼りに生きろというのか――
せめて仇を、と女は虎の腕をふるい妖を薙ぎ払う。個体としては強くないのか、数体の妖を退けることに成功する。だがそれとて、津波に石を投げた程度。妖は怒涛の如く迫ってくる。お腹を庇い、身を固くする女性。
迫る妖。腐乱して骨が出た犬の動物型妖の牙は、彼女を襲うよりも早く四散した。派手な銃声と共に放たれた弾丸が、妖の一群を薙ぎ払ったからだ。
振り返れば、そこにはシスター服を着た女性がいた。日本人ではないのだろう。その肌は白く、顔つきも整っている。手にした銃がなければ、どこかの教会に居れば映えるだろう姿だ。
AK-47――ロシア製の自動小銃を手にしたシスターは、そのまま銃を乱射しながら妖を足止めする。神具ではないがその威力で妖を足止めし、その進攻を一時的に食い止めていた。
女は絶望から立ち直り――そしてそのシスターの所属する組織名に思い至った。
「エグゾルツィーズム……!?」
エグゾルツィーズム。ロシア語で悪魔祓いの名を持つこの憤怒者組織は、覚者の力を悪魔の力と断じてその殲滅を試みる組織だ。過激な行動と宗教による統率された組織力で多くの覚者の命を奪っていた。
その憤怒者組織が、自分を助けている。頭の耳と手足の体毛は自分が獣憑の覚者であることを示しているというのに。
「貴方は悪魔の力を有している。許してはおけない」
シスターは冷徹に言い放つ。そのあとで『だが』と言った後で言葉を続けた。
「お腹の子供は悪魔の力を持っているとは限らない。故に助ける」
その言葉に、お腹に手をやる女性。そこには確かに命が宿っていた。愛する人の残したモノが。
女性に生きる意志が生まれる。生きてこの子を産まなくては。だが――
数多の妖と、憤怒者。彼女一人では生き残るには難しい。
●緊急事態
「街に妖の群れが現れる。避難完了するまで力になってくれ」
そんな夢見から妖の群れの予知を受けて、覚者達はその街に向かっていた。そんな中、連絡用のスマートフォンに通知が入る。
「追加情報だ。南側で戦っていた覚者の一人が倒れた。もう一人は急げば間に合う……んだけど。
その、近くにイレブンの憤怒者がいる。今は妖を攻撃しているが、それが終わればその覚者を殺そうとするだろう。そうなる前に阻止してくれ」
妖、憤怒者、覚者。
混迷した状況を頭の中で整理しながら、覚者達は急ぎ走る。
覚者同士の親が子を産んだとしても、生まれてくる子供が覚者であるとは限らない。
因子発現は後天的である。遺伝的な要素は存在しない。少なくとも、統計学的には覚者導師が生んだ子供に因果関係は見られないというのが一般的な見解だ。
●覚者と憤怒者と妖。そして小さな命。
突如大量発生した妖。波のような暴威を前に、一人の覚者が倒れ伏す。
それを見ていた女性は、悲しみと絶望で崩れ落ちた。その覚者は彼女が愛し、一年前に結婚した夫だからだ。逃げろ、という言葉は聞こえていたが心がそれを拒否していた。貴方を失って、何を頼りに生きろというのか――
せめて仇を、と女は虎の腕をふるい妖を薙ぎ払う。個体としては強くないのか、数体の妖を退けることに成功する。だがそれとて、津波に石を投げた程度。妖は怒涛の如く迫ってくる。お腹を庇い、身を固くする女性。
迫る妖。腐乱して骨が出た犬の動物型妖の牙は、彼女を襲うよりも早く四散した。派手な銃声と共に放たれた弾丸が、妖の一群を薙ぎ払ったからだ。
振り返れば、そこにはシスター服を着た女性がいた。日本人ではないのだろう。その肌は白く、顔つきも整っている。手にした銃がなければ、どこかの教会に居れば映えるだろう姿だ。
AK-47――ロシア製の自動小銃を手にしたシスターは、そのまま銃を乱射しながら妖を足止めする。神具ではないがその威力で妖を足止めし、その進攻を一時的に食い止めていた。
女は絶望から立ち直り――そしてそのシスターの所属する組織名に思い至った。
「エグゾルツィーズム……!?」
エグゾルツィーズム。ロシア語で悪魔祓いの名を持つこの憤怒者組織は、覚者の力を悪魔の力と断じてその殲滅を試みる組織だ。過激な行動と宗教による統率された組織力で多くの覚者の命を奪っていた。
その憤怒者組織が、自分を助けている。頭の耳と手足の体毛は自分が獣憑の覚者であることを示しているというのに。
「貴方は悪魔の力を有している。許してはおけない」
シスターは冷徹に言い放つ。そのあとで『だが』と言った後で言葉を続けた。
「お腹の子供は悪魔の力を持っているとは限らない。故に助ける」
その言葉に、お腹に手をやる女性。そこには確かに命が宿っていた。愛する人の残したモノが。
女性に生きる意志が生まれる。生きてこの子を産まなくては。だが――
数多の妖と、憤怒者。彼女一人では生き残るには難しい。
●緊急事態
「街に妖の群れが現れる。避難完了するまで力になってくれ」
そんな夢見から妖の群れの予知を受けて、覚者達はその街に向かっていた。そんな中、連絡用のスマートフォンに通知が入る。
「追加情報だ。南側で戦っていた覚者の一人が倒れた。もう一人は急げば間に合う……んだけど。
その、近くにイレブンの憤怒者がいる。今は妖を攻撃しているが、それが終わればその覚者を殺そうとするだろう。そうなる前に阻止してくれ」
妖、憤怒者、覚者。
混迷した状況を頭の中で整理しながら、覚者達は急ぎ走る。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.森山摩耶の生存
2.三十ターンの戦線維持
3.妖を十体以上突破させない
2.三十ターンの戦線維持
3.妖を十体以上突破させない
『人』は殺さない。彼女が殺すのはあくまで『悪魔』のみ。
●敵情報
・屍犬(×8~)
突如発生した動物系妖。すでに死んだ犬が狂暴化した存在です。発生場所は保健所。記録をたどれば多くの捨て犬を処分しており、それが一斉に妖化したというのがFiVEの推測です。
ランク1。個体としては弱いのですがとにかく数が多いです。三ターン毎に五体の増援が発生します。
知性はなく、人間を喰らおうとします。その習性の為、覚者との戦闘よりも街中に突入して戦闘力のない一般人を襲おうとします。
攻撃方法
餓犬 物近単 飢えた犬が血肉を喰らう。
咆哮 神遠単 生者を恨む死者の声。
・『マリートヴァ』リーリヤ・グラシェヴィーナ・シュリャピナ(×1)
憤怒者。白い肌を持つシスターです。OPで話をしていたシスターです。
源素を『悪魔の力』と称して排斥しようとしています。イレブン内では『エグゾルツィーズム(悪魔祓い)』と呼ばれている武装集団の長です。銃の取引で町に滞在中、妖出現の報を聞いて馳せ参じました。彼女がここにいるのは偶然です。
戦闘終了後に彼女が戦闘不能の場合、その扱いはPCに一任されます。メタな事を言うとこのシナリオにおける彼女の扱いが『エグゾルツィーズム』シナリオの分岐点です。その為、彼女を攻撃対象に含むことは可能です。
攻撃の優先順位度は『(高い)妖>PC覚者(低い)』になります。覚者を嫌っているため、PCの指示には従いません。
攻撃方法
パリィ 自付 防御用ナイフを構えます。物防と回避が上昇。
スコップ 物近単 斬る、刺す、叩く、防ぐ。歩兵のお守り。〔出血〕
小型拳銃 物遠単 ハンドガンで敵を撃ちます。
自動小銃 物遠列貫2 アサルトライフルで一斉掃射します。シナリオ5回まで使用可能。
●NPC
森山摩耶
覚者。天の獣憑(寅)。OPに出ていた『女性』です。
妖の襲撃に夫に先立たれ、お腹の子を護ろうとしています。基本的に覚者の指示に従いますが、夫の遺体を回収したいこともあり戦場からの離脱は拒否します。
既に命数使用している状態です。相応にHPはありますが、戦闘力としては皆無です。HPが0になった時点で死亡します。
●場所情報
大阪の地方都市。その道路上。AAAが避難誘導を行っている為、人が来る可能性は皆無です。時刻は昼。足場や広さは戦闘に支障なし。
五分(30ターン)経てば、AAAの大型トレーラーによる即席バリケードが形成されます。それまで戦線を維持してください。
戦闘開始時、敵前衛に『屍犬(×3)』『リーリヤ』『森山』が、中衛に『屍犬(×3)』が、後衛に『屍犬(×2)』がいます。屍犬の増援は、後衛側に現れます。
敵前衛との距離は、一〇メートルとします。
急いでいるため、事前付与は不可とします。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2017年02月13日
2017年02月13日
■メイン参加者 8人■

●
連絡を受けた場所にたどり着いた覚者達は、一斉に動き出す。
「あんたの事情は、夢見から聞いた。お腹に赤ちゃんがいるんでしょ。後ろに下がって」
東雲 梛(CL2001410)は森山の肩を叩き、後ろに下がるように声をかける。近くにいる『マリートヴァ』の事を気にかけながら、二人の距離を離そうとする。懸念していたシスターからの妨害はない。ただ一瞥貰っただけだ。
「遺体は……妖の群れの中か」
『ぴよーて3世』とともに戦場を見回し、森山摩耶の夫の遺体を見る『BCM店長』阿久津 亮平(CL2000328)。遺体が気がかりでこの場から去ろうとしない森山。彼女の安全の為にもあの遺体は回収したい。何よりも、勇敢に戦った覚者を野晒しにはしたくない。
「最初の増援が来るまでが勝負だ」
『雪舞華』を構えて『落涙朱華』志賀 行成(CL2000352)が妖を睨む。次々とわいて出る犬の妖。それを街に通さないようにするには、かなりの火力が必要になる。精神を戦いに移行し、、強く神具を握りしめた。
「ここが、防衛線です」
とある隔者から譲り受けた軍刀を手に、『突撃巫女』神室・祇澄(CL2000017)が途切れがちに口を開く。煌めく軍刀が迫る妖を写す。言葉通り、ここが防衛線。不浄な存在をここで止めるべく、歩を進めた。
「動物の死体が妖化した、か」
言葉に苦々しい感情を含めて『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)が覚醒する。動物が好きなゲイルにとって、痛々しげな姿で駆ける犬の姿は見るに堪えない。妖を滅し、元となった彼らを弔おう。心に誓い、守護使役から渡された神具を手にする。
「母様の名に懸けて守るの」
鬼子母神に育てられた『愛求独眼鬼/パンツハンター』瀬織津・鈴鹿(CL2001285)が第三の瞳を開眼させる。鬼子母神はインドでは安産や子育ての守護神として、そして日本でも子供の息災を守る神として祀られている。その娘が、子供を守らぬ道理はない。
「そんじゃ、櫻火真陰流、酒々井数多。往くわよ」
精霊顕現の紋様を赤く光らせ、『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)が神具を握る。家族を奪った妖。それは数多の心的外傷でもあった。同じ悲しみを持つ人をこれ以上増やさない。だから妖は全て切り伏せる。そんな決意と共に抜刀した。
「全部救う! もうこれ以上犠牲は出さない!」
『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)は迫る妖に体を震わせながら、それを打ち消すように叫ぶ。このラインを妖がこえれば、犠牲が出る。その未来だけは許されない。悲劇を止めるべく、勇気を振り絞り戦場に踏み込む。
「FiVEの覚者……!」
リーリヤは短くつぶやくが、それ以上の敵意は向けなかった。迫る妖の群れの撃退を優先しているようだ。
妖、憤怒者、そして覚者。
入り乱れた状況の中、奇妙な防衛戦が開幕する。
●
「とにかく戦線を維持しなくてはいけないね」
「そうだな。一気に攻め立てなくては」
亮平と行成は迫る妖の前に立ちふさがり、それぞれの神具を構える。薙刀という長柄の武器を持つ行成。ナイフにハンドガンという短い武器を持つ亮平。それぞれのリーチは違うが、二人は互いの間合が分かっているかのように位置を取る。
最初に動いたのは亮平だ。噛み付いてくる妖に向かい銃を向け、トリガーを引く。乾いた火薬音と共に妖がのけぞり、地面に落ちた。だが妖はまだ倒れない。即座に起き上がり、亮平の足に噛み付こうと迫る。亮平は妖に視線だけを向け、別の目標に視線を向けた。
亮平に迫る妖。だがそこに行成の持つ薙刀が振るわれた。回転して遠心力が加えられた一撃が、妖の視界外から迫る。華があしらわれた刀身が妖の胴体を切断し、妖の命脈を断つ。今度こそ、完全に妖は動かなくなった。
時に並列して妖を阻む壁となり、時に背中合わせになり互いの死角をカバーし。亮平と行成は言葉なく連携していた。身体能力を基盤とし、協力しあうことで互いの能力を最大限に発揮する。二人にして二人以上の防衛力を発揮していた。
「この調子で減らしていけば遺体回収はできそうだ」
「行くときはサポートします」
「無理して遺体回収を行うのは控えてくれ。五分間持ちこたえないといけないんだ」
ゲイルが扇型の神具『天煌星』を手にして口を開く。発生数不明の妖の群れ。個体としては弱いがの数が厄介だ。覚者の気力も無限ではない。ハイペースで攻め続ければ、後半ばててしまうだろう。とはいえ、遺体回収を行いたいのはゲイルも同じだ。
『天煌星』を広げ、妖の方に足を向ける。普段は回復を行うゲイルだが、今回は防衛線という事もあって攻勢に出ていた。扇を広げて横なぎに払う。霊気を乗せた風が戦場に広がり、妖に襲い掛かる。霊気の影響を受け、妖の足が止まる。
「危なくなったら回復を飛ばす。それまでは――」
「ああ。手を止めてる余裕はないな」
棍を振るいながら梛が応える。チラチラと憤怒者を気にかけながら、迫る妖の足を止めていた。妖の数は多いため、一人で足を止めるには限界がある。妖を街に向かわせないためには、その数を減らさなくてはいけない。
樹木の力を神具に込め、迫る妖に向かい振りかぶった。風に乗って振りまかれる植物の香。それは妖の鼻腔を刺激し、体内に影響を与える。香の効果で動きが鈍くなった妖に、梛の『銀雪棍』が叩きつけられた。
「増援か。面倒だな、倒した分すぐに増える」
「ヤバいヤバイ! 気を抜くと突破されるぞ!」
迫る妖にジャックが慌てて叫ぶ。前衛が止められなかった妖は中衛まで迫り、そして増援分が加われば後衛まで迫るだろう。いざとなれば雷獣から伝承された結界を使うことも考慮に入れなくては。その分水嶺を思いながら『友人帳』を開く。
ジャックの体内で循環する水の源素。普段はそれを回復の術式に使うのだが、今回は刃として攻撃に使用していた。水龍の牙が妖に襲い掛かる。激流と龍の顎に飲み込まれた妖が、二度目の生を終える。こんどこそ安らかに眠ってくれよとジャックは祈った。
「また会ったな、シスターちゃん! 後では話があるから、今は怪我しないようにおとなしくしてろ!」
「否定させてもらおう。私から話はないし、敵殲滅まで大人しくもできない」
「敵……。いいえ、いまは」
リーリヤの言葉に祇澄は首を横に振る。憤怒者の敵。この場においてそれは二つあった。妖と、覚者。今は銃口が妖に向いているが、妖がいなくなればそれはこちらに向く。だが持っている刀を『マリートヴァ』に向けるつもりはなかった。
妊婦の森山の前に立ち、防御の構えを取る祇澄。森山に迫る妖が突撃する先に軍刀を振るい、その進攻を止める。俊敏に動き回る妖の動きに、舞うような足運びで対応する。背後の人には傷一つつけさせない。結んだ唇が、その強い決意を示していた。
「大丈夫、貴女とその子供は、守ります」
「業腹だが礼を言わねばならんな。私一人では守り切れなかった」
「わりとあんたって人らしいのね。私、そいうの嫌いじゃないわ」
リーリヤの態度に数多が笑みを浮かべて告げる。過去何度も交戦した憤怒者。覚者を狙う宗教的思想を持つ覚者の敵であることは変わりないが、それと好き嫌いは別物だった。『写刀・愛縄地獄』を構え、妖に斬りかかる。
源素の炎を体内で燃やし、疾駆する数多。呼気は一つ。切り裂く妖は五体。荒々しい一撃と疾風の如く戦場を駆け巡る足運び。それは燎原の火。野を焼く炎のように勢いよく、そして激しく妖を切り伏せていく。
「そのてっぽーで撃つのはかまわないけど、こっち巻き込まないでよね!」
「神の加護があれば巻き込まれずに済むだろう」
「うーん。信仰心が行き過ぎている人ね」
リーリヤのセリフを聞いて鈴鹿は一つ頷いた。鈴鹿は古妖狩人と呼ばれる憤怒者集団に親と別れてしまったために、憤怒者にいい感情を持っていない。だがあのシスターはまだ生まれていない子供を守っている。何か違うのだろうか。
呼吸を整え、体内の源素を活発化していく。夜叉は人食いにして護法の鬼神。その性格を受け継ぐように、鈴鹿の性格も敵には容赦なく味方には優しい。放たれた回復の術式は森山と、そして憤怒者であるリーリヤまで含まれていた。
「何故私まで癒す? 妖を殲滅すれば次はお前達を襲うかもしれないのに」
「そうね。でも今は共闘している仲間……優しい人なの」
微笑む鈴鹿。その笑みに邪気はない。本当にそう思っての発言だった。
無言で戦いに戻るリーリヤ。感謝の言葉はない。恩には態度で示すとばかりに、鈴鹿に迫る妖をスコップで打ち払った。
覚者と憤怒者。奇妙な共同戦線が、迫る妖の波を止め続けていた。
●
次々に沸く妖。ランク1ゆえに掃討に時間はかからないが、休まる余裕はない。覚者八人が攻勢に出ることで、なんとか街に抜ける妖を阻止していた。
「そろそろ俺も回復にまわろう」
「気力が、尽きそうな人は、いますか?」
長期の闘いの為か、覚者の疲弊も激しい。一体の妖から受けるダメージは少ないが、数が重なれば傷も深くなる。術式による気力の消耗もある。気力を押さえて戦って居たゲイルと、森山の護衛に努めていた祇澄が体力と気力の回復に回る。倒れるほどの傷を負う覚者はいないのが救いと言えば救いだ。
「全く、きりがない」
妖を倒し、大きく息を吐く梛。だがすぐに別の妖が迫ってくる。息つく暇がないとはこのことか。流れる汗をぬぐい、神具を構える。振るわれた一撃は、見事妖の頭蓋に叩き込まれた。普通の動物ならもうろうとするのだが、その気配すらない。
「次の妖、来ます!」
遠くから走ってくる妖を視認した祇澄が叫ぶ。理性なく人を襲うために疾駆する犬の妖。死者は黄泉に。断わりなく現世に関わることなかれ。それは神学の教え。そしてそれを為すためにこの剣術はあるのだ。『壱七式軍刀』を手に戦場を舞う。
「ほんと、余裕ないな! ああもう!」
尽きぬ妖の数に頭を掻くジャック。封印用の結界を張って閉じ込めることはできるが、それは今ここにいる妖だけだ。まだここに到達していない妖は結界外に存在し、この道を通らない妖がどこに行くかはわからない。少なくとも足を止めることはないだろう。
「まだまだいけるわ! どんとこい!」
負けず嫌いの数多は強気に叫び、迫る妖に向かい刀の切っ先を向ける。押されることはないが、押し返すこともない。そんな現状への不満をぶつけるように、刀の柄を握りしめる。効果が消えた付与を付け直す余裕もないが、気持ちだけは負けるつもりはなかった。
「一旦足を止める。その隙に」
行成は薙刀を構えなおし、横一線に振るう。勾玉の力を乗せた一撃が妖に迫った。稲妻が神具の軌跡を追うように走り、妖に絡みつく。傷口から入る電流が妖の動きをわずかに止めた。それは一時的な痺れ。だがこの局面においては時間は千金。
「今だ!」
止まった妖の間を抜けるように亮平が走る。地面に転がっている覚者の遺体に近づき、急ぎ抱きかかえた。できればこの遺体と一緒に森山に下がってほしいが、そこまでの余裕はない。今は遺体を回収できただけでもよしとしよう。
「一気に癒すわ」
鈴鹿は開幕から回復にひっきりなしだった。一撃のダメージ量が多いのではなく常にダメージを受けるため、休まる余裕がない。仲間から気力回復の術を受け、連続で水の源素を放っていた。
「よし。これでしばらくは攻勢に出れるな」
一時的に回復に徹していたゲイルだが、ある程度持ち直したのを確認して再び攻勢に出る。AAA到着時間を意識しながら、気力を抑え気味に神具を振るう。冷静な判断はこのメンバーの中で最も年上故か。
一進一退。妖の突撃を覚者達が受け止め、通さぬように撃退する。その状況が続いていた。
だが防衛戦であるなら、それは優勢。背後に脅威を通さぬことが、彼らの勝利条件。
そして――
「待たせたな、FiVEの皆!」
エンジン音と共に走って来る大型トレーラー。覚者達は弾かれたように走り出す。
トレーラーは道をふさぐように停車し、妖を塞ぐ壁となる。搭乗していたAAA部隊が展開し、新たな防衛ラインとなる。
「ありがとう。よく持ちこたえてくれた。感謝するよ」
AAAの感謝の言葉。それがこの防衛戦の終わりを告げた。
●
妖を止めることに成功し、これで終わり――というわけにはいかなかった。
憤怒者。『マリートヴァ』リーリヤ・グラシェヴィーナ・シュリャピナ。覚者を悪魔と断じ、敵対する存在。共闘したとはいえ、その憎悪と思想は変わらないのだ。
「よ! 久しぶり、元気?」
ジャックは手をあげてリーリヤに話しかける。
「唐突だがFiVEと不戦協定を結ばないか? 俺達はヒノマル陸軍を倒し、七星剣を相手していく。お前らからすれば悪魔同士が潰しあう形だ。
お前等にとっては好都合だ――」
「悪魔は全て滅ぼす。潰しあうなら勝手に潰しあってくれ」
七星剣と戦うFiVEを攻めない方が都合がいい、と説得するジャックだがリーリヤの返答はにべもないものだった。損得関係なく、覚者は悪魔だと。
「……貴女の思想が、私には理解できない。
例えば、生まれてきた子供が、人であったとして、いつまで親である悪魔を、見逃していられるのですか?」
「即座に殺し、子を育児所で育てる」
祇澄の質問に、澱むことなく即答するリーリヤ。その答えに強く拳を握る祇澄。
「親を失った子が、不幸になるとわかっていても、殺すと? それは、間接的に、人を殺すも、同じです!」
「同じ報いを悪魔から受けた同胞もいる。それは我慢しろというのか?」
憤怒者となった者の中には、隔者に家族を奪われた者もいる。祇澄は議論の平行線を感じていた。
「我々は悪魔とは違う。貴方達の家族を奪った隔者とは」
「今はそうかもしれない。だが未来永劫、そうならない可能性があるか?」
行成の言葉に、リーリヤは言葉を返す。多数の覚者がそろうFiVEは大きな戦力だ。その矛先がコントロールできなくなる時が来るかもしれない。
「未来の保証はできない。私達に出来ることは、行動で示すことだ」
胸に手を当て、行成が答える。未来のことはわからない。だが、今できることはある。その結果が、未来となるのだ。
「あんたは自分が因子発現したらどうするの? 可能性は0じゃないよね」
「命を絶つ。教義で自害はできないが」
梛の言葉に迷うことなく答えるリーリヤ。国外に帰ればその影響は消えるが、それを知ったうえでそう答えた。
「なんだかなぁ。恐ろしいぐらいに頑なだな、あんた」
「なぜそこまで徹底して覚者を悪魔と見るのかな? 俺は君が理性のない殺人鬼には見えない」
亮平は言葉を選びながらリーリヤに問いかける。彼女が憤怒者であることには違いないが、守るべき者の為に命を張れる心を持つ人間なのは確かなのだ。なのになぜ、覚者だけを憎むのだろうか?
「私とて自分の教えが絶対正義だとは思ってない」
帰ってきた答えは意外な言葉だった。
「力無き者は下を向いて怯え、力在る者の理不尽に泣き崩れなければならないこの現状だ。力無い者には『祈り』の対象が必要なのだよ。因子発現者を憎むことを正当化する理由が」
「いろいろ見てきているんだな」
ゲイルはリーリヤの言葉をかみ砕き、理解する。リーリヤは覚者を『悪魔』とすることによって、隔者による被害者達に動く理由を与えているのだ。絶望に悩み、精神を病むよりはずっといい。うつ的な思想は自殺に繋がりかねない。
リーリヤという憤怒者は言葉では変わらないだろう。彼女は自分自身の行為が最善とは思っていない。自分の悪性を理解しつつ、血に染まりながら祈っているのだ。だが、
「だからと言って殺人を認めるわけにはいかない」
「なら殺してでも私達を止めるんだな」
FiVEはその『祈り』を認めるわけにはいかない。覚者も隔者も人なのだ。
「ま、人殺しに関しちゃ私が言えた義理じゃないけど」
そう前置きする数多。刃を抜く以上、命を奪うこともある。感情的な数多だが、こういう部分では達観していた。そのまま言葉を続ける。
「あんたっていう『人』がなんとなく見えてきたわ。
ねえ、今度、FiVEに遊びに来てみない? 五麟市でもいいけど。いきなり捕まえたりしないわ。私たち覚者を知ってほしいのよ」
「五麟市で私が暴れるとは考えないのか?」
「リーリヤお姉さんは信念の強い優しい人なの。私達は仲良く出来ると思うの」
年齢相応の笑みを浮かべる鈴鹿。根拠を説明しろと言われれば難しいが、仲良くできる確信はあった。
「…………神の御加護あれば考えよう」
彼女にしては珍しく長考し、ため息と共に言葉を返した。
保健所からの妖発生はそれから二時間ほど続き、AAAやFiVEの増援と共にこれを防衛することに成功する。
森山摩耶は夫の遺体と共に病院に搬送された。母体と胎児共に異常はなく、出産に影響はないとの事だ。
リーリヤはあの後すぐに姿を消した。八人の覚者を前にはなにもできないと悟ったか。覚者も彼女を追うことなく、そのまま別れとなった。
『マリートヴァ』……祈りの二つ名を持つシスター。それが統括する『エグゾルツィーズム』。
その祈りが、静かにFiVEと交差する――
連絡を受けた場所にたどり着いた覚者達は、一斉に動き出す。
「あんたの事情は、夢見から聞いた。お腹に赤ちゃんがいるんでしょ。後ろに下がって」
東雲 梛(CL2001410)は森山の肩を叩き、後ろに下がるように声をかける。近くにいる『マリートヴァ』の事を気にかけながら、二人の距離を離そうとする。懸念していたシスターからの妨害はない。ただ一瞥貰っただけだ。
「遺体は……妖の群れの中か」
『ぴよーて3世』とともに戦場を見回し、森山摩耶の夫の遺体を見る『BCM店長』阿久津 亮平(CL2000328)。遺体が気がかりでこの場から去ろうとしない森山。彼女の安全の為にもあの遺体は回収したい。何よりも、勇敢に戦った覚者を野晒しにはしたくない。
「最初の増援が来るまでが勝負だ」
『雪舞華』を構えて『落涙朱華』志賀 行成(CL2000352)が妖を睨む。次々とわいて出る犬の妖。それを街に通さないようにするには、かなりの火力が必要になる。精神を戦いに移行し、、強く神具を握りしめた。
「ここが、防衛線です」
とある隔者から譲り受けた軍刀を手に、『突撃巫女』神室・祇澄(CL2000017)が途切れがちに口を開く。煌めく軍刀が迫る妖を写す。言葉通り、ここが防衛線。不浄な存在をここで止めるべく、歩を進めた。
「動物の死体が妖化した、か」
言葉に苦々しい感情を含めて『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)が覚醒する。動物が好きなゲイルにとって、痛々しげな姿で駆ける犬の姿は見るに堪えない。妖を滅し、元となった彼らを弔おう。心に誓い、守護使役から渡された神具を手にする。
「母様の名に懸けて守るの」
鬼子母神に育てられた『愛求独眼鬼/パンツハンター』瀬織津・鈴鹿(CL2001285)が第三の瞳を開眼させる。鬼子母神はインドでは安産や子育ての守護神として、そして日本でも子供の息災を守る神として祀られている。その娘が、子供を守らぬ道理はない。
「そんじゃ、櫻火真陰流、酒々井数多。往くわよ」
精霊顕現の紋様を赤く光らせ、『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)が神具を握る。家族を奪った妖。それは数多の心的外傷でもあった。同じ悲しみを持つ人をこれ以上増やさない。だから妖は全て切り伏せる。そんな決意と共に抜刀した。
「全部救う! もうこれ以上犠牲は出さない!」
『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)は迫る妖に体を震わせながら、それを打ち消すように叫ぶ。このラインを妖がこえれば、犠牲が出る。その未来だけは許されない。悲劇を止めるべく、勇気を振り絞り戦場に踏み込む。
「FiVEの覚者……!」
リーリヤは短くつぶやくが、それ以上の敵意は向けなかった。迫る妖の群れの撃退を優先しているようだ。
妖、憤怒者、そして覚者。
入り乱れた状況の中、奇妙な防衛戦が開幕する。
●
「とにかく戦線を維持しなくてはいけないね」
「そうだな。一気に攻め立てなくては」
亮平と行成は迫る妖の前に立ちふさがり、それぞれの神具を構える。薙刀という長柄の武器を持つ行成。ナイフにハンドガンという短い武器を持つ亮平。それぞれのリーチは違うが、二人は互いの間合が分かっているかのように位置を取る。
最初に動いたのは亮平だ。噛み付いてくる妖に向かい銃を向け、トリガーを引く。乾いた火薬音と共に妖がのけぞり、地面に落ちた。だが妖はまだ倒れない。即座に起き上がり、亮平の足に噛み付こうと迫る。亮平は妖に視線だけを向け、別の目標に視線を向けた。
亮平に迫る妖。だがそこに行成の持つ薙刀が振るわれた。回転して遠心力が加えられた一撃が、妖の視界外から迫る。華があしらわれた刀身が妖の胴体を切断し、妖の命脈を断つ。今度こそ、完全に妖は動かなくなった。
時に並列して妖を阻む壁となり、時に背中合わせになり互いの死角をカバーし。亮平と行成は言葉なく連携していた。身体能力を基盤とし、協力しあうことで互いの能力を最大限に発揮する。二人にして二人以上の防衛力を発揮していた。
「この調子で減らしていけば遺体回収はできそうだ」
「行くときはサポートします」
「無理して遺体回収を行うのは控えてくれ。五分間持ちこたえないといけないんだ」
ゲイルが扇型の神具『天煌星』を手にして口を開く。発生数不明の妖の群れ。個体としては弱いがの数が厄介だ。覚者の気力も無限ではない。ハイペースで攻め続ければ、後半ばててしまうだろう。とはいえ、遺体回収を行いたいのはゲイルも同じだ。
『天煌星』を広げ、妖の方に足を向ける。普段は回復を行うゲイルだが、今回は防衛線という事もあって攻勢に出ていた。扇を広げて横なぎに払う。霊気を乗せた風が戦場に広がり、妖に襲い掛かる。霊気の影響を受け、妖の足が止まる。
「危なくなったら回復を飛ばす。それまでは――」
「ああ。手を止めてる余裕はないな」
棍を振るいながら梛が応える。チラチラと憤怒者を気にかけながら、迫る妖の足を止めていた。妖の数は多いため、一人で足を止めるには限界がある。妖を街に向かわせないためには、その数を減らさなくてはいけない。
樹木の力を神具に込め、迫る妖に向かい振りかぶった。風に乗って振りまかれる植物の香。それは妖の鼻腔を刺激し、体内に影響を与える。香の効果で動きが鈍くなった妖に、梛の『銀雪棍』が叩きつけられた。
「増援か。面倒だな、倒した分すぐに増える」
「ヤバいヤバイ! 気を抜くと突破されるぞ!」
迫る妖にジャックが慌てて叫ぶ。前衛が止められなかった妖は中衛まで迫り、そして増援分が加われば後衛まで迫るだろう。いざとなれば雷獣から伝承された結界を使うことも考慮に入れなくては。その分水嶺を思いながら『友人帳』を開く。
ジャックの体内で循環する水の源素。普段はそれを回復の術式に使うのだが、今回は刃として攻撃に使用していた。水龍の牙が妖に襲い掛かる。激流と龍の顎に飲み込まれた妖が、二度目の生を終える。こんどこそ安らかに眠ってくれよとジャックは祈った。
「また会ったな、シスターちゃん! 後では話があるから、今は怪我しないようにおとなしくしてろ!」
「否定させてもらおう。私から話はないし、敵殲滅まで大人しくもできない」
「敵……。いいえ、いまは」
リーリヤの言葉に祇澄は首を横に振る。憤怒者の敵。この場においてそれは二つあった。妖と、覚者。今は銃口が妖に向いているが、妖がいなくなればそれはこちらに向く。だが持っている刀を『マリートヴァ』に向けるつもりはなかった。
妊婦の森山の前に立ち、防御の構えを取る祇澄。森山に迫る妖が突撃する先に軍刀を振るい、その進攻を止める。俊敏に動き回る妖の動きに、舞うような足運びで対応する。背後の人には傷一つつけさせない。結んだ唇が、その強い決意を示していた。
「大丈夫、貴女とその子供は、守ります」
「業腹だが礼を言わねばならんな。私一人では守り切れなかった」
「わりとあんたって人らしいのね。私、そいうの嫌いじゃないわ」
リーリヤの態度に数多が笑みを浮かべて告げる。過去何度も交戦した憤怒者。覚者を狙う宗教的思想を持つ覚者の敵であることは変わりないが、それと好き嫌いは別物だった。『写刀・愛縄地獄』を構え、妖に斬りかかる。
源素の炎を体内で燃やし、疾駆する数多。呼気は一つ。切り裂く妖は五体。荒々しい一撃と疾風の如く戦場を駆け巡る足運び。それは燎原の火。野を焼く炎のように勢いよく、そして激しく妖を切り伏せていく。
「そのてっぽーで撃つのはかまわないけど、こっち巻き込まないでよね!」
「神の加護があれば巻き込まれずに済むだろう」
「うーん。信仰心が行き過ぎている人ね」
リーリヤのセリフを聞いて鈴鹿は一つ頷いた。鈴鹿は古妖狩人と呼ばれる憤怒者集団に親と別れてしまったために、憤怒者にいい感情を持っていない。だがあのシスターはまだ生まれていない子供を守っている。何か違うのだろうか。
呼吸を整え、体内の源素を活発化していく。夜叉は人食いにして護法の鬼神。その性格を受け継ぐように、鈴鹿の性格も敵には容赦なく味方には優しい。放たれた回復の術式は森山と、そして憤怒者であるリーリヤまで含まれていた。
「何故私まで癒す? 妖を殲滅すれば次はお前達を襲うかもしれないのに」
「そうね。でも今は共闘している仲間……優しい人なの」
微笑む鈴鹿。その笑みに邪気はない。本当にそう思っての発言だった。
無言で戦いに戻るリーリヤ。感謝の言葉はない。恩には態度で示すとばかりに、鈴鹿に迫る妖をスコップで打ち払った。
覚者と憤怒者。奇妙な共同戦線が、迫る妖の波を止め続けていた。
●
次々に沸く妖。ランク1ゆえに掃討に時間はかからないが、休まる余裕はない。覚者八人が攻勢に出ることで、なんとか街に抜ける妖を阻止していた。
「そろそろ俺も回復にまわろう」
「気力が、尽きそうな人は、いますか?」
長期の闘いの為か、覚者の疲弊も激しい。一体の妖から受けるダメージは少ないが、数が重なれば傷も深くなる。術式による気力の消耗もある。気力を押さえて戦って居たゲイルと、森山の護衛に努めていた祇澄が体力と気力の回復に回る。倒れるほどの傷を負う覚者はいないのが救いと言えば救いだ。
「全く、きりがない」
妖を倒し、大きく息を吐く梛。だがすぐに別の妖が迫ってくる。息つく暇がないとはこのことか。流れる汗をぬぐい、神具を構える。振るわれた一撃は、見事妖の頭蓋に叩き込まれた。普通の動物ならもうろうとするのだが、その気配すらない。
「次の妖、来ます!」
遠くから走ってくる妖を視認した祇澄が叫ぶ。理性なく人を襲うために疾駆する犬の妖。死者は黄泉に。断わりなく現世に関わることなかれ。それは神学の教え。そしてそれを為すためにこの剣術はあるのだ。『壱七式軍刀』を手に戦場を舞う。
「ほんと、余裕ないな! ああもう!」
尽きぬ妖の数に頭を掻くジャック。封印用の結界を張って閉じ込めることはできるが、それは今ここにいる妖だけだ。まだここに到達していない妖は結界外に存在し、この道を通らない妖がどこに行くかはわからない。少なくとも足を止めることはないだろう。
「まだまだいけるわ! どんとこい!」
負けず嫌いの数多は強気に叫び、迫る妖に向かい刀の切っ先を向ける。押されることはないが、押し返すこともない。そんな現状への不満をぶつけるように、刀の柄を握りしめる。効果が消えた付与を付け直す余裕もないが、気持ちだけは負けるつもりはなかった。
「一旦足を止める。その隙に」
行成は薙刀を構えなおし、横一線に振るう。勾玉の力を乗せた一撃が妖に迫った。稲妻が神具の軌跡を追うように走り、妖に絡みつく。傷口から入る電流が妖の動きをわずかに止めた。それは一時的な痺れ。だがこの局面においては時間は千金。
「今だ!」
止まった妖の間を抜けるように亮平が走る。地面に転がっている覚者の遺体に近づき、急ぎ抱きかかえた。できればこの遺体と一緒に森山に下がってほしいが、そこまでの余裕はない。今は遺体を回収できただけでもよしとしよう。
「一気に癒すわ」
鈴鹿は開幕から回復にひっきりなしだった。一撃のダメージ量が多いのではなく常にダメージを受けるため、休まる余裕がない。仲間から気力回復の術を受け、連続で水の源素を放っていた。
「よし。これでしばらくは攻勢に出れるな」
一時的に回復に徹していたゲイルだが、ある程度持ち直したのを確認して再び攻勢に出る。AAA到着時間を意識しながら、気力を抑え気味に神具を振るう。冷静な判断はこのメンバーの中で最も年上故か。
一進一退。妖の突撃を覚者達が受け止め、通さぬように撃退する。その状況が続いていた。
だが防衛戦であるなら、それは優勢。背後に脅威を通さぬことが、彼らの勝利条件。
そして――
「待たせたな、FiVEの皆!」
エンジン音と共に走って来る大型トレーラー。覚者達は弾かれたように走り出す。
トレーラーは道をふさぐように停車し、妖を塞ぐ壁となる。搭乗していたAAA部隊が展開し、新たな防衛ラインとなる。
「ありがとう。よく持ちこたえてくれた。感謝するよ」
AAAの感謝の言葉。それがこの防衛戦の終わりを告げた。
●
妖を止めることに成功し、これで終わり――というわけにはいかなかった。
憤怒者。『マリートヴァ』リーリヤ・グラシェヴィーナ・シュリャピナ。覚者を悪魔と断じ、敵対する存在。共闘したとはいえ、その憎悪と思想は変わらないのだ。
「よ! 久しぶり、元気?」
ジャックは手をあげてリーリヤに話しかける。
「唐突だがFiVEと不戦協定を結ばないか? 俺達はヒノマル陸軍を倒し、七星剣を相手していく。お前らからすれば悪魔同士が潰しあう形だ。
お前等にとっては好都合だ――」
「悪魔は全て滅ぼす。潰しあうなら勝手に潰しあってくれ」
七星剣と戦うFiVEを攻めない方が都合がいい、と説得するジャックだがリーリヤの返答はにべもないものだった。損得関係なく、覚者は悪魔だと。
「……貴女の思想が、私には理解できない。
例えば、生まれてきた子供が、人であったとして、いつまで親である悪魔を、見逃していられるのですか?」
「即座に殺し、子を育児所で育てる」
祇澄の質問に、澱むことなく即答するリーリヤ。その答えに強く拳を握る祇澄。
「親を失った子が、不幸になるとわかっていても、殺すと? それは、間接的に、人を殺すも、同じです!」
「同じ報いを悪魔から受けた同胞もいる。それは我慢しろというのか?」
憤怒者となった者の中には、隔者に家族を奪われた者もいる。祇澄は議論の平行線を感じていた。
「我々は悪魔とは違う。貴方達の家族を奪った隔者とは」
「今はそうかもしれない。だが未来永劫、そうならない可能性があるか?」
行成の言葉に、リーリヤは言葉を返す。多数の覚者がそろうFiVEは大きな戦力だ。その矛先がコントロールできなくなる時が来るかもしれない。
「未来の保証はできない。私達に出来ることは、行動で示すことだ」
胸に手を当て、行成が答える。未来のことはわからない。だが、今できることはある。その結果が、未来となるのだ。
「あんたは自分が因子発現したらどうするの? 可能性は0じゃないよね」
「命を絶つ。教義で自害はできないが」
梛の言葉に迷うことなく答えるリーリヤ。国外に帰ればその影響は消えるが、それを知ったうえでそう答えた。
「なんだかなぁ。恐ろしいぐらいに頑なだな、あんた」
「なぜそこまで徹底して覚者を悪魔と見るのかな? 俺は君が理性のない殺人鬼には見えない」
亮平は言葉を選びながらリーリヤに問いかける。彼女が憤怒者であることには違いないが、守るべき者の為に命を張れる心を持つ人間なのは確かなのだ。なのになぜ、覚者だけを憎むのだろうか?
「私とて自分の教えが絶対正義だとは思ってない」
帰ってきた答えは意外な言葉だった。
「力無き者は下を向いて怯え、力在る者の理不尽に泣き崩れなければならないこの現状だ。力無い者には『祈り』の対象が必要なのだよ。因子発現者を憎むことを正当化する理由が」
「いろいろ見てきているんだな」
ゲイルはリーリヤの言葉をかみ砕き、理解する。リーリヤは覚者を『悪魔』とすることによって、隔者による被害者達に動く理由を与えているのだ。絶望に悩み、精神を病むよりはずっといい。うつ的な思想は自殺に繋がりかねない。
リーリヤという憤怒者は言葉では変わらないだろう。彼女は自分自身の行為が最善とは思っていない。自分の悪性を理解しつつ、血に染まりながら祈っているのだ。だが、
「だからと言って殺人を認めるわけにはいかない」
「なら殺してでも私達を止めるんだな」
FiVEはその『祈り』を認めるわけにはいかない。覚者も隔者も人なのだ。
「ま、人殺しに関しちゃ私が言えた義理じゃないけど」
そう前置きする数多。刃を抜く以上、命を奪うこともある。感情的な数多だが、こういう部分では達観していた。そのまま言葉を続ける。
「あんたっていう『人』がなんとなく見えてきたわ。
ねえ、今度、FiVEに遊びに来てみない? 五麟市でもいいけど。いきなり捕まえたりしないわ。私たち覚者を知ってほしいのよ」
「五麟市で私が暴れるとは考えないのか?」
「リーリヤお姉さんは信念の強い優しい人なの。私達は仲良く出来ると思うの」
年齢相応の笑みを浮かべる鈴鹿。根拠を説明しろと言われれば難しいが、仲良くできる確信はあった。
「…………神の御加護あれば考えよう」
彼女にしては珍しく長考し、ため息と共に言葉を返した。
保健所からの妖発生はそれから二時間ほど続き、AAAやFiVEの増援と共にこれを防衛することに成功する。
森山摩耶は夫の遺体と共に病院に搬送された。母体と胎児共に異常はなく、出産に影響はないとの事だ。
リーリヤはあの後すぐに姿を消した。八人の覚者を前にはなにもできないと悟ったか。覚者も彼女を追うことなく、そのまま別れとなった。
『マリートヴァ』……祈りの二つ名を持つシスター。それが統括する『エグゾルツィーズム』。
その祈りが、静かにFiVEと交差する――
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
どくどくです。
そうか。リーリヤを生かして帰すか。ならこのルート…………はいぃ!?
気を取り直してお疲れ様です。
想定していたのは『リーリヤを生かして帰す』『リーリヤを拘束』『リーリヤを戦闘中に倒す(あるいは殺す)』『リーリヤが妖に殺される』でした。
想定していた形ではありますが、皆様のプレイングから考えるとどくどくの想定していた形とズレが出てきそうです。
いやはや、PBWとはかくも思い通りにならぬものか。ニヤニヤしながら修正しています。
ともあれお疲れさまでした。先ずは傷を癒してください。
『エグゾルツィーズム』との関係がどうなるか。それは皆様の行動次第です。
それではまた、五麟市で。
そうか。リーリヤを生かして帰すか。ならこのルート…………はいぃ!?
気を取り直してお疲れ様です。
想定していたのは『リーリヤを生かして帰す』『リーリヤを拘束』『リーリヤを戦闘中に倒す(あるいは殺す)』『リーリヤが妖に殺される』でした。
想定していた形ではありますが、皆様のプレイングから考えるとどくどくの想定していた形とズレが出てきそうです。
いやはや、PBWとはかくも思い通りにならぬものか。ニヤニヤしながら修正しています。
ともあれお疲れさまでした。先ずは傷を癒してください。
『エグゾルツィーズム』との関係がどうなるか。それは皆様の行動次第です。
それではまた、五麟市で。
