化けの皮をひん剥け!
●
誰もこんな深山に捨てられているなんて思わないだろう。
それにとって、おあつらえむきの死体だった。
それほど死んでから時間が立っていないらしく、ぽかりと口をあいていた。
それは、毛がはえていない猫のように見えた。
ぬっぺりとした皮に、よどんだ黄色い目。しっぽはない。
そして、肉や骨を噛み砕くためにあるような、頑健な歯を持っていた。
死体の開いた口の中にそれは頭を突っ込む。
ぐじゃりぐじゃりと音を立て、喉の奥まで入り込む。
死体の腹がべこぼこと動いた。
しばらくすると、死体はゆらりと立ち上がった。
大きくのけぞったとおもうと、がくりと前傾した。
「ざ、ざづ、ぉ、さとぉニオ――お、ヴ、クォグゥ、クグ、ウグ、ル、ルグ、ルィ、おう、しょ、よう」
血泡をはきながら、死体は頭を前後左右に振りながら、蛇行しながら、人のいる方を目指す。
新しい皮を手に入れるために。
今度は、もう少し肉が柔らかい方がいい。
●
「その妖は、人の口から入り込んで臓腑を食べて、体を操るんです~」
夢見・久方 真由美(nCL2000003)は、にこやかに言った。
「そして、次の犠牲者に近づき、口の中にもぐりこみます~。人間は食料兼移動手段兼化けの皮です~」
気持ちいい話じゃないですね~、ごめんなさい~。と、真由美は苦笑した。
「今は人の皮をかぶっていますがすぐに分かると思います。私語、結構立っているので動きは悪いですし、正直臭いますし」
ですが。
「泥酔して路上で寝ちゃった人が食べられそうですので、助けてあげてください。そうやって、次々乗り換えられると、すぐに捕捉出来なくなります~。あ、見た目は両方、一見くたびれたスーツのサラリーマンなので間違えないように~」
それと、ここが肝です。と、夢見は言った。
「死体が動かなくなったからって、安心したらだめですよ~。ちゃんと、妖を退治してきて下さいね~? でないと、死体から這い出て、そうですね、検死官の人とかを襲っちゃったら大変ですから~」
●
吐いたせいで、こんな所で、タクシーから放り出された。
電信柱の白熱灯がちらちらする。
まだ明るくはなっていない。
幸い、明日は会社も休みだ。ここで寝落ちても、朝にはうちに帰れるだろう。
山の方から、ふらふらと誰か歩いてくる。
キャンプに来た酔っ払いか? 歩き方がおかしい。
手を振ったら、手を振った。
ずんずんこっちに近づいてくる。
変な歩き方の割に、全力疾走してくるみたいだった。
誰もこんな深山に捨てられているなんて思わないだろう。
それにとって、おあつらえむきの死体だった。
それほど死んでから時間が立っていないらしく、ぽかりと口をあいていた。
それは、毛がはえていない猫のように見えた。
ぬっぺりとした皮に、よどんだ黄色い目。しっぽはない。
そして、肉や骨を噛み砕くためにあるような、頑健な歯を持っていた。
死体の開いた口の中にそれは頭を突っ込む。
ぐじゃりぐじゃりと音を立て、喉の奥まで入り込む。
死体の腹がべこぼこと動いた。
しばらくすると、死体はゆらりと立ち上がった。
大きくのけぞったとおもうと、がくりと前傾した。
「ざ、ざづ、ぉ、さとぉニオ――お、ヴ、クォグゥ、クグ、ウグ、ル、ルグ、ルィ、おう、しょ、よう」
血泡をはきながら、死体は頭を前後左右に振りながら、蛇行しながら、人のいる方を目指す。
新しい皮を手に入れるために。
今度は、もう少し肉が柔らかい方がいい。
●
「その妖は、人の口から入り込んで臓腑を食べて、体を操るんです~」
夢見・久方 真由美(nCL2000003)は、にこやかに言った。
「そして、次の犠牲者に近づき、口の中にもぐりこみます~。人間は食料兼移動手段兼化けの皮です~」
気持ちいい話じゃないですね~、ごめんなさい~。と、真由美は苦笑した。
「今は人の皮をかぶっていますがすぐに分かると思います。私語、結構立っているので動きは悪いですし、正直臭いますし」
ですが。
「泥酔して路上で寝ちゃった人が食べられそうですので、助けてあげてください。そうやって、次々乗り換えられると、すぐに捕捉出来なくなります~。あ、見た目は両方、一見くたびれたスーツのサラリーマンなので間違えないように~」
それと、ここが肝です。と、夢見は言った。
「死体が動かなくなったからって、安心したらだめですよ~。ちゃんと、妖を退治してきて下さいね~? でないと、死体から這い出て、そうですね、検死官の人とかを襲っちゃったら大変ですから~」
●
吐いたせいで、こんな所で、タクシーから放り出された。
電信柱の白熱灯がちらちらする。
まだ明るくはなっていない。
幸い、明日は会社も休みだ。ここで寝落ちても、朝にはうちに帰れるだろう。
山の方から、ふらふらと誰か歩いてくる。
キャンプに来た酔っ払いか? 歩き方がおかしい。
手を振ったら、手を振った。
ずんずんこっちに近づいてくる。
変な歩き方の割に、全力疾走してくるみたいだった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.泥酔サラリーマンの保護
2.動く死体の殲滅
3.妖「腹住まい」の討伐
2.動く死体の殲滅
3.妖「腹住まい」の討伐
化けの皮をはいでください。
おなかの中に住み着く妖のスペックはこちら。
●ランク2・生物系妖「腹住まい」×1
*見た目は、ずるむけの猫です。しっぽはありません。
*腹に居座った状態で死体を動かしたり、戦闘させたり出来ます。
死体に声を出させることは出来ますが、意味を成しません。
非常にすばしっこいです。形勢不利と思えば逃げます。
力は強くありませんが、貫通力の強い火炎弾を吐きます。
*死体に「味方ガード」されている状態です。
*死体は背広を着た中年男です。
*死体は、なりふり構わず襲ってきますので、力は強いですし、それなりに早いです。
状況
*未明。曇り。人気のない路上。道幅、片道一車線。
人目はありませんし、車も通りません。
明かりは、街灯程度です。人の顔の見分けはつきません。
*泥酔で寝こけている中年サラリーマン(以下、被保護者)がL字路の突き当たりにいます。サラリーマンは泥酔していますので、自力歩行できません。ぐにゃぐにゃで、会話も出来ません。
妖がやってくる方向と反対側から、覚者が突入する算段です。
覚者と被保護者、妖と被保護者の距離は同じ20メートルです。
OPで、泥酔サラリーマンが死体に手を振ったタイミングでスタートです。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年09月27日
2015年09月27日
■メイン参加者 8人■

●
空気にはまだ夏の余韻が残り、べたべたと肌にまとわりつく。
街灯はオレンジ色で、その下に泥酔した男が一人へたり込んでいる。
男は、揺れる視界に更なる吐き気をこらえつつ前をぼんやり見ている。
向こうからぶらぶら手足を振り回しながら近づいてくる「変な奴」が、自分ののはらわたを貪り食って、次の乗り物にしようとしているなんて、夢にも思っていなかった。
●
覚者たちはそれぞれの役割を果たすべき現場に急行している。
「真由美さんがなんだかにこやかに説明してたけど……いやいやいや……これ、普通に想像したらめっちゃ怖いんですけど…っ」
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は、真由美さんが大抵のことはにこやかに伝えてくれることをこれで覚えるといいだろう。
懐中電灯は持っているが、暗視で見る世界は視界が独特になる。
「……酔漢を守るのは元より、依代になった屍の人も弔ってあげたいの」
はかなげな容貌の内側に獣を飼っている。
『凛の雫花』宇賀神・慈雨(CL2000259)は、仲間を追いながら言う。
「どんな理由で山中にいたのか、どんな最期だったのか。分からないけれど、その死は弄ばれて良いものなんかじゃないのよ」
少なくとも、山中に死体が転がっていると言うことは、まともに弔われてはいないと言うことだ。
待っているものがいるかもしれない。
それは、いつの間にか彼女の回りから姿を消していった友人達の境遇と重なるからかもしれない。
よく見れば、しなびた眼球が黄色く濁っているのだ。
「おおう、住処をどんどん変えていくだなんてヤドカリかよ!!」
かくいう 『裏切者』鳴神 零(CL2000669)は、狐に顔を借りている。
妖の生態区分が出来たら、ヤドカリに分類されるのは間違いない。貝殻じゃなくて肉だが。
(こんなのがいるからいつまでも平和にならない!今日もいっちょ、人助けー☆)
黒赤の際立った服装の割に、こころの内はきわめて親しみやすい心霊探偵だ。
「あ、いや、猫助けでもあるのかな?」
ストップ・ザ・風評被害の意味で。
「ふらふら動いて人間を襲う死体なんて、まるでゾンビみたい……」
『鬼籍あるいは奇跡』御影・きせき(CL2001110)は、全力疾走。
(ぼくもF.i.V.Eに保護されなかったらあんなんなってたのかな?うー、考えたくもないや!)
きせきは、ゾンビになったことなどない。
どこまでも、本人の思い込みだ。
それでも、彼は自分は死んでゾンビ貸して、いまは「人間に戻るための治療中」と主張しているのだ。
そんなきせきの前に、「本当に」ゾンビにされて締まった成れの果てと、されかけている人がいる。
「おじさんをゾンビにしないために、頑張って戦おー!!」
その声に応えるように、守護使役のステーシーが跳ねた。
(大丈夫そうだな)
きせきが取り乱したら、声をかけて落ち着かせようとしていた蒼空はほっと胸をなでおろす。
「まーったく、酒は飲んでも呑まれるなってゆーだろ」
中学校二年生の大島 天十里(CL2000303)が憤慨している。
全くその通りである。
「酔っ払ってだしないなーって思うけど大人だといろいろつらいことあるのかな?」
高校三年生の鳳 結衣(CL2000914)は、ちょっぴり許容範囲が広い。
「これが普通の強盗や泥棒だったら、僕たち気づかないから危ないところだぞ 」
中学生の正論に、高校生も頷かざるを得ない。
おまわりさんも急には来られない。
まずは、公衆電話を探すところからだ。
「でもこのご時世ぐにゃぐにゃになるまで酔っ払うのは危ないなー、しょうがないから一肌脱ぎますよ」
青少年の正論が、いつか社会を浄化する日を願ってやまない。
「まあ、妖に狙われる方がよっぽど危険だけど……どっちがマシやら」
強盗や泥棒のほうが、まだ自分の努力でどうにかなる可能性がある。
しかし、一般の人間が妖に勝つのは無理だ。
そのために、F.i.V.Eは結成されたのだ。
非力な彼らの分まで戦うために。
かけっこは、必死に走った覚者に軍配が上がった。
幸い、死体はサラリーマンには火を噴かなかった。
焦げてしまっては、新しい皮にならない。
なるべく体の表面はそのままにしておきたかった腹住まいの習性が、明暗を分けた。
後数歩のところに、正義の味方は飛び込んだ。
「天が知る地が知る人知れずっ! 妖退治のお時間ですっ」
『独善者』月歌 浅葱(CL2000915)は、正義の明石でもある白いマフラーをなびかせる。
「さあっ助けに来ましたよっ」
ぐだぐだ走りの死体の前に立ちはだかる。
「覚醒爆光っ! 変身っ!」
正義の味方たる者、変身する時は光らなくてはいけない。
事前に聞いていたが、本当に叫びながら変身するとは。と、語る仲間がいたとかいなかったとか。
そのわずかな隙に、きせきは、守護使役の力を借りて、即座に支社と聖者を鍵分けた。どっちも臭かったが、種類が違った。
「お酒くさいほうがおじさん!」
びしっと指差す。
「腐ったにおいのほうが死体だね!」
奏空は蛍光色の鉢巻をおっさんの頭に結んだ。
手順上、どうしても側頭部に結び目が付く。
「……うん、ますます酔っ払いの装備だ」
大丈夫だ。一部業界を除いた一般的なサラリーマンは、蛍光色のネクタイはしない。多分。
「なんだぁ、おまえたち。がきは帰ってねろぉ? 親父狩り? 俺財布取られたりすんの?」
「私たちは覚者だよ、そっちの動く者は化け物! 」
慈雨の訴えが、泥酔状態の男の脳に届いたかどうか怪しい。
「おじさんはここで寝ててよね! 絶対こっち来ちゃダメだからな!」
「りょうかいしまっした!」
蒼空の念押しに、酔っ払いは、敬礼した。
泥酔している。
だめだ。説明している時間が惜しい。
「はいはいお客さん、移動しますよー」
(いくら酒臭かろうがゲロを追加で吐かれようが我慢です。) 瑞光の使徒となのるだけあって、志が尊い。
さけくさくてげろくさいおとこを、抱えて空に上がった。
願わくば、サラリーマンが遊園地の飲酒したら乗ってはいけない系遊具で酔うタイプではないことを祈りたい。
危険な嗚咽を繰り返しているが。
がんばれ、仲間達よ。
色々時間が厳しいかもしれない。
●
都合、五人で取り囲んでいる。
とんでいる茂良とその足元にいる慈雨。
防波堤として、蒼空がいる。
「囲んじゃえば妖の逃げ場がなくなっちゃうもんね」
自らに連なる英霊の力を引き出し、己の内に宿らせる。
「刀で腐った死体と戦うの、パパが好きだったゾンビ映画で見たことある気がする!」
とりあえず切り離せば、動く死体ではなくうごめく肉の塊だ。
「引かずっ蹌踉けずっ道逸れずっ! ガンガン押していきましょうかっ」
浅葱は、体の表面に無機物の属性を帯びさせる。
「十天が一、鳴神零!! 人に仇なす妖は月に誓ってぶち殺よ☆」
見た目と台詞の印象がアンバランス。それが魅力と有無を言わさず納得させる生来の覇気。
たなびく霧が動く死体を包み込み、その動きを阻害する。
「相手は死体だし、火は弱点……とかだったら楽なんだけどなー」
天十里は、そういいながら炎をまとう。
死体とサラリーマンを引き剥がす時間が稼げるように立ちはだかった仲間の中から、結衣の手足が燕のように翻る。
どす黒く変色するぬるい肉の完食の置く、腹に住まう妖に届いているか?
分と呼び行動なしで振舞わされる死体の腕が、結衣の同を横に薙ぐ。
骨を芯にした肉の鞭をくらったようなものだ。
「このおじさんには悪いけど……」
誰にも気づかれることなく、山中で骸をさらし、妖にもてあそばれているおじさん。
「体、傷つけても中の妖をやっつけさせて貰うよ!」
蒼空が呼んだ雷が、死体の脳天から地面に白い柱を立てる。
(それにしても……動きがやっぱりキモイなぁ! 普通の人の動きじゃないよー)
中衛の中学生は、恐怖を奥歯で噛み潰す。
探偵的な驚異的な視力で妖を内包した死体を凝視し、刀装や奇襲に備えているが、それは超常のものを凝視し続けなくてはならない。
ぐびりと死体の喉が動いた。
かぱりと開けられた口の奥。
赤い何かが見える。
「火炎弾くるよ――新田君!」
茂良は全員の動きが目で追える位置まで下がり、頭二つ分ほどの高度を保っている。
『貫通度が高いですよ~』
夢見の言葉が覚者の脳裏をよぎる。
よけてはいけない。
「「いかせるかぁぁああああーッ!!!!」
零が吼えた。
慈雨は、射線を塞ぐために立ちはだかる仲間の覚悟を力に買えて、自分の祈りを奇跡に変える。
首を巡らせ、茂良と頷きあう。
刹那、死体の口を期輸して妖が吐き出したどす黒い炎の塊が、零ときせきを貫き、それでも勢いを保ったまま飛んでくるのを蒼空が身を躍らせ、受けた。
「まっとうします!」
(妖の発生は自然現象のようなものだから、生きる事が罪であるとは私には言えない。だけど、存在によって多くの血が流れるのなら、最小限で食い止めて、それが私達、覚者の務め!!)
狐面の下には、熱い思いが渦巻いている。
前方で炎に包まれる仲間のために、癒し手達は怠らない。
「誰も置いて帰ったりなんかしないの。一緒に帰る為に、私は癒やし続けるの……!」
「エル・モ・ラーラの加護、此処に顕現!」
傷口に染み渡る清浄な霧が、茂良と慈雨から送られる。
エル・モ・ラーラの実在について考えてはいけない。
実際、傷は治るのだからそれでいいのだ。
●
徹底的なインファイト。
刀で切り刻み、肉の底に届けよとばかりに殴打が繰り返される。
「ほれほれ、おじさんよりあたしは新鮮だぞー?」
結衣が身をくねらせ、挑発する。
目元に赤みを帯び、やけに色っぽい。
ばたりと死体は倒れた。
動かない。
覚者たちは、目を見交わした。
結衣がナックルでつつく。動かない。
闘気を収め、距離をとる。
動かない。
妖・腹住まいは、自分が死体を動かしているからくりを覚者達が知っていう事を知らない。
「皮」が動かなくなってしまえば「敵」は去っていくものなのだ。
今までそうやって生きてきた。
力の弱い妖の生存手段だ。
もう十分な時間がたった。
いいだろう。
腹住まいは逃げる算段を始めた。
覚者は息を潜めて、その瞬間を待っていた。
結衣がさっきナックルでつついたのは、死体が動かないかを確かめたのではない。
まだ腹住まいが逃げ出していないかどうかを確かめたのだ。
きせきは、新たな臭いが場に現れないか集中していたし、それ以外の者は目を凝らしていた。
「身体が一気に小さくなるだろうし、気をつけないといけないよな」
天十里の呟きにみなが呟く。
もう乗り物としても、化けの皮としても、防具としても使い物にならない死体が、両手を耳元に当てた。
口を開ける。
「やらかす気ですよ!」
浅葱が仲間に注意を促す。
「逃がさないの、化けの皮はもうなにも被らせないんだから……!」
「汝の不躾きわまる屍の扱い、この瑞光の使徒が罰しましょう!」
慈雨と茂良は、圧縮させた空気を撃ち出した。
死体の胸部。
濁った死体の血以外の色が混じる。
死体の指が何かの隙間に無理矢理突きこまれたように見えた。
ごきりと音がした。
額関節が外れると、人の顔とはこれほど長く伸びるのか。
口腔にあるはずの舌はない。
虚ろの中から、粘液にまみれた、肉色の塊がせり上がってくる。
それを浅葱の拳が中に押し戻した。
ぶくりと膨らみ、皮膚が薄く透けるほど引き延ばされた喉の中でぼきぼきと骨が砕ける音がする。
「ふっ、ここが貴方の行き止まりなのですっ! 悔いも改め必要なしっ! 腹の代わりに地の底で眠ってくださいっ」
「ずいぶんと小さいんだな。気をつけててよかったよ」
手に巻いた鎖がジャラジャラと音を立てる。
「あと、正直毛の生えてない猫はかわいくない!」
結衣の指摘が妖の心をえぐったかはどうかは分からないが、確実に臓腑はえぐっていた。
●
「ふっ、一件落着ですねっ。おじさんは酔った夢として忘れるでしょうかねっ」
浅葱は、正義の勝利を心から喜んだ。
「もうこんなに酔っぱらっちゃダメだよ!『十天』とのお約束!」
きせきは、おじさんの耳元で言っているが、明日の二日酔いの中にまぎれないことを祈るのみだ。
「……それにしても…このおじさん」
妖に辱められ、今はぼろぼろになってしまった死体を指して蒼空は言う。
「どうして山の中に捨てられていたんだろうね……」
妖が跋扈するような場所、よっぱらんで寝込む場所ではないのだろう。
ということは。
「も、もしかして……殺人事件……?」
超常に対処は出来ても、人の世のしがらみを解くには覚者たちはまだまだ幼い。
「あああ……案外人間も怖いよね……」
この死体も明日の朝には誰かに見つかり、帰れる場所に帰れるだろう。
「どんな理由で山中にいたのか、どんな最期だったのか、分からないけれど、その死は弄ばれて良いものなんかじゃないのよ」
埋めてしまったら、誰にも気づいてもらえないから、このままにしておくしかない。
「妖を野放しにはできなかったの……ごめんなさい」
慈雨は、小さく詫びを述べた。
●
幸い、公衆電話はそれほど遠くなかった。
結衣は、電話ボックスの中から、さっきまでサラリーマンが寄りかかっていた街灯を見る。
そこには、一匹の妖の死骸と、死体が一つと、生き残った男がいた。
「――はい、すいません。一台回してほしいんです。交番まで」
「お代はおじさんが払うそうです」
茂良が横から受話器に話しかける。
だが、タクシーは来なかった。
こんな深夜に、ワンメーター分の送迎はできない。らしい。
子供から、公衆電話からだったのも、タクシー会社としても面倒ごとの気配を感じるだろう。
「移動しよう。酔っ払いさんを連れて」
さもないと、猟奇死体遺棄事件の関係者――なのだが――犯人にされちゃあかわいそうだ。
「運びましょう。交番まで」
茂良の声に悲壮感が漂う。交番は、泥酔男を連れて行くとなると結構遠い。
泥酔したサラリーマンに、ビニール袋を握らせてやろう。と、結衣は考えた。どう使うかはサラリーマン次第だ。
出来れば、もう二度とふらふらしているのにやけに速いものに手を振ることのないように。
空気にはまだ夏の余韻が残り、べたべたと肌にまとわりつく。
街灯はオレンジ色で、その下に泥酔した男が一人へたり込んでいる。
男は、揺れる視界に更なる吐き気をこらえつつ前をぼんやり見ている。
向こうからぶらぶら手足を振り回しながら近づいてくる「変な奴」が、自分ののはらわたを貪り食って、次の乗り物にしようとしているなんて、夢にも思っていなかった。
●
覚者たちはそれぞれの役割を果たすべき現場に急行している。
「真由美さんがなんだかにこやかに説明してたけど……いやいやいや……これ、普通に想像したらめっちゃ怖いんですけど…っ」
『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)は、真由美さんが大抵のことはにこやかに伝えてくれることをこれで覚えるといいだろう。
懐中電灯は持っているが、暗視で見る世界は視界が独特になる。
「……酔漢を守るのは元より、依代になった屍の人も弔ってあげたいの」
はかなげな容貌の内側に獣を飼っている。
『凛の雫花』宇賀神・慈雨(CL2000259)は、仲間を追いながら言う。
「どんな理由で山中にいたのか、どんな最期だったのか。分からないけれど、その死は弄ばれて良いものなんかじゃないのよ」
少なくとも、山中に死体が転がっていると言うことは、まともに弔われてはいないと言うことだ。
待っているものがいるかもしれない。
それは、いつの間にか彼女の回りから姿を消していった友人達の境遇と重なるからかもしれない。
よく見れば、しなびた眼球が黄色く濁っているのだ。
「おおう、住処をどんどん変えていくだなんてヤドカリかよ!!」
かくいう 『裏切者』鳴神 零(CL2000669)は、狐に顔を借りている。
妖の生態区分が出来たら、ヤドカリに分類されるのは間違いない。貝殻じゃなくて肉だが。
(こんなのがいるからいつまでも平和にならない!今日もいっちょ、人助けー☆)
黒赤の際立った服装の割に、こころの内はきわめて親しみやすい心霊探偵だ。
「あ、いや、猫助けでもあるのかな?」
ストップ・ザ・風評被害の意味で。
「ふらふら動いて人間を襲う死体なんて、まるでゾンビみたい……」
『鬼籍あるいは奇跡』御影・きせき(CL2001110)は、全力疾走。
(ぼくもF.i.V.Eに保護されなかったらあんなんなってたのかな?うー、考えたくもないや!)
きせきは、ゾンビになったことなどない。
どこまでも、本人の思い込みだ。
それでも、彼は自分は死んでゾンビ貸して、いまは「人間に戻るための治療中」と主張しているのだ。
そんなきせきの前に、「本当に」ゾンビにされて締まった成れの果てと、されかけている人がいる。
「おじさんをゾンビにしないために、頑張って戦おー!!」
その声に応えるように、守護使役のステーシーが跳ねた。
(大丈夫そうだな)
きせきが取り乱したら、声をかけて落ち着かせようとしていた蒼空はほっと胸をなでおろす。
「まーったく、酒は飲んでも呑まれるなってゆーだろ」
中学校二年生の大島 天十里(CL2000303)が憤慨している。
全くその通りである。
「酔っ払ってだしないなーって思うけど大人だといろいろつらいことあるのかな?」
高校三年生の鳳 結衣(CL2000914)は、ちょっぴり許容範囲が広い。
「これが普通の強盗や泥棒だったら、僕たち気づかないから危ないところだぞ 」
中学生の正論に、高校生も頷かざるを得ない。
おまわりさんも急には来られない。
まずは、公衆電話を探すところからだ。
「でもこのご時世ぐにゃぐにゃになるまで酔っ払うのは危ないなー、しょうがないから一肌脱ぎますよ」
青少年の正論が、いつか社会を浄化する日を願ってやまない。
「まあ、妖に狙われる方がよっぽど危険だけど……どっちがマシやら」
強盗や泥棒のほうが、まだ自分の努力でどうにかなる可能性がある。
しかし、一般の人間が妖に勝つのは無理だ。
そのために、F.i.V.Eは結成されたのだ。
非力な彼らの分まで戦うために。
かけっこは、必死に走った覚者に軍配が上がった。
幸い、死体はサラリーマンには火を噴かなかった。
焦げてしまっては、新しい皮にならない。
なるべく体の表面はそのままにしておきたかった腹住まいの習性が、明暗を分けた。
後数歩のところに、正義の味方は飛び込んだ。
「天が知る地が知る人知れずっ! 妖退治のお時間ですっ」
『独善者』月歌 浅葱(CL2000915)は、正義の明石でもある白いマフラーをなびかせる。
「さあっ助けに来ましたよっ」
ぐだぐだ走りの死体の前に立ちはだかる。
「覚醒爆光っ! 変身っ!」
正義の味方たる者、変身する時は光らなくてはいけない。
事前に聞いていたが、本当に叫びながら変身するとは。と、語る仲間がいたとかいなかったとか。
そのわずかな隙に、きせきは、守護使役の力を借りて、即座に支社と聖者を鍵分けた。どっちも臭かったが、種類が違った。
「お酒くさいほうがおじさん!」
びしっと指差す。
「腐ったにおいのほうが死体だね!」
奏空は蛍光色の鉢巻をおっさんの頭に結んだ。
手順上、どうしても側頭部に結び目が付く。
「……うん、ますます酔っ払いの装備だ」
大丈夫だ。一部業界を除いた一般的なサラリーマンは、蛍光色のネクタイはしない。多分。
「なんだぁ、おまえたち。がきは帰ってねろぉ? 親父狩り? 俺財布取られたりすんの?」
「私たちは覚者だよ、そっちの動く者は化け物! 」
慈雨の訴えが、泥酔状態の男の脳に届いたかどうか怪しい。
「おじさんはここで寝ててよね! 絶対こっち来ちゃダメだからな!」
「りょうかいしまっした!」
蒼空の念押しに、酔っ払いは、敬礼した。
泥酔している。
だめだ。説明している時間が惜しい。
「はいはいお客さん、移動しますよー」
(いくら酒臭かろうがゲロを追加で吐かれようが我慢です。) 瑞光の使徒となのるだけあって、志が尊い。
さけくさくてげろくさいおとこを、抱えて空に上がった。
願わくば、サラリーマンが遊園地の飲酒したら乗ってはいけない系遊具で酔うタイプではないことを祈りたい。
危険な嗚咽を繰り返しているが。
がんばれ、仲間達よ。
色々時間が厳しいかもしれない。
●
都合、五人で取り囲んでいる。
とんでいる茂良とその足元にいる慈雨。
防波堤として、蒼空がいる。
「囲んじゃえば妖の逃げ場がなくなっちゃうもんね」
自らに連なる英霊の力を引き出し、己の内に宿らせる。
「刀で腐った死体と戦うの、パパが好きだったゾンビ映画で見たことある気がする!」
とりあえず切り離せば、動く死体ではなくうごめく肉の塊だ。
「引かずっ蹌踉けずっ道逸れずっ! ガンガン押していきましょうかっ」
浅葱は、体の表面に無機物の属性を帯びさせる。
「十天が一、鳴神零!! 人に仇なす妖は月に誓ってぶち殺よ☆」
見た目と台詞の印象がアンバランス。それが魅力と有無を言わさず納得させる生来の覇気。
たなびく霧が動く死体を包み込み、その動きを阻害する。
「相手は死体だし、火は弱点……とかだったら楽なんだけどなー」
天十里は、そういいながら炎をまとう。
死体とサラリーマンを引き剥がす時間が稼げるように立ちはだかった仲間の中から、結衣の手足が燕のように翻る。
どす黒く変色するぬるい肉の完食の置く、腹に住まう妖に届いているか?
分と呼び行動なしで振舞わされる死体の腕が、結衣の同を横に薙ぐ。
骨を芯にした肉の鞭をくらったようなものだ。
「このおじさんには悪いけど……」
誰にも気づかれることなく、山中で骸をさらし、妖にもてあそばれているおじさん。
「体、傷つけても中の妖をやっつけさせて貰うよ!」
蒼空が呼んだ雷が、死体の脳天から地面に白い柱を立てる。
(それにしても……動きがやっぱりキモイなぁ! 普通の人の動きじゃないよー)
中衛の中学生は、恐怖を奥歯で噛み潰す。
探偵的な驚異的な視力で妖を内包した死体を凝視し、刀装や奇襲に備えているが、それは超常のものを凝視し続けなくてはならない。
ぐびりと死体の喉が動いた。
かぱりと開けられた口の奥。
赤い何かが見える。
「火炎弾くるよ――新田君!」
茂良は全員の動きが目で追える位置まで下がり、頭二つ分ほどの高度を保っている。
『貫通度が高いですよ~』
夢見の言葉が覚者の脳裏をよぎる。
よけてはいけない。
「「いかせるかぁぁああああーッ!!!!」
零が吼えた。
慈雨は、射線を塞ぐために立ちはだかる仲間の覚悟を力に買えて、自分の祈りを奇跡に変える。
首を巡らせ、茂良と頷きあう。
刹那、死体の口を期輸して妖が吐き出したどす黒い炎の塊が、零ときせきを貫き、それでも勢いを保ったまま飛んでくるのを蒼空が身を躍らせ、受けた。
「まっとうします!」
(妖の発生は自然現象のようなものだから、生きる事が罪であるとは私には言えない。だけど、存在によって多くの血が流れるのなら、最小限で食い止めて、それが私達、覚者の務め!!)
狐面の下には、熱い思いが渦巻いている。
前方で炎に包まれる仲間のために、癒し手達は怠らない。
「誰も置いて帰ったりなんかしないの。一緒に帰る為に、私は癒やし続けるの……!」
「エル・モ・ラーラの加護、此処に顕現!」
傷口に染み渡る清浄な霧が、茂良と慈雨から送られる。
エル・モ・ラーラの実在について考えてはいけない。
実際、傷は治るのだからそれでいいのだ。
●
徹底的なインファイト。
刀で切り刻み、肉の底に届けよとばかりに殴打が繰り返される。
「ほれほれ、おじさんよりあたしは新鮮だぞー?」
結衣が身をくねらせ、挑発する。
目元に赤みを帯び、やけに色っぽい。
ばたりと死体は倒れた。
動かない。
覚者たちは、目を見交わした。
結衣がナックルでつつく。動かない。
闘気を収め、距離をとる。
動かない。
妖・腹住まいは、自分が死体を動かしているからくりを覚者達が知っていう事を知らない。
「皮」が動かなくなってしまえば「敵」は去っていくものなのだ。
今までそうやって生きてきた。
力の弱い妖の生存手段だ。
もう十分な時間がたった。
いいだろう。
腹住まいは逃げる算段を始めた。
覚者は息を潜めて、その瞬間を待っていた。
結衣がさっきナックルでつついたのは、死体が動かないかを確かめたのではない。
まだ腹住まいが逃げ出していないかどうかを確かめたのだ。
きせきは、新たな臭いが場に現れないか集中していたし、それ以外の者は目を凝らしていた。
「身体が一気に小さくなるだろうし、気をつけないといけないよな」
天十里の呟きにみなが呟く。
もう乗り物としても、化けの皮としても、防具としても使い物にならない死体が、両手を耳元に当てた。
口を開ける。
「やらかす気ですよ!」
浅葱が仲間に注意を促す。
「逃がさないの、化けの皮はもうなにも被らせないんだから……!」
「汝の不躾きわまる屍の扱い、この瑞光の使徒が罰しましょう!」
慈雨と茂良は、圧縮させた空気を撃ち出した。
死体の胸部。
濁った死体の血以外の色が混じる。
死体の指が何かの隙間に無理矢理突きこまれたように見えた。
ごきりと音がした。
額関節が外れると、人の顔とはこれほど長く伸びるのか。
口腔にあるはずの舌はない。
虚ろの中から、粘液にまみれた、肉色の塊がせり上がってくる。
それを浅葱の拳が中に押し戻した。
ぶくりと膨らみ、皮膚が薄く透けるほど引き延ばされた喉の中でぼきぼきと骨が砕ける音がする。
「ふっ、ここが貴方の行き止まりなのですっ! 悔いも改め必要なしっ! 腹の代わりに地の底で眠ってくださいっ」
「ずいぶんと小さいんだな。気をつけててよかったよ」
手に巻いた鎖がジャラジャラと音を立てる。
「あと、正直毛の生えてない猫はかわいくない!」
結衣の指摘が妖の心をえぐったかはどうかは分からないが、確実に臓腑はえぐっていた。
●
「ふっ、一件落着ですねっ。おじさんは酔った夢として忘れるでしょうかねっ」
浅葱は、正義の勝利を心から喜んだ。
「もうこんなに酔っぱらっちゃダメだよ!『十天』とのお約束!」
きせきは、おじさんの耳元で言っているが、明日の二日酔いの中にまぎれないことを祈るのみだ。
「……それにしても…このおじさん」
妖に辱められ、今はぼろぼろになってしまった死体を指して蒼空は言う。
「どうして山の中に捨てられていたんだろうね……」
妖が跋扈するような場所、よっぱらんで寝込む場所ではないのだろう。
ということは。
「も、もしかして……殺人事件……?」
超常に対処は出来ても、人の世のしがらみを解くには覚者たちはまだまだ幼い。
「あああ……案外人間も怖いよね……」
この死体も明日の朝には誰かに見つかり、帰れる場所に帰れるだろう。
「どんな理由で山中にいたのか、どんな最期だったのか、分からないけれど、その死は弄ばれて良いものなんかじゃないのよ」
埋めてしまったら、誰にも気づいてもらえないから、このままにしておくしかない。
「妖を野放しにはできなかったの……ごめんなさい」
慈雨は、小さく詫びを述べた。
●
幸い、公衆電話はそれほど遠くなかった。
結衣は、電話ボックスの中から、さっきまでサラリーマンが寄りかかっていた街灯を見る。
そこには、一匹の妖の死骸と、死体が一つと、生き残った男がいた。
「――はい、すいません。一台回してほしいんです。交番まで」
「お代はおじさんが払うそうです」
茂良が横から受話器に話しかける。
だが、タクシーは来なかった。
こんな深夜に、ワンメーター分の送迎はできない。らしい。
子供から、公衆電話からだったのも、タクシー会社としても面倒ごとの気配を感じるだろう。
「移動しよう。酔っ払いさんを連れて」
さもないと、猟奇死体遺棄事件の関係者――なのだが――犯人にされちゃあかわいそうだ。
「運びましょう。交番まで」
茂良の声に悲壮感が漂う。交番は、泥酔男を連れて行くとなると結構遠い。
泥酔したサラリーマンに、ビニール袋を握らせてやろう。と、結衣は考えた。どう使うかはサラリーマン次第だ。
出来れば、もう二度とふらふらしているのにやけに速いものに手を振ることのないように。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
