≪猟犬架刑≫Ring・a・Ring・o’Roses
●月は無慈悲に
青ざめた月が地上を照らし、街はひとの生み出した灯で満たされていた。けれど――深き夜闇は決して払うことなど出来ない。闇を照らそうと足掻けば足掻くほどに、光の届かぬ闇は益々濃く深くなっていくものだ。
「……全てに光をあてて暴き立てようとするのは、恐怖の裏返しなのかな」
それは誰に言うでもない、ただの戯言なのだろう。うたうような囁きは静寂を微かに震わせて――声の主はゆっくりと、細い身体を反らして夜空を仰ぐ。
――仄かな月明りの下浮かび上がるのは、闇に溶けるような黒衣と、月光に映える青ざめた肌だ。しかし、何処か生気の欠けたその佇まいに反し、深紅の瞳は沸々と滾る血のようであり、その肌と白い髪は、べったりと赤黒い返り血に塗れている。
「ただ、夜を愛でれば良いのに。狂気めいた光が、全てを奪い去ろうとするから……神秘は神秘で無くなって、『この子』たちの居場所が失われていく」
ずぶり、と鈍い音を立てて、地面に突き立てられたのは禍々しい槍だった。ゆっくりと広がっていく染みは鉄錆のにおいがして、今まさに生命が尽きんとする悲痛な声が、四方から合唱のように響いてくる。
「人間も妖も、死ねば一緒だ……そう、同じだから」
その無垢なまでの声音は、いっそ狂気を感じさせて――彼に促された影が黒犬となり、既にかたちが曖昧になった肉片に向けて牙を突き立てた。
「……さて。随分時間がかかってしまったけれど、始めようか」
と、其処で彼は枝のようなものを取り出して、殺戮が行われたその場所へ深々と埋め込んでいく。月の光を浴び、黄金に輝いたのは一瞬――それは枝葉を広げるように膨らんだあと、大気に溶けるかの如く消滅していった。
●月茨の夢見は語る
七星剣幹部として暗躍する『バスカヴィルの猟犬』ジョシュア・バスカヴィル(nCL2000141)――ここ暫くその足取りを追えずにいたが、僅かながら夢見で感知できたのだと『月茨』浮森 瞑夜(nCL2000119)は言った。
「彼は引き続き御月市で活動していて、何らかの儀式みたいなことを行っているみたいなの」
顔を曇らせる瞑夜が見たのは、月夜の中で殺戮を行うジョシュアの姿。妖も人間も関係なく血祭りにあげた彼は、その後恐らく神具であろう――枝か楔のようなものを取り出し、地面に埋め込んだらしい。
「直ぐに周りがどうこうなる訳じゃないけれど、でも嫌な予感がするんだ。御月市の現状を調べたら、妖の活動が激しくなってきていて……夜毎に猟奇的な殺人事件も起きているみたいで、どうも不安定な状態みたい」
御月市は、強い力を発する場所――特異点があるとされる都市だ。この異変も恐らくは特異点が関わっているのだろうと瞑夜は言い、『生命の樹』と呼ばれているそれを、ジョシュアは蘇らせようと動いている――。
「……それでも、こちら側には情報が少なくて。有効な手立てを取る為には、みんなの力が必要になってくるの」
――次にジョシュアが儀式を行うまでには、幾らか猶予がある。それまでに皆は、彼に対抗出来るように準備をして欲しいと瞑夜は頭を下げる。
「まず、一つ目。御月市の伝承などについて調べて、特異点に関する情報を出来る限り手に入れて欲しいんだ」
御月市は山を切り拓いて作られた地方都市で、御月神社と呼ばれる社があちこちに建てられていることが分かっている。御神木も植えられており『生命の樹』と何か関わりがあるのかも知れないが、詳しいことは調査が必要だ。
図書館や神社など、資料がある場所を当たるか――或いは詳しそうな人に話を聞くか。その際も漠然と調べるのではなく、ある程度『何を知りたいのか』を絞って当たった方が成果をあげられるだろう。
「みんなが望めば星羅ちゃんも協力してくれるから、人手が要りそうなら声をかけてね」
彼女の父は、特異点の調査を行っていた研究者だ。彼女自身が特に知っている情報はないが、調べものなどの頭脳労働は得意のようだ。
「それと、夜に起きる事件を防いで、少しでも妖たちの動きを牽制しておきたいかな」
妖の被害は酷くなってきており、彼らの手に掛かって亡くなる人も少なくない。猟奇的な事件の裏にはジョシュアも居るのだろうが、彼よりも妖の方が直接的な被害をもたらしているのだ。
――それに、何らかの儀式の為に生贄が必要なのだとしたら、彼が妖を始末する前に此方が倒すことで、ある程度の妨害が行えるだろう。
「調査と警戒、二手に分かれて動いてもらうことになるけど……どうにか上手く分担して、御月市の事件を解決して欲しい」
其処まで一気に説明した瞑夜は、夢見ではかなり曖昧にしか分からなかったんだけど――と不意に眉根を寄せた。どうやら夜の御月市で、不思議な少女の姿が目撃されているらしいのだ。
まるで妖精のように愛らしい、その少女は血塗れの路地裏で微笑みながら問いかけると言う――貴方の物語を聞かせて、と。
青ざめた月が地上を照らし、街はひとの生み出した灯で満たされていた。けれど――深き夜闇は決して払うことなど出来ない。闇を照らそうと足掻けば足掻くほどに、光の届かぬ闇は益々濃く深くなっていくものだ。
「……全てに光をあてて暴き立てようとするのは、恐怖の裏返しなのかな」
それは誰に言うでもない、ただの戯言なのだろう。うたうような囁きは静寂を微かに震わせて――声の主はゆっくりと、細い身体を反らして夜空を仰ぐ。
――仄かな月明りの下浮かび上がるのは、闇に溶けるような黒衣と、月光に映える青ざめた肌だ。しかし、何処か生気の欠けたその佇まいに反し、深紅の瞳は沸々と滾る血のようであり、その肌と白い髪は、べったりと赤黒い返り血に塗れている。
「ただ、夜を愛でれば良いのに。狂気めいた光が、全てを奪い去ろうとするから……神秘は神秘で無くなって、『この子』たちの居場所が失われていく」
ずぶり、と鈍い音を立てて、地面に突き立てられたのは禍々しい槍だった。ゆっくりと広がっていく染みは鉄錆のにおいがして、今まさに生命が尽きんとする悲痛な声が、四方から合唱のように響いてくる。
「人間も妖も、死ねば一緒だ……そう、同じだから」
その無垢なまでの声音は、いっそ狂気を感じさせて――彼に促された影が黒犬となり、既にかたちが曖昧になった肉片に向けて牙を突き立てた。
「……さて。随分時間がかかってしまったけれど、始めようか」
と、其処で彼は枝のようなものを取り出して、殺戮が行われたその場所へ深々と埋め込んでいく。月の光を浴び、黄金に輝いたのは一瞬――それは枝葉を広げるように膨らんだあと、大気に溶けるかの如く消滅していった。
●月茨の夢見は語る
七星剣幹部として暗躍する『バスカヴィルの猟犬』ジョシュア・バスカヴィル(nCL2000141)――ここ暫くその足取りを追えずにいたが、僅かながら夢見で感知できたのだと『月茨』浮森 瞑夜(nCL2000119)は言った。
「彼は引き続き御月市で活動していて、何らかの儀式みたいなことを行っているみたいなの」
顔を曇らせる瞑夜が見たのは、月夜の中で殺戮を行うジョシュアの姿。妖も人間も関係なく血祭りにあげた彼は、その後恐らく神具であろう――枝か楔のようなものを取り出し、地面に埋め込んだらしい。
「直ぐに周りがどうこうなる訳じゃないけれど、でも嫌な予感がするんだ。御月市の現状を調べたら、妖の活動が激しくなってきていて……夜毎に猟奇的な殺人事件も起きているみたいで、どうも不安定な状態みたい」
御月市は、強い力を発する場所――特異点があるとされる都市だ。この異変も恐らくは特異点が関わっているのだろうと瞑夜は言い、『生命の樹』と呼ばれているそれを、ジョシュアは蘇らせようと動いている――。
「……それでも、こちら側には情報が少なくて。有効な手立てを取る為には、みんなの力が必要になってくるの」
――次にジョシュアが儀式を行うまでには、幾らか猶予がある。それまでに皆は、彼に対抗出来るように準備をして欲しいと瞑夜は頭を下げる。
「まず、一つ目。御月市の伝承などについて調べて、特異点に関する情報を出来る限り手に入れて欲しいんだ」
御月市は山を切り拓いて作られた地方都市で、御月神社と呼ばれる社があちこちに建てられていることが分かっている。御神木も植えられており『生命の樹』と何か関わりがあるのかも知れないが、詳しいことは調査が必要だ。
図書館や神社など、資料がある場所を当たるか――或いは詳しそうな人に話を聞くか。その際も漠然と調べるのではなく、ある程度『何を知りたいのか』を絞って当たった方が成果をあげられるだろう。
「みんなが望めば星羅ちゃんも協力してくれるから、人手が要りそうなら声をかけてね」
彼女の父は、特異点の調査を行っていた研究者だ。彼女自身が特に知っている情報はないが、調べものなどの頭脳労働は得意のようだ。
「それと、夜に起きる事件を防いで、少しでも妖たちの動きを牽制しておきたいかな」
妖の被害は酷くなってきており、彼らの手に掛かって亡くなる人も少なくない。猟奇的な事件の裏にはジョシュアも居るのだろうが、彼よりも妖の方が直接的な被害をもたらしているのだ。
――それに、何らかの儀式の為に生贄が必要なのだとしたら、彼が妖を始末する前に此方が倒すことで、ある程度の妨害が行えるだろう。
「調査と警戒、二手に分かれて動いてもらうことになるけど……どうにか上手く分担して、御月市の事件を解決して欲しい」
其処まで一気に説明した瞑夜は、夢見ではかなり曖昧にしか分からなかったんだけど――と不意に眉根を寄せた。どうやら夜の御月市で、不思議な少女の姿が目撃されているらしいのだ。
まるで妖精のように愛らしい、その少女は血塗れの路地裏で微笑みながら問いかけると言う――貴方の物語を聞かせて、と。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.御月市の特異点に繋がる情報を入手する
2.妖事件を抑える為、妖を倒し一定の成果をあげる
3.なし
2.妖事件を抑える為、妖を倒し一定の成果をあげる
3.なし
●依頼の流れ
『昼パート』と『夜パート』に分かれます。皆さんはどちらかのパートを担当し、二手に分かれて行動することになります(両方行うことは出来ません)
●昼パート『御月市の調査』
特異点が眠ると言われる御月市で、それに繋がる情報を探ります。図書館や神社、昔の出来事に詳しい人など、どんな所で何を調査するのか具体的に書いてください。ただ調べる、だけだと漠然とし過ぎていて、得られる情報もふわっとしたものになってしまいます。
(事前調査で分かっていること)
・御月神社と言われる、この地方独特の土地神を祀った神社がある。大木や蛇などが信仰の対象だったようだ。
・御神木があちこちに植えられているが、特異点『生命の樹』との関連は不明。
・みつき、と言う名は時代と共に変化していったらしい。
※このパートで戦闘が発生することはありません。
●夜パート『御月市の警戒』
活発化した妖により、頻繁に被害が出ているようです。夢見ではジョシュアが妖や人間を生贄のようにして、何らかの儀式を行っていたこともあり、それを牽制する為にも夜間に妖退治を行います。
一定の数を倒せば成功ですが、目測を誤る(退治よりも異変の調査に労力を割き過ぎる)、片っ端から倒し過ぎる(此方に惹かれて妖が押し寄せ、凌ぎきれなくなる)などすれば被害が出てしまいますので、バランスが大事です。
・妖はランク1~2程度。大体10体前後が相手になります。生物系が多めで、物理攻撃主体のようです。
・妖の出現場所は夢見によって大体判明しているので、特に索敵に注意する必要はありません。しかし、騒ぎが大きくなれば一般人が巻き込まれる恐れがあります。
・現場周辺で、不思議な少女が目撃されているようです(詳細はOP本文参照)
※ジョシュアが現場に現れることはなく、彼との戦闘は発生しません。
●NPC
お手伝いとして帯刀 董十郎(nCL2000096)が同行します。また、昼パートに限り園咲 星羅を連れていくことも出来ます。彼女は特異点の調査を行っていた研究者の娘であり覚者です。調査に便利な技能を持っていますが、特に父親から有益な情報を聞いているなどはありません。
●補足
調査や探索の際、有効な技能を使用すれば判定にプラスされます。
長くなりましたが説明は以上となります。関連したリプレイを見れば、取っ掛かりも増えるかと思いますが、目を通さなくても特に問題ありません。それではよろしくお願いします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2017年02月11日
2017年02月11日
■メイン参加者 8人■

●図書館の囀り
特異点が眠ると言われる地、御月市――『生命の樹』と呼ばれるそれについて調査をするべく、F.i.V.E.の覚者たちは行動を開始する。
(猟犬を追う途中、思い出した事や出来た縁も多くて、何となく不思議な感じがする……)
一連の事件に関わる、七星剣の隔者――『バスカヴィルの猟犬』ジョシュア・バスカヴィル(nCL2000141)のことを思う『刃に炎を、高貴に責務を』天堂・フィオナ(CL2001421)は、あれもこれも気がかりだけどと逸る心を抑え、凛とした表情で顔を上げた。
「否、それでも私は、星羅の為にも頑張るんだ! ……そう、星羅と会うのも久しぶりだな!」
さらりと揺れる、フィオナの銀髪に目を奪われたのだろう――御月市立図書館の正面玄関には、眩しそうな様子で微笑みを浮かべる少女の姿が在る。彼女こそが出来た縁のひとつで、フィオナの口にした星羅――猟犬により父親を殺された、覚者の娘だった。
「お二人とも、お久しぶりです。今日はよろしくお願いしますね」
未だ歳に見合わぬ憂いが見え隠れするが、命の恩人に再会できた喜びもあって星羅の表情は穏やかだ。学園初等部の生活にも大分慣れてきた、と言う話を聞いていた『Queue』クー・ルルーヴ(CL2000403)は、メイド然とした佇まいでそっと彼女をフォローする位置についている。
「こちらこそ。私も何か、少しでも力になれればと思っています」
――そう、星羅は未だ親を亡くして間もない。ふわりと揺れるクーの尾を視界に収めつつ、フィオナも高貴な者が負う義務――ノブレス・オブリージュを果たすことを誓う。
「それじゃ星羅とクーも、一緒に行くぞ! お薦めのスイーツも持ってきたから、休憩時間に一緒に食べよう!」
そう言って、意気揚々と図書館の中へ入って行くフィオナに、二人も顔を見合わせて頷いたのだった。
「星羅さんの父親も『薔薇の隠者』も、市を訪れていたなら資料を見ている可能性はありますね」
父親が出かけていた時期を星羅に尋ねた所、主に休日を利用して来ていたことが分かったのだが――魔眼を用いてこっそり貸出記録を確認したクーは、彼が片っ端から御月市の郷土史を読み漁っていたことを知る。
「資料は、地形や神社、市の歴史や伝承……あとは昔話ですか」
テーブルの上にどんどん積みあがっていく本を目にすると、ひとが生きていく中でこれ程の記録が生まれるのかと眩暈すら覚えた。
「……ふむ」
図書館で閲覧出来る資料は、主に一般向けに編纂されたもののようで――この地は古代から霊山として崇められていた山地を切り開いて生まれ、その際に神社が幾つも建てられ『みつき様』と呼ばれる御神木と蛇神を祀った、とある。
「蛇と樹、ですか。どうやら山を切り開いたことと関係があるようですが、特に災害の記録はないようですね」
――ただ御月と言う字は、古くは巳津樹と書いていたらしい。蛇と樹、とぽつり呟き、クーの戌耳がぴくりと揺れる。
「そして、妖精を見るには……視点を変えて見なければいけない……?」
古地図と現在の地図を照らし合わせ、クーは小首を傾げるが――妖の被害報告は市の全域、とりわけ人の多い場所が狙われやすいと言った位で、ジョシュアに関して言えば出現位置のデータ自体が不足していた。
彼の足跡にセフィロトを見出そうとしても、如何様にも取れる。何処を起点とするかで、幾らでも図形を当てはめられるのだ。
「うーん……やはり蛇と樹の言い伝えが気になるな」
一方のフィオナも市に伝わる信仰が気になっている様子で、似たような神話は世界中にあるとは言え『生命の樹』を絡めると、俄然西洋魔術の要素が絡んでくる気がする。
「生命の樹、と言うとセフィロトと呼ばれる図形が関わって来ると思うけど……あ、星羅!」
と、難しい顔をして唸るフィオナの元へ、本を抱えた星羅が戻って来た。オカルトや神話、伝承関係の本で、父親の書庫にありそうな感じの本を探して欲しい――と言うフィオナの頼みを受けて彼女が見つけて来たのは、いわゆる超古代文明云々のオカルト本。一般的に眉唾ものと受け止められる奇書の類だが、まあ彼女の勘に賭けてみることにする。
「外国語は一緒に読もう。まずは『御月市の地下に眠る龍脈! セフィロトは日本に実在した!』か……」
最初に目を通した本は和書だったが、目に飛び込んできた仰々しい見出しがいきなり胡散臭い。神秘の存在が明らかになりつつあるとは言え、やはり未知の分野なんだなあとフィオナはしみじみ感じた。
「隠蔽された過去の伝承……本当の御神木は地下に眠っており、それこそが生命の樹であるセフィロトである、か」
この本によると、生命の樹を模した龍脈が御月市の地下にあり、それを守護する――或いは隠す為に幾つも神社が建てられた、とある。その後も本を読んでいったものの、どうやら御月市はこの手のミステリースポットとしては格好の題材のようだった。
「やっぱり図書館でオカルト調査は難しかったかな?」
「えっと……お父さんは多分、そういうのは個人の研究者に尋ねていたかも知れません」
――公共施設ならば、得られるのはある程度信憑性のある情報だろう。秘匿されているような情報となれば、他からのアプローチが必要だったかもしれないと思いつつ、フィオナはクーや星羅と一緒に休憩を取ることにした。
「うん、疲れた時は甘いものに限るな!」
「……ですね。こういう調べごとは好きですが、休憩を挟まないと没頭しがちですね」
漂うのは紅茶とお菓子の甘い香りで、ロビーには少女たちの華やいだ声が暫し響いていたと言う。
●真実を追う者たち
――調べ物は、新聞記者の真骨頂。そう言って眼鏡を押し上げた『ゴシップ探偵』風祭・誘輔(CL2001092)のまなざしは、獲物を捉えた獣のようだ。
「しかも今回は、本職の探偵にして頼れる相棒も一緒ときた」
「まぁ、小さな事務所だけどな」
のんびりと紫煙を靡かせていた『たぶん探偵』三上・千常(CL2000688)は、携帯灰皿に煙草をねじ込むと誘輔と共に目の前の建物を見上げる。其処は地元の新聞社であり、二人は事前にアポイントを取った上で調査を行うことになっていた。
千常は多数の調査候補地を絞り込めず、出版部で簡単な話を聞く程度しか時間が取れなさそうであったが、その点は誘輔が上手くフォローしてくれるだろう。
「新聞記事は馬鹿にできねえ。どんなベタ記事だって、よーく見りゃ真実が見えてくる」
先ず二人は過去に不審な事件が起きていないかと遡って調べてみたが、オカルト絡みの事件と言えば妖事件と思しきものばかりで、最近の異変に繋がる事件は見つからなかった。
更に古株の記者とも話し込む誘輔に後を任せ、千常は市役所や警察にも足を運んだのだが――得られた情報は一般に向けての当たり障りのないものであり、調査協力願いも断られる結果となった。
(バスカヴィルとかの言葉にも、特に反応は無しか)
まあ、公的機関をそう簡単に動かせる訳ではない――それはジョシュアを重要参考人として公表して貰おうとした誘輔も同じだったようだ。
『証拠も無いのに容疑者扱いして、個人情報を載せるってのが、やっぱりマズいらしくてな。何かあったら責任を問われるのは新聞社であって、俺じゃねェし……』
受話器越しに聞こえる声から、彼の苦笑する様子がありありと想像出来る。自分たちは夢見の予知を確信して動いているが、一般人に夢見のことを言う訳にもいかないし、信じて貰える保障も無い。最悪あちらを刺激すれば、地方の新聞社など簡単に潰されてしまう可能性もある。
(大っぴらに動けないのは、向こうも同じかもしれないが……)
――そうして、最後に神社へと話を聞きに言った千常に、初老の宮司は興味深そうな顔で話を始めた。
「ええ、以前あなたのような質問をしに来た学者さんがいましたね。御月の地に眠ると言う、龍脈に纏わる伝承があるかと」
「……で、実際はどうなんです?」
「樹であって樹では無いそれは、正しき流れにより真理に至る――御神木は本来、この地深くに根を張っているとは、伝わっていますね」
突拍子もない話ですし、目に見える地上の樹に信仰は移っていきましたがと続ける宮司は、歴史の移り変わりで廃れていった言い伝えであろうと微笑む。
だが、そう言われると、小径を辿るセフィラに通じるものがあるだろうか――もっと詳しい話を聞きたいところだが、生憎時間切れだ。礼を言って立ち去る千常の背に、その時のんびりとした声が投げかけられた。
「そうそう。蛇神様は大昔、随分変わった名前で呼ばれていたみたいです。虚……何とかと」
――一方で誘輔は、ジョシュア本人へも調査の手を伸ばしていた。伝手を頼ることは出来なかったが、イギリスの新聞社に片っ端から念写で複製したジョシュアの人相と共に、自分の知る限りの情報を添えて送りつけたのだ。
(奴はイギリス出身のようだし、祖国で何か足取りが掴めたら良いんだが)
『バスカヴィルの猟犬』『チェンジリング』『ジョシュア・バスカヴィル』などのキーワードに引っかかれば、と望みを賭けた所、或る小規模なゴシップ新聞社から返答があった。
『バスカヴィルのネタなら、扱った事がある。ミステリに登場する呪われた家系は実在した――って見出しで。ああ本当に、片田舎にバスカヴィル家と言う名士があったんだ』
ファックスで送られてきた文章を読んでいくと、そのバスカヴィル家とやらは地元で『いわくつき』として有名で、一族には妖精との取り換え子――『チェンジリング』と呼ばれる奇妙な子が度々生まれるとされていたようだ。
『取り換え子は妖精と親しみ、奇妙な行動を取る異相の持ち主とされているんだが。どうやら二十年程前にもひとり生まれたと噂になって、母親は狂死……生まれた子は地下室に幽閉され、存在を抹消されたとか何とか』
一体いつの時代の話だとは思うが、そんな迷信がまかり通っている閉鎖的な地方だったのだろう。これで子供の名前がジョシュアならビンゴだが、名前は不明で記者はジョシュアの顔にも見覚えがないらしい。
『名士があったと言う過去形の通り、バスカヴィル家は今は存在しない。数年前に屋敷が火事になって、焼け落ちた跡からは一家の遺体が見つかったんだ。もう、村の住民は呪いだって大騒ぎだった』
――と言うのも火事の直前に、屋敷の近くで不気味な黒い犬を見た人が居たと言うのだ。あれはきっとブラックドッグ――死の前兆を告げる妖精だったのだ、と。
「……予想外に色々分かったな」
ファックスの長文を読み終えた誘輔は溜息を吐き、後は彼の居場所が分かればと地道に調査を続けることにする。しかし目撃情報は皆無で、神社も見て回ったが空振りに終わった。
「……どうせ、ろくな物食ってねェんだろうが」
――呟いた誘輔の手の中にある握り飯は、未だ温かかった。
●妖狩り
やがて陽が沈み、御月市に夜が訪れる。この地に伝わる伝承には色々と思う所もあるが、きっと調査に向かった仲間たちが何か見つけてくれるだろうと、『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)は気持ちを切り替えることにした。
「私は私。できることを目一杯しないとだわ!」
「ええ、こうして妖をやっつけておくのも儀式の妨害に繋がるみたいですし、頑張りましょうか」
一般人が安心して暮らせるようにするのも、私達の大事な仕事だと――『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は魔導書を握りしめて、妖の群れに向き直る。
妖の動きが活発になり、AAAも市周辺の警戒を行っているようだが、夢見の予知で対処出来る自分たちとは違い成果は芳しくないらしい。
「……これもまた、何かの一つの手助けになるのなら惜しむ手立てはない」
闇すら見通そうとする『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)の瞳が細められ、開眼した第三の目から光が放たれる。それは唸り声をあげる獣の妖を真っ直ぐに貫き、其処ですかさず灼熱の炎を宿した『花守人』三島 柾(CL2001148)が神速の拳を振るった。
「俺の力は俺の為に使うのではなく、誰かの為に使う力だって思うから。……惜しまずに、使うよ」
「よし、目標の数を倒せば、これ以上妖が引き寄せられる事も無い……ここで起きる惨劇を止める事を優先するぞ」
同胞を倒された怒りに震えているのか、それとも戦の高揚と流れる血に酔っているのか――一体が倒されると新たな一体が此方へと襲い掛かる。徐々に包囲されつつある状況を打破しようと、ラーラの火焔連弾が深紅の尾を引いて妖に叩きつけられた。
「良い子には甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
「さあ、褌締め直してテンションあげていくわよ!」
数多の檄を受けて、支援に回った『銀閃華』帯刀 董十郎(nCL2000096)は、皆の能力を高めるべく演舞を披露する。そうして、術式が効きにくい物質系の妖へ数多が繰り出すのは、燃え盛る焔を思わせる怒涛の斬撃だった。
「っと、ジャック君だいじょーぶ? か弱いジャック君がたおれちゃだめだもんねー」
「俺だって男なんだからバカにすんなよ。数多がやばそうなら、きっちり庇ってやるし」
互いに軽口を叩きつつ、数多とジャックはいざとなれば守ってみせるときっぱり告げて。獣の妖たちの中に紛れる、術使いと思しき怨霊を手際よく片付けた後、最後に残った妖へ柾が止めを刺した。
(……終わったか)
確認の意味も込めて、守護使役の力を使い頭上から御月市を見下ろしてみるが――皮肉なほどに街の夜景は普段と変わりない。
「やはり特別な目、妖精の目でもないと無理なのか? だが、ここは龍脈の特異点……ジュシュアは人と妖の死で、力が満ちた場所を穢しているのか」
ぽつりと彼が呟いたその時、路地裏にくすくすと鈴の音のような笑い声が木霊した。む、と異変に気付いたジャックは眉根を寄せ、仲間たちへ注意を促す。
「……まだ此処には、人払いの結界が張られてる」
つまり声の主は、明確な目的があって此処に来たか――或いは、ただの一般人では無いと言うことだ。
「御機嫌よう、素敵な夜ね」
――やがて月明りに浮かび上がったのは、透き通る肌を持つ浮世離れした少女だった。
●妖精の恋人
恐らく彼女が、夜毎現れると言う少女なのか――素早く視線を巡らせる柾だが、ジョシュアと似ているかと言われれば違う気がする。ただ、肌や髪など色素が薄いこと、浮世離れした雰囲気は近いものを感じるだろうか。
「こんな夜更けにどうしました? 危ないですよ」
穏やかな物腰でラーラが声をかけるが、少女の心は此処に在らずと言った様子で――夢見の導き通りに彼女は、貴方の物語を聞かせて、と唇を開いた。
「物語のカギを握って、遊んでいるのはキミかな?」
慎重に相手との距離を測るジャックは、いきなり攻撃や敵意を向けるのは悪手だと判断する。敵か、味方か――まずはそこを見定めなければと思ったその時、路地裏に数多の陽気な声が響いた。
「仮称、マザーグースちゃん、でいい? それともナーサリー・ライムちゃん? 私は酒々井数多」
美少女剣士英雄譚なんてどう、と告げる数多に、少女は無邪気に微笑んで。そうして素足でアスファルトを蹴って、ふわりと踊るようにして距離を詰めて来た。
「わらべうたは大好きよ。暗闇の中でずっとずっと、うたを聞いてきたのだもの。……でも、私は物語そのものじゃないわ」
「……君の物語を、聞かせてくれないか」
一方の柾は、反対に少女に問うが――彼女はかぶりを振って、自分は語るべきものを持たないのだと告げる。
「私は紡ぎ手じゃなくて、誰かの背を押すことしかできないの。ね、貴方の物語、とても面白そうね」
そう言って柾の瞳を覗き込む少女は、彼の考えていることが読めるとでも言うのか、好奇心に瞳を輝かせていた。死んだ人や妖が生贄なら、それを吸収する存在がいてもおかしくはない――そう考えていた柾は、出来るだけ少女を探ろうとするが、ラーニングを用いて解析しようとするには無理があるようだ。
「ねえ、妖精が見えないのは、見ようとしないからなのよ」
「――え?」
「物語の中にしか、妖精は居場所が無くなってしまったの。ベッドの下や屋根裏部屋……そんな場所からも居場所を奪われてしまったら、彼らは何処に行けばいいのかしら?」
ね? と少女は、ジャックに向かって首を傾げた。罪なき者を『転ばす』のなら、問答無用で自分たちはきみの敵になる――そう断言した彼を、何処か試すように。
「敵か味方か、そんな概念に縛られない存在が居ることを、人間は忘れてしまったのかしら。一杯のミルクの恩に報いることもあれば、約束を破った代償に家畜を皆殺しにもする……そんな存在と、かつてひとは共存してきたのに」
――言うなれば『隣人』のようなものだったと、遠い目をして呟く少女は己をリアと称した。そう呼んだひとが居たから、それが自分の名前なのだと言って。
「妖精の恋人なんて、ロマンチックでしょう? ああ、薔薇の花環が溢れて、貧者も聖人も皆手を取り合って踊る日が、いつか来るわ」
それはわらべうたの一節で、最後はこう締めくくられるのだ――『We all fall down』、みんな転んで死んでしまう、と。
音もたてずに闇へ溶けていく少女――リアに向かい、それでも柾は言葉を投げかける。
「だが、人は前へと進むもの。その歩みは止められない」
特異点が眠ると言われる地、御月市――『生命の樹』と呼ばれるそれについて調査をするべく、F.i.V.E.の覚者たちは行動を開始する。
(猟犬を追う途中、思い出した事や出来た縁も多くて、何となく不思議な感じがする……)
一連の事件に関わる、七星剣の隔者――『バスカヴィルの猟犬』ジョシュア・バスカヴィル(nCL2000141)のことを思う『刃に炎を、高貴に責務を』天堂・フィオナ(CL2001421)は、あれもこれも気がかりだけどと逸る心を抑え、凛とした表情で顔を上げた。
「否、それでも私は、星羅の為にも頑張るんだ! ……そう、星羅と会うのも久しぶりだな!」
さらりと揺れる、フィオナの銀髪に目を奪われたのだろう――御月市立図書館の正面玄関には、眩しそうな様子で微笑みを浮かべる少女の姿が在る。彼女こそが出来た縁のひとつで、フィオナの口にした星羅――猟犬により父親を殺された、覚者の娘だった。
「お二人とも、お久しぶりです。今日はよろしくお願いしますね」
未だ歳に見合わぬ憂いが見え隠れするが、命の恩人に再会できた喜びもあって星羅の表情は穏やかだ。学園初等部の生活にも大分慣れてきた、と言う話を聞いていた『Queue』クー・ルルーヴ(CL2000403)は、メイド然とした佇まいでそっと彼女をフォローする位置についている。
「こちらこそ。私も何か、少しでも力になれればと思っています」
――そう、星羅は未だ親を亡くして間もない。ふわりと揺れるクーの尾を視界に収めつつ、フィオナも高貴な者が負う義務――ノブレス・オブリージュを果たすことを誓う。
「それじゃ星羅とクーも、一緒に行くぞ! お薦めのスイーツも持ってきたから、休憩時間に一緒に食べよう!」
そう言って、意気揚々と図書館の中へ入って行くフィオナに、二人も顔を見合わせて頷いたのだった。
「星羅さんの父親も『薔薇の隠者』も、市を訪れていたなら資料を見ている可能性はありますね」
父親が出かけていた時期を星羅に尋ねた所、主に休日を利用して来ていたことが分かったのだが――魔眼を用いてこっそり貸出記録を確認したクーは、彼が片っ端から御月市の郷土史を読み漁っていたことを知る。
「資料は、地形や神社、市の歴史や伝承……あとは昔話ですか」
テーブルの上にどんどん積みあがっていく本を目にすると、ひとが生きていく中でこれ程の記録が生まれるのかと眩暈すら覚えた。
「……ふむ」
図書館で閲覧出来る資料は、主に一般向けに編纂されたもののようで――この地は古代から霊山として崇められていた山地を切り開いて生まれ、その際に神社が幾つも建てられ『みつき様』と呼ばれる御神木と蛇神を祀った、とある。
「蛇と樹、ですか。どうやら山を切り開いたことと関係があるようですが、特に災害の記録はないようですね」
――ただ御月と言う字は、古くは巳津樹と書いていたらしい。蛇と樹、とぽつり呟き、クーの戌耳がぴくりと揺れる。
「そして、妖精を見るには……視点を変えて見なければいけない……?」
古地図と現在の地図を照らし合わせ、クーは小首を傾げるが――妖の被害報告は市の全域、とりわけ人の多い場所が狙われやすいと言った位で、ジョシュアに関して言えば出現位置のデータ自体が不足していた。
彼の足跡にセフィロトを見出そうとしても、如何様にも取れる。何処を起点とするかで、幾らでも図形を当てはめられるのだ。
「うーん……やはり蛇と樹の言い伝えが気になるな」
一方のフィオナも市に伝わる信仰が気になっている様子で、似たような神話は世界中にあるとは言え『生命の樹』を絡めると、俄然西洋魔術の要素が絡んでくる気がする。
「生命の樹、と言うとセフィロトと呼ばれる図形が関わって来ると思うけど……あ、星羅!」
と、難しい顔をして唸るフィオナの元へ、本を抱えた星羅が戻って来た。オカルトや神話、伝承関係の本で、父親の書庫にありそうな感じの本を探して欲しい――と言うフィオナの頼みを受けて彼女が見つけて来たのは、いわゆる超古代文明云々のオカルト本。一般的に眉唾ものと受け止められる奇書の類だが、まあ彼女の勘に賭けてみることにする。
「外国語は一緒に読もう。まずは『御月市の地下に眠る龍脈! セフィロトは日本に実在した!』か……」
最初に目を通した本は和書だったが、目に飛び込んできた仰々しい見出しがいきなり胡散臭い。神秘の存在が明らかになりつつあるとは言え、やはり未知の分野なんだなあとフィオナはしみじみ感じた。
「隠蔽された過去の伝承……本当の御神木は地下に眠っており、それこそが生命の樹であるセフィロトである、か」
この本によると、生命の樹を模した龍脈が御月市の地下にあり、それを守護する――或いは隠す為に幾つも神社が建てられた、とある。その後も本を読んでいったものの、どうやら御月市はこの手のミステリースポットとしては格好の題材のようだった。
「やっぱり図書館でオカルト調査は難しかったかな?」
「えっと……お父さんは多分、そういうのは個人の研究者に尋ねていたかも知れません」
――公共施設ならば、得られるのはある程度信憑性のある情報だろう。秘匿されているような情報となれば、他からのアプローチが必要だったかもしれないと思いつつ、フィオナはクーや星羅と一緒に休憩を取ることにした。
「うん、疲れた時は甘いものに限るな!」
「……ですね。こういう調べごとは好きですが、休憩を挟まないと没頭しがちですね」
漂うのは紅茶とお菓子の甘い香りで、ロビーには少女たちの華やいだ声が暫し響いていたと言う。
●真実を追う者たち
――調べ物は、新聞記者の真骨頂。そう言って眼鏡を押し上げた『ゴシップ探偵』風祭・誘輔(CL2001092)のまなざしは、獲物を捉えた獣のようだ。
「しかも今回は、本職の探偵にして頼れる相棒も一緒ときた」
「まぁ、小さな事務所だけどな」
のんびりと紫煙を靡かせていた『たぶん探偵』三上・千常(CL2000688)は、携帯灰皿に煙草をねじ込むと誘輔と共に目の前の建物を見上げる。其処は地元の新聞社であり、二人は事前にアポイントを取った上で調査を行うことになっていた。
千常は多数の調査候補地を絞り込めず、出版部で簡単な話を聞く程度しか時間が取れなさそうであったが、その点は誘輔が上手くフォローしてくれるだろう。
「新聞記事は馬鹿にできねえ。どんなベタ記事だって、よーく見りゃ真実が見えてくる」
先ず二人は過去に不審な事件が起きていないかと遡って調べてみたが、オカルト絡みの事件と言えば妖事件と思しきものばかりで、最近の異変に繋がる事件は見つからなかった。
更に古株の記者とも話し込む誘輔に後を任せ、千常は市役所や警察にも足を運んだのだが――得られた情報は一般に向けての当たり障りのないものであり、調査協力願いも断られる結果となった。
(バスカヴィルとかの言葉にも、特に反応は無しか)
まあ、公的機関をそう簡単に動かせる訳ではない――それはジョシュアを重要参考人として公表して貰おうとした誘輔も同じだったようだ。
『証拠も無いのに容疑者扱いして、個人情報を載せるってのが、やっぱりマズいらしくてな。何かあったら責任を問われるのは新聞社であって、俺じゃねェし……』
受話器越しに聞こえる声から、彼の苦笑する様子がありありと想像出来る。自分たちは夢見の予知を確信して動いているが、一般人に夢見のことを言う訳にもいかないし、信じて貰える保障も無い。最悪あちらを刺激すれば、地方の新聞社など簡単に潰されてしまう可能性もある。
(大っぴらに動けないのは、向こうも同じかもしれないが……)
――そうして、最後に神社へと話を聞きに言った千常に、初老の宮司は興味深そうな顔で話を始めた。
「ええ、以前あなたのような質問をしに来た学者さんがいましたね。御月の地に眠ると言う、龍脈に纏わる伝承があるかと」
「……で、実際はどうなんです?」
「樹であって樹では無いそれは、正しき流れにより真理に至る――御神木は本来、この地深くに根を張っているとは、伝わっていますね」
突拍子もない話ですし、目に見える地上の樹に信仰は移っていきましたがと続ける宮司は、歴史の移り変わりで廃れていった言い伝えであろうと微笑む。
だが、そう言われると、小径を辿るセフィラに通じるものがあるだろうか――もっと詳しい話を聞きたいところだが、生憎時間切れだ。礼を言って立ち去る千常の背に、その時のんびりとした声が投げかけられた。
「そうそう。蛇神様は大昔、随分変わった名前で呼ばれていたみたいです。虚……何とかと」
――一方で誘輔は、ジョシュア本人へも調査の手を伸ばしていた。伝手を頼ることは出来なかったが、イギリスの新聞社に片っ端から念写で複製したジョシュアの人相と共に、自分の知る限りの情報を添えて送りつけたのだ。
(奴はイギリス出身のようだし、祖国で何か足取りが掴めたら良いんだが)
『バスカヴィルの猟犬』『チェンジリング』『ジョシュア・バスカヴィル』などのキーワードに引っかかれば、と望みを賭けた所、或る小規模なゴシップ新聞社から返答があった。
『バスカヴィルのネタなら、扱った事がある。ミステリに登場する呪われた家系は実在した――って見出しで。ああ本当に、片田舎にバスカヴィル家と言う名士があったんだ』
ファックスで送られてきた文章を読んでいくと、そのバスカヴィル家とやらは地元で『いわくつき』として有名で、一族には妖精との取り換え子――『チェンジリング』と呼ばれる奇妙な子が度々生まれるとされていたようだ。
『取り換え子は妖精と親しみ、奇妙な行動を取る異相の持ち主とされているんだが。どうやら二十年程前にもひとり生まれたと噂になって、母親は狂死……生まれた子は地下室に幽閉され、存在を抹消されたとか何とか』
一体いつの時代の話だとは思うが、そんな迷信がまかり通っている閉鎖的な地方だったのだろう。これで子供の名前がジョシュアならビンゴだが、名前は不明で記者はジョシュアの顔にも見覚えがないらしい。
『名士があったと言う過去形の通り、バスカヴィル家は今は存在しない。数年前に屋敷が火事になって、焼け落ちた跡からは一家の遺体が見つかったんだ。もう、村の住民は呪いだって大騒ぎだった』
――と言うのも火事の直前に、屋敷の近くで不気味な黒い犬を見た人が居たと言うのだ。あれはきっとブラックドッグ――死の前兆を告げる妖精だったのだ、と。
「……予想外に色々分かったな」
ファックスの長文を読み終えた誘輔は溜息を吐き、後は彼の居場所が分かればと地道に調査を続けることにする。しかし目撃情報は皆無で、神社も見て回ったが空振りに終わった。
「……どうせ、ろくな物食ってねェんだろうが」
――呟いた誘輔の手の中にある握り飯は、未だ温かかった。
●妖狩り
やがて陽が沈み、御月市に夜が訪れる。この地に伝わる伝承には色々と思う所もあるが、きっと調査に向かった仲間たちが何か見つけてくれるだろうと、『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)は気持ちを切り替えることにした。
「私は私。できることを目一杯しないとだわ!」
「ええ、こうして妖をやっつけておくのも儀式の妨害に繋がるみたいですし、頑張りましょうか」
一般人が安心して暮らせるようにするのも、私達の大事な仕事だと――『赤き炎のラガッツァ』ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は魔導書を握りしめて、妖の群れに向き直る。
妖の動きが活発になり、AAAも市周辺の警戒を行っているようだが、夢見の予知で対処出来る自分たちとは違い成果は芳しくないらしい。
「……これもまた、何かの一つの手助けになるのなら惜しむ手立てはない」
闇すら見通そうとする『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)の瞳が細められ、開眼した第三の目から光が放たれる。それは唸り声をあげる獣の妖を真っ直ぐに貫き、其処ですかさず灼熱の炎を宿した『花守人』三島 柾(CL2001148)が神速の拳を振るった。
「俺の力は俺の為に使うのではなく、誰かの為に使う力だって思うから。……惜しまずに、使うよ」
「よし、目標の数を倒せば、これ以上妖が引き寄せられる事も無い……ここで起きる惨劇を止める事を優先するぞ」
同胞を倒された怒りに震えているのか、それとも戦の高揚と流れる血に酔っているのか――一体が倒されると新たな一体が此方へと襲い掛かる。徐々に包囲されつつある状況を打破しようと、ラーラの火焔連弾が深紅の尾を引いて妖に叩きつけられた。
「良い子には甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
「さあ、褌締め直してテンションあげていくわよ!」
数多の檄を受けて、支援に回った『銀閃華』帯刀 董十郎(nCL2000096)は、皆の能力を高めるべく演舞を披露する。そうして、術式が効きにくい物質系の妖へ数多が繰り出すのは、燃え盛る焔を思わせる怒涛の斬撃だった。
「っと、ジャック君だいじょーぶ? か弱いジャック君がたおれちゃだめだもんねー」
「俺だって男なんだからバカにすんなよ。数多がやばそうなら、きっちり庇ってやるし」
互いに軽口を叩きつつ、数多とジャックはいざとなれば守ってみせるときっぱり告げて。獣の妖たちの中に紛れる、術使いと思しき怨霊を手際よく片付けた後、最後に残った妖へ柾が止めを刺した。
(……終わったか)
確認の意味も込めて、守護使役の力を使い頭上から御月市を見下ろしてみるが――皮肉なほどに街の夜景は普段と変わりない。
「やはり特別な目、妖精の目でもないと無理なのか? だが、ここは龍脈の特異点……ジュシュアは人と妖の死で、力が満ちた場所を穢しているのか」
ぽつりと彼が呟いたその時、路地裏にくすくすと鈴の音のような笑い声が木霊した。む、と異変に気付いたジャックは眉根を寄せ、仲間たちへ注意を促す。
「……まだ此処には、人払いの結界が張られてる」
つまり声の主は、明確な目的があって此処に来たか――或いは、ただの一般人では無いと言うことだ。
「御機嫌よう、素敵な夜ね」
――やがて月明りに浮かび上がったのは、透き通る肌を持つ浮世離れした少女だった。
●妖精の恋人
恐らく彼女が、夜毎現れると言う少女なのか――素早く視線を巡らせる柾だが、ジョシュアと似ているかと言われれば違う気がする。ただ、肌や髪など色素が薄いこと、浮世離れした雰囲気は近いものを感じるだろうか。
「こんな夜更けにどうしました? 危ないですよ」
穏やかな物腰でラーラが声をかけるが、少女の心は此処に在らずと言った様子で――夢見の導き通りに彼女は、貴方の物語を聞かせて、と唇を開いた。
「物語のカギを握って、遊んでいるのはキミかな?」
慎重に相手との距離を測るジャックは、いきなり攻撃や敵意を向けるのは悪手だと判断する。敵か、味方か――まずはそこを見定めなければと思ったその時、路地裏に数多の陽気な声が響いた。
「仮称、マザーグースちゃん、でいい? それともナーサリー・ライムちゃん? 私は酒々井数多」
美少女剣士英雄譚なんてどう、と告げる数多に、少女は無邪気に微笑んで。そうして素足でアスファルトを蹴って、ふわりと踊るようにして距離を詰めて来た。
「わらべうたは大好きよ。暗闇の中でずっとずっと、うたを聞いてきたのだもの。……でも、私は物語そのものじゃないわ」
「……君の物語を、聞かせてくれないか」
一方の柾は、反対に少女に問うが――彼女はかぶりを振って、自分は語るべきものを持たないのだと告げる。
「私は紡ぎ手じゃなくて、誰かの背を押すことしかできないの。ね、貴方の物語、とても面白そうね」
そう言って柾の瞳を覗き込む少女は、彼の考えていることが読めるとでも言うのか、好奇心に瞳を輝かせていた。死んだ人や妖が生贄なら、それを吸収する存在がいてもおかしくはない――そう考えていた柾は、出来るだけ少女を探ろうとするが、ラーニングを用いて解析しようとするには無理があるようだ。
「ねえ、妖精が見えないのは、見ようとしないからなのよ」
「――え?」
「物語の中にしか、妖精は居場所が無くなってしまったの。ベッドの下や屋根裏部屋……そんな場所からも居場所を奪われてしまったら、彼らは何処に行けばいいのかしら?」
ね? と少女は、ジャックに向かって首を傾げた。罪なき者を『転ばす』のなら、問答無用で自分たちはきみの敵になる――そう断言した彼を、何処か試すように。
「敵か味方か、そんな概念に縛られない存在が居ることを、人間は忘れてしまったのかしら。一杯のミルクの恩に報いることもあれば、約束を破った代償に家畜を皆殺しにもする……そんな存在と、かつてひとは共存してきたのに」
――言うなれば『隣人』のようなものだったと、遠い目をして呟く少女は己をリアと称した。そう呼んだひとが居たから、それが自分の名前なのだと言って。
「妖精の恋人なんて、ロマンチックでしょう? ああ、薔薇の花環が溢れて、貧者も聖人も皆手を取り合って踊る日が、いつか来るわ」
それはわらべうたの一節で、最後はこう締めくくられるのだ――『We all fall down』、みんな転んで死んでしまう、と。
音もたてずに闇へ溶けていく少女――リアに向かい、それでも柾は言葉を投げかける。
「だが、人は前へと進むもの。その歩みは止められない」
