鯨骨の武具を求めていざ勝負 戦士の儀式と雷太鼓
●それは戦士の誇り
鯨。
その大きさから、魚偏に京(10000000000000000)と言う名称を受けた生物である。捕鯨の歴史は古く、縄文時代には鯨の骨を利用した狩猟具や宗教的儀式で使われる器具などが発見されている。
その肉は食材として日本のみならず世界各国でも調理法が存在している。またヒゲクジラのヒゲはプラスチックに相応するほどの柔軟性を兼ね備えており、ゼンマイに利用されたほどである。
日本においても鯨のかかわりは深く、それを狩った者は戦士として認められると言われている。巨大なモノを狩るというのは、いつの時代でも語り継がれる浪漫なのだろう。かの歌川国芳も、宮本武蔵と鯨の対決を浮世絵に描くほどである。
そして鯨に関する敬意も深い。鯨を七福神の恵比寿と同一視し、水の神と祭る地域もある。鯨は狩る対象であると同時に、信仰の対象なのだ。そういった地域では鯨塚と呼ばれる鯨を奉る祠まである。そこはかつて鯨から得た物で生計が為された地域だ。
そしてそこには鯨の骨で作られた様々な武具が存在する。
●『雷太鼓』林・茉莉
鯨の御霊。その古妖を称するなら、それが妥当なのだろう。
それは鯨塚に祀られた鯨達の意志。混迷極めるこの時代において、強き戦士を求める存在。暴力を肯定するわけではないが、混乱を納めるには力が要る。彼らは戦士を求めていた。強き力を持つ存在を。そして彼らは強き戦士に武具を与えると告げた。
鯨骨で作られた武具。宗教的儀式の器具。
その報を聞き、駆け付けた人々。妖を討つため、平和を取り戻すため、私欲のため。様々な理由で戦士達はそこに集う。
そしてその戦士達すべてを制したのは――戦う事自体が目的の戦士だった。
「なんだいなんだい。これで終いかい? あたいはまだ物足りないんだけどね」
雷太鼓を背負ったその女性は、倒れ伏した覚者に向けて呆れた声を出した。戦士が集うと聞いてやってきたのに、この程度では物足りない。そう言いたげな声だ。
彼女の名前は林茉莉。日本最大の隔者組織『七星剣』の武闘派組織『拳華』の一員である。背負った太鼓とその雷撃の威力から『雷太鼓』と称されていた。
「まあいいさ。貰う者はもらっておこう。一応七星剣のオーダーだからね」
『この場を制するは汝らか。悪法で虐げる剣の報は聞こえている。汝らに譲り渡すのは業腹だが――それも時代の選択か』
鯨の御霊は不服そうに告げるが、それも已む無しと諦める。七星剣もまたこの時代に生きる存在。悪を為す存在が時代を制するのなら、それも仕方のない事と思い――
『待て。まだ挑む者はいる』
鯨の御霊は、未来に訪れるであろう戦士の存在を感知していた。
●FiVE
「目的は七星剣隔者に『鯨の供物』を渡さない事。端的に言えば連中に勝つことだ」
集まった覚者達を前に久方 相馬(nCL2000004)が告げる。念写で作られた映像には、海沿いの村と和太鼓を背負った少女が写されていた。
「この村は昔捕鯨を行っていて、村には鯨を祀る祠があるんだ。そこの祠に祀られた鯨の御霊がある日こういった。
『一番強い戦士に、ワシの骨で作られた武具を授けよう』……と」
老人の声真似をする相馬。ウケがよくなかったことを察し、咳払いして話を続ける。
「そうして集まった人たちの中に、七星剣の隔者がいた。隔者は破竹の勢いで他の人達に勝利して、その武具を会得することになった……というのが見た未来だ」
神や霊魂が人間に力を下賜する物語は少なくない。問題なのは――
「問題なのは武具を得るのが七星剣だという事だ。非合法な手段や暴力を良しとする連中にそういった武具が渡れば、彼らの力が増して痛い目を見る人が増えることになる。折角鯨が『人間の為に』と与えてくれた物が、そういうふうに使われるのは忍びない」
一年前に起きた京都襲撃や五麟市炎上など、七星剣の狂暴性を示す事件は多い。そういった組織に強力な武具を渡せばどうなるかは、火を見るよりも明らかだ。
「幸い……というかこの隔者の性格なのだろうな。隔者の方も次の挑戦者を待っている。戦って負ければ潔く諦めるようだ」
隔者は武具の回収よりも、戦闘そのものを楽しんでいる。七星剣の命令があるとはいえ、武具自体の興味は薄いようだ。だからと言って、負けてくれといって応じる相手ではない。全力で挑み、勝利することが一番のようだ。
「相手は七星剣の武闘派だ。油断すれば一瞬でひっくり返されるから気をつけろよ」
相馬の言葉を受けながら、覚者達は会議室を出た。
鯨。
その大きさから、魚偏に京(10000000000000000)と言う名称を受けた生物である。捕鯨の歴史は古く、縄文時代には鯨の骨を利用した狩猟具や宗教的儀式で使われる器具などが発見されている。
その肉は食材として日本のみならず世界各国でも調理法が存在している。またヒゲクジラのヒゲはプラスチックに相応するほどの柔軟性を兼ね備えており、ゼンマイに利用されたほどである。
日本においても鯨のかかわりは深く、それを狩った者は戦士として認められると言われている。巨大なモノを狩るというのは、いつの時代でも語り継がれる浪漫なのだろう。かの歌川国芳も、宮本武蔵と鯨の対決を浮世絵に描くほどである。
そして鯨に関する敬意も深い。鯨を七福神の恵比寿と同一視し、水の神と祭る地域もある。鯨は狩る対象であると同時に、信仰の対象なのだ。そういった地域では鯨塚と呼ばれる鯨を奉る祠まである。そこはかつて鯨から得た物で生計が為された地域だ。
そしてそこには鯨の骨で作られた様々な武具が存在する。
●『雷太鼓』林・茉莉
鯨の御霊。その古妖を称するなら、それが妥当なのだろう。
それは鯨塚に祀られた鯨達の意志。混迷極めるこの時代において、強き戦士を求める存在。暴力を肯定するわけではないが、混乱を納めるには力が要る。彼らは戦士を求めていた。強き力を持つ存在を。そして彼らは強き戦士に武具を与えると告げた。
鯨骨で作られた武具。宗教的儀式の器具。
その報を聞き、駆け付けた人々。妖を討つため、平和を取り戻すため、私欲のため。様々な理由で戦士達はそこに集う。
そしてその戦士達すべてを制したのは――戦う事自体が目的の戦士だった。
「なんだいなんだい。これで終いかい? あたいはまだ物足りないんだけどね」
雷太鼓を背負ったその女性は、倒れ伏した覚者に向けて呆れた声を出した。戦士が集うと聞いてやってきたのに、この程度では物足りない。そう言いたげな声だ。
彼女の名前は林茉莉。日本最大の隔者組織『七星剣』の武闘派組織『拳華』の一員である。背負った太鼓とその雷撃の威力から『雷太鼓』と称されていた。
「まあいいさ。貰う者はもらっておこう。一応七星剣のオーダーだからね」
『この場を制するは汝らか。悪法で虐げる剣の報は聞こえている。汝らに譲り渡すのは業腹だが――それも時代の選択か』
鯨の御霊は不服そうに告げるが、それも已む無しと諦める。七星剣もまたこの時代に生きる存在。悪を為す存在が時代を制するのなら、それも仕方のない事と思い――
『待て。まだ挑む者はいる』
鯨の御霊は、未来に訪れるであろう戦士の存在を感知していた。
●FiVE
「目的は七星剣隔者に『鯨の供物』を渡さない事。端的に言えば連中に勝つことだ」
集まった覚者達を前に久方 相馬(nCL2000004)が告げる。念写で作られた映像には、海沿いの村と和太鼓を背負った少女が写されていた。
「この村は昔捕鯨を行っていて、村には鯨を祀る祠があるんだ。そこの祠に祀られた鯨の御霊がある日こういった。
『一番強い戦士に、ワシの骨で作られた武具を授けよう』……と」
老人の声真似をする相馬。ウケがよくなかったことを察し、咳払いして話を続ける。
「そうして集まった人たちの中に、七星剣の隔者がいた。隔者は破竹の勢いで他の人達に勝利して、その武具を会得することになった……というのが見た未来だ」
神や霊魂が人間に力を下賜する物語は少なくない。問題なのは――
「問題なのは武具を得るのが七星剣だという事だ。非合法な手段や暴力を良しとする連中にそういった武具が渡れば、彼らの力が増して痛い目を見る人が増えることになる。折角鯨が『人間の為に』と与えてくれた物が、そういうふうに使われるのは忍びない」
一年前に起きた京都襲撃や五麟市炎上など、七星剣の狂暴性を示す事件は多い。そういった組織に強力な武具を渡せばどうなるかは、火を見るよりも明らかだ。
「幸い……というかこの隔者の性格なのだろうな。隔者の方も次の挑戦者を待っている。戦って負ければ潔く諦めるようだ」
隔者は武具の回収よりも、戦闘そのものを楽しんでいる。七星剣の命令があるとはいえ、武具自体の興味は薄いようだ。だからと言って、負けてくれといって応じる相手ではない。全力で挑み、勝利することが一番のようだ。
「相手は七星剣の武闘派だ。油断すれば一瞬でひっくり返されるから気をつけろよ」
相馬の言葉を受けながら、覚者達は会議室を出た。
■シナリオ詳細
■成功条件
1.隔者七名の打破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
いそのー、けんかしようぜー。
●敵情報
・隔者(×7)
七星剣の武闘派『拳華』と呼ばれる派閥の隔者です。戦いになれば全員命数を使いますが、魂は使いません。倒れた相手を殺すつもりはありませんが、意図して自分達の味方を殺されればその限りではありません。
拙作『山に住む一本踏鞴を守る為 喧嘩の華をここで咲かそう』等で出てきていますが、話自体は独立しており読む必要はありません。倒すべき隔者の認識で問題ありません。
『雷太鼓』林・茉莉
天の付喪。一五歳女性。神具は背中に背負った和太鼓(楽器相当)。
喧嘩好き。とにかく強い相手と戦いたい隔者です。七星剣武闘派『拳華』と呼ばれる組織で年齢不相応ながら『姉御』と呼ばれています。
『機化硬』『林茉莉の喧嘩祭(※)』『雷獣』『活殺打』『霞纏』『恵比寿力』『電人』『絶対音感』などを活性化しています。
※
林茉莉の喧嘩祭 特遠敵味全 やたらに雷太鼓を叩き、周囲に稲妻を放ちます。仲間の数が少なくなると使ってきます。
『バーガータイム』麻生・勉
土の前世持ち。一八歳男性。ぽっちゃり……というかメタボ体質。常にハンバーガーを食べています。武器は大槌。
ゆっくりと喋る温厚タイプ。だけど信条は一撃必殺。暴力を振るうことに躊躇はしません。
『錬覇法』『鉄甲掌・還』『大震』『土纏』『毘沙門力』『マイナスイオン』『悪食』などを活性化しています。
『首切りウサギ』奧井・燕
火の獣憑(卯)。二五歳女性。和装に日本刀。頭のウサギ耳が無ければ、クール系女侍。
無口に切りかかってきます。速度に特化した一番槍。
『猛の一撃』『十六夜』『白夜』『福禄力』『灼熱化』『第六感』『火の心』等を活性化しています。
『水も滴る』佐伯・俊一
水の変化。四五歳男性。覚醒すると、二〇歳の優男に若返る。
回復役という役割上、慎重な判断を行うタイプ。どちらかというと頭脳派。武器は小型モバイル(書物相当)。
『B.O.T.』『潤しの雨』『潤しの滴』『超純水』『寿老力』『爽風之祝詞』『演舞・舞音』『ジェスチャー』『送受心』等を活性化しています。
『ジャングルの精霊』アギルダ・ヌジャイ
木の黄泉。一〇歳女性。アフリカ人。黒肌に白いワンピース。祖国の精霊と繫がりがあったとか。
奇妙に歪んだナイフ(術符相当)を持ち、踊るように術式を放ちます。
『破眼光』『仇華浸香』『清廉珀香』『葉纏』『布袋力』『交霊術』『同属把握』などを活性化しています。
『赤の鎧武者』渡辺・和夫
土の精霊顕現。全身を赤い和風鎧(重装冑相当)で身を包んでいます。中身は一五歳の男性。
防御の構えを取り、仲間の為に盾となります。
『五織の彩』『紫鋼塞』『鉄甲掌』『大黒力』『特防強化・弐』『痛覚遮断』『鉄心』等を活性化しています。
『ウォーターガンナー』清水・茜
水の翼人。十二才女性。水鉄砲(ハンドガン相当)を両手に戦います。水の心で冬でも水着装備。メタな事を言うと速度型です。
『エアブリット』『水龍牙』『氷巖華』『速度強化・弐』『恵比寿力』『水の心』『プロパル』等を活性化しています。
●NPC
・鯨の御霊
この地方で狩られた鯨の霊が祀られ、古妖となった存在です。混迷する人の世に助けを差し出すように、自らの骨を使った武具を強い戦士に進呈するつもりです。
祠上空を霊体として漂っています。大きさは二十メートルほど。
●場所情報
海沿いの村。そこにある鯨を祀る神社の境内。広さや足場は戦闘に支障ありません。見物客はたくさんいますが、攻撃範囲外に皆非難していますので意図して狙わない限りは巻き込まれません。時刻は昼。明かりの心配は不要です。
戦闘開始時、敵前衛に『麻生』『奧井』『渡辺』が、中衛に『アギルダ』『林』が、後衛に『佐伯』『清水』がいます。敵前衛との距離は十メートルとします。
事前付与は不可。鯨の御霊の開始合図とともに、戦闘開始です。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
150LP[+予約50LP]
150LP[+予約50LP]
参加人数
10/10
10/10
公開日
2017年02月09日
2017年02月09日
■メイン参加者 10人■
●
鯨の御霊が揺蕩う境内。御霊の元で座る七人の隔者。
『拳華』と呼ばれる七星剣の武闘派集団。彼らは最後の戦士を待っていた。
「お、来たか」
雷太鼓を背負った少女が境内に続く階段に視線を向ける。十名の覚者達が鳥居を潜り、境内に足を踏み入れた。
「また会いましたね、茉莉さん。前回の借りは、きっちり返させてもらいますよ!」
拳を握って突き出すようなポーズと共に『使命を持った少年』御白 小唄(CL2001173)が告げる。彼らと拳を合わせるのは何度目か。今回は負けないと気合を入れて、笑顔を向ける。その後で周囲に居る人達を見て、ため息をついた。
「それにしてもホント嫌になっちゃいますね。この件でも、僕たちの前にも散々戦ってたんでしょうけど、全員ピンピンしてるんですからね」
「アンタらも決戦の際には連戦で挑むだろうが。そいつに比べれば大したことないさ」
「『拳華』のみんなは初めましてかな? 渚だよ、よろしくね」
ぺこり、と一礼する『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)。学生服に保健委員の腕章とこれから戦うには不釣り合いな格好だが、見た目で実力を判断する者はここにはいない。むしろ『拳華』のことを知っているのなら、肝の座った態度とも取れる。
「あたいは林茉莉だ。よろしくな」
「はい。今日はよろしくお願いします」
「今日もよろしゅうな、茉莉!」
腕を組んで胸を張り、『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)が口を開く。鯨の武具には興味がないが、彼女が出張るのなら出ざるを得まい。この前負けた分はきっちり返させてもらおう。真っ直ぐに『雷太鼓』を指さした。
「こないだの借りは返さんとな。負けっぱなしでは女がすたる。今度はきっちり勝利するで!」
「いい啖呵だねえ。そういう言う所が大好きだよ」
「なんでこう喧嘩好きが多いのかなあ」
にらみ合う凛と『雷太鼓』を見ながら『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)が頭をかく。正直戦いは苦手だ。だが今回のような血生臭くない戦いは嫌いじゃない。正々堂々としたぶつかり合い。試合にも似た形式に少しだけ安堵する。
「まあ、痛いのは嫌なんだけど」
「安心しな。降伏して逃げるんなら狙わないでやるよ」
「逃げるわけないだろー! 折角の祭りだ! 喧嘩祭だー!」
元気良く拳を振り上げる『雷切』鹿ノ島・遥(CL2000227)。戦うことが好きな精神は、『拳華』の面々と共通している。拳を真っ直ぐにぶつけあい、喜びを共有できる相手。鯨の武具よりもその方が重要だった。
「今回は新顔もいるな。よっ、はじめまして! 鹿ノ島ってんだ。今回はよろしくな!」
「あ、ども。清水です。お手柔らかにお願いします」
「つーか、マジでガキ多いな。ストライクゾーンはそこのうさ耳ちゃんぐれぇか」
『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)は『拳華』の面々を見て、深くため息をついた。言いながら見た目や年齢だけを見ているわけではない。その体幹や体つきを見て、実力を推し量ろうとしていた。
「おい、そこの雷神。お前がカノシマの女か?」
「冗談だろ? こんなガサツな女を選ぶとか肝入りだね。精々が喧嘩友達だよ」
「なんというか、その関係はしっくりくるな」
俺はそんな仲は御免だが、と『慧眼の癒し手』香月 凜音(CL2000495)が肩をすくめた。殴り合いは好きじゃない凜音だが、何度も『拳華』の事件に首を突っ込んでいる。面倒な事とは思うが、どうにも放っておけないものがあった。
「なんというか、毎月の恒例行事だな。あんたらとの喧嘩は」
「そのうち病み付きになるぜ。もしかしたらもうなっているかもな」
「組織のことさえなければ、ね」
言ってため息をつく『スポーティ探偵』華神 悠乃(CL2000231)。個人的に彼女達との闘いは嫌いではないが、いろいろなしがらみが溝を作っている。その距離は近いようで遠い。拳で殴り合える距離であっても、踏み込みずらいほどに。
「……うん。殴ってから考えるか」
「鯨の武具を渡すわけにはいかないわ」
真っ直ぐに『雷太鼓』を見て三島 椿(CL2000061)が宣言する。それは七星剣の戦力強化を防ぐ意味合いもあるが、椿自身が自分の弱さを克服したいことも含まれていた。そして何よりも重要なのは、
「それに前回、貴方達に負けたのが悔しかった。だから勝つ」
「なるほど、雪辱戦でもあるのですね」
『希望を照らす灯』七海 灯(CL2000579)は親友の言葉に頷く。『拳華』とは初めて邂逅する為、『前回』のことは報告書でしか知らない。だが、友の言葉の内にある感情に気づき、そして奮い立つ。勝たなくてはいけない理由が、一つ増えた。
「参ります。鯨の武具は渡しません!」
「武具自体には興味はないけど、あんた等とやりあえるのなら上等だ」
言って立ち上がる『雷太鼓』。それに倣うように、他の隔者も立ち上がる。
戦いの開始を察して、負けた人達が移動する。彼らが全員巻き込まれない位置に移動した後に、鯨の御霊が大きく吼える。澄んだ咆哮が境内に響き渡った。
その音と共に、覚者と隔者が交差する。
●
「参ります!」
最初に動いたのは、灯だった。鎖分銅と鎌を手に『赤の鎧武者』に迫る。七星剣に鯨の武具が渡れば、彼らによって苦しむ者が増える。それは鯨の御霊とて本意ではない。そのような未来を防ぐために。ここで奮起せねば。
灯の鎖分銅が飛ぶ。それは円弧を描き相手の籠手に絡みつき、腕の動きを封じる。相手が動くよりも早く動き、その動きを封じる。戦術上最も重要な隔者を封じ、仲間に攻撃を委ねる。それが灯の戦い方だ。
「七星剣の武闘派、相手にとって不足無しです」
「私より速いとは。驚きですね」
「奥井さんも中々ですけどね!」
言葉と共に両手にガントレットをつけた小唄が敵陣に踏み込む。女性に殴り掛かるのは気が引けるが、相手はそう思われる方が失礼と思う類の人だ。そのせいもあってか、踏み込みに容赦はない。刀の間合の内側に入り込む。
あらゆる存在には重心がある。動き回ればそれは揺れて不安定になっていく。小唄は『首切りウサギ』を軽く押す。反射的に押し戻そうとする隔者の動きを利用して引き込むように投げ飛ばす。投げる瞬間に特殊な力を加え、強い圧力を相手に残した。
「手加減なんてしませんよ。初めから全力です!」
「上等! むしろ手を抜いたら殴り倒してやる!」
「どっちにしても殴るんだね」
『雷太鼓』の台詞に乾いた笑いを返す渚。喧嘩好きとは聞いていたが、その言葉通りの人だなと実感する。ここまで真っ直ぐな人は好感が持てるが、それと勝敗は別問題だ。きっちり勝って、そこからヒーラーとしての仕事をしよう。
『妖器・インブレス』から注射器を取り出し、両手の指の間に挟む渚。そのまま左右の腕を交互に振り、遠心力を乗せて注射器を投擲した。扇状に広がり飛ぶ注射器は前で戦う隔者に突き刺さり、注射器内の液体を注入していく。
「ヒーラーは大人しく後方支援……そんなの誰が決めたのかな?」
「いいね。戦場に出る医者はそうじゃなくちゃ」
「それじゃあ俺は回復に徹しておこう」
凜音は後ろに下がり、戦場を見渡し告げる。喧嘩や戦闘は好きではないが、なぜかこういう場所に赴いてしまう。怪我人が出るから行くのか、FiVEの命令だから行くのか、はたまた自分の前世の影響か。どうでもいい、とため息をついて思考を戦闘に戻す。
前世との繋がりを強く保ち、体内の源素を活性化させる。イメージするのは潤いの水。源素により生まれた小雨が覚者に降り注ぎ、隔者から受けた傷を癒していく。渇きから喉を満たす水のように、癒しの力が傷の痛みを消していく。
「相変わらず攻める余裕がないか。余裕ねえなあ」
「あっはっは。むしろあたいら相手に堪えているよ」
「そっちもよう堪えとるけどな!」
刀を振るいながら凛が叫ぶ。敵対する相手ではあるが、その顔には友好的な笑みが浮かんでいた。憎い相手ではなく、戦いたい相手に浮かべる笑み。殺意はないが、切っ先を向けることに躊躇はない。そんな剣士としての喜びの笑みだ。
一合、二合、三合。振るわれる刀は縦横無尽に。隔者の間を駆け抜けながら、舞うように振るわれる。焔陰流逆波。その動きは波の如く。流動的に駆け巡り、刀を振るう動の剣術。舞うは水飛沫ではなく、相手の血。
「今日はボンは前に出とるんか。ならさっさと退場してもらうで」
「その前にそちらも何人退場するかな」
「退場っていうのはいいよな。殺すじゃなくて。うん」
退場、の言葉に頷くジャック。戦闘不能になった相手は場から退く。それは命が無事であることと、治療される可能性があるという事だ。全ての闘いがそんな形ならいいのに。今までの闘いを振り返り、再び頷いた。
呼吸を整え、五感を活性化させる。場に満ちた血の色、心音、血の匂い、血の感触、そして味。その全てをジャックは感じ取る。その感覚がジャックの身体を強めていく。視界は赤く、感覚はクリアになっていく。
「お前の血はまずそうだなあ……!」
「不味いかどうか、吸いに来るかい? あたいは逃げやしないよ」
「うん。逃げるような性格じゃないよね」
これまで何度も『雷太鼓』と関わってきた悠乃が納得する。七星剣の武闘派組織。何度も抗戦し、その度に理解してきた相手。相手の攻め方も守り方もわかっている。なのにどうして――思考を戦闘に戻そう。考えても話しても仕方ない。
神具、辰の獣憑である肉体、そして戦闘経験。悠乃はそれらを駆使して隔者を攻める。インパクトの瞬間に竜の炎を生み出し、相手を燃やす。同時に竜の尾を振るって痛打を加えていく。攻撃は爪であり、炎であり、鱗であり。まさに竜の暴威の顕現。
「相変わらずこっちの動きを読んで動くね、あんたは」
「地味だけどこれが私のスタイルなのよ。お嫌い?」
「喧嘩に地味も卑怯ないよ! 殴り合って最後に立ってればいいのさ!」
「おうよ! オレの勉強の成果も見せてやる!」
『雷太鼓』の言葉に遥が拳を握って言葉を返す。勝つために為に策を練る。それはむしろ正当な手段だ。遥もまた強くなる為に勉学に励んだ。いろいろ苦労はしたが、自分が強くなった実感は確かにある。
読んだ本のままに、体を動かす意識を持つ。基礎となる肉体鍛錬は充分にある遥にとって、思うままに体を動かすことは造作もないこと。『肘で体を擦るように真っ直ぐに拳を突き出す』……教科書に乗せたいほどの『型』通りの突きが隔者に叩き込まれる。
「どうだ! オレの技は! 力は!」
「クセになりそうな一撃だね。お返しにあたいのも貰っていきな!」
「チマチマ突き合ってるんじゃねーよ。最強っての教えてやるぜ」
豪語して神具を構える刀嗣。粗野な言動と共に構える姿は、台詞とは真逆の美しい構えだった。最強の剣士というのがいるのならその答えがここにあるという構えだ。才能と修練、そして戦闘経験。磨かれた石を思わせる剣術の構え。
踏み込みは静かに、そして疾く。一陣の風を思わせる刀の動きに無駄はなく、斬撃の瞬間に込められた力は強く躊躇のない一撃だった。この程度は挨拶代わりとばかりに笑みを浮かべ、刀を翻す。続けざまに振るわれる刃の乱舞。
「櫻火真陰流、諏訪刀嗣だ。覚えて帰れよ」
「逢魔ヶ時とやりあった話は聞いてるよ。噂通り活きのいいヤツだね!」
「……そうね。同じ七星剣同士、彼とは交友があってもおかしくはない」
椿は『雷太鼓』の言葉に拳を強く握る。その隔者の名前には思う所があった。とはいえ今は関係ない、と首を振って意識から外す。余計なことを考えている余裕はあまりない。雪辱を晴らすべく『拳華』を強く見る。
境内に吹く風が椿の青い着物を揺らす。その風が収まるころには、椿の手に水の龍が宿っていた。解き放たれた龍は真っ直ぐに隔者に向かって飛び、圧倒的な質量ともって圧し掛かる。龍の顎が食らいつき、『拳華』の体力を奪う。
「FiVEの覚者として負けられない。何よりも私自身が負けたくない」
「いい啖呵にいい攻撃だ。あたいも負けられないね!」
互いの神具と共にぶつかり合う意志。
喧嘩という状況だからこそ伝わる強い思い。強さを求める意思、勝ちたいという意志、負けられないという意志。それらが攻撃の度に伝わってくる。
勿論、精神だけで勝負は決まらない。苛烈な攻防は覚者の肉体に傷を蓄積していく。
「きついなぁ、もう!」
「まだまだっ!」
「くっ……!」
凛、 悠乃、七海が体力を奪われ、命数を削られるほどの傷を負う。
だが傷の蓄積は覚者だけではない。
「く……! あとは任せます」
集中砲火を受けていた『赤の鎧武者』が崩れ落ち、『首切りウサギ』も命数を燃やしなんとか戦線を維持している状態だ。
鯨の御霊と敗れた戦士達が見守る中、覚者と隔者の闘いは加速していく。
●
「私は長くはもちません。――麻生!」
「はーい。どっせーい!」
集中砲火を受けている『首切りウサギ』は『バーガータイム』に声をかける。ハンマーを地面に叩きつけ、覚者達のバランスを崩す。ダメージこそないが、前衛のブロックに隙間ができた。そこに、
「参ります。お覚悟!」
隙間に割り込むように『首切りウサギ』が入り込む。集中砲火を受けることを覚悟し、中衛に刀が届く位置まで接敵した。
「このための大震……!」
「落ち着け! こんな奇襲は一度だけだ。全力で耐えろ!」
ジャックの言葉通り、ノックバックの確実性を考えれば一度きりの切り札に過ぎない。一度耐えれば二度目はそれほど効果は表れない戦法だ。
覚者中衛に刃の乱舞が走る。同時に『雷太鼓』の稲妻と『ウォーターガンナー』の水が襲い掛かった。
「こんな程度で!」
「ええ。負けるわけにはいかない」
渚と椿に痛打を与え、命数を奪った後に『首切りウサギ』は倒れ伏す。
「後衛(こっち)を狙わないんだな。回復役を狙うと思っていたが」
「その間にこっちが疲弊するからね。先に攻撃手を減らしておかないと持たないのさ」
凜音の問いかけに『雷太鼓』が答える。回復役を狙えば庇われるだろうことを考慮しての作戦だ。勿論、言葉通りに苛烈な覚者達の火力を減らさないと戦線維持ができないという事実もある。
「つーかお前さん達は十分強いだろうに、武具を欲するのはどうしてだ?」
「あたいより強い奴なんざたくさんいるさ」
なんとはなしに聞いた凜音の言葉に『雷太鼓』は笑って答えた。
「鯨の武具を取って来いっていったのは七星剣だけどね、強くなれるならあたいもそういう武具は使いたいね。
逆に聞くけど、アンタはどうなのさ。欲しくないのかい?」
「俺は回復担当なんで、武器とかは要らないのさ」
「欲がないね。鯨骨の祭器とかもらえるのに」
「そういうのは門外不出品じゃないのか?」
「やる気が出てきたかい? だったらあんたもあたいらと同じ。相応に強くなりたいってことさ」
『雷太鼓』の笑みに何とも言えない表情を浮かべる凜音。興味がわいたのは事実だが、喧嘩好きと同一視はされたくない。
(鯨か……)
悠乃は空に浮かぶ鯨の御霊のことを思った。少し視線を上に向けるだけで、そこに浮かぶ鯨を見ることが出来る。人間などとは比べ物にならないほどの大きさ。
(どれだけの人があの鯨に挑んで来たのだろう。あの大きさに挑むほどの勇気を持つ人達。きっと源素なんてなかっただろう時代に)
何時の時代でも難敵に挑む者はいる。時代が変わり武器が変わっても戦うという行為は変わらない。遠い過去の戦士達はどのような思いで戦いに挑んだのだろうか。あの鯨はそれを知っているのだろうか。
(様々なものを学んで吸収していきたい身としては、憧れるところはありますね)
意識を戦場に戻し、悠乃は拳を握る。時間にすれば一秒にも満たない思考。その思考の間に、はるか遠くの戦士を夢想していた。
「次は貴方です!」
「アンタは――へえ、猫の時の」
鎖を使って『雷太鼓』の動きを封じる灯。彼女の顔を見て『雷太鼓』は懐かしそうに呟いた。FiVEがまだ秘匿状態だったころ、とある依頼で出会っていたのだ。
「合縁奇縁とはよく言ったものだね。そうか、あの時の連中もFiVEだったのか。納得だよ」
「そうですね。七星剣だったとは驚きでした」
「全く。喧嘩したい奴ほどFiVEに居てくれるのは嬉しいことだね。七星剣(こっち)は殺伐してたり性格が悪かったりと散々だ」
「変わらないんですね、その性格。貴方はむしろFiVEよりの性格なのに」
喧嘩好きな覚者はFiVEにもいる。『雷太鼓』が七星剣の隔者という事実に、灯はいまだ違和感を覚える。
ここが戦場でなければ、昔話に花を咲かせていたかもしれない。
「楽しませろよハヤシィ!」
櫻火真陰流独特の歩法で迫り、刀を振るう刀嗣。『雷太鼓』は太鼓の撥で受け流す。だが初手は牽制。二度目の刃が鮮血を降らす。
「世界最強の剣を受けてみな!」
「あっはっは。世界最強とは大きく出たね! 大妖『斬鉄』でも相手する気なのかい?」
「いいねぇ。だがまずはお前らのボスからだ」
「ならあたいも手は抜けないね!」
爆ぜる稲妻が刀嗣に迫る。刀嗣はその稲妻を斬り裂き、さらに攻める。
「僕も行きます! 茉莉さん、お相手お願いしますね!」
ショットガントレットを構え、小唄が『雷太鼓』に語り掛ける。片方の腕を防御用に、もう片方の手を攻撃用に。弓を引くように体をねじり、その状態を維持したまま間合いを詰める。
「来な。しかしFiVEは本当に神秘探索組織なんだねぇ。狐の獣憑なんざ、最初この目で見るまで信じられなかったよ」
「へへ。触らせてあげませんよ」
「そりゃ残念。だったら狐狩りを楽しませてもらうよ!」
触れ合いそうな距離で軽口をたたきながら、しかし本気で拳をぶつけ合う小唄と『雷太鼓』。
「おおっと、あたしも忘れんといてな! ――焔陰流、穿光!」
真っ直ぐに刀を突き出す凛。鋭く放たれる突きは『雷太鼓』を中心に『拳華』の体力を奪っていく。
「一つ聞いてええか? もしあんたが誰かに負け続けたとしたら、勝つまで諦めんと挑み続けるか?」
「そりゃそうだろう。現にあんたらに負け越してるんだぜ、あたいら」
負け続けている事実を、むしろ楽しそうに笑う『雷太鼓』。FiVEと『拳華』、黒星の数は『拳華』の方が多い。だがそれを気にしている様子はなかった。
「昔の負けは負け。でもそれと今の喧嘩は関係ねぇ。今勝つために楽しむのさ!」
「よう言った。こっちも指の一本でも動く限りは決して諦めん。必ず勝利をもぎ取るで!」
「そうだ! 勝ちたいぞお前らに!」
強く拳を握って叫ぶ遥。勝利のために切磋琢磨する。それは武道家として当然の行動だ。体を鍛え、戦術を学び、経験を積む。たゆまぬ鍛錬こそが勝利の基礎。だが遥の求める者は勝利そのものではない。
「見せろ! お前らの技を、力を、想いを! 楽しみたい! 楽しませたい! お互いに!」
「はっ! あたいの稲妻じゃ楽しみには不足かい?」
「楽しい! だがもっとだ! 全てをぶつけあい! お互い笑える喧嘩をしよう!」
「ああ、あたいも楽しいよ。強くなるアンタらに稲妻をぶつけるこの瞬間が。拳を受ける瞬間が!」
「その上で勝つ! お前らに!」
「そいつは譲ってやれないね!」
「うん。バトルマニアにはついていけない所はあるかな」
頬をかきながらジャックが一歩引くように呟く。痛いのはヤだし、殴られて嬉しいとか思わない。平和が一番なのだが、どうにかならないものかなと改めて思う。
「強さって何なんだろうなぁ」
「――強サは、チカラ」
ジャックのつぶやきに『ジャングルの精霊』がたどたどしい日本語で応える。
「癒シ手のアナタは、治スのがチカラ」
「そうだな。俺は誰かが泣かないためにこの力を振るうんだ」
「――デモ」
変わらぬ口調で『ジャングルの精霊』は続ける。
「佐伯サンが癒スことで、アナタタチの傷ツク数が増エル」
「え?」
「戦場(ここ)ニ居ル以上、癒シも敵を傷つけるチカラの一つ。ソレを忘レナイデ」
真っ直ぐにジャックの目を見て告げる『ジャングルの精霊』。
「だけど!」
その言葉に反応したのは渚だった。彼女は死の境をさまよい、看護師により助けられている。治療行為に関して色々思う所はあった。
「誰かの命を救おうとするのはいいことだよ!」
「そうだな。その行為自体は褒められることだ」
渚の言葉に『ジャングルの精霊』を制し、『水も滴る』が口を挟む。
「だがアギルダの言葉も真理だ。殺人鬼が瀕死の重傷になった時、キミは躊躇なく癒せるか?」
「癒します」
「その殺人鬼が後に人を殺すかもしれないとしてもか?」
「……っ!」
かつて隔者に心臓を撃たれた渚は言葉を詰まらせる。
「いや、今のは意地が悪かった。だが忘れないでくれ。癒すという行為は生命にかかわる行為だ。その意味を強く理解してくれ」
「戦う事に意味があるように、癒すことにも意味がある」
椿は隔者の言葉にそう返す。ただ戦うだけでは。ただ癒すだけでは。それだけでは意味がない。自分の目的を果たす為ならその行為の先を見定めなければならない。
「何のために戦う? 何のために癒す? FiVEの若き戦士達」
戦いの先に欲するのは何か? その答えは既に椿は得ていた。
「手を伸ばし続ける友がいるから、隣に立ちたい友がいるから。守りたい、大切な人達がいるから」
椿の胸に浮かぶ人たち。それを想うたびに心が高揚する。強くなりたいという思いが溢れ出る。この手で、彼らを護りたい。その為に、強くなる。
「あたいの稲妻くらってけ!」
放たれる『雷太鼓』の稲妻。横なぎに払われる稲妻が覚者達の体力を奪う。
「流石茉莉さんです……一旦下がります!」
「景気いいじゃねぇか!」
雷に打たれた小唄と刀嗣が命数を燃やし、既に命数を燃やしていた凛、 悠乃、七海の三人が意識を失う。小唄は分散の意味も含めて一旦中衛に下がった。
「んじゃまあ、コイツでもくらってな!」
お返しとばかりに振るわれた刀嗣の一閃が『雷太鼓』を戦闘不能に追い込んだ。
「次はアギルダだ!」
「能力的にはむしろ後衛型だ。一気に攻めればすぐに落とせるぞ」
ジャックが次の目標を支持し、凜音が情報をスキャンして皆に伝達する。
「それじゃあそろそろ私はヒーラーに回るね」
疲弊してきた覚者の状況を見て、渚が回復役に移行する。怪我人に触れ、気を注入して傷を癒していく。
「んー。こうなると回復役を落とす方が先かなー? あっちの火力源はかなり減ったしー」
「おおっと! そうはさせないぜ!」
ハンマーの衝撃を貫通させ、中衛の渚を落とそうとする『バーガーターム』。だがそうはさせないと遥が庇った。前衛に刀嗣がいることもあって、貫通は渚までは通らない。こうなると、先に前衛を狙わざるを得ない。困った顔をする『バーガータイム』。
「女の子に手をあげるのは本意じゃないけど!」
小唄の拳が『ジャングルの精霊』の意識を奪う。相手は自分より年下の少女だが、その動きと精神はまぎれもない戦士だ。加減はできない。
「くそ……!」
『ウォーターガンナー』の氷柱の弾丸を受けて、刀嗣も倒れ伏す。
「これで邪魔な前衛は全て片付いたかなー」
「そうだな。だがそっちの前衛もこれで終わりだ!」
突き出された遥の拳が『バーガータイム』の腹部に突き立てられる。前衛で範囲攻撃に巻き込まれていた『バーガータイム』はその一撃で目を回して倒れた。
「これで私と清水君だけか。対してそっちは六名」
小唄、遥、渚、椿、凜音、ジャック。それぞれを目視する『水も滴る』。
「そっちに勝ち目はないやろ。大人しく今回は負けを認めてくれへん」
「認めないですよ」
「……よねぇ」
ジャックの降伏勧告を跳ね除ける『ウォーターガンナー』。予想通りとはいえ、こうも元気よく断れると虚しくなる。
『ウォーターガンナー』の水龍が遥の命数を削り、小唄と椿を戦闘不能に追い込む。『水も滴る』が放つ衝撃波が渚の胸を穿ち、体力を削り切った。
だが彼らの奮戦もそこまで。遥の正拳が『ウォーターガンナー』の意識を刈り取れば、残ったのは完全後衛型の『水も滴る』のみ。
「降伏勧告はしたんだ。恨むなよ!」
ジャックの『友人帳』が開かれる。そこに書かれた古妖の名前。彼らから力を借り、氷柱を生み出す。氷の槍は真っ直ぐに隔者に向かった。
「コイツで、終わり!」
ジャックの言葉が残響となって消え去ると同時、最後の隔者が倒れ伏した。
●
「やー、負けた負けた」
戦闘終了後、起き上がった『雷太鼓』が頭をかきながら笑う。負けて悔しいというよりは、思いっきり戦えてすっきりしたという顔だ。
『見事であった。汝らに我らの骨を授けよう。どう使うかは汝らの自由だ』
鯨の御霊の声が響くと同時にFiVEの覚者達の前に様々な武具や祭器が現れる。鈍器や剣、槍などだ。奇妙な形をした祭器もある。神具庫の技術があれば他の覚者に配れるほどの生産は可能だろう。
(この武具があれば、他の人達を守れる。少しずつ、前に進めている)
椿は鯨の武具を見ながら無言で思考する。もちろん、この武具だけで全てが解決するわけではない。ほんの少し道を進んだだけだ。伸ばした手が守れる範囲が、ほんの少し広がったに過ぎない。
『大丈夫。私はそばにいるから』
そんな椿の心中を察したかのように灯が思念で椿に語り掛ける。一人で守れなくとも、二人なら守れるかもしれない。そう言葉なく語り掛ける。
「鯨の御霊かぁ……これくらいの古妖になってくると、神様に近くなってくるのかな?」
『祀られている、という意味では神ともいえる。だがそこに上下はない。自然の中にある一つという意味で、我らも汝らも変わらぬ』
渚の疑問に答える鯨の御霊。日本において神とは自然そのものだ。自然への敬意と感謝が形となったに過ぎない。同じ星に生まれた、ただ大きさの違う命。
「ねえ、貴方は色々な戦士を見てきたのでしょう? その話を聞かせて」
鯨の御霊に悠乃が話しかける。遥か昔の戦士達。それを見てきた鯨からその話を聞けば、もう少し大きくなれるかもしれない。見ること、聞くこと、感じること。それが自分をより大きくするのだ。
「またそのうちやろうか」
「今日は退屈しなかった。次はタイマンでやれりゃあ言う事ねぇな」
「今度は組織とか抜きでな!」
凛と刀嗣と遥は『拳華』の面々に再戦を挑む。いい戦いができた。また同じような戦いがしたい。彼らの表情がそう語っていた。
「いいでしょう。次はこちらが勝ちます」
「タイマンてあたいとかい? 粋なこと言うじゃないか」
その言葉に『拳華』も答えて返す。負けた恨みというよりは、純粋な喧嘩好き以上の意図はない。
「あ、そういえば。『発明王の生まれ変わり』って知ってます?」
「あー……あたいの従兄弟だけど」
「確か、前の依頼の時に一緒にいたわよね」
小唄の質問に、何処か気が抜けたかのように答える『雷太鼓』。灯は『雷太鼓』とその二つ名の人が一緒にいたことを知っている。
「時々こっちに情報求めたりしてるぐらいで、あいつは七星剣とは無関係の普通の……すこしアレな……いろいろ迷惑かけてるならスマン」
「いきなり謝られても」
発明王何某の事を答えようとして、いきなり謝る『雷太鼓』。彼女からすれば迷惑な親戚といったところなのだろう。
鯨の武具を手に、帰路につく覚者達。神具庫に武具を渡したところ、いたく喜ばれた。
加工と生産には時間がかかるが、いずれ覚者達の元に鯨の武具が届くだろう。
鯨に敬意を抱き、祀った戦士達。その意思と共に武具は紡がれる。この時代の戦士達はその武具で何を為すのだろうか。
それは夢見すら見通せぬ未来の話。覚者達が切り開く未来に幸あらんことを――
鯨の御霊が揺蕩う境内。御霊の元で座る七人の隔者。
『拳華』と呼ばれる七星剣の武闘派集団。彼らは最後の戦士を待っていた。
「お、来たか」
雷太鼓を背負った少女が境内に続く階段に視線を向ける。十名の覚者達が鳥居を潜り、境内に足を踏み入れた。
「また会いましたね、茉莉さん。前回の借りは、きっちり返させてもらいますよ!」
拳を握って突き出すようなポーズと共に『使命を持った少年』御白 小唄(CL2001173)が告げる。彼らと拳を合わせるのは何度目か。今回は負けないと気合を入れて、笑顔を向ける。その後で周囲に居る人達を見て、ため息をついた。
「それにしてもホント嫌になっちゃいますね。この件でも、僕たちの前にも散々戦ってたんでしょうけど、全員ピンピンしてるんですからね」
「アンタらも決戦の際には連戦で挑むだろうが。そいつに比べれば大したことないさ」
「『拳華』のみんなは初めましてかな? 渚だよ、よろしくね」
ぺこり、と一礼する『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)。学生服に保健委員の腕章とこれから戦うには不釣り合いな格好だが、見た目で実力を判断する者はここにはいない。むしろ『拳華』のことを知っているのなら、肝の座った態度とも取れる。
「あたいは林茉莉だ。よろしくな」
「はい。今日はよろしくお願いします」
「今日もよろしゅうな、茉莉!」
腕を組んで胸を張り、『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)が口を開く。鯨の武具には興味がないが、彼女が出張るのなら出ざるを得まい。この前負けた分はきっちり返させてもらおう。真っ直ぐに『雷太鼓』を指さした。
「こないだの借りは返さんとな。負けっぱなしでは女がすたる。今度はきっちり勝利するで!」
「いい啖呵だねえ。そういう言う所が大好きだよ」
「なんでこう喧嘩好きが多いのかなあ」
にらみ合う凛と『雷太鼓』を見ながら『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)が頭をかく。正直戦いは苦手だ。だが今回のような血生臭くない戦いは嫌いじゃない。正々堂々としたぶつかり合い。試合にも似た形式に少しだけ安堵する。
「まあ、痛いのは嫌なんだけど」
「安心しな。降伏して逃げるんなら狙わないでやるよ」
「逃げるわけないだろー! 折角の祭りだ! 喧嘩祭だー!」
元気良く拳を振り上げる『雷切』鹿ノ島・遥(CL2000227)。戦うことが好きな精神は、『拳華』の面々と共通している。拳を真っ直ぐにぶつけあい、喜びを共有できる相手。鯨の武具よりもその方が重要だった。
「今回は新顔もいるな。よっ、はじめまして! 鹿ノ島ってんだ。今回はよろしくな!」
「あ、ども。清水です。お手柔らかにお願いします」
「つーか、マジでガキ多いな。ストライクゾーンはそこのうさ耳ちゃんぐれぇか」
『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)は『拳華』の面々を見て、深くため息をついた。言いながら見た目や年齢だけを見ているわけではない。その体幹や体つきを見て、実力を推し量ろうとしていた。
「おい、そこの雷神。お前がカノシマの女か?」
「冗談だろ? こんなガサツな女を選ぶとか肝入りだね。精々が喧嘩友達だよ」
「なんというか、その関係はしっくりくるな」
俺はそんな仲は御免だが、と『慧眼の癒し手』香月 凜音(CL2000495)が肩をすくめた。殴り合いは好きじゃない凜音だが、何度も『拳華』の事件に首を突っ込んでいる。面倒な事とは思うが、どうにも放っておけないものがあった。
「なんというか、毎月の恒例行事だな。あんたらとの喧嘩は」
「そのうち病み付きになるぜ。もしかしたらもうなっているかもな」
「組織のことさえなければ、ね」
言ってため息をつく『スポーティ探偵』華神 悠乃(CL2000231)。個人的に彼女達との闘いは嫌いではないが、いろいろなしがらみが溝を作っている。その距離は近いようで遠い。拳で殴り合える距離であっても、踏み込みずらいほどに。
「……うん。殴ってから考えるか」
「鯨の武具を渡すわけにはいかないわ」
真っ直ぐに『雷太鼓』を見て三島 椿(CL2000061)が宣言する。それは七星剣の戦力強化を防ぐ意味合いもあるが、椿自身が自分の弱さを克服したいことも含まれていた。そして何よりも重要なのは、
「それに前回、貴方達に負けたのが悔しかった。だから勝つ」
「なるほど、雪辱戦でもあるのですね」
『希望を照らす灯』七海 灯(CL2000579)は親友の言葉に頷く。『拳華』とは初めて邂逅する為、『前回』のことは報告書でしか知らない。だが、友の言葉の内にある感情に気づき、そして奮い立つ。勝たなくてはいけない理由が、一つ増えた。
「参ります。鯨の武具は渡しません!」
「武具自体には興味はないけど、あんた等とやりあえるのなら上等だ」
言って立ち上がる『雷太鼓』。それに倣うように、他の隔者も立ち上がる。
戦いの開始を察して、負けた人達が移動する。彼らが全員巻き込まれない位置に移動した後に、鯨の御霊が大きく吼える。澄んだ咆哮が境内に響き渡った。
その音と共に、覚者と隔者が交差する。
●
「参ります!」
最初に動いたのは、灯だった。鎖分銅と鎌を手に『赤の鎧武者』に迫る。七星剣に鯨の武具が渡れば、彼らによって苦しむ者が増える。それは鯨の御霊とて本意ではない。そのような未来を防ぐために。ここで奮起せねば。
灯の鎖分銅が飛ぶ。それは円弧を描き相手の籠手に絡みつき、腕の動きを封じる。相手が動くよりも早く動き、その動きを封じる。戦術上最も重要な隔者を封じ、仲間に攻撃を委ねる。それが灯の戦い方だ。
「七星剣の武闘派、相手にとって不足無しです」
「私より速いとは。驚きですね」
「奥井さんも中々ですけどね!」
言葉と共に両手にガントレットをつけた小唄が敵陣に踏み込む。女性に殴り掛かるのは気が引けるが、相手はそう思われる方が失礼と思う類の人だ。そのせいもあってか、踏み込みに容赦はない。刀の間合の内側に入り込む。
あらゆる存在には重心がある。動き回ればそれは揺れて不安定になっていく。小唄は『首切りウサギ』を軽く押す。反射的に押し戻そうとする隔者の動きを利用して引き込むように投げ飛ばす。投げる瞬間に特殊な力を加え、強い圧力を相手に残した。
「手加減なんてしませんよ。初めから全力です!」
「上等! むしろ手を抜いたら殴り倒してやる!」
「どっちにしても殴るんだね」
『雷太鼓』の台詞に乾いた笑いを返す渚。喧嘩好きとは聞いていたが、その言葉通りの人だなと実感する。ここまで真っ直ぐな人は好感が持てるが、それと勝敗は別問題だ。きっちり勝って、そこからヒーラーとしての仕事をしよう。
『妖器・インブレス』から注射器を取り出し、両手の指の間に挟む渚。そのまま左右の腕を交互に振り、遠心力を乗せて注射器を投擲した。扇状に広がり飛ぶ注射器は前で戦う隔者に突き刺さり、注射器内の液体を注入していく。
「ヒーラーは大人しく後方支援……そんなの誰が決めたのかな?」
「いいね。戦場に出る医者はそうじゃなくちゃ」
「それじゃあ俺は回復に徹しておこう」
凜音は後ろに下がり、戦場を見渡し告げる。喧嘩や戦闘は好きではないが、なぜかこういう場所に赴いてしまう。怪我人が出るから行くのか、FiVEの命令だから行くのか、はたまた自分の前世の影響か。どうでもいい、とため息をついて思考を戦闘に戻す。
前世との繋がりを強く保ち、体内の源素を活性化させる。イメージするのは潤いの水。源素により生まれた小雨が覚者に降り注ぎ、隔者から受けた傷を癒していく。渇きから喉を満たす水のように、癒しの力が傷の痛みを消していく。
「相変わらず攻める余裕がないか。余裕ねえなあ」
「あっはっは。むしろあたいら相手に堪えているよ」
「そっちもよう堪えとるけどな!」
刀を振るいながら凛が叫ぶ。敵対する相手ではあるが、その顔には友好的な笑みが浮かんでいた。憎い相手ではなく、戦いたい相手に浮かべる笑み。殺意はないが、切っ先を向けることに躊躇はない。そんな剣士としての喜びの笑みだ。
一合、二合、三合。振るわれる刀は縦横無尽に。隔者の間を駆け抜けながら、舞うように振るわれる。焔陰流逆波。その動きは波の如く。流動的に駆け巡り、刀を振るう動の剣術。舞うは水飛沫ではなく、相手の血。
「今日はボンは前に出とるんか。ならさっさと退場してもらうで」
「その前にそちらも何人退場するかな」
「退場っていうのはいいよな。殺すじゃなくて。うん」
退場、の言葉に頷くジャック。戦闘不能になった相手は場から退く。それは命が無事であることと、治療される可能性があるという事だ。全ての闘いがそんな形ならいいのに。今までの闘いを振り返り、再び頷いた。
呼吸を整え、五感を活性化させる。場に満ちた血の色、心音、血の匂い、血の感触、そして味。その全てをジャックは感じ取る。その感覚がジャックの身体を強めていく。視界は赤く、感覚はクリアになっていく。
「お前の血はまずそうだなあ……!」
「不味いかどうか、吸いに来るかい? あたいは逃げやしないよ」
「うん。逃げるような性格じゃないよね」
これまで何度も『雷太鼓』と関わってきた悠乃が納得する。七星剣の武闘派組織。何度も抗戦し、その度に理解してきた相手。相手の攻め方も守り方もわかっている。なのにどうして――思考を戦闘に戻そう。考えても話しても仕方ない。
神具、辰の獣憑である肉体、そして戦闘経験。悠乃はそれらを駆使して隔者を攻める。インパクトの瞬間に竜の炎を生み出し、相手を燃やす。同時に竜の尾を振るって痛打を加えていく。攻撃は爪であり、炎であり、鱗であり。まさに竜の暴威の顕現。
「相変わらずこっちの動きを読んで動くね、あんたは」
「地味だけどこれが私のスタイルなのよ。お嫌い?」
「喧嘩に地味も卑怯ないよ! 殴り合って最後に立ってればいいのさ!」
「おうよ! オレの勉強の成果も見せてやる!」
『雷太鼓』の言葉に遥が拳を握って言葉を返す。勝つために為に策を練る。それはむしろ正当な手段だ。遥もまた強くなる為に勉学に励んだ。いろいろ苦労はしたが、自分が強くなった実感は確かにある。
読んだ本のままに、体を動かす意識を持つ。基礎となる肉体鍛錬は充分にある遥にとって、思うままに体を動かすことは造作もないこと。『肘で体を擦るように真っ直ぐに拳を突き出す』……教科書に乗せたいほどの『型』通りの突きが隔者に叩き込まれる。
「どうだ! オレの技は! 力は!」
「クセになりそうな一撃だね。お返しにあたいのも貰っていきな!」
「チマチマ突き合ってるんじゃねーよ。最強っての教えてやるぜ」
豪語して神具を構える刀嗣。粗野な言動と共に構える姿は、台詞とは真逆の美しい構えだった。最強の剣士というのがいるのならその答えがここにあるという構えだ。才能と修練、そして戦闘経験。磨かれた石を思わせる剣術の構え。
踏み込みは静かに、そして疾く。一陣の風を思わせる刀の動きに無駄はなく、斬撃の瞬間に込められた力は強く躊躇のない一撃だった。この程度は挨拶代わりとばかりに笑みを浮かべ、刀を翻す。続けざまに振るわれる刃の乱舞。
「櫻火真陰流、諏訪刀嗣だ。覚えて帰れよ」
「逢魔ヶ時とやりあった話は聞いてるよ。噂通り活きのいいヤツだね!」
「……そうね。同じ七星剣同士、彼とは交友があってもおかしくはない」
椿は『雷太鼓』の言葉に拳を強く握る。その隔者の名前には思う所があった。とはいえ今は関係ない、と首を振って意識から外す。余計なことを考えている余裕はあまりない。雪辱を晴らすべく『拳華』を強く見る。
境内に吹く風が椿の青い着物を揺らす。その風が収まるころには、椿の手に水の龍が宿っていた。解き放たれた龍は真っ直ぐに隔者に向かって飛び、圧倒的な質量ともって圧し掛かる。龍の顎が食らいつき、『拳華』の体力を奪う。
「FiVEの覚者として負けられない。何よりも私自身が負けたくない」
「いい啖呵にいい攻撃だ。あたいも負けられないね!」
互いの神具と共にぶつかり合う意志。
喧嘩という状況だからこそ伝わる強い思い。強さを求める意思、勝ちたいという意志、負けられないという意志。それらが攻撃の度に伝わってくる。
勿論、精神だけで勝負は決まらない。苛烈な攻防は覚者の肉体に傷を蓄積していく。
「きついなぁ、もう!」
「まだまだっ!」
「くっ……!」
凛、 悠乃、七海が体力を奪われ、命数を削られるほどの傷を負う。
だが傷の蓄積は覚者だけではない。
「く……! あとは任せます」
集中砲火を受けていた『赤の鎧武者』が崩れ落ち、『首切りウサギ』も命数を燃やしなんとか戦線を維持している状態だ。
鯨の御霊と敗れた戦士達が見守る中、覚者と隔者の闘いは加速していく。
●
「私は長くはもちません。――麻生!」
「はーい。どっせーい!」
集中砲火を受けている『首切りウサギ』は『バーガータイム』に声をかける。ハンマーを地面に叩きつけ、覚者達のバランスを崩す。ダメージこそないが、前衛のブロックに隙間ができた。そこに、
「参ります。お覚悟!」
隙間に割り込むように『首切りウサギ』が入り込む。集中砲火を受けることを覚悟し、中衛に刀が届く位置まで接敵した。
「このための大震……!」
「落ち着け! こんな奇襲は一度だけだ。全力で耐えろ!」
ジャックの言葉通り、ノックバックの確実性を考えれば一度きりの切り札に過ぎない。一度耐えれば二度目はそれほど効果は表れない戦法だ。
覚者中衛に刃の乱舞が走る。同時に『雷太鼓』の稲妻と『ウォーターガンナー』の水が襲い掛かった。
「こんな程度で!」
「ええ。負けるわけにはいかない」
渚と椿に痛打を与え、命数を奪った後に『首切りウサギ』は倒れ伏す。
「後衛(こっち)を狙わないんだな。回復役を狙うと思っていたが」
「その間にこっちが疲弊するからね。先に攻撃手を減らしておかないと持たないのさ」
凜音の問いかけに『雷太鼓』が答える。回復役を狙えば庇われるだろうことを考慮しての作戦だ。勿論、言葉通りに苛烈な覚者達の火力を減らさないと戦線維持ができないという事実もある。
「つーかお前さん達は十分強いだろうに、武具を欲するのはどうしてだ?」
「あたいより強い奴なんざたくさんいるさ」
なんとはなしに聞いた凜音の言葉に『雷太鼓』は笑って答えた。
「鯨の武具を取って来いっていったのは七星剣だけどね、強くなれるならあたいもそういう武具は使いたいね。
逆に聞くけど、アンタはどうなのさ。欲しくないのかい?」
「俺は回復担当なんで、武器とかは要らないのさ」
「欲がないね。鯨骨の祭器とかもらえるのに」
「そういうのは門外不出品じゃないのか?」
「やる気が出てきたかい? だったらあんたもあたいらと同じ。相応に強くなりたいってことさ」
『雷太鼓』の笑みに何とも言えない表情を浮かべる凜音。興味がわいたのは事実だが、喧嘩好きと同一視はされたくない。
(鯨か……)
悠乃は空に浮かぶ鯨の御霊のことを思った。少し視線を上に向けるだけで、そこに浮かぶ鯨を見ることが出来る。人間などとは比べ物にならないほどの大きさ。
(どれだけの人があの鯨に挑んで来たのだろう。あの大きさに挑むほどの勇気を持つ人達。きっと源素なんてなかっただろう時代に)
何時の時代でも難敵に挑む者はいる。時代が変わり武器が変わっても戦うという行為は変わらない。遠い過去の戦士達はどのような思いで戦いに挑んだのだろうか。あの鯨はそれを知っているのだろうか。
(様々なものを学んで吸収していきたい身としては、憧れるところはありますね)
意識を戦場に戻し、悠乃は拳を握る。時間にすれば一秒にも満たない思考。その思考の間に、はるか遠くの戦士を夢想していた。
「次は貴方です!」
「アンタは――へえ、猫の時の」
鎖を使って『雷太鼓』の動きを封じる灯。彼女の顔を見て『雷太鼓』は懐かしそうに呟いた。FiVEがまだ秘匿状態だったころ、とある依頼で出会っていたのだ。
「合縁奇縁とはよく言ったものだね。そうか、あの時の連中もFiVEだったのか。納得だよ」
「そうですね。七星剣だったとは驚きでした」
「全く。喧嘩したい奴ほどFiVEに居てくれるのは嬉しいことだね。七星剣(こっち)は殺伐してたり性格が悪かったりと散々だ」
「変わらないんですね、その性格。貴方はむしろFiVEよりの性格なのに」
喧嘩好きな覚者はFiVEにもいる。『雷太鼓』が七星剣の隔者という事実に、灯はいまだ違和感を覚える。
ここが戦場でなければ、昔話に花を咲かせていたかもしれない。
「楽しませろよハヤシィ!」
櫻火真陰流独特の歩法で迫り、刀を振るう刀嗣。『雷太鼓』は太鼓の撥で受け流す。だが初手は牽制。二度目の刃が鮮血を降らす。
「世界最強の剣を受けてみな!」
「あっはっは。世界最強とは大きく出たね! 大妖『斬鉄』でも相手する気なのかい?」
「いいねぇ。だがまずはお前らのボスからだ」
「ならあたいも手は抜けないね!」
爆ぜる稲妻が刀嗣に迫る。刀嗣はその稲妻を斬り裂き、さらに攻める。
「僕も行きます! 茉莉さん、お相手お願いしますね!」
ショットガントレットを構え、小唄が『雷太鼓』に語り掛ける。片方の腕を防御用に、もう片方の手を攻撃用に。弓を引くように体をねじり、その状態を維持したまま間合いを詰める。
「来な。しかしFiVEは本当に神秘探索組織なんだねぇ。狐の獣憑なんざ、最初この目で見るまで信じられなかったよ」
「へへ。触らせてあげませんよ」
「そりゃ残念。だったら狐狩りを楽しませてもらうよ!」
触れ合いそうな距離で軽口をたたきながら、しかし本気で拳をぶつけ合う小唄と『雷太鼓』。
「おおっと、あたしも忘れんといてな! ――焔陰流、穿光!」
真っ直ぐに刀を突き出す凛。鋭く放たれる突きは『雷太鼓』を中心に『拳華』の体力を奪っていく。
「一つ聞いてええか? もしあんたが誰かに負け続けたとしたら、勝つまで諦めんと挑み続けるか?」
「そりゃそうだろう。現にあんたらに負け越してるんだぜ、あたいら」
負け続けている事実を、むしろ楽しそうに笑う『雷太鼓』。FiVEと『拳華』、黒星の数は『拳華』の方が多い。だがそれを気にしている様子はなかった。
「昔の負けは負け。でもそれと今の喧嘩は関係ねぇ。今勝つために楽しむのさ!」
「よう言った。こっちも指の一本でも動く限りは決して諦めん。必ず勝利をもぎ取るで!」
「そうだ! 勝ちたいぞお前らに!」
強く拳を握って叫ぶ遥。勝利のために切磋琢磨する。それは武道家として当然の行動だ。体を鍛え、戦術を学び、経験を積む。たゆまぬ鍛錬こそが勝利の基礎。だが遥の求める者は勝利そのものではない。
「見せろ! お前らの技を、力を、想いを! 楽しみたい! 楽しませたい! お互いに!」
「はっ! あたいの稲妻じゃ楽しみには不足かい?」
「楽しい! だがもっとだ! 全てをぶつけあい! お互い笑える喧嘩をしよう!」
「ああ、あたいも楽しいよ。強くなるアンタらに稲妻をぶつけるこの瞬間が。拳を受ける瞬間が!」
「その上で勝つ! お前らに!」
「そいつは譲ってやれないね!」
「うん。バトルマニアにはついていけない所はあるかな」
頬をかきながらジャックが一歩引くように呟く。痛いのはヤだし、殴られて嬉しいとか思わない。平和が一番なのだが、どうにかならないものかなと改めて思う。
「強さって何なんだろうなぁ」
「――強サは、チカラ」
ジャックのつぶやきに『ジャングルの精霊』がたどたどしい日本語で応える。
「癒シ手のアナタは、治スのがチカラ」
「そうだな。俺は誰かが泣かないためにこの力を振るうんだ」
「――デモ」
変わらぬ口調で『ジャングルの精霊』は続ける。
「佐伯サンが癒スことで、アナタタチの傷ツク数が増エル」
「え?」
「戦場(ここ)ニ居ル以上、癒シも敵を傷つけるチカラの一つ。ソレを忘レナイデ」
真っ直ぐにジャックの目を見て告げる『ジャングルの精霊』。
「だけど!」
その言葉に反応したのは渚だった。彼女は死の境をさまよい、看護師により助けられている。治療行為に関して色々思う所はあった。
「誰かの命を救おうとするのはいいことだよ!」
「そうだな。その行為自体は褒められることだ」
渚の言葉に『ジャングルの精霊』を制し、『水も滴る』が口を挟む。
「だがアギルダの言葉も真理だ。殺人鬼が瀕死の重傷になった時、キミは躊躇なく癒せるか?」
「癒します」
「その殺人鬼が後に人を殺すかもしれないとしてもか?」
「……っ!」
かつて隔者に心臓を撃たれた渚は言葉を詰まらせる。
「いや、今のは意地が悪かった。だが忘れないでくれ。癒すという行為は生命にかかわる行為だ。その意味を強く理解してくれ」
「戦う事に意味があるように、癒すことにも意味がある」
椿は隔者の言葉にそう返す。ただ戦うだけでは。ただ癒すだけでは。それだけでは意味がない。自分の目的を果たす為ならその行為の先を見定めなければならない。
「何のために戦う? 何のために癒す? FiVEの若き戦士達」
戦いの先に欲するのは何か? その答えは既に椿は得ていた。
「手を伸ばし続ける友がいるから、隣に立ちたい友がいるから。守りたい、大切な人達がいるから」
椿の胸に浮かぶ人たち。それを想うたびに心が高揚する。強くなりたいという思いが溢れ出る。この手で、彼らを護りたい。その為に、強くなる。
「あたいの稲妻くらってけ!」
放たれる『雷太鼓』の稲妻。横なぎに払われる稲妻が覚者達の体力を奪う。
「流石茉莉さんです……一旦下がります!」
「景気いいじゃねぇか!」
雷に打たれた小唄と刀嗣が命数を燃やし、既に命数を燃やしていた凛、 悠乃、七海の三人が意識を失う。小唄は分散の意味も含めて一旦中衛に下がった。
「んじゃまあ、コイツでもくらってな!」
お返しとばかりに振るわれた刀嗣の一閃が『雷太鼓』を戦闘不能に追い込んだ。
「次はアギルダだ!」
「能力的にはむしろ後衛型だ。一気に攻めればすぐに落とせるぞ」
ジャックが次の目標を支持し、凜音が情報をスキャンして皆に伝達する。
「それじゃあそろそろ私はヒーラーに回るね」
疲弊してきた覚者の状況を見て、渚が回復役に移行する。怪我人に触れ、気を注入して傷を癒していく。
「んー。こうなると回復役を落とす方が先かなー? あっちの火力源はかなり減ったしー」
「おおっと! そうはさせないぜ!」
ハンマーの衝撃を貫通させ、中衛の渚を落とそうとする『バーガーターム』。だがそうはさせないと遥が庇った。前衛に刀嗣がいることもあって、貫通は渚までは通らない。こうなると、先に前衛を狙わざるを得ない。困った顔をする『バーガータイム』。
「女の子に手をあげるのは本意じゃないけど!」
小唄の拳が『ジャングルの精霊』の意識を奪う。相手は自分より年下の少女だが、その動きと精神はまぎれもない戦士だ。加減はできない。
「くそ……!」
『ウォーターガンナー』の氷柱の弾丸を受けて、刀嗣も倒れ伏す。
「これで邪魔な前衛は全て片付いたかなー」
「そうだな。だがそっちの前衛もこれで終わりだ!」
突き出された遥の拳が『バーガータイム』の腹部に突き立てられる。前衛で範囲攻撃に巻き込まれていた『バーガータイム』はその一撃で目を回して倒れた。
「これで私と清水君だけか。対してそっちは六名」
小唄、遥、渚、椿、凜音、ジャック。それぞれを目視する『水も滴る』。
「そっちに勝ち目はないやろ。大人しく今回は負けを認めてくれへん」
「認めないですよ」
「……よねぇ」
ジャックの降伏勧告を跳ね除ける『ウォーターガンナー』。予想通りとはいえ、こうも元気よく断れると虚しくなる。
『ウォーターガンナー』の水龍が遥の命数を削り、小唄と椿を戦闘不能に追い込む。『水も滴る』が放つ衝撃波が渚の胸を穿ち、体力を削り切った。
だが彼らの奮戦もそこまで。遥の正拳が『ウォーターガンナー』の意識を刈り取れば、残ったのは完全後衛型の『水も滴る』のみ。
「降伏勧告はしたんだ。恨むなよ!」
ジャックの『友人帳』が開かれる。そこに書かれた古妖の名前。彼らから力を借り、氷柱を生み出す。氷の槍は真っ直ぐに隔者に向かった。
「コイツで、終わり!」
ジャックの言葉が残響となって消え去ると同時、最後の隔者が倒れ伏した。
●
「やー、負けた負けた」
戦闘終了後、起き上がった『雷太鼓』が頭をかきながら笑う。負けて悔しいというよりは、思いっきり戦えてすっきりしたという顔だ。
『見事であった。汝らに我らの骨を授けよう。どう使うかは汝らの自由だ』
鯨の御霊の声が響くと同時にFiVEの覚者達の前に様々な武具や祭器が現れる。鈍器や剣、槍などだ。奇妙な形をした祭器もある。神具庫の技術があれば他の覚者に配れるほどの生産は可能だろう。
(この武具があれば、他の人達を守れる。少しずつ、前に進めている)
椿は鯨の武具を見ながら無言で思考する。もちろん、この武具だけで全てが解決するわけではない。ほんの少し道を進んだだけだ。伸ばした手が守れる範囲が、ほんの少し広がったに過ぎない。
『大丈夫。私はそばにいるから』
そんな椿の心中を察したかのように灯が思念で椿に語り掛ける。一人で守れなくとも、二人なら守れるかもしれない。そう言葉なく語り掛ける。
「鯨の御霊かぁ……これくらいの古妖になってくると、神様に近くなってくるのかな?」
『祀られている、という意味では神ともいえる。だがそこに上下はない。自然の中にある一つという意味で、我らも汝らも変わらぬ』
渚の疑問に答える鯨の御霊。日本において神とは自然そのものだ。自然への敬意と感謝が形となったに過ぎない。同じ星に生まれた、ただ大きさの違う命。
「ねえ、貴方は色々な戦士を見てきたのでしょう? その話を聞かせて」
鯨の御霊に悠乃が話しかける。遥か昔の戦士達。それを見てきた鯨からその話を聞けば、もう少し大きくなれるかもしれない。見ること、聞くこと、感じること。それが自分をより大きくするのだ。
「またそのうちやろうか」
「今日は退屈しなかった。次はタイマンでやれりゃあ言う事ねぇな」
「今度は組織とか抜きでな!」
凛と刀嗣と遥は『拳華』の面々に再戦を挑む。いい戦いができた。また同じような戦いがしたい。彼らの表情がそう語っていた。
「いいでしょう。次はこちらが勝ちます」
「タイマンてあたいとかい? 粋なこと言うじゃないか」
その言葉に『拳華』も答えて返す。負けた恨みというよりは、純粋な喧嘩好き以上の意図はない。
「あ、そういえば。『発明王の生まれ変わり』って知ってます?」
「あー……あたいの従兄弟だけど」
「確か、前の依頼の時に一緒にいたわよね」
小唄の質問に、何処か気が抜けたかのように答える『雷太鼓』。灯は『雷太鼓』とその二つ名の人が一緒にいたことを知っている。
「時々こっちに情報求めたりしてるぐらいで、あいつは七星剣とは無関係の普通の……すこしアレな……いろいろ迷惑かけてるならスマン」
「いきなり謝られても」
発明王何某の事を答えようとして、いきなり謝る『雷太鼓』。彼女からすれば迷惑な親戚といったところなのだろう。
鯨の武具を手に、帰路につく覚者達。神具庫に武具を渡したところ、いたく喜ばれた。
加工と生産には時間がかかるが、いずれ覚者達の元に鯨の武具が届くだろう。
鯨に敬意を抱き、祀った戦士達。その意思と共に武具は紡がれる。この時代の戦士達はその武具で何を為すのだろうか。
それは夢見すら見通せぬ未来の話。覚者達が切り開く未来に幸あらんことを――
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
EX BATTLE 六戦五勝一敗――
Go to NEXT STAGE!
Go to NEXT STAGE!








