覚者として、人として
●
とある休日の昼間、五麟市に程近い街中。
ターミナル駅前には商店街や歓楽街、オフィスビルや公共施設が立ち並び、辺りは若者やサラリーマン、買い物客でごった返している。
いつも通りの日常は、しかし、妖の出現によって破られた。
「ブオオオオオオオオオ!!」
「う、うわあああ!」
「ヒュルルルルルルルル!!」
「きゃああああああ!」
無力な人々を、虫を潰すかのごとく狩り立てる妖たち。
街を行き交う市民の声は、たちまち悲鳴へと変わった。
●
「何!? 街中に出現した妖の群れが市民を襲っている!?」
FiVEに寄せられた救援要請の報告に、中 恭介(nCL2000002)は顔色を変えた。
「くそっ……動ける覚者を手配しろ! 大至急だ!!」
内線の受話器を手に、スタッフに緊急の指示を飛ばすと、恭介は険しい表情で頭を抱える。
(新年早々、恐れた事態が起こってしまったか……)
妖や古妖、隔者に憤怒者――彼ら特異的存在が引き起こす事件は、夢見の因子を持つ者によって予知され、FiVEやAAAが派遣する覚者によって未然に防がれている。
とはいえ、ここ日本で毎日のように発生するこうした事件を、一つ残さず予知することは、夢見といえど不可能だ。結果、ごく稀に、夢見が予知し得ない事象――「取りこぼし」が発生してしまう。
「現地からのメールは? ……分かった、今確認する」
PCを立ち上げ、現地から送られたメールに目を通す恭介。そこには、ヘッドランプを出鱈目に明滅させて歩道を暴れ回る2台の自動車と、渦を巻いて歩行者天国の通行人を吹き飛ばす、2つの小さな竜巻の姿があった。
(出現した妖は、全部で4匹。物質系と自然系の混成だな)
恐らく、自然発生したランク1の妖だろう。FiVEの覚者にとっては野良猫レベルの相手だが、未発現の市民にとっては飢えたライオンと大差ない。
「警察と消防にも出動要請を。妖の撃破が確認されるまで、絶対に立ち入るなと伝えろ」
部下へ指示を出し終えると、恭介はデスクの椅子にもたれかかる。
(出来ることは全てやった。30分もすれば派遣した覚者が妖を撃破するだろう。だが……)
だが、それまでに何人が犠牲になる? 10人? 100人?
手を拱いているしかない自分の無力さに、恭介は思わず歯噛みする。
せめて、せめて誰か――
「覚者が一人でも、現地にいてくれれば……!」
●
同時刻、事件が起こった街中。
その日、その時、その場所に、偶然「彼ら」は居合わせた。
妖どもが我が物顔で暴れ回る街中に、本当に偶然に。
街の人々が逃げ惑うなかを、「彼ら」もまた動き出す。
ある者は静かに、ある者は急ぎ足で。
彼らが居合わせた理由は?
仕事かもしれないし、買い物かもしれない。依頼帰りの鬱憤晴らしかもしれない。
彼らが動いた理由は?
妖が暴れているから。怪我人を助けたいから。事件が面白そうだから。
きっとそこには、十人十色の答えがあるだろう。
年齢、性別、職業、戦う理由……
その全てが異なるであろう彼らはいま、たったひとつだけ同じ事を考えていた。
この悲劇を回避できるのは、自分たち――FiVEの覚者だけだ。
とある休日の昼間、五麟市に程近い街中。
ターミナル駅前には商店街や歓楽街、オフィスビルや公共施設が立ち並び、辺りは若者やサラリーマン、買い物客でごった返している。
いつも通りの日常は、しかし、妖の出現によって破られた。
「ブオオオオオオオオオ!!」
「う、うわあああ!」
「ヒュルルルルルルルル!!」
「きゃああああああ!」
無力な人々を、虫を潰すかのごとく狩り立てる妖たち。
街を行き交う市民の声は、たちまち悲鳴へと変わった。
●
「何!? 街中に出現した妖の群れが市民を襲っている!?」
FiVEに寄せられた救援要請の報告に、中 恭介(nCL2000002)は顔色を変えた。
「くそっ……動ける覚者を手配しろ! 大至急だ!!」
内線の受話器を手に、スタッフに緊急の指示を飛ばすと、恭介は険しい表情で頭を抱える。
(新年早々、恐れた事態が起こってしまったか……)
妖や古妖、隔者に憤怒者――彼ら特異的存在が引き起こす事件は、夢見の因子を持つ者によって予知され、FiVEやAAAが派遣する覚者によって未然に防がれている。
とはいえ、ここ日本で毎日のように発生するこうした事件を、一つ残さず予知することは、夢見といえど不可能だ。結果、ごく稀に、夢見が予知し得ない事象――「取りこぼし」が発生してしまう。
「現地からのメールは? ……分かった、今確認する」
PCを立ち上げ、現地から送られたメールに目を通す恭介。そこには、ヘッドランプを出鱈目に明滅させて歩道を暴れ回る2台の自動車と、渦を巻いて歩行者天国の通行人を吹き飛ばす、2つの小さな竜巻の姿があった。
(出現した妖は、全部で4匹。物質系と自然系の混成だな)
恐らく、自然発生したランク1の妖だろう。FiVEの覚者にとっては野良猫レベルの相手だが、未発現の市民にとっては飢えたライオンと大差ない。
「警察と消防にも出動要請を。妖の撃破が確認されるまで、絶対に立ち入るなと伝えろ」
部下へ指示を出し終えると、恭介はデスクの椅子にもたれかかる。
(出来ることは全てやった。30分もすれば派遣した覚者が妖を撃破するだろう。だが……)
だが、それまでに何人が犠牲になる? 10人? 100人?
手を拱いているしかない自分の無力さに、恭介は思わず歯噛みする。
せめて、せめて誰か――
「覚者が一人でも、現地にいてくれれば……!」
●
同時刻、事件が起こった街中。
その日、その時、その場所に、偶然「彼ら」は居合わせた。
妖どもが我が物顔で暴れ回る街中に、本当に偶然に。
街の人々が逃げ惑うなかを、「彼ら」もまた動き出す。
ある者は静かに、ある者は急ぎ足で。
彼らが居合わせた理由は?
仕事かもしれないし、買い物かもしれない。依頼帰りの鬱憤晴らしかもしれない。
彼らが動いた理由は?
妖が暴れているから。怪我人を助けたいから。事件が面白そうだから。
きっとそこには、十人十色の答えがあるだろう。
年齢、性別、職業、戦う理由……
その全てが異なるであろう彼らはいま、たったひとつだけ同じ事を考えていた。
この悲劇を回避できるのは、自分たち――FiVEの覚者だけだ。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖の撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
このシナリオは夢見を介さない依頼のため、各種道具や地図の用意、事前打ち合わせの連携行動などは行えません。プレイング作成の際はご注意ください。
●状況
休日昼間の街中に、妖が出現しました。
キャラクターは何らかの理由でこの場に居合わせ、事件に巻き込まれた状態です。
街にいる他の覚者と共に、すべての妖を撃破してください。
撃破後は、現場到着したFiVEとAAAの職員が収拾にあたります。
●ロケーション
五麟市に程近いターミナル駅前の街中。
商店街や歓楽街、オフィスや公共施設が立ち並び、様々な人々が行き交っています。
敵は駅前傍の道路に2匹、さらに数メートル離れた歩行者天国に2匹存在します。
妖の周囲は逃げ惑う人々で混乱に陥っており、負傷者があちこちに倒れています。
キャラクターのスタート地点については、街中であれば特に制限は設けません。
現場に居合わせたシチュエーション(どんな場所で何をしていたか等)についても、
判定上の有利が発生しない範囲であれば、自由に設定して構いません。
●敵
暴れ車 × 2
妖化した無人乗用車。物質系、ランク1です。
駅前傍の道路に出現し、手当たり次第に通行人を跳ね飛ばそうとします。
・攻撃
体当たり:物近単
ボディプレス:物近列
キリサキ × 2
子供サイズの竜巻。自然系、ランク1です。
歩行者天国に出現し、市民を無差別に攻撃します。
・攻撃
風斬り:特近単
風鉄砲:特遠単
●補足
この依頼では、キャラクターは市民を巻き込まず戦うことを前提として描写します。
従って、「安全に注意して戦う」「市民から離れて戦う」等の立ち回りについて、
プレイングに記述して頂く必要はありません。
※
一般市民への攻撃行為は、FiVEの規則で禁止されています。
意図的に市民を巻き込むような攻撃行動をプレイングで指定する場合、
監視等のペナルティ判定が課されるリスクを考慮したうえで行って下さい。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2017年01月31日
2017年01月31日
■メイン参加者 6人■

●
冬の休日、五麟に程近い駅前の繁華街。
通り沿いのカフェテラスで、黒いスーツに身を包んだ中年の男が、注文したコーヒーをそっと口に含んだ。挽きたてのコーヒー豆が織り成す重厚な香りが、男の疲れた脳を心地よく刺激する。
「良い豆を使っているな。素晴らしい香りだ」
男の名は八重霞 頼蔵(CL2000693)。FiVEに籍を置く私立探偵だ。
彼は今、業務を終えた息継ぎに、駅前のカフェでのひと時を満喫している最中だった。
「今日はいい日だ。実によい日」
彼の探偵業は情報の質と量が命だが、その多くは単純なルーチンによって収集される。
歩き、集め、纏める。大別すればこの3つだ。
(適度な休憩が後の効率に繋がる。大事なのは緩急だ)
白昼の日差しが、頼蔵の体を優しく照らす。午後の仕事に備え、今はこの一時を楽しもう――
だが、この時の頼蔵は知らなかった。
今日という日が、彼にとって散々な一日となることを。
●
「やった♪ 今日は運がいいね」
『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)は、行きつけのCDショップで会心の笑みを浮かべていた。メインストリートに面したこの店は、店主が掘り出し物を破格で仕入れてくる、隠れた穴場なのだ。
(探してたレアなCDが手に入って良かった。これがあるから、お店巡りはやめられないのよね)
会計を済ませ、ほくほく顔で店を出ると、歩行者天国は人々で賑わっていた。休日の午後をどうやって過ごそうか、御菓子は楽しそうにあれこれと悩む。
(歩行者天国をぶらぶらして、お茶して、妹にお土産買って……)
この街は、五麟に近いという立地条件から、御菓子のような五麟関係者もよく立ち寄るようだ。
実際この時、『慈悲の黒翼』天野 澄香(CL2000194)も、通りのブティックでバーゲン品を品定めしているところだった。
「私のサイズに合いそうな服、なかなか見つからないですね……」
成人の大学生でありながら、澄香は中学生と言っても通用しそうな外見をしている。
初対面の相手から若く見られる事など日常茶飯事。彼女自身それを上手く利用もするのだが、色々と面倒が多いのも事実だ。特に面倒なものの一つが、服選びだった。
店先に並んでいる服は、ティーン用のものが中心だった。良いデザインの品ばかりだが、澄香が着るには少々気恥ずかしい。
(なかなか、合う服がありませんね)
そんなことを考えていると、澄香の思考がふと途切れた。彼女の超直観が、何かを告げた気がしたのだ。
(……うん? いま一瞬、妖の気配を感じたような)
ふと後ろを振り返るも、歩行者天国は賑わいと活気にあふれ、妖の気配など感じられない。目を引くものといえば、鼻歌を歌って歩く、桃色のウルフカットの少年くらいだ。
「ふんふーん、ふんふーん……」
少年とは彼、天乃 カナタ(CL2001451)のことである。
カナタは特に目当てがあるでもなく、プライベートで街中をブラついていた。
つい先ほど、通りで妙な違和感を感じるまでは。
(おっかしーな。確かにこの辺で、ピンと来たと思ったんだけどな。俺の超直観が)
カナタの目つきが一瞬、少年からハンターのそれに変わる。
どんな些細な異変も見逃すまいと周囲に捨て眼を利かすも、それらしき予兆は捉えられない。
(ん、気のせいか。ところで昼メシ何にすっかなー。今はどこも混んでそうだし――)
だが次の瞬間、カナタの思考を遮る事態が起こった。
一陣の突風が吹いたかと思うと、ふいに目の前が影で暗くなったのだ。
「あん?」
怪訝に思って前方の空を見上げると、「大」の字をした何かが、太陽の光を遮っていた。
雲ではない。それは人だった。
「ちょっ」
落下してきた男をとっさに受け止め、尻餅をつくカナタ。
何事かと前方を見やると、渦を巻く風がふたつ、竜巻に姿を変えるのが見えた。
「「ヒュルルルルル!」」
歩行者天国を、突然の2つの竜巻が荒れ狂う。
竜巻はまるで意思を持つかのように、手当たり次第に人々を吹き飛ばし始めた。
それと同時に、少し離れた駅前の道路でも――
「「プアアアアア!」」
無人の自動車2台が、咆哮めいたクラクションを鳴らして、通行人を襲い始めたのだ。
タイヤのけたたましいスキール音とガラスの派手な破砕音が、平和な日常を恐怖で塗り潰した。
街中の歓声が突然消え、悲鳴がそれに取って代わる。
「ちっ、やっぱりかよ! なんてツイて無いんだ……俺……」
カナタは自分の不運を嘆きつつ、人ごみをかきわけ妖怪へ駆け寄った。
●
「これは一体……どういうことですか!?」
『希望を照らす灯』七海 灯(CL2000579)は混乱していた。
街で買い物をと思い、電車を降りた灯の耳に飛び込んできたのは、街ゆく人々の悲鳴だった。
何事かと駅から飛び出た灯が目にしたのは、街を逃げ惑う人々の姿。
そして、血を流してあちこちに倒れ込む負傷者と、我が物顔で暴れる自動車の妖だ。
しかもあろうことか、応戦する覚者の姿が一人も見えない。
(まさか……「取りこぼし」!?)
いつだったか、灯はFiVEで聞いた事があった。夢見の能力は万能ではなく、ごく稀に、予知をすり抜けて妖が発生するケースがあると……
ならばこの状況を放置すれば、街中は犠牲者で埋め尽くされてしまう。
(どうやら、一刻の猶予もありませんね)
灯はすぐさま覚醒し、発光とワーズ・ワースを発動。まずは動ける人の避難が最優先だ。
「FiVEの覚者です! 動ける人は、建物に入って身を守って!」
灯の声が、駅前の道路に木霊する。人々の悲鳴が、ぴたりと止んだ。
その場の視線がいっせいに、発光スキルで輝く灯に注がれる。
「妖は私が何とかします! 怪我人を連れて避難してください! 必ず助けますから!」
灯は知っている。命の危機に晒された人間は、理性ではなく生存本能で動くことを。
だから彼女は、必要な情報だけを伝えた。大声で、繰り返し、簡潔に。
そんな灯の行動が功を奏し、人々は次々とビルの中へと入っていく。
「次は、奴らを落とさなければ……」
鎖鎌を握り締め、妖を睨みつける灯。
その時、彼女の脳内に送受心・改でメッセージが送られてきた。
『七海さん……聞こえる……? アタシ、いま雑貨屋の前にいるよ……』
灯が背後の通りに視線を送ると、そこにひとりの少女が立っていた。
『ホワイトガーベラ』明石 ミュエル(CL2000172)。灯と同じ、FiVEの覚者だ。
「明石さん!」
「お買い物してたら……外で、すごい音がして……」
灯の顔が輝いた。地獄に仏とは、まさにこの事だ。
ミュエルもすぐに状況を察したらしく、陶器の脚でコンクリートを蹴り、灯と合流した。
「今日は書くこと……いっぱいありそう……」
覚醒したミュエルの手には、小さなノートが握られていた。
これは彼女が自身の戦いの記録を綴ったもので、戦いの際には常に携行している。
「加勢するよ……よろしくね……」
「こちらこそ。これ以上、妖の好きにはさせません!」
武器を手に、妖と対峙するミュエルと灯。
「ブオオオオ……」
妖もまた、ふたりが単なる得物ではないと気付いたらしい。
唸るような低音でエンジンをふかし、盛んに威嚇してきた。
明滅するヘッドランプが、血に濡れたボンネットを怪しく照らす。
「パアアアアアア!!」
妖の1匹が体当たりし、立て続けに灯とミュエルの体力を削る。
路上の自転車が巻き添えをくらい、派手な音とともに吹き飛んだ。
「七海さん……大丈夫……?」
ミュエルが樹の雫で灯の傷を塞いでゆく。BSの付与も懸念したが、心配はなさそうだ。
しかし、息をつく間はない。妖が横一列の隊形を組み、再びミュエルと灯に突進してきた。
2人はアスファルトを踏みしめ、突進を食い止める。
「落ちなさい!」
返す刃で発動した、灯の地烈が直撃。分銅が空を斬り、妖のモノコックボディが音を立てて歪む。
だが妖は全く怖気づくことなく、戦いを楽しむように執拗に体当たりを繰り返してくる。
「くっ……! 時間がないというのに!」
灯は先程、歩行者天国の方角からも大勢の市民が避難してくるのを目にしていた。
それは即ち、歩行者天国にも妖が発生し、人々を襲っていることを意味する。
(路上には、まだ怪我人が取り残されている。とても私たち2人では……)
そんな灯の考えを察したように、隣でミュエルが柔らかく笑った。
「大丈夫……ほら、あれ……」
ミュエルが指差した先から、聞きなれた仲間達の声が聞こえてきた。
歩行者天国の方角からだ。
「FiVEの覚者です! 動ける人は、急いでビルに入って!」
「とっととくたばれ、こいつ!」
「大丈夫!? 怪我人は、わたしが治療するから!」
自分達だけではない。同じ思いで戦っている仲間が、ここにはいる。
「七海さん……やっちゃおう……」
「そうですね、明石さん」
決意を湛えた笑顔で、灯はミュエルに頷き返した。
「皆さんが安心して休日を過ごせるよう、早く片付けてしまいましょう!」
●
「大変なことになりました……」
ブティックの前で一部始終を目にした澄香は、タロットカードを手に覚醒した。
以前ならば躊躇ったかもしれない。だが、今の自分は戦う術を持っている。
(助けなきゃ。私にはそれができるはず)
妖は2匹。本能のままに人間を襲っている事から、ランク1の低級妖だろう。
人の群れをかきわけ、転んだ人を起こし、妖の元へ駆け寄る澄香。
程なくして人ごみが開けた先ではウルフカットの少年――カナタがB.O.T.で応戦していた。
「とっととくたばれ、こいつ!!」
対する妖は、先ほどからカナタに集中攻撃を加えている。
それを見た澄香は、妖1匹の横からエアブリットを叩き込んだ。
「私も加勢します!」
「おっ、応援か!? サンキューな!」
カナタが顔を輝かせた。そこへ新たに、御菓子が駆けつける。
「ふたりとも、大丈夫!?」
潤しの雨でカナタの傷を癒すと、御菓子は妖をキッと睨みつけた。
「絶対に許さないから! 覚悟しなさい!」
温和な御菓子が、これほど怒りを露にすることは珍しい。
彼女は妖とも分かり合う日が来ると信じている。だが、襲ってくる相手にまで首を差し出すほどお人好しではない。
「妖は私が引き受けます!」と澄香。
「わたしは怪我人を治療するよ!」と御菓子。
「よっしゃー! 避難誘導と支援は任せろ!」とカナタ。
必要な役割を確認し合い、3人はすぐさま行動に出た。
澄香が仇華浸香を発動。甘い毒を孕んだ香りが、2匹の妖を包み込む。
「動ける人、すぐに建物に入って、身を守って!」
御菓子が降らせた潤しの雨が、妖の手にかかった人々の傷を癒していった。
「さっさと逃げろー! 動ける奴は、動けない奴を助けてやれー!」
カナタが取り残された老人と子供を両脇に抱え、負傷者を背負い、大声で避難を促す。御菓子の手が回らないところを、癒しの滴でフォローすることも忘れない。
街の外から、けたたましいサイレンが幾重にも重なって響いてくるのが聞こえた。警察と消防の到着だ。おそらく、じきにFiVEの応援部隊も到着するだろう。
「もうすぐ助かるぞー! 諦めんなー!」
カナタは大声を張り上げながら、担いだ者達を傍のビルに避難させ、戦線へと復帰した。
それと同時に、澄香がエアブリットで妖の1匹を消し飛ばす。
「ヒュルルゥ……」
「避難誘導は完了だぜ。そっちは大丈夫か?」
「何とか。車の妖は、他の方々が止めているようです」
「待ってて、いま治療するね」
御菓子が潤しの雨で澄香とカナタを回復していると、ワーズ・ワースを発動した灯の声が、駅前の方角から聞こえてきた。
「安心して下さい! 妖は私達が倒します!」
それを聞いた3人の心にも、勇気の明かりが点る。
「……ええ、倒しましょう。私達で!」
「おうよ!」
「残り1匹! 暴れる前に終わらせるよ!」
御菓子の水龍牙が、妖に命中。鈍い衝撃音が聞こえ、風の勢いが目に見えて弱まる。
澄香の付与した虚弱が、じわじわと効果を見せているようだ。
「効いているようですね。もう好きにはさせません!」
「そーだ! 落ちろー!」
「ヒュルルー!!」
澄香とカナタが、エアブリットとB.O.T.を立て続けに発射。
集中砲火を浴びた妖は、断末魔と共にあえなく消滅した。
●
頼蔵は目の前の面倒事に関わる気はなかった。
今日という一日は、私立探偵として過ごす。そう決めていたのだから。
実際彼は、注文した一杯を飲み終えて、さっさとこの場を立ち去るつもりだった。
だというのに、だ。
「……ふむ。これは参った」
頼蔵は倒れたテーブルを見下ろしながら呟いた。
その傍には、妖が吹き飛ばした自転車のスクラップが、コーヒーカップの破片に覆い被さるように転がっている。
「カップが割れているね。おや、スーツと手にも少し飛沫が」
ぽつりと独り言を呟くも、その言葉は誰の耳にも届かない。
客も店員も、とっくにビルの中に退避済みだからだ。そして、それは真に幸いだったと言えよう。
彼らが今の頼蔵を見たら、腰を抜かして避難どころではなかったに違いない。
「はははは、折角よい気分で合ったのにな」
乾いた声で笑いながら、頼蔵は飛沫を払った。
覚醒した頼蔵の黒い双眸に、爬虫類めいた冷酷な光が宿る。
――殺す。
天駆発動。掌中には相棒のハンドガンだ。
拳銃の照星が、妖のボンネットを捉えた。
●
灯・ミュエル組と対峙した妖たちは、すでに瀕死の状態だった。
タイヤはパンクし、ライトは割れ、ボディは灯の分銅によって原型を留めぬ程に歪んでいる。
程なくして、この戦いは2人の勝利で終わるだろう。
「これで、終わり……」
ミュエルが跳躍。アベイユ・ヴィオレの鋭い一撃が、バンパーの隙間を刺し貫いた。
妖の一匹は断末魔めいてエンジンをふかすも、やがて動かなくなり、元の車へと戻った。
「七海さん、ケガは……?」
「大丈夫、まだいけます」
「一応、回復するね……早く……みんなと――」
武器を引き抜き、ミュエルが樹の雫を発動しようとした、その時だった。
「……! 明石さん、危ない!」
「ブオオオオオオ!!」
最後の1匹が、ミュエル目がけて捨て身の体当たりを繰り出してきた。
手傷を負い、仲間を討たれたことで死を悟ったのだろう。一切の保身を排した、無茶苦茶な突撃だった。正面から衝突され、ビルに叩きつけられるミュエル。衝撃でビルのガラスが割れ、輝く破片が降り注ぐ。
「ぐ……っ!」
不意を食らったとはいえ、ミュエルはベテランの覚者だ。反射的なガードによって、大したダメージは負っていない。
だがこの時、彼女は見てしまった。フロントガラスに反射して映る、足を怪我した子供の姿を。
(このまま脇に避けたら……巻き込んじゃう……!)
子供は割れたガラスを隔てたビルの中。恐らく、ケガを負って必死に逃げたのだろう。緊張が切れたのか、ミュエルの背中を呆然と見つめている。
「ブオオオオオ!!」
妖は力ずくでミュエルを押し潰そうと、アスファルトをかみながら、タイヤを強引に回転させる。
必死に押し返そうとするミュエル。だが、徐々にミュエルが力負けし、後ろへと押され始めた。
「くっ!」
間に合うか――灯がビルのガラスを叩き割り、子供を救出しようとした時だった。
「やあ妖君。憩いの一時を台無しにしてくれて有難う。此れは御礼だ」
ズドォン
鈍い破裂音が響き、妖の車体がガクンと止まった。
「……?」
子供を安全な場所へと移し、恐る恐る車体を確認する灯。
そこにあるのは、トランクに開いた風穴から煙を吹く、ただのスクラップ車だった。
「終わっ……た?」
「そのようですね」
唖然とするミュエルに、灯が頷く。
子供に気が取られ気付かなかったが、トドメの一撃は、明らかに覚者の銃撃によるものだ。
(一体、誰が……)
それとなく周囲を見回すも、辺りは妖が討たれたことで俄かに慌ただしくなっていた。確認は困難だろう。聞き覚えがあった声のような気もするが、必死だったので記憶は曖昧だ。
「明石さん、お疲れ様」
「七海さんも……それと、皆にも……」
にっこりと笑って、歩行者天国に視線を送るミュエル。
その先には、手を振りながら走ってくる澄香たちの姿が見えた。
一方、用件を済ませた頼蔵は、喧騒を背にカフェへと戻っていた。
「失礼。会計が済んでいなかったね」
頼蔵は支払いを済ませ、襟を正して街の雑踏へと消えた。面倒事には関わらないに限る。
まったく、とんだ一日だ。午後の仕事に差し支えてしまう――
●
それから警察と消防に報告を済ませ、澄香は現場を後にした。
覚者たちの迅速な対応により、死者はゼロ。複数名が負傷者の治療にあたった甲斐あって、重傷者も皆無だったそうだ。
特段行く宛てもなく駅前を歩いていると、道端のベンチに腰かける灯とミュエルが目に入った。
「2人とも、お疲れ様。FiVEには?」
「さっき連絡したよ……中さんが、ありがとう、って……」
澄香はそれを聞いてようやく、終わったのだと実感した。
「こういう事態、初めてだけど……夢見さんの予知の裏で、もっとあるかも、なんだよね……」
心構え、しとかなきゃ。ノートを手にぽつりと呟くミュエルに、灯が頷く。
「ええ。夢見の予知も万能では無いのだと思い知らされますね……」
おそらく今後も、同じような事件は発生することだろう。そしてその時――
(その時私達は、覚者として、人として、何が出来るのでしょうか)
灯の問いに答える者は、誰もいない。
透き通るような青空の下、無数のパトランプが路上で回っていた。
冬の休日、五麟に程近い駅前の繁華街。
通り沿いのカフェテラスで、黒いスーツに身を包んだ中年の男が、注文したコーヒーをそっと口に含んだ。挽きたてのコーヒー豆が織り成す重厚な香りが、男の疲れた脳を心地よく刺激する。
「良い豆を使っているな。素晴らしい香りだ」
男の名は八重霞 頼蔵(CL2000693)。FiVEに籍を置く私立探偵だ。
彼は今、業務を終えた息継ぎに、駅前のカフェでのひと時を満喫している最中だった。
「今日はいい日だ。実によい日」
彼の探偵業は情報の質と量が命だが、その多くは単純なルーチンによって収集される。
歩き、集め、纏める。大別すればこの3つだ。
(適度な休憩が後の効率に繋がる。大事なのは緩急だ)
白昼の日差しが、頼蔵の体を優しく照らす。午後の仕事に備え、今はこの一時を楽しもう――
だが、この時の頼蔵は知らなかった。
今日という日が、彼にとって散々な一日となることを。
●
「やった♪ 今日は運がいいね」
『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)は、行きつけのCDショップで会心の笑みを浮かべていた。メインストリートに面したこの店は、店主が掘り出し物を破格で仕入れてくる、隠れた穴場なのだ。
(探してたレアなCDが手に入って良かった。これがあるから、お店巡りはやめられないのよね)
会計を済ませ、ほくほく顔で店を出ると、歩行者天国は人々で賑わっていた。休日の午後をどうやって過ごそうか、御菓子は楽しそうにあれこれと悩む。
(歩行者天国をぶらぶらして、お茶して、妹にお土産買って……)
この街は、五麟に近いという立地条件から、御菓子のような五麟関係者もよく立ち寄るようだ。
実際この時、『慈悲の黒翼』天野 澄香(CL2000194)も、通りのブティックでバーゲン品を品定めしているところだった。
「私のサイズに合いそうな服、なかなか見つからないですね……」
成人の大学生でありながら、澄香は中学生と言っても通用しそうな外見をしている。
初対面の相手から若く見られる事など日常茶飯事。彼女自身それを上手く利用もするのだが、色々と面倒が多いのも事実だ。特に面倒なものの一つが、服選びだった。
店先に並んでいる服は、ティーン用のものが中心だった。良いデザインの品ばかりだが、澄香が着るには少々気恥ずかしい。
(なかなか、合う服がありませんね)
そんなことを考えていると、澄香の思考がふと途切れた。彼女の超直観が、何かを告げた気がしたのだ。
(……うん? いま一瞬、妖の気配を感じたような)
ふと後ろを振り返るも、歩行者天国は賑わいと活気にあふれ、妖の気配など感じられない。目を引くものといえば、鼻歌を歌って歩く、桃色のウルフカットの少年くらいだ。
「ふんふーん、ふんふーん……」
少年とは彼、天乃 カナタ(CL2001451)のことである。
カナタは特に目当てがあるでもなく、プライベートで街中をブラついていた。
つい先ほど、通りで妙な違和感を感じるまでは。
(おっかしーな。確かにこの辺で、ピンと来たと思ったんだけどな。俺の超直観が)
カナタの目つきが一瞬、少年からハンターのそれに変わる。
どんな些細な異変も見逃すまいと周囲に捨て眼を利かすも、それらしき予兆は捉えられない。
(ん、気のせいか。ところで昼メシ何にすっかなー。今はどこも混んでそうだし――)
だが次の瞬間、カナタの思考を遮る事態が起こった。
一陣の突風が吹いたかと思うと、ふいに目の前が影で暗くなったのだ。
「あん?」
怪訝に思って前方の空を見上げると、「大」の字をした何かが、太陽の光を遮っていた。
雲ではない。それは人だった。
「ちょっ」
落下してきた男をとっさに受け止め、尻餅をつくカナタ。
何事かと前方を見やると、渦を巻く風がふたつ、竜巻に姿を変えるのが見えた。
「「ヒュルルルルル!」」
歩行者天国を、突然の2つの竜巻が荒れ狂う。
竜巻はまるで意思を持つかのように、手当たり次第に人々を吹き飛ばし始めた。
それと同時に、少し離れた駅前の道路でも――
「「プアアアアア!」」
無人の自動車2台が、咆哮めいたクラクションを鳴らして、通行人を襲い始めたのだ。
タイヤのけたたましいスキール音とガラスの派手な破砕音が、平和な日常を恐怖で塗り潰した。
街中の歓声が突然消え、悲鳴がそれに取って代わる。
「ちっ、やっぱりかよ! なんてツイて無いんだ……俺……」
カナタは自分の不運を嘆きつつ、人ごみをかきわけ妖怪へ駆け寄った。
●
「これは一体……どういうことですか!?」
『希望を照らす灯』七海 灯(CL2000579)は混乱していた。
街で買い物をと思い、電車を降りた灯の耳に飛び込んできたのは、街ゆく人々の悲鳴だった。
何事かと駅から飛び出た灯が目にしたのは、街を逃げ惑う人々の姿。
そして、血を流してあちこちに倒れ込む負傷者と、我が物顔で暴れる自動車の妖だ。
しかもあろうことか、応戦する覚者の姿が一人も見えない。
(まさか……「取りこぼし」!?)
いつだったか、灯はFiVEで聞いた事があった。夢見の能力は万能ではなく、ごく稀に、予知をすり抜けて妖が発生するケースがあると……
ならばこの状況を放置すれば、街中は犠牲者で埋め尽くされてしまう。
(どうやら、一刻の猶予もありませんね)
灯はすぐさま覚醒し、発光とワーズ・ワースを発動。まずは動ける人の避難が最優先だ。
「FiVEの覚者です! 動ける人は、建物に入って身を守って!」
灯の声が、駅前の道路に木霊する。人々の悲鳴が、ぴたりと止んだ。
その場の視線がいっせいに、発光スキルで輝く灯に注がれる。
「妖は私が何とかします! 怪我人を連れて避難してください! 必ず助けますから!」
灯は知っている。命の危機に晒された人間は、理性ではなく生存本能で動くことを。
だから彼女は、必要な情報だけを伝えた。大声で、繰り返し、簡潔に。
そんな灯の行動が功を奏し、人々は次々とビルの中へと入っていく。
「次は、奴らを落とさなければ……」
鎖鎌を握り締め、妖を睨みつける灯。
その時、彼女の脳内に送受心・改でメッセージが送られてきた。
『七海さん……聞こえる……? アタシ、いま雑貨屋の前にいるよ……』
灯が背後の通りに視線を送ると、そこにひとりの少女が立っていた。
『ホワイトガーベラ』明石 ミュエル(CL2000172)。灯と同じ、FiVEの覚者だ。
「明石さん!」
「お買い物してたら……外で、すごい音がして……」
灯の顔が輝いた。地獄に仏とは、まさにこの事だ。
ミュエルもすぐに状況を察したらしく、陶器の脚でコンクリートを蹴り、灯と合流した。
「今日は書くこと……いっぱいありそう……」
覚醒したミュエルの手には、小さなノートが握られていた。
これは彼女が自身の戦いの記録を綴ったもので、戦いの際には常に携行している。
「加勢するよ……よろしくね……」
「こちらこそ。これ以上、妖の好きにはさせません!」
武器を手に、妖と対峙するミュエルと灯。
「ブオオオオ……」
妖もまた、ふたりが単なる得物ではないと気付いたらしい。
唸るような低音でエンジンをふかし、盛んに威嚇してきた。
明滅するヘッドランプが、血に濡れたボンネットを怪しく照らす。
「パアアアアアア!!」
妖の1匹が体当たりし、立て続けに灯とミュエルの体力を削る。
路上の自転車が巻き添えをくらい、派手な音とともに吹き飛んだ。
「七海さん……大丈夫……?」
ミュエルが樹の雫で灯の傷を塞いでゆく。BSの付与も懸念したが、心配はなさそうだ。
しかし、息をつく間はない。妖が横一列の隊形を組み、再びミュエルと灯に突進してきた。
2人はアスファルトを踏みしめ、突進を食い止める。
「落ちなさい!」
返す刃で発動した、灯の地烈が直撃。分銅が空を斬り、妖のモノコックボディが音を立てて歪む。
だが妖は全く怖気づくことなく、戦いを楽しむように執拗に体当たりを繰り返してくる。
「くっ……! 時間がないというのに!」
灯は先程、歩行者天国の方角からも大勢の市民が避難してくるのを目にしていた。
それは即ち、歩行者天国にも妖が発生し、人々を襲っていることを意味する。
(路上には、まだ怪我人が取り残されている。とても私たち2人では……)
そんな灯の考えを察したように、隣でミュエルが柔らかく笑った。
「大丈夫……ほら、あれ……」
ミュエルが指差した先から、聞きなれた仲間達の声が聞こえてきた。
歩行者天国の方角からだ。
「FiVEの覚者です! 動ける人は、急いでビルに入って!」
「とっととくたばれ、こいつ!」
「大丈夫!? 怪我人は、わたしが治療するから!」
自分達だけではない。同じ思いで戦っている仲間が、ここにはいる。
「七海さん……やっちゃおう……」
「そうですね、明石さん」
決意を湛えた笑顔で、灯はミュエルに頷き返した。
「皆さんが安心して休日を過ごせるよう、早く片付けてしまいましょう!」
●
「大変なことになりました……」
ブティックの前で一部始終を目にした澄香は、タロットカードを手に覚醒した。
以前ならば躊躇ったかもしれない。だが、今の自分は戦う術を持っている。
(助けなきゃ。私にはそれができるはず)
妖は2匹。本能のままに人間を襲っている事から、ランク1の低級妖だろう。
人の群れをかきわけ、転んだ人を起こし、妖の元へ駆け寄る澄香。
程なくして人ごみが開けた先ではウルフカットの少年――カナタがB.O.T.で応戦していた。
「とっととくたばれ、こいつ!!」
対する妖は、先ほどからカナタに集中攻撃を加えている。
それを見た澄香は、妖1匹の横からエアブリットを叩き込んだ。
「私も加勢します!」
「おっ、応援か!? サンキューな!」
カナタが顔を輝かせた。そこへ新たに、御菓子が駆けつける。
「ふたりとも、大丈夫!?」
潤しの雨でカナタの傷を癒すと、御菓子は妖をキッと睨みつけた。
「絶対に許さないから! 覚悟しなさい!」
温和な御菓子が、これほど怒りを露にすることは珍しい。
彼女は妖とも分かり合う日が来ると信じている。だが、襲ってくる相手にまで首を差し出すほどお人好しではない。
「妖は私が引き受けます!」と澄香。
「わたしは怪我人を治療するよ!」と御菓子。
「よっしゃー! 避難誘導と支援は任せろ!」とカナタ。
必要な役割を確認し合い、3人はすぐさま行動に出た。
澄香が仇華浸香を発動。甘い毒を孕んだ香りが、2匹の妖を包み込む。
「動ける人、すぐに建物に入って、身を守って!」
御菓子が降らせた潤しの雨が、妖の手にかかった人々の傷を癒していった。
「さっさと逃げろー! 動ける奴は、動けない奴を助けてやれー!」
カナタが取り残された老人と子供を両脇に抱え、負傷者を背負い、大声で避難を促す。御菓子の手が回らないところを、癒しの滴でフォローすることも忘れない。
街の外から、けたたましいサイレンが幾重にも重なって響いてくるのが聞こえた。警察と消防の到着だ。おそらく、じきにFiVEの応援部隊も到着するだろう。
「もうすぐ助かるぞー! 諦めんなー!」
カナタは大声を張り上げながら、担いだ者達を傍のビルに避難させ、戦線へと復帰した。
それと同時に、澄香がエアブリットで妖の1匹を消し飛ばす。
「ヒュルルゥ……」
「避難誘導は完了だぜ。そっちは大丈夫か?」
「何とか。車の妖は、他の方々が止めているようです」
「待ってて、いま治療するね」
御菓子が潤しの雨で澄香とカナタを回復していると、ワーズ・ワースを発動した灯の声が、駅前の方角から聞こえてきた。
「安心して下さい! 妖は私達が倒します!」
それを聞いた3人の心にも、勇気の明かりが点る。
「……ええ、倒しましょう。私達で!」
「おうよ!」
「残り1匹! 暴れる前に終わらせるよ!」
御菓子の水龍牙が、妖に命中。鈍い衝撃音が聞こえ、風の勢いが目に見えて弱まる。
澄香の付与した虚弱が、じわじわと効果を見せているようだ。
「効いているようですね。もう好きにはさせません!」
「そーだ! 落ちろー!」
「ヒュルルー!!」
澄香とカナタが、エアブリットとB.O.T.を立て続けに発射。
集中砲火を浴びた妖は、断末魔と共にあえなく消滅した。
●
頼蔵は目の前の面倒事に関わる気はなかった。
今日という一日は、私立探偵として過ごす。そう決めていたのだから。
実際彼は、注文した一杯を飲み終えて、さっさとこの場を立ち去るつもりだった。
だというのに、だ。
「……ふむ。これは参った」
頼蔵は倒れたテーブルを見下ろしながら呟いた。
その傍には、妖が吹き飛ばした自転車のスクラップが、コーヒーカップの破片に覆い被さるように転がっている。
「カップが割れているね。おや、スーツと手にも少し飛沫が」
ぽつりと独り言を呟くも、その言葉は誰の耳にも届かない。
客も店員も、とっくにビルの中に退避済みだからだ。そして、それは真に幸いだったと言えよう。
彼らが今の頼蔵を見たら、腰を抜かして避難どころではなかったに違いない。
「はははは、折角よい気分で合ったのにな」
乾いた声で笑いながら、頼蔵は飛沫を払った。
覚醒した頼蔵の黒い双眸に、爬虫類めいた冷酷な光が宿る。
――殺す。
天駆発動。掌中には相棒のハンドガンだ。
拳銃の照星が、妖のボンネットを捉えた。
●
灯・ミュエル組と対峙した妖たちは、すでに瀕死の状態だった。
タイヤはパンクし、ライトは割れ、ボディは灯の分銅によって原型を留めぬ程に歪んでいる。
程なくして、この戦いは2人の勝利で終わるだろう。
「これで、終わり……」
ミュエルが跳躍。アベイユ・ヴィオレの鋭い一撃が、バンパーの隙間を刺し貫いた。
妖の一匹は断末魔めいてエンジンをふかすも、やがて動かなくなり、元の車へと戻った。
「七海さん、ケガは……?」
「大丈夫、まだいけます」
「一応、回復するね……早く……みんなと――」
武器を引き抜き、ミュエルが樹の雫を発動しようとした、その時だった。
「……! 明石さん、危ない!」
「ブオオオオオオ!!」
最後の1匹が、ミュエル目がけて捨て身の体当たりを繰り出してきた。
手傷を負い、仲間を討たれたことで死を悟ったのだろう。一切の保身を排した、無茶苦茶な突撃だった。正面から衝突され、ビルに叩きつけられるミュエル。衝撃でビルのガラスが割れ、輝く破片が降り注ぐ。
「ぐ……っ!」
不意を食らったとはいえ、ミュエルはベテランの覚者だ。反射的なガードによって、大したダメージは負っていない。
だがこの時、彼女は見てしまった。フロントガラスに反射して映る、足を怪我した子供の姿を。
(このまま脇に避けたら……巻き込んじゃう……!)
子供は割れたガラスを隔てたビルの中。恐らく、ケガを負って必死に逃げたのだろう。緊張が切れたのか、ミュエルの背中を呆然と見つめている。
「ブオオオオオ!!」
妖は力ずくでミュエルを押し潰そうと、アスファルトをかみながら、タイヤを強引に回転させる。
必死に押し返そうとするミュエル。だが、徐々にミュエルが力負けし、後ろへと押され始めた。
「くっ!」
間に合うか――灯がビルのガラスを叩き割り、子供を救出しようとした時だった。
「やあ妖君。憩いの一時を台無しにしてくれて有難う。此れは御礼だ」
ズドォン
鈍い破裂音が響き、妖の車体がガクンと止まった。
「……?」
子供を安全な場所へと移し、恐る恐る車体を確認する灯。
そこにあるのは、トランクに開いた風穴から煙を吹く、ただのスクラップ車だった。
「終わっ……た?」
「そのようですね」
唖然とするミュエルに、灯が頷く。
子供に気が取られ気付かなかったが、トドメの一撃は、明らかに覚者の銃撃によるものだ。
(一体、誰が……)
それとなく周囲を見回すも、辺りは妖が討たれたことで俄かに慌ただしくなっていた。確認は困難だろう。聞き覚えがあった声のような気もするが、必死だったので記憶は曖昧だ。
「明石さん、お疲れ様」
「七海さんも……それと、皆にも……」
にっこりと笑って、歩行者天国に視線を送るミュエル。
その先には、手を振りながら走ってくる澄香たちの姿が見えた。
一方、用件を済ませた頼蔵は、喧騒を背にカフェへと戻っていた。
「失礼。会計が済んでいなかったね」
頼蔵は支払いを済ませ、襟を正して街の雑踏へと消えた。面倒事には関わらないに限る。
まったく、とんだ一日だ。午後の仕事に差し支えてしまう――
●
それから警察と消防に報告を済ませ、澄香は現場を後にした。
覚者たちの迅速な対応により、死者はゼロ。複数名が負傷者の治療にあたった甲斐あって、重傷者も皆無だったそうだ。
特段行く宛てもなく駅前を歩いていると、道端のベンチに腰かける灯とミュエルが目に入った。
「2人とも、お疲れ様。FiVEには?」
「さっき連絡したよ……中さんが、ありがとう、って……」
澄香はそれを聞いてようやく、終わったのだと実感した。
「こういう事態、初めてだけど……夢見さんの予知の裏で、もっとあるかも、なんだよね……」
心構え、しとかなきゃ。ノートを手にぽつりと呟くミュエルに、灯が頷く。
「ええ。夢見の予知も万能では無いのだと思い知らされますね……」
おそらく今後も、同じような事件は発生することだろう。そしてその時――
(その時私達は、覚者として、人として、何が出来るのでしょうか)
灯の問いに答える者は、誰もいない。
透き通るような青空の下、無数のパトランプが路上で回っていた。
■シナリオ結果■
大成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
