白狐文曲事始
●九尾を束ねる第一歩
秋祭りの頃に、古妖――狐神の悩みを聞いてから年が明けた。彼女は元々、キュウビと言う古妖の一体であり、キュウビとは力を持った狐九体の集合体なのだと言う。
その中でも一番力の強い狐が他の八尾を統率するのだが、狐神が伏見稲荷の結界に封じられる前は、最も邪悪で狡猾な狐がその支配権を握っていたらしい。
「しかし尾は切り離され……儂や他の九尾も、今は力を封印されている状態なのじゃ」
――しかし、そう遠からぬ内に封印は解けてしまうだろう。その時に再び、邪悪な狐が支配権を握ってしまえば、キュウビは人類の脅威となる。それを防ぐためにも、狐神は力をつけ、善なるもののキュウビとなりたいのだとF.i.V.E.に告げた。その為にどうか、力を取り戻す役目を皆に担って欲しいのだと。
「儂の本来の名は、左輔(さほ)と言う。他の九尾其々にも名があるのじゃが、その中でも文曲(ぶんきょく)の気配が、最近になって感じられるようになった」
恐らくは封印が緩んできたのではないか、と狐神――左輔は呟いて、伏見稲荷へとやって来た覚者たちに今年最初の依頼をした。
先ずはこの文曲に力を示し、此方へ協力してくれるように頼んではくれまいか、と。
●一尾~文曲
『文曲は……学者と言うか芸術家気質でな。才能を持つ人間を好むこともあり、その、わりあい友好的な方なのじゃが』
――と、何やら歯切れの悪い狐神が、文曲の気配を辿った所、彼女はどうやら地方の神社に祀られているらしい。学問や芸術を守護するお稲荷様として親しまれている、その神社の名前は土御門神社と言うようだ。
「……ん? その神社ならオレ様の実家だが。まさか貴様ら、討ち入りするつもりではあるまいな!」
と、一応確認を取った所、其処は『陰陽師ホスト』土御門 玲司(nCL2000132)の実家で間違いないようだった。色々F.i.V.E.にちょっかいをかけている隔者の彼だが、実家の家族に日頃の行いをばらされることを恐れたらしく、渋々と言った感じで「こ、今回だけは助けてやるけど勘違いするなよ!」とばかりに神社への案内を買って出てくれた。
――そんな訳で電車に揺られて、上越地方にある土御門神社へやって来た一行は、社殿の裏にある御神体の岩の前へと案内される。その間に玲司の両親から「いつもこの馬鹿が迷惑かけて」と、段ボール一杯の蜜柑を貰ったりもしたのだが、その話はひとまず置いておこう。
『……おや、何だか懐かしい気配がするね?』
そうして御神体の前に皆が立った時、鈴が鳴るような声と共に、ぼんやりと透き通った白狐が姿を現した。こうして姿を現せたのは、何百年振りだろう――何処か面白そうにくすくすと笑う彼女は文曲と名乗り、一行が狐神の話を伝えると「ふぅん」と呟き尾を揺らす。
『私は左輔のような、変な使命感は持ち合わせていないんだけどね。まぁ折角ここまで来てくれたんだ、私が力を貸すに値すると思えるような才能を見せて欲しい』
「何だ、術でも使って岩を壊せとか、そんな感じの奴か」
そう言って首を傾げる玲司を、文曲は「野蛮だね」と一蹴した。彼女が言うには、人間の素晴らしさは深い知性と溢れる芸才に集約されるとのことで――自分を唸らせるような知識を披露したり、或いは魂のこもった芸術作品を奉納すれば、皆に協力しようと頷く。
『但し、中途半端なものを出されたのでは興ざめだ。そこの小僧なんかは字も下手だわ、祝詞の音程も外れているわで目も当てられない。お前はやらなくていい』
「おい、やる前からオレ様は戦力外か! 小学校の時の書き初めの『勝訴』は力作だったと言うのに!」
ぎゃーぎゃー喚く玲司はこの際置いておいて、覚者たちは文曲の信頼を得る為、新年早々面白知識を披露したり、芸術作品を仕上げることになったのだった。
秋祭りの頃に、古妖――狐神の悩みを聞いてから年が明けた。彼女は元々、キュウビと言う古妖の一体であり、キュウビとは力を持った狐九体の集合体なのだと言う。
その中でも一番力の強い狐が他の八尾を統率するのだが、狐神が伏見稲荷の結界に封じられる前は、最も邪悪で狡猾な狐がその支配権を握っていたらしい。
「しかし尾は切り離され……儂や他の九尾も、今は力を封印されている状態なのじゃ」
――しかし、そう遠からぬ内に封印は解けてしまうだろう。その時に再び、邪悪な狐が支配権を握ってしまえば、キュウビは人類の脅威となる。それを防ぐためにも、狐神は力をつけ、善なるもののキュウビとなりたいのだとF.i.V.E.に告げた。その為にどうか、力を取り戻す役目を皆に担って欲しいのだと。
「儂の本来の名は、左輔(さほ)と言う。他の九尾其々にも名があるのじゃが、その中でも文曲(ぶんきょく)の気配が、最近になって感じられるようになった」
恐らくは封印が緩んできたのではないか、と狐神――左輔は呟いて、伏見稲荷へとやって来た覚者たちに今年最初の依頼をした。
先ずはこの文曲に力を示し、此方へ協力してくれるように頼んではくれまいか、と。
●一尾~文曲
『文曲は……学者と言うか芸術家気質でな。才能を持つ人間を好むこともあり、その、わりあい友好的な方なのじゃが』
――と、何やら歯切れの悪い狐神が、文曲の気配を辿った所、彼女はどうやら地方の神社に祀られているらしい。学問や芸術を守護するお稲荷様として親しまれている、その神社の名前は土御門神社と言うようだ。
「……ん? その神社ならオレ様の実家だが。まさか貴様ら、討ち入りするつもりではあるまいな!」
と、一応確認を取った所、其処は『陰陽師ホスト』土御門 玲司(nCL2000132)の実家で間違いないようだった。色々F.i.V.E.にちょっかいをかけている隔者の彼だが、実家の家族に日頃の行いをばらされることを恐れたらしく、渋々と言った感じで「こ、今回だけは助けてやるけど勘違いするなよ!」とばかりに神社への案内を買って出てくれた。
――そんな訳で電車に揺られて、上越地方にある土御門神社へやって来た一行は、社殿の裏にある御神体の岩の前へと案内される。その間に玲司の両親から「いつもこの馬鹿が迷惑かけて」と、段ボール一杯の蜜柑を貰ったりもしたのだが、その話はひとまず置いておこう。
『……おや、何だか懐かしい気配がするね?』
そうして御神体の前に皆が立った時、鈴が鳴るような声と共に、ぼんやりと透き通った白狐が姿を現した。こうして姿を現せたのは、何百年振りだろう――何処か面白そうにくすくすと笑う彼女は文曲と名乗り、一行が狐神の話を伝えると「ふぅん」と呟き尾を揺らす。
『私は左輔のような、変な使命感は持ち合わせていないんだけどね。まぁ折角ここまで来てくれたんだ、私が力を貸すに値すると思えるような才能を見せて欲しい』
「何だ、術でも使って岩を壊せとか、そんな感じの奴か」
そう言って首を傾げる玲司を、文曲は「野蛮だね」と一蹴した。彼女が言うには、人間の素晴らしさは深い知性と溢れる芸才に集約されるとのことで――自分を唸らせるような知識を披露したり、或いは魂のこもった芸術作品を奉納すれば、皆に協力しようと頷く。
『但し、中途半端なものを出されたのでは興ざめだ。そこの小僧なんかは字も下手だわ、祝詞の音程も外れているわで目も当てられない。お前はやらなくていい』
「おい、やる前からオレ様は戦力外か! 小学校の時の書き初めの『勝訴』は力作だったと言うのに!」
ぎゃーぎゃー喚く玲司はこの際置いておいて、覚者たちは文曲の信頼を得る為、新年早々面白知識を披露したり、芸術作品を仕上げることになったのだった。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.キュウビの一体・文曲に才能を示し、協力を取り付ける
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
●文曲
古妖・狐神(左輔)と同じ、キュウビの尾の一体です。どうやら女性の様子。長い間封印されていましたが、最近になって目覚めたようです。学門や芸術を愛で、それに長じた人間を好むこともあり、友好的と言えるでしょう。但し、ちょっぴり気難しい所もあるようで、才能の無い者には容赦ないみたいです。
●説得へのステップ
文曲を唸らせるような知識を披露したり、芸術作品を作り上げることになります。そうすれば彼女は皆さんの実力を認め、狐神に協力します(この時点で光の球となって、狐神の元へ向かいひとつになるようです)
新年を迎えましたので、記念の書き初めとか陶芸に挑戦したりとか、何をするかは自由です。ちなみに上手い下手よりは、きらりと光るものを持っているかどうかが大事なようです。作品にこめた想いやこだわり、その人ならではの個性が出たものは評価が高いようです。
※なお、文曲はずっと封印されていたので、目新しいものに興味を示すようです。説得にあたり、技能を有効に使っていれば判定にプラスします。
●土御門神社
上越地方にある、歴史ある神社です。文曲が祀られており、土御門 玲司(nCL2000132)の実家でもあるようです。説得に必要なものなどは、神社の皆さんが用意してくれます。
●NPC
案内人として玲司が引っ付いていますが、文曲から早々にダメ出しをされました。彼のことは反面教師として捉えてください(ぶっちゃけると、ウケ狙いのネタは評価が低いようです)。
新年の幕開けに、学問や芸術に触れてみるのは如何でしょうか。無事に依頼を終えたら、神社でお参りをするのも良いかもしれませんね。それではよろしくお願いします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2017年01月23日
2017年01月23日
■メイン参加者 8人■

●新春学芸披露
新潟県上越地方――米どころとして名高い彼の地に、土御門神社は在った。丁度大雪が降った後らしく、雪化粧を施された境内は静謐さと趣深さを湛えている。
「寒い……炬燵に入ってぬくぬくしたいぞ……」
いきなり紫色の唇をぶるぶる震わせている『陰陽師ホスト』土御門 玲司(nCL2000132)の姿は見なかったことにして、東雲 梛(CL2001410)は神社に封印されていた古妖――キュウビの一尾である文曲を納得させるべく、自分には何が出来るだろうかと思案していた。
「学問や芸術が好きな、狐の神様かぁ」
うーんと首を傾げる楠瀬 ことこ(CL2000498)の呟き通り、文曲は満足のいく作品を奉納出来たら力を貸すことを約束したのだけれど。
「ことこ、難しい事はわかんないけど、一緒に楽しめるなら嬉しい!」
愛らしい笑みを浮かべることこに『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)も頷き、皆で頑張ろうねと声を掛けている。音楽の楽しさを伝えたいと常々思っている彼女は、今回賀茂 たまき(CL2000994)とセッションをする予定であり――ちょっぴり緊張気味のたまきを励ますことも忘れていない。
「ほらほら、深呼吸してたまきちゃん」
「は、はい……でも、御菓子先生が合奏のお相手という事で、とても心強いです」
よろしくお願いしますねとお辞儀するたまきに、負けてはいられないと『弦操りの強者』黒崎 ヤマト(CL2001083)も愛用のギターを取り出して。どうやら音楽を嗜む者が多いことを知った『慈悲の黒翼』天野 澄香(CL2000194)は、皆の手際の良さに溜息を零していた。
「皆さん、色々凄いですね……」
――まあ、芸術センス皆無らしい玲司からは、そっと目を逸らしつつ。まだまだ修行中の自分の料理は、芸術と言えるのか分からなかったけれど――自分の一番はこれだと胸を張れるから、澄香は厨房を借りて調理に取り掛かることにした。
「芸術方面か……これといって得意というわけではないのだが」
一方で、ぽりぽり髪を掻く『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)は難しい顔をしていたが、戦い以外で話が付くのであれば頑張るしかないだろうと腹を括る。
(まぁ、俺一人というわけでもないのだし、気負いすぎずにやるとしよう)
と、準備を整える間に『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)は、玲司の母親へ蜜柑のお礼に八つ橋を差し入れして喜ばれており――家族を味方につけられると焦った玲司は「騙されるな、あいつは人間の皮を被ったゴリ……」と言いかけて、速攻で数多の拳を喰らってのたうち回っていた。
「っていうか玲司君って、ほんとに土御門系列の陰陽師だったのね。なんちゃってと思ってたわ!」
鉄拳制裁を下したとは思えぬ表情で、数多は興味深そうに神社の境内を見て回っている。土御門と言えば、陰陽師で有名な安倍家の家系とも言われているのだが、そこまで凄いものでないにせよ何らかの繋がりはあるかもしれない――とのことだった。とりあえず、玲司の陰陽師云々は自称らしい。
「あ、これってあれよね! 清明桔梗ってやつでしょ?」
神社の装飾に刻まれた紋を指さし、華やいだ声をあげる数多へ、首を変な方向に曲げたままの玲司がおっかなびっくり付いていく。と――其処でふと、数多がくるりと振り向いて玲司に向き直った。
「……でも、協力してくれてありがとね!」
それは純粋な感謝であり他意は無いのだろうが、ぎゅっと手を握ってハグをする数多の姿は色々とドキドキだ。そう、ドキドキ――ハグと言うよりサバ折りを決められたような感じなのも、ドキドキなのだ。
「ああっ、玲司君!」
――やがて数多の腕の中で、力を失った玲司の身体がゆっくりと崩れ落ちていったのだった。
●冬に咲く花たち
そうして準備を終えた一行は文曲と対面し、なかなか個性的な者たちがやって来たようだと、御神体に腰かけた彼女はふわりと狐の尾を揺らす。
(どうせなら、いろんな分野で示した方が文曲だって楽しめそうだよな)
そう考えたゲイルは水彩画に挑戦することにしたようで、早速水で溶いた絵の具に筆を浸し、伸び伸びとした筆致で透明感のある絵を描いていった。
「題材はもちろん、俺の家族のふわもこアニマル達なのだ……」
文曲を題材にすることも考えたのだが、流石にじっとしていて貰うのは気が引ける。それに対し、ふわもこアニマル達ならば大丈夫――例え目の前に居なくても、目を閉じればその姿を鮮明に思い浮かべることが出来るのだ。
「まずはアラスカンマラミュートのナハトたんだな」
最初に風景部分を完成させてから、ゲイルが順に書いていくのは、木陰で気持ち良さそうに眠っている動物たちの姿。凛々しくも愛らしいナハトの次は、白猫の桜――それからひよこのピヨ丸も忘れてはならない。
(そう、何よりももふもふ感を大事に。思わず触れたくなるような、そんなもふもふ感を!)
専門的な知識や技術は無いけれど、思い入れについては負けないつもりだ。そのゲイルの決意通り、絵画からはふわもこアニマル達への溢れんばかりの愛が伝わって来たのだった。
(芸術的な『作品』のお料理には憧れもありますけれど……でも、今の私が目指してるのは)
一方、厨房でアップルパイを作り始めた澄香は、母から受け継いだ味に自分の一工夫を入れてみようと腕まくりをする。
皮付きの林檎を薄くスライスしてからレモンを振りかけた後、加えるのはお砂糖にバターとシナモン――それを鍋でくつくつ煮込むと、濃厚な甘い香りが辺りに漂い始めた。
しかし、それを冷ます間にパイ生地を作り、薄く伸ばした生地に少しずつ先ほどの林檎を並べていく。あとはそれをくるくる巻いていけば、薔薇の花の出来上がりだ。
「さてと、これを沢山作った後は……」
澄香が皿に敷いた普通のパイ生地の中に、林檎の薔薇を沢山並べていって。それに生地で作った薔薇の葉をくっつけてから、オーブンに入れて焼きあがるのを待つ。
「味はもちろんですけど、見た目でも喜んで欲しいですからね」
そう呟く澄香が思い浮かべるのは、食べてくれる人の顔であり――喜んでくれるでしょうかと問う彼女は、心の中まで暖まる料理で文曲をもてなせたらと思っているようだ。
(文曲さんには、少しでもほっこりして欲しいから)
一つ一つ丁寧に作業をして、気持ちを込めて焼き上げたアップルパイは、こんがりと上品な飴色に仕上がって――その上に粉砂糖を雪のように振りかければ、アップルローズパイの出来上がりだ。
「紅茶と一緒に……どうぞ、召し上がれ」
そうしてカートに乗せられて登場した澄香のお菓子に、辺りから「おお」とどよめきが上がる。もし美味しかったら、ちょっとだけでも微笑んでくれたら――そう願った澄香の前で、初めて洋菓子を目にした文曲は「ふむ」と興味深そうに眺めた後、そっと料理に触れて林檎の薔薇のぬくもりを堪能したのだった。
「……それでは私たちの番ですね。少し時期は早いかも知れませんが、心を込めて弾くので聞いて頂けると嬉しいです」
和やかなお茶会の雰囲気が漂う中、すっと前に出たのはたまきと御菓子。ふたりは一呼吸置いてから楽器を構え、やがてゆっくりと――静かに桜の花が、蕾から芽吹いていくような旋律を紡いでいく。
(実家ではよく、姉妹で合わせてみては居ましたが……洋楽器との合奏は初めてですね)
雅やかに琴をつま弾くたまきに合わせる、御菓子の楽器はクラリネット。色彩豊かで優しいその音色は、あたたかな春の風やお日様を思わせて、桜の花の如きたまきの琴の音をふんわりと彩っていった。
(さくら、さくら――……)
伝統的な桜の古歌を随所に散りばめながら、桜をモチーフにした楽曲を次々に奏でていくメドレー形式で、ふたりは桜の花が咲き誇る様子を音楽で表現していく。
咲き始めはゆったりと、低音部の甘い部分を活かして春の訪れを表現して――やがて開花を告げる時はテンポを速め、御菓子は明るく躍動的な演奏で目覚めの時を演出した。
(そして、満開……華やかで、それでいて爽やかな桜の花が一杯に、ね)
弾けるような瑞々しさを湛えつつ、息を合わせたたまきも、文曲にその風景が見えるように丁寧に演奏をしていって。やがて季節は移ろい、曲の終盤になると――花冷えの風が訪れたことを知らせる、物悲しい調べがじぃんと辺りに響き渡る。
――そして、花は散っていく。季節の終わりを惜しみながらも、しかし悲しみと決別して、次の季節を来年の春を楽しみに待つ。そんな確かな温もりと希望を感じさせながら、たまきと御菓子の演奏は終わりを告げた。
「お聴き下さり、ありがとうございました」
深呼吸をひとつしてから、たまきが一礼すると――御菓子はにっこり微笑み、みんなはどんな心象風景を思い浮かべたのかしらと問いかける。
「奏者が二人だけだって、息や気持ちが一体となれば和音も倍音も十分に歌い上げられるのよ」
色や風景なんかも感じさせられたら、と願う彼女たちは、音楽を通して桜の花が咲いて散るまでを見事に表現してみせた。これからも音楽を超えて、心と心が混じり合うような、そんな演奏をしたい――そんな御菓子の言葉が、静かな雪の境内へと吸い込まれていった。
●今、この瞬間を楽しんで
自分たちも負けてはいられないと、仲間の演奏を聴いて俄然やる気を出したのは、ことことヤマトだ。ふたりは先ず、元気よく文曲へと自己紹介を始める。
「はじめまして、ことこって言います! ええと。あいどるやってます☆ あ……あいどるっていうのは、歌や演奏やダンスで、見てくれている人をにっこにこにするお仕事なのっ!」
あいどる、と言う未知の言語に首を傾げていた文曲だったが――ややあってから「なるほど」と納得したように頷いた。
「鈿女のようなものかな。天の岩戸を開き、この世に光をもたらす存在、と」
「……いや、そこまで壮大なもんでもねえけど。あ、オレは黒崎ヤマト! ことこと似てるけど、オレは歌と演奏が主体のバンドだな!」
いきなり神話の時代まで知識が遡った文曲を見て、ヤマトはバンドのことはさらっと流そうと決意する。そうして自分の扱うエレキギターに関して簡単にレクチャーをした所で、ことこがキュートな笑顔でヤマトを見上げた。
「ヤマトくーん! 折角だから勝負しよっか。どっちがイイ感じに演奏できるか!」
「お、その勝負乗った! 楽しそうだな! ことこの演奏も楽しみだけど、オレだって負けないからな!」
にぃと白い歯を見せて頷くヤマトは素早くチューニングを終え、己の心の赴くままに弦をかき鳴らす。競うように、けれど打ち消さないように――いい音とは協調してこそと言う信念通り、即興で合わせるふたりの演奏は『今』しか味わえない躍動感に満ちていた。
(皆で綺麗に合奏~☆ も勿論好き。だけど)
きらきらと華やかなオーラを振りまいて、ギターの二重奏を奏でることことヤマトは、ぴったりと呼吸を合わせて合間にパフォーマンスも決めていく。
「ぶつかり合うエネルギーが生み出す音楽も大好き!」
弾けんばかりの笑顔で、全力で音楽を楽しむことこ――と、其処で彼女は咄嗟の思い付きで、ギターのパートを変更してみた。こっちの方が厚みが出ると思ったことこの読みは当たって、リードを任されたヤマトが難なくリクエストに応えていく。
「お! こっちのがいい感じだな!」
そうしてボーカルのメインはことこが務め――ハーモニーを添えていくヤマトは、同じ音は二度と出せないと言う信念の元、この一瞬一瞬を全力で楽しもうと綺麗な歌声を響かせた。
(芸術、って難しいからよく分からないけどさ。音楽って作品を作り上げて、楽しませる事なら出来る!)
――演奏は楽譜をなぞるのが基本。けれど、その時々の気持ちや雰囲気、あとはノリでどんどん変わっていく醍醐味もある。
「もう、すっごい楽しい! 困っちゃう!」
そんなことこの歓声に惹かれ、即興で舞台に加わったのは数多だった。彼女が披露するのは演武であり、優れた武の動きは舞にも通じる美しさがある。
(最小限の動きで相手を翻弄し、倒す……。その静からの動のラインは、空を引き裂く一陣の風のように美しいものだと思うの)
――自分の剣は、目の前の障害を壊すだけのもの。けれど、その刹那は綺麗であると数多は思っている。剣士としての己の矜持と信念、それを形にした演武は即興曲にも難無く溶け込んでいき、その音色に合わせて剣刃の煌めきを散らしていった。
(ちょっとでもこれが、綺麗だと思ってくれたのならいい。剣は……武は、野蛮なものではないと思って欲しいわ)
文武は比べられないものかも知れないけど、どちらも美しいものだから――真摯に舞と向き合う数多の姿を見たたまきは、自分自身の栄養にしていこうとその様子をじっと見守っているようだ。
「文曲さま! 音楽って楽しいよねぇ。芸術って素敵だよねっ」
「はは、勝負は引き分けだな。どっちも勝ち! また今度一緒に演奏しようぜ!」
そうして名残惜しくもふたりのセッションは終わり、ことことヤマトは軽やかにハイタッチを決める。そのきらきらしたまなざしを見つめる文曲の姿が、何処か羨ましそうに見えたのは錯覚だったろうか――彼女の近くで細工を行っていた梛は、徐々に形が整ってきた銀の耳飾りを、そっと陽に透かして眺めてみた。
『俺はあんたを楽しませる会話も出来ないけど、ねぇ、あんたの事を教えて』
そう言って梛はぽつぽつと、文曲に質問を投げかけていったのだった。どんな風景が好きか、お気に入りの場所はあるのか、好きな芸術家はいるのか――。
『残念だけど、昔のことはぼんやりとしか覚えていなくてね。……ただ、相手を一方的に質問攻めにするのは無粋と言うものだよ』
『ああ、うっとおしいと思ったならすまない。あんたの事を知って、あんたの為の作品を作りたかったから』
――耳飾りを作ろう、と梛は思う。彼女がひとつになったとしても使えるような、派手さよりも芯の部分で輝くようなものを。華美ではなく装飾も少なく、そうして文曲と向き合った梛がイメージしたデザインは、蔦と華を基調にした耳飾りだった。
それからは丁寧に磨き上げて、必死に集中して銀細工を形にしていって――そうして出来あがった耳飾りは、自分でも満足のいくものになったと思う。
「まだまだ技術は足りてないけど、これが俺の作品。あんたの為に作ったもの」
やっぱりその人の為に作るなら、その人を知る事が大事だと告げた梛へ、文曲はくすりと「その人の為に作りたいと思う気持ち」はどれ程のものだったのかなと返したが――その口調は何処か楽しそうだ。
「一つになるって事は、残酷な事かもしれないけど。例え一つになっても、あんたはきっとそこにいるんだと思うから」
だから、耳飾りもそれに合わせて調整出来るようにしたと告げる梛へ、文曲ははっとした様子で――やがてふいと背を向けて空を仰ぐ。
「……今の私は実体が無いし、個の在り様も君たちが考えている概念とは違うんだろう。でも」
――私のことを、考えてくれて嬉しいと。消え入るようなその声は、確かに梛の耳に届いていた。
●新たな尾
こうして皆の演目が全て終了し、暫し余韻に浸っていた文曲は、ややあってから顔を上げてきっぱりと告げた。
「うん、どれも素晴らしい――ひとりひとりが己と向き合い、確りとその感性を形にしていたね。人間の持つ可能性を改めて感じ、私も君たちの力になりたいと強く願ったよ」
――つまり合格だ、と。頷く文曲が続けるには、今この瞬間にも新たな芸術や学問が生まれていて、それはきっと、今を確りと生きているからこそだ、と。
「終わりを知り、限られた時で何をするのか……君たちが生きる今は、きっと眩いばかりの世界なのだろう」
微睡むような時の流れに身を置く古妖では、永遠に辿り着けない境地なのかもしれないと文曲は言い――新たなるものを生むのは、人間に他ならないのだと頷いた。
「あ、そう言えば……文曲とかって、紫微斗占いの星の名前よね。他の尾もそれに応じた名前を持っているのかしら?」
其処で数多が手を挙げて質問をすると、興味を覚えていたたまきもそれに続ける。
「私は北斗七星に関連するかと思っていたのですが、それだと足りませんよね……」
「いや、それにふたつ加えて北斗九星が私たちの由来になる。加わるのが左輔と右弼の二尾で、あの子たちは……まあ、私たちのような自己主張の激しい尾の前には霞みがちだけど」
と、不意に声を潜めた文曲は囁く――悪意ある尾には気を付けろと。巧みに他の尾を取り込めばきっと、強大な敵となって立ちふさがるだろうから。
――そうして光の球となった文曲は、尾のひとつとなるべく狐神の元へと飛び去っていった。無事に依頼を完了したゲイルがお参りをしてから帰ろうとする中、数多は文曲に渡しそびれた薄い本をぎゅっと握りしめる。
「ああ、新しい文化を紹介するタイミングを逃したわ! ほんとこれ、やばい文化だからマジ! 絶対ハマるから!」
「止めんか! この神社にクサリガミが来るから!」
ホモォと鳴く古妖を思い出した玲司の絶叫が、神社の境内に響いて――無事にキュウビの一尾の協力を取り付けた一行は、依頼の成果を報告する為に雪深い地を後にしたのだった。
新潟県上越地方――米どころとして名高い彼の地に、土御門神社は在った。丁度大雪が降った後らしく、雪化粧を施された境内は静謐さと趣深さを湛えている。
「寒い……炬燵に入ってぬくぬくしたいぞ……」
いきなり紫色の唇をぶるぶる震わせている『陰陽師ホスト』土御門 玲司(nCL2000132)の姿は見なかったことにして、東雲 梛(CL2001410)は神社に封印されていた古妖――キュウビの一尾である文曲を納得させるべく、自分には何が出来るだろうかと思案していた。
「学問や芸術が好きな、狐の神様かぁ」
うーんと首を傾げる楠瀬 ことこ(CL2000498)の呟き通り、文曲は満足のいく作品を奉納出来たら力を貸すことを約束したのだけれど。
「ことこ、難しい事はわかんないけど、一緒に楽しめるなら嬉しい!」
愛らしい笑みを浮かべることこに『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)も頷き、皆で頑張ろうねと声を掛けている。音楽の楽しさを伝えたいと常々思っている彼女は、今回賀茂 たまき(CL2000994)とセッションをする予定であり――ちょっぴり緊張気味のたまきを励ますことも忘れていない。
「ほらほら、深呼吸してたまきちゃん」
「は、はい……でも、御菓子先生が合奏のお相手という事で、とても心強いです」
よろしくお願いしますねとお辞儀するたまきに、負けてはいられないと『弦操りの強者』黒崎 ヤマト(CL2001083)も愛用のギターを取り出して。どうやら音楽を嗜む者が多いことを知った『慈悲の黒翼』天野 澄香(CL2000194)は、皆の手際の良さに溜息を零していた。
「皆さん、色々凄いですね……」
――まあ、芸術センス皆無らしい玲司からは、そっと目を逸らしつつ。まだまだ修行中の自分の料理は、芸術と言えるのか分からなかったけれど――自分の一番はこれだと胸を張れるから、澄香は厨房を借りて調理に取り掛かることにした。
「芸術方面か……これといって得意というわけではないのだが」
一方で、ぽりぽり髪を掻く『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)は難しい顔をしていたが、戦い以外で話が付くのであれば頑張るしかないだろうと腹を括る。
(まぁ、俺一人というわけでもないのだし、気負いすぎずにやるとしよう)
と、準備を整える間に『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)は、玲司の母親へ蜜柑のお礼に八つ橋を差し入れして喜ばれており――家族を味方につけられると焦った玲司は「騙されるな、あいつは人間の皮を被ったゴリ……」と言いかけて、速攻で数多の拳を喰らってのたうち回っていた。
「っていうか玲司君って、ほんとに土御門系列の陰陽師だったのね。なんちゃってと思ってたわ!」
鉄拳制裁を下したとは思えぬ表情で、数多は興味深そうに神社の境内を見て回っている。土御門と言えば、陰陽師で有名な安倍家の家系とも言われているのだが、そこまで凄いものでないにせよ何らかの繋がりはあるかもしれない――とのことだった。とりあえず、玲司の陰陽師云々は自称らしい。
「あ、これってあれよね! 清明桔梗ってやつでしょ?」
神社の装飾に刻まれた紋を指さし、華やいだ声をあげる数多へ、首を変な方向に曲げたままの玲司がおっかなびっくり付いていく。と――其処でふと、数多がくるりと振り向いて玲司に向き直った。
「……でも、協力してくれてありがとね!」
それは純粋な感謝であり他意は無いのだろうが、ぎゅっと手を握ってハグをする数多の姿は色々とドキドキだ。そう、ドキドキ――ハグと言うよりサバ折りを決められたような感じなのも、ドキドキなのだ。
「ああっ、玲司君!」
――やがて数多の腕の中で、力を失った玲司の身体がゆっくりと崩れ落ちていったのだった。
●冬に咲く花たち
そうして準備を終えた一行は文曲と対面し、なかなか個性的な者たちがやって来たようだと、御神体に腰かけた彼女はふわりと狐の尾を揺らす。
(どうせなら、いろんな分野で示した方が文曲だって楽しめそうだよな)
そう考えたゲイルは水彩画に挑戦することにしたようで、早速水で溶いた絵の具に筆を浸し、伸び伸びとした筆致で透明感のある絵を描いていった。
「題材はもちろん、俺の家族のふわもこアニマル達なのだ……」
文曲を題材にすることも考えたのだが、流石にじっとしていて貰うのは気が引ける。それに対し、ふわもこアニマル達ならば大丈夫――例え目の前に居なくても、目を閉じればその姿を鮮明に思い浮かべることが出来るのだ。
「まずはアラスカンマラミュートのナハトたんだな」
最初に風景部分を完成させてから、ゲイルが順に書いていくのは、木陰で気持ち良さそうに眠っている動物たちの姿。凛々しくも愛らしいナハトの次は、白猫の桜――それからひよこのピヨ丸も忘れてはならない。
(そう、何よりももふもふ感を大事に。思わず触れたくなるような、そんなもふもふ感を!)
専門的な知識や技術は無いけれど、思い入れについては負けないつもりだ。そのゲイルの決意通り、絵画からはふわもこアニマル達への溢れんばかりの愛が伝わって来たのだった。
(芸術的な『作品』のお料理には憧れもありますけれど……でも、今の私が目指してるのは)
一方、厨房でアップルパイを作り始めた澄香は、母から受け継いだ味に自分の一工夫を入れてみようと腕まくりをする。
皮付きの林檎を薄くスライスしてからレモンを振りかけた後、加えるのはお砂糖にバターとシナモン――それを鍋でくつくつ煮込むと、濃厚な甘い香りが辺りに漂い始めた。
しかし、それを冷ます間にパイ生地を作り、薄く伸ばした生地に少しずつ先ほどの林檎を並べていく。あとはそれをくるくる巻いていけば、薔薇の花の出来上がりだ。
「さてと、これを沢山作った後は……」
澄香が皿に敷いた普通のパイ生地の中に、林檎の薔薇を沢山並べていって。それに生地で作った薔薇の葉をくっつけてから、オーブンに入れて焼きあがるのを待つ。
「味はもちろんですけど、見た目でも喜んで欲しいですからね」
そう呟く澄香が思い浮かべるのは、食べてくれる人の顔であり――喜んでくれるでしょうかと問う彼女は、心の中まで暖まる料理で文曲をもてなせたらと思っているようだ。
(文曲さんには、少しでもほっこりして欲しいから)
一つ一つ丁寧に作業をして、気持ちを込めて焼き上げたアップルパイは、こんがりと上品な飴色に仕上がって――その上に粉砂糖を雪のように振りかければ、アップルローズパイの出来上がりだ。
「紅茶と一緒に……どうぞ、召し上がれ」
そうしてカートに乗せられて登場した澄香のお菓子に、辺りから「おお」とどよめきが上がる。もし美味しかったら、ちょっとだけでも微笑んでくれたら――そう願った澄香の前で、初めて洋菓子を目にした文曲は「ふむ」と興味深そうに眺めた後、そっと料理に触れて林檎の薔薇のぬくもりを堪能したのだった。
「……それでは私たちの番ですね。少し時期は早いかも知れませんが、心を込めて弾くので聞いて頂けると嬉しいです」
和やかなお茶会の雰囲気が漂う中、すっと前に出たのはたまきと御菓子。ふたりは一呼吸置いてから楽器を構え、やがてゆっくりと――静かに桜の花が、蕾から芽吹いていくような旋律を紡いでいく。
(実家ではよく、姉妹で合わせてみては居ましたが……洋楽器との合奏は初めてですね)
雅やかに琴をつま弾くたまきに合わせる、御菓子の楽器はクラリネット。色彩豊かで優しいその音色は、あたたかな春の風やお日様を思わせて、桜の花の如きたまきの琴の音をふんわりと彩っていった。
(さくら、さくら――……)
伝統的な桜の古歌を随所に散りばめながら、桜をモチーフにした楽曲を次々に奏でていくメドレー形式で、ふたりは桜の花が咲き誇る様子を音楽で表現していく。
咲き始めはゆったりと、低音部の甘い部分を活かして春の訪れを表現して――やがて開花を告げる時はテンポを速め、御菓子は明るく躍動的な演奏で目覚めの時を演出した。
(そして、満開……華やかで、それでいて爽やかな桜の花が一杯に、ね)
弾けるような瑞々しさを湛えつつ、息を合わせたたまきも、文曲にその風景が見えるように丁寧に演奏をしていって。やがて季節は移ろい、曲の終盤になると――花冷えの風が訪れたことを知らせる、物悲しい調べがじぃんと辺りに響き渡る。
――そして、花は散っていく。季節の終わりを惜しみながらも、しかし悲しみと決別して、次の季節を来年の春を楽しみに待つ。そんな確かな温もりと希望を感じさせながら、たまきと御菓子の演奏は終わりを告げた。
「お聴き下さり、ありがとうございました」
深呼吸をひとつしてから、たまきが一礼すると――御菓子はにっこり微笑み、みんなはどんな心象風景を思い浮かべたのかしらと問いかける。
「奏者が二人だけだって、息や気持ちが一体となれば和音も倍音も十分に歌い上げられるのよ」
色や風景なんかも感じさせられたら、と願う彼女たちは、音楽を通して桜の花が咲いて散るまでを見事に表現してみせた。これからも音楽を超えて、心と心が混じり合うような、そんな演奏をしたい――そんな御菓子の言葉が、静かな雪の境内へと吸い込まれていった。
●今、この瞬間を楽しんで
自分たちも負けてはいられないと、仲間の演奏を聴いて俄然やる気を出したのは、ことことヤマトだ。ふたりは先ず、元気よく文曲へと自己紹介を始める。
「はじめまして、ことこって言います! ええと。あいどるやってます☆ あ……あいどるっていうのは、歌や演奏やダンスで、見てくれている人をにっこにこにするお仕事なのっ!」
あいどる、と言う未知の言語に首を傾げていた文曲だったが――ややあってから「なるほど」と納得したように頷いた。
「鈿女のようなものかな。天の岩戸を開き、この世に光をもたらす存在、と」
「……いや、そこまで壮大なもんでもねえけど。あ、オレは黒崎ヤマト! ことこと似てるけど、オレは歌と演奏が主体のバンドだな!」
いきなり神話の時代まで知識が遡った文曲を見て、ヤマトはバンドのことはさらっと流そうと決意する。そうして自分の扱うエレキギターに関して簡単にレクチャーをした所で、ことこがキュートな笑顔でヤマトを見上げた。
「ヤマトくーん! 折角だから勝負しよっか。どっちがイイ感じに演奏できるか!」
「お、その勝負乗った! 楽しそうだな! ことこの演奏も楽しみだけど、オレだって負けないからな!」
にぃと白い歯を見せて頷くヤマトは素早くチューニングを終え、己の心の赴くままに弦をかき鳴らす。競うように、けれど打ち消さないように――いい音とは協調してこそと言う信念通り、即興で合わせるふたりの演奏は『今』しか味わえない躍動感に満ちていた。
(皆で綺麗に合奏~☆ も勿論好き。だけど)
きらきらと華やかなオーラを振りまいて、ギターの二重奏を奏でることことヤマトは、ぴったりと呼吸を合わせて合間にパフォーマンスも決めていく。
「ぶつかり合うエネルギーが生み出す音楽も大好き!」
弾けんばかりの笑顔で、全力で音楽を楽しむことこ――と、其処で彼女は咄嗟の思い付きで、ギターのパートを変更してみた。こっちの方が厚みが出ると思ったことこの読みは当たって、リードを任されたヤマトが難なくリクエストに応えていく。
「お! こっちのがいい感じだな!」
そうしてボーカルのメインはことこが務め――ハーモニーを添えていくヤマトは、同じ音は二度と出せないと言う信念の元、この一瞬一瞬を全力で楽しもうと綺麗な歌声を響かせた。
(芸術、って難しいからよく分からないけどさ。音楽って作品を作り上げて、楽しませる事なら出来る!)
――演奏は楽譜をなぞるのが基本。けれど、その時々の気持ちや雰囲気、あとはノリでどんどん変わっていく醍醐味もある。
「もう、すっごい楽しい! 困っちゃう!」
そんなことこの歓声に惹かれ、即興で舞台に加わったのは数多だった。彼女が披露するのは演武であり、優れた武の動きは舞にも通じる美しさがある。
(最小限の動きで相手を翻弄し、倒す……。その静からの動のラインは、空を引き裂く一陣の風のように美しいものだと思うの)
――自分の剣は、目の前の障害を壊すだけのもの。けれど、その刹那は綺麗であると数多は思っている。剣士としての己の矜持と信念、それを形にした演武は即興曲にも難無く溶け込んでいき、その音色に合わせて剣刃の煌めきを散らしていった。
(ちょっとでもこれが、綺麗だと思ってくれたのならいい。剣は……武は、野蛮なものではないと思って欲しいわ)
文武は比べられないものかも知れないけど、どちらも美しいものだから――真摯に舞と向き合う数多の姿を見たたまきは、自分自身の栄養にしていこうとその様子をじっと見守っているようだ。
「文曲さま! 音楽って楽しいよねぇ。芸術って素敵だよねっ」
「はは、勝負は引き分けだな。どっちも勝ち! また今度一緒に演奏しようぜ!」
そうして名残惜しくもふたりのセッションは終わり、ことことヤマトは軽やかにハイタッチを決める。そのきらきらしたまなざしを見つめる文曲の姿が、何処か羨ましそうに見えたのは錯覚だったろうか――彼女の近くで細工を行っていた梛は、徐々に形が整ってきた銀の耳飾りを、そっと陽に透かして眺めてみた。
『俺はあんたを楽しませる会話も出来ないけど、ねぇ、あんたの事を教えて』
そう言って梛はぽつぽつと、文曲に質問を投げかけていったのだった。どんな風景が好きか、お気に入りの場所はあるのか、好きな芸術家はいるのか――。
『残念だけど、昔のことはぼんやりとしか覚えていなくてね。……ただ、相手を一方的に質問攻めにするのは無粋と言うものだよ』
『ああ、うっとおしいと思ったならすまない。あんたの事を知って、あんたの為の作品を作りたかったから』
――耳飾りを作ろう、と梛は思う。彼女がひとつになったとしても使えるような、派手さよりも芯の部分で輝くようなものを。華美ではなく装飾も少なく、そうして文曲と向き合った梛がイメージしたデザインは、蔦と華を基調にした耳飾りだった。
それからは丁寧に磨き上げて、必死に集中して銀細工を形にしていって――そうして出来あがった耳飾りは、自分でも満足のいくものになったと思う。
「まだまだ技術は足りてないけど、これが俺の作品。あんたの為に作ったもの」
やっぱりその人の為に作るなら、その人を知る事が大事だと告げた梛へ、文曲はくすりと「その人の為に作りたいと思う気持ち」はどれ程のものだったのかなと返したが――その口調は何処か楽しそうだ。
「一つになるって事は、残酷な事かもしれないけど。例え一つになっても、あんたはきっとそこにいるんだと思うから」
だから、耳飾りもそれに合わせて調整出来るようにしたと告げる梛へ、文曲ははっとした様子で――やがてふいと背を向けて空を仰ぐ。
「……今の私は実体が無いし、個の在り様も君たちが考えている概念とは違うんだろう。でも」
――私のことを、考えてくれて嬉しいと。消え入るようなその声は、確かに梛の耳に届いていた。
●新たな尾
こうして皆の演目が全て終了し、暫し余韻に浸っていた文曲は、ややあってから顔を上げてきっぱりと告げた。
「うん、どれも素晴らしい――ひとりひとりが己と向き合い、確りとその感性を形にしていたね。人間の持つ可能性を改めて感じ、私も君たちの力になりたいと強く願ったよ」
――つまり合格だ、と。頷く文曲が続けるには、今この瞬間にも新たな芸術や学問が生まれていて、それはきっと、今を確りと生きているからこそだ、と。
「終わりを知り、限られた時で何をするのか……君たちが生きる今は、きっと眩いばかりの世界なのだろう」
微睡むような時の流れに身を置く古妖では、永遠に辿り着けない境地なのかもしれないと文曲は言い――新たなるものを生むのは、人間に他ならないのだと頷いた。
「あ、そう言えば……文曲とかって、紫微斗占いの星の名前よね。他の尾もそれに応じた名前を持っているのかしら?」
其処で数多が手を挙げて質問をすると、興味を覚えていたたまきもそれに続ける。
「私は北斗七星に関連するかと思っていたのですが、それだと足りませんよね……」
「いや、それにふたつ加えて北斗九星が私たちの由来になる。加わるのが左輔と右弼の二尾で、あの子たちは……まあ、私たちのような自己主張の激しい尾の前には霞みがちだけど」
と、不意に声を潜めた文曲は囁く――悪意ある尾には気を付けろと。巧みに他の尾を取り込めばきっと、強大な敵となって立ちふさがるだろうから。
――そうして光の球となった文曲は、尾のひとつとなるべく狐神の元へと飛び去っていった。無事に依頼を完了したゲイルがお参りをしてから帰ろうとする中、数多は文曲に渡しそびれた薄い本をぎゅっと握りしめる。
「ああ、新しい文化を紹介するタイミングを逃したわ! ほんとこれ、やばい文化だからマジ! 絶対ハマるから!」
「止めんか! この神社にクサリガミが来るから!」
ホモォと鳴く古妖を思い出した玲司の絶叫が、神社の境内に響いて――無事にキュウビの一尾の協力を取り付けた一行は、依頼の成果を報告する為に雪深い地を後にしたのだった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
