例え、それが間違いでも
例え、それが間違いでも


●破綻者
 血と肉が飛び散っていた。
「お帰り。余りにも暇だったから、先に始めちゃったよ」
 何時からか私の前に居たのは、両親の死体を足蹴にしながら微笑む一人の男。
「どうかな。最近やり方に拘ってたからさ。偶には動物の餌みたいに散らかしてみたんだけど。
 偶には悪くないけど、やっぱり綺麗に解体した方が僕は良いなあ。……って、どうかした?」
 思考が、停止していた。
 彼は誰なのか、何を言っているのか、何故此処にいるのか。
 どうして死体を前にそう気楽でいられるのか。何で――
「……何で、二人を」
 ようやく零せた言葉は、頬を伝う涙にも似ていた。
 対し、男性は笑いながら母の頭だけを持ち上げて。
「最近仕事が忙しくてさ。ストレス解消っていうのかな。
 良ければ君も付き合ってくれない? 成る可く痛くないようにするから……」
「――――――!」
 声にならない声を上げて、私は彼へと殴りかかる。
 気付けば、その腕は土の如くくすみ、硬くなっていた。
 いつからかは解らない。それに、そんなことはどうでも良かった。
 硬化した腕を男の短刀が受け止め、鈍い音を響かせる。
 身体は、心は、その一合で止まる事なんて最早無く。
「……殺す」
 視界は、急速に闇に包まれて。
「貴方は、私が……!」
 落涙が床に広がる血に溶けたとき、私の意識も急速に失われていった。

●覚者
「……破綻者を、覚者へと戻して欲しいの」
 哀しそうな顔で、久方 真由美(nCL2000003)はそう言った。
 何時もと同じ依頼の話は、けれど彼女が浮かべる表情で、其れとは違うことを示していて。
「破綻者の深度は2。土行の付喪の能力を有してる。
 自我は消失しかけているけど、説得の後に戦闘不能まで追い込めば、助けられる可能性は十分にあるわ」
 希望のある依頼。だのに浮かない表情を浮かべ続ける真由美に覚者達が疑問を表情に浮かべた。
「『彼女』は皆が到着したとき、ある隔者と戦闘を行っている。
 隔者は自らの力を思うさま振るう快楽殺人者で、彼女の両親も戯れに殺された。その現場に偶然出した彼女は、感情の暴発を切欠に因子に発現、そのまま破綻者となって隔者を殺そうとしている」
 一つ、溜息を置いた真由美は、
「『そう、思っている』」
 一言だけ、言葉を付け足した。
「……件の隔者と破綻者の能力差は明らかに後者が上。
 現時点では隔者は防戦一方となって均衡を保っているけど、不利を悟った時点で戦場である彼女の家を出て、街中へと誘導する。多分AAAに対処をさせる算段なんでしょうね」
 そうなれば、破綻者の死は免れまい。
「……お願いね。例え、其れが間違ったやり方であっても」
 僅か、何かを堪えるようにして。真由美は。
「生きてさえいれば、正せない過ちはないと。私はそう思うから」

●隔者
 嗅ぎ慣れた死の匂いがした。
 幾度もくぐり抜けた戦場ではなく、何でもない町の民家から。
 離れることが正解だったのだろう。それでも、その場所に近づいたことを後悔はしていない。
 見えたのは、死。
 一人の少女が覚者として目覚め、制御できぬ力を以てその両親と思しき二人を殺してしまった光景だった。
「あ――え、私……?」
 やがて、聞こえる困惑の言葉。
 両親の死という事実に、微かに残っていた理性が目覚めたのだろうか。
 その力を抑えつつあった彼女は、何れこの惨状の原因を理解するだろう。
 そうなれば――その自責が何をもたらすか、等と、益体もないことを考えて。
「……嗚呼、全く」
 気付けば、苦笑いを浮かべていた。
 胸元に仕込んだ予備の武装を取り出し、僕は死んだ二人に近づく。
 見知らぬ人間の接近にも気付かない彼女へ、笑いながら僕は言った。

「お帰り。余りにも暇だったから、先に始めちゃったよ」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:田辺正彦
■成功条件
1.破綻者を覚者へと転化させる
2.なし
3.なし
STの田辺です。正答と最適解は同義なのでしょうか。
以下、シナリオ詳細。

場所:
後述する『破綻者』の家です。場所はリビング~玄関前の通路付近。
障害物は存在しませんが、広範囲に影響を及ぼすスキルを使い続けると『破綻者』の両親の死体の損壊は激しくなるでしょう。
時間帯は夕刻から夜にかけて。室内の光源は生きており、必要ならばF.i.V.E側が懐中電灯等を支給してくれるため、プレイングへの記入は必要有りません。

対象:
『破綻者』
深度2、土行の付喪である破綻者です。外見は十代半ばの少女。
覚者へと目覚めた際、突然の力を制御できず破綻者と化し、両親を殺してしまいました。
自我や理性を保ちにくい破綻者の時点で行った殺人は彼女の自覚に薄く、下記『隔者』はそこを利用して復讐の矛先を自分に向けさせた形となります。
戦闘面としてはカテゴリ相応に強いです。スキルこそ皆さんと同程度のものしか行使できないもののその精度と威力は高く、加えてステータス事態の高さも相まって、単体で十分な強さを誇ります。
彼女を覚者へと戻すには、適切な説得と共に彼女を戦闘不能に追い込む必要があります。

その他:
『隔者』
偶然『破綻者』の近隣に居合わせた隔者です。外見は二十代後半の男性。
『破綻者』が自ら犯した罪の重責に潰されぬよう、その事実を自分の責任へとねじ曲げました。
良くも悪くも自分の理念に従って好き勝手動くタイプであり、そうした事情もあってAAA等の縦社会では生きていけない人間です。
戦闘面では能力の詳細不明。但し深度2の破綻者と防戦一方ながら一時的に均衡を保てる程度の力量は有ります。
彼単独での戦闘を続ける場合、明確に自身が不利になった時点で街中へと『破綻者』を誘導、AAAに彼女を殺害させてしまいます。



それでは、参加をお待ちしております。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2015年09月27日

■メイン参加者 8人■



 踏み込んだ足が、木目の床に土の槍を出だす。
 土行壱式、陸槍。自身を起点として為した技巧は、それが覚者のものであるならば只の一手として終えただろう。
 だが、破綻者であるならば事は変わる。
 技巧は絶技となり、衝撃は崩滅と成りうる。
「う――――――わ」
 事実、対する隔者の側は身を穿つ岩の槍に表情を歪めた。
 防いで尚、出血は夥しく。撤退の算段を立てるべきかと彼が考慮し始めた頃に、其れは起こった。
「悪いね、介入させてもらうよ」
「……!?」
 翼人、指崎 まこと(CL2000087)が一言を告げて、それを追うように『六つ』の影。
 宵の帳が降り始めた時刻、映る姿はそのどれもが朧気で。
 ただ彼の二人は――それを気に留めるような人間では無く。
 隔者の男と破綻者の少女。両者の間に割り込んだ七名の覚者に対して、両者の反応は極めて淡泊な侭。
「退、いて」
「退きません。『それ』は、今の貴方が為すべき事柄ではない」
 警告は、恐らく微んだ理性。
 それをにべもなく拒絶する『狗吠』時任・千陽(CL2000014)に、破綻者の少女は咆哮する。
「退けぇぇぇぇぇッ!」
 琴桜。機械化した腕を真に金属そのものへと変化させ、彼女は千陽の身を強かに打つ。
 一撃に響く衝撃。それを堪える彼の背後から、少女を目掛けて穿つ水撃。
「間に合わなかったことは謝るさ。けれど、その為にお前をバケモノのままで居させるわけにはいかない」
 その頭を冷やしてやるよ。そう言って、トール・T・シュミット(CL2000025)が双手に手挟んだ呪符を舞わせれば、其れは意志を持つように少女の側へと飛来する。
 迎撃は容易。乱れ飛ぶ呪符を避け、或いは破り落とす破綻者は、しかし。
「ち、面倒な女だ……!」
「ッ!!」
『鴟梟』谷崎・結唯(CL2000305)の陸槍の予期にまでは、対応しきれなかった。
 劈く槍。千々に裂ける服と滴る血液。殺意ではないにしろ、明確な害意を認識した彼女の激昂に、結唯が小さく鼻を鳴らす。
 軋む身体を無視して、其れに返す刀と振るわれた破綻者の拳。
 一手、二手。土行の属性を有しながらも、破綻者として高められた能力はその速度にも影響した。
 現時点に於いて、唯一人前衛に立つ千陽がそれに対処し続けるも、やはり防御の面に於いては耐えきることは難しい――少なくとも、長期的には。
「……思うところは、もちろん有ります」
 響く言葉。刹那、攻手の合間に放たれる召雷、そしてB.O.T。
 圧倒的な手数を以て、所作の隙を突き攻撃を放ったのは『誇り高き姫君』秋津洲 いのり(CL2000268)と藤 咲(CL2000280)の二人。
「でも今は彼女を転化させるのが先。でなければ、それを果たすことすら出来ませんもの」
「そうね。最も、彼女の行く末が結末となるのか、未来へと続くものになるのかはわかりませんが」
「――貴方、達」
 破綻者の少女に相対する五名。少なくとも当座の間、彼女から隔者への攻撃はほぼ完全に止められたと考えて良い。
 脅威の度合いで考えれば、それは適当と言えるが――それまで覚者達の世界など知らなかった彼女にそれを判別する知識はなく、また有ったとしても、それらは単一の感情に押しつぶされただろう。
「邪魔、を……」
 怒りが、彼女を加速させる。
「するなァッ!」
 疾駆、それを食い止める覚者達を見て、対する隔者の側は。
「――やあ、助かったよ。御同輩かな?」
「冗談。貴方も一緒にお縄に付けるのが役目よ」
 隙を見せぬ侭、乱入した最後の一人である華神 悠乃(CL2000231)に動きを止められていた。
「ご両親は救えなかった。けれど、この子だけは好きにさせない」
 殊更強調した言葉でそれを告げる悠乃に対して、隔者の側は苦笑を浮かべて立ちつくしている。
 背を見せて逃げる愚は犯さぬものの、態勢を止められた彼一人に出来ることはそう多くない。自身の側を睨む破綻者の少女に視線をやりつつ、彼は何気ない口調で呟いた。
「……遊びが過ぎたね。どうにも。
 全く、こんな事なら――『一人で来るのではなかった』よ」
「そう思うなら次からは自重しろ、馬鹿が」
「!?」
 距離を保つ悠乃と隔者、その前者を狙い、撃ち放たれた無数の銃弾。
 射線から咄嗟に飛び退いた悠乃が射撃の元を辿れば、其処には煙草を咥えたくたびれた男。
 隔者、『ゴシップ記者』風祭・誘輔(CL2001092)が――嗤っていた。


「――――――!!」
 声にも成らぬ声、戦場を離脱せんとする誘輔と隔者が刹那、動きを止めるほどに。
 それを聞いて――上手く行ったと、悠乃は心の中でひそと其れを呟く。
 作戦当初より、覚者達はその目的を『破綻者の救出』のみならず『隔者の逃走幇助』までを範疇に捉えていた。
 覚者達には事情こそ解らぬものの――自身を餌に仕立て上げて少女の真なる意味での破綻を回避するために行動した隔者を一先ずは生かすべきと判断した彼らは、その為に一芝居を打つことにした。
 隔者の共犯役となったのは誘輔。前もって悠乃の送心で隔者本人の了承を取り付けた後、即興の演技を以て戦場から離脱して貰う。
 その後、隔者の無事を確定させた後に破綻者を覚者へと転化させるというもの。流れは把握しやすいものの、それを望むとおりの結果として作り上げられるかは五分にも等しい。
 説得は至難を極める。それを承知の上で臨む覚者達は、しかし。
(――通りすがりの彼だけにカッコ良い真似はさせておけないよね)
 知らず、歪み掛けた口の端を引き締め直し、まことが蔵王を展開する。
 イメージはヒトガタの土壁。未だ、未だと増え、折れることのない障害へと、破綻者の少女は爆発する。
「あ、あああぁぁぁぁッ!」
 ――少なくとも、土行のそれ自体には複数の対象を狙う異能はない。
 それで居て、深度2の破綻者。覚者達複数を相手取りながら間断なく攻手を叩き込むその手数と威力は、ともすれば一撃で倒れることすら憂慮される。
「……っ、意識を強くもって、飲み込まれて何もなくなってもいいのですか?」
 まことと同様、硬化した腕が只の一撃で『撓む』。
 ヒトが見るべきでないおぞましい光景。其れを見て後、抱く感情は果たして少女を想う心だけか。
 冷えた汗を滴らせながら、それでもせめてと千陽が告げる。告げて――少女が揺らぐなら、未だ希望はあったものの。
「頭を冷やせ。お前は誰か思い出せ。奴を殺せるなら、自分が消えていいのか?」
 追撃は止まず。傷む仲間の回復――否、延命処置に走るトールが、舌打ちと共に癒しの水滴を仲間に施す。
 理性はなく、直情的に一点突破を狙う彼女に前衛陣は微妙に立ち位置をズラしながら、被るダメージを上手くローテーション出来ているが……如何せん、一撃が重すぎる。
 覚者達の戦闘の認識として『説得の後に戦闘』か、『説得と共に戦闘』かの違いが此処で効いてくる。一丸となって絶対的な守勢に回れば被害は多少なりとも軽減できただろうが、生憎と彼女の攻撃を防ぐには今ひとつ要素が足りない。
「……復讐を止めるような真似をするつもりはない。
 復讐は不毛だとか、そんなものは復讐に身を焦がした事のない奴の綺麗事だ」
 穿つ岩槍は幾度目か。氣力の消耗に荒いだ呼吸を整え、結唯が誰ともなく呟く。
「ただ、まあ――力に溺れ、破壊を撒き散らす化け物として仇を討つか。
 或いは覚者としての意識を保ったまま仇を討つか。それぐらいの選択肢はあってもいいだろう?」
 お前は、何方を選ぶ。
 敵意に彩られた瞳に理知の光が宿る。最も、其れは熾のように仄かなものだけれど。
「……キミの、名前は?」
「何、を」
 先んじて問うたのは、悠乃。
 放つ一撃は異能を伴わないが故に弱く、対する破綻者の重撃に、その身は酷く傷んでいたけれど。
「……ああ、そうか。
 綺麗な名前だね。私は、好きだな」
「……、っ!!」
 意識は――微睡みのようなものなのだろう。
 時折意味のある言葉を零したかと思えば、直ぐに其れは苦悶と咆哮に変わる。その中で悠乃が彼女の意識から拾い上げた名前は、遠い春の風を指す名前だった。
「聞いて。彼は逃げたよ。キミが自分の勝てない相手だと知って、逃げ出した」
 言葉に返された拳。無頼と覚者達が呼ぶ異能が悠乃を縛るより早く、その命数が切れかけた彼女の意識を燃え上がらせる。
「いかに力が上回っても、理性をなくしたキミでは追い切れない
 やり切る気があるなら、目を覚まして。キミが、キミの意志で彼を追うなら――」
 癒しの水滴。仲間による彼女への妨害。カバーリング。その全てが、けれど刹那ばかり間に合わず。
「私達は、それを手伝える」
 追うた一撃に、その身が昏んだ。


 原因は、序盤から現在までに至るリソースの少なさが理由だ。
 現在破綻者である少女と、本来は目的を同じくする覚者達。
 その彼女に明確な敵意を向けられずに隔者を逃走させるには、外部からの介入による救出劇が必要だという意見に間違いはない。
 それでも、共犯役を演じた誘輔と隔者が逃走するタイミングに於いての相互認識が甘かったことは語るべくもない。
「悠乃様……!」
 いのりが叫ぶが早いか、悠乃の身体が地に伏した。
 元より参加した覚者全員を以て相対することが推奨とされる依頼だ。其処に『居るはずの人員』を除いた挙げ句、説得完了までの守勢に幾らかでも連携を欠いたとなれば、不利はその傾きを大きなものとする。
 ――拙い、けれど。
 逆接を伴いながら、まことは少女の変化を見逃さない。
「我を忘れて暴れているのならば、痛みを思い出してくださいまし」
 伝う声は怜悧。少女がはっと顔を上げれば、其処には咲がスタッフを構えている。
「それはきっと貴女を貴方たらしめてくれる悼み。
 足りないというのなら、もっともっと慰めあいましょう?」
 言葉と共に霊気の波動は少女を追う。
 触れて、明滅。並々ならぬ衝撃を与えた咲がたおやかに一歩を退けば、更に稲妻の一撃が。
「……このままでは貴方は殺されます。そしたら誰がご両親の事を覚えていてあげるのですか?」
 怯む身体を、心を、追いすがるようにいのりが叫んだ。
「覚えていてくれる人がいなければご両親は本当に死んでしまいます!
 貴方がご両親を思う心は、貴方の命は、ご両親がこの世界に生きていた証なのです!それすら捨て去ってしまうのですか!」
 涙すら零さんと悲痛に呼ぶ声に、少女が身体をふらつかせた。
 何かを掴もうと、或いは振り払おうとするような逡巡、躊躇。僅かばかりでも緩んだ攻手に、構えを解いた千陽が声を上げる。
「このまま、復讐心のままにその力をふるっていては、君は何もなすことができないまま
終わってしまいます」
「……わた、しは」
「君の復讐心は否定はしない。君への全面協力も辞さない。だから、闇に飲み込まれる前に帰ってきてください」
 告げた千陽に、少女は更に身もだえる。
 彼女の心を失わせた感情があった。覚者達は其れを無くすことではなく、其れを基点として心を作り直そうとしている。
 復讐という、歪んだ、けれど強固な心へと。
「奴を殺せるなら、自分が消えていいのか? ……そう思ってんなら、絶対に死なせねぇよ」
 吐き捨てるように、トールが言った。
 編み上げた治癒の異能は如何ほどか。尽きかけた氣力に膝が折れるのを堪えて、覚醒した『少年』は尚も言葉を続ける。
「復讐したいなら、その力を自分の物にしろ。
 ……それともこのまま暴れて、これ以上親の身体を傷つける気か?」
「……!!」
 それが、切欠。
 咄嗟に自らの両親を見て、彼女は瞳から涙を零す。
「……ごめん」
 そうして、終ぞ。
「ごめんな、さい」
 聞こえた想いがあった。願いがあった。
 覗いた瞳に、少なくとも先ほどの翳りはない。
 それでも――その力の暴走だけは、失われて居らず。
「説得は完了した」
 誰よりも先に、結唯が刀を構え直した。
「後は、その力を制御する」
「……え」
 少女を気絶に――戦闘不能に追い込むべく、再度異能を練り始めた結唯へ、少女が困惑と恐怖を表情に浮かべる。
 其れを見て、小さく咲が呟いた。
「思い出しなさい。自分自身を。抗してみなさい。その暴力に」
 自らに介在する激情を、押さえ込んで見せろと。
「――自己の全てを賭けて」
 少女には、何も伝えられていない。
 両親の死。言葉を伝える見知らぬ人々。何もかもが解らないことだらけで、だけど。
「……もう、」
 言って、少女は難く目を瞑る。
「もう、無くしたく、ないから……!」
 突き出た陸槍は幾度目か。
 抵抗を捨てた少女の意識は、そうして其処で途絶えた。


「……で、テメエは何者だよ」
「君の相棒?」
「それで通しきるならハチの巣にするぞ。確実に」
 ――戦場から遠く離れた街路にて、誘輔は隔者と会話していた。
 少なくとも覚者達が介入した戦闘の当初に於いては彼は破綻者の少女を救おうとしていた。が、それが何らかの私利私欲を伴ったものではないという保障は何処にもない。
 誘輔はその為に彼の逃走を手伝いつつ、同時に監視も行っていた。
「素性を言いたくねえなら良いさ。お前は何がしたかったんだ。あのガキと自分を重ねて同情したとか?」
「まあ、助けたくはあったよ。確かに。
 彼女がAAAに見つかればその時点で殺害は確定だろうし」
 対する隔者の側は飄々としたものである。
 何処か自嘲にも映る苦笑を浮かべて、彼は淡々と誘輔の質問に答えていく。
「上手いことこっちに怒りを促して、倒して。目が覚めれば或いは、ってね。
 ただまあ、敵意の矛先が定まった瞬間彼処まで狂化するとは思わなかったから、作戦が狂った」
 ――今現在に於いて、『破綻者』や『深度』などの名称や定義はF.i.V.Eの人間が定めたものだ。
 一般的には広まっていないその名を、隔者や憤怒者、古妖は独自にその呼び方を決めている。隔者の言葉を或る程度自分の中で訳した誘輔は、歎息と共に頭を掻いた。
「俺は記者だが、真実を信用してねえ。世の中にゃ知らなくていい事も沢山ある」
「同感だね。それで救える命があるなら、そうすべきだと思う。
 ただ、無知と未知は違う。隠しきれるものならまだしも、扱いきれない秘密を知られたら、その疵はきっと死に至るよ」
 君が望まない真実はどちらだい? と、その目が語っている。
 答えず、鼻を鳴らした誘輔は隔者に背を向け――歩き出す前、思い出したように胸ポケットをまさぐって名詞を差し出した。
「テメエの暇潰しにうってつけの場所だよ。……ま、勧誘だ 気が向いたら来い」
 隔者はぽかんとした表情でそれを見た後――気の抜けた様子でそれをポケットに入れた。
「結局、君の方こそ何者なんだい?」
「見りゃ解るだろ。只のジャーナリストだよ」


 少なくとも、小一時間ほどで少女の目覚める様子はなかった。
 戦闘開始から説得が成功するまで、必要以上に蓄積した負傷が原因だろうと、F.i.V.Eの事後処理班は推測して、少女を近くの病院まで搬送していく。
 幸い、その負傷は軽くはないが、致命傷にも遠い。幾らか安静にすれば目を覚ますだろうと聞いて、覚者達は胸をなで下ろした。
「……ごめんね」
 それでも、全てがハッピーエンドで終わるわけではない。
 結唯の保護が有ったとは言え、戦闘で激しく損耗した破綻者の両親の遺体を修繕する傍ら、まことは抵抗のない少女に守護使役を介してその記憶を失わせた。
 全てを無かったことにする気はない。真実が知りたければその全てを隠すことなく聞かせると、まことを見遣るいのりも躊躇うことなく頷いた。
 ただ、少なくとも――此度の一件で得た激情は、少女がこれから生きるには重荷にしかならないと、まことはそう思ったが故に。
 そして、トールの側も。
「……難しいな。やっぱり」
 死んだ両親の遺体に交霊術を続けていた彼が、伏し目がちに首を振った。
 対話と共に、自身等の娘に対する想いを聞くことが出来ればと為した結果は、どうしようもない恐怖と、取り戻せない生への慟哭だけだった。
 交霊術の精度は、その残留思念の強さに比例する。問題はその強い残留思念が何によって生じたものかであり、得られる情報も自然と其方に傾いたものとなる。
 少なくとも、少女がこれを聞くことは酷い痛みを伴うものだとトールは判断した。
 それを聞くか否か、自覚無き少女自身に判断させる事は、或いは卑怯なのかも知れない。けれど。

 ――事実とか罪とか、そういうの、いいんで。

 戦闘後、意識を取り戻した悠乃が放った言葉に、トールが薄く笑う。
 人に戻れば、その選択は全て本人のもの。いっそ快活に言い切った獣憑の彼女の言葉は、故にこれから道に惑う少女の助けになりうるだろう。
「……あの娘がこれからどうするか、些か興味はあるな」
 ぽつり、呟いた結唯は、既に遠のいた搬送車を視線で追っている。
 言葉こそ返すことはないが、其れに小さく頷いた千陽もまた、瞳の行き先を同じくして。
 少女が搬送される間際、彼はその手に彼個人の連絡先を書いたメモを握らせた。望む道行きが重なることが有れば、その過程に千陽は僅かな期待と、確かな責任を自らの裡に覚えている。
 戦場は既に夜半。曇天が見下ろす一軒家を出た一同の中、最後に咲は或る方向へとスカートの端を抓み、カーテシーを送る。
「――今回はこれにて閉幕ですわ」
 秘密事を囁くような声は、夜の空気に溶けていく。
 礼と言葉に返ってきたものは、気怠げな様子で戻ってきた誘輔の姿だった。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
ここはミラーサイトです