大きなお餅、いただきます!
●
冷気が肌に染みこむ早朝の境内を、巫女装束に身を包んだ少女たちが、忙しげに走っていた。
今日は少し早い鏡開き。毎年多くの人が訪れるこの神社では、参拝客に鏡餅を使った料理を振舞うのが慣わしとなっている。
境内の掃き清められた一角には、彼女たちが運んだ餅が幾つも積み重ねられている。どの餅も、トラックのタイヤのように大きく、重そうだ。
「よいしょ、よいしょ」
「これで全部ですね」
3人がかりで運んできた最後の丸餅をゴザに置くと、いちばん年若の巫女が汗を拭った。
「ふふっ。どのお餅も、すべすべですね。食べ甲斐がありそうです」
ずらりと並ぶ白い鏡餅を、年若の巫女が愛おしそうに見渡す。
彼女たちが毎日丁寧に磨いたおかげで、カビもヒビも見あたらない餅ばかりだ。
「今年のもち米は出来が良かったそうよ。参拝の方々の喜ぶ顔が楽しみだわ」
「どうやって料理しましょうか。お汁粉に、炙り餅に、磯部巻に、力うどんに……」
ひと仕事を終え、巫女さんたちが話に花を咲かせ始めた、その時。
「ゴメェ……」
ゴザに積まれた鏡餅のひとつが、ふわりと宙に浮いた。つられるように、ひとつ、またひとつと、餅が浮かんでゆく。
「えっ!?」
「な、なにあれ!?」
手を口に当て、目の前の光景に言葉を失う巫女さんたち。
そうこうする間にすべての餅が宙に浮き、組み合わさって、人の形へと姿を変えた!
「モチッッッ!! ゴメエェェーーーッ!!」
「きゃああああぁぁぁぁぁ!!」
こうして妖と化した鏡餅は、神聖なる境内で暴虐の宴を始めたのである……
●
「……と、いう夢を見た」
久方 相馬(nCL2000004)は深刻な表情で、教室に集まった覚者を見回した。
「このままでは妖化した鏡餅が境内を荒らし回り、巫女さんたちはぺしゃんこにされ、何も知らずにやって来た参拝客は、餅を口に詰め込まれ窒息死させられてしまう。そうなる前に妖を撃破し、被害を防いでくれ!」
依頼は、餅が合体し妖となった時点からスタートする。その場に居合わせた巫女さんたちは自力で逃げるので、誘導や護衛の必要はないとのことだ。
出現する敵は、物質系のランク2が1匹。某レストランガイドで有名なタイヤ会社のマスコットよろしく、扁平な鏡餅が集合して人の姿を形作っている。
特筆すべきは、そのパワーだろう。相撲の力士をふた周りほど大きくした体躯は、トラック程度なら軽くひっくり返してしまう。前衛は油断していると思わぬ怪我をするかもしれない。
幸いというべきか、この妖は中衛と後衛を攻撃する手段を持たない。前衛で妖を足止めしつつ、後列の集中砲火で仕留める……というのが、オーソドックスな攻略法だろうか。
「諸々の対応はFiVEが全部やっておく。皆は敵を倒して、餅でも食べてゆっくりして来てくれ」
そう言って相馬は話を終えた。
冷気が肌に染みこむ早朝の境内を、巫女装束に身を包んだ少女たちが、忙しげに走っていた。
今日は少し早い鏡開き。毎年多くの人が訪れるこの神社では、参拝客に鏡餅を使った料理を振舞うのが慣わしとなっている。
境内の掃き清められた一角には、彼女たちが運んだ餅が幾つも積み重ねられている。どの餅も、トラックのタイヤのように大きく、重そうだ。
「よいしょ、よいしょ」
「これで全部ですね」
3人がかりで運んできた最後の丸餅をゴザに置くと、いちばん年若の巫女が汗を拭った。
「ふふっ。どのお餅も、すべすべですね。食べ甲斐がありそうです」
ずらりと並ぶ白い鏡餅を、年若の巫女が愛おしそうに見渡す。
彼女たちが毎日丁寧に磨いたおかげで、カビもヒビも見あたらない餅ばかりだ。
「今年のもち米は出来が良かったそうよ。参拝の方々の喜ぶ顔が楽しみだわ」
「どうやって料理しましょうか。お汁粉に、炙り餅に、磯部巻に、力うどんに……」
ひと仕事を終え、巫女さんたちが話に花を咲かせ始めた、その時。
「ゴメェ……」
ゴザに積まれた鏡餅のひとつが、ふわりと宙に浮いた。つられるように、ひとつ、またひとつと、餅が浮かんでゆく。
「えっ!?」
「な、なにあれ!?」
手を口に当て、目の前の光景に言葉を失う巫女さんたち。
そうこうする間にすべての餅が宙に浮き、組み合わさって、人の形へと姿を変えた!
「モチッッッ!! ゴメエェェーーーッ!!」
「きゃああああぁぁぁぁぁ!!」
こうして妖と化した鏡餅は、神聖なる境内で暴虐の宴を始めたのである……
●
「……と、いう夢を見た」
久方 相馬(nCL2000004)は深刻な表情で、教室に集まった覚者を見回した。
「このままでは妖化した鏡餅が境内を荒らし回り、巫女さんたちはぺしゃんこにされ、何も知らずにやって来た参拝客は、餅を口に詰め込まれ窒息死させられてしまう。そうなる前に妖を撃破し、被害を防いでくれ!」
依頼は、餅が合体し妖となった時点からスタートする。その場に居合わせた巫女さんたちは自力で逃げるので、誘導や護衛の必要はないとのことだ。
出現する敵は、物質系のランク2が1匹。某レストランガイドで有名なタイヤ会社のマスコットよろしく、扁平な鏡餅が集合して人の姿を形作っている。
特筆すべきは、そのパワーだろう。相撲の力士をふた周りほど大きくした体躯は、トラック程度なら軽くひっくり返してしまう。前衛は油断していると思わぬ怪我をするかもしれない。
幸いというべきか、この妖は中衛と後衛を攻撃する手段を持たない。前衛で妖を足止めしつつ、後列の集中砲火で仕留める……というのが、オーソドックスな攻略法だろうか。
「諸々の対応はFiVEが全部やっておく。皆は敵を倒して、餅でも食べてゆっくりして来てくれ」
そう言って相馬は話を終えた。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖の撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
この依頼は、戦闘と食事の2本立てでお送りします。
活躍したいパートをプレイングにてご指定いただければ、
希望パートでの描写が増えますので、ご活用ください。
●ロケーション
40×40メートルの神社境内がフィールドとなります。
フィールド内は砂地で、障害物はありません。妖はフィールドの中心部にいます。
覚者のスタート地点は、フィールド内であればどこでも自由とします。
●敵
餅巨人 × 1
体長は3メートルほど。物質系、ランク2の妖です。
高い攻撃力を活かした物理攻撃を得意としますが、
中距離~遠距離からの攻撃には無力という弱点があります。
ボディプレス 物近単(弱体)
パンチ 物近単
鏡餅乱舞 物近列
●戦闘後
妖撃破後、神社から餅(お汁粉、炙り餅など)が振舞われます。
食べたい料理があれば、プレイングにて指定をお願いします。
※未成年の飲酒喫煙はご遠慮いただいております。ご了承ください。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/6
5/6
公開日
2017年01月21日
2017年01月21日
■メイン参加者 5人■

●
睦月。冷気が染み入る、早朝の神社にて。
「うおっ、ほんまに餅が合体しとる!」
鳥居をくぐり駆けつけた『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)は、思わず目を丸くした。
彼女の視線の先では、妖と化した白い鏡餅が境内を我が物顔で闊歩している。
「モチッ! ゴメエェェーッ!!」
妖の咆哮が、神社の拝殿をびりびりと振るわせる。
幾つもの餅が重なり合ったその巨躯は、まるで相撲取りのようだ。
「あわわわわ……」
「お、お餅があ……」
運悪く居合わせた神社の巫女たちは、呆然として立ち尽くしている。
このままでは危険だ。凛は愛刀の朱焔を手に、境内の砂場に飛び込んだ。
「FiVEの者や。妖はあたしらが対処するから早よ逃げ!」
「は、はいいっ!」
「ゴメエェェーッ!!」
逃げる巫女たちを背に、速やかに陣形を組む5人の覚者たち。
対する妖は威嚇の声をあげ、威勢良く四股を踏む。どうやら、こちらを敵と認識したらしい。
「新年早々まさかのお餅の妖化である……どうしてそうなった」
凛の後ろで、『隔者狩りの復讐鬼』飛騨・沙織(CL2001262)が無表情で呟く。
「近距離特化のパワータイプ。なら、やりようはある」
「ヒビもカビもない、素晴らしい鏡餅ですね。巫女さんの手入れする姿が目に浮かぶようです」
沙織の隣で、『スーパー事務員』田中 倖(CL2001407)の眼鏡がキラリと光る。
「神社の方々の思いも込めて、鎮めて差し上げましょう!」
倖のポジションは中衛からの援護射撃。仕込み時計のホワイトラビットを構え、眼鏡のブリッジをぐっと押し上げる。どんな些細な動きも見逃さないように。
「お餅の妖かぁ……鏡開き、イヤだったのかな?」
そんな倖の後ろで、『彼誰行灯』麻弓 紡(CL2000623)が飄々とした笑顔で妖を茶化す。その手に握るのは相棒のスリングショット、クーンシルッピだ。
「田中ちゃん。打ち合わせどおり、回復はボクと『彼女』がやるね」
紡の隣では、「彼女」――『翼に笑顔を与えた者』新堂・明日香(CL2001534)が、口を手で押さえて絶句していた。
「お餅の巨人……!! こんな妖も出るんだねえ。おっきぃ……」
明日香は5人の中で、最も戦闘経験が少ない。目の前のコミカルな外見の妖が、彼女には珍しく感じられるようだ。
「お餅退治、頑張るよー、雪ちゃんっ!」
守護使役に声をかけ、明日香が覚醒。純白の羽織に緋袴、巫女装束へと装いを変える。得物は和弓に破魔の矢だ。
「ゴメエェェーッ!」
役者が出揃った神社の境内を、緊迫の空気が包み込んだ。
彼我の視線が絡み合うなか、鐘突き堂の鐘が厳かに打ち鳴らされる。
それが、戦闘開始の合図となった。
●
「ゴメエェェーッ!!」
四股を踏んだ妖が、砂を蹴って突進。前衛の凛めがけ、地響きを立てて迫ってきた。
「切り餅にして雑煮にぶち込んだるわ!!」
一方の凛も、開始と同時に跳躍。妖の間合いに踏み込み、煌焔の三閃を放つ。
ガチッ ガッ ガチッ
妖の腹に刃が食い込むも、切断するには至らず。致命傷には遠いようだ。
「くっそ、つるつるすべすべな肌しやがって。これがホンマの餅肌やな」
凛は口を尖らせながら、刃の切っ先を揺らして妖を誘った。
5人の組む陣形で、前衛は彼女一人のみ。ヘイトを稼げば、それだけ後ろの動きが楽になる。
「さっさと来んかい、おデブちゃん」
「ゴメェ!」
果たして妖は、凛に狙いを定めた。再び地面を踏みしめ、突進――できない。
何者かに足首を強く捉まれ、思うように身動きが取れないのだ!
「ゴ、ゴメェ!?」
狼狽し、違和感を感じる足元へと視線を向ける妖。
すると砂の下から無数の蔓が生え、妖の足に絡みついている!
「相手の土俵に乗ってやるほど、お人好しではない。……まずは足からだ」
蔓の正体は、沙織の発動した捕縛蔓だった。餅がひび割れんばかりの力で、沙織の蔓が容赦なく妖の自由を奪ってゆく。
「ゴ……ゴメエェェェーッ!!」
妖は思うように動けず、怒りの咆哮をあげる。奇襲による苛立ち。本能的な感情に囚われ、妖のガードが一瞬緩んだ。
「チャンスですね。いただきです!」
その一瞬の隙を、倖は見逃さない。念弾が空を裂き、妖の白い胴体にめり込む。
だがこれは、挑発の援護射撃。妖もそれに気付いて、さらに怒りをかき立てた。
「ゴメエェェェ!!」
妖の輪郭が輪切りされ、鏡餅本来の姿となって次々と宙に浮いてゆく。
その光景をどう表現したものだろう? あたかも白い円盤の大群が、境内を占領しているようだ。
「凛さん、受け取って!」
敵の攻撃気配を察した明日香が、凛に戦之祝詞をかけた。
「これで物理攻撃に硬くなるよ!」
「おう、サンキューやで!」
「モチッ! ゴメェーッ!」
円盤の群れが二手に別れ、左右から凛の襲い掛かる。
耳と目を頼りに、頭上からの集中砲火を刃で弾き、受け止める凛。
弾かれた餅のひとつが境内の外れへと飛び、若木を切断した。
「ちっ」
倒れる若木を横目に、凛は舌打ちする。あれが直撃すればただではすまない。
妖のパーツの数は目視で10以上。数が多すぎた。
致命打こそ免れているものの、鏡餅の礫は、凛からじわじわと体力を奪う。
「ほ、焔陰さん!」
体の傷が増えてゆく凛を見て、明日香が顔色を変えた。
「さすがに敵さんも、黙って落ちちゃくれないか。回復はボクがやるよ」
「分かりました! 紡さん、二人で支えて、バッチリ勝とう!」
紡が癒しの滴を発動し、凛の傷を癒す。
同時に明日香が演舞・清爽を発動し、全員の回避と速度を強化した。
「祝詞も舞いも神に捧げるもの。カミサマどうか御照覧あれ、ってね」
ふたりのコンビネーションに支えられ、凛はすぐさま立ち上がった。
両腕、動く。両足、動く。息も出来る。
(よっしゃ、折れとらんな)
戦闘体勢を取り直した凛の眼前に、ふたたび妖が円盤の一群となって迫る。
「このっ! そうそう何度も食らわんわ!」
凛は持ち前の平衡感覚で体勢を維持しつつ、飛来する鏡餅を弾き続けた。
速度と重量に任せた一撃は脅威だったが、動きそのものは単調だ。一度食らえば見切りは容易だった。
「ゴメエエェ!」
攻撃が不発に終わった妖が、元の姿に戻るべく、がしんがしんと鏡餅を組み合わせる。
それを好機と見た凛は、踏み込んで穿光を放った。
「さっきので、弱点の目星はついたで!」
「ゴメ……」
穿光に胴を串刺しにされ、妖が砂に尻をついた。
妖はすぐさま立ち上がるも、その動きは先ほどより重く、キレもない。
「明らかに勢いが失われていますね。一気に決めましょう!」
戦いの流れが覚者側に変わるのを肌で感じた5人は、妨害から攻めへと転じた。
倖の念弾が合図となり、覚者の攻撃が集中打となって妖に浴びせられる。
「ちゃんとご供養に食べてあげるから、素直にサクッと齧られな? ね?」
天使のような綺麗な顔で笑う紡。その優しい声色とは裏腹に、彼女のクーンシルッピが飛ばすスリングショットは、どんどんと苛烈さを増してゆく。
「雷鳴招来! 神鳴る雷、疾く奔る矢となりて邪悪を討ち祓い給え!」
明日香は雷雲を呼び出し、雷撃で妖の体を焼く。
特属性の攻撃スキルゆえダメージの入りは少なかったが、弱った妖には十分すぎる威力だ。
一方沙織も、眉ひとつ動かさず、棘散華で妖を責め立てた。
「ゴ、ゴメエェェェ!」
「苦しいか。そうだあがけ。もっとあがけ。ふふふふふ」
抑揚を失いつつある声で、そっと唇を舐める沙織。
棘散華で麻痺を付与され、妖が地響きを立てて膝をついた。
「まだまだつき足らんようやな。これで仕上げやで!」
凛が跳躍。朱焔を大上段に振りかぶり、全力で活殺打を叩きつける。
攻撃を受ければ二度と立ち上がれないと言われる、必殺の一撃だ。
「ついでに鏡開きも完了やな!」
「ゴ……ゴメエェェェーッ!!」
断末魔と共に、妖は物言わぬ鏡餅へと戻され、その場に崩れ落ちる。
「お粗末さんでした。神主さん、巫女さん、もう安心やで!」
刀を鞘に収め、凛は本殿に一礼。
静寂の境内に安堵の声が満ちた。
●
戦いが終わって程なく、倖は神社の調理場にいた。
神餞を作る調理場は手入れの行き届いた清潔な場所で、倖が先ほど火にかけた釜が湯を煮やす音と、換気扇の静かな換気音だけが、場内に満ちている。
倖らが持ち込んだ材料の幾つかは、調理に火力が必要だったため、神主と巫女さんに事情を話して貸してもらったのだ。
「大豆、大根よし。醤油、ポン酢、それから……」
具材を並べ、釜の湯加減を確認する倖。外の廊下を挟んだ向かいの部屋では、凛と沙織が食事の席をセッティング中だ。
「……おや?」
釜の湯加減を確認していると、ふと倖の耳が、廊下を小走りで駆ける足音を拾う。
それは若い女性のものだった。なにか重い物を運んでいるような足取りだが――
「お餅だーーーっ!!」
「ああ、新堂さんでしたか」
キラキラと目を輝かせた明日香が、大きな鏡餅をふんすっと抱き抱えて入ってきた。
「見て見て! 巫女さんから、一番いいところ貰っちゃった!」
餅は巫女さんの手で一口サイズに砕いてあり、すぐにでも料理に使える状態だ。
兎の毛並みを思わせるクリーム色の艶かしい色つや。かすかに香る、もち米の匂い。
「これは素晴らしい。ぜんざいにおはぎ、牡丹餅……どれを作っても美味しそうです」
インスピレーションを刺激され、目を輝かせる倖。
その隣で、明日香がきょろきょろと辺りを見回した。
「そういえば、紡さんは?」
「彼女なら、たしか――」
「田中ちゃん、明日香ちん、お待ちどう。こんなの分けてもらえたよん」
噂をすれば何とやら、紡が簡単な食材と調味料を運んできた。きな粉に砂糖、餅焼きに使う七輪と炭。そしてつまみ食い用の炙り餅が5本。
「それじゃ、美味しい料理で皆をあっと言わせますか。みゆきちゃんは何作るの?」
「紡さんがリクエストした、ずんだを作ろうかと。美味しい大豆が手に入りましたので」
「楽しみだねえ。あの味と香り……ボク、お腹が空いてきちゃった」
にんまりと笑う紡の隣で、明日香が首を傾げる。
「ずんだって、あのうぐいす色の?」
「ええ、東北地方の餅料理です。折角ですから、作業を実演しましょうか」
倖はそう言うと、煮えた豆を釜から取り出した。
慣れた手つきで薄皮を剥き、砂糖と一緒にすり鉢でごりごりとすり潰してゆく。
潰れた大豆の食欲をそそる匂いが、調理場にたちこめた。
「ああ、これこれ。この匂い」
茹でたばかりの大豆が放つ魔性じみた香りに、紡が生唾を飲み込んだ。
うぐいす色の上品なペースト。これを餅と合わせれば、ずんだ餅の完成だ。砂糖の仄かな甘みに、大豆の粒々が食感のアクセントとなって、食べる者の舌を楽しませてくれる。
「ずんだは出来たてに限ります。今回は、少し甘さ控えめで作りました」
倖が今回用いたのは、山形産のだだちゃ豆。深く繊細な味わいで、ずんだには最適の豆だ。
「楽しみだねえ。ボクも大根をおろしちゃおうかな」
親指サイズの炙り餅を腹に収め、紡は皮剥き用の包丁を手に取った。
彼女が作るのはからみ餅。焼いた餅に大根おろしをまぶし、醤油をかけて食すシンプルな料理だ。使うのはピリッとした辛さが特徴の辛味大根で、栄養価も非常に高い。
「やっぱからみ餅には、これじゃないとね」
辛味大根をざっと洗い、頭の葉を落とす紡。だが、ここで問題が発生した。
「ぬぅ。これは、なかなか……」
辛味大根というのは、独特な寸胴型のフォルムをしている。スーパーの青首大根が野球のバットなら、さしずめ辛味大根は丸太を削った棍棒だ。皮剥きにはかなりの技術を要する。
「ぐぬぬ……みゆきちゃん、ピーラーない?」
「すみません、あいにく……」
「あっ、じゃああたしがやるよ!」
名乗りを挙げた明日香は、紡から大根と包丁を拝借すると、するすると皮を剥いてしまった。
「すごいね、明日香ちん」
紡は呆気にとられた表情で、明日香が剥いた皮を見つめた。皮は向こうが透けて見えるほど薄く、幅も厚さも計ったように均等だ。
「えへへ。母さんのお手伝いで慣れてるから」
明日香が照れくさそうにしていると、凛が顔を覗かせた。
「3人とも、こっちは準備完了やで」
「おっといけない。じゃ、ボクの大根下ろし九段の技を披露しちゃいましょうか」
こうして紡が辛味大根を摩り下ろし、料理は完成した。
●
いよいよお待ちかね、食事タイムである。
卓の上には、ずんだ、からみ、きな粉に白砂糖が鉢と小皿で並べられ、汁粉や雑煮の入った鍋が湯気を立てている。主役の餅は七輪でちりちりと炙られ、ちょうどいい塩梅に焼けつつあった。
「いただきまーす!」
手を合わせ、5人はめいめいの料理に箸を伸ばした。
「レッツ! 餅パーリィ!」
凛が最初に取ったのは安倍川餅。
きな粉と砂糖をまぶして食べる、じんわり優しい味わいの餅料理だ。
(つきたての餅でやる料理やけど、いけるやろか?)
焼きあがった餅をさっと湯に浸し、きな粉と白砂糖をまぶして一口。
「ん、いける」
じんわりと優しい味に、凛は思わず頷く。
食べ過ぎてしまった分は、鍛錬を倍にして乗り切るとしよう。
「あたしはね、きな粉餅が好き!」
明日香がきな粉をまぶしてパクリと食べる。戦いで体を動かした後だけに、美味しさも一入だ。
「では僕は、田舎汁粉からいただきましょうか」
倖は、椀によそった粒餡の汁粉に、七輪の餅をひとつ、取って浮かべた。
こんがりときつね色に焼けた餅が、なんとも食欲をそそる。
餅と小豆。シンプルだが、これほど絶妙の組み合わせはそうあるまい。
「パリッと焼けた餅の、香ばしい表面と中身の柔らかさ。そして粒餡の食感が一度に楽しめて、とてもお得な気分になるのです」
汁粉の控えめな甘さと、湯気の立つ汁の温かさ、小豆ののどごし。どれもが倖の身と心を癒してくれる。一方、沙織は白味噌仕立ての雑煮を食べていた。
「味噌仕立ての雑煮に里芋、大根、人参、餅を入れて……と」
琥珀色の汁を一口すすり、具をつつく。昔懐かしい味に、沙織の頬が緩んだ。
汁を吸った餅を取り出し、別皿の黄粉をまぶせば、奈良の郷土料理、黄粉雑煮だ。
「……うん、昔よく食べた味だ。美味しい」
白味噌の絡んだ餅と、黄粉の相性が実にいい。
一口食べて目が覚める、といった類の美味さではないが、一度はまると病み付きになる味だ。
「さて、ではいきましょうか……例のモノに」
「いくとしましょう」
倖の眼鏡がキラリと光った。すかさず紡が相槌を打つ。
「ずんだ!」「からみ!」
倖と紡がきつね色の餅を箸で摘んだ。
まずはうぐいす色のずんだを絡めて一口。
「いいねえ……」
「いいですねえ」
言葉少なに、ポツリと呟く二人。
だだちゃ豆が織り成す、粒々とサラサラの喉ごし。濃厚かつ爽やかな豆の香り。焼けた餅の、心地よい熱さと歯ごたえ。いずれも市販の物とは比べ物にならない。
「じゃ、お次はからみだね。うまく出来たかな……」
大根おろしをまぶし、醤油をたらしてパクリ。
ピリッとした辛味大根の辛さを、きめ細かな餅ががしっと受け止めてくれる。
「うん。……うん……」
あまりの美味しさに、紡はしばし言葉を失った。
そんな彼女に、凛と倖がそっと尋ねる。
「美味そやねえ。あたしも貰ってええかいな?」
「紡さん、僕もひとついいですか?」
「どーぞどーぞ。醤油でもポン酢でも美味しいよー」
「では、お言葉に甘えて」
からみ餅に醤油を一滴。倖がそっと頬張る。
「これはいい。甘いお餅も美味しいですが、お醤油でいただくのもまた美味しいですね」
醤油とポン酢で味の違いを楽しんでいると、紡が餅を差し出した。
「みーゆきちゃん! 蜂蜜ときな粉で食べるのも美味しいらしいよ?」
「あ、ありがとうございます。下の名前呼ばれると、少し緊張してしまいますね」
「ひょっとして嫌だった?」
「いえ、嬉しいです。こちらに来てから、フランクにお話できる友人がいなかったもので」
倖の頬がほんのりと赤らむ。それを見た紡は、にっこりと微笑んだ。
「お味はどうかな、みゆきちゃん?」
「良い組合せですね。くどくなりがちなハチミツの甘みを、きな粉がいい具合に包み込んでいます」
「せっかくだから明日香ちんも……おや?」
紡が向かいの席に目をやると、明日香の姿がない。
先ほどまで、きな粉餅を美味しい美味しいと言って突いていたのだが。
「はい、こっちこっち! 腕によりをかけて作ったの!」
巫女装束の明日香が戻ってきた。神社の巫女さんを大勢引き連れて。
「一緒に食べよう! 皆で一緒が一番美味しいから、ね!」
明日香の言葉に背中を押され、巫女さんたちも餅に箸を伸ばした。
「あら、美味しい」
「もう一個いただけますか? 他の人たちにも食べていただかなくちゃ」
遠慮気味だった巫女さんたちも、一口食べると、美味しさに目を見開き、次々と箸を伸ばした。
「いやー嬉しいねえ。美味しいお餅のまま鏡餅を維持してくれたのは彼女たちだものね?」
「せや。どうも巫女さんありがとうやで」
こうして楽しいひと時は、笑い声と共に過ぎていった。
●
「ごちそうさまでした」
ちょうど餅の皿が空になったころ、境内が参拝客で賑わい始めた。
「では、そろそろ僕達もお暇しましょうか」
皿を片付け、神社の人々に挨拶して帰路へとつく覚者たち。
「今年もいい一年になりそう。ねっ」
明日香の白い息が、青空へと溶ける。
冬の日差しが、少しずつ陽気を帯び始めていた。
睦月。冷気が染み入る、早朝の神社にて。
「うおっ、ほんまに餅が合体しとる!」
鳥居をくぐり駆けつけた『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)は、思わず目を丸くした。
彼女の視線の先では、妖と化した白い鏡餅が境内を我が物顔で闊歩している。
「モチッ! ゴメエェェーッ!!」
妖の咆哮が、神社の拝殿をびりびりと振るわせる。
幾つもの餅が重なり合ったその巨躯は、まるで相撲取りのようだ。
「あわわわわ……」
「お、お餅があ……」
運悪く居合わせた神社の巫女たちは、呆然として立ち尽くしている。
このままでは危険だ。凛は愛刀の朱焔を手に、境内の砂場に飛び込んだ。
「FiVEの者や。妖はあたしらが対処するから早よ逃げ!」
「は、はいいっ!」
「ゴメエェェーッ!!」
逃げる巫女たちを背に、速やかに陣形を組む5人の覚者たち。
対する妖は威嚇の声をあげ、威勢良く四股を踏む。どうやら、こちらを敵と認識したらしい。
「新年早々まさかのお餅の妖化である……どうしてそうなった」
凛の後ろで、『隔者狩りの復讐鬼』飛騨・沙織(CL2001262)が無表情で呟く。
「近距離特化のパワータイプ。なら、やりようはある」
「ヒビもカビもない、素晴らしい鏡餅ですね。巫女さんの手入れする姿が目に浮かぶようです」
沙織の隣で、『スーパー事務員』田中 倖(CL2001407)の眼鏡がキラリと光る。
「神社の方々の思いも込めて、鎮めて差し上げましょう!」
倖のポジションは中衛からの援護射撃。仕込み時計のホワイトラビットを構え、眼鏡のブリッジをぐっと押し上げる。どんな些細な動きも見逃さないように。
「お餅の妖かぁ……鏡開き、イヤだったのかな?」
そんな倖の後ろで、『彼誰行灯』麻弓 紡(CL2000623)が飄々とした笑顔で妖を茶化す。その手に握るのは相棒のスリングショット、クーンシルッピだ。
「田中ちゃん。打ち合わせどおり、回復はボクと『彼女』がやるね」
紡の隣では、「彼女」――『翼に笑顔を与えた者』新堂・明日香(CL2001534)が、口を手で押さえて絶句していた。
「お餅の巨人……!! こんな妖も出るんだねえ。おっきぃ……」
明日香は5人の中で、最も戦闘経験が少ない。目の前のコミカルな外見の妖が、彼女には珍しく感じられるようだ。
「お餅退治、頑張るよー、雪ちゃんっ!」
守護使役に声をかけ、明日香が覚醒。純白の羽織に緋袴、巫女装束へと装いを変える。得物は和弓に破魔の矢だ。
「ゴメエェェーッ!」
役者が出揃った神社の境内を、緊迫の空気が包み込んだ。
彼我の視線が絡み合うなか、鐘突き堂の鐘が厳かに打ち鳴らされる。
それが、戦闘開始の合図となった。
●
「ゴメエェェーッ!!」
四股を踏んだ妖が、砂を蹴って突進。前衛の凛めがけ、地響きを立てて迫ってきた。
「切り餅にして雑煮にぶち込んだるわ!!」
一方の凛も、開始と同時に跳躍。妖の間合いに踏み込み、煌焔の三閃を放つ。
ガチッ ガッ ガチッ
妖の腹に刃が食い込むも、切断するには至らず。致命傷には遠いようだ。
「くっそ、つるつるすべすべな肌しやがって。これがホンマの餅肌やな」
凛は口を尖らせながら、刃の切っ先を揺らして妖を誘った。
5人の組む陣形で、前衛は彼女一人のみ。ヘイトを稼げば、それだけ後ろの動きが楽になる。
「さっさと来んかい、おデブちゃん」
「ゴメェ!」
果たして妖は、凛に狙いを定めた。再び地面を踏みしめ、突進――できない。
何者かに足首を強く捉まれ、思うように身動きが取れないのだ!
「ゴ、ゴメェ!?」
狼狽し、違和感を感じる足元へと視線を向ける妖。
すると砂の下から無数の蔓が生え、妖の足に絡みついている!
「相手の土俵に乗ってやるほど、お人好しではない。……まずは足からだ」
蔓の正体は、沙織の発動した捕縛蔓だった。餅がひび割れんばかりの力で、沙織の蔓が容赦なく妖の自由を奪ってゆく。
「ゴ……ゴメエェェェーッ!!」
妖は思うように動けず、怒りの咆哮をあげる。奇襲による苛立ち。本能的な感情に囚われ、妖のガードが一瞬緩んだ。
「チャンスですね。いただきです!」
その一瞬の隙を、倖は見逃さない。念弾が空を裂き、妖の白い胴体にめり込む。
だがこれは、挑発の援護射撃。妖もそれに気付いて、さらに怒りをかき立てた。
「ゴメエェェェ!!」
妖の輪郭が輪切りされ、鏡餅本来の姿となって次々と宙に浮いてゆく。
その光景をどう表現したものだろう? あたかも白い円盤の大群が、境内を占領しているようだ。
「凛さん、受け取って!」
敵の攻撃気配を察した明日香が、凛に戦之祝詞をかけた。
「これで物理攻撃に硬くなるよ!」
「おう、サンキューやで!」
「モチッ! ゴメェーッ!」
円盤の群れが二手に別れ、左右から凛の襲い掛かる。
耳と目を頼りに、頭上からの集中砲火を刃で弾き、受け止める凛。
弾かれた餅のひとつが境内の外れへと飛び、若木を切断した。
「ちっ」
倒れる若木を横目に、凛は舌打ちする。あれが直撃すればただではすまない。
妖のパーツの数は目視で10以上。数が多すぎた。
致命打こそ免れているものの、鏡餅の礫は、凛からじわじわと体力を奪う。
「ほ、焔陰さん!」
体の傷が増えてゆく凛を見て、明日香が顔色を変えた。
「さすがに敵さんも、黙って落ちちゃくれないか。回復はボクがやるよ」
「分かりました! 紡さん、二人で支えて、バッチリ勝とう!」
紡が癒しの滴を発動し、凛の傷を癒す。
同時に明日香が演舞・清爽を発動し、全員の回避と速度を強化した。
「祝詞も舞いも神に捧げるもの。カミサマどうか御照覧あれ、ってね」
ふたりのコンビネーションに支えられ、凛はすぐさま立ち上がった。
両腕、動く。両足、動く。息も出来る。
(よっしゃ、折れとらんな)
戦闘体勢を取り直した凛の眼前に、ふたたび妖が円盤の一群となって迫る。
「このっ! そうそう何度も食らわんわ!」
凛は持ち前の平衡感覚で体勢を維持しつつ、飛来する鏡餅を弾き続けた。
速度と重量に任せた一撃は脅威だったが、動きそのものは単調だ。一度食らえば見切りは容易だった。
「ゴメエエェ!」
攻撃が不発に終わった妖が、元の姿に戻るべく、がしんがしんと鏡餅を組み合わせる。
それを好機と見た凛は、踏み込んで穿光を放った。
「さっきので、弱点の目星はついたで!」
「ゴメ……」
穿光に胴を串刺しにされ、妖が砂に尻をついた。
妖はすぐさま立ち上がるも、その動きは先ほどより重く、キレもない。
「明らかに勢いが失われていますね。一気に決めましょう!」
戦いの流れが覚者側に変わるのを肌で感じた5人は、妨害から攻めへと転じた。
倖の念弾が合図となり、覚者の攻撃が集中打となって妖に浴びせられる。
「ちゃんとご供養に食べてあげるから、素直にサクッと齧られな? ね?」
天使のような綺麗な顔で笑う紡。その優しい声色とは裏腹に、彼女のクーンシルッピが飛ばすスリングショットは、どんどんと苛烈さを増してゆく。
「雷鳴招来! 神鳴る雷、疾く奔る矢となりて邪悪を討ち祓い給え!」
明日香は雷雲を呼び出し、雷撃で妖の体を焼く。
特属性の攻撃スキルゆえダメージの入りは少なかったが、弱った妖には十分すぎる威力だ。
一方沙織も、眉ひとつ動かさず、棘散華で妖を責め立てた。
「ゴ、ゴメエェェェ!」
「苦しいか。そうだあがけ。もっとあがけ。ふふふふふ」
抑揚を失いつつある声で、そっと唇を舐める沙織。
棘散華で麻痺を付与され、妖が地響きを立てて膝をついた。
「まだまだつき足らんようやな。これで仕上げやで!」
凛が跳躍。朱焔を大上段に振りかぶり、全力で活殺打を叩きつける。
攻撃を受ければ二度と立ち上がれないと言われる、必殺の一撃だ。
「ついでに鏡開きも完了やな!」
「ゴ……ゴメエェェェーッ!!」
断末魔と共に、妖は物言わぬ鏡餅へと戻され、その場に崩れ落ちる。
「お粗末さんでした。神主さん、巫女さん、もう安心やで!」
刀を鞘に収め、凛は本殿に一礼。
静寂の境内に安堵の声が満ちた。
●
戦いが終わって程なく、倖は神社の調理場にいた。
神餞を作る調理場は手入れの行き届いた清潔な場所で、倖が先ほど火にかけた釜が湯を煮やす音と、換気扇の静かな換気音だけが、場内に満ちている。
倖らが持ち込んだ材料の幾つかは、調理に火力が必要だったため、神主と巫女さんに事情を話して貸してもらったのだ。
「大豆、大根よし。醤油、ポン酢、それから……」
具材を並べ、釜の湯加減を確認する倖。外の廊下を挟んだ向かいの部屋では、凛と沙織が食事の席をセッティング中だ。
「……おや?」
釜の湯加減を確認していると、ふと倖の耳が、廊下を小走りで駆ける足音を拾う。
それは若い女性のものだった。なにか重い物を運んでいるような足取りだが――
「お餅だーーーっ!!」
「ああ、新堂さんでしたか」
キラキラと目を輝かせた明日香が、大きな鏡餅をふんすっと抱き抱えて入ってきた。
「見て見て! 巫女さんから、一番いいところ貰っちゃった!」
餅は巫女さんの手で一口サイズに砕いてあり、すぐにでも料理に使える状態だ。
兎の毛並みを思わせるクリーム色の艶かしい色つや。かすかに香る、もち米の匂い。
「これは素晴らしい。ぜんざいにおはぎ、牡丹餅……どれを作っても美味しそうです」
インスピレーションを刺激され、目を輝かせる倖。
その隣で、明日香がきょろきょろと辺りを見回した。
「そういえば、紡さんは?」
「彼女なら、たしか――」
「田中ちゃん、明日香ちん、お待ちどう。こんなの分けてもらえたよん」
噂をすれば何とやら、紡が簡単な食材と調味料を運んできた。きな粉に砂糖、餅焼きに使う七輪と炭。そしてつまみ食い用の炙り餅が5本。
「それじゃ、美味しい料理で皆をあっと言わせますか。みゆきちゃんは何作るの?」
「紡さんがリクエストした、ずんだを作ろうかと。美味しい大豆が手に入りましたので」
「楽しみだねえ。あの味と香り……ボク、お腹が空いてきちゃった」
にんまりと笑う紡の隣で、明日香が首を傾げる。
「ずんだって、あのうぐいす色の?」
「ええ、東北地方の餅料理です。折角ですから、作業を実演しましょうか」
倖はそう言うと、煮えた豆を釜から取り出した。
慣れた手つきで薄皮を剥き、砂糖と一緒にすり鉢でごりごりとすり潰してゆく。
潰れた大豆の食欲をそそる匂いが、調理場にたちこめた。
「ああ、これこれ。この匂い」
茹でたばかりの大豆が放つ魔性じみた香りに、紡が生唾を飲み込んだ。
うぐいす色の上品なペースト。これを餅と合わせれば、ずんだ餅の完成だ。砂糖の仄かな甘みに、大豆の粒々が食感のアクセントとなって、食べる者の舌を楽しませてくれる。
「ずんだは出来たてに限ります。今回は、少し甘さ控えめで作りました」
倖が今回用いたのは、山形産のだだちゃ豆。深く繊細な味わいで、ずんだには最適の豆だ。
「楽しみだねえ。ボクも大根をおろしちゃおうかな」
親指サイズの炙り餅を腹に収め、紡は皮剥き用の包丁を手に取った。
彼女が作るのはからみ餅。焼いた餅に大根おろしをまぶし、醤油をかけて食すシンプルな料理だ。使うのはピリッとした辛さが特徴の辛味大根で、栄養価も非常に高い。
「やっぱからみ餅には、これじゃないとね」
辛味大根をざっと洗い、頭の葉を落とす紡。だが、ここで問題が発生した。
「ぬぅ。これは、なかなか……」
辛味大根というのは、独特な寸胴型のフォルムをしている。スーパーの青首大根が野球のバットなら、さしずめ辛味大根は丸太を削った棍棒だ。皮剥きにはかなりの技術を要する。
「ぐぬぬ……みゆきちゃん、ピーラーない?」
「すみません、あいにく……」
「あっ、じゃああたしがやるよ!」
名乗りを挙げた明日香は、紡から大根と包丁を拝借すると、するすると皮を剥いてしまった。
「すごいね、明日香ちん」
紡は呆気にとられた表情で、明日香が剥いた皮を見つめた。皮は向こうが透けて見えるほど薄く、幅も厚さも計ったように均等だ。
「えへへ。母さんのお手伝いで慣れてるから」
明日香が照れくさそうにしていると、凛が顔を覗かせた。
「3人とも、こっちは準備完了やで」
「おっといけない。じゃ、ボクの大根下ろし九段の技を披露しちゃいましょうか」
こうして紡が辛味大根を摩り下ろし、料理は完成した。
●
いよいよお待ちかね、食事タイムである。
卓の上には、ずんだ、からみ、きな粉に白砂糖が鉢と小皿で並べられ、汁粉や雑煮の入った鍋が湯気を立てている。主役の餅は七輪でちりちりと炙られ、ちょうどいい塩梅に焼けつつあった。
「いただきまーす!」
手を合わせ、5人はめいめいの料理に箸を伸ばした。
「レッツ! 餅パーリィ!」
凛が最初に取ったのは安倍川餅。
きな粉と砂糖をまぶして食べる、じんわり優しい味わいの餅料理だ。
(つきたての餅でやる料理やけど、いけるやろか?)
焼きあがった餅をさっと湯に浸し、きな粉と白砂糖をまぶして一口。
「ん、いける」
じんわりと優しい味に、凛は思わず頷く。
食べ過ぎてしまった分は、鍛錬を倍にして乗り切るとしよう。
「あたしはね、きな粉餅が好き!」
明日香がきな粉をまぶしてパクリと食べる。戦いで体を動かした後だけに、美味しさも一入だ。
「では僕は、田舎汁粉からいただきましょうか」
倖は、椀によそった粒餡の汁粉に、七輪の餅をひとつ、取って浮かべた。
こんがりときつね色に焼けた餅が、なんとも食欲をそそる。
餅と小豆。シンプルだが、これほど絶妙の組み合わせはそうあるまい。
「パリッと焼けた餅の、香ばしい表面と中身の柔らかさ。そして粒餡の食感が一度に楽しめて、とてもお得な気分になるのです」
汁粉の控えめな甘さと、湯気の立つ汁の温かさ、小豆ののどごし。どれもが倖の身と心を癒してくれる。一方、沙織は白味噌仕立ての雑煮を食べていた。
「味噌仕立ての雑煮に里芋、大根、人参、餅を入れて……と」
琥珀色の汁を一口すすり、具をつつく。昔懐かしい味に、沙織の頬が緩んだ。
汁を吸った餅を取り出し、別皿の黄粉をまぶせば、奈良の郷土料理、黄粉雑煮だ。
「……うん、昔よく食べた味だ。美味しい」
白味噌の絡んだ餅と、黄粉の相性が実にいい。
一口食べて目が覚める、といった類の美味さではないが、一度はまると病み付きになる味だ。
「さて、ではいきましょうか……例のモノに」
「いくとしましょう」
倖の眼鏡がキラリと光った。すかさず紡が相槌を打つ。
「ずんだ!」「からみ!」
倖と紡がきつね色の餅を箸で摘んだ。
まずはうぐいす色のずんだを絡めて一口。
「いいねえ……」
「いいですねえ」
言葉少なに、ポツリと呟く二人。
だだちゃ豆が織り成す、粒々とサラサラの喉ごし。濃厚かつ爽やかな豆の香り。焼けた餅の、心地よい熱さと歯ごたえ。いずれも市販の物とは比べ物にならない。
「じゃ、お次はからみだね。うまく出来たかな……」
大根おろしをまぶし、醤油をたらしてパクリ。
ピリッとした辛味大根の辛さを、きめ細かな餅ががしっと受け止めてくれる。
「うん。……うん……」
あまりの美味しさに、紡はしばし言葉を失った。
そんな彼女に、凛と倖がそっと尋ねる。
「美味そやねえ。あたしも貰ってええかいな?」
「紡さん、僕もひとついいですか?」
「どーぞどーぞ。醤油でもポン酢でも美味しいよー」
「では、お言葉に甘えて」
からみ餅に醤油を一滴。倖がそっと頬張る。
「これはいい。甘いお餅も美味しいですが、お醤油でいただくのもまた美味しいですね」
醤油とポン酢で味の違いを楽しんでいると、紡が餅を差し出した。
「みーゆきちゃん! 蜂蜜ときな粉で食べるのも美味しいらしいよ?」
「あ、ありがとうございます。下の名前呼ばれると、少し緊張してしまいますね」
「ひょっとして嫌だった?」
「いえ、嬉しいです。こちらに来てから、フランクにお話できる友人がいなかったもので」
倖の頬がほんのりと赤らむ。それを見た紡は、にっこりと微笑んだ。
「お味はどうかな、みゆきちゃん?」
「良い組合せですね。くどくなりがちなハチミツの甘みを、きな粉がいい具合に包み込んでいます」
「せっかくだから明日香ちんも……おや?」
紡が向かいの席に目をやると、明日香の姿がない。
先ほどまで、きな粉餅を美味しい美味しいと言って突いていたのだが。
「はい、こっちこっち! 腕によりをかけて作ったの!」
巫女装束の明日香が戻ってきた。神社の巫女さんを大勢引き連れて。
「一緒に食べよう! 皆で一緒が一番美味しいから、ね!」
明日香の言葉に背中を押され、巫女さんたちも餅に箸を伸ばした。
「あら、美味しい」
「もう一個いただけますか? 他の人たちにも食べていただかなくちゃ」
遠慮気味だった巫女さんたちも、一口食べると、美味しさに目を見開き、次々と箸を伸ばした。
「いやー嬉しいねえ。美味しいお餅のまま鏡餅を維持してくれたのは彼女たちだものね?」
「せや。どうも巫女さんありがとうやで」
こうして楽しいひと時は、笑い声と共に過ぎていった。
●
「ごちそうさまでした」
ちょうど餅の皿が空になったころ、境内が参拝客で賑わい始めた。
「では、そろそろ僕達もお暇しましょうか」
皿を片付け、神社の人々に挨拶して帰路へとつく覚者たち。
「今年もいい一年になりそう。ねっ」
明日香の白い息が、青空へと溶ける。
冬の日差しが、少しずつ陽気を帯び始めていた。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
