<ヒノマル戦争>レッツゴー暴力坂の自宅
●いわゆるひとつのボーナスゲーム
日本を脅かす巨大隔者組織七星剣。その幹部であり巨大PMSCヒノマル陸軍総帥、暴力坂乱暴。
彼の自宅は沖縄は那覇市に存在していた。
栄えた町並みや美しいビーチなどに囲まれ別荘も多いこの土地――の端っこんとこにあるアパートが、彼の自宅である。
1DK家賃2万円風呂無しトイレ共同、築年数は知らない方がいいと言われるこのおうち。
色あせた畳部屋であずきアイスバーをかじりつつ寝転んでいるのが、かの暴力坂乱暴である。
「あ~、くそだりぃ。調子乗って魂とか使うんじゃなかったぜ。全身ばっきばきじゃねえかよ」
そんな彼をたたき起こすようになる黒電話。
足でひっぱって受話器をとると、相手は部下の御牧だった。
「おう暴力坂。なんだ御牧か。あーあーいい挨拶は……あ? なに、もう一度いえ。ふぁ……ファイヴがうちに来るだあ!?」
●勝てはしないが楽しめる
中 恭介(nCL2000002)は広々としたエアコン完備の会議室でコーヒーを片手に語った。
「皆、沖縄での戦闘、お疲れ様だ。雷獣たちも喜んでいるだろう。
さて、あの戦いに巻き込まれる形でヒノマル陸軍にも大きなダメージが入ったようで、年末年始ということもあって休養をとっていたようだが、我々はあのどさくさで暴力坂乱暴の自宅を特定していた。
投票候補にかけてみたところ、恐ろしく得票数が多かったので真っ先に制圧対象にしようとおもう。
……しかし、何の変哲も無いただのアパートの一室だ。制圧しても全くメリットはないんだが……ほんとうにいいのか? まあ、始めてしまったからにはやるしかないか」
今現在、ファイヴとヒノマル陸軍は戦争状態にある。
FH協定によって一般人への攻撃をしないかわりに、こちらも非戦闘員への手出しや戦闘員の捕縛などを禁止されている。
総帥の暴力坂も例外ではない。
「向こうは『他に守る担当者がいない』という理由で暴力坂単体が選出されている。こちらは8人のチームだ。単純な戦闘力では同格ではあるんだが、なにぶん暴力坂の練度や技術が高すぎて勝てる見込みは全くない。
しかし、相手も大きく命数を減らした直後のことだ。決戦前に余計な消耗を防ぎたいという理由で、体力のうち20%のダメージを受けた段階で撤退することを予め宣言している。
それならこちらにも充分称賛があるだろう」
暴力坂の基礎戦闘力は以前直接戦った際のものと大きくは変わらない。
装備や術式構成による変化はあるが、把握しようとしてできるものではないだろう。
「出せる限りの資料は出しておく。あとは好きなようにやってみてくれ。俺からは以上だ」
日本を脅かす巨大隔者組織七星剣。その幹部であり巨大PMSCヒノマル陸軍総帥、暴力坂乱暴。
彼の自宅は沖縄は那覇市に存在していた。
栄えた町並みや美しいビーチなどに囲まれ別荘も多いこの土地――の端っこんとこにあるアパートが、彼の自宅である。
1DK家賃2万円風呂無しトイレ共同、築年数は知らない方がいいと言われるこのおうち。
色あせた畳部屋であずきアイスバーをかじりつつ寝転んでいるのが、かの暴力坂乱暴である。
「あ~、くそだりぃ。調子乗って魂とか使うんじゃなかったぜ。全身ばっきばきじゃねえかよ」
そんな彼をたたき起こすようになる黒電話。
足でひっぱって受話器をとると、相手は部下の御牧だった。
「おう暴力坂。なんだ御牧か。あーあーいい挨拶は……あ? なに、もう一度いえ。ふぁ……ファイヴがうちに来るだあ!?」
●勝てはしないが楽しめる
中 恭介(nCL2000002)は広々としたエアコン完備の会議室でコーヒーを片手に語った。
「皆、沖縄での戦闘、お疲れ様だ。雷獣たちも喜んでいるだろう。
さて、あの戦いに巻き込まれる形でヒノマル陸軍にも大きなダメージが入ったようで、年末年始ということもあって休養をとっていたようだが、我々はあのどさくさで暴力坂乱暴の自宅を特定していた。
投票候補にかけてみたところ、恐ろしく得票数が多かったので真っ先に制圧対象にしようとおもう。
……しかし、何の変哲も無いただのアパートの一室だ。制圧しても全くメリットはないんだが……ほんとうにいいのか? まあ、始めてしまったからにはやるしかないか」
今現在、ファイヴとヒノマル陸軍は戦争状態にある。
FH協定によって一般人への攻撃をしないかわりに、こちらも非戦闘員への手出しや戦闘員の捕縛などを禁止されている。
総帥の暴力坂も例外ではない。
「向こうは『他に守る担当者がいない』という理由で暴力坂単体が選出されている。こちらは8人のチームだ。単純な戦闘力では同格ではあるんだが、なにぶん暴力坂の練度や技術が高すぎて勝てる見込みは全くない。
しかし、相手も大きく命数を減らした直後のことだ。決戦前に余計な消耗を防ぎたいという理由で、体力のうち20%のダメージを受けた段階で撤退することを予め宣言している。
それならこちらにも充分称賛があるだろう」
暴力坂の基礎戦闘力は以前直接戦った際のものと大きくは変わらない。
装備や術式構成による変化はあるが、把握しようとしてできるものではないだろう。
「出せる限りの資料は出しておく。あとは好きなようにやってみてくれ。俺からは以上だ」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.暴力坂に総合比20%のダメージを与える
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
勝つとか負けるとかじゃなく、『全力の暴力坂と戦闘ができる』『暴力坂とゆっくり話ができる』という部分がシナリオの美味しいところとなっております。
それぞれ別々に解説します。
●全力暴力坂との戦闘
暴力坂乱暴、火行現。平気でワンターンキルとかしてくるスーパー火力のおじさんです。
実年齢は百歳オーバーですが、覚醒時は三十台まで若返ります。
物・特攻撃力がきわめて高く、飛燕や地烈、白夜といった連撃系列の体術に加え豪炎撃や火柱系列の術式を使用します。
わざわざ『系列』という言い方をしているのはファイヴのスキルツリーで現在到達不能な段階のスキルを使用しているためです。もちエネミースキャンやラーニングでもまーったくわかりません。(逆にわかったらダメなやつです)
全体的なスペックもエネミースキャンをめいっぱい集中したところで『なんかすごい』ということ以外分からないので、体力も今どのくらいまで削れたのかすらよくわかりません。
とにかくアホみたいに強い人ということは間違いありません。
これに加えて未開スキル『戦車砲シリーズ』をどれかひとつだけスロットしています。
今回スロットしているのは『零式戦車砲』といって戦車に使う砲弾を自力で発射する物遠列攻撃です。なんか七十年くらい前に戦車がイカれた際とにかく撃たなきゃと思ってあみだしたそうです。
・魂を使用した場合について
今回は難易度『難』なので魂の使用が出来ますが、決戦までとっておくことをきわめて強く推奨します。
一年前のデータなので参考にならないかもしれませんが、数十人でタコ殴りにしたうえ五人がかりで魂特攻したにもかかわらずピンピンしていたおじさんです。決戦クラスの状況でないと倒すのは不可能でしょう。
≪おさらい≫
・平気でワンターンキルしてくる
・すごすぎてスペックが把握できない
・魂はむしろ使わない方がいい
●暴力坂としゃべる
決戦時は状況が状況なので喋ってるような余裕は恐らくほとんどありません。
メタな話をすると一方的に台詞をなげかけることはできても四方八方から数十人で投げかけることになるので暴力坂側は返答する余裕が無いみたいな状況が予想されます。
なので、今回が暴力坂とゆっくり喋る最後の機会になるかと思われます。
『最後の機会』と述べたのは、この手の人は決戦となるとだいたい死ぬまで戦うだろうから、です。そうでないと対外に示しが付きませんし、何より部下が納得しないと考えます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
150LP[+予約50LP]
150LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2017年01月13日
2017年01月13日
■メイン参加者 8人■

●突撃隣の暴力坂
鍋が湯気を噴き、口蓋の笛が鳴る。
早足でコンロの火を止めると、沸騰したヤカンにほうじ茶のパックを放り込んで指で湯をくるくるとかき混ぜた。
ほどよく色がしみたところで湯飲みに茶を注いで、注いだそばから一気飲みした。
そんな彼は暴力坂乱暴。ヒノマル陸軍総帥である。
ドアがノックされる。される以前に足音から何から全てまる聞こえなので、誰が来たかくらいは分かっていた。
インターホンなんていう文明の利器はない。ドアを直接開いて外を覗くのみである。
「いきなりの訪問、失礼します」
納屋 タヱ子(CL2000019)が五麟八つ橋とかいうなんかの類似品(ほんとにあるのかなこれ)を差し出して小さく頭を下げた。学校制服を着なければ小中学生に見える彼女なので、子供が馬鹿丁寧に尋ねてきたなあという印象なのだが、暴力坂はそれを両手で受け取って頭を下げた。
「こりゃあどうも、ご丁寧に」
タヱ子の頭越しに、その場にずらりとならんだ面々を見やる。
ボロアパートの二階。何人も集まるスペースはなく、どころかどかどか歩けば崩れ落ちるのではと思うほど不安な音がする足場である。
背の高いところから数えて『スポーティ探偵』華神 悠乃(CL2000231)、『ベストピクチャー』蘇我島 恭司(CL2001015)、『狗吠』時任・千陽(CL2000014)、『研究所職員』紅崎・誡女(CL2000750)、『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)、『隔者狩りの復讐鬼』飛騨・沙織(CL2001262)、『スピードスター』柳 燐花(CL2000695)、そしてタヱ子。計八人。
軍人やらジムトレーナーやらカメラマンやら研究員やら学生やらでとりとめのない顔ぶれで、尚且つ半数が中高生というおかしさである。
事情を知らなければ、なんの目的で尋ねてきたのかさっぱりわからないところだが、暴力坂は『とりあえずあがれや』といってドアを大きく開いた。
1DKのボロアパートである。四畳半の部屋が一つあるだけで、キッチンは廊下と一体化していた。暴力坂がそんな部屋の真ん中に丸いお盆を置いて、ほうじ茶の入った湯飲みを人数分並べていく。
そんな部屋なので、九人も入るともはや座る場所がない。
タヱ子や燐花たちを座らせて大人は立つという、なんだか奇妙な絵図ができあがっていた。
小声で顔を寄せる千陽と誡女。
「もっといいところに住んでいると思っていましたが」
「少々、乱暴な訪問になってしまいましたね」
一方の悠乃はなあにやってるんだかという顔で窓際から外を眺めている。お世辞にもいい眺めとは言えない。というか向かいに思い切りビルがあった。
持参した日本酒の瓶を置く恭司。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくとは言えないけれど、新年の挨拶っていう事で」
「こりゃどうもご丁寧に」
対応がタヱ子と同じである。
学生たちを見てみれば、ジャックも沙織も黙ったままむすっとしている。
それぞれ何かしら納得がいっていないという様子だった。
誰から話しかけるべきか。狭い室内で無言の相談をしていると、まずタヱ子が『オフレコということでお聞きしたいのですが』と話を切り出した。
「今から始まる勝負に勝って、決戦にもファイブが勝てたら、七星剣と協力関係を結ぶことはできますか?」
「それとこれとは別問題じゃねえ?」
「そうですか」
今のやりとりを分解して説明すると、ヒノマル陸軍に勝ったことを他の七星剣幹部たちがどう見るかという話なのだが、それぞれ見方が違いそうでどうとも言えないという話である。
タヱ子もタヱ子で、さきの沖縄決戦がなんかしらの陰謀による覚者と隔者のつぶし合いを狙っていそうな気配がしたので誘いを向けたのだが、暴力坂はともかく他は陰謀の種にしかならなそうだった。
たとえば逢魔ヶ時を例にとっても、『ファイヴを矢面に立たせて美味しいところだけ貰う』という選択肢を平気でとりそうである。
暴力坂の接し方が特殊すぎるのだ。
一旦話も区切ったところで、燐花が小さく手を上げる。
「遮る物の無い広い所に参りませんか? 他の入居者さんにご迷惑をお掛けしない為にも」
「俺はどっちでもいいけどよ、この辺で開けた平地ってそうないぜ」
「たとえば、ビーチですとか」
燐花の提案に、暴力坂は手を横に振って笑った。
「観光資源をぶっ壊したら怒られるだろお。ただでさえ県庁灰にしてんだからよ」
そう言ってから、暴力坂はううむと唸った。
「ま、そういうことなら話つけるわ。先に外出て待っとけ」
その後言われたとおりに部屋(というか家)から出た八人は、思い切り筒抜けの会話に耳を立てた。
恭司は一言。
「は、市役所跡地?」
●那覇復興計画区域
なんなんだこの連中は。
那覇市に再びやってきた沙織の、率直な印象である。
町には特殊な重機を使ってもりもりとがれきをどかしたり建物を修復したりと忙しく動き回る人々があふれていた。
そのだれもが一様にヒノマル陸軍の軍服を着て、銃火器の代わりに設計図や工具を持って歩いている。
沙織の定義するとこの隔者とは、蛮族の斧や村娘を担いで田畑や家々に火を放って回る連中の延長上にある。今目にしている人々とは、あまりにも違いすぎた。
車でもって案内されたのは、そんな町の元中心地。
那覇市役所が元々たっていたエリアである。ここは市役所がまるごと妖化したことで土地が引っぺがされ、周囲の建物も豪快に潰されていた。
役所より先に民家だろということで、修復作業も後回しにされているポイントである。
確かに広く、そして丁度良く民間人がいなかった。
「見るからにぶっ壊れてるが、まあ心配すんな。お前らが妖を一掃してくれたおかげで遺体発掘も済んでるし、貴重品の持ち出しも終わってる。ここにあるのは捨てる予定のガレキだけだ。石がちっと転がったくらいで誰も困らねえ」
そう言うと、暴力坂は覚醒した。軍刀と銃を腰にさげ、若く屈強な肉体へと変化する。
「いいでしょう。では、始めましょうか」
千陽は銃を抜き、トリガーに指をかけたその瞬間。彼よりも早く燐花が飛び出していた。
がれきや鉄骨を反射するがごとくジグザグにはねると、暴力坂の眼前へと迫る。
「逆鱗かぁ」
対して暴力坂は軍刀を抜いて、柄頭で燐花の小太刀を打ち払った。
「力比べをさせて頂けるのは、今回が最後だと思っています」
燐花は大気をまるごと蹴って反転。
「私は、持てるもの総てを貴方にぶつけさせて頂くためにここまで参りました」
常人では肉眼でとらえることすら難しいような斬撃を連続して繰り出していく。
全弾命中。暴力坂の刀を足場にして飛び退こうとした所で、その足首が掴まれた。
感情の薄い目が、僅かに開く。
途端、別方向から雷のラインが走った。
大きく手を翳す恭司のものです。
「燐ちゃん、前のめりすぎじゃあないかな。本番に支障をきたさない程度にって、言ったよね」
タイミングをややずらし、誡女が飛び込んでいく。
義腕を振りかざし、拳を固めて脇のスイッチを押し込んだ。
通常と逆側に発射されたチップによって加速した拳が暴力坂へ直撃。
更に反対方向から銃撃を加えた千陽によって暴力坂は宙に浮いた。
すかさず食らいつく悠乃。
腕のかぎ爪が暴力坂の肩に深々と食い込み、黒い炎を燃え上がらせる。
そこから蹴りと尾による鞭打ちを連続で叩き込み、眼下の足場へたたき落とした。
大きな石板が砕かれ、粉塵と小石になって吹き上がる。
「技のキレが今までと違え。技を完全に自分のものにしてやがる。一年前から随分成長したもんだ」
飛び退く悠乃と交代するように、ジャックとタヱ子がそれぞれ突撃していく。
「『金剛石』!」
心臓部を中心に、ボディを分厚いオブディシアンストーンで覆っていく。
一方でジャックは言霊を紡いで魔力を膨張させていく。
「クソ度胸のあるやつらが揃ってきやがった」
「ぶっとべ、暴力坂!」
「遅ぇ!」
ジャックが構える寸前、暴力坂は刀を振りかぶった。
斬撃――の間に割り込むように投擲される円形シールド。
一打それる。
返す刀の一文字斬りを、直接割り込んだタヱ子が宝石に埋め尽くされた腕でもって受け止めた。
硬い音。しっかりと足で踏ん張ったタヱ子は目を大きく開き……そしてピッチングマシンにかけられたボールがごとく吹き飛んでいった。
回転し、遠くのビルの壁を突き破って煙をあげる。
が、それでよし。
ジャックはそうして生まれたエアポケットに腕を突っ込み、氷巖華を乱射した。
打ち上げ掌底のごとく放たれた氷巖華によって再び宙に浮く暴力坂。彼の足首に、素早く植物のツルが巻き付く。
地面からはえたツルは勢いよく暴力坂を引っ張り、対抗するように飛びかかった沙織は刀を大胆に叩き込んだ。
あまりの勢いにツルが千切れ、粉々に崩壊していく。
暴力坂は空中を三回転し、どすんと頭から落下した。
「アイテッ!」
頭をさすって立ち上がった暴力坂は、自分を取り囲む八人(タヱ子もダッシュで戻ってきた)をぐるりと見回してから、首をこきりと慣らした。
「強ぇなあ。よし、いっちょうやってみるか」
暴力坂は笑って言うと、軍刀を肩に担いだ。
「暴力坂乱闘流――イチニノサンッ!」
めまぐるしい戦いになった。
燐花の刀が暴力坂の手のひらを貫いたかと思えば柄を手のひらごと握られ、反対側から飛び込んだ悠乃の顔面めがけて投げられた。
すれ違って走る誡女――の眼前へ急速に迫った暴力坂が顔面へ飛び膝蹴りを叩き込み、倒れた所でマウントをとってしこたま殴りつけた。誡女どころか大地がめくれあがり、地面にうまった鉄骨が飛び上がって倒れていく。
「次ぃッ!」
振り返る暴力坂の眼球を射貫く氷の槍。
同時に放たれた雷の槍が胸を貫き、飛びかかった千景が側頭部に銃口を押し当て乱射。
血と粉塵が吹き上がる中で、暴力坂は手を伸ばした。
むんずと掴んだのはタヱ子の顔面である。
頭上に放られる。
「零式――」
落ちてきたところに、燃えさかる拳が叩き付けられた。
「戦車砲!」
タヱ子はとてつもない速度で発射され、途中の鉄骨をへし折るどころかぶっちぎって飛んでいった。
振り返る暴力坂。迫った沙織がざくろの種をまき散らし、それが暴力坂の眼前で大きくはじけた。
のけぞる暴力坂。
隙を突いて飛びかかった悠乃が、暴力坂の顔面に膝蹴りをめりこませた。
黒い炎が踵の軌跡を作り、まるで空中に墨汁の筆を引いたかのように描かれた。
「これでも指導もしてまして。簡単に諦める姿とか、見せられないんですよ」
二歩三歩と後退する暴力坂。
ここぞとばかりに追撃にかかった悠乃と燐花。二人の顔面をそれぞれ掴み、暴力坂は回転した。
この世には人間を椅子に座らせて高速で回転するスリリングなアトラクションがあるというが、これに関してはただの処刑器具だった。
首がとれて胴体だけ飛んでいかないだけまだマシという、そんな回転である。
遠心力によって放り投げられた燐花を、恭司はヘッドスライディングでキャッチした。
「燐ちゃん、これ以上はさ……」
「いえ、またとない機会、ですから」
燐花はそういって立ち上がり、そしてうつ伏せにどすんと倒れた。
一方で、暴力坂は氷を纏って殴りかかるジャックに拳で対抗し、ついでに額に頭突きを当てることで粉砕していた。
背後から、背中へガンナイフを突き刺し、傷口に弾をめり込ませる勢いで銃を乱射する千陽。
暴力坂はそこでようやく動きをとめ、そしてペッと鉛のまじったつばを吐いた。
「ゲームセットだバカヤロウ!」
あくまで笑って、そう言った。
●敵と喰う肉
今度こそビーチにやってきた。
といっても米軍保養地として開かれているビーチである。
こんな所に普通に入ってバーベキューしていて怒られないかと思ったが、米軍らしい人物が20メートルくらいの距離をあけてこっちをじっと見つめて立っているだけなので、多分許可が成されているのだろう。もしくは黙認である。
そんな環境で。
「何故敵と焼肉をしてるんだ……納得いかないぞ、私は」
沙織は殺意の籠もった目をしながらメロンパンを更に焼いたやつをがじがじしていた。
みんな言いたいことはあるようだが、とりあえず沙織に先を譲っているようで、みなあまり本題を切り出さない。
ちなみに燐花は言いたいこと以前に『やりたいこと』をやれたらしく、かいがいしく恭司に肉を運んでいる。
ならばと、沙織はパンのかけらを飲み込んだ。
「暴力坂乱暴」
「あん?」
ねじりはちまきをして鉄串に刺した肉をぐるぐる焼いていた暴力坂が振り返った。
「ああ、食い終わったのか。ほれ次だ、肉食え肉。ほっそい腰しやがってもっと栄養つけろってんだ」
「貴様、なぜ沖縄で魂まで使ってあの妖を倒した」
肉のクシを受け取って、(なんだこの状況はと思いつつも)話を切り出してみる。
「余計な介入をしなければこちらの戦力を落とせただろうに」
「そんなもん目的の一致だよ。人間なんだから時と場合によるだろ」
「そういうことを言ってるんじゃ無い」
肉を無理矢理くいちぎり、クシだけにして地面に叩き付けた。
「『どういうつもりだ』と言ってるんだ! 貴様は隔者なんだろう!? 強欲で、醜く凶暴で、破壊と略奪を繰り返すやからが、なぜあんなことをした」
「なぜってそりゃあ」
自分も肉を食いながら、暴力坂は言った。
「お前が俺の部下を助けたからだろ」
「あれは……」
沙織は目を伏せた。砂にまみれたクシが転がっている。
「私にもわからない。今だって、貴様らは全員殺したい。殺意があふれて止まらない。なのになんで、あんなことを……」
それ以上のことが言葉にならなかったのか、沙織は目を瞑って黙った。
再び肉を焼く作業に戻る暴力坂に、目を開いて問いかける。
「貴様にとって隔者とはなんだ」
「しらねえよバカヤロウ」
背を向けたままで言う。
「AAAがてめえの都合で勝手に作ったカテゴリーだろ? 俺からすりゃあ、『一部の政治家にとって都合の悪い奴』って具合だぜ。俺もお前も、やってることは大体同じだってのによ」
「そんなわけがあるか! 私は覚者で貴様は――!」
「両方同じ人間だよ。違法に武器もって違法に人殴って、たまに殺して、勝手に組織組んでやがる。AAAが国家組織だって? 眉唾だよなあ。民間人を徴兵してばかすか死なせる活動が民主主義の国家で通るかよ、バッカらしい」
様子から会話を打ち切るつもりらしいが、沙織はまだ言いたいことがあった。絞り出すように、吐くように。
「私は、この殺意をどこに向ければいい」
「それこそ知らねえよバカヤロウ。お前が自分で考えろ」
必要な会話が一段落したところで、ジャックは皿に盛った肉を燐花にぐっと押しつけた。
「持ってて」
「はい、ですが……」
返答を待たずして、ジャックは暴力坂にずかずかと詰め寄った。
「暴力坂のおっちゃん、何も俺らFiVEは死刑執行人じゃねえんだ。勝手に全責任取って死ぬとか言うな。FiVEが勝ったらFiVEの強要を聞け。お前の処遇、ヒノマルの処遇はFiVEが決める」
「あ?」
何言ってんのお前という顔で振り返る暴力坂の襟首を、ジャックは強引に掴んだ。
「誰も死なせない、あんたもだ。俺の理想はただの理想か? おっちゃんの目標は俺の理想と何が違う!? 同じ願いだろ、終着点が違うだけで同じ願いっつーものだろ! 俺らが争ってる時点で全てがおかしぃんだよ! 軍は矛じゃねえ、盾だろが!! 日本守る盾が、どこへ矛先向けてやがる!!」
ジャックが暴力坂の顔面を殴りつけたことで、千陽は急いで彼の手を掴んでとめた。
「やめてください」
「はなせときちか! 願望で生きる人間を願望で救って何が悪い!!」
一方で、暴力坂はジャックの顔をじっとみたまま無言だった。
千陽が以前罵倒の限りをぶつけた時と同じ顔をしている。
「俺達に負けたらお前の力ごとFiVEに寄越せ! 砂掴むレベルで無謀でもやってやる! 何も照らせぬ黒い太陽が、苦しみ足掻いて切り開いた未来の先を見るまで死ぬんじゃねえ!!」
無言。聞こえていないかのように無言を貫いている。
その間、ジャックは千陽を振り払って再び暴力坂の顔面を殴りつけていた。
岩を殴るかのように硬い。自分の拳の方が痛い。
「俺は、日本を助けるってフタジに誓ったん――」
瞬間、ジャックの顔面に拳が入った。
宙を舞い、激しく回転してそりたった樹幹に激突する。
「てめえが『不可能を可能にする』とか主張すんのは自由だ、好きにやれ。できなくてもてめえの中で勝手に折り合いつければいいや。けど高槻をダシにするんじゃねえバカヤロウ、殺すぞ」
のびたジャックを抱えおこし、千陽は振り返った。
「この戦争も、こちらに都合のいい条約もそうだ。親しげに誘いをかけて敵に塩を贈り自分の兵を護る。自分は貴方という矛盾に塗れた人間が理解しがたい……それでも、自分は貴方を70年前この日本を守って下さった方々として尊敬はします」
ジャックを寝かせ、千陽は首を振った。
「ですが、もう世の中は新しくなっています。この日本を担っていくのは古兵ではなく、若者であるべきだ。そうして時代は流れて、世代を超え変わっていく。いつか自分の考えも古くなることもあるでしょう。それでも、自分達、今を生きる若者が選んだ未来は間違っていないと断言できます。今は、上からの命令だけではありません。俺達が選んだ未来が間違っていないと証明するために、俺自身の意思をもって貴方を倒します」
「ん」
暴力坂は頷くでもかぶりを振るでもなくそう応えた。
殴りかかった時は流石にFH協定も台無しかなと思った誡女だが、どうやらことが収まったようで胸をなで下ろした。
ジャックは第一線で戦う戦士であると同時に17歳の学生だ。理にかなわないことをしても、それは仕方が無い話である。できないことをやろうとするのもまた然りだ。
と言うことで、大人が話を引き継ごう。
「暴力坂さん、身体機能の精査はされていますか? 骨密度や筋密度など」
「あー、健康診断はしてるぜ。他は特にやってねえなあ。気になんのかい」
「ある種人間の到達点と言える気がしまして」
苦笑して言う誡女。
「ところで、近々行なわれる決戦の撤退条件は、各隊にゆだねられているのでしょうか?」
「あ? 急だなてめえは。そういうのは、あー……ヒミツヒミツ」
手を振って応える暴力坂に、誡女は曖昧な表情だけをした。
どうもこの男、ただ組織同士をぶつけようと考えているだけではなさそうだ。
どちらが勝つにせよ、その結果に得られる何かを見据えているように思えた。
もちろん、『暴力坂がなかまになった!』とかいう雑な利益ではない。
より重要で、尚且つ決定的なことだ。
とりようによっては、暴力坂やヒノマル幹部勢の死すら、必要な布石であるように。
考え込む誡女をよそに、悠乃やタヱ子が話を進めた。
「先程のお話、もう少し考えていただけませんか」
手をひらひらとやるタヱ子。
「私たちがヒノマル陸軍の面子なんて馬鹿らしくなるような勝ち方をすることができたら、手を貸してくれませんかというわたしからのお願いです。随分と都合の良い話ですけれど……」
「まあ」
暴力坂は口を一度ぱくぱくとさせた。
「そこはお前らの努力次第なんじゃねえの? 俺はともかく、部下の連中はお前さんところに転がるかもしれねえぜ。そこは人間だからよ、時と事情ってもんがある。で、なんだってそんな馬鹿丁寧に頼んで来やがる」
「私の前世が囁くんです。戦争で人が死ぬのはもう沢山だって」
「前世は?」
「軍人、でしょうか?」
「戦艦かなんかだろ」
「戦争かあ……」
話に混じるように、恭司が言葉を挟んだ。
「今の状況を通して思ったんだけど、ヒノマルって下手したらファイヴよりも構成員への待遇が良いよね。正直羨ましい部分はあるけれど……僕は、国家間戦争はお断りだよ」
「そんなもんかねえ」
「かもですねえ」
まあまあととりなすように間に入る悠乃。
「ところで暴力坂さん、沖縄料理の美味しい店とか知りませんか。教えてくださいよ」
「どうだかなあ、沖縄料理ってホントはよそさまの口に合わないもん多いぜ? 地元の居酒屋に行くと巨大なゼンマイのオバケとか喰わせるしな。美味いもの食べたきゃバリバリの観光地行っとけ。琉球王国行っとけ」
「あ、じゃあそうします」
肉を焼くぱちぱちとした音に代わって、波の音が遠くなっていく。
みなそれなりに肉を食い、休み、暫く遊んでから帰った。
こうして、和やかで殺伐とした、おそらく暴力坂最後のイベントは終了した。
次に会うのは、決戦の場である。
鍋が湯気を噴き、口蓋の笛が鳴る。
早足でコンロの火を止めると、沸騰したヤカンにほうじ茶のパックを放り込んで指で湯をくるくるとかき混ぜた。
ほどよく色がしみたところで湯飲みに茶を注いで、注いだそばから一気飲みした。
そんな彼は暴力坂乱暴。ヒノマル陸軍総帥である。
ドアがノックされる。される以前に足音から何から全てまる聞こえなので、誰が来たかくらいは分かっていた。
インターホンなんていう文明の利器はない。ドアを直接開いて外を覗くのみである。
「いきなりの訪問、失礼します」
納屋 タヱ子(CL2000019)が五麟八つ橋とかいうなんかの類似品(ほんとにあるのかなこれ)を差し出して小さく頭を下げた。学校制服を着なければ小中学生に見える彼女なので、子供が馬鹿丁寧に尋ねてきたなあという印象なのだが、暴力坂はそれを両手で受け取って頭を下げた。
「こりゃあどうも、ご丁寧に」
タヱ子の頭越しに、その場にずらりとならんだ面々を見やる。
ボロアパートの二階。何人も集まるスペースはなく、どころかどかどか歩けば崩れ落ちるのではと思うほど不安な音がする足場である。
背の高いところから数えて『スポーティ探偵』華神 悠乃(CL2000231)、『ベストピクチャー』蘇我島 恭司(CL2001015)、『狗吠』時任・千陽(CL2000014)、『研究所職員』紅崎・誡女(CL2000750)、『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)、『隔者狩りの復讐鬼』飛騨・沙織(CL2001262)、『スピードスター』柳 燐花(CL2000695)、そしてタヱ子。計八人。
軍人やらジムトレーナーやらカメラマンやら研究員やら学生やらでとりとめのない顔ぶれで、尚且つ半数が中高生というおかしさである。
事情を知らなければ、なんの目的で尋ねてきたのかさっぱりわからないところだが、暴力坂は『とりあえずあがれや』といってドアを大きく開いた。
1DKのボロアパートである。四畳半の部屋が一つあるだけで、キッチンは廊下と一体化していた。暴力坂がそんな部屋の真ん中に丸いお盆を置いて、ほうじ茶の入った湯飲みを人数分並べていく。
そんな部屋なので、九人も入るともはや座る場所がない。
タヱ子や燐花たちを座らせて大人は立つという、なんだか奇妙な絵図ができあがっていた。
小声で顔を寄せる千陽と誡女。
「もっといいところに住んでいると思っていましたが」
「少々、乱暴な訪問になってしまいましたね」
一方の悠乃はなあにやってるんだかという顔で窓際から外を眺めている。お世辞にもいい眺めとは言えない。というか向かいに思い切りビルがあった。
持参した日本酒の瓶を置く恭司。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくとは言えないけれど、新年の挨拶っていう事で」
「こりゃどうもご丁寧に」
対応がタヱ子と同じである。
学生たちを見てみれば、ジャックも沙織も黙ったままむすっとしている。
それぞれ何かしら納得がいっていないという様子だった。
誰から話しかけるべきか。狭い室内で無言の相談をしていると、まずタヱ子が『オフレコということでお聞きしたいのですが』と話を切り出した。
「今から始まる勝負に勝って、決戦にもファイブが勝てたら、七星剣と協力関係を結ぶことはできますか?」
「それとこれとは別問題じゃねえ?」
「そうですか」
今のやりとりを分解して説明すると、ヒノマル陸軍に勝ったことを他の七星剣幹部たちがどう見るかという話なのだが、それぞれ見方が違いそうでどうとも言えないという話である。
タヱ子もタヱ子で、さきの沖縄決戦がなんかしらの陰謀による覚者と隔者のつぶし合いを狙っていそうな気配がしたので誘いを向けたのだが、暴力坂はともかく他は陰謀の種にしかならなそうだった。
たとえば逢魔ヶ時を例にとっても、『ファイヴを矢面に立たせて美味しいところだけ貰う』という選択肢を平気でとりそうである。
暴力坂の接し方が特殊すぎるのだ。
一旦話も区切ったところで、燐花が小さく手を上げる。
「遮る物の無い広い所に参りませんか? 他の入居者さんにご迷惑をお掛けしない為にも」
「俺はどっちでもいいけどよ、この辺で開けた平地ってそうないぜ」
「たとえば、ビーチですとか」
燐花の提案に、暴力坂は手を横に振って笑った。
「観光資源をぶっ壊したら怒られるだろお。ただでさえ県庁灰にしてんだからよ」
そう言ってから、暴力坂はううむと唸った。
「ま、そういうことなら話つけるわ。先に外出て待っとけ」
その後言われたとおりに部屋(というか家)から出た八人は、思い切り筒抜けの会話に耳を立てた。
恭司は一言。
「は、市役所跡地?」
●那覇復興計画区域
なんなんだこの連中は。
那覇市に再びやってきた沙織の、率直な印象である。
町には特殊な重機を使ってもりもりとがれきをどかしたり建物を修復したりと忙しく動き回る人々があふれていた。
そのだれもが一様にヒノマル陸軍の軍服を着て、銃火器の代わりに設計図や工具を持って歩いている。
沙織の定義するとこの隔者とは、蛮族の斧や村娘を担いで田畑や家々に火を放って回る連中の延長上にある。今目にしている人々とは、あまりにも違いすぎた。
車でもって案内されたのは、そんな町の元中心地。
那覇市役所が元々たっていたエリアである。ここは市役所がまるごと妖化したことで土地が引っぺがされ、周囲の建物も豪快に潰されていた。
役所より先に民家だろということで、修復作業も後回しにされているポイントである。
確かに広く、そして丁度良く民間人がいなかった。
「見るからにぶっ壊れてるが、まあ心配すんな。お前らが妖を一掃してくれたおかげで遺体発掘も済んでるし、貴重品の持ち出しも終わってる。ここにあるのは捨てる予定のガレキだけだ。石がちっと転がったくらいで誰も困らねえ」
そう言うと、暴力坂は覚醒した。軍刀と銃を腰にさげ、若く屈強な肉体へと変化する。
「いいでしょう。では、始めましょうか」
千陽は銃を抜き、トリガーに指をかけたその瞬間。彼よりも早く燐花が飛び出していた。
がれきや鉄骨を反射するがごとくジグザグにはねると、暴力坂の眼前へと迫る。
「逆鱗かぁ」
対して暴力坂は軍刀を抜いて、柄頭で燐花の小太刀を打ち払った。
「力比べをさせて頂けるのは、今回が最後だと思っています」
燐花は大気をまるごと蹴って反転。
「私は、持てるもの総てを貴方にぶつけさせて頂くためにここまで参りました」
常人では肉眼でとらえることすら難しいような斬撃を連続して繰り出していく。
全弾命中。暴力坂の刀を足場にして飛び退こうとした所で、その足首が掴まれた。
感情の薄い目が、僅かに開く。
途端、別方向から雷のラインが走った。
大きく手を翳す恭司のものです。
「燐ちゃん、前のめりすぎじゃあないかな。本番に支障をきたさない程度にって、言ったよね」
タイミングをややずらし、誡女が飛び込んでいく。
義腕を振りかざし、拳を固めて脇のスイッチを押し込んだ。
通常と逆側に発射されたチップによって加速した拳が暴力坂へ直撃。
更に反対方向から銃撃を加えた千陽によって暴力坂は宙に浮いた。
すかさず食らいつく悠乃。
腕のかぎ爪が暴力坂の肩に深々と食い込み、黒い炎を燃え上がらせる。
そこから蹴りと尾による鞭打ちを連続で叩き込み、眼下の足場へたたき落とした。
大きな石板が砕かれ、粉塵と小石になって吹き上がる。
「技のキレが今までと違え。技を完全に自分のものにしてやがる。一年前から随分成長したもんだ」
飛び退く悠乃と交代するように、ジャックとタヱ子がそれぞれ突撃していく。
「『金剛石』!」
心臓部を中心に、ボディを分厚いオブディシアンストーンで覆っていく。
一方でジャックは言霊を紡いで魔力を膨張させていく。
「クソ度胸のあるやつらが揃ってきやがった」
「ぶっとべ、暴力坂!」
「遅ぇ!」
ジャックが構える寸前、暴力坂は刀を振りかぶった。
斬撃――の間に割り込むように投擲される円形シールド。
一打それる。
返す刀の一文字斬りを、直接割り込んだタヱ子が宝石に埋め尽くされた腕でもって受け止めた。
硬い音。しっかりと足で踏ん張ったタヱ子は目を大きく開き……そしてピッチングマシンにかけられたボールがごとく吹き飛んでいった。
回転し、遠くのビルの壁を突き破って煙をあげる。
が、それでよし。
ジャックはそうして生まれたエアポケットに腕を突っ込み、氷巖華を乱射した。
打ち上げ掌底のごとく放たれた氷巖華によって再び宙に浮く暴力坂。彼の足首に、素早く植物のツルが巻き付く。
地面からはえたツルは勢いよく暴力坂を引っ張り、対抗するように飛びかかった沙織は刀を大胆に叩き込んだ。
あまりの勢いにツルが千切れ、粉々に崩壊していく。
暴力坂は空中を三回転し、どすんと頭から落下した。
「アイテッ!」
頭をさすって立ち上がった暴力坂は、自分を取り囲む八人(タヱ子もダッシュで戻ってきた)をぐるりと見回してから、首をこきりと慣らした。
「強ぇなあ。よし、いっちょうやってみるか」
暴力坂は笑って言うと、軍刀を肩に担いだ。
「暴力坂乱闘流――イチニノサンッ!」
めまぐるしい戦いになった。
燐花の刀が暴力坂の手のひらを貫いたかと思えば柄を手のひらごと握られ、反対側から飛び込んだ悠乃の顔面めがけて投げられた。
すれ違って走る誡女――の眼前へ急速に迫った暴力坂が顔面へ飛び膝蹴りを叩き込み、倒れた所でマウントをとってしこたま殴りつけた。誡女どころか大地がめくれあがり、地面にうまった鉄骨が飛び上がって倒れていく。
「次ぃッ!」
振り返る暴力坂の眼球を射貫く氷の槍。
同時に放たれた雷の槍が胸を貫き、飛びかかった千景が側頭部に銃口を押し当て乱射。
血と粉塵が吹き上がる中で、暴力坂は手を伸ばした。
むんずと掴んだのはタヱ子の顔面である。
頭上に放られる。
「零式――」
落ちてきたところに、燃えさかる拳が叩き付けられた。
「戦車砲!」
タヱ子はとてつもない速度で発射され、途中の鉄骨をへし折るどころかぶっちぎって飛んでいった。
振り返る暴力坂。迫った沙織がざくろの種をまき散らし、それが暴力坂の眼前で大きくはじけた。
のけぞる暴力坂。
隙を突いて飛びかかった悠乃が、暴力坂の顔面に膝蹴りをめりこませた。
黒い炎が踵の軌跡を作り、まるで空中に墨汁の筆を引いたかのように描かれた。
「これでも指導もしてまして。簡単に諦める姿とか、見せられないんですよ」
二歩三歩と後退する暴力坂。
ここぞとばかりに追撃にかかった悠乃と燐花。二人の顔面をそれぞれ掴み、暴力坂は回転した。
この世には人間を椅子に座らせて高速で回転するスリリングなアトラクションがあるというが、これに関してはただの処刑器具だった。
首がとれて胴体だけ飛んでいかないだけまだマシという、そんな回転である。
遠心力によって放り投げられた燐花を、恭司はヘッドスライディングでキャッチした。
「燐ちゃん、これ以上はさ……」
「いえ、またとない機会、ですから」
燐花はそういって立ち上がり、そしてうつ伏せにどすんと倒れた。
一方で、暴力坂は氷を纏って殴りかかるジャックに拳で対抗し、ついでに額に頭突きを当てることで粉砕していた。
背後から、背中へガンナイフを突き刺し、傷口に弾をめり込ませる勢いで銃を乱射する千陽。
暴力坂はそこでようやく動きをとめ、そしてペッと鉛のまじったつばを吐いた。
「ゲームセットだバカヤロウ!」
あくまで笑って、そう言った。
●敵と喰う肉
今度こそビーチにやってきた。
といっても米軍保養地として開かれているビーチである。
こんな所に普通に入ってバーベキューしていて怒られないかと思ったが、米軍らしい人物が20メートルくらいの距離をあけてこっちをじっと見つめて立っているだけなので、多分許可が成されているのだろう。もしくは黙認である。
そんな環境で。
「何故敵と焼肉をしてるんだ……納得いかないぞ、私は」
沙織は殺意の籠もった目をしながらメロンパンを更に焼いたやつをがじがじしていた。
みんな言いたいことはあるようだが、とりあえず沙織に先を譲っているようで、みなあまり本題を切り出さない。
ちなみに燐花は言いたいこと以前に『やりたいこと』をやれたらしく、かいがいしく恭司に肉を運んでいる。
ならばと、沙織はパンのかけらを飲み込んだ。
「暴力坂乱暴」
「あん?」
ねじりはちまきをして鉄串に刺した肉をぐるぐる焼いていた暴力坂が振り返った。
「ああ、食い終わったのか。ほれ次だ、肉食え肉。ほっそい腰しやがってもっと栄養つけろってんだ」
「貴様、なぜ沖縄で魂まで使ってあの妖を倒した」
肉のクシを受け取って、(なんだこの状況はと思いつつも)話を切り出してみる。
「余計な介入をしなければこちらの戦力を落とせただろうに」
「そんなもん目的の一致だよ。人間なんだから時と場合によるだろ」
「そういうことを言ってるんじゃ無い」
肉を無理矢理くいちぎり、クシだけにして地面に叩き付けた。
「『どういうつもりだ』と言ってるんだ! 貴様は隔者なんだろう!? 強欲で、醜く凶暴で、破壊と略奪を繰り返すやからが、なぜあんなことをした」
「なぜってそりゃあ」
自分も肉を食いながら、暴力坂は言った。
「お前が俺の部下を助けたからだろ」
「あれは……」
沙織は目を伏せた。砂にまみれたクシが転がっている。
「私にもわからない。今だって、貴様らは全員殺したい。殺意があふれて止まらない。なのになんで、あんなことを……」
それ以上のことが言葉にならなかったのか、沙織は目を瞑って黙った。
再び肉を焼く作業に戻る暴力坂に、目を開いて問いかける。
「貴様にとって隔者とはなんだ」
「しらねえよバカヤロウ」
背を向けたままで言う。
「AAAがてめえの都合で勝手に作ったカテゴリーだろ? 俺からすりゃあ、『一部の政治家にとって都合の悪い奴』って具合だぜ。俺もお前も、やってることは大体同じだってのによ」
「そんなわけがあるか! 私は覚者で貴様は――!」
「両方同じ人間だよ。違法に武器もって違法に人殴って、たまに殺して、勝手に組織組んでやがる。AAAが国家組織だって? 眉唾だよなあ。民間人を徴兵してばかすか死なせる活動が民主主義の国家で通るかよ、バッカらしい」
様子から会話を打ち切るつもりらしいが、沙織はまだ言いたいことがあった。絞り出すように、吐くように。
「私は、この殺意をどこに向ければいい」
「それこそ知らねえよバカヤロウ。お前が自分で考えろ」
必要な会話が一段落したところで、ジャックは皿に盛った肉を燐花にぐっと押しつけた。
「持ってて」
「はい、ですが……」
返答を待たずして、ジャックは暴力坂にずかずかと詰め寄った。
「暴力坂のおっちゃん、何も俺らFiVEは死刑執行人じゃねえんだ。勝手に全責任取って死ぬとか言うな。FiVEが勝ったらFiVEの強要を聞け。お前の処遇、ヒノマルの処遇はFiVEが決める」
「あ?」
何言ってんのお前という顔で振り返る暴力坂の襟首を、ジャックは強引に掴んだ。
「誰も死なせない、あんたもだ。俺の理想はただの理想か? おっちゃんの目標は俺の理想と何が違う!? 同じ願いだろ、終着点が違うだけで同じ願いっつーものだろ! 俺らが争ってる時点で全てがおかしぃんだよ! 軍は矛じゃねえ、盾だろが!! 日本守る盾が、どこへ矛先向けてやがる!!」
ジャックが暴力坂の顔面を殴りつけたことで、千陽は急いで彼の手を掴んでとめた。
「やめてください」
「はなせときちか! 願望で生きる人間を願望で救って何が悪い!!」
一方で、暴力坂はジャックの顔をじっとみたまま無言だった。
千陽が以前罵倒の限りをぶつけた時と同じ顔をしている。
「俺達に負けたらお前の力ごとFiVEに寄越せ! 砂掴むレベルで無謀でもやってやる! 何も照らせぬ黒い太陽が、苦しみ足掻いて切り開いた未来の先を見るまで死ぬんじゃねえ!!」
無言。聞こえていないかのように無言を貫いている。
その間、ジャックは千陽を振り払って再び暴力坂の顔面を殴りつけていた。
岩を殴るかのように硬い。自分の拳の方が痛い。
「俺は、日本を助けるってフタジに誓ったん――」
瞬間、ジャックの顔面に拳が入った。
宙を舞い、激しく回転してそりたった樹幹に激突する。
「てめえが『不可能を可能にする』とか主張すんのは自由だ、好きにやれ。できなくてもてめえの中で勝手に折り合いつければいいや。けど高槻をダシにするんじゃねえバカヤロウ、殺すぞ」
のびたジャックを抱えおこし、千陽は振り返った。
「この戦争も、こちらに都合のいい条約もそうだ。親しげに誘いをかけて敵に塩を贈り自分の兵を護る。自分は貴方という矛盾に塗れた人間が理解しがたい……それでも、自分は貴方を70年前この日本を守って下さった方々として尊敬はします」
ジャックを寝かせ、千陽は首を振った。
「ですが、もう世の中は新しくなっています。この日本を担っていくのは古兵ではなく、若者であるべきだ。そうして時代は流れて、世代を超え変わっていく。いつか自分の考えも古くなることもあるでしょう。それでも、自分達、今を生きる若者が選んだ未来は間違っていないと断言できます。今は、上からの命令だけではありません。俺達が選んだ未来が間違っていないと証明するために、俺自身の意思をもって貴方を倒します」
「ん」
暴力坂は頷くでもかぶりを振るでもなくそう応えた。
殴りかかった時は流石にFH協定も台無しかなと思った誡女だが、どうやらことが収まったようで胸をなで下ろした。
ジャックは第一線で戦う戦士であると同時に17歳の学生だ。理にかなわないことをしても、それは仕方が無い話である。できないことをやろうとするのもまた然りだ。
と言うことで、大人が話を引き継ごう。
「暴力坂さん、身体機能の精査はされていますか? 骨密度や筋密度など」
「あー、健康診断はしてるぜ。他は特にやってねえなあ。気になんのかい」
「ある種人間の到達点と言える気がしまして」
苦笑して言う誡女。
「ところで、近々行なわれる決戦の撤退条件は、各隊にゆだねられているのでしょうか?」
「あ? 急だなてめえは。そういうのは、あー……ヒミツヒミツ」
手を振って応える暴力坂に、誡女は曖昧な表情だけをした。
どうもこの男、ただ組織同士をぶつけようと考えているだけではなさそうだ。
どちらが勝つにせよ、その結果に得られる何かを見据えているように思えた。
もちろん、『暴力坂がなかまになった!』とかいう雑な利益ではない。
より重要で、尚且つ決定的なことだ。
とりようによっては、暴力坂やヒノマル幹部勢の死すら、必要な布石であるように。
考え込む誡女をよそに、悠乃やタヱ子が話を進めた。
「先程のお話、もう少し考えていただけませんか」
手をひらひらとやるタヱ子。
「私たちがヒノマル陸軍の面子なんて馬鹿らしくなるような勝ち方をすることができたら、手を貸してくれませんかというわたしからのお願いです。随分と都合の良い話ですけれど……」
「まあ」
暴力坂は口を一度ぱくぱくとさせた。
「そこはお前らの努力次第なんじゃねえの? 俺はともかく、部下の連中はお前さんところに転がるかもしれねえぜ。そこは人間だからよ、時と事情ってもんがある。で、なんだってそんな馬鹿丁寧に頼んで来やがる」
「私の前世が囁くんです。戦争で人が死ぬのはもう沢山だって」
「前世は?」
「軍人、でしょうか?」
「戦艦かなんかだろ」
「戦争かあ……」
話に混じるように、恭司が言葉を挟んだ。
「今の状況を通して思ったんだけど、ヒノマルって下手したらファイヴよりも構成員への待遇が良いよね。正直羨ましい部分はあるけれど……僕は、国家間戦争はお断りだよ」
「そんなもんかねえ」
「かもですねえ」
まあまあととりなすように間に入る悠乃。
「ところで暴力坂さん、沖縄料理の美味しい店とか知りませんか。教えてくださいよ」
「どうだかなあ、沖縄料理ってホントはよそさまの口に合わないもん多いぜ? 地元の居酒屋に行くと巨大なゼンマイのオバケとか喰わせるしな。美味いもの食べたきゃバリバリの観光地行っとけ。琉球王国行っとけ」
「あ、じゃあそうします」
肉を焼くぱちぱちとした音に代わって、波の音が遠くなっていく。
みなそれなりに肉を食い、休み、暫く遊んでから帰った。
こうして、和やかで殺伐とした、おそらく暴力坂最後のイベントは終了した。
次に会うのは、決戦の場である。
