≪初夢語≫山神の花嫁
『あなた』達が歩き慣れた煉瓦の町並みを歩いていると、広場で何やら揉めている声が聞こえる。
何事かと近付いてみれば、多くの町人達が囲む中、6人の若い女性達を庇うように2人の青年が立っていた。
「もう止めろ! 生贄とかバカバカしい!」
「サオリはもうすぐ、結婚するんじゃないか!」
けれども町の人々は、やめれば町が襲われると、怯えを滲ませた声で反論する。
「レイ、お前も知っているだろう。5年に1度、山神様は若い女子を欲しなさる。差し出さなければ、この町は山神様の怒りに触れる」
6つの頭に、6つの尾を持った、巨大な怪物。
若い娘を食べる事が出来なければ、町まで下りてきて暴れるのだ。
「そうなれば、この町は崩壊する」
「なら! 俺等がこの娘達の代わりになってやんよ!」
何を言い出すんだと驚く町の人々へと、レイと呼ばれた青年が伝える。
「大丈夫。僕と兄さんは強いよ。僕達には、強くあれと育ててくれた人達がいるから」
「山神への花嫁のフリして、油断させる。食おうとした処を、仕留めてやる!」
教わったのは、『信念』、、『守ること』、『身を挺し庇う愛』。
そして、『決意貫く健全な魂』、『漢になる事』、『神々や自然に対する敬意』。
「若い娘を食べるのが山神だなんて、僕は信じないよ。あれは、只の化け物だ」
レイの言葉に頷いて、ジンは周りにいる町の者達へと呼びかける。
「俺等と共に化け物倒そうって奴いるか? 黙ってこのままか弱い女達、食わせんのかよ!!」
「オレも行こう!」
名乗りを上げたのは、1人の若者。
けれど若者を見遣ったジンとレイは、「ダメだ」と首を横に振った。
「ガイ、お前はサオリの花婿になる男だろうが。怪我させるワケにいかねぇ」
「だけど――!」
広場の中央で揉めている様子に、相沢 悟(nCL2000145)が『あなた』達を見る。
「助けましょう! 僕達にならそれが出来る。でしょう?」
頷き返した『あなた』達は、それにしても、と僅かに首を傾げる。
6つの頭に、6つの尾を持つ、巨大な怪物。
なんだろう。
その簡単な退治方法を、知っている気がしていた。
何事かと近付いてみれば、多くの町人達が囲む中、6人の若い女性達を庇うように2人の青年が立っていた。
「もう止めろ! 生贄とかバカバカしい!」
「サオリはもうすぐ、結婚するんじゃないか!」
けれども町の人々は、やめれば町が襲われると、怯えを滲ませた声で反論する。
「レイ、お前も知っているだろう。5年に1度、山神様は若い女子を欲しなさる。差し出さなければ、この町は山神様の怒りに触れる」
6つの頭に、6つの尾を持った、巨大な怪物。
若い娘を食べる事が出来なければ、町まで下りてきて暴れるのだ。
「そうなれば、この町は崩壊する」
「なら! 俺等がこの娘達の代わりになってやんよ!」
何を言い出すんだと驚く町の人々へと、レイと呼ばれた青年が伝える。
「大丈夫。僕と兄さんは強いよ。僕達には、強くあれと育ててくれた人達がいるから」
「山神への花嫁のフリして、油断させる。食おうとした処を、仕留めてやる!」
教わったのは、『信念』、、『守ること』、『身を挺し庇う愛』。
そして、『決意貫く健全な魂』、『漢になる事』、『神々や自然に対する敬意』。
「若い娘を食べるのが山神だなんて、僕は信じないよ。あれは、只の化け物だ」
レイの言葉に頷いて、ジンは周りにいる町の者達へと呼びかける。
「俺等と共に化け物倒そうって奴いるか? 黙ってこのままか弱い女達、食わせんのかよ!!」
「オレも行こう!」
名乗りを上げたのは、1人の若者。
けれど若者を見遣ったジンとレイは、「ダメだ」と首を横に振った。
「ガイ、お前はサオリの花婿になる男だろうが。怪我させるワケにいかねぇ」
「だけど――!」
広場の中央で揉めている様子に、相沢 悟(nCL2000145)が『あなた』達を見る。
「助けましょう! 僕達にならそれが出来る。でしょう?」
頷き返した『あなた』達は、それにしても、と僅かに首を傾げる。
6つの頭に、6つの尾を持つ、巨大な怪物。
なんだろう。
その簡単な退治方法を、知っている気がしていた。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.山神を退治する事
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
今回は「初夢依頼」です。
それは、皆様が夢の中で「住んでいる」町で起こりました。
この怪物。よく似たお話をご存知ですよね。
以下の説明をよくお読みの上でのご参加、よろしくお願いします。
■初夢依頼について
この依頼は参加者全員が見ている同じ夢の中での出来事となります。
その為世界観に沿わない設定、起こりえない情況での依頼となっている可能性が
ありますが全て夢ですので情況を楽しんでしまいしょう。
またこの依頼での出来事は全て夢のため、現実世界には一切染み出す事はありません。
※要約すると一夜限りの夢の出来事なので思いっきり楽しんじゃえ!です。
■当シナリオの夢
・舞台は、ファンタジーの世界、建物や風景は中世のヨーロッパなイメージです。
※≪嘘夢語≫二つの物語 /quest.php?qid=535&msu=1
と同じ舞台となります。
■当シナリオの遊び方
・戦闘の時間帯は昼。広い場所での戦闘ですので、邪魔になるものはありません。
・山神と呼ばれる巨大な化け物蛇(1つの首が、人間を一飲み出来る程の大きさ)を退治して頂きます。
・夢の中の話なので、装備しているもの以外も持ち込む事が出来ます。
・町の人々・ジン・レイは、基本的に退治してくれる皆様に好意的です。
退治する意思と決意を見せれば、皆様の提案に協力します。
・『≪嘘夢語≫二つの物語』に参加されていた方は、ジンやレイとは『再会する』という形になります。前回のシナリオ最後の年齢姿での参加になります。
・山神への生贄は、6つの籠にそれぞれ『花嫁』達を乗せ、町人達が山の上に運んでいきます。
頂上近くの広い空地に花嫁達を残し、町人達は帰ります。しばらくすると大蛇が現れます。
・花嫁の数は6人。大蛇の頭部と同じ数です。
まずは皆様にはこの花嫁に扮し、生贄のフリをして頂く予定です。人数が揃わなかった場合、参加者の花嫁希望が6人に達しなかった場合は、ジン・レイ・悟が生贄役に加わります。生贄希望が6人に達した場合、3人は籠を運ぶ側に加わります。
・花嫁役は、純白のウェディングドレスに身を包みます。
(好みのドレスがある場合は、プレイングにお書き下さい)
■ジン 21歳
幼い頃に親に捨てられた青年。レイの実兄。
10年間、レイと離れ離れになり森の洞窟に住む者達に育てられました。
現在はレイと2人暮らし。
「斬・一の構え」・「貫殺撃」・「棘一閃」・「香仇花」のスキルを習得し育ちました。
■レイ 18歳
幼い頃に親に捨てられた青年。ジンの実弟。
10年間、ジンと離れ離れになり町に住む者達に育てられました。町の人達との仲は良好。
現在はジンと2人暮らし。
「疾風斬り」・「火纏」・「威風」・「戦之祝詞」のスキルを習得し育ちました。
※ジンとレイは女性や年下は守る存在と思っていますので、女性や年下が花嫁として囮になると心配します。
女性PC様・彼等より年下のPC様が花嫁役をされる場合は、彼等を安心させる台詞をご用意下さい。
皆様が花嫁として囮になった場合は、籠を運ぶ役をします。大蛇との戦闘が始まれば駆けつけ共に戦います。
(駆け付けるのに1ターンかかりますので、戦闘参加出来るのは2ターン目から。花嫁役の方々はなんとか耐えて下さい)
■相沢 悟(nCL2000145)
皆様が花嫁として囮になった場合は、籠を運ぶ役をします。大蛇との戦闘が始まれば駆けつけ共に戦います。
(駆け付けるのに1ターンかかりますので、戦闘参加出来るのは2ターン目から。花嫁役の方々はなんとか耐えて下さい)
■山神(大蛇)
6つの頭に、6つの尾を持つ、巨大な怪物。話しませんが、人の話す内容は理解します。
攻撃は、1ターンにそれぞれの頭部が1度ずつ攻撃してきます。(つまり1ターンに6回攻撃)
攻撃方法
・巨大な口での『噛み付き』 物遠単【出血】
・頭部を上から振り下ろす『打ちつけ』 物遠単【鈍化】
■ガイとサオリ
数日後に結婚を控えた若い男女。
■リプレイ
皆様のプレイングの内容によりますが、戦闘シーンの描写は全体の1/2~1/3程度になる予定です。
作戦によっては、簡単に大蛇を退治する事が出来ます。(作戦により、苦戦の可能性もあります)
大蛇を退治する事が出来れば、最後にガイとサオリの婚礼の宴・大蛇を退治した喜びの宴があります。皆様もご参加下さい。
以上です。
それでは、皆様とご縁があります事、楽しみにしております。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2017年02月12日
2017年02月12日
■メイン参加者 6人■

●
囲んでいる町人達をかき分けるように進んで、7人はジンとレイの前へと立つ。
「お話は伺っておりましたわ」
町の人々に向き直り言った『優麗なる乙女』西荻 つばめ(CL2001243)に、「なっ」と誰よりも驚いたのはレイだった。
「ジン、レイ、お久し振りですわね」
振り返り微笑んだ彼女に、「つばめ!」と抱きつかんばかりの勢いでレイが身を乗り出す。
「街の人達の為に立ち上がれる様に成長していたのは、わたくしにとっても喜ばしい事ですわ。わたくし達も花嫁役になりましてよ?」
しかしその言葉には、兄弟の顔が曇った。
「いや、それは――」
「生贄なんて必要ない、神ではなく化け物だと言うのに同意見だよ」
ジンの言葉を遮るようにして、『エリニュスの翼』如月・彩吹(CL2001525)が生贄にされようとする女達を安心させるように微笑む。
「新年から、悲しい思いをする人が出ないようにしないとね」
花嫁役に立候補、と片手を挙げた彩吹の隣で、『慈悲の黒翼』天野 澄香(CL2000194)もにっこりと笑った。
「結婚が決まってる2人が引き裂かれるなんて……。こんな事を黙って見ているわけにはいきません」
「花嫁は、6人用意せねばならんのか?」
向けられたジンとレイの瞳に期待の色が含まれる前に、『雷麒麟』天明 両慈(CL2000603)はキッパリと掌を突き出す。
「俺は着んぞ」
「大丈夫。私が着ますから」
事もなく言ってのけた『スポーティ探偵』華神 悠乃(CL2000231)に、ジンとレイは額に手をあて、首を振った。
「いやいやいやいや、女ばっかりこんな危険な役目、させるワケにはいかねぇだろ」
「危な過ぎるよ」
(……わざわざ私を心配することはないと思うけど)
自分にも向けられる懸念に、くすりと悠乃が笑う。
「他の子心配してあげて下さいな」
そう言って、隣の両慈へと腕を絡めた。
「私の事は、最優先で守ってくれるひとがいるから平気ですよ」
当然だ、という顔の両慈を見遣ってから、兄弟は他の女性達を説得しようと口を開く。
「その綺麗な顔に傷でも付けたら、それこそあんた等の未来の花婿に恨まれる」
ジンの台詞にきょとんと瞬きをして、彩吹は肩を竦めてみせた。
「そう言ってもらえるのは嬉しいけれど、今回は適役だと思う。大丈夫、こう見えても頑丈にできているんだ」
安心させるようににこりと笑った彼女の隣で、澄香も頷く。
「植物の力を借りた術式を使うなら、たぶんジンさんよりも強力な攻撃ができますよ」
澄香が取り出したのは、オリジナルのタロットカード。それに描かれる美麗な世界樹から漂うかのような、ふわっとした笑みを浮かべた。
「それに、傷ついた時の回復役も必要でしょう?」
強力な攻撃ができます、の言葉には、ぶぅっと子供のように拗ねたジンが、気を取り直したように「けどなぁ」とガリガリと頭を掻く。
「サオリの代わりにじゃああんた達でってのも。――なんか違うだろ?」
「僕達男としては、『ああ、そうですか』と行かせる訳にはいかないよ」
引かぬ兄弟に、「わたくし達が心配なら」とつばめが提案した。
「一緒に花嫁役になりませんこと? こちらには運ぶ者が2人おりますし、わたくし達を守る為にも都合が良くてよ? ――戦闘になったら真っ先にわたくしと共に前衛に立ち、皆さんを守りましょう」
つばめの言葉は、仲間達の言葉に重なり、兄弟の心を上手く揺さぶる。
「よし! じゃあ皆、生きて帰んぞ!」
「――あ。ちなみにつばめは、僕が守るから」
前衛に立つなら尚更ね、とレイがつばめを指差し言った。
「それにしても。6つの頭の大蛇……ですか」
僅かに首を傾げ考えていた澄香は、町人達に提案する。
「この大蛇に、お酒を飲ませたらどうでしょうか」
酒? と。その発想はなかったらしいジンとレイが驚いている。
「そうだな。出来れば持てるだけ。……最低でも、それぞれの蛇の頭に一樽は欲しいかな」
彩吹の言葉に、「お酒をたくさん持ち込み酔わせ、あっさり仕留める作戦ですね」と悠乃が付け足し説明した。
「荷車はあるか?」
両慈の声に、町人達の視線が集まる。頷いた彼等に、頷き返した。
「ならばそれに可能な限り積み込み、花嫁にならない俺達が運んで行くとしよう」
僅かに見えた希望に、町人達が急ぎ駆け出した。
町の者達が酒と大樽、荷車を用意している間に、花嫁役達は着替えを済ませる。
(やれやれ……この調子だと、ロクなものでは無いだろうな)
町人達と大樽を荷車へと運び込んでいた両慈は、気配に振り返った。
相手を見て、呆然と手を止める。
――前言撤回、だな。
笑み零し、純白のドレスに身を包んだ『花嫁』の前へと立った。
「……悠乃、とても、綺麗だ」
その言葉に微笑んで、悠乃は「だけど」と残念に思う。
(折角こんな素敵な衣装なのに、籠に入るわ戦闘で汚すわで……)
「綺麗なまま両慈さんに見てもらえるのは、今くらいですね」
「目に焼き付けておかないとな」
両慈が差し出した手を取り、籠へと入った。
長い純白ドレスの裾を鷲掴みにし持ち上げて、歩き難そうなジンには、彩吹がふふっと笑う。
「よく似合う。化粧もしているんだね。喋らなかったらばれないよ」
「ちぇっ。女達が、面白がってやったんだよ」
肩を竦めたジンに、レイが笑いながらヴェールで顔を隠した。
「僕達は戦いが始まるまで黙って俯いてる事にするから、よろしくね」
(俺が花嫁衣装を着るのかと、軽く動揺したのを気づかれたのか――)
花嫁役を担う彼等を見つめ、籠の担ぎ手役となった『花屋の装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)は呟く。
「ジンとレイには申し訳ないが、適任だよな……」
その横で同じく花嫁達の様子を見ていた相沢 悟(nCL2000145)が、チラリと義高を見上げ「残念だなぁ」と零した。
「僕は田場さんの花嫁姿、結構楽しみにしてたのに」
おいおい、と軽く頭を小突いてやれば、悟は楽しそうにクスクスと笑った。
●
「隠れる場所も無い……か。酒を大蛇に与えて機嫌を取り、充分酔いが回るか眠った所を叩くとしよう」
広い空き地に着けば、両慈が周りを見回し呟く。それには、運ぶ役を務めた町人の1人が顔を蒼褪め震えた声を出した。
「この場に残れるのは、花嫁だけです。花嫁だけではないとバレれば、山神様が何をするか判らない……」
怒りを買って、直接町が襲われるかもしれない――。
怯える男に、義高が頷く。
「籠を運んだ者は、山を下りるのが流れなんだよな。……となれば、一旦は下りるふりはしなきゃならんだろうな」
町が襲われたり、大蛇に怪しまれたりしては、元も子もない。
悠乃の横を通りざま、「すぐに駆けつける」と前を向いたままの両慈が呟いた。
男達が姿を消せば、ズル、ズル――と。
地を擦る大きな音と共に、「山神」と呼ばれた大蛇がその姿を現した。
圧倒的な巨体に、囮役達は演技を開始する。
「……あの、山神様へと、町の人達から……」
実年齢よりも幼く見える己の外見を利用しながら、彩吹は震える声を出し、怯えたような瞳で大蛇を見上げる。
「どうぞ」
白無垢を纏うつばめも震えながら、なみなみと注がれた樽の酒を勧めた。
少しずつ離して置かれた樽の1つ。その傍らで怯えたふりをして、プリンセスラインのウェディングドレスを着た澄香は、大きく膨らむドレスの裾を広げて項垂れ、怯えた様子を見せる。
「婚礼のお酒です……どうぞ召し上がって下さい」
項垂れているので大蛇は気付かないが、澄香は超直観を働かせ、敵の動きに注意を払い続けていた。
立ち昇るアルコールの匂いは、嗅覚の鋭い蛇には堪らないだろう。
『花嫁』達だけしか居ない空間。その演技に何の疑いも抱かずに、大蛇は大樽へと頭を突っ込み酒を飲んでいった。
どれ程の時間が経ったか。
大蛇達の頭の動きが微かに変わった事に、澄香が気付く。
「来ます!」
彼女の声に、『花嫁』達は顔を上げた。
捧げられた花嫁達を食らおうと、1度高く持ち上げられた大蛇の頭が、大口を開けて下ろされる。
素早い動きであったが、澄香の声に反応していた彼女達は次々と避けていった。
噛み付かれたのは、反応が僅かに遅れたレイ。
「レイッ」
弾かれるように一瞬振り返った彩吹へも、大蛇は容赦なく噛み付く。
「…………っ!!」
ひと言の悲鳴もあげなかった彩吹の勝気な瞳が――澄んだその藍色が、ただ静かに大蛇を見上げた。
体内に、宿る炎。
瞳を閉じ、灼熱化した悠乃が瞼を開くと同時、彼女を包む影のように炎が揺らめいた。
「俺の後ろにいてくれ!」
ジンの言葉に中衛へと退がった澄香が漂わせるは、強く引き出した香徒花の香り。風に乗り流れた香りは、蛇の頭達へとダメージを与えてゆく。
同じく中衛に立った彩吹が、ウェディングドレスを見下ろした。ふくらはぎから流れる血には表情を変えず、裾が裂けた純白のドレスを両手で掴む。
足先から勢いよくスカートを太腿まで引き裂いて、体に宿る炎を活性化させた。
その前でつばめは、機化硬で己の基礎耐性を高める。
ジンが構えを取り斬りかかったその隣で、レイが戦之祝詞でジンの攻撃力を上げていた。
打ち付けてくる蛇の頭を避ける仲間達の中、レイがつばめを庇い衝撃を受ける。
「レイッ」
「……大丈夫か」
誰よりも早く、合流したのは両慈。
肩越しに瞳を向けた悠乃と一瞬の視線を交わし、英霊の力で己の攻撃力を高めた。
――大蛇が放つ、噛み付きと打ちつけ。
散々頭を振って、さぞかし酔いが回る事だろうと悠乃は思う。
「ま、酔拳使いでもない酔っ払いに、いいバトルは期待できないよね」
拳を握り引かれた彼女の腕に、黒炎が立つ。繰り出す拳は牙となり、大蛇へと食い込んだ。
澄香の取り出したタロットカード。そこから浮き上がり育った樹は、カードに描かれたそれによく似ている。清々しい大樹の息吹きが、ジンとレイを回復した。
踏み込む彩吹が放つは、鋭い回し蹴り。揺れた大蛇の頭に、「悪いね」と口角を上げた。
「私は可愛い花嫁さんより、化け物退治のが性に合うんだ」
つばめは、寄り添うように隣に立ち、自分を庇って血を流すレイを見遣る。
「ありがとう、レイ」
小さく呟いて、大蛇の動きを待つ構えを取った。
「次は攻撃を行って下さいませね、レイ」
見返したレイは、彼女の構えに「解った」と大蛇へと視線を戻す。
合流した悟が構えた銃口から、火炎弾が飛び出す。
「田場さんは?」
その姿が見えない事に問うた澄香に、「もうすぐ判ります」と23歳の姿の悟が、笑んだ瞳で澄香を見下ろした。
●
戦いが進めば、更に大蛇達の酔いは回る。
それでも仕掛けてくる攻撃。構え受け、返したつばめのカウンターに、大蛇は大きく頭を擡げた。
「悪いが偽りでも、貴様に悠乃は渡さん。――悠乃を花嫁に迎えるのは……」
そこで言葉を止めた両慈の放つ雷獣が、恋人の前にいる頭を襲う。
鋭く落ちた衝撃に抗う事も出来ず、土埃を上げながら地へと沈んだ。
咆哮する残りの頭達。その1つを、突如隆起した地面が刺し貫いた。
「――とっとと片付けるとすっかな」
義高の声が聞こえたのは、大蛇の背後。
一斉に振り返る頭達に、悠乃の口許に小さな笑みが浮かぶ。
「ではそろそろ、タイムアタックでも狙いますかー」
淡々とした声が落とされた瞬間、次々と地面からは大炎の柱が出現した。
背後へと意識が向いていた全ての首を、柱が焼き払う。火傷を負った頭達が、苦しみ暴れた。
ポタリ、ポタリ、と。
己の身も顧みず仲間を庇おうと動く彩吹から、血が滴っている。
「――絶対に誰も、死なせません……!」
澄香の黒き翼が大きく広がり、放たれたのは節制のタロットカード。大天使の翼に抱かれる錯覚をおぼえた彩吹は、己を包む翼から、新緑の香りを感じていた。
「ありがとう」
血が止まり正常に戻った体に、彩吹が笑顔で礼を伝える。
そうして圧縮した空気を、大蛇へと放った。
疾風斬りを繰り出すレイに続き、つばめも駆け抜けるが如く双刀・鬼丸を操る。
スゥーッと吸い込まれるように沈んだ刃が、1つの首を斬り落とした。
貫殺撃を繰り出すジンに続き、悟が火炎弾を撃ち出す。
両慈が仇華浸香の香りを放つと、悠乃が幻想発現・人中驪竜に黒炎を纏う。黒竜の暴虐は、もう誰にも止められない。
黒炎と共に食い込んだ黒竜の爪が、1つの頭を地へと沈めた。
澄香の大樹の息吹は、前衛達を回復してゆく。
「ガイとサオリを祝ってやりたいからな」
掌を地へと義高が押しあてれば、土は槍と化し大蛇を貫いた。倒れた頭に、「あと1つだ」と声をかける。
頷いたつばめの刃の先端が、目にも止まらぬ速さで首を突いた。そして黒き翼を羽ばたかせ、彩吹は大蛇の頭上まで飛ぶ。
裂いたスカートから伸びた足が鋭く落とされ、踵が頭上から蛇を蹴り地面へと沈めた。
倒れた大蛇に近付いて、義高は顎へと手をあたる。
「こういう大蛇は退治した後宝剣が出てきたりするもんだが、こいつはどうなんだろうな? 一応調べてみっか?」
「どうせならさばきます? これだけ大きければ、小骨で大変って事もないでしょうし。山神に勝ったということを、町の皆で文字通り『味わう』といいと思います」
悠乃の言葉に「なるほど」と、手を打ったのはジン。
「倒した実感は、湧きそうだな」
結局宝剣は出てこなかったが、宴には充分過ぎる程の肉は確保できた。
ふぅ、と額を拭う悠乃が、ふわりと抱き上げられる。
突然のお姫様抱っこに驚く悠乃に、両慈がさらりと伝えた。
「その姿では歩き辛いだろう? 花嫁は素直に甘えておけ」
抱き上げたまま山を下りてゆく両慈の背中を見送って、レイがつばめへと声をかける。
「ねぇ、僕の『優麗なる乙女』。裾汚れるし、僕も抱っこして運んであげようか?」
「大丈夫ですわよ」
返したつばめの手を、けれどもレイが強引に引いた。
「じゃあせめて、エスコート」
ね? と子供の頃から変わらぬ笑顔に負けて、つばめは仕方なく、手を引かれたままにする。
「レイが意思の強い人なのは、知っていますわ」
彼等の様子を羨ましく見ていたジンが澄香に、悟が彩吹に、手を差し出す。
「俺には最愛がいるから抱っこは無理だけど、おんぶなら出来る!」
「大人の姿になったらなんとか、抱っこ出来ると思います!」
「……大人の姿になったら? ……なんとか?」
生温かい目を悟に向けた彩吹は澄香と顔を見合わせて、花嫁達は丁重にお断りする事にする。
「ジンくんもドレスですし、無理しないで下さい」
「実年齢のまま抱っこ出来るようになったら、でいいよ」
「ええーッ!」
同時に叫んだジンと悟の肩を、背後から義高が叩いた。
「なら2人は俺と、肉でも運ぼうか」
●
「皆さん、本当に有難うございました」
宴ではサオリが喜びに涙を流し、ガイも大蛇を退治してくれた彼等に何度も礼を伝えた。
「おめでとう」
婚礼の宴は盛大に祝ってやろう――そう心に決めていた義高は、山を下りる途中で摘んだ花で作った、ブーケを2人に差し出す。
「祝いの贈り物とまでは言えないが……」
まあ、と声を洩らしたサオリが、綺麗なブーケを両手で受け取り、何度もブーケと義高の顔を見比べた。
「似合わねぇかね」
つるりとした頭を掻きながら言った義高に、サオリが笑う。
「いいえ。とても素敵です」
皆に祝われ笑う花嫁を優しく見守っていた彩吹は、飲み物を持ってきてくれたジンに「お疲れ様。怪我はない?」と笑顔を浮かべた。
「そっちこそ」
「私は頑丈だから。ああいう女の子は、やっぱり守ってあげなくちゃね」
「――頑丈だと言い張る女も、俺は守るけどな」
肩を竦めたジンにクスリと笑って、「花嫁の幸せに」とグラスをジンのそれへとあてた。
「どうぞお幸せに」
新郎新婦へと笑顔で声をかけた澄香に、「ありがとう」とサオリが軽くハグをする。
「お料理も、とても美味しかった」
ご馳走作りを手伝ってくれた澄香に、「今度私にもお料理教えて下さい」と笑った。
(花嫁衣装……次は大蛇の為ではなく、私も大切な人の為に着たいです、ね)
笑顔を返しながらそっと、澄香は心で思う。
「無事に式を挙げる事が出来て良かったな」
悠乃と一緒にガイとサオリを眺めていた両慈は、悠乃へと顔を向けた。
「お前の花嫁姿を見る事が出来て、俺は嬉しかったぞ。普段のお前も当然好きだが、やはり花嫁姿はまた別の良さがある、な」
悠乃の藍と黒の瞳を覗き込むように見つめ、両慈が告げる。
「ねぇ、両慈さん。結婚式はどんな感じがいいですか?」
そんな恋人へと腕を絡め、悠乃が見上げた。
「……お前もやはり、結婚等は憧れるの、か?」
そっと視線を逸らせながらの両慈に、「それは勿論です」と笑う。
「両慈さんから何も意見がでないと、うちの親族とか取引先とか大仰に集まっちゃいそうで……。面倒でもそのへんはやっておくとして、好みのは別に機会を取るってのもいいですね」
チラリ、と視線を戻せば、悠乃と目が合った。
「そう、か。……前向きに検討しておく」
「なんだか今日はアッツいなー」
服の胸元をパタつかせながらわざとらしく横を通り過ぎるレイの背を押して、「ごめんなさいね」とつばめが2人に伝える。
「でもこの機会に挙げてみては如何? お手伝い致しましてよ?」
「えっ、今から結婚式挙げるんですか?」
悟の大きな声に、町人達の視線が向けられた。途端巻き起こった、盛大な拍手。
花嫁は1人だったとか、2人だったとか――。
そんな祝いと喜びの宴は、長く長く続いていた。
囲んでいる町人達をかき分けるように進んで、7人はジンとレイの前へと立つ。
「お話は伺っておりましたわ」
町の人々に向き直り言った『優麗なる乙女』西荻 つばめ(CL2001243)に、「なっ」と誰よりも驚いたのはレイだった。
「ジン、レイ、お久し振りですわね」
振り返り微笑んだ彼女に、「つばめ!」と抱きつかんばかりの勢いでレイが身を乗り出す。
「街の人達の為に立ち上がれる様に成長していたのは、わたくしにとっても喜ばしい事ですわ。わたくし達も花嫁役になりましてよ?」
しかしその言葉には、兄弟の顔が曇った。
「いや、それは――」
「生贄なんて必要ない、神ではなく化け物だと言うのに同意見だよ」
ジンの言葉を遮るようにして、『エリニュスの翼』如月・彩吹(CL2001525)が生贄にされようとする女達を安心させるように微笑む。
「新年から、悲しい思いをする人が出ないようにしないとね」
花嫁役に立候補、と片手を挙げた彩吹の隣で、『慈悲の黒翼』天野 澄香(CL2000194)もにっこりと笑った。
「結婚が決まってる2人が引き裂かれるなんて……。こんな事を黙って見ているわけにはいきません」
「花嫁は、6人用意せねばならんのか?」
向けられたジンとレイの瞳に期待の色が含まれる前に、『雷麒麟』天明 両慈(CL2000603)はキッパリと掌を突き出す。
「俺は着んぞ」
「大丈夫。私が着ますから」
事もなく言ってのけた『スポーティ探偵』華神 悠乃(CL2000231)に、ジンとレイは額に手をあて、首を振った。
「いやいやいやいや、女ばっかりこんな危険な役目、させるワケにはいかねぇだろ」
「危な過ぎるよ」
(……わざわざ私を心配することはないと思うけど)
自分にも向けられる懸念に、くすりと悠乃が笑う。
「他の子心配してあげて下さいな」
そう言って、隣の両慈へと腕を絡めた。
「私の事は、最優先で守ってくれるひとがいるから平気ですよ」
当然だ、という顔の両慈を見遣ってから、兄弟は他の女性達を説得しようと口を開く。
「その綺麗な顔に傷でも付けたら、それこそあんた等の未来の花婿に恨まれる」
ジンの台詞にきょとんと瞬きをして、彩吹は肩を竦めてみせた。
「そう言ってもらえるのは嬉しいけれど、今回は適役だと思う。大丈夫、こう見えても頑丈にできているんだ」
安心させるようににこりと笑った彼女の隣で、澄香も頷く。
「植物の力を借りた術式を使うなら、たぶんジンさんよりも強力な攻撃ができますよ」
澄香が取り出したのは、オリジナルのタロットカード。それに描かれる美麗な世界樹から漂うかのような、ふわっとした笑みを浮かべた。
「それに、傷ついた時の回復役も必要でしょう?」
強力な攻撃ができます、の言葉には、ぶぅっと子供のように拗ねたジンが、気を取り直したように「けどなぁ」とガリガリと頭を掻く。
「サオリの代わりにじゃああんた達でってのも。――なんか違うだろ?」
「僕達男としては、『ああ、そうですか』と行かせる訳にはいかないよ」
引かぬ兄弟に、「わたくし達が心配なら」とつばめが提案した。
「一緒に花嫁役になりませんこと? こちらには運ぶ者が2人おりますし、わたくし達を守る為にも都合が良くてよ? ――戦闘になったら真っ先にわたくしと共に前衛に立ち、皆さんを守りましょう」
つばめの言葉は、仲間達の言葉に重なり、兄弟の心を上手く揺さぶる。
「よし! じゃあ皆、生きて帰んぞ!」
「――あ。ちなみにつばめは、僕が守るから」
前衛に立つなら尚更ね、とレイがつばめを指差し言った。
「それにしても。6つの頭の大蛇……ですか」
僅かに首を傾げ考えていた澄香は、町人達に提案する。
「この大蛇に、お酒を飲ませたらどうでしょうか」
酒? と。その発想はなかったらしいジンとレイが驚いている。
「そうだな。出来れば持てるだけ。……最低でも、それぞれの蛇の頭に一樽は欲しいかな」
彩吹の言葉に、「お酒をたくさん持ち込み酔わせ、あっさり仕留める作戦ですね」と悠乃が付け足し説明した。
「荷車はあるか?」
両慈の声に、町人達の視線が集まる。頷いた彼等に、頷き返した。
「ならばそれに可能な限り積み込み、花嫁にならない俺達が運んで行くとしよう」
僅かに見えた希望に、町人達が急ぎ駆け出した。
町の者達が酒と大樽、荷車を用意している間に、花嫁役達は着替えを済ませる。
(やれやれ……この調子だと、ロクなものでは無いだろうな)
町人達と大樽を荷車へと運び込んでいた両慈は、気配に振り返った。
相手を見て、呆然と手を止める。
――前言撤回、だな。
笑み零し、純白のドレスに身を包んだ『花嫁』の前へと立った。
「……悠乃、とても、綺麗だ」
その言葉に微笑んで、悠乃は「だけど」と残念に思う。
(折角こんな素敵な衣装なのに、籠に入るわ戦闘で汚すわで……)
「綺麗なまま両慈さんに見てもらえるのは、今くらいですね」
「目に焼き付けておかないとな」
両慈が差し出した手を取り、籠へと入った。
長い純白ドレスの裾を鷲掴みにし持ち上げて、歩き難そうなジンには、彩吹がふふっと笑う。
「よく似合う。化粧もしているんだね。喋らなかったらばれないよ」
「ちぇっ。女達が、面白がってやったんだよ」
肩を竦めたジンに、レイが笑いながらヴェールで顔を隠した。
「僕達は戦いが始まるまで黙って俯いてる事にするから、よろしくね」
(俺が花嫁衣装を着るのかと、軽く動揺したのを気づかれたのか――)
花嫁役を担う彼等を見つめ、籠の担ぎ手役となった『花屋の装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)は呟く。
「ジンとレイには申し訳ないが、適任だよな……」
その横で同じく花嫁達の様子を見ていた相沢 悟(nCL2000145)が、チラリと義高を見上げ「残念だなぁ」と零した。
「僕は田場さんの花嫁姿、結構楽しみにしてたのに」
おいおい、と軽く頭を小突いてやれば、悟は楽しそうにクスクスと笑った。
●
「隠れる場所も無い……か。酒を大蛇に与えて機嫌を取り、充分酔いが回るか眠った所を叩くとしよう」
広い空き地に着けば、両慈が周りを見回し呟く。それには、運ぶ役を務めた町人の1人が顔を蒼褪め震えた声を出した。
「この場に残れるのは、花嫁だけです。花嫁だけではないとバレれば、山神様が何をするか判らない……」
怒りを買って、直接町が襲われるかもしれない――。
怯える男に、義高が頷く。
「籠を運んだ者は、山を下りるのが流れなんだよな。……となれば、一旦は下りるふりはしなきゃならんだろうな」
町が襲われたり、大蛇に怪しまれたりしては、元も子もない。
悠乃の横を通りざま、「すぐに駆けつける」と前を向いたままの両慈が呟いた。
男達が姿を消せば、ズル、ズル――と。
地を擦る大きな音と共に、「山神」と呼ばれた大蛇がその姿を現した。
圧倒的な巨体に、囮役達は演技を開始する。
「……あの、山神様へと、町の人達から……」
実年齢よりも幼く見える己の外見を利用しながら、彩吹は震える声を出し、怯えたような瞳で大蛇を見上げる。
「どうぞ」
白無垢を纏うつばめも震えながら、なみなみと注がれた樽の酒を勧めた。
少しずつ離して置かれた樽の1つ。その傍らで怯えたふりをして、プリンセスラインのウェディングドレスを着た澄香は、大きく膨らむドレスの裾を広げて項垂れ、怯えた様子を見せる。
「婚礼のお酒です……どうぞ召し上がって下さい」
項垂れているので大蛇は気付かないが、澄香は超直観を働かせ、敵の動きに注意を払い続けていた。
立ち昇るアルコールの匂いは、嗅覚の鋭い蛇には堪らないだろう。
『花嫁』達だけしか居ない空間。その演技に何の疑いも抱かずに、大蛇は大樽へと頭を突っ込み酒を飲んでいった。
どれ程の時間が経ったか。
大蛇達の頭の動きが微かに変わった事に、澄香が気付く。
「来ます!」
彼女の声に、『花嫁』達は顔を上げた。
捧げられた花嫁達を食らおうと、1度高く持ち上げられた大蛇の頭が、大口を開けて下ろされる。
素早い動きであったが、澄香の声に反応していた彼女達は次々と避けていった。
噛み付かれたのは、反応が僅かに遅れたレイ。
「レイッ」
弾かれるように一瞬振り返った彩吹へも、大蛇は容赦なく噛み付く。
「…………っ!!」
ひと言の悲鳴もあげなかった彩吹の勝気な瞳が――澄んだその藍色が、ただ静かに大蛇を見上げた。
体内に、宿る炎。
瞳を閉じ、灼熱化した悠乃が瞼を開くと同時、彼女を包む影のように炎が揺らめいた。
「俺の後ろにいてくれ!」
ジンの言葉に中衛へと退がった澄香が漂わせるは、強く引き出した香徒花の香り。風に乗り流れた香りは、蛇の頭達へとダメージを与えてゆく。
同じく中衛に立った彩吹が、ウェディングドレスを見下ろした。ふくらはぎから流れる血には表情を変えず、裾が裂けた純白のドレスを両手で掴む。
足先から勢いよくスカートを太腿まで引き裂いて、体に宿る炎を活性化させた。
その前でつばめは、機化硬で己の基礎耐性を高める。
ジンが構えを取り斬りかかったその隣で、レイが戦之祝詞でジンの攻撃力を上げていた。
打ち付けてくる蛇の頭を避ける仲間達の中、レイがつばめを庇い衝撃を受ける。
「レイッ」
「……大丈夫か」
誰よりも早く、合流したのは両慈。
肩越しに瞳を向けた悠乃と一瞬の視線を交わし、英霊の力で己の攻撃力を高めた。
――大蛇が放つ、噛み付きと打ちつけ。
散々頭を振って、さぞかし酔いが回る事だろうと悠乃は思う。
「ま、酔拳使いでもない酔っ払いに、いいバトルは期待できないよね」
拳を握り引かれた彼女の腕に、黒炎が立つ。繰り出す拳は牙となり、大蛇へと食い込んだ。
澄香の取り出したタロットカード。そこから浮き上がり育った樹は、カードに描かれたそれによく似ている。清々しい大樹の息吹きが、ジンとレイを回復した。
踏み込む彩吹が放つは、鋭い回し蹴り。揺れた大蛇の頭に、「悪いね」と口角を上げた。
「私は可愛い花嫁さんより、化け物退治のが性に合うんだ」
つばめは、寄り添うように隣に立ち、自分を庇って血を流すレイを見遣る。
「ありがとう、レイ」
小さく呟いて、大蛇の動きを待つ構えを取った。
「次は攻撃を行って下さいませね、レイ」
見返したレイは、彼女の構えに「解った」と大蛇へと視線を戻す。
合流した悟が構えた銃口から、火炎弾が飛び出す。
「田場さんは?」
その姿が見えない事に問うた澄香に、「もうすぐ判ります」と23歳の姿の悟が、笑んだ瞳で澄香を見下ろした。
●
戦いが進めば、更に大蛇達の酔いは回る。
それでも仕掛けてくる攻撃。構え受け、返したつばめのカウンターに、大蛇は大きく頭を擡げた。
「悪いが偽りでも、貴様に悠乃は渡さん。――悠乃を花嫁に迎えるのは……」
そこで言葉を止めた両慈の放つ雷獣が、恋人の前にいる頭を襲う。
鋭く落ちた衝撃に抗う事も出来ず、土埃を上げながら地へと沈んだ。
咆哮する残りの頭達。その1つを、突如隆起した地面が刺し貫いた。
「――とっとと片付けるとすっかな」
義高の声が聞こえたのは、大蛇の背後。
一斉に振り返る頭達に、悠乃の口許に小さな笑みが浮かぶ。
「ではそろそろ、タイムアタックでも狙いますかー」
淡々とした声が落とされた瞬間、次々と地面からは大炎の柱が出現した。
背後へと意識が向いていた全ての首を、柱が焼き払う。火傷を負った頭達が、苦しみ暴れた。
ポタリ、ポタリ、と。
己の身も顧みず仲間を庇おうと動く彩吹から、血が滴っている。
「――絶対に誰も、死なせません……!」
澄香の黒き翼が大きく広がり、放たれたのは節制のタロットカード。大天使の翼に抱かれる錯覚をおぼえた彩吹は、己を包む翼から、新緑の香りを感じていた。
「ありがとう」
血が止まり正常に戻った体に、彩吹が笑顔で礼を伝える。
そうして圧縮した空気を、大蛇へと放った。
疾風斬りを繰り出すレイに続き、つばめも駆け抜けるが如く双刀・鬼丸を操る。
スゥーッと吸い込まれるように沈んだ刃が、1つの首を斬り落とした。
貫殺撃を繰り出すジンに続き、悟が火炎弾を撃ち出す。
両慈が仇華浸香の香りを放つと、悠乃が幻想発現・人中驪竜に黒炎を纏う。黒竜の暴虐は、もう誰にも止められない。
黒炎と共に食い込んだ黒竜の爪が、1つの頭を地へと沈めた。
澄香の大樹の息吹は、前衛達を回復してゆく。
「ガイとサオリを祝ってやりたいからな」
掌を地へと義高が押しあてれば、土は槍と化し大蛇を貫いた。倒れた頭に、「あと1つだ」と声をかける。
頷いたつばめの刃の先端が、目にも止まらぬ速さで首を突いた。そして黒き翼を羽ばたかせ、彩吹は大蛇の頭上まで飛ぶ。
裂いたスカートから伸びた足が鋭く落とされ、踵が頭上から蛇を蹴り地面へと沈めた。
倒れた大蛇に近付いて、義高は顎へと手をあたる。
「こういう大蛇は退治した後宝剣が出てきたりするもんだが、こいつはどうなんだろうな? 一応調べてみっか?」
「どうせならさばきます? これだけ大きければ、小骨で大変って事もないでしょうし。山神に勝ったということを、町の皆で文字通り『味わう』といいと思います」
悠乃の言葉に「なるほど」と、手を打ったのはジン。
「倒した実感は、湧きそうだな」
結局宝剣は出てこなかったが、宴には充分過ぎる程の肉は確保できた。
ふぅ、と額を拭う悠乃が、ふわりと抱き上げられる。
突然のお姫様抱っこに驚く悠乃に、両慈がさらりと伝えた。
「その姿では歩き辛いだろう? 花嫁は素直に甘えておけ」
抱き上げたまま山を下りてゆく両慈の背中を見送って、レイがつばめへと声をかける。
「ねぇ、僕の『優麗なる乙女』。裾汚れるし、僕も抱っこして運んであげようか?」
「大丈夫ですわよ」
返したつばめの手を、けれどもレイが強引に引いた。
「じゃあせめて、エスコート」
ね? と子供の頃から変わらぬ笑顔に負けて、つばめは仕方なく、手を引かれたままにする。
「レイが意思の強い人なのは、知っていますわ」
彼等の様子を羨ましく見ていたジンが澄香に、悟が彩吹に、手を差し出す。
「俺には最愛がいるから抱っこは無理だけど、おんぶなら出来る!」
「大人の姿になったらなんとか、抱っこ出来ると思います!」
「……大人の姿になったら? ……なんとか?」
生温かい目を悟に向けた彩吹は澄香と顔を見合わせて、花嫁達は丁重にお断りする事にする。
「ジンくんもドレスですし、無理しないで下さい」
「実年齢のまま抱っこ出来るようになったら、でいいよ」
「ええーッ!」
同時に叫んだジンと悟の肩を、背後から義高が叩いた。
「なら2人は俺と、肉でも運ぼうか」
●
「皆さん、本当に有難うございました」
宴ではサオリが喜びに涙を流し、ガイも大蛇を退治してくれた彼等に何度も礼を伝えた。
「おめでとう」
婚礼の宴は盛大に祝ってやろう――そう心に決めていた義高は、山を下りる途中で摘んだ花で作った、ブーケを2人に差し出す。
「祝いの贈り物とまでは言えないが……」
まあ、と声を洩らしたサオリが、綺麗なブーケを両手で受け取り、何度もブーケと義高の顔を見比べた。
「似合わねぇかね」
つるりとした頭を掻きながら言った義高に、サオリが笑う。
「いいえ。とても素敵です」
皆に祝われ笑う花嫁を優しく見守っていた彩吹は、飲み物を持ってきてくれたジンに「お疲れ様。怪我はない?」と笑顔を浮かべた。
「そっちこそ」
「私は頑丈だから。ああいう女の子は、やっぱり守ってあげなくちゃね」
「――頑丈だと言い張る女も、俺は守るけどな」
肩を竦めたジンにクスリと笑って、「花嫁の幸せに」とグラスをジンのそれへとあてた。
「どうぞお幸せに」
新郎新婦へと笑顔で声をかけた澄香に、「ありがとう」とサオリが軽くハグをする。
「お料理も、とても美味しかった」
ご馳走作りを手伝ってくれた澄香に、「今度私にもお料理教えて下さい」と笑った。
(花嫁衣装……次は大蛇の為ではなく、私も大切な人の為に着たいです、ね)
笑顔を返しながらそっと、澄香は心で思う。
「無事に式を挙げる事が出来て良かったな」
悠乃と一緒にガイとサオリを眺めていた両慈は、悠乃へと顔を向けた。
「お前の花嫁姿を見る事が出来て、俺は嬉しかったぞ。普段のお前も当然好きだが、やはり花嫁姿はまた別の良さがある、な」
悠乃の藍と黒の瞳を覗き込むように見つめ、両慈が告げる。
「ねぇ、両慈さん。結婚式はどんな感じがいいですか?」
そんな恋人へと腕を絡め、悠乃が見上げた。
「……お前もやはり、結婚等は憧れるの、か?」
そっと視線を逸らせながらの両慈に、「それは勿論です」と笑う。
「両慈さんから何も意見がでないと、うちの親族とか取引先とか大仰に集まっちゃいそうで……。面倒でもそのへんはやっておくとして、好みのは別に機会を取るってのもいいですね」
チラリ、と視線を戻せば、悠乃と目が合った。
「そう、か。……前向きに検討しておく」
「なんだか今日はアッツいなー」
服の胸元をパタつかせながらわざとらしく横を通り過ぎるレイの背を押して、「ごめんなさいね」とつばめが2人に伝える。
「でもこの機会に挙げてみては如何? お手伝い致しましてよ?」
「えっ、今から結婚式挙げるんですか?」
悟の大きな声に、町人達の視線が向けられた。途端巻き起こった、盛大な拍手。
花嫁は1人だったとか、2人だったとか――。
そんな祝いと喜びの宴は、長く長く続いていた。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
大変お待たせを致してしまい、申し訳ございません。
ご参加、誠に有難うございました。
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
ご参加、誠に有難うございました。
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
