≪初夢語≫年末進行はロスタイムに突入しました。
● +
それは、走っている、というか、いたのだ。
今時珍しい、カイゼルひげをはやし、羽織に着流しの着物の裾をたくし上げ、らくだの股引全開で、足袋に下駄を突っかけて走っている。
今は、師走。
「先生」が走るのだ。「年末進行」から逃げるために。
「先生! 締め切りです! 年越しちゃいましたよ!」
ああ、鳴り響く、除夜の鐘。
シンデレラの魔法はきれいさっぱり消えるけど、世知辛い世の中は「泣き土下座」で、もうちょっとだけ続くんじゃ。
白紙じゃ世界の台割狂っちゃうからね。
●
うごめく虹色空間。
『年末年始メンテ中。凝視しないで下さい。いろいろな意味で』と立て看板が立てられている。
現場は、アナログらしい。
一年やそこらではそうそう現場に新技術は反映されない。
「あなたの初夢の質向上にご協力ください」
露骨なプレッシャーが押し寄せてくる。
「私は獏です。古妖だから喧嘩売らないでね」とプラカードを掲げた直立二足歩行するマレーバク(ムチムチ)にそんなことを言われた場合、なんと答えるのがいいのだろうか。
「『先生と締め切り』です。こわいですねー。缶詰にされてるんですよー。昭和ですねー」
なぜに、往年の名映画評論家みたいな口調をするのだ、このマレーバクは。
え、かんづめってなに。よくわからない。
締め切りまでに原稿があがらないと、絶対に逃げられない出版社お抱えの宿泊施設にとまらせられて、原稿があがるまでおうちに帰してもらえないどころか、部屋から一歩も出してもらえないんだよ。
原稿上がるまで帰れません。だよ。
厠の窓から逃走を試みたくなるよ!
「『先生』が『幸せな世界』というテーマで『ゲンコーヨーシ』を後400字詰め五枚埋めれば、クリアです。『先生』はヨイショされると調子に乗るタイプです。胃袋とやる気が直結しています。後、こういうのどうでしょというのを膨らませるタイプです。なお、規定字数に到達すると、『締め切り』は自動的に消滅する」
なぜ、往年の海外テレビドラマの口調なのだ、このマレーバクは。
「『先生』は歳神様の一種なので、原稿が上がらないと、来年の幸せが若干目減りします。先生が書くのは、幸せな来年です――というか、『先生』が締めきり破ってるのですでに今年なんですがね?」
なぜ、往年の帰りそうで帰らない刑事の口調なのだ、このマレーバクは。
それはともかく、それってまずいじゃない。
「プレゼンが初夢なので、それに間に合えば何とかごまさせます。何とか、世の中が回りだす前に。『先生』に原稿を書かせて下さい」
それは、走っている、というか、いたのだ。
今時珍しい、カイゼルひげをはやし、羽織に着流しの着物の裾をたくし上げ、らくだの股引全開で、足袋に下駄を突っかけて走っている。
今は、師走。
「先生」が走るのだ。「年末進行」から逃げるために。
「先生! 締め切りです! 年越しちゃいましたよ!」
ああ、鳴り響く、除夜の鐘。
シンデレラの魔法はきれいさっぱり消えるけど、世知辛い世の中は「泣き土下座」で、もうちょっとだけ続くんじゃ。
白紙じゃ世界の台割狂っちゃうからね。
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うごめく虹色空間。
『年末年始メンテ中。凝視しないで下さい。いろいろな意味で』と立て看板が立てられている。
現場は、アナログらしい。
一年やそこらではそうそう現場に新技術は反映されない。
「あなたの初夢の質向上にご協力ください」
露骨なプレッシャーが押し寄せてくる。
「私は獏です。古妖だから喧嘩売らないでね」とプラカードを掲げた直立二足歩行するマレーバク(ムチムチ)にそんなことを言われた場合、なんと答えるのがいいのだろうか。
「『先生と締め切り』です。こわいですねー。缶詰にされてるんですよー。昭和ですねー」
なぜに、往年の名映画評論家みたいな口調をするのだ、このマレーバクは。
え、かんづめってなに。よくわからない。
締め切りまでに原稿があがらないと、絶対に逃げられない出版社お抱えの宿泊施設にとまらせられて、原稿があがるまでおうちに帰してもらえないどころか、部屋から一歩も出してもらえないんだよ。
原稿上がるまで帰れません。だよ。
厠の窓から逃走を試みたくなるよ!
「『先生』が『幸せな世界』というテーマで『ゲンコーヨーシ』を後400字詰め五枚埋めれば、クリアです。『先生』はヨイショされると調子に乗るタイプです。胃袋とやる気が直結しています。後、こういうのどうでしょというのを膨らませるタイプです。なお、規定字数に到達すると、『締め切り』は自動的に消滅する」
なぜ、往年の海外テレビドラマの口調なのだ、このマレーバクは。
「『先生』は歳神様の一種なので、原稿が上がらないと、来年の幸せが若干目減りします。先生が書くのは、幸せな来年です――というか、『先生』が締めきり破ってるのですでに今年なんですがね?」
なぜ、往年の帰りそうで帰らない刑事の口調なのだ、このマレーバクは。
それはともかく、それってまずいじゃない。
「プレゼンが初夢なので、それに間に合えば何とかごまさせます。何とか、世の中が回りだす前に。『先生』に原稿を書かせて下さい」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.夢を楽しむ。
2.「先生」が原稿を上げる
3.なし
2.「先生」が原稿を上げる
3.なし
田奈アガサでございます。
と言うわけで――
■初夢依頼について
この依頼は参加者全員が見ている同じ夢の中での出来事となります。
その為世界観に沿わない設定、起こりえない情況での依頼となっている可能性が
ありますが全て夢ですので情況を楽しんでしまいしょう。
またこの依頼での出来事は全て夢のため、現実世界には一切染み出す事はありません。
※要約すると一夜限りの夢の出来事なので思いっきり楽しんじゃえ!です。
――以上を念頭に起きまして。
「遅筆の歳神様を逃がさずおだててなだめて字数を書かせろ」です。
皆さんには、歳神様に原稿を書かせる手段と見たい初夢を提示していただきます。
いい感じな行動をすると原稿が進み、一定以上の悪手が続くと「破く」が発動して字数が減ります。
*歳神様「先生」
「ふて寝」
「逃げる」
「破く」
「現実逃避」
「空腹」
などの遅延行為をします。対策してください。
「ほめる」
「なだめる」
「励ます」
「アイデアを出す」
「泣きを入れる」
「そっとしておく」
などを、適切な状況ですると効率が上がります。
スキルを使うのも手です。スキルやバッドステータスは通常通りの効果を発揮します。
*現場・旅館「缶詰修羅場」十畳×2
温泉旅館の畳敷きの二間です。
文机で「先生」が原稿を書こうとしてます。
座卓と座布団があります。
お茶道具一式とお茶請けがあります。
*時刻
深夜。夜が明けたら、原稿が落ちます。
テンプレはこんな感じ。
【手段】逃亡阻止・ほめる・なだめる・飲食させる・そっとしておく
役割分担するのも一つの手です。
【初夢ボーナス】
見たい夢が見られます。新年から働くみなさんへの獏のサービス。
「先生」へのネタふりもここで。
それでは、うんうん唸って「ゲンコーヨーシ」丸めてポイポイ投げてる先生の背後に出現したところからスタートです。
新年のご多幸をお祈りいたします!
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2017年01月16日
2017年01月16日
■メイン参加者 6人■

●
ここは、去年のロスタイム。
夜明けまでの入稿デッドライン。代替稿なし。
「今年の幸せ」の箇所が、白紙になります。
「来年……いや、既に今年か。今年の幸せが目減りする……」
『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)の眉根が寄る。
『先生』が、「すまん悪気はないんだ。ただ書けないんだ」と、物書きが言いがちなセリフを垂れ流してるが、ゲイルの耳には入っていない。
(それ即ち、ふわもこアニマルとのきゃっきゃもふふが減るということ!! 避けなければ……それだけは絶対に避けなければ!!)
小刻みに震える拳。紅潮する向こう傷に食いしばった歯。ぐりんと回される首。
ヒイイと「先生」がおののき、のけぞる。
着流しの裾を翻し別室に赴くゲイルの肩ごしの眼光が、原稿を落とさせてなるものかと燃えていた。
「締切までに頑張れなかった『先生』もよくないと思うけど」
さくっ。
「『先生』の原稿を楽しみにしてる人もいっぱいいるの。だからなつねは『先生』の原稿を応援するの!」
野武 七雅(CL2001141)はメイド服である。
けっして『先生』の注文ではないことを明記しておく。
(『先生』の為に頑張ってお給仕するの)
そんな自発的な決意の表れが、かわいいメイドさん姿なのだ。
『先生』の趣味だとクラッシックスタイルであることをお知らせしておきます。
「……ああ、分かる。分かるとも……」
『赤猫』信田・茉希(CL2001327)の肯定。
「気力と体力が必須だと言うのに、終わらぬ仕事がその気力体力を見る見る奪っていく悪循環……逃げれば状況は悪化する。けど逃げなきゃ心身は回復しない。回復せねば戦えない。どうしろと言うのだ。どうしようもない。挙句周りは無責任に『仕事なんだから』と結果ばかりを要求する……!」
かたくなな心を溶かすのは、まず共感から。
師走の31日逃げ回った歳神様もまた例外ではない。
「辛いな……!」
絞り出される茉希の押し殺した語尾に真実のにおいがする。
ああ、きみこそ僕の理解者。
落ちくぼみ、隈ができた『先生』の乾いた目頭に涙が浮かぶ。
「安心しろ、貴方の気持は良く分かるだから……」
『先生』、長年の歳神様生活で知ってる。こういうときに接続詞が「だから」なのは何か良くない前触れだって。
「絶対に逃がさんぞ。貴方だけ楽にしてなるものか」
茉希さんも仕事に戻ったら監禁されるんですね、察しがつきます!
「きちんと最後まで終わらせたまえ」
ああ、心の棚を成層圏にぶち上げるのって最高!
べっそべっそと見張られて書けるのは、せいぜい三割と相場が決まっている。
ゲンコーヨーシがべこべこになって万年筆のインクが乗りません。
韜晦の小部屋の隅の青畳、我泣きぬれて――
「先生、ちょっと疲れちゃったの? なつねが肩をもんであげるの。それにね、温かいお茶が入ったの。先生が飲みやすいようになつねがふーふーしてあげるの」
日本のメイドさんは癒しです。
「え、それは『先生』、憲兵さん呼ばれちゃうから勘弁してほしい……」
ただし、年齢制限があります。駐在さん、こいつです。
仕事熱心な七雅は今一つ、不完全燃焼。
それなら、と、手をポンと叩いた。
「ゲイルおにーちゃんの作った料理は三ツ星クラスなの。そこになつねのラブ注入でやる気アップ間違いなしの特製スペシャルなお夜食召し上がれなの」
まだ、年末は終わっていない。
海老天二本載った天ぷらそばは、年越しそばだ。
そう、夜が明けるまではロスタイム。締め切りは足踏み。いいね?
●
一字書いては休む。
天ぷらそばはまだか。
『先生』のストレスはピークに達している。
この後、文章をどう繋げればいいのか全然わからない。とうめく『先生』の肩から悲壮感が漂うどころか噴き出している。
「もういやだああああっ!!」
やみくもに開ける襖。
『先生』、そこ、押し入れよ!
『先生』は上段に飛び乗ると、がたついていた天井板にアッパーカット。
缶詰作家専用夜逃げ用通路!
「はーい、逃げたくなるのは解りますがダメですよ」
上から懐中電灯の照射。
目も潰れるが、心も折れる。
『行く先知らず』酒々井・千歳(CL2000407)が中から這い出してきた。
「こんなルートがあるなんて。物理的逃走をされないように逃げ道がどこにあるか把握しておいて正解だったなぁ」
ちなみに、この通路は建物外の通風孔に出る。
「うわああああああっ!」
『先生』には根性があった。
廊下につながる襖から正面突破の構えだ。
開けた途端、大音量の琴の音。
廊下に晴れ着の――総振袖に金襴緞子の飾り帯。新年にふさわしい身支度をした『インヤンガールのインの方』葛葉・かがり(CL2000737)と『インヤンガールのヤンの方』葛葉・あかり(CL2000714)が、袖を交えて三つ指ついてお出迎え。
湧き上がる正月感。
尺八ソロインに鶯丸の初音イン、更にボリュームアップ。
なんてこった。襖の向こうの廊下は年越してるぜ。
世間ではとっくに越していることはとりあえず棚に置く。 繰り返すが、ここはロスタイム。泣きの半日である。
「ほんまに感謝しかあらしまへんわ。ウチらの世の中、幸せにして頂ける言うなら、こんなに嬉しい事あれへん」
かがりの控えめな笑顔。
「歳神様のこと尊敬してます! 来年も幸せな世界にしてもらえるよう、期待しています!」
あかりのきらきらとした目。
「そも、夢の中とは言え神様と触れ合えるとか大興奮。妖怪は沢山見たけど神様だよ! 神レベルだよ!?」
やだ、寿がれてる。
神様、褒められるとそうしなくちゃならないの。
大事にされたら、悪さはしないとかいいことするとか、フリーダムできなくなるの。あああ、信仰者の笑顔がまぶしい!
前向きに逃げ場を減らそうとしているあかりの目論見、大当たりである。
「歳月の行く末を司る歳神様たる『先生』におかれましては、本年もどうぞよろしくお導きのほどを……」
あああああ。
『先生』、まだその笑顔を受ける資格がないの。原稿、上がってないからっ!
ラクダの股引と足袋に包まれた足が廊下につけられることなく、畳に戻され、すすすすすと襖が閉まっていく。
「『先生』、おなか減ってると悲しくなるの。おそば、おいしいよ?」
弱ってるときは、血糖値下がるだけでこの世が終わるような錯覚を覚える場合がある。
「天ぷらそば、いただくよ」
「先生」は、箸をとった。
サクサクの衣とおつゆ吸ってふわふわに溶けたとこと、身のぷりっぷり。
それを咀嚼しながら、ずるるっとすする蕎麦の香りに油のコクを増したつゆの旨み。
「うまい。いい、年越しそばじゃあないか」
そう。まだ、新年は明けていない。
未来を信じて、幸せを祈る人たちのためのロスタイムだ。
「幾ら神様とはいえど、他の人の幸せの為にこうして頑張っていられるのは、どうしてなんです?」
今なら聞けるかと、千歳は一つ質問した。
「神だからするんじゃあない」
ハフハフズズズ。と、『先生』はそばをすすりながら言う。
食べ方が堂に入っている。
「昨今、世界は悲しいことが旧来あったものに新たなものが上積みされて、私の筆先を鈍らせる。昔はもっとあっさり書けた気がするんだがなぁ」
うん、それ物書きにありがちな錯覚。とは、誰も言わない優しさがあった。
うまかったと笑顔を浮かべ、おつゆで湿ったひげを整えると、『先生』は笑った。
「それでも覚者と普通の人の別もなく、みなが自分の手の届く範囲で明日の幸せを祈っている」
ゆえに。と、『先生』は弁士のごとく声を張り上げた。
「私は書くんだよ、君らが私に書かせるんだよ。君らが望み、祈るから、『私』はここにいるのさ。誰も幸せを望まなくなったら、『私』は消える。そういう存在なんだよ」
『先生』は、一気呵成にかき込むと文机に向かった。
「よい新年にしようじゃあないか、諸君」
●
「座り仕事は本当、身体が固まって血行が滞るからねえ……」
「あああ、全身に血が通っているぅ」
「これは仕事だよ応援のためだよ。夢だし何も恥ずかしくないよ」
「うう、ほんまに着替えなあかんのん? え、帯持ってどないするの……くるくるーて! そないに夢みたいな夢だこれ!?」
『現実にはないご都合主義によって高速回転で全年齢な画面となっております!』
「直立マレーバクによる手書きフリップ!」
「原稿用紙1枚にかける時間が一般人にはとてもできない速さなの! 文面も綺麗でおしゃれでわくわくするの。なつね、早く続きが読めるとうれしいの」
「ふうむ。しかしかがり君とあかり君は……」
「ふ、ふれー、ふれー! がんばれ☆ がんばれ☆ これでええ? お姉ちゃんよう踊れんわ……」
「――チアとは面白い発想だ」
「あっマキお姉ちゃんの冷たい目が刺さる」
「刺した覚えはない」
「ここの表現、とっても素敵なの。文字なのに頭の中にこの情景が写真のように浮かんでくるの」
「どうした歳神様。大丈夫かね疲れたのかね肩でも揉もうかね」
「ああ、畳にめり込むようだ!」
「残念だな~。先生の幸せな世界を題材にした作品読みたいのだがな~。きっと素晴らしい作品になるだろうにな~」
「一文書けば、一段落、一段落書けば、一章書くのを強いられる因果な仕事です!」
「ずっと根を詰めてもあれですし、少し休憩しましょう」
「換気ー!」
「窓の外に名状しがたき輝く虹が―っ!!」
「あ、寒い。寒いですよね、すいませんです。お願いしますセンセ、センセに書いて貰わんとウチ、ウチ……!」
「泣いたぁ!」
「ウチのカミさん……やない、お母ちゃんの言う事には、泣きで落とせないお父ちゃんは居て無かったちゅう事やけど……」
「その手を使っていいのは干支二回りを過ぎてから―!」
そして、先生は書き上げたのだ。
「『先生』、お疲れさまでしたなの。『先生』の原稿が本になる時を楽しみにしてるの」
本屋に走ろうとしている七雅に、『先生』は、ははは。と、声を出して笑った。
『先生』の手の中のゲンコーヨウシが光っている。
したためられた「今年の幸」が世界のあちこちに飛んでいくのだ。
「私の本は容易に見えないだろうけれど、君らが目覚める朝の光に。君らが喜びとともに吸い込む空気に。君らが穏やかに眠る前に見る最後の星の色に。本屋にだってこっそり並んでいるかもしれない。君らが幸せだと思うたびに紐解かれるだろう。さあ、今年一年最初の幸せ、ちょっとだけおまけしてさしあげようじゃあないか」
それでは、また。年末に。
●
ゲイルの夢はわかりやすかった。
ふわふわもこもこ。
あんあんみゅーみゅーくうくうぴよぴよぎゃうぎゃう。
幼い鳴き声とともにゲイルの背に腹に足に肩に。
苦手な人なら心臓まひで死んでしまう勢いでフカフカがじゃれついてくる。
現実なら物理で昇天する。圧死的意味で。
夢、素晴らしい。
葛葉姉妹の夢は共通していた。
「折角だから姉妹逆転!」
「ほな、ウチも乗っかって姉妹逆転してみたいわぁ」
(夢の中でボクはお姉ちゃんだ!)
あかりの意識は緩やかに移動し、気が付くと振袖の中で羽を休める鳳になっているのだ。
(陰があってしっとり流し目とかが似合う日本美人に!)
かがりのような仕草で緩やかに振り返る自分を袖の中から見ている。
(憧れるー)
そんな「自分」にあでやかにほほ笑む「妹」
その振袖の袖の中で、孔雀が数え上げているのだ。
「あと運動も得意やし、泳げるし、踊れるし、歌えるし、泳げるし、あとなあとな……」
(互いの立場で己を見つめ直す……教訓、みたいな。キレイに纏めるとそう。でも概ね欲)
「……無いものねだり?」
「孔雀」の呟きに「鳳」は虚を突かれる。
「ウチ自身がそうなりたい言う事なんかな……来年は、少しでも変われるとええなあ」
陰陽相和し、互いに焦がれる。
そうして、世界は回るのだ。
穏やかな光の輪。
今より少しあどけない妹は、父母の間で笑っている。
(父さんや母さん、それに数多と俺が居た時の夢がみたいかな)
これは夢だとわかっている分、かつての日常はいとおしい。
(幸せに人は慣れてしまうけれど、失ってから、それが大事だと思い知るから)
愛しき過去から現在へ。
千歳が両親に数多のことを語るたび、数多は少しづつ成長していく。
妹が現在の姿になった時、両親は妹の後ろにすっと立った。
(今年一年も、どうか数多を見守っててやって下さい。父さん、母さん)
千歳の願いに応えるように。
●
一月三日、朝。
依頼が終わった感覚はある。
茉希は、夢うつつから脱却しかけていた。。
「そんな事よりもう働きたくないのだがなんとかならんだろうか」
キリリと表情を引き締めた茉希は内なる自分に尋ねた。
(なりません)
ならない現実への呪詛は出てこなかった。
「そうか――しかたない。やるか」
いやいやよりはちょっとましな朝の一歩。
とりあえず今年もはじめの一歩から。
あけましておめでとうございます。
ここは、去年のロスタイム。
夜明けまでの入稿デッドライン。代替稿なし。
「今年の幸せ」の箇所が、白紙になります。
「来年……いや、既に今年か。今年の幸せが目減りする……」
『金狼』ゲイル・レオンハート(CL2000415)の眉根が寄る。
『先生』が、「すまん悪気はないんだ。ただ書けないんだ」と、物書きが言いがちなセリフを垂れ流してるが、ゲイルの耳には入っていない。
(それ即ち、ふわもこアニマルとのきゃっきゃもふふが減るということ!! 避けなければ……それだけは絶対に避けなければ!!)
小刻みに震える拳。紅潮する向こう傷に食いしばった歯。ぐりんと回される首。
ヒイイと「先生」がおののき、のけぞる。
着流しの裾を翻し別室に赴くゲイルの肩ごしの眼光が、原稿を落とさせてなるものかと燃えていた。
「締切までに頑張れなかった『先生』もよくないと思うけど」
さくっ。
「『先生』の原稿を楽しみにしてる人もいっぱいいるの。だからなつねは『先生』の原稿を応援するの!」
野武 七雅(CL2001141)はメイド服である。
けっして『先生』の注文ではないことを明記しておく。
(『先生』の為に頑張ってお給仕するの)
そんな自発的な決意の表れが、かわいいメイドさん姿なのだ。
『先生』の趣味だとクラッシックスタイルであることをお知らせしておきます。
「……ああ、分かる。分かるとも……」
『赤猫』信田・茉希(CL2001327)の肯定。
「気力と体力が必須だと言うのに、終わらぬ仕事がその気力体力を見る見る奪っていく悪循環……逃げれば状況は悪化する。けど逃げなきゃ心身は回復しない。回復せねば戦えない。どうしろと言うのだ。どうしようもない。挙句周りは無責任に『仕事なんだから』と結果ばかりを要求する……!」
かたくなな心を溶かすのは、まず共感から。
師走の31日逃げ回った歳神様もまた例外ではない。
「辛いな……!」
絞り出される茉希の押し殺した語尾に真実のにおいがする。
ああ、きみこそ僕の理解者。
落ちくぼみ、隈ができた『先生』の乾いた目頭に涙が浮かぶ。
「安心しろ、貴方の気持は良く分かるだから……」
『先生』、長年の歳神様生活で知ってる。こういうときに接続詞が「だから」なのは何か良くない前触れだって。
「絶対に逃がさんぞ。貴方だけ楽にしてなるものか」
茉希さんも仕事に戻ったら監禁されるんですね、察しがつきます!
「きちんと最後まで終わらせたまえ」
ああ、心の棚を成層圏にぶち上げるのって最高!
べっそべっそと見張られて書けるのは、せいぜい三割と相場が決まっている。
ゲンコーヨーシがべこべこになって万年筆のインクが乗りません。
韜晦の小部屋の隅の青畳、我泣きぬれて――
「先生、ちょっと疲れちゃったの? なつねが肩をもんであげるの。それにね、温かいお茶が入ったの。先生が飲みやすいようになつねがふーふーしてあげるの」
日本のメイドさんは癒しです。
「え、それは『先生』、憲兵さん呼ばれちゃうから勘弁してほしい……」
ただし、年齢制限があります。駐在さん、こいつです。
仕事熱心な七雅は今一つ、不完全燃焼。
それなら、と、手をポンと叩いた。
「ゲイルおにーちゃんの作った料理は三ツ星クラスなの。そこになつねのラブ注入でやる気アップ間違いなしの特製スペシャルなお夜食召し上がれなの」
まだ、年末は終わっていない。
海老天二本載った天ぷらそばは、年越しそばだ。
そう、夜が明けるまではロスタイム。締め切りは足踏み。いいね?
●
一字書いては休む。
天ぷらそばはまだか。
『先生』のストレスはピークに達している。
この後、文章をどう繋げればいいのか全然わからない。とうめく『先生』の肩から悲壮感が漂うどころか噴き出している。
「もういやだああああっ!!」
やみくもに開ける襖。
『先生』、そこ、押し入れよ!
『先生』は上段に飛び乗ると、がたついていた天井板にアッパーカット。
缶詰作家専用夜逃げ用通路!
「はーい、逃げたくなるのは解りますがダメですよ」
上から懐中電灯の照射。
目も潰れるが、心も折れる。
『行く先知らず』酒々井・千歳(CL2000407)が中から這い出してきた。
「こんなルートがあるなんて。物理的逃走をされないように逃げ道がどこにあるか把握しておいて正解だったなぁ」
ちなみに、この通路は建物外の通風孔に出る。
「うわああああああっ!」
『先生』には根性があった。
廊下につながる襖から正面突破の構えだ。
開けた途端、大音量の琴の音。
廊下に晴れ着の――総振袖に金襴緞子の飾り帯。新年にふさわしい身支度をした『インヤンガールのインの方』葛葉・かがり(CL2000737)と『インヤンガールのヤンの方』葛葉・あかり(CL2000714)が、袖を交えて三つ指ついてお出迎え。
湧き上がる正月感。
尺八ソロインに鶯丸の初音イン、更にボリュームアップ。
なんてこった。襖の向こうの廊下は年越してるぜ。
世間ではとっくに越していることはとりあえず棚に置く。 繰り返すが、ここはロスタイム。泣きの半日である。
「ほんまに感謝しかあらしまへんわ。ウチらの世の中、幸せにして頂ける言うなら、こんなに嬉しい事あれへん」
かがりの控えめな笑顔。
「歳神様のこと尊敬してます! 来年も幸せな世界にしてもらえるよう、期待しています!」
あかりのきらきらとした目。
「そも、夢の中とは言え神様と触れ合えるとか大興奮。妖怪は沢山見たけど神様だよ! 神レベルだよ!?」
やだ、寿がれてる。
神様、褒められるとそうしなくちゃならないの。
大事にされたら、悪さはしないとかいいことするとか、フリーダムできなくなるの。あああ、信仰者の笑顔がまぶしい!
前向きに逃げ場を減らそうとしているあかりの目論見、大当たりである。
「歳月の行く末を司る歳神様たる『先生』におかれましては、本年もどうぞよろしくお導きのほどを……」
あああああ。
『先生』、まだその笑顔を受ける資格がないの。原稿、上がってないからっ!
ラクダの股引と足袋に包まれた足が廊下につけられることなく、畳に戻され、すすすすすと襖が閉まっていく。
「『先生』、おなか減ってると悲しくなるの。おそば、おいしいよ?」
弱ってるときは、血糖値下がるだけでこの世が終わるような錯覚を覚える場合がある。
「天ぷらそば、いただくよ」
「先生」は、箸をとった。
サクサクの衣とおつゆ吸ってふわふわに溶けたとこと、身のぷりっぷり。
それを咀嚼しながら、ずるるっとすする蕎麦の香りに油のコクを増したつゆの旨み。
「うまい。いい、年越しそばじゃあないか」
そう。まだ、新年は明けていない。
未来を信じて、幸せを祈る人たちのためのロスタイムだ。
「幾ら神様とはいえど、他の人の幸せの為にこうして頑張っていられるのは、どうしてなんです?」
今なら聞けるかと、千歳は一つ質問した。
「神だからするんじゃあない」
ハフハフズズズ。と、『先生』はそばをすすりながら言う。
食べ方が堂に入っている。
「昨今、世界は悲しいことが旧来あったものに新たなものが上積みされて、私の筆先を鈍らせる。昔はもっとあっさり書けた気がするんだがなぁ」
うん、それ物書きにありがちな錯覚。とは、誰も言わない優しさがあった。
うまかったと笑顔を浮かべ、おつゆで湿ったひげを整えると、『先生』は笑った。
「それでも覚者と普通の人の別もなく、みなが自分の手の届く範囲で明日の幸せを祈っている」
ゆえに。と、『先生』は弁士のごとく声を張り上げた。
「私は書くんだよ、君らが私に書かせるんだよ。君らが望み、祈るから、『私』はここにいるのさ。誰も幸せを望まなくなったら、『私』は消える。そういう存在なんだよ」
『先生』は、一気呵成にかき込むと文机に向かった。
「よい新年にしようじゃあないか、諸君」
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「座り仕事は本当、身体が固まって血行が滞るからねえ……」
「あああ、全身に血が通っているぅ」
「これは仕事だよ応援のためだよ。夢だし何も恥ずかしくないよ」
「うう、ほんまに着替えなあかんのん? え、帯持ってどないするの……くるくるーて! そないに夢みたいな夢だこれ!?」
『現実にはないご都合主義によって高速回転で全年齢な画面となっております!』
「直立マレーバクによる手書きフリップ!」
「原稿用紙1枚にかける時間が一般人にはとてもできない速さなの! 文面も綺麗でおしゃれでわくわくするの。なつね、早く続きが読めるとうれしいの」
「ふうむ。しかしかがり君とあかり君は……」
「ふ、ふれー、ふれー! がんばれ☆ がんばれ☆ これでええ? お姉ちゃんよう踊れんわ……」
「――チアとは面白い発想だ」
「あっマキお姉ちゃんの冷たい目が刺さる」
「刺した覚えはない」
「ここの表現、とっても素敵なの。文字なのに頭の中にこの情景が写真のように浮かんでくるの」
「どうした歳神様。大丈夫かね疲れたのかね肩でも揉もうかね」
「ああ、畳にめり込むようだ!」
「残念だな~。先生の幸せな世界を題材にした作品読みたいのだがな~。きっと素晴らしい作品になるだろうにな~」
「一文書けば、一段落、一段落書けば、一章書くのを強いられる因果な仕事です!」
「ずっと根を詰めてもあれですし、少し休憩しましょう」
「換気ー!」
「窓の外に名状しがたき輝く虹が―っ!!」
「あ、寒い。寒いですよね、すいませんです。お願いしますセンセ、センセに書いて貰わんとウチ、ウチ……!」
「泣いたぁ!」
「ウチのカミさん……やない、お母ちゃんの言う事には、泣きで落とせないお父ちゃんは居て無かったちゅう事やけど……」
「その手を使っていいのは干支二回りを過ぎてから―!」
そして、先生は書き上げたのだ。
「『先生』、お疲れさまでしたなの。『先生』の原稿が本になる時を楽しみにしてるの」
本屋に走ろうとしている七雅に、『先生』は、ははは。と、声を出して笑った。
『先生』の手の中のゲンコーヨウシが光っている。
したためられた「今年の幸」が世界のあちこちに飛んでいくのだ。
「私の本は容易に見えないだろうけれど、君らが目覚める朝の光に。君らが喜びとともに吸い込む空気に。君らが穏やかに眠る前に見る最後の星の色に。本屋にだってこっそり並んでいるかもしれない。君らが幸せだと思うたびに紐解かれるだろう。さあ、今年一年最初の幸せ、ちょっとだけおまけしてさしあげようじゃあないか」
それでは、また。年末に。
●
ゲイルの夢はわかりやすかった。
ふわふわもこもこ。
あんあんみゅーみゅーくうくうぴよぴよぎゃうぎゃう。
幼い鳴き声とともにゲイルの背に腹に足に肩に。
苦手な人なら心臓まひで死んでしまう勢いでフカフカがじゃれついてくる。
現実なら物理で昇天する。圧死的意味で。
夢、素晴らしい。
葛葉姉妹の夢は共通していた。
「折角だから姉妹逆転!」
「ほな、ウチも乗っかって姉妹逆転してみたいわぁ」
(夢の中でボクはお姉ちゃんだ!)
あかりの意識は緩やかに移動し、気が付くと振袖の中で羽を休める鳳になっているのだ。
(陰があってしっとり流し目とかが似合う日本美人に!)
かがりのような仕草で緩やかに振り返る自分を袖の中から見ている。
(憧れるー)
そんな「自分」にあでやかにほほ笑む「妹」
その振袖の袖の中で、孔雀が数え上げているのだ。
「あと運動も得意やし、泳げるし、踊れるし、歌えるし、泳げるし、あとなあとな……」
(互いの立場で己を見つめ直す……教訓、みたいな。キレイに纏めるとそう。でも概ね欲)
「……無いものねだり?」
「孔雀」の呟きに「鳳」は虚を突かれる。
「ウチ自身がそうなりたい言う事なんかな……来年は、少しでも変われるとええなあ」
陰陽相和し、互いに焦がれる。
そうして、世界は回るのだ。
穏やかな光の輪。
今より少しあどけない妹は、父母の間で笑っている。
(父さんや母さん、それに数多と俺が居た時の夢がみたいかな)
これは夢だとわかっている分、かつての日常はいとおしい。
(幸せに人は慣れてしまうけれど、失ってから、それが大事だと思い知るから)
愛しき過去から現在へ。
千歳が両親に数多のことを語るたび、数多は少しづつ成長していく。
妹が現在の姿になった時、両親は妹の後ろにすっと立った。
(今年一年も、どうか数多を見守っててやって下さい。父さん、母さん)
千歳の願いに応えるように。
●
一月三日、朝。
依頼が終わった感覚はある。
茉希は、夢うつつから脱却しかけていた。。
「そんな事よりもう働きたくないのだがなんとかならんだろうか」
キリリと表情を引き締めた茉希は内なる自分に尋ねた。
(なりません)
ならない現実への呪詛は出てこなかった。
「そうか――しかたない。やるか」
いやいやよりはちょっとましな朝の一歩。
とりあえず今年もはじめの一歩から。
あけましておめでとうございます。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
